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はてなキーワード: 中学生とは

2022-04-03

いつまでも過去コミュニティにすがったり、できないことをネタにする人間

 できないことや一般から外れていることをアイデンティティに置き始めたら終わりだよね普通に彼女できないキャラやってたらもっとできなくなるし、社会不適合者キャラやってたらどんどん世界から取り残されていくよね、もうちょっと頭使おっか。そういうネタ面白がるコミュニティ依存して、後から困るの自分だよね。少し考えればわかるよね。自分のことを棚に上げてものを言うというのは本当に恥ずかしい態度だよね普通にさ。

 厳しい現実自分本心と素直に向き合うことというのは意外とできる人が少ないようで、正論を言ったら普通に不機嫌な態度をとられるものです。なのに自分は失礼なこと言うのやめよっか。仲良いことと舐めてることは全く別の話で、親しき中にも礼儀ありって言葉中学生で習ってるよね普通にそもそも俺、お前のことそんな仲良いと思ってないよねアンタ。

 彼女できないのもそうだし、モテないことやら学歴が周りより低いことやら、留年やら浪人やら、社会的な能力やら、メンタルの弱さやら、生きづらさやら、できないことをネタにし始めたら人の成長ってそこで終わりだよね。ネタにすることって一種適応機制みたいなもんだけど、なんの解決にもならないこと、普通に考えたらわかるよね。

 ネタにして自分欠点を誤魔化し、それらについて真面目に取り組むのは馬鹿らしいことみたいな謎の正当化によって人の成長や時間は完全に止まるよね。5年後10年後、差が開いてもう関わりもつような人間じゃなくなってるよね普通に。手遅れになる前に気づこっか。自戒だよね。

 やはり自分がまともで成熟しているのだと思っているヤバい人に、ヤバい人やら未熟な人扱いされるのは腹が立つよね正直問題自分もっと見つめ直そっか。でも、正味かわいいもんだよね普通に

 昔の自分を恥ずかしむ感覚のない人は、おそらくよほど人間として元から完成されていた人か、成長がなくなり価値観アップデートが止まった人なのだろうけど、前者なんて存在しないし、後者マジでヤバいよね正直問題自分が成長してないか他人が成長するものだと気づけないよね。

 結局、いつ何を始めるにしてもやっぱ0からスタートするんだよね。泥臭くがんばろっか。成功幸福を掴める人間は結局そういう人間だよね。成長しよっか。

2022-04-02

anond:20220402162640

>>通りすがりの人に、女性は助けてもらいやすくて、男性無視されやすいという傾向があるのは、

それで不自由を感じる事なんて想像できないが

若い女が助けてと言ったところで、痴話げんかorセールスor実はトラップで男が隠れて待ち伏せてると思われるから、救助が来るか疑問

泣いてる迷子女児も通行人放置されまくって助けた中学生英雄扱い

通りすがりの人に、女性は助けてもらいやすくて」という前提が違和感しかない

anond:20220402183159

そもそも増田くんが使っているインターネット電気スマホタブレットPC

すべて凡人によって作られ管理されているものやで

厨二病中学生卒業するのだ

2022-04-01

今朝14年前の中学生の頃の夢を観てひどく嫌な気持ちを引きずってる

俺は顔がブサイクで髪が縮れてて運動音痴頭が悪いっていう三重苦でよく同級生から馬鹿にされてて、学校では底辺のような扱いを受けていた。

何よりもキツかったのが、小学生から同級生の一部からもそういう仕打ちを受けた事が堪えた。

小学生の頃から同級生が俺に聞こえるように「アイツ父親母親誰似なの?」「頭は親父で顔は母親」「じゃあアイツの親超キモいじゃん」「おまえひでー」という侮蔑嘲笑を聞いたときの怒りと悲しみと動悸が今でも忘れられない。

あれから14年経って、あの時の嫌な記憶も薄れかけてた所、今朝、あの連中が出てきた夢を見た。

夢の俺は、現実の俺とは見違える饒舌さで「波風を立てたくなかったし、大事にして親同士付き合いがあるお前らの親まで巻き込みたくなかったか我慢してたが、お前らのことは多分これから先、一生許せないと思う」と言った。夢の中での彼らは一人を除いてシュンとしていた。

そして夢から覚めて、今の光景が夢だと気づいた瞬間、14年前の嫌な気分が鮮明に思い出されて、倦怠感に包まれたような最悪な気分になった。飯も味がしないし、気分もうわの空だし、胸がつまる様な感覚で、足元がフワフワする。

