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はてなキーワード: 一心とは

2017-04-10

お酒で失敗した

友人と二人で飲みに行ったら、普段より友人の酔うペースがはやくて対応を誤ってしまった。

その日二軒目でたまたま通りかかって見つけた、扱う酒にこだわりを見せている感じのおしゃれなビアバーに入って飲んでいたのだが、

自分としては新しい美味しいお酒出会ったり、友人と味について話をしたり、店の方にお酒の事を教えてもらったりして楽しみたかったのだけれど、

途中から友人の酔いが回って彼の中の自制と周囲への気遣い消失し、狭い店内であれば全員に聞こえていただろう音量でスマホゲームの話を延々と話し始めてしまった。

何度か遮ったり声を落とすよう頼んだのだが、元々素面でも「敢えて言われたことの逆をやる」冗談を好む彼は、酔っていると全てそういうフリとして受け取ってしまうらしく、

「わかった。わかった。つまらないのは知ってる!俺だってこの話が面白いとは思ってない。でな!!」とまた戻っていく上に、遮る度にむしろ声のトーンが増していく始末。

自分の乏しいコミュニケーション能力ではこの状態になった友人を操縦する方法が分からず、気のない返事をして早く話が終わることを祈りながら聞き流すことしかできなかった。



はいえ、具体的に周囲から迷惑そうな視線を投げられたわけでもないし、完全に自分の中の規範意識だけの話ではあるのだけれど、

カウンターの並びでお酒好きプチ女子会を開催しているお姉さま方にも、他のお客さんにも、新しい生樽のビールの特徴を常連らしきお客さんに説明している店の方にも失礼な気がして、

早く友人と言う異物をこの空間から取り除きたい一心にとりつかれてしまい、しまいには全く酒の味が分からなくなってしまった。

結局その時手を付けていたお酒が無くなった時点で会計をして、そそくさと退散したのだけれど、

イレギュラーが発生したとはいえ、せっかくのお酒を味が分からない状態でグラスをあけるために煽るという、

店にも作り手にも無礼まりない状態で酒を飲んでしまったことが二晩経ってもまだ引っ掛かっていて、あの時どう対応するのが正解だったのだろうかとずっと自問自答してしまっている。

とりあえず、その友人と二軒目以降に初見の静かそうな店に入るのはもうやめようと思った。

2017-04-07

就職活動を4ヶ月ほどやって自分に起きた変化を記録する

いろいろあったので,精神を整えるために箇条書きで書いていこうと思う.3月から始めた人の参考になるかも?ならないかも?



  • 平気で嘘つく企業と嘘つく学生に遭遇しまくって更に人間不信になった
  • キミみたいな人欲しいとか,考えが面白いとか,高評価した面接官に落とされることもしばしば
  • グループ面接で一緒だった学生と話しながら駅に行った事があるのだけど,途中で平気で志望動機が嘘だと言っていてドン引き
  • もともとそういう傾向はあったと思うけど,自分を褒めたり求めたりしている言葉は全部ウソだと思うことが多くなったし,その感情が強くなった
  • とにかく精神不安定になっている
  • 選考結果が出て落ちていて落ち込む → 回復 → 選考結果が出て落ちていて落ち込むの繰り返し
  • メーラーを立ち上げるのが嫌で仕方がない
  • 付随してなのか,なぜか研究室SlackLINEも見るのが億劫になった
  • グラフにするとsin(x)-0.25xみたいな感じ?ゆっくりゆっくり全体として気分が落ち込んでいくイメージ
  • 自分がゆるやかに死んでいくのを感じる
  • 常に何かの選考に追われていて,何も考えずに好きなことができる時間が無くなった
  • 本命企業を受けて現在選考なのだけれど,私自身が何もしていないし,企業選考しているだけなのに,不安すぎて急に涙が出そうになる瞬間がある
  • 結果として,楽しかったことが前より楽しくなくなる(全く楽しくないわけでもないが,それでもやはり不安感が急に襲ってくる)
  • とにかく喉が渇くようになった.理由不明
  • ものを食べると口の中がやたら酸っぱくなるようになった.こちらも理由不明
  • 先々週あたりだったか,急に毎日酒を700mlほど飲んでみたりしたけど全く楽にならない
  • 急に空がキレイに見えるようになった.これはメリットといえばメリット
  • 現在もだけどなぜか海が見に行きたくて仕方がない.理由不明
  • 寝ても寝ても寝足りないこともあれば,寝るのが嫌で嫌で仕方がないこともあってわけがからない
  • 食事馬鹿みたいに取ることがあったが,虚無感しか残らない
  • 凄くカジュアルに人の不幸を希望するようになった
  • 別に死んでほしいとまでは思わないが,その一歩手前あたりまで願うようになった
  • とりあえず,なんとなく,でも真っ先に出てくる感情は「クソ食らえ」
  • 何もしていなくても社会に対して「クソ食らえ」と思うようになった
  • 兎角楽しくない.少し楽になりたい.その一心



あぁ,これね.書くと凄く楽になるわ.でも気持ちが楽になるだけだわ.結局周りの状況は変わってないし.

状況も含めて,楽になりたいです.いっそ楽にしてくれ.誰か.誰か.

2017-04-04

釧路市釧路町ラーメン屋その1

高校まで住んでいた地元釧路ラーメン屋感想です。駅前とかはあまり行ってないので場所が偏ってるかもしれない。

豚骨

海皇

独特のあっさり豚骨ラーメン。麺はモチモチ個人的には一番好き。トッピングがまた独特で菜っ葉スライス紅しょうが、大きな角煮が乗ってくる。

地元に帰るたび行きたいと思っている。ちなみに私は麺の硬さ的に旭町店のファン

ふくちゃん

もう10年近く行ってない。悪くはないけど内地豚骨とは違うかな

醤油、塩系

秀航園

10年ほど前味が変わってクソ萎えてたが気づいたら普通になっていた。量が少ないので隣りにあるポスの王将で食べ足すかワンタンメンでも頼みたい。

夏堀

駅裏に移った。 秀航園系のラーメンラーメンはそこそこだがチャーシューが市内最強レベルで旨いので気になる方は行きましょう!

○堅ラーメン

裁判所の坂を下ったところ。元セーコマ。ちなみにセーコマは向かいに移った。あっさり背脂醤油で良い。

味や

パイコーハンで有名なところ。あっさり醤油普通

味噌

はちべえ

そこそこ旨い。行って損ではない。

一心

閉店した。安定してうまかったので残念。

昇憲

ポスの近くの店。少々高いが美味しいこってりラーメン本店が曙にある。

火の車

昇憲の斜め後ろにある。ここも行って損はしない。

虎吉

わざわざオススメするほどでは無いが変な店で自爆するならココに来たい。

その他

ばかあたり

醤油塩味噌揃ったこってり系ラーメン屋

とんとうしょうゆが旨い。星が浦にあって、遠いので空港の帰りに行きたい(が前回行きそびれた)

豪壱 芦野店

担々麺の店 釧路では殆ど無いので行ってみよう。

壱福

福司の向かえにあるやつ。釧路市民なら行く価値はある。

愛国商店街のセーコマ跡にあったやつ

油そばが食べれた珍しい店。無くなった

疲れたのでとりあえずおしまう。

http://anond.hatelabo.jp/20140507012359

たまたま上がってきてて、読んだらいろいろ思うところがあったので書いておく。長い長い自分語りになるが許して欲しい。

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元増田とおなじく、私も両親は高卒、親戚もたいていが高卒で働いている。

