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はてなキーワード: 本屋とは

2024-01-22

人と遊ぶとき選択肢がお喋りしかない

友達と遊びに行くとき、まあ行きたい場所あったら行くんだけど、特に何もすることなとき喫茶店とかでだらだら長話してる

で、店出て、本屋かなんか行って、ご飯食べながらまただらだら喋って解散

人と遊ぶときパターンがほぼこれしかない

これはこれで仲いい友達となら普通に楽しいんだけど、そんなに仲良くない人と遊んだときうなっちゃうんだろう

皆何して遊んでるんだ 服とか見てるの?

2024-01-19

anond:20201204234440

福岡おいで。

中心街でも空港まででも地下鉄15分

ジャンパーだけ羽織ってスマホさえ持って外に出れば、パスモも持たずとも、カフェ本屋ブティックも何でもある。

世界一大濠公園公園も充実

2024-01-18

わずに終わった性被害

今更かよって感じだけど(現在30歳)、小4の時イオン本屋さんでいきなり知らないおじさんに股間触られたことある。すれ違いざまに。その時は驚きと恐怖と誰にも知られたくない気持ちでいっぱいで誰にも言わなかった。その男の顔は忘れたけど今でも耳元でした荒い息遣いだけはハッキリと覚えてる。

からと言って男性不信になったり、PTSDを起こしたりしたことはないけど(多分)、基本ほんのり男の人が嫌い。

こういう表面化してない性被害って多分たくさんあるんだろうね。小児性愛者、否定はしないけど、心の中だけに留めといてくれ。

田舎でひとり暮らし確定してて鬱

22年間大阪市内暮らしてきて春から社会人なんだけど、関西一人暮らしすることになった

鬱でしかない

具体的な地域は伏せるけど大阪ではない

それから、何県に行くかは分からないけど県庁がある市には住めないことも確定してる

(例えば京都だったら京都市以外の宇治市とか宮津市かに住むってこと)

本当に嫌だ

住む可能性のある地域賃貸をちらほら見てみたけど、しょっぱい物件しかない

築30年2階最寄り駅から30分とか

から30分とか本当に考えられない、というかどんな立地なのかピンとこない

今までに何回か引っ越し経験したけど、どんだけ離れてても最寄り駅から10分ぐらいだったか

あと2階なのも無理 虫来るじゃん エレベーターないのも嫌 嫌だけど2、3階建てのアパートとかしか見当たらない

本当に嫌だ 休日にふらっと梅田に行けない日々が始まる

ロフトとかでかい本屋をうろうろするのももうすぐ出来なくなる

田舎って何が面白いんだ?

仕事帰りの帰り道はきっと真っ暗でひっそりしてるんだろうな

はしゃいでる大学生とかももう見れないんだろうな、一人で寂しく帰るんだ

なんでこんな仕事選んじゃったんだろう 仕事に不満はないけど勤務地だけはネックだ

というか、20代辺鄙場所で過ごすって本当に勿体無いんじゃないかと思う

周りは都会で彼氏デートしたりしてるのに私は田舎仕事するだけってことでしょ

人生をドブに捨てようとしている気がしてならない

田舎好きな人ごめんな、まだ住んでもないのに文句ばっか言って でも本当に田舎嫌なんだよ

2024-01-16

英語できない人ってずっと逃げてきたんだよな

英語学習なんて小学生から言われてることだし(指導要領になかった世代外国人と触れ合うみたいな授業はある)、大人になってからも「英語やろうね!」みたいな薄っすらとした合意がある。

