はてなキーワード: 凡庸とは
スレッタは恵体で優秀なパイロットだが、水星の田舎者で救助の仕事だけしてきて、素の性格はアニメを見てスクールラブに憧れていた凡庸JKだから、
社会に関心がなく、恋愛と友達と家族にしか興味がない視野が狭いキャラクターとして描かれていても、別に違和感や不満はなかった。
しかし対比となる、都会育ちでベネリットグループ総裁の娘として生まれたミオリネまで社会に関心がないとは思わなかった。
ミオリネまで社会格差や家業に関心がないなら、デリングとシャディクに保護されて籠の中の鳥のままでいたほうが良かったのでは?と思ってしまった。
ミオリネの父親がスレッタの遺伝情報上の父親を殺していることについて、「父親がやったことだから私には関係ない」と即解決され葛藤が一切無かったのも、
正論かもしれないがキャラクターとしての魅力を大きく損なったように思う。
スレッタが強化人士4号にしつこく質問して地雷を踏んだのも悪いといえば悪いが、4号に酷いことを言われて「それでも好き」、
スレッタがプロスペラに洗脳されているのにも問題はあるが、ミオリネに酷いことを言われて「それでも好き」、
エリクトには突き放され、プロスペラからはエリクトよりも優先順位が低い娘という態度を露骨にとられるが、
「それでも好き」という嫌な天丼をやられた印象がある。
こういう、冷たいことばかり言われて、いたぶられるポジションに置かれやすい女性は類型としてあるといえばあるのだが、
シャディクがガノタに不人気で、本編でも見せ場がいまいちだったからミカエリスが売れない、などと言われていたが、
2期機のシュバルゼッテとデミバーディングはミカエリスとも比較にならないほど扱いがひどかった。
まずラウダがノレアにペトラをケガさせられた八つ当たりでミオリネを殺そうとして兄を殺しそうになる(?????)という、
訳のわからない戦闘一回だけにシュバルゼッテは使われて消滅した。
グエルに期待して、期待が裏切られて反転アンチ化し、メインシナリオと無関係に殺しに来るというろくでもないキャラだった。
デミバーディングはもっと印象が薄い。ただ人間を運搬しただけでしかない。
マルタンが出しゃばりすぎたためニカとチュチュの関係が薄いものになってしまい、自動的にデミバーディングも影が薄くなった。
ガンプラを出すことが決まっているので無理をしてでもシナリオにねじこむしか無く、ストーリーが変になったり機体が空気になっている。
おそらくこうなのだろうという予想を大勢の視聴者がしているが、本編中にろくに説明がないためほぼ憶測でしかない。
ノートレットの理想をデリングが引き継ぎ、プロスペラがそれを利用しようとする、それぞれの思想やビジョンが全部不明瞭だった。
結果、「何のためにスレッタが身を削ったのかよくわからない」というのは致命的なのでは。
4号、ソフィ、ノレア、フォルドなど社会的底辺出身のネームドが次々に死んだ。
虐殺したデリングはお咎めなし、強化人士を殺したペイル社CEOもお咎めなし、
そして宇宙議会連合軍を大量虐殺したプロスペラの罪はなぜかシャディクが被るなど、
罪と罰の扱いが非常に適当なものになっていた。「赦しがテーマの物語」とするにしたって雑すぎないか?
勧善懲悪の物語は現実と乖離しており安っぽくもあるのだが、いくらなんでもここまで混沌とさせ説明カットする必要があったのだろうか?
結局、死んだネームドは底辺生まればかりだったという印象が残る。
宇宙議会連合の唐突な殺人光線から人を守ったスレッタや、失神したモブ生徒を救おうとしたペトラなど、
スペーシアンについては「利他的な行動をした結果として重度の身体障害者になっている」のも、何が言いたい?
ラウダによる地球寮メンバー、ロウジ、フェルシーに対する殺人未遂も適当に扱われて無罪になったようだし、
利他的な行動をとると障害者になって、他責思考の加害者についてはやりたい放題であるというのが物語の結論のようだ。
>デザイナー発注時シュバルゼッテはグエル搭乗機で赤い機体だった
グエルが最後までスレッタたち主人公サイドの敵で、シュバルゼッテ乗って死んでたとしても、
俺は中堅ライブ配信者だ。直近ではそれなりに収益は出ているもんだから専業ライバーになることも考えている。努力が実ったのか、配信を重ねていくうちに重課金勢のリスナーも数人ついてきてくれるくらいの規模にはなった。
そして俺の配信の規模もじわじわと大きくなってきていて、ついには俺の専スレまで立てられるようになった。
俺に対して少し陰口を叩いたり上から目線でクソバイスするくらいならそれほど気にならない。
むしろ最初のうちは自分の専スレが立つほど実力が付いたのだと喜んで見逃していた。
だが、少し経つと俺にもリスナーにとっても迷惑な書き込みが現れてきたのだ。
俺のファンと思しき人が俺のリスナーを名指しで叩く書き込みが時々現れるようになった。
侮辱罪や名誉毀損で訴えられるほどでもない軽いディスだったとはいえ、本当に困っている。
まず名指しされたリスナーが嫌な思いをするのは当然として、迷惑を被るのは本人だけではないのだ。
当然また掲示板で叩かれたくないだろうからそのリスナーはサブ垢を用意するか匿名コメントをする。
どう困るかというと、単刀直入に言えば俺は顧客管理が煩雑になる。正直重課金勢でもない限り人のサブ垢まで覚えられない。
匿名コメントでもコメントやアイテムをくれるのは十分嬉しいが、直接お礼を送りにくくなる上に配信サイト側の操作が煩雑になるから面倒臭い。
課金額によって人に抱く感情や対応を変えるのはどうかとも思うが、俺だって聖人ではない。凡庸な人間だから大きく月収が左右されるようなことが起きれば正直普段より強く怒りたくもなる。
名指しで悪口が掲示板に書き込まれたのが原因かそれとも俺の配信が悪かったのかはまだ現状を把握できていないが、実際に1人の重課金勢が配信に来る頻度が減っているのだ。
配信中のコメ欄であればリスナー同士の喧嘩は一時的に枠から退場させるなり注意喚起するなりできるが、当然外部サイトの書き込みだけは俺の力で統制できるわけではない。
嫌いな配信者を潰したいならどんどん重課金勢の悪口を言えばいい。好きな配信者を伸ばしたいならアカウントやサイトを使い分けるなりリアルで愚痴るなりで発言の場は気をつけてもらいたい。
2023/10/04 追記: この日記は週刊少年ジャンプにて連載中の「アスミカケル」の感想文になりますが、以下のような特徴がありますので先に注意点をば。
【注意点】
悪い言い方をすれば、何も考えずに脳死で書いてると言っても過言ではないです。
特に何が良いとか悪いとか考えず、ただ見て感じたものを書いてるだけなので、場合によっては褒めてるように見えたり、逆に貶してるように見えるかもしれませんが、どちらでもないです。
