はてなキーワード: てっぺんとは
これは完全にオタクのエゴだけど、好きな人にはいつまでもギラギラしててほしい。メディアに出るような立場ならなおさら。
私はあなたたちのギラギラしてて何事にも本気で臨むところが好きでファンになったから、「昔はてっぺんを取りたいと思ってたけど〜」なんて発言求めてなかった。過去の話にしてほしくない。
「結果的に楽しく笑えれば〜」って発言については、精神も肉体も削られる大変な仕事だってわかってるしそこに楽しさを感じていないとやってられないだろうなとは思う。
メンバー同士仲が良い事に越したことはない。でもそれはお互いをライバルと認めた上で技術を磨いて切磋琢磨して、固い絆が結ばれてた結果だと思ってた。だから仲が良いところが好きだった。馴れ合いばっかりして腑抜けてしまったらどこかの先輩Gのようになるんじゃないの。
「てっぺん取る」って言葉を信じて応援してきたけど、なんだか拍子抜けした気分。
ただのオタクがアイドルに理想を押しつけちゃいけないってわかってる。でもそのアイドルだってファンに理想を求めてるよね。
「ファンのみんなにはいい恋愛を経験してほしい」とかさ、もうそれは恋愛をしてる自分を正当化するために言ってるんだろうなとしか思えない。実際そうなんだろうね。ずっと見てきたから貴方が恋愛体質だっていうのはわかってるよ。
ただ仕事には、ファンの前には絶対に持ち出さないでほしい。自身が輝くために恋愛するのは勝手だけど、寸分も漏らすな。
そのせいで私の大好きなアイドルグループの質が落ちると思うと悔しい。許せない。
それでも嫌いになれないどころか大好きだし、今のところは応援しようと思ってる。
冬の間週二日の休みは天気が悪くなければ必ず車で二時間ほどで行ける雪山へ行く。
彼の休みは水曜日と日曜日なので連休ではない。連休は盆と正月以外は一切ないし有給休暇みたいな物もない。仕事に対してもまじめで休日にもまじめに取り組める旦那を尊敬する。私だったらそんなスケジュールで働いていたら休みは一日寝て終わってしまう。
車を買うときは四輪駆動以外候補にもならず、休みの日の前日、朝まで仕事や飲み会があっても朝5時までには帰宅し、そのまま準備をしてリフトが動く時間までに山へ向かう。
当然小遣いじゃ週二日も雪山には行けないので、安く仕入れた板や機材をリカバリーやメンテナンスをしてフリマサイトで売り払いスノーボード資金を年間通して貯めている。
もちろん、彼と出会うまで雪山なんか行ったことなかった私を漏れなく連れていく。
それぐらい彼はスノーボードが大好きだ。
もちろん見るのも大好きで、今期のオリンピックはハーフパイプの平野君が金メダル候補だったこともあり決勝を楽しみにしていた。
だが丁度決勝の日は彼の休みの日で夫婦で雪山に行く事にしていた。
録画をセットし、結果を家で万全にワクワクしながら見るために全ての情報を遮断。Facebookは見ないようにし、道中携帯電話に速報が入らないように私がアプリの通知を切ってあげた。同じく速報が入るラインニュースはブロックした。
レストハウスにテレビがあり、もちろんチャンネルはオリンピックに合わせていたのでわざわざちょっと離れたところにあるテレビのないセンターハウスでお昼を食べた。
喫煙所でもわざと「今日帰って結果見るの楽しみだね」みたいな話をして、結果を言うなオーラを夫婦で出した。
思いつくことはすべてやった。
が、彼は不意に結果を知ってしまうことになる。
雪山に放送局があり、ラジオ放送のようにDJがしゃべっていた。
朝からオリンピックの話なんか全く口にしていなかったのに、競技後の放送時間枠で当たり前のようにDJは平野が銀、王者ショーンホワイトが表彰台のてっぺんに戻ってきたことを告げた。
苦情を言ってやるとまで言い出す位怒った。
旦那の言い分としては
