はてなキーワード: 地方局とは
池上氏関連のホッテントリがここ数日あがってたので、自分の思うところを書いてみる。
自分は一応、新卒で池上氏と同じ業界に就職(といっても、自分は紙媒体)し、記者という肩書をもらっていた経験がある。
7年ほど現場にいて、体壊して、ちょっと内勤の管理部門にいさせてもらったのだが、なんか、内側から会社を見ているうちに
もともと、あんまり向いていなかったかな?と思っていた業界がさらに嫌になって転職して
10年ちょっとになる。
普通、あの業界では、最初の何年か地方で修行して、いずれ東京や大阪に戻ってくるパターンが多いが、
自分の就職先は、いわゆる経済紙で(ってもう社名明かしたようなもんだが)地方支局が貧弱な会社だった故、
新卒が地方支局に行くという制度がなく、入社から退社まで東京で過ごした。
池上氏の凄さは、なんといっても、情報を取捨選択してわかりやすく伝えるプレゼン能力と、守備範囲の広さだと思う。
で、あれだけのことを伝えられるには、背後に相当の知識があるのであろうと思われている。
その「相当」がどの程度なのか、というと、たぶん、世間一般の人が想像するよりは、かなり浅くて、
けっこうぎりぎりのラインでしゃべっているのではないか、という気がする。それでももちろん、かなりのレベルではあるだろうが。
いわゆる大手のメディア企業の記者にまず最初に求められるのは、
「昨日聞きかじったばかりのことを、あたかも以前から詳しく知っているかのようにしゃべったり書いたりする能力」である。
なにしろ、日々、いろんなことが起こるのだ。
なかなか深堀している暇などない。
そうこうして、キャリアを積んでいくうちに、それぞれの専門分野ができていくわけだが、
大半の人は、きちっと専門分野を確立する前に、デスクや管理職になったりして、だんだんと現場から離れていく。
記者職としてキャリアを全うする人(編集委員とか論説委員とか解説委員とか)は少数派だ。
池上氏の経歴を見ると、NHKで地方局や通信部を回った後、東京の社会部で気象庁や文部省、宮内庁などを担当した、とある。
東京では、悪名高き日本の「記者クラブ」に所属し、最優遇される立場で、役人から懇切丁寧なレクを受けて、
それをニュース原稿に仕上げるのが、まず最初の基本的な仕事だったと推測する。
NHKの記者は特に、「特ダネ」を取ってくることよりも、「報道されるべき情報を落とさない」ことをなにより求められるらしいので、
多分、想像以上に、定例記者会見に出席したり、資料をチェックしたり、他社の報道を確認したり、
思いのほかルーティーンワークが多いのではないかと推測される。
(なお、NHKスペシャルなどのドキュメンタリー番組は、主にディレクター職の人が担当しているので、
一つのテーマを深くじっくり追いかけるのは、あまり記者の仕事ではないらしい。
実は自分もNスぺ作りたくてディレクターを第一志望にしてNHK受けたのだが、見事に落ちた)
で、そんなに知識が深くなくても記者が務まるのかといえば、そこそこ務まる。
自分は、そのさして長くない記者のキャリアの大半を、メーカーを中心とした企業の取材で過ごしたのだが、
正直、最初は、「貸方」「借方」もよくわかってなかった。(大学は政治学選考だったし)
それでも、入門書片手に勉強しながら記事書いて何とかなっていたし、
そもそも「大手メディアの記者」が企業の広報部を訪ねると、結構いろいろ懇切丁寧に教えてくれるのである。
多分、NHKの記者というのも、それなりの対応を受けるはずである。
もちろん、伝えてほしいことは積極的かつ懇切丁寧に伝え、触れられたくないことは隠しながら、だが。
中には、「たいてい経験の浅い若手が担当する企業」というのがあって、そういう会社の古参の広報さんの中には
「今、編集委員の何々さんねえ、あの人が新人のころ、私がいろいろ教えてあげたものだよ、わっはっは」なんて言ってたりした。
もし、あなたの会社の広報部に、なんだか大学出たての記者ばっかりくるようだったら、
もちろん、教わってばっかりでは舐められるので、こっちも勉強していくわけだが、
相手はその会社一筋なわけで、知識の深さでは、敵わないのが通常だ。
知識を深めるのは、そこそこにしておいて、知らなくてもはったりかませる胆力をつけたほうが役に立つ。
そうこうしているうちに、正面から取材を申し込んだり、正規の記者会見に出席したり、
ニュースリリースを原稿に仕立て上げているばっかりでは通り一遍の記事しか書けず、
社内的にもマイナス点はつかないものの、プラス点がつけられることもないので、
独自に夜討ち朝駆け(アポなしで取材対象のところに押しかける)したり、独自ルート作ったりし始めるのである。
そんなことをしているうちに、自分のような、結局途中で業界を去ってしまうような木っ端記者でも、
ごくごくたまには、取材担当企業の株価をストップ安にしちゃうような記事を書くチャンスが巡ってくることもある。
まあでも、ぶっちゃけいえば、そこそこキャリアを積んでいる先輩の中でも
減価償却費が資金繰りにどういう影響を与えるのかよくわかっていないまま、
それでも企業の経営危機について記事を書いているような人はざらにいた。
(まあ、自分も経験積みながらようやくわかるようになったクチで、
当初はなんのことやらわからなかったのだから、偉そうなことは言えないが)
それでも、首にはなりはしない。
そういえば、思い出したことがある。
今の若い人にほ想像もつかないだろうが、その昔、世界のエレクトロニクス業界をリードし、
