はてなキーワード: ピースとは
普段仕事で上司に何気ない会話をしたら、「で、お前はどうしたいの?」って言われてムカついたりしてる。そんなときに上司がfacebookに息子の写真を投稿してる。どうやら昨日に地域イベントに息子と行って来たらしい。そのときの真顔で移る息子のピース写真。いたって普通レベルの顔でかっこいいともかわいいとも思わない。。。でこの記事読んでどうしてほしいわけ?かわいい!とかかっこいいですね!って思われたいの?はたまたいいお父さんだねってコメントしてほしいのかな?コメントに困るので誰もコメントせず、義理だけの社内からのいいね!だけはついてる。。。。これだからfacebookで会社のやつとつながるとめんどくさくなる。。。
http://d.hatena.ne.jp/shamilsh/
https://twitter.com/shamilsh/status/520148796907331584
「なぜ止めなかった」という批判にも答えます。極端に思想信条が異なった相手に反対意見を述べても意見を変えるどころか、その意見を強化してしまいます。シリアへゆく意志が脆弱な北大生の意志を逆に固めてしまうことになります。寧ろ困難に直面させて、自分の意志で断念するよう促す方がいいのです
「見逃した」とRTされたのでdailymotionで見れることを教えた後に
https://twitter.com/shamilsh/status/512096373403971585
こちらにありました。 http://www.dailymotion.com/video/x25y8uv_ mr-サンデー-140914_news @erkin_kawabata: 見逃した..orz @shamilsh: 高世仁の「諸悪莫作」日記 日本人ジャーナリストがみたイスラム国 ゆうべの常岡浩介さんの「イスラム…
https://twitter.com/shamilsh/status/512109316396969984
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A国とB国が戦争状態になっていました。
常岡浩介はA国の内情を深く取材すべく極秘潜入し、【A国万歳!最高!!】というポスターの前で指令官とともに銃を構えて写真を撮って
SNSで"お前ら事は俺がちゃんと話しを聞いて世界に向けて発信するよ!"と囁いいたらA国の取材がスムーズに行えました。
「おっ、やっぱり取材は仲良くなって信用を得るのが大事だよな」と。
そしてB国側の内情を取材する時も【B国万歳!最高!!】というポスターの前で司令官とともにピースサインを決めて写真を撮って
SNSで"お前らの事は俺がちゃんと取材をして世界に向けて発信するよ!"と囁いたら、なぜか拘束されて「この金を使って国に帰れ」と強制的に出国させられました。
「あれ、なんでだろう?? とりあえずA国にまた行って、親睦を深めておこう。」
A国に再度入国すると、司令官が「B国に行ってきたらしいな。何か変わった事なかったか?」と聞いてきたので
「特に何も取材出来なくて、お金渡らされて追い出されちゃったんだよ。」
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https://twitter.com/shamilsh/status/520153294186901504
事件と直接関係ないけど、ついでだし、こういう写真をupしたことへのご批判にも答えます。相当性の問題です。これをupすることでイスラム国の直接取材が可能になりました。これは、その行為が非常識であるとかいう問題点を遥かに越えるメリットです
最近じゃあ猫も杓子もバイラルメディア、バイラルメディアとうるさい。
お手軽にネット上のコンテンツをかき集めて写真を転載、文章をコピペして、
煽情的な見出しをつければ一丁上がり。引用元がひとつのサイトのみってこともある。
自分が書いた文章をまるまるパクられたこともあって良い印象はないが、
ユーザー目線から見たらクリックしたページがおもしろければ何でもいいんだろう。