「こんなド平日に雪山に来てる奴は、家で真昼間の決勝戦を見ようと思えば見れる奴らだ。でも見ないで雪山に来ることを選んだ。
そういうやつが沢山いるのに、俺みたいに録画して帰ってみるのを楽しみにしてる奴らもいるはずなのに、結果を言うなんて最低だ。」
と今まで見たこともないぐらい怒っていた。
私的には確かに旦那の言い分も間違ってはいないと思うのだが、情報が勝手に入ってくるようになった現代でもう旦那の言い分は通らないと思う。
結婚して3年たち、今まで見たこともないような怒りをそこで出すのかと驚いてしまった。
しかも憤る怒りではなく、冷静に淡々と怒るほうのあれ。怖いやつ。
結果を聞きたくないという旦那に協力はしたしそれは楽しかったのだが、なんだか旦那がすごく理不尽な事に怒る自分勝手な人なんだなと思ってしまった。
確かにこれから映画を見ようというときにトイレや喫煙所で自分がこれから見る映画を見終わった人達が感想を話しているのにイラっとすることがある。でもその人たちは少し考えてないだけで特に悪いことをしているわけではない。
今回のDJだって、自分の仕事をしているだけで思いやる必要があるわけではない。どちらかといえば、結果を伝えなければならない立場の人間だと思う。
50年も生きてて、「個人的な楽しみを妨害された」というだれにでも起こりえる理不尽に耐えられないのかとなんだかすごく残念に思った。
長々と書いたが、言いたいことは「そんな子供みてーな事で怒ってんじゃねえぞ」って事です。
チェインバーが荷受けなどの仕事をはじめた。レドは手持ち無沙汰で笛をつくっているが、エイミーの話を聞きながら自分でも働きたいと思うようになり、いくつかの職場をまわる。就活はうまくゆかず、牧場で牛糞倉庫を見て逃げ出したのを最後に戦線離脱。
警報音とともに凪となる。ガルガンティアの電源が落ち、各スタッフはメンテナンスと休憩にはいる。ピニオンとエイミー、レドをバーベキュー大会に誘う。海に面したひとつの艀の上が会場。チェインバーが艀の端に降りると艀は傾きちょっとしたビーチがあらわれる。海水浴のため水着になった少女たちは戦闘服のレドを押し倒しパンツ一丁にしてしまう。エイミーの友達や弟、主治医の先生などもあつまり焼肉大会の準備がはじまる。
宇宙育ちで地球2日目のレドはカナヅチ。エイミーに手をにぎってもらってバタ足の練習。肉を焼きはじめるピニオン、電源が復旧しないことのほかにある忘れ物に気づき、その調達をレドに託す。
真面目なレドは任務をもらったと意気込むがピニオンはちょっとおもしろがっている。
任務を帯びてひとり船体の奥へ向かうレド、パンイチにアロハシャツ一枚で向かうのはゲイバー街。レドをみオカマたちは発狂、レドの捕獲をこころみ追撃をはじめる。レドはおもいっきり仕事のオファー、それも好待遇のオファーを受けるが本能的に逃走。ともかくにげまわり、さいごは塔のてっぺんの階段から落下。落下中のレドはエイミーのカイトで救けてもらい、ルートを教えてもらった上で目標付近で降下。再度パンイチ状態でゲイバー街に突撃。ゲイバー街のかたすみ、ついに目的地、占い師のばあさんの店にたどりつくレド。レド、パンツは無事だがアロハがぼろぼろ。ともかく荷物を受け取ったレド、覚悟をきめてパンイチのままふたたびゲイバー街に突入。
艀の上。
ピニオンがチェインバーの装甲板の黒いところで肉を焼き始めている。
客が増え肉はたらなくなりそう。そこにレド、ブツをもって帰還。パンツは無事だがアロハシャツは大破、上半身と顔はキスマークだらけ。ブツはレミーマルタンの瓶だが中身は婆さん特製の焼肉のたれ。この焼肉大会は就活がうまくいかないレドをはげますためのものだった。エイミーからもらった焼肉をほおばるレド、うまさに笑顔。こんどはタレをつけて焼肉をほおばる。あまりのうまさにショック。チェインバーは装甲板の黒いところをフライパンにされていた。最後まで状況を理解できないチェインバー。