今でいえばappleと同じくらいのブランド力で各種製品を生み出していたSONYという会社があった(今もある)。
当時はまだまだ、かつての威光が残っていた。
自分は、そこのメイン担当になるほどの能力もキャリアもなかったが、
たまたま、SONYの会社が取り組んでいる内容が、自分の取材テーマに関わっていたことがあって
取材を申し込んだことがある。
いわゆるストレートニュースではなくて、連載コラムのような記事を書くためである。
で、SONYに行ってみて驚いた。
膨大でかつ、非常にわかりやすくまとまった資料をお持ち帰り用に用意していたのである。
なんかもう、取材しなくても、この資料テキトーにまとめたら記事書けちゃいそうな。
もちろん、そんな手抜き仕事をして相手の思うツボにはまってはいかんので、
きちんと担当者さんに話を聞いて、自分なりの記事を書いてみたのだが、
やっぱり資料に引きずられなかったかといえば、影響はあったわけで、
まあ、恐ろしい会社であった。
かつて「メイド・イン・ジャパン」の強さの象徴として流布されたSONY伝説は、
もちろん実力の部分もあったけれど、伝説を伝説たらしめようという広報戦略によって
かさを増されていた側面も多かったというのは、そこそこ業界で有名な話である。
なんだか、大分、話がそれた。
多分、池上氏は、NHKでそこそこの社会部記者だったのだろうと思われる。
そんな彼の経歴の中で異彩を放っているのは、そろそろ管理職か専門記者か、という分岐点にさしかかったあたりで
キャスターに転身し、その後10年以上にわたって「週刊こどもニュース」を担当していたことだろう。
(すごい優秀な記者と認められていたら、ここいらで、海外支局あたりで経験つんでいるはずである)
「衆議院と参議院って、どう違うのですか?」とか「比例代表制ってなんですか?」とか、
「どうして輸出が中心の企業は、円高ドル安になると困るんですか?」とか
あらためて、そういうレベルからニュースを解説する仕事を10年以上も続けたジャーナリストは、
少なくとも今の日本では皆無に等しいんではなかろうか?
普通、そこそこキャリアを積んだ記者は、あらためてそんな仕事をしたがらないし、
そもそも、そんなレベルことは、真っ当な社会人ならば学校で習っているはず、というのが日本社会の建前で、
読者や視聴者を、そんなこともわからないヤツらと想定して記事や番組を作っていたら、
ある意味、「お客様をバカにしている」ことにもなりかねない(と、みんな考えていたのだろうと思う)。
まあ実際、そのレベルで作ってみたら、予想以上に受けたわけだが。
「こども向け」の番組というフォーマットを得ることで、池上氏はそういう稀有な仕事を追及していった。
その結果、得たのが、あのたぐいまれなるプレゼン能力だと思うのだ。
多分、池上氏程度の知識や取材能力をもった記者は、NHKや全国紙にはゴロゴロしていると思う。
(自分のかつての勤め先でも、そこそこキャリアがあって、東京でそれなりに仕事している先輩は、皆さんそれなりに凄かった)
でも、その知識や取材結果を子供にわかるレベルでよどみなくしゃべれる人は、そうはいない。
池上氏のニュース解説番組をたまに拝見すると、自然災害のメカニズムから、最新の科学上の発見、日本の選挙から世界経済まで
だが、自分が見る限り、その解説は一般紙や新書本で得られる知見を超えるものはほとんど見ない。
「いや、それは、視聴者に分かりやすいレベルにしているからで、その背後には物凄い知識が・・・」という見方もあるが、
果たしてどうだろうか?
多分、毎日6紙読むという新聞をベースに、ひたすら横に広くいろいろな情報を取り入れておられるように見える。
海外取材などの映像を見ることもあるが、どうも、テレビ局とコーディネータによるセッティングが透けて見えてしょうがない。
多分、その経歴からいっても、海外取材に独自のルートなどはそんなにお持ちではなさそうだ。
やはり、「あまり深くないレベルで次々とあらゆる分野に取り組んでいく」ことがこの人の真骨頂だと思う。
それが悪い、ということではなくて、それがこなせる凄さがある、ということである。
著書を読んでも(といっても、ほんの数冊目を通しただけだが)、たとえば同じNHK出身の元ワシントン支局長の手島龍一氏とか、
あるいは日経の元スター記者で週刊ニュース新書の田勢康弘氏の著書のような、深い取材と鋭い洞察に支えられた
凄みのようなものは感じられない。
やはり、この人の存在価値は「広く入門レベルの知識を提供する」以上でも以下でもないのだろうと思う。
(なお、今、軽く検索してみたらどうやらニュース英語の本まで出されているようだが、
膨大な著書のどこまでご自分で書かれているのだろうか?という疑問は置いておく。
出版業界では、驚くほど「著者が適当にしゃべったことを編集者やライターがまとめた本」というのが、世間で思われている以上に多い。
あと、池上氏が英語を話しているところって、あんまり見たことないような。
NHKの採用試験を突破するくらいだから、読むことに関しては、そこそこのレベルと推察できるが)
さらに、分かりやすさの理由の一つとして、「子供のような素朴な疑問にも正面から取り組む」というのがあるように思う。
巷間よくいわれる、選挙特番の「池上無双」の象徴ともいわれる「創価学会の話題」についても、
タブーへの果敢な挑戦というより、素朴な疑問を追求していった結果なのかもしれない。