だからそんなパクリコンテンツがどんどこツイッターやフェイスブックでシェアされる。
だけど気になっているのは著作権違反だとかデマ拡散装置だからタチが悪いとか、そんなことじゃない。
まとめサイトやバイラルメディアを見るのが、スマホをユーザーなら当たり前になった状況にそのものだ。
今までネットに接してこなかったふつうの人々も、「ネット的」なコンテンツに触れるようになった。
山手線に乗っている派手な若い女性が「○○した結果wwww」なんて記事を読んでいるのを何度も目にしたことがある。
経済学者のタイラーコーエンが「フレーミング」の中で、文化(コンテンツ)を「小さなピース」と「大きなピース」分けて、
「アクセス・コストが低ければ、大小さまざまなピースが選択可能になるが、どちらかといえば小さいピースのほうが好まれる」
と書いているが、まさにこれが当てはまると思う。
スマホで消費しやすい「小さなピース」を供給する役割を果たすのがこれらのメディアだ。
古くからネットコンテンツを単に消費していた自分としては困惑している。
環境の変化によってやってること(ネットサーフィン)は変わっていないのに、おもしろくなくなってきたのだ。
ネットが一部の「情強(笑)」にとっての「おれたちだけがわかる」遊び場ではなくなり、物事を斜めに見るだけで優越感に浸れるものではなくなった。
「おれたち」とそれ以外を分ける境界がスマホ普及・まとめサイト台頭で融解したと言っていい。
そうみると反アフィリエイトを掲げる「嫌儲」スレは、金儲けを単に毛嫌いしているだけでなく、
ネット原住民である「おれたち」の最後の牙城のような役割を果たしているのかもしれない。
過剰な女性叩きやツイッター叩きはひどいものだが、古くからの「おれたち」以外を排除する志向なんだと思う。
でもどんなにあがこうと限界があるし、単なる痛いやつらの吹き溜まりにみたいになっている。
では、今後どうすればネットを楽しめるかというと、全然わからない。とりあえず消費する側から発信する側にまわらないといまのネットは楽しめないって実感はある。
でも発信するやつらの数もあまりに多い。母数が多いと確実に埋もれるから、まずは見てもらうことに力を割かなくてはならない。
匿名ダイヤリーだって自分のブログじゃあ全然アクセスを稼げないから、書いてる人は多いはずだ。
簡単に情報が手に入るし、簡単に情報が発信できるし、簡単にSNSで繋がれるはずなのに、
フラットになったようで競争も激しくなっていて、いい年になってネットの使い方がほんとうにわからなくなってきた。
おそらく10代ぐらいの若い子のほうが複アカを使いこなしながら、しなやかにサバイブしているはずで、
見習ったほうがいいのかなーなんてぼんやりと考えている。
私が斉藤を叩き続けた甲斐もあってブックマークコメントには厳しい意見が多い。
これがもし私が斉藤を見逃して好き勝手をやらせていたら、今頃この記事のブックマーク数は2倍、ブックマークコメントには斉藤賛美(「斉藤さんお疲れさま!」)があふれ返っていたことだろう。
自分のやんちゃな下半身を棚に上げ、がんの奥さんを放っぽり出そうという男がなぜか感傷に浸っているその姿は醜悪・下劣・無責任の極地にあるが、
昔からサイコパス(はしご?とかいう女とか)に甘いはてなーは、こういう人間にすぐに惚れこみ甘やかそうとするので、私がいちいち頑張らないといけないのである。
私の頑張りもあってか、はてなの空気は動き、斉藤を全肯定するような風潮は無くなったのである。
ともあれ、今回の離婚は一応は円満離婚のようであるが、奥さんの心中が本当はどうなのかは誰にもわからないし、ああいったツーショットを載せるというのは
うがった見方をすればアヘ顔ダブルピース(同意してるって見せろ!望んでいると見せろ!)をさせているとも取れるし、やはり私の斉藤への嫌悪感・疑念は募る一方である。
私にできることは、今後も斉藤を監視し続け、斉藤の発言の整合性・矛盾を考察し、また斉藤の毒牙にかかりそうな女性が居れば、それを未然に防ぐことだけである。
斉藤とリアルで関わっている斉藤の会社の社員たちは全然頼りにならなさそうなので、斉藤から女性を守れるのははてなーしか居ない。
みんなで今後も頑張ろう!オー!
