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2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170421115303

しろ男性風俗やれと言う人は、女性であっても風俗で働くのに特別良い容姿必要ないと思っているか

同じ感覚で言ってるだけでは

実際容姿いまいちな女性であっても風俗で働くことは十分可能なわけで

若さ必要だろうが、学生の話だから若さがあるのは大前提だし)

ゲイを誰にでも発情する性欲の怪物とでも思っていそうでムカつきます

いやそもそもそういう人は、ゲイヘテロも含めて

男性は誰にでも発情する性欲の怪物」だと思っているのではないか

んでそれは「そういう男性一定数いる」という意味では現実なのでは(全員がそうではないが)

なので増田の怒りのポイントはズレている

ゲイ相手売春する男性の方が、ヘテロ男性相手売春する女性より容姿を求められがちなのは

男性同士なら相手に拘らなければ無料でもすぐセックス相手が見つけられる故に

金を取るなら並み以上を求められるから

ゲイヘテロ男性よりもセックス相手容姿に拘っているから、ではないだろう

これがヘテロ場合女性男性ほどセックスをしたがらないため

ヘテロ男性無料セックスしてくれる女性を見つけるのは困難だから、並みの女性でもセックスで金を取れるわけだ

これが女性相手売春する男性となると更にハードルが上がる為に

女性向けの風俗はほぼ成り立たない(そんなレベルが高い男性など確保できない)わけだし

男性風俗やれという人が理解していないこと

ゲイも選り好みするということを忘れていませんか?

ゲイ性的指向が違うだけで普通男性と同様に相手容姿も気にしま

お金を出して買うなら尚更ですね

そしてゲイ向けの市場というのは小さいです、ヘテロ男性向けの1/10以下といってもいいでしょう

それくらいしか居ないから当たり前なのですが

なので、普通男性がやろうとしても何かしら優れたものがないと難しいでしょう

風俗で働く女性容姿が求められるのに、風俗働く男性に求められないなんてことはあり得ません

より高い条件が課せられます、少数の売れっ子需要が満たせますゲイ同士の出会いの場もあります

なので並の男性お金を出す必要がないのです

もちろん限界まで値を下げれば売れるかもしれませんが、それコンビニバイトしたほうが稼げます

よって安易に男に売りやれという人って、ゲイを誰にでも発情する性欲の怪物とでも思っていそうでムカつきます

誰でもいいわけではないのです、偏見まき散らすの止めてください

女性風俗嬢よりも要求されるハードルが高いことを理解してください

追記

女性向けの風俗はほぼあり得ませんし募集もしていません、見たことありますか?

あったとすればそれは詐欺です、何万円か勉強代として振り込むと良いでしょう

ある程度名が売れて既に客が付いている人でない限りは無理です

キャバクラヘルスソープは分けて考えますので

ホストは対比するとすればキャバクラですのでこれもやはり違います

ボーイ?そんなものが稼げると本気で思っているのでしょうか

一昔前なら名義貸しで裏ビデオ屋の店長という手もあったのですが、今は難しいでしょうし

この界隈で普通男性積極的募集しているところはないと思います、残念ですが需要がありません

雇ってくれと来られても困るので変なことを薦めないでください

2017-04-13

唐突うんこを漏らしたくなる

唐突に、何の文脈もなく、うんこを漏らしたくなることがある。街を歩いているときカフェコーヒー飲みながら本を読んでいるとき、誰かと真面目な話をしているとき、談笑しているとき、何でもない日常の一コマうんこを漏らしたい衝動と戦っている。正直漏らしても何のいいこともないのは理性では承知しているつもりで、お前は何と戦っているんだ状態だが、もはやこれは衝動と言っても良いぐらいの強度で、僕の頭と主に肛門周りを強く刺激してくる。

特に、誰かと会話しているときに、「うーん、これは」とか「うーん、違うんじゃない」とか、うんこを想起させる発言をされた瞬間が一番やばくて、その瞬間僕の大臀筋に緊張が走る。

そんな衝動と日々戦っていると、自分のこの衝動犯罪者のそれが似ているのではないかと思ってしまうことがある。「魔が差して」痴漢してしまったり、「衝動的に」通り魔をしてしまった犯罪者自分は同じなのではないかと思うと身震いするような空恐ろしさを感じる。

人混みの中で急にうんこでも漏らしたら確実に僕は異常者扱いされるだろう。それが、「我慢したんですが便意を耐えられずに」であればある程度仕方がないとする向きもあるだろうが、「排便衝動に耐えられなくて積極的に」だと完全にアウトである

自分のこの衝動を見つめ直して見ると、「今、誰も俺がうんこするなんて思ってもいないだろうな」と感じる場面で特に便意が強くなる気がする。日常感が強ければ強いほどその欲求高まる。おそらくだが、大層に言えば、予定調和からの脱却欲求があるのだと思う。つまり相手の裏を掻いてやろうという気持ち、といったところか。

宮台真司がかつて喝破したように、我々は大きな物語喪失し、終わりのない日常を生きている。その日常の断絶という物語を生む道具が私のうんこなのであるうんこによって日常は非日常と化し、そこから新たな物語生まれる。もちろん、僕個人物語が大きく変わるだけで、世界は何も変わらないだろう。でも、少なくとも誰かと朗らかに談笑している途中に僕が唐突うんこをすれば、その日は僕の人生の大きな変化点になるに違いない。それが僕にとって良いことか悪いことかは分からないが、僕はそうなるのを心のどこかでは期待しているのかもしれない。

からクーラーボックスに入るコンビニ店員やおでんつんつんするユーチューバーを見たときはよく分からない親近感と憧れに似た気持ちを感じたものである

なので、彼らのニュースとその後の炎上を目の当たりにした僕は他人事とは思えなかった。もし僕が彼らに先んじて渋谷ホコ天うんこしていたらきっと僕も彼らと同じ目にあっていたに違いないからだ(大阪なら何事もなく許される気がする)。逆に言うと、彼らを親の仇のように批判していた人たちはああいった愉快犯的な衝動が一つもないということで、それはそれで羨ましい気持ちにもなる。

