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はてなキーワード: あの世とは

2016-08-31

君の名は。』が持つリアルさ、あるいはどうしようもない現代性。

もういいか~い?

ま~だだよ~。

かくれんぼのこのルーチンワード、おそらく日本人のそのほとんどが人生に数度以上は発したことがあるこの二つの言葉

そして、劇場でみんなが感動的な気分に浸って聞いていたであろう「なんでもないや」の歌詞はというと

http://www.uta-net.com/song/213756/

使われている言葉イメージだけでいうと半分くらいは、もう、思春期というよりも、ほとんど小学生であるRADWIMPSはこれまで名前しか知らなかったバンドだ。今までどんな歌を歌ってきたのか私は知らない。だがこのサントラに関してならば、新海誠ほとんど一緒に制作したようなものときいている。納得だ。これは完全に『君の名は。』が描くSFジュブナイル児童文学シチュエーションとしての歌詞になっている。そして、これがクライマックスに流れる。それが新海誠という作家メッセージなのだろう。彼には子供から大人へといった枠組みが存在しないのかもしれない。徹頭徹尾子供のままなのだ

新海誠の描く『君の名は。』の作品世界基本的にあらゆるもの子供の切実である、ということなのかもしれない。そして、この切実というのは、世評に多い311以降というスパンではなく、現代日本という国そのものなのだ。実際、私たちはこの5年間だけがつらかったわけではないのだから。多少の波はあっても、20年以上、苦しみ続け、今もそれは続いている。このどうしようもない圧倒的な現実性現代性を前にした時の子供化、幼児化こそが新海誠が新作で選んだ態度だと思う。

言の葉の庭』まではまだちょっと大人であろうとしていた節がある。しかし『君の名は。』においてはもう完全に子供化、幼児化を自分作品に許した。そのようにして作られた作品がとんでもないほど、オタク一般人という枠を超えて受け入れられている。もちろん中心は若者たちだ。

個人的には、震災以降を受け止めようとする映画としては、その部分の精神性においては最低のものだと感じたが、それすら、切実な防御としての最低さ、自分勝手さに思えてくる。

それでも多くの人が、あの映画肯定したいと感じている。この現象は、もうあまり現代的としか言いようがない。

作品で描かれている内容がどれだけひどくても新海誠アニメというフィルターを通すと、もう、世界のすべてがまるで夢のようなリゾート地のように見えてくるのだ。彼の作品は、現実逃避のための観光地のように感じられる。この感覚は、いささか自己分析が過ぎるかもしれないが。

若者たちの多くが私のような自己分析リゾート感覚として映画に行くわけではなかろうが、それでもCM予告編がかなり魅力的に見えたのだと思う。そして実際、作中の出来事にしても、まるで旅行雑誌恋愛パワースポット特集みたいな感じで思わず笑ってしまうのだ。だが、もう、なにもかもを忘れてこの子供っぽいカワイイ恋愛に全力投球してしまおう! という決意表明リビドーフィルムには溢れていた。

OPも爽やかでよかった。

http://www.uta-net.com/song/211495/

ここで言われる前世というのは、今この現実のことで、その現実から映画という現実逃避においてなら革命前夜の勢いで世界サヴァイヴしていけるようなそんな気分。分かりやすエモーショナルさがあって、気分が高揚した。

個人的には、飛浩隆の『グランヴァカンス』とか『ラギッドガール』というSF小説があるのだが、あの世界を想像した。自分の好きな仮想現実リゾートゲストとして休暇に行くような感覚。その仮想現実ではゲストは年齢も性別も、どういう世界でどういう役割なのかも決められるのだが、新海誠映画はその仮想現実に出かけるような気分にさせてくれる。子供化、幼児化することの退廃性や、うしろめたさなども含めて、私にとって映画体験というのはそういう部分がある。


現実逃避としての子供化は、オタク一般人もおそらく関係がない。私も含めて、本人たちは自分がこういった幼児化を特別おかしいことだとは思ってはいないのだ。何かつらい時期があったとしても、それを忘れさせてくれるほど、忘れざるを得ないほどのスピード趣味にのめり込むことが許されているし、もちろん恋愛したっていい(片想い含む)。20年30年間をそうやってサヴァイヴしてきたのが今の若者たちなのだ

