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はてなキーワード: グラデーションとは

2020-09-06

anond:20200906111948

こういう現実グラデーション無視した大雑把な議論って、

戦前人種主義に通じるイデオロギーめいたものを感じるんだけど

気持ち悪くならないのかな?

2020-09-05

[]

今回は少年ジャンプ+で読める『マナーアプリオリ』の雑感

前提

正直、ひとつ作品として評価するとそこまでじゃないけれども、琴線には触れたね。少なくとも、久々に長文で感想書きたくなる程度には。

私は子供の頃、ハムスターを飼っていて失敗した覚えがある。二匹飼ってたけれども、一匹は脱走して、もう一匹はケージを日なたに長時間置いていたせいで死んでしまった。いや、殺してしまったというべきだろう。あの時、私はペットを飼うべき人間じゃないって思ったよ。

ただ、それから大人になって色々と考えを巡らせるようになると「愛玩動物」という概念文化のものに疑問を持つようになった。だって動物を飼う」という行為自体必要のないことだから。もし、それに必要性があるというならば、それは飼う側(人間側)の都合でしかない。

ペットを飼っている人たちが、他種に対する思いやりやら命の尊さを語ることがあるけれども、あれって本気で言ってたら怖いよね。だって読んで字の如く「愛」する「玩」具として手元に置いている立場なのに、その状態動物死生観客観的に語ると空々しくなってしまう。ペットに服を着せて「飼い主側の都合でそういうことをするのは如何か」みたいな意見は昔からあるけれども、そもそもペットとして飼ってる時点で人間側の都合を押し付けてるから

もちろん、それは動物を飼うということだけではない。食べるため、服の素材にしたり、或いは政治的パフォーマンスのためにお立ち台にあげられる。害獣害虫、益のあるなしなんて人間社会の決めたこと。自分たち生活を豊かにするため、時に排除し、時に利用する。グラデーションに違いはあれど本質は同じで、せいぜい細かな差異人間という第三者たちで語るだけ。結局のところ利己的な対応をとっているに過ぎない。私たちは「命の選り好み」を各々で強いられて、「倫理的バグ」を抱えて現代社会を生きている。

淡々と描かれる命の弄び

といったことを踏まえると、『マナーアプリオリ』という作品はえげつない。本作のテーマが何かって言うと明白で、それは「愛玩動物」。それを人間に置き換え、宇宙人立場から人間社会が抱えた「命の選り好み」と「倫理的バグ」を風刺的に描いている。『鬼滅の刃』で「生殺与奪の権他人に握らせるな」ってセリフがあるけれども、もし握らせて相手倫理に委ねたらこうなるともいえる。言葉意思疎通を図れるヒト対ヒトでそれなのに、動物相手だったら尚さら

ミノウルスの皿』と比較している人もいたけれども、本作は“愛玩動物”という視点から他種の命に対して問題提起を行っていて、食べるかどうかっていうのは一要素、側面的な話だと思う。『ブタがいた教室』っていう、学生たちが育てた豚を食べるかどうかで議論させた話があったけれども、本作がやっていることはそっち路線。「命を学ぶ」という“学ぶ側の唱えたお題目”によって、ブタの「命を弄ぶ」という側面。

テーマについては解釈余地ほとんどないと思う。あと、本筋に対しても解釈余地は少ない。大体のことは作中で語られてるし。最初の1ページで飼い犬が捨てられて、飼い主側の都合やらが語られる。旦那さんの「一日中ケージに閉じ込めてるのはかわいそうだ」だっていうのも、人間フィルターを通して語られる一方的倫理。それが人間の身に降りかかるという分かりやすい構図。

例えば「命の選り好み」と「倫理的バグ」については分かりやすい。主役の宇宙人たちの世界でも共食いは犯罪自分たちと見た目が似ている人間を食うのはゲテモノ扱いで、忌避する者もいるが一応はOK。まあ、これは哺乳類を食べるかどうかとか、クジラを食べるかどうかみたいな感じかな。

人間の子供に情を抱いたサッピは「殺すなんてかわいそうだ」といって、クンダは「それはエゴだ」という。なるほど一理ある。でも後にクンダは「そいつ幸せはとっとと食われて余計なストレスとおさらばすることだ」なんて言う。いや、それもエゴでしょ、ってツッコミは読者がするしかない。けれども、そのツッコミを本気でできるほど私たちは上等じゃない。

個人的に目を引いたのは痛覚のあるなしで是非を決めようとするシーンだね。痛覚がなかったら刻んだり好きなように弄んでもいいのかっていう疑問はあるけれども、これは現代ヴィーガンにも通ずる。痛覚がないか植物で、生物ではない。殺して問題ない命。その判断自体人間の決めたカテゴライズしかなく、それは「命の選り好み」の延長線上でしかない。あまり思慮深くないクンダは時々の感情判断し、サッピの方は独自基準が多少なりともあるが本質は同じ。無差別ではないが公平でもない。

