はてなキーワード: 消しゴムとは
消しゴム食べたべするな😡
消しゴム食べてるやつって見ててかなり追い詰められてる感があるわ
真面目?な話、
スパコンとグラフィック能力というのは関係あるようでないような気もするのだけど、
VRとか完全にボクセルで描かないと、物体の破壊とかちゃんと表現できない気がするんだよなぁ
マインクラフトもボクセルといえばボクセルだけど、あれはブロックというか粒度が荒すぎて、
ボクセル単位での物理シミュとかはともかく、まず普通にポリゴンで描いたような物体があって、
それを2Dの消しゴムツールがピクセル単位で消せるように、ボクセル単位で消せるとかできないと
地面に砂があったら、それが手からこぼれるぐらいでないと駄目だと思うんだよね
ゼーガペインみたいなアニメでそれが量子コンピュータで可能になるかのように説明されるけど、
そんなことないんじゃないか、というか、あんまり本質的に関係ないんじゃないかと思ってて、
この世界の原子分子レベルを実現するには、爆発的な演算やメモリが必要になるわけで、
そういうリソースや並列処理の化物をスパコンと呼んでいいのかよく分からんのよね
そういった化物であることと天気予報や核爆発シミュは関係するようで本質ではない気がする
とポエムを書いてみた
下準備編
Step1-滑走面をお掃除しよう
バイス台に板をセットします。流れ止めの金具が邪魔になるので、輪ゴムを取り付け金具を引っ込めておきます。
ワックスをかける前に、滑走面についている汚れを落としましょう。ナイロンブラシでブラッシングした後、スクレーパーで浮き上がった汚れをこそぎ落としていきます。
一部、リムーバーを使って残っているワックスごとゴッソリ落とすやり方もありますが、個人的にはそこまでしなくてもあんまり変わらないと思います。
Step2-ワックスを塗ろう
ワックスを直接滑走面に生塗りします。その後、アイロンで加熱させたワックスを、消しゴムのように滑走面に当てて、塗りつけていきます。
ワックスをボタボタ垂らす方法もあります。すばやく滑走面にワックスを乗せられますが、ワックス多めになったり、垂らしたワックスが段差になり塗りにくいデメリットもあります。
滑走面にワックスが垂れたら、それを伸ばしていきます。アイロンにワクシングペーパーをつけて、トップからテールに向かいゆっくりアイロンを滑走面にかけてゆきます。この時、絶対にアイロンを止めてはいけません。
滑走面にまんべんなくワックスが伸びたらOKです。何回もアイロンをかけると、板が加熱されゆがんでしまう恐れがあります。片道3回で十分です。
Step2-ワックスをはがそう
板に伸ばしたワックスが冷めたら、ワックスをはがしていきます。スクレーパーでワックスをこそぎ落としていきましょう。
ある程度ワックスがとれたら、ブラシで磨いていきます。ストラクチャーの間に浸透したワックスが、細かい粉となって掻き出されてゆきます。ブラシをかけるだけではなく、定期的にスクレーパーをかけることで、効率よくワックスを落とせます。
磨いて滑走面が黒光りするようになったら完了です!
Q & A
Q ワックスをかける頻度は?
→A 1日滑るごとにかけるのが理想ですが、最低でも2日か3日滑るごとに一回掛けてあげて下さい。
Q ワクシング以外に行うべきメンテナンスは?
→A エッジが丸くなっていないか確認しておきましょう。エッジが丸いと滑りが下手になります。
Q チューンナップには出したほうがいい?
→A 年間15日以上滑るなら毎年出すべきです。それ以下でも、2年に1回か3年に1回くらいは出しておきましょう。チューンナップは必ず手仕上げのメニューにしてください。機械仕上げは安いですが仕上げが雑で、滑走面がフラットにならず、エッジの仕上がりも手仕上げに比べ甘いです。また、夏頃はチューンナップ料金が安くなることが多いので、その時に出しておきましょう。
二次元のキャラクターに欲情することは結構なのだが、やはり絵になっているだけであって、対象が人間なんだよな。そう考えると「現実から逃避して、都合の良い世界に埋没している」というような指摘は当たっている。三次元の現実世界の置き換えとして、二次元をみているだけだから。
そうすると、例えばケモナーのような、現実に存在しないキャラクター、属性に欲情することの方が、想像力の使い方として高い次元に到達している。しかし、ケモナーだとまだ段階によっては三次元の人間の影をそこに見出している可能性がある。これではいけない。まだ逃避だ。
さらに進むと、やはり人間以外、いや生物以外への欲情。生物なき性欲の楽園。この領域に到達すれば、これはもう褒められるべき想像力の、ある種の高みであり、三次元からの解脱だ。
人は消しゴムに、壁に、電線に、生物の影を見ずに欲情することができる。人間の投影でなく、快楽の道具としてではなく、その物の存在のうちにエロスを見出すことができる。…できるのか?
