はてなキーワード: 妊婦とは
子無しが妊婦叩いたり、色々だよ。
自然界ならば弱者として淘汰されてしまう。脆弱な母親も、勿論その子供も。
増田の思考は実に合理的なのだと思う。赤の他人に対して優しく出来なければ非人間扱いされる。そういう風にこの社会は出来ている。
だけどその母親が堕胎すればお前だって同じ恋愛感情を抱ける女になるかも知れない。
本当に嫌いならこんな所に書き殴らず、殺せ。
自分は、16歳で卵巣全摘出となり、子供を産めない、世間でいうところの「生産性のない」女となった。
当時はなんで自分がという気持ちで、この事実を受け止められなかった。
今でも正直受け入れられてない。
婦人科の病気で赤ちゃんを産めなくなった自分とすぐ隣にいる出産を控えた妊婦さんや出産後の経産婦の人々。
そのせいで恋愛という存在に対しても、自分と恋愛しても赤ちゃんが欲しいという彼氏に答えてあげられないという気持ちが先に立ち、
自ら遠ざかって行った。
というより、言い訳をして恋愛はめんどくさいといい、わざとそうしているのだと自分に言い聞かせてきた。
「よかったね、おめでとう!」と声を発してみたが、私は笑えていただろうか。
気づかれていないだろうか、この心の奥底の暗い感情に。
本当に誕生を祝う気持ちはあるのに、同時にこの奥底のほの暗い感情も湧き上がってしまう。
聖人ではないが、喜びを分かち合えるニンゲンでいたいのに、お前はそうじゃないだろと突きつけらる。
この感情とどう付き合っていけばいいのだろう。
いや、「やばめな案件だったら」ってことよ。受け入れ側病院も「これも地方病院じゃ危ない」という同意ができてた場合には
周辺費用まで含めて出してもレアだからそう大した額じゃないと思うんだよね。
2医師(地方医師、受け入れ側の医師)がこれはやばめでレアだったらって条件がついてる場合には、周りの費用も踏まえて出してもいいと思う。
そもそもさ、出産の一時期だけの問題だし、それより母親死んでしまったほうが子供の将来に大ダメージだろう。
それこそそんな重症症例見れるようなのは大病院で、保育所抱えてるから、そういうところに緊急事案の妊婦の子供とかも収容するようにできないかね。
日本全国津々浦高度な医療を受けれるというのはもう断念しないとならない。
高度医療が必要なのはやはりレアなんだから、件数も少ない、そういうのを無理に地方で抱えさせると、コストもかかるし、医師も集まらないし、医師側も経験を積めない。
某大学(※1)の医学部入試の問題について、どうしてもぼやきたくなった。
あくまでも個人の意見ではあるが、随分と乱暴な意見だとも自覚しているので、その所予めご了承ください。
あと、これは個人の雑感なので、読み易さは期待しないで下さい(※2)。
最後に、二重括弧で脚注付くって言うからせっせとつけたけど何故か脚注付かないので、手打ち脚注を付けました。もしもミスを見付けても、この間抜けについてはどうか(鼻で)笑って許して下さい。
※1:伏せる意味は欠片も無いが、様式美だと思ったので付けた。他意はない
※2:(意訳)クソ長ェ意味の無い文章が続くけど素人の感想文だから許して下さい
基本的には親戚含め概ね一般家庭であるが、父親とイトコと義大叔父とがそれぞれ医者という、何故か不思議な縁がある。(※4)
タイトルの通り、本人の性別は女で、そして医者では無い。既に女子と名乗る年齢は過ぎたので、(元)女子<コメントへ一言
※3:七大都市圏外に生息。県庁所在地ではあるが、当県には新幹線が通っておらず、未だに女子は親元にいて当然、みたいな思考がまかり通る程度の田舎
「まぁ当然じゃない?何で叩かれてるの?」
※5:伏せる意味は欠片も無いが、様式美だと思ったので付けた。他意はない(二回目)
『入試を受ける許可が降りなかった』ので『医学部受験が出来ず』に『医者になれなかった』『元女子』である。
因みに偏差値は何とか足りてた。まぁ何とか、レベルだったのでもしかしたら国試に受からずに医者になれなかった未来もあるかもしれないが、そこは今は割愛する。
ただの自慢だが、高校二年の頃までは、随分と増田の成績は良かった(※6)。
高校一年までは、まだどうなるか分からず模試の結果にも志望校にも何も口を出さなかった親が、二年最初の模試の結果を渡した時、初めて話し合いの場、というものを設けられた。