赤い色を赤いと言うようなレベルで稚拙な見たままの直観を出しているものと考えて頂ければ幸いです。この山は大きいなぁとか、そのレベルです。
たまに「あっこの川、深いッ!」みたいな多少の感情は乗るかもですが、基本フラットな自分にとって快不快を問わず感情が乗るのは良い作品だと思っています。よろしくお願いします。
上記の通り脳死で書いてるため、連想ゲーム的に他作品(他の漫画とかアニメとか)の内容やセリフなどを引用したりする事がありますが、比較のためではありません。
つい「この人の髪型ハンバーグみてーだなぁ……」みたいな事を言うかもしれませんが、その人やハンバーグを貶めたり、逆にそれを理由に名作と引っ付けて評価を上げるような意図とかも無いです。皆無にして絶無です。
そのような比較や同一視は両方の作者や作品に対して失礼であり、あくまで自分の中では全く別のものだけど連想してしまったに過ぎないので、あくまで個人の感想である事をご留意して頂けませば幸いです。
③同様に、何かしらキャラや演出などについての評価をする事もありますが、それ自体は特に作品や作者の評価ではないです。
もし仮に私が「このキャラ不快だなぁ」と言ったからといって、それが即ちその作品や作者が不快という事でもないです。不快なキャラを出すことで、相対的に他のキャラの株が上がる事もあります。
世の中にヤベー人間がいるからといって、即ち世の中がヤバい訳ではないように。その作中世界や世界の中の"もの"と作品との評価は全く異なるものであり、なんなら邪悪な人間しか出てこない邪悪な世界の作品でも面白い場合もあるかと思います。
世界最高のコントラバスと世界最高の尺八奏者と世界最高のDJがコラボしたところで、どうひっくり返っても「世界最高のジャズ」が生まれるなんて事はないように。要素同士の相性が良くなければ作品はチグハグになります。
演出とか構成とかストーリーとか諸々の要素が全て満点でも、それらが噛み合ってなければ作品として成り立たないように、あくまで要素と作品全体の評価は別物であると認識して頂ければ助かります。
④また、自分の目線はどちらかと言えば創作者目線気味で「自分が作者だったらこうするかなぁ……」みたいな事を考えがちな傾向がありますが、だからといって作者へのリスペクトが無いわけではないです。
そもそも自分は創作者というより鑑賞者なので、岡目八目で「ああすれば良いのに」「こうすれば良いのに」と言ったところで自分自身が実際にそれを出来るかどうかと言えば答えはNoです。
あくまで読者としての視点でしかないため、実際に締め切り(納期)通りに同等以上のものを仕上げれるわけではないですし、実際その作品と同じテーマを自分が表現するとしたら、それは作者の出す作品とは全く別物になると思います。
素人や読者の視点というのは独り善がりなものであり、あらゆる創作者には個性があるし個々の事情もある。その全てを重んじ、リスペクトしていきたいと自分は考えています。
アスミカケルを電子版ジャンプのバックナンバーにて読む。概ね1p毎に気付いた事などを書いていく。
とりあえずざっくりカラーの1p目(ジャンプ本誌3p目)。最初の「痛いのは嫌いだ」「苦しいのも嫌いだ」「強いから何だってんだ何の意味がある」「怖い…なのにどうして…」「戦わずにはいられない…!!」
この部分で恐らく作品テーマを開示している。要するに、不快さやデメリットを抱えると分かっていても「人が戦う理由は何か」が主題であると思われる。そのため、最初の掴みとして「殴られたり極められる人」を描き、「それでもなお血の滴る道を進む」という事を示唆している。
どうも火ノ丸相撲の人が描いてる漫画であるらしい。火ノ丸相撲もそうだが、格闘漫画それ自体が自分にとっては基本的に相性が良くない。ただし、これはリアルに起因するものなので無視しても良い。表紙については前述のページと同じく、一部を除いた全員が前方向を向く事で戦いにポジティブな要素を示唆しているものと思われる。
次。ジャンプ本誌26pより本編開始。ここで何気なくだが、やや不自然に明日見家の全員をネームプレートに示している。これは古くは沼駿先生の「左門くんはサモナー」に於いても使われた手法だが、「左門くんはサモナー」の場合は特定の意図を持って何度も示されている事に注意したい。ここでは現状、明日見家の全員を紹介する以上の意図は汲み取れない。
家長である祖父の獏は覇気がなく、物忘れ気味な事が示唆されている。また、リフォームをした事および、その前に配偶者(祖母)を亡くしている事も先のネームプレートから汲み取れることが分かる。ただし現状、そこまで読む必要はない。次のページでは息子たる和虎をリフォーム後に亡くしている事が分かる。恐らく獏はリフォーム後に忘れ癖が出ているものとも考えられる。
ここで出ている長女と次女らしき人物は羚と三羽か?最初は二兎だと思ったが、二兎が主人公であると思しき少年であった。兄は一狼。二狼でなくてよかった(良くない)。名前の由来は原則として動物に由来するものと考えられるが、祖父が夢を食べると言われる獏なのは意図してのことか。であるとするなら、他の名前にも意図があると考えて良いだろう。次。
二兎が一般的より冴えない、やや怖がりの高校生として描かれている。ここで最初のページに示されている恐いという部分が示されているため、キャラ付けとしては重要だが、演出として主人公への広い共感を呼ぶという感じはしない。次。
そこで友人が守ってくれたり、格闘技の道について示される。友人が最初は強い(主人公を護る勇気を示す)という点では鵺の陰陽師と同じくしているが、鵺の陰陽師よりは凡庸とした見せ方ではある。逆に言えば奇を衒っていないという事でもあるので、まあ王道と言えるが、王道なりの見せ方として絵力による演出がもう少し欲しいというのは読者として欲張りだろうか。次。
そこで主人公が機転を利かせて窮地を脱するという形でキャラを示す。これも基本的には読者に共感というよりは離れていく方向の形だが、前述の「怖くても戦う」という部分を見せるためにはギャップを作る必要が出てくる。しかし昨今の読者は言うなればせっかちなので、私も例に漏れず「ここで主人公が魅せる部分だろう」という感覚がある。
引き続き、格闘技への道を示すシーンが続く。ここでも主人公はひたすらに怖さを出す。しかしキャラ付けとして一貫しているといえば一貫しているが、ややくどさも出てくる。怖さばかりをピックアップするので、恐らく意図しての事だろうと思われるが、やや強すぎるのではないかとも思う。次。
まだ主人公の弱音は続くが、ここで漸く主人公の資質を見せるシーンが出る。ただしあくまで受け身である。これもスマートに避けるとかでなく受け身なのは、やはり痛みなどを受けるという部分が思想としてあるのだろう。その上でダメージ・コントロール技術としての受け身を出すのは理には適っているが、インパクトとしては地味だ。次。
