はてなキーワード: 曲解とは
大いに意味変わってくるじゃろがい!自分の主張したい事のために恣意的に事実を捻じ曲げた発言をしてるんだから。
「作中で他のヒロインが皆夢を叶えてるのに1人だけ夢を叶えられない不幸なヒロインにそんな発言をさせた!」
ヒデーじゃん!最低じゃん!スッゲー悪く聞こえるじゃん!でも嘘じゃん。
言い直したら「他ヒロインは将来達成するの明らか(文脈による推察)なのに、将来的にも達成出来ないから幸せになれないヒロイン(文脈による推察…あれこの作品そういう文脈の話だっけ?)にそんな発言させた!」じゃん。思考のお偏りが明らかになってくるじゃん?丁寧に丁寧に言い直し前の文がそれっぽく聞こえるように論理展開しおってからに。趣旨変わらんしと白々しく言ってるけど作者への否定感情を扇動するのがこのお気持ち長文の趣旨じゃろがい。どうやらその目論見も一部成功したようで何よりです。ホント吐き気を催す邪悪さよのぉ。
悪意が無いってんならよく考えてみ?うるかが最初に好きだったものは何よ。成幸じゃなくて水泳だったでしょ。負ける事が悔し過ぎるくらい大事な物だった訳でしょ。水希との過去で成幸の事好きじゃない時だって勝つためにあれだけ努力してたシーンが描かれてる訳でしょ。じゃあそんなうるかが幸せになる未来って何よ?環境も設備も整って早くから海外に馴染める水泳の本場に身をおくことが不幸な訳ないじゃん。そんでそこに辿りつけたのは成幸に恋したお陰じゃん。いや勉強嫌いのまま適当な大学に行っても良いけどその選択(成幸に教わらない)した時点で人生のクオリティ落ちるのも恋も叶わない事も確定するじゃん(文脈による推察)。
うるかは生まれた時から成幸に恋してた訳じゃないでしょ。水泳に必死だったうるかが成幸に恋したんでしょ。この構図は他ヒロインとなんら変わりないじゃん。そんで恋したからうるかは更に高みに登る事が出来る訳じゃん。それを「不幸じゃない」って言わせんなってどんな了見よ。うるかちゃんを失恋ごときで不幸にしてるのは作者じゃないよ紛れも無くお前だよ。間違いなくうるかの物語の意義に恋しか見いださずに武元うるかという存在を矮小化してるお前みたいなヤツに向けて言われた言葉だよ。突き刺さったよーで何よりだよ。恋したうるかちゃんは輝いてたけど、実際はお前が見てた物だけじゃなく別方面でも輝いてたって意味だよ矮小化という言葉を曲解するんじゃないよ!
こっちからしたらこの辺を曖昧にした理珠編の方が読み味大分苦いんだけど(あれ告白してないでしょ)。うるかだけフラれても前向きで強くある姿が描かれない方がおかしいでしょ。他のヒロインはお前の大っ嫌いなうるかルート最終回で一緒くたにされたけど一応は描かれてんのに。まぁ書いてて気づけたけどうるかにフォーカスあたる話でこれやらないと描いても弱いわな。そらどうしても話に絡む必然性のある文乃の話でするわ。お前のお気持ちのお陰でこの辺が理解出来たし、ついでに筒井大志がうるかをちゃんと考えてる事も愛してる事もまた確信を持てたよありがとな。
(そんなところに目を通すようなら人気投票の結果発表センターカラーで大々的に誤植してんのスルーする訳ないでしょ。お前からしたらそれすら悪意に見えるかもしれないけど一般的な感性してればそこで作家の仕事の範囲を推察できるもんなのよ。)
こんな作者を乏しめたいがためにうるかの話を全力否定しやがる輩にファン面して欲しくないわというお気持ちが先だってしまったけど、誤植や特集ページの思いやりのないあのワードチョイスやうるかルート最終ページに関してはこちとら甚だしく不愉快な気持ちになってるのでそこは誤解の無きように。
えー、初めまして。年齢はそこそこ。結婚する気はない人種です。
まず最初に、今ある仕事をやめて視野を広げたいと言うので、こちらにきてはどうかと提案しました。彼女は地方で私はどちらかといえば都会の方です。
1回目の面接を落ち、2回目の面接で見事就職が決まりました。さて、住む場所をどうしよう?私は(今となっては最大な誤算であったが)彼女は気配りもでき、年上の私をリスペクト(同じブランドの服を買ったりなど)してくれる子でしたので、彼女を我が家にすまわせる事にしました。