一部で、ポスト宮崎駿場所新海誠はふさわしくないのではないか? と話題になっているが、確かにある種の退廃性があるのは事実なのだろう。しかし、現代日本若者の抱える切実な防御としての幼稚さを良くも悪くもここまで表現してしまえるアニメーションの作り手は新海誠だけかもしれないとも思う。何しろ、本編のあの内容で「3.11があって、人々の願いや祈りを物語にこめたんです。」と発言してしまうような男なのだから

とてつもないアホさと才能を兼ね備えているとしか言いようがない。

そんな男の作る物語に心を揺さぶられるのが、今の、これから日本若者たちリアルなのだから

君の名は。』は世界中で配給されるそうだ。クールジャパンネクストフェイズオリンピック開会式宮崎駿新海誠ダブル演出するしかないだろう。






完全に余談だが、恋人と見に行ったので、その日の夜は、めちゃくちゃセ○クスした。

彼女はべつに泣いてもいなかったし、「すごい子供っぽい映画だった」とお気に召さなかったようなのだが、私がまるで思春期少年のような態度になっているので、それにときめいてくれたのかもしれない。ありがとう新海誠

2016-08-29

http://anond.hatelabo.jp/20160829232551

いいね

なんだかんだで、あの世代は一番テレビ楽しんでるわ

君の名は。』のスマホ

2016-08-28

オカルト好きな母親も、自分自身も嫌いだ

うちの母親は、はっきり言ってバカだ。若い頃は美人と言われてもてはやされたらしいが、私から見れば、ただの四角い顔の阿呆なオバハンであるしかも、近代以前の迷妄にとらわれていて、オカルト信仰している。あの世なんてあるかいな、というと、「偉いお医者さんでもそう言っている人がいる」「おまえに本当のことがわかるわけない」と反論にもならない反論をしてくる。オカルト業界に食い物にされてるだけだっちゅうに。



母親バカさを語りだしたらキリがない。何しろ、たいていのオカルトは通過している。宜保愛子新倉イワオの出演番組は必ずチェックしていたし、私が中学校いじめられた時は、なぜか織田無道のもとに連れていかれ、怪しい儀式を受けさせられた。私たちに隠れ、いくつか新興宗教にも入っていたようだ。日本心霊科学協会にも加入していたらしく、会報みたいなものソファの下に押し込んである。ある時、実家に戻ったら、何が祀ってあるのかわからない神棚を私の部屋に設置していた。図書館で借りる本は『あの世の仕組み』みたいなタイトルの本ばかり。ああ、書き綴るだけでイライラしてくる。



私が困って相談をすると、頼みもしないのにオカルト系の自己啓発本を送りつけてくる。この女は、まともな本を読んだことがないのだ。私が「もっとちゃんとした本を知っているから」と断ると、「自分は長年生きてきて、たくさんの本を読んでいるから、これはあんたの役に立つはずだ」と押し付ける。私は少なくとも、おまえみたいにくだらねえ本に埋もれているバカじゃねえわ、と罵倒したくなる。



身内だから普段は甘い目で見ているが、彼女に何かとりえがあるかって言ったら、あると思えない。整理整頓がまったくできず、ゴミ屋敷寸前の状態なのに、ゴミの部分は押入れに詰め込んで隠す。虚栄心の塊で、趣味が悪いのに「いい」と思った家具を買い込み、きれいだと思ったものを陳列する。これは普段、まったく使わない。家を訪れる客に対して「すごいでしょ」と誇示するため、ディスプレイしているのだ。実情はゴミ屋敷なのに。



ババアオカルトや虚栄に費やした費用は、きっと何千万円にもなるだろう。こんな愚かな女の血をひいていると思うと、情けなくなる。わかるだろうか。繰り返すが、うちの母親現代に生きていながら、近代以前の迷妄に囚われたタダの阿呆だ。



こいつに対する嫌悪感がもとで、私は「勉強してまともな判断力を身につけなければ」と思うようになった。いちおう一流とされる大学には合格し、その後もそれなりのキャリアを築いた。ただ、私は精神病み人格を壊して、立ち直るためにものすごい努力をしなければならなかった。これがなければ、もっとうまくいっていたはずなのに。今から努力して取り戻そうとも思うが、少しうまくいかないことがあると、「あの女からバカな血をひいているから、自分根本的に頭が悪いに決まっている」と否定的気持ちになる。