「どうして自民党は公明党と組んでいるんですか?」という質問は、大人はあんまりしない。
それは何となくタブーであると感じているせいでもあるが、一方で「そりゃ、理由はみんな知っている」からである。
ましてや、「政治記者歴何十年」を売りにするような政治ジャーナリスト諸氏は、
そんなことよりも、自分の掴んできた独自情報を話したくて仕方なかろう。
「それは、公明党には創価学会という支持母体があって、固定票が見込めるからですよ」と優しく語りかけるのだ。
で、「では、公明党と創価学会の本部がある信濃町に行ってみましょう!」と、女子アナを連れてツアーを組んだりする。
実際、やってみれば、放送しちゃいけないタブーというほどのこともない。
そりゃそうだ。
ある程度、日本の政治に関心を持っている人ならば、普通に知っていることなのだから。
公明党の側だって、連立与党として大臣まで出す立場になった以上、その程度の取材を拒否するはずもなく、
「創価学会の人たちが、選挙は功徳だなんていう仏教用語を使っていたりしますが、政教分離の観点からみて
「創価学会は、大切な支持団体ではありますが、創価学会と公明党は全く別個の組織です。
政教分離というのは、政府が宗教活動を行ったり、宗教活動に介入したり、宗教団体が政治に介入することを禁じておりますが
宗教団体が政党を支持することを禁じるものではなく、現在の公明党と創価学会の関係は問題と思っておりませんが云々」
「そうはおっしゃいますけれども、ここに創価学会の名誉会長が、公明党に指示した文書がありましてね・・・」
などと、爆弾情報でもぶっこんで来たら、それは多少「タブーに斬り込んだ」ことになるだろうが、
そこまでのことはしない。
多分、そこまでの取材もしていないと思う。そもそもが、そういう役割の人ではなくて、そこは、
「はい、そうですか、よくわかりました」と視線を投げかけるという、
「子供にも分かるように語ること」「子供の持つような素朴な疑問をゆるがせにしないこと」
を常に追求し実践してきた所にあるように思われる。
これは、なかなかに難しい。
多分、そこには、「相手(子供)が、何がわかって何がわからないのか」を推察する想像力や共感力と
「限られた言葉で複雑なことを説明する」ことを可能にする、優れた言語能力が必要なのではないかと思っている。
ただし、限られた言葉で語りえることは、やはり、ある程度、限られているわけで、
自分が地方新聞のWeb記事とか、夜中にやってたNHKの地方局が作ったドキュメンタリーとかで偶然知って興味深かった話とかを話すと、
「これだけ情報が拡散するのが早い時代だから」と、自分が今まで知らなかったことは存在しないか嘘だってスタンスで接するのが染みついてるっぽい人が周りに複数いる。
これもひとつのネット脳なのかなあ?なんか君が老害扱いしてディスってる人たちと同レベルのことしてない?って思う。
特になんか新発見の可能性とか、そういうのの話に対する反応が顕著で、話を振った俺としては、
「マジならすげぇよな!」「そんな研究を何十年もやってる人がいるんだね」
「もし本当ならこれまでの前提がひっくり返るから、次の世代の教科書では違うことが書いてあるかもな」ってな感じの会話がしたかったんだけど、
「そんなことあるわけないじゃん、もしそんなことがあれば今まで知られてないのはおかしい」
「もし事実ならとっくに拡散されて(自分の耳に入って)るハズだから、ありえないでしょ」とか言われて一刀両断にされてちょっとしょげる。
そしてそういう人の「なあなあこれ知ってる?」「○○って~らしいぜ!」みたいな話題がみんなそろってまとめサイトで数日前に目にしたような内容で、
しかも、(あーその記事見たなー、たしかあーでこーで)って思ってたら、針小棒大に騒いでみただけの話や、タイトルだけで一本釣りしてる記事の話を思いっきり真に受けてたり、
まとめサイトの記事の元になったニュースサイトの記事すら目を通してない感じの認識だったりしてびっくりする。
説得しなきゃいけない時に「昔まとめにも載ってたよ」って言うとおとなしくなるから便利ではあるんだけど……。
自分も大抵のことはニュースとか広報記事とかどまりで、いちいちソース探すなんてメンドイからやらないけど、
そういう距離の話題に関しては、「そういうこともあるかもね」「なんかそんな話聞いたことある」ぐらいにしておいて、
無理に肯定も否定もする必要ないんじゃね?と思ってるから、その場で嘘か真か一方的に認定しながら喋るのが余計に窮屈に感じて気になるのかなー。
https://note.mu/enkykliospaideia/n/nc971ac77b96c
この話ね。まず、
1 技術が活かされてないと感じる
テレビというメディアは単純な受身型のメディアという面がありますが、最近は地上波デジタル放送によって双方向に対応したり、サブチャンネルによって各局複数の情報を同時放送できるようになってます。でも、そういったことが災害報道では全く活かされないのはどうしてなんでしょう?
なっているのは規格だけ。双方向で送れるのは5つのボタンを押したかどうかだけだし、その情報はインターネットがつながってないと送れない。停電しているところに「無事ですか?」ってアンケート送ってそれに対する返事があったりなかったりすることが災害報道で活かせるかというと、ないよりましな程度。
地上波デジタル放送になって、テレビのチャンネルは複数放送できるようになっているのに、それを活用しないのはどうしてなんでしょう?
