はてなキーワード: ワーキングメモリとは
酒飲んでたにしてもちょっとひどかったので書く。
俺はワーキングメモリの容量というのがおそらくかなり少ない。ADHDとかの検査したときもすげースコアが低かった。
他の要素は人より高いくらいだけど、そこだけ知的障害とボーダーとか言われた。口頭で言われた3桁の数字のプレイバックがロクにできない。
普段は、2桁以上の足し算引き算を口頭で言われて暗算で解こうとすると、
途中で数字を忘れてしまってだいぶ時間がかかったり、うろ覚えになってて間違えたりするから常に念のため筆算している。
基本的には正確でないと困る大抵のことを紙に書くかテキストにまとめて、どうにかやり過ごしている感じだ。
先日、酒を飲みながら友人と話していたら、友人がよくあるなぞなぞだと言って、嘘吐き村と正直村の問題を出してきた。
分かれ道で門番に1回質問して正直村を目指せ、みたいなやつ。なぞなぞっていうかちょっとした論理の問題だと思う。
問題を頭に入れて考え始めたものの「例えばこう聞いた場合はこう答える」というパターンを2組以上どうしても記憶に保持できなくて思考が前に進まなかった。
「あれっ?」「あっ」「えーっと?」って言いながらひたすら同じところをぐるぐるぐるぐる。
焦れた友人がパターンを例示してくれたりしたけど、余計に混乱を深めるだけで、何度やっても「最初の質問なんだったっけ?」となってしまう。
酒で限界が早まっているせいか、普段より妙に明確に2パターン目をインプットしてる途中で、頭の中のメモ用紙が一杯になっているような「もう無理」という感覚があった。
さらに、その次の情報を入れたらその前にあった情報のどこかが押し流されて欠落していく感覚もあった。「あっ、今何か消えたな」と。
なるほど、こんなことが普段から頭の中で起こっているから、すぐ「あれ?どうだったっけ?」って思ってるんだなーと妙に納得した。
いくらでもフローチャートやメモを書きながら作業しても怒られない仕事で本当によかった。
処理の流れが画面で目に見える形で残る仕事で本当によかった。
あと、腕組んで頭の中で解決策とか考えてたらいつの間にか寝ちゃうのもきっとこの感じで同じところを回り始めてわけがわからなくなってるんだろうと思う。
今度から向いてないことやらないで、そういう時も素直に紙か何かに書くことにしよう。
ワーキングメモリを鍛えるべきなんだろうと思う。
だけど周りにいる似たような人を見る限りどうせやらないor続かないんだろうなぁっと思ってしまう。
うーんと。自分も、そうなんです。
私も、似たようなことで、悩んでいます。
今まで、生まれて40年間近くも、自分が変だってことで、済ませてきました。
一応、社会人経験も16年程度あります。転職は5回ぐらいしています。
しかし、突き詰めて考えると、全く性格の違う人間同士でなぜに意思疎通が出来るのかが分かりません。
心療内科で診断を受けた結果。
わたしは、軽度の自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)とADHDの併発だそうです。
どうして、対面での対話が可能なのか?
不思議ですよね。
TEDとかを見ても、口下手やADHDや自閉症を克服してきて社会的に成功している人の話が視聴できます。
心療内科の(臨床心理士という)カウンセラーの人との会話も、なかなか、思っていることを話すのが難しかったです。
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追記。
私の場合は、
リアルタイムで会話できているかのフィードバックが、その場で出来ませんでした。
(理由は、ワーキングメモリが足りなかったり、心理的に困難が伴っていました。)
『会話が出来ている感』が全くつかめませんでした。
元増田さんのケースとは、違うかもしれません。
会話をした後で1日後に、または、数ヶ月後に、言葉の意味を理解することもあります。
話をした後で、自分の気がつかなかった感情にも気がつくものだし。
(喩えると、自転車乗りや、ブラインドタッチ(タッチタイピング)みたいなもので、無意識に行う作業のようです。)
慣れなのでしょうが、会話の後で、どんな会話をして話が進むのかを、ノートを取ってみるのも、いいかもしれません。
あるいは、第三者同士の会話の流れを追ってみるのも、良いのかと思います。
元増田です。
いっぱい反応もらってて、書きたくなったのでちょっと補足とかを。
・仲間がいっぱい
思ったより同じようなことで困っている人がたくさんいるんだなーと思ってちょっと気が楽になりました。
・聴力とか感音性難聴とか
発達障害の病院通いラッシュが落ち着いてまだ困ってたら耳鼻科行ってみようかと思います……。
・耳の形
顔の輪郭線から耳の一番外側と福耳な耳たぶがちょびっとだけ見えてる感じ。割と耳が寝てる的なやつですかね?
あと古いタイプのイヤホンがまったく引っかからない程度に耳の軟骨の形状が開いてて、ねじ込むタイプのイヤホンのイヤーピースはSサイズでもすぐ痛くなるぐらいの耳の穴のサイズです。
そのせいか、音が聞こえたときに、どこから聞こえているのか判別するのも苦手です。
携帯失くして鳴らしてもらった時なんかに、見当違いの場所探したりとか……。
耳に手を当てたり、耳の後ろを押さえて前に向けると聞こえ方が別世界になるけど、ふざけてるように見えるのであまりできません。
遠くから緊急車両や暴走族が近づいてくる気配を感じた時とか、前述の携帯を探してる時に方向を探るためにやる程度です。
・滑舌
そこまで悪くないつもりですが、ちょっとヒートアップすると割と噛みます。
噛むときは「そんなことウヴォルボチュノボルボルティヴァ---ッ!?」みたいな盛大な噛み方をするので、妻からは人間と暮らしたいと言われます。
・ラップ
最初は何言ってるかわかんないけど、歌詞カード見て感心しながら聞くのが楽しいので好きです。
・正誤表が多い
先日は特にひどかったので途中からスマホでメモってました、普段は家に帰るころには忘れてます。
見返すと自分でも割と笑えたので、恥ずかしいので公開するかどうかは別にして、書き留めてみると意外と明るく暮らせるかもしれないですね。
・発達障害
WAIS-Ⅲは聴覚系ワーキングメモリのスコアが飛びぬけて悪くて、数唱3/18、語音整列4/18でした。
あと問題の聞き返しが多いとか、部屋の外の音が聞こえると聞き取り辛そうにしていると言われました。
・全部聞こえたまま返してみれば?
