はてなキーワード: 英語圏とは
ブコメでも言ってる人が複数居ますが、鯨肉・イルカ肉食とそのための捕鯨・イルカ漁を偏った観点から「非人道」的と言われることはちょっとどうなんでしょうね。先のケネディ大使のツイートは,真に「国際的」観点というより一部の欧米文化における価値観からの批判のように思えます。ということでちょっと学術チック(?)なバックグラウンドの補強を…需要ないかもしれませんが。
わたしは今20代後半なのですが、少なくとも個人の経験の中で鯨肉を食べたことはありません。父や母からは鯨肉が給食に出ていたと聞いた覚えがあるという程度です。そもそも鯨肉食、お今の日本ではどれくらい一般的なものでしょうか?経験的に言っても牛肉や豚肉より食べられていないことは確かで、たとえばクックパッドで「鯨肉」と検索すると、37件しかヒットしません。
http://cookpad.com/search/%E9%AF%A8%E8%82%89
やはりそれほど一般的な現代の食文化とは言えない様子。そもそもわたしが鯨肉を食べたことがない理由の一つに、70年代の米国での商業捕鯨禁止を受け、80年代後半(つまりわたしが生まれた頃)にIWCが国際的にそれを禁止にしたことがあると思います。鯨肉は入手がしづらくなり、日本人にとって一般的な食料ではなくなりました。わたしは鯨肉を食べる文化に抵抗はありませんが(父や母の話を聞いていたからか?)、自分では進んで食べることはこの先ないと思います。元増田を書いた人も恐らくこういう感覚の持ち主ではないでしょうか。
続いて英語圏のレシピサイト(たとえばfood.com)で「whale meat」を検索してみると3件。そのうち2件がアラスカの鯨肉シチュー、1件はトンガの料理本からコピーされたものです。
http://www.food.com/recipe-finder/all?layout=desktop&inclingre=17714
クックパッドのほうがレシピの母数が3倍くらいあるのですが、それでもやっぱり英語圏の人間(米国人に限らない)にとって鯨肉食は身近な文化でないことがわかります。米国の歴史家ナンシー・シューメイカーによれば、ほとんどの米国人が鯨肉を普通の食材(normal diet)として見なしたことがないそうです。
以下は彼女の論文からの受け売りです。実はニューイングランドの先住民は鯨肉を普通に食材として見なしていました(シューメイカーはもともと米国、主にニューイングランドの先住民史を研究している人です)。ただ欧州等から入植してきた人々はそうではなく − 19世紀、ニューイングランドへ入植してきた人々は鯨の油やひげが高く売れるため鯨漁を行いましたが、鯨肉は先住民に分けるか捨てるなどしていたのです。鯨漁師(というよりは捕鯨業者)は海の上では食料に困り、鯨肉を食べることもありました。しかし彼らやその家族の日記に、本物の肉が食べたい…という趣旨の記録があるとのこと。つまり鯨肉は彼らにとって「肉」ではなかったのです。入植者であった捕鯨業者は鯨肉を食べる人々を牛肉を買うには貧し過ぎる(too poor to buy beef)と考えていました。端的に言えば所謂皆さんが思い描く現代の「米国人」の鯨肉食に対する嫌悪感はこういう由来もあるのです。我々とは違う先住民(primitive other)が食べるものなんて食べられるものか。米国は70年代に、鯨肉の食物としての不法性(illegitimacy as food)を理由にほとんどの商業捕鯨(「伝統的な(traditional)」捕鯨を除く)を禁止にしました。
要は、こういう風に批判されることは「日本の捕鯨やイルカ漁は文化ではなく商業だから非人道的」という含みが少なからずあるのでしょう。でも、食べるためにではなく油とひげを売って儲けるために「商業」捕鯨をしていたのはもともと米国の入植者なのです…日本をはじめ、古くから食料にするための捕鯨の歴史がある民族(たとえばノルウェー、フェロー諸島、西インド諸島、トンガなどの人々)にとっては捕鯨そのものが文化であると同時に、捕鯨に関する文化(たとえば絵巻物など)もたくさんあります。
http://record.museum.kyushu-u.ac.jp/kujira/
日本の捕鯨やイルカ漁は、伝統や文化でないというのでしょうか?シューメイカーは米国の視点で世界中の捕鯨を取り締まる…そういう単文化的な視点に警鐘を鳴らしています。欧米の一部の国から商業捕鯨に対する風当たりが強くなった結果、80年代後半生まれのわたしは(そして恐らく同世代の日本人は)少なくとも鯨肉をもう「普通の食材(normal diet)」とは見なさなくなっています。まあ伝統なんてそんなもんと言われればそれまでなのですが、よく言われるように、欧米だけが「世界」ではないでしょうし、このような批判に安易に迎合するようではどんどん伝統とか失っていくんじゃないですかね、ということです。グローバル(笑)な時代に伝統とか笑える、と思う人も居るんでしょうが。
ちなみにシューメイカーの論文はこれですが、
http://envhis.oxfordjournals.org/content/10/2/269.full.pdf+html
