はてなキーワード: サンドバッグとは
冗談だと思う?本気です
ネットをやめればいい?でもネットの向こうにいるのは現実の人間。ネットの外でも女叩きする男の情報をいくつも読んだ。
彼らは捏造をし、自分たちが常に被害者であると喚き、気に入らない女にはすぐに「これだからま〜んは」と顔を晒して嘲笑し、女が被害者でも女が悪いと喚き、反発すると「ま〜ん笑」と嘲笑しまくった。
バンクーバーで日本人女性が殺された時、見るも絶えない下劣な被害者叩き、女叩きが溢れかえった。反発するコメントは嘲笑され、被害者叩き、女叩きが当たり前で正義だと彼らは言っていた。その時、日本で女性に生まれるということは憎悪と嘲笑と性的搾取のサンドバッグになるということだと知った。
若年層ほど、ミソジニーに毒され救いようがなくなっていく。
そしてその若年層が、やがて政治家になり法律家になり「女尊男卑の是正」の元に女を苦しめるだろう
女叩きを否定するコメント(できれば男性の)が見たくてネット中回った。そのたびに女叩きを目にする羽目になり傷ついた。ひどさは際限がなかった。絶望しきったと思っても、さらなる絶望に落とされた。
私はすっかりミサンドリーに侵された。ミソジニーが野放しなのにミサンドリストたちは執拗に攻撃されまくった。昔は男性差別にも憤っていたのに、今は男がどんなひどい目にあおうとざまぁとしか思えない(だって女性が被害にあうとま~んが悪いとかキチョマンとか言われるんだから)。女叩きを嫌というほど見すぎて脳に損傷ができたかもしれない。頭から離れない。笑えない。日常生活に支障が出て、いい大学に通っていたのに、立派な未来を夢見ていたのに、道も踏み外してしまった。男が怖くて就職もできない。
男の人と結婚して子供を産みたかった。でも男嫌いの私にはもう無理。万が一素晴らしい男性を見つけて結婚しても、子供は産めない。男の子なら虐待しそうだし、女の子ならこんな国で生かせるのがかわいそう。
私がこの遺書を残して死ねば、少しは女叩きは社会問題化されるだろうか。韓国の様に。日本のミソジニー軽視のされ方は異常。みんな同意してるんだろうか。
でもミソジニーどもには響かないだろう。自分たちが人を殺したとは考えもせず、「ま〜ん笑、メンタル弱すぎ」「男性差別のホーガー」「俺らのほうが差別されているのにマンコは甘やかされているからこんなことで死ぬのか(さんざん自殺率の高さを男性差別の根拠にしておきながら)」「ま〜んが自殺するのは望ましいからどんどん女叩きしようぜ」ってなるに決まってる。
周りに比べてどうもゴミみたいな人生送っていて最近その理由が分かった。
まず、非常に消極的。
自分の気持ちをどんな所でもほとんど言わず、周りとの関わりを避ける。
仮に気持ちを言うとしても恐縮しながら回りくどい事を言ってしまう。
そんな事があっても1人で抱え込み
じっとしてやり過ごそうとしてしまう。
これが二番目の欠点だ。
どういう点かというと、プライドが高い点だ。
体は非常に細く、慢性的な精神病にかかっている。 学歴は高校中退。
信頼できる人は0で(親はあまり頼りにならず忍耐または自己否定を提案する)ひどい時は誰かに襲われるのじゃないかと怯えている。
道徳心を持とうだの、他の人よりマシと考えて怒りを抑えようとする。
自分がいつまで立っても上手くいかない理由はこの二つにあると痛感した。
こう大人しくなってしまったのは様々な要因があるが、メソメソ泣いていても周りは変わってくれず容赦なくいじめ抜く、または見て見ぬ振りをされる、哀れに思って意思を汲み取って配慮してくれる人は少ないという事を実感したのであった。
ああ、なんて厳しい社会だ。
うつ病の30代フリーター、友達いなそうな大学生、暗い顔したバツイチおばさん、旦那に浮気されてる腐趣味主婦…
こんなメンツばかりだから20代前半フリーターの私でもそれなりに馴染みやすく、当時は友人や彼氏にも恵まれていたのでむしろ「リア充」のポジションだった。