主人公が最初に示した好みのヒロインを出すページ。ここでも格闘技。これで格闘漫画じゃなかったら何なのかとなる格闘押し。もう少し展開が早くても良い。体幹の概念を出すが、ここで問題は「体幹とは何か?」というのを主人公が知っている事。逆にいうと、ここで体幹について知らない読者に「体幹とは?」と疑問を持たせる効果はあるだろうが、やや濃ゆい。
そしてヒロインの置かれている立ち位置も出しつつ、先程に書いたMMAを出す。しかし主人公が覚えていない。作中時間が経っているのは分かるが、読者としては一瞬なので「…「MMA」って何だっけ…?」は、ややくどい気もする。が、このくどさは恐らく想定する読者層によるのだろう。要は、流れで適当に読んでる読者に向けて思い出させる効果を狙うものと考えられる。そして再びの一狼。次。
物忘れ気味な「じいちゃん」によるMMAの解説と、かつ祖父のギャップ提示。これにより確実なまでに明日見家が武術一家である事を示している。わざわざ道場を別個に建ててるのだから当然そうなる。しかし、そう汲み取れない、つまり格闘系の文脈に疎い読者には「急に謎の道場が!?」となりかねないコンテクストありきの部分なので、やや不親切か?次。
再び「じいちゃん」(獏)の物忘れと、残りの家族や更に家庭環境を明示。(羚以外)。手帳が重要なものだとも示す。次。
ようやく羚の名前が出る。個々の負い目を提示するシーン。回想に入る。次。
過去回想。まあ家庭環境という感じだ。再びの不穏さを提示しながら次。
イジりからイジメに。まあ主人公の情けなさを散々に提示しているのだが、それと対象的に友人とヒロインの格が上がる。次。
ヒロインの戦闘能力に対し、再び主人公の能力を示すシーン。基本的に技を受ける事が前提で話が進んでいく。ひたすらテーマに沿わせようとする意地は分かるが、ここまでくどいと自分としては結構と気になる。
ここで舞台装置だった不良についてはスルーされ、ヒロインの家がMMAなり格闘技関係の事務である事を示唆しながら次に。
MMAジムとヒロインの目的・目標開示。一応、不良にも逃げたというフォローが入る。ヒロインが主人公を見定めている事も暗に示唆しつつ、友人が前進。次。
兎にも角にも主人公の人柄を示しまくる。リアルでなら良いが、漫画なのでくどく感じる。説明は少なすぎても多すぎても良くないが、サラッと流して欲しいのが個人的な感覚。
戦うヒロインなので眼鏡を取るのは当たり前だが主人公が割りと欲求に素直である事も同時に示される。格闘技の説明が入ったため、とりあえず一旦ここから暫くは感想を書きながらでなく流し読みで良いと判断。
どうでもよいが、遠目にヒロインを見るとシルエットだけならワールドトリガーの宇佐美栞に似ている事に気付く。閑話休題。これらの説明類は、大なり小なり格闘技に対して事前知識があるか、興味が無いと頭に入らないのではないかと思う。
主人公の体験パート。「当て勘」など格闘技のワードが続く。この場合は「距離感や位置関係の把握など、空間把握と自身の身体把握ないし操作とがズレている」と考えれば良いが、兎にも角にも主人公の魅力が地味かつ描かれないのが続く。1話も中盤に差し掛かるが、これで大丈夫なのだろうか。次。
フォローとばかり「明日見」の武術について示唆しつつ、また回想と次ページで不穏な事が起きますよというコマを使う。濫用では?次。
不良の顔も三度まで。次。
ここで漸く主人公が「強さ」を示す。
まあ一線を超えるまで強さを示さないというのも良いのだが、良くも悪くもリアルの人間という感じで創作物としては何とも。
ワンピースの1話で言うならシャンクスが酒をぶっかけられるくらいのラフさと、銃を抜いてからの豹変という所に、ここまでページをかけるのか……という感想が強い。
良く言えば丁寧ではある。そして主人公が武術を活躍するのを示唆して次に。逆にいうと、こういう「丁寧だけど驚きが無い」というのが強い特徴に感じる。火ノ丸相撲は本誌かつ序盤しか読んでいないので記憶が薄いのだが、こういう作風なのだろうか?次。
戦闘シーン。組んで、回転させて壁に衝突させ、足を抜いて相手の力を利用して投げ飛ばす。簡単に言えばこれだけなのだが、こういう限られた空間でのストリートファイトは少しコマ割りと構図に工夫をして分かりやすくしていくと有り難いか。
あと「殺れ」はガチの古武術としての教えなら分からなくもないが、MMAメインなのと主人公のキャラには合わない。ここは「躊躇うな」とか「そのための備えをしろ」だけで止めても良いとは思う。次。
ここも戦闘シーンだが、やはり武闘経験がある前提での描写が目立つ。別に理として間違った事は書いてないし描いていないのだろうが……
こういう部分が多いのは、アスミカケル自体が格闘技経験者に向けた漫画なのだとして割り切った方が良いだろう。次。
組技系の格闘家としての主人公披露。当て勘のなさや受け身など攻撃を受ける前提の描写に納得はいくが、絵的に不良のほうが目立ってしまう演出。
ここは思い切って主人公を目立つよう分かりやすく上に描いても問題は無かったと思うが、何かしらの意図があるのだろうか。よく分からない。編集者が気付かない訳がないので、まあ何かしらの演出なのだろう。次。
ヒロインによる制止と事態の収束、および疑義の投げかけと解説。ここも最後のコマは示唆。……「丁寧といえば丁寧」。次。
最終的に格闘技について前向きにはなるという所で終了。
総評……非常に申し訳ないのだが、主人公が言うなれば「極力リスクを負わずに良い所だけ取っていく」という印象が強い。50点のために、解ける問題を解かないというのが事態を悪化させているまである。そこまで考えていないといえばそこまでだが、どちらにせよお調子者という感じで自分には理解し難い。
また、話運びや演出等については丁寧で王道チックだが、それ故に意外性が低く、かつ格闘技関連の説明や描写などが読者の格闘技についての知識や想像力に依存しているため、一話で読者をもぎとるには少し弱いところがあるのではと思わなくもない。それをスルーさせるだけの演出力がもう少し欲しいように思わなくもない。
どちからといえば(古い)マガジンとかチャンピオン向けの話を、あえてジャンプでやってる……という感覚が強く、火ノ丸相撲のように「相撲について分からない人でも付いていける」力があるかと言われると、少し怪しいところがあるのではないかと感じた……個人的な感覚だが、まあ格闘技経験者なら考えずに読めば気にならないのかもしれない。
主人公以外のキャラクターについては、良くも悪くも魅力的かというと何とも言い難い。ヒロイン自体は良い感じに読者を引っ張ってこれそうなキャラをしているが、同時に少しキワモノさも併せ持つ。こういったニッチだったり少々リアルな性格的要素を持ったキャラを扱う場合、週刊少年誌というより青年誌や月刊誌向きなのかもしれない感じはある。