「えっ!?」って感じで反射的に聞き返すことも多いですが、内容が突拍子もなさ過ぎて相手が受け止めきれなくて、
結局「え、なんて?」「ごめんなんて?」の応酬をしてるうちにお互いに最初になんて言ったか忘れたりします。
逆に完成度の高い空耳だと、相手は自分の発した言葉を正確にそのまま返されたと思って、
「うん、そう」とか言われてしまって空耳連鎖による誤解が生まれるのでそれも割と危険です。
(例)
妻「うん」
私「えっ!?」
私「うーん、まあ、いると思えばいるんじゃないかなあ……?」
妻「じゃあ買っとこうか」スッ
妻「えっ!?」カニカマ片手にフリーズ
妻「えっ、いや、うん、カニカマ……」
個人的には、たまに口頭でもハマる空耳もありますが、基本的に空耳は文字に起こした方が伝わりやすいし面白いのかなーと思います。
一言目が特にダメなので、文脈や状況についてはむしろ割と頑張って織り込んでいる部類なんじゃないかという気がします。
気を抜くと文脈も空気も読めなくなるので、むしろ頑張りすぎてるのかも。自己評価ですが……。
聞こえた内容を強引に状況に当てはめて、ハテ…?って感じのことも多いですね。
(例)
調味料コーナーにて
妻「晩御飯なににしよう」
私「(サンドパン並に塩……?)ンァウ……」
突拍子もない空耳については、反射的にオウム返ししてしまった場合を除けば、
いやいやこれはないだろう、と黙って単に聞き返したり曖昧な返事でごまかすことの方が多いです。
・飲み会
会話自体は1対1で相手の口の動きを見ながら必死に読み取ろうとしていても、
「おつかれさまです」「おせわになりました」ぐらいの定型挨拶ならまだしも自由会話は全然できない。
あとビクついてるせいか頻繁に名前が呼ばれたような気がして滅茶苦茶キョロキョロしてしまいます。
・電話
苦手です、外出中とかで言葉として聞き取れない場合はメモすら取れないし、声で誰か判別するとか無理ゲーだし。
ようやく聞き取れた内容が本当に合ってるかどうかも、復唱して確認しても空耳連鎖してそうでやっぱり不安があったりするので、
デスクに電話がかかってくるだけで割とビクついてしまいます。実際失敗も色々してきました。
あとどこで鳴ってる電話なのか全くわからなくてキョロキョロしたりすることも多いです。
・字幕
テレビの字幕は不格好なのであまり使っていませんでしたが、最近妻にお願いして字幕機能をONにしてもらいました。
アニメやドラマのキーワードや人名を、ずっと勘違いしたまま見てたことが発覚したりしてびっくり。
邦画やアニメ映画も、字幕をつけてみると演出や物語の内容に集中できるので非常に快適でした。
・対策
経験上、スーパーやカフェの喧騒ぐらいであれば、対面(相手の口の動きが見える状態)で、
対象物を指差したり手に持ったりしながらしゃべってもらえると認識率は劇的に改善されますが、
結局、常に相手の顔を見ているわけでもないので、話し始める時にワンクッション入れて知らせてもらう必要があるので、割と面倒を強いてしまいます。
思ったことを妻がポロッと口に出して、それをそっと拾う、みたいな一般的で自然なコミュニケーションにあこがれています。
・訓練
日常が訓練状態っていうのは置いといて、以前にも悩んだ時期があって、
その時は歌詞を覚えてない曲を何度も聞いて歌詞を書き起こして、完成したら歌詞サイトに行って見比べたりしてた時期がありました。なんかもうひどかったです。
歌だと英語と日本語が混じってたりするので、「日本語のはずだ」というフィルタすら使えないので余計しっちゃかめっちゃかでした。
・環境音
・上方落語
とか色々教えてもらったのでちょっとずつ試してみようと思います、ありがとうございます。
関西人なので上方落語というよりは、なんか違う土地の方言を聞いてみればいいんでしょうかね。
・君の胸で稚内
君の胸で naught count and it.
君に胸 cuz gatta some minds.
歯茎 for a perfect style.
ハァン…ハァン…ハァン……
ADHDと自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)の診断がついてカウンセリングを受けることになった。
不注意、衝動に多動まで残ってる割と強烈なADHDに相手の状況や気持ちがわからなくて、謎のこだわりが多い広汎性発達障害のおまけ付き。うーむ……。
心理士から、普段の生活で困っている点について教えてくださいと言われたけど、その場ではパッと思いつかなかったので次回に向けてまとめておく。
全体的に
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冷静に見つめ直すと、仕事・家庭の両方が既に崩壊しかかっているギリギリの状態という印象。
いつ何をきっかけに崩壊してもおかしくない感じで、かなり不安感が強い。
自分で見ててもこれを無傷で切り抜けることは不可能だと考えているが、何をどこまであきらめるべきかの判断ができない。
何が手遅れで、何ならまだ間に合うのかがわからないので、対策の方針を立てづらい。
家庭の状況
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妻は基本的に
「私はもうそこまでして一緒にいたいほど好きなわけでもないし、むしろカサンドラ的な症状で自分の心身の不調でいっぱいいっぱいだし、それでも一緒にいたいならあなたが変わって。」
というスタンスであり、私からはあまり協力を頼めない状況に陥っているように思う。
カサンドラ症候群的な状態になっているのかどうかの判定をするかどうかは別として、少なくとも既に心身症で病院にかかっていることは確かなので、妻のケアも併行して進める必要がある。
また、現実的に家計が火の車なのでその間なんとか生活を回していく必要があり、何かアクションを起こすために貯蓄を作っていく必要もある。(貯金ゼロ)
妻は現時点で私との内面的な部分についての対話を諦めてしまっており、
何か不満があることは私にも(たまに)わかるが、何が不満なのかが私にはどうにもわからない。
妻の気持ちや考え、理屈が説明されず理解できないので、妻は静かに涙を流し、私はパニックになってオタオタするばかりだ。
また、私がおそらく妻の気持ちがわかっていないであろうことを伝えて、まずは理解を試みるべく説明を求めて解決策や対応策を検討してみても、
「あなたが文字にして書かないとわからない人なのはわかるけど、私はうまく考えを書けないし書きたくない」
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【就寝】1:00~5:00
決まった時間に寝られない。
・寝ようとしたタイミングで救急車や消防車、うるさいバイクなどが通ると、目が覚めてしまってそのまま朝方まで眠れなくなることがよくある。
・仕事からの帰宅時間がまちまちで、0時を超えるような場合もあり、
そういう日は仕事モードからの切り替えができずなかなか寝付けない。また、翌日の遅刻・欠勤率が高い。
考えても仕方のないことや、結論がすぐには出ないことを考えてしまったり、情報収集をしないと落ち着かなくなって寝付けなくなる。
・ゲームや漫画、読書などのやりたい事や思いついたことが気になって、やらないと落ち着かない状態になってしまい眠れなくなる。
やらずに我慢して横になっていても、気になってソワソワしてしまって寝付くのに数時間かかったり、
一度眠れた場合でも、短時間で目が覚めて、結局触ってしまうことが多い。
・夜10時を超えると元気になり始める体内サイクルが出来上がってしまっている感じがする。
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【起床】7:30~8:30ぐらい
