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はてなキーワード: 時系列とは

2017-02-21

Yahoo!ニュースコメントって

軽く炎上した芸能人コメント擁護されてて確かになぁ〜とか思ったんだけど

よく見たらあれ時系列に並んでんだよね。しかも古いのから表示されてるわけ

世論操作?みたいなの簡単にできそうな気がする

2017-02-17

はてな匿名ダイアリーブログを書こうと思った理由

私は今まで数々の個人の人が書いてくれているブログに助けられて生きてきたと思っている。書いている本人は何のこともなく書いているかもしれないけれど、ふとアップしただけの写真かもしれないけれど、時空を超えてそれが必要とき検索結果で出てきてくれることで、いろいろなことを読み取れて大変助かったことが多かった。

なので、自分経験したことや考えていることも、人の目に触れる形でインターネット上に残したいと思った。であれば、自分ブログに書けばいいのだけれど、自分ブログを書くとなると、ある程度まとまって関連のあることを書かないととりとめがなくなってしまう。そういうことを気にしていると、書けないことはたくさんある。ではそういったことは気にせずに、日記のようにブログに書けばいいという話もあるけれど、であれば、本当に手元の日記に書けばいいのであって、そもそも自分以外に自分経験したこと、考えたことなどを事細かにすべて知りたい人など、どんなに私と仲の良い友人であったとしてもいない。私の知り合いでなかったとしても、とりとめもない情報を同じ人間が書いたからというだけの理由時系列で大量に同じ場所にあったところで役に立つ気がしない。やはりそういう雑多なものはどこかで誰かが必要だと思ったときに、検索結果として表示されてくれればいいわけであって、そのときにその記事文章自体重要なのであって、雑多になってしまったプログ全体を横断的にみてもらうことに自体価値を感じられない。

もちろん、複数記事に渡って同じトピックが書かれているから、ブログでまとまっているのはよいという話もある。では、はてな匿名ダイアリーでは関連のある記事がかけないのかといえば、そんなことはなく、複数の関連する記事を書きたいと思った場合は、相互リンクなりで関連するように書けばよい。ブログの中から関係するトピックだけを読むより、相互リンクされていた方が読みやすい。

世の中には色々なサービスがあるので、当然ここと似たようなサービスはたくさんあるのかと思ったけれど、私の調査力が足りないのかもしれないが、日本語でも英語でもそれらしいものを調べてみたけれど、意外とそんなにはなさそうだ。海外ではTelegramというメッセージアプリを出している会社が、 http://telegra.ph/ というサイトを作っていて、匿名ブログがかけるようだったが、ニュースになっていたのが2016年11月だったので、やはり新し目のよう。ハンドルネームだけで、本名を出さないでブログをやるという意味ではなくて、それぞれの記事に書いた人が誰なのかという情報が表向きには全くつかないという意味での、本当の意味での匿名ブログ、思ったよりなかなかない、面白いサービスだなと思う。

そもそも突き詰めて言えば、インターネットに完全な匿名性はないと思う。今時なんだかんだで、すごくがんばれば、システム的に考えて、いろいろな情報からつなげていけば、どこかしらで突き止められるはず。ただそれをするにはあちこちのデータを突き合わせる必要があって、それを各運営会社が誰にでもさせないから、普段はある程度は見えないようになっているだけで、本当の本当に匿名がよければ、それこそ、インターネットにもクラウドにもiphoneにもスマホにもGmailにも、全くかかわらない生活をするしかない。けれど、現代ではそれはかなりの少数派なのではないかと思う。相当徹底している人でないと、便利さと引き換えにプライバシー危険と思えなくもないなぁという状況に身を置いているのではないだろうか。

はてな匿名ダイアリーで言うと、やはりはてなID登録必要なので、背後の管理会社さんの方では、どのIDの人がどの記事を書いているのはまるわかりに違いない。

確かに”匿名”ということで誹謗中傷に使う人がいて、こういったサービスを良くないという人もいて、たしかに、それで被害にあっている人は本当にお気の毒だと思うけれど、サービス自体のコンセプトとしてはやっぱりあって欲しいものだと思う。