我が家は1LDK、はっきりと言って家賃としては高いです。そして彼女は就職前にこちらへ引越し、無職の間は私が家賃、光熱費等を全て負担いたしました。
ここで引越しの件。もしあなたが自分の愛娘を他所様のお家に預けるとして、一体何をするでしょうか?私であれば菓子折など、もしくは夕飯を御馳走したりなど、少しでも感謝を伝えたいと思います。
そしてそれは一切ありませんでした。彼女は私のベッドで寝て、引越しを手伝った父親は来客用の布団で寝、私はソファーで寝ました。
そして彼女がやっと仕事を始め、家賃として渡されたのは総額の3分の1でした。
それは構わないです。それぞれ給料が違いますから、でも何も相談なしに3分の1はおかしいと思いました。私であれば半分は行かずとも、4割は払いたいと思います。だってすまわせて貰っている状況ですから。
さておき、ここから彼女の態度が一変していきます。まず家に帰れば部屋が真っ暗で寝室を占拠している。
休みは別なので、私は土曜、それこそ家事に勤しみました。掃除機をかけたりトイレ掃除など、しかし共通の休みである日曜日、彼女はまだ寝室を占拠。
彼女曰く、私が10であるならば己は2であるとのこと。納得いかないままも、私は元気が有り余っているので笑 それでいいと承諾しました。
体調が悪い時はポカリなどを買って帰り、簡易湯たんぽなどを作り彼女を解放したこともあります。
逆に私が生理痛で布団に横になっているとき、30分ほど経ってようやく小さな湯たんぽを投げてきました。
そして半年が過ぎ。我が家のヒエラルキーは彼女が握っていました。
私は給料が不安定な職業でしたので、彼女に4割を負担してくれないかと頼みました。そして給料日、彼女が渡してきたのは3割でした。「いや、4割だって言ったよね」と言うと彼女は渋々残りを渡してきました。
そしてその月に私は自分のスニーカーが少しボロボロになっていたので、ネットショッピングで割引になっていたものを注文しました(ナ●キです)
元々厳つめのハイカットが好きな上に、セール価格で買えて有頂天の私に彼女は言いました「増やした家賃で靴を買ったように思える」
いや、それ関係ねーから。そもそも私が多く負担しているの気づいていますでしょうか?水道代、電気代、NHKの支払い。その他もろもろ。
そして体調が安定したのか、彼女は毎晩モンスターをハンターするゲームに夢中でした。私もそれを買っていたため、一緒にやりたいと言っても四人集まっているから無理。まれに参加できても、その防具でよく行こうと思ったね。など、ライトユーザーを無碍にしました。
そうしたら彼女と、共通の友人である二人から責められました。何がしたいのかわからない。
私はただ、これ以上面倒な事になるなら、卒業すればいいと思ったための行動でした。
そして共通の友人(Aとしておきましょう)は酷く怒り、私の弁解を聞く気もなく。Aとは10年の付き合いです。さすがに勿体ない、と思い彼女に仲裁を頼む事にしました。
そして仲裁を実行されたのが彼女がAの家に泊まりに行った時です。どう考えても公平ではない。人間、側にいるものに対してそちら側に夜のは当たり前です。
そうして私は10年友人であったAと切れました。
そして「側にいるもの〜」に対して友人に指摘した時彼女は「私は中立である。そうできている」と言いました。いやいやおかしーだろうがよ笑
これから彼女の行動はエスカレートしていきます。毎日ゲームをし、それこそ大声でボイスチャットです。家主の私は静かにダイニングテーブルでイヤホンを挿し、youtubeなどを聞いて過ごしました。
たまに、同じ趣味であるバラエティを一緒に観よう?と誘ってみてもゲームやるから観ない。とのこと。
そしてようやく彼女が新居を見つけたと言う時、引越し前だと言うのにやはり大声でゲームをしていました。
(余談ですが、彼女の具合が悪い時や寝ている時は部屋を暗くし、イヤホンでゲームなどをしていましたが、逆に私の具合が悪い時、彼女は大声で2時まで電話をしたり明かりをつけっぱなしで遊んでいました)
