はてなキーワード: チケットとは
危うく航空チケット買うところだったぜ
本人のツイート
釧路空港のピーチ便では、事前にマスク着用推奨や例外申請の案内のアナウンスはなされませんでした。チケット発券から搭乗口までマスク未着用でしたが、いずれの係員からも何の指摘も受けておりません。事が生じたのは機内で座席に座ってからです。 https://t.co/5LYiSjJkeX— マスク未着用途中降機乗客 (@mask_passenger) September 9, 2020
実はオフ会したのは2回。
1回目は飲酒しただけ。泊まり無し。そのときはまだそこまで拗らせていなかった。ちょうどちょまどがマイクロソフトに就職したころで、ちょまどへのヘイトを垂れていたのだけ気になった。
2回目は、ツイッターで俺が「広島東洋カープのズムスタチケットあるからだれか一緒に行くか」とつぶやいたらそいつが乗っかってきたので一緒に行った。チケットのお礼として二次会はおごると言っていたのだが、酒が回るにつれどんどん拗らせた部分を露出していき、次第に憎悪垂れ流しマシーンになり、俺は適当に相槌をうつだけの機械になった。会計の際「チケットの礼してくれるんだろ」と言うとすごい勢いで逆上しふじこふじこ言い始めたのでじゃあいいよと結局なぜか俺が払うハメに・・・。
なんで黄レンジャーって食べ物担当食いしん坊さんなイメージなのかしら?
5色のレギュラーメンバーの他に
無い色の黒とか白とかの味方は
たまに甥っ子のそう言うテレビに付き合わされることがあるんだけど
見てもさっぱり分かりません。
と言うかなんで戦いたがるのか私にはさっぱりだし、
剣で私を刺そうとしたり斬ろうとしたりしないで欲しいわ。
それはさておき、
もう世間ではマスク持ってないとアウトな習慣のエチケットになりつつあるんだけど、
着用すれば暑いの間違いなし!って決まってみんな気付いてるはずよね。
拳を突き上げて言いたいときにそう言った格好ができるってだけの
そうそうあと、
やっぱり交通費ガッツリ負担してくれた方が少人数のパーティー旅行では
いいような気がするけど、
何でもかんでも対象って訳じゃ無いみたいで
え?どこに泊まってもいいんじゃないの?って
もうイメージだけの戦略の円卓で決まった絵空事なのかもしれないけど、
連休はさてどうしようかしら?って
きっとあちこちそっちもこっちも
人が大いに決まってるんだから
これはゴールデンウィークに勝るとも劣らない秋のゴールデンウィークもとい
シルバーウィークなんて言葉もうどこでも聞かなくなったぐらい2000円札よね!
そのぐらい浸透してないモノって
他にも無いかしら?って思うの。
生活費と生活費に賭ける!ってもうこれもほとんど博打的な意味合いがマックスよね。
身から出た錆にならないように、
こころして5000円ポイントを使い切るまで!って私もはてなのブログでそう言ったタイトルのブログを始めようかな思った次第よ。
うふふ。
この人よっぽどハムタマゴサンドが好きなのねって思われても嫌だし。
水出しルイボスディー茶。
手間無くボトルにお茶パック入れて簡単出来上がって仕上がりも美味しいから便利よね。
サクッと飲んで朝の目覚めね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ドコモって金扱ってるのに金融庁所管じゃなく総務省管轄で、そのせいでコンプラ意識が低い。
dエンジョイパスっていう有料のクーポンサービスがあり、一時ドコモはわりと頻繁に広告を打っていた。バナー広告では人気の施設の入場料が相当ディスカウントされて表示されており、それを目当てにクリックすると、入会を促される。該当のチケット小さく数量限定とは書いてあったが、それが何枚で、まだ残っているのかどうかは会員にならないと知る術がない。該当のチケットは数日前に開始したばかりでまだ1ヶ月近く販売期間が残っていた。
果たして入会すると、期間開始数日後にもかかわらずチケットは既に枚数終了とあった。そしてドコモは期間が終わるまで一月近く、すでになくなっているチケットをダシにして広告を掲載し続けていた。