うちの母親のようなバカに比べたら、軽いスピリチュアルニセ科学に騙されている人たちなんてかわいいものだ。どうすればこのバカ親と自分自身を受け入れることができるだろうか。

英語ダサい

ダークソウルをいまごろ遊んでいる。

5年前のゲーム現在PS4で3が出ている。

前作デモンズソウルときも少しは思っていた。

この重厚ゲームでは英語の軽い響きがおかしく感じる。

はじめてではないだろうが最初に出たPSバイオハザード英語日本語字幕は新鮮だった。

これは英語でなくてはと思った。恐怖にも雰囲気にも一役買っている。それゆえにED日本語曲はダサかった。

ただダークソウル世界では英語はとっても嘘っぽく聞こえる。

あの世界では絶対英語は喋ってない。

から無理に英語吹き替えもの日本語字幕をあてているような違和感がある。

いっそ日本語吹き替えでもいいんじゃないかと思った。

かように最近ではアメリカ映画のどこでもなんでも誰でも英語が通じるというのに嘘くささを強く感じるようになった。

これは長年あった英語コンプレックスが解消されつつあるということなのだろうか。

2016-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20160822141008

ロボットパートナーと見る人間が多いけどロボット動物ペット植物粘菌のように生命を持っていません。

生命を持っていないモノを生命を持つモノと同じように扱うのが生命に対する冒とくです。

例え神を信じていなくともあの世を信じていなくとも

現世で生きている以上、生命侮蔑するような行為絶対にやめてください。

2016-08-18

http://anond.hatelabo.jp/20160818164224

グラブルじゃないけどテレビCMでまったくユーザーが増えなかったという前例を聞いたことがあるから

あの世界だとCMよりは費用対効果が高い可能性は結構ある

本当にやってるとは思わんけど

2016-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20160812152208

あの世界はゴジラが来たことのない世界です。

さら怪獣映画もありません。

劇中一度も「怪獣」という単語は出てきません。

2016-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20160812152208

あの世界はおそらく2016年現代日本だけど、我々の現実世界日本とも、過去ゴジラ映画世界とも違う、

それまでの歴史で一度もゴジラが出現しなかった世界舞台になっているのです。



怪獣映画くらいはあるかもしれないけど(確証はないですが)、巨大生物現実存在するかと言われればそれはさすがに作り話でしょ?

っていう認識なのだと思います

からみんなゴジラが出現してものんきにスマホ構えてパシャパシャやってるのです。現実味がないから。

多分我々の現実世界映画冒頭の異変が起きても、「まさか怪獣映画じゃあるまいし」ってみんな思うでしょ。

そういう意味では誰もゴジラを知らないのはリアルな感じがしませんか?

シン・ゴジラで唯一腑に落ちないところ

シン・ゴジラを見て来た。

評判通り最高だった。

ただ一つ腑に落ちないことがある。


現代日本ゴジラが来たらどうなるかを

リアルに描いた映画なのに

みんな「ゴジラ」を知らない事。


普通「あ、ゴジラだ」って思うっしょ。

あの世界に怪獣映画というもの存在しないのだろうか?

2016-08-08

宮崎駿友達が少ない

シンゴジラをめぐって、庵野秀明樋口真嗣島本和彦らとの友情が取り沙汰されている。

もともとあの世代は、クリエイター以前にオタク仲間として集まっていて、

同じ経験を共有した、同じものを好きな仲間だ、という気風があるように感じられる。

しか宮崎駿富野由悠季などの世代は、どうも師弟ライバルしかなく、

それはそれで濃厚な関係なんだろうけども、

共に協力して何かを作ろうというような和やかな間柄ではなさそうだ。

翻って現在若いクリエイターは、インターネット上で同業者消費者ときわめてフラットに語らっている。

ときに集まり、やがて離れ、緩やかに広く、それでいて密に繋がっている。

大雑把な世代論だが、こうしたところから作品性の違いは生まれてくるのだろうか?

