はてなキーワード: ネットとは
脳に詰め込んだだけで、実践できない、行動に活かせなければ意味がないものも多い
ので、あればあるだけ良いってわけでもないけど、要らんって言ってしまうような人間にはならないほうがよいし、じゃあなんでいるのか? って言われたら、薄―くすべてに効いてくるからで説明は難しいのだろうな
他のパラメータとのバランスも居るし、環境によっても必要ステータス変わってくるだろうし
そもそも小説にしろエッセイにしろ呟きにしろ、楽しむ必要がないと思えばそれまで
守備範囲が広ければ、色んな人と交流できる。したくないならそれまで
守備範囲が狭すぎる人とか、共通の話題では盛り上がるが(それでもなんかずれてるが)、違う話題になった時に聞き役にも回らず、不貞腐れたたりする
無理に自分の土俵に引き込もうとしたり。これは教養の話ではなく単なる自戒とかか
地頭使うにも基礎知識が居るし、ある程度知識があったほうが騙される手口もあるし、難しいが
究極の防衛策全ての詐欺手口を覚えるのが無理なので、その一歩手前まで網羅して、詐欺の可能性を検討できるように というところを目指す。これも無理だが
なんにもやってないより圧倒的にリスクは下がると思う(コスパ考えたらどっかで妥協せにゃならんが)
それこそ地頭みたいなの(忘れかけてた記憶がよみがえったりもあるんだろうけど)で小学生の算数問題解いてくやつ
実は算盤はやってたそうで、それがあるからショートカットできてる部分もあったし、分数の足し算とか、自力で答えにたどり着いていくのは確かに見てて面白いんだが、どうしてもそこは我々が数十年前に通った道だ、とはなった
逆に公式だけ覚えてて本質理解してないのも意味ないなとも再認識したし
番組が小学生問題だったから、なんかしょうもない話になってしまてるが、どのレベル(難易度)でも同じことだと思う
ひとつ下の難易度の本質を理解できてると、次の問題の初見時に自力で回答できる可能性が出てくる、という
うちのこわもて爺、確かに対人ではある程度の詐欺態勢ありそうだが、警察とか銀行絡んだやつには弱いし、PCがピーピー言い出したらどうしようもなくなってる
>みんな「誰が言ったか」を重視
そうなんだけど、その誰が普段どんなことを言っててそこに正当性があるか否か、
の繰り返しで、できるだけ信頼できるソースを確保しておくってのが普通の生き方で
それでどっかこけてると、コロっと騙される
まあ実際問題、ほとんどの人はなんでもかんでも騙されてるし、他のジャンルでは割としっかりしてるのに、どっかひとつだけ変なもの信仰してたりする人も多い
あまりにも厳格になんでもかんでも疑ってかかるとしんどいから、息抜きとして、騙されてても実害そんなにない信仰にあえて乗っかってる部分とかはあるかと思ったりする
ペーパーテストの点数にも大きく影響を与えるのが教養であり、それこそ地頭あれば論理的にすべての答えに行きつくことも可能かもしれないが、時間や実験器具等が足りない
先人の知恵を使わん縛りプレイする意味はわからん(色んな誤りが含まれてるにしろ)
>受験も就職も勉強するより面接に強い実績作ってアピールするほうがコスパ良くね?
面接対応スキルも知識依存のところあるだろうな。受けまくって落ちまくって、対応力高めることも可能ではあるだろうが。ペーパーで落ちてたらどうしようもない
見ていて恐ろしくなった、子供いなくてよかった
実際乳幼児の子育てがかなり大変なのは間違いないんだろうし、ネットで愚痴りたくなるのもわかる
でも子育てへの解像度を上げれば上がるほど未婚者や子なしが子育てに怯えてじゃあ子供いらないに流れるのはなんとかならないのか?