・この送られてきた紙さえ持って行けばいいんだよな?身分証とかいらないのか?不安。
・で、投票所どこ?この紙に書いてある?え、こんなとこ場所知らん。迷いそう。
・なんとか着いた。よし入るか。でも勝手が分からん。こっちに進めばいいの?
・ここが受付かな。紙出すか。あ、はい、◯◯町です。あ、投票用紙くれた。
・まず比例書くの?いや小選挙区だったっけ?
・小選挙区だった。ていうか紙ツルツルだな。
・あれ、誰に投票しようとしていたんだっけ?
・この人だったっけ?ヤベェな、どうしよう、すごく不安で孤独だ。
・あー誰か助けて!!
・多分この人だ…間違えたら消しゴムで消す?いや消しゴムないぞ。
・二重線で消すんだ…。
・漢字間違いないかなぁ…前の例と見比べるぞ。よし、合ってるはず!
・この投票箱に入れるのか。二つに折った方がいい?あれ、なんか折りにくいぞこの紙。
・折りにくいから箱の穴にも入れにくい!なんとか入ったが。
・とりあえず書いて投票した。緑のはよく分からんし何も書かずに入れた。
AndroidとiOSの論争が話題だけど両方を交互に使ってきた自分のスマホ遍歴を晒す。
充電中は熱くて持てなくて、夏場とか保冷剤と一緒に持ってないといけないようなゴ○機種だった。
ARROWS Zは、1年も経たずに充電端子の接触不良で充電できなくなったので機種変することに。
Androidはこの頃はまだまだ品質悪いイメージで、自分は周りの論調に合わせてiPhoneにしてみた。
iPhone 5Sを初めて持ったときに良機種だとわかった。必要十分という言葉がぴったりとあてはまる良機種だった。
これがスマートフォンなんだなぁって、未来を感じた、そんな機種だった。
(一応今でも機体は持っててたまに使ってる)
iPhone 5Sも3,4年経ってバッテリーもヘタってきたし、順当に買い替えるかってことでiPhone 7。
ただ、この頃上京して電車通勤にSuicaを使い始めたんだけど、Felicaでスマホでピッっと出来ることにはとても感動した思い出。
iPhone 7を誤って道路に落として、画面がバッキバキに。。。
急遽機種変しに行ったんだけど、そのとき、iPhoneはなんだかコスパ悪いように思えた。
iPhone、最新機種はSoCがハイスペすぎるし、旧機種はSoCがちょうどいいけど筐体が古くさいし、なんか手に取りやすいスマホがなかった。
そこでやり玉に挙がったのがGoogle製のPixel 3a。 GAFAの一角を担うテックリード企業でAndroidの製造元。
Android界隈のiPhoneみたいなもんだし、製品レビューもよかったので購入。
使い心地は意外とiPhoneといい勝負で性能も問題なし。なにより写真がきれいに撮れるのが良かった。
もはやPixel信者になった自分。iPhone13の発表よりPixel6の発表の方が、新しいスマホを目指してる挑戦的な姿勢を感じた。
発熱とか重さとか色々思うところはあるけど、音声認識とか翻訳とか消しゴムマジックとか早く使いたい気持ちが大きい。
こうやって見てみると、今現在iPhoneが日本で覇権をとっているのはジョブズがいた頃のiPhoneによる功績が大きいと思う。
あの時期のスマホ界隈は、Androidの外れ率が高くて、ちょっと値段を出してもiPhoneを買うのが良策だった。
けれど最近iPhoneはなんだか保守的で魅力が無いように思う。その部分は今やサムスン、シャオミを筆頭にアジア企業がリードしてる感じがする。
自分は今後よほどのことが無い限りiPhoneには機種変しないんだろうなぁ……
皆さんはどうですか?