結論から言うと、増田はその話し合いを経て『医学部を受けない』事を確定した、という話である。(※7)
事の次第はこうだ。
その模試の結果が返って来たその週末、『模試の事で話したい事があります』と親子三者面談が行われることとなった。
滅多に家に居ない父親がわざわざ昼から家に帰って来ての三者面談であったので、非常に緊張もしたし、内心『エライコッチャ』と思った。
先の通り、まだその頃(※8)は別段叱られる様な成績を取っていたと思っていないので、何故呼び出しを受けたのか分からない、という混乱もあった。
その時まで、得点や偏差値といった所について怒られるものとばかり思っていたから、返答が「へぁっ?」という間抜け極まった返事になった。この面談が何の為に行われているのか、全く理解が追いつかなかったのもある。
娘の間抜けな返答にに、両親は特に叱るでもなく、母は言葉を重ねた。
母の指先が示していたのは、志望校の欄に書かれた、地元の医学部の欄であった。
「いや、そういう訳では…」
それまでのほほんと『まぁ今の偏差値ならこの辺りの学部書いとけばいいだろ』と志望校を書いていた増田は、母親の言葉で『自分が本当に医者になりたいのか』という事を初めて、真面目に、考える事になった(※9)。
我が家は勤務医であったので『実家の病院を継ぐ為に、何が何でも医者にならなければならない』という家庭の事情も無ければ、『パパみたいにおいしゃさんになるのー!』みたいな可愛らしい夢も無く、『医者になりたいのか』という問いに悶々と悩んだが、すぐに答えが降って湧いて出る訳も無い。
いつまで経っても(※10)返答をしない増田に、母は再度口を開いた。
「じゃあ先に、私達の意見を、聞きなさい」
うろうろとテーブルの片隅に置かれていたコップの辺りで彷徨っていた視線をふっと上げると、母の強い視線に当てられた。残念ながらスローモーションにならなかったが、それでも随分と怖い顔をしていると思った。
それまでずっと黙っていた父親は、やっぱり黙っていたけど、母の言葉に追従する様にうんうん、と首を縦に振っていた。
※6:大見得を切った。自慢して歩ける程良くは無かったが、教師や親から叱られる程悪くも無かった
※7:(意訳)クソ長ェ意味の無い文章が続くけど素人の感想文だから許して下さい(二回目)
※8:何の反動か知らないが、この話し合いの後一切勉強をしなくなったので、その後当然成績は真っ逆さまに落ちた。高校二年の頃まで、と書いたのはそのせいである
※10:とはいえ、今考えても三分も経っていない。カップラーメンは待てても娘の返答は待てないらしい
両親の主張は、主に二点であった。
医学部、それも国立の医学部に入る、という事は、日本国民から借金をする(≒投資を受ける)と同義である
これは防大についても同じ事が言えるが、極論、医学部の学生というのは『将来的には国益になる』と信じられているから、通常よりも多く『投資を受けている身分』である。
原資は何か?当然、国民の血税である。その投資を受けた以上は、医者になったならば、労働を通して国民へ返さねばならない。
医学部に入って6年、専門を決め、安定した独り立ちをするまで更に数年。
10年近く投資を受けるのだから、同一年数は働かないと、その投資に見合った返済が出来たとは言えない。
最低でも46歳、そこまで働く気がないなら、税金泥棒になるのだと自覚しろ、と締め括られた(※11)。
『どこでも眠れる』『すぐに眠れる』『すぐに起きれる』『寝溜めが出来る』の何にもかすっていない増田には向いていない。増田はどれも欠落しているから資質が無い。とばっさり切られた
何を想定しているか?無論、当直時、あるいは緊急時に即戦力として対応出来るか否か、という事である。
尚、緊急時には『有事』も含むからな、国立大卒なんだから当然、とも言われて、己の命の使い方も本気で考える羽目になった。
※11:据わった目で『国益』という単語が出た時に、九州系女性の腹の括り具合怖ェ、って思いました(感想文)。尚、両親は特定の党も支持していなければ、右の話も左の話もした事が無かったので、余計ビビりった
→最低限の国資を通った以上、四十歳半ばで辞める優秀な医者よりも、定年まで働く普通の医者の方が国益に勝る
