はてなキーワード: 正論とは
ネットでは意識高い系が叩かれている。確かに、彼らにも叩かれる理由はあるかもしれない。だけど、個人的には、誰かの脚ばっかり引っ張っている奴の方が、意識高い系よりも100倍終わってると思うんだ。
いや、わかった。「ネット上で発言したら、批判されることもある。それが嫌なら書くな」これは正論ですよね。100%同意する。
でもさ、お前は数あるテーマの中から、何回も、何回も、何回も「誰かを批判する」ためだけの文章を書いているわけじゃないですか。他に何でもテーマがあるのにね。
いや、もちろん、キミの自由だよ。何を書くのかなんてさ。ブログなんて暇つぶしだから。
けどね、何でも書けるブログって場で、誰かを批判する文章を書き続けるのってどうなのかな?ヘイターだよね。で、それは「意識高い系」よりもダサいと思うんですよ。だって、お前のやってること、人の脚を引っ張ってるだけじゃん、みたいな。
意識高い系は、行動が伴いはじめれば、成功する可能性もあるけど、脚を引っ張っているだけの奴が大成する可能性ってゼロじゃないですか。
ゼロ、ですよ。
実際、Denaに事業を売却したMeryの社長とか、学生時代は横文字使いまくりの超意識高い系でしたからね。あとは、キャリアパークの社長とかも。少なくとも、大言壮語にしては、行動が伴ってなかった。
でも、彼らは成功してるわけじゃないですか。意識だけ高くて、言葉だけでも、後から行動がついてくる場合だってあるんですよ。
けどさ、ネットで誰かの脚を引っ張っている人。これは糞ほどの生産性もない。同じように脚を引っ張るのが好きな人が「そうだ、そうだ」って同意してくれるだけ。何も、本当に何も生み出さない。
ネットの皮肉屋は、いつまでたってもただの皮肉屋ですよ。一生、はてブで批判エントリだけ書いとけって話ですわ。
いや、わかるよ。ネットのブログなんて何を書いたっていいじゃないかと。そのとおりなんだよ。だけど、「何を書いてもいい」って中で、誰かの脚を引っ張って粘着するだけのエントリーを書き続けるのって、個人の態度としてどうなのかな。
ダサくない?
意識高い系だってダサいよ。行動が伴ってなくて、人脈作りばかりに勤しんでいる人がいたら「あらら」って思うよね。
でも、それ以上に、誰かの脚を引っ張るエントリーを上げ続けている人の方がダサいし、糞だと思うんです。
じゃあ、批判されがちなイケダハヤトとか八木が素晴らしいのか、っていうと、まぁ、そうではないよ。つーか、ドブ野郎だと思ってるよ。だって、「稼ぐ方法で稼ぐ」とか、与沢翼と変わらないじゃん。金額の安い与沢翼
ただ、それ以上にネットで誰かの脚を引っ張っている人はダサいよね。
お前のやりたいことって、余暇の時間をつかって、一生懸命推敲して、誰かを馬鹿にするコンテンツ書くことなんだ。すげぇな。一生やってろよ。
(続き)
まず@animeseiyuの小西寛子に対する言及を見てみよう。
https://twitter.com/search?q=%E5%B0%8F%E8%A5%BF%E5%AF%9B%E5%AD%90%20from%3Aanimeseiyu&src=typd
複数のnaverまとめおよびtogetterがひっかかるが、残念ながらほとんど削除されている。残存している例として
https://twitter.com/animeseiyu/status/593519478404579328
がある。
このまとめを作ったアカウント
https://twitter.com/lovelive_suns
は他にもたくさんのまとめを作っているが、大抵@animeseiyuを経由して拡散している。
また、screen_name、bioおよび固定ツイートは小西寛子陣営に対する煽りそのものであり、これを小西寛子への中傷でない、と言い切るのはやや難しいのではないかと増田は思う。
ところでこの奇怪なアカウント名はおそらくラブライブ!サンシャインのことであろうと推測される。まさかこのアカウントをそのままファンアカウントに転生させるつもりではないだろうが、ドメインゴロみたいな考えもあるらしい。
ちなみに@lovelive_sunsである以前は@tomosenseiであった。
https://twitter.com/togetter_jp/status/593711398301007872
https://twitter.com/HirokoKonishi/status/594404441853296640