2016-08-02

シン・ゴジラ世界

政治家作業着を着て会見するようになったのは東日本大震災以降なので

あの世界では東日本大震災福島原発事故もあったと思われる。

2016-08-01

相模原事件の、今までの若者特有犯罪との相違点について

秋葉原事件後、似たような自暴自棄から暴走がちょくちょく出てるけど、

正直、てんかん暴走自動車のほうが死者が多いので、

このまま中間層は使い潰されて死んでいくんだろうなーと思ってた。

ところが、相模原事件で新たな可能性が出てきた。

社会正義による殺戮を行うキチガイである

 

 

ある意味、某中東の「やれば48人の処女あの世セクロスできる権利

という謳い文句と変わらないのだが、

自分勝手理屈自分勝手に行動するから、恐ろしくタチが悪い。

そして何より問題なのは、クソ真面目に働いてすり潰されていった中間層には、とてつもなく相性がいいってことだ。

これは私見だが、秋葉原事件は、自分を見てくれない世界への叫びだったと思ってる。

こんなに頑張ったのに、どうして認めてくれないの、と。

ところが、相模原事件

こんなに悪い事を放置してるのはいけない、なら、排除するのは正しい事だ!

と、自分勝手判断して実行した。

 

 

もうこれはキチガイ判断であり、

問答無用鉄格子に入れる案件だと思う。

だが問題は、事件発生の土壌である

犯人社会正義のために殺人を犯したサイコパスだと思うが、

犯人は、生まれながらのサイコパスではない。

犯人リア充カテゴリの住人であり、友人からバグちゃった」という証言から

後天的サイコパスになったのは間違いないだろう。

そして、サイコパスを育てた土壌が、昨今のブラック企業である

 

 

明らかに過酷な条件で、低賃金で働かされ、問題放置されたまま仕事が続いていく。

問題解決を図るが、ことごとく失敗する。

別の仕事で再起を図るも、これも出来ない。

不況、というより20代若者たち未来への閉塞感。

この末にあるのは、自分を終わらせる自殺か、暴走する秋葉原事件のような他傷への道しかないと私は思ってた。

ところが、相模原事件で新たな可能性が出た。社会正義による殺戮である

60年代大学闘争のようなイデオロギー対立ではなく、この社会に属する者として、より良い方向に持って行こうとする、混じりっ気なしの善意なのだ

その為なら、この身を喜んで犠牲にしようという、尊い自己犠牲なのだ

狂っている。

 

 

社会に属する者として正気を保ちながら、狂気しか言えない行動を実行してのけたのだ。

この事件がただの殺戮でない事は、職員を生かしていた事からも読み取れる。

もしただの快楽殺人者なら、職員患者関係なく実行していただろう。

だが彼はそれをせずに、とても良い笑顔SNSにアップして犯行を始め、終えた後、通報とほぼ同時刻に自首

やりきった笑顔護送されていった。

 

 

ここまで書いて、ガチ吐き気がしてきたけど、後少しだけ。

よくネット上で「富める逃げ切り団塊世代vs借金を擦り付けられた若者世代

なんて対立軸が出てきたけど、この対立は、あくま政治的対立していく者だと思っていました。

ですが、現実には数の暴力によって政治家は抑えられ、

立場的にますます追い詰められていきました。

これを解決するのは、いわゆる少人数による大人数への暴力行為なのですが、

戦後犯罪最少記録を更新し続ける「おとなしい若者」には絶対不可能だと思っていました。

だが、相模原事件で新たな可能性が提示された。社会正義自己犠牲である

これって本当に恐ろしいですよ。

マジメなあの子が、なんてレベルじゃないです。

仕事感覚殺人を行うキチガイが生まれるってことなんですから

そして、それはブラック企業で慣らされた若者世代にとって、とても容易に現状を変革できる手段なんです。

超えちゃいけないラインガッツリ超えてます

 

 

これを解決するには、現状の職場問題解決する事なんですが、

そんな事は絶対不可能です。

となると、本当にやるかやられるか、なんですよ。

今後、増えていくんじゃないんですか?

上司人間扱いしなかったから、部下も人間扱いをせず、

粗大ゴミを廃棄するように、「大掃除」をするなんて事態が。

まぁ、なんというか、お先真っ暗ですね。ご愁傷様でした。おわり。

2016-07-31

シン・ゴジラ鑑賞メモ

微妙ネタバレあり。

見て来た!!!!!!!!!

ハンパなく面白かった…!!!!!

時勢的な意味もの凄い時期にもの凄い映画公開されちゃったなって思ったけど、めちゃくちゃ面白かった…!