サブスクリプションがないと読めませんのでこちらのpdfで読めるほうを貼っておきます。
http://www.hcs.harvard.edu/eac/wp-content/uploads/2012/04/3986115-1.pdf
(だいたい日本語も喋れないのに駐日大使になって、で何つぶやくかと思えば、他の人権侵害でもなくて「米国政府としてイルカ漁に反対します」だぜ)
で、なぜ今このタイミングでということに関しては
今、CNN、ABCを含む欧米メディアは太地町でのイルカ漁をばんばん報道しているからだ。
英語圏のインターネット上でもかなり話題になっている。「250頭の赤ちゃんを含むイルカたちが日本人に今現在残虐に殺されている」と。
そして、Redditを軽くのぞけば、「Just go fuck yourself Japan.」ってコメントが最評価になっている訳。
http://matome.naver.jp/odai/2139005390270784901
別にdailymailだろうがyahooだろうがどこの掲示板やらコメントやらツイッターみても、この件に関しては英語圏の反応は一緒。
intellectualなイルカをなぜ殺すのか。残虐な日本人。もう日本製買わないわ。記事読んでて吐きそうになったわ。漁師に弾丸ぶちこめよ。
そのくらいの反応だ。ほとんど人間の虐殺行為に対する反応と同じくらい。
「イルカが殺される追い込み漁の非人道性について深く懸念しています」非人道性だよ。英語の方では「inhumaneness」だよ。そんなことするのは人間じゃないって言ってるのよ。
こういった反応があることを日本人はもっと知らないといけない。
というか、一週間くらい前にニュージーランド沖で日本船が捕鯨活動をしているのをシーシェパ―ドが追っかけて
それもまた英語圏では相当な話題になっていたのだが、それに関してほとんど日本語圏では報道はなかった。
日本のメディアは捕鯨に対して、欧米の反応を伝えたくないからだろう(シーシェパードって実は結構支持されてるよとか)
俺は捕鯨反対派ではないし、ベジタリアンでもないのに偉そうに捕鯨反対を叫ぶ奴が嫌いだ。そんなに言うなら、かわいい「知的」で「感情」を持つ豚を食うなと思う。
それでも、日本がやってるイルカ漁や捕鯨が持つ国際的なインパクトの強さを、日本人は甘く見てるのではないかと思う。
アニメが日本に与えた肯定的イメージと同じくらい、捕鯨が持つ日本への否定的イメージはでかい。嘘じゃない。それぐらいに見ていいと思う。
その現状をまずは知っておくべきだと思う。この圧倒的で埋められない価値観の乖離を知ることだ。
駐日大使がわざわざイルカ漁についてこのタイミングでツイッターでつぶやいたことに対する日本人が持つ違和感。
それがそのまま欧米と日本の捕鯨に対する圧倒的価値観の乖離、あるいは情報源の乖離を意味している。
そんな現状も知らず、うまくやらないとまた「国際連盟脱退!我が代表堂々退場!」となりかねないから
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<追記>
たくさんの反応ありがとうございます。
一点だけ言っておけば、反捕鯨は白人or欧米中心主義的価値観ではあるがキリスト教とは関係ないと思う。(もちろん欧米的価値観の基礎にはキリスト教がある訳だが)
「昔は油絞るだけ絞ってアメリカもやってだろ」という批判をよく考えれば、あの時代のガチガチキリスト教だったアメリカが捕鯨をやっていた訳です。
あとRedditはかつてはデフォルトカテゴリーにatheismがあったように、どちらかというと反キリスト教的(反ティーパーティー)ですが、この反捕鯨な反応な訳です。
どちらかというと、「欧米人としての常識」的価値観にリベラルor環境保護orスローフードorニューエイジ的なものな価値観も加味されての捕鯨への強い反応といった感じとして個人的には受け止めている。
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↓4年前”The Cove"が公開されたときの記事のようですが、まさに僕が言いたかったのはこういうことです。4年経って状況はかなりまずい方向に来てると思います。
考えてみろ。今から10年後に俺は何をしている? システムエンジニアとやらか? お客様に最適なソリューションをインテグレーションいたしますと、澄ました顔で言っているのか。
そんな心配しなくても、10年後にはそんな仕事残ってないと思うよ。
某英語圏先進国の会社に転職して5年経つけど、プリセールス(営業支援)からプロジェクトマネージャまで、自分の手を動かせない、コードを書けない人はどんどん辞めていった。適当に中抜きして丸投げするだけの日本だけに生息する自称SEさまは、こっちじゃまず仕事にありつけません。
日本もそのうちこうなるでしょ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/604236
英語いらんとまで言って、学生の学習意欲を削ぐこともなかろう。
