はてなキーワード: 伏線とは
「ワンピースはドラゴンボールを超えた」という人もいるけど、ちゃんちゃらおかしい。
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もちろん今のところ、ワンピースの人気は高いけど、それはただ流行っているというだけ。
どうせ連載が終わったら、「ワンピース?ああ、そんな漫画もあったな」という感じになってしまうよ。
連載終了後も根強いファンがいて、ゲームやグッズが発売され続けるドラゴンボールにはぜったいなれないと思う。
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ある漫画がロングセラーになれるかどうか、これを決めるのはみんながその漫画を何度も読み返すかどうかにかかってる。
もし読み返されなかったら、すぐに忘れ去られてしまうだろう。
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アニメ「イカ娘」は2期が製作されたのに、「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」はされてない。
まあ、作ってもよかったんだろうけど、もし俺妹2期が放送されたとして、イカ娘2期の場合と同じ高さのテンションでそれを迎えられる人って多くないと思う。
「ああ、そういえば俺妹とか、あったなあ」という感じだろう。
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俺妹の1期放送中は各話を何度も繰り返し観た人も、いざ最終回を迎えた後では、俺妹に対する興味が失せてしまった、という人は結構多いはず。
たまに観返しても、「あれ?こんなアニメだったっけ?もっと面白かった気がしたが・・・。」といった違和感を覚える。
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この原因は、そもそも俺妹というアニメが「最終回が気になる」タイプのアニメだったからだ。
視聴者は、「主人公と妹が仲良くなれるか??」という緊張感を最終回までずーっと引きずってきた。
しかしいざ妹が素直になったのを観ると、その緊張感は消えてしまう。
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むしろ近年まれに見る傑作だった。
ただこういう種類のアニメは、最終回後に観ると面白さが半減してしまう。
「ペリーヌ物語」なんてのも好い例だ。
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逆にイカ娘は、緊張感がぜんぜんない。
しかも各話独立のため、1期全体を通した一貫性というのも無い。
だからみんな、純粋に1話1話が面白いという理由だけでイカ娘を観ていたはずだ。
こういうタイプのアニメというのは、放送が終わっても何度観ても面白さは変わらない。
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基本的に、俺妹のような「最終回が気になる」タイプのアニメは、最終回が終わった後は忘れら去られることが多い。
ただし例外的に、最終回が視聴者に欲求不満を残すような終わり方をするアニメは、何度も観返される。
たとえば「あしたのジョー」。
あるいは「エヴァンゲリオン」。
こういうアニメは最終回を迎えた後も「いつも心のどこかに引っかかっている」ということになる。
だからみんなふたたび観る。
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2つ目の例外として、「まだ続きがありそうな終わり方」をした漫画は、何度も読み返される。
たとえば「スラムダンク」。
もしこれが「桜木が全国優勝して終わり」とかだったら、読者はみんな心から満足して、その漫画のことをきれいさっぱり忘れたはずだ。
あるいは「ドラゴンボール」。
悟空より強い敵はまだまだたくさん出てくるんじゃないかと思わせる。
鳥山明さまの終わらせ方は本当に上手いと思う。
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さて問題のワンピース。
読者は「いったいワンピースとは何だろう?」と気になりながら読んでいる。
そしてシャンクスとの再会も気になるところ。
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こういうありったけの伏線を張っておいて、いざ最終回を迎えてすべての伏線が回収されるとき、その満足感は計り知れないが、逆にその分だけ、えらく気の抜けたことになってしまう。
だからふたたび読み返そうにも、「ああ、ひとつなぎの大秘宝ってのはつまり4つの〇のことなんだよね。」などとわかっていたら、面白さ半減もいいとこだ。
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みんなの中にはこういう反論があるかもしれない。
「私はアラバスタ編は何度読んでも泣けるよ」という人が。
しかしそれはワンピースという漫画がまだ「終わっていない」からだ。
しかしいざ終わってしまえば、「過去の漫画」になってしまうだろう。
それがワンピース。
http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1
むちゃくちゃ同意。
人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211 でも見れば一発で分る。
世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。
というか、本当に
・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」
・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう
こういう人多い。
で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。
私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。
はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。
上の記事のような、ユーモアやアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。
多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。
ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。
ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。
ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。
その理不尽な現実はますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。
頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。
そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。
特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。
ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。
とにかく泣く、怒る、やばいやばいと黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。
自殺しないで生きていくためにはこういう必死の努力が必要なんだろう。
そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。
命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。
でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルールに適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。
日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。
意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。
そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い
うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。
追記
だから、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。
H×H単行本はシリーズ累計5500万部でていてケータイ小説のトリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ
系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪
ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。
あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。
私が言いたいのは、「ただそこしか居場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。
必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になります。キャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。
分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。
これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。
形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?
