はてなキーワード: 請負とは
上役と延々話していると明らかになる事がある。
大学受験に失敗し、浪人したかったが親に反対されてFラン大学に進学した。
当然学生時代ITで食っていこうなんて毛程も思ってなかった。その無計画性が今になって如実に経歴に現れている。
気付けば、自分はもう若くは無く真剣に試験に臨んだ人達と、経験年数がかけ離れてしまっている。
それから、礼儀の無くコミュニケーション下手な若手に思いの外苛ついていたが、それも全部筒抜けになっていたようだ。
周りを見る程羨ましくなって、自分の器用貧乏が評価されてないんだと改めて感じる
近い年上がおらず、認めてくれる人なんていない
教えなくても覚えるだろう、もしくは愛想が悪いからメインには据え置きたくないというのが見え見えである。
勉強すれば上に行ける仕事だとは分かった。結局、モチベーション次第なんだろう。
でも、そもそも流れ着くままに請負った仕事だ。長居するつもりはないのに面談で「5、6年働いてくれ」と言われた。
ここでワクチンで検索すると各市町村がワクチン用備品の賃貸や購入、事務作業の人員、まとめての請負などてんでバラバラに行っているのがわかる。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_notifications.html
どう準備するかは用意できる会場や対象者数が違うからかお任せのようで、
それでも各市町村は、供給予定からするとゴールデンウィーク明けに向けて各地で頑張っているようだ。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_supply.html
・4/5の週 100箱
・4/12の週 500箱
・4/19の週 500箱
・4/26の週 1,741箱
(全ての市区町村に1箱)
・5/9までに 4,000箱
・以降、6月末まで順次 高齢者約3,600万人の2回接種分を配布できる量を供給見込み
週16000箱の供給と接種が継続できれば、年末にはだいぶ進むだろう。
https://twitter.com/rntrnaru/status/1377973428989227008
この一連のツイートに出てくるんだけど、
会社でプロジェクト立ち上げてはほっぽり出すオジさんってなんで発生するんだろう
単に、プロジェクト立ち上げてみたけど炎上しそうだから泥船から逃げただけなのか
それともプロジェクト立ち上げ人みたいな役回りが求められているのか・・・何れにせよほんと迷惑だよ・・・
「ステークホルダーが全員大企業だからケンカで済んでますけど、〜〜」のくだりを読むと、
小売業者は全く悪くなくて完全に被害者なのかなと思います・・・
やっぱり根本原因はツイート主の言うとおり「顧客という強い立場を利用した」
メーカーの新担当者とベンダーのベテランデータサイエンティストにあるのかなと・・・
そのころ私は伊東温泉に住んでいた。伊東には川奈に日本一のゴルフ場がある。もっとも、当時は占領軍に接収されていて、日本人は立入ることができなかった。
私の住居から百メートルぐらいのところに尾崎士郎さんが住んでた。士郎さんのところへ出入りする人で、彼の小説の中でカチンスキーとよばれて登場する怪人物がいる。カチンスキーといっても先祖代々の日本人であるが、ゴルフ界で顔の売れた世話人である。私がゴルフ道具を手に入れたときいて、やってきて、
と誘う。
「あそこは日本人が行けないのでしょう」
「普通はそうですが、ボクと一しょなら行けるんです。進駐軍が川奈を接収したとき、司令官に頼まれて、いわれた数だけのゴルフ用具をそろえてやったんです。お礼に何をやろうかといわれたときに、ボクとボクの友だちにゴルフをさせろといってみたんです。よろしい、ではお前とその他七人のお前の友だちはゴルフをしてよろしいということになったんです。七人の名前を書きだしてきましたが、要するに一度に七人以内ならだれでもいいんですよ」
「それは、ありがたいね。じゃア、あなたにゴルフを教えてもらおう」