もちろん、上で述べたことはただの欲求であって、本当にうんこすることは今後もありえないとは思っている。そこが僕と炎上した先人たちの超えられない差と言えばそうなんだろう。だがしかし日常の一コマコマでこれからも便意と戦っていかなければならない人生を思うと、若干暗い気持ちになってしまうのは否めない。そんなときは、老人になったら嫌でもすることになるんだから、と自分を励ましたりしている。

ちなみに、上記衝動と戦う中で一つ気づいたことがある。

おならをすると少し衝動が和らぐということだ。だから、僕は(もちろん相手は選ぶが)時々唐突おならをするようにしている。談笑中に唐突放屁。ごめん、屁こいた。ガハハハハ。といった具合である

うんこ代替としておならというのは分かりやすい。使う部位も一緒なのも良い。そんなわけで、日々どうしようもなくなったときおならお茶を濁しているのだけど、最近どうもおならでは満足できなくなっている自分に気づく。

これらおそらくだが、おならが僕の中で日常化してきているのだと思う。もともとは談笑という日常風景に対するカウンターパンチおならだったはずが、談笑+おならがセットになって僕の日常となってしまったのだ。

これは、影で「おなら野郎」と罵られるという犠牲を払いながらも、うんこよりはマシと放屁をし続けていた僕にとっては由々しき事態である代替品としてのおなら通用しなくなってしまった僕の日常にはもはやうんこしか残されていないのではないか

それだけではない。この事実は、もし僕が忌憚なくうんこをするようになったとしても、それはまた新たな日常の到来を意味しているのである

うんこを超えるうんこ存在とはなんであろうか。

私には一つ思い当たる節があるが、恐ろしすぎてここには書けないため、ニーチェ言葉を転記するに留めておくことにする。

怪物と戦う者は、その過程自分自身怪物になることのないように気をつけなくてはならない」

2017-04-08

倫理観がズレてるなと思う所

http://b.hatena.ne.jp/entry/qiita.com/kotauchisunsun/items/191f2c818813b7ea543e

こういう記事(削除済み)を書いてしまう時点で既に頭がおかしいのだが

ブコメで男女がどうの言ってる奴も大概に頭がおかし

性別がどうのこうのいう問題じゃない

内容のゲスさは顔とおっぱいじゃなく顔とチンコでも変わらないんだよ

特に id:yum1271怪物フェミと戦いすぎて返り血で脳が隅々まで毒されてるとしか思えない

2017-03-31

http://anond.hatelabo.jp/20170331050505

いろいろな意味楽しい

怪物が出てきた時の絶望感とか

あとでネタにできる

2017-03-23

プラネタリウムで見たアニメ

から20年くらい前、俺が小学生ときに、学校オリエンテーション地元少年自然の家に行った。森が鬱蒼としている中を進んで、夜になったらさぞかし怖えーだろーなあと思いながら自然の家に着いた。

そこで何をしたのか細かく覚えてないんだけど、プラネタリウムがあったってのはよく覚えてる。プラネタリウム映像が始まったんだけど、ぼんやりしててよく見えなくてあれ?と思ってたら、街の光や排気ガスを消してみましょうというナレーションとともに星空がパーッと広がっておおおおってなったのは印象的だった。

ひとしきり星空の映像が終わったんだけど、そのあとなぜかプラネタリウムアニメを流すと言われた。どういうアニメか何も知らないし、プラネタリウムで見るなんて斬新で乙だなと楽しみにしていたんだけど、これが恐怖の幕開けだった。

タイトルがたしか『○○と不思議なドア』だったと思う。○○のところに、そのアニメに出てくるクマの子供の名前が入るんだが、思い出せない。

アニメが始まって、そのクマの子供が出てくるんだけど、普通にアンパンマンとかしまじろうに出てくるような二足歩行で人の言葉しゃべってるクマね。たしかそのクマの子が森の中を歩いていたんだ。そしたら、建物もないのに木のドアだけがつんと森の中に立っている。なんかそのドアの模様というかデザインというかたたずまいがものすごく不気味で嫌な感じだったんだよね。そしたらドアがひとりで開いて、クマの子はその中に吸い込まれていった。

クマの子が気がつくと、人間男の子がいて、たしかクマの子が倒れていたので運んできたんだったかな。クマの子は異世界に来てしまったらしい。クマの子不思議なドアに吸い込まれたのは覚えているのだが、そのドアが消えてしまっていてどこにあるかわからない。だがどういう流れかは忘れたが、人間の子のお父さんが、ここから行ったところに谷があって、そこに雷が落ちるとドアが現れてもとの世界に戻れるというので、行くことになった。

人間の親子と、クマの子でその谷底を目指す。その谷もなんだか妖気がもあもあうねうねしてて雰囲気がとにかく怖くて、地獄のような様相だったんだよね。そして谷底に着くと、なんだか得体の知れない怪物が出てきて、お父さんが持っていたライフルそいつをやっつけた。しかしたしかライフルの弾が雷を呼ぶのに必要だったんだけど、もう弾は使い切ってしまった。どうしようとクマの子が泣いていると、お父さんが、ライフルを縦に立てて、避雷針のようにそこに雷を落とすことにした。そしたらうまくいって、無事ドアが現れ、クマの子は元の世界に戻っていった、という話。

文字だけじゃ怖さが伝わらないんだけど、キャラとかは普通の造形なのに、とにかく全編に漂う雰囲気がめちゃくちゃ怖くて、一緒に見ていた友達感想が「やべえ今日眠れない」だった。そこの施設で一泊したんだけど、恐ろしいアニメ補正のせいなのか監獄で寝ていたような気がしてならない。

あのアニメがどういう教訓があったのかさっぱりわからないし、ネットで調べてもなんも情報が出てこないし、なんだか不思議体験だったな。

2017-03-02

認知の歪んだエッセイ漫画を読むのが楽しい

 一昔前まではエッセイ漫画というのはやたらその手の才能に恵まれた人によるものか、あるいは平々凡々な毒にも薬にもならないつまらないものしかなかった。

 が、ここ数年でジャンル地殻変動が起きている。

 ネット発が増えてきたからだ。

 エッセイ漫画は元々わかりやす意味での画力構成力を要求するジャンルではない。出版社のほうで「あ、これ面白い」「あ、これネットでウケてる」となったらポンポンとポン菓子のように出版する。