夏休み時期映画だけど、ちょっと子供向けではないね。きっと読めない漢字字幕役職名など)もたくさんあるので。

から隅まで庵野監督が作ったんだな〜と思える最高傑作でした…。

じっくり何度も行き来して観たいのでDVD出たら絶対買う事決定。

カット割と構図が庵野監督。完全実写以外(庵野監督場合アニメ)の場合だと「カメラ絶対に置けない場所」なんてものはなくて、どんなアングルからでもあらゆる構図が作れるけど、この実写作品でも普通にやってたw

印象づけるために、特別なシーンとして変わったアングルを作ったりってのはあると思うけど、普通にどってことない部分でもそこにカメラ!?みたいなのがいっぱいありましたね。

冒頭、受話器を置くシーンでいきなりそれが始まってめちゃくちゃ興奮した。

戦闘シーンはいわずもがな、それ目当てで観に行った自分としては「やっぱり自分庵野監督戦闘シーンが一番好き」って再確認できました。

ここに関してはあんま言わない。

いやいやそんな手法はって思うかもしれないけど、以前ヘリで水撒いてたの思い出したら「使えるものはなんでも使う」のは当たり前ですよね。

色んな俳優さんがたくさん出てるらしいことは知ってたけど、あの人がこんなところに!とか、えっこの人でてるの!?みたいなのもたくさんあって面白かったw

しか有名人出して話題性出してやろう根性よりもホント適所適材の配役が多くて、こういう立場の人はこういう顔してそう〜とかこういう偏屈そうな性格してそうだよねって思えてとってもよかった。

配役よかった過ぎて誰の話をしたらいいか…。

石原さとみさんほんと素敵だった。最初ルー大柴かな?って思ったけど全然ですわ。あまり(というかほぼ…)彼女の出てる作品観た事なかったんですけど綾瀬はるかさんみたいなあの世代のほんわか可愛い感じの方なのかなって思ってたので驚いた。

「若く、かつ大胆で、セクシーさもあり、賢くしたたかで、それでも年相応に夢見がちで、残酷になりきれない部分がある」これをまとめて一つにして威風堂々と演じてらした。

長谷川博己さんも似合ってたね〜。そこそこ地位の高めの政治家。かつ主役。もの凄いイケメン顔じゃないところがとってもいい。上司竹野内豊さん、部下に高良健吾さんだからね、主役までどイケメン顔にしたらどんだけドリーム映画だよって感じ(政治家こんなイケメンばっかじゃないだろ的な)するし、あっさりさわやか・清潔感たっぷりで「こういう若手政治家いるよね」思える。そして長谷川さんと正反対のもろ政治家顔の松尾諭さんが悪友というか信頼してる仲間議員というこの顔の配役の絶妙さ。これは計算されてないかもだけど、部下の高良さんの方が背が低くて、二人が並んだり前後で歩くシーンでどっちが上役なのか視覚的に感じれるのもとてもいい。

余貴美子さんも凄くかっこよかった。防衛省大臣だよね。そこに女性を置くって配役がまたうまい。ずるいよね〜。硬派な女なんてかっこいいに決まってるわ!

今まで過去ゴジラ関係映画みたことないけど、「現実日本に、ゴジラが攻めて来たらどうなるか?」っていう映画なんですね。

架空の超強力な組織もないし、特別な才能を持った人もいない。学者政治家がそのとき持っている知恵と人脈と能力を糧に未知の生命体に対抗するって話でした。

すっごい考えさせられた。

未知の生命体を侵略してくる仮想敵国歌に置き換える事はできないけど(なぜなら未知ではないから。軍事力はある程度わかるし。)侵略されるってこういうことなんだな、と思った。

そして有事の際に、政治的方面から見ると自分の国はこんなに弱いんだとも思った。

これは映画から、実際はどうかは本当のところはわからないけど、3.11の時、どうだったんだろうとは思った。

もしそういう日が来たら、あ、来ないとは絶対に断定できないだってイラク戦争はたった13年前の話しだし、シリア騒乱は2011年から今でも続いてるし。戦争現実にまだ起こってることだからね。

