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はてなキーワード: 2000年とは

2017-03-28

保守愛国活動孤独感を減少させる by愛国保守の人

という自己分析をしているブログがあって興味深かった


以下引用

これはただのエッセイというか最近思っていることなんですけど。

2000年以降、インターネットの普及も相まって、敵対的隣国情報が普及しだしました。しかしそれを報道するメジャーテレビ局は無かったわけですし、新聞産経を除いて報道してきませんでした。

なので、ネットユーザーの間には、自分たちでこの歪められた情報空間を正さなければならない、敵を見極めなければならない、国を守らなければならないという危機感と同じネットユーザーに対して連帯感が生じたと思います

日本戦後教育日教組価値観のせいで、愛国心を持つことは恥ずかしいことだ、よくないことだと教わってきた私達に、中国南北朝鮮のような敵が生じたことで、自然発生的に「愛国心のようなもの」が私達に芽生えつつあるように思います

いつからかわかりませんが、私達日本人は孤として生きるように社会に強いられてきたように感じます。各人、友達がいたり会社学校部活に属してそれなりの所属感を持って生きてきたのでしょうが、敵国が現れたことで、ようやく「国=日本」に所属しているという意識が発生したように思います

日本対外的危機が年々強まっているわけですが、それでもそれが逆説的に私達の精神に活力をもたらしてくれた側面はあると思います

今、家族は妻の実家帰省していて、一人で過ごしているわけですが以前ほど孤独感を感じないのは、私が保守立場に立ったからだと思います。昨晩は2ch辻元清美関係スレものすごい勢いで書き込みが続いていくのを見ながら、「俺は一人じゃない」という思いを強くしながら安心して眠ることができました。

言いたいことをまとめますと、

敵国の存在日本人愛国心を復活させつつある

愛国心個人所属感を与え、孤独感を減少させる

といったところでしょうか。

https://kininarukabu.com/post-8091/



やっぱり所属する所が日本という国しかなくなった人が愛国保守活動にのめり込むという例はあるみたいですね

ブコメで見かけた「G県厨」をググったら登場人物に見覚えがあって、途中まで読んで「ああこれ報告者の文体がキツくて最後まで読めなかったやつだ」と気がついた(今回も最後まで読めなかった)

ネット古文というか、2000年頃の書体って今読むとキツイものがあるよなー

現代語訳が欲しい

2017-03-25

なぜ、多くの旧帝大生がバイオ博士に進み、路頭に迷ったのでしょうか?

Q‥なぜ2000年付近バイオブームがあったのでしょう。また、なぜ多くの人がバイオ博士に進み、路頭に迷ったのでしょう。近年のAIブームでData Scientistや機械学習エンジニア需要特に産業界で増加して、そっち方面博士に進む人が増えそうですが、彼らはよっぽどのことがないかぎり、路頭に迷わないどころか場合によってはTJOさんのように世界IT企業で高給にありつける可能性も大いにあります。かつてのバイオブームではそうした産業界へのニーズはなかったのでしょうか。産業界へのニーズがないのに良くわからないブームにおどらされ、多くの人が博士へ進み、勝手に路頭に迷ったのでしょうか。

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A..真面目に回答すると、バイオブームは多分ヒトゲノム解読計画が発端だったのではないかと。かつてのバイオブームお題目こそ「バイオベンチャー創出」だったものの、明らかに大学研究所バイオ部門予算人材調達という利己的な動機のために当時のシニア研究者たちによって徹底的に利用されしゃぶり尽くされた感があるんだよね。そこでは最初から産業界から観点ニーズ無視され、とにかく大学研究所のためのブームとして利用され続けた。故に日本バイオ研究の大半は結局産業創出に殆ど繋がらず、そこで育成された博士ポスドクは皆あくまでもバイオ系のためだけに量産され他分野・他産業でも通用するような普遍的能力を持たない、本物の「学者バカ」にしかなれず、いざ大学研究所ポジションを見つけられない場合には速やかに全員食いっぱぐれる結果になったというわけ。ピペドがその最たる例。ちなみに惨憺たる結果に終わった日本バイオブームが唯一歴史に残る成果として挙げたのがiPS細胞だと思う

https://ask.fm/TJO_datasci/answers/139645776789

2017-03-22

サーバルちゃんが記憶失うとか、自分が予見したとおりだった(増田にも冗談半分で書いてる)。

下の増田が言ってるけど、終盤いきなりシリアス化しなくても良いってのは同感。

12話あるのにもっと伏線を丁寧にまけなかったのかとかも感じる。

わざわざ拾いにゆかなきゃわかりにくい伏線かいまどき古い。

最終数話で慌てて回収とか2000年期のアニメ手法で悪い見本みたい。

2017-03-21

やっとネットフラットになってきた

2000年中ごろや2010年前後2ch的、ネトウヨネット世界でもなく、その頃やそれ以前からオタク一強の時代でもなく、全体的に一色に染まった傾向など無くなりつつある。

ネットがようやく現実世界と対等になってきた証だろう。

このような傾向を「つまらない」と腐す人も多いが、その人たちはただの内輪感が好きなだけであり、メインストリームが内輪じゃないと気が済まない人たちなだけである

探せば君たちの好きだった濃いネットはまだ普通にある。それなのになぜ不満なのか。それは彼らが、「俺たちの世界であったネット」という一体感、内輪感に価値見出していたかである