誹謗中傷投稿する人は背後で管理会社にわかったとしてもそれを問題としていないのか?それともわざわざ人の悪口を書くために新しくID登録をしているのか?私の技術では計り知り得ないが、被害にあっている方は大変苦労されていると思うので、もちろんそういったことがなくなる仕組みがあると良いと思う。)

ブログを書かない人でも、いや、そういう人こそためになるコンテンツを持っていると思う。特に世界に唯一無二な日本ローカルネタは、そういうことを知っている年齢が高くて、インターネットを怖がってブログをしなさそうな人ほど、たくさんご存知だと思う。管理会社にはわかるという意味では100%匿名性ではなくても、管理会社の人は無碍に公開したりしないから、そういう方こそ、この匿名ダイアリー記事を書くことをはじめてみると良いのではないかと思う。はてなIDメールアドレスがあれば作れ、そのはてなIDパスワードを使って、はてラボサイトの方からログインすればすぐにこのような記事簡単に書けます。誰かにメールを書く感覚で、もっと気軽に色々なことが書かれるようになればなるほど、情報検索できるようになるから社会貢献と思って、どうでしょうか?

と、なんだか勧誘のようになってしまったが、人を勧誘したいほどよいプラットフォームだと思っています、ということで。

はてラボさん、今後も期待しています

2017-02-15

バグが起こる仕組みを説明する

http://anond.hatelabo.jp/20170214114736

 

1.権威を使う

GoogleMSAppleでさえバグを生み出している

 

2.ハードウェアに喩える

車は完璧に近いように作られているが、整備なしに数年後きちんと動いているかどうかは保証できない

整備とはデバッグのことである

 

3.ユーザーを絡める

ユーザーの行動を全て網羅することはできない

いつだってユーザー破天荒な使い方をする

 

4.プラットフォーム説明する

プログラミングという道具を使っているが

道具が完璧である補償はない

我々が完璧仕事をこなしても、道具がミスを起こす可能性はある

 

5.量を説明する

プログラムは数万行、数十万行のコードでできているが

文字ミスするだけでバグ簡単に作れてしま

たとえば小説一冊を1文字の誤字もなく書き上げることはプロでも難しい

 

6.難しさの質を説明する

小説を1冊書き上げることはできるが、全て矛盾なく仕上げるのは非常に難しい

要素や登場人物時系列を複雑にするほどどんどん難しくなる

プログラムも同じだ

 

7.バグ定義

そもそもバグとはどこからどこまでをいうのか

解釈を広げるとどこまでもバグになってしま

 

8.プログラムとはどこまでか

コンパイラコードエラーを指摘してくれるが

仕様エラーを指摘する者はいない

仕様エラーを残すとそれはプログラムバグとなる

 

9.掃除に喩える

バグのないコードというのは、塵1つない部屋のようなものだ 

そのために努力はできるが、物理的に不可能

 

 

個人的には1が好き

考える必要がない

2017-02-11

シリーズ物の某キャラ3Dモデルは老けすぎ、というAmazonレビューのを幾つか眺めていたのだが、実際にプレイするとそれほど老けていなくてむしろ時間軸的には間違っていない外見に思えた。某キャラ時間軸的に若かったのは実際時系列的に若い時代だったからで、ただそれだけの話しが大多数に考慮されていなかった。大衆が集まってできた評価ノーマライズされる割に正しい評価につながっていない。感情的頒布されたものが容易に定着して平均化してしまう。随分前に流行ったトイレの花子さん都市伝説のたぐいと内実は全く変わらない。その上ネット時代においては目の前にソースがあるのに誤判断を繰り返している(正しい評価とは厳密に正しいとされる姿ではなく、どう考えても考慮されるべき要素を当然のように見落としていることを指している。厳密には若々しい姿でもありえないことはない、などといったくだらない話はしていない)。

2017-02-09

印象。考察なし

http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

寝落ちしそうだし消えると悲しいか更新かさねる


率直に書く。総合的な感想考察は落ち着いたら書くつもりだけど、壁打ち悲しいから書かないかも。(というか他作品観劇したらもう書けなくなるだろうから、勢いつかないと現実的に厳しそう)

トゥルーエンドではないけどグッドエンドはもう前回観れたから、推理の旅を終えていいようにも思っている。あとやはり証人が足りない。私の観たルートより先の話が展開されないと推理が苦しいし淋しい。



初見と印象が違いすぎる。

何が変わった? 私が変わった?