ただなぜか親が教育熱心だかなんだかで、塾に通わせてくれたし、まあまあそれなりの高校に行くこともできた。

高校の頃からだいぶ成績が怪しくなったものの、なんとか地元の国公立大に進学できた。

中学の頃の友人はたいていが高卒就職してて、大学入学した時にFacebook見たら就職しました、って書いててすげえなって思った。

大学入ってからはよくある自堕落生活単位は常にギリギリである。その上就活も面倒臭くてあんまりちゃんとやらなかった。でもたまたまプログラマとして雇ってくれる会社があって、そこに就職した。

田舎人間、初めての一人暮らしである

何処の馬の骨ともわからぬようなアホな学生プログラマとして雇い入れるような会社だ。今となったらそりゃ大変なことになるよなあと思うのだが、当時はこれでやっと親を安心させられる、独り立ちできる、という一心で働いていた。その結果、メンタルおかしくなる一歩手前まで行った。こっちで知り合った友人が「落ち着け」って言ってくれなかったら、今生きてるかどうかさえ怪しい感じだ。

で、私は考えた。どうすりゃこの地獄を抜け出せるんだ、と。

考えに考えまくった結果、会社の外に見える実績を残せばなんとかなるんじゃね? と考えた。それで、勉強会とかカンファレンスで話したり、コンテストハッカソンに出たりした。体力的にはかなりしんどかったけど、何より楽しかった。外の世界にはこんなに面白いものがあるんだって分かった。

ただ一つだけ思い違いをしていた。会社にバレなきゃいいと思ってたんだが、バレた。バレたら、怒られた。なんでそんなことするんだ、会社で使う技術だけを勉強してればいい。そんなことを言われた。とても凹んだ。それと同時に、やっぱりこんなところにはいられない! って思った。

それまでまともに転職活動をしてこなかったので、このタイミングでやっと面接を受けはじめた。ハッカソン勉強会主催してる会社を受けた。好印象だったかどうかは知らないが、なんだかんだで話を聞いてもらえた。そして今の会社に受かった。地方のよくわからん大学から直接入るのは難しそうな会社だ。実際、大学時代の恩師にも「まさかそこに転職するとは」と言われた。

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世の中にたような境遇でも、辿るルートが違うとこんなことになる。

就職してもう何年か経つけど、未だにすげえ楽しい新卒の頃がなんだったんだってくらい。

から大都市には夢があると思う。掴めるかはさておき。そりゃ要領いい人はサクッと掴むだろうが、私のように面倒臭がりでどんくさい人間はなかなか掴めない。それでも諦めず、策を練って立ち向かえば、まあなんとかなるときもある。今はそう思う。転職前は絶望しかなかったけど。

2017-03-31

女になりたい元増田より

http://anond.hatelabo.jp/20170327002725元増田です。

恐ろしく長い書き込みになりますすみません



コメントありがとうございました

とにかく吐き出したい一心で書き込んだものにさまざまなお言葉いただき、とても驚いています

書き込んだときは、一つ二つコメントがあれば御の字、よくて炎上事案だろうと思っておりました。自分が発信したものに、こんなにも多くの方からの方から反応をいただいた経験もなかったため、あまり現実味がなかったのも正直なところです。

しかしながら、増田の皆さんがコメントするという手間を割いてくださったこと、純粋に嬉しく思います。読み初めは恐る恐るでしたが、最後には泣きながらすべてのコメント拝読しました。

ありがとうございました。



お返事(というよりは所感)

いただいたコメントの中には、はっとしたり、感銘を受けたり、お礼申し上げたいお言葉がたくさんございました。

今後立ち止まったときに読み返したいという思いもあり、誠に勝手ながら覚え書き代わりに再び書き込んだ次第です。


こんなところまでご覧になる方はごく少数かと思いますが、以下、先の書き込みを通してわたしに投げかけられたと思しきコメントを中心に挙げさせていただきました。

わたしの頭が及ばず文脈を読み取ることのできなかったコメントコメントに対するコメントなどついては割愛させていただきます。本旨を拾うことができていない場合も見受けられるかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。



コメント群 I:そもそも内容が不快

自覚がなかっただけ余計に質の悪い「いけ好かなさ」があったのだろうと思いますし、言い訳以上でも以下でも無い書き込みでしたのでご指摘ごもっともです。貴重なお時間をいただいてしますみません



コメント群 II:書き込む場所問題

解決法、相談場所など考えるなり調べるなりすべきだったところ、自分勝手に思い詰めた挙げ句思考停止していました。

今後は適当と思しき場所相手を見定めていきたいと思います



コメント群 III:受け身すぎ・主体性がない
  • 単なるビビリやん、行動するのに御託を並べてる時点でビビ卒業できてないわ
  • 自分人生から逃げ続けていると、そのうち人生からしっぺ返しを食らう。
  • 傷つくことを恐れて逃げると、もっと傷つくことになる/同世代だって心を受け止めあえる優しい人がいることをまずは知って欲しい。とにかく探して話していけば、きっと人として愛しあえる。
  • 残念、悉く受動的。恋愛に限らず、してもらうことばかり考えている人に惹かれる人は少ないと思うよ。許されたい、愛されたい、と他人に望んでばかりじゃね。
  • コンプレックスのせいで受け入れてくれそうな人に甘えているだけでしょ。お洒落モテる努力をしてコンプレックスを解消してみては?30代は出会いが沢山あるので遅くないよ。今諦めると10年後にもっと後悔する本当に
  • 酷い言い方かもだけど、メソメソこんな私を愛して延々言ってたら、一生搾取おじさんの餌食から抜け出せないと思う 自分自己肯定感低いけど、なんとか脱しようと努力しているか増田さんとは相容れない

その通りですと頷くことしかできないコメント第一群でした。

コンプレックスの強い部分が性にまつわる事柄に集中していたのでああいった書き込みになりましたが、そもそも人として受動である、ということをコメントを通して実感しています

こちらも仰る通りだと思います

自分と向き合うこと。価値を見出すこと。認め、受け入れること。すべて放棄してしまったがゆえの今のわたしですね。



コメントIV自尊心・願望が高すぎ
  • この人はもうショーケースに並んでいるのだと思う。ただ、それを自分で認めたくないだけで。
  • 自信が無いのではなく、プライドが高すぎるだけでは。「ショーケースに並んでる」女性を見下してきたんじゃない? 私は違うって。
  • なんかモテない自分に酔ってるような印象を受けた。モテないと言いつつナルシストなんだろうな。理想を下げられないんだ。
  • さないと愛してもらえないぞ。先に愛したら負けだと思っているんだろ。

このあたりも刺さったコメント群の一つでした。

自主性を放棄したのも自分選択ですが、そのあたりを「放棄せざるを得なかった」と外に責任転嫁。「誰かと恋愛を共有できずとも生きていく」ということに固執し、「私は違う」と言い聞かせながら、どこかでは自分から愛するのでなく選んでもらいたいという望みを抱えていた気がします。

いや、抱えて”いた”というか。現在進行形の方が近いでしょうか。

  • プライド自尊心)の処理さえどうにかできれば、あとは“彼女たち”の真似をすれば十分追い付けるのでは?/不倫超うらやましい……。好奇心がある今のうちに、男から色々教えてもらいなさいな
  • なんか無理に小難しい言い方をして賢く見せようとしてる感じがするなあ。プライドが高いのかもしれないけど、恥かいてもいいと思ってないと他人と深い関係にはなれないよ

