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はてなキーワード: 廃校とは

2017-03-24

未来予想

国立研究所研究をし、大学教育をする時代が来るんじゃないかと思う。というか、もう来ている。


http://anond.hatelabo.jp/20170323162129


国力と技術を示し資源を確保するための宇宙開発と海底探査、再生医療ナノテク原子物理関係は、各研究機関で。

研究重点大学は一部研究室研究所化が進み、教育ほとんど担わない上席研究員のような教授准教授ポジションを増やすnatureなどには主にこういった研究所寄稿し、将来のノーベル賞もここから出るので安泰。


それ以外の大学教員は、教育を中心に働く。科研費下位クラス研究費が当たれば、どうぞ余った時間内に好きな研究してね(余るかどうかは知らない)、というスタンスになる。そんな研究費での研究でも、大きく当たれば研究所ポストがもらえるだろう。当たらない場合は、学生の頭で考えた持ち込みテーマや、金のかからない研究が増える。そんなことでは大学教員論文の本数は増やせないので、研究所のない大学では教育業績がより重要視され、論文の本数でポストを争うことも減る。


このような未来が見えている現在、一部の、研究重点化されていないのに研究やりたい大学教員阿鼻叫喚であるが、国は一切構わないだろう。経営ができない大学から統合廃校をはかり、少子化に合わせた大学数になる。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211223628

高校いかんと働けばええのになw

レベル低すぎの高校廃校にしたら解決すんのちゃう?w

2017-01-11

今田舎で働いてる人が通った保育園は半数が廃園している

小学校廃校廃校寸前。

中学校高校統合済み。

2016-11-15

京都市の「待機児童ダンス」これ何!!!???

https://www.youtube.com/watch?v=PDe98IG5Ia4

これ!!!

おかしい。

京都保活しててかなり厳しい状態なのだけど!

変なカウントの仕方で「待機児童0」って言わないで欲しい!



保育の現場の人たちも、首を捻ってるみたいだし……。

そんな動画予算まわすなら、京都市内にある廃校になってる小学校校舎の一角保育園にするとか、

2年保育しかしてない幼稚園を3年保育に変えて小規模保育から幼稚園スムーズに移れるようにとかしてよ……。

それくらいしてくれたら「ああ、京都市がんばってるな」って思えるから

(ついでに、四条通を二車線にとかもかなり迷惑してる! 

その予算保育園にまわして……。)

厳しい保活をしてる状態でこんなもの見せられても、イライラしてしまう。

2016-11-10

働きたいと思うことに罪悪感を感じる

親は共働きだった。

大学を出て、当たり前のように働き出したし、自分で稼いだお金で好きなものを揃えていくのはとても楽しかった。

子供ができたタイミングでそれとなく退社を勧められそのまま退社するしかなかったため、現在復帰する会社がない育児休業中。

こんな状態でもやっぱり働きたくて、無茶かもしれないけれど就活保活をしてみることにした。



そう決めて、役所に言った。

そうしたら、「なんで働きたいんですか?」と聞かれた。

幼稚園はどうですか?(=3歳からしませんか)」とも。

私は今すぐにでも働きたい。だから保育園に入れたいと思って役所に行った。

でも上のようなことを言われる。



少ない枠の保育園、今働いてないなら働こうとしないで、というのが役所気持ちなんだろう。

でも、私は働きたいんだ。

駄目なんですか?

私は保活をしてはいけないんですか?

私が保育園に入れたいと思う・働きたいと思うことはそんなに迷惑ことなんですか??





保育園が少ないからこういう状態になってしまうのはしょうがないんだ。

それはわかっています

でも、それは前々からわかっていたことじゃないんですか。

なんで大学卒の女性がこんなにも働いているのに、保育園をつくっていなかったんですか。

からでも予算を使って、空いている廃校保育園を作ってくれないんですか。




私は働きたい。

まれてきた子供に贅沢をさせたいんじゃない。

ただ、私が大学に行かせてもらえたように子供にも大学に行かせたいと思っているんだ。

でも、旦那収入だけでは行かせられない可能性が高い。

から働きたいんです。

それでも、駄目なんですか。

「働かないで、保育園がないから。あなたより優先して働くべき人がいるから」と言うのですか。





自営業の方の保活叫び最近でてきたけれど、

お金を稼げる会社員の人たちが優先度高く、自営業フルタイムで勤務できないような人たちはどうして優先度低いんですか。

勤務時間ではなく、世帯年収優先順位をつけてほしいとおもってしまうのですが、駄目なのですか。

立場が弱い人が勝てる戦いじゃないのはしょうがないんですか。





託児所を使って就活をし、内定をもらえた。

だけれど、このままでは保育園に入れないかもしれない。

私が働くことは・働きたいと思うことは迷惑だ、と言われている気持ちになっている。

2016-11-08

日本工業大学ってなんなの馬鹿なの

明治神宮外苑で5歳の幼稚園児が亡くなる痛ましい事件があったけど、作った日本工業大生ってなんなの馬鹿なの?

木組みにおがくずなんて火種があればスグに燃えるだろうに、そんなところに電気設備を置くなんて、本当に工業大生?

ライトをおがくずの下に置いてたみたいだけど火が付いて当たり前

消防法とか、電気工事士法とかの知識がなくても常識で分からないの?日本工業大学ってその程度?

大学イメージが悪くなったから、就職にも不利になって、偏差値が下がって入りやすくなる?

もっとファイヤー大学生が増えて→入学生減少→大学収益悪化大学名変更→誰も入学しなくなって廃校

屋台の発電発動機ガソリンを入れようとしてガソリン撒き散らしたおっさんがいたけどその程度だね。

子どもを死なせた大学生刑務所に行くと思うけど、子どもを死なせた大学もきっちり責任を取るべき

2016-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20160909005437

おいおい、途中から僕のカキコに対する話じゃなくて自分語りになってるぞ?

自分語りしたいなら別で書こうや。文才無さそうだけどw


結婚してて子持ちでさえあれば底辺ではないという認識をされているようですが、その認識田舎的、あるいは昭和価値観だと言わざるをえません。


どこをどう読んだらそのような認識になるのか教えてほしいですね。

子供は9割方諦める、万が一出来てもダブルワークなら1人は何とかなると書いています

結婚してても底辺底辺ですが、健常者が結婚してダブルワーク前提なら、日本では底辺にはなりようが有りませんという話です。




貧しい女性生活保護で暮らせなくなる確率と、今から焦って結婚してクソ男を捕まえてしまい、結果的離婚する確率、どっちが高いかなというと後者ではないかと。

あと、死ぬまで底辺というけど、好きでもない低収入キモ男と結婚するほうがよっぽど底辺から


何かご自身と重ねていらっしゃるご様子ですが、焦れとも書いていませんし、低収入男とは書いてもクソ男とは書いていません(むしろクソ男は避けるべきと書いている)

何か男関係で酷い目にあった事でも有りそうな書きっぷりですね。

そして生活保護は間違いなく削減されますよ。まぁ配給制フードチケットあたりに落ち着くかと思われますが、住居の自由は無くなると考えた方が良いでしょうね。

築50年以上の市営住宅や、廃校になった校舎で集団生活したいならお好きにどうぞ。



はてな貧乏人って、日本は良くない、アベ政治を許さない的な言説が多いけど、日本福祉に対しては絶対に切り下げが無いと宗教的信仰心を持ってるよね。

良くない国の独裁的(と自分で言ってる)政権が、福祉を切り下げないと信じられるなら、相当おめでたいですね。

向こう10~20年で間違いなく福祉は切り下げられて、多数の老人が死にますよ。財政が持たないので、これは確定事項です。

あなたがたが裁判しようが、デモしようが、この決まった未来は変わりません。

まぁ一縷の望みをかけて、生活保護で生きるライフプランにしがみつくのは勝手ですけどね。

2016-08-29

最高の夏休みからの〜ポケモンセンターお布施してきたよ

ポケモンGOが出てからというもの、毎週土日は嫁と一緒に色んなところに出かけていって、ポケモンGETしてまわっている。

先週は木場公園潮風公園戸田公園、その前の週は葛西臨海公園。他にもなまえ忘れたけど色んなところに行った。

お盆休みには、新潟にも行った。半分は大地の芸術祭が目当てだったけど、訪問は2回目だったので、もう半分はポケモンが目当てだった。作品鑑賞もそこそこに、炎天下のもと、里山廃校を巡りつつポケモンを探すのはほんとに楽しくて、今年の夏休み過去最高の夏休みになった。

