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はてなキーワード: ビッチとは

2017-02-27

青春群像劇みたいなマンガを読むのがキツくなってきた

少年向けでも青年向けでも。

理由を考えてみると、おそらくだが、二次元女性が可愛すぎるのが原因だと思う。

見ててかなり嫉妬という身もだえしてしまい、「こんなかわいい存在が身近にいてなんて恵まれてるんだこいつら…」と思ってしまう。

だいたいヒロインモブにいたるまで、二次元描写されている女性がかわいすぎるのがいけない。我慢ならなくなってきた。青春群像劇ものはたいてい周りの女性といい感じになったり好かれたり良好な関係を築いたりするので、そこがいけないところだ。

現実はいいんだよ。新垣結衣が誰と付き合ってようがミラジョボビッチが誰と付き合ってようが、俺の身近にいる美人可愛い子が誰とつきあってようが俺の身近にいるいい感じの女性が誰と付き合ってようが非常にどうでもいい。これは昔からそうだ。別に面食いというわけでもなく、例えが下品申し訳ないが、俺はAVなどでもかなり雑な素人ものが好みである。、

しかし、かわいい女性を見たくないわけではない。むしろ積極的に見たい。しかし、俺はそこにいないというジレンマを年々感じるようになってきた。

二次元サイコーwww三次とかプギャーwww」みたいなギャグなのか本気なのかわからない気取った人間ネット可視化されているが、俺はそいつらとは違い、別に二次元こそ至高!」などと考えたことは一度もない。ただただ昔から二次元描写されている女性かわいいと思っているだけである

そんな魅力的な二次元女性だが、ハーレムものはまだ大丈夫な方であり、素人ものが好きということもあって私は比較シチュエーションを重視しているため、青春群像劇シチュエーションの生っぽさにかなり没入してしまう。そしてその生っぽい世界には、かわいい二次元女性存在していて、生々しい関係を築いている。二次元女性を生々しく感じられ、その一方でその生っぽい存在がこの世界はいないという葛藤がそこで生じてしまう。つまり、キツくなるのだ。

断っておきたいが、私は青春群像劇みたいなマンガストーリーは好きだ。ただただそこに存在する生っぽい二次元女性の魅力とその存在を立体的な感覚で知覚できないというのがキツいのである

2017-02-24

女優とかアイドルとか声優(女)とかある程度年齢いくとちゃんと男捕まえて恋愛なり結婚してて結局おまえらビッチかよっていっつも思う。

実際はあんまりビッチなんじゃないんだろうけどでもこっちはもう40年超えて童貞やってて身の回りに異性の気配はなく女子と会話も何年もしてないし動画はどんどん溜まる一方。

キモいおっさんが唯一逃げ込める世界なのに男とセックスしてるとかやっぱりちょっと不愉快光景

年取ってからあの頃はじつは彼氏いました告白とかありえない。ファンをなんだと思ってるんだ。

今の一押しはももクロベビーメタル。とくにももクロ恋愛に関してちゃんとファンを大切にしてくれてると感じる。裏切られない安心感がある。

まあでもいつまで続くかわからんけどな(笑)

2017-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20170222232633

いから良いとは限らないってビッチが読むような雑誌にすら書いてあるのを知らないおっさん

2017-02-21

処女喪失の機会を逃した死にたい

スペック云々じゃなく精神的に私はセックスができないのではないかと思った事態

知り合いの誰にできる話でもないけどまじで誰か読んで何か言ってほしい。

私は25歳彼氏なしクソ処女。で、ブスだから〜ってか彼氏いらないし〜モテなくてもいいし〜ってテンプレ具合。

実際のとこ美人ではないけど人生やり直せブスってほどじゃないしデブじゃないって程度。まあそれはそれとして。

私が処女なのは普通にモテない女だからってだけで、セックスにも興味あるし好きな人には抱かれたいとは思ってたわけですよ。そのはずなんですよ。

んで先日、経緯は省くが会社のめちゃくちゃ好きな先輩からお誘いを受けまして。リップサービスだか知らんが遊びじゃないとのお言葉いただきまして。

しかったですよ。そもそもお家的なあれこれがあって好きになっても仕方ない人ではあったから、ぶっちゃけワンナイトでいいから抱いてくれって思ってましたもん。尊敬なだけだって自分に言い聞かせてたけどその人以上に好きな人いませんもの

そんな人に誘われたら頷くしかなくない?恋人でもないのに股開くのかよビッチって自分でも思うけど、もしかしたら人生最初最後になるかもしれないセックスにいい思い出がほしいって思ってもいいんじゃない??

って思ったんですよ。そのはずだったんですよ。でもね、そういう可能性が現実化した途端ビビったんですよこのクソ喪女は。

ホテルに誘われた。行ったらやることやるだろう。つまり自分の貧相な体を見せて相手の体も見てちょめちょめするんだろう。胸無さ過ぎて引かれそう。その割におなかぷよぷよしてるし。化粧よれてパンダになってさら不細工になったら萎えられるんじゃなかろうか。ムダ毛とか剃りきれてないかもな。初めてだと痛いんだろうな。病気リスクもあるよな。実家住みだから外泊の理由もなんとかつけないといけないな。男の興奮のさせかたとか知らないし。ちんこ触ればいいの?何か失敗して嫌われたら気まずいな。

そんなことが頭に浮かび、気付いたらお断りして健全解散してました。自分アホちゃう

まあ今回断っちゃったのは過ぎた事だし仕方ない。正直後悔してるけど仕方ない。仕方ないんだ。

でもさ、これだけ好きな人相手でもセックスに踏み切れなかったってことは彼より好きじゃない人相手なんて絶対無理じゃない?