露骨メッセージ性、損なうエンターテイメント

ここまで語っておいてなんだけれども、私は本作を高く評価してはいない。テーマに対して淡々としすぎてて、ストーリーライン起承転結の盛り上がりがあまりない。そうすることで残酷さを如実に浮かび上がらせるって意図なのは分かるけれども、それが一作品としてのエンターテイメントから見たとき、やや面白みに欠けるのは確か。

プロットに対しメッセージ性も露骨で、説教臭さが抜け切れてない。宇宙人文化倫理観、言葉選びが人間社会とほぼ同じで、語られることも作品内で馴染んでない。ひいては宇宙人の二人も本作のテーマ風刺的に描くための舞台装置、配役でしかないことを意味する。なんというか、『寄生獣』の終盤で環境問題について語りだす件があるけれども、あれだけ抜き出した感じ。有り体に言えば浮いてる。

ただ、私からいわせれば物足りないってだけで、現代社会は「命の選り好み」と「倫理的バグ」について、大衆は割り切るかどうか以前の段階。大半は無自覚的に享受し、狭い範囲内で限定的倫理を振りかざすのが精一杯。踏み込んで論じる段階にすらいけてない。それで描いても読者の大半はついていけないだろうし、少年ジャンプ+というサイト掲載マンガとしては丁度いい按配といえなくもないかな。

2020-09-03

anond:20200903192103

R18といってもグラデーションがあって、法で規制されるわいせつ物が発信されていることはまず無いが。

お前はどの程度の「マナー」を求めてるの?

anond:20200903183846

ハピシュガ大好きおじさんぼく「ぼく萌えオタだけど嬉しい要素しかない」


でも病み系って言うほどモノトーンか?

江崎びす子とかめっちゃカラフルじゃん。

若者には「萌え系」より「病み系」が人気

若者に「萌え系」が人気がないと言っても、どうして誰も信じてくれないのだろう?

試しに高校生イラストコンテスト(いくつかある)を覗いてみたが、やはり若者に「萌え系」が人気という様子はないようである

傾向として見えてきたのは所謂病み系」が若者には人気らしいということだ。

若者は病んでるのだ。

 

 

しかも、両者の違いは一目瞭然ではない。

徐々に萌え病み侵食してきている様子が見受けられる。

一見すると萌え系に見えるが、実は病み系」といった具合にだ。

いづれ萌え系が絶滅して萌えオタが憤死する未来まで見えた。

君らも時代の流れに乗り遅れるな。

2020-09-02

オッサン解像度や発色といったディスプレイ進化とともに歩んできたからケバケバした色使いやグラデーション価値や魅力を感じるようだが、デジタルネイティブ若者モノトーンシックな絵柄を好むようではある。

2020-08-26

VtuberAKB48地下アイドルキャバクラかどうか

これポイントが2個あると思う。

1個目。キャバクラ行ったことないんで想像なんですけど、キャバクラというのはお金を払って、一緒の時間を過ごしたり話したりするサービスだと思ってる。なので、「スパチャの読み上げ」とか「ファンサ」とかに課金したらキャバクラかなって思ってる。なんだろう「反応をもらうこと」にお金を払ったらというか。よくジャニヲタ若手俳優ヲタ認知されてファンサをもらうことに必死になってしまって辛い的な長文お気持ちはてなブログで書いてたりするけど、そういうのはキャバクラ部分での辛さだよね。ただ、配信やパフォ―マン自体を楽しんでそれに対する対価として投げ銭したりチケット買ったりするのとはぶっちゃけグラデーションだと思う。ついでに言うと動物カフェキャバクラ

2個目。これはキャバクラというよりホストクラブかもしれないけど、客同士で課金額を争わせること。この中でも2種類あって、1種類目は人物Aのファン同士が「Aにとっての一番の太客」の座を争って課金戦争すること。2種類目は人物Aのファンたちと人物Bのファンたちが、AとBが所属する箱の中でのナンバーワンの座を争って課金戦争すること。スパチャが煽りそうなのは前者で、AKB総選挙は完全に後者

ということで、キャバクラ的な部分もあるし、そうでない部分もある。

2020-08-23

暴力に囚われていない」という幻想

 僕らの人生はどこから始まったのかと言えば、当然二十年前であり三十年前であり四十年前なんだけど、僕らの祖先はどこからやって来たのか、という話をした時に、辿ることのできる歴史には果てがない。僕らは遺伝子ボートに乗って何千万年も旅をしてきた、あるいは、何億年と旅をしてきた。

 僕らの中にある遺伝子の声を聴く時に、そこには声にならない声がある。僕らはその声に耳を澄ませ、そしてある程度言語化された呻きを聴くことができる。僕らは、その微かな声を頼りに、歴史を辿ることができる。