完全に井の中の蛙ではあるが。
仕事も覚えが早く、当時はバイトの中では一番使えるメンバーだった。
当時、私は彼氏と同棲していて、子供が出来たら結婚して辞める予定だった。
みんな肩書はともかくいい人で、私のようなコミュ障でも馴染みやすかった。
しかし子供はできないまま時は過ぎ、バイトのメンバーは続々と入れ替わった。
鬱フリーターは辞め大学生は就職、バツイチは実家に帰った。腐趣味主婦だけは残っていたが…
そこに、昔だったらこんな仕事見向きもしなかったようなガチのリア充や頭がよくハキハキした人やモテそうな美少女が入ってきた。
私は、いつまでたっても子供が出来ず彼氏に振られ、ただのフリーターのおばさんとなっていた。
当然、見下しの対象になった。
頭のいいポジションの奴が首謀者で、コソコソとこちらの悪口を喋っては美少女がクスクス笑い、リア充がニヤつきながら収める、それがお決まりの流れだった。
腐趣味主婦は気が強いのでうまくその対象からは逃れ(彼らからすれば母親よりも年上だから、というのもあるかもしれないが)、完全に私はサンドバッグとなっていた。
はじめの頃の「仕事ができる」ポジも、今では見る影もなく。ストレスからかありえないミスを連発するようになった。
こんな10以上も若い子たちに恐怖心を抱いている自分が情けない。
中学生の頃、生徒にいじめられて辞めていった先生もこんな気分だったのだろうか。
ずっと、情けなくて怖くて耐えていたが、昨日、ついに足が動かず、体が固まり出勤できなくなった。
何とか電話を返し、社長と話し合い、もうこの職場は続けられないと伝え、2月で辞めることになった。
いい年して次の仕事も決まってないのに離職。屑の極みだ。
だが、このままあの場所にいるくらいなら死んだ方がマシだと思ったのだ。
こういう時、頭のいい人なら仕事を頑張って正社員になるのだろうか。愛嬌のある人だったらダメお姉ちゃんポジションとしてうまくやっていくのだろうか。
私にはそのどちらもない。ついでに言えば天涯孤独で帰る実家もないのだ。
これからどうするのがベストなのか私にはわからない。寮付きの仕事を探すか、どうせ妊娠しないなら熟女系のデリヘルにでも行くべきか。
前の職場はネットで検索したら引っかかるくらいにはブラックだった。
ネット基準ではブラックと言えないかもしれないが、それでも自分には辛かったので転職できてよかった。
新しい職場では上司や先輩が優しくしてくれて楽しい毎日を過ごしていた。
飲み会で羽目を外しても許してくれたし、人生の再スタートにふさわしい会社だと思った。
自体が急変したのは夏。会社のパーティーがあった。上司と社長が仲良くないことは知っていたが、
社長に会う機会もなかなかないので、社長へ挨拶に伺ったがそれがまずかったらしい。
酒の席とは言え二次会でパワハラを受け、その後社内でもほとんど口を聞いてくれなくなった。
それどころか、上司からの仕事を引き継ぐ予定だったとは言え、なんの前触れもなく仕事を割り振られた。
その頃はあまり気にはしていなかったが、今思うとこれがすべての始まりのように思えた。
その翌月、お客さん向けのイベントがあった。うちはフランチャイズの店なので本部から応援もかけつけてくれた。
しかし、私がイベントをうまく進行できず、結果的にお客さんを逃す形になってしまった。
先輩は「今回は客層が悪い」とフォローしてくれたが、上司は「お前の責任だ」とみんなの前で批判した。
すこしムッとはしたが、きっと事実だと思うし、そもそも本部のデータからも年々お客さんが減少していると言われていた。
しかし、私の支部以外が伸びているとわかると自体が急変。その先輩すら私が悪いと言い出したのだ、
練習不足、企画が悪い、こんなことは初めてだ、など小出しではあるが、罵詈雑言を浴びせられた。
ただ、イベント前に私が先輩に流れを確認した際は問題ないと言ってくれたし、誰も何もおかしいとは言わなかった。