「ぼくはゴルフをやらないんです。ぼくはゴルフの道具を銀行、会社へ売りこんだり、ゴルフ場の工事を請負ったりしてたでしょう。ボクがヘタでなってないフォームでバカな振り方をやるとお客がよろこんで、つまり、商売のコツだから、ボクは昔からゴルフやらんです。ハハ」
怪人物の言辞はモーローとして心もとないから、私は士郎さんをたずねて、きいた。
「カチンスキー氏が川奈のゴルフ場へ出入できるというのは本当ですかね」
「それは本当だ。とても顔がきくんだ。司令官がでてきて、食堂へ案内してコーヒーをのませるぐらい顔がきくよ」
「イヤ、キミはこまらんよ。司令官が食堂へつれて行くのはカチンスキーだけだ。先日カチンスキーの会社の社長が彼の案内で川奈へ行ったが司令官はカチンスキーだけ食堂へつれて行ってコーヒーをのませてくれて、カチンスキーは二時間ぐらいコーヒーをのんでたそうだ。社長はその間、吹きさらしのゴルフ場へ放ッぽりだされていたそうだよ。キミも食堂へ案内される心配はない」
妙な人物がいるものだ。カチンスキー氏の社長はゴルフを知ってるだろうから、吹きさらしの中で二時間放ッぽりだされても持つかも知れんが全然ゴルフを知らない私はカゼをひくだけの話である。
こういう次第で、日本一のゴルフ場で人のできない練習の機会には恵まれていたが、私は怖れをなして行かなかったのである。
4
一九五二年二月二十九日というハンパな日に、私は群馬県桐生市という赤城山麓の織物都市へ引っ越した。
私は引っ越してくるまで知らなかったが、そこは書上文左衛門という桐生一の旧家で桐生一の富豪の母屋であった。せまい部屋が一ツもない。どの部屋からも一陣の突風が吹き起りそうな広さがあった。
ここを探してくれたのは作家の南川潤である。潤さんはこの母屋に人が住んでいないことを知っていたが、まさか人に貸すとは思わずに、念のため訊いてもらったのだそうだ。すると意外にも実にアッサリ貸してくれたのだそうで、私も引っ越してみて、貸すのが当り前だと思った。
誰かが住んでいなければ、夜な夜な怪風吹き起り、日中といえども台所や座敷などにツムジ風などが起り、ネズミその他のジャングルとなるであろう。かと云って、タダモノの住みこなせる家ではない。第一、当家の人々が奥の方に然るべき住み心持よき家をつくって移住しているほどだ。トラック一台の荷物なぞは、片隅のゴミのようでしかない。
どうしたら人間が住めるであろうかと皆々が思案投首というところへ、文左衛門さんがやってきて、
「山寺のようでしょう」
「まったく、そうです」
「やりません」
「道具があるじゃありませんか」
私は返事をしなかった。ゴルフの道具はある。たしかである。しかし、ゴルフは知らない。たしかである。そのナゼであるかは、何年前かに文六さんのウィスキーの肴にされたテンマツから話をしないと、誰にもわかってもらえない。そして、そのテンマツを語るにはハナシ家が高座で一席うかがうぐらいのイキサツがあって、途中できりあげることも、途中から切りだすこともできない。要するに、返答しない方が無難なのである。
しかし、文左衛門さんはイサイかまわず「私のウチの裏庭にゴルフの練習場があります。戦前に造ったもので、いたんでいますが、練習に差支えはありませんから、御自由にお使いなさい」
言いのこしてさッさと行ってしまった。文左衛門さんはその後私の顔を見るたびに裏庭の練習場を使いなさいとすすめるが、私はかりそめにもゴルフクラブを手にとらなかった。それは文六教祖の訓戒をケンケンフクヨウしているからで、はじめにはプロについて正しいフォームを習いなさい、この一ヶ条だけは守りなさいという。だいたい教祖の言辞が学校の先生や大臣、長官の訓辞よりもなぜ信仰されるかというに、たいがい教祖の訓戒は一ヶ条ぐらいしかない。ここが教祖の自信マンマンたるところで、また実力あるところである。大臣や先生どもの訓辞はとてもこうはいかない。
チップあげれる制度だけは良いと思ってる。使っている罪悪感が薄れる
たまにパートナーが見つかりませんでしたってしれっとキャンセルされるけど
過剰に要らないお金取られるUberよりもD出前のが好きなんだが5月でサービス終了なのよね
普通に出前館使えばいいのだろうけどDポイントが使えないじゃん
2020-08-07
・・・だけど、利用ユーザーとしてはめっちゃ便利。庶民にはありがたいんだが?