でも愚痴を言うな、独身未婚者は真実を知らされず騙されて辛い子育てをしろ、というのも違うなーと思うし、うーんって感じ
ヨーロッパアメリカ、日本でいうところの介護のように、乳幼児の子育てはプロがやる仕事っていう仕組みにしちゃうのが一番いいんだろうなあと思うんだけど、なんか家族に日本は押し付けがちだよね
知識人と呼ばれる連中が、ワクチンの機序を間違って理解してデマすら流してるんだからねw
ネット以前は、分からなくても分かるフリをすれば叩かれなかったけど、今の時代は記録も残るし簡単に嘘を検証できるようになった。
本当は教養人なんて数パーセントなんだよ。ほとんどの人は知ったかぶりをしてるだけ。
デマだらけの世の中だし、ネットによって教養の価値も相対的に減少中。
みんな無理して取り繕う必要はない。
知らないことは知らないで良いじゃないかね。
というのが今の時代なんだけど、そのために変なパターンも見かけたという話。
今まで作ってきたご飯に嫌いなものがあったと、後から知ったという話を複数の女性から聞いた。
新しい料理に挑戦して、出して、全部食べてたし、おいしいと言ってくれてたから、新しいレパートリーにしてたんだけど、後日実は苦手だったと言えなかったということ。
で、この手の話を男性からあまりSNSや飲み会とかで見かけないわけで、それはそれでどうなのかなとは思ってしまった。
もちろん、そういう話をしている界隈もあるんだけど、それはどちらかというといわゆるちょっと亭主関白系からしか聞かないわけで、そういう男性の愚痴はどこに行っているのかというと、たまっているんだろうなって気がする。
いまだに古い慣習の人もいるけど、それとは別に新しい人たちもいるのに、SNSでの論争は大抵そういう人はいないものとする形になってしまって、居場所がなさそう。
表に出ない分、結構こじらせているんじゃないかなーって気もするし、黙っているのはそれはそれで新しいジェンダー規範でもあるよなーって気もする。
自分も含めて、古い人間がのさばっていると、新しい形の愚痴なのに、古い形での愚痴として処理されてしまうので、見かけることがなくなってしまう問題はあるんじゃないかなーと思ってしまった。
中学生の頃にまとめサイトとニコニコから2chのVIPに入って、そこから文字ベースの匿名コミュニティに入り浸ってたんだよ。
そこから増田はもちろん、5chのYoutube板のVtuber専門スレとかおんJとかも回ってたんだけど、なんか最近はどこでも話が合わなくなってきた。
普通に高校進学して、大学進学して、身だしなみとか異性関係とかも周りに遅れながら頑張って、大学院行って、でもアカデミアは修士で区切りにして、就職して、っていう風に、割と普通に人生を進めていった結果、ネットの匿名コミュニティと話が合わなくなってしまった。
だから誰がよくないって話じゃないんだけど、立てたスレがことごとくウケないとか、自分だけ意見が違う(実生活の環境では普通の意見)とか、そういうことが多くなってきて、少し寂しくなった。
でもまあ、これが普通だよな。ネットの共同体は少しずつ新陳代謝があってその性質を維持する一方で、個人はそれぞれの人生を進んでいくわけやから。
なんで急にネットの外って条件付け足したの?
「教養」って知のデータベース(と、それへのアクセス権限)なので、
・教養があることで省略できることが多い(いちいち車輪から発明する必要がない)※1
・新しい出来事に対しても自分一個でなく結集された英知を結集して思考できる ※2
・それらの経験を通して自分という一個の人間の能力自体も成長が期待できる ※3
……みたいな効果があるっちゃある。ぶっちゃけ教養があることで「できること」の範囲は広がるし、その「できること」の範囲が拡大すれば、大げさに言えばその「人」自体も変化する。そんな感じ。
言ってみれば、教養のある無しというのはネットにつながってるスマホとつながらなかったころのガラケーくらい違う。だから「教養なんて無くても別によくね」とか言われると、「俺のガラケーは辞書機能もあるし写真も撮れるし音楽も聴ける、ネットとかつないで何すんのw」とか言われてる感じがする。批判とかそういうのじゃなく「気の毒に…」「つなげばすぐ分かって顔真っ赤になるだろうに…」「でもつながない限りこの人には永遠に分からんのか…」「かといってお金ないとか事情があるなら無理に勧めづらいし…無くて死ぬものでもないし……」「本人が納得してないのに押しつけるわけにもいかないし……まあ放置しとくか……」みたいな、同情というかスルーというか、そういう微妙な反応しかできない人が多いと思う。あなたが、「教養って必要かも」と少しでも思ったのなら、たとえあなたが何歳であっても躊躇せずさっさと教養を身につけるよう努力した方がいいと思う。