 一般人の99%が体験したことのないオリジナル体験、それのみが求められるジャンルだ。


 あまり安易出版ハードルのせいで、四コマ以上に魑魅魍魎蔓延っているというか、頭のおかしさ具合でいけば一頃のマイナーホラー漫画誌といい勝負煮詰まり具合になってきている。

 で、目につくようになったのは「どう考えても描き手のキャラクターが歪んでいる」案件

 エッセイ漫画は8割がカルチャーショック漫画であり、「フツーに常識人なワタシが非常識な蛮族と出会ってビックリする」ものが多い。

 まあ多分大方の人は何も考えずにそういうテンプレに則ってるんだろうけど、

 そのせいで「いやいや、おまえが他人非常識人/悪人あつかいしてるけど、おまえのが全然やん」というケースが続発している。


 才能ある漫画家エッセイストはもとから強烈な個性を有している傾向が強い。そのなかには人好きしない性格の方々もいる。

 しか雑誌新聞に乗るようなエッセイ漫画編集者のほうでチェックがかかっている。だからいくらめちゃくちゃやってるように見えてもバランスとしては非常にオトナな範囲収束する。

 ところがネット発のエッセイ漫画はまずそういうブレーキを踏まない。

 ニトロエンジン全開のまま、公道を走ろうとする。


 歪み具合はピンからキリまで存在する。一目見てわかるものから、微細な証拠をつみあげないと判定できないものまで。

 メンタル系の闘病日記みたいなのはわかりやすい。歪んでいることが前提であるぶん、むしろ期待通りというか正常なのかもしれない。初心者はこういう漫画で、「作者の記述する世界客観的に観察されるであろう世界とのズレ」を想像するトレーニングを積もう。作者自身が歪んでいること前提で描かれたものも多いので、チュートリアルみたいなものだ。


 次にわかやすいのは恋愛/結婚生活系だ。結婚生活においては誰もが狂人であるが、なかでも「俺が常に正しくて、相手がいつも悪い」というメンタリティを持っている作者が狙い目。こういう人間無垢自分被害者見立てた失敗談として、あるいは非常識相手怪物見立てホラーまじりのギャグとして、よくエッセイ漫画を書く。他者ネタにして利益享受をしているにもかかわらず、その世界他者はいない。

 インターネットで鍛えたあなたの悪意感知センサーを発揮して、作者の嗜虐心をすみずみまで読み取ろう。


 なんだか目隠しをして像をなでるような文章になってしまったが、作品例を挙げることしない。

 あなたには常にフラット気持ちネットエッセイ漫画狂気に触れて欲しい。

 それが増田の願いである。

2017-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20170213105459

いや、不眠不休事故を起こしそうだから改善がないと全員共倒れだぞ、という話をしているんじゃないの。

すげー怪物的な発想だしあなたも似たような不寛容社会に殺されそうで心配する。

2017-02-09

怪物語(けものがたり)

すごーい!

2017-02-03

学生時代がクソでも社会人はとても楽しい

学生時代がクソだった俺も社会人楽しいよ。

社会人がクソだと言う人も居るが、完全に自己責任で結果が帰ってくる社会人の方がマシだ。

学生時代なんて顔が良いとか、運動ができるとかの才能がほぼ全ての世界

まれた瞬間からカースト下位の俺には地獄だった。

社会人なら仕事で結果出して稼いでいれば何も問題いからな。結果を出す方法は山ほど有り、金を稼ぐ方法いくらでも有る。

稼げない一部の人社会人クソと言うが、学生時代分不相応な良い思いしすぎたんじゃないですかね。

たまたまカースト上位だったとか、引きこもりでも親が小遣いくれたとか、高校大学で遊びまくったとか、留年浪人しても許してくれたとかさ。

当然だけど中卒や高卒のサボリ魔は論外な。

学校ではカースト上位なんてクラスの1割くらいだが、社会人なら上位50%に入っとけば暮らすのに全く問題無い。

上位50%なんて、普通に努力していれば誰でも入れるレベルだよ。

ネットでもはてなでも、下位50%暇人が大騒ぎしているだけだ。自己愛が大きすぎる人とか、後は精神病障害者とかね。

学生時代が苦しい人ほど、社会人になった時の開放感は大きい。

元増田も書いているけど、お金があって、時間自由で、直接的に殴ったりいじめたりする人は居ないからね。

会社員クラスと違って、明確な目標利益)の為に組むチームだから、お互いを助け合うインセンティブが有る。

相手利益を与えられるようになればなるほど、相手から利益が帰ってくる。ただ金や手間を奪っていく学生時代のクソ野郎たちとは違うからな。

自分有益人物であれば、周りから無視される事は絶対に無い。

日頃から役に立つ人物であれば、多少のミス笑って許してくれるし、カバーする方法いくらでもある。

逆に言えば、社会人が苦しい人は無益存在から苦しいのだけどね。

はいえ、学校テストで半分より上程度なら勉強しなくても余裕だっただろ?勉強出来ない人でも、予習復習すれば入れたはずだ。

社会人努力も大した事無いよ。もっと上を目指すのも自由だし、本当の上位には怪物が居るけどね。


一つ気をつけなくてはいけないのが、社会人勉強20代前半に始めろという事。

30になってはじめても遅い。40では手遅れ。ネットにはそんなやつがゴロゴロ居る。

6歳から22歳までの学校勉強よりも、22歳から25歳までの社会人勉強の方が遥かに大事

ここをやっとけば、学校で上位50%に入れる程度の努力で維持していける。

大学入学をゴールだと思い込んだ可哀想な人がボケてる間に、たった数年頑張るだけで後の60年が楽しくなる。

同窓会スーツキメて時計や小物揃えて行ってみろ。お前をイジってたカスどもが汚い服やボサボサの髪で来てるよ。

イケメンだったA君は派遣社員美人だったB子ちゃんは水商売、家が金持ちだったC君は引きこもりでおやっさん失業中とかな。

学生時代なんて大学まで数えてもたかが16年。人生は80年以上有る。社会人はとても楽しいぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20170202035703

「誰でも入れる」と「上位50%」というのが、もう語義的に祖語をきたしそうなんですが、

増田の中では下位50%というのは、ほぼほぼ障碍者という定義なんですかね?