・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。
ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう。
単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。
その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。
追記2
反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248
彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。
私はこれからも岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います。
今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。
そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマを提供していきたい。
最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。
あと非常に悲しい誤解があります。
またぼくの悪口がはてなに書かれていた。
私は岩崎さん個人は大好きですよ。
起承転結があるとか、広げた風呂敷を畳むとか、伏線は大体回収するとか、基本的なところをクリアしたエンターテイメント小説だけ集めたレーベルを作って欲しい。
本好きではあるけど、もやもやっとした読者の想像に委ねるような話は苦手なので
アニメ、電脳コイルがBD-BOX発売記念で無料公開をしていると聞いて見てみた。
なかなかはまって、あの世界についていろいろ思いを馳せたりしたので整理してみる。
ネタバレ前提なので嫌な人は帰るか今なら間に合うから本編を見るのがオヌヌメ。
※1-13話が5日の正午まで
14話以降が11日正午まで
以下ネタバレ含む長文
今回本編を見るまで電脳コイルで知ってることといえばメガネの子供たちが出るアニメで、
なにやら近未来っぽい雰囲気というくらい。面白そうという印象はあるにはあったが、
金を払ってまで見ようという程の興味はなかった。無料だし見てみるかってレベル。
メガネをかけた子供たちが現実と仮想の入り混じった世界で日常を派手に暴れまわる。
話が進むにつれ伏線らしきものがいくつも出てくるのが次の話を見る気を起こさせて
くれるものの「早く次が見たい!」という気分には全くなれず。
登場人物は個性的なのだが、こちらがワクワクするような強烈なキャラクターが見当たらない。
ヤサコはもちろん、一匹狼イサコは厨二病持ちにしか見えないし、地元っ子たちは馬鹿ばかり。
不思議な電脳世界の描写は面白いが、けっこう危なそうなのに大人は無関心なのに違和感。
メガネの修理代をお年玉換算したり、ごっこ遊びを仕事と呼んだりするのは子供らしさが出ていて好印象。
何話か見たあとで、どうして気分が乗らないのか考えてみて、
登場人物の行動やその動機が抜けていて、そのくせ失敗にまるで懲りず、真面目にバカを続ける様子が滑稽だからか?
という一応の結論を出した。
怪しげで危険そうな道具を買っては、不毛な争いや、探偵ごっこを繰り返す。
メタバグ、メタタグ、イリーガル。説明でどういうものかは理解できても子供がなぜそれに並々ならぬ情熱を注ぐのか?という動機がいまいちはっきりしない
そのため、どうも彼らのテンションに乗り切れない。
心が動かされた回数は片手で数えられるほど(世知辛ぇ…!)。
物語は夏休みが始まり、合宿の肝試しを舞台にした戦いが繰り広げられた。
イサコがイリーガルを捕獲吸収!ハラケンの過去!謎の数字4423!
だからぁ!得体のしれないものに熱上げ過ぎだぞお前ら!…置いてきぼりな僕を尻目に物語は加速するっっ!!?
イリーガルの魚…( ´_ゝ`)フーン(テクスチャ食って巨大化したら何なの…)
ここまで11話、日を跨いでいるとはいえ5時間以上…僕の頭は悶々とした気分に満ち満ちていた。
そして12話。予想外の形で、その悶々ダムが決壊した!それは放流という秩序めいた開放ではなく、事故的で唐突な決壊だった。
懲りないイリーガル探し…(ダイチ/ウンチには笑えるようになった)。
ダイチ父「ボッサボッサだったぞおおwwがははwww」( ´_ゝ`)
登校日『髭エエエエェェェェ!!!!』( ´_`)ソウイウ ハナシネ
全員感染( ^ー^)デスヨネー
ΩΩΩΩ<よ、余計なもん作ってんじゃねぇええ!!( ^∀^)ワロタwww ← テンポの良さに押されつつある
※ここで初めて経過時間をチェックした…内容濃すぎだろ!
ヤサコ「私はもう宇宙計画よ!」「あとちょっとでロケット-」ダム決壊(゜∀。)ウヒャヒャヒャヒャ
子供のセリフは今までにないくらい重いのに髭で台無しなのが可笑しい。
今まで蓄えた笑いを解放するかのように笑った!と同時に笑いとは別の充実感があった。
締めはまぁ普通だったが、この話のお陰でようやく視聴態度を体が理解した。
間違いなく神回。
12話の髭騒動でようやく初めて満足感が得られた。
リズムよく斜め上に展開するストーリーは間違いなくここまでで随一だ。
しかしそれとは別に子供の成長がわかりやすく描かれていることが、今までの話で蓄えた僕の苛立ちを解放してくれたようだ。
それを見ていてスカッとした側の気持ちとしては
「おぅ、ようやく賢くなってくれたじゃないか!」といった感じ。
頼りなくて何も出来ないと思っていた子供が見せた成長への喜びとでもいうか…。
続く13話を不思議と楽しく見終えた時、再び似たような気分になり、現実の親心ってこういう感じかもしれないなんてことを思った。
子供は大層に「仕事」なんて言いながら、てんで価値のないことに熱を上げている。
それを見て大人は馬鹿らしいと感じて、はじめのうち叱ったのかもしれない。
しかし冷める気配を見せない熱意を目の当たりにして、勝手にすれば?と
黙認という名の降参をし、以後は最小限のおせっかいをのぞき、無関心に転じる。
そんな毎日のなかで子供は自分の世界を必死に駆けまわり、大人が無駄と信じて疑わない仕事のなかで知らず知らず賢くなる。
同時に大人の気づかないレベルで心も豊かになっていく(僕の中での1-11話)。そしてある日突然、大人の目にも分かる形で驚くような成長を見せつけるのだ(12話)!