「日本国外の人間を使いたいから」の英語必要性ってのがブコメでもあんまり見えなかったから、ね。
まあ自分も「おもてなし」以上の意味で庶民が英語使える必要があるとは思わない。
TOEIC600点台で海外出張での商談には通訳の人がつくし、正式な書面はネイティブチェックが入る環境で仕事してる。
メールも定型ならなんとかなるけど、結構頻繁に辞書引くし、日常会話レベルでもかなり怪しい。
飛行機飛ばなくてもパニクらずにホテル予約して、天気予報を見てタクシー載って観光地回るのに困らない程度。
ただ、これって「人生にギターは必要か?」と同じレベルの質問。
「英語」って書いてあるところは「北京語」とか「ヘブライ語」とかに置き換えると理解しやすいかもしれない。
英語関連の話は、結構色々混ざるから、一度分類すると理解しやすいかも。
この中で問題になるのは、1番と3番かな。
必要だね。
ただ、僕も国外で仕事することもあるけど、別に英語喋れなくても不自由しない。
これは通訳さんがついてくれたり、タクシーやホテルで多少変なコト言っても外国人ってことで流してもらえるから。
これは「英語を喋る仕事が特別だ」としてもらえる間は、問題にならない。
どういうことかっていうと、えーと昔は清書屋さんって居たんだよね。
つまり、書類を渡すとワープロでパチパチ打って書類にしてくれる人。
ブラインドタッチって、そこそこの技能として通用してたのよね。
いまだって、中小企業だったらExcelが使えるのは技能として通用するし、
社長さんがパソコン使えなくても事務員さんがやってくれれば問題にはならない。
そういうレベルの話。
今度は、部下とか上司とか、請負とか業務委託とか、どっちかというと自社内の話。
この場合はちょっと違って、間に通訳を挟むのは、無駄に見える。
実際、無駄だよね。
でっかい契約ならともかく、週次の報告会でそれやると、無駄が多い。
と、言うか、数字で見る経営者には、その翻訳のコスト(時間・人、つまりお金)は無駄でしか無い。
「上司は英語を勉強しないが、新人には英語を勉強させる」ってのは、正鵠を射ている。
頻度が増えれば当然特別扱いしてくれなくなる。
メールの英文程度は通訳使うとかフザケンナ、みたいには結構みんななってるよね?
これが、受発注作業ぐらいは、業務管理ぐらいは、簡単な契約更新ぐらいは、になってくるってこと。
そして、特別扱いして貰える人(経営者とか、特殊技能者)は、別に今後も通訳を使えば良いだけ。
キッカケになったtogetterで言ってんのはコレかな?
「エリート層の英語力=国際競争力を高める」ってところにみんな違和感があるんじゃないかな。
例えにあがってるブラジルの低所得者層が英語を使えなくて、高所得者層は英語が使えるって件、
コレは多分逆で、英語が使えると日本人とビジネスが出来て、英語が使えないと警備員にしかなれない。
教育状況にもよるんだろうけど、やる気や能力とは無関係だよね。
だから、日本は自国語以外が使えなくても高所得者層入りできる国だってだけの話。
ただ、さっきのビジネスの件以外に、エリートとしてって概念はあり得る。
第二言語習得の研究とか読むと判るけど、ネイティブじゃない言語を使うと、能力が落ちる。
計算能力とか、思考力とか、第二言語をしゃべる方に能力を割り振るから、使える力が減る。
これはもうどうしようもない。
それと同じように、英語圏の人にとって英語が喋れないというのはソモソモの能力が劣っていると判断される。
カタコトの日本語をしゃべるガイジンを、日本人は笑うじゃない?嫌な笑い方じゃなくても。
そして、流暢な日本語をしゃべる大使館員みたいな人を、賢んだろうな、と推測する。
これはどうやら、どの国の人であっても同じらしい。
ハッタリも重要なビジネスの世界において舐められない事が重要なのと同じように、
エリートの教養として、英語程度は流暢に喋れないとね、という話。
ラテン語を読めず、聖書の引用ができず、シェイクスピアを読んだことがない。
日本人ならまあどってこともないけども、欧米においてそれはどうなの?って言う。
例えば、ザッカーバーグならパジャマでプレゼンしても、逸話として残るかもしれない。
でも、普通のビジネスマンが商談に行くのに、スーツにスニーカーは無いよね、とか
そういうレベルの話。
日本の恐ろしく高い土木建築技術で世界を席巻するというのとは違う次元で、
エリートの教養として英語が流暢に喋れるというのは、重要だったりする。
これはもう相手に期待する(パジャマでも能力が高いと正しく判断できるか)しかない世界よね。
なんか長くなってきたから巻いていこう。
ラテン語で論文書かなきゃ存在しないのと同じ、みたいな時期があった。
これはある意味で傲慢とも言えるし、ある種自虐ネタにもなってる。
ただまあ、面倒だからみんな英語ね、レベルの話。どうしようもない。
流暢である必要はないけど、質疑応答には答えられるようにね、って言う。
圧倒的に多い英語話者に対して、環境を整えていこうね、という。
これもまー、どっちかっていうと、日本にお金落としてね-系の話。
医療、教育、サービスが英語で行えるようになると、外国企業の人も来てお金落としてくれるしね、という。
例えば、バンガロールとかハノイで日本語が通じて日常生活不自由しなかったら、