起きられない。
・目覚ましはセットしているが聞こえない。起きてからスヌーズを止めるだけの存在になってる。
・私の目覚ましが鳴っても一緒に寝ている妻だけが起きて、私はまったく起きずに寝ている。
・妻が妻の仕事に間に合う時間(8:00~8:25)に起きて準備する気配で起きたり、声をかけてもらって起きたりするが、
9:00に出社するには8:20くらいには家を出る必要があるが、起きた時点で既に私が家を出ないといけない時間よりも遅いことが多い。
起きた後にも
・しばらくボーっとしてしまってどうにも動けない日
・立つとフラついたり、体を動かすと気持ち悪くなり吐き気が出る日
・偏頭痛の発作が出て窓すら開けられない日
などが、かわるがわる現れて、すぐに動ける好調な日が少ない。
妻は、私の就寝状況などから自己責任であると考えているので、早く寝ないせいだと言われる。寝ようとしても寝られないのだということは共感してもらえない。
自分の仕事に必要な以上に早起きしてまで私を起こす義理はないと考えている。まあ普通そうだ。
以前起こす際に寝ぼけた私に殴られた?蹴られた?ことがあったらしく(記憶なし)、私を起こすこと自体にかなり消極的になっている。
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遅刻・遅延出勤が多い。
フレックスタイム制なので10:00までに出社すれば遅刻にならないことになっているが、
「原則9:00出社、遅れる場合は電話連絡」というルールの為、頻繁に電話連絡をしていて、当然ながらあまりいい印象を持たれていない様子。
直近1ヵ月半の勤務日35日のうち、9時に出社できているのがわずか6日(17%)であり、
10:00にも間に合わなかった遅刻が3回、体調不良や二度寝からの寝坊で13:00にも間に合わず、結局全日欠勤になったのが4回。
有給休暇を使い切ってしまっている為、補填ができず始末書なども書かされており、解雇に向けた準備が着々と進行している気配を感じる。
また、ギリギリを保てているのも妻が自分の仕事に出る前に声をかけてくれたりしているためなので、
一人であればとっくに遅刻・無断欠勤(寝坊)まみれで解雇されていてもおかしくないレベル。
また、「次の電車を逃すと9時または10時に間に合わなくなる」という、
駅まで走ってギリギリのタイミングでないと意識に隙が生まれてしまうらしく、半端な時間に家を出たときには、
いつもと違う道を衝動的に選んでしまって時間を読み間違えたり、
景色を楽しみながらゆっくり歩きすぎたりして、電車に乗り遅れることが多い。
そういうことをやるとマズいと経験上わかっているのに気が付いたら思いつきに流されてやってしまっている。
結果的に「余裕をもって家を出ると遅刻する」みたいな謎の現象が頻発するので、なるべく避けるようにしている。
そのためいつもギリギリのタイミングなので、走り出してから足の調子が悪いとやっぱり乗り遅れる。
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【出社】9:00~10:00
会社でのことは後述。
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【帰宅】18:30~1:00
夕食、録画番組の消化、入浴(ちょいちょいサボる)などを済ませて【就寝】へ。
「自分の時間」が多くても2時間くらいしか確保できていないため、やりたい事が就寝時まで残りやすい傾向がある。
また、帰宅後の時間の使い方について妻が不満を持っているようだが、一緒に食事・録画番組を見ながら話すなど、
夫婦の時間を優先的に確保しているつもりなので、どういった点が不満なのかがイマイチわかっていない。
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仕事について
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遅延出勤や作業の遅れをカバーするために長時間労働が常態化している。
休職をはさんで社内的に作業負荷の軽いとされている部署に移ったが、
新規に担当になった作業が、既存の古いプログラムの不具合を調査・修正するという業務内容で、
これまで扱ったことのない古い技術や知識が必要になるが、それを習得するのに十分な環境が整備されておらず、常に手探り状態になっていてハードルが高い。
さらに、遠回りをしながら実際に個々のパターンを体験して習得しないと要領が掴めず身につかないタイプなので、
不具合の内容ごとに対応方法が異なる現在の作業では、毎回ほぼまっさらな状況から作業しているような形になっていて、
先輩社員にお手本を見せてもらってトレースする形でないと作業がほぼ自力では進められない(一人では何もできない)状況になっている。
調査作業は単調な作業も多く、気が付いたら眠ってしまっていたり、
理解できていないことの壁を前に立ち尽くしてしまってなかなか着手できないことが多い。
また、直すべき不具合の存在そのものを見落として直ったと勘違いしてしまうなどの問題も起こっている。
こうした状況は上司もある程度認識しているが、上司世代では知っていて当然という技術や知識であるため、
頼みの綱のマニュアルに出てくる用語の意味がほとんどわからず、前提となる知識が全く備わっていないので、
基盤となっている技術については前提知識扱いで記述されていないマニュアルから情報を読みとること自体に苦戦しているということが理解してもらえず、
上司が上司なりに余裕を持って組んだ(私には到底無謀に見える)スケジュールよりも常に時間がかかっている。
以前にやっていた作業の方がこれまでの学習や蓄積したノウハウが使えるためおそらく適性はあったが、
現在社内で走っているプロジェクトは大規模大人数のものであり、そのフロアを歩くだけで人酔いしたり、話し声で注意力が散漫になってほとんど仕事にならない。
また、その他のプロジェクトからは私の体調面を考慮して受け入れを拒否されたりしていて、既に社内には他に居場所がない状態になっている。
勤続7年目だが、これまで問題が起こらなかったのはたまたま2年目で配属されたプロジェクトが5年ほど続いて、
そこでは比較的少人数で、さらに自分の担当箇所が独立した一部分であったことから他の人との連携なども最小限であり、
また担当箇所に対する相応の裁量を与えられて、やり方も含めて自由に動けたため、たまたま自分にとって非常に仕事のしやすい環境だったのだと思われる。
残念ながら、同じような仕事は今の社内にはなく、プロジェクトの終了に伴って大規模プロジェクトに入った直後から、
仕事の進め方が変わって対応しきれなくなり、周囲の喧騒で集中力不足が顕著になって仕事が滞ることが増え、
因果関係は不明だが配属後1ヵ月ほどでパニック障害を発症してロクに会社に行けなくなり、休職する流れになった。
また、在籍し続けたとしてもこのままでは給与が右肩下がりであることを示唆されている。
「今回は薬で治るものだったからよかった、生まれつきのものが原因だったりして根本的に治ることがない場合はウチの会社に居続けるのは無理だからねー」
と言われており、思いがけず発達障害にクギを刺された形になっている。
部長個人というよりは、会社上層部全体の見解のようで、発達障害について会社の誰かにバレてしまった場合、自動的に退職に追い込まれそうな雰囲気があり、とてもではないが言えそうにない。
長時間労働が必要な働き方や職場自体が、自分の能力とマッチしていないという印象がある。
(長時間労働→自分の時間減→寝坊・遅刻 という悪いループにハマっている。)
これ以上、外の世界で役に立たないレガシーな技術に振り回されているより、早く見切りをつけて転職するしかないか?