俺は彼らから受けた仕打ちを「いじめ」だと認識すると、もう立ち上がれない気がしたので、ずっと「度を越したいじり」と解釈するようにしていたが、今思えばあれはイジメだったんじゃないだろうか。

みんなこういう気分からどうやって立ち直ってるんだろう。

何よりもたか中学生の頃の記憶を14年経った今でも怯えてる自分が心底嫌になる。

anond:20220401092810

ワクチン打ってたら、そういうヤバ目のアレルギーとか避けるために、前段階の診断があるの知ってるはずなんだよなあ。

 

お前も中学生並みのピュアさは捨てて、実際のこと知らないといかんで

2022-03-31

修了しました

どうしてこんなことになったんだろう。ここ数年で何度も思ったことだ。

これは奇妙な巡り合わせで出会った私にそっくりの友人が大学卒業時に書いた文章の書き出しである。この鏡合わせの彼が書いた文章を何度も自分事のように反芻してきた私は今年大学院を出る。修了という立場に際して、私も少し自分語りをしてみようと思う。他人自分語りなど興味の無いという方もたくさんいるだろうから、そういう方はこの時点で引き返してほしい。思うままに書き殴っているので読みづらいし長いと思うが、それに我慢できる人だけ読んでもらえればと思う。

・生い立ち

私はごく普通環境で育ったと思っている。地方在住で金持ちでも貧乏でもない家で、両親は優しくて、友達もいた。小中学生のころの自分一言でいうと優等生気質だった。学校勉強はそこまで苦にしなかったし、危ないこともしなかった。先生の言うことには従っていたし、学級委員を務めたりするタイプ人間だった。強いて言えば両親が少し頑固だったくらいだ。

小学校では初めに陸上クラブに入った。運動は苦手かつ嫌いだったし、何よりブラスバンドのようなクラブがありそちらに入りたかった。父が無理にでも私を陸上クラブに入れたのは運動の楽しさを知ってほしかったのだと思っている。運動神経のいい父にしてみれば運動は娯楽だったのかもしれないが、運動神経が壊滅的な私にとっては純粋身体能力を問われる陸上は苦しかった。そのため5年生からブラスバンドやらせてくれと懇願した。タダで許してくれるはずもないので中学では運動部に入ると交換条件を付けた。5年生から始めたトランペットは本当に楽しくて練習した。6年生の途中からは1stトランペットを担うこともできた。

中学では周りの部員吹奏楽部に行くのを横目に約束通り運動部に入った。誤解のないように言っておくと別に部活動自体は楽しかった。ただ音楽から聞こえてくる音を聞くたびに自分もこの中にいたらどうだったろうと思うことは度々あった。中学では同学年内でいじめもあって、被害者ではなかったものの学年中を巻き込みつつも教師黙殺しているそれに優等生気取りの私は心を痛めたものだった。その頃の私はもっぱら公正世界仮説(当時この言葉は知らなかったが)の敬虔信者であり、親や先生にほめられている優等生自分はいつか報われるし、逆にいじめなんぞ加担している人間はその人間からどこかで破綻すると思っていた。

 高校は少し離れた進学校に入った。近隣の学校に行く人が多かったが、いじめの件もあり彼らと距離を置きたい気持ちも大きかった。流石にレベルの高い授業でもあったが、モラル教養を持った人が多く非常に楽しい生活を送った。高校部活軽音部と兼任しようかなと考えていたが、他方の顧問専任希望するような言い方をしたので諦めた。別に悪い人ではないと思うが、他人に機嫌を取らせるタイプ人間だった。高校では成績をぐんぐん落とした。周囲のレベルの高さもそうだが、私には2点の欠陥が見え始めていた。1つは努力中学生まであまり勉学に苦労しなかった私は勉強に労力をかける癖がなかったし。加えて苦手な運動は一向にできなかったし、好きな人アプローチしても付き合えなかったし、理論武装して親に頼み込んだことも結局許されなかったり、努力してできた経験と言えば自転車の補助輪を外すときくらいのものであったように思う。努力の数と成功体験の数なんて鶏と卵かもしれないが、努力をした経験もおそらく人よりは少なく、努力が実った経験もっと少ない人間だったように思う。もう1つは先天的能力限界である。これまでの自分は「丁寧に教えてもらえば理解ができる」という能力を有していたと思っている。中学生までの自分が苦労しなかったのもこれが原因だと思っている。しか高校3年生になると少しそれに陰りが見えているのを人知れず自覚していた。周囲の人間には見えていないようで、親や先生は褒めてくれるし、同級生から勉強ができるという認識をされていた。