縁あってヨーロッパの、日本人なら誰でも知っている国にある国際バカロレア認定校で授業見学する機会を得た。
見学した授業は確かDP1(16歳・高校2年生程度)の物理の授業で、ニュートンの3法則なんぞを習っているところだった。授業はもちろんすべて英語で、一クラス15人程度だったか。アジア人(らしき)学生は2人くらいいたかな。
授業中、先生が説明しているにも関わらず、数人の男子たちはずっとしゃべっている。消しゴムや定規を投げて遊んでおり、たびたび先生に注意されるも遊ぶのをやめようとしない。
そのうち数人は頭はよいようで、先生の説明を遮り自分が理解したことや疑問を大声で発表し始め、先生そっちのけで生徒同士で会話を始める。その一方で、女子やおとなしい男子は授業中一切発言していなかった。
授業後、「これで授業遅れたりしないんですか?」とオブラートに包んで先生に聞いてみたら、「寝てるよりはいいわ。」だって。
自分が現在進行形で英語に苦労していることもあって、将来の子供の進路の選択肢として国際バカロレア校もありかなって以前は考えていた。
もちろん、その授業がそうだっただけかもしれないし、すべての国際バカロレア校がそうだとは決して思わない。国によってカラーがあるとも思う。でも、正直、自分の子供を入れたい学校ではないなって。
国際的な視野が~とか耳障りの良いことばかり聞くけど、みんなちゃんと実態知ってるの?それとも日本の国際バカロレア校はもっとすばらしいところなの?
私が小3のときの担任のF井先生がこのクラスの先生だったら、ヒステリックに叫びながら職員室に帰っていくんだろうな~、なんて思いながらこの日記を書いている。
個別指導塾で4年ほど働いている。
自分の働く教室ではカモ、いやもはや詐欺といってもおかしくないレベルの指導のゴリ押しが横行しており、やるせなくなってきたので一部を書く。
まず初めに言っておきたいことは、個別指導塾に来る親子には総じてバカが多いということである。
そして親の方は受験の知識もノウハウも何も持ち合わせないまま、とにかくプロに金さえ出せば合格に導いてくれると思っているバカ親だ。
こういう親は集団指導塾に行っても子にどの授業を受けさせればいいかわからないので、全部”おまかせ”でやってくれるオールラウンダー、1対1で見るからに高級感のある個別教師を信じてやってくるわけだ。
相手が受験の知識を一切持ち合わせていないと知るや、無知に付け込んで甘言を流し込み、本来なら手の届かないような難関校にも合格できるかも、と思わせる。
どうです、今ここで1年頑張ればその後の人生が大きく開けてきます。僕たちと一緒に頑張ってみませんか。
そして「難関校に合格するための」大量の授業を素早くセッティングしてしまうのである。
というのも、模試を受けると生徒の悲惨な学力が明らかになってしまい、親子が夢から覚めて正気に戻ってしまうからである。
なので、実力がつくまでは逆に負担になるとか、模試は直前期だけでいいとか適当を言って外界と接触させないようにする。
過去問も解かせない。
外界と接触させないというのは問題もそうで、大学受験レベルになると流石に青チャートとかの一般書を使うんだけど、小学~中学くらいなら塾が用意したお手製のプリントとかを使う。
客観的に判断して内容は間違ったこと言ってないし、まぁよくできてるプリント。
だけど全てが塾の中で完結していくので依存度が高まるという点で注意。
ここが一番の詐欺ポイントで、受験に関係ない科目を授業の山の中に紛れ込ませてしまうのである。
例えば本来は「数学Ⅲ」が必要な生徒なのに、まずは基本を固めましょう!と「数学1A」を延々とやらせてしまうとか。
もしくは9割が文法問題を占める英語の試験なのに、長文読解の対策授業を受けさせるとか。
親子はハイハイと言われるまま授業を受けているので気づかないの。
信じられないと思うだろうが、サロン的な個別指導塾に来る親子は本当にこのような、自分の頭で考えない人が非常に多いのである。
個別指導に来る子の成績不振の原因というのは、大体が「復習が自分でできない」ことに収束する。
集団指導塾に通う生徒や塾を必要としない生徒は、受けた講義の復習を自宅でして...という良サイクルができるのだが、個別指導の子は復習ができない。
だから自分1人で勉強してもちっともわからないけど、先生に質問しながらやるとできるぞ!ということで講師に依存していく。
本当は少しずつ講師を脱却して自習サイクルを身に付けないと受験では戦えないのだが、そんなことを言っていては個別指導塾も商売にならないので、より講師に依存させていくのである。