私はSwitchを買ったと言う距離の離れた友達と、やっとあつ森ができると言うので、ラインで会話をしながら久しぶりだね!などと話していました。そうすると友人は立ち上がり、うるさいと述べ、イヤホンをしろと要求してきました。
友達はそれに遺憾し怒っていましたが、仕方なくイヤホンをし、二人で島生活を楽しみました。
この時点でヒエラルキーの頂点は彼女です。周りは私が優しいばかりに…と慰めてくれました。付け上がらせる要因があったのは仕方ないと思っています。
そして彼女が家を出て行った後。(なぜか大量の燃えるゴミを処分させられたのは言うまでもありませんが、甘えんなよ)
私はふと、家賃で靴を買ったと言うことを他の誰にも言わないように、と思いました。
何分、誰しもそんなことを言われればかなり腹が立ちます。私は言われた時に聞こえていないフリをしましたが、もし他人であれば大喧嘩になること間違いない上に、彼女の質さえ下げない言葉です。
今思えばこの考えは浅はかだったかもしれません。
その旨をラインで送り、帰ってきた言葉は論点がずれている、だの物事を歪曲されて捕らえられるの嫌なの、など。
まずこの時点で私の忠告を聞く気がないのがわかりました。私は冷静に説明をしますが、彼女はバーサーカーモードで一切こちらの話を聞きません。
私の善意はただのお節介だったようで、全く響かず、向こうが先にこんな事に時間を割いてられないと放棄しました。
(ちなみに、心療内科の先生に見せたところ、向こうの論点が外れまくっているとのことでした)
こちらの話も聞かない。忠告を忠告と受け取らない。何か言えば屁理屈で帰ってくる。そもそも会話が成り立たない。
と、言うわけで、私は彼女に最終宣告をしました。お前とは一緒に酒を飲むような仲になっても不快だよ。と
いや〜〜〜すっきりしました。その後Twitterで「人の話を曲解しまくって悲劇ヒロインぶって最後には同族しか残らない」
好意でパスタソースを引越し前に渡したら「私もいらないパスタソースでただのゴミ」といっていたそうです。私はともかく食べ物にゴミはねえだろ。
半年以上、彼女に気を配り少しでも楽になればと手助けしていた私の好意は一瞬で無駄になりました。
はい、と言うわけで、猫被りちゃんが同棲してみたらクソ野郎だった話でした。
(ちなみに、友人からはそれDVだよ。と言われ…これがDVかあ…と、DV処女を卒業した事に気づいたのはそれから少し経ってのことでした笑)
夕飯を作ってはくれるが、例えば掃除や洗濯は殆どせず、昼間はずっとポテチ片手にネットサーフィンか昼寝。放置したタスクは他の家族がやる。
子供、増田とその兄弟たちには殆ど関心がなく、保護者として最低限の義務を果たす以外では関わろうとしない。挨拶や最低限の会話ですら拒絶する事があるぐらいだ。
するとどうなるかというと当然、家族からの母の評価はかなり低くなった。
父は「専業主婦なんだから家事をしろ」という反応になるし、子供たちは母親からの愛情を与えられて育たなかった分、揃って母を軽蔑したり、父に肩入れする。
ある日、母が増田を呼びつけた。ブログを始めたいので、パソコンが得意な増田がやってくれと言い出した。
アメーバやgooなどブログサービスにどんな種類があるかも知らない所から教え、なんやかんや開設が完了する所まで手伝ってしまった。
ブログを開設した母は、ますます家事と家族への興味を失い、ノートパソコンを抱えて部屋の隅っこでブログの更新に勤しむ毎日を送った。
しかし開設を手伝った増田は、そのブログのドメインを知っていた。
どんなブログを書いているのか興味を抱き、そのドメインにアクセスすると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「今日は上の子とじっくり話をしました!子供は頷いて聞いてくれました。やっぱり愛のエネルギーは伝わります。本当に神様に感謝。」
更新日付、上の子、間違いなくこれは増田が母と話した時の出来事に関する記述である。
だが大した内容ではない。なんか頭の悪そうな変な事言ってるから流して適当に頷いてただけだ。
世界観の胡散臭さは論外として、関わりを拒絶して家族に軽蔑されているお前が、愛を語るのか……?