齊藤貴義 https://twitter.com/miraihack
はてなブックマーク - 12年間つきあった妻と火曜日に別れます - はてな村定点観測所 http://b.hatena.ne.jp/entry/www.open.sh/entry/20141005/1412474056
(文:masudamaster)
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私は1985年生まれだが、この映画がプーさんとの初めての出会いだった。
このアメリカ製の映画には、日本語に吹き替えする際に配給会社が何社かあった。
そのため異なるパターンの吹き替え、翻訳が行なわれていたのだ。
やや込み入った話になるが、吹き替えには大まかに二つのパターンがある。
①BVHE版
こちらが現在に連なるプーさんの系譜だ。日本人の多くがこの吹き替えに馴染んでいることだろう。プーさんの声は鷹揚とした例のあれだ。
プーさんの闇の歴史ともいえるのがこちらだ。プーさんは①と比較するとやや衒学的な雰囲気でしゃべる。
この文章を書いていることから明らかなように、私は②で育った。
幼いころ、何度もこの映画を見返した。
大きく異なる部分は以下の通りだ
①ピグレット⇔②こぶた
①オウル⇔②ふくろう
①のほうは御存じおっさんみたいなかんじの声優があてられている。
(私は声優とか詳しくないしほとんどこだわりもないが、ここだけは②のほうが優れているのではないかと今でも思う。)
私はマイナーな方の吹き替えで育ったせいで、小学校の時に疎外感を味わったことがある。
しかし、ピグレットが何なのか解らなかったし、ラビットは何となくわかったがオウルも最初どのキャラのことか全然わからなかった。
私はみんながマガジンで『ゲットバッカーズ』や『GTO』を見ていた時、
私は週刊少年チャンピオンで『オヤマ!菊乃助』や『おまかせ!ピース電気店』を見る少年になってしまった。
ジャンプで言うと『ワンピース』は流し見て『封神演義』ばかり何度も見返した。
音楽もみんなが『175ライダー』や『ケツメイシ』を聴いていた時、『ナンバーガール』や『真空メロウ』を聴いていた。
他の分野についてもだいたいこんな感じだ。
見てわかる通り、ヴィレバンで個性を発揮する程度の大したことのない「こじらせ」なんだけど、
私のプーさん(というかこぶた)は、確実に、私の物の見方を変えたんだ。
https://twitter.com/sahoobb/status/505525364521570304
要するに、「音楽の話をせずに」、「好きなもんを好きな様に聞けば」いいのだ。
そうやって過ごせれば、こんなに平和なことはないなんて赤ん坊でもわかる。そうやって過ごせればどんなにいいか。
「音楽に国境はない」。とても有名で、とてもすてきな言葉だ。たぶんボブ・ディランの歌詞だろう。音楽関係の名言の九割はボブ・ディランの口から発しているとされおり、すごく有り難い。
ところが現実はボブ・ディランではない。各国の土着・民族音楽に使用されている音源はおのおので笑えるくらいに異なり、「国境なんてないんだ」などとほざいて通じるように聞こえる西洋音階によるポップチャート侵略主義の結果に過ぎない。しかしだ。ここはあえてボブ・ディランに百歩譲りたい。音楽に国境はない。その呑気なテーゼを容認したうえで、ボブ・ディランはこう付言する。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togech.jp/2014/08/30/12027
ここにコメントを書いているブクマカ(死語)は全員、本質を見誤っている。
音楽の話において、人が他人を見下すのはそいつがマイナージャンルを好きだからではない。過去の自分を見ているからでもない。人間は見下すように生まれた動物だから、というのはちょっとあるが、決定的ではない。
女が泣くのは、音楽の話をコミュニケーションの道具に使うからだ。
そもそも音楽の話はコミュニケーションの媒介として非常に燃費が悪い。なんせ、実物がないとその曲がどういうものか、ぼんやりとすらわからない。小説や漫画には筋がある、映画には役者がいる、スポーツには様式化されたアクションが、アイドルや芸能人にはゴシップが、文学にもゴシップが、それぞれ素人にも言語化しやすい形で道具として可視状態にある。
音楽には何もない。楽器に触れたこともない素人二人が互いに片方しか知らない曲の話をする場合、だいたいはエモーショナルでよくわからない表現に頼るしかない。あるいは「いいんだよ」だ。「うまく言えないけど、とにかくヤバイの」。これでは何も伝わらない。即時性を重要視するコミュニケーションの現場では、音楽など、口下手な二人の間で放置され冷めたフライドポテトよりも価値がない。すくなくとも冷めたポテトは「まずい」という互いがすぐに了解しあえる話題のフックを備えている。
なんだ、当たり前の話じゃないか、そんなことは昔からわかっているよ、とあんたは言うだろう。
ところがあんたは昔とおなじくらいに何もわかっちゃいない。
順序を間違えている。
人は他人を見下す生き物であり、だから、音楽の話でコミュニケーションを取ろうとすると悲劇が起こる、あんたはそう考えている。でなければ、あんた以外の誰かはそう考えている。
違う。逆だ。
音楽の話でコミュニケーションを取ろうとするから、他人を見下す生き物としての人の顔が顕現してしまうのだ。これは理屈でも論理でもなく、真理だ。
音楽は門戸がビッチの(ピー)なみにガバガバに広い。食べ物と似た感覚で「うまい」と「まずい」を直感的に判断できる。その直感は、一見まじりけなく、自分の本質、アーイデーンティーティがぁーー♪に直結しているように思われる。
だが、アウトプットしようとなると、童貞のケツ穴のごとく狭窄だ。和音? コード進行? ポリフォニック? Perfumeのゴリラ?