親子が成績が伸びない...と不安を吐露しはじめたらチャンスで、じゃあもうちょっと頑張りましょうか!と更に授業を増やしてお金を取る。
本来生徒に足りないのは家での反復復習なので、教室での新たな知識の詰め込みを増やすのは悪手。
やっぱり成績が伸びない...→じゃあもうちょっと頑張ろう!の無限ループでどんどんと授業が増え、親の財布も子の体力も擦り減っていく悪循環。
終いには反復復習も塾内でやるようになっていって、1つ専用の自習室があって、そこに缶詰で勉強する。
部屋には常に1人講師がいて質問に答えたり雑談したりして生徒と仲良くなっていく。
仲良くなるだけなら全然いいんだけど、塾やめたいけどあの先生がいるし辞めると気まずいし...とか言い出したらヤバいから早く辞めた方がいい。
いいように振り回された子どもには、基礎的な力は全くついていない。
無理な範囲の勉強と日々の授業ラッシュをこなしボロボロになっているので、言わずもがな学力は悲惨なものだ。
そろそろマズいな、と思ったところで漸く模試を受けさせる。
そして模試の結果にショックを受ける親子に、ここまで頑張ってきましたが残念...しかしまだ希望はあります!今からこの大学に向けて必死に勉強しましょう!!とかなりランクの落ちた大学を勧め、適当に勉強させる。
大学のランクをかなり落とすので、あれだけ高いお金を払って勉強した数Ⅲも難しい長文も出ない。
最初から身の丈に合った大学を目指して勉強していればあんな高額で無茶スケジュールの授業なんて受けなくてもよかったのに。
一部の個別指導塾ではこのような詐欺レベルの商売が平然と横行している。
自分の頭でちゃんと考えられる親子にとっては、個別指導は適切なサポーターとなりうる。
バカなので自分たちがカモられていることに最後まで気づけない。
もっと酷いと、受験ストレスで疲弊した親子が家庭内で衝突したりして子の成長に悪影響を及ぼす(実際そういう生徒も見てきた)。
自分もカモられていることに気づいたときは生徒にそれとなくプランの見直しを勧めたりしているが、自分1人の手ではどうにもならないのが現状である。あ~あ!
バカは搾取されるだけなんだ...バカを治すために入塾する塾でもこの有様。
どうしたらいいんだろうね?
【追記】
思ったよりたくさんの方に見てもらえているようだ。ありがとうございます。
当たりです。
ポスターになるような輝かしい実績を持つ生徒っていうのは、ぶっちゃけ最初から頭が良い生徒。
個別指導の塾っていうのは集団指導に比べるとちょっと特殊で、最初は落ちこぼれだったけど頑張って成績上位に!みたいな子は実はかなり少ない。
最初から成績上位の子が入ってきて、それが更に伸びて輝かしい合格を掴む、っていうケースが大半。
つまり、できる子は自分の苦手なところもよく理解しているので、その苦手部分だけ効率よく週1回の授業を取って、あとはこっちが何も言わずとも勝手に勉強してくれるのである。
この点集団指導だとどうしても大多数に合わせたカリキュラムになっちゃうから、賢い子ほどオーダーメイドの個別指導を上手く使っているという感じ。
塾があれこれ言わなくても自分で模試受けて次はここの授業をお願いします!って頼んでくるし、それで合格実績にカウントできちゃうんだから気楽なものである。
纏めると、成績上位の子ほど少ない授業料で最大効果を出すので、その分の金はカモの子から引っ張っているのだ。
集団指導の塾では成績上位の子には奨学金が出たりするみたいだけど、落ちこぼれほど負債を背負い込む構図はどこでも一緒なんじゃないかな。
おっしゃる通り。
勿論最初から模試をちゃんと分析して、面談できちんと質問してくる親もたくさんいる。ただ、そうでない親も、結構いる...。
あと、確かに自分の教室はかなり悪質なものだと思うが、仮に悪意がなかったとしても結果的にこのようなケースに陥ってしまっている親子は多い。
塾側が誠実にしっかりスケジュールを組んだとしても、子の学力が予想を下回っておりスケジュールについていけなくなるパターン。
親子塾ともにやる気はあるのでなんとかしようと更に授業を詰めるけど、効率が落ちる悪循環。
全員が焦ってしまい、直前講習や補習に金を注ぎこむも結局は不合格、というように。
良くも悪くも塾と親子の距離が非常に近いので変な連帯感というか、駄目な時の文化祭前夜みたいになってしまっているのをたまに見かける。
時には退くことも大事だし、厳しい言い方になるが、そのお金を本当に今この子に注ぎ込んで後悔しないかじっくり考えた方が良い。
