はてなキーワード: 17歳とは
佐藤かよと椿彩菜は若い頃は女の子にしか見えなかったけど、20代なかばすぎるとやっぱゴツいなって思う
30過ぎてパス度下がって同性からもちやほやされなくなってホルモンの影響で中途半端に太ってきて男としても女としてもブサイクになった後の予後がむちゃくちゃ悪いよね。
性別適合手術受けることもせず中途半端に女性ホルモン入れてる人、タマだけ取った人、だいたいメンタルおかしくなるし。
もともとメンヘラとか発達障害が多い界隈だけど、余計に悪化する人ばっかり。天然女が自前で分泌してる女性ホルモンですらメンタルおかしくなる人多いのに、人工的にいじって平気なわけない。
一方、手術して戸籍も変えた人は、普通に「ゴツいおばちゃん」みたいな感じになるのよ。
少子化対策や減税、一回金を集めてまた配るみたいなアホな政策やめて本当に真剣に取り組んだ方がいいと思うんだよね。
私の場合はこの先の見通しが暗い世の中に我が子を産むのは可哀想だと思って産まないと決めた。
その判断は正解だったなって思ってる。産まないと決めたあの頃より今の方が世の中の状況が悪い。
身体的経済的DVを受ける可能性があるから、子供を産まないなら結婚しないほうがいいなと思って未婚。
結婚して子供を持って幸せにしてる友人たちもいるから子供がいる幸せも存在してるということは知ってる。
ただ、そうした友人や可愛い子供たちを見てても産まなくて良かったという感想は変わらない。
外国人による犯罪も多いし、性犯罪も多いのに大して問題視されない。
我が子がいて女の子だったら毎日毎日心配で仕方なかったはずだ。
ジャニーさんの被害者の記者会見で「おじさんに触られたり舐められたりしたんですよ、忘れられますか!?」みたいな発言が確かあったと記憶してるが、男ですらそうなんだから、女性なら尚更だ。(私自身は電車で股間を押し付けられるのと露出狂と卑猥な言葉を投げかけながら延々とついてくるしつこいナンパに合ったことがある。ナンパは逆上させないように断ったり店に逃げ込んだりする必要があるため毎回怖い。触られなくったって怖い)
性犯罪に合う比率は女の方が高いけど男女関係なく性犯罪に合うわけだから我が子が男の子だったとしてもやっぱり毎日毎日心配で仕方なくなる。
若くたって子供だって馬鹿じゃ無いからいろいろ理解できてるんだよ。
小3くらいのときにはすでに大人になったら年金払いたくないなって思ってた。ニュース見てたら普通に理解できたからね、年金制度が少子化で破綻していくって。
今の世の中を見て、今の子供たちや今の若者たちはどういう判断をしていくんだろうね?
産む人は0にならないけど、産んだだけでは国は存続しないからね。一定の学力が無いと他国に負けていくだけ。日本の名が地図から消えるだけ。
安心して産めるように出産費用を保険適応にして保育園と保育士を増やして、まともな人が教育に関わってもらえるように小中学校の待遇を良くしてくれ。(もちろん保育士の待遇も)
モンスターペアレントはすっこんでろ。学校に無理難題投げてきたり無理な対応求めてくるモンペは営業妨害で処せるようにしてくれ。いじめは即通報しろ。犯罪対応は教師の仕事の範疇じゃ無い。
高卒を馬鹿にすんな。進学した人より一足早く社会人になって納税して世の役に立ってくれてるんだぞ。大学進学は必須じゃないって空気作ってかないと勉強する気もないのに進学して既得意識ばかり肥大化しただけの大学生が量産されてしまうぞ。高卒とは関係ないが外国人集めてどうにか定員埋めてるFラン大に税金投入されてるのもいただけない。
GPAなんてアホな制度は無くせ。GPAを気にして大学生は難しい科目や幅広い科目に挑戦しなくなってる。せっかく進学したのに、この制度のせいで学びの機会が失われてる。
12時から映画が始まるのでめずらしく11時以前にベットから起き上がり、準備をする。
ぎりぎり5分前に到着することができた。奇想天外映画祭2023の上映作品の1つだった子供たちをよろしくを観る。
この作品は、当時全米一暮らしやすいと言われていたシアトルに集まってくるストリートチルドレンの生活を撮ったドキュメンタリー映画である。フィルム撮影のどこかぼんやりとしたあたたかい質感やシアトルの賑やかな雑踏によって生まれた浮世離れした空気感のなか、ストリートチルドレンの常に死と隣り合わせの過酷な現実とそんな暮らしの中でも彼らの一抹の輝かしい青春を映し出した作品だった。どの子供達も家庭に居場所がなく街に流れてきて、同じような背景を持った者同士集まり、物乞い、売春、ドラックディーラー、ゴミ漁りで生計を立てていた。そういった生活を送っているせいか、女の子は特にスレた雰囲気を醸し出し、世を見る沈んだ目は中学生には見えないが、何気ない言動や行動、笑っている姿はやっぱり年相応で、どうかこの子供達が安住の地にたどり着いてほしいと願わずにはいられなかった。タイニーという痩せた14歳の女の子が売春で留置場に捕まった時、アルコール依存症の母親は施設に入っており面会に来れず、来てくれた好きな男の子がフロリダへ旅立つと知った彼女の噛み締めるように泣いた顔、同じく留置所に入ったが父親は逮捕されていて会いに来れず、ただ一人きてくれたのは児童指導員だけでその後自殺してしまった17歳の男の子。彼らの抱える深い孤独。観終わった後、暗い気分になる。