(それにしても技術力が思いっきり錆びているので準備期間が必要そうだ……)という思いと、
仮に転職しても、遅刻癖が無くならないとどこに勤めてもフルタイムでの勤務はやっていけないのではないか?という思いがあり、将来に対する強い不安を抱きながら生活している状態。
毎日、いつ退職勧奨されるかわからないという気持ちでいるため、精神衛生上かなり悪影響が出ている気がする。
うーん、結構色々困ってた。キッツイなあ……。
【追記】
増田を鏡に使ってる感じで少し申し訳ない感じもするのですが、ブコメを読んでて気付いたこととかもあって大変ありがたいです。ありがとうございます。
医者曰く、今までなんとかなってきてるので発達障害の程度としては軽いらしいです。
薬なしでひとまず頑張ってねって言われました。
手帳がーとか自立支援がーとかいう話も一切出なかったので、カウンセリングとかだけでなんとかなるレベルという判断のようです。
知能検査の結果は、知能は平均よりちょっと高いけど苦手なことがとことん苦手で差がやたら大きいそうで、言語理解と作動記憶では50ポイント近く差がありました。
特に短期記憶の聴覚的な情報の処理が、ワーキングメモリが職場放棄してるレベルでダメだったみたいです。
心理士からは、家でずっと歩き回ってたり揺れたり踊ったりしてても、奥さんが我慢できないとかでなければ別に問題ないんですよ、と言われたのがちょっと目から鱗でした。
夜なかなか寝れてないとかは医者はまだ知らないので、言えば睡眠薬とかも出てくるのかもしれないです。
よく聞く、効きすぎて昼間も眠いみたいなことになって会社でも今以上に寝てしまったらどうしようとビクつきますが……。
とりあえず、耳栓試してみてダメだったら医師に相談してみましょう。熱いタオルは妻に用意してもらう必要があるので当面保留ですかね。
というか、会社に遅刻したり休んだりしていること自体、特に聞かれないから医者に言ってなかったんですが、
そもそも会社に行けなくなったところから受診し始めたんだから、もしかして言わなきゃいけなかったのかなあ、と今これを書いていて思い至りました。
診断をもらったのも今週の話なので、書いてることの半分くらいは外部の視点を持ち込んで自分の意識を変えるとか、
何かしら工夫するとかで時間かけて訓練すればなんかうまいこと回避可能だったりごまかしたりできるんじゃないかなー?と割と楽観的に思ってますが、
一部には前々から何度もやらかしてその度になんとかしようとしてきたけど、気が付いたらまたやらかして「ああ、またか」って思ってるよなあ…ということもあって、
そういうのは何かしらうまい仕組みを考え付かないと、単純な対処方法では厳しいのかもしれないと思っています。
とにかく一旦情報を羅列していって問題点を何度も見返して認識できる形にしておかないと、じっくり自分ひとりで考えることもできないので、
いつも何かしら出力するのですが、毎回ものすごい量の自分語りみたいになってしまって、自分でもウヘェ…と思います。
また、情報共有のつもりでここに書いたようなことを妻に伝えようとすると、妻がうんざりしているような感じが確かにあったような気がします。
うんざり…なるほど、アレはうんざりしていたのか。自分でもウヘェって思うことを全部垂れ流していたら、うんざりしても不思議ではないですね。
しかも垂れ流してる時点では解決策はまだ検討してないわけですし。改善の余地がありそうです。
今後は、最初からドバっと渡さないで、自分や心理士のレイヤーで解決できたものは取り除いて、
妻の協力が必要そうなものだけ対策プランとセットで提示するように心がけるのがいいのかもしれません。
会社はあと2か月ほど休職すると自動的に解雇になる仕組みらしいので、半年くらい休職=退職だったりしてちょっと覚悟がいります。
ただ、いよいよとなったらそうした方が自己都合退職して退職金が半額くらいしか出なくて、失業保険もなかなか出なくて、
ADHD~~~~ケアレスミスが多い、時間を守れない、締め切りに遅れる、話を聞けない、子供の頃じっとしていられなかった。
① vs多動、話を聞けない
しゃべらない。というキャラクターになるのがとりあえず俺はうまくいった。タマタマかもしれない。
普段からしゃべらなければしゃべりだすのがおっくうになってベラベラしゃべらなくなる。
空気が悪いと思ってもとにかくしゃべらない。しゃべらないでそんなに悪くすることはないが、しゃべって悪くすることのほうが多いから。
そして、話を聞くときはメモをする。 その場だけのメモでかまわない、ワーキングメモリーを食いつぶさないように覚えることはメモする。 そしてその場で必ず繰り返しで復唱して相手に確認する。
俺は相手の話を聞けないことがかなり減った。多動もほぼ無い(多少ある)。 もちろん発達が追いついただけでたまたまかもしれない。
② 忘れ物
最近は忘れ物ほとんどしなくなった。やる前にノートに何を持っていくか書くから。
ほぼ必ず書く。
自分が忘れっぽいってことを意識するだけで、何かするときは大抵リストを脳内で作る。
③ vsケアレスミス
正直全然治らないが。かなり減らせていると思う。
ADHDの場合、やってるときにやってることそのものしか考えない癖がある。
そこで、「これ終わったら何するの?」ということを考える。
たとえば勉強なら、勉強が終わったら片づけをするんだ、ということを終わりかけに意識する。
何かタスクをやるときに、終わるときに何をするのか?を考える。
④ vs覚えられない
ワーキングメモリーが小さいために非常に覚えにくい。
がしかし、ADHDの少ないメリットの1つが、パッとした本質を掴むのが早い性質がある。
つまり、興味を持って、ある程度知識がある状態なら、ガンガン知識が増えていく。
しかし、知識がない状態だと、少し読むだけでワーキングメモリが潰される。
そこで、まずは、「教科書などの太線になっている単語がなぜ太線になっているか説明できるか?」をためす。パッと全体捉えるのが得意なのでこれは得意。
しかし、それでも覚えられないものもたくさんある。たとえば歴史などは覚えられない。ちょっと読むと記憶にとどめることがパンクする。そこで、歴史はこれはもう書いて覚えることになる。書いたら忘れてOKになるのでワーキングメモリがつぶれないの。ノートするときに穴埋め問題を作るように、重要な単語やキーの単語は()にして、ノートの右に解答を書く。みたいな形式にする。
これだと時間がかかりすぎるようだが。ある程度知識が付いた後ならADHD特有の過剰な集中力で読むだけで理解できる。つまり、最初の最小の知識入れと興味を作るために、暗期必須の場面は暗記する。
⑤ vs予定を忘れる
スマホのスケジューリングが強い。特に1月、2月先の話は、シャメ+スマホのカレンダー機能のセットで管理する。 スマホが世に出てくれてこの部分は本当にありがたい!
⑥ vs計画的に動けない
⑦ vs字が汚い。
ひらがなは小さく、感じは大きく。 おや指をなか指の第一関節に置く。 枠があったら、枠に収まる字の大きさで書く(名前欄ではフルネームを書いたときに欄の左と右まで到達するような大きさや字の感覚を考えてから書く)。 字を枠にあわせるのでなく、枠に字をあわせる。字の1つ1つではなく文章全体における字の『配置』が大事。
これはあるとき急に治った。が、トレーニング自体は小学校の頃から20年くらいかかってようやくなおって、ギリギリ字が汚いが読める人なみ。
⑧ vs自生思考
そうするとあるときパターンが尽きてくるというか。ダンダン新規のねたが少なくなっていく。
夜中寝ようとしたらアイディアが溢れる→ノートに書く。 この繰り返しを何年もやるとネタがつきてくる。
⑨ vs注意散漫&過剰な集中
注意散漫ってのが病気のせいなんだと思うと、注意をそらしていることが意識できて、多少注意はそれにくくなった。それにくいというか、それた瞬間それたことを意識できるようになった。