色々なもの、様々な人に巡り合えるのがネットの良さなのではなかったのか?それならば、現状のような多様性こそ歓迎されるべきなのだ

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170317155716

はてなには実際にロリィタをやっていた人間は少ないだろうから、何か書いてみます

自分が一番ロリ服着ていたのは2000年頃〜、今は着てないけどまぁまぁ監視してる感じの30代。

今も残っている初期の写真は服も顔も見るも無残だったけどなんやかんやで雑誌に載ったこともある、そんな増田です。



元増田さんは中学生の時から今まで、ネット上でよくある完璧もの以外許さない系書き込みを真に受けすぎかぁ



確かに、太って化粧もまともにできてないような人間ロリィタ姿を晒すのは、ただえさえ肩身の狭いのにイメージを落とすからやめろ

というような声はずっとありますが、それって努力痕跡もないような人を指しているのであって、

まともなコーディネートで清潔感適当な化粧と髪型があれば非難されるほど否定されることは無いです。

ロリィタ着てなくてももちょっと考えた方がいいんじゃないですかね…という感じの方が、割といらっしゃるので

そのような方を指すことがほとんどです。



約束だってごっこ遊び延長戦で「この方がロリィタっぽくね?なんかかわいいから言っておこう」みたいなロリィタネタも沢山あるし

オバロリにしたって非難するときに使うというよりは、自虐ネタ寄りだったりする。

若いロリータの方が人口多く見えるとしたら、それは成人はネットで年を隠すからです。

(今一番の問題は年齢と考えてるんだろうけど25歳はメーカーアイテムちゃんと選べば本当に大丈夫。全く大丈夫

そう言った本音というか、日常側の感覚って実際に人と触れ合わないとなかなかわからなくて、

ネットで調べれば調べるほど、彼女たちがネットで演じてる「かわいいロリィタごっこ」が全てに見えてきてしまうように思います



雑誌ネットで目立っているような上のロリィタには成れないかもしれませんが、

中の下レベルあればロリィタのお友達を作って仲良くなるのには問題はないです。




あと元増田さんは他のロリィタさんからの目を気にされているようですが、ロリィタ自体嫌いな人は一般人は多いので

どんなに可愛い子でも、街を歩けば「ブサイク」「きもい」などと言われますので、気にしてはいけません。

基本的に好奇の目で見られるような行為です。そこにロリィタとして可愛いか可愛くないか若いか若くないか関係ないです。




元増田さんはメルカリ中古を買おうとしたと書いていますが、もし買ってみるという一歩が踏み出せるのなら

絶対にお店に行って試着して全身コーデしてもらって買ってください。

たとえ、家で着てみるだけで外に着て行く気が無くても、です。

衣装じゃ無くて洋服ですから、ちゃんと合うものを着ないと当たり前ですが似合わないし可愛くないです。

似合わない服を買ってロリィタが似合わないと判断するのは間違いでしょう。

普段着ロリィタ服を買いに来る人は全然珍しくないですし、予約制のショップもあるので

元増田さんのことはお客としか見てない店員さんに、誠実に服を選んでもらうことができます

できれば10万くらい用意して、アンダーから靴まで完璧に選んでもらえれば、失望しないで10年の思いに応えれる姿になれるんじゃないでしょうか。

「私かわいいいい!」じゃなくて「以外と普通だな」って思えたなら、それはちゃんと着こなせてるってことです。

(安物代用品は着慣れてて解ってる人じゃないと危険




ロリィタ服は金を出せば買える、楽しくて可愛くてバカみたいでおかしな目で見られる服です。

思い詰めるほど崇高でも特別でもないです。



元増田さんはロリィタ以外にも色々押し殺してしまってそうだから、ぜひとも一歩踏み出して欲しいです。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316113722

2000年付近てのは正鵠を射ている。あの辺り影響を受けたアニメ意味不明伏線を多数ばらまいて、最終的にほとんど説明とも言える詰め込みで回収するって手法が多い。

漫画も含んでるがざっとこういう感じ

・メロウリンク(具体的には2000年以前)

まりんとメラン

ウィザード・バリスターズ 弁魔士セシル

惑星のさみだれ

クレイモア

ヘルシング

ひぐらしのなく頃に

後半から急にシリアスになるアニメって2000年台半ばあたりで粗製乱造されてた気がする(具体例なし)

舞姫が思い浮かぶけどあれは前半から伏線張りまくってたし

2017-03-11

最近右傾化流行ってるので

私も右翼になってサヨクを倒そうと思うんだけど、

ちょっとまだ理解できないことがあるのでネトウヨさん教えて欲しい。

今日本に住んでる日本人DNAって、朝鮮半島に住んでる人間に近いっていうじゃん?

稲作はもちろん、日本文明朝鮮半島から伝えられたのが始まりなもんが多いっていうし。

そうすると、日本民族朝鮮人より優れた人種だっていうことの根拠をどこに見出せばいいのかね?

もともとは朝鮮半島からやってきた人種でも、

2000年弱のうちに分化して、圧倒的に優秀な人種になったって事でおk

それとも、今現在文化文明日本の方が優れてるから日本人のほうが優れた民族なんだ、って事でいいの?

もしくは日本人朝鮮半島から渡ってきた人の子孫だなんていう説は無視して、

私たち神代時代から日本に住んでる選ばれし民なんだって思ってればいい?

選民思想もウワベだけでなくしっかり身につけたいんで、ご教授よろしく!