概ねそんなところか。次話以降については、また時間のある時に読んで感想を書くかもしれないし、書かないかもしれない。ひとまず終了。
昔から古代ギリシアならスパルタ、戦国なら武田が好きなんだけどさ。
結局スパルタはローマに負けて、武田は信長に負けるじゃん。スパルタの場合ローマに飲み込まれる前に既にペルシアにズブズブにされてるし。
俺は個々の戦闘能力がめちゃくちゃ高い戦士による少数精鋭って感じが好き(語彙力が乏しくてすまない)なんだけど、歴史上そういう戦闘民族みたいな人たちって結局経済力と政治力を持った人らが差し向けた、個々の能力は凡庸な烏合の衆に負けるんだよ。
テルモピュレーの戦いだって結局、スパルタ側はペルシアの部隊の一部を追い返しただけ(それだけでもすごい)で軍事的には大損害受けてるし、ペルシャは経済力でいくらでも頭数揃えられるんだよ。
ジェダイが大量のクローン兵に負けるみたいに個々の戦闘能力がずば抜けてる少数精鋭が個々の能力は凡庸な大軍団に飲み込まれる現実の戦争ってめちゃくちゃロマンないよな。
AIでなにか作ってもヤバイレベルでパクってないか怖くて発表しづらい。
別にAI経由して無くても既存の組み合わせの中で美味しいところは出尽くしていて、なにか作ってもすぐに被りやパクリになってしまう。
よくある話だが、学生時代の美術の授業でなんとか絞り出して作った絵を「あっ、これアレのパクリでしょ?」と言われたこと皆あると思う。
自分が無意識にやったパクリなのか、凡庸なアイディアを同じように思いついた人間が先に傑作を作ってしまったのか、その順番はともかく、周囲はそれをパクリとしか思わない。
割り切ってパロディとしてやれるならいいけど、いざ世の中に出してから他の作品と被っている部分があったことに気づくのはかなりしんどい。
この辺をAIに判定してもらえたら楽なんだけどな。
既存の有名作品を類似してる順にドンドン表示して貰って、他の作品と似通っている部分が自分の許容できる範囲かを調べてから世の中に出したい。
AV嬢になりたいというのと、風俗嬢になりたいというのはちょっと違うか。
話は違うけど、なんで日本はこんなに性風俗のマーケットが大きいのかね。
ちょっと検索すると3兆円規模~5兆円あるいは9兆円規模ともいわれる。9兆円ともなるとアパレル市場と同規模なんだそうだ。
AVだけでも、その製作本数は年間3万5千本、毎日100本以上の新作がでて、3000人が毎年デビューしているんだとも。
性風俗従事者いわゆる風俗嬢について正式な統計はないものの、経済学者の飯田泰之氏は30万人という推計を出していいる。
先ほども名前を出した飯田泰之さんは、全国の風俗店の推計稼働店舗数と、一店舗の推計在籍人数をもとに、風俗嬢と呼ばれる働き方をしている人は全国におよそ30万人いると推定しています。
30万人というと、沖縄県の那覇市や、三重県の四日市市などの人口と肩を並べる人数です。風俗嬢の年齢別ボリュームゾーンである20~29歳の女性に限った場合、20人に1人が関わっていてもおかしくない数値になります。
20代女性の20人に一人が風俗嬢? 性風俗業界が抱える「見えない孤独」 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
ほええ。。
風俗嬢って案外、30代40代が多いと思っているので、ボリュームゾーンの考え方はどうかなと思うけど、多いのは確か。
AVなら偶像化されたい願望とマッチするかもしれないし、偶像化を求めるのは、日本の昔からの文化的なバックグラウンドが大きいんだろう。
でも、風俗嬢は?自己肯定感への渇望だけでは風俗嬢にはならないよなあ。少なくとも30代40代の風俗嬢というのは。
職業に貴賤はないとかいうのも、売る側にとっても当事者たちが自分を納得させるのに都合がいいからそういうだけであって、
ユーザーサイドからすると、実際には、風俗でもパパ活でも、自分はユーザー側でありながら、風俗嬢に説教する、というタイプの男性が往々にしているように、
建前と本音を使い分けている。なぜだろう。なぜ堂々と、お父さん今からパチンコ行ってくるねくらいのノリで、抜いてくるねとは言えないのか。もしくはAV嬢の星を目指せと娘を応援する、そういうことがいえて初めて貴賤がないとガチで信じているといえるはずだ。でも、それってそういうひとって普段の人間関係何かぶっ壊れてないですかね。
わいせつの消費や性風俗の利用は、その行動が通常の社会関係や信頼(家族)を壊しかねないわけで、
そういう事柄をわいせつと再定義できるのかもしれないとふと思った。
逆に言うと、通常の社会関係を維持しようとすると、どうしてもわいせつなものは卑しいと言わざるを得なくなるし、抜いてもらってから賢者タイムで我にかえって、
こんな仕事しててケシカランみたいなことを説教しだしたりする、浮世の社会関係から切断する操作が必要になる、そういう確認作業が、心理的なメカニズムとしてあるんだろう。
自分は風俗に通っておきながら、風俗は賤しい仕事でなければ困るわけだ。家に帰れば普通のパパでいたいからね。風俗と割り切れれば割り切れるほど賤しい。スナックの女に手を出す、みたいなのはかならずしも割り切れないから、危険な遊びということになる。芸者遊びとかお妾さんとか枕営業いうのは、そういう意味では地続きだ。社会関係を壊さないという満ち満ちた自信と権力があれば、危険な遊びは、カネで買う必要がなくなって、いくらでも社会関係の同一線上で行うことができてしまう。ジャニーさんみたいにね。
だから、風俗が賤しいという認識は、歓楽街と家庭の間に結界をつくって、穢れを断ち切ることで安心して家庭に戻りたい、凡庸なユーザー(男性)の側の勝手な都合が大きく反映している。
無店舗型の風俗いわゆるデリヘルが風営法改正で2000年代に急速に広がり、供給が増えることで単価も下がっていった。
供給の広がりはサービスの多様化も併せ持った。昔のようにソープ一択みたいな感じではなくなり、よりカジュアルな風俗が増えた。またインターネットの普及で、ネット予約が当たり前になったことで、風俗嬢にとってもユーザーにとっても風俗へのハードルが下がったこうした背景は間違いなくあるだろう。それがひとつ。
あともうひとつは、ユーザーのマインドとしても、バブル崩壊後の落ち込む日本経済を反映して、女性の貧困がますます浮き彫りになり、風俗への流入が進む一方で、男性は通常の社会関係を壊すような危ない遊びはしたがらなくなった、ということかな。