@tamatowaは@tomosenseiについてつぶやいている。
https://twitter.com/tamatowa/status/6886588668
https://twitter.com/tamatowa/status/7057712727
https://twitter.com/search?q=%E5%B0%8F%E8%A5%BF%E5%AF%9B%E5%AD%90%20from%3Atamatowa&src=typd
https://twitter.com/tamatowa/status/442445702396776448
まったく正論なのだが、自身が同じ穴の狢になってしまったということなのだろうか…。
https://twitter.com/tamatowa/status/535040930877673472
https://twitter.com/tamatowa/status/592442787997450240
これも他人のことが言えない。
現在は削除されているがbioに「物書き」と書いていた時期はあった。
また時々オープンでない試写会などに出かけている様子を見かけることがある。
長野県警が(おそらく任意で)事情を聞いていた時期に遠出している。
https://twitter.com/tamatowa/status/702596030735319040
https://twitter.com/tamatowa/status/47142940228857858
証拠を積み重ねるのはこの程度でいいだろう。
もしそうならこんな状況証拠を積み重ねる必要は無いし、そもそも小西がインターネットで自分に関する不都合な情報についてもっと上手く立ち回れていればこんな事態にはなっていなかったので、元々誰が悪いかと言えばたぶん小西サイドだと思っている。
長年ウォッチを続けている理由はこのアカウントが一発アウトと言える行為をなかなか起こさないので証拠を集めるしかなかった、というのが大きいが、改めて並べて整理してみると割とドン引きするような所業であった。
この記事では小西寛子が声優業から遠ざかった理由については特に触れなかった。増田自身が興味ないというものあるが、この状況では客観的な判断は難しいからだ。
なのでこの理由について述べること自体が名誉毀損等に当たるのかは正直よく分からない。おそらく「アニメライター」は書類送検されないのではないかと今でも思っている。しかし、倫理的なレベルでいえばこのアカウントは完全にアウトだし、WikipediaからはBANされている。
id:zeroesは自分の正義を妄信しているところがある。相手が悪なら何をやってもいいみたいな節がある上に、そもそもその悪認定がかなり雑なのでタチが悪い。
最後に他の雑な悪認定について追加情報を加えるので、興味がある人は掘ってほしい。
増田のお願いは、@animseiyuの力を削いでほしいということである。
一般のアニメファン声優ファンでこのアカウントをフォローしている人は、ブロック等各自が思う処置をしてほしい。
公式PRアカウントや声優さんはこのアカウントをRTするのをやめてほしい。あなた方がRTするからこそこのアカウントを企業アカウントと勘違いする人が後を絶たないのである。
@animeseiyuをフォローしてないと情報に立ち後れる、という人向けに別途情報を集める方法を伝授する記事を書いても良いが、この記事では省略する。
そもそも@animeseiyuはそこまで情報早くないし、ここまで散々示した通り、偏向しており、場合によっては声優に刃を向ける可能性もある、ということを理解してほしい。
増田は小西サイドが提唱する陰謀論を支持しないが、彼がアニメライターで業界に知り合いがいることは疑いがない(既にポインタは示されている)。ウォッチャーの勘は彼個人の暴走した正義感だと思っているが、陰謀論を否定する根拠もない。
もし@animeseiyuを中心とする陰謀が存在するならば、敢えてこれを凍結せず、しかしこの記事を拡散してもらうことで、それでも@animeseiyuに乗っかる公式アカウントがあれば、それは協力者かもしれない、と言える可能性もある。がその可能性は薄いだろう。
そもそもあのアカウントが掲載している画像は無断転載である。amazonからの転載はアフィリエイトリンクと同時にツイートされれば通常利用の可能性があるが、そもそもあのアフィリエイトIDはどのURLを届け出ているのだろうかという疑問もある。