思い付く限り最上の機会をもってしてもセックスに踏み切れなかったんだから今後出来る気なんてしないよ。人間として根本的に向いてないのかな。

諦めて処女のまま生きて処女のまま死のうかと悟りを開けそう。

セックス怖い。後悔してる。けど無理だった。

2017-02-20

あらためてふらちはプリキュアみてるけどなぎさビッチっぽさがすげーな

おとこのこにもてたいtかいいすぎだわ

なぎさをすきっていうとそういうんが好きって思われそうでほんとはすきだけどほのか派っていってた個おおそうだなあ

ほのかよりもふじぴーせんぱいせんぱいってうるさいのもねえ

でもそんななぎさがすきなんだよう・・・

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170219142434

ビッチビッチピーチは実はマリオレベル愛人たくさんいるので、姫を救出できそうな見込みのある愛人ファンド渡すのがキノコの役目。

2017-02-15

私のビッチ遍歴を聞いてほしい

自分ビッチさに懺悔している

付き合った人数4人

経験人数5人

年齢20

これだけ聞いて、ピッチと思うかそれくらい普通と思うかはそれぞれだと思うのでお任せする。



彼氏1は17歳の時

付き合って2ヶ月でセックス

彼氏1と私は童貞処女同士であり、初めてのセックスは苦難が多かったが、初めて知る快楽は忘れなれないものとなった

セックスにどハマりし、お互いの家に入りびたりセックスしまくる日々

付き合って10ヶ月ほど経ったとき彼氏友達(のちの彼氏2)と性欲本位でセックス

もちろんこれは浮気ということになる

そいつ童貞で、下手だったので騎乗位で筆下ろし

そいつセックスにハマり、セフレ状態になる

ちなみにこいつは、彼氏1の友達どころか、当時の大親友であった

お互いの家、カラオケボックス放課後教室、いろんなところでズコバコしていた

それを彼氏1が知る

当然、彼氏1と私は別れる

彼氏1の友達が、彼氏2へ昇格

付き合う前も、付き合ってからも、セックス主体とした関係は変わらなかった

ほどなく彼氏2とは性格の不一致で別れた

(しかしお互いの性欲を満たすセックスフレンドになる)

それから1年ほど彼氏はいなく、セックスを定期的にする相手がいなかった

耐えかねた私のまんこは、時間のある時に彼氏1や彼氏2を召喚し逢瀬のセックス(当時高校生であることを鑑みると、ませたビッチしか言いようがないのだが、皆さんはどう考えるだろうか)


大学生になる直前の高3の春休み、暇を持て余した私は彼氏3を作った

彼氏3は、これまた元彼氏1の親友である

セックスが大好きなまんこなくせに、処女と偽り即日セックス

彼氏3も童貞であり、セックスにハマってしまい、連日1日中セックスをする

初めてだから怖い、などとケロッと抜かしていた自分を殴りたい気持ちはある

そして、男の友達連鎖するようにまんこで包んでいく自分も許しがたい

大学生に進学し、環境もいろいろと変わり、私は彼氏3に飽きてきた

愚痴が多く情けなく、ケチくさいのが受け付けなくなってきた

しか彼氏3は依然私にベタ惚れ

ちんこだけ頂こうと思い、一人暮らし彼氏3のお家に通い、セックス三昧

ちんこ愛情をタダで受けられるのを良いことに、彼氏3との関係グダグダ続ける

この時、同時に2人の男性からアプローチを受ける

チャラ男彼氏4である

(彼氏3と彼氏4とはスティミュレイトリー、同時に付き合っていたので、二股というわけだ)

彼氏4は今でも付き合っている、結婚視野に入れている所謂本命である

私は、彼氏3 及び 彼氏4と付き合いながら

チャラ男くんが一番だよ。初めてだから優しくして❤️、と股を開く(ワンナイトラブに終わった)

・性欲を満たすために元彼氏2を自宅に招きセックス

・元彼氏1とペッティング

彼氏3の家に入り浸りセックス三昧

彼氏4とはキスまり(本命なので)(キスをするのも初めてと偽った)

いろんな男と同時進行しすぎて自分でも訳が分からなくなってきた

ほどなくして彼氏4のことを本気で好きになり、その他の男たちは全部消えた

ちなみにチャラ男遠距離彼女がいつつも、私のまんこに手を出してきたというなかなか彼女泣かせなヤツである

そしてチャラ男彼氏4は、親友である

私の悪いところは、彼氏友達から食っていくというところだ。

全然関係ない男との浮気なら、バレにくい上に、バレたとしても関係さえ切って仕舞えばあとぐされがないのに。

友達同士を穴兄弟にしてしまう。悪い女だと思う。

このような遍歴がありながら、今の私は彼氏4のことが本気で好きで、それを自覚してから浮気行為はしていない。

...性欲に負けしそうになったことはあるが、他の男に触られるとやはり違和感があり、彼氏4が悲しんでしまうと思うとできなかった。

本当に私は性欲が強くちんぽを求める発作が起こった時は大変だが、オナニーでなんとかしのいでいる。

しかしいろいろな経緯から、私がチャラ男関係を持ったことが彼氏4にバレそうになったことがある。というかもうほぼバレている。しかし私は、苦しい言い訳言い逃れた。かなり苦しかったが、頑なに浮気事実を認めなかったところ、彼氏4は私のことを信じてくれている。

