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はてなキーワード: 梅雨とは

2012-01-25

友達予知夢をみた 裏話

友達予知夢を見た』そんなスレ2ちゃんねるに立てられてから半年が経ちました。

あの時の凍てつく寒さは嘘のように、梅雨独特のじっとりとした空気で汗ばむ部屋でこの文章を書いております



結論から言うと、あの日地震は起きませんでした。

当たり前といえば当たり前の話かもしれません、友人(彼女)は預言者でもなければ予知者でも無かったのですから

しかしながら、一連の原因は自分にもございます。どうか彼女だけを責めないで欲しい……

話は遡ること2011年3月11日、僕と彼女震災のど真ん中におり、そして身内は誰一人として帰らぬ人となりました。

天涯孤独となった僕と彼女は県外へ脱出し、二人で新たな生活を始めました。

もう何も失う物はない、僕と彼女はこれから先の人生を二人で築き上げていくつもりでした。



しかしながら、震災から日経ったある夜、夜中に突然、彼女が驚いた顔で僕に言いました。

『近いうちに地震が起こる予知夢を見た!』と……

最初震災トラウマがまだ癒えていない、時間がそれを解決してくれるはずだと思ったのですが数ヶ月経ってもそれは治る事はありませんでした。



医師の話によると、あの時の震災トラウマによって彼女精神無意識3月11日以前に取り残されてしまったとの事でした。

無理もありあません、身内がいなくなってしまった世界彼女にとって生きる価値の無い世界だったのです。

だがその反面、彼女はあの日の出来事を実体験している。

その結果が予知夢として彼女を苦しめ続けているのだと、初老医師は僕に言いました。



あの日から彼女は変わってしまった……

しかった彼女未来に見える地震という恐怖に怯える毎日

そんな中、僕はそんな彼女の苦しみを少しでも救ってあげたかった!

今更、そう言ってしまうと言い訳になってしまうかもしれません。



そしてあの日、私は彼女2ちゃんねるを紹介しました。

「私の予知夢で大勢の人が救われて欲しい」予知夢を書き終えた彼女はそんな事を呟いていたと思います

後は皆さんのご存知の通りだと思います

まとめサイトを通じてどんどんとネット上に拡散し『私も同じ予知夢を見た!』という者さえ現れました。



結果として、皆様に多大なるご心配とご迷惑をかけてしまった事につきましてはお詫び申し上げます

しかしながら、未だ彼女予知夢に終わりは無く、彼女が救われるのは皮肉にも

本当に地震が起こってしま予知夢が的中した時ではないかとさえ最近では感じております



予知夢が外れ責められている彼女を見てはいられなかった。

今回の一連の流れによって皆様にご心配とご迷惑をおかけ致しました。本当に申し訳ございません。

これで私の懺悔とさせて頂きます











『おや……地震か?』

2012-01-23

早く梅雨がくればいいのに

たのむ!来てくれ!梅雨!!

早く梅雨がくればいいのに

たのむ!来てくれ!梅雨!!

早く梅雨がくればいいのに

たのむ!来てくれ!梅雨!!

早く梅雨がくればいいのに

たのむ!来てくれ!梅雨!!

早く梅雨がくればいいのに

たのむ!来てくれ!梅雨!!

早く梅雨がくればいいのに

たのむ!来てくれ!梅雨!!

2011-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20111120003035

あのなぁ、民主党政権を獲って、年をまたいで、梅雨から

報道番組が町の中小零細企業を取材して、

経営が厳しい。リーマンショック以降仕事が激減した」と嘆いていたんだけど、

民主党マスコミは足を引っ張りまくったのに麻生政権の足を引っ張りまくったんだぞ?

越冬闘争は今までずっと行われてきたのに、民主党が乗っ取って「年越し派遣村」とネーミングされたけど、

どちらも民主党政権を獲った後はどうなったよ?

民主党党利党略に振り回されて、民主党の都合で使い捨てられた連中が「弱者」だよ。

越冬闘争は2010年から2011年一月だって行われたけど、おまい知ってたか

TPPだって、そりゃ参加が決定するまでは「日本のためになる」って言うだろうさ。

言うのは「強者」であって、「弱者」じゃないもの

ワーキングプア問題はどうなった?

原油高騰に苦しんだ漁業関係者や陸送関係者は、いまどうなってるよ?

繰り返すぞ、「弱者」ってのはな、時の「強者」に出汁にされて煽られて、

騒動が一段落したら解決してないのに「いないことにされた」連中だよ。

2011-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20110729231822

確かに、最近気候がおかしい。

今年は特に感じる。

こちらは関東なんだが、もう7月末だというのに

例年のような鬼のような暑さを感じない。



転機はこないだの台風6号からだったと思う。

関東は幸いにも暴風域には入らなかったが、

台風前までは梅雨時期も重なってジメジメしていて

少しずつ暑くなっていくのを実感できた。

台風情報が去った直後は、夜は半袖で肌寒いくらいだった。

それから連日、涼しい暖かい日が続いた。



そして7月末。例年並に暑くはない。

しかしたら単純に、節電の影響でヒートアイランド減少が例年より軽減している効果なのかもしれない。

もしそうであればヒートアイランド現象での気温の違いを実感でき、賞賛に値するが、

そうでなく気候的なものだとするならば、少し怖い。(例年並に大暑じゃないのは嬉しいが)