なので、こちらのご指摘の通り、自尊心の壁を崩して自己開示することは大きな課題だと思います

不倫は二度とごめんですが、(誰かに迷惑をかけない形で)失敗を恐れず経験を積み重ねることができたら素敵ですね。

こちらのコメントには心底はっとしました。

自分が傷つきたくない一心積極的な行動を避けるようになりましたが、はたしてそれで何を守ることができたかと問われると、得心のいく答えが見つかりません。

  • 真面目な非モテ結婚すればいい。恋愛じゃなくて結婚するんだ。そもそも日本人の大半には恋愛なんてできないんだよ。
  • そんなに恋愛幻想持たないでもいいと思うぞ。(妻帯者は避けたほうがいいとは思うが)愛し愛されたいとか、それだけならそこらの男性半年も付き合えばできるし、それをうなずけないのは、望み高いからだし。
  • じゃあ俺が恋人にしてやるよ、って言っても拒否するだろ?結局わがままなんだよ、選り好みしてるだけのただの甘え

文化的な背景であったり、そもそも現実的な部分であったり、分かっていなかった部分がたくさんありますね。

少女漫画ドラマリアリティを疑う頭はあるくせ、夢見がちな自分の頭を自覚する能は皆無だったのだとつくづく思いました。

わたしが選り好みしない人間であれば、何食わぬ顔で件の人との関係を続けていたでしょうし、きっとああいった書き込みもしていません。



コメント群 V:不倫女のテンプレ

いくら年上が好きでも不倫だなんてありえないし、人の旦那に引っかかるような女にはなりたくない。そう思っていた十年前の自分に今回の書き込みとこちらのコメント突き出してやりたいです。

正直ぐうの音も出ません。

年齢ばかりが大人の濃度を増すのに比例して、欲求も複雑かつ深くなっていくので、大人として制御の仕方も覚えねばと強く思います

同じ轍を踏まないための必須スキル自己肯定であることも忘れずにいたいです。



コメントVI:見た目ばかりが大切なのか

コメントを受けて自分文章を読み返したのですが、見てくれからして自分を好きになることができないあまり、中身はおろか包装さえ魅力がない!だから手にとってもらえない!という書き込みになっていましたね。

もちろんそう感じていたのは事実なので、コメント一つ一つから見目に執着していたことを自覚することができました。

書き方が悪かったため「可愛らしい女の子」に内面も含まれることが全く伝わらなかったことと思いますすみません

わたしが羨んだ親友たちが(自覚的にせよ無自覚にせよ)努力で構築してきた「かわいさ」には、親しみやすさであったり、思いやりであったり、内面の豊かさに表れるものもたくさんありました。わたし可愛いと感じた外見も、そうした内面から滲み出る表情・仕草が大半を占めていた気がします。

明るく振る舞っていた彼女たちと、マイナスばかり抱えて鬱屈していたわたしとでは、比べるべくもありませんね。

自分書き込みが外見ばかりに言及した内容であることに気が付かなかったあたり、内面から目を逸らしているというご指摘は的を射ていると思います



コメントVIIワード定義・考え方について
  • 女になる、というのは果たして、綺麗に着飾って声を掛けてもらえるのを待つ状態を指すのだろうか。逆説的に、声を掛ける人だけがあなたの中では男なの?
  • 「女としてショーケースに並ぶ」ことが女になるってことだと思ってるなら、それがそもそもの不幸のような気がする。
  • 増田が何を目指してもいいけど、そういうのは女じゃなく恋愛体質とか恋愛至上主義者って言ってくれ。
  • 「異性のパートナーがいない女は『ちゃんとした女』ではない」って思い込みを捨てれば楽になるのでは。

このあたりもすごくはっとしたコメントばかりです。

女として、女になりたい、女、女……と再三嘆いているわりに、わたし自身劣等感を通じて「女性」という性を蔑み、貶していたのではないか?と感じました。

自尊心にしがみつきわたしの憧れる「女性」に対して「わたしは違う」とどこかで思っていたのと同時に、女性としての価値勝手に決めつけていた気がします。これもまた思い上がりですね。

  • すごい違和感増田の中で「女性=選ばれる立場」という認識?選ばれたいという願望で自覚的にそう思ってるならまだしも、増田だって愛する権利は勿論あるし「人として」愛されるという選択も確実にあると思うけど
  • ショーケースなんかに並んでないで、自ら狩りに出れば選びたい放題だよとマジレス
  • この人は「選ばれること」「評価されること」を強調するけれど、自分自身もまた「選ぶ立場」「評価する立場であることを忘れている。その非対称性が少し気にかかる。
  • 受け身は止めてみたらどうか。あなたが主導でも恋愛は成り立つ。
  • 既婚者なのに言葉巧みにおいしいとこだけ持ってこうとするやつなんかに選ばれようとしなくていいよ。そんなショーケースに自ら入る必要ないよ。あなたを「選んで」くれる人を、自ら選べるはず。

こうしたご指摘を受けた根底には、上記のような「女性」に対する偏った価値観があったのだと思います

日常生活の中で無意識に「選択する」ことを繰り返しているはずですが、そのあたりを自覚できていなかったのも問題なような……自己肯定すること、主体性を持つことにも繋がると思いますが、前向きに選ぶことができるようになるのも課題の一つと感じました。

前述したコメントから繋がるものですが、こうしたご指摘は、偏った価値観に縛られて手段目的になっていたのだと気づかせてくださいました。

ショーケースに並ぶことは女として取り得る手段ひとつにすぎず、それ以外の選択肢があることを理解しようとはしていなかったのかもしれません。

労っていただいてありがとうございました。

上記の通り偏った価値観から好き勝手に嘆いていましたが、「女」になることで何が欲しいのか?という問いに対する明確な答えを持ち合わせていなかったことに気がつき呆然とした次第です。

好みの恋人を得るために可愛い女性になりたかった、というのが当てはまるような気はしつつも、女として生まれ自分が持ちうる一番身近な「愛される形」が「女性」だったのでは、とも思いました。



長くなりすぎたのでIIに続きます

2017-03-25

anond:20170325014712

寄付がどーたらと、特に違法性がある訳でもない事を

国会で審議する理由意味不明

こんな不必要な事で一日に3~4億の経費を国会で使いまくってる

土地取得問題ですら違法性が見つからないまま

普通確証得てから騒ぐもんじゃないのかな

安倍政権倒したい一心野党マスコミ

次々倒せそうなネタに飛びついては自爆しているだけに見えます

2017-03-24

カウンセリングに行く勇気がない人はどうしたらいいのか

俺の病名教えてくれよ。

上京してすぐに打ちのめされた。

部屋探し中に東日本大震災が起き、混乱のさなかで決めた物件がとんでもない湿気ハウスで、いつ漏電してもおかしくないと業者の人に言われたので契約キャンセルしたら、感じの良い大家の婆さんから散々罵られた。

この経験は俺に東京への強烈な苦手意識を植えつけた。東京人間は信用出来ない、腹の底ではきっと俺を……

しかし、くだらないプライド地元に帰ることな孤独に生きている。友達なんかできるもんか。



でも、それでも、友達を作るチャンスはあった。

面白くて尊敬できる、個性的女の子と仲良くなりそうになって、何度か大学から最寄り駅まで一緒に帰ったりもしたが、「俺は死ぬまでこの人の面白さの全てを理解できない」という多面的しょうもない考えと「俺はこの人より面白くなれない」という劣等感が頭をグルグル駆けまわった結果、彼女コミュニケーションを取ることができなくなった。