サブチャンネルは、リアルタイム動画エンコーダを複数持っていないと放送できない。MXは複数チャンネルを活用しているね。あとは、関東地区のキー局と関西地区の準キー局、あとはプロ野球のホームチームが強いところだと複数エンコーダをもってる可能性があるけど、熊本は微妙。使うかどうかわからないSD動画エンコーダを入れるってかなりの経営判断になるし、これを書いた人は2006年位に佐々木俊尚が「2011年、新聞・テレビ消滅」とまで煽っていたことを忘れているんじゃないかな。実際5年間の移行期間の出費とデジタルTVの普及率次第ではそうなる可能性もあってどこもなるべく安く導入しようと必死だったから。たぶん、双方向データ放送の制作設備なんか、もってるところのほうが少ないと思う。
そのアイデアは面白い。HD化しているのでもしかしたら映るかもしれない。ただし、筆者はたぶんお役所が出している資料がどれだけ読みにくいものか認識の外にあるんじゃないかとも思う。資料はPDFで役所のwebサイトに公開されているし、それを再生紙に印刷したら、手持ちのカメラを使って録画して見てみるといい。
ちなみに、「どのチャンネルも同じ絵を映している!もったいない」はたぶん担当者も同じことを思っていて、記者会見なんかは余裕のない地方局を中心に代表でカメラを出してあとはそれを分配、なんてこともしているけど、これその代表者が撮影に失敗しても泣かない、ということとトレードオフなので重要なところほど他に任せられなくなるという問題がある。
2 センセーショナリズムから抜け出していない
被災地の悲惨な状況や、困窮、資源の不足を取材したのなら、そこにうまくそれを助けるために私たちが何ができるか、義援金のお願いや救援物資の送り先といったものの情報をうまくセットにして常に伝えるといった工夫が足らない
義援金のお願いは普通にしている。ニュースの〆に流れているカンガルー災害募金(今は別の名前になっているけど)とか、ドラえもん募金とか聞いたことないとは思わないけれど、それがセットになって伝わっていないとなるとちょっと厳しいかもしれない。
救援物資の送り先は基本的には流さない。なぜかというと、救援物資が足りない、と言われてから個人に用意されてもどうにもならないから。そもそも、困窮とか資源の不足の話、今回の熊本の地震では、東日本大震災の時の教訓もあってかなり抑制的になっているというか「(届けてくれるところはあるけれど)それが来るまでの数日が足りない」っていう話とセットになっていたはずで、本当にこの人、災害報道見ているのかちょっと怪しいと思った。
延々テレビ局のスタジオから放送しているのに、出てくるのは切迫した雰囲気で伝えるアナウンサーと、わずかな地震学者や地質学者系の専門家だけという感じなこと
バラエティ番組や情報番組であれほどコメンテーターやら、何やら評論家やらをたくさんテレビ局に呼んで並べているくせに、こういう長時間の放送の時にこの人の少なさはなんなんでしょう?
もっと役に立つ人がいるなら呼ぶから、こういうのはその役に立つ人の名前を出してほしい。ちなみに、エコノミークラス症候群とか、避難所がそもそも危ない場合もあるとか、そういう話については専門家を呼んで話してもらうまでもなく共有されている情報だったので、キャスターから直接語りかけられていたよ。
4 正確性が疎かになっていること
テレビはその速報性やリアル感といった部分での競争を意識するあまり、ネットで流れる情報をあまり確認せずにテレビでも取り上げるという愚を犯すようになり、自ら信頼性を下げているのは嘆かわしいことといえるでしょう。
これ、具体的にはイオンモール火災の話だと思う(マンションの接合部はそこがもともと計算した上での設計であろうと今回の地震で壊れたことに変わりはないし、熊本城の瓦は加藤清正の設計じゃないよね?)けど、そこは確かにどうにかしないといけない。
とはいえ遠隔中継できるカメラを持っている人が山ほどいる時代にそれを使わないのは流石に微妙なので、誰を信用するか、みたいな部分で担保するしかないのだろう。
正直、正確性と速報性はどちらも求められることで、そのバランスは難しい。新聞とテレビと比べると、テレビは若干速報性にバランスを振っているし、新聞は正確性にバランスを振っている面はあるので、そこは新聞と併用してほしいとも思う。
視聴者が番組開始の時間に合わせてテレビの前に居る時代は終わった。
テレビをリアルタイムで見る人は確実に減って今や録画か地方局のマイナー番組じゃなければYouTubeに上がるのを待つだけ。
録画でCMは勝手にカットされるし、YouTubeもCMカットされた上でUPされる。
もう「テレビ」も「テレビCM」も時代遅れのコンテンツになってしまった。
テレビCMに至っては会社が公式動画としてYouTubeに全く同じもの(メーキング映像のおまけ付きの場合も)をUPしているのでテレビで見る価値もなくなった。
YouTubeに投稿された映像やネットの話題を紹介しているだけの番組ではやっていけない。
僕がからかったら、百万人がチョコレートは体重を減らすのだと勘違いした。その手法。
I Fooled Millions Into Thinking Chocolate Helps Weight Loss. Here's How.(John Bohannon)
(訳注:増田の新たな可能性。さあ英語ブクマ勢よ!添削し、正しい文を提示するのだ!)
「チョコレートで痩せる!」 こんな見出しが踊った。ドイツ人研究者チームが、毎日チョコバーを食べると低炭水化物ダイエットよりも10%も早く体重が落ちることを発見した。その記事は、ヨーロッパ最大の日刊紙のトップページを飾った。ジャーマンウイングス9525便墜落事故続報の真下にだ。それからそれは、インターネットの遥か彼方まで飛び火した。20を超える国と、半ダースもの言語に翻訳されてニュースになった。ワイドショーでも話題となった。それは最新のシェイプ6月号((訳注:つまり北米版「Tarzan」な))特集として、艶やかな印刷で現れた。(「何故あなたはチョコレートを毎日食べなければならないか」p128)研究では、チョコレートは体重減を加速させるだけでなく、コレステロールレベルを健康値にし、幸福度を増大させる効果があることも発見された。Bild(ドイツの新聞)の記事は、研究の筆頭著者であるIDH(the Institute of Diet and Health)リサーチ・ディレクターJohannes Bohannon博士の談話を引用した:「この手法の優れた点は……チョコレートはどこでも買える」