それと、先の地震連続日本列島が5~10m移動したとの情報も飛び交っていたが、

それが原因で微妙に緯度が変わったために実質的に気温も変化したのでは?とも推測している。

2011-07-28

エヌ氏の一日

エヌ氏の一日は、「いいね!」ボタンクリックすることから始まる。



「いいね!」ボタンは、エヌ氏が参加している仮想世界上の友達日記ひとりごとつぶやき機能についているお手軽評価ボタンのことだ。

エヌ氏の友達は、熱心に仮想世界上の日記に日々のできごとを綴っていた。

朝ごはんに食べたもの、今いる場所、気がついたこと、天気のこと、猫や花の写真とありとあらゆるもの仮想世界上の日記としてほぼリアルタイムに書き込まれていた。



エヌ氏は仮想世界上の友達との友好的なコミュニケーションを円滑に果たすために、早起きしてエヌ氏が就寝してから起きるまでの間に書かれた日記にたいして、「いいね!」ボタンを次々と押していった。

本来は、どういうふうに「いいね!」なのかを感想コメントとして残すべきなのだが、何せエヌ氏が読まなければならない日記の量は膨大で一日のうちのかなりの時間をそれに費やしていた。そんな状態だったので、コメントを残さずとも、友達日記を読んだ証拠を残せる「いいね!」ボタンはエヌ氏にとって、歓迎されるべき機能であった。



出勤前の30分の時間で、「いいね!」ボタンを押し切ったエヌ氏は、朝食も摂らぬまま駅へ向かうバス停へ向かった。

エヌ氏は、家を出たことを仮想世界上の日記に書き込んだ。

するとエヌ氏の仮想世界上の友達たちは、これまでのエヌ氏の「いいね!」行為への対価を果たすべく、「家を出ました」日記に対して「いいね!」を連発し始めた。

たからみると、一体全体、何に対して「いいね!」なのかさっぱりわからないが、「いいね!」ボタンを介したコミュニケーションはエヌ氏の生活の一部となっていた。

バスに乗り込むとき、エヌ氏はバスナンバープレートに書かれた番号とバスの形式を仮想世界上の日記に書いた。このナンバーのチェックはエヌ氏のライフワークだ。エヌ氏のこの日記に次第に「いいね!」が増えていく。増えていく「いいね!」の数を見て、エヌ氏は満足した。



バスを降りたエヌ氏は駅の立ち食いそば屋へ入り、いつものコロッケそばの食券を購入した。カウンターで食券と引き換えにコロッケそばを受け取ったエヌ氏は、隅っこのテーブルにコロッケそばを運び、携帯端末コロッケそばの写真を撮りはじめた。エヌ氏は、そばを食べながら、器用に左手携帯端末をあやつり、コロッケそばの写真仮想世界上の日記として書き上げた。

当然、今年の初めからコロッケそばを何杯食べたかカウントも忘れない。梅雨の明けたこの時期でコロッケそばカウントは65だった。

食事をこの日記に書き込むこともエヌ氏の大切な日課だ。エヌ氏は日記に書き込んだあとに徐々に増え続ける「いいね!」の数を見ながら、コロッケそばの余韻に浸っていた。



エヌ氏が朝起きてから、2時間が過ぎようとしていた。エヌ氏が見るべき新しい日記があることを画面が告げていた。交友関係が広いエヌ氏が見るべき日記の数は瞬く間に増えていく。

電車を待つホームの上でも、日記を確認し、「いいね!」ボタンを押す作業は続いた。エヌ氏はいものように先頭から2両目の後ろよりのドアに並ぶと入ってくる電車の番号をチェックし、軽やかに日記作成した。



日記作成している間にもエヌ氏がチェックしなければならない日記の数はうなぎのぼりに増え続ける。電車に乗り遅れて遅刻しそうな人の日記に「いいね!」を付け、風邪でおなかを壊して寝込んだ友人の日記にも「いいね!」をつけた。ゆれる満員電車の車内で、つり革につかまらずに絶妙なバランスを取りながら、携帯端末操作し、増え続ける日記に次々と「いいね!」ボタンを押して、日記を読んだことを示す証しを残した。



会社に着いたエヌ氏は、席につくとおもむろにパソコンの電源を入れ、社内SNSの画面をチェックし始めた。この画面にも「いいね!」ボタンが実装されており、次々と軽やかに「いいね!」ボタンを押し続けた。

会社の業績が落ちていることを示す記事、先輩が地方に転勤する記事、一身上の都合退職することになった記事と内容のよしあしにかかわらず兎にも角にも「いいね!」ボタンを押し続けた。



プライベートな仮想日記とは別に取引先や同じ業界の人たちとのネットワークもある。社内向けの「いいね!」が終わると、仕事上のつながりのある人たちの日記に「いいね!」をつけ始めた。こちらはプライベート日記以上に「いいね!」をつけるのに気を使う。付けもらしがあっては失礼だし、「いいね!」をつける人とコメントを書く人との間で差をつけてはいけないからだ。一応、社内の内規でコメントを書くことは作業負担も大きく、誤解を招く恐れがあるので、「いいね!」操作に限るとなっている。



ここまで仕事を終えたエヌ氏は、休憩のために喫煙室へ向かった。喫煙のための休憩はなぜか咎められないことになっている。

タバコに火をつけるのと同時に反対の手で、携帯端末から喫煙なう」と仮想日記に書き込んだ。

書き込んだあとから「いいね!」の嵐がやってくる。仕事中に増え続けた日記に「いいね!」をつけ終えるとエヌ氏は、喫煙室を出た。



エヌ氏はオフィスに戻ると、担当している商品のプロモーションアカウントログインしてみた。一般の人から感想や苦情が書き込まれることが多く、それに対してうまく受け答えをしなくてはならない。機転のきいたコメントができればいいのだが、うまいコメントが思い浮かばないときは、「いいね!」を多用した。そのときに最善の言葉が見つからなくても、会社として関心があることを示すことができる「いいね!」ボタンはエヌ氏にとっても会社にとっても都合のよいものであった。担当者が複数いても、それぞれの変な個性がでることもなく穏便にアカウントの運営ができた。