帰宅後、英語版ウィキペディアを読むとなんと子供達のその後が簡単に書いてあった。売春婦のまま殺されてしまったり、喧嘩の最中刺されてそ致命傷となったり、AIDSで亡くなったりと20代のうちに命を落とすものもいれば、生き延びて親となった者もいた。80年代の作品ではあるが、どの国・時代にも彼らのような子供たちはいるのだろう。私が育った田舎町では、家庭環境が良くなかった子は中卒のまま街へ流れていくケースが多い。小学校の同級生で一人いるが、元気にやっているだろうか。
「全てが先天的な生まれつきの脳の問題」「親の育て方は一切関係ない」というのは無理があると思うんだよなあ
ケアレスミスだの注意散漫だの忘れ物だのって、どう考えたって後天的な影響で変わり得る要素ばっかりじゃん
全部先天的だと決め付ける方がよっぽど偽科学にしか思えないのに、ちょっとでも親の責任を問うと偽科学認定されるのが納得いかない。
あとホントに誰にでも当てはまるような項目ばっかりだしバーナム効果の見本のような列挙だよね
https://ymcwakayama.sakura.ne.jp/byoumei5.html
DSM-5における注意欠如・多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の診断基準
A1:以下の不注意症状が6つ(17歳以上では5つ)以上あり、6ヶ月以上にわたって持続している。
b.注意を持続することが困難。
c.上の空や注意散漫で、話をきちんと聞けないように見える。
「恥ずかしい言葉」は、その単語の発音を恥ずかしいもの、卑猥なもの、人前で言ってはいけないもの、として、社会みんなでその恥ずかしさを維持しているのた。
子供の時は、辞書の「セックス」のページを開くのも躊躇われ、中学になると「Sex」が丸で囲われた。
中1までは「勃起してんの?」と大声で言う女子がいた。保健の第二次性徴期の単語は割り切った。これを静液と言う。
大学の時はパソコン通信の東京がらくた工房で、JONなるハンドルが「スマンコ」と謝罪しながら何かを言い切る、言わばマントラを作り出し、僕は驚愕した。後に「スキャット マンコ JON」を一度だけ名乗り、その一度が僕の中では今でも続いている。
閑話休題。時は流れて、20代後半のときは2ちゃんのおかげで「マソコ」や「チソコ」と女子も言いやすくなった。ネットスラングの体で言うのだ。「私のマソコも濡れて来ましたよ」。
大阪の女の子は、「その、東京で言う『ま』からの言葉は別に言えるしそうでもないんですけど、同じものの大阪て言う言葉かあって、わかりますよね?、そっちの方は、もう、本当に恥ずかしくてひゃあってなる。その、名前の意味じゃなくて、その行為をすることの意味にもなっていて」「どんなふうにいうんですか?」「えっ、その。。お、おめこしようや。。とか」「へえー」。
その時17歳の女の子は「どこが気持ちいいのかなー?」「え、言えない://」「私のおまんこ見てくださいって言って」「言えない、恥ずかしくて」だったけど、22歳になって見た目も大人びたその子に「今はもうまんこって言えるの?」と聞いたら、「大人になったからってまんこなんて言えませんよ、今言っちゃいましたけどね」と少し早口で言い切った。
時に、さっきまではそんな感じじゃなかったのに、エッチのときに「ペニスが、あなたのペニスが!」と、声に出すことによってより性的興奮を高めたいんだけど、いつも言ってない単語だからちんちんともちんぽとも言えなくて、英語ならハイソ風だしおかしくもないだろうとペニスと言う女性。ピロートークのとき、「まんこ気持ち良かった」「(うんうん)」「私のまんこがって言って」「わた、しの、おまんこ、が。なんか恥ずかしい」。ワイが女性の股間を触りながら、「おちんちん大好き」とリピートアフターミーすると、女性はワイのちんこを触ってきながら、「僕はけいこ、私本名けいこって言うんだけど、僕はけいこの全てにメロメロですって言って」「僕はけいこの全てにメロメロです。顔も身体も気持ち良くてエロいまんこも、髪型も物静かな性格だけどエロくて女の子っぽいところとか、」「本当に?すごく褒めてくれて嬉しい。んーっちゅばっ。キスしちゃった」「僕もお返しに、ちゅっ」「なにかして欲しいことある?なんでもしてあげたい」「ではー、ではー、」。