2017-03-04

もう都内子育ては出来ないよ

東京では高度経済成長時代あたりからドーナッツ化現象」と言う現象があった。

都市部から郊外へ人が流出都内公立中学校の統廃合や公立保育園の統廃合や規模の縮小が進んだ。



その流れで都内空き地がどんどん商業ビルオフィスビルマンションに切り替わっていった。

90年代に煩わしい近所付き合いやしがらみの多い地方から脱出する目的上京していく人も増えた、そして2000年辺りにおひとり様ブーム

独身バリキャリ女性が贅沢を楽しむライフスタイルがもてはやされた・・・そして「単身世帯向けに最適化された東京」と言う首都が完成した。

そして「保育園落ちた日本死ね」が突如噴出した。



政府対策を練り自治体保育園を増やそうとしてる、しかし「単身世帯最適化された東京」は一般世帯(夫もしくは妻子持ち)が快適に暮らせるようにするのは無理だ。

一言で表せば「都市計画の失敗」であるしかしもう何十年にも渡って単身世帯向けに最適化され続けた東京を「一般世帯暮らしやす東京」に変えるのは至難の業だ。

90年代に煩わしい近所付き合いやしがらみの多い地方から脱出する目的上京していく人も多かった影響で下町の住人以外は他者への関心も薄い。

公立中学校の統廃合や公立保育園の統廃合や規模の縮小で出来た空き地を売ってしまった以上は買い戻すこともできない。

保育園落ちた日本死ね」を言っている世代の子供が成人している頃には状況が変わっているかもしれないが、今度は高齢化社会だ。

人口が減ってせっかく増やした保育園をまた潰すことになるからなるべく自前で建てたくない・・・・と言うのが自治体本音ではないだろうか。

2017-03-01

小林よしのり最近仕事は知らないからそっちは何も言えないけど

1990年代小林よしのり読者が2000年以降のネトウヨ起源ってのは当時の空気感だと割とリアルな話だったと思う

最近ネトウヨ批判的っていうのは知らなかったけど責任取ろうっていう意図もあったりするのかな

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170226130630

何分か考えてみたが、90年代から2000年ぐらいにネット活躍していて今でも現役な著名人って、もうひろゆきぐらいしか居ないんだな

本田透もその時期からしろはた」で身を起こした

ネット有名人も大変だ

2017-02-13

インターネット上の文章レベルが落ちた

こんなこと言うと懐古厨とか言われそうだが、20年前のWeb1.0時代と比べて、明らかにインターネット世界文章レベルが落ちている。

具体名は書かないが、とあるメジャーとは言えないスポーツの日代表決定戦が先日あり、その内容を解説したコラムが某スポーツ雑誌公式サイトに書かれていた。

執筆者はその世界ではよく知られたライターであり、その人らしい、洞察に富んだ、かと言って煽動的でもない、かつボリュームの水増しもない、良質なコラムだった。判を押したような定型リライト記事ばかりのキュレーションサイトや、イケハヤちきりん等に代表される、無駄煽動的炎上狙いのブログサイトとは大違い。

しかし、読んでから気づいた。

2000年前後までのインターネットは、個人サイトでこのレベル記事を一杯見れたよね??」

今と違い、定型的な記事を書けるツールなんてない。

今と違い、キュレーションのパクり元に出来る公式サイトも揃っていない。

何かについて書きたい場合は、少なくともテレビ映像を見るか現地でライブで見た上で、本屋とかに行って専門誌に目を通して不足分を補完しないといけなかった。または、知人からフォローしてもらうか。

そして、ブロードバンドなんてないから、記事は出来るだけコンパクトにしないといけない。1ページあたり100KB未満が限度ラインとされていた。水増しなんてもっての外。

勿論、執筆対象には強い思い入れも持ち合わせていた。そうでなければ書けないからだ。

Web1.0時代は、これらの障壁クリアした素人ライターが一杯いた。彼らは報酬を求めなかった。アクセス数と、掲示板書き込みゲストブックの登録が増えることが報酬代りだった。

中には物理的な報酬を求める人も居るには居た。その代表例が、あのDeNA村田マリである彼女Web1.0時代異端児だった。

今、当時の素人ライター人達よりレベルが高いプロライターは何人居るのだろう?勿論、キュレーションに関わる1円ライターや、炎上ブロガー比較対象ですらない。

自分の手と足と目を駆使してネタ仕入れ、まとめ、想いを込めて発表する。これが出来てる記事割合が激減したのが、今のインターネット上のテキストである

今の姿しか知らないデジタルネイティブ世代は、ちょっと可哀想かも知れない。

2017-02-11

意識低い系のweb

1995年2000年くらいにライターHPを作る人をやっていた。

それからインターネットどころか電話すら全員持ってない国で生活して最近戻ってきて

昔の伝手でウェブ制作会社のお手伝いをすることになった。

滅茶苦茶つらい。コンテンツの中身よりseo重要視されるインターネットになっている。

近年矢鱈短い文章を納品させられることが多いなとは感じていたが、日本に戻ってきて

スマホ文化になり、長い文章を人は読まなくなっているのだなと改めて実感している。

そして覚えることが多すぎて頭が混乱している。このままこの業種を続ける為の勉強

続けるか否かも迷っている。

もっと日本ウェブ制作の人は対価をもらってもいいと思うな。

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170208052253

2000年前後に二度アメリカに長期旅行に行ったが、クールとかハンサムとか若いとか私も将来日本に行きたいとかチヤホヤされまくって日本と余りに対応が違うんでびっくりしたけどな。時代も変わったのかね。