また、ソースへのリンクを明示せず情報だけツイートされるケースも多く、authorizeされてないまとめアカウントとしては実はかなり問題がある。
id:zeroesおよびサブアカウント群ははてなキーワードにおいてもWikipediaと同様猛威をふるっている。共通する特徴は絶対に自分の意見を曲げないこと、議論をせず無言で差し戻すことである。
WikipediaにおいてZeroesらが執心していたもう一つの揉め事はスペルバウンドという声優事務所関連である。
彼はスペルバウンドが旧ラムズの社長の所有物であるということを証明したかったようで、またそのことは社長の不実を意味すると信じていたらしい。
現在のスペルバウンド社長とラムズの社長は同一人物らしいが、創業時はそうではなかったらしく、そのことが誤摩化しだと思った「Otoame」の逆鱗に触れたという話のようだ。
だが根拠無く印象操作するような記述を繰り返すためここでも終わらない編集合戦が繰り広げられた。
https://twitter.com/tamatowa/status/573461846738403328
編集合戦は議論をしない双方に責任があるのだが相手を一方的に荒らし扱いするのも相変わらず。
id:zeroesはスペルバウンド以外にも胡散臭い(と彼が思う)声優事務所に対して好戦的であった。一部のログが
にある。この件に関してはid:zeroesに分があるように思えるが、法的措置をちらつかされながらも勝利してしまった経験が彼に悪影響を与えたのかもしれない。
細かい案件は更に無数にあり、「@animeseiyuがフラゲ雑誌情報でツイートしてるのにフラゲ雑誌情報をRTしている声優に@tamatowaが説教」など、小粒だが香ばしいものもある。
最後に。
精神を病んでしまった声優さんが元所属事務所に対して攻撃的な文章をブログにアップしたあと自殺を図った、という痛ましい事件があった。この件に対して、@animeseiyuはわざわざ削除されたブログの魚拓を取って晒し上げるという乗っかり方をした。
(この件についてはURLを直接示すと該当魚拓が検索エンジンにクロールされ、セカンドレイプ的な構図になってしまうので、証拠を直接示すことはしない。必要であれば@animeseiyuのツイートを魚拓経由で辿ることができる)
声優と事務所の間にどんなトラブルがあったのか分からないし、どのような理由であれ明らかに精神衰弱状態での言動を保存し、拡散するという行為は一人の人間に対する攻撃としか増田には思えない。この件が増田に@animeseiyuをいつか潰してやると思わせた理由の一旦である。
また、この件に対する@tamatowaのコメントはこちら。
https://twitter.com/tamatowa/status/473672404300873728
繰り返すが、@animeseiyuは潜在的に声優の敵である。
読者の懸命な判断を期待する。
『奨学金』だとお金がもらえると思うの?( http://anond.hatelabo.jp/20160305000403 )を読んで。
全部ではないと思うんだけど、そこそこ中流だけどそこまで子供の教育資金に余裕がない家庭では「高校まではほぼ義務教育だったから全て面倒見る(学費全額払う)けど、大学からはもう大人になるんだから自分で学費を払いなさい。払えないなら奨学金というのもあるから」みたいな教育をするところがそれなりの数あるんじゃないかな。
親の意図としてはもうすぐ成人する子供に金銭感覚や自立心を持ってもらいたいというもっともらしい理由があるんだろうし、実際にそういう部分も少しくらいはあると思う。
# 当然身内に借りれる相手がいるならその相手に借金する方が圧倒的に良いことは言うまでもない
そうした家庭の場合、奨学金は半ば親に誘導されて契約する形になるので「こういう(契約する)もんなんだ」くらいの意識で奨学金申請し、後から泥沼に落ちるケースになり得るんじゃないかと思う。
高校生くらいまでだとまだアルバイトしたことない人も多いだろうから、金額とそれを稼ぐための勤労の対応のイメージが付いていないわけで、学生の間はただ入金される奨学金を「こういう(毎月自動的に振り込まれる)もんなんだ」くらいに感じて「毎月借金が積み上がっている」とは感じない。
契約することに対する注意が足りないとかはまあ正論なんだけど、高校3年生で、かつ親もその契約を推奨しているようなケースでそこまでリアルに返済の時のことまで考えられるのか、というのはある。