→総数比を考えろ。数が少ないという事は、医師一人に対しての負担は看護師の比率分だけ上がると自覚しろ
・別に定時で帰れる様な小さな病院に勤めれば良くない?例えばアルバイト医師(※13)とかさぁ
→甘 え ん な 阿 呆 (※14)
※12:自分がドベの成績で国試に受かるかもしれない、という思考を持たない愚かな小娘の僅かばかりの抵抗
※13:その当時、我が家の父は副業で日勤のアルバイト医師もしていたのでそういう発想に至ったのだが、若い頃はアルバイト医師として当直ばっかりしていた為、余計家に帰って来れなかったそうである。そりゃ人が居ない時間を埋める為のアルバイトであるんだから当然である
※14:地雷を踏んだ
さて、以上の話は全て母親が話をした。
父親はずーっと『そうだぞ』とか『お母さんの言う通りだ』とか、合いの手しか入れなかった。
口下手、というのもあるが、彼は『父親ではない』というのが大きな理由である。
一行で起こったこの矛盾であるが、彼は『生物学上における父親』であるが『家族構築関係上における父親』でない、という人なのである。
私が幼い頃、まだ医局という所は随分と力があり、若手医師の勤務先は医局の鶴の一存で決まる様なレベルであった。ペーペー医師である父は一週間の大半は家にいなかったし、弟は帰ってきた父親が父親だと理解出来ず、抱かれた瞬間火の点いた様に泣いた、という古典的なエピソードまである程、家に帰ってこなかった。
ペーペーを脱しても主流医師でない(※15)父は、時には単身赴任も交えながら、随分と家から遠いあちらこちらの病院を転々としていた。
結局、父親が我が家を根城に出来る様になる頃(※16)には子供達は反抗期を迎え、ちっとも父親として接していなかった父親は、子供とどんな話をして良いのか分からない、という状態に陥っていた、そんな時期がこの事件の頃合いである。
所謂、『仕事人間で家族と関わって来なかったお父さんが定年を迎え、家族との接し方が分からない』という状態になっていた為、結果娘に何と言えば良いのか分からなかった、というやつである。
彼がそうなった原因の一つに『田舎の医者が少ない』という点がある。
圧倒的に『全体数が足りて無い』が故に、『一人当たりの当直数が多く』なり、またそういう人数が少ない病院ばかり転々としていた(※17)のも相まって、父親はいつだって『住まいは病院です』みたいな生活を送っていた(※18)。
たまに家に帰って来て『今日はお父さんが帰ってきたから、家族四人で外食に行こう!』となっても、たった二時間もしない食事の最後に彼のポケベル(※19)がけたたましく鳴り、家族団らんが解散になった事は数えきれない程あった(※20)。
当然、盆暮れ正月も関係無く、少なくとも我が家は帰省や冠婚葬祭も含め父親を交えて一泊二日以上の旅行に行った事が無い(※21)。
そういう訳で、我が家は常に『母子家庭』と同等であった。何せ基本的な家族行事に、父親はいつだって居ないのである。入学式も卒業式も発表会も、父親がいた記憶が無い。
幸いにして母親は専業主婦ではあったが、代わりに田舎ならではの『旦那(=増田の父親)実家の面倒』を見るという仕事はあり、最近流行り(?)のワンオペを当時より当然の如く強いられてきた。
別段その事については特に思う事は無かったそう(※22)だが、そういう母を間近に見ていながら『私の仕事の穴を他の人が埋めてくれれば良くない~?』みたいなニュアンスの発言を娘が行った(※23)のは、流石に看過出来なかったらしい。
という事で、此処からは若干説経と、あと当初の想定通り偏差値について幾ばくかの説経が入ったので、ここで一端幕を降ろす。
※15:と父親本人が言っていた。本当の所は知らない
※16:医局の力が弱くなってきた事と、勤務先について本人の希望を汲んで貰える程度には中流層に入った頃合い
※17:「していた」のか「させられていた」のかは、今はもう分からない
※18:一度だけ父がインフルエンザに罹った時に、『入院していい?』と聞いたら、師長さんに『(いつも病院で生活してるんだから、)病気の先生の面倒まで見たくありません』と断られ、そのまま家にいた母親に迎えの要請の電話が来た(実話)
※19:少なくとも、私が小学校を上がる頃まではポケベルが主流であった