笑いの趣味が近い、物静かな文学青年と仲良くなりそうになった時は、「嫌われたくない」一心で連絡を絶った。

趣味は合わないけど、なんとなく波長が合いそうな気がした高校同級生と再接近した時は、彼に誘われて入った同級生たちのグループラインでの彼の発言が俺に対するあてつけにしか思えなくなって絶交した。

これ絶対心の病気だろ。

カウンセリングに行くのが一番だということは理解している。でも、行く勇気がない。何言われるかわからないし。傷つくかもしれないし。何度も行こうとしたけど、結局いけずじまいで7年目。

病名なんだろう。薬飲めば治る系のやつだといいな。薬出ない系は辛そう

2017-03-18

報道しない自由」を許してはならない

日本メディアには「報道しない自由」が溢れている。なぜこうも「報道しない自由」が行使され続けるのか。それは国民マスコミには報道の自由編集の自由があるからと半分諦めて抗議をしないかである。なぜ抗議しないのか、それは国民が「自由」という言葉意味をよく理解していないからだ。

自由定義を難しく考えれば、その説明は本一冊では足りないくらいである。しか私たちがよく使う自由意味は単純に「束縛されることな勝手気まま」という意味殆どである。それではなぜ勝手気ままにできるのか、それは世間で正しいと認められているか自由勝手にできるのだ。公園散歩するのは自由だ、なぜならそれは世間で正しいと認められているかであるしか私有地勝手気ままに散歩することはできない。

報道においてはまだ正しいかどうか分からないことも多いが、多分正しいであろうと判断して報道している。しかしもしその報道が間違っていたならば謝罪責任を取らねばならない。自由とは常に正しくなければならないし、責任が伴うものである。つまり自由意味とは単純に“正しい”と考えればいいのだ。自由とは正しいか自由なのです。

おかし報道に対して抗議をすればいつも「報道の自由がありますから」「編集の自由ですから」と返事が来る。しか自由という言葉にひるまずに「その報道は、その編集は正しいのですか」と聞き返せばいいのだ。「報道しない自由」に対しても放任せずに「それを報道しないことは正しいことなのですか」と追及すればいいのだ。

例えば中国圧政に抗議してチベットでは百人以上の坊さんや尼さんがガソリンを被り焼身自殺をしている、世界中国圧政を知らせたい一心からしか日本国内マスメディアでは中国に遠慮して殆ど報道されることはない。欧米では知られているのに日本人ほとんど知らない。これに対して私たちは「これを報道しないことは本当に正しいことなのですか?」と強く抗議すべきなのだ

基本的自由なんて言葉無視すればいいのです。「報道の自由だ、編集の自由がある」とマスコミが言っても「ハイハイ日本には自由保障されています、どうぞ、どうぞ自由気ままに報道してください、しかしその報道は本当に正しいのですか?間違っていたら責任を取ってくださいね」と反論すればいいのだ。

皆さんも「報道しない自由」を見つけたら「それを報道しないことは本当に正しいのですか」と抗議、追及してください。「報道しない自由」など絶対に許してはならないのです。

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

結婚して10年たつけどいまだにいつHしていいのかわからない

当方は夫で夫婦でそろそろ40って感じで子供は2人。俺が言うのもなんなんだけど奥さんはかなり美人

結婚から毎日オナニーしてたし俺は毎日でもHしたいんだけど、ほぼ断られる。

なんか同僚とかが話してる週1とかのペースまじ信じらんない。どうやってんの?うちは多くて2か月に1回だし約1年開いたこともある。

理由はいろいろなんだけどだいたい

1. やだ

2. お風呂に入ってない(疲れて次の日の朝入ることが多い)

3. 月のもの

こんな感じで、基本的にはなんかこうお膳立てがないというか、雰囲気がそうじゃないのにHに突入するのがいやなんだそうだ。

わかるんだけど、奥さんは早起きして上の子弁当つくってて、日中は小さい子の相手家事でくったくたになって、そのあと夜にそうなるのってほぼ無理ゲー

から俺がなんとなく無理やりキスしてるうちにー、とか、布団の中に隠れてて寝にきた奥さんにいきなり襲いかかったりとか、そういうノリでなんとか押し切る感じで夫婦生活を始めてる。

それはそれで奥さんもまんざらじゃない……、みたいのはほぼなくて時々マジで切れられてしまう。泣かれたこともある。ごめんなさい。

ただ、そうしなかったらHに至れる気がしない。

真剣な話し合いもしたし、私はもともとH苦手だから浮気してくれてもいい。しょうがないと思う。みたいに言われたりしたけど、いやそうじゃなくない?

行為にさえ突入すれば、嫌がってる様子はないと思うし、普段はろくに触らせてくれない美人の奥さんが俺に体を許してる、って思うと本当にすごい興奮する。

めったにHできないから、性行為マンネリで、みたいな悩みはまったくないし、Hしたい一心で奥さんの負担を減らすためにあれこれ腐心してるし、これはこれでいいのかもしれない。

ああ、でももっともっとセックスしたいよう。

追記)

いろいろアドバイスなどありがとうございます

Hを早く終わらせたいっていうのは、俺がそう感じなくてもぜったいあると思う。ただ、奥さんの場合、次の朝はやいとか、そういう心配があるならしない、というスタイルなのです。

今書いてて思ったんだけど、奥さんもともと体弱いし、Hの次の朝しんどくて起きれないとかわりとある

からそれも考えるとよけい億劫というのは理解できるのです。

Hに至ればいやじゃなさそうなのは大丈夫?っていうのは直接的、間接的にそうとう確認したんだけど、本人曰く性的快感乱れるのが恥ずかしくて自分嫌悪してしまうとか。

しかにご両親が性に対して相当保守的な方々で、奥さんをみてると端々に潜在意識まで教えというか躾が染み付いてる感じがする。下ネタにすごく拒絶反応でるとか。

なので、子供寝てる横でキスするだけで嫌がる。だからいつそういう雰囲気になってもいいように今日は!という夜は別室に布団しいて避妊具用意してる。まあ99.9%空振りなんだけど。

というわけで俺本人が嫌がられてるわけではない、はず。友人たちから子供からも仲良しすぎるっていわれるくらいだし、奥さんも俺が仕事やすんでデートとかするの喜んでくれてる。