そういうレベルの話。
まず、ビジネスで「英語が使える」は、「Excelが使える」のと同じ感じになると思う。
掛かるコストは必ず削られる。残業代も出ない企業で専属の通訳は何人雇われるだろう。
いまは特別感のある仕事でも、そのうちソレぐらいは出来てアタリマエって言われちゃう。
これはまあカタコトでもブロークンでも伝われば良い世界。ただ使わない人は使わない。
つぎに、エリートとしての英語教育は、まあ、それなりにやった方が舐められないかもね。
プレゼンや商談で、決定権者が流暢な英語使っていたほうが、格好はつくしね。
(カタコトでも日本語を話せる賢いガイジンを笑う日本人が、他所に比べて特別品性下劣なわけじゃない)
ただそれは、他の国と同じように、資産も熱意も運もあるエリート自身が解決すべき問題かも。
そして、アカデミックな分野で英語を使えないのは、居ないのと同じ。
イギリスのネイチャー、アメリカのサイエンスが君臨する世界が早晩変わるとは思えない。
そのせいで、日本の大学で英語を使って不自由なく研究が出来ると世界中に思ってもらいたい、
と、政府が思い始めると、大学では英語を使うのがアタリマエになっていくかもしれない。
他に問題が多くても、独立した問題は予算がついたもん勝ちだから。
最後に、政府方針としての英語教育は、まずは外貨獲得としての英語サービスの普及化を目指すんじゃないかな。
日本に誘致する際には、医療教育サービスの英語話者増加は必要だから、庶民が英語を使えるようにする方針に進みそう。
(まずはアメリカにいる移民がカタコトの英語を使ってるのと、同じレベルで)
おおきなまとめになるけど、結局のところ世界も慣習という慣性の法則には逆らえないってところか。
あとは、世の中カネ、かな。
英語が世界で通じる言語になってるから、英語を学ぶ人が多くて、それがまた英語を世界共通語にしてる。
スペイン語話者だって多いけど、富裕層は英語を使うから、やっぱり英語が力を持ってる。
ラテン語から英語に学術言語が変わったみたいな大きな転換がない限り、
言葉の意味は正しく理解しなければならない。ネットで「トン」と言えば、「ありがとう」のことだ。それも「トン」の2文字には、惜しみない賛辞と最上級の感謝が凝縮されている。しかし人によってはこれを無愛想だと顔をしかめる人や無礼極まりないと烈火のごとく怒り狂う人もいる。2文字のどこが「惜しみない賛辞」だと腹を立てる気持ちは分からないでもないが、半角カナとか舐めてんのかと突っ掛かってきた御仁には苦笑を禁じ得なかった。言葉というのは恣意的なものだからそういうものだと受け入れる他ないのだよ。そして由来を知っておくことは言葉を受け入れる上で重要なファクターだ。どこ生まれどこ育ちかも分からぬ男を我が家に迎えることはできない。どこの馬の骨か分からない、どこの素性の草鞋かも分からないのでは、「てめえどこ中だよ」と履き捨てたくもなる。馬好きなら血統を知りたがるように、言葉を愛する気持ちが少しはあるなら由来を知らなければならない。
よくある誤解はサンクスが崩れて「トンクス」になりさらに略されて「トン」になったというものだ。確かに崩れて略された言い方を御礼に用いるのは少し失礼なこともあるかもしれない。だが事実は違う。正解を言う前にいま1つの誤解を鑑賞してみよう。ありがとうのくだけた言い方「ありがとん」が由来だという説だ。なるほど、サンクスの「サン」をありがとんの「とん」に入れ替えた言い方か。面白い。まるでクイズ日本人の質問に出てきそうなもっともらしい説明だがこれも違うのだ。決定的な証拠を挙げようか。海外でも「トン」は使われてるのだ。「トンクス」は使われてないけど「トン」なら昔からよく見かける。てっきり2ch用語か何かのジャパニーズネットスラングだと思ってた人は驚いただろう。トンは日本だけのものではない。「ありがとん」が由来などもっともらしい説が横行しているがお笑い草である。
正解はthanks a ton.という慣用表現これが由来なのである。日本国ではありがとうの気持ちを強めて言うにはサンキューベリーマッチがよく知られるが実際ネイティブがよく使うのはthanks so much.やthanks a lot.だ。これをさらに強めたのがthanks a million.で大袈裟な言い回しが大好きなアメリカ人はこれをさらに強めてthanks a billion.も好む。そして、これをさらにさらに強めたのがthanks a ton.なのだ。お分かりだろうか?これがよく目にする「トン」の正体だ。少なくとも20年も前のニフティーサーブの時代から英語圏で見かける表現である。それ以前からあったのかどうかは定かではないが、多分あったのだろう。2ch用語だなんて信じてる奴はプギャーである。昔から海外ネトゲを嗜んできた香具師は外国人がton!と言ってるのを聞いたことがあるだろう。