※20:とある店に行くと、なぜか謀った様に毎回毎回鳴るので、仕舞いには弟と『今日はポケベルが鳴るか鳴らないか』という賭け事(掛け金:翌日のオヤツ)をやっていた(※現金の絡む賭博行為は違法です)
※21:いわんや海外旅行をや
※22:父と結婚するにあたり、ワンオペ育児を行う事になると重々言い含められ、了承の上の結婚だった、と後に語る
※23:自分の穴埋めをしてくれる人(=他の医師)を全力でバックアップする人間(=その医師の家族)に対して軽視し過ぎであり、礼を失した態度である、というお怒り
その後、別日ではあったが、もう一度話をされた。
その時に言われたのは、
・増田が本当に医者になりたくて且つ子供も欲しいなら、孫(=増田の子供(※24))が一人で留守番が出来る年齢になるまでは私がフォローする。私の体力が追いつかなくなったらシッター代も出す。だからそれも踏まえた上で、自分が『医者』になりたいのか、『母親』になりたいのか考えろ
・ただし、その場合は増田の就職は(地元)県一択になるだろうから、そこを前提に考えろ
・田舎から出ていきたいと思うなら、専業主夫になってくれる男性と結婚か、或いは子供を持たない夫婦二人暮らしを選択する事になるが、家事労働を金で買うかのどれかだが、そういう考えに賛同してくれる相手は数が少ないと心得よ
・医者になる幸せと、(増田)の人生の幸せ(※25)と、よく考えてから志望校は決めなさい
そういう話をされ、『そこまでして医者になりたいか?』と考えた結果、以降増田は志望校欄から医学部の名前を書かなくなった。
※24:結果として、母親の想定年齢を超えても増田は一人身だし当然の様に孫も産んで無い為、このくだりを書きながら無駄な気苦労をさせてすまない…、という気持ちで一杯である
※25:生活力の無さを見抜かれた上での発言であり、別に子供を産むことを推奨はしていない。30歳を超えたある日、電話口で母に『孫いなくてごめん』と謝ったら『子供なんて、居たら居た形の幸せがあるし、居なきゃ居ない形の幸せがあるんだから、比較も出来ないし、(母)に謝る事ではない』と叱られた。本当にすみません…
此処まで書いてこんな事を言っても信じて貰えないだろうが、別段増田は『女性が医者になるな』と主張したい訳ではない。
ただ、医者になりたいのであれば『自分が誰に投資をされたのか』という事を忘れないで欲しいし、その投資に対して最低限ペイをする気が最初から無いならば、その道は他に譲ってくれないだろうか。(或いは、現場医師ではなく、研究職といったルートを選択するとか、兎角ペイを出来る道筋を立てて欲しい)
そして、医者の総数が少ない以上、途中で辞めてしまう優秀な医師よりも定年まで働いてくれる平々凡々な医師の方が有難い、と思う程に、医師の少ない地域があるのだ、という事実に少しで良いから目を向けて欲しい。
産休・育休をしても尚女性医師が長く働ける職場を、と言うならば、お互い様精神で、男性医師だって同じ様に休ませて欲しい。女性医師の休みは認めろと声高に叫ぶならば、同じ様に男性医師にも同じ期間だけ育休を取得する権利を声高に叫んでくれ。
『女性は妊娠・出産するから優遇されて当然でしょ!』ではなく、女性であろうが男性であろうが同じ様に当直を行い同じ様に休みを取り同じ様に昇給して同じ様に家族との時間を持てる様にと主張して欲しいだけである。
が、現状、当然比較論ではあるが妊娠・出産を機に投資に見合ったペイもせぬまま医者を辞める女性は多く、その穴埋めを男性医師が当然の如く行っている以上、男性に下駄を履かせたり、女性を少なく取ったりしたって『当然だよなぁ』と思うのである。
少なくとも、医者になりたいし母親にもなりたいの!と思うならば、実家のフォロー/パートナーのフォロー(※26)/民間(例:シッター)のフォローなど、両立出来るだけの道筋を立てられるかどうかを、一度考えてみて欲しい。
※26:我が家の場合は『奥さんに丸投げ=パートナーのフォロー』なので、真面目に女医を成立させるならで自分の代わりに家庭を全て回してくれる人を探す案をおすすめしたいし、現状それで男性医師の家庭は回っているのだから、女性医師が真似ても上手く回る例なのでは?と本気で思っている
まずは一人一人が己の健康を顧みて、医師の負担を減らす事で、医師の仕事量の総数が減り、結果男女共に産休・育休を取りやすくする事を目指しませんか?