ふと危険遊具として撤去、固定され使えなくなった遊具について調べてみから悲しくなった。
回転ジャングルジムがなくなったのは聞いていたが、シーソーやブランコなども無くなってきているそうだ。
子どもは怪我をして痛みを知って「危険」を学ぶのにその機会を奪うのはどうなんだろうか……ただでさえ「家の中でゲームばかりするな!外で遊べ!ただしボール遊び禁止!後うるさいからどっか行け」と言われているのに。
一体、現代の子どもたちはどこで何をして遊べば良いんだろうな……。
私自身、すごく頑丈な体だからかジャングルジムのてっぺんから足を滑らせて落ちても、高く漕いだブランコからうっかり手を離して吹っ飛んでも、アスレチックの木の柵から別の遊具の網まで飛び移るのを失敗して鉄のパイプに頭を打ち付けても痛い思いをしただけで骨も折れなかったし、ちゃんと健康的に大人になった。
だから正直、危険遊具と呼ばれる遊具が危険だと思えない。ぶっちゃけ過保護すぎだろ…とも思う。
もちろん老朽化で危険なのは撤去しても仕方ないと思うのだが、まだ比較的新しいものまで禁止するのはどうなんだろうか?
まだまだ成長期で一番自分の体の使い方を色んな体験をして知り、鍛えていく時期だろうに……遊び場も遊び道具も奪われた子どもたちの体が心配だ。
小学五年のときの話。俺は友達と、取ってつけたような狭い公園でサッカーもどきをしていた。そこにバイクに乗ったおっさんが声をかけてきた。この辺で水が飲める場所はあるか。俺たちはやはり取ってつけたような公園内の手洗い場のことを伝えた。地域の人と交流を持ち、親切にしましょうって教えられてきたからな。おっさんは水は飲まず、俺たちの遊びに加わった。
しばらくサッカーやキャッチボールをして、ジャングルジムで遊ぶことになった。おっさんはてっぺんに登った俺たちの股間をさりげなく触ってもんだ。俺は何をされたのかさっぱりわからなかったが、嫌なことをされたというのはなんとなくわかった。おっさんがその前後に平然として顔色一つ変えず、親切なおじさんの顔をしていたのがショックだった。おっさんは俺達の家がどこにあるのか聞いた。近くににあるマンションかと聞かれ正直にうん、と答えてしまった。地元の小学校なのか、親は普段家にいるのか、何時頃帰るのか。おっさんがそれを聞いて何をしようとしていたのか、今でこそ考えるだけで身の毛がよだつが、当時ただのハナタレ小僧だったから、正直に話した。嘘はついてはいけないと教わっていたからだ。やがてベビーカーを押した同じマンションの人がたまたま遊びに来て、俺達の方を見て何かを思ったのか、増田くん、その人は誰?と聞いてくれて、おっさんは今思えば焦って逃げるようにその場をあとにした。その後も俺たちは同じ道で登下校し、同じ公園で同じような時間に遊んでいたが(なんとなく親には言えなかった)おっさんに会うことは二度となかった。幸運だったと思う。俺たちはどう考えてもスキだらけだったから。おっさんが誰なのかは分からないが、激痛と苦しさのあまりすぐに死にたいと思いながらもなかなか死ねないという苦痛を味わいながら、じわじわ死んでほしいと思う。
全く、年代ずらしのフェイク年表まで出してくる奴がいるんじゃ先が思いやられるな。
俺はあのころまだ20代だったが、当時のはてなはまだそんなに派手じゃなかった。新興のwebサービスとして3年、渋谷にようやく移ってきたってのが2chで話題になってたくらいだ。
スター合戦が起きるのはこの後で、確か発端は東京オフィスの竣工祝いだって聞いたな。なんでもシャンパンタワーで乾杯していたはてなエンジニアの一人がロリコンで、誰かの連れてきた幼女(ショタ説もある)に「ツリーのてっぺんのお星さまが欲しい」って言われたのがきっかけらしい。
池田先生は確かに当時から有名だったし、ジュリアナブロガーも多かったけど割とヨロシクやってた幹部もいたって話だぜ?