(ちなみに田舎ポケモンがいないってよく言うけど、ポケストップや巣がないだけで、それ以外の場所で出るポケモン東京と同じか、東京よりレアなのが出る気がしたが気のせいだろうか)

そんな感じでここ最近はとても充実した日々を過ごしているのだが、それもこれも全部、任天堂さま(とnianticさま)のおかげ。ありがたやありがたや。にもかかわらず、任天堂さまには1円も支払っていないことに気付いた。

ということで、池袋ポケモンセンターに行って、キュウコンニョロゾぬいぐるみを買ってきた。

これって企業消費者のかなり理想的関係なんじゃないだろうか。

2016-07-23

高校野球、クソな指導者ルール多すぎ

佐賀龍谷 出場辞退会見 校長指導が生徒の心には届いていなかった結果」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160722-00000137-spnannex-base


毎回出場辞退の話を聞く度に指導者クソだなーって思う。

最近は一人が問題を起こしても出場辞退とかはなくなったが、数人が問題を起こすと組織的問題があったってことで、チーム自体出場停止になる。


なんでこんなことが許されるのかわからない。問題起こしたやつは校則にのっとって、(法に違反するやつは法律にのっとって)処分すればよくない?

その数人を正せなかった組織問題があるとか言うけど、どんな組織にもバカはいて、立場フラットな以上、そのバカを更生させるのは同年代には難しい。

東芝だって内部告発した人を褒めることはあっても、内部告発できなかった人を責める人はいないでしょ。


だいたい、校則ってルールを元に学校活動マネジメントしているのは教員だろ。バカ処分して、そのクラブマネージャー監督責任を取らせればいい。

教育的にうんぬんとか言われるけど、バカのせいで自分が大切にしているもの大会参加)を権力側が一方的に奪う経験をさせてなにを得ることができるのかわからない。


で、バカがいる学校に入ってしまうと転校もできないルールになってる。


"規約では高野連部員登録をしたことがある生徒が、正当な理由廃校家族を伴う転居など)以外で転校した場合、新たな学校への転入の日から1年間は公式戦に選手登録することができない(前学校高野連部員登録がない場合登録可能)。"

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%AB%98%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83


「入ってみたら監督とかメンバーと合わなかったから違う場所野球したいと訴える」と1年間出場できなくなる。(高校野球は実質2年半)

そりゃー引き抜きとか懸念するのはわかるけど、選択の自由制限し過ぎじゃない?


入ってみて違ったと思っても耐えるしか無い。こういうルールとかがブラック企業を作るんだろうなー。

野球推薦で野球強豪校に入ったけど、うちの高校辞めて他の学校でのびのびやって活躍した先輩や後輩は沢山いた。


子どもができても日本野球やることはオススメできないな。

高校野球、クソな指導者ルール多すぎ

佐賀龍谷 出場辞退会見 校長指導が生徒の心には届いていなかった結果」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160722-00000137-spnannex-base

毎回出場辞退の話を聞く度に指導者クソだなーって思う。

最近は一人が問題を起こしても出場辞退とかはなくなったが、数人が問題を起こすと組織的問題があったってことで、チーム自体出場停止になる。

なんでこんなことが許されるのかわからない。問題起こしたやつは校則にのっとって、(法に違反するやつは法律にのっとって)処分すればよくない?

その数人を正せなかった組織問題があるとか言うけど、どんな組織にもバカはいて、立場フラットな以上、そのバカを更生させるのは同年代には難しい。

東芝だって内部告発した人を褒めることはあっても、内部告発できなかった人を責める人はいないでしょ。

だいたい、校則ってルールを元に学校活動マネジメントしているのは教員だろ。バカ処分して、そのクラブマネージャー監督責任を取らせればいい。

教育的にうんぬんとか言われるけど、バカのせいで自分が大切にしているもの大会参加)を権力側が一方的に奪う経験をさせてなにを得ることができるのかわからない。

で、バカがいる学校に入ってしまうと転校もできないルールになってる。

> 規約では高野連部員登録をしたことがある生徒が、正当な理由廃校家族を伴う転居など)以外で転校した場合、新たな学校への転入の日から1年間は公式戦に選手登録することができない(前学校高野連部員登録がない場合登録可能)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%AB%98%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83

「入ってみたら監督とかメンバーと合わなかったから違う場所野球したいと訴える」と1年間出場できなくなる。(高校野球は実質2年半)

そりゃー引き抜きとか懸念するのはわかるけど、選択の自由制限し過ぎじゃない?

入ってみて違ったと思っても耐えるしか無い。こういうルールとかがブラック企業を作るんだろうなー。

野球推薦で野球強豪校に入ったけど、うちの高校辞めて他の学校でのびのびやって活躍した先輩や後輩は沢山いた。

2016-06-15

自宅の隣に保育園 子供の声を騒音だと、自分が思うかどうかとは別問

保育園児の声が「騒音だ」と自分は思わなくても、家の隣にできて、土地の値段が下がったり家に買い手が付きにくくなるのはやだなぁ。

から、小中学校を一部削ってその敷地内に作るとか、廃校になった学校敷地に作ればいいと思うんだけど。

2016-06-11

ガルパンが良かったこと

http://anond.hatelabo.jp/20160604234004

http://anond.hatelabo.jp/20160604210038

ガルパンは確かにそんな大層な作品じゃないから、ただ「いいぞ」「凄いぞ」と聞いて見ると言うほどの作品か?と思える所はあると思う。

ただ、そんなガルパンが何故そんなに評価を高められたのかというと、

昨今の映画化や続編商法を多用する流行作品がぼかしたり疎かにしたりすることが多い王道的なことや基本的なことを気を遣いながら堂々描ききった作品からだと思う。

悪くいえば脚本的には児童向けの作品に近い単純さがあるが、雑にやったからそうなったのではなく元からそれを100%やりきるつもりで描ききったため特別価値として高められているのが貴重。


結果的には続いたが、一期だけで作品内容は完結されていて、続きがいらないくらいにまとまっている。

唯一足りなかったアンツィオ戦もOVAで補完されたし、続編となる映画を作るのは難しかっただろう。

そこで基本に忠実に、ファンサービスに重点を置いたオールスターお祭り映画形式にした所もいい選択だった。

主人公の姉をはじめとした本編で敵として戦った連中との共闘王道ながら(だから?)萌えたし燃えた。

一方でストーリー的な導入は取って付けた廃校危機再びで賛否両論で仕方ないなと思うのだが、結果的お祭りを盛大にやりきったことで終盤のカタルシスを生む要因にすることもできた。

まあ、でも同時に結局一期はなんだったんだと作中の大洗女子学園の連中同様に怒りが沸くような導入設定でもあるので、やはりどうかとは思う所ではあるが、

元々完結して満ち足りている作品で続きやおまけを生み出すために仕方なく負った傷ともいえる。


同様に基本的ファンサービスのための取って付けた続編映画を作ったのが劇場版けいおん!だった。

基本的ファンサービスのための内容でありながら、初見でも楽しめる内容で、そんなにけいおん!ファンというわけではなくあまり期待しないで観に行ったのに面白くて感心した。

日常系作品長編映画を作るなんて大丈夫なのかという不安があったのだが、結果的には、日常系からこそ初見でも見やすく、ファンサービスとしての魅力も両立させられているという内容だった。