一理ある。一理あるが、それでもあえてバカと呼ばせてもらう。
いいか、世の中にはほんっとにどうしようもならないバカだっているんだ。
自分だって悪人じゃないからカモられてる親子を見つけたらこっそり生徒に話を聞くし、後述するお楽しみ会の時とかにそれとなく話を聞くよ。
でも駄目なんだよ。駄目なんだ。終いには心配するこっちが「人の指導に口を出す迷惑な講師」ってことになっちゃう。
子どもも子どもで金持ちのボンボンなんだか知らないがそもそも人の話を最初から聞かないやつも多い。
一応言っておくけど障害とかストレスとかじゃなく、ほんとにただこっちを舐め切っているやつとか。
答えのプリントを写してやってはいけないことを懇切丁寧に説明して、じゃあ問題解いてと言ったら目の前でまた答えをガン見し始めた時は度肝を抜かれたね。塾に来ないでくれ。
そんな中でも本当の被害者、つまりバカ親の下で振り回されるよわい子どもみたいなのは一定数いて、そういう子を見ていると本当に辛くなる。
子どもは親を選べないし、塾も選べないもんな。親は金だけは持ってるからな...。
これ!これはかなり気をつけてほしいところなので書いておく。
1人捕まえたらねずみ算式に人を呼ぶために、今度は捕まえた子を勧誘者側に取り込んでしまうんだ。
教室にはすごろくのポスターが貼ってあって、1人勧誘して教室に連れてきたらすごろくのマスが1進む。
一定のマスまで進むと「ガチャ」が引けて、ガチャポンマシーンを回して図書券だの消しゴムだのを当てる。
生徒も結構ガチャ中毒というか、フォートナイトのスキンの話ばっかりしてる子とかもいるのでやった~!となってしまうんだよね。
あとは教室内で定期的に「お楽しみ会」を開く(この時期ならハロウィン会とか)。
お菓子をいっぱい用意して、塾生じゃない友達も誘ってあげてね、って生徒を学校に送り出し、勧誘させる。
お楽しみ会には親も参加できるので、友達の輪、ママ友の輪から更に入塾者が増え...みたいな。
こういう塾ってもう内装とか人の話し方がかなりオンラインサロンっぽくて、あっヤバいな、と一瞬でわかる雰囲気があるのだけど、サロン文化に嵌った親には寧ろ意識の高い良塾として映ってしまうらしい。
本当にそうです。
全員が善意でも結果としてこのようになっているケースもある。
大手でも全然あります。大手でも教室ごとに個性がかなり出るし、上記のような手で業績を出してる教室も確実にあるだろう。
外から見れば綺麗でも、中に入ると全然違って、何かがおかしいのに指導されている子ども本人は気づけなくて、親も駄目で、全てが狂っていく家族は世の中にいっぱいある。
塾は行かせれば成績が上がる魔法のアイテムじゃなくて、メリットデメリット併せ持つもの。
体力も減るし、ストレスもかかる。お金も減る。時間も減る。夜寝る時間が遅くなる。
今、子に与えるこの授業が家族にとって苦い良薬になるか、毒になるかを親がしっかりと判断してほしいと思っている。
コンビニのさ、
レジ待ちの列ってフォーク型に並んでレジごとに列が出来るわけじゃないじゃない。
そのフォーク並びシステムを無視してたまに割り込んでならんで、
店員さんにあちらのお客さまの方が先なのでお並びいただけますかーって
そんなやりとりもあなたも一度たりとも二度たりと
私は二度見したぐらいなんだけど、
そういうシチュエーションあるじゃない。
目の前のレジに並ぼうとして店員さんに阻止された年配の方がいて、
しぶしぶ分かったような感じで良かったんだけど、
そんでね、
私が次だったんだけど、
その年配の方曰く
先にどうぞーって言うじゃない。
そういうシチュエーションコメディーみたいな時ってあるわよね。
私はその時カップ麺を久しくジャンキー菜ものを欲して止まない年頃なので
そのフォーク並びシステムにことをモヤモヤと考えていたもんだから
さとられか!って思って私の中の心の消しゴムが読み取られちゃったのかしら?って笑いそうになったわ。
あとさー、
そういうのは初めから想定して、
買うものが少なくても手ブラでスマホが使えるようにカートを使うようにしてるのよね。
重いし辛いまくりよね。
だからお買い物をする量が多くても少なくても
とりあえずカートを使うようにして
そしたら本の1冊でも読めるじゃないって思うのよね。
それにレジ並びもお金を出したり入れたり仕舞ったりするのが億劫なので
そう言う時って全くのノールック投球を地で行くような、
ノー小銭マニーなのよ。
お財布に全然小銭がないし、
お札もそんな入れてないし、
私の村には銀行もないのよ!