今、朝の京浜東北線の中で書いてるけど、強姦魔も通勤途中の女性を襲ったら、成功率は下がるだろうな。女性も会社に遅れることが問題で、前向きに抵抗または回避するだろうな。徹夜明けで平日の朝の町に出たとき、いつも考えてた。
さっき、隣の若い女子が明らかにワイの体に頭を寄せて寝ようとしてた。直に伝わる体温が熱くて艶かしかった。結果としてもたれかかるんじゃなくて、最初から狙いを定めることもあるんだな。
一晩せっくす3回した女子が、朝食でファミレスに行って料理を半分こしたり間接キスしたり「ノーパンノーストだからスースーする」とテーブルの下でスカートを扇いだり、結局また昼からホテルになんだけと、部屋に入ってすぐに鏡に向かって化粧直しをして、「すぐ用意するからちょっと待っててくださいね」と髪を縛って。なんの用意かな。
彼女を気取りたいからそうするのだ。多分料理とか作りたいだろうな。私だけの君になって欲しいよだろうな。大事にされたいんだろうな。真剣にずっとそう考えててほしいんだろうな。僕が今までとは違う人生に連れていってくれ、、、
「私のお尻って可愛くない?」と見ると、大きな丸いお尻があった。「可愛くて、後ろから目で追っちゃうような」と適当に言って、触ってキスをすると、「私と結婚したい?」と普通に言った。「結婚したら毎日会えるの?」「セックスは週に2回かなー。でも最初は毎日しちゃうよね。そしたら妊娠もして、もう一人産めるかなー。今日、多分大丈夫な日だから、生でしてみる?ナマって下品に言っちゃった。避妊具着けないで中で射精してみる?」「赤ちゃんできちゃう。。」「その話をしてんの」
始業式から帰ってきた娘の話
娘「担任の先生に『おっぱい触らせてあげるから明日の実力テストの問題教えて』って言ったら『そういうセリフはあと10cm大きくなってから言え』って言われてさ(笑)」
私「おい娘」
娘「私Bカップだから10cm大きくなったらFカップじゃん? だからAちゃんがちょうどFカップだからAちゃんに同じこと言わせてみたらAちゃんは『そういうセリフはあと5cm大きくなってから言え』って言われたらしくって。おっぱい差別じゃん!(笑)」
私「良いのそれ?」
娘「Aちゃんは制服の上から見ても明らかに大きいからしょうがないよ」
娘は笑っているけどこれで良いんだろうか?
同じ30代女性でスペックは対称的だと思うので、便乗婚活します。
34歳/ 関西在住/ 170cm/ 50kg/ 年収150万/ 高校中退
容姿は、17歳から25歳までモデルをしていた程度、スタイルは褒められる方です
31~37歳/関西で会える/ 子供は金銭的余裕があったら欲しい/ 子供が欲しくなければ年収にはこだわらない
男性の身長には全くこだわりません/でも太っている人はごめんなさい
親からの虐待に耐えかね高校を辞め親戚を頼り家を出て、高卒認定をとってアルバイトをしていたところ、スカウトされモデルになった。
なんとなく生活はできても、ストレスでメイクで隠せないほどの発疹が出るようになり、治らず事務所を退所。
そのままフリーター生活なので、ちゃんとした職歴はありません。
映画を見たり、本や漫画を読んだり。ドキュメンタリーを見るのも好きです。
今は「検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? 」を読んでいます。
10代は大学に行きたかったのですが金銭的に叶わなかったので、
料理はできないわけではないですが、あまり作ることは好きではないです。
ネットで揶揄されるような女が好きそうな系統のもの。サラダが好きです。
あまり思いつきませんが、たとえば相手の友人たちと遊ぶ、とかはキツそうです。
最初は容姿で好きになられるのですが、容姿通りではない中身に幻滅されるというパターンが多いです。
しっかりした自立した女性だと思われるのですが、受け身で、現実は低収入低学歴ですし、鬱もちです。
低収入なので低収入なりの生活をしていますが、ミニマリストではありません。
「異性として魅力を感じられて、価値観の合う人がいいな」とは私も思うのですが、
なにより安心できる家庭を築きたいです。
ただ、自分が相手に何をできるかと考えると、自分はただのテイカーなのかな、とも思います。
(元増田の人と一緒で、「メッセージ」とか「TENET」とかの映画は、好きです!)