ガルパンけいおん特別凄まじいことをしたかといえば、音楽面や戦闘シーンの面以外の根本的なストーリー等の面では特にないと思う。

しかし、しっかりと期待されたことをやりきった点が昨今においては残念ながらとても尊く価値があることだった。

他の映画化された流行作品ファンの予想の範囲に収まることを避けて何かと奇を衒いたがることが多い。

大筋で予想を裏切ろうとして期待も裏切った半端な拙い内容に仕上がることばかり。

それに加えて大筋から離れた部分ではファンの想定より陳腐劣化二次創作のような描写を入れてしまい、ファンにも初見にも微妙なちぐはぐな作品が多かった。

そんなものを無理に奇を衒って絶賛したがる箸が転んでも転ばなくても笑うような訓練された信者も増えているが…。

ガルパンはそれらと違って不可解な空回りがなく完全燃焼させているので評価やすい。


少なくとも全体的に好感が持てる作品であることも大きい。

敵となるキャラクターは当然多数いたのだが見終わって悪印象を持つキャラ殆どいないことがキャラ描写や扱い方が絶妙だと感じる要素。

そういう面で、キャラクターコンテンツとしても高いレベルで完成されていると思う。

記号的だのどうのという批判もあるし、確かに記号的な面はかなりあるため、キャラコンテンツに慣れてないとクセを感じてしまうとは思う。

だがそういう同系統作品の中ではキャラも多い中で上手くやっている方という印象が強い。


そのような意味ガルパンを見て色々と合わずに70~75点、偏差値でいえば55程度の評価になる人は仕方ない所があるし理解できる。

しかし65点前後偏差値でいえば50前半やそれ以下の評価をつけてしまう人は何か過度な装飾や奇を衒った誤魔化しに塗れた作品でないとハイになれない人だろうと思う。

自分信者とまではいかないのだが、悲しいがガルパンが頂点に来てしまうというより、この中ならガルパンが頂点に立つべきだというくらいの状態現在業界現実としてある。

ガルパン以外の昨今の興行収入や人気がトップクラス日本アニメ映画を見たら最もその人気や地位に見合っているのがガルパンけいおん!

映画だけで見てもまどかラブライブエヴァは金儲けのためのファンサービスならぬファン搾取映画としての面が強すぎて現在業界の中ですら上から数えた方が早い作品と堂々とは言い難い。

描ききらずにぼかして終わる美学蔓延しているので内容的にしっくりとハマりきらない作品が多い。

それならそのまま終わっていればいいのに下手に言及しようとするおまけを金儲けのためか追加して作ってしまって、でもやっぱり描ききらないので空回りするものが多い。

そんな中でけいおんガルパンは元々の本編もノルマを超えている出来で、映画もちゃんと作りきったという感じがして高く評価してあげたくなる。


※余談

映画カチューシャとノンナらが別れるシーンのしつこさは実際の戦争でなく生死の関係がない前提の設定なので余計というか茶番に感じたが元々茶番前提で小ネタエピソードをつけてくる作品なので不快には思わなかった。

しかしあれを感動したとか賛美してしまうのは自分ちょっと正気を疑ってしまうがカチューシャを一人で何かする勇気がなかった幼児くらいに思ってるのであれば分からなくもない。


さら追記

・もしかしたら王道・基本の意味自分と違う捉え方をしている気がしました。自分は娯楽作品としての基本、つまり大勢の観客の視聴に耐え得るストーリーのしっかりした手の込んだ作品を考えていますTVアニメ劇場版はいえ、最低限のストーリーの質を要求するのもこの点からです

・他の続編商法といわれる劇場アニメを観ていないので正確な比較はできませんが、ストーリーの酷さやエピソードの薄さなど、ガルパンはそういった王道基本的な部分に気を使えていないことも気にしています

王道にしても基本的部分にしても捉え方が違うでしょうが、それを抜きにして考えても、そもそも「最低限のストーリーの質」「基本」をどの程度に考えているかというハードルが高すぎるのでは。こちらとしては仮にガルパンがそのハードルを越えていないとしても同類作品の中では最もハードルに近づいている作品であるため、評価が高まったということを述べているので、その指摘は少し的外れです。

・ただ、Twitterなどを見た個人的感想ですが、ガルパン艦これに近い受け入れられ方をしている印象を受けました。ガワだけを用意し、観客は本編の物語より二次創作的なキャラクターや背景・関係性を膨らませる楽しみ方です。確かにガルパン戦闘艦これとは比べものにならないですし、こういった楽しみ方をするなら作中のドラマエピソード希薄な方が受け手想像やすいと思います。もちろんこれらはただの自分の印象とその感想です

・また、そのガワの出来がよくないことを今まで批判してきましたが、ただ艦これゲームの出来はよくないしイラスト玉石混交ですので、もしかしてこれくらいのバランスの方がいいのか…?大量の新キャラ投入も疑問だったのですが、それなら納得がいく気はしま

・これって昔大塚英志の言ってたビックリマン的な大きな物語的なこと???

希薄キャラクター性とストーリー性で釣って、二次創作妄想を膨らませる誘いを設けることで人気を得る…というのは残念ながら最近流行作品の特徴ですね。

しかし、その中でもガルパンストーリー的に説明が行き渡っている所と気を衒っただけというわけではない意外性もあり、まとまっている所が優れているわけです。

また、艦これガルパンは少し違うと思いますアニメ艦これ評価基本的に悪いですし、自分も高評価は難しい出来だと思います

コンテンツ全体としての艦これを言ってるのであれば、似て無くもないでしょうが似てるとも言い難いかと思います

そもそもそういったガワだけ作る…という作品形式艦これに限らず昨今流行キャラクターソーシャルゲームに多いものですから、似てるとしたらそれらの作品であって、取り立ててガルパン艦これやそれらの形式に似通っていると言うのは違和感を覚えます

ソーシャルゲーム以外でも、ラブライブを筆頭とするアイドルアニメの方がまさにガワだけ用意して釣る形式で、二次創作的な味付け抜きにしては現在の人気や設定が成り立たないほどに作品自体の出来は劣悪です。

そういった昨今流行作品群と比べると、ガルパン普通のことをちょっと頑張ってやった程度なのに、目を見張るほど素晴らしい作品のように感じられてしまうのです。

8~9割くらいキャラや設定のガワで釣ろうとしているのが艦これその他だとしたら、ガルパンはそこまでは比重が傾いていません。5~7割程度です。あくま戦車戦をテーマとしたストーリーを土台にした上で主人公達のキャラを活かすというのが主題としてあり、万人にとってとっつきにくいネタでありつつも、一般向けにも親しみやすいようにアレンジが施されているという様々なキャラストーリー・各要素の調和キャラの掘り下げの物足りなさもあまり不満と感じさせません。

ただ一方で廃校とか主人公過去などの前提的な設定以外、ほとんど痛みを感じさせない作品で、敵のキャラ達も最終的には不快感を抱かない程度に描くようなフォローが行き届いていますから、それが物足りなさ、子供向けの茶番っぽさを強めているかもしれません。

しかし、その点も、敵でなく主人公格のキャラすら魅力的に描けず、何か落とす脚本を入れて、大してフォローすらできてないまま終わってしまったという作品がありふれている昨今では、よっぽどマシで、救いに感じられてしまうともいえます

キャラ作品としては艦これストライクウィッチーズなどの他、主人公姉妹関係、家庭事情描写を用いている点から咲-Saki-との比較もできますが、咲-Saki-がその点においてストーリー的に停滞している中でガルパンは端的に王道の回答を公式で見せつけてしまったことも高評価の要因の一つになっている気がします。

2016-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20160604234004

アンチにしても低レベルでしょ

俺が気に入らないから気に入らないんだ、以外の情報がまったくない

こんなの、お前がそう思うんならそうなんだろうお前ん中ではな、で終わる程度の浅い記事

ファンだけど無理やりアンチするなら

戦車にこだわりつつもエンタメ要素のために戦車に無理な挙動をさせているのが戦車ファンとして残念

・なるべく現実的な動きにこだわりつつもエンタメを見せて欲しかった

ストーリーTV版の焼き直しのようになっていて、再び廃校阻止のために動くというのはマンネリ感がある

劇場版ラブライブ廃校阻止のために再びラブライブに出場する話だったら、おそらく同じような批判が出たはず

・緊迫する理由が欲しいのなら島田流との流派対決に絞って、個人の問題から周囲を巻き込めないみほの苦悩を描けばよかった

一時的入学するよりも、一時的に門下生になる方が現実的リアリティを考えてもコッチのほうがスムーズ燃える展開を書けるはず

みたいなさ

劇場版見てちょっとでも頭に浮かんだ事ある人いるんじゃない?ぐらいのことは書けよ

安っぽい言葉書くやつって、その言葉自分人生を表していることに気付け

どんだけ安っぽい言葉並べ立てた人生送ってきたの?