私のライフは零である。救いがまったくない。ほんとつらい。

今回はまったくもやもやしなかった。ただあるがまま受け止めてほんと苦しい。

今作はもうずっと『諸戸と簑浦』の話しかしていない。だからうつらい。世界に二人しか居ない。つらい。

嗚呼明日原作既読の友人にいろいろ質問しよう……



時系列順に。

ちなみに『私』と『箕浦』と《わたし》と《みのうら》と簑浦が出てきます



冒頭。諸戸屋敷にいる『私』。これめっちゃ幽霊に見えた。

手記の内容は、すべて完全に諸戸についての内容。つらすぎ。

『私』は諸戸を「哀れ」と評す。まじかよ。

奥さんがお茶を入れてくれてそれを飲んだはずなのに、誰かいませんか?的なことを言う。え、やっぱこの『私』お亡くなりになってない?

そして諸戸登場。語り部の『私』と会話する。おかしくない?

登場キャラクターが天の声に話しかけたりしなくない?

から最初は『私』も諸戸も亡くなってて、死後の世界に見えてならなかった。

てゆか、今日見た諸戸がこわくてこわくて、ずっとすごいこわくて。諸戸の亡霊みがやばかった。成仏してない霊感

初見は王子様のような諸戸だったのに、何が変わった? 私が変わった?

『私』と諸戸は二人で一緒に過去を振り返る。

諸戸との最初の決別、夜の告白の時、聞いてる時の『私』はものすごく悲しそうな切なく美しい顔をする。嫌悪の色ではない。

『私』は諸戸に「性愛には応えられないけれど一緒に遊んだりした友情には感謝しているし君もそれを喜んでいるように見えた」的なことを言うのだけど、これ少なくとも2回目撃している。隠喩だったかそのままだったか…どこだっけ思い出せない丈五郎と道雄だっけ…? すごいつらい。

あのね『私』と『箕浦』が互いに演じた《わたし》と《みのうら》、《わたし》は未来をすべて知っているようで(諸戸の死を含む)、《みのうら》は生きてるからすごく生命力のある反応をする。『私』が《みのうら》になって井戸出たときなんて、それまでとのギャップちょっとびっくりした。

ここで振り返ったのは過去から未来ではないけれど、どうにも諸戸から時間を感じない。(ミスリーみあるけど)

似てきたなと私が感じたのは、この冒頭の『私』と諸戸、諸戸親子、諸戸と吉ちゃん。親子はアフタートークでも言われていたけど…というかあの世界は「諸戸と簑浦に関すること以外すべてカット」されているので、全部が諸戸であり簑浦であってくるしくて無理。常にライフ削ってくる。

大人になってから。『箕浦』は「ここからは僕が」と言って登場する。おかしい。どうして語り部の語る内容にキャラクターが介入できる?

から私は、ああこれは『演劇なのだな、と気付く。原作では簑浦が口頭でこの物語を語ってくれるのだっけ?それとも小説? ここではその語り口が『演劇なのだと。

箕浦』は『私』が初代に渡そうとした指輪意気揚々と奪ってくる。《みのうら》演じている『箕浦』は本当に生命力に溢れてる。

嗚呼だめだ寝落ちたらもう思い出せない…『箕浦』だけは「諸戸と簑浦に関すること」が何もない存在だったようにも思えてくるけど、もう私の記憶証人として使えなくなってしまった。



『私』は決して初代を「美しい」と言わなかった。まわりくどく魅力を説明する。その形容自体違和感は無いが、乱歩が連載初期から意図的言語を使っていたのなら、初代を「美しい」と表現しないのは変だ。簑浦にとっての初代の価値が軽すぎる。

箕浦』は何についても「美しい」と言わなかった。やはり簑浦は矛盾や歪さを抱えていないか? それを『私』と『箕浦』で同時成立させていないか。『私』と『箕浦』は別々の役割をもった役者


初代は証言する。正面を向いて淡々と切々と語る。あれは諸戸のことではなかったかしら。初代だけに存在する追加情報の時だけ『箕浦』を見て『箕浦』に話しかけてやいなかったか