まあ、教養を身につけた上で「こんなもん、俺の人生には不要!」と言っているのなら、あー、そりゃまあそういうこともあるかもね、Not for youだったんだね、ネットの無い世界にも人生はあるもんね、という感想かな。ただ、教養ある人が回してる世界の恩恵を受けて生活している以上、「俺には教養はいらん」とは言えても「世の中に教養は不要」とは言えないかもな、ということは理解していただけるとありがたい。
※1 … たとえば「標的のシステム内に、一見無害又は価値あるデータを装って取り込まれたあと、気付かれないうちに活動を開始して、標的システム自体に致命的な影響を与えるプログラム」のことを「トロイの木馬」と名付けられるのは教養のなせるワザだし、それで話が通じるとメチャクチャコスパいい。いちいち毎回「標的のシステム内に…」から説明してまわったり、それに全く新しい名前と概念を与えるのは不便過ぎる。
※2 … 一般的に、人生で人が出会うであろう悩みなら、過去数千年間の中で膨大な人が悩んできており、相当な数の人がそれについて人生をかけて思考してきている。それらを用いて自分が思考するだけではなく、同じ「教養」を身につけた人同士であれば、それらを前提にして議論や新しい発展を図ることもできる。ネットの集合知じゃないけど、そうやって関わる人間の数が増えれば、思考や決断のスピード、深さが桁違いになる。
※3 … ここまで教養の「幅広さ」の利点だけを述べたが、教養の真価は、それを使いこなすことで人間自体が深まり、成長できるところにある。物事の「深み」を知ることは、「深く知る」ことへの欲望を生み行動を変える。深みを知るなら、実は幅広さというものはそこまで重要ではない。世界中のワインを飲み比べる人の見ている「世界」の広さに、一つの村に住み同じハウスワインだけを数十年飲み続けて出来年とそうでない年の微妙な味の違いを判断できる人の知る世界の「深さ」は、決して劣るものではない。そして、その両方を身につけることができるなら、ワインを知らない人とはもはや見える世界も違えば経験する人生も異なってくるだろう。
リアリティショー「テラスハウス」に出演した木村花は番組内でMCの芸能人らに叩かれ、煽動された一般人にもネットリンチされ2020年に自殺
母の木村響子は生前・死後に娘をネット上で中傷した者を次々に訴えており、「中傷の証拠スクショを持っている人は渡してほしい」と呼びかけていた
そうしてスクショ画像をもとに訴えた一人が、実は中傷をしておらず捏造スクショだと主張
魚拓系サイトでもその書き込みの痕跡は残されておらず、証拠は捨て垢に渡された画像のみ
証拠が不足しているだけで本当に書き込んでいたという説も考えられるが、そんなあやふやさで人を罰せない
開示された人は4人家族で回線を共有しており、誰も中傷の心当たりがなく家庭内犯人探しでギスギスし心身に不調が出たという
地方の人と話していると「他県」という言葉が出てきます。ネットでも見ます。
「他県に行った」「他県に転勤になった」「他県ナンバーの車が」とか。コロナの時も県またぎの移動がどうのという話もあった気がします。
ただずっと東京やその周辺に住んでいた中ではリアルでそんな言葉を会話で聞いたことはなく、都道府県をまたぐことに特別な何かを全く感じません。
そういう価値観を否定したいわけではなく、単に「他県」という感覚や距離感がよくわからないので、多くの人にわかりそうな例えでどういう感覚なのかを教えてください。
暇空茜が攻撃動画300本以上投稿して糾弾していた相手である堀口くんにまた敗訴したわけだが
アカウントを🥭(ミルージュ)に託した可能性が高いことから、健在工作を依頼した可能性が高い
暇空の世界観では「堀口は逮捕収監されており、ネット上での発言や裁判手続きは他人がやっている。裁判に勝ったのは堀口ではなく別人の工作。堀口の弁護士は工作に騙されている」となっている
その世界観を暇空の支持者たちも共有している
すごいびっくりした‼️‼️‼️