どういう人が私には合うのか、そしてどういうふうに努力していけばいいのか
高校も卒業していない自分は結婚相談所に登録するのは無理だろうと思います。
家庭を築きたい、という目標を叶えるにはどうすればいいのか、そして単純にやりもくに騙されないようにするにはどうすればいいのか
高1の時に俺の親友が同じ学校だった彼女(嫁母)を妊娠させてしまった。
嫁母は高校を中退したが、嫁父は学業を続け、高卒で就職することが決定した。
17歳の若さで嫁母は玉のように可愛らしい女の子(嫁)を産み、俺もそこにちょくちょく遊びにいっては赤ん坊を抱っこさせてもらった。
当時の俺は抱っこしているベイビーが未来の嫁になるとは知る由もなかった。
高校卒業後、嫁と親友は結婚し、結婚して2年目に親友が事故であっけなく亡くなってしまった。まだ21歳の若さだった。
親友は即死では無かったので、最期の時には何とか立ち会う事が出来た。
死の間際、彼は俺に「これから成長していく娘を見られないのが残念だ。
どうかあいつらが幸せになれるようにお前が助けてやってくれ」と言い残した。
その遺言通り、俺は嫁の成長を見守るつもりだったけど、当時はまだ大学生の俺に力になれることは何一つなかった。
嫁母は就職しようとしたが、職歴も学歴もないヤンママにまともな仕事はなく、夜職になってしまった。
彼女は高校生で妊娠したことで親に縁を切られていたので実家に戻れなかった。
何年かして、次第に嫁母は子供を放置して遊び回るようになった。
俺も嫁母に「嫁ちゃんのことも考えた方が良い」と忠告したのだが、嫁母は聞く耳を持たず、
俺が大学を卒業して就職した頃に嫁母はロクでもない男と再婚してしまっていた。
嫁は継父に邪険にされて育ち、弟妹が次々生まれると家事育児を押し付けられるようになって、家族旅行には連れて行ってもらえず、継父の親戚の家に預けられる始末だった。
嫁の小学校のランドセルは親戚のお下がり、文房具は地味な百均だというからかわいそうになって俺がキティちゃんの筆箱や鉛筆を買ってやったこともある。
そしたらそれも妹に奪われて嫁は「俺君が買ってくれたものなのにごめんなさい」と号泣していた。
可哀想になって、嫁以外の家族が旅行に行く時は「親戚に預けるぐらいなら俺に預けろ」と言って、俺が預かるようになった。
元々、継父の妹夫婦に無理やり押し付けて嫌な顔をされていたらしいから、この申し出は喜んでもらえたぐらいだった。
もちろん、20代の独身野郎が小学生を家に泊めるなんて普通はしないが、当時は彼女と同棲していたから、できたことだった。
家族に夢の国にも、北海道旅行にも連れて行ってもらえない嫁のためにとびきりお姫様扱いをして、おしゃれなカフェとか、遊園地とかデパートとか連れて行ってやった。
彼女も最初の数年間は「妹が欲しかった!」と言って可愛がってくれて、嫁も俺たちを「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼んで懐いてくれた。
しかし、嫁が年頃になって美しく成長してくると彼女が嫁に嫉妬するようになってしまった。
当時の彼女もそれなりの美人だったが、20代後半になって美貌を失ってきているのを実感しているようだった。
反対に嫁はこれからどんどん大人の女性になっていく。不安でしかなかったのだろう。
極め付けは彼女の「嫁ちゃんってあなたの娘でも親戚でもないんでしょ。嫁ちゃんが私より大事ならお嫁さんにしてしまえば!」というセリフだった。
それをまだ15歳の嫁がいる前で吐き捨てて、彼女は同棲していたアパートから出て行った。
さすがに30代前半のオッサンのアパートにもう連れてくることはできないので、
嫁に「今度からは外で会おう。俺が結婚したら、また家に呼べるから」と言ったところ、
「私じゃダメですか…?」と言われた。
「どういうこと?」
「私、俺お兄ちゃんのお嫁さんになりたいです。」
「な、な、何言ってるの!俺、嫁ちゃんのお父さんの親友だよ!嫁ちゃんの両親と同い年なんだよ!」
「彼女ちゃんが私に嫉妬していたように、私もお兄ちゃんの彼女に嫉妬していました。
私は子供だから相手にしてもらえない、彼女ちゃんは大人の女性だからいつかはお兄ちゃんと結婚する、それが怖かった。
お兄ちゃんの結婚式で綺麗なウェディングドレスを着た彼女ちゃんを想像したら素直に喜べるのだろうか…。
彼女ちゃんが俺くんそっくりの坊やを産んだら、心から祝福できるだろうか…。
そんな黒い気持ちばかり抱えてました。
彼女ちゃんじゃない、他の女性がお兄ちゃんと結婚しても同じこと。
「嫁ちゃんは早くにお父さんを亡くして、お母さんや継父に育児放棄されてきたから、お父さんを恋しい気持ちを俺への恋心と勘違いしているだけだよ。」
「そんなことは…ありません!」
「普通、嫁ちゃんぐらいの年齢ならジャニーズが理想でしょ。それが普通だよ。俺みたいなオッサンなんてとんでもない。」
「私の大好きなお兄ちゃんを卑下するな…!私はお兄ちゃんが好きなの!