俺がひとりでゲームしてるとくっついてきたりするし。その延長でついその夜に体を求めたくなるのが俺で、あー嬉しかった!で終わるのが奥さんって感じかなあ。

奥さんが泣いてしまうのは、Hそのものが嫌というわけじゃなくて、ほぼ俺の無理解が悲しいという理由。今まで5回ほど、だいたい2年に1回起きてる。

なんで俺がそうしてしまうかというと、基本100%だめって言われるので、もうちょっと探りたい、もうちょっとだけ!って感じで、いつの間にか一線を越えてしまう感じ。

申し訳ないです。

2017-03-12

ブルブル病

さっきイッテQ観てて、出川が綱を渡る時に足がブルブルしてて、

「はじまったよー」「誰か止めてくれよー」とか言ってて、それを見ながらゲラゲラ笑ってたんだけど、



そういえば、私もブルブル病。



3年前に転職した会社の朝礼、順番に日直がまわってきて、本を朗読させられる。

朗読し終わった日直が誰かを指名して、指名された人はその本の内容について感想を述べる。



一見感想を述べる人の方が難しそうだが、私は朗読すらできない。

周囲は優しい人達ばかりで、誰一人厳しい目で見てないのに。

それなのに朗読ができない。出川の様に足がブルブルと震え、声が上擦り、過呼吸の様な状態になる。


入社してすぐにその症状に気付き、恥をかきたくない一心で、心療内科に行った。

あがり症の方は意外に多いですよ!」と、お薬を出してもらった。



日直の日の朝、薬を飲む。

薬が効き始めるのが1時間くらいか

「薬はちゃんと効いてるのか?」と、ドキドキしながら朗読を始める。



順番に日直がまわってくるんだけど、私の前の人が当日欠勤すると、私が日直をやらなきゃいけなくなるかもしれないので、

自分が日直になる前々日からキドキしてる。

そのドキドキを消すために薬を飲みたいけど、

飲むと気怠くなって、眠くなる。仕事に支障が出るから「ここ!」って時以外が飲みたくない。




日直じゃない日も、指名され感想を言わなければいけないかもしれないので、気が抜けない。

「またブルブルが始まるんじゃないか。」「指名されませんように。」と、願いながら1日が始まる。

指名されると、ブルブルと何かしゃべってる自分がいる。

なんとかしゃべり終わっても、なぜかしゃべり終わった後にブルブル病がやってくるから不思議だ。




そんなこんなで、なんとか乗り切りながら、もうすぐ3年が経つ。

人としゃべる事はとても楽しいし、仕事やりがいがあって好き。

まれ環境にいる事も実感しているのに。




だけど、朝礼の事を考えるとそれだけで鬱になり、会社行きたくないと思ってしまう。

なんとか克服したくて日々模索してる。朝礼の事ばかり考えてる自分バカみたいでツライ。

2017-03-10

本日仕事帰りにとある飲食店で注文後、本を読んでいたら

盛大に味噌汁シャワーを浴びた

店長はじめ店員達が平謝りの中、考えていたのは

「うわーなんか晒しプレイみたいだ。早く帰りたい」

だった

幸い火傷もなく、二十年も着て「もう捨てたほうがいいかな」と思ってた上着と

今週末洗濯しようかと思ってた作業着味噌汁臭くなったのはいいとして

問題は読んでいた本

半分ぐらいが味噌汁まみれになってしまったので正直こっちを

弁済してほしいところだったが店長によると

クリーニングしかでない」とのこと

なんだそりゃと思ったが、前述の通りとにかく帰りたい一心だったので

それ以上問い詰めることはしなかった

急に被害食らうと案外怒るとかごねるとか出来ないもんなんだな

その後注文した料理は完食し「無料でいいです」という店長適当に説得して

代金を払って帰宅

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170305022101

私が言いたかったのは、「作り手に対する敬意がない状態」で悪意的に見た人の個別の内容に対する批判を、「内容に対する反論」で納得させるのは「不可能」だということ。

よくある2chアニメアンチたちが「この脚本がクソ、寒いガバガバ」とか言って個別のこういう展開がダメだと言っているようなこと対して、

どんなに上手に言語化して長文で物語とはどういうものか、というレベルから説得したとしても、絶対理解させることができないし、自分が感じた「欠点」に対して寛容な見方に変えさせることはできないんです。

それは、先のエントリで述べたように、非対称性があるからです。だから結局、どうしても、デフォルトの視聴姿勢を変えるくらいしか忠告のしようがない。

それに、主体性ウーマンパワー的なもの巧遅拙速を再評価しよう的なイノベーション思考自由に動いてこそ答えにたどり着く、多様性と寛容、…

そういった作品テーマ性にかかわることがらは、個別的な部分で表現されているものではなく、全体で少しずつ積み重ねられているもの

でも、「クソ寒いわ」と思って見ている人は、その積み重ねの部分部分をことごとくはねのけて、1ミリも積み重なっていない状態になっているので、

個別にこのシーンはこうなんだよと解説した所で、「やっぱうさんくせーわこじつけ信者乙」って気分になって感性アンテナが反応しない。

結局、初見で運良く自分の中にするりと入り込んでこなかった表現は、他人ブログで長文で書いているようなものを読んで、視座のとっかかりを得てから全編見直すくらいの事をしないと、その良さを理解できないわけです。

人生体験は人それぞれ違うので、するりと入り込む部分とそうでない部分が一作品の中にも必ずあるから、きちんと公平に論評しようとするならそういう作業必須

もちろん、そこまでする気がなくても、あくま自分感性に従った感想もつことは自由だけれど、

そうして至ったネガティブな捉え方をネットで発信して、悪意の感染に加わってしまうことが、いかクリエーターにとって辛いことなのかを考えてみてほしいというのが趣旨です。

とくに、アニメというのは敏感になるべきなんです。

視聴者は若年層やASD傾向の人が多いため、その人生経験の少なさや精神気質ゆえに、著しく思慮に欠けた受け止め方をする方が非常に多い(決めつけですが、ネットをみている限りではそう感じます)。

また映像表現であることに由来する難しさもある。

すべて、とは言わないまでも大部分が文章説明されている小説とは違って、映像作品表現やその意図曖昧になりがちだし、尺の都合または演出上の省略が多用されるので観る側が擦り寄ってある程度補完してあげる必要がある。

また、その作品が本当に自分向け(年齢・性別文化嗜好のクラスタ的な意味で)のアニメなのか、見極めるのが難しいという問題もある。

そういった諸々を考えると、ネットで悪い(と自分が感じた)部分を書いて作品侮蔑するのはたしか自由だけれども、極力慎重になってほしいと強く思うんです(そのための「謙虚」を説いたのが先のエントリーです)。

そういう思いが強すぎて、つい偉そうな攻撃的口調になったことは謝ります。私も未熟で自己矛盾を抱えた30代のおっさんなんです。

こういう事を話すことで、少しでもあらゆる趣味理解と敬意を示せる人がネットに増えてほしいし、すぐ何かをクソ呼ばわりしたり、丁寧に長文で特定方面disするような人やメディアが減ってほしいと思う。

私はアニメが好きだけれど、女児向け、BL系、右翼系、日常系などはあまり好まないので見ない。でも、それらの作品を内心でもバカにはしたくないし、そのファンバカにしたくない。