出来たら会社の抱えるさまざまな問題を見なかった事にしたいけど見ちゃったんだよなぁ
第二の Amazon・ユニクロ 的企業。庶民が便利を求めるとシワ寄せはどこかへ寄る
わかっちゃいるけど利用ユーザーとしては便利なんだよなぁ・・・(無くなるまで使うと思う・・・けどモヤる)
カリフォルニアには 下院法案5号 (California Assembly Bill 5 (AB5) )、”通称:ギグ・ワーカー保護法” があるよ
Uber はコロナウイルスのために働けなかったドライバーに支払うことを約束しました。
しかし、ドライバーは、病気の給与を求めた後、Uber がアカウントを閉鎖し、
それから彼らの主張を無視または拒否していると言います。(2020/4/3)
[Business Insider] Uber promised to pay drivers who couldn't work because of the coronavirus.
But drivers say Uber has been closing their accounts after they seek sick pay, and then ignoring or rejecting their claims.↓
「我々は、労働組合や政治とは異なり、実際にドライバーの要望やニーズを考慮に入れてくれている」
Uber の CEO が労働者グループを攻撃し、ドライバーの雇用状況をめぐる大規模な戦いで「政治」に動かされたと非難
「 Uber の金持ち経営者がドライバーのことを気にかけているふりをするのは偽善の極みだ」
「私の長年の仲間のドライバーとの組織化経験から、ダラの言葉は Uber の行動を反映したものではないと断言できます。
彼らは決してそうではありません。Uber は常に新しいポリシーや手順について、ドライバーを欺こうとしており、
変更はドライバーの最善の利益のために行われたと主張しています」と、
ジョン・サミュエルセン運輸労働組合会長はBusiness Insiderに語った。
Uber や その他のギグエコノミー企業は、ドライバーが従業員であるか独立請負業者であるかをめぐって、
特にカリフォルニアで、大規模な法的および政治的戦いに従事しています。(ギグ・ワーカー保護法(AB5)のことね)
6月には、UberとLyftの規制を担当する州の機関が、ライドヘイルのドライバーはAB5の下では従業員とみなされると判決を下し、
1ヶ月前には、州、ロサンゼルス、サンフランシスコ、サンディエゴの弁護士グループが、
水曜日には、UberとLyftは州の労働委員から別の訴訟を受け、
カリフォルニア州法の下で従業員に保証された最低賃金、病気の賃金、失業、
その他の給付金の支払いを拒否して賃金の窃盗を告発されました。
[Business Insider] Uber's CEO took a shot at labor groups, accusing them of being driven by 'politics' in the massive fight over drivers' employment status (2020/8/7)
匿名で自分のログを世の中に浮遊させ、そして拾って頂けるのは楽しかったです。
長く続けるとバカなので何処かで絶対にボロが出る。なのに書きたくなってしまった。
再投稿です。きちんと上がらなかったように見えたので、消してしまって、もうええかと思ってしまったのだけど、
見たかったというコメントを見て、少し修正して上げることにしました。こんな駄文にありがとう。
https://anond.hatelabo.jp/20210130001953
https://anond.hatelabo.jp/20210131035752
これらの続きです。
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前回のエントリでずっと4GBのメモリとともに作業していたと書いたが4GB以下が正しい。
最初の現場は128MBだった。あと、盾を鉾と書いていた。この誤字脱字と誤用の多さで私のプログラマとしての質の低さもなんとなく察して頂けるだろう。
◯結婚した話◯