2017-02-08

メイドインアビスは無理やり読んで見たが、やっぱりかなりの悪癖があって、作者曰くのもともと同人誌用、という発言は正しいように思える。

作画特に傑出しているのはイラスト時代からなので言うまでもないが、見て分かる通り設定が死に設定なんだよ、殆ど

まり設定マニアが作った設定の中で、なんとかキャラを泳がせてゆく内に逆にシナリオラインが出てきたという印象を受ける。

宮﨑駿タイプの描いている内に膨らむ人なんだと思う。最初から最後まで緻密に組んでおいて次々多重解決的な仕掛けが出てくる風でもない。

それと詳しくは言わないがキー設定のばら撒き方が2000年期のアニメみたいで凄く古い。

悲惨さを全面に押し出すので読者は多分ショックに慣れてくる。もう一点いえばクリア型で順次進んでゆくのもあまり良いといえない。

例えばハボという黒笛の探窟家を4巻で回想として出しているが、上手い人なら普通にハボの近況や地上の描写も挟んでゆく。

5巻以降どうするのかわからんけど、たどり着いた奈落幸福エンドでも不幸エンドでも怖い話しかならない気がすんだよね。

そんなヤバイ状況をたくさん見てきて多幸感に包まれるとかいかんでしょ、という印象。不幸だったとしてもやっぱりなとなるし。

これかなり遠慮気味では有るけど、テクがないんだよ。特に時系列前後の混ぜ込み、心理現象を混ぜ込んでゆくテクニックがない。

これは要するに最後までアウトラインは決めてるかもしれないけど、詰めてはないってことなんだ。



これは俺に合ってないだけで筋書きを精査しない人は十分楽しめるとは思う。

なので駄目じゃないんだけど、名作としても癖がありすぎて勧めにくいというか。

2017-02-05

年収500万の人は埼玉にくると幸せになれるよ

新築戸建ては驚くほど安い

年収500で東京通勤圏に新築戸建てを持つって無理だと思うでしょ? 実は埼玉では新築戸建てがすごく安い。

30坪4LDKでも2,500万あれば志木あたりでも余裕だし、タイミングがよければ2,000万を大きく切るものも見つかる。

金利の今、2,000万の家を買ったとすると、フラット35で月々の返済はなんと5万円台。ワンルーム家賃並。

貸してくれるかどうかは別として、年収300万だって返せる。今は100%ローンが可能なので頭金すらいらない。

もっとも、諸費用等別途200万ぐらいはかかるので全く貯金なしでやろうとすると難しい。

でも、そのくらいは親のスネをかじっても許される。

新築戸建ての価格破壊

で、なぜそんなに安いのかというと、パワービルダー最近、よくCMやってる飯田グループとか)が安い家を建てるから

建築費は30坪で850万~と言われている。1,000万の土地に850万の家を建てれば、そりゃ2,000万未満でしょう。

土地の形状に対して既存建物設計を割り当てるので、設計費を大きく削減できる。そしてプレカット工法とかで職人の技を必要としない。そのあたりが安く建てられる理由

都心から20キロ

その1,000万台の土地外環から武蔵野線沿線あたりにかけて点在している。乱暴に言うと三郷から所沢にかけて扇状に。和光朝霞戸田あたりは高いのだけど、新座なんかは練馬区に隣接してるわりには安い。

そのエリアから山手線まで20キロぐらい。電車で30分程度。通勤圏、といって過言ない。

地震とか大丈夫

そんなに安普請の家で大丈夫かというと、これは実際に大きな地震がきてみないとわからない。熊本地震に関しては2000年基準で建てられた家の倒壊は7軒だそうで、これならば耐震基準を信じてもいいんじゃないだろうか。

耐震基準には等級があって、パワービルダーの中でも最高等級を取っているところもある。

揺れだけでなく大規模火災とかもありうるので、ダメときダメとして地震保険復興支援で888万の家を建てる方針いいんじゃないかと思う。なんせ土地は残ってる。

どうせ首都圏には近々大地震がくるのだから、持ち家はそれがきてからでも遅くないと思ってるうちに、家賃で1,000万以上払うことになった。払った家賃は家主の財産として吸われただけ。失うだけで、後に何も残らない。

軽自動車品質の家

色々安く作ってあるなと思うけど、居住の快適性はほぼ問題ないレベルだと思う。昔の家は高級車品質で作ってある。木造モルタルのみすぼらしい家だって職人の技でできてる高級品。

それに対して軽自動車品質で十分じゃね? というのがパワービルダー。でも、今の軽自動車はそこそこ快適。サスやらボディ剛性やらの乗り心地の差を感じる人は高級車を買うべきだけど、オーバースペックに金を払うのをナンセンスだと思う人はこちらがいい。

例えば、パワービルダーだと屋内の扉はダンボールに近い素材なのだけど、ぱっとみじゃ全然からない。ネコ用の扉をつけるのに穴開けてみるまで木だと信じてた。扉が本物の木である必要なんてなかった。いわば、ダンボールハウス

快適性

強度とか断熱性とか、実用上の不安を今のところ感じない。

そもそも、ある程度の住宅性能じゃないとフラット35S適用を受けられないから、その基準を満たすように作ってる。

実際、省エネ性能は目に見えて高くて、エアコン電気代とかびっくりするほど安い。エアコン自体省エネ性能が上がってるのは間違いないけど、家の断熱性が前提。

家の質感とか大事なのはわかるんだけども、倍以上の値段の一流メーカー戸建ての床も合板なので、モデルハウスなんかに足を踏み入れた瞬間の質感に大きな違いを感じない。設備は確実にいいけども、そういうのはあとから必要ものだけ変更できる。