『私』のかんばせが本当に何の欠点も無いようなほど美しく、そしてとても表情豊かで観客をガンガン見てくる。目が合うとかじゃなくて、観客の目を見てくる。後方でも目を見てくる。つまり語りかけ度がぱない。あいつはメッセージを発している。

対して『箕浦からはそんな様子を受けない。《わたし》を演じる時間が短いからかもしれないし、セリフが少ないせいかもしれないし、ずっと座っているから私の座席位置がかすらずそう見えなかっただけかもしれない。

いや、ほかの『役者』もそうだった。わざわざ観客の目を見てきたりしない。あれは『私』だけだ。



箕浦』はハッキリと「ぼくは幸せだよ」と胸を張って言う。

(正確な表現を思い出せない…2時間以上の空間を丸暗記してそれを体験した自分心理思考記憶して寝落ちリセット回避はこのセリフ量だと流石に無理ゲー過ぎ…でも記録に残すならちゃんとしたい…)



初代が亡くなった時に現場での出来事にしっかり対応していたのは『私』。泣き崩れてずっと耐えているのが『箕浦』。

深山木を訪ねてからは、未来を知っている《わたし》役の『私』は度々悔しそう・つらそう・悲しそうな表情をする。

『私』には彼を救えないから? ねぇ、これ『私』にもそういった感情がちゃんとある描写だよ。



初代と深山木さんを亡くしてから場面転換の際にオープニング曲しか聞こえない音楽が入る。唸りをあげて悶絶する『箕浦』。あ、ここ襲いかかる諸戸の唸りと重なる。



諸戸に関係ないところでも、疑心暗鬼セリフはすべて『私』が言っていたように思ったけど…いやこれは断言して大丈夫では。

しかし確実に《みのうら》の口から「諸戸を疑っている」主旨の言葉が出たときは『箕浦』が発言するし、

諸戸から「君は疑っているんじゃないのかい」といった疑心暗鬼を抱いている主旨の言葉が出たときに対面しているのは『私』と、徹底していた。



諸戸と『箕浦』が家で初めて会話している時、諸戸を見つめる『私』がくそやばい。愛憎ぶちこんだ流し目破壊力軽蔑目線でもあっただろうか?嗚呼ほんと駄目だ脳がリセットされて正確に思い出せない!

ああ、でもここで諸戸を見つめる『私』は、『私』を見つめる諸戸に似ている。それは性愛を込めた時じゃなくて島で秀ちゃんに夢中になってる『私』を見ている時のそれ。


子ども残酷」って諸戸が説明したとき、めちゃくちゃ学生時代の簑浦思い出した。


しかし諸戸の話題が《みのうら》への愛についてから事件推理パートに移ってからはクソつまんなそうに家ん中ブラブラして諸戸の推理聞き流してる風に壺にしなだれかかってる『私』だるえろかわい過ぎだった。「ねぇ~まだぁ~?」してる子猫ちゃんかよ。たぶん唯一私が萌えれて心を緩められたシーン。


ずっと『私』は推理パートつまんなそうにしていたのかなと思いきや、だるえろかわいいのあそこだけで、曲技団に刑事と行った時とか身を乗り出して聞いていた。

いや、あれは『箕浦』の代わりに演じていたのか?

あそこ本当に諸戸が『箕浦』のことを狙っていた。すごくこわい。じわじわ距離詰めてくる。こわい。あれなんであそこにそんな描写入れたんだろう。あの時の話題は何だっけ…おとっつぁんについて?



深山木からの荷物を受け取るのはこの後だったかしら。

秀ちゃんの手記。まじつらい。ぜんぶ諸戸と簑浦の話でつらい。

ぜんぶ諸戸と簑浦の話であるから、『手記の秀ちゃん』に母親が居ないから、この舞台での諸戸にも母親が居なかった。(正確に言うと丈五郎母親の話をするが、諸戸は母親の話を一切しない)

原作未読であるので自分確認できないのだが、諸戸が母親について告白する場面はそんなにカット必要位置にあるのだろうか?