下位50%努力しない、やり方がわからない人という定義ですね。

学校勉強を例に出している通り、教科書読んで適切に予習復習やれば上位50%には誰でも入れるわけですよ。

進学校とかは知りませんが、地方の上から2番めの進学校ではそうでした。

大半の人は予習復習すらやらずに、家帰ったらメシ食って発泡酒飲んでTV見てるわけです。休日は寝てるか遊んでるだけ。

才能有りで何もしなくても上位に居られる人と、才能有り努力有りのガチ怪物はそんなに居ません。

そんな中で差をつけるなんて簡単ですよという意味です。

その場合努力すれば」という言葉マジックワードやね。

普通の人がやってない・出来ない「努力」ができるということが、果たして「誰にでもできること」なのか。

どんな一流の人だって個々の訓練については「誰にでもできること」の延長線上でしかないわけで、

その「努力」ができない人というのが、おそらく一流ではない普通の人ってことなんじゃないの?


上でも書いた通りですが、あなたは家に帰って何してるんですか?

勉強自体が出来ないというのは、もはや障害者レベルの怠け者ではありませんか?

家に帰ったらメシ食ってネットして寝るしか出来ないのですか?ちょっと本読んだり、フォーラムで調べ物したりしないのですか?

一流は一瞬で一流になるのではなく、あなたが寝たりサボったりダラダラ暮らしている間に積み重ねて一流になるんですよ。

ダラけてる暇が有るなら本の1冊でも読めば良いのです。それを出来ないと言うなら、障害者枠でお過ごしください。

そういう人の割合は50%を遥かに超えているのでは…

というか、「努力できない人」を下位50%と定義して、「努力すれば上位50%に入れる」だなんて、ベタベタ循環論法じゃん。

馬鹿なの?としか


日本語が読めないご様子で、下位50%感が出てて良い感じですよ。

少し上に私が書いた文章がありますのでよく読みましょう。といっても探さないでしょうから引用しま

下位50%努力しない、やり方がわからない人という定義ですね。

出来ないではなく「しない、やり方がわからない」と書いています

努力「出来ない」人間なら、それは障害者しか言いようがない。

努力」の内容は30分読書する、1時間くらいフォーラム業界ニュース眺める等の誰でも出来る事ですからね。

電車の中で本を読んでも良いし、独身ならメシ食いながらニュースチェックして良い。これが出来ない人は、健常者ではなく何らかの障害者だと思いませんか?

五体満足にもかかわらず読書が出来ない、PC立ち上げてフォーラムも読まない、ニュースも見ない。これでも「俺は普通だ、文句あるか?」って開き直る人を見て何を感じますか?

私は下流に落ちて当然だと思います

もう一つ、あなたの周囲では「努力しない」人が大半だと思いますが、私の周りではむしろ私が怠け者と思えるくらいです。

怠け者を動かしたければ勤勉な人の中に放り込む事ですよ。私は凡人なので、勤勉な人や優秀な人に囲まれていなければ堕落する一方です。

年とると機会が無いので、25歳までに勉強しておきなさいと書いているのです。

あなたにはもう手遅れかもしれませんが。

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170201012308

ヘラクレスの栄光3なら俺も昔プレイたから話に付き合ってもいいが、

何の話をしているのかよくわからなくて困っている

自由度シナリオの話か?

謎の男に名前をつけるところ?

怪物オールとの戦闘

ゴルゴンの血を使うところ?

なんなんだろね

女装したままクリアできるのは笑いどころだろうか

それはともかく、さっきから助長」って書いてるの、「冗長」のことか?