思い返してみれば、イベント直前に先輩が一人抜けて私の仕事量が一気に増えていた。新人の私にそこまでの余裕があったとは今でも思えない。
しかし、その日を境に仲のいい先輩を除いて風当たりが強くなった。
文字が汚い、文章が硬い、変なところにこだわる、などなど目の前で陰口の嵐が毎日のように始まった。
学生時代はいじめを受けていたので陰口は慣れていたのだが、毎日四六時中陰口を叩かれているともはや気が狂いそうになる。
おまけに、仕事のことを質問すると怒り、質問しなくても対処できるレベルの内容なのに「なぜ質問しない」と怒られる始末だ。
そんな日が続いていたので、精神科を予約した。人気らしく一ヶ月かかると言われた。
精神科では病名は確定できないが、おそらく気分障害だろうと言われた。3週間様子を見ようと言われた。
その日は午前中だけ休みを取っていたのだが、病院が予想以上に混み合い、また私自身も体調が悪かったので休みを取った。
お客さんの対応を任せるので申し訳ないと思う反面、誰のせいでこうなったんだという気持ちも少なからずあった。
翌日、私の伝達ミスもあり、お客さんの対応は大変だったらしいがことなきを得たらしい。
迷惑をかけたと謝って回ったが、そもそも新人の私が体調不良を起こした程度で回らなくなる職場なことを誰も疑問に思わないらしい。
転職をしたいとパワハラやモラハラをされてから思っていたが、さすがにこの時ばかりはどこかでしてやろうという気持ちになった。
今後のイベントのために準備を怠っていたら、先輩から呼び出しがかかった。イベントの話をするという名目で会議室に呼ばれたが、早い話が総括をされた。
先にも述べた罵詈雑言を再び浴びせられ、お前が仕切れていないのが悪いと罵られた。ちなみに仕切れという言葉を聞いたのはその時が初めてだった。
私はいつのまにか勝手にそういう役にされていたらしい。そして勝手にストレスになっていると言われたのだ。ひどい話だと思う。
もう何を対応するにも面倒なので、何度も謝罪し、気をつけると言ってその会は終わった。ちなみに、仲のいい先輩が人員を増やすことを提案したが却下された。
その時は不思議とストレスは感じず、とにかく転職をしようと心に決めた。
私が春先優しくされたのは、別に優しくされたわけではなかったのだ。
程のいいサンドバッグを手放したくなっただけだったのだ。試用期間で辞められると困ったわけだ。
辞めた先輩は仕事もできないし、会話もうまくできない人だったので、一緒に問題解決に向けて頑張ったが、辞めたくなるのは当然だと思った。
ちなみに、先輩が精神を患って休職している。春先は休職をさせるいい職場だと思ったが、訴えられたら負けるからさせているという理由だった。
会社は風通しが良すぎるので、このご時世なのに、大声で個人情報がやりとりされ、誰も何も言わないし言えない。
後から聞いた話だが、私の部署は私が入る頃には炎上している部署だったらしい。しかも原因は私に罵詈雑言を浴びせた先輩にあるらしい。
しかしその先輩は、パワハラ上司と仲が良く、誰も何も言えない状態だと最近知った。私が悪いのはほんの一部分にしかすぎなかった。
金銭的な面で問題がなければさっさと辞めてしまいたいが、難しい。私を懇意にしてくれるお客さんもいるので辞めるに辞められない。
一番いいのは休職なのだが、気分障害と医師が診断してくれるかどうかとても怪しい。
正直ネットでこういう話をよく見るのが、自分が同じ目にあって見ると恐ろしくわけがわからなくなる。
対戦ゲームなんだけど
フレンドになっている人は自分より上手い
そしてその人からよく過疎ゲーに招待される
招待されてはボコられる
勝率はほぼ0%
向こうが覚えてればそっちの勝率はほぼ100%だって知ってるだろう
実力差ははっきりしてる
けど招待してくる
過疎ゲーだから、戦う人が中々いない
そして自分もその誘いに乗る
もしかしたらその人は「過疎ゲーだから、対戦する機会がないだろう。招待してやろう」と思ってるのかもしれない