総括するとトンクスならびにトン!はやはり一般的に思われてるのと違いなく立派な感謝の言葉であった。決して下等なネットスラングなどではないしそうであってはならないのだ。昨今「言葉は生き物」という言語学的観点をあさっての方向に濫用して自分勝手な言葉使いを正当化する輩が絶えないが、彼らには語源論(エチモロジー)という観点がごっそり抜け落ちている。自分に都合のいい理論だけ拝借することでしか自己弁護できないのはアホンダラの極みであるが、この世の中不条理なものでそうしたアホンダラが肩に風靡かせて闊歩しておるのが現状。私たちは何としても語源論を盾に彼らによる蹂躙を食い止めねばならない。
いやさ、日本人がー外人がーとかじゃなくて、単に文化が違うだけでしょ。
ここは遮って入っていく所、頷く所、相手を遮ってはいけない所、
ってのは割りとその文化によって違う。
英語圏なんかだと、物凄い勢いで相槌打つじゃん。相槌打たないと聞いてないの?って感じになる。相手の方をちゃんと見てても。
でも、あれ、日本語で話してて、うん、うん、そうだよね、とか、同じようにしたらうざい。
話をきるタイミングなんかも、相手に話を振ってるのか、それとも自分で自問して話し続けたいのか、とか、
言い方でも違うし、同じような言い回しでも文化によって違うことがある。
さらに言えば、ひとによっても違う。
自分の文化の中で空気読んで行ってたことが他の文化では全く空気を読めてない、って思われることもあるわけで。
だから、日本人の中に外国人が入ってくれば、こいつ、分かってないな、グイグイ入ってくるな、とか思うこともあれば、
イスラム教留学生に酒と豚肉を強要した事件の続報ですが、今日、友人と留学生の家に行き、大使館に報告しようと伝えました。
しかし、留学生M君には、本当に気にしていない、そして、一旦長期間帰国するのでこれ以上騒ぎを大きくしないでほしいと返されてしまいました。
同じ日本人として本当に申し訳なかった、どれくらい帰国するのか等を3人で話していると、突然、M君が泣き出してしまい、
大使館に報告したら、小国なので自分の噂が広まってしまう、そもそも親の反対を押し切り、英語圏でなく日本に留学しに来たのに
こんな事件が起こったことが知られたら一生日本に行けなくなってしまうと涙ながらに語ってくれました。
こんなことが起こってもまだ日本びいきでいてくれることに逆に敬意すら覚えるのですが(とても温厚で頭のよさそうな方でした)、
それだけにサークルの連中、学生課にどう制裁を与えようかとばっかり考えてしまいます。
もっとも、友人は、学生課にボイスレコーダーを潜ませ再度突撃し、それを持ってハラスメントセンターに通報しようとする案を練っていたらしいのですが、
M君に君たちのおてんとうさまは見てるからと返されました。
日向清人さんという英語教師がいます。NHKビジネス英会話の講師も勤め、著書もあり、慶応大学で英語を教えているという経歴的には申し分ない御仁です。
その彼がしきりに主張するのがワイングラスの持ち方。
日本では柄の部分を持つべきだという風潮が強いが、国際的にはボウルの部分を持つ人々が多いし、それがマナーだというのが骨子。
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2013/06/post_55.html
http://web.archive.org/web/20091117060438/http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2009/11/post_55.html
オバマ、ブッシュ、ベルルスコーニなどセレブの写真を引っ張りだしてきて説得力を与えています。
感化された記事も多数
http://matome.naver.jp/odai/2137486003334108301
http://www.nomooo.jp/blog/?p=16119
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1237071067
ウィキペディアまで
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9
アサヒビールに至っては記事を修正している
http://web.archive.org/web/20090710001236/http://www.asahibeer.co.jp/enjoy/wine/know/manner/09.html
http://www.asahibeer.co.jp/enjoy/wine/know/manner/09.html
しかし英語で"how to hold a wine glass(ワイングラスの持ち方)"とググれば明らかなように
https://www.google.com/webhp?hl=en#hl=en&q=how+to+hold+a+wine+glass&safe=off
正式には柄の部分を持つという主張が英語圏では普通に見られます。
日向センセーの記事に紹介された人物たちの中にも、「不適当に」ワイングラスを持っている例はたやすく見つかります。
ジョージ・クルーニー: http://jp.reuters.com/article/idJPTYE87R01020120828
エリザベス女王: http://www.telegraph.co.uk/news/features/3637378/State-Banquet-a-feast-for-all-of-the-senses.html