私が幸せになるように助けてあげてってパパが言ったんでしょ!?だったら、その約束守ってよ」
「パパは俺と結婚しろという意味でそんなことを言ったんじゃないよ」
「形はどうであれ、私を幸せにしてくれるのはお兄ちゃんしかいないの。だから、私と結婚さてください」
「ごめん、本当に申し訳ないけど、嫁ちゃんはまだ中学生だ。子供をそんな対象で見られない。結婚だってできない。」
「じゃあ、3年後、大人の女性になった私を見てください。俺くんに相応しい大人の女性になりますから。」
嫁は高校からは寮に入って男女共学の理系の進学校に行くことになっていた。
を見つけるだろうと思ったから、俺はもう嫁に会わないことにした。
どうせ、嫁の継父や嫁母は学費と寮費だけ払ってあとは放置するだろうから、俺が図書カードやら、スタバカードなどは時々送ってやった。
その間に引っ越しを済ませて新しい住所は教えなかった。
しかし、高校を卒業したあと、嫁は俺を探し当てて俺のところにやってきた。
ていうか、田舎だから、事情を知らない友達(嫁父との共通の友人)が勝手に教えた模様。
苦笑いしながら「もう行くところがないんです」
嫁の継父は学歴がある女が嫌いでいまどき、女子大生亡国論を信じているような時代遅れなやつだったし、妻の連れ子のために大学費用を払ってくれるようなやつではなかったらしい。
「学費は俺が出すから進学しなよ」と言ったが、「お兄ちゃんのお嫁さんになるのが夢だったから」と言って専業主婦になった。
俺みたいなおっさんの下にウルトラキュートでお肌ぴちぴちすべすべのボンキュッボンの美少女が嫁にくるなんて開闢以来の出来事だろう。
どちらも学ぶ内容は似通っているからだ。
しかし、その上で文学部と法学部まで併願するのは理解ができない。
高校で長い期間をかけて大学入試のための勉強をしておきながら、大学の4年間で何を学ぶべきかを決めなかったの?
文学と法学とでは学ぶことは大違いだけど、併願するってことはどちらを学ぶことになっても構わないってことなの?
大学入試時は最低でも17歳だけど、それだけの年齢になっておきながら自己を確立できなかったの?
例えば私だと、中学の理科で電気回路の問題を解くのが好きだったよ。
高校の理科でも物理を選択して、そこでも電気分野が好きだったから大学でも電気を学ぼうとしたよ。
工学部の中でも電気系の学科は他の学科に比べて就職が有利で、インフラ関係などの安定した企業に就職できるからという理由もあるけどね。
大学受験ではいろいろな大学を受けたけど、全て電気系の学科を受けて、機械・情報・建築などの他の学科を受けることは無かったよ。
残念ながらセンター試験であまり点数が取れなかったから、国公立大学はあきらめて地元の私立大学に進学したよ。
大学入学後は大学の勉強と併せて電気主任技術者(電験)の勉強をして、在学中に資格を取ったよ(それでも、一番簡単な第三種のみだけど)。
そして、高校生の時から考えていた通りにインフラ系の企業に就職したよ。
私の話はこれくらいにして君の話に戻るけど、慶応大に入学できるくらいに勉強してきたのに、なんで肝心の大学で自分が何を学ぶかについて無頓着なの?
低レベル高校生が、大学に進学できるならどこでもいいとFラン大学を受験して、学部も適当に選ぶのとはわけが違うはずなのに。
君は早稲田大も受験したのだから、おそらくは偏差値の高さで受験する大学を選んだようだけど、大学の偏差値が高ければ学部なんてどうでもいいの?
大学で何を学ぶのかさえ、どうでもいいの?
低レベル高校生の愚かな進路選択なんて興味ないけど、私より遥かに勉強ができる人の進路選択について興味があるから答えてくれるかな?