でもそれは自分にとって毒だ
近いうちに「もう招待しないでください」と言おうと思う
もっと過疎るだろうなって後ろめたくなる
どっちに転んでもすごく嫌だ
嫌だ
過疎ゲーだって言っても、
格上からずっと締められるのが嫌だ
対戦相手を選びたい
こんな事を他のプレイヤーに知られたら、
「もっと上手くなって見返してやれ」
とか言われるかもしれない
でも嫌だ
上達したいと口では言っても、
同じ実力の人と戦いたい
甘えててもいい
上手くなんかなりたくない
でも叶わない
過疎なんだよ
同じ実力の人と戦えない
もしかしてその人も、自分の事をこの格上と同じように見て離れていったんだろうか
嫌だ
楽しかったのに
嫌だ
このゲームが嫌いになってくる
今更追記
わーい! たーのしー!
誘ってくれていた格上のフレンズの人には、「ちょっと控えていただけると幸いです」って伝えたよ!
格闘ゲームではないよ! でも格闘ゲームで有名なシリーズだよ!
チーム戦もできるよ! チーム戦の方がすごーいたのしーよ!
あと使用キャラクターはね、ランダムにできないんだー。ざんねん……
過疎すぎてピークタイムでも片手で数えるくらいしか人がいないよ!
でもフレンズと呼びかけあって深夜にやったりするんだ!
初めて発売されてから、もう二桁年経ってるよ! すごーい!
なのに今でもたーのしー! フレンズがいるからだよ! ともだちって大事だね!
きっといつか、このゲームのフレンズもいなくなってしまうんだろうね
でもね! 今すごーくたのしーの!
みんな、気にかけてくれてありがとう!
Welcome to ようこそ過疎リパーク!
出迎えてくれた師範代は柔らかな物腰だったが、どんな正しくなさも見逃さない鋭い眼光をしていた。
道場生はやはり女性が多く男性はモテなさそうな奴が3人いるだけだった。
またネイティブアメリカンやアフリカンアメリカンもいた(「黒人もいるんですね」と言ったら師範代に棍棒で小突かれた)
最初に見せてもらった組み手は、受け手の男性が「女は産む機械」と叫び四方八方から袋だたきにされるものだった。
受け手はガードすることを許されずウレタン製の棍棒で攻撃されても蔑視発言を続けなくてはいけないそうだ。
正直、受けるのは生身の人間じゃなくてサンドバッグでも使えば良いのにと思ったが「痛みを知らないと、痛みとか何も考えない人間になってしまう」らしい。
次の組み手は1対1で行う正々堂々としたもので、受け手の男性が「アイヌ死ね」とつぶやくと後ろから後頭部を叩くもので
一撃で仕留めないと反撃される危険な戦術らしく、熟練の者のみ使用できるそうだ。
一通り組み手が終わると神棚に一礼する。
今年になってから母が転んだり入院したりと明らかに今までより老化のグレードが上がったと漠然と感じていた。
入院した際、退院後のレンタル用品も増えるだろうと予想し介護認定の再申請をして良いケアマネと知り合うこともできたが母は直接介護事業所に電話してあんなものはいらないこんなものはいらない設置した手すりのせいで転んだなどと文句を言っている。
ベテランのケアマネは様々なところで尽力してくれるが「お母様は難しい性格の方」という評価をした。
このセリフを聞いたときに私は一瞬にして女子高生に戻ってしまった。
そして当時なんとなく感じていた言葉や形にできない母への憤怒は間違っていなかったのだなとあの頃の私の肩をたたいて励ましてやりたい。
毒母とまでは行かないまでも当時40代の母は支配傾向が強く自分の思い通りにならない私が気に食わないようだった。更年期との折り合いが上手くつかなかったのかもしれない。進学校に通っていた私には比較的裕福で穏やかなご両親を持つ友人しか周りにおらず母のことを愚痴ってはみたもののあまり彼女たちにはピンとこない様子だった。母と比較する対象の大人サンプルをあまり知らない私にとって、私が悪いのか、もしくは私と母の相性が悪いのかが判断できず、かなり情緒不安定で精神安定剤に頼る子供となっていた。進学したいのでグレるという選択肢はなかった。