具体的には
・日々歩く、と言った最低限の健康管理を行う(成人病のリスクを下げる)
・(今のシーズンだと)熱中症予防をきちんと行う(急患の数も減らし、重篤な熱中症患者を出さない)
・予防接種を受ける(風疹騒ぎ、よもやお忘れではあるまいな…?)(※27)
・健康診断を受ける(数年に一度脳ドッグオプションを付けたり、市町村区でフォローしてくれるガン検診を受けたり、早期発見早期治療を目指す)
みたいな。
少なくとも、そういうフォローの仕方もあると思うので、ご一考頂ければ幸いです(※28)。
※27:予防接種については、医学的に受ける事も出来ない人(例:妊婦の風疹ワクチン)もいるのだから、少なくとも飛沫感染・蚊を媒体にした血液感染系の予防接種は医学的に問題が無いなら受けて欲しい。接触型感染である子宮頸がん、みたいな類のワクチンは医師家族相談の上自己判断で良いと思うけど、少なくとも不可抗力で他人にうつしてしまう可能性があるならば、皆で予防する、というのは基本的な事ではないかと
※28:これ、医者に限らず例えばサービス業に対しても同じだと思うのですが。と申し添えておく。お金も払わずにサービスだけを求めるのを止めて、サービスに見合った対価を払うか、或いは対価を払いたくないのであればサービスを求めないとか。まずは等価交換が基本でしょう?
この間、実家に帰ったら父親にぼそりと『(増田)を医学部にやれば良かった』とか言われた。
オメェ、あの時散々反対したじゃねーかよ。と殴ろうかと思ったけどやめた。
『属性:医者』をようやく辞める事が出来た彼は、ようやく『属性:父親』の練習を始めたばかりであり、目下家族との対話の練習中なのであり、まだまだ足りない日本語(※29)をフォローし、行間を読む日々は続きそうである。
車内でも(わたしは経験ないけど)踏まれたら痛いんじゃない?出入りもノロいし
子供児童や爺さん婆さん、脚が悪かったり、体調悪かったり、妊婦のひとなら全然許せるけど、ハイヒール履きは、公共機関のヒールか?なんて
第1子の出産を実家で行うことが結構ある。会社の同期は現状100パーセントで結構多い。
出産にかかる医療費は健保が使えず10割負担です。かなりの金額になるため、各種助成があります。
里帰り出産っていろいろ手間なのでこれがもっとスムーズだったら次も産みやすくなるかなと思ったので、記載します。
1、10割負担をやめて通常の病気と同じように健保使わせてほしい。
これだけでだいぶ病院窓口での手間は減る。今は助成を受けるために住んでる地区町村の発行したチケットを病院に持っていき医療費割引してもらいます。病院窓口でもどのチケットを使うか判断に手間がかかっていそうだし自治体側でも、これって個人ごと管理するの手間ですよね。
また、切迫流産気味だったりすると、その診察は健保適用で3割負担で済んだりするので保健適用と適用外が混ざってとても煩雑だと思うんです。
個人にチケット渡すんじゃなく各健保へ直接補助してもらえばいいんでは。
また前述の助成チケットですが他県では使えません。だから里帰りした時は病院窓口で10割支払って、出産後に領収書をまとめて東京の区役所へ持っていき申請書を出して還付を受けるわけです。後日銀行振込で戻ってきます。
これ、一人一人窓口で誤りがないか母子手帳と突き合わせて領収書をチェックするのですが、利用者、役所側共にかなり負担だと思います。
東京都は基本無料になるんですよね。しかしそのためには住民票がある区で医療証を発行してもらうことが必要です。ただし、医療証は都内でしか使えません。
発行には出産直後に手続きが必要で、先に保険証を入手しておくことが必要です。