本屋に行くと、そこそこ大きな書架の一つが英語コーナーになってるというのもそれを示してる。公共放送であるNHKは当然のように英語を学ぶ番組放送している。

こんな社会英語ができないって、色々なことから目を背けて生きてきたんだなってわかるよな。一事が万事

[] 2024-01-16

どうあるべきという話を聞きすぎて、どうありたいかを忘れてしま今日この頃です。

かに行動に伴う責任倫理というもの重要です。

しかし誰かの意見絶対ものであるかのように錯覚してしまうのは自分を見失う第一であるように思うのです。

何が悪いことであるのか、ということは、いい大人なのである程度わかっているはずなのです。

ところが、インターネットテレビでは、平気で一線を越える輩を目撃します。

差別正当化したり、特定の人の利益のために経済についての嘘を言ったり、誰かを頭が悪いと見下したり、バズるために誤解を生み出したりすることです。

そういう蛇たちの情報に影響されすぎて慣れてしまうと、自分が信じている善というものが混乱してしまます

私はインターネット趣味なのですが、情報に触れることから遠ざかった方がいいのかもしれません。

コンピュータに触るのは仕事だけにする。コンピュータに触らずにできる趣味を作る。

コンピュータ汎用性があり、文書閲覧、ゲーム動画映画コミュニケーション小説お絵描き絵画の鑑賞、勉強、こういうものコンピュータがあればできてしまます

しかし汎用的だからこそ、人につけ込む隙があり、搾取の道具にされています

私はコンピュータを使ってこの文章を書いていますが、もしかすると誰とも共有せず、紙のノートに書くべきなのかもしれません。

社会からの目を意識すると、自分とは異なる何かが手を動かし始めるのです。

ではコンピュータを使わずにできる趣味とはなんでしょうか?

普段なら、趣味検索コンピュータを用いて行うところですが、それではダメなのです。

自分の頭で考えて、必要ならば本屋図書館で本を探して、アナログに立ち返ってみること。

目的のための最短経路を一発で掘り当てるのは、もうつまらないのです。

ゆっくり旅路を楽しんだり苦しむ余裕こそが重要です。コスパタイパを意識して映画倍速再生するなんていうのは令和時代病気です。

仕事では最適化コスパ重要かもしれませんが、人生全体に対してそれを適用する必要はないのです。

そして「楽しみを最大化」なんていうのもまた令和の病気の一つでしょう。

ぼーっとする無意義な時間があってもいいし、楽しめないと思ったTVシリーズや本を最後まで見てもいいのです。

私は子供部屋おじさんなので、家の家事もっと手伝うことができます

風呂場の掃除洗濯物の取り込みしかしていませんでしたが、自分が使った食器を洗うぐらいのことはできるでしょう。

家族と過ごす時間を増やすこともできますし、昼休み時間散歩に出かけることもできます。あるいは朝冷水シャワーを浴びてリフレッシュすることも。

「めんどくさい」などと言っているから、スパイスが足りなくなるのです。

あらゆることをコンピュータ上でやろうとするのも、最短経路を一発で掘り当てようとするのも、結局はめんどくさいという怠け病です。

おそらく私が失っているのは、自分らしさというよりは、人間らしさです。

箱の中に閉じこもる生活をやめて、両親の家庭菜園に加わった方が楽しめるかもしれません。

2024-01-13

電気屋に行って特に買うものもないのにずっと徘徊して何か見てるタイプの人が何が楽しいのか全然分からんと長いこと思っていたけど、つい最近都心の上から下まで建物全部本屋になってるビルに行ったら何も買わないのに4時間居ても足りなかった

季節柄か気分の落ち込みが続いて鬱っぽくなってたけど、本屋行ってから気分の落ち込みが気にならなくなったからすごい

ブックカバーをしたがらない本屋

最近本屋での会計時にブックカバーをするかしないかを聞かれないことが増えている。コストカットなのかもしれないが、だったらamazonで買うよ、ってなる。ポイントとかも付くところもあるが、管理が面倒くさい。

東京駅付近再開発で無くなった本屋は何故か建設会社経営していたが、書籍卸に経営権が移譲された途端、色々コストカットしてその本屋のしおりとかも無くなった。本を購入後に、近くのカフェで一つ一つの本にその本屋のしおりを挟むのが楽しみだったので、その他の「改善」策が逆に本屋をつまらなくした点もあって、その本屋に行かなくなった。

そもそも本を何冊も買うとなるときに、日本本屋では会計時にやや迷惑感がある。本を沢山買う人は、amazonで買うのがもはやマナーなのかもしれない。

「謎のコストカット」「本屋での体験を作れない」「本を大量に買う人の需要軽視」「使いにくいITシステム」などなど。それらは、薄利多売、付加価値を生むことが出来ない商売感覚、雑な顧客解像度、今までやってきたことをこれからもやりたい願望の表明、日本ダメ商売典型である気もする。

結局amazonレコメンドレビューシステムを通じて新しい本に出会う機会が多いので、自分はこのインフラ繁栄していくことを最も重視するべきなのだろう。日本本屋業界リーダーがダサすぎるのは、少し残念だが。

本の中の君はすこし柔らかい

今の世の中には情報がいっぱいある。

新聞雑誌自己啓発本解説書、小説漫画テレビ、講演、病院での診察、インターネットだけでも、このはてなブログのようなブログ一般的記事YouTube動画ショート、それらに対するコメント占い電話相談...いろいろ、いろいろある。