その視点は思いつかなかったけど全く正論ですね。そういや俺の祖母は16歳のとき、戦争行って還ってきた37歳の祖父と結婚したんだから、俺の祖父も現代ならロリコン呼ばわりされかねないのか。まあ、当時は家同士の結婚ですけどね。
こういう話が盛り上がる様は知性の堕落だ。きのこたけのこ論争や犬派猫派なんかと同じだ。一見ファイティングポーズを取っているようでいて、その内実は当たり障りのないどうでもいい事だ。みな「そんなの勝手でしょ」で消化できることが暗に分かっているから、空気を読んで安易にノってしまう。そんなぬるま湯に浸かる姿勢は、はてな匿名ダイアリーを愚弄している。もっと人間の心の闇、ネットの闇に切り込む鮮烈な一閃のようなエントリを書くべく、みなが知恵熱を出すべきだ。角が立つような物言いもするだろう。そのための匿名なのだ。その思想を茶化してスカしてみせるような、日和ったネタ、短文のイチャモン、それらは存在してもいいがメインになるべき器ではない。
増田は遊びではない。仕事につかれた人間が息抜きにやるしょうもない作業ゲーの如きものに成り果ててはならない。試行錯誤を繰り返し最適パターンを見いだし、体に刻みこむような、そんな本格的ゲームのように、どっしり腰を据えて、マジになって、世の中や人間に対して、怒りや憎しみや不満を大いにぶちまけてほしい。別に議論にしなくていい。建設的でなくてもいい。狭窄で偏屈な主張でいいから、ただただ本気の筆致を感じる文章を読みたいし、書きたい。少なくとも自分にとって、心に残った増田はすべて本気の熱を感じるものだった。
この論にべつに共感してくれなくてもいい。どうせこのエントリはブクマもトラバも0だ。あってせいぜい「キモっ」だ。そもそも長文で、しかもトラバである時点でまともに読まない人間が多いだろう。暇を持て余したニートが何かほざいてる、とでも察されて、「触れちゃいけない人」感を全員が感じ取り、協調するように何事も起きないままネットの海に埋もれていくのだ。そういう孤立的な状態や無反応を極度に恐れる空気があるから、くだらなくても何か盛り上がるネタや、他人をひっかけるレス乞食のような物言いをする人ばかりになっていく。そして自分の尖った体系的な意見を表に出せる人が極端に少なくなる。言えてせいぜい、感情的な短文の罵倒だ。twitterを想像してもらうといい。これが現代のコミュニケーションの病理であり、他愛無い話がぐんぐん伸びて幅を利かせる理由だ。たまに飛び出る長文ブログがやたらと炎上する理由でもある。だからあえて今ここで、孤独に醜態を晒す。「空気を読まない」を実践する。そんな訓練ができる場が、ここなのだ。
実際この論がかなり偏屈で、他人に無茶を求めていることは自覚している。けれど、世の中にあふれる偏屈を見て見ぬふりして、なあなあにしていると、気づくと自分も何らかの偏屈な思想を一部取り込んでいるものだ。そしてそれに無自覚でいる人が多くなると、ついにはヒトラーやトランプ氏のようなポピュリストの主張が支配的になるような事態に結びつく。だから自分の中の偏屈の種をさらけ出し、また他人がひり出した偏屈の種に向き合って、大真面目に思いを馳せ、「我がふりなおす」時間が大切なのだ。実は、そんな意識は誰しも持っている。誰もが日常のなかで他人の偏った主義主張に触れ、無意識のうちにメタな視点を持っている。だから、他人の考え方につっかかって、自分の中で醸成されたバランス感覚を披露したくなる欲求は常にあるのだ。
元増田も、そういう欲求から生まれたものだ。けれど、下手だ。欲求の発散のさせ方が下手。いや、逆に上手すぎる、適応しすぎているのか。当たり障りなく、適当に手短に欲求を発散させ、かつ反応を引き出しやすいやり方を心得ている。それでもやはり、欲求を満たす機会と時間を、こんなチャチなテーマで消費してしまうのは実にもったいない。「いいや、どんなテーマでも大真面目に普遍化して思考訓練の材料にすることは可能だ」という向きもあろう。でもエビ嫌いdisとカキ嫌いageというテーマで本気になれる人がどれだけいるだろう。それを配慮すると、やはり最初からハードコアな話題を振ったほうが良い。でも大仰なことを書こうとするほど、言い出しっぺにかかる期待と責任は増していく。ここが難しいところだ。本気の増田が求められるほどに束縛感が増して、萎縮を招く。でもある程度そういう風でいいと思うのだ。緊張感が大事だ。