バチェレ(元?)チリ大統領: http://www.thepresidency.tt/events_and_ceremonies.php?mid=179&eid=585
ミシェル・オバマ: http://www.michellesmirror.com/2013_06_16_archive.html#.UpFmjCfRLHs
キャサリン英王妃: http://www.businessinsider.com/royal-baby-kate-middleton-and-prince-william-photos-2013-7
フアン・カルロススペイン国王: http://www.que.es/mejor/2009/fotos/rey-juan-carlos-cumple-anos/20100105/55445-juan-carlos-inauguracion-ciudad-del.html
ここで普通の知性ある人間だったらどのような結論を導き出すべきなのでしょうか?
「柄の部分を握るのがワイングラスの正式な持ち方だけどボウルで保持するのはマナー違反じゃないし楽しく飲もうよ」
ぐらいな論調に落ち着くんじゃないでしょうか。
「シャンパングラスであれワイングラスであれ、立っていようと座っていようと、ともかく、グラスはカップ状の本体部分を持つのが当たり前です」
「国賓を招いての晩餐会という、外交儀礼上、最も格式の高い場での元首たちの振る舞いからわかるとおり、カップ状の本体部分を自然に持つのが実は正統派であり、ステムを持ったりする方が逆に異端なのです」
などという独自研究を振りまき、それを真に受けてしまったワナビー国際人が自説を披露する事によって恥をかき、日本人の国際化はちっとも進まず、グローバルでエクセレントな英語教師のメシのタネは尽きないという一連のサイクルが展開されるのは誠に香ばしい限りであります。
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2013/06/post_55.html
安部首相・金正日・ガーナのクフォー大統領を「ステム持ち」として欧米セレブの「カップ持ち」に対比させているのは味わい深いです。
「ステムホルダーが主流というわが国はアフリカの流れを汲んでいるのかも」
などというコメントは未開人の暗喩に富んでおり、「バナナ」たる帰国子女の面目躍如といえましょう。
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2010/11/post_764.html
「呪文を日に5回の祈祷の度に唱えるとなれば,一種洗脳されることでしょう。神には絶対服従だと。事実、islamのアラビア語の原義はsubmissionと説かれますし、Karen Armstrong というこの分野の権威に言わせると、islam = surrender だそうです。そこに宗教指導者たちが神はアメリカが悪いと言っているなどと刷り込めば、こりゃ自爆テロでも何でもやるだろうなと感じます」
という事になるそうですが、ここで日向先生が引き合いに出しているカレン・アームストロングは専門が比較宗教学であり、
「どうして爆弾テロやハイジャックといった無垢の市民の殺戮が(起こるのか)?イスラムの是認するところとは大きく異なり、こうした殺人はイスラムの最も神聖な教えに反しています」
http://content.time.com/time/magazine/article/0,9171,175987,00.html
と断言しています。イスラム=降伏なんていうのは彼女の自説でもなんでもないし、かの宗教と暴力の結びつきを強調したいのなら山ほどネタは見つかるはずですが、日向先生ともなれば独創的な読解力の持ち主なのでしょう。英語話者に通じるかどうかは私も存じませんが・・・。
shall と will の使い分けなんてのも日向先生は得意なようです。
「契約書の場合は、本当ならSHALLはhave a duty toという意味のときだけ使うべきなのでしょうが、実際は細かく使い分けずに終わっています。例えば、私が法律事務所で翻訳をやっていた時代は、契約書の英訳はひとまずすべてSHALLを使ってしあげたものです(従って実に楽です)。その次のステップで、弁護士の中には自分のクライエントが関わる義務規定についてはSHALLをWILLに直したりする人もいましたが、たいていはそのまますべてがSHALLという形で使われていたとおぼえています。なおWILLを使ったからと言って規範的な意味合い、つまり「何々すべし」という意味あいは変わらず、単に語感として相対的に弱い感じがするという程度の話でしょう」
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2005/05/shallwill.html
"Did you know that "shall" is the most misused word in all of legal language?"