さて景表法5条は優良誤認を規制しており、ネット広告での真実ではない広告も取り締まっている。
動画配信が全部見放題かのように広告を打ち、全部見放題ではない小さな文字での打ち消し表示を不十分として課徴金を受けるなどの例がある。
これドコモも相当景表法違反じゃんと思ったが会費が低額なせいか誰も注目していないサービスのせいか問題になることはなかった。
もしこれが金融機関だったら、こんな広告の企画は絶対通らなかったと思う。金融は景表法をめちゃくちゃ気にするからだ。FSAが厳しいからだ。元々は単に携帯電話キャリアだったのかもしれんが、金融機関の真似事をして金を扱うなら携帯会社もFSAの管轄にしてゴリゴリに取り締まったほうがいいと思う。
婚活が終わったので脳に蓄積した要らないものをアウトプットして捨てようと思う
行ってた相談所では交際1ヶ月で意思確認、その後1人に絞ってから3ヶ月で結婚退会、というルールが決まっていた
それを3ヶ月やったところでお互いの何を知ってるというのか、と
それをカウンセラーに言うと、結婚していく人は週1と言わず時間取って会うし、会わない日も連絡を取り合っているようだ、と
これを聞いて私は、そもそもの恋愛経験値・コミュニケーションスキルの前提が違い過ぎる、そんな話はコミュ障で出不精で人付き合いが苦痛でしかない自分には何の参考にもならないと思ったものだった
3ヶ月の感覚は違っていたとは思う
次の約束が苦にならない
相談所には4年半在籍したが、それまでは見合いも交際も基本的には努力と苦行だった
平日残業疲れで帰宅し、交際相手との週末の予定について週中ごろから調整連絡をし、当日は早く起きて身支度をし会っている最中は努めて明るく楽しく過ごし、別れてからやっと一息つく
毎週会うのは疲れるので、週末に用があって1週あくとちょっと楽になった気がする
そうしているうちに相談所から連絡がある、交際についてどんな状況ですか?と
うんざりしながら当たり障りのない返事を遅れ遅れに返す
相手を絞る段階に進む前は、毎月のように申し込み締め切りに追われて、チケットを捨てるのもなんだしと手当たり次第に申し込む
交際している最中に別の見合いが入ることもたまにあり、そうすると土日が婚活で潰れる、休めない
お断り連絡や終了の連絡が来るのは落ち込むが、一方で
これでしばらく1人でゆっくり週末を過ごせると安堵する
そんな感じだった
相手と会うのはとにかく疲れなかった
毎週会っても疲れなかった
3ヶ月の結婚退会確認の時は、まだ3ヶ月なんだっけ?と感じたくらいだった
それまでは2ヶ月で結婚の話切り出されても、と思ったし、会って3ヶ月の人と結婚を決められるほど知り合えるはずもない、と思っていた
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10110606145
紙が詰まったら、不具合が起こったらサポートを呼ぶしかないからです。
ごめんなさいでは済まされませんけど。
一番最初と最後だけでよさそうなものを、真ん中の段落で営業損失三連コンボ決めてる。
強い&強い。
目論見全部外れてんのだわ…………。
観劇が好きなオタク、東京へは高速バスで1時間半ほど。コロナ以前はだいたい月1〜2で観劇していた。春〜6月頃は公演が次々と中止になり、その頃は金戻ってきてたしどう考えても無謀なのでしゃーないほしかったゲームなり買うか〜くらいの気分であった。今の方がしんどいかもしれない…。
いつも「来月には1人で行くくらいは許される感じになってるだろう…」と思ってチケットを入れる。当日が近づくにつれ全然移動制限が解除されない現実に気づいて諦めて払い戻す。最近は「周りに陽性がいる」「自分に風邪っぽい症状が出てる」とか条件付きの払戻が増えてきた。再来月にはまた以前のようにキャンセルできない感じになるのかね……。