そのことから、猛省に猛省を重ね、かなり葛藤している。

...次問い詰められたら、正直にいうべきか。

彼氏4は、私が浮気をしていたとしても別れる気は無いと言ってくれている。

結婚もしたいと言ってくれている。

私は自分を改めたい。

過去の貞操のない行動を悔やんでいる。

初めてだと嘘をついたことも後ろめたくて仕方ない。

本気で彼氏4を大切にしたいし、生涯この人と一緒にいたい。

しかし、苦しい言い訳でも、信じてくれているならそっとしておいた方が良いのだろうか。

何回も問い詰められ、その度嘘を重ねた私が、今更本当のことを言うなんて、信頼をすべて崩しかねない。

お互い不幸になるかもしれない。

告白して楽になってしまおうと言う考えが、きれいごとで甘いのかもしれない。

この後ろめたさは私に与えられた罰なのかもしれない。

好きな人に正直でいたいなどと綺麗事を抜かして、自分が潔白になりたいだけなんじゃないかとも思う。

絶対否定して、墓場まで持っていくのが、嘘つきなりの誠実さなのかもしれない。

あと、彼氏4のちんぽは大きい。


皆さんはどう思われますか。

オナニーをして寝ますおやすみなさい。

2017-02-09

三鷹ストーカー事件犯人懲役22年の判決が出たが…

相も変わらず被害者叩きのひどさには絶望しかない

2chはいわずもがな、ヤフコメでも被害者叩きにたくさん赤ポチが付いている

ヤフコメはまだいいかもしれない。22年が軽いというコメントが多いか

2chは、普段なら死刑死刑と喚くくせに「22年とか重すぎだろwwくぱぁや(なんて下劣スラング・・・)の親は自分の娘を恥じろ!」というコメントばかり

被害者叩きやめろと言うとそれを「フェミ婆はビッチに何も言わないの?www」と嘲笑する

どこもかしこ被害者叩き。それを咎める人は少ない

被害者写真永久に残り続け、下品あだ名永久に残る。こんな屈辱的で理不尽なことがあるだろうか。

バンクーバーで殺された女性もそうだったけど、日本人女性被害者であっても女叩きされるのだ。

そして、それを見た女性も「私はこんなばかな女とは違う!」と一緒になって被害者叩きをする

こいつらに懲役22年をかせたらいいのに

それにしても「今の女子学生貞操観念がゆるい」というのはどういう偏見だろう。性交経験率は低下してるのに

2017-02-07

彼氏いるのに**するようなビッチ

矛盾を感じる。

彼氏いるのに**しちゃいけないと思うのは高い倫理観だなと思うと同時に、人をビッチと呼ぶのは低い倫理観だと思う。

2017-02-06

にょぽみのプペル

にょぽみがプペルの件について4コマ書いたけど

アレがとにかく気持ち悪く感じた

ビッチとプペルを間違えて書いてるし

これが故意にやったのではない、のであればキャラ名もろくに検索してないのに漫画ネタにするその精神生理的に無理だし

故意にやったのであれば、炎上商法ネタにしているのに、自分が「それはプペルじゃない」というツッコミによる炎上商法知名度上げてるのが気持ち悪い

絶対的安全場所から問題ガソリン注いで、炎にガソリン注げる俺スゲーみたいな魂胆が見えて気持ち悪い

2017-02-04

恋はすごい

恋人ができて変わったこと

恋人ができる前》

エロ漫画を読む→抜けるンゴ~!!シコシコシコシコ!!!

恋人ができた後》

すぐセックスするエロ漫画→は?ビッチか?

純愛系のエロ漫画→は?ここまでやるなら普通に純愛つらぬけよ



BL→あーーっ!!!あっあっ!あーーーーっっっ!!!!!

2017-02-02

やっぱり美人は得

うちの会社には、扉を開けたら開けっぱなし〜使った資料も置きっぱなし〜消耗品は使っても補充しない〜咳もくしゃみも宙に向かってブヒャ〜ッという先輩がいる。

自分は後輩なのでわざわざ注意したりしないが、だらしない人だな〜と常日頃思いつつ、同じ場にいればそっと片付けたりなど、陰ながらフォローしていた。


今日もその先輩が使った後の会議室は、その人の席だけイスが出しっぱなし。

机にはクリップやつないだ後のPCケーブルが散乱したままで、

さらにそれと一緒に毛玉がたくさんついたマフラーも忘れられていた様子。



お昼休み中、別の先輩から増田さん会議室に忘れてたよ」と、その近くで見たらむっちゃ汚いマフラーを渡された。

続けて「会議室、お客さんを通す場所なんだから使ったら片付けてね」と注意。

「え!私じゃありません…たぶん、○○先輩です。。」

と言ったら先輩はすぐに謝ってくれたけど、正直ダメージかい



私って、そんなだらしない人に見えるのか!