過剰な集中だが、集中している時に、これは病気で過剰に集中してるだけなんだから、意識逸らそうとすると、周りが見える。周りが見えてる状態になったときに持っていければOK. 疲れるまでやらないと自制がききやすいように思うが、やってしまうことも多い。
④ メモをとる。
やはりADHDはメモが大事。 ブログでは俺は厳しい。紙のメモでないと厳しい。
ノートの上60%は自由メモ欄、下40%は 日付、時間、☆今やってること、!今からやるべきこと。 をメモする。
自分が今という時間をどう扱っているかがわかる。1日のメモは少なくて5ページ、多くて20ページになる。
とにかく、自由記載の意識の状態と、客観性の下欄で自己を扱う。
俺は今も治ってない。
今じゃないことを今だと感じるには、作業を今だと感じられるほど小さくする必要がある。
1回こなせなかった予定は次も絶対こなせない。 だから、タスク自体を変形する必要がある。
ノートに書いて。
タスク→メールするはずだった→携帯の相手のアドレスを開く。 みたいに変形しておく。とにかく、「変形して新しい刺激に置き換える」ことでなんとか興味を引き出すのだが。1度れってる付けすると難しい。
これから社会を渡り歩く上で、是非とも知っておきたいこととして、世の中始末に負えない乱痴気野郎は数有れど、正論人間ほどタチの悪い、人生の詰んでいる人間は居ない。これは知っておいても損はないだろう。
これから社会へ羽ばたき偉業を成し遂げんとする君たちも、薄々感づいてはいるはずだ。学級委員長や生徒会長のような正論マンの不甲斐なさ、そして冬の碧空にも似た慟哭に。
世の中に蔓延る正論をなんとかして駆逐せねばならぬ、とまで考える人もいるだろう。また、正論をどや顔で言うような族(やから)にだけは俺様はならん!と固く誓っている人もいるだろう。
しかしちょっと待ってほしい。ここで大切なのは感情論の排除である。何事も感情的になっては琴をし損じる。感情的と言ってもヤキモキしたキモチを適切な形でストレートに吐き出すのはむしろ良いことである。
そうではなく本当の感情は棚にあげて都合のいい別の感情を正当化しようと論をひねりだすのが駄目なのだ。結局それは言い訳であり捏造にすぎない。自分にも他人にも嘘をつき、感情的になればなるほどその嘘の対立構造がエスカレーションする。
だから冷静に思考しなければならないよ。学生時代にロクに人と向き合うことなく2chなどをやり過ぎてきた人は特に注意。面接で俺は友達いるしサークル入ってたしバイトもしてた、なんて人がよくいるけど、
そんなのも名札(title)にすぎないのだよ。中身が肝心。素直な気持ち・意見をどれだけ適応的にやりとり出来たかどうか。その意味で正論を文字通り「正しい」と思えるような人は危ないと言ってよい。
結局のところ正論というのも名札にすぎない。正しいと名札がついたことを言えば、一応は一定の力をもつ。絶対無敵とまではいかないが、たいていの場面で有利な形勢に持っていくことが可能であるという意味において。
ところがね、第1にそもそもにおいて「勝つ」必要などないのだよ。狡黠な人間になんてなる必要ないとも言い換えられる。ずるい人間って世の中いるよね。それは一種の適応とも言えるが。
よく考えてほしいのは、適応というのは常に不適応の可能性をはらんでいるのだよ。ある方向に適応したということは、他の方向に適応できなかったからかもしれない。ズルいってのはそういうことなんだ。
あらゆるファクターがありうるので一面的に決めつけることはできないけどな。けれどもそれがもし不適応からきた果実だとしたらそんなに哀しい色の果実はない、そう思わないかいということなんだ。
第2に正論はあくまで論の正しさに過ぎない。論とは前提たる命題に推論規則を用いて演繹していくプロセスなのだがな。ともかく論の正しさはあくまで推論の正しさであり前提の正しさではないという中学校から教わってきた当たり前のことなんだ。
当たり前だがみんなすぐ忘れてしまうから常に確認しながら進んでいかないと行けないんだ論者たちは。でないと、、中学生が見てもバカじゃんこの大人たちはって言うようなことが頻発するのだ。
人間は多くの人間自身が考えているよりもスキが多い、不注意が多い、手抜かりが多い生き物なんだ。だから当たり前のことを当たり前にやれる大人になること、これが何よりも大切で、難しいことなんだ。
岡目八目と言ってハタからみて批判するのは簡単だけど実際にそういう立場になったとき自分自身しっかりやることが肝胆だよ。だから正論を畳みかけるように言われてもジト目で疑うことを怠たらない誠実さを忘れてはならない。
そういったことを抜かりなく積み重ねていく先に成長がある。正論を疑うにあたっては、繰り返すが感情的になってはいけない。感情を包み隠さず適切な形で表現するのは良いことではあるが、感情に論がくっつくと
途端に一気にタチの悪い一揆を巻き起こして塗炭の苦しみに見舞われてしまう、と述べたね。ここで1つ感情的にならないコツを教えよう。こと人間関係になると多くの負の感情は恐れからやって来る。
怒りも恐れ、恥ずかしさも恐れ、不安も恐れ、いろんなことが恐れから来ている。そしてそのことをみんな自認したがらない。だからビビり先輩ちーっすwな煽りが万国共通に通用すると。
だから恐れを常に認めないといけない。認めるためには心の余裕が必要なの。心に空きスペースがないと駄目なの。ワーキングメモリが一杯になると他の事考えられなくなるでしょう。
実は人間は生きる心構え次第で必要な余裕が雲泥の差なんです。一般には精子いや生死をかけた闘いを日々繰り広げる人ほど沢山の余裕が必要と考えられている。しかし実際は彼らの95%は忙しいの字は心を亡くすと
書くとの格言どおり忙しさのあまり心が狭くなっていますから、それでもなんとかやっていけてるということは実は大して彼らのような生き方のためには別に特段余裕が必要なわけではないんですよ。
ただしそれは「毎日をなんとかやり過ごす上では」不必要ということであり、「日々をよりよく生きるためには」あるいは「今後の人生のためには」もっと余裕が必要ですよ。狭い心のままではいつかSAN値がピンチになります。
そう、「よりよく生きるためには」もっともっと余裕が必要なんだよそこの君。倫理(ethics)とは本来は儒教的な処世術ではなく日々をよりよく生きる方法を追求する学問であった。
自分のことばっかり考えてガンガン心を狭めていては結局のところ苦しい境遇に追い込まれていくようにうまく世の中はできている。天網恢々疎にして漏らさずとは至言なり。
『オデッセウスの鎖―適応プログラムとしての感情』の紹介文を見てごらんなさい。「感情はなぜ存在するのか。感情がその場限りの自己利益を越えてより合理的に行動を方向づける働きがあることに着目し、
今まで十分に理解されていなかった利他行動など、一見非合理的にも見える行動のメカニズムを鮮やかに解き明かす」。この問題意識と解決の試みに非常に高い知性を感じざるを得ません。
実は感情は我ら人間の誇る高級な機構であったという発見が続々と為されている。そういった感情を捨象してロボットのように正論を言ったり感情を捏造して論理で塗り固めたりするのはもう今年で卒業しよう。
来年からはきっぱりケジメをつけて全く新しい人間に生まれ変わるつもりでいこう。ただしだイチローの「変わらなきゃも変わらなきゃ」の精神は忘れちゃならんぞ。必死に変わろうとする人間がよく陥る罠。
変わろうと歯を食いしばることは現状を強く否定することになるが、実は否定すればするほど暗に弥が上にも強く肯定してしまう結果になるのだから、決して無理に変わろうとしてはいけない。
これも人間関係と同じで根底には恐怖がある。忙しさを好む精神の奥底にはしばしば恐怖があるのだ。一般に強くコミットしようとする性向の背後には恐怖があるということ。
だから強くコミットしようとするのではなく、ソフトなアプローチ。これが大原則なのだが、そのためには実はたくさんの余裕が必要なんです。だから言ったとおりでしょう心構え次第で雲泥の差。