なんだそれは? なんだそれは? なんだそのわけのわからない……専門用語は?
そして、俺を含めた素人の九割はその意味を知ろうとしない。「しろうと」だけに。これは駄洒落でも冗談でもなく、真理だ。いや、ほんとうに。
ゆえに、聞く行為そのものが直感的な好みへ直ケツし、下痢気味の短腸生物のごとく未消化でそのまま「おれのアイデンティティ」へ繋がる。
すると、どうなる?
コミュニケーションバトラーたちは「○○を聞いている俺=俺自身」で勝負するしかなくなる。変化球も切り札も伏せカードも強欲な壺もない、各種ジュアルルールも適用されない生の殴り合い。怯んではならない。ダウンしてはならない。なぜなら、その曲は「俺」の魂そのものであるからだ。
それはかつて冷戦下で想定された最悪のシナリオに酷似している。発動されてしまった相互確証破壊戦略。スクリーンを飛び出してしまったスター・ウォーズ。後には誰も残らない。灰と水曜日以外、残らない。
20XX年、ここは音楽の話の核の炎に包まれた日本だ。モヒカン(ゲスの極み乙女。)が汚物(イグザイル)をルールする日本だ。
みんなが音楽の話をしている。フェイスブックで、twitterで、日常会話で、好きなアーティストを主張しまくっている。もう手遅れだ。
最初の女の嘆きに戻ろう。すまない。君には嘘をついた。「君一人が黙ればすむ」だなんて。
でも、さっき言ったように、ほんとうはもう全世界的に手遅れなの、君一人が黙ってももうダメなの、ごめんね、でもほんとうです。
しかし、本当のおわりが来る前に試みることができる解決策が二つ、ある。もちろん、択一だ。どちらかが正解のコードかもしれないし、どちらを切っても結局爆発するのかもしれない。なんであれ、やってみるだけの価値はある。
一つ目、耳を塞いで今君のいるコミュニティ(フィジカルなものもバーチャルなものも)から遁走し、誰も音楽になんてプリミティブな代物以上の興味を持たない新天地(老人ホームがおすすめだ)を探し出し、そこに逃げ込んで、鼓膜を破り、二度とiPhoneの再生ボタンを押さないことだ。
二つ目――これはきみが臆病者でない場合のプランだ、当然、保険はきかない。
とりあえず、だれでもいい、きみの周囲のモヒカンを無作為に選び出し、襟を拳で持ち上げ、殴れ。
ボコボコにしろ。そして、耳をかっぽじってよく言い聞かせるのだ。
「これから二度と私の前で、音楽の話なんてするんじゃないよ」と。
相手は腫れ上がったクチビルで言い返すだろう。「勘弁してくれ、音楽は俺の魂なんだ」と。
言ってやれ。「あんたは○○○かい? 音楽なんざいくらでも聞きな、あたしは『音楽の話』をするな、って言ってんだ!!」
それから、相手の携帯を出すように命じろ。ロック解除のパスワードを聞き出したなら、フェイスブックとその他諸々のSNSへアクセスしろ。まず、プロフィール欄の「好きな音楽」を抹消しろ。twitterのプロフィールは「わたしは卑怯なネオナチの豚野郎です」と書き換えろ。
それから、そいつが過去にweb上で行ったあらゆる音楽関係の発言を消してまわれ。終わったら、君はその携帯を愛をもって持ち主に返却するか、悪魔の笑みを浮かべて膝で叩き割るか、電子レンジでチンするか、そのどれかを選べる。この選択は択一ではない。
君に関係する豚野郎どもの携帯がすべてアルミのメルトチーズと化したころ、君はようやくお気に入りのイヤフォンであるATH-CKN70を耳孔に接続できる。
もはや君の周囲で音楽の話をする豚はいない。君に話しかける人間もいない。誰にも邪魔されない。
本物の安寧と平和が手に入る。
本物の安寧と平和、いい言葉だ。きっとボブ・ディランが作ったに違いない。あるいは残りの一割を司るアジカンの眼鏡が。
ピース。
元の文章が相当ひどいのに村上春樹風とか言われて悔しいので自分なりに直してみた。
表情は変わらなかったけれど妻はどうやらショックを受けているようだった。夫である以上、僕にだってそれくらいわかる。