ってその銀行のあるなしの有無はどうでもいいとして
本当に小銭が必要なときがあるので本当にそういう時は困るのよね。
だから私は
小さなコインケース1円玉から500円玉まで一通り収納できるコインケースってあるじゃない。
あれを買ってきて
キャッシュだけに。
その両替機の機種によっては
1000円札を入れてから100円玉を準備してカウントしてる音が機会の中で聞こえて準備しているから両替が出てくるまで遅いのよね。
でも最新の両替機は
もう1000円札がくる前提で準備してあるみたいなので、
1000円札を入れた瞬間に即両替の100円玉が出来てきたときは、
この両替機早い!って思ったと同時に
これも文字通り
キャッシュでキャッシュなのかしら?ってふと腑に落ちた感じよ。
まさに時は金なり!タイムイズマネーな両替機に感心したところよ。
そんでさ、
店員さんにこの支払いでお支払いしますって申請してから店員さんが操作するタイプの2種類あるじゃない、
ここは旧タイプの店員さんに申請しなくてはいけないタイプのレジかなと思って
iDでって言うと、
画面タッチしてくださいって言われちゃって恥ずかしいときがあるわよね。
いつも行くお店のレジなら仕組みが分かって慣れるようなもんだけど、
たまに見かける
縦長のディスプレイのタイプのレジを見ると横長に回転できるのかな?って強引に回転させようとして回転できなかったり、
液晶ディスプレーって漏れなくタッチ画面だと思ってタッチしたら舘ひろしだったってこともよくあるから
どうしても液晶画面を押してみたくなる季節なのかも知れないわね。
押したくなる季節と言えば!
そう!季節と言えば!
桃は押しがちよね。
結局人って桃を押して何が知れるのかしら?
鮮度?甘さ?完熟度?
よく分からないけど
押していい用の押す用の桃も専門的に販売したら
押したい人は桃殺到するかもしれないわね。
桃だけに!って
あと桃押し放題の取り放題じゃない桃狩りができる桃園があっても、
押したい人殺到しそうよね。
結局人は桃を押してしまう生き物なのよ。
秋はそう言う季節だしね。
そこは節操あるのねって思うし、
秋の味覚は全部押してもいい桃なのにね。
うふふ。
桃サンドってあったら、
生クリームたっぷりの桃感あふれるジューシーな桃サンドがあったら売れると思うけど、
もう誰か考えてるのかも知れない新レシィピかもね。
と言っておきながら、
ハズレが無いわ。
桃感あふれる桃缶があったので、
久しぶりじゃない?
桃缶ウォーラー!