AVにしても、昔はポルノは映画館で暗闇でみるものだった。メディアがVHSのビデオになり、それからDVDへととってかわり、やがてネット配信の動画へと進化した。家で置き場に困り、ビデオデッキでガチャガチャっと音を立ててセットしなければいけない時代は遠く過ぎ去った。昔だったら、三本くらいのビデオを引き出しに隠し持っていたのがせいぜいだったのに、今では1000本くらいストックできるし、ストックする必要すらなくオンデマンドでどこでもいつでも視聴できる。エロの世界に浸るぞ、という仰々しさはどんどんなくなって、カジュアル化した。それが手軽にさくっと抜きたいユーザーニーズの多様化という需要にもマッチした結果なんだろう。
いつでもスマホでポルノ、みたいな手軽な時代になった、ということは、スマホでエロ動画をみながらも日ごろの俗世間の人間関係を簡単に維持できるということを意味する。江戸時代の吉原大門みたいな結界のあった時代と異なり、祝祭的な異空間から俗世間に戻ってくるような、ある種、宗教的ともいえる気持ちの切り替えの機会もない。
中井貴一がデビューしたての頃のドラマ「ふぞろいの林檎たち」(1983年放送)のなかで、抜いてもらったあげく風俗嬢に説教するシーンがあるが、そういう気持ちの整理は、俗世界での人間関係の葛藤とセットだった。それは世間体とよばれるものであったり、家督といわれる家中心の考え方だったりした。中井貴一が風俗嬢に向かってこんな賤しい仕事はやめろよ、というとき、その心の裏側にあるのはあるべき家族像であり、家族の価値であり日々の人間関係だからだ。それを無意識に確認し、再生産する儀式として風俗嬢への説教があるという見方もできる。
ということは、風俗嬢側も、ヌキ終わったらさっとネクタイを締めて部屋をでるサラリーマンをみて、それはある程度、差別される宿命を理解していたし、今もしているだろうと想像せざるを得ないのだけど、そういうものが性消費のカジュアル化とともに少しずつ希薄になってきているのかな。
昔に比べて風俗嬢が増えている、かどうかは知らないが、AV嬢は確実に増えていると思う。
それはひとつに、性サービスがカジュアルになった結果、さっきまで浸ってたエロ世界と俗世界を切断する、みたいなユーザーもそんな儀式はいらないし、AV嬢や風俗嬢側も、昔に比べて差別されているという感覚が希薄になっていったということが、相乗効果になっているのではないかとふと思った。
また、同時に昔に比べて、家族の価値や日々の人間関係も希薄になったのだろうと思う。それは風俗に関わっていることが日々の家族のなかで発覚してもそれほど大きなダメージはなくなっている、ということなのかもしれないし、あるいは、元増田のいうようなこと、つまり家族関係に、自己肯定感をはぐくむ場としての機能が失われつつあるということなのかもしれない。それが悪いのかどうかはわからないが。AVがこんなに蔓延しているひとつの考えるヒントではありそうだと思う。
30代女性。
セクシャリティがよくわからないので性欲と性癖について聞いてほしい。
【幼少期】
小さい頃から性欲が強くよく父親の持っている週刊誌のグラビアページを見てニヤニヤしていた。
セーラームーンのアニメが大好きで戦闘シーンのパンチラ(レオタードなので正確にはパンチラではない)をコマ送りにしてもらって喜んでいた。
幼稚園で親友の女の子が用を足しているのをドアの上から覗いたり(ごめんなさい)公衆トイレで母親が用を足しているのをドアの下から覗いたり(ごめんなさい)公園で母親のスカートをめくって死ぬほど怒られたり(ごめんなさい)母親の実家に帰省したとき叔母の風呂を覗いたりした。(ごめんなさい)
ただその後ふつうに叔母に風呂に入れてもらったときは恥ずかしくてずっと下を向いていたので、単に裸が好きというより相手の意に反して隠されているところを晒したいという加害欲込みだったんだと思う。
女体に興奮するのとは別に手のひらサイズの小さくてかわいい生き物を狭い所に閉じ込めてつついたりしたいという欲求もあった。ディズニーの「不思議の国のアリス」で牡蠣の赤ちゃんたちがまとめてセイウチに食べられるシーンの顔と悲鳴はたまらなかった。よく妖精のような生き物をいじめる妄想をしたけど自分はその対象が好きなのにいじめるとその対象に嫌われちゃうな…というジレンマがあった。
夕方に再放送していた水戸黄門や大岡越前で町娘が悪いおっさんに手籠めにされそうになるシーンにものすごく興奮した。ただ子供なので裸に剝いたあとどうするのかはわからなかった。
病院の待合室のテレビでそういうシーンが流れたとき明らかにいつもより人が見入っていてなぁんだみんな好きなんだとちょっと安心した。この頃まで性的対象は女性だった。(本当に女性が好きなのかショタや男の娘みたいに性的客体化されていれば男性でもよかったのかはわからない)
オタク女性向けサブカル雑誌「ぱふ」を読む。記事や投稿コーナーで腐女子が男性キャラに「美人」とか「エロい」と言って盛り上がっている様子を読んで「男の人をそういう目で見ていいんだ…!」「男性を女性と同じようにオカズ要員として扱う界隈がこの世にあるんだ…!」という人生最大のカルチャーショックを受ける。ここらへんで主な性欲の対象が男性に移り変わる。
リアルの恋愛には興味がなく周りの女の子たちがどうしてアイドルや恋バナに夢中になっているのか理解できなかった(今でもどんな人がタイプ?とか嵐だと誰が好き?と聞かれてもわからないので困る)
テニプリ、BLEACH、銀魂、リボーンなど腐女子に人気のあるジャンプ漫画の全盛期で毎日起きた瞬間から寝る直前まで推しキャラや推しカプのことを考えていた。一番好きなのは受けがモブおじさんや攻めにレイプされる展開でそういう二次創作を読んだり妄想したりした。
メインで好きなのはBLだったけど平行して女体に興奮するヘキも残っていたので、ドラマや漫画の女性登場人物がヌード写真集を見て嫌がるシーンを見て「これが一般的な女性の反応で見入ってしまう自分は異常なのではないか…」と不安になる。
ゆっくり虐待にハマる。ウザいゆっくりに制裁を加えるよりキュートアグレッションの文脈で性的虐待する展開の方が好きだった。これは自分でもさすがにヤバい趣味だと思うので誰にも話したことはないし記憶に蓋をして努めて考えないようにしている。
この頃から刀剣乱舞など女性向けキャラカタログコンテンツが流行し、少年漫画には存在しなかった自分のアバターが作品内に登場したことで男性キャラ×自分にも萌えるようになる。(メインは男性キャラ×男性キャラで活動してたけど)
思春期のころは自分の全てにコンプレックスがあって(今もあるけど)自分がかっこいい男性キャラと特別な関係になるのが厚かましいようで苦手だったんだけど、普段性的客体化している男性キャラへ向ける攻撃性を自分へ反転すれば夢妄想もイケることに気付く。かっこよくて悪い攻めキャラにレイプされたり利用されて捨てられる妄想が好きになる。
【現在】
性欲が減退したのか妄想や二次創作自体以前より楽しめなくなった。BLはそこまで興味なくて男性キャラ×自分で妄想してる。(内容は催眠とかレイプとか)
②幼少期から現在に至るまでレイプものが一番好きなのは異常か?