 3年生になると嫌でも受験を考えなければならなくなる。私はどこに行って何をするのだろう。勉強は好きではない。高校では文芸部の本に部外から投稿してすごく評判が良かったし、文化祭の劇の脚本演出担当して最優秀賞を取れた。そのあたりの活動は楽しかったしクリエイティブなことがしたいかな、あと音楽。それとなく親に専門学校の打診してみたけど、4年制大学に行けといわれた。「いい大学に行けばいい企業に行けるからね」と言われてきていたし、親心としてはそんなもんだよねと理解した。自分としてもレールを外れることに恐怖はあったし、レールに従うことで周りと同じように大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、今の家族のような生活が送れるならそれでいいと思っていたのでじゃあ普通大学に行くねとなった。

 問題になるのは何がやりたいかである。私がやりたいことって何だったんだろう。結局見つからなかった。そこで親がアドバイスをくれた。

「まだやりたいことが見つかっていないなら、ここに行けばいいんじゃない?」

親が指し示した大学は、入学時に専攻を決めなくてよいという特殊制度もつ大学だった。みなさん名前ぐらいはご存じの都内大学である。幸か不幸か、私にはそこを目指せるだけの能力はあった。

長くなったが、これが地獄の幕開けである

大学という場所

1浪しなんとか2年目で合格して大学1年目。はじめに学んだ格言がある。

大学では勉強サークル恋愛バイトのうち2つしかできない」

勉強は好きではないので、サークルバイトをやるんだろう、恋愛もあるのかななどと入学後の私は胸を躍らせていた。憧れのバンドサークルにも入った。周りは経験者なので食らいつこうと頑張った。大学から帰って仮眠を取り深夜の安いパック料金で明け方までスタジオ個人練、シャワーを浴びて大学へ。その生活をしていたら資金ショートした。親にバイト禁止されていたため練習交流のためのお金が足りず、実力もつかず人脈もできずにフェードアウトした。

 大学の授業はひどく不親切であった。大学レベルも相まって何をやっているのか理解できなかった。高校の時に疑問を持っていた内容が解決されるかと期待していたが、それらは大体1,2回目の講義解決してしまものか、もしくは深くがっつり専攻しないと理解できないようなもののどちらかで、学ぶモチベーションにはつながらなかった。教える側も教科書も「説明してはいる」「書いてはある」という感じで、高校までのようにわかやすくとはいかなかったから、「丁寧に教えてもらえば理解できる」タイプの私では太刀打ちできなかった。つまらないし時間無駄に思えて次第に講義休みがちになった。

 それでも、とりあえず大学を出れば何とかなると思っていた。ここで耐えている自分はきっと報われると思っていた。好きなもの大学で見つかればいいし、そうでなかったら高校までの勉強ができるから教師になればいい。これが1年目の私であった。

崩壊

 初めてショックを受けたのは成人式のことだった。新成人代表として何人かの陽キャ集団が壇上にあがった。式の前後に彼らと会ったがある人はバツが悪そうに私から目をそらし、ある人は肩を組んで話しかけてきた。どちらもいい気はしなかった。彼らはいじめの関係者である。なんで彼らの方が人生謳歌しているんだろうか。その時にふと思った。「結局彼らは世渡りがうまかったんだ」と。くだらない正義なんて捨ててその場で空気を読んで得なほうに回るっていうのが正解で、黙殺していた奴らもそうだったんだ、なんて自分は愚かだったのかと。そう考えてみると社会に明確な悪役はいなくて、したがって明確な正義存在しない。正義道徳立脚した自尊心のなんと脆いことかと思い知らされた。

 そして、もう一つ。親や教師というのもまた所詮人間だとこの年になって気づいた。この中の何人かが数年のうちに教師になって、親になる。はっきり言って話の通じない人だっているが、そんな人も年さえ取ればいつかは親や教師になりうる。だから黙殺した教師も、話の出来ない親もおかしくはない。じゃあ私が優等生してきた、私が正しさの根拠としてきたものは何だったんだろう。優等生であることを数字で示してくれるものは成績くらいしかない。世渡りが下手で運動などの技能も持たず、それでも私が公正世界仮説を信じてこれたのは、案外「勉強ができること」に依存していたのかもしれない。勉強しかできないやつだけど勉強ができるから何とかなる、そんな風に自分無能さを騙して生きていたのかもしれない。