 人のルーツを辿る時、その歴史上最も古い霊長は(今のところ)七百万年前のサヘラトロプス・チャデンシスである。我々ホモ・サピエンス分化したのは今から二~三十万年前とされており、我々はアフリカから世界の各地へと足を伸ばし、集落を作り、文明を伝えてきた。

 当然ながらその歴史暴力と共にあった。共通利益としての安全を求める性質が、かつての我々にあったことは否定しないが、恐らくそこには絶えざる暴力連鎖があった。

 ここで言うところの「暴力」とは戦争軍事力媒介にした暴力行使を指しているわけではない。

 暴力は我々の身近に存在している。

 ごく身近に、あるいは、我々の中に存在している。

 繰り返すように我々がホモサピエンスとして遺伝子を繋いできたのは今から三十万年程前からのこととなるのだけれど、当然そこに至るまでにシームレス旧人類種のグラデーション存在している。我々の遺伝子レースきっかり三十万前に始まったわけではない。あるいはそれは五百万年前かもしれないし、一千万年前かもしれないし、一億年前かもしれない。あるいはもっと前かもしれない。

 例えば、我々の遺伝子レースが百万年前に始まったと仮定して、そして、我々の世代継承が十五年毎に行われていたと仮定する時、我々にはこれまで六万から七万の世代存在したということになる。仮に、たった百万年から我々にとっての遺伝子レースが始まったと仮定してさえ、そこには膨大な数の関係者存在することとなる。

 とにかく我々は遺伝子キャリアとして長い時間を旅してきた。


 そしてそこには必然的に、暴力行使がまとわり付くこととなった。

 それは自明のことと言って差し支えなかろう。暴力が無ければ人間は生きて来れなかったかである

 例えば、鋭い牙と爪、そして圧倒的な膂力を持つ獣に襲われた時に、我々に最も必要ものとは暴力である

 例えば、そんな事態においては武器必要になり、そして、獣を殺す為の殺意もまた必要になる。そこには、暴力を振るうための道具と、暴力を振るうための膂力と、暴力を振るうための意志必要になる。

 これは余りにも自明である

 無論、我々に暴力を振るう可能性があったのは獣だけに限らない。例えば、同族である人類暴力を振るうことも大いにあったであろう。そのような人類に対して、暴力を振るわなければならない場面もあったであろう。

 更には、そのような暴力防衛自衛のみを目的としていたと仮定することは恐らく不可能であろう。そこに積極的暴力行使可能性があったことを、認めなければならないであろう。

 そんな時、我々の振るってきたであろう暴力は――あるいは、我々が振るわれてきたであろう暴力は――どんな種類の暴力であろうか。

 まず挙げられるのは、殺人

 強盗

 強姦

 傷害

 恐喝

 その他に何があるだろう? すぐには思いつけない。

 何らかの種類の搾取があったかもしれない。詐取が存在していたかもしれない。

 我々の祖先はそれを不断に行ってきただろう。恐らくそれを止めることはできなかったであろう。

 それを止めることによって、周囲の遺伝子キャリアに対する対抗手段を失ってはいけなかったかである。我々はそれを止めるわけにはいかなかったのである。それを止めた途端に、我々の遺伝子キャリア頓挫し、今日という日に辿り着くこともできなくなるからである

 恐らく、ありとあらゆる種類の暴力行使は、我々の遺伝子レースにおいて切り離すことのできない要素だったであろう。

 つまり、この文を通じて僕は何を言わんとするのか。


 それはつまり、恐らくだけれど、貴方のかつての父親は、あるいは貴方のかつての母親は、誰かを殺したことがあるということである

 何かを盗んだことがあるということである

 誰かを傷つけたことがあるということである

 誰かを犯したことがあるということである

 誰かを騙したことがあるということである


 誰かにまれたことがあるということである

 誰かに傷つけられたことがあるということである

 誰かに犯されたことがあるということである

 誰かに騙されたことがあるということである


 その他の、無数の暴力を与え、そして、与えられてきたということである

 我々のかつての父は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての母は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての父は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。

 我々のかつての母は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。


 例えば、百万年前までの歴史を辿れば、我々一人につき六万から七万の世代存在することになる。そして、当然そのような世代は必ず一人の人間継承し続けてきたわけではなく、無数の兄弟姉妹存在していたことであろう。そのことも勘案すれば、我々にはおよそ無数の関係者が――無数の肉親が存在していたということになる。

 我々には関係者があまりにも多すぎる。そう考えた時に、我々の関係者の内に、一人たりとも、百万年歴史において暴力を振ったものなどいない、と言い切ることのできる可能性は、どれほどあるだろうか。恐らくはその可能性は限りなくゼロに近い。我々は無数の暴力をはたらいてきたし、恐らくは無数の暴力に晒されてきただろう。