僕がJohannes Bohannon博士だ。まあ、実は本当の名前はジョンだし、僕はジャーナリストだ。僕は博士号はちゃんと持ってる。でもバクテリアの分子生物学ので、ヒトのじゃない。The Institute of Diet and Health((訳注:どう訳しても馬鹿っぽい……))?ウェブサイト以外には何も無いよ。
ささいな点を除けば、研究は100パーセント本物だ。同僚と僕は、ちゃんと実在するドイツ人被験者を雇った。僕たちは実際に臨床試験をしたし、被験者には色んなダイエット法を無作為に割り当てた。それに、統計的に有意な効果がチョコレートにはあるって報告は、実際のデータに基づいている。それは、実際の所、ダイエットの実地調査としては公平で典型的な研究だった。ひらたく言うと:それはヒドイ科学だった。 結果には意味が無いし、世界中の百万もの人々がメディアでがなり立てた健康の手法は、まったくもって根拠が無い。
僕らは、いかにしてやったか。
僕は、去年の12月にピーター・オネケンって名前のドイツのテレビリポーターに呼ばれた。彼と協力者のダイアナ・レーブルは、クズ科学ダイエット産業のドキュメンタリー番組に取り組んでいた。彼らは、ダイエットブームの背後にあるダメ科学入りのニュースが、どれほど簡単に作り出せるかのデモンストレーションを手伝って欲しいと言ってきた。そして、オネケンはとんでもないスタイルを望んだ:それを使って、ダイエット研究とメディア企業の腐敗を明らかにする。
呼び出し自体はそれほど驚かなかった。去年、僕は載せるのにお金を取る学会誌(オープンアクセスジャーナル)への囮作戦をやったからだ。アカデミック出版ビジネスの中で急成長中の、儲かる新しい分野だ。そういった出版社のうち何社が約束通り厳格なピア・レビューをするのか見つけるために、僕はバカバカしい欠点だらけの論文を送って、いくつ拒絶されるかカウントした。(答え:半分よりちょい少ない)
オネケンとレーブルは、全て揃えた:被験者を雇う為の数千ユーロ、研究する為のドイツ人の医者、それにこっちに都合の良いデータをこねくりまわす為の統計学者。オネケンは、僕の学会誌に対する囮と風刺の結果を聞いていたし、僕がどうやって出版させれば良いか知っていると考えていた。 唯一の問題は時間だった:この番組がドイツとフランスのTVで放映されるのが、晩春の予定だった(これは来週初放映)、だから実にたったの2,3ヶ月しかなかった。
どこかで出版できるか?たぶん。でも、その後は?僕はこれは正直失敗すると思った。僕ら科学ジャーナリストは、一般人よりは賢いだろうとの自負が有る。結局のところ、僕らは難解な科学の研究について、十分に説明できる程度には理解しておく必要があるわけだ。そして、科学的な素養を持たない記者でも、ほんのちょっとでもこのネタの為に裏取りしたら?本物の栄養学者でなくても、ちょっとした科学的素養を持つ誰かが相手なら? 彼らは、その研究がどんなにオカシクてモロいか気がつく。言うまでもないけど、ググってもJohannes Bohannonの名前も、彼の研究も、全然出てこなかった。ヘルス・サイエンスの記者連中は、ワンマイル先からでもこのごまかしを嗅ぎつけると思った。でも、できるだけ悲観的には聞こえないように、僕は言った。「これがどうなるか、、まあ見てみようよ」
オネケンとレーブルは、迅速だった。彼らはフェイスブックを使って、3週間のダイエットで誰にでも150ユーロを出すと言ってフランクフルトの被験者を募集した。ドキュメンタリー番組だってことはクリアに説明したけど、それ以上の詳細は伏せた。 寒い1月の朝、5人の男性と11人の女性が現れた。19歳~67歳だった。
この悪ふざけにノッた一般開業医、ギュンター・フランクが臨床試験を実施した。オネケンは、疑似科学ダイエットをこき下ろしたフランクの本を読んで、彼を推した。ダイエットサプリとしてビターチョコレートでテストしようというのは、彼のアイデアだ。なんで?と聞いたら、フランクは「自然食品」狂信者は気にいるだろうって言った。「ビターチョコレートは、マズイ。だから、体に良いハズだ」彼は言ったもんだ。「宗教に似てるのさ」
アンケートと血液テストで、被験者が摂食障害や糖尿病やその他の病気で無いことを確認した後、フランクは被験者たちを3つのグループに無作為に割り当てた。1つ目のグループには低炭水化物ダイエットを割り当てた。次のには、同じ低炭水化物ダイエットに加えて、毎日1.5オンス(42グラム)のダークチョコレートを。そして、残りのコントロールグループには、今のダイエット法を全く変えないように指示した。彼らは21日間、毎朝体重を測って、最後にアンケートと血液テストを行った。
オネケンは、ゴリゴリ数字を弄る為に友人で金融アナリストのアレックス・ドロステハールに頼った。週末に1樽ビールを差し入れた後……ビンゴ!低炭水化物ダイエットグループは5ポンド減量して、コントロールグループ(何もしてないグループ)の平均体重は、上下動ゼロになった。じゃあ、低炭水化物ダイエット&チョコレート組は?彼らは10パーセント早く痩せてた。かてて加えて、統計的に有意な差異として、チョコレートグループだけはコレステロール値と幸福度調査の値が良くなっていた。
何考えてるか判るよ。
この研究でチョコレートグループの体重減が早いのを見せたかったんじゃ-信頼しちゃダメじゃない?科学的じゃないんじゃない?
ここに、ダーティーでちょっとした科学の秘密がある:もし少人数に対して大量の物事を測定するなら、キミは「統計的な有意差」って結果をほぼ間違いなく手にすることができる。 この研究では、18種類も測った-体重、コレステロール値、ナトリウム値、血中タンパク値、睡眠品質、幸福感、ナドナド-たったの15人から。 (一人は落とした)この研究は、偽陽性のレシピで設計された。
計測対象を、くじ引きのクジだと考えて欲しい。クジはそれぞれ「有意な」結果を出すチャンスがあって、ストーリーを紡いで、メディアに売り込むための可能性を持ってる。もっとクジを買えば、たぶんもっと当たりやすくなった。上手くいくかは判らなかった-大見出しを賑わしたのは、チョコレートが眠りの質を良くするだったかも知れないし、血圧を下げるだったかも知れない-でも、最低ひとつは「統計的に有意な」結果が得られる可能性はかなり高いと判ってた。
ある結果が小さなp値を意味する、というフレーズを良く聞くかもしれない。このpと言う文字には言霊としての力があるんだが……まあ、ただのデータのSN比(信号対雑音比)という単位だ。 「有意」であるため閾値(カットオフ値)は、普通0.05だ。それは、5%の確率でその結果がランダムな影響かもしれないってことだ。 たくさんクジを買えば、偽陽性のチャンスを得る可能性は上がる。どれだけクジを買えば良い?