不愉快な正論やご大層な暴論の刃をぶつけあう、殺伐とした場になれるポテンシャルがある。2chよりも。それが増田だ。増田には半匿名のtwitterに馴染めなかった人の受け皿としての側面があるのも分かるが、せっかくダイアリーという形で長文が書けるのだから、たまにはあなたにもこういうクソみたいな長文を書いてほしい。この文章のように、推敲もされておらず、同じことを言い続けた挙句言い逃げする時間泥棒のような文章で構わない。私は読んであげないけどね。
やはりというか最後の2センテンスが理解されなかったようなので、ロックじゃないけど言っておく。文章の中段で書いたように、他人に反応してもらうためではなく、まず自分のために書いてほしいんだ。だから、読者への配慮すらも気にせず、拙い文章でもがむしゃらに書いてほしい。私は読んであげないというのはツンデレのようなもので、誰かに読まれることを期待するような媚びた精神を振り払うための呪文だ。内なる情動から湧いてくる言葉をガーッと綴るときに、自分がどう思われるか、誰に読んでもらえるか、なんて視点は一旦置いておかねばならん。エクスキューズやポリティカル・コレクトネスを脇における機動性が匿名の良さなんだから。それこそ、真意を伝えるためには自分が憎まれるような言い方だってできる。それが、最後の皮肉の意味だ。
「改行くらいしないか」と言われているので前々から思っていたことを書く。増田における改行はpタグの挿入を意味する。つまりパラグラフを区切りたい時に改行するのが正しい。二言三言の簡潔な文章のエントリなら1センテンスごとに改行…という名の段落分けしたほうが見やすいだろうが、このくらいの長文になるとパラグラフごとに改行すべきだ。個別ページでみれば、ちゃんとパラグラフごとに字下げと適切なマージンが取られているのが分かる。これなら一般の書籍と似たスタイルで、読みにくいとは思わないはずだ。ただ、トラバの吊り下げリストを展開した表示だと字下げもマージンも取られずに見づらくなる。それは承知しているが、それははてな側の問題であって、HTML上妥当な書き方をしておいたほうがベターだし保守性もいいだろうという判断でこうしている。だから現状、トラバが長文だと思ったら個別ページを開いて読んでもらうのがいい。
「最後はうんこ漏らした話で締めるのが美学」? それは、このエントリで表現を変えながら主張してきた内容に反する。本当に読まれたのだろうか。まあそれに憤る気はない。私の技量の問題でもあり、読み手にとって巡りあう時ではない文章だったという事もあろう。いずれにしろ主張は変わらない。そうやって読者受けを狙って媚びたおちゃらけで締める事こそ、惰弱な精神の象徴。そういう内輪ノリみたいな軟派なコミュニケーション欲求を排して、最初から最後まで舌鋒鋭く自分の言葉で斬りつける。それが私の思う美学だ。ブコメに応えている時点でそれも揺らいでいるが、コミュニケーションを第一目的とするわけではないからあえてidコールもしていない。書くことで自分を研ぎ澄ませるのが目的だから、本来は「伝わらなかった」ことに苦慮する必要もないのだ。ならローカルのメモ帳でいいという批判もあるだろう。だが、あえて直接的に反応を見ない等と決めていても、自分の残したミームの一部がどこかに化学反応を起こしたら、と考えるとワクワクするだろう。それを物書きの動機付けにする程度なら、良いことだと思う。
なぜそこまでコミュニケーションを、他人の反応を忌避するのかと思うかもしれない。その理由は、効率が悪いからだ。ネット上の他人は年齢も育ちも見識も人格もあまりにも多様すぎて、その差異をカバーすることに労力を使っているとアウトプットの量も質も落ちるからだ。とかく我々は、相手も自分と同じような能力や規範を持っていると勘違いしやすい。だからいちいち説教して回りたくなるものだが、その欲求のために個別に相手をしていたらすぐに人生を使いきってしまう。だから、言いたいことがあったら、このエントリで述べてきたように、増田を利用した放言スタイルで重量級のをカマしてみてはどうか、という話だ。
妊活とやらをしている子もいた。
私は子供を産む、産まない、産みたい、産みたくないは個人の価値観とタイミングによるものだから、
色々とリミットはあれど、周囲が子供を授かっても、急かしても、自分のペースでいこう…と思っていた。
しかし、夫と他愛のない話をして笑いあったり、小さい子供を連れた夫婦を見ると子供欲しいなぁと思ったりする。
話は変わるが、義姉には子供が3人(甥2人、姪1人)いて、三人とも里帰り出産をしていた。
その時にちょっとした乳幼児や幼児の面倒(といっても家族全員分のご飯の準備、オムツ替え、泣いた時にあやす、一緒に留守番するなど)を見たのだが、