その先輩が使った後の給湯室がビッチャビチャなのも、コート掛けから他人コート落としたままにするのも、ゴミ箱の袋を頑なに交換せずに無理やり自分ゴミをぶっこむのも、全部私だと思われてたのかな〜と思うと、午後は仕事が手につかないくら憂鬱気持ちだった。

ちなみに、そのだらしない先輩は美人。私はそれと比べたらかなり残念な感じではある。

とりあえず猫背直そうと思うのであった。

2017-01-30

シン・えんとつ町のプペル

『同志アレクサンドロヴナ。革命家必要資質は何か?』

『同志ウリヤノフ。思想意思、自制、魅力、統率、扇動であります。』

『90点だ。同志アレクサンドロヴナ。』

『………。』

『私にはあと10点が足りなかった。私が革命をついに為し遂げられなかったならば、残り10点の欠落によるだろう。』

『………その10点とは何でありますか。同志ウリヤノフ。』

『同志アレクサンドロヴナ。その10点とは、、、

 

――同志アレクサンドロヴナ。風船を用いた飛行船によってルビッチとプペルが煙に突入。全て計画通りに進行中。

鼓膜を擦するような雑音混じりの伝令通信により、アレクサンドロヴナは甘い微睡から目覚めた。

即座に胸まで浸かりかけた追懐を殺す。感傷を潰す。

――同志アレクサンドロヴナ。

素早く一つ、いや二つ深呼吸する。

了解正念である。身命惜しま監視を続けよ。」

――了解

 

憲兵もの銃弾にこめかみを貫かれた同志ウリヤノフの胸をナイフで引き裂き、大動脈と大静脈を引きちぎって心臓を掻き抱きながら敗走したあの日から、私は私ではない。

埋葬もなく、墓標もなく、告別すらなく憲兵もの放った犬の餌になり果てた同志ウリヤノフの手足であり、声であり、遺志だ。

故に自身に宿った同志の一粒種にも、父親役を演じる部下を通して同志の言葉を贈り続けた。

 

「信じぬくんだ。たとえひとりになっても。」

 

残党になり下がり、地下に潜った革命軍に残された希望は、少年に育った一粒種ルビッチと同志ウリヤノフの心臓、それのみであったが、心臓所在が遂に憲兵どもに摑まれた。

危機はしかし、好機だった。

当局がまだその存在を把握していないルビッチアレクサンドロヴナが、同志ウリヤノフの心臓父親役の部下が、それぞれ抱えて逃走した。

部下は心臓を8つ複製し、それぞれを異なる配達屋に預けたうえ、町の果てまで追走してきた憲兵もの目の前で自刃した。見事な最期だったという。

何も知らぬ配達屋たちは全員、我々が仕組んだとおりに配達途中で心臓を取り落とした。

手間と賃金を換算し、配達屋たちは目論見通り誰一人捜索に一切着手せず、何事もなかったかのように配達業務に戻った。

憲兵どもに拉致された彼らは尋問され、拷問されながら、自分が何故かような仕置きを受けているのか全く理解きぬまま死ぬことになるだろう。彼らの屍を捧げることで、同志ウリヤノフの心臓痕跡を消し去ることができる。危機はしかし、好機だったのだ。

私は私ではない。アレクサンドロヴナは繰り返す。

私は私ではない。同志ウリヤノフの遺志を継ぐ道具。機械

故に死後、地獄に落ちることも厭わない。

 

憲兵どもが配達屋たちを責めている間に同志の本物の心臓を回収し、ルビッチが父のものだと頑に信じている銀のペンダント、それは事実同志ウリヤノフ所有のペンダントで昔日に私に贈られたものだ、を脳核としてヒトガタを造る。

資本家どもが排泄したゴミでできた、哀れな人形だ。

この町の99%を占める最底辺プロレタリアートのものである

脳核たるペンダントから父親役だった部下の写真を取り出し、代わりにプログラムを埋め込む。

プログラム。即ち同志ウリヤノフの遺志である

半年か、一年か。人形が起動するまでに暫しの時間必要だ。

ビッチには、父親は漁のさなかに波にのまれて死んだと伝えた。

止むことなく流れる涙を見ながら、脳髄に刻むように言い聞かせる。

私は私ではない。私は同志ウリヤノフの遺志を継ぐ道具。機械。私は私ではない。私は私では、、、

 

――同志アレクサンドロヴナ!ルビッチとプペルが煙を突破しました! その先の何か、その先にある何か偉大なものに邂逅した模様!

この国では労働者搾取され続け、資本家どもは肥え太り続ける。

労働者は朝も晩も、資本家もの富の代償である煙に包まれ、煙によって目が冒され、肺が冒され、脳が冒され、死ぬ

平均寿命は50に満たない。まっとうな状態でいられるのはせいぜい40までだ。残りの10年は苦しみしかない。

煙は資本家もの贅肉そのものであり、この国を閉塞する蓋であり、持つものと持たざるものを隔てるイェリコの壁である

しかし今宵、角笛は吹かれた。

壁が崩れる時が来た。

持たざるものが、煙を超えたのだ。

諸君! 私は確信する! 遠くない未来、我々の矜持を、尊厳を、希望を、光を奪い続けた煙が晴れることを!」

万歳万歳万歳!」

革命の父イリヤ・ウリヤノフの息子ルビッチ! ルビッチ・ウリヤノフ! それが煙に突撃し、煙を払う者の名である!」

「同志ルビッチ・ウリヤノフ!万歳! 同志ルビッチ・ウリヤノフ!万歳! 」

「今宵この日は! お金奴隷解放宣言が叶った日として永劫記憶されるだろう!」

「ギブ&ギブ! ギブ&ギブ! ギブ&ギブ!」

 

 