真に迫れよ

2016-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20140919195638

>実は一番ついていけないのは、ラブライブだ。

アイドルを目指すのに、部隊に立つのに、普通の化粧をするシーンがないのが不気味だ。

ネイルもしないのが不気味だ。

元々の設定や作品でそういう各キャラアイドルとしてアピールするための細かな要素に言及しようとしている描写があるのがラブライブ!だったのだが、アニメ化以降は設定や世界観が180度変わってラブライブは頭も心もすっからかんの奴だけが好む中身すっからかんの別の作品に生まれ変わった

しかしそんな奴が多数派から人気を出すには都合が良かったみたいだ

あいつらは結局は声優ライブを見たいがために作品継続させようとアニメ作品を褒め称えながら買ってただけだったようなものだった

買うことで作中における廃校は拍子抜けするほど簡単に阻止できたが、グループ解散は阻止できなかった

リーダーセンターAV出てたんだから仕方がないか

2016-06-04

ガールズ&パンツァー凄さがわからない。

http://anond.hatelabo.jp/20160604102901

キャラクターはまあまあ可愛い廃校を免れるためにスポーツで頑張るというのはベタベタ

ミリタリーネタ戦争映画ネタはまあミリタリーものとして入れてきて当然。

CG戦車戦とかが凄いの?

ミリオタじゃないからわからない。

追記:昨日劇場版もビデオで見ました。

2016-04-17

さっきまであんなに激しかった風が凪いだ夕暮れ時、

ふと路地から空を見上げたら

エンジンの数が二つだって分かるくらい

低く真っすぐに飛行機が飛んでいった。

廃校になった小学校もその後ろのタワーマンションも超えて、

雑踏に音を紛らわすように静かに消えていくのを最後まで見届けて

上げていた顔を戻すと風も一緒に戻ってきた。

酷く寂しかった。

両親が居なくて廃人になりそう。

スルーしてた妹からメッセに、仕事明けたら戻るよと返信した。

2016-04-06

なんやかんや言っててもスクールアイドル廃校を免れるために身体を売るエロ同人誌は大好きなんでしょ?

2016-04-04

公立小学校保育園の併設

http://anond.hatelabo.jp/20160403231721

都内に限っての話。もういっそのこと小学校公立保育園を併設してしまえばいいのでは。

都内少子化小学校で空き教室廃校になるケースも出ている。その施設再利用することで土地代のコストを下げる。

一校で最大500人くらいの子供の面倒を見ることで作業効率化し、人件費も抑える。某杉並区議員家族経営みたいな問題もなくなる。

実はもうやってるのかな。うちの子供が通ってる小学校では聞かないけど。

2016-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20160330201225

アルミ版はねーわ。

残された剣道部員の気持ちは一顧だにせず、剣道という競技への愛着リスペクトもないサイコパス穂乃果。

それを全肯定する海未。

小狡いだけのにこ。

複数IPアドレス使って不正投票する真姫。

本筋はアニメ版のようなドラマ的展開もなく淡々と進むだけ。

まり売り上げのことは言いたくないが、巨大コンテンツの割に漫画は大して売れてないのも当然といえる。

そもそも反響が良ければ編集部だってあんなに休載させんよ。


長々と恨み言を書いてるようだけど、結局は公野版はつまらないから人気が出ず、アニメ版面白かったから人気が出たというだけの事でしょ。

現実から目を逸らすなよ。

いくら京極花田アニメファンを罵っても、アニメがこれだけ大ヒットした結果の前では滑稽でしかねーよ。

今連載してるスクールアイドルクエストなんて、本来ならμ'sロスの受け皿になってもいいくらいなのに、話題にすら上らないのは何で?

単純につまらないからだろ。

公野作品評価できるのなんてシスプリキャラコレの咲耶巻くらいだわ。

一理なくもないですが団体戦ならともかく個人戦でやってた穂乃果がそこまで剣道部員の気持ちを気にする必要があるのかというのもありますね。

また、高校では当初から廃校阻止のために剣道頑張ってた描写もありますし、一方その点で海未が穂乃果を叱咤していましたから、最終的に肯定という結果になっても全肯定ではありませんでしたよ。

まあ、SIDの海未なら同じことがあっても全肯定してしまいそうな感じはありますね。

それに、既存部活は元々自分勝手に入って勝手に辞めるものともいえますが、μ'sの活動場合は穂乃果が始めて勧誘もしたわけであり、辞めるとき自分で畳むのは悪くないかもしれないですが

アニメ1期でことりのことに心痛めたからって即辞めるのは短絡的で、他のメンバーへの無配慮で辞めてしまった意味ではもっと話にならない突っ込み所で、そちらの方がサイコパスというかなんらかの問題ありだと思いますよ。

しかし、その点においてもどちらかといえばとってつけたような留学展開に疑問が生じる方が先で、元から親友ことりと海未の様子を気遣わない状態で突っ走ってきていたので、そんなこのキャラならそうなるかという不思議な納得はあるともいえたかもしれませんね。


小狡いだけのにこというのもよく分かりませんが、アニメ版と違って幼少期からアイドルになりたがっていたためにアイドルになるための研究努力があるためにスペックが高いことや、

アイドルという存在への思い入れ見解の深さがキャラ作りが重要とか言いながら決めぜりふだけで、キャラ作らず素の性悪面を見せてることが多いアニメ版と比べものにはならないと思いますよ。

またアニメ版は小狡いどころか穂乃果を襲撃してアイドルやめろと脅迫したり、ファーストフード店食べ物盗んだりと悪党レベルですが、小狡いのはダメだけどただ単に悪いのはOKということでしょうか。

そういう余裕のある悪戯っぽさみたいなものがあって真姫などを弄ってたのがアニメ前のにこの人気ポイントの一つです。

一方で、無能すぎて悪いことを言ったりやったりするけど小狡くはなりたくてもなれない方がいいというのはそのキャラ作品の道具的なネタ要員としてしか見てないからじゃないでしょうか。

2期で小悪魔とか言われてましたがむしろ悪党という感じですね。

不正投票も細かいポイントですね。その程度である日常系作品ですら普通にありそうなネタですが…。

そういう点に突っ込み出すと、アニメ版では絵里が無断で動画撮影投稿をしていたとかい突っ込みが生じますし、恐らくそのようなことを問題視していると思って書いたのでしょうが自分はその点は便宜上そこまで問題視してませんね。

どちらかといえば公開した動画馬鹿にされればいいという悪意があって投稿したことの方が問題ですけれどね。

元々廃校阻止という目標の点では穂乃果と絵里の思いは同じだったわけですし、結果動画馬鹿にされたら音ノ木坂の評判ダウンにもつながるのではと考えると自分目標達成にとっても痛手になる可能性がありますしね。