身近で義姉の育児(夜泣きのあやし、二時間置きのミルク、しつけ等)を見て、里帰り出産の意味がわかった。
身近なところで妊娠、出産、育児を見たり聞いて、自分の事を考える。
そして妊娠できるとも限らない。
妊娠しても出産自体にほとんどお金はかからないと前の職場でおばちゃんに聞いたが小学校上がってからやたらお金がかかるとも聞いた。
たしかに自分の小学生時代を思い出しても、塾と習い事を3つしていたし、すぐに成長して履けなくなる靴や服が多かった。
次に「虐待をしないだろうか」ということだ。
私の親や親戚はアルコール依存症が多い。
私はアダルトサバイバーで、小学校低学年の頃から両親の愚痴を聞き、
ヒステリーを起こした母親を慰めて正論で宥めすかし、絡んでくる父親の話をハイハイと流して聞いた。
互いに煽り、ヒステリックに喚くのを宥める子供時代は今思い出しても胸と息が苦しくなる。
この前の正月に夫婦で帰省した際に私が運転する車の中でそれが始まった時、あまりの恥ずかしさに、
「前から気になってたんだけど酔っ払って夫婦ゲンカするのやめない?」と言ったら、
二人揃って「これはケンカじゃないの、コミュニケーションなの」と言われた。
なぜかカーッと頭に血が上ってこのまま壁にでも突っ込んで全員道連れに死んでやろうかと思った。
今考えると死ななくて良かった。夫ごめん。
因みに私は酒が好きではない。付き合いで飲む程度だ。
次に考えることはもし夫が不慮の事故があったら「子供と二人だけで生きていけるか」。
私は脳に爆弾を抱えている。
それが破けたら?子供の面倒は誰が見る?
酒がないと生きれないと抜かす親は頼れない。
義理の父母には夫婦揃って病気で倒れた時から同居させてもらって、今は夫は立派に社会復帰しているけれど、
私はまだ病人で実の子でもないのに住まわせてくれて、これ以上迷惑はかけられない。
仕事をしては倒れ、仕事を変えては倒れの繰り返しに疲れて、今は本格的に治療に取り組んで3年経った。
そんな事を夫につらつらと話し、どうすれば子供が産みたいと思えるようになるか?子供はやはり欲しいものなのか?と相談したところ、
子供のことは一旦置いてといて、まず自分が健康になること、と言われた。
たしかに。
お金の問題は仕方がない。健康には気を使いながら生活のレベルを落としてお金を少しずつ貯めていくしかない。
今は自分の体調が第一だが、もし子供ができたらあなたと子供の二人だけの空間をなるべく減らすことを考えている。
今は別居を目指して働いているけれど、子供ができたら義両親と相談の上また同居して家族の目を増やし、タスクやストレスを分散させる。
なるほど、と思った。
私はいま頭の爆弾のためにピルを処方されていて、子供ができることはほぼ100%ないんだけれど、
身体の健康と心の健康、将来の不安、両親との関係、義両親への迷惑などが全て一つの大きな問題のように思っていたが実は違った。
一つ一つの問題を少しずつクリアして、それなりになったら考えればいい事なのに今のうちから勝手に心配して勝手に不安になっていた。
切り分けて考えないとすぐにもうダメだ死のうという考えに至ってしまう(うつ病のせいで)ので、
まずは薬を飲み、通院を続け、健康的な身体を作ろう!と考えていたところで、
不妊治療をしていた友達からやっとできた子が流れてしまったと知らせがあった。
その日、上々だった私のメンタルは一気に落ちた。
不妊治療大変だけど頑張るねって笑っていた友達が文字だけでわかるほど落ち込んで、
それにつられるかのようになぜか子供時代のトラウマが蘇るほど私も落ち込んだ。
が、辛いのは友達だ。
精一杯普通を装って(私は過剰に気を使って暴走する癖がある)連絡をし、
体調が良くなったらお茶をしようね、とやり取りをした。
その日の夜。
子供が欲しかったであろう両親(ちなみに母親は3度流産して私を産んでいる)が私を虐待していたこと、
子供が欲しいけど現実的じゃないし解決すべき問題は山積みの私、
大変だけど幸せそうな甥達と姪と義理の姉夫婦が頭の中でグルグルして、
一体子供って何なんだろう、親になるってどういうことだろう、と答えの出ない思考をしてしまった。
子供を産むって一体どういうことで、どうして命をかけてでも産もうと思って、何で虐待をしてしまったりするんだろう。
今の私には、未だ理解が出来ない。
キンコン西野氏のクラウドワークス批判記事に対する言及が正論すぎる。クラウドソーシングの本質とは?