『その10点とは、、、「伝説」だ。』

伝説…』

『どれだけ資質を備えていても、どれほど有能であったとしても、人は不完全だ。しか民衆指導者に完全を求める。残念ながら人は人ゆえに、完全には成り得ない。ではどうする?』

『………。』

『諦めだよ。同志アレクサンドロヴナ。諦めだ。』

理解に至りません。同志ウリヤノフ。』

『彼は選ばれた者なのだ。だから盲信するしかない。そんな諦めだ。

自身比較し秀でているから信じるのではない。自身比較できないから信じられるのだ。』

『………。』

『たとえばこの煙。どこまで続くか誰も知らぬこ絶望の煙を超えて、その先にあるものにまみえた。そんな、常人では発想することすら笑い話になるような伝説だ。』

『煙の、その先…』

『たとえばの話だがね。…しかし、見てみたいものだな。その先にあるものを。…きみとともに。』

10年に渡る激しい革命闘争の果てに「煙突のルビッチ」を最高指導者に戴く政治結社「赤い星」は、ついに世界史上初めての社会主義革命成就させる。

ビッチは言う。

『他の誰も見ていなくてもいい。

 

黒い煙のその先に、お前が光を見たのなら、

 

行動しろ。思いしれ。そして、常識に屈するな。

 

お前がその目で見たもの真実だ。

 

あの日、あの時、あの光を見た自分信じろ

 

信じぬくんだ。たとえ一人になっても。

 

キドキしてる?』

 

2017-01-29

http://anond.hatelabo.jp/20170129210354

そういうビッチは知らないけど少なくとも私は就活したいだけなのにわざわざセックスチャレンジしないで欲しいなって思うわけ。

2017-01-25

anond:20170125213027

元増田です。

参考になるご指摘、ありがとうございます


私は、

「プペル=ゴミ大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」

「ルビッチ=作者の西野氏」

役割分けの解釈しましたが、このようにパッキリと分けられるものでもないかもしれないですね。


おっしゃるように、主体的に行動していくのはプペルの方だし、ルビッチはそれに引っ張られていく傍観者立場ですね。

特にビッチ架空物語と読者を繋ぐ役割というのは、鋭いご指摘だと思いました。


さらに、例のあとがきで、

主人公を《ゴミ人間》にしてみました。」

主人公の一人であるビッチ

とあるので「ダブル主人公」だし、作者の西野氏はこの2人のキャラクター自身投影させている、と思い直しました。


ただ、いずれにしましても、「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会風刺」と書いていて、西野氏が2人の主人公自身投影させているのならば、

西野氏に起こる色んな炎上の原因は「夢を語り、行動するから、笑われ、叩かれてる」という自己認識なのだと思います


でも、現実世界西野氏が炎上する原因は、それではないような気がします。

元の評文で、炎上の原因を「自分の実力以上に、上から目線物言いをするから」とキツめの口調で書いてしまいましたが、基本的にあのような大言壮語物言い、振る舞いが炎上の原因だと私は思います


まあ、ご本人は意図的炎上させている部分もそれなりにあると思いますが、燃やしたら燃えますよね。当たり前ですが。


私は、この絵本を読むまで、西野氏はかなり意識的炎上をねらってる「炎上キャラ」なのかと思っていましたが、この本で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会風刺」などと書いているので、天然なのか、わざとなのか、分からなくなってきました・・。

http://anond.hatelabo.jp/20170125144404

さきの増田で間違えたw

実際の内容と、元増田の主張における「ビッチ=作者」の位置けがおかしい。

その内容では、ストーリー的に自己投影すべきは最初迫害されているプペルの方じゃないか

という事。

どういうことかというと、

まり、この物語は、現実世界で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる」作者・西野自身が、清くて純真な「夢の残骸(プペル)」の尊さを自分けが理解し、そして夢を叶えるという概念(空にはホシがあるということ)は自分だけしか知らず、自分けが夢を叶えることができたという話なのである

それでは、西野亮廣氏は「夢を語るから、行動するから」笑われたり、叩かれたりするのか。

という元増田の主張通りとすると、プペルは最初に出てくる狂言回しにとどまり、ルビッチ主人公として夢を信じて迫害に負けず行動しないといけないんだよね。

が、実際にそうではない。

あなた引用している「あとがき」でも、

主人公を《ゴミ人間》にしてみました。

とある

そう書いてあるからとかじゃなく、実際の内容からしても、ルビッチ傍観者立場だね。

そういう理由で、作者とルビッチは同一化しているんじゃないかな。これは架空物語と読者を繋ぐ役割をするやつで。

(前述のように、作者がルビッチに寄せている可能性がある。元増田の上げた写真はすべて舞台公演の2012年以降)



と、なんか長々と書くのが嫌で打ち切るから結論

あなたの話は

それでは、西野亮廣氏は「夢を語るから、行動するから」笑われたり、叩かれたりするのか。

もちろん、そうではない。

自分の実力以上に、上から目線物言いをするからである

という、あなたの中の叩きの正当化がしたいがためのこじつけだ。



念のため述べるが、私はこの絵本イマイチだと思う。子どものために買おうとは思わない。

買っているのは大人だ。

anond:20170125141838

元増田ですが、私は最初からずっと、


「プペル=ゴミ大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」(これは作者のあとがきにある通り)