この記事が思った何倍も色んな人に読まれて、色んなコメントを貰っていることにいまさっき気が付きました。増田のことはいつも「自分の思ったことをノンストップで書きてえ〜」っていう壁打ち程度の感覚でしか使ってなかったので、どんな意見でも形として頂戴できたことが純粋に嬉しいです。皆さんどうもありがとう‼️
というわけで親記事に付いていたコメントにいくつか勝手に触れさせていただこうかと。
・「そのためのタイミー」
→これは私自身もめちゃくちゃ実感してます。隙間バイトアプリの存在って色んな意味で大きいんですよね。どうでも良いけど個人的にはシェアフルの方がUIとか検索条件の相性とか金払いが良いので気に入ってます。オススメ。
実は接客・非接客に関係なくこの類のアプリで単発シフトに何回か入っていると、雇用元の担当者から「うちで正式にシフト入らない?」っていう勧誘が発生し得るというケースがあるんですよ。私自身も今の勤務先はそういう経緯で働くようになりましたし、別の非接客単発でも同じような事があって社員になったよ〜っていう人と遭遇したので、まあまああることなのかもしれません。
隙間単発は良くも悪くも特定の雇用とか固定のシフトがあるわけじゃないので、色んな場所の色んな仕事をちょっとずつ試せると思えば、正式な仕事とかアルバイトを新しく探すまでのステップとして案外有効かもしれないですね!良い時代になったな〜
→そうですよ‼️‼️‼️金貰えないのに40,000字の感想文提出したこともあります私‼️‼️‼️
多分こういう誰にも求められてなくて金にもならない、一見すると無意味に思えることに矢鱈集中してしまうのも、言ってしまえば特性のひとつなのかもしれません。「テストが近いと部屋の片付けに身が入りがち」っていうあるあるの過剰版だとでも思ってください…
ところではてなと専属契約すると金銭が発生するのは知りませんでした。ブロガーみたいな感じですかね?ただお金のために長文書くのは、少なくとも私には無理かなあ
・「分量から本物感が否応なく伝わってくるからタイトル読んだだけでタイトルの内容を信じられるわ」
→パンチラインが絶妙なコメントでちょっと笑っちゃいました。私自身も「自分は誤魔化しの効かないホンモノだろうな」とは自覚してるのですが、それを医学的に証明してくれる人を探すのって本当に大変なんですよね…。「診断して欲しい」って言っても抗うつ薬だけ渡して突っ返しちゃうお医者さんばかり、もう何軒たらい回しにされたか分からないくらいです。
余談ですが5軒目くらいで漸くWAIS-Ⅳのテストを受けさせてもらうことが出来まして、結果的に「情報処理能力だけ他の能力よりIQが30以上低い」という事実上のホンモノ判定をちゃんと獲得してます…!それでも確定診断は出してもらえなかったんですけどね……どうしようねこれ。
そんなわけでホンモノのホンモノによるホンモノのための増田なので、元記事のことはちょっとくらいなら信じてもらってOKです!専門家じゃないし、後のコメントにもありますけど「スペクトラム」なので、過信は禁物ですけど。
・「スペクトラムなのでできる人もいればできない人もいる。なんか、千差万別なのに一律にこうみたいな印象持ってる人が多いのなんでだろう」「『スペクトラム』のことを考えると『場合によっては』というのは正確でない 増田はただできるスペクトラム位置に属する脳」
→これは読んで個人的にハッとさせられるコメントでした。いけませんね……昔からかなり気を付けないとどうしても視野が狭くなりがちなんです。しかし同時に、こういう狭量な物の見方って発達障害の人によく見られるような気もするんですよね。決めつけが早過ぎるというか…
自閉症とアスペルガーが全く別物の障害なのでなく、それぞれ他の特性と共にグラデーションで繋がっている。「場合によって」というより、「人によって」「特性次第で」という方が正確なのでしょうかね?少なくとも私個人に関しては、結構な歳になって自覚的になるまで、あまり周囲から深く疑われた試しがない程度には、仰る通り「できるスペクトラム」の者なんだと思います。
本当に、発達のバランスって千差万別だな〜って思いますね!「我々はちょっとピーキーなだけで、やれることだって沢山ありますよ!」っていうことを、出来れば多くの人に知ってもらえたらな……という思いは昔からあったりします。そういう多様且つ寛容な見方を持てるように、発達民も定型民も隔てなく皆で努めていけたら良いですよね!