初代のKは当時から不動産じゃかなり有名で、業界で語り継がれてるのは立ち退きボーリングって遊びだ。買い占めた土地で不法占拠を続ける民家にダンプを突っ込ませる手法くらい聞いた事あるだろ? 普通は数件になるまで待つんだが、Kの場合はそれを10件くらいからやる。玉も一つじゃ物足りないから、って5台6台の盗難車を集めてきて自分で配線引き出して制御系を直接組むんだよ。
で、幹部でそれぞれのトラックに賭けて、後は一斉にスタートさせる。まぁ詳しい事は省くがこの時に頭角を現したのが一点張りで大勝ちしたOと、二代目のK、それに懐刀のMだ。
Oの武勇伝は多いが戦後の成金をマネて「どうだ明るくなったろう」をリアルにやったり、セルリアンタワーの能楽堂(当然貸し切りだ)に呼び出したパニオンを全裸で整列させて寿司デリで女体盛りをさせる能楽女体盛りなんかが有名だな。まぁ大人しそうに見えて危ないやつなんで犯罪に関わる部分は伏せるが。
二代目についてはあまり詳しい説明はいらないだろうし、Mについては金融関係だから別の機会にしよう。
とにかく初代とOは派手だった。損失も出したようだが不動産サイトに本業を移したみたいだから、今後もまだまだ暴れていくんだろう。
おっと長く成り過ぎちまったな。
ともかく創業者達は光り輝いてたよ。好き放題にやって贅沢の限りを尽くし、webに輝く星になるんだってのが口癖だった。
今にしてみると――、そうだな…、当時の若かった俺からすれば、本当にスターだったのは彼らなのかもしれない。
見てるやつらもがんばってあんな風になってくれ。
じゃぁな。
部屋の中でマフラーする人ってカッコいいよね。
中尾彬です!
かれこれここに書き続けている増田も
もう何回になったのかしら?
ここ、
噴水があって、
そこから円錐状に
先日その点灯式があったの。
賑わってたわよ。
山下達郎フェアーに向けて大忙し!
大変なんだろうけど、
もうこれは冬の風物詩として
仕方ないわね。
あいたたどんどんどん級だけど
サンタさんはやって来てくれるはずよ!
ノーラッドにサンタさんを見付けてもらいましょう~
うふふ。
もういったいハロウィーンはいつに終わったのよ的な感じだけど、
パンプキンには罪はないわ。
美味しいんだもの。
濃いめに作っておいた
ジャスミンティーをお湯で割る、
濃いめに作っておいて、
お湯で割るスタイルも
便利で良いわよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張ろう~おー!
友人に美味しいご飯屋を知らないと聞いたら「エチオピアへGO」とLINEで返信が来た。
調べてみるとカレー屋だった。
私は子供の頃からカレーの王子さまが大好きで、辛口に挑戦したことがなかった。なんとなく怖かった。
今日は少し気分が良かったので人生何事も挑戦と思い入店し、チキンカレーを注文した。
辛さが選べるらしく、私は適当に15倍にした。
いやぁ。まいった。
インドカレーやらタイカレーやらを一度も食べたことなかったので、この辛さにはまいった。
辛いというか、なんか凄いスースーして、汗ダラダラで、頭のてっぺんから何かが出ていきそうで、ひいひい言いながら食べた。
途中曼荼羅が見えそうになった。
でも、辛さは直ぐに引く。
いやぁ!!衝撃的な体験だった!!
こういうカレーってすっごい美味しいのね!!
35年間生きてきて初の体験!!