余裕といってもロマンティック・アイロニーのやうな嘲笑や放蕩ではなく、きちんと自分の行い、思考を決める規律を自分で定めないといけない。
クラピカも制約を自ら誓約して力を手にしたのだからこの支配から卒業して賜杯を手にするには規律を自らに課すことが必要不可欠といっても過言ではなかろう。
ぱっと見なめし革のような硬質な立派さを漂わせてはいるもののそれはあくまで虚構で、その内に秘めたる醜さは計り知れない。だから俺はブランドもののバッグが大嫌いなんだ。
ともあれ人の心にハリボテエレジーのような哀愁があり、それを我々は他者や社会との関係の中で再現しているに過ぎない。しあわせに小石をなげて。
その修正を試みるのがサイコドラマの主旨である。ともあれ正論という古い規律を捨てて感性的であろうとすると俺たちはいとも簡単に自己否定のワナにかかってしまう。だから新しいマイルールが必要なのだ。
マイルーラ見かけなくなったなと思ってたら2001年3月製造中止。 テレビCMや大学の文化祭で宣伝しだしてから、若者の間で非常に人気が出て世論の批判を浴びたことが原因とな。
回答になるかわかりませんし、そばで見ていて経験的に得た対策なので、
ひとつの考え方だと思ってください。
何より自分の都合・感情ばっかり言ってて自分の主観に偏執してるというか
確かに発達障害の人は「周囲の人から見た自分」というような俯瞰な見方ができないことが
多いので、“なにやってんだ”って思うような勝手な行動をとる印象があるかと思います。
できなかったことを、自分で反復してグズグズ言ったりもします。(全然発信しないで溜めこむ人も多いですが)
そうならないように、親や専門家の先生が、人間関係を円滑にする見本をいろいろと教えたり、
まずい行動リストを作って、なるたけ、やらないように教えて行くぐらいしか対策はないと思います。
しかし、思いこみは強いですが、頭は堅いわけではなく、大抵の不平はたいした意味がありません。
外見は大人だし、知性や学力は大人並み、なのに、感情や思考が子ども並みで追いついていない。
実年齢から5歳から10歳下ぐらいの人として扱うと、腹が立たないかと思います。
20歳だったら、15歳以下、中坊として扱う。
15歳だったら、10歳以下、小3として扱う。
面と向かって、「君は小学生並みだね」と言わない限りは、そう扱っても気が付かないと思います。
そばにいるとイヤな目に遭いますよね。
あなた自身がどうにもできないことだったら、スルーするのが良いと思います。
まじめに受け止めて、アドバイスしても、効果はほとんどありません。
話をしているのではなく、愚痴や不平は、大抵、警告音だと思って、接しています。
「疲れているなら、早めに寝たら?」
って言うぐらいです。
愚痴ばかりで、同じようなことを延々いう場合は、言っている本人としては、
どうにかしたい問題が生じて、ストレスが高まっているんだが、
それを自分では解決できない。
というような、警告と思って、私は受け止めています。
周囲にはわからないようなことがストレスになり、彼らは苦しんでいることが多いです。
または、どうにもできないことだったりすることが多いです。
例えば、先生が今日配ると言っていたテストの回答を渡さないで、授業をはじめてしまった。
普通の人には、なにが問題なのかわからないことが、彼らにとっては大問題で。
環境の変化や予想していた事実の変更に対応するのが難しいので、ちょっとしたことでも、
一旦、それが気になると、そのことばかりでワーキングメモリがいっぱいになってしまう。
なので、他のことが考えられなくなって、やるべき作業もとどこおり、
そして、彼ら自身がそのドツボから抜け出すことは難しい。
しかし、あなたがどうにかすれば、どうにかなるような問題であれば、
解決を手伝ってやってください。
具体的に解決でき、「ほら、解決したよ」と示して見せれば、止まります。
例えば、暖房で部屋が暑いぐらいなのに、コートを脱がずに座っている。
顔は赤くなっているし、機嫌が悪そうだ。そんな時は、
「この部屋は熱いな。コートを脱いだら」
と声をかけて、あなたも脱いでみせたり、脱いだコートを置いて見せる。
そうすると、彼らは脱ぐことに気が付きます。
脱いで、生理的な“暑い”というストレスが減ると、ストレスがたまるコップが
“変なことしているな”と思ったら、その状況を伝えてやると、気付いて止まることも多いです。
笑ったり、バカにした言い方をしなければ、ハッと気付いて、直すことも多いです。
こんな簡単なことが、どうして、できないのか? どうして気付かないのか?
と思われるでしょうが、それができないのが、発達障害なんだと、私は理解しています。
大抵のストレスの原因は、こんな簡単なことばかりではないのですが……。
先にあげた、ストレスの例。
「教室の冷房の振動音」や「テストの回答を渡さない」など、変えがたいことについては、
親や先生などが、
“こういうのが苦手なんだな”
毎回、毎回、ストレスがたまりはじめたら、本人の話を聞いて、原因を探し、
そうやって慣れているうちに、次第に経験を積んで、成長していくようです。
それとも彼独自のパーソナリティなの?
どっちでもありえるということですね。
あなたが思い浮かべている方が、私が知っている子たちと同じようなタイプとは限らないので。
障害の程度も、症状の現れ方も、さまざまですから。
ただ、「発達障害がある」と看做されている人と付き合う時は、
●中身は子どもだから、ちょっとしたことで驚いたり、疲れたりするから、要注意。
●ストレスがたまっていないか、気遣って、ストレスの原因から遠ざける。
●愚痴や不満が多くなったら、その子にとってリラックスできることをさせる。
というようなことは、常に意識していると、それほど腹が立たない気がします。
参考になれば幸いです。
うちの子も、自閉症スペクトラムで、中学受験をして、私立に通っている。
それほど状況は違わない気がするので、そばで見ていて、思ってることを書くね。
治らないと書いている人がいるが、発達状況は間違いなく改善するし、
昨日よりは今日、今日よりは明日というように、成長しているよ。
高校生でわかったということは、そこまでは自力でがんばって、同世代に追いついてきたわけだし、
基本的な生活習慣もできていて、学習能力も中学受験できるぐらいあるのだから、そんなに心配することない。
ハイティーン向けの本もたくさん出ているから、読んでみたらいいよ。
うちの子はIQはそこそこだけど、IQではどうにもならない困難があって、それで苦労している。
人の表情が読めないし、空気でわかるはずだってことがわからない。
説明が下手だから、自分の思っていることを伝えられないことも多いし。
バカ正直に、なんでも聞かれたら答えるから、どんな職業に就くのか、心配だけどね。
ワーキングメモリは低いのに、処理能力のレベルは高かったから、
小さい頃は、頭の回転がものすごく速くて、受け答えも大人のようだった。
でも、小さいうちは、限定されたことしかやっていないから、目立たないだけだったんだな。
集中させれば、普通の子よりもできるから、中学受験向きだし、合格したんだけどね。
普段の生活はワーキングメモリが少ないなりの工夫をすれば、どうにかなるんじゃないかと思う。
親としては、いくつものことを同時にやらせないようにして、生活させているから、
本人は苦痛には思わないようだ。
学校でも、“失敗させるような状況を作らない”、“パニックになる状況を作らない”という点を
配慮してもらっているせいか、イヤな思いもしないで済んでいるようだ。
ノートが取りずらいならば、レコーダーの持ち込みを学校に許可してもらうといいよ。
家に帰ってから、もう一度聞き直して、ノートをとりなおせばいいよ。
プリントやメモを貼って、きれいでなくても、自分なりの使いやすいノートにすればいい。
私立は、頼めば、そういう配慮をやってくれるからさ。
それでも、むしゃくしゃしたり、できないことの壁にぶつかって、うちの子も苦しんでいる。