今回は流石に行くぞと思って色々の準備を進めて来たけれど、ここにきて職場の人の妊娠が報告された。妊娠………妊娠か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜一番万一電車とかでコロナ貰ったらヤバい案件が転がり込んでしまった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!23000えんはらってさあ、す〜〜〜〜〜〜〜〜っごく良い席、もうこの先いつ取れるかわかんないくらいの神席ご用意してもらってさあ、それもフイにしなきゃいけなくなっちゃうよ……………………と報告聞いて、拍手しながら考えてしまう己が、醜くて嫌になるんですわよ…………………….…………………………………………………………。って自分勝手なこと 良識ある友人たちには絶対言えないからここで吐いてちょっと泣いてる フォーナインのライムうまいわね
なんで…? 作ってるんだよね…? 転売は違法じゃないとかいうけれど、ファミコン時代の「許可していないカセットを販売したら訴えるよ」って圧力の方が違法性高そうだし、なんとかなるんじゃないですかね…ならないのかな…。
オークション・フリマ・古本屋禁止って同人誌では見かける。もちろん法的な拘束力は無いが、例えばヤフオクで転売禁止の商品である旨を通報すると取引が停止される。著作権が権利者の意思を尊重されるように、商品だって売り手の意思を尊重して欲しい。著作者人格権ならぬ、著作物再公開権とか、著作物公共性とか
自分はレア酒とか買わないんで分からんが、十四代の蔵元が嘆いていたのが妙に心に残っている。自分のところからは数千円の酒しか出していないのに、数十万で取引されるのが、悲しい、と。とても辛そうに。なんかもう法律どうこうよりもおじいちゃんが作ったものがおじいちゃんの意図しない形で売られているのがひたすら悲しくなった。
コンサートチケット転売のときも結局法的に処置はできなくて、結局こうなった。希少な物品が高価なのは致し方ないが、公式が高くしない理由を無視して高くできるのってなんなんだろう。供給を十分にすることでしか対応できず、供給するから転売屋から買わずに待ってねって赤字出して作らなきゃいけないってなんなんだろう。
古物商が取り扱う商品を、発売後一年以上経っているものに限るとかすればすぐ収まるんじゃないの…? 本や CD はそうなっているのに。
でも客観的な意見は欲しいので何か思うところがあれば是非教えてほしい。
三行でまとめるとこう↓
1.一般人だった推しグループが「自分たちのやりたいことをやるため」に会社(事務所)を設立した
2.いつの間にか事務所の規模が大きくなり「事務所のために推しグループが働いている」ような印象になった
3.増田的にはそれが受け入れ難くヲタ卒も視野に頭を悩ませている
以下、経緯を主観交えつつ紹介
隠すつもりもないから大してぼかさないけれど、増田の推しは今年結成11周年を迎えるゲーム実況グループだ。彼らはゲーム実況だけでなく音楽も活動のメインに据えていて、CDをリリースしたり毎年のようにライブツアーを行ったりしている。
はっきり言って万人受けするタイプではないが、そのおかげか熱量の高いコアなファンが付きやすく、あけすけに言えば「金払いの良い」ファンを多く抱えている。増田などはまだ序の口の方かもしれないが、二日連続スパチャで満額投げたこともあるし、先月はオンラインイベントやグッズ販売が重なり推し活費だけでカードの請求が10万を超えた。推したちが「生身の男性」ということもあり、ファン層は今アツいVTuberのオタクよりはジャニオタに近いと思う。とにかく推しに金を使うことに躊躇がないのだ。
そんな推したちが会社を設立したと発表したのが、2015年1月のことだった。もちろん驚きはしたが、既にアルバムも3枚リリースしていたし、単独音楽ライブもやっていたし、企業とのコラボもしていたし、活動の幅が「ゲーム実況者」の枠を越えるくらいには広がっていたので、増田としては自然な流れかなと思った。会社に所属する理由は「個人でやるには限界があるから」、自分たちで会社を作る理由は「既存の事務所に入るのでは自分たちのやりたいことができなくなるかもしれないから」と、そんな話がされていたのを覚えている。だから会社設立自体は、今でも悪い話ではなかったと思う。