 我々は暴力と共にある。我々は(そして私は)、これから暴力を振るい、そして暴力を振るわれるだろう。

 これまでもそうだったし、これからもそうだろう。我々は生きなければならないからだ。

2020-08-22

女と男の間に横たわるグラデーション・リバー

女と男、それぞれが何か特別性質を持っているわけではない。

女に分類される生き物と、男に分類される生き物は互いに地続きで、どこかで切り替わるわけではない。

昔読んだ本に書いてあった。

女と男コインの裏と表ではなく、北極南極のようなもの。その間に無数のグラデーションがある」

そうだ、その通りだと思った多感な自分は、女と男に違いなんてないと信じて育った。

しかし「中年」と呼ばれる年齢が迫ってきた今、多種多様な異性とのやり取りの中で、その違いを痛感することが多い。

男性的、女性的と呼ばれる思考は、ある程度存在し、それらは無条件に同性の中で共有されている。

もちろんグラデーションの途中に存在する人たちとも交流があったが、しかグラデーションの向こうには確かに「極点」があるのだ。

そうした極点に出会った時、心では「いけない」と思いつつも、「男は〜」「女は〜」という言い方をしてしまう。

本当は嫌だ。性別なんてなくなればいい。みんなが電脳世界で好きなアバターを着て暮らす世界になれば、偏見侵食されずにいられるのに。

価値観の違い」を性別に置き換えてしま自分が嫌だ。中性的に、無性的に生まれれば単なる「価値観の違い」と言えたのに。

ああ、異性が嫌いだ。

2020-08-14

anond:20200814002956

いや、例えば環境保護活動でもそうなんだけど、

コンビニビニール無料配布については、絶対賛成 / 賛成 / 中立 / そこは興味がない / 反対 / 絶対反対 というグラデーションがある

CO2気候変動の関係性についても、絶対因果関係があると思う / あると思って進めたほうがいい / 気候変動は関係なくCO2を減らしたい / 因果関係はない 等の意見を聞いたことがある。

でも彼らは、「環境保護をしていこう」というところでは一致している。

「細部に至るまで一致した見解を持つ社会運動」なんてのは空想上のもの現実的にはありえないよ。

そしてフェミニスト環境保護運動程度には、だいたい一致しているし、ある程度不一致な人たちだよ。取り立てて批判されるものでもない。

2020-08-04

anond:20200804122432

なんなの?ってそもそも猫はそういうもんだよ

気持ちいからやりすぎやボケの間がグラデーションではない

2020-08-01

人間なかにも著しく頭の悪い個体がいる

頭の良さは、天才といわれる人類でも特殊で頭の良い人から

チンパンジーの間でグラデーションになっている。

どうもそれを世間では認めないというか、見ないふりをする。

世の中、ケーキ三等分にできない人間がいる。これをバカだの不良だのといっては迫害してきた。

しかし、人間体が大きい小さいがあるように、知能にも個体差が確実にある。

見えないだけだ。

これを見ないふりをして、人間からできるはずだと義務押し付けては失望して、冷遇不良少年を作り出してきた。

そして、それは反社へ流れていく。

知能に差があることは認められるべきなんじゃないだろうか。

最近発達障害だと明確に名前がつくようになってきた。

軽い障害者だ。

障害者に手当てがつくように、バカバカ認定して、バカ手当てをつけるべきなんじゃないだろうか。

差別が起こる?そこは知的障害者バカにしてはいけないという社会通念があるように、バカにも同じように差別は良くないと啓蒙すればいい。

知能には差があるものなのだから

しばらくは受け入れられないだろうが、徐々に浸透して、理解が広まるだろう。

バカバカとしてちゃん存在を認めてあげたほうが、不良少年化しないし、犯罪しか生きるすべを知らない人間にはならないんじゃないかと思うんだよね。

やっぱり知能が低い人は迫害される。バカから

そういう迫害される環境バカを不良に導くんだと思うんだ。

2020-07-30

anond:20200730144759

ないものを見るのは止めよう。どこに書いてありましたか

現実には日本人集団自然淘汰されている外見(遺伝)特徴があり、

現存しているのは生存に不利になる外見(遺伝)特徴ではないと考えるのが

フツーじゃないかと思うけどね

あるものを見ないのはやめよう。

現存してるのは生存に不利になる外見特徴だけなら、見た目による障害認定を受ける人は存在しないはずだろ。

認定を受けるラインからくそうじゃない人までグラデーション的に色んな人が存在するんだから、そこに全く淘汰が働かないという理屈は通らないんだよ、わかるかな?