 さらに拠り所の勉学さえ崩れ落ちた。留年が確定したのだ。受験でも足を引っ張った物理がとことん苦手で何も理解できなかった。2年目は学費負担を減らすべくバイトをさせてもらった。サークル活動事実上全部やめ、バイト勉強の日々が始まった。バイト先は学生が割と多かったため、みんなと仲良くなれた半面、繁忙期が重なった。私は試験前はむしろシフトが増加し、結果的に致命的な必修単位だけ落としてしまった。2留である。親に電話して事情説明した。単位くらい取れとストレートに怒られるかと思った。代わってあげる優しさを評価しつつもやりすぎだと注意されるかもとも思った。

あんた人にいいように使われてるだけでしょうが

人にやさしく優等生してきた自分生き方への批判自分が仲良くしている人たちへの非難ダブルパンチで頭に血が上った。怒りで何も言葉が出ずに何秒か無言の後電話を切って、壁を殴った。

数日すると気分が落ち込んできた。親はそれを「単位を落としたから」と解釈したようであるが、全く違う。私は他の人が当たり前のようにサークルバイト恋愛を掛け持ちして進級している中で、バイトしながら進級できなかった。私は当たり前のことすら満足にできない無能であると、薄々感じていた自分無能が隠せなくなってしまったのである

 3年目は再びバイト禁止した。クラスでの試験対策仕事もやり、その科目の勉強をしなければいけない状況を作った。サークルとしては冒頭の彼の紹介で新しいサークルに入った。サークルでできた友人とは本当に仲が良く、勉強を助けてもらったり、サークル関係なしに遊んだ大学での生活の基盤になった。助けてもらえる人も増え、自分学習するようになり、この年の上半期では単位の取得ができた。しかし、私が感じていたことは決してポジティブなことではなかった。私がこの年の経験でわかったことは「お前はやればできるが、環境サポートがあって自分勉強してもちゃんとできるのは2単位」ということである。私は2年で70単位以上取得する想定のカリキュラムを、半年で2単位しか取れない脳みそでやっている。無能すぎてもはや卒業が無理なのではないかと思った。

公正世界仮説評価軸としてきた大人たちへの信頼、自身の実力への評価の3つが音を立てて崩れて、この時私は確かに一度死んでしまった。このことに気づく前の自分に戻れなくなってしまった。中学いじめがらみで「死にたいけど死ぬ勇気もない」って言ったときに「死ぬのなんて勇気って言わねえ」って怒鳴りつけてくれた友人がいた。

・専攻決定

4年目にして2年生。この年は諸々の事情クラスから孤立した。喧嘩別れのようなものである。私としても仲良くする気はなかったので1人でどこまでできるかやってみようと思った。結果は惨敗だった。単位取得こそぎりぎりできたものの私はこの大学では人に寄生しないとやっていけないと気づかされた。

そして、4年前に選択先延ばしにしたツケの返済期限が来ていた。専攻の決定である。結局4年間でやりたいことは見つからなかった。勉強面白くないし、勉強以外の何かを思い切って始める余裕もなかった。教員になろうかとも思ったが、それもかなわないと思った。教職卒業単位には含まれないため、追加でいくつも講義を取る必要がある。通常のカリキュラムすらまともにできない私にそれは無理だろう。ちなみに私と同じく成績の芳しくなかった冒頭の彼は教職を志して単位を取得しに行ったが、弊学では満足に教職まで取り切れなかった。教職を目指した世界線の私もきっとこんなものだろうと思ってしまった。

理系科目はわからなかったので、唯一興味がわいた心理学を専攻しようと思った。しかし、成績が足りなくて進むことが絶望的だった。ここで初めて間違いに気が付いた。この大学システムは何をやりたいか不明瞭な人間を救済するシステムではなく、やりたいことや才能が複数ある人間選択肢を与えるシステムなのだと。私などがこの大学には来てはいけなかったんだと激しく後悔した。

このシステムでは通常、成績が足りなければ次の年に再挑戦することができる。しかし、私は4年目であったがために在学年限が迫っており、この年で専攻を決定しなければならなかった。そのため、当時人気の低かった化学を選んだ。化学は苦手で高校化学すらわからないが「とりあえず大学を出れば何とかなる」のであれば、と苦渋の選択をした。

実験異変

5年目、3年生。1限からの授業と週3回の実験があり、9時-18時のような生活になる。実験には予習とレポートがあるため、実際の拘束時間はこれより長い。何とか4月を乗り切ったところで、レポートを1つ残してしまった。GWに入ってレポートをやらなければと思って毎日机に向かおうとした。いや、向かったこともあった。だが、ペンを持っても何も書けない。そのまま時間が過ぎてごはん時になり席を外してご飯を食べる。そんな日が続いてGWの最終日、床にへたり込んで泣いた。書かなきゃいけないと思いつつも1文字も書けなかった。