「いいね!」ボタン操作に夢中になって仕事をしていると、とうに昼食の時間を過ぎていた。

カフェテリアでB定食を選び、デザートのショーケースから日替わりプリンを手に取り外の見える席に腰掛けた。昔は同僚と食事をともにすることが多かったが、今では食事の時間も貴重な「いいね!」タイムとなっている。プリンを食べた数をカウントするのもエヌ氏の重要ライフワークとなっている。プリンカウントは89だ。日記タイトルカウント数を入れて、写真を撮って日記作成した。

先ほど、休憩したときに「いいね!」チェックをしたにもかかわらず、すでに二桁以上の新しい日記がエヌ氏の携帯端末の画面にはあった。

この日記の未読を消化することはエヌ氏にとって大変に重要な関心事であるしか読み逃げするわけではなく、「いいね!」をつけるのだ。

「いいね!」をつけることは信頼とコミュニケーションの証しであり、エヌ氏にとっては生きがいだ。



食事のあともエヌ氏は的確な操作によって、「いいね!」ボタンを次々と押し続けた。それは仕事の一部でもあり、趣味の一端でもあった。

画面を更新するたびにあらわれる新たな「いいね!」ボタンがある限り、エヌ氏の仕事存在し続けるし、エヌ氏の存在意義も大きなものになる。



日もとっぷりと暮れたころエヌ氏は会社での仕事を切り上げ、帰路の電車の中にいた。朝と同じ車両に陣取り、携帯端末の「いいね!」ボタンを押し続けた。「いいね!」ボタンたくみに使いこなすエヌ氏は、仮想日記上での評判がすこぶるよかった。仮想日記上でエヌ氏と知り合うことができれば、自分日記にエヌ氏からの「いいね!」の評価が必ず入るからだ。

エヌ氏の「いいね!」の評価は呼び水となりほかの人も釣られるようにして、「いいね!」ボタンを押してしまう。エヌ氏の周りには「いいね!」の好循環ができているようにみえた。



帰宅したエヌ氏は、就寝までの時間を使って、仮想日記の新着のチェックを始めた。帰路の電車バスの中でもチェックをしていたのだが、小さい画面では、日記の消化に限界がある。エヌ氏ご自慢の32インチ薄型画面を使っての「いいね!」ボタンを押す操作はとてもはかどるのだ。



時計の針が次の日に変わるころにエヌ氏の一日は終わる。しかし、エヌ氏が寝ている間にも世界は動き続け、無数の「いいね!」ボタンは増え続ける。

2011-07-07

梅雨明けまじか?

今年の梅雨は大雨が多かったように感じる。

やっと雨がやんだが、梅雨明けはまだなのだろうか・・・

結構ブルーな日が続いているので、カラッと晴れて気持ちよく過ごしたいものだ。

2011-07-02

幼女万歳の詩

1月は正月幼女いっぱいー、振袖が見れるぞー、幼女万歳

2月は節分幼女いっぱいー、豆が食える食えるぞー、幼女万歳

3月はひなまつり幼女いっぱいー、アラレが食えるぞー、幼女万歳

4月は入学式幼女いっぱいー、ランドセルが眩しいー、幼女万歳

5月は連休幼女いっぱいー、流石こどもの日だぞー、幼女万歳

6月は梅雨幼女いっぱいー、傘に雨合羽だー、幼女万歳

7月は七夕幼女いっぱいー、浴衣見れる見れるぞー、幼女万歳

8月は夏休み幼女いっぱいー、花火大会もあるぞー、幼女万歳

9月は秋祭り幼女いっぱいー、太鼓叩く叩くぞー、幼女万歳

10月はハロウィン幼女いっぱいー、お菓子あげて悪戯ー、幼女万歳

11月は七五三幼女いっぱいー、ロリが増える増えるぞー、幼女万歳

12月はクリスマス幼女いっぱいー、俺がサンタさんだぞー、幼女万歳

2011-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20110620043413

神奈川は曇って静か。梅雨のしっとりひんやりした空気が心地良ひ…

2011-06-13

傘の端から滴り落ちる雨粒を見やりながら、ぼんやりとAのことを思い出していた。ぼってりとした雨雲が犇めき合う季節になると、彼は眉間に深い渓谷を刻んでしきりに舌を打ち鳴らしていた。

至る所で蛙が鳴き声を上げている。あの日も同じだった。夥しいほどの蛙が、姿も見せずあちこちで喉を震わせていた。

あの日、Aはいつにもまして苛立っていた。いつになく舌打ちの回数が多かったし、形相までもが歪み始めていたのだ。

家路を共にしていたわたしは気が気ではなかった。狂おしいほどの不快感というものを、生まれて初めて目の当たりにしていたのだ。両目が釣り上がり、眉間はもちろんのこと鼻筋にまでしわを寄せたAの容貌は、この世のものではない黒々とした悪意に乗っ取られてしまたかのようだった。

なんとかしなければならない。少し後ろを歩きながらわたしはそう考えていた。早急にAの不快感を発散させなければならない。いつその矛先がわたしに向くかわからなかったのだ。

梅雨空の下、わたしは沈黙たまま歩き続けた。つかず離れずAとの間に一定の距離を保ったまま進み続けて、不意に先生の話を思い出したのだった。

それは先生子供の頃に行っていたという遊びのことだった。パン、と弾けるのだという。ひどいことをしていたものだと、先生は苦笑交じりに語っていた。

わたしは先をゆくAにおずおずと話しかけてみた。ねえ、蛙に爆竹を仕込んでみない。

声を聞きピタリと立ち止まったAは、しばらくの間前を向いたまま立ち尽くしていた。やがてゆっくりと振り返ると、わたしが口にした言葉意味が掴めないといったような表情で虚ろな視線を寄越し始めた。わたしはそのとき意味もなく愛想笑いを返した。だけに留まらず、沈黙に耐えられなくなった末、その背中押し出ししまった。