何より「話した」「頷いて聞いた」のそこだけは事実なのがタチが悪い。完全に嘘というよりは、曲解であり、思考の歪みの出力である。
よくよく考えてみたら、まともじゃない人は滅茶苦茶書くし、まともな人はフェイクを混ぜるだろうし、やっぱりブログという媒体は信用ならんなと思った。
政権与党にはほとほと失望してるし期待もしてないから、野党にはもっと議席を拡大して政権交代は難しくてもせめて圧力をかけて政権の危機感を煽ってほしいと思ってるよ。
今のところそれがプライオリティとしては最上位だから、諸々イマイチな部分には目をつぶって野党に票を投じ続けてる。死票バンザイ。
でもはてブで与党批判コメントは殆どしない。所謂はてサの面々がブコメ全部遡ってこぞって星付けてくるのが嫌だからな。
くだらないと思うか?理由を教えてやるよ。以前俺のブコメをブックマークして曲解中傷コメント付けてきたはてサ野郎のIDが通知に表示されるのが嫌で嫌で仕方ないからだよ。
やった方は忘れていて能天気に星付けてくるんだろうが、やられた方はずっと覚えてるからよ。あいつら普段は自分たちはさも高潔で立派であるかのような態度だが所詮そんなもんだ。そうやって日頃の振る舞いで恨みを買ってるってことをしっかり覚えておけよ。
*
(つか非表示にしてるんだから通知でも非表示にしてくれよはてなさんよ そしたら俺だって文句言わねえよ 棲み分けさせてくれや)
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まあそれはそれとして都知事選は難しかったわ。小野は割とまともそうだったが「維新」の文字列を見ると失神してしまう体質なので結局宇都宮に…
餃子は論外。アホ与党と同じレベルになってどうすんねんアホ共がよ
支持政党ではないが与党とは違う真っ当さを期待してた分余計にガックリきたわ
あと隠す気のない伏字で王将持ち出したのも姑息で嫌だったわ…貧乏学生時代はたまに豪遊したい時のご馳走だったからよ…
まあこれを責めるなら与党の不祥事を責めろという気持ちは分かる。
だが俺もお前も全てのニュースにコメントすることはできないし、する義務もないし、誰かにそれを強制する権利もない。
他者をコントロール下に置きたいという人間の根源的欲求を完全に断つことはできないが、一歩分距離を置くところから始めよう。それについては俺も頑張るわ。
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例えば、あるコメントや記事に対する反論や批判は一定の範囲内において許容されるべきだが、「コメントしていない人」を引っぱり出して罵倒するのは明らかに行き過ぎだろう。
つか何かある度いちいち「はてサだんまり」だの「ネトウヨだんまり」だの不毛すぎんだろいい年こいていい加減にせえよお前らというお気持ちがありますわよ。
*
政党には当然広報担当がいるんだろうが、餃子とか首相の犬撫で動画とかが通ってしまうあたり与党も野党も本当に内輪ウケの支持しか見えなくなってきているのかもしれん。
これがエコーチェンバー?サイバーカスケード?知らんけど、そう言う俺たちもきっとどこかのカスケードを手斧片手に漂ってるんだろう。
ただまあ、あの一連のツイートを内輪ウケと自覚してやってるんだとしたらいよいよおしまいだとは思う。さすがにそんなことはないと思いたいのでちゃんと反省して?