何故か結婚の話が書かれていないという書き込みが幾つかあったので結婚の話から。
30歳を越えてから趣味が充実していた事もあって周囲には煩く言われるものの、結婚を考える事はあまりなかったし、結婚の分岐に入ることが必ずしも幸福につながる選択肢とは限らないと考えていた。
この考えは今も変わらないが私は運良く幸福につながるほうへ入ったようだ。すまんな。
何せ30歳を越えてからは同じ趣味のおっさんの友人たちと焼き鳥屋であーだこーだいいながら企画を練り、イベントを立てたりするのが楽しくて仕方がなかった。
20代があまりにも労働をしすぎた。22歳から28歳までの6年間、年俸制なので一円も残業代が出ないのに月300時間勤務を2年半はやったと思う。最初のうちはISDN接続のテレホタイムでのネトゲが自分のゴールデンタイムであり、息抜きの時間だった。
時代が今なら渋谷凛か風野灯織に貢いでいたことだろう。長い労働時間は人生の搾取だ。
嫁は異業種の人で、友人のボカロPのファンだった。彼のライブに通ううちに顔なじみになり、少しだけ会話をするようになった。
ある時行ったライブが月曜夜の開催ということもあって若い人が多く、ライブハウスの中でスーツを着た客が私と嫁しか居なかったので思い切って「今日はスーツ、我々だけですね」と話しかけ、そこから色々な話をしたのを覚えている。いやらしい。
ボカロPのライブでの出会い、つまり私が結婚出来たのは初音ミクさんのおかげだ。
30歳になったあたりからようやくIT業界に過残業を何とかしようという機運がやってきた事、そして定時で上がる精神的な胆力がついた事で音楽を作る時間的精神的な余裕が出来、人との交流が生まれ、ライブに行く機会が出来たから私のような人間でも結婚出来たのかもしれない。しらんけど。
国勢調査によると35歳を過ぎてから結婚した男性は約3%らしい。私は一生分の運をこれで使った。(正しくは6.8%だと何処かの教授が言っていたが)
自分が居た現場の雑感だと、同じシステム開発現場でも大手SI や 大手SI子会社のほうが結婚している人が多かったように思う。多重派遣はやはり収入面で結婚に対してネガティブな意見を聞くことも少なくは無かった。
若い頃は親にも親戚にも「そろそろ結婚も考えないといけないだろうから派遣社員辞めないとね」と言われたことを思い出した。SESの増田は一度は言われたことがあるだろう。
世間一般的には技術職というイメージよりも派遣社員というメージが強く、収入面も相まって世の中の反応厳しい。
普通の一般派遣と請負の派遣の人が混在している現場が多いと思うが、前者は1人でも派遣が出来、上位会社の現場のリーダーが直接指示をすることが出来るので最近はその方が多いように思う。
ところが、一般の派遣会社として登録するには資本金が多くないとダメで、派遣法が改正されたあたりで資本金が少ない会社は請負の道を選ぶしかない。
そうすると複数人で現場に行き、自社のリーダーに仕事の指示をされる形になる。ただ、コレは守られていない現場が多い。
さらに、大手や大手子会社と取引を直接行うのにも資本金の大きさ・設立してから何年等の条件があったりもする。
資本が少ない会社は資本金の多い「別な会社を迂回して」契約する。そこに多重派遣ができる仕組みの1つがある。上位請負の営業が◯◯社経由しろという場合、利権・癒着の場合もあるのだろう。
新人の時、パワハラの教育担当に私が毎日何度も怒鳴られているのが流石にプロジェクト内で目に余るようになったらしく、私はドキュメント整理という新たな仕事を貰う事になる。
炎上プロジェクトの為、全く作られて無かったクラス図をソース等からRational Roseで自動生成し、体裁を整えて他の設計書も含め印刷をした。同じものを2部作るのだが、何故か同一性保持という理由で一部はコピーで制作。分厚いバインダーに綴じた。
印刷とコピーで休憩もせず毎日終電の生活をしていた時、PMに「広島の二番バッターみたいだなおまえ」と言われたのを覚えている。コツコツやるけど面白みがない人間だと言われたのだ。
要領の悪い私に休憩のタイミングなんて解らなかった。ましてやパワハラマンに使えないと毎日散々どやされ続けた後なので尚更である。
その経験から私は同じプロジェクトに居る若手に「そろそろ1回休んだら?」「いつまで働いているの?増田がそろそろ帰れって言ったって言ってもいいよ」となるべく声をかけるようにしていた。モテそう(モテなかった)