本筋は淡々と進むだけ?あれで淡々と進んでるというならどうあればドラマ的なんですかね…。

逆に「アルミ版はアニメ版よりも展開がシリアスシビアだ(だから苦手)」という評判はよく見ていたのですけれど、いろんな考えの人がいるんですね。

メンバー集めにしてもA-RISE存在にしても地元に根ざした学校地元の生徒たちが~という元々のコンセプトからして王道的で理想的でしょう。

そういう意味で穂乃果・海未・ことり・凛・花陽・絵里が幼馴染で元から知り合いという設定の方が自然ですよね。

逆にアニメ版メンバー集め展開をやりたい脚本側の適当な都合で同学年以外は知り合いでない状態にされましたが、地元云々のコンセプトも破壊したようなものですね。

アニメ版ファーストライブは印象的なシーンですがそれの元になった可能性があるシーンがアルミ版にあります

アニメ版のように講堂みたいな立派な場所でやったりパフォーマンス自体は見事だったりすることはなく、

アルミ版のファーストライブは屋外でラジカセ音楽を流しながら踊りを見せるだけというチープなもので、初めてのライブで緊張したこともありミスも出て観客や通りすがりの見物人は十数人ほどいましたが馬鹿にされて見世物のように終わるという辛いものでした。

穂乃果たちは自分たちのふがいなさに号泣しますが、その様子を見てそれまでいつも一緒だった親友の海未が立場を変えて協力に踏み切るというのはそこまで不自然だったでしょうか。そして淡々と進む展開ってそういうものなのでしょうか。

その後もアニメの突発的で感情的なやりとりを駆使しての展開とは違って、元から絵里と穂乃果たちは友達であることもあり勧誘平和的でありつつ一進一退状態ですが、その絵里が希などの勧誘には協力したりすることであるとか、

にこと真姫がそれぞれ個人的事情や思いを抱えているために、アニメ版ラブライバーもμ'sもメンバーみんなが作品奴隷であるべき的な思想好きな人にとっては嫌うポイントでしょうけれど、

本来キャラからするとにこと真姫が他のメンバーから独立した部分を持っているのも自然ですし、そこが後々生きてくるドラマ性を演出しているとも思います

SIDではにこは既に独白でもμ'sの価値を認めていますけれど、そういう方向性に向くまでのにこという意味では自然でむしろこうでなくては最高のアイドルを目指すにこらしくないと思いますが…。

アルミ版では元々のルックスに加えて実力も伴っているために穂乃果からいきなりセンター待遇勧誘を受けたりしていましたが、

アニメ版でも1期でセンターにこだわる描写があり、予習していたために未予習だけど才能有る他のメンバーと同等の成績を残す話がありましたね。

そこも残念に歪められた扱いで悲しいですが、それでも一応予習していることを知らない他のメンバーから褒められる描写がありました。

一方、2期4話でもセンターにこだわって写真加工云々の描写がありましたが、全体的にその扱いは何言ってるんだコイツというだけの状態でしたし、扱いや設定がおざなりすぎて擁護できませんね。

それが好きという人はアイドルでなく芸人か何かを好んでるんだと思います。元からそういうキャラならまだしも。

余談ですが後にその2期4話の元ネタgleeにあってその影響で弟まで加えられたことが分かり、呆れるしかありませんでしたね。


アニメ版のようなドラマ的展開とありますが、表面的な部分で遠くに合宿しに行ったりスクールアイドル集めたり優勝したりすることがドラマ的なんでしょうか…。

ただ、内面的な動向などに目を向けないでドラマ的かどうかを測るのであれば確かにアルミ版はあまりドラマ的ではないかもしれませんね。旅行とか大会海外には行ってませんし。

そういう方にとっては確かに劇場版のようなとりあえずニューヨーク行ったり大人数で何かやったりというのがドラマ的で理想的だったかもしれませんね。


ところで、アルミ版を批判するとしたら凛と花陽が加入する際のあっさりすぎて何も物語性がない所とかを批判した方がいいと思いますね。

そこは自分も幼馴染設定を生かしているともいえますが、もう少し何か欲しい所があります。いつか描く予定があったのかもしれませんが。

ただアニメ版では留学云々があったことり以外は基本的にμ's加入後は穂乃果のおまけや補助役に成り下がってしまうのに対して、

アルミ版ではにこや真姫などが個人的事情を抱えていることで、それぞれがある程度精神独立を保ちながら集まってる状態です。

一方アニメ2期では(gleeパクリらしいですが)とってつけたように、

普通高校生なら似た者同士で集まると思うけど、私たちは違う。 時間をかけてお互いのことを知って、お互いのことを受け入れあって、ここまで来られた。」

とか言わせてましたが、原案と違い幼馴染が少ないのに殆どメンバーが加入した時点で問題解決して受け入れあっているメンバー状態でそれを言ってもな、という感じですね。パクっておいて個性的問題ですが。

また、逆に穂乃果とは幼馴染の海未やことりとの方が一悶着ありましたね。

原案アルミ版は元々そういう要素を重要視してるわけではないですけれど結果的に、にこ真姫希という幼馴染枠外の3人の存在がそういう描写を強めるキーになれる要素を抱えてますね。


漫画は大して売れてないんでしょうか、そのあたりは詳しくないですが、アニメや動員数に比べたらそうでもそれなりには売れてると思いますよ。

少し調べてみたらなんちゃってファンおすすめする原作SIDレイプSIDコミカライズより売れてるらしい情報が出てきました。

公野版はつまらないから人気が出ずと言ってますが、そもそもアニメ化までに段々と人気や売上数は伸びてきていたんですよ。

雑誌CDは買わないと見たり聞いたりできませんし、雑誌は買っても注目作品以外は流し読みということも多いですから知名度が足りていなかったと思います

実際にアニメ化以降に知ったファンでも初期の楽曲PVの良さを褒めてる人は多いじゃないですか。昔は質が悪いから人気が出なかったと言うのであればその人気を評価する指標CD売上から言っているんでしょうから、売れなかった時のCD楽曲PVの質のことも批判してみてください。現実を見るならそこだと思いますよ。

そのようなわけで、知名度を得るためにアニメ化大事だったんです。知名度さえ得られたら評価が得られるだけのクオリティが元々あると思っていたからこそ嘆いているのであり、そういう所からいって、売れたから許せとか過去のことは滑稽と言うことこそ滑稽ですよ。まさにそこが問題点なわけですからね。


スクールアイドルクエストがμ'sロスの受け皿になってもいいくらいというのも、ちょっと謎の過大評価ですね。話題にすら上らないというのもどこ基準か分かりませんが思ったより話題になってるように感じますよ。

劇場版以降、作品展開に異議を唱えるファンが多少増えてきて、アニメ1期2期の頃よりはSIDとかアルミ版について語る人が増えてるような印象すらあります

売上が出たか面白いというのも問題があると思いますよ。何にでも悪くても売れやすものと良くても売れにくいものはあるわけですし、そもそも原案ラブライブ!場合はあの系統アニメ化してたらどうなっていたかというのを今では確かめようがないわけで、元の楽曲などを流用して、他作品盗作を駆使して、商品は売れたから全部これが正解というはいかがなものでしょうか。

どうせならキャラ声優楽曲も全て原案無関係オリジナルのものであればよかったのですがね。

ところで、アニメゆるゆりは1期2期はアニメオリジナルも含んだ内容で人気が出たものの、原作作風や一部のキャラを歪める内容なども含んでいたこから原作ファンに不評な部分もあり、原作作風を生かして制作会社も変更された3期は原作ファンから賛美されているようです。一方で1期2期を制作した動画工房や各種スタッフファンからは3期は微妙という評価もあるようですが。

自分ゆるゆり原作最近までまともに読んだことはありませんでしたが1期2期は誤魔化しを多用したくだらなさのある作品だと思っていました。それでもキャラ描写原作ラブライブほど破壊してはいませんから、それなりに好きでしたけれどね。