"Some suggest that lawyers are incapable of using "shall" correctly, so we ought to banish it entirely"
http://www.utexas.edu/law/faculty/wschiess/legalwriting/2005/05/shall-vs-will.html
などとほざいてますが、栄えある慶応義塾大学のスーパー講師である日向先生の言うことに耳を傾けた方が吉かもしれませんね(棒読み)
おまけ レディガガ(笑)
http://greatwinenews.com/lady-gagas-favorite-wines-revealed/
自分は大学生。大学生、院生の留学生が周りに多く、仲良くしてもらっている。
自分はいわゆる帰国子女で日本語と英語の会話レベルはだいたい同じくらい。
彼女は自国では日本語専攻の非アジア&非英語圏からの留学生。日本語のレベル的には初級から中級くらいだけど割と自己評価は高い感じ。英語はほぼ生活にも勉強にも問題ないレベル。
一緒にいろんなことをするのは楽しいけど彼女と日本語で会話するのが負担に感じる。
英語で話せば一瞬で済むことをわざわざ拙い日本語で言うから時間がかかるし文法も表現も割とめちゃくちゃだから言いたいことがよくわからないこともよくある。
相手のプライドを傷つけたくなくて彼女の日本語が普通に通じているような反応をしてしまうことに自己嫌悪。
これって彼女に嘘をついてることになるのかな。彼女のためにならないのかな。ちょくちょく直してあげた方がいいのかな。でも訂正したらとても恥ずかしがるから訂正しにくい。
彼女が日本語を上手になりたいことはよく分かる。でも私と彼女の間に関しては日本語じゃないと話ができない訳じゃないからわざわざ円滑なコミュニケーションを犠牲にしてまで彼女の日本語の練習につきあうのもせっかちな私には辛い。
一方で彼女と日本語でおしゃべりができるようになったら良いなとも思う。
今度この件について彼女と話し合ってみるつもりだけどなんて言ったらいいのかな〜。
少々マニアックな言語が解せて、その言葉が母国語のサイトで買い物をする。
しかしどうにもこうにも、ニントモカントモ、買っちゃう時がある。にんげんだもの(みつを)
ポチった時は興奮状態。けど、熱しやすく冷めやすい物欲は時間の経過とともに沈静化していく。
やがて後悔の念が頭をもたげてき、必死に「あの買い物は正しかった」と自己肯定を図る。でも、玄関先で商品を受け取る時には氏にたい気分になっている。
ここが米国なら、ハート・ブルーのキアヌ・リーブスみたいにマグナムを空にぶっ放している。日本に生まれて良かった。
「ぜ、全部ECサイトが悪いんや!」
なまじインターネット普及以前を知っている世代なので、クリックちょんちょんで地球の裏から買い物ができてしまうシステムが恨めしい。
届いた段ボール箱と体育座りで向き合っていると、身辺整理という言葉が脳裏をよぎる。探さないでください。違う。
売ろう。自分を、じゃなくて届いた商品をネットオークションで売ろう。
引きこもり少年のオカルト趣味を満たす、クーリングオフみたいな便利な仕組みなんて海外にはない。もうオークションしかないっしょ(白目)
損切りは嫌だ。足が出ない程度の値段で売りたい。
商品代金・送料・関税・消費税・通関手数料・オク出品費用諸々のコストを勘定して出品価格を決める。
買ってもらえないだろうなと思いつつも出品。
売れた。
出品した当日の晩に売れた。
衝動買いした、家に眠っている他の商品も出品した。
今度は多少マージンを乗っけてみた。
売れた。飛ぶように売れた。
何で割高なのに買ってくれるんだろう?