出産後、まず保健組合に新生児の保険証を請求しますが新生児が例えば黄疸の疑いなどで診察を受けた場合保険証発行が間に合いません。また、子供の医療費を助成するのは親の住民票がある自治体なので里帰り時は窓口で無料にはなりません。(仮に住んでいても医療費助成のチケットはすぐには入手できないため窓口で一旦払います。)
保険証来る前は10割払って、保険証来たら会計再計算してもらって8割返してもらいます。そして子供医療費のチケットがあれば残りの2割も還付を受けるわけです。
これが私一人ではなく何人も発生するはずで病院側の手間、そして後から還付作業する行政のコスト、出産間もない母親の手間を考えると無駄以外の何者でもないと思います。
(里帰りしてる場合、電話で住民票のある自治体と何度もやり取りして郵送などの依頼をすることになる)
産後すぐ、乳児が通院している状況というのは母親からするとかなり辛いです。その中でこの様な手続きをするのは精神的にもかなりこたえますよ。
3、予防接種
里帰り出産で仮に乳児が通院を続ける又は母親の体調がすぐれず、2ヶ月目まで実家などの他県にいる場合、予防接種をその県で受ける事になります。
予防接種の内容は決まっているので、どの県でも受けられると思いますが、これも親の住民票がある自治体で受けないと保証と助成は受けられません。
助成が無い場合2か月目には予防接種だけで5万円ほどかかります。
助成を受けるためには、住民票がある自治体に書類申請した上で里帰り先の保健所長への書類を作成いただき、保健所長からの書類を持って小児科を予約することになります。
余談ですが、各自治体のホームページに手続きの仕方をもっと詳細に記載してくれれば、なんども電話せず済んだのと、自治体ごとに依頼システムや書類のフォーマット、入力項目が違うのどうにかなりませんかね?
これらを楽にするには
母子手帳と保険証があれば全国どこでも子供は無料で予防接種や医療を受けられるようにするだけです。
自治体のサービスに特色を出すために、自治体ごとに助成業務をやるのはわかりますが、全国で共通で決まってるところは統一ルールでシームレスにして欲しいです。
他にも色々あるんですが、
「出産してよかったなあ、次も安心して産めるなあという気持ち」よりこんな仕組みでよく回してるなあが大きかったです。
時間軸が働いていた頃と違って時間かかりすぎ、手続きや運用に無駄多すぎで、会社の理解がなければとても仕事しながら産めるものではないなあ、と感じました。
(バリバリ働きながら子供産むなんてこのままだとありえません。1人目はこんなにひどいと知らなかったので産めました。会社に迷惑かけました。)
追記1:
産前の妊婦健診は産休を取るまえに数回、34週からほぼ毎週通院します。そのため里帰り出産者は必ず還付が発生することになります。
追記2:
煩わしいなら夫に、という意見はわかりますが最初からシングルマザーが利用しにくいのが前提では制度として良くないと思います。
また、祖父母もフルタイムで働いている人増えてると思います。全て頼れない人向けに制度設計してこそ出生率は上がると思います。
この間のぶんもまとめて日記。
前回はすんごく暇だった。何故かというと、店の前の幹線道路の数キロ先でお祭りがあってその一帯が通行止になっていたから。
たぶん通行規制が解除されたら混むんだろうなと思ったけどその頃にはもう私は帰った後だろうと思った。
九時前後に、早めに上がったお祭りのスタッフらしき人達がご来店。ちょっと混んだ。皆顔が日焼けで真っ赤だった。あの地獄の様な暑さでよくお祭り中止にならなかったよなぁ。