>17歳の女子高生と75歳の老婦人、BL漫画をきっかけに繋がった二人の友情を描く『メタモルフォーゼの縁側』がPrime Videoで配信開始!
https://twitter.com/iso_zin_/status/1680792662717366273
正直、こういった文章を書くのは批判の的であり、読んで不快になるであろう人間が大多数だということを分かった上で、書きたいから書く。
最初にしっかりと明言しておくが、言い訳したいわけではなく、僕は僕がした罪、行いを許してもらおうとは微塵も思っていない。一生をかけて償わなければならず、一生忘れずに背負い続ける。そうして当然である。
被害者に刺されて死ぬのであれば、当たり前だ。そう覚悟して今生きている。それを分かった上で、吐かせて欲しい。
当方、現在アラサー。祖母が住んでいた家に恋人と二人で暮らしている。僕はフリーターであり、恋人は製菓業界で働いている。養われていると言っても過言ではない。
在り来りと言えば在り来りなカップルなんだろうが、自分には在り来りという言葉では片付けられない過去がある。
そもそも、母親は子育てに向いていなかったらしく、兄には過度の期待を寄せストレスで精神破壊し、僕には殴る蹴るの暴行で罵声を浴びせかけた。らしい。
「らしい」というのは、僕自身は殴られた記憶がない。よく聞く解離とかではなく、シンプルに思い出せないし、そんな思い出が無い。虐待自体の記憶はある。
大人になってから母に聞いたところ、「私は色んな虐待をしていた。だから貴方が人を傷つけてしまったのだと思っている。」と自白している。本当っぽいし、嘘をついてる風でもない。なので事実としてここに書く。
思い出せるものといえば、小学3年生まで床やパンツに放尿し糞をする僕を、家から締め出し、「自分で食ってみろ」とスプーンを渡され、自らの糞を食わされそうになったこと。
家からそう遠くない河川敷に車で連れて行かれ、「もう捨ててやるよ」と置いていかれそうになり、それを兄が泣きながら止めてくれたこと。
母からの虐待の記憶は、これくらいであり、僕自身は、「まぁ時々いるヒステリックな親だよな」くらいにしか思っていない。僕がおかしいのだろうかとも思うが、大して気にしていない。
勘違いしないで欲しいが、これが世の常識みたいに思ってるわけではなく、許されざることであり、もし友人がこんな親になろうものならぶん殴り通報する。僕が僕に大して、どうでも良い記憶として処理してるだけである。
小学3年生までと書いたが、小学3年生になり、僕がトイレで大便小便ができるようになった時、母からの虐待が止まった。
どこが契機だったか定かではないが、確実に母の心へ衝撃を与え、虐待を止めたのであろう出来事がある。僕の作文だ。
道徳の授業だったか忘れたが、「お母さんへの気持ちを書いてみましょう」みたいな授業だった気がする。
僕は虐待されていたにも関わらず、母親のことが大好きだった。ほぼ依存だった。たった一人の親だった。そんな僕が書く作文には、「おかあさん、ぼくのことを、うんでくれて、ありがとう」と書いていた。
心の底から思って書いたわけじゃないことは覚えいている。なんて書いていいのかわからず、「とりあえずみんなに見られて構わないことを書こう」みたいなことを考えて書いたことで、褒められたかったんだと思う。
先生がそれを、家で母に読んで聞かせてこいと言うので、読んで聞かせた。直後、母から抱擁された。
とても、とても力強く抱きしめられたことを覚えてる。苦しかったし、意味がわからなかった。ただ、抱きしめられて嬉しい気持ちはあった。大人になってからあの時のことを聞くと、「自分がどれだけ酷いことをしたのか、心の底から申し訳なく思った。」と言っていた。母自身も、子供とどう接していいか分からなかったが故の虐待だったのだろうか。
それ以降、母は虐待することなく、むしろ僕のことを甘やかし、欲しいものは全て買い、やりたいことを全てやらせてくれた。
結果、どんな子供が出来上がるか。
自己中コミュ障チー牛オタクの誕生である。物心つく前からの虐待により、僕には人との話し方がわからなかった。人の気持ちも理解できなかった。
そうなると人間、居場所や仲間を求めるもので、僕はMMOとネット掲示板に傾倒した。その末のチー牛である。
中学生時代は黒歴史そのもので、学校ではオタク友達とボカロと歌い手について語り、やれ鏡音リンレンが可愛いだの、やれこの歌い手が今アツいだの、自分達だけの世界を堪能し、家に帰れば仮想世界に入り浸り、非現実的な刺激を求めた。
この先の話に大事なことなので書くが、僕の性癖はこの第二次性徴で歪みに歪みまくった。ロリとレイプ物の動画や同人誌にのめり込んだのだ。