もしそういう日が来たら、こうなるのかなと思うとホントになんか胸が詰まる思いで魅入ってしまいました。

自衛隊の扱いとかね。政治家は軽く「行け」っていうし、特定の層は抗議活動してるし、それでもまっさきに私たちの為に体を貼って死んで行くのは自衛隊なんだと思うとなんかもうほんとね。たまらない気持ちでいっぱい。

同じ人間で、同じ重さの命なのに「どうしてそこまでできるのか」って気持ちと「親兄弟気持ちを考えると死んでしまったら悲しい」って気持ちと「意志の強さと尊さに感動する」って気持ちと、とにかく入り乱れてなんとも言いようのない気持ちになってはっきりと理由はないけど、途中から泣きながらみましたよ。

またその亡くなる若い命が斉藤工さんなんですよね。モブじゃない配役最高。有事の際には彼のような男が死んで行くって思ったらほんと泣ける。

なんていうんでしょうか。軍人Aじゃなくて、顔もしゃべり方もこんな感じの人柄もなんとなく知ってる人が理不尽に亡くなるってこんな切ない事なのかと痛感したというか。切ない。

小出さんもそうだよね。ああい若者最前線にかり出されるんだなって思った。

凄い考えさせられる。

やっていいルールはあるけど、前例はないか自衛隊を使っていいのかとか、国民が一人でも被害を受けそうなら一切作戦はできないとか。

大義の前に一人の命なんてどうでもいいって意味じゃなくて、ロシアだと普通に人質ごとガス責め作戦実行(モスクワ劇場占拠事件)してたし各国なんだかんだいってそういう風潮あるけど、自国民を守るのが使命っていう信念をどこまでも通し抜こうとするとことか凄いなって思う。

果たして現状、実際の自衛隊にきちんとした立場と栄誉は与えられているんだろうか?有事の際だけ駒扱いじゃないだろうか?悪い意味で日陰者なんじゃないだろうか?

海保消防警察と同じくらい尊敬される職業であってほしいな、と思う。

憲法上の存在云々の問題は色んな思想国際的問題もあるからそのあたりに関してはなんとも言えないけど、実際の実務としてはなくてはならない職業だと実感しました。

と、いう内容を含むので右だ左だ強烈な思想をお持ちの方を刺激しそうな…気もするけど、思想のせいで善しも悪しも語って欲しくないなというのが思うところ。

これは、娯楽だから

あ、エヴァの続編は別に遅くなってもいいです。そりゃ仕方ないよねって思わされる作品でした。

※TOO YOUNG TO DIE!もめちゃくちゃ面白かった!

※次に見たいのはスーサイド・スクワッド

2016-07-29

心霊写真幽霊はなぜあんなにもサービス精神満載なのか

心霊写真ブームだったときテレビに出ていた心霊写真に現れた幽霊はかなりサービス精神満載だった。

カメラ目線だったりいい感じに苦しい表情だったり、何か訴えかけるような目線だったり、それは俳優女優の類だ。

その中でも一番印象に残ったのは店の宣伝用に撮った写真に写っていた幽霊だ。二枚同時に紹介されたのだが、どちらも同じ風景で赤い靄の場所が違っている。その二枚の写真をつなげると、なんと幽霊が苦しんでいる顔が現れたではないか霊能力者曰く「地獄の縁で苦しんでいる悪霊が苦しみを訴えている」と言っていた。2枚にまでわたって登場し、かつ2枚重ねるとうまいこと人の顔になると言う演出である

地獄の縁で苦しんでいるのになぜこの幽霊はこんなにも視聴者を楽しませる演出をしようとするのか。もっと苦しんでいる自分のことを考えればよいのに。もしやこれは日本人社蓄魂のようなものなのか、この幽霊サービス業にでも携わっていたのか。いずれにしてもこのようにサービス精神満載の幽霊地獄の縁で苦しんでいるというのはなんと救いようのない世界なのだ。どれだけブラック世界なのか。

最近幽霊写真サービスする必要性がなくなったらしく、心霊写真の類の番組はほぼなくなった。これはあの世ブラック企業が減ってきたということか。朗報である。とにかく心霊写真に出てきて我々を楽しませてきてくれた幽霊さんたちにはあの世で安らかにいてほしい。