それとも障害認定されてる人以外は一律に同じレベルの見た目してるって主張?

anond:20200729220617

順を追って考えようぜ。

まず「新しいテレビ」としてYouTubeという場が出来た。

最初にそこで人気を得たのはホームビデオのような「面白い日常を切り取った」素人投稿だった。

その次に「YouTube投稿するために面白いことをやる」動画が出てきた。メントスコーラとかハルヒダンスとかな。これもまだアマチュア的な馬鹿馬鹿しさが基本にある。

その次に「YouTube投稿するための面白い動画継続的に作って金を稼ぐ奴ら」が出てきた。YouTuberだ。

こいつらは基本的に顔出しで「視聴者目線で素の自分を出す」から価値がある。テレビの「キャラを作ってる」芸能人とは異なる存在だ。

その次に、YouTuberにアニメキャラの皮をくっつけた「Vtuber」が登場した。そう、彼らは「キャラを作ってる」んだ。

また3Dモデルモーションキャプチャなどが必要なことから当初から企業勢の力が強く、Vtuber企業芸能事務所番組制作会社を合わせたような存在になった。

まりテレビにより近付いた」ということだ。

ただしアニメキャラからオタクしか受けないというデメリットもある。市場規模としては決して大きくはない。

そして現在テレビ活躍していた芸能人たちがスタッフを引き連れてYouTubeにやってきている。

芸能人たちはYouTuberと違って元からキャラが出来ているので、やってることは完全にテレビの延長だ。

こうしてアマチュアからセミプロ、そしてガチプロまでのグラデーションYouTube内に出来上がったわけだ。

Vtuber(の企業勢)は、簡単に言えばオタク向けバラエティ番組を作ってるセミプロ集団であって、だから中途半端素人くさく、中途半端商業くさいんだな。

存在としては、芸人でもないのにバラエティに出演し、アイドルでもないのにライブで歌わされるアニメ声優に近い。

ただしVtuberはそこに「声優でもないのに声の吹き替えをしている」という点もプラスされる。

今後はもっと「こなれた」Vtuberも出てくると思うが、現状ではセミプロVtuberしかいないし、そして、それはそれでけっこう面白いんだ。

アニメ声優が小回りの効くオタク専門芸能人として重宝されているように、セミプロVtuber一定需要を得て生き残っていくだろう。

2020-07-27

朝の潮

相撲一回も行ったことないのに妙に強固なイメージがある

土俵はまだ視線の向こうにあるんだけど照明は色づいていて、周りも薄暗いなりに問題なく見えるくらいの明るさ

呼び出し以外の声はあまりなくて、でもときどき後ろの通路力士が通っていく音がするし、弟子の泣き声も意識すると聞こえる 環境音と化してるから気づいてないけど親も泣いてるな けっこう音あるやんけ!

土俵は霞みがかっているようであまりハッキリしない 照明は何色とも言い難いが、強いて言うなら橙と黄のグラデーション

腹もまあまあ出ている 顔がのっぺりしてるんで紫立ちたる糸目の細くたなびきたる…ってほどいい感じでもないが、趣がないわけではない 

毛はほとんどいない 遠くにカップル然とした乳首が離れていたり、昔っぽい行司をする爺さんが割っていったりする 全体的にお互いにかなりの距離をとっていて、小錦バカかい場合の等間隔はこんな感じなのかもしれないとなんとなく思う

土俵の中に行ったりしてるうちにだんだんタイミングが合ってきて、いよいよ相撲が見える! と思いきや肝心のタイミングで土煙がかかってよくわからない 力士の流れは遅いし、けっこうデカい尻が写ってしまたから待つしかない ボンヤリする

ビデオ判定がわかるころには力士はわりと尻を出している 眩しい 尻の周りというか、マワシの縁に沿った部分は黒くて、もうちょっと上の辺に行くとわりと色白と言ってもいい感じの色になってくる 

 

そういうイメージがあります 観に行きてえな朝潮

朝潮を観に行って何をするか?

モチロン相撲観戦をする 呼び出しを聞きながらさ、朝潮のんびりした相撲を見るんだよ サイコーに違いない

https://anond.hatelabo.jp/20200727205134

朝の海

朝の海一回も行ったことないのに妙に強固なイメージがある

太陽はまだ水平線の向こうにあるんだけど空は色づいていて、周りも薄暗いなりに問題なく見えるくらいの明るさ

波音以外の音はあまりなくて、でもときどき後ろの国道を車が通っていく音がするし、鳥の鳴き声も意識すると聞こえる 環境音と化してるから気づいてないけど虫も鳴いてるな けっこう音あるやんけ!