後に精神科に罹り、勉強する中で知ったが、幼少から虐待された人間は、自分より弱い立場、弱い存在に大して加虐的になる傾向にあるらしい。性のエネルギーが向くのも想像に容易い。
そんな歪んだ僕は、ネカマと公言している当時高校生の男の子と、マビノギで結婚するくらいには頭がおかしくなっていた。「男でも可愛いじゃん」と。今でもその性癖が残っているというのが、思春期時代での振る舞いの大切さがよく分かる。
あまり詳しく書くと、コミュニティガイドラインに抵触する恐れがある上、人によってはフラッシュバックを誘発する可能性があるので、抽象的に留めるが、僕は性犯罪をした。
時期は中学2年生のとき。13歳だった。相手は当時8歳。更に高校生の時、17歳だった。相手は18歳。どちらも性犯罪。
1度目は13歳ということで犯罪として扱われず、施設に入り、2度目は正式(?)に逮捕され、留置場に入り、少年院に送致された。
結果的に今、再犯せず社会生活をしているわけだが、自分が幸せにした人の数より、不幸にした人の数のほうが圧倒的に上だ。
何故、性犯罪を犯す人は再犯率が高いのか。そもそも何を考えているのか、加害当事者として、考えてることを書こうと思う。不快にする内容であるのは百も承知している。けど、耐えられなくなってしまった。申し訳なく思う。
僕は虐待されていたからか、因果関係は定かではないが、人との関わり方、感情の読み取りが苦手だった。先生が怒っている顔をしていても怒ってるのかわからなかったし、悲しそうな人を見ても何とも思わなかった。
自分の感情を抑える術も知らず、何時しか、自己正当化するようになっていた。
相手はこれこれこうだから、こう言われても仕方なく、自分は正しい。そういう思考が常になり、自分以外が間違えていて、自分が最も正しいと勘違いしていた。
ここまでは、割とある話だと思う。小学生中学生は皆、自分のことを正しいと思っているだろうし、大人でさえ自分が正しいと疑わない人がいる。
だが、性犯罪者、もっと広く言えば、依存症者。これらは「認知の歪み」が生じている。一先ず性犯罪が「依存症」なのかという話だが、以前関東にある、性依存症専門の精神科に通った時の先生の話では、依存症であるらしかった。
もちろん、依存的でない性犯罪もあるとは思う。僕は知らないが。
「依存症」という病気と「ただの依存」の違いは何かという話では、「依存症は代替が効かない」、「ただの依存は代替が効く」という違いだと言う。人は電車やバスに依存しているが、最悪それが無くとも徒歩や自転車で通学や通勤することができる。
依存症患者は、そうやって代替することができず、依存している対象「のみ」に執着する。故に治し方を知らなければ治せないとのこと。
僕はこの話を聞いて、「あぁそういうことなのか」と納得した。
話を戻す。依存症における「認知の歪み」とは、考えれば当然であることなのに、あたかも当然でないように考え、自分を矯正してしまっていることである。間違った捉え方、考え方とも言える。
道行く美女或いはタイプな女の子に対して、「触りたいな」と思う心を「社会的にダメだろ」と抑制することができることが正しい認知であるが、「認知の歪み」があると、これが変わってくる。
「触りたいな」と思う反面、「ダメだろ」と思うのだが、「でも触りたいし」「でも今触らないと勿体ない」「周りに人いないし叫ばれなければ大丈夫」と、自己正当化する思考が頭の中を占拠する。「自分は間違えてない」と、強烈な自己暗示をしてしまうのである。僕も例外ではなかった。
自分より弱い存在を見つけ、虐げ、凌辱する術を探した。何が何でも自分が正しいと思い込んだ。
よく「何いってんだコイツ」という供述をする犯罪者がニュースになる。「目を合わせてくれたから好きなのかと思った」「露出の多い服を着てるから触って欲しいのかと思った」、こういった供述や発言は、認知が歪んでいないと出てこない。
こういった歪みを正し、矯正することができれば、所謂更生することができる。
僕の通った精神科では、専門の性依存症カリキュラムがあり、ほぼ毎日15時頃から18時頃まで講義のようなものに出席し、運動をし、帰宅するというスケジュールだった。
認知の歪みを直すというのは、簡単なようで難しく、性に関することのみならず、日常生活における思考すらも省みて、全ての視点から自分を見ることを要求される。更に先生や周りの同じ講義を受けてる人間からの第三者視点を交えて、初めて矯正できる。
1人で悩み、1人で解決しようとしても、見ている視点は自分からのみで、そもそも何が歪んで何が間違ってるのかわからないので修正しようがなく、人の力を借りられなかった性犯罪者は、ほぼ必ず再犯すると言っても良い。