ニシノ アキヒロ - ここ最近のクラウドワークスのネガティブ記事で、腑に落ちるものが一件もないんだよな。... | Facebook
キンコンの西野さんや、西野さんの発言を肯定した人が言っていることは分かるが、問題はそこじゃない。
西野さんは芸能人ですから、歩合制で、しかも割に合わない仕事を経験したことが間違いなくあるでしょうから、
クラウドソーシングの最大手クラウドワークスに対して、ネガティブな記事が続く中、お笑い芸人のキングコング西野さんが言及しました。
これがもう的を射ていてヤバイです。
まず手数料について、もちろん、発注がなければ、事業としてなりたたないから、企業側の手数料がないのは分かるが、
そもそも、一般的な仕事の金額より安くなっているのに、さらに手数料が引かれてどうするんだという話をしている。
それって、企業側がさらに安く買いたたけるだけを肯定しちゃっているのではないですか。
しかも、企業側が安かろう悪かろうの精神ではなく、『安くても質は同じかそれ以上』を求めているのが、
良くないという話だ。
ネットで月100万円稼いでる人が10人、100人生まれるよりも、月5万円を1000人、10000人稼いでることの方がはるかに社会的に価値があるし、それがインターネットの本質です。
西野さんが言及してるように、本来収益が0円な人がクラウドワークスのおかげで月5万円程度の収益を得る機会ができたわけですよ。それって単純にスゴイことですよね。
確かに金額の多少はあれ、稼げる人が増えたのは事実だし、いいことだと思う。
でも、『それがインターネットの本質です。』って書いてあるが、
別にクラウドワークスがネットの本質かどうかより、問題は搾取型のシステムなんだよ。
①『明らかな』異常を認めません
つまり、「異常ありません」と言ってしまうともし異常があったときダメなので、
『明らかな異常』を認めません、と言えば、微少すぎて物凄く頑張ってみないと100人中50人見落とすようなそういう異常に対しては言い逃れできている。
この言い回しをすることによって、「ガイドライン」を作ることができる。
つまり、ガイドラインを作るときに『明らかな』異常といえるものを定義する(C-Pアングル、第○弓突出、心胸郭比≦50%など、見る部分を明確に定義されている)ことによって、『明らかではない』あるいは『非典型的な』異常を逆に定義できている。
医療訴訟になったときも、カルテにこのような記載をしていれば大丈夫という共通認識もある。
患者さんに説明するときは、「大きな異常は特に見られませんでした」くらいの言い回しにする。
②『○○は否定的』『○○を否定できない』『鑑別として○○を上げる』『○○を疑う』
医学ってのは、何がおこるか分からない。どーみてもインフルエンザの人が肺がんだったりする。
そういうときに、カルテに「インフルエンザではない」とは書けない。インフルエンザのとき責任問題になる。
そういう時は、『インフルエンザは否定的』という推論形式に保留する。これなら仮にインフルエンザだったとしても、「その時の検査や身体所見から積極的に疑うものではなかった」と言うのがもし正論だった場合には責任を逃れられる。
また、いくつか原因が絞れない場合は、すべて書いておくけど、症状から一番確率が高いものを3つくらいと、症状から緊急性が高いものを3つくらい頭に浮かべる。そういうのを『鑑別』っていうんだけど。そういう風に、いくつか考えて検査中ですよっていう記録を残しておく。どれかが原因で仮に不幸な結果になったとしても、「その他の病気を考えるべき状況だったし、他の病気の検査も進めていたので、対応が遅れた、でもそれは論理的に時間的にしかたなかった」と責任を逃れられる。
③『時間をください』
でも、告知するタイミングってのもある。突発的に自殺とかってありうるから。
そういう場合に、「病状をもう少し見させてください」的な会話はありうる。
これもうまいなあと思う。
④『一秒を争うという話ではないですが』『一日を争う話ではないですが』
つまり、明日には病院行くべき、とかそういうことを伝えたいわけですね。
はっきりと行けというと、これは営利目的じゃねーの?とか問題になるから、言えない。
患者さんも自分で治療を決定する権利を持つべきだから。治療したくないなら自己責任で判断してもらう。