測定項目が18個あれば、p < 0.05となる「有意な」結果を得られるチャンスが60%を超えた。(測定項目は独立していなかったので、もっと高かったかも)このゲームは、僕らに有利に組み立てられた。
これをp-ハッキングと呼ぶ-0.05未満のpを出すために、実験手法とデータをこねくりまわす-そして、これは大きな問題だ。ほとんどの科学者は誠実だが、無意識にこれをやってる。彼らは結果が思い通りじゃなかったら、自分たちがしくじったと思い、「上手くいく」まで繰り返し実験をし、「異常値」を落とす。
ただ、p-ハッキングを避けようと注意したとしても、僕らの研究は(不幸なことに)被験者が少なく、コントロール出来ない要因に大きく影響を受けた。ひとつ例を挙げる:ある女性の体重は、月経サイクルで5ポンド(2.27キロ)も変動したが、これは低炭水化物ダイエットグループとチョコレートグループとの差よりもずっと大きい。これが、大量の人を対象にし、年齢や性別をバランスよくグループに取り入れる必要がある理由だ。(僕らは気にしなかった)
キミは、僕らの結果を解釈するのと同じくらい、紅茶を飲み終わった後のお茶っ葉の形を読んだほうが良い。(訳注:ハリポタにも出てくるが、茶殻を読む占いってのが有る)チョコレートは、体重減加速器かもしれないし、もしくはその反対かもしれない。キミは、ノンチョコレート低炭水化物ダイエットグループも、何もしてないグループも、同じくらい信用してはいけない。何もしてないグループの人達が何を食べたか、誰が知ってるんだ?僕らは聞かなかったけど。
幸運な事に、科学者達はこの問題に賢く対応している。いくつかの学会誌は、科学者たちのより良い習慣となるよう、p値の有意性をテストする段階にある。それに、もはや誰も研究対象の被験者を30人以下にはしない。りっぱな学会誌の編集者は、ピア・レビュアーに送る前に、即座に拒絶する。だけど、評判よりもお金のことを気にする学会誌も多い。
僕らの科学的なブレークスルーを、世界とシェアするタイミングだった。すぐに出版させなきゃいけなかったけど、ダメ科学だし、僕らはピア・レビューを完全にスキップする必要があった。 都合良く、手元にニセ学会誌のリストがあった。(これは僕のリスト、こっちは別のリスト)ちょっとタイトなスケジュールだったから、僕らは同時に論文を出した-「減量加速器としての高カカオ・チョコレート」-20の学会誌に。そして、幸運を祈りながら待った。
僕らの論文は、複数の学会誌に24時間以内に受け入れられた(アクセプトされた)。言うまでもないけど、僕らはピア・レビューに全く直面しなかった。熱烈なアプローチをしてきた、医学国際アーカイブ(the International Archives of Medicine)誌に、最終的には決めた。そこは、巨大出版社BioMedCentralによって運営されてるけど、最近オーナーが変わったばかりだった。出版社の新しいCEOであるカルロス・バスケスは、僕らの出した「傑出した原稿」をちょうど600ユーロで「我々の素晴らしい学会誌に直接掲載しよう」とJohannesにメールしてきた。(訳注:忘れてる頃だろうが、Johannes Bohannon博士はジョンの偽名だ)
アーカイブの編集者は「ジャーナルに提出されたすべての記事は、過酷な方法でレビューされる」と主張してたけど、僕らの論文はオネケンのクレジットカード決済が通ってから2週間以内に出版された。一文字も変更されなかったよ。
論文以外でも、ちょっと仕掛ける時間はあった。僕は、科学的なPRの仕事をしてる友達の友達を呼んだ。彼女は僕を通じて、見出しに載せるためのいくつか卑怯なトリックを使った。毎日僕が触れてるモノの別の側面を聞いて、ゾッとした。
コツは、信じられないほど怠惰なジャーナリズムを利用することだ。もしキミが正しく情報を紙面に反映できるなら、キミ自身がメディアに記事を書くのとほとんど同じくらい、中身を理解してるってことだ。事実、多くの記者たちが(文字通りの意味で)僕らのテキストをコピペしかしなかった。
僕のでっち上げたプレス・リリースをちょっと見て。全部入りだ。記者の専門語で:セクシーな導入部、判りやすくざっぱなグラフ、いくつかパンチの聞いた引用文、そして意外なオチ。さらに、すでに主要なポイントは詰め込んであるので、科学的な論文を読む必要が全く無い。 僕は正確さに特に注意した。記者連中を騙すというよりむしろ、論文についての完全に典型的なプレス・リリースで釣ることがゴールだったからだ。(当然、被験者の数や、グループ間の体重の差がすごく小さいことは書かなかった)
でも、良いプレス・リリースだけじゃ不十分だ。記者連中は、見出しに載せるなにか可愛い「アート」に飢えてる。
だから、オネケンとレーブルは、フリーランスのアーティストに依頼して、チョコレートと体重減少についてアコースティック・バラードとラップを作成させて、いくつかプロモーション・ビデオ・クリップを作った。(ほとんどどんなことでもインターネット上でやってもらえるってことが判るだろう)
オネケンはドイツ語のプレス・リリースを書き、ドイツの地方メディアに直接出した。記事の「専門的な」裏付けは、とても魅力的だ。たとえそれが嘘でも。そして、ドイツ語のプレスリリース爆撃はオーストリアでネットサービスから出て、イギリスでもニュースワイアー(訳注:海外にあるオンラインニュース配信サービス)の外に出た。品質管理なぞ無かった。それは記者連中に託されていた。
僕は、世界中で爆釣れしている中、自慢と嫌悪が混ざり合ったなんとも言えない気持ちになっていた。