桃をちょっとスライスして桃もウォーラーに入れても桃なわけで、
ほんのり桃フレーバーなのがいいわね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
税金の仕組みがまどろっこしい。たとえば生活保護者に金受給しといて時間差で固定資産税取り立てるとか馬鹿だろ。
金を与えた後でその一部を奪うこと最初から少なく金を与えることに何の違いがあるのか。天引きしとけよ。何かペンでも消しゴムあるものを向かい合わせになってる二人の間で爆弾ゲームよろしく行ったり来たりさせてるとか滑稽すぎでしょ。行き来するまでの期間とかが違うぐらいで実質は同じだからなやってることは。
だからさーもうソチョウヨウ(漢字忘れた変換できない)に戻せばいいんだよ。
MMTによれば税金という仕組み自体が貨幣に価値を与えてその価値を使って国家に必要なものを調達するための装置ということだけど、だったら古代みたいに直接国にとって必要なものを物納させても同じことじゃん。
国民は各自自分が生産できるもののうち国が求めているものを指定されてそれを収める。国が求めるようなものを生産できない奴は兵役。これでいいだろ。
https://togetter.com/li/1774289
モチベーションは適切なコミュニケーションでいくらでも向上させることはできる。「エー勉強なんか嫌いだヨォ」という生徒ほど勉強にプラス講師のコミュニケーションの時間を取り、それなりに楽しい時間を演出できれば多少なりとも伸び代はある。中三でABC書けなかった生徒も覚醒すれば夏までに中一範囲くらいは何とかなったりする。ただ「塾に来る、講師と雑談する、雑談は楽しい、ついでに勉強する」のサイクルを回すことができれば大体は勝手に伸びてくれる。そこで「この生徒はダメだな」と講師が勝手に見切ることは生徒に失礼だ。
ただ、モチベーションの低さが特に家庭環境に起因する場合はその限りではない。元々の性格や発達障害など本人起因で学習が難しい生徒もいるが、保護者や学校の理解が得られている生徒は周囲の助力で本人なりの努力が出来ている。しかし、特に受験などはスポンサーの協力がないと伸ばせる子も伸びない。特に「塾に課金すれば勝手に成績が伸びるに違いない」と思っているスポンサーは全ての責任は塾講師にあると抗議することが多い。そんなことを言われてもかけ算九九がまともにできない中学生相手に一介のバイトが太刀打ちできるはずもない。知ったような口を叩くブコメも多いが、その状況からの救済にはかなり気力と精神力を使う。ほぼカウンセリングみたいなものだ。もう辞めてしまったが、時給1000円台の仕事じゃなかった。今からでも特別手当欲しい。
更に何が原因なのか全くコミュニケーションが取れない生徒もいる。会話が全く噛み合わなかったり、ずっと黙り続けたり、塾にすら通えなかったりと様々な困難がある。会話ができないというのは、「この算数の問題は難しい?」という問に「私は社会が好きだから今日学校で褒められたんだけど消しゴムなくしちゃった」という答えが返ってくるくらいのものだ。もはや学習以前の問題で、モチベーションの低さで説明できるものではない。カウンセリングに行って欲しい。塾講師はカウンセラーじゃないし、どちらかというとスポンサーにカウンセリングに行って欲しい場合も多い。
最近「勉強苦手な子専用補習塾」みたいなものを見かけるけど、多分本当の意味でできない子はそういうところには行かないと思う。そこまで子供が出来ないことに気がついているスポンサーならば、大抵の「やれば出来る」枠にあげられる気がするからだ。デキナイヲデキルマンさんの「できないに気づいたらできるのだ」が真理だ。モチベーションより自覚だ、自覚。
spade77 全部読んだけど馬鹿過ぎる。 これが皆、大嫌いな不幸自慢なんだよ。 何の得にもならない不幸を抱えて、挙げ句の果てにそれが偉いと思ってる。 いつかお前はこう言うだろう。俺は自分のカネで大学行ったから偉いんだと
これ読んで不幸自慢に見えるんか。
複雑な家庭で育った私は、同じような立場の子に対する応援(アドバイス)にしか見えんかった。
ドラムバチで叩かれる、機嫌次第で飯抜きにされる、夏休みはガリガリに痩せる、ノート消しゴムその他学習に必要なものは買わない、上靴は踵を踏み潰し穴が開き踵が2センチはみ出るくらいまで買ってもらえない、教科書以外勉強の役に立つものは手に入れられない、生理用品は要求しても買ってもらえない、ブラジャーも買ってくれない、買うためのお金も与えてもらえない、学費は自分で払う、料理は自分で作るしかない、バイトしても給料巻き上げられる。
そんな状況で、大学なんていけるはずもなく男にすがることで幸せになろうと思ったけど、なれないんだよ。
なれなかったんだよ。
どんなに不遇な扱いをされて悲しくて誰かに助けてもらいたいと思ってもそんな幸せはやってこない。
ああもう誰かに幸せにしてもらうんじゃなくて、助けてもらうんじゃなくて、1人で生きていこう。自分で自分を幸せにしよう。そんな人生も最悪ではないよね。
ってなって初めて楽になれた。
今は、過去の可哀想な自分を思い出して悲しくなることもあるけど、自分で稼いだお金で、ちょっとした美味しいもの作って食べて、うん、美味しいご飯食べられたし人生最悪じゃない。って思える。