 3年生の必修は実験だけだったので、他の単位犠牲にしてでも取ろうと考えた。1時間だけ講義を休んで...その1時間を何も書けずに終えた。これを繰り返してほぼ全ての講義を欠席した。次第にいろいろおかしくなっていった。頭痛もちでもないのに頭が痛みだした。文字が読めなくなり、教科書はおろかネットニュースくらいの簡単文章でも字が滑るようになった。1日にできることがゴミ出しと洗濯くらいになり、起きて寝る以外に食事、入浴、ソシャゲの周回くらいしかしてない生活になった。

 溜まりに溜まったレポート夏休み前に呼び出しを食らったことで、無理やり夏休みを使って消化した。歯を食いしばりながら全部消化したことは覚えているが、歯を食いしばればできたことがなぜここまでできなかったのかこの時は疑問だった。

 4年生になり、大学院へ進学することになったが、大学院の手続き入試勉強、足りなかった単位試験勉強などでタスクが溜まった瞬間、この症状は再発した。友人の勧めを受けて学生相談所に通うことになった。

能力環境

学生相談所のカウンセラーはいい人だった。いろいろお話をして気持ちは和らいだ。専門的なこととしてはWAISの検査を受けた。結果は処理速度だけが異様にへこんでいる格好になった。別に数値は低くないので大丈夫と言われたが、「問題の有無は環境によって決まりませんか?能力の高い人が集まる環境ではそれなりの能力要求されますよね?」という質問には満足のいく回答は得られなかった。

 親にも何度か愚痴を言ったことがある。そのたびに「あなた世間一般には優秀だから大丈夫」と返されるのである。何が大丈夫なんだろうか。”今の環境”が辛いと言っているのに”世間一般”という別の集団を持ち出して何の救いになるんだろうか。これ自体も言ってみたことがあるが「なんでそんなこと言うの」と言わんばかりの困惑した顔をするだけだったのでやめた。別に親以外でも同様のことを言う人はいる。世間一般評価邪魔をして、まともに助けを求めることすらままならない。内部の人間から見て無能で、外部の人間から見て有能な私は、共感を得られる対象がとても限られていて苦しかった。大学ブランドという呪いにかけられて苦しかった。

 やりたいことをやれていればよかったのだろうか。サークル作曲体験させてもらう機会があった。でも続かなかった。結局忙しいとかいろいろ言ってインプットから逃げている自分がいる。クリエイターにはなれなかっただろうなと思った。好きなことも頑張れない自分に「自分が勉学を頑張れなかったのは勉強が嫌いだからじゃない、努力が嫌いなんだ」という事実を突きつけられてまた悲しくなった。あれほどに信じてきた公正世界仮説は「お前が苦しいのはお前が間違ってきたからだ」と自分に牙をむき始めていた。

・進学と私

大学院へ進学することにした私だが、実は私は望んでいなかった。学部時代夜遅くまで研究に勤しむ先輩たちを見ていて「私にこれは無理だ」と実感していたかである研究への熱意はおろか、化学への意欲も知識もないのである。ただでさえ病む人が多く出る大学院という環境にこんな人間が行くのは自殺行為に他ならない。そのため、私は就職を強く希望した。しかし、親にそれを伝えると「今のお前に就職はできない」と言われた。就活を終えた今だから言えるが、これは正しかったように思う。議論は「就職はできないから進学しろ」「院でやっていけないか就職させろ」の平行線で、就職も進学もろくにできない無能をぼこぼこにリンチするだけで生産性はなく、結局「とりあえず進学はするがいつでも辞めてよい」という落としどころになった。

 私は院試に落ちるのが最適解だと思った。学力もないので真面目に受けても受からないだろう。院試を受けたけど落ちましたというのが親にも研究室にも一番角が立たない。しかし、筆記試験が思ったより点数が低かったのか通ってしまった。面接をすっぽかすことも考えたが、会場に研究室の先生方がいるかもしれないことを考えると気が引けた。面接では辞退の意思を伝えるつもりだった。面接官と私だけの秘密である。私は院試を受けて落ちたのだと周りに言えばよい。