水平線は霞みがかっているようであまりハッキリしない 空は何色とも言い難いが、強いて言うなら橙と紫のグラデーション

雲もまあまあ出ている のっぺりしてるんで紫立ちたる雲の細くたなびきたる…ってほどいい感じでもないが、趣がないわけではない 

人はほとんどいない 遠くにカップル然とした2人組が歩いてたり、現地民っぽい犬の散歩をする爺さんが通っていったりする 全体的にお互いにかなりの距離をとっていて、鴨川バカかい場合の等間隔はこんな感じなのかもしれないとなんとなく思う

堤防の先に行ったりしてるうちにだんだん太陽が昇ってきて、いよいよ日の出が見える! と思いきや肝心のタイミングで雲がかかってよくわからない 雲の流れは遅いし、けっこうデカい塊がかかってしまたから待つしかない ボンヤリする

雲が晴れるころには太陽はわりと顔を出している 眩しい 太陽の周りというか、空の水平線に沿った部分は黄色くて、もうちょっと上の辺に行くとわりと青空と言ってもいい感じの色になってくる 

 

そういうイメージがあります 行きてえな朝の海

朝の海に行って何をするか?

モチロン増田をする 波音を聞きながらさ、早朝ののんびりした増田を見るんだよ サイコーに違いない

2020-07-26

ルッキズム 障がい者

見た目が悪いのは障害

目が悪かったり足が悪かったりするのと一緒。

障害の度合いはグラデーション発達障害とかADHDと一緒。

政府が金を出して整形代を出す。

また、顔の悪い人を侮辱するのは差別行為からやめること。

2020-07-25

anond:20200725220105

実名でやってる著名人でも雑なので救いようがないわ。

こんなスタンスグラデーションがある話題なんか、ちゃん立場を明確にしない限り元増田やそれについてるリプのように雑極まりない議論になるのにね。

2020-07-24

安楽死がよくわからない

嘱託殺人とか自殺ほう助とか積極的安楽死とか消極的安楽死とか色々あるらしいけど、どこから「加害」なのかよくわからない。

グラデーションの中に既存法律たまたま線を引いただけなの?

それは加害者思想によって線引きが変わるものなの?

これから議論される話でもあるんだろうけど議論がどのような状態になってるかもわからない。

ブクマコメントとか星はどういう理解でつけてるんだろう。

2020-07-19

ほとんどの問題は程度問題だろ?

ひとつテーマで、前提がどうであろうと背景事情がどうであろうと絶対この考え方が正しい!この考え方は間違い!なんて現実問題では滅多にありえないだろ

相当多くのケースで、その判断は前提や背景の「程度」によって変わるのが正しいものだろ

たとえば戦争をなくすべき!とか、差別をなくすべき!とかだって、よっぽど極端な前提を置いたら揺らぐ場合もあるだろ

ましてや経済活動感染リスクのどちらを優先するか、なんて微妙問題で「何が何でも経済活動優先!」「何が何でも感染リスク対策優先!」なんてことになるはずがないだろ

から俺は、そういう主張が見えた場合には、結論が反対側に動くようなめちゃくちゃ極端な例を出すことにしている

議論しっちゃかめっちゃかにして茶化したいわけじゃない。ただそれは「程度問題ですよ」「前提のとりかたによってどちらにもなり得ますよ」という認識を一致させたいだけだ

あるめっちゃ極端な事例ではAの判断が正しくなる。別のめっちゃ極端な事例ではBの判断が正しくなる。ならその間はグラデーションですよね?どこかにその判断を変えることになる境界があるってことですよね?じゃあその境界を探りましょう。

って感じで、その上でだったら結局その人の判断に賛成するって結論もある

ただ「程度問題ではある」という前提を共有してくれない限り議論を行うのは無理だ

2020-07-16

anond:20200713184901

このパーソナルスタイリング診断とかやってみたらどうでしょう

https://www.air-closet.com/personal-styling-shindan/share/6/6/

あとアイシャドウブラウングラデーションのやつを薄い順に塗れば失敗しないと思いますし、服は「好き」よりオフィスカジュアルとか動きやすさみたいな用途を伝えればオッケーだと思います

2020-07-15

anond:20200715113455

幼少期は自分の身を守るためにもプライベートゾーン他人に見せても触らせてもいけないを徹底、学齢期になったらセックスとはなにかを説明、と共に性別は2つじゃなくてグラデーションであること、自分欲望他人を傷つけてはいけない、自分のしたいことと同じく、相手がなにを望んでいるか確認すること、2020年ならこんなもんじゃないの

2020-07-12

anond:20200712161517

少なくとも、とある/このすばの塗り方でアニメ作ろうとしたら、とんでもない作業量になるぞ。あんグラデーション塗りは、デジタルであっても手作業で、それを不自然なく連続させるんだから

ついでに顔つき(線の描き方)も、もし原作絵そのまま描こうとしたら、大抵の場合アニメに動かすためのデザインに落とされてないから、量産には不向き。

2020-07-11

女性の「びっくりする」という感覚がよくわからない

anond:20200710214115

この増田に限らず。まあ女性にも限らないのだろうけど。

女性ってよく面食らったりハッとしたりびっくりしたりしてるけど、なんていうのかな…。

この増田の「面食らった」はあまりにも当事者意識が欠けていると思うし、Twitterでよくハッとしてる人は自分の見たいものを見てハッとしてるだけで、別に気分よくなってるだけじゃね?って思うし。