僕は今まで大人の目線で子供の世界を見せられ続けていたのだ。そりゃ面白くなくて当然だ。
大人はあまりメガネを使っていないか(作中の描写や、フミエが花屋を見てメガネ持ちだわというセリフ)、
電脳空間には無関心のようだ(関わるシーンがない)。
メガネで見える電脳空間でいきいきと走りまわる子供は一見とても危なっかしく見えるのに
先生や親、周りの大人はほとんど感心を払わない違和感は終始ついてまわっていた。
この関係が現実を生きる大人と子供の距離感によく似ていると感じるのは僕だけではなかろう。
そこまで考えると、この作品の「メガネ」やそれを通すことで見える世界は「色眼鏡」という言葉と似た意味の
子供と大人の見える世界の違いを示しているのではないか。という考えに至った。
メガネの役割がわかった所で、そこから見える世界と一般的な子供時代らしいネタを試しにヒモ付けしてみよう。
| 電脳霧 | 空き地や廃墟は好奇心を刺激する |
| メガシ屋 | 言わずもがな |
| メタバグ | 子供たちの流行アイテム。大人にはガラクタのようにしかみえない |
| メタタグ、電脳ツール | 子供の遊び道具や遊び方 |
| サッチー、キュウチャン | 怖い近所の大人 |
| イリーガル | 野生の小さな生き物 |
などなど
そんな見方でストーリーを思い返すと、ヤサコが引越し先の遊びの文化を全く知らなかったのを、
最初はネットワークも発達してそうなのに独自の文化が形成できるんか?と思ったことも間違いだったとわかったり、
オバチャンなんて近所にいる面倒見のいい年上のお姉さんまんまじゃないか!とか、
大好きだった空き地が突然工事で入れなくなった時の気持ちとか、
近未来っぽいあれやこれにノスタルジーな要素をいくつも見出すことが出来る。
序盤に不満としてあげた要素もけっこう説明がつくんじゃないかな?
13話見終わってようやく本質に気付いた…遅すぎの部類だろうな。
最初のナニコレツマンネという大馬鹿な勘違いへの戒めで書いた。ホントどんくさくてすんません。
電脳コイル、かなり味わい深い作品でした。子供と大人とじゃ楽しみ方がてんで違う作品だ!
後半はどうなるんだろう?10話までに様々な謎が生まれ11-13話でイリーガルが
取るに足らないバグではないという流れになった。後半でどのようなドラマが
繰り広げられるのか全く想像はつかないが、楽しみ方を理解した上でみることができる残りの話がただ純粋に楽しみだ。
時間をかけて一話ずつじっくり楽しめたらいいな!
だいぶ長くなった。思いつくままなので冗長になるのは仕方ないにしても長い。
見て過ごしてしまった増田さん!いるかなぁ?少しはお役に立てていれば幸いです。
後半を見ても、今回のようなビックリはたぶん起きない気がするので
こんな長文はこれっきりでしょう。おしまーい。
アニメ化するらしいので放送見る前に原作読んどこうとおもって2巻まで買って読んだ。
それなりに人気がありアニメ化までするぐらいだからおもしろいんだろうなと思ってた。
しかし読んでみるととても驚いた。
まず全体を通して短編。
4コマ漫画を読んでいる気分になった。
短編で8割が会話なのは小説というより脚本か何かに近い気がする。
そしてラノベといえば鬱陶しい程の言い回しが特徴だとおもうけどこれは逆に直球すぎる。
心情描写とかない。会話が続いて誰がどうしたといった状況の説明で終る。
2巻まで読んだ感じだと最後にちょっろっと伏線的なストーリーも入っている事から作者は狙ってやってる感じがする。
ドラマもないしカタルシスもない。いかにもヤオイ的文章だと思う。
これがどう調理されるのかアニメが楽しみだ。
1ヶ月に1度くらいのペースで巡回している某Web漫画について。
中身が更新されていたのだが、新規キャラクターが10人くらいぞろぞろと出てきた。
正直、一気に出過ぎな気がする。
これだけのキャラクタ、本当に扱えれるのか?