・「支離滅裂なクレームつける人が店員側になったら支離滅裂なことを言ってクレームを跳ね除けるよ」
実際こういうタイプの人ってどうなるんでしょうかね?個人的に思うのは、支離滅裂なクレーマーというのは「お客様は神様だから従業員は強く返してこられないだろう」という身勝手な優劣関係への甘えから発生する人が圧倒的に多いような気がするので、店員側になると今度は己の立場の弱さを自覚して緘黙的になっちゃうんじゃないかな〜と思ったり。客の立場であっても、私ら従業員が毅然と正論と誠意を向けて「あくまでも対等な人間同士なんだぞ」ということを言外に突き付ければチキって急にしおらしくなる人、めっちゃいます。何なら今の職場はゴネ得の爺さん婆さんばかり来るので、そんなのばっかりかもね…笑
支離滅裂なクレームに対して同様に無茶苦茶な返しができる人って結構レアじゃないですか?うまく説明できないのですが、クレームっていちいち反応してたらキリがないので「自分自身に直結すること」「直結はしないが店舗側に非のあること」「駄々捏ねてるだけ」くらいの脳内選別は発生するわけですよ。まあこの辺の線引きもその人次第なので、全てのクレームに傷付いて泣きながら謝る人がいれば、逆に「はぁいすんませーん」で済ませちゃう人も勿論いる。んで多分危惧されるタイプの人種はこの場合「何言ってるかよく分からない人の喚きに勝手に傷付き勝手にキレてる」ってことになるわけですよね…?え、怖
そんな地雷原の擬人化みたいな人も、この広い世の中なら稀にでも居るんだろうなあ…と思えちゃうのが何とも…って感じですけどね。ただ間違いなく、接客という場面でこのムーブをかましたら誰がどう見てもヤバい奴でしかないのは明白なので、第三者の判断によって即刻クビになるんだろうな。それで「お前は仕事をクビになるくらい他者への応対が最悪なんだぞ」という自身に捺された烙印を自覚してくれれば良いんですけどね……ああ多分こういう人たちには無理なんだろうな…。いや全く、仰る通りです。
・「お得意様への継続的且つきめ細かいサービスはASDに期待しないこと」
→そうこれが言いたかった!コメントしてくださった方ありがとうございます。
これが必要なのってまさにアパレルの店員とか、或いはBAさんとか百貨店の外商さんなんかもそうなのかもしれないですね。この類のお仕事は物を合ってるように見えて実際は付随する体験とか、そういう実体化しない部分の価値を体現するための職業なので本当に高度というか、一般的な接客業とは別種の何かとして捉えた方が良さそうだとさえ思いますね。本当に脱帽です。
・「家電店の店員さんでASD的なぎこちなさの人いるけど、こちらからたずねると各社ごとの傾向とかスペックの違いとか聞きたいことは詳しく解説してくれるのでとても良いと思う」
→私が家電2社で働いていた感じですと、若い社員のお兄さんとか委託派遣で来てる販売員のおじ様方にこういう感じの人が多かった覚えがありますね。商品に詳しいのもそうですけど、特性的にいつも余裕がないお陰で変なものを売り込んでくるとか無理なサービス付帯を勧めてくるとか、そういうのがかなり少ないのも、家電系ASD民の良いところなんじゃないかなと私は思います。
家電業界って不思議ですよ。ギークっぽい人と体育会系っぽい人が同じフロアで勤務しているなんてザラですからね。但しその割合は扱う家電の種類によって結構変わったりもするので、広くて品揃えの良い店舗に行くと毛色の違いが見えてきたり…するかもしれません。主観ですけど前者が多いのはカメラとオーディオ、PC等のガジェット系コーナー、後者はテレビとか白物系みたいな大型家電のコーナーに多かったような。
・「『自分(ASD)ですらできるから皆できるだろう』みたいな感覚も断絶を生むっていう視点も忘れないでほしい。生理が軽い人が重い人を怠慢だって糾弾するみたいな」
→これ、先ほども似たような内容に触れましたけど、自戒としても忘れたくないですね。私は女性なので生理の例えが本当に分かりやすくて。
生理にしても発達障害にしても、症状には個人差が勿論あって、そのいずれにしても「その人だけの痛み」が必ずあるんですよね。そこに優劣は決して存在し得ないわけで。