よくわからないけどさ、イライラしているんでしょう。だったらやってみようよ。嫌いな蛙を懲らしめてやろうよ。

本当に、その程度の思いつきだったのに。

わたしはAの眼の色が変わっていく様をまじまじと見つめてしまった。

それも、そうだな。

ぞっとするほど酷薄な表情を浮かべたAがそう言った。彼のものとは思えないほどに冷え切った声色だった。わたしは思わず鳥肌の立った二の腕を抱いていた。ねっとりとした暗黒色の感情が、形をなしてAの背後に立ち込めているかのようだった。

わたしは今すぐにでもその場から立ち去りたくて堪らなかった。とてつもなく嫌な予感がした。「絶対を破ってしまった後ろめたさ」のような感情が、怒涛のごとく押し寄せてきていて呼吸をするのが苦しかった。

今なら当時わたしが呑み込まれた感情が何であるかがはっきりとわかる。あれは呆れるほどに純度の高い恐怖だったのだ。生理的本能的な原始の恐怖。それが驚くべきほどの奔流となってわたしに流れこんだのだ。お陰でわたしはその場からぴくりとも動き出すことができなかった。Aと向き合ったまま、両足が地面に縫い付けられてしまっていた。

にっ、とAが笑った。

何も言わずに再び前を向いたAは、歩き出しながらわたしに指示を出した。ありったけの蛙を捕まえて公園まで待ってきてくれ。口調は穏やかそのもので頼みを聞いてもらうときのそれに近かったものの、内実その根底には逆らいようのない高圧的な意図が宿っていた。反故にすることなど、できるわけがない。恐怖に支配されたわたしの首はほとんど自動的に頷いていて、わかったと端的な服従の誓いまで口にしてしまっていた。

絶対だぞ。

念を押されたわたしは、帰宅するや否やプラスティック製の小さな水槽を抱えて再び雨の町へと飛び出した。

蛙を捕まえなければならなかった。一匹や二匹では足りない。胸に抱えた水槽から溢れんばかりに捕まえなければならなかった。そうでなければ、どうなるかわからない。どこかたがが外れてしまったような様子のAが、何をしでかすともわからない。

かえるかえるかえる。わたしは死に物狂いで蛙を探し続けていた。大きいものから小さなものまで、見つけたら片っぱしか水槽に突っ込んでいった。かえるかえるかえるかえる。まだ足りない。まだ足りない。全然足りない。

ただ、恐慌状態にあったわたしは少しだけ運が良かった。Aが指定した公園には小さな溜池とそこに向かって流れる側溝があって、そのため草むらや生垣の中から途切れることなく蛙を見つけることができたのだった。加えて、その年は例年になく蛙が以上発生していた。わたしの右手は次から次へと蛙を捕まえていった。

十五分くらいで水槽の半分ぐらいが蛙で埋まった。随分な量だった。抱える左手が重たくて辛かったことを覚えている。しかしながら、それでもまだ蛙が足りなかった。こんな量じゃ満足してもらえないと思い込んでいた。

狂おしいほどの強迫観念だった。ストレスからくる吐き気まで催していたと思う。Aという圧倒的な恐怖に苛まれていたわたしは、グロテスクな体を所狭しと寄せ合った蛙たちの上に、捕まえていたのと同等かそれ以上の蛙を詰め込んでいった。

それからもう二十分ほど探し続けて、わたしはようやく水槽の蓋を閉じた。見れば、限界まで詰め込まれた蛙が壁面に抑えつけられながらもぞもぞと動いている。腹を向けていたり、背を向けていたり。ある蛙は押し付けた眼球が潰れかかっていたし、最初の方に捉えた蛙にいたっては、底のほうで身動きも取れないまま胃袋を吐き出しているようだった。

わたしは右手に傘を左手水槽を抱えたままAが来るのを待っていた。早く公園に来て全てを終わらせてほしいと願う一方で、どうかこのまま絶対に来ないでくださいと望まないわけにはいかなかった。

雨は途切れることなく傘を叩き続けていた。根こそぎ集めたつもりだったのに、依然として蛙の鳴き声は四方八方から鳴り響き、傘に反射して頭上からも降り注いでいた。

どれほどの時間立ち尽くしていたのだろう。じっと足元に落としていた視線を持ち上げたわたしは、雨にくすんだ公園入り口に現れたAの姿を目にすることになった。ドクンと心臓が脈打つ。血流が速くなって、外気が急に寒くなったように感じられた。

Aはゆっくりとわたしの方へ歩み寄ってきた。手には買い物袋。大きな大人用の傘を差して、これから行う行為にふさわしい服装であるかのような暗い色の服に着替えていた。ただ一点、スカイブルー長靴けが場違いに目立っていた。そこだけが異質なまでに邪気がなく、わたしは急にぞっとしなくなった。

たくさん集めたな。Aはわたしが抱えた水槽を見下ろして満足そうに言った。十分過ぎるくらいだ。思う存分楽しめる。にやりと歪んだ笑みが目の前に広がった。喜んでもらえたから、取り敢えずはほっとすることができたから、わたしも笑顔を返そうと思った。けれど、こちこちに強張った表情筋はぎこちなく伸縮することしかできなくて、声さえ口に出せなかった。

やるか。Aは素っ気なく口にした。わたしは命令を受け取ったロボットのように水槽の蓋を開ける。蛙を一匹取り出すと、彼の右手に手渡した。洗練された無駄のない無機質な動作だったと思う。蛙を受け取った彼は、買い物袋の中から小さなダイナマイトを取り出し、無理やりこじ開けた蛙の口に詰め込んだ。

