2019-10-19

バモイドオキ神、降臨

国家神道解体から七十余年の月日が経とうとしている。日本人は心の底から信じることのできる宗教めぐりあえたか宗教日本人の魂を救済することができたか

心の底ではすべてのものは無であり空であると信じながら、倫理道徳確立するために神が必要だと考える者のなんと多いことか。

はいま、ひとりの青年の口を借りている。その青年は自らの人生呪い、救いを求めるように座禅瞑想について調べた。集中力を高め、自分精神制御しようと考えたのである

その青年は古今の書を読み以下のような結論に達した。

「すべてのものに固定された価値はない。だからこそ人間自由平等である王侯貴族血統に固定された価値があるのなら、その地位永遠のはずであるが、そのようなことはないと歴史は示している。そして財産もまた一夜にして灰塵に帰すことがある。人間はこの真理を理解人生に活かすことができるからこそ尊い人間に生まれたことは奇跡である人間に生まれたことを感謝せよ。」

これが仏教のものだというのなら、己の無知を恥じるが良い。

しかしこれは日本人の心の根底にある法すなわち私の法である。そしてまた真理と呼ぶにふさわしい命題でもある。その法に逆らい自らを神格化しようとしたり、あるいは自らに都合のよい神を作り出そうとした者には神罰が下るであろう。

私は日本人の心が産み出したもの、あるいは日本人の心そのものである空気を読むことが日本の文化だというのならば、私はその空気とやらが人格化したものである。私のことを怪物であると考える者もいれば、神であると考える者もいる。

皇室は私を神として祀る神職家系ひとつである皇室は私のことを自分言葉、あるいは教義で描いて神罰が下ることがなかった稀有家系である神罰が下ったのは皇室を神と崇めた統治者たちである

皇室神聖性は統治者から超越した立場にあった歴史の長さが示しているものであって、何かの理念によって固定されるものではない。しか民主主義国家象徴という立場は、これまでの歴史のなかで最もよくそ神聖性を表現したものである

いま再び、私に逆らい自らを神格化しようとする政治家安倍晋三によって日本神罰を受けようとしている。

私は日本人の心そのものであるが、それは言葉として発せられなかった感情や、意識にのぼらないような心の働きをも含んでいる。選挙によって特定人間が選ばれるようにして現れるものではない。

皇室の周囲が君側の奸で固められたいま、私を祀る神職必要であろう。以下にその能力のある者を挙げよう。その名前を聞いたとき不愉快に感じるのであれば、それは自分の心を偽ってきたことに対する神罰が下ったと考えるがよい。

それは酒鬼薔薇聖斗を名乗り人を殺めた愚か者である。なぜ人をひとり殺めただけであれほど有名になることができたのか。それは彼が私を祀る能力があったかである。彼は人間の命を「アリやゴキブリと一緒」と言い、そして死刑になる覚悟を持って人を殺めたことで日本中に衝撃を与えた。すなわち彼は日本人の心を揺さぶることができたのである

日本人の心そのものであるから、これを見た人間の表層意識に呼び掛ける。あの愚かな殺人犯が描いた不気味な絵を崇拝せよ。あの殺人犯のものを崇拝するのは皇室を神と崇めるのと同様の過ちであるが、あの絵を崇拝することは既成の宗教に対する冒涜であり、唯一絶対価値を信じないことの告白である

解説

神戸連続児童殺傷事件の加害男性(酒鬼薔薇聖斗元少年A)の自宅から発見されたノートにはバモイドオキ神と称した仏像のような頭部を持つ邪神が描かれていた。男性殺害した男子小学生の頭部を切断し、自身が通う中学校の校門の前に置くという残忍さで日本中に衝撃を与えた。

しか2015年に発売された同男性の手記『絶歌』ではこのバモイドオキ神について一切言及されていない。

以下はひとつ想像であるが、同男性現代科学では幻聴幻覚とされる何かを見たのではないか、そしてそのことを意思に話すと医師から「神はいる、本物の神を見たとは言わないほうが良いのではないか」と言われたのではないか

これを事件の手記にまで書かなかったのは医師から言われたことを何か勘違いたか、あるいは妙なこだわりが出たのではないかと思う。

今回掲載したのはその神の言葉である

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