①について
以前朝日新聞の人生相談コーナーに「私は男性が好きで結婚もしているけれどAV鑑賞が好きで、若い頃は女友達と観てゲラゲラ笑ったりしていた。これはどういう心理なのか?女優に感情移入しているのか?」という相談があって、上野千鶴子が「女体=エロい 男体=エロくない という社会のジェンダー規範を内面化していれば女性が女性に性的興奮するのは何もおかしなことじゃない」的な回答をしていて長年の疑問が解けた…!と思ったんだけど、その理屈だと私が社会経験の乏しい幼少期から女体の秘匿された部分に強い関心を持っていたのが説明できないのでは…?やっぱり本能なのか?と気になっている。
②について
DLsiteの乙女向けランキングでは無理矢理凌辱系が常連なのでそんなことはないと思いたい。
ただレイプものが好きと言ってもポルノあるいは自分がポルノ認定した作品のレイプ展開が好きなのであって、普通に楽しんでいた作品でキャラクターがレイプされるとショックで何年も引きずったりする。「日出処の天子」の刀自古と「ダウントンアビー」のアンナの件はトラウマになっている。
③について
最近もセイレーンに味噌漬けにされるモブちいかわ族に加害欲を喚起されて困っている。(嫌いだからいじめたいんじゃなくて可愛いからいじめたいという気持ち)
なんでこんなことを聞いてほしいのかというと自分の性癖がはっきりしないまま婚活とかしていいのかな…?と気になったから。
人付き合いが苦手なのと怠惰な性格と2011年氷河期卒で一度も就職したことがなくて婚活市場のスタートラインにすら立てないのと中学から大学卒業までぼっちで一時期いじめられたり学校生活にろくな思い出がなくてもし子供なんかできたら自分の黒歴史の再放送を見る羽目になりそうなのが不安で今まで一度も人とお付き合いしたことがない。そもそも人に恋をしたことがない。
一人の方が気楽だけど「二次元キャラじゃない生きてる人間と恋愛する」「セックスする」という人生の実績解除をしたい気持ちもあって…めちゃくちゃ自分本位で申し訳ないですが…。
そこで自分のセクシャリティとか性癖に引っかかるところがあるのにそれを隠したまま恋愛とか婚活するのは不誠実かな?というのが気になって行動に移せないでいる。あと男性は慣れてない分自分が性的客体化されるのは嫌じゃないか?とか。
まとめると
・女性なのに学生時代は勉強に集中できない程エロいことで頭がいっぱい
・ドハマりしたキャラの8割は男性だけど視覚的にエロいと思うのは男体より女体
・リアルの人間に恋をしたことがない。テレビで見てかっこいいなと思うことはあっても熱が持続しない
・性的な妄想は好きだけど自己肯定感が低いからか自分がリアルに当事者になるのは嫌悪感や恥ずかしさがある
・性欲と加害欲が結び付きがち
アラサーあたりから下の二項目が結びついて「自分を性的客体化されることが地雷な私が犯されるのを客観的に見て可哀想だと思って興奮する自分」みたいなよくわからないことになってる。まあSとMは表裏一体とも聞くし…。
「性欲と加害欲をぶつける愛しい他者」が「性欲と加害欲をぶつける愛しい自分」にチェンジしたのかな?そう思うと人生の主役が30代半ばにしてやっと二次元から本人になった気がするけどもう手遅れな気がする。
【追記】
長いのでそもそも読んでもらえないんじゃないかと思っていたのですが皆さん意外と真面目に読んでくださって体験談やアドバイスなどもいただけててうれしいです。特に同じ女性と思しきユーザーからの共感、AVや男性向けアダルトコンテンツ好きな女性も多いのがわかってほっとしました。
もっとボロクソに言われても仕方ないと思っていたら意外と「ごく普通、実行に移さなければ問題ない。婚活でもわざわざ言う必要はない」というブコメが多くて驚いています。
「性癖」の誤用についてめちゃくちゃ指摘されてた。日常的に誤用の方で使っていたのでつい…以後気を付けます。
あと「一度も就職したことがない」と書いたので「子供部屋おばさんニートなのか?」とのコメントが多かったですがバイトはしてます。(パートやアルバイトの場合就職という言葉は使わないそうなので)子供部屋おばさんなのはその通りです お恥ずかしい…。
以下答えられそうな範囲で返信。
「女性が女性に対しての欲望を持つって言うのはラカンかなんかで読んだ気がするな。ほぼ忘れてるから説明できんけど笑
"女は存在しない"だっけ。
男のホモセクシャルというのは存在するが女のレズビアンはない、女を愛するのは(身体)男にとっても(身体)女にとっても正常。
みたいなこと書いてあった希ガス。」
「女は不死である」って本ですかね?すごく興味を惹かれました。読んでみたいです。
「なにが元増田に対して言いたいかって言うと、自分の性癖に怖がらずに、むしろ色々取り入れたらいいんじゃないかってこと。あとレイプ陵辱暴力は確かに興奮するけど、例えるならばめっちゃ味の濃い料理なので、そればっか食ってたら舌が鈍くなるんじゃないかってこと。まあ鈍くなってもいいと思うけどね、自分の人生だし。」
味の濃い料理めちゃくちゃわかります…!どんどん強い刺激に慣れてしまってふつうの萌えに不感症になるのよくないですよね…。
「②については仕事してた身から言うと、受ける側が積極性を持たない極限がレものだ。マグロのフィクション版というか…。ただそこに首絞められとか腹パンされ嘔吐、腹ボコなどが入ってくると別の願望になるよ」
「レイプって自分から何かする事ないし、なんならセックスするかどうかの決定自体も「されてしまった」にする完全なる受動的性行為なんだよ。」
めちゃくちゃ納得しました。よく「令嬢が政略結婚させられるけど実は両想いで…」みたいなTL漫画の広告が流れてきますがそういう「良好な人間関係を築く手間をすっ飛ばして素敵な相手と一緒になりたい」みたいな需要のもっと極端なやつってことか。
『婚活の理由が「恋愛」と「セックス」だけど、婚活とはそこ意外と関係ないから気を付けて。
婚活は「これから人生を共に生きるパートナー」を見つけるところであって
恋愛したことない人を恋愛させる機関じゃないぞ。セックスの可否ももちろん夫婦生活に影響でるけど…』
「それよりも、自分に結婚が本当に必要かどうか、掘り下げた方が良いのでは。」
「婚活は時期尚早ではないかな まず出会いの場に行って自分が人を好きになる感覚があるのかトライしつつ、自分の食い扶持を自分で稼ぐ経済的自立をするのがまず大前提では」
それは本当にそうですね…。言われてからよく考えたら「結婚したい」じゃなくて「結婚したいと思えるほどリアルの世界で好きな人が欲しい」だったかもしれません…。
『「女性はエロいことに興味がないもの」みたいな社会通念が女性の生きづらさに繋がっている気もする。性別に関係なく性欲の多様性はある』
実際最近女性の性欲について解説した増田の内容が非常に理性的だったのと、「俺のイメージする女性の性欲に近い」というブコメが上位に来ていたので「そうじゃない奴もいるよー」と知ってほしくて書いたところはあります。(ただ私の文章読んで女だって性欲まみれじゃないか!と思われるのも世の女性に迷惑かけないか心配になってきた…)
「言っちゃ悪いけどクソしょうもない凡庸な悩み。長文書いていいのはやかんが沸騰するの見て興奮するとかそんなレベル。」