2017-01-28

幼女ペロペロ」みたいなノリはロリコンに何の関係もない

そんな奴らがいなくてもロリコンイメージなど最初から最悪だからだ。

以下全て蛇足

当方ロリコンかと思うのだが、そういうお寒いノリを見ても特に感じるところは無いし、そもそもそんなノリを見かけることはない。

自分ロリコンであることに対する悩みなども特にない。

山ほどある特異な性嗜好の中でも、特に社会的問題がある性嗜好を持ってしまった、というだけの話である

そのことを特に恥とは思わないし、罪深いとも思わない。

異性愛であることを罪と考えている人は日本にそう多くないだろう。それと同じことだ。

対象子どもであることをことさら問題視する方もいるようだが、そもそも合意のない性行為相手が成人だろうが全て犯罪である

子どもから合意合意とは見なし得ないというのは全くの道理で、「合意を得られない相手性的欲求を覚えること」を罪とは思えない。

あなたがそれに対してできることは「気持ち悪い」と吐き捨てることで、罪深いと糾弾するのは全くの見当違いである。

匿名の場を除けば公言はしていないし、その気もない。

ロリコンが見境無く子どもを襲う怪物であるという偏見は(かつてゲイがそう見られていたように)根強いだろうし、そのような偏見の目に晒されたくはないからだ。

将来的には孤独死するだろうが、別にそれはロリコンに限ったことでもないからどうでもいい話である

2017-01-25

[]イース8 プレイ日記7

王家の谷

ボス倒して奥に壁画がある

大樹がいかづちおとして人殺してるような絵

実は大樹は進化をうながすんじゃなくて淘汰をするものだった

強い種だけ残してそれ以外を殺す

ほえ~ってなっていったん村もどろうかってなって外に出たところでまた迎撃戦のパロがくる・・・

もどったらアウラ草が作れるようになってた

でも力の薬つくるにはロケーション100%せないかんらしいからまだまだあとだな

古代種たくさん

んでそのあともいっぱいくるようになったっつーナレーションのあとで、様子みるために高いとこいこうってなって山登りすることに

ワープで山頂までいけたはいいけど、その後大樹までいくのにワープがつかえなくなっててまた同じ道を徒歩でいかないといけなかったのがすげーだるかった

ちょっとイース8の評価下がったなあ

その後大樹に向かう道のとちゅうで霧でてきて過去のダーナみたいに仲間とはぐれてアドルが霧の中の怪物と戦った

でもアドルが戦うことになるってしらんかったかロードして装備しなおしてからいったわw

まさか全員きりの怪物と戦わないといけないのか?とちょっとフアンだったけどさすがにそれはなかった

その後ゼーレみたいな感じの人たちがでてきた

そこで5章おわり

次にどうしよっかーてなったら結晶が光りだしたからまた過去へ飛んだ

ところでセーブ

西野亮廣という怪物のたおしか

吉本興業所属するお笑い芸人キングコング西野亮廣氏の界隈が燃えている。

彼がプロデュースした絵本えんとつ町のプペル」についてである最近西野氏は声優明坂聡美を名指しで吊し上げたり、

公開番組に呼び出して晒し者にしようとする活動に熱心だ。

声優ファン諸氏はさぞ忸怩たる思いを抱えていることだろう。

この状況を指して漫画家ヒラコーは、

“みんなが憎悪の心を消して一斉に西の人関係ツイートを消し

今後一切どんな炎上挑発をしても相手にしなければ

勝手に枯死するタイプ妖怪なのだ

みんなの心が一つにならないと倒せないのだ

すっげえつええなこ妖怪

平野耕太 (@hiranokohta) 2017年1月21日

表現した。

しか批判的にであっても西野氏を話題にすることで、「えんとつ町のプペル」にはパブリシティ効果が生まれしまい、

それは西野氏を経済的に利することになる。吉本興業という大企業に守られた彼の立場もまた安泰だ。

だがそれは、あくまでも客観的に見た状況にすぎない。

西野氏が経済的利益目的にしているのなら、彼に対する対処は確かに大変に難しい。

しかし、彼が本当に求めているのは金銭ではない。

金銭メリットで見た場合西野氏にとって、ましてや吉本興業にとって、絵本の売上やクラウドファンディングから

上がる利益はそれほど莫大とは言えない。

彼がお笑い芸人タレントとして積み上げていくであろう利益と、繰り返される騒動の中で生まれた彼に対する面倒くさ

そうなイメージ、負の印象がもたらす長期的不利益を天秤にかければ、収支としてはマイナスも大きい。

最近コンプライアンス芸人教育に神経をとがらせている吉本からしてみれば、ほどほどにしておけよ、いい加減にしろよ、

という案件しか無い。

それでもなお西野氏がこの道を邁進するのは、彼が欲するのが金銭ではないからだ。

西野亮廣という妖怪一言で分類するなら、肥大化した虚栄心の化物である

彼が焦がれるほどに欲しているのは、知的ウィットに富んだ、唯一無二の優れた芸術家という他者から評価と喝采なのだ

西野氏の対応は常に後手後手で、その時々に批判された内容に愚直なまでに対応している。

無料公開で広告収益をあげていると言われれば寄付を発表するし、外注イラストレーターたちの処遇批判されれば特別

ボーナスを出すと吹聴する。

西野氏が本当にビジネスとして割り切って炎上を狙っているのであれば、ここまで右往左往する必要などないのだ。

それほどに彼は、小銭稼ぎに長けた絵本商売人、と見られることを恐れている。

西野氏が明坂聡美槍玉に挙げたのは、マウントを取る相手として手頃だった…ということもあるだろうが、一番大きい理由

彼女が「無料公開の是非」にフォーカスしてくれたことだ。

その点に論点が向かう限り、革新的ビジネスに挑戦するアーティストと、旧態依然とした者たちの無理解の戦いという図式

自身を落とし込めるのである

では彼が向かってほしくない方向がどちらかは明らかで、

クラウドファンディングという他人の金で、

外注で安く叩いた他人技術で、

作り上げた成果を持って世のクリエイター、購買者を「金の奴隷」と嘲った西野亮廣尊大さ、あさましさの是非を問われる

ことを彼は一番恐れているのである

彼の手元に何千万か残ったところで、絵本商売人がアーティスト搾取してうまいこと稼ぎましたね、という評価では西野

肥大しきった自意識は満たされない。

「なんだ、偉そうなこと言って自分で描いてないんじゃん」

「金の奴隷はお前じゃん。いや奴隷使いかw」

といった個々の評価は、ダメージを与えている手応えはないかもしれないが、エゴサに余念のない西野氏にはちゃんと届いている。

西野氏の自意識が、勝手に彼を弱らせてくれる。

彼がエゴサーチ自身への賞賛リツイートしまくっている様子を見てご覧なさい。

余裕がある人間あん必死なこと、しませんよ。

2017-01-23

絵本えんとつ町のプペル』のどこが駄目なのか

にしのあきひろ著、『えんとつ町のプペル』を読んだ感想を書く。


先に書いておくが、私は紙の本を購入していない。

Spotlightサイトにて無料で読んだ。


作品批評特に批判的な批評する際、本来であればお金を払うべきだと思う。

でも、本人の意向無料公開したのだから、私も好きなように書きたいことを書く。

作品批評自由であるべきだからだ。


この絵本は"絵"が駄目である ー その1


最初にただしておきたいが、六七質さんの背景画が駄目だと言いたいのではない。

しろものすごい技量をお持ちのイラストレーターさんだと思う。


ピクシブや他のサイトでも、六七質さんの作品を拝見した。

緻密な建物の描き込みはもちろんのこと、空間の奥行き感じさせるぼやかした遠くの景色

夢の世界へいざなってくれるようなファンタジックさがありながらも、懐かしい記憶を刺激するようなノスタルジックさを併せ持つ独自世界観、等々。

私が言うまでもなく、素晴らしい作品をたくさん創作されている方だと思う。