10年くらい前の政治家たちがおっかなびっくりツイート始めてた頃を思うと隔世の感があるね。
・意味のない伏字、隠す気のない伏字はかえって印象が悪い(ex. 「餃子の〇将」「はて〇ブック〇ーク」)
・はて〇ブック〇ークにおいて、コメントを残すかどうかは本質的に自由
・餃子は焼/揚/水問わずいついかなる時も美味であなたの味方である
以上
https://anond.hatelabo.jp/20200703193938
■七瀬サイドの人間はなぜ対価システムに至るのか(おけけパワー中島)
https://anond.hatelabo.jp/20200704211736
上記の続き(蛇足)的な内容である。まずは、追記第2段まで足を運んでくれたことに感謝する。また今回の内容は、前回以上に漫画に関係ない。申し訳ない。
言い訳がましくなるが、私は心理学のプロではなく、公平性や正確性、サンプリング対象などに偏りがあることは、あらためてご容赦願いたい。
「なぜ対価システムに至るのか」で書いたが、対価システム保持者――陰キャは、基本的に自己肯定感を持たず、自分を卑下しがちである。その価値観を内に秘めているうちは鬱々とするだけだが、いわゆる陽キャとかかわると起こることは、自虐と肯定、価値観の衝突である。
自己肯定感のない女性がDV彼氏ばかり作るという傾向は有名だが、同じように、自分をほめられると反射的に心の防衛反応が作動し、”どうしようもない自分”という解釈を守るため、「自分のことを何もわかっていない」「おべんちゃらもいいところだ」と悪意的にとらえてしまう。
自己肯定感がないなら自分の考えも疑うはずなのだが、なぜかおのれの解釈に固執する、もっと言えば自他の区別がないため、異なる価値観が目の前に現れると、「この人はこう思うんだな」ではなく、自分の持っている価値観が脅かされるような不安にさいなまれ、結果拒絶に至ってしまうのだ。
また、私見なのだが、心の底から自分に価値が無いと思っている人はそう多くない。心の底で白馬の王子様のお迎えを待つ人が、七瀬サイドの大半を占めるだろう(小ばかにしているように聞こえるかもしれないが、生きる希望を持つこと自体はとてもいいことなので、是非とも白馬の王子様概念を大事にしてほしい)。
ではなぜ執拗に自分を卑下するのか。それはやはり、前回書いた「世界公平仮説」にあると思う。
世界公平仮説は一般的に、「これだけやればきっと報われるだろう」「努力は確実にものになる」という前向きな願望をイメージされるが、「ひどい目に合うのは○○だからだ」「○○だから報われないのは当然だ」という捉え方もある。
具体的な理由ではなく、前世の因果などの見当違いなものや、理由の一つではあるがそこまで重要ではない要因を○○に当てはめることを、「負の公平仮説」と本項では呼ばせていただく(セルフ・ハンディキャッピングという概念に近い)。
負の公平仮説の例を上げると、「自分は背が低いからもてないのは当然だ」「流行を知らないからぼっちになるのは必然だ」等々。この2例は、モテや友達作りにまったく関係ないわけではないが、他にもっと深刻な理由があることを見逃してしまっている可能性が高い。
しかし、”本当に深刻な理由”を見つけ出すのは実に苦しい。どこまでも自分という存在を真正面から見つめなおさなければならないし、見つかれば、それがなぜ改善できないのかも考えなければならない。表層的な、わかりやすい欠点を理由に挙げるほうがはるかに簡単だし、深刻なダメージから身を守れる。
そして同時に、負の公平仮説を用いる人は、そのかりそめの欠点を改善する努力に、そこまで意慾的になりにくい。そのかりそめの欠点を改善し、なおも状況が変わらない場合、”本当に深刻な理由”に向き合わねばならなくなるからだ。負の公平仮説は、一種の心のブレーキ機能である。
まず言っておくが、負の公平仮設による逃避を私は否定しない。現実の曲解で自分を守るのは当然のシステムであり、善悪ではなく「そうなってしまう」ものだからだ。
しかし人と関わるうえで負の公平仮設を持ち続け、他者にもその理解を求めるのはかなり負担を押し付けることになってしまうのも事実であり、「周囲と最低限のコミュニケーションは取らねばならない」「周囲の人を困らせたくない」という目標があるならば、自分のネガティブを飼いならさねばならない。必ず改善すると約束するものではないが、参考までに私がとった方法を紹介させていただく。
誉め言葉はできるだけ素直に受け取り、謙遜は多くても1会話に2回までほどにとどめる。謙虚も過ぎれば相手を困惑させるし、検挙のつもりが相手の好意を踏みにじる失礼ムーブになっていることを自覚したほうがよい。また、否定ばかりしていると、否定した本人にネガティブなイメージもついてしまう(今更多少嫌われたってどうってことない、という自嘲はやめよう)。