がそごそと左手に持った薄いビニール袋を騒がせて、取り出したライターをわたしに差し出す。

点けてくれ。両手が塞がってて、何も出来やしない。

わたしはこくんと頷いて彼に従う。ライターを受け取り、石火をジャリジャリならして、揺らめく小さな炎を作り出した。

やろうか。そう、彼が言った。わたしはまたこくんと頷いて、そっと導火線に火を近づけた。

シュッと小気味いい音が聞こえて、細かな火花が飛び散った。Aはすぐさま蛙を放り投げた。

口の中に爆弾を放りこまれた蛙は、降り注ぐ雨の中、カタパルトみたいに宙空へ飛び出して、緩やかに下降していきながら、途中で、唐突に、弾けた。

乾いた音だった。蛙は空中で四散した。緑色の体から、予想もしていないほどの赤をまき散らして、四肢と臓腑をズタズタに引き裂かれた生命は、何の理由もなしに爆散したのだった。

べちゃり、と砕け散った血肉が地面を穿つ音が聞こえた。前にも増して雨は強く振り続いているのに、その音だけはしっかりと耳まで届いた。

べちゃり。

わたしは隣に佇むAに眼を向けた。

彼は声を上げず、身動ぎもせずに、じっと散り散りになった蛙の残骸を見つめていた。異様なまでに見開かれた瞳孔は、直前まで意思を持っていたはずの残骸を網膜にさんさんと焼き付けているようだった。

ぽっかりと半開きになった口に微かな笑みを浮かばせていたような気がする。その口元にだけ笑みを浮かべて、Aは食い入るように死体を眺めていた。自らの行為に心から耽溺した怪物のようだった。

ゆらりとこちらに向き直ったAは、もう一回やろうぜ、と言ってきた。わたしはこくんと頷くと、再び蛙をAに手渡した。それ以外に選択肢がなかったのだ。ライターに火をつけて導火線に近づけた。

蛙が弾けた。何匹も何匹も爆ぜて死んでいった。殺されたのだ。Aとわたしは殺戮を繰り返していた。雨降る公園が血肉に染まり、地表を覆う水たまりまでもが真っ赤になり始めても、わたしたちは蛙を殺し続けていた。

途中から爆竹を使うのが面倒になったらしいAは、おもむろに残りが半分前後になった水槽に手を突っ込んだ。そのまま躊躇いもなく手を握る。ぐーぱーぐーぱーと、ハンバーグをこねるかのように蛙たちを握りつぶしていった。

惨劇にわたしは小さな悲鳴を上げた。抱え込んだ水槽の中で生々しく蠢く蛙たちがいとも簡単に圧死していくのである。Aが右手を開閉するたびに、ぐちゃぐちゃと凄惨な音が鳴り響いた。ぷちぷちと気泡が潰れるような、密に詰まった組織が圧迫されて破裂していく音が断続的に聞こえてきていた。

わたしは水槽の中の地獄をじっと見下ろしていた。眼を閉じることができなかった。背けることも。かと言って、Aと視線を合わせることも怖かった。Aが目の前にいたから、ただじっと耐え忍ぶことしかできなかったのだ。目撃者として、共犯者として、わたしは蛙が死にゆく様子をありありと見せつけられなければなからかった。

水槽からは生温かい臭気がねっとりと立ち上ってきていた。時折血肉が勢いよく噴き上げて、わたしの服に付着していった。胃が痙攣を繰り返す。喉の奥から逆流してきた酸っぱいにおいが生臭さと入り交じって、如何ともしがたい臭気を醸しだす。滲んだ涙でわたしの視界は霞み始めていた。鼓膜には、依然としてミンチをこねる水っぽい怪音がこびりついている。

とうとう堪らなくなって、わたしは水槽を手放してしまった。地面にぶつかって、どろどろに潰された真っ赤な流動物が地面に広がっていく。中にはなんとか生き残っていた蛙が数匹残っていた。彼らは変わり果てた同胞の海から這い出すと、懸命に逃げ延びようと地面を跳ね始めた。

その一匹一匹を、Aは踏みつぶして回った。何度も何度も足を振りあげて、全体重を掛けて踏み躙った。ぐりぐりと擦りつけられた蛙は、すり鉢にかけられたかのごとく原型を留めない。それが蛙であったという事実さえ蔑ろにしながら、Aはわたしが捕まえた全ての蛙を、一匹残らず殺し尽くしてしまった。

わたしは公園から逃げ出した。Aのいないところへ行きたかった。走って、走って、全力で走って、全身水浸しになりながら家に帰った。しばらくしていから傘を忘れてきてしまったことを思い出したが、取りに戻ろうなんてことは考えられなかった。

その日わたしはほとんど一睡もできなかった。雨はなおも振り続いていて、蛙の鳴き声はそこかしこから聞こえてきていた。



翌日。Aはどこにもいなくなっていた。



あの日の出来事は、いまでもわたしを縛り付けている。蛙が苦手で仕方が無くなってしまったし、雨が振るたびにあの水槽から沸き立っていたにおいを思い出すようになってしまった。

けれど、それも当然の報いなのかもしれない。結果としてAに加担し、わたしの蛙を殺しまくったのだから。恨まれて当然なのかもしれない。

梅雨になるたびに、意味なく奪われる命のことを考える。供養し、謝り続けようと、心に決めている。

そうでもしなければ、わたしは何時まで経っても悪夢から解放されないのだ。

傘に遮られた視界の端には、今でもスカイブルー長靴が立ち続けている。

2011-06-04

太陽電池の効率を上げる研究が進んでいるが、藻から油を搾り取り、絞り粕はアルコール発酵させるという手法の方が、エネルギー効率的には遙に上回るし、水資源の豊かな日本にはふさわしい既存山林の木材資源にしても、高速道路国道化によって輸送コストを大幅に切り下げる事ができるのであれば、火力発電用の燃料としての転用可能になる。木材だけを燃やした灰ならば、酸性土壌の改良材として使える。