今、少々込み入った片想いをしている。

込み入った、と書くと変な感じがするが、そこまでではなくて、ただ、通常はあまりしない、望みがない、成就したとしてもその後がとても大変、みたいな感じ。しか普通の人には相談できない系。

そんな片想いしていることに気づいて以降、色々な情報に触れた。

特にインターネットについては、googleを立ち上げては過去チャレンジャーたちの成功・失敗談、それに対するコメント恋愛テクニック、心の整理のしかた等を毎夜毎夜、休みの日は一日中読み込んだ。YouTubeもいっぱいいっぱい観た。観てしまった。

片想いってえらいもので、いつもその人が頭にいるんだよね。

から、この成功・失敗談やいろんなコメント、全く関係ない文章を読んでいる時だってYouTubeを観ている時だって日常生活の中でもいつもその人が頭にいて、「あの時の行動の裏ではこう考えられちゃったかな」、「このアクションはどう思われるかな」、「やっぱり恋人がいるのかな」とか「奇跡的に上手く行っても、やっぱりその後大変な思いをさせてしまうかな」等など考えてしまう。

そんな状態で床に就くものから当然に眠れるはずもなく、読んだ記事コメントYouTuber達の解説が頭の中をぐるぐる回り、そのまま外が明るくなってしまうような日々が続いた。その人を考えることで、思い出すことで、心が潰される。吐き気がする。

デジタルデトックスと称してインターネットから離れてみたけれど、一度心にこびり付いた焦げってなかなか取れない。何もしていない時間ができてしまうと、ふとした瞬間にフラッシュバックして、胸のあたりが締め付けられる。呼吸が荒くなる。仕事中もそのことばかり考えて、集中できない。食欲なんて当然無い。

限界が近いかもしれない。


そんなとき、某結婚相談所成就事例を紙で読んだ。

第一印象はどうだったとか、それがどう変わって行って結婚を決意するに至ったか、みたいなことが書いてあって、成就事例として載っているぐらいだから、まぁ良い話なわけ。

だけど、読んだ後心を締め付けてる殻がちょっと緩んだ気がしたんだよね。何十年って生きてるけど、自分の心のしくみにそんな一面があることを初めて知った瞬間だった。


それに気づいた次の日、本屋平積みにされていた優しい表紙の短編集を買った。最近はもうkindleで買うことが多いんだけど、今は紙の本がいいな、って。

まだまだ心の焦げにはその人がいるから、登場人物雰囲気の似ている人が出てくると、どうしても重ねてしまうのは止められない。だけど、インターネット記事コメントを読んだりYouTubeを観ている時に出てくるその人への感情が、自分の心に棘を突き刺す存在に感じてしまっていたのに対し、本の中で出逢うその人は柔らかく寄り添ってくれて、ガチガチに固まってしまっていた心を、解きほぐしくれるような存在に感じた。ふとした瞬間に心がザワザワしても、本を開けば、すーっと氷が溶けるように、心のモヤモヤが晴れてゆく。

今は真っ暗な中にいるけど、光の方向へ一歩、前に進めるかもしれない。情報の波や逆風に負けきらないかもしれない。うん、大丈夫なような気がする。

もう少しだけ本の中の君と時間を過ごして、いろいろ整理がついたら、自分にできることをもう一度始めようと思う。

2024-01-11

「地下のナマズが暴れると地震が起きる」説はいつごろ廃れたのか、について調べていた

おおよその流れは掴めてきたので一旦ここにまとめる

結論から言うと、明治元年1868年)ごろから急速に地震信仰は失われたと思われる

天保元年ごろ(1830年ごろ)

高野長英蘭学者

『泰西地震説』を執筆

オランダ辞典をもとに、地震がなぜ起きるかを科学的に説明した内容を翻訳した

安政元年(1854年

安政の大地震

鯰絵が大流行した

しかし「鯰絵が流行した=民衆地震の原因を鯰だと信じていた」と等号で結んでいいのか?という点はちょっと怪しいと思っているのだが……

というのも江戸時代末期の時点で、江戸の町民はお化け妖怪実在をどうやらあまり信じていなかったように資料を見ていると思えてくる

お化け妖怪実在を信じない人が地下の大鯰を信じるというのは不自然に思える……という感覚21世紀に生きる人間感覚だろうか

『泰西地震説』が世に出ておおよそ20年後出来事

『泰西地震説』は学者が読むような専門書で、一般民衆にはあまりまれなかったのだろうか?

江戸時代にもいくらかは民衆が読むような蘭学書が流通していたようなのだが、地震の原因を科学的に解説するようなものはなかったのだろうか?