その中で3期を見たら1期2期とは違う落ち着いて安定した面白さがあったので調べてみたら原作により近いのが3期だと知って、そういうことがあったのかと思った次第です。

ゆるゆりシスプリのように後に原作に近い映像化作品が生まれるのであれば少しは溜飲も下がるのですが、ラブライブはあれだけ利益を生みながら原案ファンには還元せずに終わるというのも残念なところです。


長くなりましたが売上で勝った負けたとかそういうことを言いたいのではなく、公野版のままアニメ化していたら今ほどは売れてなかったかもしれませんが、それなりに売れていたのではないかとは疑いなく思っています

あのように始まった作品で、特に矢澤にこなどは中でも人気が出ていたキャラでその方向性作品を期待するわけです。それを横入りしてきたもの邪魔されて道を断たれてしまったことが可哀想ですし、十分な売上は生まれていたと思うので残念に思います


公野作品評価できるのなんて~とありますがそもそも、あなたが公野先生アイデアをあまりきじゃないだけなのではという感もあります。勿論あなたからしたら自分アニメラブライブを嫌いなだけとなるのでしょうけれど…。

せめてアニメアニメ、その他はその他の設定で独立させているならともかく、アニメ化以降アニメ以外のゲームはおろか、PVCDドラマアニメ設定に統一されていったことも問題ありますね。

自分は今さら何がどうなるとか、どうなってほしいとかはあまり考えていませんが、ただそういう思いの存在作品が終わる間際に書き残しておこうというだけです。

2016-03-29

廃校する学校卒業式

みんな大好きだよね。

2016-03-07

偏差値50以下の大学廃止しても、大学は半分ずつ減らない。

官僚作家の人が「偏差値50以下の大学廃止しろ」とツイッターで主張し、それに対して、「偏差値50は平均値から、毎年半分ずつ大学が減っていく」とのツッコミが行われていますが、このツッコミは間違っています。どういうことか以下、説明します。


1「大学偏差値」とは、模擬試験における合格ラインである

いわゆる「大学偏差値」とは大学のもの能力を示した数値ではありません。模擬試験を受けた受験生偏差値を割り当て、各大学合格ライン推定したものです。母集団大学ではなく、受験生になります

思考実験

受験生が100万人いるとしましょう。一方、全国の大学の総定員が40万人だとします。受験生全員が受ける模試があって、偏差値50の人(平均点を取った人)の順位は50万位です。一方、大学には上位40万人しか入れないのですから、「偏差値50」の人はどこの大学にも合格できません。この時、すべての大学偏差値合格ライン)は50よりも高くなります


3実際にやってみると、

偏差値50以下の大学廃止」を実行した場合、初年度は大学が大きく減るでしょう。しかし、次年度以降、大学進学希望受験生が減らなければ、大学の数はそのままです。偏差値50以上ない受験生はどこの大学にも合格しない状況になります

実際は、この政策を取ると、成績下位の人たちが進学をあきらめるので、受験生母集団学力は高くなります偏差値50(平均点)の学力も徐々に上がっていって、少しずつ廃校になる学校は毎年あるでしょう。しかし、「毎年、半分ずつ、大学が減っていく」ということは起きません。


注:某官僚作家の元の発言は、偏差値に関しては間違ったことを言っていませんが、増田はその意見趣旨には賛同しません。

追記:「思考実験」では受験生の成績は正規分布していると仮定しています

2016-02-21

劇場版ラブライブ!批判考察

 一時期、ラブライバー界隈で話題になった劇場版ラブライブ!批判記事があった。

 それは、おりあそ氏による

アイドルはなぜ魅力的なのか? あるいは、劇場版ラブライブ!』はなぜ失敗作なのか。」http://oriaso.seesaa.net/article/421134088.html

である


 自分TVアニメ第2期以来ラブライブ!という作品うんざりしており、ほぼ既に内容に希望を抱くことを諦めた立場だった。

 そのため、劇場版の内容を目の当たりにしても、2期の調子から続きを作ったらこんなものかという程度に軽くとらえていた。

 批判記事についても早い段階で拝読の機会を得ており、概ね同意はしたのだが、批判へ寄せられた賛否両論意見の軽さと2期以来の作品の現状の救いようのなさに呆れていたこともあり、あまり触れないようにしていた。しかし、ラブライブ!(以下ラブライブ表記)という作品が何と言おうとフィナーレを迎えようとしている今になって、少しは気分が落ち着いたこともあって改めて自分なりに読み解いたものを記しておこうかと思う。


彼の批判文の序盤はTV第1期から劇場版の終わりに至るまでの説明なので割愛。その直後の文章から批判問題提起が始まる。

しかし、アニメラブライブ!』のラストを飾るイベントが、このようなものであっていいはずがないのである


問題点明確化するために、3年前に現実世界で開催されたあるライブイベントと対比してみたい。それは「ゆび祭りアイドル臨時総会~」といって、普段ライバル同士である人気のアイドル10組が一堂に会し、次々にライブを行うというイベントであった。このイベント話題となった最大の理由は、指原莉乃という当時AKB48で人気を急上昇させていたメンバーが自らプロデュースをしたことにある。つまり「ゆび祭り」は、μ'sが企画してライバルであるスクールアイドルを集めた、劇場版クライマックスを飾ったあのお祭りと非常によく似たイベントだったと言えるだろう。


実は「ゆび祭り」は感動的なイベントであった。それは何故かというと、指原莉乃というアイドル人生物語象徴するイベントだったかである。もともと指原は故郷大分県において、熱狂的なアイドルファンとして育った。モー娘の全盛期に小学生時代を過ごし、様々なグループライブに通い詰める重度のアイドルオタクになったのだ。そしてアイドルへの憧れが高じて上京自分自身AKBメンバーとなり、ブレイク果たしてこのようなイベント企画できるほどの地位に登りつめた。つまり「ゆび祭り」は、指原のアイドル愛が余すところなく表現されたイベントであり、アイドルオタク成り上がりストーリー体現たからこそ、感動的なイベントだったのである

 この部分、ある意味では三次元アイドルへのアンチテーゼ的な役割が求められる二次元アイドルアニメというジャンル批評実在アイドルAKBを持ち出したきたことで一瞬、辟易した読者も多いことだろう。自分もその一人であったが、よく読んで考えれば、その意図も分かるものになっている。


 実際、AKB指原がAKBとしてデビューする以前からアイドルオタクだったことは有名な話らしくいろいろとエピソード写真が残っているようである

 そんなアイドルオタクが、一応トップアイドルとなり、事務所などの枠を超えて自分リスペクトしてきたアイドルを集めて「ゆび祭り」という大きなお祭り主催したことは確かに快挙である

 そして、この「ゆび祭り」というイベントチケット代は指原の愛称「さしこ」にちなんで345円という特価であったらしい。自分の好きを極めて走ってきた上で積み重ねてきた成果を現在アイドル達やアイドルオタク還元するという意味で確かに素晴らしいイベントだったといえよう。


 それに対して、劇場版ラブライブにおけるお祭り比較されながら述べられているのが以下である

では、アニメラブライブ!』のストーリーを締めくくったあのお祭りは、どのような物語性を内包していたのだろうか。筆者の考えでは、残念ながら「どのような物語性もない」のである。あのお祭りでは、「スクールアイドル」がキーワードになっていた。しかし今までの『ラブライブ!』で、「スクールアイドルはいかにあるべきか」とか「スクールアイドル未来」とかいったことが主題になったことは一度もない。穂乃果たちは、今まで他の(A-RISE以外の)スクールアイドルことなんかちっとも考えてこなかったのである最後最後になっていきなり《スクールアイドルという問題》を提示されても、あまりにも唐突だと言わざるをえない。

 指原には長年アイドルオタクとしてアイドルに憧れ続けてきた上でトップアイドルになり、先述のお祭り主催したというプロセスがあるのだが、ここで述べられている通り、μ'sもとい穂乃果にはそんなプロセスはない。