当初、この会社はあくまで形式的なもので、手続きやスケジュール管理をやりやすくするためだけのものだと思っていたし、実際その後も特に「会社のにおい」を強く感じることはなかった。もちろん、グッズ販売やライブツアー、テレビやイベントへの出演等は会社あってこその案件だったのだろうし、ニコニコと違いYouTubeに上げられる動画は外部の編集によるものになっていたが(これに関しては当時から不満が多かったが)、彼らの本質が変わったような印象はほとんど受けなかった(YouTube進出後初期はだいぶ空回っていたものの)。
会社の存在をはっきり認識したのは、2017年2月のこと(実は2016年夏のライブチケットには事務所名が記載されていたのだが、当時は全く気付かなかった)。メンバーの一人が雑誌上で行っていた企画がテレビ番組化し、そのゲストとして事務所(つまり推しグループの会社)の社長が出てきたのだ。
社長は、それ以前から推しグループに関わっている人物だった。音楽ライブではバンドのサポートメンバーとして出演している人であり、メンバー曰く「色々手伝ってくれる人」だった。そうした面から社長を良く思う人もいれば、メンバーに対する過去の言動を理由に社長を良く思わない人もいる(増田は後者だ)。
メンバーの冠番組に、他のメンバーを差し置いて出てくるくらいだ。さぞかし「社長」としての力が大きいのだろう、と当時は皮肉交じりに思った。案の定、番組放送後は掲示板もTwitterも社長批判派と擁護派の論争で荒れに荒れた。これを端として「事務所」や「社長」の存在を認識した人は多かっただろう。
明確に事務所への不満を抱くようになったのは、2019年。この頃には活動の場はほとんどYouTubeに移っていて、動画投稿や生放送もこちらが中心になっていた。
この年から目立つようになったのが「スケジュール管理の杜撰さ」と「動画の編集」、それから「企画の過激化」だ。編集についてはYouTubeウケを狙うための試行錯誤もあるのだろうが、ニコニコ時代から見ている層としては過剰に感じる部分が多く、演出に関しては正直「スベっている」と思うことも多い。まあ、これは完全に好みの問題なので取り立てて騒ぐほどでもないのだが、スケジュール管理に関しては本当にどうしようもない。
翌日に予定が入っているのに長時間の生放送をセッティングしたり、メンバー発案の料理企画生放送の日に大食い系動画の撮影をしたり、短期間に生放送の予定を詰め込んだり……。「なぜそうした?!マネジメントとは?!」と思うことが多々あった。「事務所」であるならそれくらいはきちんとしてもらいたいものだ。
企画の過激化については、なんというか、メンバーが体を張って笑いを取らされる企画が増えたように思えた。「今までならそれは罰ゲーム扱いだったのでは」というような内容(たとえば激辛や痛い系)が普通に企画や競技に採用され、見ていてつらいと思うことが増えた。そんなことをせずとも推しは面白いのに、というファンとしての贔屓目もあるかもしれないが。
その他にも他所とのコラボレーションやMVの内容など、不満を感じる部分は所々であった。だが、推したちのことは好きだからそんな不満たちはぐっと飲み込んで我慢した。
しかしそんな中、事務所からCMの仕事を募集するプレスリリースが出される。それも、推しグループをタレントとして前面に押し出してだ。
推しグループは、確かに「有名になりたい」とは言っていた。YouTubeのチャンネル登録者を増やしたいとも言っていた。だけど、CMに出たいなんて発言をしていたことはない。
もちろんCM出演は知名度を上げるにはいい手段だろう。だが、彼らの魅力は「ゲーム実況」と「音楽」にあるのではないのか?CMで有名になって、それでいいのか?そもそも、商品紹介動画で商品の利点も欠点もズバズバ言う彼らにCMキャラクターが務まるのか?彼らを知らない人が彼らの姿を見ても「なんだこいつら」としか思われないのではないか?最悪の場合、悪印象を植え付けることのほうが多くなるのでは?