収拾つかなくなって「俺たちの戦いはこれからだ」もしくは「みんなそれぞれの道を歩みました」的な展開で終わるのは勘弁してほしい。
まあ、フリーで公開してくれている漫画なんだから、あれこれ文句つけるのが間違いで、「嫌なら見るな」の一言で済まされるのかもしれない。
でも、見る側としてはストーリーの伏線が投げっぱなしで終わられると、夢オチにされたような脱力感を覚えるのも事実。
以下、最期ががっかりだったフリーの作品。匿名とはいえ、名指しで言うのは憚られるのでどんな作品かを書く。
web漫画A:
主人公はある日突然何者かに殺害されるが、赤ん坊に生まれ変わる。第二の人生を生きる傍ら、どうして生まれ変わったのかなどの過去を調べたりしていったのだが、突如のハーレムエンド。生まれ変わりについては断片的なことしか明らかにされず。特に主人公の分身的な存在に関しては、ほとんど何の説明もなし。
脱出系ホラーゲーム。主人公は幼女。家の中を捜すと自分や自分の家族が殺されたことになっており、混乱する。
結局、幼女は本当の幼女ではなく幼女の記憶を部分的に引き継いだ妖怪だったというオチなのだが、じゃあなぜ幼女や幼女の家族が殺されたのかがはっきりしないまま終了。演出もホラーゲーム特有の恐怖を煽るものがある一方で、ポケモンフラッシュのようなプレイヤーの健康に直接影響を与えるようなものも多用されており、最期のオチのがっかり感をより深くさせた。
・読んでも内容を理解できない、理解したつもりになる
・理解できたとしても、微々たるもので、十全に理解したとはとてもいえない
・前のページに書かれていた事を忘れる
・伏線が張ってあっても、気づかないので後で回収されても分かっていない
・読み終わるとすぐに登場人物の名前や台詞や内容を思い出せなくなる
・大筋はぼんやり思い出せるが、人に説明はできないし、細部はすっかり忘れている
・面白く感じたとしても、面白かったという印象だけしか残らない
・そもそも何が面白かったのかが説明できない
・感想を聞かれても、「面白かった」「つまらない」の二つしか言えない
・こんな自分に嫌気が差して「自分って馬鹿なのでは?」と自己嫌悪に陥いる
・他人が書いた優れたレビューを読んで「俺ってぜんぜん読めてない・・・」と劣等感を抱く
http://anond.hatelabo.jp/20110810122334
という記事を書いたらこういう情報をいただきました。
岩崎夏海「小説の読み方の教科書」 http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refBook=978-4-267-01885-5
『もしドラ』以降、事実上初の岩崎夏海氏の書き下ろしは、「小説の正しい読み方」の指南書。 NHK総合「課外授業ようこそ先輩」(7月9日放送)でも反響を呼んだ、「『もしドラ』流 読書術」のエッセンス。 「小説は、正しく読めばこれほど助けになるものはありません。 ぼくはこれまで、ぼくを生かしてくれたものは何かと問われれば、 まず真っ先に『小説です』と答えてきたくらいです。 ぼくは、小説を読み、そこから学ぶことによって、 これまで成長を果たしてきました。」(著者あとがきより) (目次より〔予定〕) 第1章 ぼくの読書遍歴 第2章 ではなぜ小説なのか 第3章 小説の歴史 第4章 なぜ『ハックルベリー・フィンの冒険』なのか 第5章 『ハック』の読み方(ストーリー編) 第6章 『ハック』の読み方(キャラクター編) 第7章 『ハック』の読み方(テクニック編) 第8章 小説の正しい読み方
タイトルだけ見て大爆笑した。
最近久々にブログでこういう事書いたと思ったらこれの伏線だったわけか。
『もしドラ』を出してからというもの、世の中には小説の読み方が誤っている人、知らない人が多いということにも気づかされた。特にネットの世界では、誤った批評というものが数多く見受けられた。そうして彼らは、その誤った読み方ゆえに、肝心の面白さを見逃してしまっているのだ。
それが、ぼくにはとても「もったいないことだ」と思われたのである。小説も、正しく読めば、今よりずっと面白さを味わえたはずなのに、それをみすみす見逃してしまったのでは、お金も時間も損である。
そこで、そんな人が少しでも減るように「小説の正しい読み方をレクチャーすること」は、ぼくの一つの使命なのではないか――と考えるようになったのである。そうして、「小説を少しでも面白がれる人が増えれば、それは一つの社会貢献になる」とも考えるようになった。
やねうらおさんに思い込み激しいと言われて踏みとどまるわけはなく、むしろどんどん加速していってるハックル△。
どこでクリティカルを突破してグラウンド・ゼロに到達するのやら。これからも目が離せない逸材です。
ちなみにテレビ関係の人というか、手順を踏んで商品発売前に人を集めたり種を蒔いておくのは上手だわ。
逆に考えると、直前にあんまり人集めをしてなかった「エースの系譜」については
売れなくてもいいから彼が言う「正しい読み方」をしてくれる人にだけ読んで欲しかったんだろうかと考えるのはちょっと贔屓目かな。
2 ***が出来ないと問題だ、可哀想だと煽る。○○の話題に人を集める
3 人を集めた段階で***の問題がきになるあなたにこんな商品ありますけどどうぞ、と提示する
4 1~3の流れを商品ありきのヤラセ=3から遡って問題をでっちあげ、ではなく心から困ってる人のために準備しました、という演出を行う。
(客からすればお買得価格が大事なんだけれど、あれも「お客様と私の中ですから」というアッサラーム的な演出でお客さんのいやらしさをフォローするのが大事)
1~4をタイミングよく行っていくことで、商品の品質のチェックや、他の商品との比較が行われる前に短期間で売り切るのがポイント。