 Permalink | 記事への反応(0) | 23:43

anond:20220331223100

中学はまでそれでもいいけど、高校学校によって使ってる教科書がまず違っていて、入学した時点で卒業後の進路はかなり限定されている。それを案外中学生に教える人はいないみたいだ。商業高校に行ったのに薬学科を目指して挫折したとか、普通科でも偏差値がかなり低い学校に入って医学部に入ろうとしてダメだったとかい体験談を聞くに。井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのこと。

anond:20220331213426

東大卒の元女子アナの人が地方公立中学で講演して中学生にどうしたら東大に入れますかと質問されて、教科書をしっかり勉強したら入れますと答えたって話があったな。

anond:20220331174034

帰属意識強いよね増田民

選民意識半端ない癖に賎民意識まで持ち合わせてるから常に被害者ヅラしてる

その上馬鹿な癖に読書好きが多いから長文書くのは厭わない

あと高校生小論文みたいな文章中学生読書感想文みたいな文章が絶賛されがち

anond:20220331100838

PCに興味あってまともに会話することにモチベがあるならそれだけで才能あるよ

一流企業かに行く気がないなら、数学とか学歴とか言ってるのは無視してさっさ業界に潜り込め

思ってるより簡単だし、中学生でもできることをみんな難しいと言ってることに気がつくから

子どもが生まれて変わったフィクションへの見方

①小さい子が犠牲になるシーンが辛い

中学生ぐらいのガッキなら抵抗は無いけど子ども死ぬシーンは前より辛くなった

赤ん坊死ぬのも辛い

②子に転生する異世界転生が楽しめなくなった

「この親たちも"まっさら自分の子"というものがあったのになあ」と思ってしま

自分の子が、他人に育てられた記憶を持って生まれてくるの普通に人格乗っ取り行為災害じゃん

人情話でよく泣くようになった

大切にされてるエケチェンみたいなのとか生まれてきて良かったみたいな展開を見るとつい泣いてしま

2022-03-30

なんかどんどん頭のおかしいの増えてるよね

明らかに煽り運転で人を殺してて、記録も残ってるのに当たってこられたとか言っちゃうキチガイとか、

相手選手レーザー当てて邪魔するキチガイとか、

審判から見えなければ暴力をふるって反則してるキチガイとか、

中学生正座させて恐喝するいい歳したキチガイとか、

散々経っても未だに引きずって餃子屋の事をグダグダ言う芸能人とか、

わざわざ負ける言い合いをしに他人へ噛み付いて論破される奴とか

去勢した牛を雌だと言い放って、周りからツッコミ食らうYouTuberとか、

自分素行問題があるからクビになったのに、未練たらたらでグダグダ言ってる元Vtuberとか、


おかしい人多すぎ。

2022-03-29

おっさんだけど、巨乳グラビアアイドルになる夢を叶えたい

心も体も男だし恋愛対象は女のストレートなんだけど巨乳グラビアアイドルになりたいって願望がずっとある

白い砂浜で巨乳を惜しげもなくアピールするグラビアアイドルになりたい

ちょっと着替え中に無修正の乳が見えてしまってスタッフをドキドキさせたいし、あの乳で偉い人に枕してパイズリしてんだろうなあとか思ってほしいし、実際枕したい。巨乳グラドルになって枕する。これが俺の夢。。。

漫画雑誌の表紙になってコンビニに来たいたいけな中学生の目を釘付けにしたい。おっぱい……ヤバい……って思ってほしいし、グラビア目当てで雑誌買ってほしい。やっぱオナニーしてほしい

この気持ち昇華するためにずっと同人エロ漫画描いてるけど、やっぱ俺が、俺自身巨乳エロい存在になりたい

性転換……するか……

筑波大学中村逸郎って何アレ?

ワイドナショー」録画しておいたのを見たら、中学生以下の間違った知識を言っているじゃないですか。

ポーランドウクライナ人種歴史宗教も同じ兄弟国家

ポーランドカトリックウクライナは正教ですが。

ポーランドウクライナは第1次大戦後は同じ国だった

領土めぐって戦争してましたが。ちなみにポーランドは大ポーランド主義を掲げて周辺諸国全部に喧嘩売ってました。

あれで大学教授しか筑波の?

逸郎って言ったら向坂逸郎だけど、そっち系の人?

2022-03-28

anond:20220328155356

なるほど、中学生くらいかな?

AIとは学術研究の一分野だと言うのはその通りだけど、AI研究者名乗る人で一行もプログラムいたことない人はいないし、具体的な話を何もできない時点でただの山師扱いされるよ。

じゃあイデアはなんと言えば正解だったの?