正直、全く意味がわからなかった。なぜ、推しグループがこんなことをしなくてはいけないのかと思った。これは彼らがやりたいことなのかと首を傾げた。(この件に関してメンバーはほとんど触れていない)
しかし、事務所のホームページと社長のツイートを見て何かが繋がったような気がした。どうやら、事務所は映像制作やタレント育成に力を入れていく方針に転換したらしい。そこでなんとなく、推したちはそのための実績作りに利用されていたのではないかと思った。事務所が事務所として仕事を得るために、推しグループが客寄せパンダ的に働いている。そんなふうに思わされた。
毎日アップされる動画、月に三度は行われる生放送。それらを撮影、編集するのは今となってはほぼ全て事務所スタッフの仕事だ。過密なスケジュールや意図が不明な企画、演出も、スタッフの仕事を生むためにあるのなら……。推したちの自主性はどこにあるのだろう?
事務所は、推したちが自分たちのために作ったものではなかったのだろうか?推したちは今、何がしたいのだろうか?
推したちが今の状況をどう思っているかも分からないのに、勝手に飛躍して、悲観して、自分で自分の首を絞めている自覚はある。
だが、少なくとも推したちの主体性、自主性が失われつつあるのは間違いないだろう。動画や生放送の企画内容についても、グッズの販売情報に関しても、彼らが把握していないことはままある。与えられたタスクをこなしている。最近はそんな印象を受けることがほとんどだ。
増田は、そんな状況が耐え難いのだ。
推したちは、推したちだけで十分面白かった。誰かに企画を考えてもらわなくても、今風の編集をしなくても。毎日動画を投稿しなくても。
いわゆる懐古厨の意見であることは間違いないし、合わないと思うなら離れればいいというのも分かる。だが、推したちのことは好きなのだ。ただ事務所の方針が合わないというだけで。
お、お、お、おにぎりが好きなんだな。
山下清です。
ウソです。
私が応援している推しの演奏家さんがやってるラジオでお便り読まれました~!
わーい!
もう往年の國府田マリ子さんしか言わないそんなドンドンヒューヒューパフパフなんだけど、
あと
もう國府田マリ子さんとヒュージャックマンと華原朋美さんぐらいしか言わないわよね。
でさ、
打率としては二割五分弱ってところかしら?
お便り少ないのかしら?って不安になるけど、
でもなかなか採用率高しだと思わない?
まあ嬉しいっちゃ嬉しいのでまたお便り書くわね!
お便り募集して少なかったら可愛そうなので、
賑やかしに送ったら読まれちゃったって感じで、
クールを超装う感じがまたよくない?って自分で言っちゃうけど。
ここんとこライブもコロナよろしく中止になってることが多くて、
この秋にいよいよライブが開催されると言うことで、
その時は遠征費いらないので助かりまくるけど、
遠征費の捻出に余念がないこの4年なんだけど、
これ全部経費に回せちゃうのかしら?って
応援を生業にしていたら応援業としての帳簿が付けられるはずじゃない?
でも税理士さんに聞いたら、
これ全部経費に回せて良いのかしらって「お、おう」と言う一抹の不安を抱えつつ、
まあ申告するときに、
怒られるときは怒られるでしょ?ってスタンスでしれっと計上したもの勝ちってことらしいの。
もう生きていると税金との戦いになるのよね。
こればっかりは。
秋のことを考えるとゾッとするけど、
頑張るわ。
うふふ。
間違えてミックスサンドを買っちゃったときの過ちを二三度繰り返さないように、
たまにこれやるのよね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
タイトルの通りだ。
友人が亡くなってるかもしれない。
この事に気がついたのは数時間前で、自分はそれを某ソシャゲ内のたまたま見たフレンド一覧のログイン時間から気がついた。
正確には友人がこの所ログインしていない事に気がつき、何かあったのだと思った。
友人は2年程前に病を患ったが、闘病の後快復しており、