ちなみにこれ私が考えたわけじゃなくて、「秋元康の仕事術」とかいうタイトルの本を立ち読みしたときに書いてたのでたぶんAKBもこの方式でやってる。
んで。
ハックルさんの強みは天然で4ができちゃうところなんじゃないかと。
僕らはハックルさんのことをよく知ってるからあんまりピンとこないかもしれないかもしれないけど、
ハックルさんの言動って、あんまり彼のことを知らない人が見たら、ネタなのかマジなのか判別が難しいところだと思う。
「よく知らない人」にはなんだか真面目そうだしいいんじゃない?って思わせられる。
これは今のやらせ臭さがプンプンするぜぇーなテレビや出版業界ではとってもイケてる性質じゃないかと。
実際4のみせかけの部分を「CSRマーケティング」とか言って売り込んでる業者さんに遭遇したことあるので結構大事だと思うんだ。
こういうところは素直に見習いたいけど、見習おうにもこの人の人の話聞かない&周り見えてないっぷりは真似しようと思っても真似できないのがツライ。
ハックルさん次は「真摯マーケティング~ドラッカーが教えてくれたビジネスで一番大切なこと~」とかの本を出さないかなー。
この人のいう真摯って私の思ってるのと違うんだけど、彼がこの言葉をどう捉えているのかすごい興味があるんだよ。
ちなみにこの本は11月発売だそうです。
この本も私が買って、笑えるところは皆さんと共有する予定。
読むのめんどいけど読まずにハックルさんをDISるのはちょっと気がひけるという方は買わないでしばらく待っておいてくださいね。
闘争だ。いまは闘争の時代なんだ。学生運動とか、安保闘争とか、運動母体が負け続けてきた闘争がまた激しく再燃しかけているんだ。
人々はインターネットを介して集う。演説は、なにも集会で行う必要がなくなり、どこであってもいつからでも、聴衆になることができて発言者になれる。
不鮮明な熱量は確かに大きくなり続けて、いつの日にか火山みたいに噴火するのかもしれない。大きな大きなうねりになれば、何かが変わって勝つこともできるのかもしれない。
運動母体が得る始めての勝利。仮にそれが実現したらどういう状態になるのだろう。勝者は敗者を虐げ、新たな秩序を打ち出すことができる。権力者になることができる。
もし運動母体が大勢に打ち勝つことができて、その後権力を握り得たとして、その権力を行使する主体は誰になるのだろう。
広がりに広がったネットワーク媒体だろうか。それとも旧来どおり中枢をなす人物たちによる統制なのだろうか。
侃々諤々としたネットワーク上の民意による体制が築かれたとしたら、なんだかSFっぽいなあって思う。
もちろん、個々人の判断を礎に据えているとは言え、その総意としてまとめ上げられた一個の意見が――とかなんとか考えたけど、法律も似たようなものじゃないねえ。
神様が生まれるかと思ったけど、そんなことなかった。いや、それとももうすでにたくさんの神様がいると考えてもいいのかもしれない。
違うか。ファジーなプログラムがあるだけか。超高性能なコンピュータマシンが、無数のプログラムを起動させているだけなんだろうな。
仮想現実。マトリックスの世界観。少し違うのは、コンピュータを形成しているのがその中で蠢いている無数の意思であることか。
私たちの総意で汲み上げられた倫理なり良識なりに、私達自身が縁どられて生きている。個体を律して、安定を育む。度を越すと、それらに縛られてしまう。
不思議な感じだ。同調圧力とか、空気を読むといったこと。あるいは偏見とか、典型的なものの捉え方というものを想像すると、無機質な無生物によって個人が支配されてるような気がしてくる。
法則と呼ばれるようなものって、だからやっぱり神様に近いなあって思う。神様の残り香見たな。そういうものによって私たちは支配されているし、自然だって規制されてる。
すごいなあ。でも、いつか根本的に常識を覆してしまうような、例えば星を継ぐものにあった大々的な発見があれば面白いなあって思う。そういうことがあってほしい。
ところで、星を継ぐものに書かれてた、新たな化合物の発見って、どこで回収される伏線なんだろう。あれだけ気になる。どういうことだったんだろう。
アクセル・ワールド8巻がとても面白かったのですが、未解決の伏線が多すぎてよくわからなくなってきたのでまとめてみました。
同じ作者さんのソードアート・オンラインも含めて思い切りネタバレしてますので、未読の方は注意です。また、多分に私の推測を含んでいます。
4巻で「フルダイブを実現したヘッドギア型VRマシンが開発されたのは2022年の5月」という記述があるが、これはソードアート・オンラインの世界でナーブギアが開発された時期と完全に一致する。ということで、作者がこの二作品に何らかの関係性を持たせようとしているのは確かだと言える。
あくまでも別の作品なので、ソードアート・オンラインの方のネタバレになってしまうようなことは書かれないと思うが、今後も分かる人にはわかる、というレベルの繋がりは出てくるかもしれない。
「あの花」最終回、もやもやするものが溢れてきて最後まで見れなかった。
誰が好き、誰が振り向いてくれない、理解できなかった、理解できた。
恋愛感情のあれこれを真っすぐに出しすぎなところが、もう無理。
録画を一時停止しながら、ゲームして気持ちを切り替えながら見てたけど、つることあなるのやり取り見てる途中で消してしまった。もう一度見返すこともないだろう。
もうすぐ30歳にもなる傷だらけの心に、傷が一つ増えたところでなんも感じないから、チビハゲキモイと罵倒されても、優越感ゲームのために馬鹿にされても、誘いをむげに断られても笑って流せるけど、あのやり取りは無理、逃げ出したくなるし実際逃げたし。
スポーツとか勝負事に関する嫉妬とか悔しいとかは理解できるし一緒に泣けるんだけどなぁ。
まともな恋愛してない年齢=童貞だから、逃げたくなるんだろうか?