他にも色んなお店行ってみたい。
彼とは友人の紹介で出会った。前情報から趣味も合いそうだし、写真も好みだったし、早く話してみたいなと思ったうえで顔合わせ。
うん、やっぱり好みだった。なんというか、ピンときた。彼の頭のてっぺんからつま先まで全部いいと思ったし、一晩にして惹かれてしまった。人を好きになったのなんて、いつぶりなのか。
彼とは連絡先を交換して何回かデートした。おしゃべりは毎回はずんだ。劇場でミュージカルを観た。おいしいクラフトビールを飲んだ。不思議なかき氷を食べた。少しお高いオムライスとハンバーグを食べた。デミグラスソースかトマトソースかで言い争った。美術館に仏像を観に行った。海辺の花火大会へ行った。終電に2人して駆け込んだ。東京のど真ん中でベロベロに酔っ払った。帰り道に初めて、ほんの少し手をつないだ。
そうして、ひと夏で我々は仲を深めた。両思いだった。お互いそう確信していた。口にはしないけれど。
お互いに20代後半。
私のほうは恋人とか結婚とか諦めてた。でも、こんなふうに突然、こんな恋愛ができるなんて、人生捨てたもんじゃないって思った。毎日楽しかった。彼のことが好きで、彼といるととても楽しくて、知らない自分にも出会えた。
単純なことに、仕事にも張り合いが出て、新しいプロジェクトを任されたり、自分から積極的に手を挙げたりした。何もかも意欲的。うん、人生順風満帆。
しかし、何事も終わりは突然やってくる。
彼とは一緒にいられなくなった。私のとある一言がきっかけで「自分たちはこの先、うまくやっていけないね」と言われた。
意外にもこれは、私も同じ意見であった。そういうところも気が合ってしまうんだなー、と冷静に思う。
私のとある一言はここでは明かさないが、紛うことなき本心であったので、そこで食い違うならばこの先は一緒にいてはいけないと、私も判断した。発言したのは意図的ではない。だからこそまさに本心だったわけだけれど……。
(ここで自分を庇っておくけど、友人いわく「たしかに、どっちが悪いということでもなくて、お互いに譲れない信念なんだろうね……」とのことです。毎年誕生日には100万の指輪くれなきゃイヤ!とか言ってないです)
すごく好きになった相手と、その相手から好きだと思ってもらえても、付き合ったり結婚したり、というわけにはいかないのだと、20代後半にして気づいた(もちろん私が特殊なだけだとは薄々……。好きな人と結婚して幸せそうな人はたくさん見てるし)。
だから?私にはもう恋愛結婚は無理だと諦めて、おととい結婚相談所に登録してきた。担当の方に「一緒にがんばりましょうね!」といわれた。そうだね、がんばらないとね。
正直いうと、未練がいまになってわいてきてしまった。だからここに書いた。「思い出」として昇華してしまいたい。向こうの連絡先はもう全部消したし、共通の友人にも(ぜんぶ終わった後だけど)事の顛末はすべて共有済み。友人には結婚相談所に登録したことも言った。後戻りはできない。彼のことを好きだったことも良き思い出とする。
大人の恋、っていうか自分勝手な私に恋は難しすぎた。まじ無理ゲーだろ。お互いに好きなのに!一緒になれないとか!なんなの!!!頭ではね、わかってますよ!でもね!そんなに簡単に割り切れるかよ!!!あーあ!ばーかばーか!!!