去年の年末はまだ完全に治ったわけではなかったがゲームのイベントに一緒に赴きだらだらと遊んだ。しかもその後自分が体調を崩して寝込んだ。
年明けには海の向こうで何やら新型のアレが流行だしたと言う所だったが、まだそこまででもなかってので普通に開催されたバンドのライブをマスクをつけながら一緒に観た。
ただ直前再発したかもということはツイッター上で報告したのを確認しており、無理はするなよ的なやり取りをした覚えがある。
当日もあまり具合は良くなさそうだったが、ライブの直前まで某コラボカフェいたとか話を聞いた。
この時友人が死ぬ。なんて思うわけもなく、ずっとこのまま適当に関係は続くものだと思っていた。
たまたま名簿順の前後で、クラスで唯一オタク化が進んでいたオタク同士だったので2人で話す事が多かった。ただそんなに趣味が合ったというわけではなかったので深い話などする事もなく、アニメや漫画の好きなキャラの話とか他愛もないことを話していただけだった気がする。
唯一、年明けに見に行ったバンドだけがたまたま本当に2人だけの共通項で、そこから一緒に出かける関係になったんだったかな確か。
友人との関係はそんな感じで薄っぺらくて、主にメールと友人のHP→mixi→ツイッターって感じで細々と場所を変えながらたまにやり取りを交わして続いていた。家がそこそこ近かったのもあって高校で離れてからもたまに家の近所で会ったりして。
でもお互い相手の家に入った事はない。いつも私の家の前で立ち話をしていた。私は友人の家は知らない。山を一つ超えたらあるぐらいしか知らない。打ち込んでて本当に友人だったのかな…と思う。
お互い割と口数が少ないのもあって、本当に腹を割って話したという事がないのだ。
自分は本当にコミュ障なのだが友人はコスプレをやってたりした事もあって知り合いが多そうだった。
でも近所で同級生でというと自然と自分になるのかなといった感じで、利用…というと語弊があるかもしれないが丁度いい埋め合わせ相手として見ていたのかなと感じる事もなくはなかった。
自分は前述の通りコミュ障でオンにもオフにも全く知り合いがいないので、自分を気にかけてくれるありがたい存在だと思ってるので気にしていないし、寧ろ自分でいいのかなと良く思ったものだ。
友人は割とツイッターを見ている方なのだがTLにはいなかった。
慌てて前にやり取りしたDM画面から友人のトップ画面に飛んだ。
固定にはお知らせとして一月前の状況が書かれていた。
病状は悪化し、もう余命いくばくもない事、これから緩和ケアになるという事。
ツイッターのアカウントは消そうと思うが消せるかわからない事などが綴られていた。
友人の呟きを辿ると入院時の呟きがずっと続いていて2週間前に止まっていた。
自分もツイ廃ではあるが、友人と繋がっている方は今は殆ど見ずに別のアカウントで下らない事を垂れ流している。
友人の報告にも何も返せず、最後の呟きにも何も言えず、ただ友人は普通に生きているのだろうと信じ切って普通に生活していたのが本当に悔しくて情けなくてどうしようもなく愚かだなと思って、ただどこにも吐き出す所がなくてここに吐き出しにきた。
凄い薄っぺらい関係だったけとそれでもやっばり自分にとって数少ない大事な人だった。
もうリプも貰えないし迷惑もかけられないし会えないとか信じたくないな。
ライブもイベントもいつ行く?とか話す事も頑張ってチケット取る事ないんだな。
友人は自分なんかよりも辛い環境で耐えて、真面目に生きてきたのにな。どうしてだろ。
ただの書き殴りなのでここまで読む人いないと思うけど読んでくれてたらお疲れ様でした。ドラマチックな展開とかなくてすいません。
亡くなってるかもしれない、というのは単に呟きが止まってるだけかもしれないのかが、上記の通り関係が希薄なので訃報がここまで届かないのもあってわからないからです。
どうにか住所調べて親御さんに話聞きに行ってもいいんだけどそれも難しそうなんですよね…だからいつの日か風の便りが届くのを待つしかできない。
生きていてくれたらいいんだけどなぁ。