餌に喰いついたと気がつく前に、デカイ魚を釣り上げていることすらあった。Bild(新聞社)は、急にこの記事を書いた-「チョコレートを食べてもスリムなまま!」-全然こっちに連絡無く。すぐに、デイリー・スター紙、アイリッシュ・エギザミナー紙、コスモポリタンのドイツ語版サイト、インド版のTimes紙、ドイツ版とインド版のハフィントン・ポスト、それにテキサスのテレビニュースとオーストラリアの朝のトークショー、に気がついた。
記者連中は、とんと僕にコンタクトしてこなかったけど、してきても投げやりな質問だけだった。「なぜチョコレートで減量が加速すると思いますか?読者に何かアドバイスは?」ほぼ誰からも被験者数については聞かれなかったし、誰も数は報道しなかった。誰一人として、他の研究者に聞いていなかった。他の研究者の引用は、無かった。
これらの刊行物は、大量の聴衆を操るけど、必ずしもジャーナリズムの美徳の鑑ってワケじゃない。だから、新しい見出しのためにちょっとしたデジタル撒き餌でも簡単に食いつくのは、別に驚くことじゃない。ベージビューを収穫して、次に行くだけ。でも、(恐らくは)厳格な地方局でも、同じように研究の穴を見つけることは出来なかった。
僕らの研究を伝えるシェイプ・マガジンの記事では-6月号の128ページを見てね-校正係(fact-checker)を雇っていたけど、でも他と同じようにやる気が無かった。校正は全部含めても、2,3の文の正しさと、僕の名前の綴りの確認だけ。校正範囲は、減量を促すチョコレートのカカオ含有量(81%)、2つのブランドの特定だけだった(食料品店とアマゾンで買える)。
いくつかは銃弾を避けた。ある男性向け健康情報誌の記者は、Eメールでそれほど厳密では無い質問をいくつかしてきた。彼女は、9月号の記事を予定していると言ってたので、僕らはその記事がどうなるかは全く判らない。
じゃあ、最も期待はずれだったのは?誰一人として、チョコレートミュージックビデオを使ってくれなかった。その代わり、みんなどことなくポルノチックなチョコレートを食べる女性のイメージを使った。たぶん、この音楽に僕らの生活の真実ってやつがにじみ出ているからだろう:
なんで気にする必要がある?必死に信用できる情報を求める人達は、ズラッと並んだダイエットガイダンスに戸惑ってる-塩は悪い、塩は良い、タンパク質は良い、タンパク質は悪い、脂質は悪い、脂質は良い-まるで天気みたいに変わる。
でも、科学は明らかにするよね、ね?今は、肥満を疫病のように言ってて、トップクラスの科学者達に資金が注入されてる。いずれ原因と治療法をクリアに答えてくれて、雑音は止む。
もしくは、そうじゃないかも。
公平に見て、十分な資金を持ち本当の減量科学の研究をしているところでは、混乱してて、結論を出せていない。非営利の栄養学推進機関(the Nutrition Science Initiative)共同設立者で外科医のピーター・アティアは嘆いている。例えば、女性の健康促進(the Women’s Health Initiative)-その種の調査で最大のものの一つ-で、ダイエットと健康についていくつかが明確になった。アティアは 「その結果は、混乱するものでした」と言う。「彼らは、10億ドルを費やしても、低脂肪ダイエットが良いか悪いか証明できなかった」アティアの非営利団体は、基本的な質問の答えを探すために、1.9億ドルを調達しようとしている。でも、肥満の科学に注意を向けるのはひどく難しい。彼は言う「あまりにも雑音が多すぎる」
キミは、僕みたいなのに感謝することが出来る。僕らジャーナリストは、日々のニュースという獣を養う必要があって、ダイエット科学は打ち出の小槌だ。読者は、赤ワインの効能やフルクトースの危険性について、十分な記事を読めない。一般的な関心事というだけでなく-それは、1日に最低3回は必要という決定に関連している-それは科学だ!僕らは、どんな報告でも、家から出る必要は無い。僕らは、メールボックスに届いた科学的なプレス・リリースを、デイリーニュースという小川にちょっと浸す。そして、ストックしといたスナップ写真を貼り付けたら、完成。
ダイエット科学の唯一の問題は、それが科学であるってことだ。キミは、科学の論文の読み方を知っている必要がある-さらにいえば、本当はやってみる必要もある。とても長い間、人々はゴシップみたいにこのインチキと同じプレスリリースに飛びついては流行を作ってきた。願わくば、この小さな実験が、記者連中や読者を、もっと疑り深くしてくれますように。
もしも、どれだけの被験者を対象としたか明らかにしない研究、「統計的に優位」と言うにも関わらずどれだけ影響が大きいか言わない大胆なダイエット法が発表されたら、キミは「なぜ?」と思うはずだ。でも、大抵の場合、僕ら(訳注:忘れた頃だろうが、科学ジャーナリスト)はやらない。 残念だけど、ジャーナリストは事実上、相互評価(ピア・レビュー)のシステムで動いてるからだ。そして、僕らが失敗すれば、世界はジャンクサイエンスで溢れかえる。
この悲喜劇にも、希望の光はあった。記者連中が僕らの「発見」を吐き出している間、多くの読者が思慮深く、疑い深かった。オンラインのコメントで、彼らは記者連中が聞くべきであった質問をポストした。
「なぜ、各個人のカロリーを計測していない?」ボディービルフォーラムで読者が質問した。「このドメイン(IDHのウェブサイトのモノ)は、3月に登録されてて、大量のブログやニュースは、この研究以外には触れていない(ググれ)。これは誰かが背後に居るぞ」ドイツの主要なオンラインマガジンの内の一つ、FOCAS Onlineの読者が言った。
また、先見性のある読者が、4月4日のデイリー・エクスプレスの記事にこうコメントした。「栄養学は毎日がエイプリルフール」。