「正直どうでもいい凡庸な自分語りだけど一度も就職したことなくて今何してるんだ?婚活してる場合だろうか。たぶんその前に友達作るとこから始めた方が良さそう。性癖以前にコミュニケーションに問題ありそう。」
そう言われましてもアンケートとか取ったことないし本当にわからなかったので…。みんな普通に友人と何に勃つかとか何に萎えるとか会話するものなんですか?羨ましいです…。
「こういう長文を書くのは最も増田らしい増田の使い方のひとつだと思うしみんなどんどん書いてほしい。」
優しい。
『性癖や嗜好よりも学生時代のいじめとコミュニケーション不全の方が問題。現実逃避からやっと今に目が配れるようになったと。あなたに告げたいのは「これからよくなるから大丈夫」てこと。』
優しい。泣く。
「性欲が強いと豪語するなら、自分の自慰行為や性行為について語らなければそれは性欲として見做すことは間違っている。同性が性的に辱められている不様さを愉悦する悪趣味なだけだ。同性の友人の不幸にも興奮してそう」
それは全然違います。男性キャラがレイプされると女性キャラと同じくらいかそれ以上に興奮するので「同性が性的に辱められている不様さを愉悦する」には当てはまらないし、本文にも書いてありますが「好きor可愛い」と思っているキャラがひどい目に遭う展開に興奮するのでむしろ制裁されてスカッとするようなキャラがレイプされも全く嬉しくありません。
「同性の友人の不幸にも興奮してそう」←尊敬するフォロイーの痴漢され報告ツイートを見てその人の良さを何も理解していない知らない男に雑に消費されたのが悲しくて未だにふっと思い出して嫌な気持ちになるのでそういうことを言われると腹が立ちます。侮辱された気分です。
衆愚が声高く己の自己保全の為に叫ぶ根拠に、科学がある。が、そこにこそ現代日本の敗北があると私は認める。渋谷のセンター街、なんなら東京駅前で歩く屍のような彼らに尋ねるがいい。あなた方はレイチェル・カーソンをご存知か。そして地動説の確たる根拠をもご存知なのかと。約束してもいい、彼ら自身或は他人の採ったデータで証明出来得る者は皆無だと。今や情報化社会にあって我らは肝心のデータそのものの価値を忘れた。そればかりか、どうすれば演繹出来るかすら忘れてしまったのだ。今や知識に訴えかける時代は終わった。故に学生闘争は終わったのだ。いつしかインテリの自己満足に人々が飽きてしまったから。
思い出して欲しい。放射性物質のウラニウム塗料が蔓延った旧時代を。そして放射性物質が医療の役に立つと、顎を失ったあの男を。が、当時の人々からすれば現代からすれば愚行そのものとしか呼べぬ行為こそが科学だったのだろう。どこまで行っても我々は不可知論者である。全ての弊害を知り得ることなどない。気が付いたら手遅れだった、無論、尊い犠牲を払われたマーキュリー夫人にしてもそうだ。彼女の時代には有害性は認識されていなかった。が、結果として彼女は今尚隔絶せられた棺に収まっている。
そう、私が言いたいのは現状の枠組み、現代で言えばトリチウムその他諸々の半減期はあれども有害に間違いはない汚水を垂れ流すことに対して危機感を持つべきだと言いたい。データはただの他人の考えた情報の推移である。アーレントは政治的な意味合いで凡庸な悪と表現した。それは取りも直さず思考を外部に委ねた、傀儡と自ら欲した存在のことを言っているのだと解釈する。確かに凡庸な一市民に一々今回の汚染水を調べろ、とは酷であるのは承知している。が、一市民に於かれては各自考えて欲しい。その上で判断して欲しいのだ。
最後に私がせめて政府に望むのは、今回の件に纏わる風評被害を被るであろう漁業関連の人々、そしてもしかすると農業の人々への手厚いフォローをお願いしたい。復興したとは言え、完全ではない。今の日本は片腕のもげた人間が雑魚寝している痩せた人に己が食べるべきものを与えているに過ぎない。そしてもしかしたら癌細胞が今すぐそこで、例えば肘でも膝でも、或は心臓で発生しているのかも知れない。その為の包括的な経過観察は最低限必要ではないか。
ここで最後に格言を記す。樽一杯のワインにスプーン一杯の汚水を混ぜると樽一杯の汚水になるのだと。
未だ我々は海水の推移をさえ解らぬ下卑た存在。矮小な科学の知識で最小限被害の少ないと見積もった先が今の対処なのだろう。それは危険だと、予め申し上げる
衆愚が声高く己の自己保全の為に叫ぶ根拠に、科学がある。が、そこにこそ現代日本の敗北があると私は認める。渋谷のセンター街、なんなら東京駅前で歩く屍のような彼らに尋ねるがいい。あなた方はレイチェル・カーソンをご存知か。そして地動説の確たる根拠をもご存知なのかと。約束してもいい、彼ら自身或は他人の採ったデータで証明出来得る者は皆無だと。今や情報化社会にあって我らは肝心のデータそのものの価値を忘れた。そればかりか、どうすれば演繹出来るかすら忘れてしまったのだ。今や知識に訴えかける時代は終わった。故に学生闘争は終わったのだ。いつしかインテリの自己満足に人々が飽きてしまったから。
思い出して欲しい。放射性物質のウラニウム塗料が蔓延った旧時代を。そして放射性物質が医療の役に立つと、顎を失ったあの男を。が、当時の人々からすれば現代からすれば愚行そのものとしか呼べぬ行為こそが科学だったのだろう。どこまで行っても我々は不可知論者である。全ての弊害を知り得ることなどない。気が付いたら手遅れだった、無論、尊い犠牲を払われたマーキュリー夫人にしてもそうだ。彼女の時代には有害性は認識されていなかった。が、結果として彼女は今尚隔絶せられた棺に収まっている。
そう、私が言いたいのは現状の枠組み、現代で言えばトリチウムその他諸々の半減期はあれども有害に間違いはない汚水を垂れ流すことに対して危機感を持つべきだと言いたい。データはただの他人の考えた情報の推移である。アーレントは政治的な意味合いで凡庸な悪と表現した。それは取りも直さず思考を外部に委ねた、傀儡と自ら欲した存在のことを言っているのだと解釈する。確かに凡庸な一市民に一々今回の汚染水を調べろ、とは酷であるのは承知している。が、一市民に於かれては各自考えて欲しい。その上で判断して欲しいのだ。
最後に私がせめて政府に望むのは、今回の件に纏わる風評被害を被るであろう漁業関連の人々、そしてもしかすると農業の人々への手厚いフォローをお願いしたい。復興したとは言え、完全ではない。今の日本は片腕のもげた人間が雑魚寝している痩せた人に己が食べるべきものを与えているに過ぎない。そしてもしかしたら癌細胞が今すぐそこで、例えば肘でも膝でも、或は心臓で発生しているのかも知れない。その為の包括的な経過観察は最低限必要ではないか。
ここで最後に格言を記す。樽一杯のワインにスプーン一杯の汚水を混ぜると樽一杯の汚水になるのだと。
未だ我々は海水の推移をさえ解らぬ下卑た存在。矮小な科学の知識で最小限被害の少ないと見積もった先が今の対処なのだろう。それは危険だと、予め申し上げる
https://anond.hatelabo.jp/20230821041833
↑突然「なるほど~~~」ってなった。
私の幼馴染の親友で1つ上の男性は中学生の頃から彼女を切らしたことがない。
だから精通はセックスだったって言ってたし、ポルノも一切見た事ないって。
愛してない女性の裸見てどうして興奮するのか理解できない、そんな有様で
どうして自分を許せるのか、と言ってた。
わかる?これ。
んでポルノでは勃起しない、彼女の裸でしか勃起しないって設定でしょ?