私がやっと自分の人生を送り出したのは離婚後の30代半ばだと思う。
思い返してみれば結婚した主な理由は結婚しないと母の機嫌が悪くなるので、というのでは結婚生活などうまくいくはずもない。
離婚後の私は実家と没交渉になり1年に1度帰るか帰らないか程度、留守電も放置していた。距離を置いたことにより母と私は上手く行っていると思いこんでいた。
しかし、今年に入って何度も実家に行って母と会うと実は状況は凍結されていただけで改善されているわけではないということがわかった。
そして冒頭の「お母様は難しい性格の方」という言葉で私は母が他人から見てもかなり難ありな人間だと知り救われた。
また母と同居している弟は「元々キチガイなんだから気に病むな。」と言う。じゃあ、弟も母をヤバいと思っていたということなのか。この件について兄弟で話し合ったことはないが私だけが母と合わないわけではなく単に弟のスルースキルが高かっただけどわかった。
なんだか目の前の霧が晴れたような気分だ。
私はもうすぐ50に手が届く年齢だ。
退職した時に
『甘えてるんじゃないの』
『君は若くて経験が無いから、辞めるってすぐ思っちゃっただけでしょ』
と偉い人に言われた。
(ちなみに退職したいと言う前はその偉い人達も『よく頑張ってる』と面談で評価してくれていた。)
自分はたかだか20代の平社員、向こうは50-60代の会社の幹部。
たかが他人の言うことだけど、圧倒的に人生経験値の高い人たちにそんなことを言われるのは怖かった。
次は大丈夫だろうか?次も前と同じような場所だろうか?そんなことを考えて、今でも少し不安になる。
石の上にも三年説があるけど、耐えられないと感じたら辞めていいと思う。
無理してるんだから。無理じゃない人がその仕事したらいいだけで。
何度も何度も短期間で仕事をとっかえひっかえしてない限り次の仕事は見つかる。
そうじゃなかったら石の上にも三年説に縛られて辞められなかったかもしれない。
サビ残が多く給料低く、上司のサンドバッグで毎日ストレスフルだった前の職場とはなんだったのか。
ちょっと前に母親が死んで、毒父と発達障害の私の二人暮らしになった。
幼少期からいままで対父親のことではいろいろあったけど、発達障害っていっても家の外ではわりと普通の生活を送れている(と思う)。
自分の特性を発揮できる職を探したり、親しい友人や恋人にはあらかじめ自分の癖を伝えて、なにやってんだこいつと思われないようにしたり。
失敗することもあるけど、いろいろ工夫して、傍目には普通の範疇におさまるような生き方にしようとしている。
母親と自分に分散されていたものが、全部まとめてこっちに向かってくるイメージ。
母親が死んで辛いのはこっちも一緒なんだけど。父親いわく、親と嫁は違うんだって。
私の、結婚を前提に付き合ってる人がいるよ報告を、何度ブチ壊したのか覚えてないのかなこの人。旦那もいないのに知らんがな。
父親は客商売してる(外面はいいし、頑固な親父を持て囃す客もいるし)んだが、その客たちの対応でつのったイライラも一手に引き受けさせられる。
何言ってるのお父さん、そんなの子どもにあたることじゃないでしょ、と窘める母がいないことが、こんなにしんどいとは。
「子どもは子どもの考えがあるよ、大人になってる証拠じゃない」とか「いくら自分の子でもいい大人なんだから、いきなり喧嘩売っちゃダメ」とか、
メッタ打ちな雰囲気を察して助言してくれる古い常連客もいるけど、父親が受け入れるはずもなく。火に油を注ぐ結果になる。
自分が反発したり、もうやめてよって言ったところで、余計怒られるだけだし、最後は人格否定だし。
極めつけに、こんなに思っているのに誰にも理解されない俺カワイソウで終わる。論理なんてあったもんじゃない。