小さい頃からぼうっとした子供で、本に顔を突っ込んで育った。自分にも他人にもいまいち興味が持てなくて、夢なんかも特になかった。
社会に出てすぐに詰んだ。同期が成長していく中、失敗ばかりで別の部署に回され、どうしていいか分からなかった。
始めは「炉心融解」を聴いて、ソフトが歌うことに感動して色々漁るも、そのレベルの調声はなかなかなく。ただ、アマチュアの人が作る曲が自由で面白かったから、最初は「歌ってみた」ばかり聴いていた。
そのうち、ソフトの声に慣れてきて、色々な曲を聴くようになった。
泣ける曲、かわいい曲、格好良い曲。トランスに民族調、テクノポップにメタル。いままで聴いたこともなく興味もなかった曲が、「初音ミク」を通して自分に入ってきた。
歌詞も面白かった。今まで聴いてきたような恋愛や人生応援歌もあったし、下ネタ、独り言のような歌詞、社会派、物語系。
「般若心経ポップ」「P名言ってみろ」「吹っ切れた」などの派生ブームも面白かったし、「踊ってみた」「弾いてみた」やMMD。いくらでも見る動画がある。
電車に乗っていて、「もしかしたらこの人が、自分の好きなボカロPかもしれない」なんて思った。絵師かもしれないし、ニコニコ技術部をやっているかもしれない。
基本的に何をやってもいい、カオスな空間。誰でも何か得意なことがあって、ネットに何かを上げれば、好きになってくれる人が必ずいる。
そんな風に思ったら、世の中が本当に変わって見えた。
ネタでつけるタグやコメント、広告。ユーザーが遊べるところも多い。検索くらいしかネットに触れてこなかった自分が、ランキングにかじりついては毎晩、睡眠時間を削ってワクワクしていた。
初音ミク発売当時は、カラオケ化やTVでの取り上げられ方で揉めたこと。発売元の会社が、創作可能なルールを作り、作る人を守るために戦ってきたこと。そんな事情を知ったのはもっと後のことだ。
「Tell Your World」がTVで流れ、「ODDS&ENDS」が発表された年が、ある意味ボカロのピークだったかもしれない。
赤レンガ倉庫で平日に開催されるライブに、有休をとって行った。自分でチケットを取るのも、人を誘うのも初めてだった。
初めて、生でボカロP(さつきさん)を見た。ウォータースクリーンだったけど、ミクが歌って踊るのを見た。チラシの裏いっぱいに感想を書き殴り、帰りは電車を二度間違えた。
八景島のイベント。ファミマコラボ。Divafのために初めて、ゲーム機というものを買った。
「NyanCat」がネットミームになったりする一方、「カゲロウデイズ」の人気が予想外の状態を生んだ。
いままで挨拶や冗談が書かれていた、曲の投稿者欄に、歌い手版との同時UPや、メジャーアルバムの発売が告知されるようになった。
勢いのあるP側とはうらはらに、コメントの民度がみるみる下がった。カゲロウプロジェクトやKEMU VOXXの人気もあり、低年齢の視聴者が、どっと流れ込んできたのだと思う。
商業化への意見、ボカロ厨やカゲプロ厨への嘲笑は、ネットを沸かせる一方。
ジャンルの外側からも内側からも衝撃を受けたけれど、一番許せないのは自分だった。
ずっと、「作る人」を尊敬して愛してきたつもりでいた。でも結局、「ボカロを使わないその人」を、心から応援するのがすこし、寂しい。
それから何年も経って。
kemu氏が「拝啓ドッペルゲンガー」で衝撃的に正体を明かしたり、ハチとして戻ってきた米津さんに、ジャンルを「砂の惑星」と呼ばれたり。
色々なことがあったけれど、今もまだ、ボカロを聴いている。ヨルシカの曲も好きだ。
クリプトン公式がコラボしている曲。「ヒバナ」や「DECORATOR」を聴いて思うのは、そろそろ潮時なんじゃないかということだ。
今までの自分は、ボカロを盛り上げるために何もしてこなかったな、と思った。
自分にできることをやろう。今まで考えてきたこと、あったこと。小説にして残したいな、と思っている。
曲も作りたい。努力はしなきゃいけないけど、基本的には誰かが聴いて、1人でも気に入ってくれたらそれでいい。
ミクさん。