では、この絵本の絵の何が駄目なのか。


それは「構図」である

一言で言えば、キャラクターが小さすぎ、背景が主張しすぎである


文字だけ抽出して読むと分かりやすいが、この物語はプペルとルビッチの2人のやりとりをメインに話が進んでいく。

2人の間で育まれ友情や、ルビッチ父親形見を2人で探しに行く冒険描写ほとんどで、町の風景の美しさを語る叙景詩ではけっしてない。


もちろん、後述するようにこのえんとつ町自体が、物語全体のテーマに通ずる要素にはなっている。

しかし、町の風景描写あくまでもサブ的な要素として、もう少し控えめに描くべきであった。

具体的には、キャラクターを大きく、背景のコントラストを落として、キャラクターを浮き立たせるように全体の色彩設計すべきであった。


では、なぜこのようになったのか。

それは推測でしかないが、要するに作者はこの町の風景世界観表現たかったのだろう。

最初から中盤まで、とにかく町の風景風景風景風景・・・と同じようなページがずっと続く。

描かれている看板などはそれぞれ違うようにしてあるが、ひたすら同じようなトーンの町の風景ばかりだ。

これは絵本としては致命的であるし、読むほうも飽きてくる。


それならば、風景イラスト集だったらよかったのか。

この町の風景単体で作品としての価値があるかというと、私はそうは思わない。

ブレードランナー」みたいな町を、「千と千尋の神隠し」みたいな色彩で味付けしただけと私は思った。

ブレラン自体が真似されまくっているので、これも世界中に数多あるブレランの50番煎じ、60番煎じの一つだと思う。


この絵本は"絵"が駄目である ー その2


絵については、他にもある。


この絵本は次の一文から始まる。

「4000メートルの崖にかこまれ、そとの世界を知らない町がありました。」

でも途中で、町は海に面していることが分かる。

ここで驚いたというか、ずっこけた読者も多いのではないだろうか。


「えんとつの町に住むひとは、くろい煙にとじこめられて、あおい空を知りません。かがやく星を知りません。」

とあるが、別にえんとつ町は外界から隔絶された町なのではないのだ。


それと、えんとつ町だけが高いところにあって、断崖絶壁の低地に囲まれているのか、

それとも、えんとつ町だけが低いところにあって、高い崖に囲まれているのか、海が出てくる場面まではっきりしない。


これだけ多くのページで町の風景を描いているのだから町の置かれた地形が分かるように、町の風景を描くべきだった。



絵について、最後にもう一つ。


プペルは、醜い姿をしながらも、清くて純真な心を持った、他のさまざまな物語にも登場する典型的怪物キャラクターである

しかし、絵本の序盤ではプペルの姿ははっきり見えず、終盤に近づくにつれてプペルの姿が明るく映し出されて全容が分かるようになる。


あとがきで作者が 懇 切 丁 寧 に 説明してくれていたように、プペルが「ゴミから構成されているのは物語重要な部分である

それであるなら、プペルの姿の醜さは、序盤からはっきり分かるように描くべきであった。


この絵本は"物語"が駄目である


この記事の本番はここから


あとがきには、この物語について次のように説明している。(※太字は筆者)

えんとつ町は煙突だらけで、そこかしこから煙が上がり、頭の上はモックモク。朝から晩までモックモク。えんとつ町に住む人は、青い空を知りやしない。輝く空を知りやしない。『空』という概念がないものですから、見上げることもしません。


そんな町に突如現れたゴミ人間と、その友達煙突掃除屋が、それでも空を見上げるもんだから、町から袋叩きに遭ってしまますえんとつ町は、夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会風刺そして、「夢を見る」「夢を語る」「行動する」といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノをまだ持ち続けているという意味で、主人公を《ゴミ人間》にしてみました。


えんとつ町のプペル』は、そんな物語です。

あとがき現代社会風刺」と説明する野暮さには目も当てられないが、ここではひとまず流しておく。


プペルは「『夢を見る』『夢を語る』『行動する』といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」、いわば「夢の残骸」である

子供の頃は誰もが持っていた「夢を見る」「夢を語る」「行動する」は、プペルの心のように清くて純真もので、

それはえんとつ町(大人社会大人常識)の住民からすればゴミ、汚い、臭いものとして扱われる世界観なのである


では、ルビッチはどのような人物なのか。

それは作者・西野亮廣自身である

西野氏が、ルビッチのようなサスペンダーとハットを好むのを見れば、一目瞭然である

http://news.mynavi.jp/news/2015/01/04/138/images/001.jpg

http://up.gc-img.net/post_img_web/2013/02/55cb8b02247b92662b9e0a71412ec0f3_0.jpeg

http://s.eximg.jp/exnews/feed/Taishu/Taishu_21980_1.jpg

http://jgweb.jp/wp-content/uploads/2013/06/new_IMG_0039.jpg

http://img.u-note.me/note/uploadimage/1407827558970.jpg

https://wordleaf.c.yimg.jp/wordleaf/thepage/images/20130913-00000001-wordleaf/20130913-00000001-wordleaf-0.jpg

http://s.eximg.jp/exnews/feed/Yoshimoto/Yoshimoto_201306_post-0995_1_s.jpg


駄目押しで書くと、煙突掃除夫にはこのような制服があるので、作者がルビッチ自分投影していなかったのならば、ルビッチはこのような容姿になったはずである

google:image:Chimney sweep uniform


まり、この物語は、現実世界で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる」作者・西野自身が、清くて純真な「夢の残骸(プペル)」の尊さを自分けが理解し、そして夢を叶えるという概念(空にはホシがあるということ)は自分だけしか知らず、自分けが夢を叶えることができたという話なのである


それでは、西野亮廣氏は「夢を語るから、行動するから」笑われたり、叩かれたりするのか。

もちろん、そうではない。

自分の実力以上に、上から目線物言いをするからである

https://www.youtube.com/watch?v=asx0938br3E


現代現実世界では「夢を見る」「夢を語る」「行動する」は、「大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」なのだろうか。

ゴミ、汚い、臭いものとして扱われているものなのだろうか。


社会生活している人々は皆「『空』という概念がないものですから、見上げることもしません」、つまり夢を見たり叶えたりする概念すら知らないのだろうか。


一部ではその通りかもしれないが、しかし、すべてがそうではないはずだ。

夢を見て、語って、行動し、実際に夢を叶える大人は、この社会にはたくさんいるかである


しかし、作者・西野氏は「自分けが『夢』という概念を知っている。自分けが大人になっても夢を見て、語って、行動している。だから自分は笑われ、叩かれるのだ」という考えを、この物語のなかで自己正当化しているのだ。