この時、たまたま席が空いているという理由で隣に座っていた方が、のちに難易度が高い事で有名な銀行統合の現場の某SIのトップになっていた。プロジェクトの雰囲気は良くなかったが、いつもにこやかで私のような末端にも優しかったのを覚えている。出来る人は余裕がある。
印刷業務が終わった後、入社してからずっとテストだけをやらされていた1年上の先輩のアベさんと、とうとうプログラムの修行に出してもらえる事になった。
新規開発のプロジェクトである。プログラムも一杯書けてラッキーなのではと思っていたのだが、自社の人間はアベさんと私だけで、あとは上位会社のPMと、更なる下請けで構成されていた。
現場のリーダーも下請けの人で、この人が私とアベさんの教育係という事になった。
自社の営業が初日に来て「この子達よろしくね」とリーダーに伝えた所、「任せてください!」と良い返事をしていたが、自社営業が居なくなった翌日から面白いくらい態度が一変することになる。
何を聞いても露骨な悪態をつき教えてくれず、技術的な質問も一切受け付けない。
流石にアベさんと自社の営業に伝えたのだが、翌日朝私のところにやってきて「チクったな」「自社の人間でも無いお前らに教える余裕はない」と言われてしまうだけで特に事態の改善はされなかった。パワハラ上司の次はこれだ。駅のホームドアは大事なので全駅に付けて欲しい。
救われたのはインターネットが使える現場だった事だ。とはいえ、なんせソースレビューも私とアベさんで互に行うので、技術的な進歩がまるで無い。
ある時、私が書いたプログラムがメモリを使いすぎてフリーズするようになり、問題になってしまった。他にも技術的に問題のあるプログラムを書いてしまった事が続いたのと、リーダーに対してハッキリとモノを言うことも災いし、PMの判断で半年でプロジェクトを出ることになってしまった。
もっとうまく立ち回る事も出来たように思う。しかし、若造は人生の経験値が足りなかった。
多重派遣の大きな問題として、現場ガチャにより環境が大きく変わるというのがあるだろう。2~3年も我慢すれば大抵の場合次の現場に行けるのかもしれないが、短い人生の2~3年は少ない数字ではない。
請負ではなく一般派遣扱いで来る技術者の中には新人なのに1人で派遣されてくる人も多い。そんなのは新人教育とは言えないと思うのだが、どこの会社の募集要項にも新人教育はバッチリと書いてある。
その「新人教育」とやらの実態というのは大抵の場合、外部で行われる初心者研修と、自社の営業が「この子よろしくね」と現場に伝える程度の事でしかない。
社会人としての新生活での不安、技術的な不安、誰が教えてくれるのかも解らない不安、定時になっても誰も帰らない・帰って良いとも言われない、作ったものの品質の不安、数多くの不安を抱えて過ごさなければならない。ちゃんと相談出来る人も現場に居ないのである。
技術的な所は勿論、精神的なケアも必要な時期だと思うのだが、このような体験を20代前半でしないといけないのはどうも無駄な苦労をしているようにしか私には思えない。
ただ、新人が伸びる為に必要なのは「経験者によるソースレビューによる指摘」が必要不可欠だと私は思う。レビューを先輩・上司が行い、新人が書いたコードの信頼性の担保が出来ないと、余計なバグを生み、可読性・メンテナンス性も落ちるだろう。
なによりバグを出してリーダー・PM・顧客に「こいつ大丈夫か?」と思われるストレスの大きさと自信喪失感は長く忘れられない。
余談だが、最初の教育担当のパワハラ先輩とはその後別な現場で一緒になった。しかも彼は会社の倒産後、上位請の会社に転職していたので私に仕事を振る立場として現れたのだ。全く知らなかったので顔を見た時は「ヤバい現場に来た」と焦ったのだが、「あの時は俺の頭がどうかしていた。申し訳ない」とまず謝られてしまった。驚くほど柔和な性格になっていて棘が全て抜け落ちていた。その後一緒のプロジェクトの間はたまに昼飯を一緒に行くまでになった。
約1年一緒に働いたが一度もドヤられる事は無かった。許せるか許せないかは別として、パワハラをするほうにも何かしらの事情や背景があるのだなと一つ学んだ。