太陽電池は、時間と共に性能の劣化が始まり、電池本体だけでなく、そこから電気を取り出す電線や整流装置等の耐用年数が短く、採算が取れる時期が永遠に来ない状態にある。特に日本は高温多湿であり、電気系そのものである太陽電池にとって、環境は劣悪であるほとんど雨が降らず、雲も発生せず、風も吹かない砂漠や礫砂漠のような環境でないと、太陽電池発電は採算は取れない。

台風梅雨が目の前にあるというのに、日本中の家のすべての屋根太陽発電パネルを載せる等と吹いているが、もう少し、現実的になるべきであろう。

さんざん独断専行しておきながら、民主党は一致して行動できると言っているようでは、現実を見ろといっても手遅れだろうがね。

2011-05-29

太陽電池の効率を上げる研究が進んでいるが、藻から油を搾り取り、絞り粕はアルコール発酵させるという手法の方が、エネルギー効率的には遙に上回るし、水資源の豊かな日本にはふさわしい既存山林の木材資源にしても、高速道路国道化によって輸送コストを大幅に切り下げる事ができるのであれば、火力発電用の燃料としての転用可能になる。木材だけを燃やした灰ならば、酸性土壌の改良材として使える。

太陽電池は、時間と共に性能の劣化が始まり、電池本体だけでなく、そこから電気を取り出す電線や整流装置等の耐用年数が短く、採算が取れる時期が永遠に来ない状態にある。特に日本は高温多湿であり、電気系そのものである太陽電池にとって、環境は劣悪であるほとんど雨が降らず、雲も発生せず、風も吹かない砂漠や礫砂漠のような環境でないと、太陽電池発電は採算は取れない。

台風梅雨が目の前にあるというのに、日本中の家のすべての屋根太陽発電パネルを載せる等と吹いているが、もう少し、現実的になるべきであろう。

さんざん独断専行しておきながら、民主党は一致して行動できると言っているようでは、現実を見ろといっても手遅れだろうがね。

2011-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20110416190038

あーごめんなさい、エネルギー消費を減らすべきではないか?という方向の意味です

経済規模を縮小するか、省エネを進めるかだが現実的には限界がある。

う、うんと、大多数の学者が主張している、が論拠なら思考停止じゃね?

考える手がかりの為にリンクを貼った。

あと「どっちかというと地球って今冷却化してるんじゃなかったっけ?」と言われたから、それに十分な根拠が無いことを示しただけ。

風評被害をなんで除いちゃうのか、

適切な危険性が理解されたら、風評被害は消えるから風評とはそういうもの。

土壌汚染の今後についても少なくとも半年やそこらで元通りにはならないよねー?

セシウムは水溶性だから梅雨を過ぎれば消えると思う。広島長崎ときも、意外にあっさり消えたそうだ。

2011-03-21

梅雨時は雨が多いのだから

http://anond.hatelabo.jp/20110321214640

水力発電が使えるんでね? つーか、地熱にしろ、風力にしろ、火力にしろ、地球にあるエネルギーを電力に変えて、人間が使おうっていうのが、発電の基本コンセプトじゃねーの? 原子力人間の手に負えるエネルギーじゃねーんだから、手を引くしかないだろ。そして、その代わりは「少ないエネルギーから発電する(駅を歩く人の流れからとか)」とか、消費電力の少ない製品を開発するとか、そういう方向を押し進めていくしかないだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20110321201018

天候に左右される時点で、基幹エネルギーはなり得ないのです

梅雨時期に日本では停電が頻発することになりますおk?

2011-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20110319135336

インフラが整い、被災者が以前と同じような仕事普通にできるようになるまでは時間がかかるだろ。

他の土地仕事をするとしても、受け入れられる限度があるし、同じ仕事はできないだろう。関東関西ならともかく、東北北海道地元民でさえ仕事に困るほど仕事がない。だからといって関東関西にそんだけのキャパがあるのかと言われると疑問。

結局、いつの日か地元をちゃんと復興して、元あった産業をやる必要があると思う。「被災者に元やってた仕事をさせて」に疑問を感じたのはその辺だな。

だが東北北海道の時給の低さと生活水準の低さは半端ねえから、受け入れ先でうまく仕事が見つかったら、そっちの方が生活水準高くて地元に戻らない層はいるだろうな。悲しいだが

ちなみにこれ書いてる俺は生まれも育ちも北海道仕事は無いが、贅沢をしないなら他のものは沢山あるよ。金銭的な豊かさはないけど住めば悪くないよ。スギ花粉ゴキブリ梅雨台風がないよ。仕事もないけどwwwそれでも来るなら被災者でもどこの土地の人でも歓迎だし差別のない土地だってことは保障するぜ。

2011-03-18

自粛ムード倒産します(たぶん)

自粛ムード、まじ止めて。

 

西日本にあるイベント業やってる中小企業管理職やってる増田だけど、

今回の自粛ムード来年度の発注予定軒並みストップかかった。

3月から社員研修して、チーム組ませて、先行作業着手して…が全部パァ。

 

そりゃ正式契約してないけど、

4月上旬イベントに4月1日から着手なんて絶対不可能だし、

お客さんの担当者もわかった上で作業進めてたのに。

もちろん違約金も何にもなし。

 

 