ていのいいサンドバッグな状況がいつまで続くのか知らないけど、これはたしかに一歩間違えば犯罪にも発展するわと思いながら毎日過ごしてる。
臨時講師とは教員採用試験に受かっていない人達で、教員採用試験に受かった人達と仕事はほぼ同じだ。
この時点で私に与えられた仕事は生徒達からしたら正規の教員と同じだ。
しかし、講師なので教員とは違い、学校内で教員組織としての仕事は軽い。
因みに私は夢や熱意を持って講師になったわけではない。
ただなんとなく就職したくなったので、教員免許を活かしてみただけ。
なので学校の仕組みも何も知らない。
今もよくわかっていないことばかり。
正直、この自分の決断は軽率で、許されるものではなかったと思う。
私の場合、履歴書を教育委員会に提出し、赴任校が決まったので挨拶に行き、数日後には新任式で挨拶をしていた。
臨時講師の研修は、もう様々なミスをして疲弊しきった頃に行われた。
生徒や保護者にとって、臨時講師だから、教員採用試験に受かっていないからということは関係ない。
校舎の配置も、学校の仕組みも、授業の作り方もわからない、本当に右も左もわからない私への反応は幸いにも優しかった。
保護者や生徒はそう言ってくれた。
そう私は責められた。
当然だと思う。
だが言い訳をするなら、研修を受けていない状態で専門用語を使われてもわからなかった。
大学で教わってきた授業の作り方は現場ではあまり役に立たなかった。
ここでは私が今まで学んできたことは通用しなかった。
私にできることは生徒に対して真摯な対応をすることだけだった。
何もわからない手探り状態のまま、生徒の話に耳を傾け、どうやったら生徒の成績が上がるか、どうやったら生徒が良い人間関係を築けるのかを考えて行動した。
結果、私は生徒から好かれた。
保護者の反応も悪くなかった。
職員室に行くといつも注意を受けた。
気が狂いそうだった。
いつしか、土日の朝になると涙が止まらなくなるので、土日に部活に行く回数が減ってしまった。
そんな日は片付けることもできない汚い部屋の中で、ベッドに腰掛け、学校からこっそり借りてきた正規教員向けのマニュアルを泣きながら読んで過ごした。
教員採用試験に受かったものだけに与えられる権利が十分な研修。
講師なんて雇うべきではないのだ。
自分の子供が十分な研修も受けていない人間に無責任に委ねられる。
こんなことがあっていいのだろうか。
どちらかというと熱血で夢を持った人達が多いように思う。
熱意もあり、教師になりたいと心から願う人達が、こんなにも教育について知らないものかとがっかりした。
四月から成り行きで勉強を始めた私より、教師になりたいと思う人達の方がすかすかなことに絶望した。
部活を休むクズとは違い、熱血できちんとしていればしている人達ほど時間がないことを表しているのだ。
講師でありながら、まるで闖入者のような存在の私から見て、学校という組織は異常だ。
研修も受けない、何も知らない人が教師の皮を被って生徒の前に立つ。
そしてその教員モドキが大きなミスをしたとき、世間はそれを許さない。
ミスなんて許されてはならない。
私達は使い捨てだ。
教師になんてならなければよかった。
明日もまた私は教壇に立つ。
生徒のことを考えるからこそ、生徒への申し訳なさで押し潰されそうになる。
何も知らない私を先生と慕う生徒達。
申し訳ない。
本当に申し訳ない。
あえてツッコミどころ満載な石原さとみを使ってリアルっぽい描写のリアルじゃない部分を隠すため。
ドへたくそな発音やドへたくそな演技という閃光弾を何度か打ち上げてツッコミの余力を石原さとみに向けさせることで
これに気付いたやつは今のところ増田に一人もいない。
なぜスタッフは疑問に思わなかったのか。とか。
「リアルっぽいけど嘘っぱちだらけの作品」という評価からシン・ゴジラを守るためのサンドバッグが石原さとみ。
邦画の悪い習慣とか言ってるやつは馬鹿だし何でエヴァ作品を見ているくせにそんなことも気づかないのだろうか?