 廃校を阻止しようという目標最初に生まれたが、スクールアイドルという手段は後付けであり、(スクール)アイドル活動は積み重ねてきて目的となるような価値としては弱いものだったといわざるをえない。TVアニメ第1期途中で廃校問題有耶無耶になり、自分達はアイドル活動をこの9人でしたいんだという方向に物語は動いたのだが、それも行き当たりばったりで賛否両論であった。作中でもまだ比較的まともだった頃の矢澤にこに「穂乃果の(アイドルへの)好きはいい加減」と批判されている。

 また、自分達のスクールアイドル活動には目を向けても、他のスクールアイドルに対して何らかの注目を向けたのは穂乃果にアイドル活動をさせるきっかけを作ったA-RISEくらいであり、それも主に廃校阻止や後のラブライブ出場&優勝という目標を達成するための当面の壁やライバルとして注目された程度に留まっているため、おりあそ氏の批判にある通り、指原のような他のアイドルへの想いが高じて開催につながったイベント比較すると、劇場版で急に穂乃果やμ'sの「スクールアイドル」に対する想いが打ち出され、スクールアイドルを集めてイベントをやろうと言い出すのは唐突であり、付け焼き刃だとか行き当たりばったりといった表現揶揄されても仕方がないものといえる。

 一方で、そのイベントや発想自体は悪いものではない。スクールアイドル全員で楽しい大きなお祭りしましょうというのはとても魅力的で素晴らしいものであるしかし、作品上仕方ない部分もあるとはいえ、「スクールアイドル」全体のお祭りへの想いを一旦は語り、イベントを開催してみたらμ'sしか目立っておらず、他はバックダンサーに近い扱いというのは、劇場版という大きなお祭りという面を考えてもどうにかならなかったのかとか、他のアイドルファンへの還元の面でも現実アイドルに大きく負けているのはどうなのだろうとか考えてしまう。

 したがって、あのスクールアイドルお祭りは作中における開催への過程や内容の意味だけでなく、ラブライブ劇場版というお祭り観点でも説得力と盛り上がりに欠ける粗末なものだったといえるのではないだろうか。


 その次に述べられているのが劇場版単体の内容の問題点である

今回の劇場版ラブライブ!でとにかく目につくのが、このように行き当たりばったりで物語の流れを無視したストーリーである映画の前半では、脈絡の無い強引な展開でニューヨークに行くことになるが、そこで何かを得ることはなく、後半ではまったく無関係ストーリーが始まってしまう。後半のストーリーから逆算すれば、前半では「スクールアイドル」の問題提示されていたり、μ's活動終了への伏線が描かれていたりしなければならないはずだが、そういったことは全然なく、ライブ場所を求めて街を探検したりアメリカ人交流したりするだけである。また、ニューヨーク迷子になった穂乃果は、彷徨っているうちに一人の女性シンガー出会いホテルまで連れ帰ってもらう。この女性シンガーはいろいろと不思議な点があり、穂乃果以外のμ'sメンバーには見えないなどの設定があるため、「未来の穂乃果」だというのがネット上では最も有力な説である。この女性シンガー帰国後にも一度穂乃果の前に現れるのだが、それっきりストーリーからは退場し、穂乃果に思い出されることもなく、謎も一切明らかにならない。映画キーパーソンであるかのように登場しておきながら本筋にはちっとも絡まないというこのキャラクターは、何のために出てきたのか本当に謎なのである。他にも、映画冒頭で描かれる、穂乃果が水たまりを飛び越えるという過去エピソードがこの映画ストーリー全然そぐわないなど、とにかくこの映画脚本はいたるところが継ぎ接ぎだらけの雑なものであり、一貫したテーマがないので物語性を感じられない。「物語性がない」と言うと、『けいおん!』なんかの例を持ち出してくる人がいるかもしれないので予め書いておくと、『けいおん!』にはストーリーはない(大したことは起きない)が、物語性はある(一貫した主題がある)。それに対して劇場版ラブライブ!』には、ストーリーはあるが物語性がないのである

 と、ここも個人的意見の相違はないのではあるが、突っ込みたい点が何点かある。

 そもそも行き当たりばったりで物語の流れを無視したストーリーというのは劇場版に限らず、第1期から指摘できる問題点であり、ラブライブというよりも花田十輝氏の脚本によく見られる傾向ともいえる部分である。その点を、恐らくブログ著者は第1期を評価したい立場であるために触れないでいるのだろうが、後々2期や劇場版でそれが起因して物語性やキャラクター性の破滅につながっていることは無視できない。

 たとえば2期においても用いてプロジェクト開始初期から掲げていた「みんなで叶える物語」というキャッチフレーズ。それが本来コンテンツ全てを統括する一つの物語性やコンセプトになるべきだったし、アニメ化以前は細かなキャラクター設定のブレはあっても、その点においてのブレはなかった。個性事情を違えるキャラクターが集まった上で廃校阻止やアイドルになるといった目標を叶えること、また結果的に初期からそのコンセプトやキャラクターを支持してきたファンの思いを叶えるという意味もつながってくることになる。

 しかし、アニメにおいてその作中の物語性は破棄された。廃校阻止という目標プロジェクトを束ねる大きなコンセプトの一つだったが、それは第1期で大会に出たわけでもなく他のアイドルと大々的に競ったわけでもなく達成される。その後μ'sは文化祭における穂乃果の件もあり活動休止となることもあり、せっかく大きな目標を達成できたのにカタルシスが弱い。

 アニメラブライブ肯定的ファンの間では「アイドル活動廃校阻止というコンセプト自体に無理があるから、1期でそれを消化したのは悪くない」という見方があるが、無理があることを簡単にあっさり達成・消化させてしまったたものをよしとする神経や論理にこそ無理があるように思える。

 また、裏を返すと、大会に出ずとも廃校阻止につながるくらいにスクールアイドル活動の影響力や効果が大きいことを描写してしまったともいえる。さらに2期では、次に開催された大会に出場し、プロアイドルを上回るとも言われていたA-RISEをも倒し優勝を達成してしまったのだから、その後のμ'sの人気や知名度は絶大なものとなっていただろう。少なくとも地元東京関東地区では。

 ところが、劇場版はその描写から矛盾点を生じさせている。

 脈絡の無い強引な展開でニューヨークに行きライブを行い、間違いなく関東空港である日本空港に帰ってきたところでファン出待ちされて知名度を得た自分達に驚くというシーンについてであるが、既に廃校阻止や大会優勝の時点で雑に考えてもかなりの人気と知名度を得ていたはずである。ましてや地元であり、さらに出迎えたファンは同年代であったから今さら驚くことではないはずだが、それに初めての体験であるように驚く描写を入れてしまったことで、劇場版アニメラブライブという作品自体がどの場面においても何かを得ることはなく、いつもまったく無関係ストーリーが乱雑に入れられるだけの作品だと物語っているかのようである


 続いて、ブログではそのような内容や批判を受け入れるファンの態度についての批判が述べられている。

さて、劇場版ラブライブ!』は以上のように脚本に重大な瑕疵を抱えているにも関わらず、この劇場版が良かったという人々の多くがこのことを大した問題ではなかったと考えているようだ。ここがポイントである。もし以上で挙げたようなことがそもそも物語上の瑕疵ではないと言うのなら、それは根本的なセンスの違いだからどうしようもない。しかしそうではなく、瑕疵だとは認めつつもそのことによってこの映画価値が損なわれないと考える人々が多くいるという、その点にこそ本質的問題がある。なぜなら、これほど重大な物語的欠陥を目にしておきながらそれを大した問題ではないと言うのは、「アイドルアニメなんだから可愛ければそれでいいじゃん」「百合さえあればなんでもいいじゃん」という物語性軽視の態度に他ならないと考えられるからである