とか思うけど、まだひとこと何か伝えられるなら、
私の後輩は誤字が多い。沢山の一般的な漢字を間違って覚えている。
初めて気付いたのは「更」という漢字。一次担当の後輩が手書きした社内用の処理票を精査していたある時、「更」のてっぺんから「吏」のように棒が突き出ていた。急いでいて勢いよく書いてはみ出したのか、と思っているとその後も毎回同じ書き方。そこで漸く「この人は間違えて覚えているのだ!」とわかった時は衝撃的で、自分にとっては初めての経験だった。
一度気付いてしまうとあらゆる間違いが目に入ってくるものだ。書き方以上に弱いのは同音異義語。後輩にかかると「実績」は「実積」、「台帳」は「台張」、「協議」は「協義」だ。小学校〜中学校で定番の漢字ドリルは重要だと改めて感じさせられる間違え方である。
もちろん、最初の頃は本人に誤字であることを伝えていた。社内のみで使う資料とはいえ、上司も目を通すし恥をかく前にフォローして訂正するのが後輩の為だと思ったから、後輩の自尊心を傷つけない程度にさりげなく話すよう心掛けた。しかしそれを繰り返すうちに、私は指摘することに疲れてきてしまった。
何らかの事情で学習機会に恵まれなかったならまだわかる。その場合は本人にも「漢字が書けない」という自覚が多少あるだろうし、わからなければ調べて書く可能性がある。意欲があれば正しい漢字を覚えようと努力するかもしれない。
しかし話を聞く限り後輩の家庭環境は一般的で、偏差値45前後の大学を浪人留年せずに卒業している。そんな後輩は漢字を誤って覚えている自覚がない為、自分の書いた漢字が正しいと思って疑わない。おそらく学生時代真面目に漢字を勉強しなかった、ただそれだけなのだろう。
誰かに指摘されなければ一生このままかもしれない後輩に対して、私は先輩としてどうするべきか。しばらく考えた結果は「手書きの誤字があっても原則指摘しない」だった。手書きするのは社内で使う帳票のみだし、顧客と対面でのやりとりは発生しない業務だし、書面はWordで作成済の規定フォーマットを使用する為顧客に誤字を含む文書を送付する可能性は限りなく低い。顧客からのクレーム発生率が低いのであれば、後輩が社内でひっそりと恥をかくのは自己責任だと思うことにした。後輩指導は先輩の役割だと理解しているし、後輩の学習機会を奪うのは申し訳ないが、国語の先生役までは流石に引き受けられない。
そう思うようになって早数ヶ月。「ああまた間違っている」と思いながら誤字を見逃す度に、何かにさくりと刺されたような小さな胸の痛みを感じる。これは他人事ではなく、自分も同じ立場になり得るし、誰かに諦められているかもしれないことはわかっている。せめて自分が一般常識レベルの漢字を習得していることを確認するためにも、久々に漢字ドリルでも解いてみようか。帰りに本屋に寄ってみようなどと思いながら、今日も私は澄ました顔で働いている。そして後輩は漢字を間違え続けるのだろう。
生後5ヶ月、やんちゃ盛り。
カゴから出せば元気いっぱい室内を飛び回り、部屋に吊るしておいたブランコを全力で漕ぎ、でもやっぱり人の肩や手に何度も戻ってくる。
なんだか楽しそうで何よりだ。
でも四六時中放鳥してたら飼い主が疲れてくるし、鳥にとってもメリハリのある生活は必要だ。というわけで1日2~3回、毎回1~2時間カゴの外に出してやるのが日課になっている。
では遊んだ後、どうやってカゴにお帰りいただくか。
鷲掴みにして強制送還はやらないようにしている。背後から掴まれるというのは小鳥にとって猛禽類に捕獲されたような恐怖感があり、絶対ダメなんだそうだ。
そこでひまわりの種を手のひらに乗せておびき寄せ、そのままカゴに入れてしまうことにした。これならあまり強制された感じもなく穏便に帰ってくれる。
ところがこの方法、ここ数日どうも見破られている気がしてならない。
理由もなしにひまわりくれるとか絶対怪しい、とでも思っているのだろうか。
ついに、ひまわりの種をひったくって高いところに退避し、そこでゆっくり食べることを覚えてしまった。