フェミがびっくりしてる時は大抵キレてるし、それ怒ってるだけじゃね?って思うし。

何て言うんだろう。びっくりしてなくね?って思う。

それか予想されることにたいしてあまりにも無防備というか。

まあ男でもあるのかなあ。どうでもいいことに衝撃受けてるYouTuberはいっぱいいるよね。でもあれPV稼ぎだからなあ…。

俺がびっくりするときって足踏み外して階段から転げ落ちそうになったりとか、ホラー映画観てるとき地震起きたときとか、そういうのしか思い付かない。

なんかそれと前述のびっくりって違くない?

いやどうでもいい。どうでもいいんだけど。

これは伝わらないかなあ。

まあ今はないのかもしれないけど、明らかに女性が誘ってる感じあるのにデート申し込んだらびっくりしたりするじゃん?

いや予想の範囲内じゃね?って思う。

まあはてブで言っても勘違いだって言われちゃうからあれだけど。

何かこうびっくりしてる時の女性の目開いてる表情の、その瞬間この人なに考えてんだろうなって思う。

階段から転げ落ちそうになってるときはただ必死じゃん。

それとは違うじゃん。目見開いて、そこで考えてることって、なに?あの、なんていうか、「え!?わたし!?」みたいな。

いやお前以外にいないだろって思うじゃん。

いや知らないけどさ、その瞬間になに考えてるのか。

絶対伝わらないなあこれ。

もしちょっとでも思うところがあれば、みなさんのびっくりした瞬間を教えてください。

追記

サイレント魔女☆リティ発祥男性ですが…/男だが、公文書改竄無茶苦茶詭弁上級国民の不起訴Go Toキャンペーンの前倒しとかにびっくりさせられっぱなしです。

あー、なるほどねぇ…。

・ 熱いので炊飯器の蓋開けておいて、そろそろ冷めたかなと思って釜を取り出そうとしたら中から巨大なアレが飛び出してきた時かな。最近ならソファの下に蟻が20匹くらいモゾモゾしてた

地獄やな。

・まあ女性の反応が大袈裟に感じることは多々あるが、感情表現をあまりさな自分よりマシかと思う

大人だなあ。

相手の反応を勝手にこうあるべきみたいに決めつけてんでしょ。

多分これがタイトルだけ読んでブコメしてる勢。

・女の外見してるからって舐めてきたやつにやり返すと、皆さん一様に「びっくり」するよ。びっくりしないのはヤクザキチガイ位かな。常識礼儀想定外のことを女がされやすいだけなんじゃないの?

うーん…。それは「(男性主観的には)目の前の人間が突然キレてきた」わけだから階段踏み外したのとカテゴリーとしては近い気がするなあ。

想定内のことをびっくりしたと言い替えてることが多くない?という。

それびっくりっていう感情なの?って疑問なので。

・「よくわからない」は「びっくりする」とグラデーション的につながってると思うけどな。

あー。読んだ瞬間は繋げてないなあと思ったけど、うーん。思い返してみたら難しいところ。

よくわからないことをびっくりしたって言い替えることへの違和感なのかなあ。

・気配りをすることが社会的要求として存在主観TPO設定やプロファイルを行う事の習慣化→規範倫理観を超えた事象に驚くというのを考えたけどある程度は性差なくあるような。主観への信頼が強いのかな。これも主観

・「びっくりする」とは「想定外の事が発生した時に使うべき表現方法であるはず」だから「発生する可能性を予測できる事象に対して使うのは不思議だ」という主張なのかな? でも予測できる範囲って人に依らない?

まあそうなんだよね。主観だし人によるんだよ。

でもなんか、全然びっくりしてなさそうだからねぇ。

・家の洗面所とかで夫に突然話しかけられるとビックリちゃう。「あぁ!びっくりした〜!」とか結構大声で言ってしまうので一度夫に「一緒に住んでるんだからそんなびっくりする必要なくない?」と言われた。

うそう。この感じに近い。この時の男側の違和感

でもこれよくよく考えたら俺もやってたわ。若い頃。

後ろから声かけられることよくあるんだけど、とりあえずびっくりしてたら女性に謝られたから、それ以降しなくなったな。

・「相手の行動は、私がびっくりしてしまうほど非常識なことです。驚かされた私は被害者なので優遇しなさい」ってことだよ。

さっきのと「とりあえずリアクションびっくり」とは違うびっくりは、ほぼこの意見なのかな。嫌だとか不快言い回し

まあこういうことなんだろうな。

婉曲表現だとすると、その婉曲は、びっくりするくらい、伝わっていない。「ああ単純に驚いたのね」と思うだけで、なにかに配慮するとか、慮るとかはできない。

これもわかる。びっくりをそのまま受け止めるとそうなる。

てか素朴な疑問なんだが、嬉しくてびっくりすることってもうなくなったの?