とりあえずうちの正社員の半分は来週から休業だし、バイトの9割も自宅待機。

会社としても、春のイベントの入金が無いと夏以降の資金繰りが回りそうにないね

早ければ梅雨前には給与遅配かな。

  

せっかくリーマンショック乗り越えたのに…こういう中小企業も多そうだよね。

から春の受注を増やすなんてまず無理だし、もう諦めて転職活動しようかな。

  

散文だけど記念カキコ。夏にこの文章を笑い飛ばせると良いなぁ。

 

   

…1つだけ武器があるとすると、

今週届いたお客さんからキャンセルメールに対して、全部折り返し電話して

「正式発注してないけど御社に出すから先行着手してね」って指示があったことを

話させるように誘導しました。もちろん全部録音済み。

 

この録音がどこまで効果あるかな。判例でも調べてみるか。

 

 

(3/18 0:53追記)

あと個人的にはナベツネの発言もわかるような気がする。

イベント屋だからかもしれないけど。

 

1回イベントやれば規模にもよるけど数千万~億のお金が動くし、

それが会社社員バイト収入になって、その収入経済が回っていく。

もちろん売上の一部をチャリティに回すってこともできる。

  

当然このご時勢だから電気を使うナイターは論外だけど、

デーゲームに限ってだったらやる方が良いと思う。

いかがでしょうか?

2010-10-24

北の国からが苦手だ

あれのせいで、北海道に変なイメージを持っている人が未だに多すぎる。ネット越しに色々な地域の人と話すようになって、それが顕著に頻繁に感じられるようになってきた。

以下は極端でもなんでもなく、しょっちゅう言われる事だ。

冬は二階から出入りするんでしょ

北海道でそれほどの豪雪なのは、日本海側の一部だけ。だとしても、二階から出入りするという話は聞いたことない。殆ど雪が積もらない地域もある。札幌比較的雪が多いけど、それでも本州日本海側の豪雪地域程ではない。

基本的に、寒さと積雪というのは別の要素。

家が寒い

最近、ちゃんと理解してる人が増えてきたかも。

北海道の家は作りが違うので、冬でもあったかいし、部屋の一部分しか暖かくならないなんてこともない。例えば今の外気温は、13度だけど、暖房はつけてないよ。室温は22度くらいある。ちなみに今半袖だよ。

最寄のスーパーまで車で数十分かかるんでしょ

少なくとも市がつく所に住んでいれば、そんなことはない。札幌に住んでいると言っても、本気でこう聞いてくる人がいる。

スタバの話して、「え?北海道スタバあるの」な反応されるようなケースも結構ある。もう慣れたが。北海道にしか住んだ事のない自分でも、札幌本州都市に比べれば田舎だと思うが、それでも過剰に田舎(店が無い、隣の家まで数百メートル等)と思ってる人がいまだにいるのには困惑する。

家の裏に熊がでるんでしょ

でねーから。

山近くにいたら野生動物がでるのは、北海道じゃなくたって同じだろ。なんで北海道だけ街中に熊が出ると思ってるんだ。

泳げる海が無い

夏になったら普通に海水浴場は人であふれる。

積丹や島牧方面にいけばダイビングスポットになるほど綺麗な海もあるけど、観光客は何故かあまり興味を持たないようだ。灰色によどんだ海しかないと思ってる方が多い。"積丹ブルー"で検索してみるといい。

逆のケース

と、このように変に偏った見方をされる反面、肝心なところはさっぱりだったり。

道央道道東を2日で観光などと言い出す

旅行計画を立ててる人にありがちなんだけど、距離感根本的に違ってる。

都市間が200~400km離れてたりするよ。地図を良く見ること。一般道でもかなり流れが速いから、一日に車で移動できる距離は首都圏に比べたら圧倒的に大きいけど、それでも無理な計画をする人が多すぎる。

新幹線がないし非電化区間が多いからJRは遅いと思われてるけど、スーパー北斗などの振り子特急ディーゼルとしてはキチガイじみた速度で走ってる。JRも意外と使えるよ。非電化区間の架線のないクリア風景をお楽しみください。

経済状況

悪い。

最低時給とかちゃんと見てね。多分本州のどこよりも低いよ。首都圏とは話がかみ合わないくらい、賃金感覚が違うよ。そして実際に最低時給しかでない環境が多いという事実ももっと知られるべき。

夏すずしい

一般住宅クーラーはないよ。小さな会社だと無い事も多いよ。札幌は夏30度いくよ。それでもそっちの夏よりは過ごしやすいらしいけど、クーラー無いとダメって人は覚悟した方がいいかもね。

もちろん、夏でも涼しい土地もある。南ほど暑いわけではなくて、函館札幌よりも夏涼しく冬暖かいし、旭川は夏暑く冬寒い

イクラ丼

筋子買って、イクラの醤油付け作って、自分で作って食え。

ゴキブリ

何故か最近北海道でもゴキブリが出ると思ってる人が多い。潜まれる恐怖だろうか。24時間営業暖かいお店に小さいのがいるくらいらしい。自分は生まれてこのかた、ゴキブリを見たことがない。

旅行に適した季節

避暑のイメージがあるのか夏に来る人が多いけど、北海道7月中旬8月は天気が悪い。7~8月に訪れて、雨天に泣いた人を何度も見てきた。一年で最も晴れているのは6月花粉症梅雨を避けて、花も芽も一斉に芽吹く快晴の6月旅行おすすめ。日が長いので日程を余裕もって取れるのもいい。

道民は大抵6月って答える。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1780166.html

でも6月が良いと思うのは雪国の人の感覚で、普通はありがたくもなんともないと首都圏の方に言われたのだがそういうもんなのか。普通に快晴続きだし過ごしやすい天気で日が長いし旅行向けだと思うんだが。