ウォシュレット使用感は値段に大きく左右されるし、電気代も大きく変わる。安物だと、冬季電気代は2箇所のトイレで月に千円を超えるからバカにできない。ガスコンロも出力が低い。入居前にアップグレードができるならやっておきたい。

イニシャルコスト

最低限住めるようにするのに、新築戸建はカーテンとか網戸(付いてる場合もある)とかアンテナ(今の時代いらないかな)とか、一部の部屋にエアコンを入れて、30万。家に合わせたちょっといいダイニングテーブルとか食器棚とかソファーとかを買うと20万は軽く飛んでゆく。で、イケアとかニトリとか中古家具屋とかにしばらく入り浸るようになる。まあ、楽しい出費だけど。

床のコーティング永久のやつとかあるが、数十万。高いけど現実的に入居前にしかやれないから、すぐに決めなくてはならない。数十万は出せなくても、最低でも耐久性2年とかのウルトラタフコートワックスを塗っておきたい。コーティングなしだと床は10年と持たない。

駅まで遠い

問題はといえば駅までの距離で、安い土地を狙って宅地開発をやるので、必然的に遠くなる。

パワービルダー系は駅まで徒歩20分以上。通勤自転車とかでなんとかするとして、生活の足として車が欲しい。

車の維持費で大きいのはなんといっても駐車場なのだけど、戸建ての場合はこれが永久に0円で済む。

軽自動車なら税金車検点検整備、保険合わせても月1万ぐらいだろう。車両費も10年乗り潰すとすると月1万。ガソリン別。

月2万を高いとするか安いとするか微妙な線だけども、首都圏でも車があった方が楽しいし、便利。2万の価値はあると思う。

車にプラスしてスクーターがあれば5キロ半径が日常行動圏になる。125ccなら、20キロぐらいの遠出もこなせるから電車に乗らないで池袋に行くこともできる(駐輪場は探せばそこそこある)

資産価値

今後、人口減少してゆくので、資産として持ち家の価値が上がる可能性は皆無といっていい。

35年後(繰り上げ返済で20年後お金を払わなくても住める場所を確保することに魅力を感じる人向け。

賃貸では意識しない費用

賃貸では家賃に含まれているので意識しなかった出費として、固定資産税とか家の維持費とかかかってくる。

固定資産税10年間住宅ローン減税分でほぼ相殺できる。期間終了後でも、家屋価値が減少してゆくので安くなってゆく。大した金額ではなくなる。

急に駅ができて、土地価格が跳ね上がるとかであれば無視できないくらい上がるかもしれないが、そういうところはそういう情報を握ってる人が先に買い占めるので安心してよい。

維持費は屋根とか外壁とか給湯とかで定期的に100万の単位でかかってくることを覚悟しなければならず、それに備えて月に1-2万は貯蓄しておかなければならない。

2,000万の家なら、ローン返済とその他経費を足しても、賃貸に比べると、それ以上の金を節約できてる筈だから問題ないだろう。

探し方

スーモを例にとると、埼玉新築戸建で2,500万以下、土地建物面積をそれぞれ90m2以上の条件を入力すると、リアルタイム地域ごとに登録件数が表示されるので、そこからアタリをつけて。

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170202103514

そもそも年収700とか1000万になれる時点で恵まれてるんだよ

2000年以降の新卒なんて運以外の要素で高給になれないんだよ。なれた時点で特別

努力自己研鑽でどうにかなる時代10年以上前に終わってる

2017-01-31

2017年2017年予言を発表します!

[日記][オカルト]日本中国文化大革命級の事件が起こる

文化大革命中国共産党主導による中国倫理論の変革だ。下層階級を党主導部が利用し、寺院仏像などの古来の文化破壊する事件が相次いだ。多数の死者をもたらしたとされる。

中国文化大革命は主に政府にとって目障りなインテリ層を中心に粛清された。技術者富裕層、一部の農民・・・そしてそのような政治劇が1976年まで繰り広げられた。そしてこれは、実は日本はいつ起きてもおかしくないのかもしれない。

日本の中にある貧困崇拝は非常に内向きの古臭い発想だが、これが日常生活の中に持ち込まれたのが日本版ラテン思想だろう。これはまさに文化大革命時の毛沢東思想に近い。文革期の中国共産党富裕層に対するの敵対意識と、現代日本インテリ富裕層叩きは、私には非常に類似点が多いと思うのである

日本のこういった発想は、とある大学生によると富裕層でない階級青年期を過ごした人間富裕層になり、彼らの振る舞いに不満を抱いた人の思想が広がったことに由来するという。この思想はそもそも古くない考えである。私の知る限り、2000年当時にはありえない考え方であった。

それ以前の日本(今でもそうかもしれないが)は金持ちを目指すことが美徳とされ、貧しいことはむしろ恥ずかしいことであると言われていた。ちなみに、この考え方は2010年代前半ですら通用した常識である

私は月に1000円~2000円払ってロト6ロト7を買っており、億単位の賞金が当たることを見越して様々な研究をしていると、富裕層叩きを見るたびにないと思う。昔は無機質な中間層と違う趣のある文化に憧れていたが、後で知ったのだが、今増えている富裕層最近まで中間層貧乏人だったもので、もともと富裕層資質がなく、富裕層叩きのメインターゲットとされている人達だ。

今日本各地に行くと、そういう外国水準の所得単位での分別すら無理になっている。文化面での貧困化が徹底されている。デモ行進を見ると、以前は都市部から許されたような右派系の排外デモがある。中国外交危機があって反日デモにわかに活発化したのと同じだろう。

実際街頭で往年の宗教勧誘のように日当を対価にデモ行進に参加させるケースも増えている。地方都市に多い。現在起きているデモ行進などは思想の左右問わずに日当で集めて頭数をそろえているのが多数であるというのが現実ではないだろうか?