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160725201635

向き合ってないだけだろね。

昔は「死」がもっと身近だったけど、

現代は遠ざけられて隠されているからね。

余命宣告の段階的受容なんか有名だけど、

自分の身になるまで誰も真剣に考えないってこったね。

興味本位で少し考えてみたところで所詮想像レベルで終わるだろうね。 

これが、死後の世界とかあの世とか来世とかっていう

世界存在がなんとなく続くもんだと考えてたら恐くないんだよね。

でも宗教も遠ざけられた現代にとって「死」は完全な隔離であり、

記憶だとか世界だとか意識なんかが全て無、虚へと切り替わる。 

もしこの後自殺しようと、100歳の老衰死ぬとしても

死の前では「生」の間の一切は消失する。

全てがなかったことになるし、これから何も始まらない。

言葉だとあんまりピンと来ないけど、

こういうことを実感を伴って想像してしまった時の

絶対的隔離感、孤独感のようなものは異質な恐さがあるね。

そういうことを踏まえた上で「死を思って生きる」ことこそ

人間としてのスタートだなんて哲学者は言ってるし、

死の受容こそ悟りの一歩だって仏教者は言うだろうね。

そういう考えまでいくと恐さより知的好奇心が勝ってくるよね。

今すぐ心臓発作で死んでもし、いつか死ぬとしても生死について

もう少し知りたいな。 ってくらいで生きてるよ。

再生医療とか電脳化で生死がなくなることの方が恐い気もするけどね。

2016-07-17

[]

今回はコミックウォーカー

多くて感想書いてられないので、感想書きやすかったのだけ、気になったのだけ書く。


ディーふらぐ! 第84話

やっぱこのテのはキャラが命なわけだけども、それを魅せるためにどう描写するかということができていない漫画とかがチラホラあるなか、

目すら描写されないモブキャラすらここまで濃く描けるのはさすがというか何というか。

しろ、昨今のキャラ漫画は「メインキャラをどう描くか」よりも、「モブキャラをどう描くか」のほうが大事だとさえ思える。

メインキャラをどんなに必死に魅力的に書こうが、登場人物一人一人に与えられる役割なんてたかが知れているわけだし。



ネトラレミノル 7 BOKKI

え……なにこれ?

一体、この漫画をどうしたいんだ?

寝取られフェチに目覚めてしまった主人公葛藤を描く漫画なんじゃないの?

それを面白く描くために、あの世界感、キャラ、設定、展開がベストだと本気で思っている?

編集って、作者が迷走していると思ったら、うまいことアドバイスするのも仕事なんじゃないの?

作者のやることに口出ししちゃいけないみたいな風潮あるけれども、別に作者の自由やらせたほうが面白くなるとは限らないからな?

それとも編集の指示でこうなったの?