もちろん私のような濃いアスペ人間は、言葉を額面通りに受け取りすぎて事故ることもあるためある程度の謙虚さは必要なのだが、せめて、誉め言葉を口に出して否定するのはほどほどにしておくのが吉だ。
やはり生兵法は大怪我の基である。本気で悩んでいて、改善したいと思っているなら、こんな素人の放言だけ読んで済ますのではなく、専門機関を頼ったほうがいい。
友人や家族に苦しさを吐き出すのも手ではあるが、(こんなにしてもらっても返せるものがないからしてはだめだ)という対価システムが働いて全く話せないか、逆に負担をかけすぎて共倒れになる可能性が高い。
医師相手にもコミュ障発揮してしまう人は少なくないだろうが、向こうはプロである。(こんなこと言ってお医者さんは困るんじゃ……)と思える程度の人間ならば、もっとすごいのを向こうは普段から相手にしているため、まったく負担にならない。気負わずに吐き出してほしい。
前回、「最後に」を「最"期"に」と誤字していたせいで、何人かに「お前……消えるのか?」と突っ込まれてしまった。推敲不足で申し訳ない。自戒も込めて、あえてそのままにしておくことにする。
また、最初の増田は漫画から起こったムーブメントを主体に書いたので同人女界隈と言っていたが、対価システム事故は古今東西老若男女問わず起こりうるものである。女性差別目的で書いたものではなかったのだが、改めてここに明言させていただく。
おすすめいただいた小説「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」はさっそくポチらせて頂いた。好みに刺さり、かつ余裕のできたときに書かせていただきたい。
私からはこちらの「謝るクズと赦すバカ」をおすすめさせていただく。https://www.youtube.com/watch?v=1bbjwz3drJw
今回で、経験と推測から書けることはだいたい書ききったと思うので、ひとまず対価システムについて論じるのはひとまずこれで最後とする(感想や悲鳴を見て、またひょっこり書きたくなったらご容赦願いたい)。
まず適当にフェミニズム的な主張をしている人のツイートをパクってベースにする。
一部改変してツッコミどころを与える。主語をデカくする、作品を曲解する、法規制を当然視する、性犯罪との因果をほのめかす、辺りがオススメだ。
するとオタクがわんさか釣れる。タイミングや運もあるが、100以上のリプライが来る。
酒をチビチビ飲みながら、釣れたオタクのプロフィールやしょうもないツイートを眺める。大抵ツッコミどころ満載穴だらけのことを言っているので、気が向いたらリプライで論破する。
一応ブロックされたら成功なんだけど、こっちが楽しんでいる間にはそこまでいかない場合も多い。次の日の朝に通知がきてもしょうがない。ちょっとそこは難点。
だが、オタクはそうじゃない。
「面白ければなにをやってもいい」
面白さの絆は、お仕着せのお題目なんかじゃ到底考えられない強度を持つ。
「あれをするな」「これをするな」
世の中の正しさを振りかざす人たちは、いつだってそんな調子だ。
そういった人たちの不寛容が、世の中をつまらなくしていくんだ。
面白さを分かろうともしない非オタクはオタクにとっつきにくいところを覚えるかもしれない。
非オタクは面白さを取るに足らないものと思っているから、そのことがわからないんだ。
オタクの世界は、面白さを追求した生活をもう半世紀ほど送ってきたんだ。
だからオタクと非オタクの間には面白さという点でかなりのレベル差が生まれてしまった。
オタクの面白さが曲解されるのは、もしかすると、そういったレベル差が原因なのかもしれない。
あるいは柔軟さを失った老いた脳がオタクの面白さを拒絶するのかもしれない。
オタクは本質的な意味での面白さを見極める天性の才能を持っているんだ。
だからオタクは市民権を得ることができたし、その勢いはとどまるところを知らない。
敢えて言い切ってみよう。
実害のない言葉が繊細ヤクザにより本人ともども「差別」のレッテル張りをされている。
ひとたびレッテルを張られれば、もはや人権は無視される。曲解された被害者にもかかわらず謝罪と反省を強制され、言いたいことははく奪される。他方平時の差別被害者は決して救われない。ただ被害者が増えるだけ。
ところで繊細ヤクザにも色々種類がいる。かなしい経験からヤクザになってしまったもの(ハゲいじめをされまくって言葉に敏感になってしまったとか)、ただ人をぶん殴りたい欲求を解消しているうちにヤクザ堕ちしてしまったもの、自分の発言の矛盾を補うために少しずつヤクザに身を窶してしまった者などなど。