そういうときは、とにかく好きなことを考えて、するんだな。
主治医の先生からのアドバイスで、「これをすれば、気持ちが上向く」ってことを
リスト化していて、辛い時はそれに浸るようにしている。
ちょっと逃避できるなにかがあるといいよ。
もし、可能ならば、身体を動かすことがおすすめ。
うちの子も、身体能力が全体的に低めだから、よく転んだり、ぶつけたりしていたから。
人との関わりを避け、ネットの文章を漫然と眺めるだけの日々。
気がついたら、もともと不得意だった日常会話が更にできなくなっていた。
パソコン以外で文章を読むのは久しぶり。
前頭葉機能とか、ワーキングメモリとか。そんなものが低下しているらしい。
ひとり用神経衰弱(http://homepage3.nifty.com/puzzlehouse/kg30/kg30.html Javaプラグイン必要)をプレイしてみた。
デフォルトの14枚だと全くうまくいかない。8枚くらいが限界だ。
何度も何度もプレイするうちに、大体同じ回数でゲームが終了することに気づく。
そこで考えたこと。
どれだけカードの枚数が増えようと、1度でもめくったカードの数字と場所の組み合わせを決して忘れない。
そんな人が、一人神経衰弱で最悪でもこれだけのターン数あれば1回のゲームを確実に終わらせることができる、
そういうターン数を「最悪ターン数」と呼ぶことにしよう。これを割り出したい。
簡単のため、互いに相異なるn種類の数字が書かれたカード2枚ずつ、
このときの最悪ターン数をF(n)とする(ただしn≧2)。
n≦2kとなる最小のkについて、
kターン目まで一度たりともカードを取り除くことに成功できなかった場合について考える。
このとき、(k+1)ターン目以降では取り除くことに失敗することはありえない。
kターン目までに引かなかったカードを1枚引けば、
このカードと同じ数が書かれたカードをkターン目までに1回引いており、
その位置と場所をプレイヤーは記憶しているのだから、間違えずにそれを引けばよい。
よって連続で外れ続けるターン数は最も不運な場合でもk(=int((n+1)/2))ターンであり、
その後はnターンでゲームを終了させることが出来る。
このときの合計ターン数はint((n+1)/2)+nだ。
F(n)はint((n+1)/2)+nに一致する。
そのことを数学的帰納法により示す。
F(2)=3であり、これはint((2+1)/2)+2に一致する。
F(n-1)=int(n/2)+(n-1)となる任意の3以上のnについてF(n)=int((n+1)/2)+nになることを示す。
そのためには以下の二通りの場合について考えれば必要十分だ。
1≦i≦int((n+1)/2)なるiが存在してiターン目に同じ種類の2枚のカードを引く場合、
この条件下での最悪ターン数はF(n-1)+1に一致する。
iターン目に引いたカードを除いた2(n-1)枚のカードについて
最悪ターン数となるようなカードの引き方を考え、
そのどこかにまぐれ当たりのiターン目を挿入したものが
(a)のときの最悪ターン数となるようなカードの引き方に一致するからだ。
int((n+1)/2)回までに一回も成功しない場合、
この条件下での最悪ターン数は先に述べた通りint((n+1)/2)+nに一致する。
F(n)はF(n-1)+1(=int(n/2)+n)とint((n+1)/2)+nのうち小さくない方、つまりint((n+1)/2)+nに一致する。
F(n)=int((n+1)/2)+nが任意の2以上の自然数nについて成立する。
そういう深刻な話ではない。
ただ単に、どのように脳を活性化させるかという話だ。
書店で、久保田競『バカは治せる』という本が平積みになっていたので買った。
読んでみたら、記憶力(ワーキングメモリ)を鍛えるのに、RPGがいいと書いてあった。
シューティングなどよりも良いと書いてあった。
脳を鍛えるためには、指を使うことはそれほど効果がなく、むしろ「一定のことを覚えておき、後で使う」というのが良いらしい。
なので、RPGのプレイ中に、「直近の目的は」とか、「あのアイテムを買うためには、あと1000ゴールド必要」ということを考えたりすることが、ワーキングメモリを鍛えることになるそうだ。
逆に、百マス計算のようなものもあまり意味がなく、けど、計算が速くなりたいならやれば? という感じだった。
他に脳に良いことは、恋愛だそうだ。
相手の心理を考えながら会話したり、いつも相手のことを想うのが脳を活性化するらしい。
そして、もし相手がいないなら、好きなキャラクターすなわち2次元でもいいと書いてあった。
他にはジョギングが良いらしい。
グループ1 | ふたつずつセットで覚える。 |
---|---|
グループ2 | ふたつセットにし、それらの単語を使った作文をさせる。 |
グループ3 | グループ2の作った文章を覚える。 |
結果は、覚えてる率が、
2が90~95%、1が50%、3はその中間となった。
したがって、自分で作文するのがベストであり、でなければ、数種類の課題単語を含む文章で覚えたほうが効果的である。
単語を一個一個覚えていくことが、最も効果が薄い。
■どんぐらいのペースでやるか
分散学習のかんがえによると、一気に一度にメッとやるよりも、分けたほうがよい。
たとえば、今日2時間で一気にゃるよりも、今日1時間、明日1時間やるほうが効果的である。
合計時間が同じならば、分けてやったほうが効果がある。間を空けすぎるのはよくない。
やる時間は、寝る前がよい。
■あるべき態度
覚えてなくともくよくよしない。繰り返せば、そのうち覚える。
一度で覚えることは、頭がいいことを意味しない。
一回一回はうすい色だが、塗り重ねていくと、いつの間にか濃くなっている。恋は水色。
くよくよしてやらなくなるのが、最も悪い状況だ。
■その他
運動したほうがよい。本ばっかり読んでても、頭はよくならない。
とくに、運動不足は、記憶力(ワーキングメモリ)の低下と集中力の欠如を招く。
ワーキングメモリは大事だよね。
ボランティアで、子どもとか知的障害者とかと接してわかったことがある。
なんか、話が伝わらないとどうしても、こっちの話し方が下手だとか、相手の理解力がないだとか、あるいはその両方とか、といったことに原因を求めてしまいがちだけど、実際は違う。
もしかしたらわたしだけかもしれないけど、相手に何らかの意図を伝えるときは、けっこう社会的な文脈の力を利用している。
だから、文脈を共有しない相手とは複雑な話はできない。
文脈を共有するためには、結局は長い時間を一緒に過ごすしかない。
http://anond.hatelabo.jp/20100707221911
ブコメを見ていると発達障害ではないかという意見が目立つ。自分も大学院卒でADHDなのだが、状況が似ているということもあり、真面目に分析してみることにする。
まず最初に、ADHDのことを理解するのに重要なこと提示しておく。ただしこれは当事者としての分析だ。医学的な証明がされているわけではないのでご了承を。
人間は言葉を理解するときに、一時的に言葉そのものを脳の一時作業領域に記憶して、前後の言葉の関係を組み合わせながら意味として理解し吸収する。
定型とADHD患者の違いはおそらく"一時作業領域"の性能だ。いわゆるワーキングメモリというやつだ。ADHD患者はワーキングメモリが少なく、言葉の意味を吸収する前に言葉の情報をワーキングメモリに詰め込まれると、吸収前の言葉の情報を追い出さざるおえなくなる。よって、話が右から左に流れていくのと同じ事になる。作業スペースの極端に少ないベルトコンベアというようなイメージかもしれない。
これを踏まえて、以下のことについて。
わたしの問いかけにも、黙ってうなづき続けるだけだった。ふとわたしは思うことがあり、話すのをふいにやめてみた。彼女はそれでも表情を変えず、一定の間隔で二、三度うなづいた。それから、はっとしたように、うなづくのをやめた。ああ、この子は、ほんっとうに誰の話も聞いてなかったんだな、と改めて思った。