自称エヴァオタってこんなこと1つにも気づかないんだから低能扱いされるんだよ。
賢くなってほしいので煽っとく。
PS:
公開後、1カ月近くたつのにクソ雑魚ナメクジたちが気づかなかったのが理由としては、
1.庵野の思惑通り、ゴジラの存在感と石原さとみの下手くそ英語でうまくツッコミの方向反らしと緩衝させることができた
2.シンゴジラの迫力に感動した自分を肯定的にみてより承認したいために作品自体にも深みを求めるという欲求のすり替えが起こったから
3.石原さとみの存在はキャストミスということで興味を無くし、ゴジラにだけ目を向けて考察されていたから
4.石原さとみの採用を邦画の癌だと捉えることで慣習に物申す書き方でマクロ的な展開をされたから
大体、以上の4点にカテゴライズされた話題になってしまったことで
横浜DeNAベイスターズ。親会社がDeNAになって4年の中畑清時代を経ての5年目にアレックス・ラミレスが監督になってペナントを戦っている。
何もベイスターズに限らず、過去現在を問わず采配、起用がどうしたという事に文句を言いたい人は多いらしい。
例えば今年新外国人としてJ.ロマックを獲得したが、獲得や起用に応えるような成績は見せることがなく、現在は2軍暮らしになっている。
シーズン途中に獲得したエリアン、最近1軍初登板で類を見ない鮮明なデビューをみせたブロードウェイ。
あるいは国内選手にしても、采配がおかしいという声はあちこちにある。
では、チーム監督やコーチというのはそれほど絶対的な権力を行使できるのか。与えられているのか。
Noだと思う。
ロマックは最終打席に四球を選んだが、3打数無安打。打率1割1分8厘。その姿に「我慢の限界にきている」と手厳しかった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160617-00000111-dal-base
今年の6月のデイリースポーツの記事だが、この我慢の限界はどこへの限界なのか。
ロマックに限らず野球選手としての成績や指標はそれぞれ一定のものは残してきているが、彼らは現場では求められた仕事とは遠い現状がある。
編成・スカウトといった裏方の人間にとって自分たちが探してきた人間が求められた役割を果たしていない、特に助っ人として獲得するにあたって国内選手より選手契約そのものにかかっているコストも少なくはない。
とすれば、そのような裏方からは「自分たちが工数を計上し、(国内選手に比べれば)難しい状況で、それなりに費用をかけて獲得したのだから、一定の期間は使い続けて様子を見てほしい」というようなリクエストが現場に飛ぶのは良し悪しを別にして、よくある事だ。
さて、冒頭の話に戻したい。
招聘され契約によって就任したチーム監督などの現場要職に就いて試合を戦う人間は試合に勝つことを求められるだろうが、このような裏方の要請を「勝ちにつながらないので断る」と拒絶できるだろうか。
特に契約している選手に信賞必罰であたっている球団であれば、そのような裏方の人間は本来相当首が涼しくなるはずだ。なんなら首が胴から離れてもおかしくはない。
チーム監督や、あるいはオーナー、球団社長等の名前という分かりやすい看板を叩きたくなる人は多いだろうが、そんなサンドバッグのような役目も抱き合わせにされ、契約社会よりも社内政治が勝るだろうチームを率いるのに、本当に充分な権利権力、待遇が用意されているのだろうか。