当時は陰陽五行思想を信じる人が多かったはずなのだが、この思想では地震をどのように説明している?

ここは特に追加調査必要

鯰絵について語られた本でKindleで買えるものが無いため、追加調査図書館本屋資料を入手してからになる

明治元年1868年

小幡篤次郎、後の慶應義塾長、『学問のすゝめ』を福澤諭吉と共著した人物

天変地異』を執筆

小学校教科書にもなった本

雷、地震彗星、虹といった自然現象に科学解説を行った本

地震原理について、『泰西地震説』で解説された内容とだいたい同じ説明がされている

こういう本をわざわざ出版する必要があったということは、これに書かれた知識は当時広く知られていなかった……とみることができるか

明治元年でいきなりこんな教科書を出すとは正直驚きを感じる

西欧に追いつこうという強い意欲が見える気がする

明治初期の就学率は今と比べると低くはあるが、この本によって一部の若者に対して啓蒙が行われた

これによって明治に生きた若者地震鯰を迷信と見なすようになったのであろう

明治に書かれたエッセイ新聞記事を探したい

「私の父は地震鯰のような俗説を信じていてやれやれだ」みたいな記述がこの時代にもし存在すれば嬉しいのだが……

また、教科書ではなく大人が読むような啓蒙本はどのようなものがあったのだろうか?

追加調査必要

民俗学方面からばかり攻めていたが、明治維新に関する読み物を探すのもありか?

明治13年(1880年

横浜地震

M5.5程度で揺れはそこまで大きくなかったようだ

この地震体験したジョン・ミルンというイギリス人地震研究に関心を持ち日本地震学会を創設した

明治24年(1891年

濃尾地震

安政の大地震以来の巨大地震という言及が当時の新聞にある

科学者が地震調査のため派遣された、のような記事新聞に載っている

大正12年1923年

関東大震災

このときいくらかは鯰絵が描かれたようだ

ただ「鯰絵が描かれた=民衆地震の原因を鯰だと信じていた」にはならないだろう

大正15年(1926年

井上江花、新聞記者

『江花叢書』第1巻

当時のエッセイ的な読み物

関東大震災に対する四方山話からの流れで「地震と大鯰」という題が名付けられた項がある

一部引用する

鯰説の根拠は物識りに聴かなければ確かとしたことは分らぬけれども、志那傅來であることだけは疑ひもない。大地の下には大鯰が生棲して、平生は辛抱強くじつとして動かぬけれども、どうかした拍子に其の尾鰭を動かすと大地が震動するのであると云ふので、我邦では正直に之れを信じ、

「正直に之れを信じ」という表現から、今は信じる人はいないというニュアンスを読み取る

1926年時点で安政の大地震はおおよそ70年前くらいか

「おじいちゃん子どもの頃は地震の原因は鯰だと思っていてね」と語る人がいてもおかしくない年数だ

科学とか西欧合理主義流行った結果、地震信仰のような俗説が廃れたんだろうなあ

ひと段落したら明治大正を生き延びた俗説で何か面白いものがないか調べてみたい

あと、柳田國男著作をまだどれも読んでいない

先に読んだ方が民俗学視点が備わって調査の全体の見通しがたつかもしれない

日記

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明治時代より前の時期の日本において、「なぜ地震は起きるのか?」のような原理の解明を目指した学者がどうにも見つからない

あるいは調べ方が悪いのか……

幕末日本人は地震ナマズを信じていなかった、ではいつ頃まで信じられていたのか?

あるいは最初からモノの喩えだと認識していたのか?

もしそうだとすると「地震の原因がナマズというのは俗説だ。本当はこのようなメカニズムだ」という探求が行われていてもいいではないか

そういった研究痕跡を見つけることができない

見つけることができない以上、ナマズ説を信じていたのかもしれないと消極的にだが認識せざるをえない

儒教においては「陰だか陽だかの気が地面から噴き出る時に地面が揺れる」のような説明がされているらしい

日本儒学者はそれを信じていた?だとすると江戸民衆のその説をどの程度認知していた?

あるいは「ナマズが原因ってことはないだろうけど、本当の原因が何かと聞かれると分からんなあ。詳しいことは学者先生に聞いてくれ」というスタンスが大多数か

日本人の宇宙観を調べた時にも思ったが、当時の天文方観測と暦の作成にばかり注力していて「なぜ?」という問いを立てない

調べることだらけだ、学生の頃に日本史や世界史選択しておけばよかった

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施政者が失政すると地震が起きる」みたいな思想もある

また、火山雷雨地震の3つセットを司る龍神がいるという信仰もある

ナマズじゃなくても結局別の信仰になってしま

ナマズが俗説ってそういうこと?