好奇心からいろんなことにワクワクすることはあっても、人間関係で感情が高まることに年齢的にももう耐えられない。25くらいまではわりとそれも楽しめたのに。
伏線はあるし、キーワードに謎解きめいたものがあるから、そういった面や世界観的には面白い。
キャラクターもわかり易い個性付けされてるし、絡み合う人物相関も明かされる内に一喜一憂する。
が、面白いと思うけど、一番面白いというわけでもないのは王道漫画の読みすぎかも。
そして泣けるかどうかが非常にネック。
キャラに感情移入しているか、シチュエーションや個々のツボ、感性感受性によるから、泣ける人は泣けると思う。
が、どうもワンピースにおいては世界観萌え要素が強いせいか、キャラ達の織り成す物語も歴史書を読むような、
例えば目の前で太平洋戦争の資料映像を見せられても、資料と見るかドラマとして見るか位の違い有。
仲間とのシーンのヒロイックな場面が泣けるんだろうけど、仲間との王道たるヒロイック性に燃えないとも言う。
男の散り様とか、男がさりげない中で愛を告白するとか、ドリーミン過ぎるけど
女なので、タッチやめぞんみたいな正統派もうるっとくるし、異色所ではGOD SAVE THWすげこま君のラストも。
漫画は正直巻数が多いから薦めない。というか長編物は読むのに覚悟が居るからワンピース以外でも安易には薦められない。
何編が面白い?そこだけ読むと言われても、話が繋がらなかったりするから嫌な質問。
そもそも私自体、60巻越えで覚悟の大人買いでワンピースに着手した位のワンピにわかだし、大変。
・夏への扉
この作品は言わずと知れた海外SF小説の名作だねー。最近自分の中でSFがブームなんだけど、読んでみてすごく良かったと思った。
はっきり言って始めは退屈だったけど、中盤以降の盛り返しがすごい。最後は爽快な気分に慣れたから、エンターテイメントとして高得点だった。
ピートは可愛い。リッキィも素敵な人だ。ただ主人公の精神的というか、即物的なロリコンへの耐性はどうなのよって思うなあ。
兼ねてよりそう見ていなかったとしても、やっぱりねえ。ダニィさん、そこんところどうなのよ、ねえ。
・隣の家の少女
かわってこちら。イギリスの絞首刑執行人が書いた、悪夢のような一冊だねー。まとめブログで欝になるとか後悔するとかの一冊としてよく上がってる。本当にそのとおりだと思った。
正直言って、この本のレーティングはR18クラスなんじゃないかな。ホラー小説というよりも、もっとグロテスクで内蔵抉るような嫌悪感に満ちていたよ。
始めの方こそ牧歌的な青春ものって感じの内容なんだけど、臆面も無く表現された凄惨への伏線がいい意味で嫌な感じだったなあ。
実際嫌な後味が残ったし。
でも、一度は読んでみるといいと思う。邪悪を具現化したようなかの女子高生コンクリート詰め殺人事件の捉え方も、ちょっとだけ変わるかもしれないね。
最後はこれ。完璧な趣味で選んでみた。川上弘美の文章はときどきすごく読みたくなる。あの空気感が素敵なのです。
まあホラーとSFとラノベとを読んで、少し文学っぽい物語に触れたかっただけってのもあるんだけど。
落ち着いたレディースコミックって感じで、安心して読めるよー。唐草模様の物語って感じなんだな、これが。
うん。すごく伝わりづらい。なんていうかね、綺麗な水がひたひたと満ちていくような読後感があるんだー。
この他にも小川一水とか貴志祐介とか恒川光太郎とか中村航とかの著書もいいよー。
黒野伸一とか五十嵐貴久とか有川浩とか梨木香歩とか加納朋子なんかも素敵だと思うなあ。
雨の休日は読書に最適だよ。湿っぽい匂いと紙をめくる音とが心地いいだねー。
さて、次は漫画の紹介だよー。手軽に楽しめるのが漫画のいいところだと思うんだけど、どうなんだろう。
まだ一巻しか出てないクイズ漫画だよー。ゴールデンタイムにやってるような奴じゃなく、競技としてのクイズをテーマに据えた作品だよ。
この作品の面白いところは、その焦点もさることながら漫画としての構成にもあると思うんだ。
王道的なストーリーテリングを無理なく無駄なく簡潔に描ききってるからすごく読みやすいんだよねー。この上手さは夢喰いメリーにも通ずるところがあると思うよ。
続刊に期待が持てる、熱いクイズ漫画になんだよねー。この作者のもえタイも一巻完結ものでおすすめだよ。
昨日二巻が出たみたいで、なんか完結してた漫画。なんとなく目についたから一巻と合わせて買ったんだけど、すごく良かったよー。
はっきりいって表紙を見て安易な萌えものかと思っちゃったんだけど、どっこいかなりシリアスで温かな作品だった。
独特な世界観はもとより、その絵柄もいい味出してるからいろんな人に読んでみてほしいなあ。
作者はイラストレーターさんみたいだけど、内容も骨太でしっかりしてた。
・繕い裁つ人
本との出会いって不思議だねー。ぱっと手が伸びてしまうんだから。この作品もそんな一冊だった。続き物で、こちらもまだ一巻しか発刊されてないけど、すごいんだよねー。