ストレスが関係していて、ストレス解消すれば治ると思っている人もいるが、間違いでなくとも正しくはない。例えば性犯罪を犯すことでストレスを発散、より細かく言えばドーパミンを分泌し多幸感を感じているとして、別の方法で同じことをしようとしても、
性犯罪を犯したことのある人間にとって、性犯罪を犯すこと以上にドーパミンを分泌するものが無いのである。ご飯を食べることや寝ること、セックスすることでドーパミンが分泌されるが、比にならないのだ。
だが、禁煙禁酒断薬と同じく、認知の歪みを治し、断てば断つほど欲求は減り、自制心で抑えることが出来るようになる。「認知の歪み」が治せていることが前提である。考え方が変わってなければ結局再発する。
話が逸れたが、結果的に僕は比較的良い方向へ持ち直す事が出来、現在は性犯罪への欲求はほぼ無く、趣味や恋人とのコミュニケーションでストレスを上手く解消している。
ストレスが溜まっていたとしても、溜まっていることを自覚し、自分の感情や欲求に振り回されることは無くなった。
しかし、結局は性犯罪者であり、生きている価値があるかと言われれば、多分ない。
事実、不幸にした人の数を数えれば、両の手じゃ足りない。
ある日、通っていた精神科の先生に、この悩みを打ち明けたら、衝撃的なことを言われた。
「傷つけた被害者のことや、被害者の家族のことを考える必要は無いよ。関係ないから。」
僕は全くそうは思えなかった。僕は加害者であり、加害者は一生を持って償い、幸せに生きることは許されないと。
けど、冷静に、理屈で考えてみれば、確かにそうだとも言える。関係ない。
僕がどれだけ反省してもどれだけお金で償おうと、どれだけ謝罪しようと、被害者が幸せになるか。ならない。 何なら僕の顔、声、文字すら認知したくないだろう。
なら僕が死ねばいいか。死んだら被害者は幸せになるか。ならない。 一時は恨みを晴らした気分になり、今後同じような被害者が増えないことを喜ぶだろう。けど幸せに成るかと言われれば、僕が死ぬことのみで成るとは思えない。
そして、何よりも、過去は変えられない。やらなければ良いに越したことはないが、やってしまったものは、どうしようもないのであり、既に過去であり、「今」この瞬間には存在していない。
理屈で考えれば考えるほど、「過去」というのは学びとしての価値はあれど、「今」の自分の持ちうるリソースを割いてまで悩む価値は無いと思えてくる。
性犯罪加害者が、そう考えていいのか? 多分社会は許さないだろう。罪を犯したら、犯した者は同等の傷を負わなければならない。でなければ、傷つけ得な世界になる。
少なくとも僕は、先生のような割り切ったというか、吹っ切れた考え方はできない。やはり僕は犯罪者であり、人を傷つけた者であり、背負い続け苦しみ続けなければならないと思う。
ただ、僕にも曲がりなりにも過保護なバカ親が居て、何故だか出会ってしまった恋人がいて、こんな僕でも見捨てないでいてくれた友人が居る。この人たちは、幸せにしなくてはならないのではないか。
いつ何時でも「今の僕を被害者が見たら」と思う。きっと殺されるだろう。でも、これもまた、起こってもない未来、「今」存在していないものに対する気持ちであって、「今」この瞬間に横にいる恋人には関係ないのである。
だから、最近は人を幸せにすることが、せめてもの責務なのではないかと考えている。フリーターだが、時々ちょっとだけ贅沢できるくらいの生活で、恋人も僕も満足していて、誕生日にはサプライズでケーキを買う。
これで良いのか。これで良いのだろうか。
色々考えるが、やはり「今」は「今」。忘れてはならないが、背負いすぎて不幸にする人を増やす方が、よっぽど社会に迷惑極まりない。
二度と再犯せず、二度と同じ過ちを繰り返さず、二度と母親にあんな顔をさせない。それだけが、僕の最低限守るべきもので、あとはただの我儘だよなと思う。
拙い文章だが、ここまで読んでくれた方が居たならば、ありがとう。非難轟々でも構わない、ただ、耐えられなくなってしまって、思うがまま書いた。人に見られる前提で書いているのが気持ち悪いが。
ちなみに、恋人や友人は僕のしたこと全てを知っている。包み隠さず全て話した。
恋人に関しては、「今の〇〇さんと関係ないし興味ない」と一蹴された。いいのかそれで?いいならいいんだろうけど。
被害者に関しては、捕まった後に賠償金や謝罪文を申し出ても、軒並み断られている。
総じて考えていることは、「二度と私の人生に登場しないでください」ということだと思っている。本当に、申し訳なく思う。