まり俗説でない主流の説は鹿島神だとか龍神に原因を求める?

この観点でも調査

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本屋に行ったが鯰絵関係の本が一冊もなく購入できなかった

しかし『陰陽五行日本民俗』という本を購入

陰陽五行について何も知らないに等しいので勉強しなければ

しか本来本業に関する勉強をして給料を増やす努力をすべきなのだろうが、仕事関係ない本ばかり買って読んでしま

悲しいね

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トラバブコメにあまり反応しないようにしているのだが(そこそこの確率不毛なので)、今回は必要を感じた

鯰絵はアマビエブームと近いものを感じるという意見には強く同感

ただ、いろんな本や資料に「昔の日本人は本気で地下にいるナマズ地震の原因だと信じていました」と書かれているんだよな……

これに強い疑いを抱く

しかし、アマチュアの私が思いつくようなことをプロ研究家が思いついていないわけがない……

なにか根拠があるはずと信じる

あと、この日記以外に書いている場所はない

清書の予定は……調査がひと段落したときにあるいはありえるかもしれない

追加調査資料入手待ちとか頓挫とか色々な理由でできていないことが多い

追加調査の結果を追記しようとすると買った本の内容丸写しみたいになりかねず、倫理的にどうなの?という気分を拭えず自分の中だけで調べた結果を味わうこともそこそこある

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先行研究

記録表現にみる中世日本の地震認識

ナマズ地震が紐づけられる以前の地震認識

断層沿いに立地する神社とその周辺環境に関する研究

近世地震認識記述がある!これをベースに調べるのが最善か

江戸時代の宗教観と芸能の盛行

幕末明治海外の人から見た日本人の宗教観記載がある

神や仏に敬虔祈りを捧げない一方で迷信深い、この点は現代日本と地続きに感じる

この庶民信仰の深部に最も接近した欧米人は、明治来日したアメリカ女性教育者アリスベーコンであろう。彼女は「村を見おろしている岩の頂上は天狗が作った」。「天狗はもうこの森から去って今はいない」。さきほど「山の神様の使いである大きな黒蛇が、いましがた、ここを通った」と説明する陽気な老女に接し、「神秘不可思議事物に対する彼女のかたい信念は、かしこい人々はとっくに脱ぎすてているものだけれど」、「すべての自然が深遠な神秘に包まれている文化のありかたへの共感私たちの心に湧きあがらせてくれた」と表した。

考えてみれば迷信深いお婆さんは昔は迷信深い若き女性だったかもしれないわけで、幕末だとその考えがスタンダードだった可能性があるわけだ

この引用箇所は別の文献から孫引きになるのでこういうことするのは本当はよくないのだが……

該当箇所は『逝きし世の面影』という本から引用……kindleあるじゃないか、買います

これを書いた渡辺京二という方の著作はすべて読んでもいいかもしれない

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現代を生きる信心深いキリスト教徒にとって「神は実在する」と「妖精/人魚/ドラゴン実在しない」の考えは矛盾なく両立するのではないか

(「実在」という言葉定義をしっかり言語化しないととまずい気配を感じる……)