正直なところ、絵柄はすごく人を選ぶと思う。人物の顔なんて下手だって表する人がいるかも知れない。加えて余白の多さを指摘する人もいると思う。手抜きだとなんとか、無粋なことをさ。
でもねー、この作品はそう言った朴訥としたところとか簡素なところが最大の魅力だと思うんだよね。
読み取りにくい表情や、何も描かれていない空間に、とてもたくさんの情報が詰まってる。読んでるとね、だんだんその距離感とか漂ってる空気みたいなものが、濃密に溢れてくるんだー。
こいつはすごい作品ですぜぃ。静謐で穏やかな読書感に浸れると思うよー。
・午前3時の危険地帯
現在三巻まで発刊されてる。恋に仕事にって感じのレディースコミックで、でもどろどろした絡みだとか鬱々とした展開のない、変にカラッと乾いた漫画になってるよー。
この人、表紙が素敵なんだよねー。もちろん内容もいいけど、髪の毛とかすごい好きな描き方してる。
なんていうか、働きマンみたいにちょっと元気をもらえる作品になってると思うんだー。まあ結構毛色は違うんだけど、本質的に力をもらえるって言うか。
コミカルな描写も多くて、読んでて楽しいのもグッド。同作者の少年少女っていう短編集もおすすめだねー。
この漫画も元気になれるよー。よつばとみたいな感じだけど、また違った良さがあるんだよねー。よつばは元気を発散する中心だけど、先生は元気を周囲と分かち合ってる。
のどかな田舎暮らし、なんて内容じゃないんだけど、すっごく懐かしくて、もう帰れない夏休みのことを思い出さずにはいられない、かと言って切なくもならない、そんな作品なんだなー。
ぼくのなつやすみってゲームを、思いっきり濃口にしたような内容って言えばいいのかな。ぼくのなつやすみやったことないからわからんけども。
すっごく胸が軽くなる作品なんだねー。いや、すっごくってのは言いすぎかもしれんけども。なんとなく笑えてしまう楽しい漫画なんだなー、きっと。
なんかいっぱい挙げたら疲れてしまった。アホだなー。でもまあ自己満足にはなったからよしといたしましょうや。うん、そうしよう。
世の中にはたくさんの本があって、面白い物語が隠れていて、到底全てを網羅することなんてできなくて、そもそも本意外にも呆れてしまうほどにたくさんの娯楽があるんだけれども、そういったことを考えるといつもスゲェって圧倒されてしまう。本屋とか行くだけで、すごくワクワクする。
もうね、どうなってるのこの島は、状態ですよまったく。
他にもいろんな本を知りたいなあ(チラッチラッ
そんなことよりミスドに行きたい。
以下ネタバレあり
一番大きかった変更点はジュドの外見が改造されたこと
ミクロスの出番をジュドが奪ったこと
原作を改めて考えれば、ジュドが言うこと聞かないからって改造して味方にしてしまうというのは
藤子F先生は、良くも悪くも、ドラえもん以外のロボットは物として描いていた
藤子F先生は作中で人が死なないことを気をつけていたとどこかで聞いたことがあるが、
海底鬼岩城のバギーしかり、リルルしかり、作中で人並みの扱いを受けていてもロボットは壊れる(リルルは消滅)ことがある
ただ、改造後一言もしゃべらなくなったあたりはちょっと怖い
リメイクではジュドの頭脳だけは物から人並みの扱いに格上げされた
当然ミクロスは必要なくなったので鏡の世界以降出番がなくなった
ロボットに反応するチョークがなくなったのは、ひよこになったジュドに反応させるわけにいかないからだろう
ただ、外見を勝手に変化させるのもやはりどうかと思うわけで
どうせならボールのまま・・・無理か
一番改変して欲しかったのは、タイムマシンで創始者に会いに行くところ
根本を変えれば今の未来はないはずって、ある意味正しいけれど、魔界大冒険でそれは否定されていた
ただのパラレルワールドとして枝分かれするだけで、なんの解決にもなってない
どうせなら埋め込まれていたロボット三原則を思い出させるコードを聞くとか、そんなんでなんとか
あと、ペンダントぶっこむのはないわ・・・ただのかざりじゃねぇーか
関係ないけど、ザンダクロスを操作するときドラえもんがサイコントローラーで操作していたの疑問に思ったんだけど、
リルルが使っても動かせるための伏線だったんだな、地味だ、気づかなかった
そういう後出しジャンケン設定は考えられるけど、個人的には否定的。
キュウべぇ先生はそんな事はいっていなかったと思う。それは、あんこ先生が勝手な感想を言っただけ。
こうも言っている、なんで、魂の場所にこだわるの?と。つまり、魂の場所を変えた=死亡ではないですよね。
魔法で動かしているとしても、最低限の神経を動かすだけで、あとは身体が自立して活動するわけで(もともと生命体ですから)。それだけで魔女化するほどの汚れがたまるかどうかは別問題なのでは?
逆に、日常生活では 魂は体を動かすために何もしていなかったの?