「ルビッチ=作者の西野氏」


という解釈を繰り返し述べているのですが・・。

http://anond.hatelabo.jp/20170123040505

実際の内容と、元増田の主張における「プペル*=作者」の位置けがおかしい。

その内容では、ストーリー的に自己投影すべきは最初迫害されているプペルの方じゃないか



と思ってみたら

http://natalie.mu/owarai/news/76120

2012年から

「プペル=石田明」「ルビッチ西野」という配役であり、おそらくこの作品のためのプロモーションとしてこの姿で露出している。

要するに、因果が逆なんだよ。

才能とかいうんじゃなくて、この作品もの凄い執着心を持っている。

しかしこの人、多分「次の作品」なんて作れないんじゃないかなぁ……。

※「プペル=作者」ではなく、「ルビッチ西野」の間違い

anond:20170125021323

あなたは、メインテーマとサブテーマ区別もつかないんですね。


えんとつ町のプペル』は夢の話ではない。

作者があとがきで、わざわざ太字にして懇切丁寧に説明してくれている部分をよく読んでみましょう。

えんとつ町は、夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会風刺

この物語のメインテーマは、夢を叶えるために行動することです。

太字したり、同じ言葉を繰り返して強調していることが、作者がもっとも伝えたいことからです。


ちなみに、例の無料公開のページには、最後にこの言葉が繰り返されています

http://spotlight-media.jp/article/370505056378315909

他の誰も見ていなくてもいい。

黒い煙のその先に、お前が光を見たのなら、

行動しろ。思いしれ。そして、常識に屈するな。

お前がその目で見たもの真実だ。

あの日、あの時、あの光を見た自分信じろ

信じぬくんだ。たとえ一人になっても。


それから「信じぬくんだ。たとえ一人になっても。」言葉も2回繰り返されてますからね。

まり作者は、自分孤軍奮闘で夢を叶えるために常識破りの行動してる、とでも思ってるんじゃないでしょうかね。



友情(あるいは親子愛)の物語

友情物語である側面はありますが、それはサブテーマです。

なぜなら、プペルは作者があとがき

「夢を見る」「夢を語る」「行動する」といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノをまだ持ち続けているという意味で、主人公を《ゴミ人間》にしてみました。

と書いてある通り、「大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」の擬人化であるからです。


プペルとルビッチ友達になるというのは、ストーリーの「表層」でしかありません。

「そこに込められた意味がある」ということを、作者はわざわざあとがきで 懇 切 丁 寧 に 説明してくれているのに、あなたには理解できなかったのですね。


西野氏が無料公開した理由は、2000円が出せない子どもいるから、と説明していました。

こんなに野暮ったく物語テーマを易しく丁寧に説明するあとがきを書くのも、子どもに対して向けたものなら仕方ないかな、とも思ったのですが、あなたにはもっともっと丁寧な説明必要だったようですね。


親子愛についても、これもサブテーマです。

父親ペンダントを見つけるために物語は進んでいきますが、これを「マクガフィン」と言います


そして、父親について語られる描写は、次の部分のみです。

「……ぼくの父ちゃんが、その『ホシ』をみたんだ。

とおくの海にでたときにね、ある場所で、頭のうえの煙がなくなって、

そこには光りかがやく『ホシ』がたくさん浮かんでいたんだって

町のひとはだれも信じなくて、父ちゃんうそつき呼ばわりされたまま死んじゃったんだ。

でも、父ちゃんは『煙のうえにはホシがある』っていってね、

ホシをみる方法をぼくにおしえてくれたんだよ」

まり父親は煙で覆われた閉じられた狭い世界のえんとつ町(言うまでもなく現代社会メタファーですが)を飛び出して、外の世界で「ホシ」を見た(夢を叶えることのメタファー)という存在として描かれています

あとがき言葉を使うと「常識に屈せず」、夢を叶えるために行動した「モデル」として描かれているだけで、愛してくれた父親としての思い出が語られるような描写はありません。


これを親子愛の物語だというのは、「天空の城ラピュタ」が親子愛の物語だと言っているようなものですよ。


私にもお話しする相手には「下限」がありますので、あなたへのお返事はこのへんで終わりにしておきます

無視された時には、自分に落ち度がないか、少しは考えてみてくださいね

もう少しまともな反論ができるようになったら、またお相手してあげますよ。

anond:20170125000434

なるほど。

あなたには、もっと数段低いレベルから話をしなければならなかったのですね。


まずお前は西野主人公と完全に信じ込んでいる

完全に信じ込んでいるのではなく、繰り返し言っているようにそのように解釈できる作品周辺の「事実」があるから、そう解釈しているだけです。

私の解釈が間違っていると言うのなら、根拠をあげて反証し、あなたがルビッチをどのような人物だと解釈しているのかを述べてください。



そもそも、創作者が作品をつくる際、作者が現実世界でさまざまな事象からくる感情を内的衝動として作品にぶつけ、登場人物に作者自身が重ね合わせることはよくあります


アンデルセンが、自分モテなすぎて「人魚姫」という悲恋物語を書いたように、

スピルバーグが、両親が離婚して寂しい思いをしたから彼の映画の多くが「崩壊した家族」を描いているように、

宮崎駿が、本当は飛行機乗りになりたかったのに体が弱くて断念したのを「風立ちぬ」の堀越二郎にそのまま重ね合わせたように、

つい先ほどアカデミー賞14部門ノミネートされた「LA LA LAND」のダミアン・チャゼル監督が、ジャズドラマーの夢を断念した想いを最近の2作品に込めたように、

そのような作品を挙げていけば、キリがありません。


すべての作品が、作者の現実的体験に基づく内的衝動からつくったものというわけではありませんが、

上に挙げたように多くの作品、そしてその登場人物には作者の個人的体験の反映が見られます


まり作者のこれまでの人生現実に起こっていることから作品意味を読み解くことは、批評の基本のキ、王道的な批評方法の一つなんですけど、そのことをご存知なかったのですね。

現実虚構区別がつかなくなっている

この部分を読んで、ようやくそのことに気づきました。



西野炎上主人公迫害って別物じゃね!?