はてブでもはてな有名人系、まとめブログ系、タブロイド系は非表示にしているけど、それらのメディア攻撃はしない。ただ避ける。それらを好む人もバカにしたくない。

そういう人が増えてほしいんです。

いや、増えたところでそういう人は「見えなくなる」から増えたかどうかも分からないのですが。

ただ、そういう人、静かな怒れる人の存在を、あなただけでなく、すべてのネットユーザーはてなユーザー意識してほしいと思いその一心で書きました。

2017-03-03

ダメな子ほどカワイイ

うちは片親で、母は女手一つで私達をよくここまで育ててくれたと思う。

その点では尊敬している…というか感謝しているのだけど、

借金しか作らない金食い虫で貧乏神の兄の肩を持つから、本当に嫌気がさす。

うちはさっき言ったように片親で、割りと本気で金がない。

私は、大学に行きたかったけど経済的理由でやっぱり行けなかった。

今思えば、奨学金でもなんでも使ってみれば良かったんだろうけど、当時はそんな考え全然思いつかなかった。

うちは金がないから、とにかく学校は諦めて、さっさと働きに出ないとって、すぐ諦めたのがいけなかったのかな。

まぁいいや。

でも、兄は専門学校に行ってる。親の金で。そのせいでうちには余計金がなかった気がする。

親が働いて働いて、年に200万くらいする学費を払ってた。

本当にギリギリになった時、ちょっとから流行ってる「過払い請求」の手続きで、まとまった金が入った。

これで少しは楽になるかなって思ったら、その返ってきた金で母は兄にバイクを買った。

100万だか200万だかするような、何が良いのかわからん煩いバイク

おかしいと思った。

専門学校を出て、兄は仕事のために大阪一人暮らしを始めた。

そこでの仕事を「どうしても苦手な人がいた」という理由で、一日だかひと月だかで辞めた。

母は兄に仕送りをするようになった。

兄はそれでも金が足らなくて、母が買ったバイクを売った。

仕送りをするのにも苦しくなって、結局兄は地元に帰ってきた。

暫くはこっちで仕事してたけど、そのうち彼女妊娠させたとかで結婚した。

まぁ、その結婚は結局、仕事を辞めたかっただけの女に騙されただけで、妊娠もしてなかったし半年離婚したけど。

兄は婚姻中に、女の方が全然働かなかったから、生活費がどうので結局またアホみたいに借金してた。

一人暮らしの期間も含めてたかだか一年とかだし、金の使い方おかしいんだと思う。

母にそこまでの金がないのも分かってたからか、親戚に金を無心しに行って借金が発覚した。

どうにもならなくなり、結局債務整理手続きをして、今も地道に借金返してるらしい。

私は当時、破産をしたという話を聞いていたけど、破産ではなく債務整理だと。

いっそ破産にしてりゃあ今頃もう少しまともだったかもしれないのに。

離婚後、少しして、母に金が勿体無いと説得されて兄は実家へ戻った。

破産したって聞いてた時期に、仕事するにも何するにも車が必要だとかで、以前過払い請求している関係で、もうローンが組めない母に頭を下げられて、私の名前で兄が車を買った。。