普通に考えると、通常に暮らしていても、魂は濁っていたはず。魔女は自然発生しえるわけだし。そうすると、自然浄化能力は0じゃないんじゃなかろうか?
多少妥協するとしても、極力魔女を放置する生き方をした場合、積極的に魔女狩りをする生き方と比べて、どれだけ長く生きられるか?という事ではないかと。
そう、これ。普通に生きていても、魂は汚れ、普通に生きていても、魔女化の可能性はあるはず。そうすると、自然浄化能力は0じゃないんじゃなかろうか?
いずれにしろ、魔女と戦わなかったばいいに、魔女化するかどうか?は、推測であって。
コレが重要なことですが、キュウべぇが邪悪であるかのような表現・演出によってそういうリードがされているだけであって、それを証明するに足る事実は存在していない。という事だと思います。
もちろん、魔女化する可能性もあるが、魔女化しない可能性も残されている。
魔女を倒すことは、人の命を救ってもいるので(グリフシードを育てたのは、助けなかっただけで、助長したわけじゃない)
マミさんあたりは、適切に人の命を救っていた。
では、人類は魔法少女に対して何の対価も支払わなくていいの?というのが言えますね。
勝手にとった事がいいかどうかは別として、対価を支払っていないかどうかは別問題のようです。
ものすごく疑問なのですが、通常 こういうケースでは国家機関のサポートが得られ、適切な給料が支払われるべきです。
それがなされないのは、国家のミスであり、国家の怠慢であって、就学中の学生に対価を求めるのは、大人としての間違いであり、彼女たちの間違いではありません。
この世界では、物理現象として魔法を観測できるので、科学者たちに魔法の存在を証明することは簡単であり。
不規則な集団自殺とも相まって、 ある程度の国家機関のサポートを受けるまで、というのは、時間がかかるでしょうが、それに必要な時間キュウべぇは存在していたように思えます。
それに、さやかが毎日食べていると思われる食事も、さやか本人が対価を支払ったわけではなく、扶養されている身であり、かつ本来生活保護を受けられる、親のない子供に対して
言うセリフではないですね。さやかのほうが感情的であり、日本社会の一般常識にのっとった発言とは言いがたいです。
いわゆるグレーゾーン。情状酌量されてしまう範囲に、文句を云っているように思えます。
美樹さやかにとって戦い続けることでいずれ訪れる己の破滅が分かっていても、「人間の犠牲という間違った対価で得たグリーフシードを受け取ること」の方が重いのです。
自己の崩壊を許容することは、見返りを求めない とは言わない。という事です。ロボット三原則と同じですね。
こう言ってはなんですが、学生の身分で、何の対価も支払わず養われて生きてきたことを。つまり、他人の対価で生き続けてきたことを許容しておきながら
ベジタリアンというわけではなく、食肉を食べてきたと思われながら 積極的に奪うのはともかくとして、間接的に対価を得ることを拒否する。
というのは、設定として合理性がある。という訳でもありません。
感情的になっているだけというのが正解ではないでしょうか? 正直、うつ病に見えています。
そうでしょうか?さやかが危険な状態にあることは、まどか に警告しています。
つまり、積極的に 維持しよう・積極的に守ろう とはしていませんが。 反対に 積極的に魔女化させようとか、積極的に魔女を増やそう としているようにも 見えません。
仮に、魔女化させようという悪意を持っていたと仮定しても、ソウルジェム放置では魔女化する可能性は下がりますから回収するでしょうし
魔法少女に対しても、最低限のサポートは見る限り行っていますので(ほんと最低限ですが)回収程度はするでしょう。
あの段階で、せっかく 魔法少女化したソウルジェムを、放置する有意義な理由はないでしょう。
対して、魔法少女同士の抗争は、奪ったソウルジェムに魔法処女が汚れを移すことで汚れがたまり、いわゆる汚れたグリフシードの回収という目的に対して理にかなっているので放置する理由があります。
そもそも死体を魔法で動かしている設定だから、日常生活でも濁っていくはずです。
魔法を使う=ジェムが穢れる、だと思ってたけど8話を見る限りそれだけではなさそうです。
他人を呪うことによってもジェムが穢れる。
今ならそれ、よく解るよ。
そして「穢れ」ない生き方なんてないということが提示されています。
それに、見返りを求めないのと、相手がくれるものを受け取らないのは別問題でしょう。
美樹さやかにとって「他人のために己を犠牲にして戦い続ける」巴マミが神格化されすぎていて(巴マミも「弱さ」を抱えていることを知っているのはまどかだけ)、美樹さやかにとって他の魔法少女は魔女と変わりがない存在なんです。
加えて、「正しく対価を支払わずに得たりんごを受け取らなかった」というのが後々のシーンの伏線になっていると思います。
美樹さやかにとって戦い続けることでいずれ訪れる己の破滅が分かっていても、「人間の犠牲という間違った対価で得たグリーフシードを受け取ること」の方が重いのです。
キュウべぇは魔法少女の戦力を維持しようとか、人間を守ろうなどとは考えていないと思われます。
魔法少女同士の潰しあいを放置している時点でそれは明らかだと思います。(戦力弱体が困ると考えるなら対立を防ぐ契約事項を設けると思います)