「率直に言って、私はあなたがそんな風に思っているなんて全然知らなかったわ。ねぇ、子供に対してもそうなの?」妻は僕に尋ねた。その声には非難よりも不安が感じられた。
僕はもう一度できるだけ落ち着いた声で「妥協しないと結婚はできないと思う」と言った。
妻は努めて明るく「まあそうね。常に更なる高みを目指すのならば結婚なんてしないものね」と答えた。その声は、ちょうどマクドナルドの店員の声みたいに記号的に聞こえた。
誤解してほしくないのだけれど僕は妻を愛している。多分、ビートルズが世界の人々を愛しているのよりは少し劣ったレヴェルで愛していると思う。ピース。
そして言うまでもないことだけれど、同じぐらい子供も愛している。少なくとも世間の善良な人々に対して声を大にして言うことはできる。「僕は家族を愛している」と。
妻と僕は大学のサークルで出会った。僕の何年にも渡る彼女への地道な(あるいは大掛かりな)アプローチは実を結び、ある夏の夜、正式に僕たちは付き合うことになった。こうしたささやかな成功体験は僕の確かな行動規範となり今も確かな”傷あと”を心に残している。。
今年で付き合い始めてから10年になる。10年、短くない時間だ。
このように僕にとって彼女との結婚はちょうど春の熊のように幸福なものであるし。今でも僕の伴侶として彼女以外はいないと強く信じていることを分かっていただきたい。
「ねぇ、気を悪くしてほしくないんだけど、聞いてくれる?」
もちろんいいよと僕は答えた。妻の願いを聞かない夫なんて、ロバのウンコぐらいの価値しかないのだ。
「恋がしてみたいの」彼女は言った。
それは控えめに言ってかなりショッキングなことだった。”あしか”を飼いたいなら、まだましだったかも知れない。
「じゃぁ僕の存在は何?」と僕はできるだけ優しく尋ねた。
「友達と子供を作るのはおすすめしないな」と僕は笑いながら言うと彼女も微笑んだ。
きっとこうしたことが言い合えるからこそ、僕たちは結婚したのだ。望むと望まずにかかわらずこれが僕達にとっての結婚なのだ。
本当に恋をした相手とだったら、きっと結婚をする前に潰れてしまうだろうなと僕は思った。
もう疲れたゴメン。
腕を鋏で傷つけられて、来なくなった。
中学卒業までほぼメンバーは変わらない閉鎖的な近い将来が分かりきっていた。
怪獣が何匹もいた。
授業中に座って話を聞けなくて歩き回る子(今思えば多動性だったかもしれない)。
授業妨害は当たり前だった。算数の割合の授業がほぼすっぽぬけてたから塾に行った。
そのころ、ニュースで教育の元の暴力がタブー化されたことを盛んに報道していて、
口で言ってもわからない子がいても、簡単に子供を叩けなくなった。
「殴ってみろよ、クビにしてやるわ」と問題児たちは口を揃えて先生に言ってた。
何人かの問題児以外のその他大勢は、クラスの日常にだんまりだった。
そういうのをとめる子は誰一人としていなかった。
私も含めてクラスの中心人物の「ガキ大将」にいじわるされるのが、
当時はとてつもない恐怖だった。
ガキ大将といっても、恰幅のいいジャ●アン的な感じじゃない。
ハーフで眉目秀麗な男子だった。武道を習ってた。傍若無人だった。
母親が異国の人で日本語がほぼしゃべれず、子供に対して過干渉。
父親がは日本人で異常に厳しく直情的で、同じく過干渉。
そのストレスを学校で発散している、というのがクラスの子供達の中での共通認識だった。
問題のある子とそうでない子を分けてクラス編成し直してほしいという声が上がった。
その場に数人いた私達子供らにとってはすごく嬉しかった。念願だった。
そんな夢みたいな話があるのか?大人ってすごいと思った。
誰かがお母さんにお願いしたのかな?でも、これで、帰りの会が長引くのも、全校集会で怒られるのも、
算数の事業を妨害されるのも、いついじわるされるかこわかった毎日もみんな終わるんだ!と思った。
子供たちだけ別室に移されたときも、皆同じく高揚していた。泣いてる子もいた。やっと開放されると思った。
耳を疑ったのはすぐのことだった。
「他の子供たち(問題児以外)はみんなで支えあっていきたいって、仲間だってきっと思ってる!