からこの絵本物語は、幼稚なナルシズムに満ちていて、どうしようもなく醜悪でなのである

2017-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20170120172252

幼少時代、見上げるほどの身長のある母親と言う名の怪物女に厳しくしつけられたトラウマってあると思う。

2017-01-07

幼女戦記面白すぎるのでみんな見よう

少し前まで原作名前すら知らなかったのだがアニメを見たらドハマリしてしまった。

このまま面白ければ原作を買おうと考えている、それぐらい面白かった。

簡単にまとめるとストライクウィッチーズ上位互換であり終末のイゼッタの完成形がこの幼女戦記だ。

硝煙の匂い魔法の持つロマン完璧な融合が織りなす重厚でありながらもカタルシスに溢れる作品に仕上がっている。

話の流れをネタバレしてしまうと勿体無いのでそこを書くことは避けるが1話ストーリーは本当に素晴らしかった。

主人公性格と軍におけるポジションが手に取るように分かり、同時にこの世界における軍隊成熟度や彼我の技術力差も把握できる。

主人公である幼女所属する帝国の魔導兵が舞空術の如く身軽に空を舞うのに対して、敵軍の兵士は鉄で出来た木馬のような物に乗っている。

そして鉄の木馬にのる敵兵士が何とか空を飛んでいる目の前を幼女が華麗な空戦機動を見せる。

このシーンが意味しているのは帝国他国に対して軍事技術において圧倒的な差をつけているという事だ。

物語冒頭でなぜ帝国がここまで強気な行動に出たのかと疑問に思わせておいてからのコレである

その後のシーンで幼女が敵にとっても特別存在であることを印象づけることで帝国技術力とそれを使いこなす技量を持ったこの幼女が如何に戦場において怪物であるかが分かり否応なしに今後の活躍への期待が高まるというものだ。

この1話作品必要な要素がほぼ全て説明されている。

世界観キャラクター方向性、25分という短い時間の中でやらなければいけない事が全て網羅された100点満点の第一話だ。

みんな悪いことは言わない。

一話だけでいいか幼女戦記を見たほうがいい。

見ない事が機会損失になるほどの作品だ。

2016-12-30

本来は「怪物

本来は「怪物」(あるいはゴーストモンスター)という言葉の中に、得体のしれなさ(実態との乖離)や人々が訳も分からず恐れている、といったニュアンスがあったのだが、人々の不安をあおって金儲けするニュース屋連中の過剰な言葉遣いで「○○の怪物」だとか「モンスター○○」なんて言い回しが使われ続けたせいか、はたまた映画ゲームファンタジー世界の設定が普通になったせいか怪物という言葉に「恐竜」並のリアリティが生まれしまい、そのような〈共同幻想が生む恐ろしい存在〉に別の名前必要になったということだな。

その意味では、それに近い言葉を持ってきて、自己定義したうえで使い始めたらいいんじゃないか(たとえばそれを「ブレーメン怪物」とか「ジャバウォック」と呼ぼう、とか。ジャバウォックが何かはググってくれ)。運が良ければ定着して新しい慣用句が生まれることだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20161229210552

なお、×「枯れ頭」→○「枯れ尾花」 だ。トラバにある「鶏鳴狗盗」と「羊頭狗肉」はどっちも全然ブレーメン的じゃないし、「羹に懲りてあえ物を吹く」の「あえ物」は、本来は「膾(なます)」だ(そして全然怪物」的じゃない)。「竹箒も五百羅漢」は、それをもってくるなら「鰯の頭も信心から」の方がメジャーじゃないかな。このあたり、釣りで言ってるのか本気で言ってるのか分からないので全力で釣られとく。

http://anond.hatelabo.jp/20161229210552

過大評価されている怪物を指す言葉なのか、人々が何かを過大評価して怪物として扱っている様子を指す言葉なのか。

もう少しヒントほしい。

2016-12-29

慣用句かなんかで

「実は大したものではないこと(人)なのに、人々がそれを恐れるが故に怪物として扱われる(た)ような物(人)」を

意味する言葉があったような気がするのだが思い出せない。

具体的にいえば、ナチスアイヒマンのような人。

張子の虎→この言葉は虎側をあざげっていう言葉であるが、私が言う言葉はあざけりの意味を含まない。

幽霊の正体見たり枯れ尾花ニュアンスは大体あっている、もう少し短い言葉だったように思う。

杞憂→これはこの怖がっている個人問題であり、私が言う言葉はみんな怖がっているようなこと(人)に対して使う。

夜郎自大→これは自分の力を知らないというだけ。

蟷螂の斧→これは力のない者が頑張るという話なので違う。

・眠れる獅子→確かにしっくりするが、意味ググると実力を発揮していないという意味合いなので厳密には違う

・仏の顔も三度まで→これは腹を立てる立てないという話なので違う

鶏鳴狗盗羊頭狗肉→例としてブレーメンといってしまったが、その言葉怪物側に騙そうという意図はない。

・竹箒も五百羅漢→これの神ではなく怪物バージョンであれば、意味はそのとおりなのだが。

・鵺におびえる→意味は確かにそうなのだが、私が初見だった。

・羹に懲りてあえ物を吹く→これは結果必要以上の用心をするという意味なので違う

鬼から電話アプリ名なので違う

怪物→思えば単にこれでいいのかもしれないが…。ただ、(フランケンシュタインの)怪物とかにするとそれっぽい感じにはなる。

コメントありがとうございます

その怪物はなんというか、ブレーメン音楽隊のような怪物なのだが、

それを慣用句かなんかで表す言葉欲しいがあったと思う。かっこいい言葉で。

2016-12-28

怪物と戦うものは、気を付けなければならない。

深淵を覗くとき深淵を覗いているのだ

2016-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20161223183316

まんが日本昔ばなし」というアニメを観て育った世代にとっては、創作実話に抵抗が無いんだよね。

日本の昔話って実話とも創作ともとれる話ばっかりじゃん。

怪物なんているわけないと考えれば創作に思えるし、

未知のモノへの恐怖心が怪物想像させたと考えれば実話のようにも思える。

そういう、昔話のなかにも嘘つきキャラクタが出てくるので、創作実話はOKでも嘘つきはダメという価値観は両立すると思います

2016-12-16

オタベックアルティンにかこつけて話をしたい

ユーリ!!! on ICE 、見てる?

オタベックアルティン、どう?