嬉しいときにびっくりした!って言わなくなったなら、びっくりって聞いたらああ嫌なんだなって思うようになるけど。

・久しぶりにしたとき、久しぶりだからびっくりしたって言われたことある。俺はその発言にモヤっとしたよ。

この感覚になるよね。100%だっていうことなら素直に受けとめることも出来るかもしれないけど、実際どっちなのかなんて分からいからねぇ。

・そうかね、日本メンズだって女子と同じくらい、バレンタインチョコ貰うとか童顔の可愛い女子から告白とか女子からセックスのお誘いとかいちいち大分びっくりしてる気がするけどなあ。

そうなんですか…。世界線が違いすぎてびっくりするわ。

増田好きな人告白とかした事ないんだな

あるわ。

ビジネスの場で「とてもびっくりしました」と書いちゃう女性がいて、今までびっくりしてれば誰か助けてくれてたんだろうな、と残念な気持ちになった。

まあ他人任せにしてる感じは受けるよね。

・失礼なことをされたとき対応を間違えると「ヒステリー起こした!」って言われるので、婉曲的に「びっくりした」って言うしかないんよ

これも確かにで、他に上手い言い回しもないよねぇ。

増田を読んで、男側の例として本人が「男の話」だと思っているもの趣味仕事が多い)に、女性が口を挟むと「びっくりする人」が思い浮かんだ。性別よりも、その人の視野問題が大きい気がする。

なるほどだわあー。この男のびっくりは、女性からしたらムカつくよねぇ。

男性も使ってる。明らかに格下でない男性上司・ヤれる可能性を期待する女性等失礼を避けたい相手自分常識から外れる言動をした場合かに女性が多用するのは女性の身で直言するとキレられる可能性が高いか

男も相手立場によってびっくりを使い分けてると。

こういう男のびっくりに女は違和感を感じるけど、女の他人任せにするびっくりに男は違和感を感じるのかなあ。

男性って女性よりいい意味で単純でさっぱりしてると思ってたんですけど、増田さんみたいにネチネチ陰険男性もいるんですね~そういう男性って私あんまり会ったことなかったのでびっくりしました!←こんな感じ?

こんなにびっくりできる文章もないわ。

HSP ハイリーセンシティブ・パーソン。こう言う人もいる。20%だ。差別すんな。

なるほど。多いなあ。

増田の「びっくりしてなくね?」が「え〜?!それびっくりしてなくね?!」になっただけのような。感情の振れ幅とか表現方法のクセとかの違いに感じる/追記見ると増田も呆れのびっくりを使ってる。わざと?

わざとです。

表現方法のクセもあるんだろうけど、含まれてる意味結構違うなあと。

ニュアンス読み取りに命かける従来の日本コミュニケーションからもう脱却した方がいいと思うんだけどね。語彙減ってるのにそれやるから意思疎通でリソース無駄に使ってる。

せやな

女性の「びっくりした」に、怒りを悟ってほしいという文脈が込められている事に増田は憤るのだろう。増田の「よくわからない」に「ウザい腹立つ」的文脈が込められてるのと同じだね。よく判ってるじゃん。

「びっくり」に引っ掛かるんだったら「よくわからない」にも引っ掛かれよという話。気をつけます。

・言われてみると、結構場面によって色んなニュアンスを含む言葉だなと思う。単純に驚愕というより、何かしら感情が揺り動かされていて、でも自分価値判断を含まずにそれを表明したいときに使うイメージかな。

なるほど…。純粋びっくり派ですね。

追記の「嬉しくてびっくりすることってもうなくなったの?」に対する回答が見当たらない。やはり「びっくりって聞いたらああ嫌なんだなって思う」のが順当ということか。

これね。ホントにないのかなあ。

自分で考えてみて一番それっぽいのは、買ってた馬券が無理だと思ってたら当たった時だけど…。「わー!びっくりしたー!」とはならないからなあ。

・例えば急に後ろから声かけられた時に、不審者勘違いして怖かったって言うと角がたつ。キレられても怖い。でももうやめて欲しいので、こう言えば次はやらないでくれるかな~って期待と共にビックリした~って言う。

それは…伝わってるのかなあ…。

それこそ女性に言えば伝わるもんなのかね。

・びっくり≒私は崇高なる理想社会を前提としているので汚らしい男性が引き起こす現実社会との落差に驚いた を意味しています

なんか笑ってしまった。

・その程度の感覚がわからないなんて「びっくり」するわ。想像以下をカジュアルにいう表現想像以上の場合はびっくりしないぞ

想像以上の場合はどうなってしまうんや。

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