そんな子供達の思いを踏みにじるんですか!個性を除外して、認めてあげれない学校なんですか!!」
この一言を言いはなったお母さん、泣いてた。なんで泣いてんだよと思った。
あんたの息子、問題児にいじめられてるって知らなかったのかな?
結局その一言で、淡い夢は終わって、わんふぉーおーるおーるふぉーわんという語呂がよくて気味が悪い
小学校卒業間近、タイムカプセルを埋めたいと皆で担任教師にお願いした。
中学にいっても、問題児たちは相変わらずだった。先生たちは一生懸命だった。
先生は、その子たちにつきっきりだったしね。悲しいよね。手のかかる子ほどかわいいよね。
学校生活の主役は間違いなく彼らだった。さっさとみんなでカラオケにいった。
でもいまは少し太って地元で平和や愛を歌うラッパーになったらしい。ピースフルだね。
取り巻きの問題児たちも、今はどっかで働いて、いまだにみんなでつるんでるらしい。こりないね。
どうなってたんだろうと、最近橋本さんの提案をニュースでみて思う。
それなりにまじめに生徒やってる子の人権は無視されてきたんだし別にいいじゃん。
(問題児をとめない周りの子が一番悪いという持論を展開する大人も一定数いるし)
それでも反対する人がいるのは、世の中の不条理さに慣れておく訓練を、
もう学級目標も、やられたらやり返せ甘えるな。とかにすりゃいいのに。
あのグミの木どうなったんだろ。
いやマジで解らない。解る人教えて欲しい。
5月5日早朝に震源の深さ約160km、マグニチュード6.2の地震が発生。
NHKが都内の様子を中継するために表参道を映したところ、ちょうどそこにいた女性が「地震なんかないよ」とカメラに向かって発言し、路上で煙草を吸って、一緒にいた男性とチューしたらしい。
その女性がタレントの東森美和さんだったということで、本人がブログで5月5日早朝に起こった地震のNHK地震速報の件についてというエントリをあげたところ、コメント欄は「謝罪しろ!」の大合唱。
お祭り騒ぎにかこつけて、ただ叩いている人も多いと思うけど、真剣に謝罪を求めてる人もいそう。いったい何がどうなると謝罪を求めたくなるのか。
「芸能人たるもの、公でもプライベートでもメディアにのるときは、発言に気をつけねばならない」とか「うかつな発言するとこの頃はネットですぐ叩かれるから気を付けないとね」というのは、芸能界の先輩が後輩に諭す事柄だよね。
それをなんで一介の素人が偉そうにその道のプロに言ってんだろ。しかも「だから謝罪しろ」だって。
おまえ被災者なのか。そうでないならなに勝手に代弁してんだよ。
まあそれはさておき。「地震なんかないよ」と言ったら被災者の気持ちを踏みにじってることになるの? ここが解らん。
休日明けの表参道で一晩飲み明かしたであろう酔っぱらいが「地震なんかないよ」と言ってたら「これは表参道は大した被害なさそうだな」となるだけだと思うけど。
これは、まあ、解る。
「地震中継でやるのはやめろよ。ズームイン朝の中継の後ろでピースするぐらいにしとけ」ってことだよね。
まあ、ただ、あれ売名行為でやってるようには見えないな。「いや、あれは売名行為としてやってるよ」って思ってる人いたら、どうしてそう思うのか教えて。
NHKなんじゃねえの。
人のプライベートを勝手に全国に流して、そのために一人のタレントがぼこぼこに叩かれてる。
あの中継で東森さん達を映す必要はなかったし、「地震なんかないよ」の発言のあとですぐにカメラの向きを変えても良かったはず。
もし「面白そうだから撮っとこ」と思ってカメラを向けたなら、それこそ糾弾されるべきでしょう。
「我社のプライバシーへの配慮に欠ける報道により東森さんにご迷惑を掛ける事態となり大変申し訳ない」と釈明会見すべきじゃないか。
まあ、それやったら街中の様子を映すニュース映像が使えなくなっちゃうから、NHKはやらないと思うけどね。
地震で目は覚めて「大きいな」とは思ったけど、揺れの続く時間が全然短かったし「大したことないな」とそのまま寝てた。