話は脱線するけど、お祭りでは数年前まで、地域の保育園幼稚園の年長さんが大集合してお神輿を担ぐ事になっていたんだよね。しかも午後の暑い最中に。大人の神輿担ぎ人の地下足袋のゴム底が融けて足の裏を火傷するような暑さなのに(私の経験談である。)バッカジャネーノと思ってたらうちの子供が年長になった年に子供神輿は取り止めになった。セフセフ。
脱線終わり。
ずいぶん早くにイケメン正社員氏出勤。いつもギリギリアウトくらいで出てくるのに、今日はもしかして、祭りのせいでシフトの交替間際に混むかもしれないから早めに出勤してきたの!?やだ~~~顔だけじゃなくて内面もイケメン!!?と思ったけどそうではなかった。
用があってバックヤードに入ったら、むせかえるほどのミントっぽい臭いがむわぁぁぁぁぁっと来た。なにこれくっせぇ~!って思ったら、事務所の床に正社員氏が直寝していた。
凄まじいミント臭の発生源はお前か。よかった口に出して「くっさ!」って言わなくて。
なんだろう、この人ミントの整髪剤で髪固めてミントの制汗剤振りかけてアイコスミント吸っておやつに最近流行りのチョコミントでも食ったのだろうか?車の消臭剤もまさかミント臭?それくらい猛烈に臭ったのである。
接客業としてどうなの。お前つわり中の妊婦さんに出会い頭にゲロ吐きかけられても文句言えないよ。
と思ったけど言わなかった。
ただ単に寝に来ただけの正社員氏の向こう側に用事のブツがあったので、用事は諦めてそっとバックヤードを出た。
予想に反して帰り際も混まなかったので普通に帰った。
そして今日。
特に何でもない日だったし、いつもの様に出勤直後(18時)だけ混んで後は普通の混み具合だった。粛々と仕事をこなした。
ただ、火曜の相方と仕事をすると何故か違算が出がちなので、なんかやだな~と思っていた。出来るだけ自分の担当レジを死守しようと思ってたけど、ちょっとレジを休止して他の仕事をしている隙に、お客さんが休止の立て札を無視して私の担当レジに並んじゃった為に、相方が打っていた。しかもレジの担当者変更しないで私の名前で打ってたオォウ!
そんな日に限って違算が出ましたよっと。そしてそんな日に限って相方はノーミスなのでご機嫌である。
でも人を疑うのはよくないな。私だって完璧超人じゃないんだし。トホホな気分で違算補充用の隠し小銭を探したら無かった。お店にはいつも少額の違算を無かった事にするための小銭がストックされているのだけど、それがまるっと全部消えていた。ま、きっとオーナーにバレたんだろう。
友人が鬱だか適応障害だかで仕事を辞めて通院、薬も飲んでいたみたいだ。
当時自分は妊婦だった。仕事もしていなくて暇だったので、よく相談に乗っていた。
その友人に呆れた出来事がふたつ。
1つ目。
その友人も見舞いにきてくれた。
来てくれたのは嬉しいが、友人の同居している家族にインフルエンザの人がいたらしい。
「家族がインフルエンザじゃ感染ってる可能性があるんだから見舞いになんかきちゃダメだよ」という内容でなるべく責めないように注意した。
せっかく見舞いに来てもらったし、しばらく話していたら、途中からマスクを外していたのに気付いた。
2つ目。
暇だったし特に何もなかったのでオッケーした。
ただ、お腹が急に張ったときに等、「自分が相手できなくなった時に友人が手持ちぶさたになると悪いので、〇〇ちゃんでも呼んだら?」と説明もちゃんとして、気が利く別の友人も誘ったら?と言った。
「わかった、誘ってみる」と返事がきた。
その後グループラインに「明日パーティーするけど来る人〜!」みたいなノリのことが投下されていた。
自分は慌てて「大人数は無理!入院した時にあまり動けないことも説明したでしょ?できるのはせめてふたり!ちゃんと訂正して!」とラインで叱った。
そして「誰と来るか、何時に来るかを報告してね。こちらも用意等があるので」と言った。