醤油を借りにいくだけで死ぬことがある世界の中級サバイバルガイド 第2話

本作はあくまコメディーだから事なきをえたけれども、もし蚊に刺されて感染する設定だったらマジでヤバいよな。

コメディ特有の雑さはあるけれども、それなりにゾンビ対策しながら生活している様子は中々面白いと思う。



賢者の孫 第3話

3話にしてヒロインがあからさまに主人公に惚れてるってのが、“いかにも”ですな。

やたらと主人公を見くびったり、目の敵にする嫌味な奴も登場したし、ある意味で期待を裏切ってくれませんなあ。

逆にすがすがしい。



ヒメの惰飯 第6話

落としどころとしては妥当かな。

ただ、主人公の「どう食おうが個人の自由」みたいな理屈を、なんでもかんでも許容してくれっていう意味で都合よく使うのはだめっすわ。

たとえば最後に出てきた混ぜそばとか、あれ逆に混ぜないで食べたら絶対「えー……」ってなるでしょう。

本来想定されている食べ方を尊重すること前提で「個人の自由」だと思うんだけどなあ。

非常識なことは人のいる場所でやらないのが社会人として当然の振る舞いであって、ならば食べ方だって同じだろうさ。



かふん昔ばなし 第46回

子供って、妙なものをカッコイイって思うことあるよね。

それに振り回されるのも楽しいのだろうけれども。

私もはやり目で眼帯つけて学校行ったとき変に注目されたことがあったが、腫れた目を隠すためにつけているから当然だけどカッコよくはないわけ。

目薬するときに眼帯外したら、興味本位でそれを見たクラスメイトドン引きだよ。



働かないよ!ロキ先輩 第11話その1~2

私が思っていた以上に、ジェームズこじらせてたんだなあ。

家賃15万って、お前……。

今回ばかりは、先輩の指摘は最もだと思うぞ。

社畜時代死ぬほど忙しい思いをして手に入れた給料のおよそ半分が家賃で消えてたとか。

ましてや今は職場も違うわけだから、そこまでして都内マンションにしがみつく理由がない。

それで「今の仕事では家賃が払えないので転職しようかと」って、ズレてるズレてる。

「引っ越せば?」という提案も、「ギャグでも言ってんのか?」みたいな反応していたし。

周りのアクが強いか自然常識人みたいな立ち位置だったけれども、やっぱジェームズのこじらせっぷりは深刻だな。



雑感

女子たちがキャピキャピやるだけの漫画多すぎるぞ。嫌いじゃないけれども、さすがに食傷気味だ……。WEBコミックで読めるのだけでも、私が把握している範囲内ですらかなりの数だ。

・というか、「漫画が」全体的に多い。需要も俄然あるけれども、供給が飽和どころではない。千本桜コミカライズとかどういうことやねん……。

2016-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20160712232336

オレも死ぬ前にこれやろうかなって思ってる

相手環境とかスクールカーストとかどうでもいいけど

めちゃ可愛くて処女っぽい子の全てを奪って死にたい

どうせあの世で罰せられようが輪廻転生出来なかろうがどうでもええわ

こんな人生なら一つくらい好きなことやって死にたい

2016-07-04

機関車トーマス世界は闇が深すぎる

機関車トーマスとは機関車に顔があり人間と会話もできる機関車お話だが、たまに捨てられた機関車が出てくる。

例えば日本から来たヒロはかつて鉄道英雄と呼ばれていたが故障をし、修理を待っていたが治されないまま森に打ち捨てられていた。

機関車が馬に引かれていた時代から走っていたスティーブンもスクラップ同然で放置されていた。

彼等は気が遠くなる時間を捨てられて過ごしていたのに人を一切恨まず働けることを喜んでいる。

ジェームススクラップ工場に行くことをぼやいていたら「本当にひどいわ、あなたまだ役に立つ仕事ができそうなのにスクラップなんて!」と言われるシーンもあった。

役に立たない機関車スクラップも有り得る世界なのだろう。

顔があり会話も出来て感情も豊かな機関車達に、放置スクラップが出来るあの世界の人間って何だろう。

あと機関車にはそれぞれ運転手が乗っているがいつも機関車自由意思で動いているのは何だろう、トンネルに生き埋めになった場面ですら運転手は無表情で冷静だ、彼等は機関車より人間らしくなくて恐い。

2016-06-27

あの世のほうが住みやすくなったら死ね罵倒じゃなくなるよねえ

GTA警察ってさ

あんだけ犯罪者必殺な勢いでうごくのにあの世界の治安よくならないよね

2016-06-21

この世は生きているもののためにある

この言葉発見してからは、人生がとても楽になった。

対になる言葉は、「死んでいるもののためにはあの世がある。」だ。



まり、死にゆく者にはあの世があるのだから、生きているものやこの世が死にゆもののために犠牲になることはないということだ。

逆に、自らが死にゆく時には、生きているものやこの世を犠牲にさせてはいけないという意味でもある。

なぜなら、あの世とこの世がつながっていないことと同時に、生きているものと死んでいるものとがつながることはできないからだ。



死んでいったものや死にゆもののために自らを犠牲にする必要はない。

その犠牲は、生きているもののために払われるべきなのだから

旅立ちを悲しんでくれることはうれしいことだが、その後の人生に悲しみを抱えている姿をみるのは辛い。

様々な価値観善悪に押しつぶされそうになった時、是非思い出して欲しい。

この世は、生きているもののためにこそあるのだ。

2016-06-15

マチかわいいよマチ

ほんっとお人よしだよね優しいよね甘いよね義理堅いのかな


なんで縫ってあげちゃうの? むしろ胴体と首離して別々にコンクリ詰めにして山頂と海溝に捨てるくらいすべき


背中向けてあっさり背後取られちゃうしさあほんと 甘えてんの?


ていうか旅団のみなさんちょっと油断しすぎじゃない? 俺の知ってる旅団ってあんな感じだったかなあ?


まあウヴォーギンとかね…… あれ……?


もうあの世界の強さがよくわからないよ……