地震でなんらかの被害がでるのは震度6超えてからだね。今回はとてもそこまでいく感じじゃなかった。
それを「震度5弱!!!」と大騒ぎしてみたり。しかも大手町の一部だけで、あとは震度4以下でしょ。まあ普通にちょっと大きな地震だな。
それなのに大騒ぎする人を見るとね「震度5弱でガタガタ言うなよ!」という気分だった。だから東森さんの「地震なんかないよ」発言は寧ろスカッとしたね。
東森美和さんにどうして謝罪を求めるのか理由が解る人教えてね。
はてな民には真剣に謝罪を求めてる人は少なそうだから、あんまり理由が集まらないかも知れないけど、それでも少しでも良いから意見聞きたいです。
「胸が大きくていいことなんてない...」(Facebook)
「Fってだけで目が変わる…」(Facebook)
これはわかりやすいし男性も反応しにくいと思うけど、ほんとに巨乳が悩みな人は絶対にFBなんかに書かない。
あと、だいたい「悩み」とか言うやつはEカップぐらいだったりして言うほど巨乳じゃねーから、って思う。
オープンな巨乳キャラでセクシーな写真なんかも躊躇なくのせつつでも「ほらご褒美だぞ〜」的なノリでやってる人も、ない。
Twitterとかニコ生とか、シラン人相手にやるならまだわかるけど、身内で「私はそのへんも理解した上で求められてるのでやってるだけです?」
みたいな人、それに反応(冷静なツッコミ含む)してる男はその女と同じくらい引く。
だれかの投稿へのコメントでさりげなくアピールしてきたりするぞ。
「○○ちゃんほんとかわいい♡」(インスタ)
湘南で2人で自撮りして、明らかに友人は変な顔に写っちゃってるのに
だいたい投稿者はその友人よりも下がって小顔を演出しているので要チェック。
上級者はこれにその友人をタグ付けしてくる。地獄。シラン人でもその友人らしき人のことを思うと辛い。
もっと上級者は対面式でごはんを食べているときに自分よりブスの友人をソロで撮って(しかもピースまでさせて…)投稿。
「かわいこちゃん♡シラス♡青空♡私はほんとにハッピー♡」(FB)
あと全然関係ないけど、ご飯食べてるってことをSNSに投稿するときに皿を持ち上げて自分と一緒に写真を撮るやつすごいキモい。
<メリット>
・年収700万円
決して高収入とは言えないが、今後の年収UPの可能性も十分ある
・異動の可能性
・料理は得意
自分の酒のつまみを作るために多少、工夫した物を作ってきた経験があり
料理を2人分を作ることに苦はない
身体能力だけでこなせる
何かあったときに頼ることができる
・両親はともに元気で土地、家を所有している
まだ考える年齢でもないが安心できる
一文無しになっても這い上がれる生活力があるので頼ってくれていい
・外見
<デメリット>
普通のSEXもOKだがエロい言葉を言わせたがる、エロい格好をさせたがる性癖がある
がに股で手で思いっきり開いた状態で「犯してください」とか言わせたがる
AVとかエロ本に影響されまくったせいで、上記の類いにもの凄く興奮する
今まで付き合った相手にやってもらおうとすると、ほとんどの子が恥ずかしがって言ってくれない
イクときにダブルピースで舌出してくれる子なんて世の中にいない
だけど俺はそれに凄く興奮するので、ぜひやってほしい
ただ、エロサイトのためどう拡散していけばよいのかわからず、ここに書いています。
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TOPで、その日が誕生日の女優すべてが一覧され、女優を選択することで、
女優ごとの個別のページにて複数の出演作品を閲覧することが可能です。
毎日、「ハッピーバースデー!」の気持ちを持ちながら、オナニーできれば、素敵だと思い制作しました。
「オナニー」と「人の誕生」というもしかしたら、最も遠い存在の交わる場所として素敵なピースを創ることができればと思います。