更新:the International Archives of Medicineのウェブサイトからは取り除かれちゃったけど、ココで読めるよ。
(訳注:修正済みのためCorrectionは訳さず。あと、何箇所か言い回しが怪しいので、適宜修正するよ)
今更ながら、どうでしょうアフリカ編を最後まで見た。一応最新作ということでいいのかな。もー、これはどうしようもない駄作。全盛期に比べて近年の企画がまぁそんな面白くないというのは感じてたんだけど、今回はそういうレベルじゃなく、もうケタ違いに面白くない。もしかすると信者たちはどうでしょうはゆるさがいいんだからこれはこれでいいんだなんて言うのかもしれないが、ダメだよクソはクソだって言わなきゃ。これはどう考えても普通の、どこの地方局でもある、普通につまらない番組でしょう。初期からずっと見てきた大好きな番組なのに残念すぎる。あまりにつまらなかったんで途中で見るのをやめたかったんだけど、一応最後まで見ないで結論づけるのもどうかなとおもって、何度も興味を失いながらもなんとか最後まで見た。
どうでしょうの面白さの重要な要素の一つにディレクションが素人な点にある。むちゃな企画、スケジュールの詰めの甘さ、普通のスタッフなら行う事前調査やロケハンなどをしないスタイルが行く先々で想定外のトラブルをうみ、それが大泉のぼやきのねたになったり、ケンカのくだりに発展したり、視聴者の予想を超える展開が起こってきた。
ところが今回は、企画やコーディネートをプロが担当した、というか丸投げしたと番組の中で語られている。その理由は不明確だったが、これが本っ当に大失敗だったと思う。プロがしっかり企画しちゃってるんだから当然動物も絶景も見れるし、それによるトラブルやケンカも起こらない。出演陣も見慣れない絶景を見せられてただすげーすげーと連呼するしかない。絶景を前に出演者は感動するものの、相変わらず撮影のテクニックや機材はないもんだから、視聴者にはいつものホームビデオなみの映像をみせていて、これがものすごい温度差。正直言ってアフリカの動物っていうのは生で見るから感動的なんであって、視聴者にとっては他の番組でもっと鮮明な映像たくさん見てるんで散々見飽きてるわけ。この温度差はほんと致命的で、見ていてどんどんしらけていく一方でした。こういうところは2秒くらい使ってばっさり切る、とかさ。そのくらいの初期の編集やってほしい。アフリカ行ったのに動物の映像全くないとかさ。そういうくらいじゃないと。
コーディネータがついた企画は今までもあったと思うんだけど、企画の部分はちゃんと自分たちで考えないと、こういうことになる、ということをご本人たちにわかってほしい。最近のあの4人は、とにかく4人が集まれば、企画が何であろうとなんか面白い方向にころがっていく、と思っているように感じるんだけど、そういうことじゃないということに今回で気づいて欲しい。企画から丸投げするならロビンソンみたいな人にお願いするとかじゃないと。
そんなわけでもー今回は1回1回の30分が本当に長く感じた。これまでのどうでしょうなら「え、もう終わっちゃうの?」「早く続きがみたい!」って思ったものだけど、今回はまだやるの?みたいな感じ。感覚としては友人が作ったホームビデオを延々見せられているような退屈さに近い。ただのアフリカ旅行記。本の宣伝のくだりとか1,2回やれば十分じゃないの。床屋に行くっていう冒頭の展開も意味分かんないままだしさ。こういうのも使うのは2秒だけでいいよ。あーもう細かいこと言うときりがないのでやめる。全編通して俺がちょっとクスッとしたのはミスターがカメレオンを頭にのせたシーンのみでした。
番組内でもう40や50にもなって無茶できない的なことを藤村が何度も言ってたけどさー、はっきりいってそのくらいの年齢でむちゃやって挑戦して面白いもの作り続けてる人はたっくさんいるっつーの。アホか。勝手に老けこんでないで、もう一度面白いもの見せてくださいよ。次つまらなかったら俺はもう見るのやめるよ。
ねえねえ、フェミの人たちはこんな話はどう思うの?アイドルって公開見世物市で、お金持ちが可愛い子見つけて結婚するためのものなんだって!
「地方アイドルは、地元のイベントなどでは、ギャラが安いので重宝されていますが、テレビ番組なら地方局でも『出してもらう』という立場。福岡だと、アイドルファンでは有名なLinQ(リンク)などでも、グループ単位だと東京での仕事もありますが、メンバー個人の認知には至りません。年端もいかない若い娘さんが、学業をおろそかにしてアイドル業に精を出しても、せいぜい地元でいい結婚相手が見つかる程度なんです」
なぜニュース番組で、キャスターが驚いたり楽しそうな会話をしたり
NHK・民放ともに、ニュースと空想の物語をごっちゃにしていませんか。
事実のみを淡々とアナウンサーは伝えるべきではないでしょうか。
スポーツ実況もそうです。なぜ興奮して絶叫するのか、ある意味失格と思います。
なぜなら、驚いたり感嘆するのは見たり聞いている視聴者がするのですから。
楽しそうですねと言って、印象を強制してはおかしいでしょう。
イラク戦争の時ぐらいからこの傾向は強まってきたように思えます。
ニュース直前に、ミサイル発射です→チャラララ→こんばんは7時のニュースです
これぐらいならまだ許容範囲でしたが
お笑い芸人が山を見てでっかい! 何か食べようとしておいしそう!
それは、視聴者が感じることで
芸人は大げさにやるのが職業だろうけども、見ているこっちはうんざりです。
私はテレビは見たくないですがどうしても
見る必要がある時があるのでとても気になりました。