西野炎上主人公迫害も同じものだと信じ込んでいる

私の評に対するあなた理解は、まったく間違ってます

最初の私の評文をよく読んでください。


私の解釈は、

「プペル=ゴミ大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」(これは作者のあとがきにある通り)

「ルビッチ=作者の西野氏」です。


2人の役割はそれぞれ違います

その2人の関係については、最初の評文で私は次のような解釈を書いています

この物語は、現実世界で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる」作者・西野自身が、清くて純真な「夢の残骸(プペル)」の尊さを自分けが理解し、・・・

私の評文に対して何かを言いたいのなら、せめてきちんと読んでからにしてくださいね

2017-01-23

anond:20170123154315

世界に対する人間の小ささを表現しているとも解釈

あの物語の中で、「えんとつ町」というのはむしろ「狭い世界」です。

井の中の蛙」の「井戸」と同じです。

から、その解釈は難しいと思います


絵本程度のページ数で飽きてくる

このわずかなページ数の本を読むのがつらくなってくる、ということではなくて、

少ないページ数だからこそ、同じような絵柄のページが続くのがもったいないと思います


作品内で描かれていないもの根拠作品を評している

作品には描かれていないことでも、作品周辺情報(作者の考えや制作過程など)をもとに作品を読み解くのは、いたって普通批評方法ですよ。ご存知ないですか?