「この程度のことどうしてできないの?」という考え方は自己肯定感の低さから生まれやすいのだとよく聞きます。そして特に発達民は生きてる中でのやりづらさから自己肯定感が低くなりがちなのだということも、自身の感覚からしてもよく分かります。だからどうしても陥りやすい罠みたいな感じなんでしょうけれども、それぞれの苦しみにたとえ寄り添えなかったとしても否定だけは絶対しないように、気をつけていこうと思います。
・「ASDの身内は商品知識が豊富になるゆえ営業や接客の成績良かったけど、社内の人間関係が崩壊して鬱になるを繰り返していたな...」
→これはちょっと実感として思い当たるところあるんですよね…。これもまた人によるのだとは思うのですが、例えば「同僚の談笑の輪に入れなくて孤立する」とかはあるあるだったりします。反対に首を突っ込み過ぎて衝突が絶えなくなるタイプの人もいると思います。
お客さん方と違って、同じ職場で働く人たちは何度も顔を合わせることになるわけですけど、そういう全くの赤の他人と言い切れなくなる微妙な間柄の人たちに、どんな話、どんな行動をどこまでして良いのかとか、そうやって距離感を推し測ることが、少なくとも私はかなり苦手ですね。
そういえば最近「学生さんは友達作りのためにバイトを始める場合がある」という話を聞いてめちゃくちゃ驚いてしまったことを思い出しました。私じゃあ絶対思い付かない動機ですって…
・「マクドみたいなマニュアルちゃんとあるところの方が向いてそうかなと」
→ごめんなさい、これはマジで仰る通りです。ただ私が元増田で「個人経営いいよ〜」と言った気持ちも嘘ではないです。でも確かに、ちゃんとマニュアル化されているか否かというところは、ASD持ちにとって働きやすさに直結する重要な事項であることは間違いないですよね。またテキトーなこと言っちゃったな…。
個人的な意見ですが、マニュアルの細かさと同じくらい重視したいのは「行動の二者確認をしてくれる人を調達しやすい」という点ですね。私の場合往々にしてメモとか忘れてしまうので、どうすれば良いか分からなくなった時、やろうとしていることが正しい手順を取れているのか確認したい時に「どうでしょうか?」と気軽に訊きに行ける人が居るか居ないかでは働きやすさが明らかに変わる気がします。規模感の小さな店は大型店舗よりも店内がのんびりしていることが多いですし、従業員の距離感が比較的近かったりもするので、仮にマニュアライズが進んでいなくても「誰かに訊く」ということがやりやすいから働きやすいよね、という感じの意味合いで書いたんだと思います。
ただこれは本当に私個人のケースって感じですよね…。私は他人に指示を仰ぐことに慣れていますし、取り敢えず誰かに声を掛けようとすることに抵抗もないからそう言えるだけであって、発達民は寧ろ質問の不得意な人の方が多いまであるかもしれないわけですから…。
・「逆に多動気味の自分に、不特定多数のマルチ接客を繰り返すホテルは向いてた。」
→こういう事例をいただけたことが今回本当に有り難かったです。私は自身の特性の感じからして「自分にホテル接客は難しいだろうな」という風に昔から思っていたのですが、こちらの方はご自身の特性とホテルのお仕事が見事にマッチしていたんですね!
特性に合った職業を見つけるのって、やはり大切なことなんですね。
・「発達障害大好きはてな民笑 発達障害ならなんでも飛びつくw」
→はてな民に限らず、ネットの人って発達障害の話が好きというか、どんな形であれ関心があるのって、一般社会の空気感の中では特異な感じがしますよね。身近に発達障害者がおらず、且つSNSとかもあまりやらないタイプの人だと「発達障害というワードすらピンとこなかったりするよ」と身内に言われた時はちょっと悲しくなりましたね。「ああ…私らの生きづらさを理解してもらうのに先ずそこから説明しなきゃならないのね…」的な。
・「ASDの人は証券会社がいいですよ。資本主義の者たる証券会社は人間性云々ではなく、金になるか金にならないかだけが価値なので、ASDでも勝てます」
→すごい、一見すると「人の心ないんか?」っていうコメントで笑っちゃいました。
しかしこれは間違いないかもしれません。ASDに人の心が存在しないのは、まあ…多分高確率でそうなのだろうという自覚はありますからね。
露悪的に振る舞うつもりはないんですけどね、元増田でも言った通り他者をある意味モノのように扱いやすいきらいがあるので…。
大体のコメントには触れられただろうか!