私はびた一文払っていないけど、母の負担が増えただけだし、こんなことしなきゃ良かった。

当時は、もう本当に関わりたくない一心で、これで縁を切ってもらうって話だった。

結局縁は切れてない訳だけど。

なんで日本法律って、親兄弟の縁が切れないんだろうね。切りたい。

結局、今は債務整理やら何やらで、月々8万くらい返済を続けているらしいけど、クソみたいな仕事しかしてないせいで母への無心が尽きない。

先日、仕事から帰った母が、仕事に行っている筈の兄が家に居たことに驚き事情を聞くと、2月いっぱいで仕事を辞めたらしかった。

金もないのに。

結局、一時しのぎの為に私名義で買った車も売られた。

300万したのに。50万にもならなかった。買ってまだ2年?3年経ってないくらいだと思う。

一回事故ってるから事故車扱いで価格が低いとかそういう話されたけど、絶対もうちょっと頑張って探せば値は上がったと思う。

本当に悔しい。

こんなのと血が繋がってることが悔しい。

母は「もうお金はない」って言いながら、兄への援助をやめない。

何年もやめない。

自分の息子だから」と借金の肩代わりもやめない。

もう手を切れって言っても、見捨てない。鬼にもならない。

そのために、あなたは娘と絶縁する事になるのに。

将来、あなたの面倒なんか絶対見れないようなクズのために、定年まで、定年しても働き続けるんだね。

私は、もうすぐ地元を離れる。友人は寂しがっているけど、もうこの家に関わっていたくない。

親戚へも誰にも行き先を告げるつもりはないし、もう二度と連絡も取らないつもり。

金を搾取され続けるのは、もうこりごり。

どうして母も、親戚も、あんクズ大事にしたがるんだろう。

どうしてあいつにばっかり金かけるんだろう。

2017-02-23

大人階段を登ったのだろうか

年下の彼氏がいる。

若くてかわいくて自分まで若返ったような気持ちに浸っていた。

若い彼との性行為はとても楽しくて疲れを知らない彼に抱かれ、若いというだけでこんなにも性行為はパワフルなのかと思い知らされた。

そんなある日、酔った勢いで彼に日頃の不満をぶつけてしまった。

それが彼には堪えてしまったらしくしばらく距離を置きたいといわれた。

関係は元に戻ったが、依然と同じように接していても言いようのない距離感ができてしまった。

前のように戻りたい、その一心で内心は必死に、しかし今までと同じように彼に接してきた。

少しずつ距離感が戻ってきたある朝、久々の性行為に及んだ。

いつも通りパワフルなセックスを期待した。しかし、そうはいかなかった。

彼が途中で萎えしまったのだ。

年下の若い彼氏だったためか、途中で萎えことなんて一度もなかった。

しかし、今回は萎えしまったのだ。

ほかの誰でもなく、彼本人が一番自分行為最中萎えるという事態に驚いていた。

若くて萎えるなんて知らなかった彼を初めて「萎え」させてしまった。

こんなの初めてだわーとか年取ったのかなとかいものように彼はおどけて笑っていた。

「こういうのって気持ちの変化によるものらしいね…」彼がポツリと呟いたのが聞こえてしまった。

2017-02-22

Twitterとかで「自殺」という単語が出てくるたびに胸が締め付けられるような気持ちになるので適当に落としておこうと思う。



私は昔片親で、学生時代に親が自殺した。

親は数年前から精神病を繰り返していて、すでに病気にかかった状態の親に慣れつつあった私は「今回はいつ頃治るのかな」と思っていた。

精神病になって自分を見失ったかのような行動をとる親はとても怖かったけど、でも親は親だし、どんな親でも大好きだった。

将来はたくさん稼いで、今苦労させてしまっている分、私が楽をさせたいと思って毎日学校に通っていた。

そんな折に親が自殺した。



正直、あの時のことは思い出したくもないし、あまり泣かない子供だった自分が人目をはばからずに泣いた。

思い出したくないことって割と頭の中に染みついてるのか、今でも結構な頻度で思い出す。

遺書、あったのかな。子供だった私には伏せられたのかもしれない。あったのなら見せてほしかったけど。



閑話休題、私は親が死んでしまったことよりも「自殺」したことに絶望した。

「ああ、自分で死を選んじゃうくらい辛かったんだな」とか「軽く考えてた昔の自分を殴りたい」とか、後悔のオンパレード

親の死に顔を見て「憑き物が落ちたような顔してる」とか言われてもやるせない気持ちでいっぱいだった。

私の我が儘でしかないのだけど、私は親がいるだけで幸せだったし、親が辛いなら私が幸せにしたかった。

「たくさん不甲斐ないところを見せた」って申し訳なさそうにしてたこともあったけど、私全然気にしてなかったよ。

なんで勝手絶望して勝手に死んじゃったの。私、今の方が不幸せだよ。信じらんない、馬鹿



あれから数年生きてきて、クソみたいな生活を送っている私だけど「自殺」だけは絶対にしないと決めている。

「こんなクソみたいな生活してるんだから死んだ方が世のためなんじゃないか」と思う日もあるけど、あの悲しみをまた兄弟に味合わせたくないという一心で生きている。

自殺は甘え」だとか全然思わないし、むしろ自殺するまで追い込まれしまったんだな」と思うけれど。

でも、あなた自殺したらとても悲しい。あんなに幸せだった思い出も全部寂しいものなっちゃう。

今でも、こんな気持ちになるなら一緒に死にたかったなって思うよ。私はずっと親に囚われてる。



最後に。

速度違反をしながら信号無視して交差点に突っ込んでくる車を見かけると「轢かれてやろうか」と思うので、そんなことしてる人はこれを機に改心してください。

2017-02-16

清潔感があるだけで人はモテると思う

誰にも言えない悩みがある。

彼氏の部屋が臭い

臭いといっても男臭いわけではなく、柔軟剤や洗剤やそれらが混ざり合いすぎて部屋に入った瞬間「もわっ」とくるにおい。

それを感じるようになってから自分の家も見直すようになった。

多分私もにおってはいるんだと思う。

無臭の自信は全くない。

しろきょうだいにお前の部屋くさいよ!と言われたことすらある。

しかに、私の兄の部屋は、潔癖症ぎみなこともあって空気クリーンである。(しかし男臭はする)

部屋の空気を正す秘訣は兄に聞けばいいのだと思う。

最近自分の部屋にヴィレヴァンで買えるお香を置いている。今は一番人気らしい、チャンダンという香り(古着屋のにおい)

部屋を片付けていて、久しぶりにスティックを出してみたら、それだけで気分がとても和らいだ。お湯を沸かしてお茶でも飲もうという気になった。

きれいな部屋と、いい香りというのは本当に精神衛生上良い効果をもたらすのだとわかった。

話がめちゃくちゃ逸れたが、部屋から出たごみをまとめている時に、私は自分が好きだった先生のことを思い出した。ファブリーズや歯磨き粉の上についているラベル一心不乱に剥がしごみ袋に突っ込んでいるときに、先生が「こういうの絶対気になる(から購入後すかさず剥がす)」タイプであると言っていたのを思い出したのである

先生は白いリネンシャツやネイビーのスウェットやたまにビビッドなカラーニットを着て教鞭をとられる髭が顎に少し生えた非常にクリーン男性である(メディアインタビューでよく目にするデザイナーIT系クリエイター想像していただけると近い)

先生は私だけではなく、女子生徒にまんべんなくモテるが、その理由は非常にクリーンなことにあると思う。

女子生徒からしたら30代〜50代のおじさんの先生は大体良い印象は抱かない(申し訳ない)が、

そのなかで髪も肌も靴も香りも(多分うっすらと香水をつけている)(髭はあるけど整えられていて、服もスウェットだけどシワひとつなくユニクロ広告外人のようなイメージ)気をつけていて清潔感に隙がない先生がいたらそれは皆良い〜〜!!と感じるのである

それだけで好印象を抱く理由である

20代でも、髪肌爪服靴鞄香りすべてに気をつかえている人はそういないと思う。

私も生粋の面倒くさがりなので(むしろどこなら気を使えていると自信をもって言えない)化粧よりも新品の服よりも自分が持っているパーツをきれいにすることから始めたいと思う。


ちなみに清潔感がなくてもモテてる奴いるじゃねーかよ!!というのは私も思うことなので、別の機会に検討したい

清潔感があるだけで人はモテると思う

誰にも言えない悩みがある。

彼氏の部屋が臭い

臭いといっても男臭いわけではなく、柔軟剤や洗剤やそれらが混ざり合いすぎて部屋に入った瞬間「もわっ」とくるにおい。

それを感じるようになってから自分の家も見直すようになった。

多分私もにおってはいるんだと思う。

無臭の自信は全くない。

しろきょうだいにお前の部屋くさいよ!と言われたことすらある。

しかに、私の兄の部屋は、潔癖症ぎみなこともあって空気クリーンである。(しかし男臭はする)

部屋の空気を正す秘訣は兄に聞けばいいのだと思う。

最近部屋にヴィレヴァンで買えるお香を置いている。今は一番人気らしい、チャンダンという香り(古着屋のにおい)

部屋を片付けていて、久しぶりにスティックを出してみたら、それだけで気分がとても和らいだ。お湯沸かしてお茶でも飲もうという気になった。

きれいな部屋といい香りというのは本当に精神衛生上良い効果をもたらすのだとわかった。

話がめちゃくちゃ逸れたが、部屋から出たごみをまとめている時に、私は自分が好きだった先生のことを思い出した。ファブリーズや歯磨き粉の上についているラベル一心不乱に剥がしているときに、先生が「こういうの絶対気になる(から購入後すかさず剥がす)」タイプであると言っていたのを思い出したのである

先生は白いリネンシャツやネイビーのスエットやたまにビビッドなカラーニットを着て教鞭をとられる髭が顎に少し生えた非常にクリーン男性である(メディアインタビューでよく目にするデザイナーIT系クリエイター想像していただけると近い)

先生は私だけではなく、女子生徒にまんべんなくモテるが、その理由は非常にクリーンなことにあると思う。

女子生徒からしたら30代〜50代のおじさんの先生は大体良い印象は抱かない(申し訳ない)が、

そのなかで髪も肌も靴も香りも(多分うっすらと香水をつけている)(髭はあるけど、服もスウェットだけど)気をつけていて清潔感に隙がない先生がいたらそれは皆良い〜〜!!と感じるのである

それだけで好印象を抱く理由である

20代でも、髪肌爪服靴鞄香りすべてに気をつかえている人はそういないと思う。

私も生粋の面倒くさがりなので(むしろどこなら気を使えていると自信をもって言えない)化粧よりも新品の服よりも自分が持っているパーツをきれいにすることから始めたいと思う。


ちなみに清潔感がない奴もモテてんじゃねーかよ!!というのは私も思うことなので、別の機会に検討したい

2017-02-13

何もかもがしっかりと積み重なった雪の層。

その下に、小さな蕾が眠っている。

空は暗く雪ばかりだった草原に、今年は珍しく日が射した。

しかし、長年積もった雪はお日様の微かな暖かさではちっとも溶けて行かず、むしろ少し溶けた分だけ雪面は醜くなっていった。

やがてお日様は雲に覆われ、またいつも通りの日常が戻った。



蕾が人生で二度目にお日様の暖かさを感じたのはその二年後だった。

蕾は二年前の悲劇を思い出し、怖じ気付く。

しかしその暖かさは、お日様のように皆に薄く平等に与えられておらず、蕾だけをひたすら暖めていた。

それは暖かい人の手だった。人の手は自らの手を冷たく冷やし、それでも雪をとっぱらった。

蕾はその人の手が見たかった。その人の手が見たい一心で、今度は自ら雪を溶かすようになった。

さらに水の代わりに与えられた養命酒が、蕾の冷え性改善し、雪を溶かす助けになった。



雪はまだ降るー。

しんしんと降る雪を見ていると時々、自分が雪に埋もっていた頃を懐かしく思い出す。あの時私を散々苦しめ、そして守ってくれていた雪の壁はもう無い。

しかし、どんなに雪が降っても、もう雪に埋もれることはないだろう。



一面の雪原の、そこだけ土が見えていて、小さなさな花が、こじんまりと咲いていた。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170208220105

 1997年から行方不明になり、北朝鮮による拉致可能性が排除できない「特定失踪者」とされていた福井県若狭町元町職員男性(51)が昨年6月、県外で見つかったことを受け、町は25日、個人的理由失踪職務上の義務違反したとして、死亡退職としていた措置を取り消し、懲戒免職処分にしたと発表した。