社会人1年目の忘年会はゲイのショーパブの観劇だった。そこでアベさんはダウンタウン浜田の高校(全寮制男子校)の同級生というママに唇を「むちゅーーー!!」と音が聞こえるような熱烈な口づけをされ、人生のファーストキスを奪われていた。私は隣でただ震えるしかなかった。
知人もなく上京してきた為、他の社員と交流する帰社日をそこそこ楽しみにしていた私は怒りのあまり社内報に若気の至りで”ボロクソ”に書いた所、社長の目にとまり、翌年から忘年会の幹事を任されることになってしまった。なにせショーパブの観劇は社長の要望だったのだ。
そして、普通の居酒屋で特に弾まない会話をして終了をする忘年会を2年繰り返した。
自社の忘年会を面倒に思うベテラン社員は多く、各現場に電話で来てくださいねと念を押して来て貰ったのに参加者が全然楽しそうではないのだ。
普段それぞれが別の現場に居る人なのでそれほど同僚感も無く、特に仲も良い訳でもないので会話が弾まないためだ。良かれと思って2時間半飲み放題にしたが、本当に盛り上がらない。
「なるほど、これで会話をしなくて良いイベント(且つ社長の趣味)がブッキングされたのか・・・」と理解した。
その経験があり、”自社”に缶ビール等の各種アルコール・ノンアルコール飲料とテイクアウトの料理を用意し、16時開始、17時から随時帰りたい人は帰る。という方式に変えた所、立食(椅子も勿論ある)で仲の良い人の所に居て彼らとだけ話すことも出来るし、色々な人と交流することも可能になった。時間が短いために会話のネタに困ら無い事も功を奏し、思った以上に盛り上がる事が出来た。
子供が出来た今ようやく思うに至ったが、子育て世代も延長保育やパートナーにお願いすることもなく早めに帰れて良かったはず。殆どは17時から続々と退社していたが、以前は無かった有志の二次会組もいくつかあったようだ。参加者にも総務部長にも「毎年これで良いね」と言われ、ほっとしたのを覚えている。
何が正解かは解らないが、業務時間内で終わる自社での短い時間の立ち飲み(椅子席あり)は好評だったので、幹事をやらされがちなSES増田は参考になれば良いなと思う。
基盤まわりの仕事をしていた時、あまりにもプロジェクトでメモリの初期化漏れが頻発して問題となり、プロジェクトのお偉いさんが捻り出したアイデアが「”物理”メモリ全部を定期的に端から終端まで0で埋める」というものだった。
そしてそれをどう実現するか?という会議に呼ばれたのだ。
指を使い「物理メモリを”端から””端まで”全部、プログラムが動かない時間に定期的に一回ゼロで埋めればいいじゃない?」との説明があった。
これは良いアイデアだとご満悦の上役と、違和感を覚えない他のベテランの参加者達。
「まず、仮にこれが実現出来たとして、サーバーが立ち上がった時点でOSやミドルがメモリを利用していますが、どうしますか?OSもミドルも当然落ちます。」
「メモリですが、皆さんが普段変数宣言やmallocで受け取っているメモリの番地ですが、全て仮想メモリのアドレスなのはご存知ですか?」
「我々のような庶民は直接物理メモリアドレスに仕組み上アクセス出来ません」
「物理メモリにアクセスするにはカーネルのプログラミングが必要になります」
「メモリにはユーザープログラミングで触れる事が出来る層と、カーネル層という仕切り、さらに仮想メモリ・物理メモリという仕切りがある為に、堅牢性を保持している云々」
ここまで伝えても皆ピンときていない。文章にすればまだ解るが所為オタクの早口の説明なので当然、私の話術にも大いに問題はある。
もしかして自分が間違っているのか?このままだと私がこの対応をやらされる羽目になる。
私は交渉事でうまく立ち回れる技を持っては居なかった。なので、最後の手段に出た。
「だからこんな方法は絶っっ対 実現できないんですよ!!!」と突然のブチギレ。いや、出来るのかもしれんけど。
一同ポカーン。突然のメガンテを使った私に皆パルプンテ状態になり、
「増田がココまで言うのなら出来ないんだろう」という事になった。
正直、高い技術も必要ない汎用的なシステムの開発現場のなんてこんなものだ。AWSもGitHubも触ったことのない私があえていおう。
最初のエントリーに業務時間内に勉強させろと書いたが、目的が無ければおそらく時間があっても、「私は完全に仕事をしています」という顔をしながらviで青空文庫やアマチュアの小説を読んでいた時間の方が長かったのではないかと思う。