君の名は。」に対する「監督高校時代楽しい恋愛をしたことがない」の解釈が駄目なのは、それは事実と反するからです。


「ルビッチ西野氏」と読み解いた根拠は、私は二つの事実」(作者の好む服装煙突掃除夫の制服)を挙げています

もし、それが私の読み違いだというのなら、その根拠提示してください。

そして、ルビッチはどのような人物なのか、あなた解釈を示してください。


それもなしに私の評に対する評をしても、ただの難癖でしかなく、私の評は何らダメージを受けていません。


念のために言っておきますが、この物語に対する私の批評は、「私の解釈」の域をまだ出ていません。

ただし、あとがきで述べているような「作者自身の言説」、上記に挙げたような二つの客観的事実などを根拠に、批評を組み立てています

「私の好み」や「私の主観」を元に論じていません。


「私の批評絶対正しい」などという自信があるわけではありませんが、

少なくともあなたから反論は、私の解釈に対する反証に全くなっていません。

絵本えんとつ町のプペル』のどこが駄目なのか

にしのあきひろ著、『えんとつ町のプペル』を読んだ感想を書く。


先に書いておくが、私は紙の本を購入していない。

Spotlightサイトにて無料で読んだ。


作品批評特に批判的な批評する際、本来であればお金を払うべきだと思う。

でも、本人の意向無料公開したのだから、私も好きなように書きたいことを書く。

作品批評自由であるべきだからだ。


この絵本は"絵"が駄目である ー その1


最初にただしておきたいが、六七質さんの背景画が駄目だと言いたいのではない。

しろものすごい技量をお持ちのイラストレーターさんだと思う。


ピクシブや他のサイトでも、六七質さんの作品を拝見した。

緻密な建物の描き込みはもちろんのこと、空間の奥行き感じさせるぼやかした遠くの景色

夢の世界へいざなってくれるようなファンタジックさがありながらも、懐かしい記憶を刺激するようなノスタルジックさを併せ持つ独自世界観、等々。

私が言うまでもなく、素晴らしい作品をたくさん創作されている方だと思う。



では、この絵本の絵の何が駄目なのか。


それは「構図」である

一言で言えば、キャラクターが小さすぎ、背景が主張しすぎである


文字だけ抽出して読むと分かりやすいが、この物語はプペルとルビッチの2人のやりとりをメインに話が進んでいく。

2人の間で育まれ友情や、ルビッチ父親形見を2人で探しに行く冒険描写ほとんどで、町の風景の美しさを語る叙景詩ではけっしてない。


もちろん、後述するようにこのえんとつ町自体が、物語全体のテーマに通ずる要素にはなっている。

しかし、町の風景描写あくまでもサブ的な要素として、もう少し控えめに描くべきであった。

具体的には、キャラクターを大きく、背景のコントラストを落として、キャラクターを浮き立たせるように全体の色彩設計すべきであった。


では、なぜこのようになったのか。

それは推測でしかないが、要するに作者はこの町の風景世界観表現たかったのだろう。

最初から中盤まで、とにかく町の風景風景風景風景・・・と同じようなページがずっと続く。

描かれている看板などはそれぞれ違うようにしてあるが、ひたすら同じようなトーンの町の風景ばかりだ。

これは絵本としては致命的であるし、読むほうも飽きてくる。


それならば、風景イラスト集だったらよかったのか。

この町の風景単体で作品としての価値があるかというと、私はそうは思わない。

ブレードランナー」みたいな町を、「千と千尋の神隠し」みたいな色彩で味付けしただけと私は思った。

ブレラン自体が真似されまくっているので、これも世界中に数多あるブレランの50番煎じ、60番煎じの一つだと思う。


この絵本は"絵"が駄目である ー その2


絵については、他にもある。


この絵本は次の一文から始まる。

「4000メートルの崖にかこまれ、そとの世界を知らない町がありました。」

でも途中で、町は海に面していることが分かる。

ここで驚いたというか、ずっこけた読者も多いのではないだろうか。


「えんとつの町に住むひとは、くろい煙にとじこめられて、あおい空を知りません。かがやく星を知りません。」

とあるが、別にえんとつ町は外界から隔絶された町なのではないのだ。


それと、えんとつ町だけが高いところにあって、断崖絶壁の低地に囲まれているのか、

それとも、えんとつ町だけが低いところにあって、高い崖に囲まれているのか、海が出てくる場面まではっきりしない。


これだけ多くのページで町の風景を描いているのだから町の置かれた地形が分かるように、町の風景を描くべきだった。



絵について、最後にもう一つ。


プペルは、醜い姿をしながらも、清くて純真な心を持った、他のさまざまな物語にも登場する典型的怪物キャラクターである

しかし、絵本の序盤ではプペルの姿ははっきり見えず、終盤に近づくにつれてプペルの姿が明るく映し出されて全容が分かるようになる。


あとがきで作者が 懇 切 丁 寧 に 説明してくれていたように、プペルが「ゴミから構成されているのは物語重要な部分である

それであるなら、プペルの姿の醜さは、序盤からはっきり分かるように描くべきであった。


この絵本は"物語"が駄目である


この記事の本番はここから


あとがきには、この物語について次のように説明している。(※太字は筆者)

えんとつ町は煙突だらけで、そこかしこから煙が上がり、頭の上はモックモク。朝から晩までモックモク。えんとつ町に住む人は、青い空を知りやしない。輝く空を知りやしない。『空』という概念がないものですから、見上げることもしません。


そんな町に突如現れたゴミ人間と、その友達煙突掃除屋が、それでも空を見上げるもんだから、町から袋叩きに遭ってしまますえんとつ町は、夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる、現代社会風刺そして、「夢を見る」「夢を語る」「行動する」といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノをまだ持ち続けているという意味で、主人公を《ゴミ人間》にしてみました。


えんとつ町のプペル』は、そんな物語です。

あとがき現代社会風刺」と説明する野暮さには目も当てられないが、ここではひとまず流しておく。


プペルは「『夢を見る』『夢を語る』『行動する』といった、大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」、いわば「夢の残骸」である

子供の頃は誰もが持っていた「夢を見る」「夢を語る」「行動する」は、プペルの心のように清くて純真もので、

それはえんとつ町(大人社会大人常識)の住民からすればゴミ、汚い、臭いものとして扱われる世界観なのである


では、ルビッチはどのような人物なのか。

それは作者・西野亮廣自身である

西野氏が、ルビッチのようなサスペンダーとハットを好むのを見れば、一目瞭然である

http://news.mynavi.jp/news/2015/01/04/138/images/001.jpg

http://up.gc-img.net/post_img_web/2013/02/55cb8b02247b92662b9e0a71412ec0f3_0.jpeg

http://s.eximg.jp/exnews/feed/Taishu/Taishu_21980_1.jpg

http://jgweb.jp/wp-content/uploads/2013/06/new_IMG_0039.jpg

http://img.u-note.me/note/uploadimage/1407827558970.jpg

https://wordleaf.c.yimg.jp/wordleaf/thepage/images/20130913-00000001-wordleaf/20130913-00000001-wordleaf-0.jpg

http://s.eximg.jp/exnews/feed/Yoshimoto/Yoshimoto_201306_post-0995_1_s.jpg


駄目押しで書くと、煙突掃除夫にはこのような制服があるので、作者がルビッチ自分投影していなかったのならば、ルビッチはこのような容姿になったはずである

google:image:Chimney sweep uniform


まり、この物語は、現実世界で「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる」作者・西野自身が、清くて純真な「夢の残骸(プペル)」の尊さを自分けが理解し、そして夢を叶えるという概念(空にはホシがあるということ)は自分だけしか知らず、自分けが夢を叶えることができたという話なのである


それでは、西野亮廣氏は「夢を語るから、行動するから」笑われたり、叩かれたりするのか。

もちろん、そうではない。

自分の実力以上に、上から目線物言いをするからである

https://www.youtube.com/watch?v=asx0938br3E


現代現実世界では「夢を見る」「夢を語る」「行動する」は、「大人になる過程で皆が折り合いをつけて捨てたモノ」なのだろうか。

ゴミ、汚い、臭いものとして扱われているものなのだろうか。


社会生活している人々は皆「『空』という概念がないものですから、見上げることもしません」、つまり夢を見たり叶えたりする概念すら知らないのだろうか。


一部ではその通りかもしれないが、しかし、すべてがそうではないはずだ。

夢を見て、語って、行動し、実際に夢を叶える大人は、この社会にはたくさんいるかである


しかし、作者・西野氏は「自分けが『夢』という概念を知っている。自分けが大人になっても夢を見て、語って、行動している。だから自分は笑われ、叩かれるのだ」という考えを、この物語のなかで自己正当化しているのだ。


からこの絵本物語は、幼稚なナルシズムに満ちていて、どうしようもなく醜悪でなのである

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114194457

今って「ビッチ」っていう言葉軽いよね

ある程度の人数とセックスしてればビッチ呼ばわりしてもいいと思っている

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