山のてっぺんで食べるお弁当はおいしいねえ、みたいな気持ちもあるようで憎めない。日頃からおやつをあげると時々高いところで食べている。
こいつは皮をむかないと美味しいところにたどり着けない穀物で、一心不乱に皮をかじって身を開こうとしている。自分の乗っている手がカゴに向かっていることなど気にもかけずに。
これでしばらくは苦労せずに済みそうだ。
カップやアンダーがなく、バストウエストヒップなどで語られる胸囲が全てなんだろうな。
だからエロゲで桜ちゃんの胸は85のEカップなんて女キャラが言ってしまったりするのだろう。
女からしたら85Eか、すげぇふくよかな女性ですねってなってまう。
ブクマにサイズで検索してもイメージしにくい感じの人が居たので補足すると、アンダーはおっぱいの下の所の胸囲で大きいほどふくよか。
スリムな女の子で65くらい桜ちゃんもアンダーで言えば65E、平均的体型で70から75くらい、85はギリギリ普通の下着屋さんにサイズが用意してあるけどデザインはおばさん向けが多いくらいのふくよかサイズ、おっぱいの下の部分が桜ちゃんのおっぱいのてっぺんサイズ、服で言うとLからXL。
どうしても無理で5cmのものを履いてたけど。
その間、ほとんどずーっと立ちっぱなしだった。昼休憩は20分しかないようなブラックな環境だった。
とにかく足が痛くて痛くて毎日辛かった。
見た目的にはヒールが好きで、学生時代も長時間歩いたり立ったりしないときは履いていたけど、長時間勤務は物理的に不可能、くらい無理だった。
当時は気付いていなかったけど、私の足はギリシャ型というらしく普通の人と足の形が違う。
人差し指が長く、横幅も広い。ついでに甲も高い。
普通の形のヒールを履き続けていると5本の指が靴の中でおかしな形に圧縮され続け、薬指と小指にマメができる。
そんな状態の足で立ち続ける日々が続いた。
とにかく何もせず立ってるだけで足が痛いのだ。
当時は他の人と足の形が違うという事実に気づいてなかったので、何故みんな平気な顔をしてヒールを履いているのか不思議だった。
今は足の形がおかしいと分かったので、ヒールを履くのをすっぱりやめた。
オーダーメイドで作ったり、ギリシャ型向けの靴もあるようだがもういいやと思って履いていない。
今の仕事はヒールだろうがスニーカーだろうが何も関係ないし、誰も何も言わないのでありがたい。
ヒールって本当に辛い。
「スタージュエルを探すには少しだけコツがいるんですよ」と先輩は、はにかみながらそう言った。
僕は先輩のその笑顔に、叶わない想いを寄せていた。
先輩と知り合ったのは半年前だ。東京の大学に進学し、新しい生活に少し馴染んだ僕は、生活費のアテのため、バイトを探すことにした。そして、たまたま募集されていた有名な芸能事務所の事務補助という名の雑用係に運良く採用された。先輩は若草色のジャケットに身を包み、よく働いた。先輩の笑顔は素敵だが、怒らせるとおっかなかった。
よく晴れた冬の日に、先輩に声を掛けられた。「今度の金曜の夜は空いてますか」と。今週末の金曜日は満月でありーー月が一番きれいな夜だ。
先輩の話によると、事務所に保管してあるスタージュエルの在庫が少なくなってきたらしい。スタージュエルの用途は色々あるが、芸能活動を行う上で、必要不可欠なものだ。今度の定期配布会に備えて、今のうちに採りに行く必要がある。僕はダウンジャケットを抱きしめ、使い捨てカイロの性能を恨みながら、東京のタワーのてっぺんで先輩の到着を待った。ーーどうやら早く来すぎたらしい。
僕が到着してからしばらく待った後に、先輩は来た。そんなに張り切らなくてもいいですよと、先輩は笑ってくれた。
東京タワーのてっぺんから、月に向かって線路を伸ばす。やがて線路は月に届く。線路をタワーの土台にしっかりと固定し、線路の上にゴンドラを載せた。ここから月までは40分ほどかかるらしい。ただ乗るだけなら持て余すがーー先輩と乗るには短すぎる時間だ。
月に向かうゴンドラの中で、先輩は僕に水筒に入った温かいお茶をくれた。そして、仕事のこと、学校のこと、恋愛のことを少し話した。