これを読んで思うことは、多分途中から頑張って聞くのを諦めてるか、本気で聞こうとしてて理解できていない可能性があるんじゃないかと。だっておかしいと思わないか。聞いてる本人も時間を割いてるのに聞かないとミスをするのに、わざわざ聞いてるような仕草だけして聞かないなんて普通考えられない。向上心がなかったとしても自分の身を危うくするようなことは少なくともしないはず。
院卒の女性はもしかすると、相手の話を理解できないことも、相手に自分の症状について理解してもらえないことも理解しており、とりあえず頷いて理解したように見せその場を回避し、断片的に覚えている言葉を参考にあとで何らかの方法で勉強しようとしているのかもしれない。しかし、その方法では限界があるので結局ミスをしている可能性がある。
院卒の子は、人当たりはすごくいい。あいさつもはきはきできるし、個人的に話すぶんにはトークも面白い。口は達者だ。
この「雑談のような話は普通に理解して聞いているのに、仕事のことになると理解していない」というギャップがADHDの症状に似ている。普通の雑談なら全然問題なくても、ちょっと考えながら聞くような話だったり一方通行の話だったりすると吸収が追いつけなくなる。会話だと自分のペースで話しやすいし、言葉がとぎれとぎれになるから、ベルトコンベアを止めてゆっくり作業が出来るのと同じ事になって吸収が追いつくようになる。
もうひとつ、仕事はちゃんとやらないのに、関係ない会話は意欲的だということ。これも似ていると思う。先で書いたようにあまり複雑な話だとついていけないというのもあるし、ADHDにありがちな刺激があることを好むというのがある気がする。それを本人も分かっているか無意識に理解していて、刺激がある楽しい話を積極的にしている可能性がある。
人当たりがいいというのは、能力の違いを理解してるというのから来ている可能性があるもある。おそらく他人にすごい優しいはず。無理に厳しいことをあまり言わない。そんなことして自分にブーメランがきたときに困るから。
他にも思うことは色々あるけど、ADHDの症状と似ている主なところを話すとこんな感じかと。
ADHDって厄介で、周囲から見るとやる気がないとかサボってるとか人としての基本を問われるような理屈の筋が通ってしまいやすい。今回のもそうだけど、向上心というのも「そうかもしれない」と思わせるくらいの説得力はある。
自分の場合もそうなんだが、普段はできるだけ平気な顔するようにしている。真剣に話を聞こうとしていて、それこそ額に手をあてて眉間にシワをよせて聞いて、それでもどうしても聞き逃しが発生する。重要な話を聞いてる最中は不安で仕方ない。というのも、過去にも同じようなことを何度も繰り返してきていて、もう既に度胸みたいのもある。話を聞くたびに落ち込んでいるのは無理があるため、それをなんとかしようと自分なりに考えた結果がそれ。
ちなみに、自分がイメージしてるADHDと違うと考える人もいるかもしれないが、多動とか衝動とは確かに違う。不注意優勢に見られがちな、遅刻も多分ない。自分もそうだけど、その辺りは個人差があるのでなんとも言えない。でもどんな症状であってもワーキングメモリに影響するところはあると思う。ただここでその説明をすると長くなるので今回は書かない。
そういう部下がいる場合、腹が立つのも分かるし、どうしたらいいのか分からなくなるのも分かる。しかし、それをこの場に来て愚痴だけ言って終りにするのはあまりにつまらない話じゃないか。せっかくだから、もう少し困っていることを詳しく書いて解決策の提示をお願いしてみるくらいの方がいいと思う。
向上心がどうという話をしているけど、立場が指導者で部下がいるのであれば、部下を育てるのも仕事のはず。ここにきて愚痴だけ言って帰ったら改善する気があるのかと逆に指導者としての向上心を疑われかねない。
でも、全くその気がないと思っているわけではないので、改善策を書いてみる。よければ参考にして欲しい。
・伝えたいことをはっきりさせて短く話す
長い話を聞いてるとどうしても無理という可能性があるので、要点をまとめて短く話してみるのもいいと思う。一つ一つの理解が簡単であれば話についていけるようになるはず。
・反復して確認させる
前でも書いたように、理解速度が遅いという可能性がある。そういう場合は話していることをどこまで理解しているか確認しながらやるのはどうだろう。
・メモを取らせる
反復して確認させても、完全に理解できてるとは限らないし、しばらくしたらスッパリ忘れてしまう場合もあるかもしれない。そういう場合はメモを取らせる。そしてその時間を取る。なぜかというと、話を聞きながらメモをとるのはすごく苦手だったりするから。同時に複数のことをこなすというのはADHDだとしたら苦手なはず。
・精神論を言わない
精神論は多分言っても無駄。大学院に行ってる時点でかなり努力をしているはず。それでも追い打ちをかけるように努力だの言ってしまうと、モチベーションが下がってパフォーマンスがさらに落ちることになりかねない。
あと、これは注意して欲しいところなんだけど、社内で「ADHD」という単語を使ってはいけない。ADHDは障害として認知されてはいるけど、障害者手帳も発行されないし障害者として生きることは現時点ではほぼ不可能。それに、理解の難しい障害だし誰に伝えてもちゃんと調べてももらえない。自分の場合、親に伝えてもあまり調べてもらえていない。そのくらい関心の薄い障害ということ。本人が自分で気付かない限り知らない方が幸せだと思う。障害者だなんて言われるのはそもそも嫌なことだと思うし。難しいところではあるけど。
多分見てないんだろうけど、一個だけ言いたいことがある。それは聞いているフリをしてるように見られていること。微妙なところではあるんだけど、これは賛同できない。理解力があってもなくても、理解出来ているか出来ていないかは自分でも分かるはずなので、理解で来ていないことはできるだけ確認し直したほうがいい。そうすれば、一応聞こうとしていることは分かってもらえるはず。努力しても理解できないというように思わせることが出来る。聞いている途中でバカにされたり、教えるのを諦められたりするかもしれないけど、どちらかと言えばマシだと思う。
以上、あやふやな話で申し訳ない。
長文失礼しました。
それは、頭を良くすることなど出来ないから。
出来るのは、何かに習熟する事のみ。
それは頭が良くなっているのでなく、慣れているに過ぎない。
慣れは、個別のケースの処理能力の向上。
あくまでも個別な能力の向上だ。
そもそも、「一般的な知能」なんてものがあるのか疑わしい。
仮にあるとしても、そのような知能を鍛える方法など無い。
そんなもので頭が良くなると本気で思っている時点で馬鹿だ。
頭の使い方を根本的に間違ってるから、そんな人が賢いわけがない。
頭を良くしようとしてる暇あるなら、本を読んで新しく知識を仕入れたり、
頭の良さは、知識の蓄積と技能の慣れに過ぎない。
この二者の組み合わせに過ぎない。
これで記憶力が全面的に鍛えられるだろうか?
いいや、ごく一面が鍛えられるだけ。
結局のところ、ごくごく個別な技能を鍛えているに過ぎないのだから。
数字のゴロ合わせの技能やワーキングメモリ内に音韻を記憶しておく技能など。
そこを見誤って、「記憶力を鍛えている」と思うから、おかしなことになる。
繰り返すが、頭を良くすることなど出来ない。
なんとか力を向上させるという宣伝文句は、信じてはいけない。
そうでなく、個別な技能を鍛えているのである。
だから、このタスクは具体的にどんな技能を鍛えるのか、と質問することが大事だ。
技能だけでなく、知識にしてもそうだ。
具体的にどんな知識を蓄積するのか考えるようにしよう。
とにかく、「頭を良くする」という発想は捨てて、技能や知識を向上させるという発想に切り替える。
逆説的なようだが、そうして取り組んでいけば、やがて「頭が良くなった」と他人から認められるようになる。