⑤共感的態度を取る
自分でもこれがどの程度有効なのか分からないんだけど。確かに自分が患者になってみたときはこれは大事だなと思う。
共感的な態度を取ってることで、相手が気分よくなるってのもあるのかもしれないが、俺にはそういうのは無い。
無いんだけど、共感的態度は責任を逃れやすいと思う。なぜなら患者が自己決定しているのを促すから、医者の独断っていうことになりにくい。
責任の所在をはっきりさせずに事を進めるっていうのが本懐なのかなって思う。
医学教育ではこの当たりは目的をはっきり言わずに、「やさしさ、思いやりのある医者になろう」ってことになってるけど、そっちが本当にメインなんだろうか。
なんか、ホストになってる気分なんだよねー。おじいちゃんおばあちゃん相手のホスト。
ホストとか、ホステスとかって本当にそういうハイハイみたいな共感とかで客は喜ぶんだろうか。
でも、確かにホステスには話しやすい雰囲気は出るよね。そういうことで、患者に話してもらうほうが医者はノーリスクで事を進められるね。患者も話しやすいから自己決定しやすいし。
そういう意味だろうね。やさしいどうこうって話では無いと思うんだけどなー。
患者さんが何か言ったときの返しを選ばせるんだけど、オウム返しを選ばせる。
これで、患者が話しを続けやすくなりますよってことらしいけど。
当の受験生や医者からも馬鹿にされてる。なんじゃそりゃってw話すすんでねーよw
⑥何かあったらスグ来てください
何かあっても、医者の自分ですら、仕事即効中断で医者行くとかできねーのに。ましてや普通の人には無理だろって思うんだよなーw
あと、救急なんかで、処置しても、それが正しい処置だったか分からない。なんたって夜に非専門が見るわけだからさ。そういう場合は、「早い内に専門の先生に診てもらってください」とか治療前に「現在居るのは非専門医だけです、ですので専門的な処置はできかねますし、応急手当しかできませんが、よろしいですか」と必ず了解を取る。まあ責任逃れだよね。
⑦とりあえず全部認める
ミスがあったら、さっさと腹ばいになって、全部正直に話す。正直にありのまま言う。
嘘ついたらアウト。
で、嘘つかないメリットは何かって言うと。ガイドラインどおりやってれば訴えられても問題にならないこと。
あと、裁判に成るかならないかってのは別に医療ミス関係無いことも多い。裁判のあの場所に医者をよんでやるっていうそのためだけにやる人が多い。
だから、患者感情を逆撫でせずに訴えられないことが大事であって、医療ミスしたしないはあまり重要ではないって論文がある。
だから、医療訴訟になっても負けることは無いんだからとりあえず嘘なんかつかない、ガイドライン通りにやってればまずまず大丈夫。
問題は、裁判に時間をとられることやストレスや体力奪われること。
ってかさ。これ言ったらアレなんだけど。医者の1日って結構な人数の命を救うわけだからさー、法廷に呼ぶっていう行為自体が殺人的だよね。そう思うんだけど。そういうの関係無いからねえ。純粋に法律で裁かれるわけだし。
あと、医療ミス関係無いって書いたけど。ぶっちゃけ医療ミスなくても有罪になるときは成る。だって、法律はゲーム化しちゃってるから。腕のいい弁護士やとわれたら終わり。そういう理不尽な運ゲー感ある。
いやだよねえ。
やった本人はTwitterに投稿しただけなのだが異常なまでに叩かれている。
この騒動の怖い所は、伏せ丼の是非云々はそっちのけで叩かれてるというところだ。
なぜそうなったのか。
それにまんまと乗せられて多くの悪意が伏せ丼をした人物に向けられた。
おそらく叩いてる連中の多くは、伏せ丼をした人物と直接面識は無く
具体的になにか迷惑をかけられたわけでもない。
この投稿者が私の知人なら「店に迷惑だからやめろ」と注意したかもしれない。
少なくともそこには店に対するリスペクトがあったはずだ。
この炎上騒動のおそろしいところは
私は都内某区に住んでいる。
普段から私と交流してる人なら、都内の○区がいい天気なのだなと分かるだろう。
そもそも自分のツイートという独り言に他人は関係無いのだからこれでいいのだ。
炎上騒動はいつ何時自分に降り掛かってくるかもしれない恐ろしさがある。
煽られた自称・善意の人たちによって粛正されるかもしれない恐怖。
今後こういう傾向はもっと加速していくだろう。
生き辛い世の中だ。