同様に幕末江戸町民にとっても「神/仏/龍神/大鯰は実在する」と「妖怪/お化け実在しない」の考えは矛盾なく両立する可能性がある

ここらへんは本当に現代日本パラダイムに考えが支配された人間にとって想像しにくい領域

2024-01-10

毎日の感じ

社会人5年目になる。

平日は20時くらいか自由時間ができて、日付が変わる頃に寝る。

ポケモンスリープのおかげで早めに寝なきゃと意識するようになった。

この生活基本的に繰り返されていく。

休日は家で過ごすことが多く、

買い溜めた本や漫画を読んだり、映画アニメを一気観してる。

ちょっとだけ楽器練習してみたりもする。

たまに外に出て、ひとりで映画館とか本屋に行く。

月一くらいのペースで友人と飲む。

当然付き合っている人はおらず、

結婚子育てをしたいという目標もない。

今の生活が気に入ってる。

産むなら早めの方がいいよ〜!と、職場の子育て世代はたくさんアドバイスしてくれる。善意マウントか。

それでも、そうですね!とにこにこ流してやり過ごす。価値観は色々ある。

電車で2時間もかからない地元に住む家族は、いつもにぎやかだしみんな優しい。

大学に通う弟や妹たちとも仲良くやっている。

ありがたいなと思う。

どうしてこんなどうでもいい小さいことを長々と書いてるのかというと、

週末に映画館で観たPERFECT DAYS に感化されまくったからです。

みんなもぜひ観てね。

ありがとうございました。

2024-01-02

近所のTSUTAYAが潰れる。

ただのTSUTAYAじゃねえ。

ニ、三階はレンタル業だが、一階にはスタバと大きな本屋が併設された落ち着きのある広々とした空間で、土地治安も悪くない。

子ども連れから勉強してる中高生、老人まで入り乱れて穏やかな賑わいを感じられる、うちの近所では唯一の場所だったんだよな。

まあ、年に数回しか行かないんだけど。

鬱病ちょい手前のときレンタルスペースの視聴コーナーで『ようこそジャパリパーク』を聴いて元気づけられたもんさ。

SPI問題集を解いていたこともあったな。おれが注文するのは決まってチャイティーラテだった。

高校生ときに今の土地引っ越しからというもの、随分とお世話になった。寂しいね

心地よい場所との別れは。

TSUTAYA一個なくなるだけでこうなんだから、此度の震災で数多の思い出を積み重ねた故郷を失った人々の喪失感たるや如何ほど。

ありがとうTSUTAYATSUTAYAフォーエバー。

人々が寛げる場所、憩いの場がまた一つ街から姿を消す。

2023-12-27

本屋に行ったら20年前に好きだった漫画家作家新刊が出ていた。

当分電書でしか読んでなくて、久しぶりの紙の本にわくわくしながら買って帰った。

でもどっちも老いたな…が一番デカ感想だったよ。昔読んだ作品を買い直してみたけど、明らかに昔の方が上手い。面白さは今も衰えてないんだけどな。

何か凄い悲しくなったわ。俺も老いたってことだからさ。

anond:20231227170508

本屋とかの並びではあるんだけど、CDショップゲーム販売店。

CDに関してはこんな感じの記事があった。

https://www.wasteofpops.com/entry/2021/09/19/000000

アメリカとかは全滅してんじゃね。既にCDよりアナログレコードの方が売れてるとか言われてるらしいし。

物理メディアを売る商売はかなり減っていくだろうなあ。

年賀状vs新聞紙vsテレビvsパチンコvs本屋

ほとんど全部スマホのせいなんだけど

最初に消えるのはどれだと思う?

 

年賀状

2003年 44億枚

2015年 30億枚(ここまで線形、ここから加速)

2022年 16.4億枚

ーーー

2029年 8.9億枚(予想)

2036年 4.9億枚(予想)

案外しぶとい

 

新聞(紙) 

2000年 5370万部

2005年 5250万部 ▲2.2%(5年)

2010年 4920万部 ▲6.0%(5年)

2018年 3990万部

2020年 3510万部 ▲28.8%(5年)

2023年 2860万部 ▲28.3%(5年)

ーーー

2028年 2060万部(予想)

2033年 1480万部(予想)

2038年 1060万部(予想)

どこかに損益分岐点があるはずなので突然死しそうではあるが

新聞各社は他の事業で生き残ってるので

赤字でもやる可能性もある

まあ2030年前後寿命だろうか

個別配送コストがきついよね

 

テレビ

テレビ視聴率を見ると、緩やかに下っていっててここ3年くらいで急落しているんだけど

これってTVerとかそれ系が影響してると思うんだよね

からちょっと予想しづらくなってる

死ぬとしたらテレビ視聴率が下がって電波法が変わるとかそういうのだろうけど

Starlinkみたいなのが何社か出て、僻地でもネットが快適に受信できるようになったらかなぁ

2030年でも余裕で生きてると思う

 

パチンコパチスロ

2018年 430万台

2019年 419万台 ▲4.5%

2020年 400万台 ▲4.5%

2021年 381万台 ▲4.7%

2022年 356万台 ▲6.5%

ーーー

2030年 236万台(予想)

2035年 182万台(予想)

2040年 141万台(予想)

 

コロナの影響で、と思いきや順調に衰退している

このまま行くと2030年代に半分以下になる

元々規模が大きかったので、しっかり撤退戦をすればそれでも当分残ると思うんだけど

新台の数は横ばいという歪な構造をしてる業界なのでどこかで破綻しそうでもある

法律次第でもある(逆転の目もある)

 

本屋

2010年 95.7万坪

2015年 90.2万坪 ▲5.7%(5年)

2018年 82.5万坪

2020年 75.9万坪 ▲15.8%(5年)