 町は失踪中に支払った5年分の給与返還を求める方針

 男性は97年4月、「B&G(若狭町)の艇庫に行く」と言い旧三方町役場を出たまま行方不明に。車が放置され、カヌーがなくなるなど当時の状況から、県警は2002年から拉致可能性を含め捜査した。しかし、昨年6月、県外で無事が確認され、自ら失踪したことがわかった。

(略)

 男性には不明直後から5年間、給与支給されたほか、04年4月の時点で死亡退職とみなし、県市町総合事務組合退職金支給した。森下町長は「捜索に多くの方が協力し、迷惑をかけたことは誠に遺憾」とコメントした。

 現在、県外にいる男性弁護士を通じてコメントを発表。失踪理由について、ナホトカ号の重油流出事故対応に追われて「尋常でない精神状態で、逃げ出したい一心で身勝手な行動だった」と謝罪。「後悔の中で、拉致という大きな問題に広がり、帰ることをあきらめた」としている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170126-OYT1T50030.html

2017-01-31

AVデビューに俺の名字を使われた

かなり訳が分から困惑している。

しかも下の名前本名漢字を変えているだけなので、知り合いが見たらすぐに分かるはずだ。

ゲーセンで知り合った中卒の女で、当時から確かに悪い噂はあった。

飲んだ勢いで告白されたとき相手にはまだ彼氏がいたのだが、高校出たばかりの自分童貞を捨てたい一心でその誘いに乗ってしまった。

実際に付き合ってみると感情の起伏が激しくかなり扱いづらい部分はあったが、それでも浮気もされずに何年か付き合うことになった。

同棲まではしてみたものの、仕事が忙しくなって相手ができなくなると、突然同棲をやめると言いはじめて、それから連絡がとれないままに別れてしまった。



悪い噂というのは、とにかく片っ端から男に手を付けるというもので、本人にも問いただしてみたことはあるがそれなりの数の男と付き合っていたらしい。

付き合っている最中もこちらの気持ちお構いなしに求めてくることが多く、贅沢なことかもしれないが、正直仕事との両立は厳しいと感じられるほどだった。

別れてから2年ほど経った今、まさかこんな形で相手の今を知ることになるとは思わなかった。

はっきり言って何故そんな風に自分名前が使われているか理由が全くわからない。

復讐?それとも未練?

いずれにしてもそんな激情のもとに別れを迎えたような恋愛ではなかったはずだ。

金遣いも性欲も、AV女優になりかねない素養は多分にあったとは言え、これはなかなかにきつい。

当時のゲーセン仲間も縁遠くなっているから構わないと言えばかまわないのだが、こんなに気持ちが悪い経験は初めてだ。

とりあえず理由が知りたい。うっかり読んでくれたりしないだろうか。

茅ヶ崎駅にあった大船軒

20年前ぐらいの大船軒のそばというかつゆが最高だった

熱々のつゆに七味いれて一口飲む

なんともいえない甘さと出汁が口の中に広がっていく

なによりおっさんどもが丼を片手に持って一心不乱にそばを流し込んでいく姿

帰り際に給水器でタンブラー一杯の水をゴクゴクと飲み干し無言で立ち去っていくさま

今風の立ち食いそばじゃ見ることが出来ない風景だった

2017-01-30

非モテ不細工風俗にハマった話

俺は不細工からか、まあモテない人生だった。

他にも原因はあったと思うが、モテなかった。

高校まで共学だったが、彼女は当然ながら女友達すら一人もいなかった。

大学田舎を出て関西のCラン大学一人暮らしを始めた。

頑張ってサークルに入ったりもしたがすぐにやめた。

当然モテなかった。

大学に入って1年ほど経った頃「おっぱぶ行ったけど最高だったwww」みたいなまとめを読んだ。

自分はもう高校生じゃない、エッチなお店に行っても許される年だ。

すぐに近くのおっぱぶを調べた。

地元田舎と違ってお店は大量にあった、関西に来てよかったと思った。

次の日には財布に5000円を突っ込み、調べておいたおっぱぶに向かった。

多くの場合、こういう所に初めて来る時は友人に連れられてのことが多いと思う。

しかし俺は一人だった。

当然緊張した。

店の前を2往復した後、やっと入り口を開けることができた。

すぐにボーイが出てきたが、何を言っていたか全く覚えていない。

前払いの5000円を渡す手は震えていた。

怪しいムードのお店で、すぐに女の子が出てきた。

正直こういう店の女のレベルなど信じていなかったが、めちゃくちゃ可愛かった。

挨拶の後いきなりキスされた。

当然ながらファーストキス

おっぱいも、見せて、揉ませて、吸わせてもらった。

10代の客は珍しいと、女の子は話を盛り上げてくれた。

この世の天国のような時間だった。

おっぱぶは基本的に抜きがなく、ファーストキス、そしてファーストおっぱいを終えた俺は駅のトイレに駆け込んで一心不乱にシコった。

ありえないぐらい出た。

しばらくしてまたおっぱぶに行った。

他に趣味もなく、地元を出た俺には友達も少なかったため、バイトによる金はあった。

余裕がでるとすぐおっぱぶに行った。

おっぱぶに何回か通った後、当然ながら他の風俗についての情報も漁った。

初おっぱぶから二カ月、俺はホテルヘルスを利用した。

初のヘルス嬢はめちゃくちゃに可愛かった。

ヘルスは本番行為禁止だが、初めて女の子シャワーを浴び、初めて女性器をいじり、初めて女の子に抜いてもらった。

当然ハマった。

童貞風俗に行くとハマる」なんてことをネットで見たが、童貞どころか女友達すらいない俺はまさにこの状態だった。

しばらくして別の嬢で本番行為経験した。

まさか自分がなるとは思っていなかった素人童貞になった。

19の冬だった。

そこからは歯止めが効かなくなった。

コンビニバイトを増やし、食費を節約し、お金ができたら風俗に行った。

じいちゃんからの小遣いも風俗代に消えた。

地雷嬢にあたってもめげなかった。

新たな店もどんどん開拓した。

箱へル、デリヘルピンサロソープ、一通り経験した。

関西で有名な飛田新地にも行った。

可愛いしかいなかった。

この頃には、女をオナホしか見れなくなった。

金があればいくらでも可愛い女を抱けることを知った。

一度だけ、ネトゲで知り合った彼女ができた。

不細工彼女なので当然ブスだった。

付き合って2週間で我慢できずに風俗に行った。

結局こいつとは3回会っただけで、セッ○スもしないまま自然消滅した。

努力して彼女を作っても、不細工にはブスしか捕まえられず、金もかかった。

風俗に行く方がマシだった。

素人を抱く興奮もあるのかもしれない、それでも風俗に行った方がコスパがいいと思った。

結局、俺はバイト風俗大学生活を終えた。

経済学部なのに何も経済勉強しなかった。

そして、就活には失敗した。

4月から正式フリーターとして生きていくことになる。

この大学生活に後悔がないと言えば嘘になるし、将来への不安がないと言うのはあまりに愚かだと分かる。

だが、ヤリチンになれるほどの容姿コミュ力もない。

大企業に入れるコネ能力もない。

このまま年老いて、フリーター生活を送りながらたまに風俗に行く独身生活を送るのかもしれない。

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