「今のお前は、僕の弟を模して作られた自律計算という概念コンピュータという道具を用いて『知能』を研究する計算機科学の一分野搭載型の魔導ヒューマノイド

お前が意思だと思っているもの存在しないし、自我は気のせいだし心なんてもの存在しないすべては単なる反応でボディや環境文脈から完全に独立した機能は皆無なんだ!」

ヤバい、逆に読みたくなってきた。

ソードマスターヤマト並みの疾走感。

前衛的すぎて現行のツイステよりよっぽど面白いじゃん。

もうあなたが続き書いてよ。

絶対読むから

嫉妬という感情がよくわからない

やしお氏の「「そうなれたかもしれない自分」を体現する他人から目をそらす」という記事と、それに対するはてブトラバをみてずっともやもやしている。

https://yashio.hatenablog.com/entry/20220326/1648299600


どうも自分には嫉妬という感情がよくわからないのだけど。

過去を振り返ってみると10代の頃には多少あったような気がするけどそんなには強くなかった。

それとも自分では自覚してないだけなのかな。

結婚して子供がいたらまた違うのかもしれないけど、自分独身子供もいないし、一般的なレールから外れているか比較対象して嫉妬する機会が少ないのかなあ。

結婚していないこと自体については、自分結婚には向いていないと思うのでそのことで誰かを嫉妬するようなことは特にない。

まあ結婚してないことで人を見下すような発言をしつこくするような人は嫌だなと思うけど。

仕事では多少あるかなと思うけど、成功したり評価されている人を見ているとそれなりに実力があったり努力したりしていて凄いなあと思う。

もし自分があの人だったらって、それってどういう感情なの?

年賀状で知人から家族写真が送られてくると、へーお父さんに似ているなあとか大きくなったなあと思うし、そのうち子供中学生かになって家族写真じゃなくなるとちょっとがっかりしたりする。

海外旅行に行った人から旅行の話を聞きたいし、ハイブランドのバッグを買ったと聞いたら見せて欲しいと思う。

そこらへんで目くじら立てて「旅行に行けないし買い物する余裕のない私の気持ちも考えずに自慢ばっかりしてるよね」と陰で怒ってる人の気持ちもよくわからない。

嫉妬したら次に何をするの?

陰口をいったり、嫌味をいったり、こっそり意地悪して出世を妨げたりするの?

その人が離婚したり失脚したり病気になったりしたらしめしめと思うの?

よくわからないよ。

2022-03-27

anond:20220327124222

その人しか知らない事例に語らせる大人

社会経験がないために事例は知らないのでそんな人間でも容易にカンニングできる抽象的な格言じみた発言をしてそれっぽいことを言った気になる子

の差

たとえば

anond:20220327130543

では「カルティエ」という固有名詞が文全体にも調和した感じで無理なく使われている。

多くの人はこの時点でこの書き手プロファイリングについて「中学生」という可能性を排除する。

カルティエ検索すればその詳細はわかるが、逆になんかそれっぽい増せたことを言おうとして「宝石ブランド」とか検索してもカルティエという単語にはなかなかたどり着かない。

こうした固有名詞は実際にそのブランド店頭等で見かけて買ったような人こそが自然に使いこなせるというわけだ。それで経験豊かな大人に限られてしまう。

中学生の暗黒とか邪気眼とかナチスとかKGBって、まあ前二者は漠然としてるし後者を使うのには気取りたい目的が透けてみえしかも誰でも知ってる言葉から知識自慢にもならずガキっぽく映る。

しろ消された1700項目に絞って詳細に説明した辞書とか売ればいいじゃん。

中学生(中二病)でもそれ使えば世代偽装して老人コミュニティにも紛れ込めそうだ

そういう死語になるのって大抵時代を感じる言葉で、中身はリア中でもそういう言葉を一つ使うだけで言葉に重みを出せるものだ。

背伸びしたい中学生と中二な文章を嫌う大人の双方にウィンウィンではないか

anond:20220327120445

なんかその辺の東西感ってロンドン中心視点ってだけでつまんない。

東を西に言い変えてどや顔してるのもなんか中学生みたいだ。

2022-03-26

処女だけど子宮頸がん検査した体験談

私はしがないアルバイター

ボケーっと生きて若さけが取り柄で税金はかろうじて納めている20代の女だ。

半年前の夏に職場から健康診断の通知があった。

その際に30歳以下の偶数年齢の女性無料検査が受けられます記載されていた。

あ〜そういえば中学生とき子宮頸がんワクチン受けろって国から言われたけど受けてない気がするな〜……なんかあったら怖いし検査しよっ!

って思ってボケーっとした頭なりに私の命の危機管理能力(笑)が突如として発揮され、そのままの勢いで申し込んだ。



健康診断の日まで子宮頸がん検査体験談とかネットで調べて見た。

AVしかたことないような足パカーってする機械に座るのか〜ちょっと怖いな〜女の先生だったらいいな〜

エロビデオの見過ぎで非現実的な展開も一瞬頭によぎった。ハタチ過ぎた処女男子中学生並みにエロい(かもしれない)事に敏感に反応してしまうのである主観

少し痛いって体験談も読んだ。

え、痛いの?いや、まぁ、そりゃ硬いもの入れるし痛いのか……えー…痛いのは嫌だなぁ…

でもまあ私生理の時タンポン使ってるし!1番細いヤツだけど……!まあ大丈夫デショ!!!