冬に来る人はスキースノボ目的だから天気関係ないよね。冬は殆ど天気悪いし。

2010-07-31

川内川激特詐欺事件について

今日鹿児島県南日本新聞を目にする機会があった。

川内川激特詐欺事件についての記事で、ぶっちゃけ意味がわからなかった。

 

人に聞いてすっきり納得できたのでまとめておく。

 

詐欺事件が起きたのは、川内川の源流である大口市伊佐市である

川内川というのは割と大きな川で、その周辺は昔から治水に苦労している地域といえる。

最近も氾濫したので、国土交通省川内川河川事務所が治水に向けて動いていた。

 

治水というのは、川周辺に堤防やダムなどを作って水害や土砂災害から地域を守ること。

そこに住んでいる地権者は工事のため新たな土地移転しなくてはならない。

しかし、移転に必要な資金をだれもがもっているわけではない。

そこで、被告は地権者のための移転資金などをなんらかの手段で工面して治水工事を進める必要があった。

(川の氾濫というのは、梅雨台風のように時期が決まっているため、工事が間に合わないと、大洪水を防ぐこともできなくなる。)

その工面方法は基本的に他の地権者や建設業者に借金するという方法だった。

地権者は、工事が進まないと自分地域洪水を防ぐことができないため、いくらでも進んで貸し出すし、

建設業者も、今後国から仕事が降りてくることを考えれば、断る理由は無い。

そんなわけで、借金して回る被告地域のために走りまわってくれるありがたい国の役人であった。

 

そこで起きた詐欺事件。被告は一体なにをしたのか。

国に対する水増し請求である

土地代金を国に水増し請求して地権者に支払い、その水増し分を借り入れて、遊興費や借金返済などにあてていた。

 

http://news.ktstv.net/e18520.html

 

この事件には更に悲しいネジレが生じていた。

一人、取り調べを苦とする遺書を残して自殺した地権者がいる。

知らぬ間に水増しされて金は支払われるシステムではあるが、地権者は

被告と結託してその貸し借りでいくらかを享受していたのではないかという疑いがかけられていた。

なんとなく、数年前の志布志事件を思い出す。

結局この件については、事件が起きた約ひと月後に新聞にほんの数行だけ掲載され、

公にはなっているものの、ほとんど立ち消えてしまったと言える。(そのような取り調べはしていないという発表もされている。)

 

グーグルせんせには載っていないし、今日新聞記事以外は伝え聞いただけで調べてはいない。

単純に新聞記事の解釈を文章にしただけ。

きっと彼らは貸してくれるが、ただ借りるよりも、余裕があった上で借りた方が貸し易いだろうと水増し請求する被告と、

地域のため、信頼して貸した金が、要らぬ疑いにつながってしまった地権者。

なんだかジレンマを感じるのだが、最適解はあったのだろうか。

 

結局治水工事はちゃんと終わったのかもちょっと気になる。

じゃないとなんのために、被告は走り回って、地権者や建設業者は金を貸して、ある人は精神的にまいって亡くなってしまったのか分からない。

2010-07-21

生きるには暑すぎる。死ぬには早すぎる。とりあえず海を目指す。

夏である。東京では正式に梅雨は明けたのだろうか。

もう溶けそうだ。全身からわなわなと力が抜け、活力が低下すること著しい。

仕事のペースもそろそろ上げていかないとね。



そう、こんな季節はどこか遠くに行きたくなるのである。

海へ。青い空目指して。会社をサボって、スポーツカーを借りて高速をぐんぐん飛ばす。



実は、こんな計画を同期の女の子と立てている。

この同期の子とは、昨年も、週のど真ん中で会社を休んで海へ内緒で行きたいね、と話していた。

残念ながらタイミングが合わなくて実現しなかったのだけれど、今年はいよいよ実現予定。

なにがポイントかというと、「週のど真ん中」「ふたり内緒で」「海へ行く」のが大事なのである。

どの要素も欠けてはならない。

「すこん」と晴れた空と、会社をふたりして休んだという共犯意識

別々の理由で休みを申請して、会社から少し離れた場所で、素知らぬ顔で、

会社の人に遭遇しないか警戒しながら朝に待ち合わせるのである。

どう?わくわくしませんか。



車は、フェアレディZか、RX8あたりを借りて、海沿いの道を、滑るように走る。

BGMシャネルズの「ランナウェイ」。センスが古いか。でも、名曲だと思うんだ。

♪ランナウェイ とても好きさ 連れて行ってあげるよ

ふたりだけの 遠い世界へ お前を抱いてランナウェイ



ちなみに、誤解されそうだけど、この同期の子とは特に恋愛関係にあるわけではない。

ずっと、チームが一緒だった気心知れた仲間である。

賢くて、可愛いくて、気が強い。

長いこと海外に住んでいたから、わりとスパっとした考え方をする。今は、そんな子が一緒といると楽しい



これまで付き合っていた彼女とは、色々あって最近別れてしまった。

ただ今は、ひょっとしたら、環境だったり、考え方が変わる時期なのかもしれない、とも思う。

人生の中でも、そんな風に思える時期ってあんまり無い、という確信めいたものもある。

だって、「あ、俺、今すげぇ楽しい時期なんだろうな」って思うから。

たぶん遅めの成長期なんだろうね。たくさんの人に会って、様々な価値観に触れたい。

成長したい。優秀な人と繋がりたい。極端に出会いたい。変わりたい。


なんだか楽しい予感がする2010年の夏。

2010-07-16

初蝉の声

今年初の蝉の声、と気づいたのは昨日の昼間。

こんなにはっきりと、分かったのは、初めてだ。年とったなぁ。

もうすぐ梅雨があける。

夕方の空は、既に夏。

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