諸戸が母親から性的虐待を受け、それによって女性嫌悪感を持ち女性は愛せなくなったこと。親から愛情が与えられず性行為でだけ情を向けられたから、諸戸が簑浦へ向ける愛情性愛以外の多様さをみせられないこと。これらは諸戸の歪な愛を単なる超自我とイドのせめぎあいにさせず、諸戸が『かたわ』と比喩できる大きな理由となっていると思う。

それがカットされたというのはものすごく重大なのではないか

ここにある諸戸は性的虐待を受けていない世界線の諸戸?



手記の後に諸戸がどちらと会話をしていたか覚えていない…記憶の砂が零れ落ちていくの恐ろしい…

おそらく『箕浦』と話している? 系図帳から暗号見つけるのはここか?

島へ行く途中の列車?船?の中、諸戸が「疑っている?」と問いただすのは『私』で、その話題が終わるとすぐに『箕浦』に入れ替わる。

だめだここですべきは事実の羅列ではなく印象という目撃証言を残すことだ。



島に着いた夜。寝ていた『私』と『箕浦』。『私』だけが起き上がり、秀ちゃんと出会う。

そこに現れる諸戸。

私はここにめっちゃ違和感感じて、それまでの流れでやっぱり諸戸も登場人物なのかな…って思ってた気持ちが吹っ飛んだ。なんでここに諸戸が居るの?って思った。『私』と同じ次元存在から

で、原作既読の友人に確認してもらったら、原作ではここに諸戸は居ないししばらく諸戸と合流しないって……

それから呑気に毬遊びをする『私』と『箕浦』を見て、ここでも彼らは『役者』として並列であるめっちゃ感じた。対話をすることはあっても、物理的に直接交流するシーンはここが…あ、いや初代の指輪を奪ったね。そことここだけのはず。二人存在しないとできない行為から

まだ全然考察とか感想にまで至れていないけど、直感だけの変な話しだけど、

諸戸と『私』が同列であることと、『私』と『箕浦』が並列であることは、次元が違っているのですよ。だから諸戸と『箕浦』は同列ではない。

あ、それが《わたし》と『私』か。

わたし》と諸戸は同列。『私』と『箕浦』は並列に役者



五郎に帰れと言われてから、諸戸を助ける決心をして、諸戸からメッセージを受け取っているところも、井戸の中も、『箕浦』はずーっと冒険譚の主人公だった。キラキラクワク輝いていた。秀ちゃんへの恋とか初代の復讐とか諸戸への心配とかじゃなくて、冒険に夢中だった。

諸戸からメッセージを読むのは『私』で、あいつまた俺に変な気を起こしそうでいやだわ~的な愚痴をこぼし、『箕浦』もそれに乗っかる。「同性愛理解できない」ってまた言う。「頭では理解してるけど全然わかんねー」って言うのはどこだっけ。いやほんとに『箕浦』には友情以外まったく無い。微塵もない。清々しいほどに無い。脈ナシにも程がある。

前述した「諸戸も登場人物なのかな…って」考えに変化しかけたのは、同じく前述の事情聴取のシーンで《みのうら》を演じる『箕浦』をそれこそ蛇のような視線で諸戸が見つめていたから。スポットライトの当たらないところで。その時『私』はスポットライトの中で刑事事情聴取を聞き入っている。(時系列ぐちゃってごめん。でも記憶が蘇ったものをとにかく書いて残す)

ひえええあんな完全無欠の究極ノンケみたいな『箕浦』に言い寄っても絶対無理だよ諸戸なんで気付かないんだよ異常だろ…ってぐらい怖かった。対してワンチャンありそうに見えるのは『私』。否定してるんだけどなんか匂ってならない。なんか否定だけを信じられない。

あれか? 「『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』」ってやつか?

(初見感想で書いた「《みのうら》も実は諸戸を愛していたのではないか?という容疑が浮かんでならない」のは、完全に『私』のせい。これは初見からそう。私はこれを初見で「諸戸カンチガイ乙‼」みたいに感じていたから、こいつは諸戸の疑心暗鬼が見せる簑浦だなと思っていた。)

諸戸は『私』を探しさまようラブファントムなのかと思っていたけど、全然《みのうら》演じてる『箕浦』も狙ってくる。

『私』と『箕浦』はだいたい一緒に舞台上に居るんだけど、諸戸が《みのうら》よりも『私』を優先して見つめたのは、

  • 箕浦』演じる《みのうら》が諸戸の手を握り返さなかった時
  • 箕浦』が寝ているところを抜け出して『私』が秀ちゃんと出会った時
  • 井戸の中で『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた時