月は東京以上に冷え込んでいる。重力は軽く、草も生えない。先輩の運転する車でスタージュエルが降る場所へと向かう。雲のない澄みきった大気を縫って、車は走る。
しばらく走った後、目的の場所に到着した。事務所が管理しているスタージュエル採石場は思いのほか近い。僕はドアを開け、冷たい空気を吸う。
そこは一面の綺羅星だった。
「スタージュエルはその名の通り、星の宝石であり、かけらなんですよ。宝石って、どうやって出来るか知っています?」
「ええと、確か地中のマグマが固まって出来るんですよね」
先輩は片目を閉じて、「うん、だいたい正解ですかね」と言った。
「スタージュエルは夢のかけらなんですよ。無くした希望、失った夢、叶わない恋。そんな星になれない想いが積もり、固まってスタージュエルになる。こんなにも綺麗なのに、星になれずに、月の片隅で埋もれて光ることしか出来ない。切ないですよね。ーー悲しいというよりは」
「叶わない想いだから、夢になれないかけらだから、こうして光輝くのかもしれません」
僕は先輩の横顔を眺めながら、
「僕の光も、ーー先輩の光も、いつか消えてしまうのでしょうか?」と聞いた。
「消えない光はないですよ。しかし、明けない夜もない。付いたり消えたりを繰り返しながら、私たちは生きていくしかないかもしれませんね」
これを読んで県内一二を争う底辺校(比喩ではない)勤務時代を思い出してニヤニヤしていた。
ニヤニヤできる理由は簡単で、「ああ、昔はこんなこともあったなあ」と。
てっぺん手前は日常茶飯事、家庭訪問に行ったら数時間軟禁、修学旅行に行けば生徒が補導、
でも今に比べれば楽だったと思っている。そう、俺の勤務先は定時制高校、もちろん夜間。
まず日本語が通じない。比喩じゃなくって。外国籍が全体の1割近く。
日本国籍だけど親(母親)が外国人(フィリピンかタイ)で日本語が怪しいのを入れると2割ぐらい。父親はやけに高齢(70過ぎ)パターン。
発達障害は普通、知的障害(軽中度)とか普通にいる。中学校が特別支援学級だったのも全体の1割強。(この時点で1/3が何らかの理由で日本語を相応に使いこなせない)
あとは不登校。文科省の指針(年間30日以上)に当てはめると7割ぐらいが不登校。年間欠席100日超(残りは適応指導教室に行ってて出席扱い)×3年とかいう強者はゴロゴロ。
当然高校生の授業なんかできないし、やってもそもそも理解できない上に教室にいない。統失とかリスカとかじゃ何とも思わない。
学校全体でも半分以上、旧俺のクラスで8割弱が欠損家庭(母子家庭、父子家庭、保護者が父母以外の家庭)。どうして児相に保護されないのかというレベルのネグレクトもたくさん(だから服が同じやつ・臭いやつが多い)
たばこで捕まるやつが少ないのは、金がなくてたばこに手が出ないからだ。「働きながら学ぶ」定時制高校で、正社員が全校で二人だっけ。
だがそんな俺も今年は耐えられそうにない。今年のクラスはひと味違う。
まず特別支援学級出身者が一クラスに2割以上(通級は現時点で不明)、具体的な人数ぼかすために割合で書いてるけど、特別支援学級・特別支援学校高等部の学級設置基準超えてるからね?
要保護・準要保護(自動車を持っているので生保が降りない)でこれも半分近く。例の不登校基準に該当しないやつ(「するやつ」ではない)が数人。
親が1級手帳持ちとか、あと今はやりの代理ミュンヒハウゼン症候群臭いのも何人かいて(中学校からの引き継ぎは「子供が具合が悪い(嘘)、と言って休ませる」)面倒。
モンペとかクレーマーというか、そういうレベルじゃないのがもうてんこ盛りらしい。
ただ、中学校からこういう風に情報が来るのはまだましなレベル。特学在籍は要録の写し見ればわかるようになってるけど通級(普通級に所属して時折特学で授業をやる)だったことを隠す中学校は多い。個別の支援計画も引き継がなかったりする。
で、4月がもうすぐ来るわけだよ。なんの対策もできない状態で。
どうか俺が次の年度末を迎えられるように祈ってくれ、頼む。