これを書いている時点でも41件もコメントをいただいていたらしくて相変わらずびっくりしてるんですけど、一つひとつ読ませていただくうち、あんな長ったらしくブツクサと書き殴ったような文章だったのに、それでも真剣に読んでご意見を寄せてくださった方がとても多いことに気がつきました。
いや本当、皆様お読みいただき、コメントも寄せていただき誠にありがとうございました‼️‼️
そして今回の増田もアホみたいに読みづらくてごめんなさい‼️‼️許して
本当は全く別の何かを書き込もうとしてログインした筈なのに、感極まってお返事コーナー(?)やってるうちにすっかり忘れてしまいました。
搾取されることには敏感なくせして自分が搾取する側になることに対しては極めて鈍感な連中がネットには溢れ返っているからね。
実際のところ、創業家は大株主だから美術品の所有は移転せずに運営主体を創業家による財団法人にでもするだけで話は変わる。
貴重なコレクションを散逸させずに展示しつつ赤字を垂れ流さないというだけで名目は立つし、コレクションの一部は創業家が相応の金額でDICから買い取れば資産の問題もある程度切り抜けられる。
そうしないのは、創業家が企業に対するガバナンスを持たずに私物化する形で赤字をDICに押し付けていたというのが真相だろう。
それは突き詰めて見れば株主のみならず従業員に対する搾取を行っていたということ。
タイトルはウマ娘のジェンティルドンナが持つ特別なスキルの名前。はてなユーザー諸君はちゃんと読めるかな?
このスキルの名前が、Youtubeの生特番で演じてる声優により「しゅくじょのどくせんじょう」読まれたとき
一部視聴者から「「どくだんじょう」どくだんじょうね」「どくだんじょうだよ」などと、読み方を間違えてると指摘するようなコメントが少なくない数投稿された
X(旧Twitter)でも、間違えてるで!っと指摘するポスト(旧ツイート)を複数確認できる
もちろん正しい読み方は「どくせんじょう」の方。壇ではなく擅だから
生放送のコメントって、反応速度重視になる分、個人の知識不足が目立ちやすいよね
まさかツッコんでる人の中に、飯盒炊爨AVを笑っているのはいねえよなあ?
自分の知識が全部正しいと思ってると、ネットはもとより現実でも痛い目見るぞ!
※間違えてる指摘以上に「どくせんじょうで合っている」というカウンターコメントが投稿されたので、視聴者が皆愚かだったわけではない
※NHKによると、元は誤読だが現在では放送でも「独壇場(どくだんじょう)」が使われているそうなので、「独擅場(どくせんじょう)」を知らないこと自体は仕方がないことなのかもしれない
保護した赤ちゃんアザラシを育て、育ったら放流するアザラシ幼稚園
海外から細々と配信されていたが日本で取り上げられてバズり大量の寄付金が集まった
保育園は日本人の活動時間に合わせて配信したり、赤ちゃんに日本語の名前をつけたりするようになった
コメントする者の多くが可愛いもの好きな女性だったことから、ノリが気持ち悪い女は気持ち悪いと増田でも女性叩き勢がイライラしていた
そしてここ最近、コメントは「ま〜んま〜んま〜ん」と連呼する男の群れに占拠されている
ネットの闇を知らなかった女性たちは意味もわからず連投荒らしに困惑し、意味を調べて傷つき去って行く
増田の望んだ結末がこれか
辛いにしてもお互いに配偶者に対して「ここを改善しよう」と提案するのではなく、自分のことを「かわいそうだねヨシヨシ」してくれそうな、いちおう人格が乗っかっってる中身は人工無能の群れ集うネットの海に呪いを吐き捨てて、それで共感を得て承認欲求を満たす
この両親の家ですくすく育つわけがねえ。子供にとっても針の筵だわ、この陰湿な呪いに溢れた家
こういうギスギスした家庭に至る前に、どっちの性も堪え性がないのが「メンドクセ」ってなった挙げ句に番うことなく過ごしてるんだったら、予めまあまあ不幸になることの確定してる子供が生まれるのは未然に阻止されてるわけで、その点で見て少子化ってのも悪くないな、と思った
・1・相手の性に堪え性のないのが端から投げ出す。独り身かせいぜいやっても結婚子無しまで
・2・堪え性はないけどイヤイヤながら世間並みの家庭を経営する、子育てをこなせる能力のあるふりをする
雑に3つの家庭があると思うけど、おそらく普通の人間は求められるレベルが高すぎて・2・みたいな状況で子育てにアップアップしてるんじゃないかな
そこでどう振る舞うか? が問われてるんだろうが、そのときに増田に愚痴るしか能のない親を持った子供はハズレだけど、これからはそういうご家庭が減るといいな