諸戸は簑浦を探しさまようラブファントムという印象に落ち着く。



水責めから『私』はもがき出す。水喰らって噎せるし《みのうら》と諸戸に水ぶっかける。

序章でも鬼との出会いを思い出してる時に喉を掻くから原作にも白髪化がいつか描写されてないそうだし諸戸生理的拒否られてない可能ワンチャン…!?って一瞬思った。違った。

箕浦』ずっと脅えていて本当にかわいそう。諸戸に抱き締められてもノンケ過ぎて嫌悪感すら無い様でだだ死の恐怖に脅えている。…って、そうだ。『箕浦』は諸戸の性愛嫌悪感すら返していないわ。性愛なんてもの存在しないようにしか見えない。

ホモフォビア過ぎて逆に男性とキャッキャする現象」が何か科学的に存在しているのですか?(そんな感想を見かけた。)気になるので詳しい方に教えていただきたい。

そーいや江戸川乱歩同性愛を「研究」していたんだよねえ…



それまで『箕浦』を抱きしめて必死告白していた諸戸(この時の諸戸何故か記憶してない。零れ落ちた感覚もない)が、『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた瞬間、逆鱗に触れられたように(地雷ぶち抜かれたみたいに)目を見開いて、そのまま『箕浦から手を離し、表情も目線も変えず亡霊というか亡者みたいにゆらぁりと『私』の方に移動していき、「ああ、嫉妬している」と答える。

これほんとめっちゃこわい。ラブファントムこわい。ホラーフィクションでよくある悪霊に追いかけられていたのが御札を持った瞬間にこちらが相手から見えなくなってあっさり追いかけられなくなる・あるいは逆に結界崩壊してそれまで見向きもしなかった悪魔が突然こちらに向かってくる、あれ。完全にあれでこわい。ほんとこわい。



諸戸を否定して死んでたまるかと逃げ出す『私』。諸戸は唸り雄叫びを上げてから『私』を追いかけたっけ?

確かここ最前列目の前に諸戸が来たのに私は目をそらしてしまった。それまでずっと三人の内をを覗きこんでいたけど、目の合うところに居る諸戸の瞳を覗きこむことはできなかった。

そして遂に『私』を捕まえた諸戸。手を掴み上げ触る。

なんというかね、性的意図をもって犯そうとする時って、例えば、頬を触る(唇を奪おうとする脅迫)、腿を撫で上げる(局部に侵入しようとする脅迫)、みたいな仕草がイメージやすいんだけど。諸戸は手なんだよね。いや、手を撫でられるのも十分性的な接触になりえるし、手を撫でてくる痴漢とかクソ質悪いと思うんだけど(あれって痴漢に該当するの?冤罪増えそうだから流石に法的には該当しなさそうだよね?まじきもい腹立つ)、もっと分かりやすセクシャル表現にしても良かっただろうに、なぜしなかったのか。手なのか。

同じ手でも手を舐めるとか頬擦りするとか自分身体に触れさせるとか、方法はいろいろあるのに。

あ、そうだ。秀ちゃんは吉ちゃんの手を取って自分の胸に触れさせていた。超嫌がってたけどあれは同じ手の使用でも犯されている感がわかりやすい。

あえて手であることがわかりやすいのなら、それは何か。



井戸の中での死についてのくだりも、秀ちゃんの手記で隠喩されたまんまでほんとつらい。もう死んでしまいたいという諸戸の叫び

そうだここ『箕浦』も死んでしまいたいと絶望して挫折して復唱していたのに、『私』が水を挿したんだよね…亡霊を呼び起こしてしまった。

諸戸が嫉妬していることを認めたのが、《みのうら》と秀ちゃんが結ばれてしまうかもしれないことについてなのか。(そう明言してた気もするけど)

それとも「本当はかたわものではなく、簡単な手術で醜い自分を切り離すことができること」なのか。

醜い自分を殺したいけど、殺したらきっと自分も死んでしまうと思ってる諸戸…まじ…



助六さんに「生きたくなかったの?」って聞かれた時に、「世間に顔向けできない」と言った諸戸まじ魂抜けてた。心ここに在らず。ライフが0。助六さんに心の内を回答する必要いか大正解しかしイドの超自我破壊自我乗っ取りを止められなかったことは、この時の諸戸の回答もあながち嘘じゃないなと。



あれ?と言うか水嵩が増さなくなったって表現、昨日あったっけ?