ラブライブ!』はTVアニメ第1期以来2年半のあいだ爆発的に人気を拡大し、日本二次元コンテンツ代表する作品の一つにまでなったが、残念ながらそれと同時に、物語性をひどく軽視するファンを増やしてしまったように思う。そういった人々は、μ'sを一方的かつ即物的に消費するだけであり、μ'sのメンバー共感したり、あるいは彼女から何かを学んだりしようとするチャネルを持たない。そしてそういった人々の消費態度は、実際に『ラブライブ!』の作品のものに反映されるようになってしまった。その結果がこの劇場版における脚本崩壊だと考えられるのである

 そもそも、「アイドルアニメなんだから可愛ければそれでいいじゃん」「百合さえあればなんでもいいじゃん」という擁護を持ち出すのも苦しい点がある。

 何故かというと、このアニメラブライブ脚本家である花田十輝氏や監督京極尚彦氏は自分たち志向する物語性を作るために、キャラクター性やプロジェクトの大きなコンセプト(一貫した主題)を変更して犠牲にした経緯があるためである。(電撃ラブライブ!3学期http://www.amazon.co.jp/dp/B00BW8MRVY等参照)

 いくら結果売上が出たとか人気が出たとはいっても、道理に背く大きな決断を下したからには内容に責任を負うべきである。自らが企画原案から打ち立てた作品なら構わないだろうが、ラブライブは三社合同のプロジェクトであり、原案公野櫻子であるため、彼らは作品物語性の中枢部分に適当にメスを入れられる資格はない。つまり覚悟を持ってメスを入れてしまったのだから、それ相応の義務責任を負わなければ話にならない。

 本来あったキャラクター性や物語性を軽視した上で、打ち立てたストーリーに不備が生じ、それを擁護するために切り捨てたものを持ち出すというのは都合が良すぎるし、つまりストーリーコンセプトの変更やキャラクター性の変更の失敗を証明しているようなものである

2016-01-29

アニメ少女たちは荒野を目指すあん面白くない

仲間集めをして目的に向かうという似たような話としてはラブライブだろうか

ラブライブ廃校阻止という明確な目的主人公が持っていた

少女たちは荒野を目指す主人公ヒロイン目的に付き合わされるという巻き込まれ型だ

ヒロイン目的現在ちゃんと明かされていない(なんでゲーム作るのかとか)ためいまいち何のために動いてるのかわからない

徐々に目的が明らかになる楽しみを狙っているのかもしれないが今のところマイナス要素だ

仲間集めも目的がはっきりしてない状態で仲間集まってくるからなんで入ったのお前ら状態で余計に辛い

もう切ってしまおうか・・・

2016-01-17

ガルパン劇場版クレヨンしんちゃん

ガルパン劇場版の何が楽しいって「子どもVS大人」って言う構図だと思うんだよね。

そしてTV版とは一番違うところでもある。

TV版では廃校阻止という大義はあれど高校生同士の戦いだった。

でも劇場版大学生チームとその裏にいる文科省役人との戦いだ。

統率力に優れ秘密兵器も有する大人たちに、バラバラの個性を持った子どもたちが協力し、それぞれの強みを活かして立ち向かう。

水島努監督が手がけたクレヨンしんちゃん劇場版の、しんちゃん達かすかべ防衛隊活躍と同じじゃないか。

軍用ヘリで襲ってくる堂ヶ島少佐だとか、巨大ロボをひっさげたジャスティスとの戦いと同じじゃないか。

なんたってあの最終決戦の場が遊園地ってのもなんとがクレヨンしんちゃん的だよね。

最終的に大人たちを「子どもフィールド」に引きずり込んで、その自由な発想力による大人には予想の付かない戦い方で勝利を手にするのだ。

そして勝利を手にした子どもたちは、自分たちの家=学園艦に返ってくる。

このストーリー構成もヤキニクロードやカスカベボーイズと同じ、行きて帰りし物語だ。

この戦いで子どもたちが勝利によって得るのは、名誉報酬ではなく、「家に帰る」こと、ひいては「平和日常」というものなのだ

こういうことからガルパン劇場版クレヨンしんちゃん劇場版は、

子どもたちにとって『平和日常』とは、戦って勝ち取るくらいに価値のあるものなのだ。」というテーマで繋がっている。と思うのです。

2016-01-03

紅白のμ'sからの三が日

2015/12/31

「なに、このアニメ女の子たち」

「……ああ、みゅーず、ね」

センターの子、太い! なにこれえ!」

「……声優から世代も色々あるからAKBとかE-Girlsとかと一緒にしてあげるなよ」

声優? 声優がなんで踊ってるの?」

アイドルテーマにしたアニメの歌が売れて、それが今年の紅白に出たわけ」

「太い! どうしたあのふともも! どうした!」

「(画面から眼を逸らす)」

 

(数時間後)

 

「ねえ! Twitterのμ'sの感想褒め言葉ばっかだよ! ナン!?

「……ああ、そうだろうね、それは『ラブライブ!』を応援している層だね」

 

2015/01/03)

 

「……え、何で『ラブライブ』みてんの」

紅白でわかんなかったからさー、見ようかと思って、これ録ったのはNHKなんだけど、元々NHK番組?」

「……紅白が出る前後NHKが買い取っただけで、元はNHKとは関係ないんだな、これが」

「アンタ『ラブライブ!』みてたの?」

「それが見てないんだ。断片的にしかアニメの顔も相変わらず識別できない。マジで

「アンタ『ラブライブ!』みてたの?」

「見てないつってるだろ、アイドルもの二次元三次元もわかんねえんだよ」

へぇー。そう。あ、最初に流れてたアニメってこの娘たちなのね。廃校?」

「あー、廃校きっかけだったの。いま初めて知った」

「アンタ本当に『ラブライブ!』見てなかったんだね」

「だから見てないっつっただろ」

「このTV画面が埋まってるの、でかい校舎だね、アイドル?」

学校ごとにアイドルがいる、スクールアイドルっていうのが存在する世界観みたいよ」

「ほんとうにそんな学校アイドルみたいなの現実に居るの?」

「いるわけねえだろがッ」

「だよね〜。はあー、ふーん、(ぽちっ)」

「ああ、早送りするね。まあそうだよね、俺でもそうする。ところで何で見ようと思ったの? つらくないこれ?」

「『サクラ大戦』の歌謡ショーあったじゃん」

「あったねえ。20年近く前だねえ。今はルフィであるところの田中真弓が大男の桐島カンナをかなり強引に演じてたりしてたねえ」

「でも私は『サクラ大戦歌謡ショーの声優のひとたちを見てちゃんと感動出来てたのを覚えてるのよ」

「そうだよね」

「だからきっと紅白2015のμ'sに感動しているネットの人たちとかも同じ気持ちで、『ラブライブ!』がわかったら『サクラ大戦歌謡ショーみたいに楽しめるのかなって思ったわけ」

「……あんた正しい人だよ、素晴らしいよ、むしろ俺が間違ってたよ」

「そお?」

 

(数分後)

 

「……あ、ただ終盤、止めて」

「なんで?」

「ここからミュージカル演出になる」

「アンタ『ラブライブ!』みてたの?」

「見てない。でもこういう褒め所だけは散々言われてるから覚えてる。これおおよそ2年前の作品だけど、ほら、全身絵とアップ絵で切り替わってるでしょ」

「そうだね、なんか全身絵の方は顔が能面だね」

「この頃はまだアニメ風の3D演出を動かす技術が発展途上で、ラブライブはこの当時としてはかなり先駆的なやり方をしてた」

「ふーん(あまり聞いてない)で、紅白の録画を……ああー、こういうことだったのねー」

「そうね」

「やっぱりセンターの子ふとましいね」

「だからアイドルの小区分……もういいよ」

「あ、ただ、AKBとかにいてもおかしくないような子たちも結構いるね」

「ああ、そういうことになるのかな、アイドルと同じくらい声優アイドルも知らんけど」

「知らないの?」

アニメ結構見ていても声優を覚えられないのはよくある」

「あー、日高のり子さんいるじゃーん」

「その世代はね、わかるよね」

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