有り得ないものそんなの。
強いて可能性を探求すれば、
ガチカトリックとかの宗教的戒律でそういうもの一切見ない躾を受けて育った、
と言う人間なら存在しうるし存在する。自慰は悪であるって言う宗派があるからね。
けどそういう厳格な宗教の人はもちろん、中学からひっきりなしに彼女とセックスとかも絶対しねーから。
頭悪い女はデータとることも論理的に思考することもできないから、
単にモテ男のような自分にとって好ましい人間の言ってることは頭から信じ込む、
キモい奴とか厳しいこという奴みたいな自分にとって不都合な人間の言ってることは疑う、
だいたい100歩譲ってその愛の戦士の話を信じようにも、
そういう話はせめて「中学から現在までずっと一人の彼女を愛し抜いています」とかじゃないと筋通らなくねーか?
「切らしたことない」ってことは次々変えてんだろ?
お前それは飽きてるだけや。
セックスに飽きたら女を切って次の女探してるだけや。
そのモテ男、男同士の会話でお前に言ったような話は絶対してないぞ。
まあ中二病の時ぐらいはしてたかもしれないが、高校以上では絶対してない。
なんでお前にそんな設定を聞かせたと思う?
バカ女にちょうどいい話をしてあげてる彼なりのサービス精神か、お前等ともセックスしたか、どっちかだわ。
男のセックスには「愛」と「性欲」というきれいに分けられる二要素があると思っていて、
穢れた・間違った要素である後者に基づく行動を「性的消費」と呼んでるわけ!
すごくね?
この増田一本から「性的消費」なるふわふわワードの背後にあるバカの思考全体が一瞬でわかっちゃった!エウレカ!
もちろんこのバカ女の認識する男の心は1から10まで間違っている。
セックスなんてめんどくせーしきたねーしくせーし。
性欲抜きで見る女の体なんてブヨブヨしててみっともないだけだわ。
こいつこんな基本的なことすら分かってないまま成人して
「わたし立派な大人の女です、わたし男のことわかってます」って認識で
もちろん女に生まれりゃ男の都合や男の欲望をダイレクトにわかることはない。体験しないんだから当たり前だ。
男に生まれたら女の都合や女の欲望をそのまま理解することは一生ない。体験できないんだからね。
でも情報収集していけば論理的に推測や洞察ってことは出来るじゃん。
少なくとも「自分の性とは全然違うから慎重に推測しないと外すぞ」ってことぐらいはわかる。バカじゃなければ。
このレベルのバカだと勉強や仕事もパッとしないはずだ。知能の限界で。
バカ女がやたらと男女論とか恋愛論とかだけは偉そうに一席ぶつのって、
バカ女でも生まれ持っているおまんこのおかげでセックスだけは経験があって、
バカ女よりはずっと知能も運動能力も高い凡庸男子くんにもそこだけは勝てるから、
そこでマウントとりたくなってるんだよね。
得意分野はおまんこ。
自信を持って語れることはおまんこ。
でもその得意分野のセックス論男女論ですら上で見たように全然間違ってる。
おじさんお爺さん世代のエロ漫画って今よりもっと女の性欲について理解が無いから、
男は乳とかパンツ見て即物的に欲情することあるけど(と言うかそっちがメインだけど)、女はそういう風になってない。
「突然チンチン見せられて欲情する女」なる珍妙なイメージが出来上がる。
情報を集めておらず、洞察力もない、要するにバカが作るポルノはそんなヘンテコ異性が出てきがち。
「そのへんのおっさんの巨根見てビショビショに濡れる美女」とかいう昭和エロ漫画爺ぐらいの認知なんだよね。
俺は別にバカな奴とか異性の理解が乏しい奴をそれだけで笑ったりはしない。
男みたいな性欲してる変な女が出てくるエロ漫画も笑いはしない。抜けねーけど。
チンチンが裏表逆で情緒女な男が出てくるBL漫画だって笑いはしない。チンチンは資料揃えろと思うけど。
だってそれはただ自分の為や自分の読者の為に一生懸命エロいと思う漫画を描いただけだから。
そういう人のことは例え頓珍漢でも現実とは違っても笑ったりはしたくない。
でもこのバカ女は別だ。
自分の都合と想像だけで捏ねあげた気持ち悪い女性像抱えた昭和ポルノ爺が
「オンナとはこういう風に濡れるべきものなんだよキミィ!わかっているのかね!」とか女に絡んでるのと何が違うのよ。
こいつのやってることはポルノ爺の頓珍漢セクハラ説教と同レベルじゃん?
このレベルのおまんこ女が徒党を組んで大声出せば社会の害悪だろ。
こいつとこいつの親友を話にならねえバカ女だと見切って嘘ついてただけだよね。
こいつらのことを「事実の話なんかするだけ可哀想なおまんこ人間である」と見抜いていただけ。
(少なくともこいつらのどっちかとはセックスしてそうだよな。気持ち悪いから想像したくないけど。)
性欲で勃起することを「性的消費」「性搾取」と言うなら、この世の全ての勃起が「性的消費」です。
男は愛で勃起しているのではありません。
「そんな生きづらさを、当たり前のように押し付ける国で」って、
以上もはや明白になったように
おまんこ女の男性理解や人間理解は根本的に完全に間違っており、
こいつのような認識・知能レベルの人間が社会的提言をするのは不毛かつみんなの迷惑です。
女子中学生に教えるようなレベルのことをおそらく成人女性であるこいつにいま教えなければならないのは
こいつが何十年生きても自分で物事の理非道理を悟れないぐらいに脳が機能してないおまんこ人間であるためで、
またこいつの周りの人間もことごとく「こいつと同じおまんこ人間レベルのバカ女」&「バカ女を適当に騙して消費するだけの嘘つき男」だったためでしょ?
そんなことぐらいはまともな男女交際をするか犬でも飼ってりゃわかることなのに、
この女は自分の感情と思考を切り離せないおまんこ人間であるために自ら悟ることも出来ず、
この女の相手になった男達も事実の話なんかする気力が失せていい加減にウソを付くことを選んだのでしょ?
モテる男(自分にとって好ましい存在)の勃起は聖なる勃起で「愛」、
キモい男(自分にとって好ましくない存在)の勃起は間違った勃起で「性的消費」、
せいぜいそんな感じのおまんこ整理があるだけ。
こいつに語り掛けることがあるとすれば、この世の殆どの人間はお前よりだいぶ頭がいいぞということだよね。
多分こいつの周囲は同じレベルの人間ばっかりいて、こいつは一生そういう輪の中で暮らすのだろうけど、
もしも種全体がこのレベルの脳だったならば人類はきっと今でも洞窟を基盤にした生活をしてるわけじゃん。
なんでこんなやつが人様や社会に説教や教導をしようと思えるの?
ただ、こいつのおかげで前から視界にチラついてた「性的消費」なるワードの土台原理が一瞬で全部理解できたのでそれはすごくよかった。
エウレカだったほんとに。