2022年 72.4万坪 ▲12.2%(5年)

ーーー

2027年 63万坪(予想)

2032年 56万坪(予想)

2037年 49万坪(予想)

 

明らかに斜陽なんだけど意外としぶとい本屋さん

2040年でも数や規模は減るけど残っていくと思われる

意外なのが坪数でみた時にピークが2010年頃なんだよね

 

その他

レンタルビデオ → 早めに消えそうというかもうほぼ消えてるよね、いい感じの統計が見つからなかった

 

他にあるっけ

 

___

ところでオワコンオワコン言われててもあと10年はどれも生きてそうなのはちょっと意外だよね

ただ衰退産業は人が余るので無限地獄なのは違いないし

若者が飛びつくには覚悟がいると思う

 

逆に今のうちに楽しんでおくべきな気もする

年賀状とか普通に手紙として直接渡すとか面白そう

 

___

 

参考:60代のスマホシェア

 

2015年 33

2020年 69%

2023年 93%

anond:20231227144107

昔も自己啓発本はいっぱいあったし本屋にコーナーもあったで

ただ昔は他の本がめっちゃ売れてたので誰も気にしてなかっただけ

本屋あんなに自己啓発本が増えたのはいからだろうか

昔はあんなになかった気がするなぁ

2023-12-25

父親が私のこと幼児扱いするの怖くなってきた

父と二人で暮らしてる 私は25歳で、来年から社会人になる予定

はいいんだけど、父親がどうも私のこと子供扱いし過ぎるきらいがあって最近違和感を感じるようになってきた

さっきクリスマスから!ってプレゼント貰ったんだけど、ほいっぷるだったんだよね

(ほいっぷる知ってる?女児向けのおもちゃね)

ありがとう〜って言って受け取ったんだけど、ヤバいよね

ネタに走ったとかじゃなくて、真面目にほいっぷるが良いと思って渡してるんだよ多分

他にもいっぱいエピソードある

買ってくれる服が奇抜なボーダーニットとかショッキングピンクのダウンとか、小学生?みたいな服だったり、

テレビでやってるパウパトロールとかはなかっぱ見て「〇〇これ好きそうだね!」って言ってきたり

インフルワクチン打ちたいなって話したときに近所の小児科子供の時行ってた所)行けって言ってきたり

干してるブラジャー見て「派手すぎじゃない!?」って言ってきたり(白色でほぼ無地のやつとかでも)

あと、本屋とかでこれあるぞ!って薦めてくるのがコロコロコミックとかちゃおとか

こういうの中学の時からずっとなんだよね

(なんで中学の時からかというと、中1のとき母親が死んだから そこから父親との二人暮らしが始まって会話の頻度が増えた)

丁度その時、君に届けかなんか読んでたら「お前にはまだ早いよ」って言われたこともある

別に漫画を取り上げられたわけじゃないんだけど、少女漫画をまだ早い判定されたのがすごい心に残っててさ

お父さんから見た私ってなんなんだろう?と思うようになった

親ってそんなもんだろとは思うけどやっぱうちの父親はズレてる気がするんだよね 過保護とはまた違うズレ方

追記

勿論こういうことされたとき、今回のほいっぷるもそうだけど、「なんで?」っていつも聞いてるよ

でも「ええなあと思ったから!」とかそういう馬鹿みたいな答えしか返ってこないんだよ

それと私が言うのもなんだけど普段はかなりしっかりしてる人なんだよ だから怖いんだ

2023-12-23

つの間にか本屋が本ではなく店長思想を売るようになったので

いつからか街の本屋さんが思想を売るようになった。店頭には店長が支持している政治家やよく分からない専門家正義ぶった誰かの本が山積みになり、少しでも店長が気に入らない本はどこにだって置かれない様な

しかし、そんな本屋の端っこで本を数冊積み上げてみる

そして、積み上げた本のてっぺんおもちゃ檸檬をちょこんと置いてみる

逃げろ、ここから逃げろという声に従ってそのまま私は店を逃げる

「あの気詰まり本屋が木っ端微塵になればいいや」とでも思って

なんて素敵なアイデアだろう

実行できたら素晴らしいなぁ

2023-12-21

anond:20231219185331

これブックである必要なくね?本屋が儲かるから本屋企画したの?

フードサンタとか医薬品サンタとか、援助したいなら他にももっと何かあるだろ

ていうか現金サンタでいいじゃん

2023-12-20

anond:20231220122731

キモいというかチョロいと思う。

どう見たって本屋商業主義じゃん。売上は全部寄付するならまだしも。というかしてないなら割と酷いよな。

anond:20231219185331

なんか児童書の一部を「大人押し付けだー」って偏見持ってる人いるけどなんなん?