中国人過去に同じことを難解も経験していることだからそれを熟知しているんだろう。だから日本人の私はこんなことは発言をしたくないのだが、2017年日本でも「文化大革命」が起こるのだろうと、ガックリしてしまうのであるトランプ政権になってからアメリカ日本と同じ道を辿り始めたように、70年以上平和を守り続けた日本が、中国と同じ道を辿ろうとしてる。

明暗

日本ノンポリ層が健在であることが救いだ。毀誉褒貶ある。こういった精神すべてを賛同することはない。あの地域には外国ではPC問題になるような文化が多すぎだ。しかし私は、世界で当たり前の対応のできる者が健在であることにほっとする。「政治的中庸がいなければ日本存在しない」と言われるほどの現状がどこまで持つのだろうか?

オタク姿勢もかっこいい。この集団は、昭和末期時代から宮崎事件の余波で権力とたたかった。反骨姿勢は今も生きている。彼らについては私も言いたいことはあるが、それでもこういうことは本当にスゴイよ。

一方、非ノンポリ階級対応はよくないよね。でもこれは「腑に落ちて」しまった。彼らは多数派になりつつある。日本を見てほしい。強い先祖返りを髣髴とさせる。一人ひとりの威圧感も凄まじいが、実際にデモにいくと左翼右翼兵隊みたいな感じが不気味でしかない。

この日常を経て、キビキビと「塩生活」に明け暮れる彼らがファシズム片棒を担ぐわけだ。ノンポリ非国民と。逆に強烈なイデオロギーを持つ層は、左翼右翼を見ると「ホッ」とするわけだ。日常を感じるから

プロ市民のイデオロギストっぷりは私も批判し続けているが、ついにマジでノンポリを嫉視するようになってしまったんだなあと、本当にガックリきてしまう。ある意味戦争前夜臭くて不快だったが。

日本版文化大革命に備えよ

私は民主主義のもの社会的価値否定しない。事実70年以上も守り続けてきているし。それ以上に豊かな生活にあこがれている。1995年に両親の転職(貧乏から転身!)で関西から関東に越してきたとき、新しい生活に胸を膨らませた。1990年代から2010年代までオタクとしての経験もある。家族代々鉄道好きでもあった。

しかしそのような「豊かな」暮らし経験した私だからこそ、その風情とか肯定的表現を守ること、また新しく築くことはあっても、根本にある負の因習は打破しようと、そう訴えたいのである。守る価値のない因習拒否し、破壊する発想が必要だ。残念ながらそれと矛盾するのが、「所謂精神化するアメリカ」であり「日本の文化革命兆し」ではないか。本当に私に未来はあるのだろうか。

日本人に問いかけたい。貧乏人だらけの国と同レベルの発想に恥ずかしく思わないのかと。君たちの憧れる今では黄昏の国の日本江戸幕府をぶっ壊して新しく国を作り、経済的科学的・文化的豊かさを受け入れたのではないかと。そして、そもそも何故貧乏を恥じ、お互いに豊かになることを目指したか考えてみよと。

近いうちに21世紀版の文化大革命日本でも起きる。願わくばそれが起きないように努め、万が一起きても自分自身が巻き込まれないようにしたい。

2017-01-26

ねぇねぇ、お母さんもっとお話し聞かせて

こんな感じ。曲が始まる前に子供の声でセリフから始まる歌。

1993-2000年だった気がする。

篠原美也子とかついでに思い出したが、この歌が思い出せない。

2017-01-23

当たり前なんだけど今って2007年じゃなくて2017年なんだよな

1980年←昔

1990年←昔

2000年最近

2010年未来…んん?

ってなる

いや業務とかで普通に2017年って打つけど年代別に並べられたり、

更新が数年単位サイトの新着に「2017.01.23」とか書いてあったら一瞬「…んん??」ってなる

あと3年で「2020年」って書類に書くわけだけど物凄く奇妙な感覚になると思う

何がそうさせてるのかハッキリとした理由は分からない

2017-01-20

2000年頃の個人ホームページ

古い玩具情報を調べていたらなんとなく見つけた

http://coolrip.b.ribbon.to/

この頃のホームページといえばみんなこんな感じだったなぁと懐かしみつつも、2000年代前半に更新が止まっているページを後生大事に保管してある管理者には頭が下がる

2017-01-16

君の名は。」を選外にしたキネマ旬報カス

君の名は。」がキネマ旬報ベスト選外となったけど、これは、日本映画批評における下記の(伝統的な)問題点象徴する出来事なので、みんなもっと大騒ぎすればよいと思います


最初問題点日本映画批評は、アニメーション映画を適切に評価することができません。


キネマ旬報ベストテンランクインしたピクサー映画は、何本でしょうか?少し考えてみてください。答えは、ゼロゼロですよゼロ世界アニメーション革命を起こした「トイストーリー」も、障碍児童冒険譚をウェルメイドに仕上げた「ファインディングニモ」も、冒頭からほとんどセリフを用いることな世界の荒廃を描いた意欲作「ウォーリー」も、トリロジーの最終作として圧倒的な完成度を誇る「トイストーリー3」も、ベストテン選外になっていますピクサー以外でも、「アナ雪」も選外なら、2016年は「ズートピア」も選外。正気かよ。日本アニメーションに目を向けても、例えば故 今敏作品は1本もランクインしていません。「千年女優」を超える絢爛な日本映画2001年10本あったか?「東京ゴッドファーザー」を超える抑揚の効いた感動作があったか?「パプリカ」のイマジネーションを超える作品があったか?「パーフェクトブルー」ほど低予算映画で、今なお国境を越えて評価され続ける映画が何本ある?