カザフ英雄」っていう字面を見て以来、ソワソワしていたものが、ユーリ・プリセキー友達になったあの瞬間に全てが弾けた。

カザフスタンを含む中央ユーラシア・テュルク系諸民族が持つ「民族英雄」の姿をはっきりと感じ取ったからだ。

カザフスタンは、歴史的にテュルク系諸民族が多く暮らしてきた土地である

遊牧騎馬民族繁栄した土地であり、彼らはテュルク系の言語と、それに基づく言語文化を持つ。

彼らの文化信仰あるいは歴史は、口承文芸によって伝承された経緯があり、口承文芸のうちの一大ジャンルとして数えられるのが「英雄叙事詩」と呼ばれる物語形態だ。

カザフに限らずテュルク系諸民族の中で広く伝播した『アルパムス・バトゥル』や、キルギス英雄叙事詩マナス』は邦訳出版されており、母語によって英雄叙事詩世界観に触れることができる。中央アジアを題材とした創作物でおそらく現在もっとも有名なのは森薫の『乙嫁語り』だろうが、作中に登場する馬などの名は、先述の英雄叙事詩にて確認できる。アルパムスやマナスとは叙事詩中での主人公にあたる英雄名前であり、英雄たちは作中でもっとも強く、激しく、時に美しい。

英雄叙事詩」の歴史形態などについては省略するが、重要なのはカザフの地に育まれ文化には「英雄」の存在を待望し、受容する姿があるということである

彼らは街や、施設などに英雄叙事詩中に見られる名付けをし、また街中では英雄の像を見ることもできる。余談ではあるが、キルギス首都ビシュケクに立つ騎馬マナス像の馬には、立派なちんちんがついている。あと動物園の馬もなかなかのブツをボロンしてる時がある。

さて、その英雄についてである

英雄叙事詩の主なテーマの一つに「外敵との戦い」がある。英雄が戦う相手は「異民族」や「異教徒であることが多い。たまに超自然的な怪物と戦うこともある。

敵対する異民族や異教徒を、英雄苛烈に打ち倒していくわけだが、全ての異民族や異教徒が敵となるわけではない。

英雄は、時に異民族友達になる。

英雄(オタベック)は、異民族(ユーリ)と友達になるのだ。

盟友となった異民族とともに、英雄さらなる敵を打ち倒していくのである

(英雄叙事詩中に現れる異民族は大抵がモンゴル系の遊牧騎馬民族な訳だが、細かいことはいいんだよ)

敵についても、少し話をしたい。

英雄異民族敵対し、彼らを倒して強さを示す。異民族の長との一騎打ちはしばしば物語クライマックスとなり、もっとも盛り上がるシーンであると言っても良い。

敵の王との一騎打ちである

YOIにおける王といえば、J.J.ルロワに他ならない。

11話でオタベックアルティン対峙したJJの姿は各位の記憶に新しいことと思うが、ここでもオタベックアルティンが持つ英雄性を感じ取ることができる。

そうして「勝利」を得た英雄は、やがて自集団を束ねる長となり、後世へと名を残す偉大な存在となるのだ。

英雄叙事詩はその他様々なエピソードによって構成されているので、興味を持った皆さんには是非読んでいただきたい。

ここまでの参考文献は以下の通りである

 坂井弘紀2002『中央アジア英雄叙事詩:語り伝わる歴史東洋書店

 坂井弘紀訳2015『アルパムス・バトゥル:テュルク諸民族英雄叙事詩平凡社

 若松寛訳2001『マナ少年篇:キルギス英雄叙事詩平凡社

 若松寛訳2003『マナ青年篇:キルギス英雄叙事詩平凡社

 若松寛訳2005『マナ壮年篇:キルギス英雄叙事詩平凡社

我々は幸運にも日本語でテュルク系英雄叙事詩に触れる機会を持った。最大の感謝をここに表す。

以下、蛇足

オタベックアルティンサマーキャンプを経てバレエからは離れたようだけど、彼はその後どこに行ったのだろう?

個人的に、例の演技終了時のポージングからコサックダンス(ホパーク)の匂いを感じた。

12話で明らかになるのだろうか、期待は大きい。

あと、「サマルカンド序曲」っていうタイトルも気になる。

2016-12-08

変なストーリー映画

■追記

みなさんありがとうございます。『牛頭』『フロムスク』とかそういうのです!

説明不足で申し訳なかったですが、ジャンルものでハッキリしたストーリーがありそうなのに展開が変、っていう感じが自分の言いたかった感覚に近いです。他人に勧めたいけど魅力を語ろうとするとネタバレになって困る感じの…『コワすぎ!』『デスプルーフ』も近いかな?

『キン・ザ・ザ』『ブラジル』とかリンチ作品や『ドニーダーコ』『ミスターノーバディ』も面白いですが探してるものとはちょっと違いました…『幻の湖』も…

とりあえず『団地』『ソウルキッチン』『ボーグマン』『8 1/2』怖くて手を出してなかった『マーターズ』観てみます

あと説明見てもよくわからない『リヴァイアサン』もすごく気になる…

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変なストーリー展開をする映画が観たいんだけどオススメはないでしょーか。

例えば『アダプテーション』『マルコヴィッチの穴』みたいな、いったいどういう方向に話が進むのか、途中までジャンルが何かすらわからないような意表を突いてくる映画が観たい。

他には韓国映画の『その怪物』『最後まで行く』『殺人告白』とかも全然先が予測できなくて面白かった。

こういう感じで予想をぶっちぎる映画、他に何かないですかね。

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20161124032925

原作未読、映画は2回見た

パンフレットは売切れてた
転覆事故? →水原さんのお兄さんの件ね。理解
新な傘たぶん初夜作法的なことだったはずなのに干し柿を取るのに使ってた
ご飯が突然二人分になり、夜には一人ないし0.5に
なぜ妊娠できなかったのか、誤解したか痩せるすずさん)
白木リンとはおばあちゃん家の座敷童? たしか回想場面も挿入されてた
周作の選択した世界とは? →別の記事で見た(原作の)リン関係の話? 映画だけだとたぶんわからない
登場キャラ名前共通点すずさんとリンさん? あとはわからない
減っていく子供たち
昭和20年8月に何が起きるか来月お祭りのあたりはドキッとした
あの母親とあの子最後の?
点く明かり灯火管制
なぜ誰かの前で泣かないのか
隣組が何故挿入歌になって居るのか
闇市ですずは何を買ったか砂糖だけではなくて?
太極旗意味別の記事で見た
すずと徑子の焼けていく肌そういえば日焼けしてたか
カラフルな煙togetterで見た
妹の腕の痣
謎の怪物籠を背負ってた? ワニもよくわからなかった
右手
一隻も無い航空母艦
青葉の結末
初めて見た飛行機雲

まだまだわかってないこと多いみたいだ

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