ろくに読んだこともないくせに、道徳観の押し付けかいい子ちゃんの本みたいに思ってるみたいだけど。

まあ昔大人に読みたくもない本を押し付けられて読むのを強制されたイヤな経験があるとか、読書感想文のイヤな思い出とかあるのかもだけど。

子供大人と違うんだから(多くの子供に当てはまる)発達に応じた本っていうのがあるわけで(俺は私は子供の本なんてつまらから読まなかったってのは個人の話)。

まともな児童書作ってる人は児童発達心理かいろいろ勉強した上で作ってるし、そもそも売れなきゃしょうがいか子供にとってつまらん本とか淘汰されるよ特に今は。

曲がりなりにも本屋に置いてる児童書売れ筋のものだし、どれを選んでもそれなりに信頼できると思うけどね。子供たち独自の好みの問題を言い出したらきりがないわけだし。

からブックサンタやりたい人は、そんな迷わないで児童書の中から自分の好きな本選べばいいってことよ。

2023-12-19

ブックサンタというものをやってきた【追記

ブックサンタとは自分の選んだ本を、経済的に本を買えない家庭の子どもに寄付するという活動だ。

ランダムに本を選んで贈るのではなく、その子趣味嗜好を聞いて選んで贈るらしい。

いいじゃんそれ、と思って自分本が好きだしやってみようと思って本屋に行ってきた。

結論から言うけど本をプレゼントするってめちゃくちゃ難しいね

ブックサンタは毎年小学生向けの本が少ないとポスターで見たので小学生向けの本を選んでたんだが、

最初自分小学生に読んでほしい本を選んだけど、

いや〜それ子どもにとって100%嫌な大人ムーブだな〜と気づき

次に自分学生のころに読んでたホームズを選んだけど、

いや〜普通文庫は少し難しいかもっとライトめな方が良いか?と気づき

次に青い鳥文庫の前に行って青い鳥文庫から出てるホームズを選んだけど、

いや〜そもそもの子どもって一体何が好きなのか全然知らんな?と思い至り

次に青い鳥文庫の人気本やおすすめ本をネット検索しまくり、

結局選んだのは空想科学シリーズだった

いまだにこの選択果たして合ってるのか…と思う

いや決して選んだ本が悪いというわけではなく、自分リサーチ不足・自分子どもがいないので、これで良いのかな?ほんとに?!ちゃん子どもに人気だよね!?大人独りよがりになってないよね!?子ども押し付けみたいになってないか!?みたいな…

なんか書けば書くほど言い訳になってきてしまうな〜!言いたいことも言語化できないこんな脳みそ

でもまあきっと自分の子ども時代空想科学シリーズがあったら絶対読んでるし、ホームズとかみたいな古典大人にも人気シリーズの本は誰かが贈ってる率高いだろうし、いいんだろうな

また参加をするときはしっかりと子どもに人気の本を調べてから行こう

追記

仕事終わって見たらすごい反応があってびっくりしました

お褒めの言葉とかもあり、ありがとうございます

空想科学シリーズが本当に人気とわかってホッとした〜楽しく読んでくれると嬉しいな!

お金の方が良い〜というのは確かにわかる感情ではあるんだけど、

誰かが自分プレゼントしてくれた・サンタさんが来てくれたって経験も大切なんじゃないかな〜と自分は思ったので今回本をプレゼントしました

幼稚園とか小学生ときとかサンタさん来た報告してたしね

あとまたこういった取り組みをするとき自分と周りに子どもがいないと好きな本ってわかんないから、

もし周りに子どもがいる人とか、自分の子どもがいる人とか

もしよければ「こんな本好きだよ!」「こんな本好きだったよ!」を書いてもらえたら助かります

2023-12-12

クリスマスソング、さすがにうんざり

飲食店からスーパー雑貨店本屋美容室...12月に入るとどの店も狂ったかのように店内BGMクリスマスソング一色に切り替わるのにうんざりしているのって私だけなのでしょうか? 12月以外はそれぞれいろんなBGMが流れてて楽しいじゃん? なのに12月はどの店も同じようなクリスマスソングしか流れてこない。昔からこうでしたっけ?

特に「サーンタクロシズカミトゥタン オーエー サーンタクロシズカミトゥタン サンタクローシズカミーントゥタアアアン」って曲が本当に嫌い。いい加減にしてほしい。

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