友人はわかったゴメンと、グループラインに「今のナシ」と投下したので大人数パーティーはなくなって安心した、が以降友人からの連絡が来なかった。
その時は〇〇ちゃんを誘っているんだろう、〇〇ちゃんも仕事かなんかで忙しいんだろう、と思って日付が変わるあたりまで待っていたが連絡はこなかった。
もしかしたら叱ったことで割とションボリしてたみたいだし明日は来ないことになったんだろうか、どちらにせよ連絡のひとつくらいほしかったな…と思いながら寝た。
朝遅くラインの音で起きたら「今から行く、××時に駅につく。車のお迎えよろしく」という内容。
入院中に運転禁止されてることも話したのにな、それに臨月なのにな、結局誰が来るのかも聞いてないのに、山ほど文句があったがとりあえずもう余裕がないのでタクシーか歩きで来いと返信しておいた。
なんていうか一瞬しょんぼりするだけで、本当に理解してんだろうか?ぬかに釘のような気分だった。
〇〇ちゃん来れなかったの?と聞けば誘ってないという。
グループラインでは繋がっているが、個別だと繋がってないから。そんなことを言い出した。
じゃあ繋がればいいじゃん!
何で何時に来るかとか何人で来るかとか教えてくれなかったのかと聞けば、ラインで叱られた後しょんぼりしてたから。
過ぎたことはしょうがないから、こちらも色々用意があるんだから今後はしっかり連絡してと言えば、ともだちを家に呼んだことがないから知らなかった。家にともだちをあげてはいけないと親に言われていた。だからそんな配慮はできなかった。親のせいだ。
そういう家庭の事情があったとしても成人の口から出てくる言葉か?と呆れてしまった。
ラインで叱った内容をもう一度繰り返して叱っておいた。
もっと優しくするべき?
上司から最初打診されて断ったのに、その後何の断りもなくいきなり幹事にされてびっくり。
「どうしても人がいなくて」とかそんな風に上司がそのあと直接言ってくれたらまだよかったけど、いきなり同じ部署の別の人から「あなたと私で幹事と聞きました」ってメールが来て、どうしていいかわからない。
でも今は妊婦だし、体調が急変しないとも限らない。
実際一ヶ月前の部署の飲み会の日は、当日つわりで起き上がれなくて、結局会社にすらいけなかった(もちろん幹事ではない)。
確かにここ2週間くらい体調は良い。でも1ヶ月後はわからない。
正直また体調が悪くなってドタキャンになってしまうんじゃないか、幹事なんてやったら迷惑をかけてしまうだろう、という気持ちが強い。
仕事なら1日くらい休めるし在宅勤務で横になりながら仕事もできるしテレビ会議もできるけど、飲み会はその日その場に居ないと意味がないし。
というかこの辺の話をした上で「迷惑をかけられないので」と断ったんだけどな。
どうしたらいいんだろう。
常識の無い学生に常識を教えているのだから、教育機関として正しい仕事をしていると思うな。「人生かかってる」状況で、平気で10分遅れた上に逆切れするような人間、もう一年やり直して反省したほうがいい。
で、「パパ」と一緒に「直談判」か。やれやれ。学校の規定を守る責任者相手に何を話しに行くつもりやら。
一応言っておくが、あんたら親子がすべきことは「土下座して慈悲にすがる」「(相手が理由を聞いてくれたら)死ぬ気で『それはルールに優越する特殊事情だ』と相手が納得できるような言い訳を述べる」の一択だからな? 倒れてた妊婦を助けてたとか、父子家庭で父親が危篤で倒れたところで病院に連絡しようとしたら不良に絡まれたとか、交通事故にあったとか。
それ以外のことを口に出したり態度に出した瞬間、100%終わるよ。間違っても「融通効かせて」なんて言うなよ。教務主任と言うのは「融通効かせない」のが仕事の人なんだからな?