次の問題点日本映画批評は、映画自体の良さではなく「他国における賞レースの結果」や「興行成績」や「過去監督作の評価」などの外部要素に引き摺られすぎる。


2000年以降、ピクサーを筆頭にCGアニメーション映画映像面、シナリオ面での革新を重ねる中、たった1本だけキネマ旬報ベストテンに名を連ねた映画があります2009年戦場でワルツを」。レバノン内戦における監督自身記憶を辿る、という半ばドキュメンタリーのような内容の映画で、ここ数年の作品でいえば「アクトオブキリング」ような手触りの、とてもいい映画です。とてもいい映画なんですが、たぶんこの映画キネマ旬報ベストテンランクインしたの「アカデミー賞ゴールデングローブ賞外国語映画賞部門ノミネートされた最初アニメーション映画」だからなんですよね。あと反戦映画から反戦映画と、海外映画賞をとった映画日本映画批評において高く高く評価されます

興行成績の良い映画評価も引き下げられます興行成績がよい映画は「おれが評価しなくてもいいだろう」という寝言をいいながら、実のところ「自分は年に100本も200本も観ているのだからパンピーと同じランキングには出来ない」という薄っぺらながら自意識を守るために、本当はすごく面白かったのに、8位とか9位に入れたり選外にします。2016年も「シンゴジラ」より「クリーピー」を評価して、ズートピアを選外にしたハゲがいましたね。「こいつらは友達が多いから、ほかの人が評価してくれる」って言い訳しながら。一言。邪念が多いよ!!面白い映画普通に評価しろよ!!いや、確かに「クリーピー」は面白い。その通り!映画順位をつけるもんじゃない。その通り!けど、正直「シンゴジラ」と「ズートピア」より「クリーピー」のほうが順位が上、とい上のはさすがに無理があります

過去監督作に評価が引き摺られすぎる、というのはイーストウッド映画過大評価が最も有名でしょう。確かに、イーストウッド映画面白い。本当に良い映画ばかりです。でも「グラディエーターアメリカンビューティーとダンサーインザダークを抑えてスペースカウボーイが1位」とか「父親達の星条旗硫黄島からの手紙のワンツーフィニッシュ」は、やりすぎをこえて「ヤラカシ」だと思うんですよね。

ヤラカシ」といえば「オールタイムベスト日本映画こと七人の侍が、キネマ旬報年間ランキングでは3位な件」がもっとも有名ですが、このときは「木下恵介作品のワンツーフィニッシュ」というわけわからんことになっているんですね。1位は「二十四の瞳」。これは、わかります。「二十四の瞳」はすごい映画です。今観てもびっくりさせられます(比類する作品は「6歳のボクが、大人になるまで。」ぐらいしかし無いのでは?)。ところで、2位は?…2位は、「女の園」という映画です。…いや、本当なら観てから言うべきなのはわかります。でもあえて言わせていただきたい…知らないよ!!オールタイムベストどころか、木下恵介監督作としても無名作品なのではないでしょうかコレ。(誰か観た人いますか?もし「おれは観たけど、七人の侍よりずっと良い映画だよ」という人が多ければ、この段落は訂正の上謝罪いたします)


最後問題点日本映画批評者は、孤独すぎる。


映画は観る環境によって、評価が大きくことなます。これは前項と矛盾するようで矛盾しません。映画館で観る映画と、家で観る映画は違います。「IMAXで観るゼログラビティと、金曜ロードショーゼログラビティは別の映画だ」と言われて、否定する人は少ないでしょう。映画体験です。ウェイン町山が「試写室で隣にピエール瀧がいたので死ぬほどビビった」と言って「凶悪」を年間ベストに挙げるように。ガース柳下金沢映画祭で観た映画を年間ベストに挙げるように。「お家に帰るまでが遠足」と言われるように。「フェスで盛り上がる曲」があるように。では、「夫婦カップルで観に行き、食事をしながら感想を言い合い、その日の記念にプリクラを撮り、インスタに半券の写真を上げたくなる映画」は、その体験込みで評価しなければいけないのでは?