当日。

健康診断をする病院で案内され、たくさんの人が順番に検尿身長体重視力聴覚血液採取などを済ませる。

人によって検査する内容が違うので早く終わる人もいれば半日かかる人もいる。

私はただのアルバイトなのでいつもなら最低限の検査しかしないが、去年と違って子宮頸がん検査がある。

子宮頸がん検診のブースに行くと、診察室の前で待機してる人が全く居なくてアレ?って少し思った。すぐ呼ばれちゃうじゃん!ココロノジュンビガ…

ブースに入ってすぐに看護師さんのおねえさんに呼ばれてしまった。

検査前に先生から検査内容の説明

初めて性交経験者は子宮頸がんにならないって知った。


馬鹿無知


え?そうなの?体験談にはそんなこと書いてなかったよ!?

てかそんなの知らねーし通知書に書いとけ馬鹿野郎!!!

ハタチ過ぎた全員がセックス経験者だと思うな!!馬鹿野郎!!!


担当先生オッサンだったし、半笑いだった。

看護師のおねえさんもいたのでさらに恥ずかしかった。

(この恥ずかしさには「いい年して処女彼氏がいた事が無い=モテない劣等感」も含まれている)


…え!?恥ずかし!!!!え、じゃあやらなくていいならやりたくないです……


って思ったけど、「まあ、一応やっときますか」って言われて結局検査することになった。

申し込んだ検査キャンセルしたらダメかなと思ったし「じゃあやりません」って言うのも子供っぽいし逆に恥ずかしい。だから処女なんだよと思われかねない(劣等感から被害妄想


オッサン股間見られるのは普通に嫌だったけど、まあ医者なんてこんなの見慣れてるだろって思ってあまり意識しないようにした。


ビクビクしてる風に見られるのも嫌だったからさっさとパンツを脱いで足パカーってなる椅子の上に座って、足を広げて、足を固定されて、台が上がって、背もたれが倒れてってところまでとても素早く行われた。

私の後に検査待ちの人とかいなかったけど、サササッとやってくれたのはありがたい。

こっちの羞恥心かに配慮してくれてんのかね。

トイレ以外で下半身丸出しなのってなんか心細いような気持ちになった。



「触りますねー、入れますよー」って少し広げられて、グッとクスコが入ってきた。少し冷たかったような気がする

穴の少し入り口のところが無理矢理広げられてるからヒリヒリしたけど(このくらいならまあちょっと太めのタンポンだと思えば…)って思ってたら、「広げますねー」って言われてクスコがグアッと広がった瞬間















「い゛ッッッ!?!?!?!!!!?!!!!…!!!!?






いてぇの何のって


痛いっていうか、びっくりしたというか、苦しいというか、うん、まあ痛い

千切れるみたいな痛さ?爪のささくれを無理矢理引きちぎろうとする時の痛みが股間ダイレクトアタック

でも鈍痛っぽくもある。とにかく痛ってぇ…マジで

一言叫んだあと痛みを逃すためにめちゃくちゃ呼吸が荒くなった。

過呼吸になるんじゃねーかってくらい浅い呼吸を繰り返してた。

私はこれで非処女になってしまたかもしれんって本気で思った。

私が暴れるんじゃないかと思ったのか看護師さんに一瞬足を触られたけど、私は足をガタガタ動かすほど理性は失っていなかったから足は動かさなかった。偉いね


はい、もう終わりですよ」って言われてすぐ足を下げられて終わった。

一瞬には感じなかったけど、私以外の世界には本当に一瞬だったと思う。


ありがとうございました(?)ってお礼を言ってパンツを履いてガニ股歩きで私は診察室を出た。





後日検査結果が届いて結果はもちろん何もない。

何もないのに私は処女なのにオッサンにモジャモジャの股間クスコで広げられたのか…って思うとすごい後悔した。


これ以上私のような馬鹿無知処女子宮頸がん検査を受けないようにこの日記ネットの海に残す。

増田なんかに書いてもまともな人は辿り着けないかも知れないけど、まともだったらたぶん非処女だろうから

増田で丁度いいかもしれない。

とにかく処女子宮頸がん検診は受けなくていいぞ!

無駄あんな痛い思いはしない方がいいに決まってる。

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