グーグル先生と一緒に考え、以下の2点が原因なのではないかという結論に至った。
1. 英語圏の商品じゃない
2. 並行輸入品が売られていても、すんごい高い
倍値以上することも珍しくない。
ここまで考えて気付いたのは、語学の習得が少なくないカネを生むこと。
うん、割と「英語を直接法で」ならすごく簡単だと思う。
でも文部科学省は今のところ高校レベルで直接法は採用しない様子(大学受験の内容に変化が無いと、たぶんここは変わらない)。
オーラルコミュニケーション科目オンリーでやる程度かな?週に2回もない授業に意義はあるのか疑問だけど(汗)。
小学校の英語教育なら直接法でやりそうだし、あとは免許の問題かな。
言語系の教員免許を持つフィリピン系は今のところ知ってる範囲では片手で数えるくらいしかいないんだよね。
同じ英語圏出身でも、インド人の大学関係者なら周囲にけっこういるんだけど、
日本の教員免許のうちどれか一つでも取りに行くかと言ったら微妙。
実際「取ったよ!」って自慢しに来た人は少数すぎ。二桁が分母なのに分子は一桁…。
特に、紙一枚に意味を持たせるかどうかは、その自治体によるだろうね。
大学や院で教えることができても、免許無いとそれ以外ではいたたまれないし。
このツーコンボで稼げる。
利益は月に数万程度だけど、ほとんど労力かけてないから濡れ手にアワ感パない。
懐の悪銭を浄化するというか、私にお金落としてくれたカモさんたちへの罪滅ぼしとして、錬金術のタネ明かしをしたい。
①仕入れ先
eBayや無名のショップでも良いけど、カモられたり、情報収集する手間が面倒。
Amazonの信用度高すぎ。商品不着とか、バッタ物掴まされることまずない。
その分、利幅小さいけど、そこは仕方ない。所詮小遣い稼ぎ。
②商材
1. 日本国内で販売されていない。
3. 面白みがある。
この3点満たす商品を選ぶ。
まず1だけど、プロパーの小売業者や卸に、個人輸入で勝負挑むのは無理。
商品を選ぶというより、土俵を選ぶことが大切。
2は競合相手の少ない土俵を選ぶということ。
出品数が多く、競争原理が強く働いているところは負けやすいし、利幅も小さい。
3は購買層を意識した商材を仕入れるということ。
ヤフオクで商品落札している人は、食べるものにも事欠いていて、少しでも生活費を切り詰めたいからオークションで競っている……わけじゃない。
収入に余裕があって、モノに囲まれている人が主なオクの利用者。
商品というより、「ショッピングを楽しむこと」を買っている人たち。
落札者の過去の落札品見ると、健康食品・スポーツ用品・カーバイク用品・オーディオ機器・ブランド物なんかが多い。趣味や自己投資にお金をかけている。
飽食気味なこういう人たちは「ただ安い物」には反応しない。
ミーハーと思われない程度の話題性があったり、エッジが効いていたり(車に例えると「トヨタ」じゃなくて「マツダ」みたいな)、友人との会話のタネになるようなもの。
普段から国内外のニュースサイト見てれば、何がオク利用者の心をくすぐるか分かるようになる。
私は速読できないけど、日に30分もiPhone弄ればトレンド(と非トレンドと亜トレンド)は掴める。
オクで小遣い稼ぎしない人でも、勤め人なら国内外の経済を知ることは大事。
日経一紙読むより、分野横断的に情報収集する方が視野広がるし、市場の変化にも対応できる。
③仕入れ
外貨建てで買う。
Amazonの為替換算システム(アメリカなら「Amazon Currency Converter」)は使っちゃダメ。
数日で急激に円安に振れない限り、クレジット会社に1.63%の手数料払った方が安い。
④ヤフオクに出品
出品に際してのコツは、この増田さんのエントリーに詳しい( http://anond.hatelabo.jp/20131010134449 )。
間違っても「海外Amazonで買ったものです」なんて書いちゃダメ。自分で買うわってなる。
○○日以内に返品してくださいとか、送料は自己負担でお願いしますとか書いとけば、こちらはノーリスク。
転売の流れは以上。
損益をきっちり把握したい人は原価計算する必要あるから、それについても下に書く。大雑把な性格の人は読まなくて良い。
※原価計算について
A. 商品代金
B. 送料(Per Shipment と Per Item)
C. Import Fees Deposit
これらの代金が日本円でいくらになるかは、決済数日後にクレカ会社のサイトで確認できる。
多めに取られていて、約1~2ヶ月後に一部が返金される。
この還付金がいくらなのかは「関税 消費税 税関手数料」でググって調べて。
おおまかな原価は「A+B+C-還付金」
還付金は決済時のレートと異なるレート(返金時のレート)が適用されるから、日本円の正確な額は分からない。これは仕方ない。
上の原価を0.9475で割ると、利用料を含んだ原価になる。
この原価に利益と送料を上乗せしたのが最終的な商品価格になる。
もう書くことはないかな。
これで悪行を重ねた私も、来世で畜生道に堕ちることはないはず。
※※※追記(2013/10/16)※※※
コメントに「Nexus 7は日本より米国の方が安い」ってあったから調べてみた。
本当だった。
Nexus 7 Wi-Fi 16GB (2013)、価格.com最安値が26,299円(送料込み)、日本Amazonが27,800円。