ひとり、ルーチンワークとして試写室のパイプ椅子に座り、原稿の締め切りを頭の片隅に置きながら観る人間は、金曜ロードショーで観た「ゼログラビティ」をつまらなかったと言い切る人間と変わりません。真面目な話、かつてこれほどまでに評価され、クチコミ観客動員の伸びたデートコースムービーってあるんでしょうか?そう言えば「動員で映画評価を語るなら踊る大走査線2は名作」って言ってる人がいましたね。…寝言かな?(たぶん口を滑らせたのだろうと思うけど)


以上3点。おれは「息もできない」を年間ベスト映画に選ぶキネマ旬報のことが(ピラニア3Dを年間ベスト映画に選ぶ映画秘宝より)本当に大好きなんだけど、やっぱりよくないところはよくないところなので、なおしていただきたく候。


なおちゃぶ台をひっくり返すようだけど「君の名は。」は観てません。だって子どもが生まれたばかりで、奥さんが育児で手一杯だったからね。子どもがもう少し大きくなったら、ポテトチップスコーラを片手に、あーだこーだ言いながら2人で観るよ。ほなさいなら

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114155348

明確な目標があるのに、もったいない

ネットだと、情報が多すぎるのかな

javascriptかな?と思ったけど、ruby

ifもforもでてこなくてスマ

eachが形を変えたforです

いろんなとこからコピペ量産して、2時間近くかかりました^^

api取得はすぐだったけど、json、hash、arrayでごにゃごにゃ)

rubyソース

# ライブラリ
require 'net/http';
require 'uri'
require 'json'

# 検索文字
$q = 'http://ci.nii.ac.jp/books/opensearch/search?q=%E7%B3%9E&format=json'

# web-apiから取得
# https://support.nii.ac.jp/ja/cib/api/b_opensearch
def search(q)
    uri = URI.parse(q)
    json = Net::HTTP.get(uri)
    result = JSON.parse(json)
end

=begin
取得データ1件サンプル
{"title":"糞土",
"link":{"@id":"http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00094249"},
"@id":"http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00094249",
"@type":"item",
"rdfs:seeAlso":{"@id":"http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00094249.json"},
"dc:date":"1953",
"dc:creator":"糞土会",
"dc:publisher":["糞土会"],
"prism:publicationDate":"1953",
"cinii:ownerCount":"8"},
=end

# データ整形
#
# 入力データ構造
# {"@id":"http://ci.nii.ac.jp/books/opensearch/search?q=%E7%B3%9E&format=json",
#  "@graph":[ { "items":[ ,,,
#
# 出力(ハッシュ)
# {title => dc:date ,,, }
def format(hash)
    title_date = Hash.new

    # ハッシュキー"@graph"の値の配列の先頭のハッシュキー"items"のハッシュ配列を取得
    items = hash['@graph'][0]['items']

    # タイトル出版年を取得して、戻り値ハッシュへ追加していく
    items.each do |item|
        title = item['title'].chomp
        date  = item['dc:date']
        title_date.store(title, date)
    end

    return title_date
end

# 並び替え
def sort(hash)
    hash.sort_by do |key, value|
        value
    end
end

# 出力
def print(hash)
    hash.each do |key, value|
        puts "#{value}年 #{key}"
    end
end

# メイン関数
def main
    # web-api検索して、
    result1 = search($q)
    # データを整形して、
    result2 = format(result1)
    # 出版年で並び替えて、
    result3 = sort(result2)
    # 出力する
    print(result3)
end

# 実行
main

rubyスクリプトの実行結果

C:\Users\unko\Desktop\prog>ruby webapi.rb
1848年 人欲辨 (じんよくべん)
1870年 雀糞論説
1920年 青瓷説
1933年 管内ニ於ケル鶏糞ノ利用状況
1947年 糞尿譚 : 小説1953年 糞土
1955年 黒い裾
1955年 形成
1959年 石糞
1972年 糞 : 海田真生個人文芸誌
1972年 乳幼児糞便図譜
1987年 糞尿と生活文化
1991年 皇居と糞尿と大嘗祭 : 皇居「糞尿」裁判を支える会ニュース
1995年 糞袋
2000年 糞尿史 : 遷都は糞尿汚染からの逃避だった
2005年 「糞尿」大全
2007年 糞虫たちの博物誌
2008年 うんちのはなし : う~んとげんきになる
2009年 糞神

2017-01-13

世代交代必要もの

http://qiita.com/jj1bdx/items/a9cd77807e0d689fb4b6


オープンソース活動をまったくしていない僕が勝手に考えた「世代交代必要もの

(若者)

1. 今後、10年(?)はコミットできる「若さ」を持つ

2. メンテナンス継続的に行う「時間」を持つ

3. プロジェクト関係しそうな新しい技術継続的学習する「時間」を持つ

4. 該当プロジェクト以外の活動を行える「時間」を持つ

5. 既存ライブラリの制約を継承把握する「意欲」を持つ

6. メンテナンス継続的に行う「責任感」を持つ

7. 該当プロジェクト継続的に関わり続ける「強い理由」を持つ

(世代交代を望む現役)

1. 若者が失敗から学ぶチャンスを与える「寛容さ」を持つ

2. 若者責任を与える「寛容さ」を持つ

3. 若者が成長してきたときに引き継がせる「寛容さ」を持つ

4. 既存ライブラリの制約・意図を共有できるよう「整理する能力」を持つ

5. 後続が入ってくるようプロジェクトに「魅力を作り出す能力」を持つ

(6). 若者が知りたいときに適切な情報を与える「バランス能力」を持つ

(7). 雑談に走りすぎない「バランス能力」を持つ


大きなコミュニティではないが、1990年に一人の人が立ち上げ、2000年くらいから後続の人と盛り上げているプロジェクトの例を知っている。

ただ、その二人が費やしている時間は、プロジェクトに関する質疑応答だけでも相当な時間を割いている様子が見られる。

後続の人も17プロジェクトに関わっていて、すでに「次の後続」が見つからないとプロジェクト継続は難しいだろう。

上に書いている「必要もの」は健全状態コミュニティ継続されるための条件としている。実際には、時間がないけど頑張ってメンテナンスしているコミュニティは多いと思っている。

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