小さい頃からぼうっとした子供で、本に顔を突っ込んで育った。自分にも他人にもいまいち興味が持てなくて、夢なんかも特になかった。
社会に出てすぐに詰んだ。同期が成長していく中、失敗ばかりで別の部署に回され、どうしていいか分からなかった。
始めは「炉心融解」を聴いて、ソフトが歌うことに感動して色々漁るも、そのレベルの調声はなかなかなく。ただ、アマチュアの人が作る曲が自由で面白かったから、最初は「歌ってみた」ばかり聴いていた。
そのうち、ソフトの声に慣れてきて、色々な曲を聴くようになった。
泣ける曲、かわいい曲、格好良い曲。トランスに民族調、テクノポップにメタル。いままで聴いたこともなく興味もなかった曲が、「初音ミク」を通して自分に入ってきた。
歌詞も面白かった。今まで聴いてきたような恋愛や人生応援歌もあったし、下ネタ、独り言のような歌詞、社会派、物語系。
「般若心経ポップ」「P名言ってみろ」「吹っ切れた」などの派生ブームも面白かったし、「踊ってみた」「弾いてみた」やMMD。いくらでも見る動画がある。
電車に乗っていて、「もしかしたらこの人が、自分の好きなボカロPかもしれない」なんて思った。絵師かもしれないし、ニコニコ技術部をやっているかもしれない。
基本的に何をやってもいい、カオスな空間。誰でも何か得意なことがあって、ネットに何かを上げれば、好きになってくれる人が必ずいる。
そんな風に思ったら、世の中が本当に変わって見えた。
ネタでつけるタグやコメント、広告。ユーザーが遊べるところも多い。検索くらいしかネットに触れてこなかった自分が、ランキングにかじりついては毎晩、睡眠時間を削ってワクワクしていた。
初音ミク発売当時は、カラオケ化やTVでの取り上げられ方で揉めたこと。発売元の会社が、創作可能なルールを作り、作る人を守るために戦ってきたこと。そんな事情を知ったのはもっと後のことだ。
「Tell Your World」がTVで流れ、「ODDS&ENDS」が発表された年が、ある意味ボカロのピークだったかもしれない。
赤レンガ倉庫で平日に開催されるライブに、有休をとって行った。自分でチケットを取るのも、人を誘うのも初めてだった。
初めて、生でボカロP(さつきさん)を見た。ウォータースクリーンだったけど、ミクが歌って踊るのを見た。チラシの裏いっぱいに感想を書き殴り、帰りは電車を二度間違えた。
八景島のイベント。ファミマコラボ。Divafのために初めて、ゲーム機というものを買った。
「NyanCat」がネットミームになったりする一方、「カゲロウデイズ」の人気が予想外の状態を生んだ。
いままで挨拶や冗談が書かれていた、曲の投稿者欄に、歌い手版との同時UPや、メジャーアルバムの発売が告知されるようになった。
勢いのあるP側とはうらはらに、コメントの民度がみるみる下がった。カゲロウプロジェクトやKEMU VOXXの人気もあり、低年齢の視聴者が、どっと流れ込んできたのだと思う。
商業化への意見、ボカロ厨やカゲプロ厨への嘲笑は、ネットを沸かせる一方。
ジャンルの外側からも内側からも衝撃を受けたけれど、一番許せないのは自分だった。
ずっと、「作る人」を尊敬して愛してきたつもりでいた。
でも結局、「ボカロを使わないその人」を、心から応援するのが難しい。正直、寂しい。
それから何年も経って。
kemu氏が「拝啓ドッペルゲンガー」で衝撃的に正体を明かしたり、ハチとして戻ってきた米津さんに、ジャンルを「砂の惑星」と呼ばれたり。
色々なことがあったけれど、今もまだ、ボカロを聴いている。ヨルシカの曲も好きだ。
クリプトン公式がコラボしている曲。「ヒバナ」や「DECORATOR」を聴いて思うのは、そろそろ潮時なんじゃないかということだ。
今までの自分は、ボカロを盛り上げるために何もしてこなかったな、と思った。
自分にできることをやろう。今まで考えてきたこと、あったこと。小説にして残したいな、と思っている。
曲も作りたい。努力はしなきゃいけないけど、基本的には誰かが聴いて、1人でも気に入ってくれたらそれでいい。
ミクさん。