私は水嵩が増さなくなったことを知ってるから、初見ではセリフがあったはず。

『私』と襲いかかる諸戸の図を見ている『箕浦』の表情は、「死者を冒涜せぬよう省略」と『箕浦』が言った場面しか見えなかった。

と言うかこのセリフ初見では聞き逃してたかテラびっくりしたんだけど!

【今】はいつだよ!?って疑問が再浮上した。

初見のとき、序章で『私』が「なお、現在では差別用語となる言葉が登場するが、当時のなんちゃらを変えないためそのまま使用します」云々言ってて、「えっ!?『現在』っていつ!?『当時』っていつ!? 『私』が執筆したとき? 乱歩執筆した時? 私が観劇している今? ねえあなたは『いつの人』なの!?」って、超混乱した。

やっぱ諸戸亡霊なのかあああ??????って。

まだ決めていない。

少なくとも、丈五郎を目にした諸戸や、井戸を出た時の諸戸は、『登場人物の諸戸』だったから。



それにしても《みのうら》になった『私』の生命力

佐藤さんの『私』は表情がくるくる変わるしよく動くし観客の目をガン見してきて語りかけ度がぱないけど、アクティブなのにどうにも《わたし》の時は幽霊っぽかったの間違いじゃなかったんだな。ってめちゃ思うぐらい「生きてるかどうか」がなんか明確に違うんだけど。演技力?すごない?やばない?

わたし》になった『箕浦』と、《みのうら》になった『私』も言葉を交わす。「語り忘れたことあるかな?」

ラストは『箕浦』が読んで、『私』が諸戸の訃報を初めて知ったような顔をしている。井戸で《わたし》役になってからの『箕浦』は、諸戸が鬼籍であることを既に知っていた。

箕浦』はあまり『私』も諸戸も見ない。助六さんと井戸脱出しようとした時から、『箕浦』は正面向いてどっしり座って痛ましそうな顔をしている。あれ…顔背けてるのかな…

座ってラストを読んだあと、やって来て『私』に手を伸ばす諸戸の手を宥めるように下ろさせる。

ああそうだ、『箕浦』に向き直った諸戸の表情は見えなかった。

そしてこの物語の語り部は諸戸を憐れにも思っていると序章で明言している。


諸戸の訃報を握り潰すところ。あれね《みのうら》の憎悪というよりも、醜い半身へのやりきれない憎しみに見えた。悔し泣きみたいに表情を潰すところは正直感情が読めなかったよ。ある意味復讐燃えていた『箕浦』の様子にも近かった。



今回は推理するために三人をずっとガン見するつもりでいたけど最前列譲っていただけたのでピクセルに余裕できて他の演者さんもかなりしっかり拝見できた。

2017-02-08

メイドインアビスは無理やり読んで見たが、やっぱりかなりの悪癖があって、作者曰くのもともと同人誌用、という発言は正しいように思える。

作画特に傑出しているのはイラスト時代からなので言うまでもないが、見て分かる通り設定が死に設定なんだよ、殆ど

まり設定マニアが作った設定の中で、なんとかキャラを泳がせてゆく内に逆にシナリオラインが出てきたという印象を受ける。

宮﨑駿タイプの描いている内に膨らむ人なんだと思う。最初から最後まで緻密に組んでおいて次々多重解決的な仕掛けが出てくる風でもない。

それと詳しくは言わないがキー設定のばら撒き方が2000年期のアニメみたいで凄く古い。

悲惨さを全面に押し出すので読者は多分ショックに慣れてくる。もう一点いえばクリア型で順次進んでゆくのもあまり良いといえない。

例えばハボという黒笛の探窟家を4巻で回想として出しているが、上手い人なら普通にハボの近況や地上の描写も挟んでゆく。

5巻以降どうするのかわからんけど、たどり着いた奈落幸福エンドでも不幸エンドでも怖い話しかならない気がすんだよね。

そんなヤバイ状況をたくさん見てきて多幸感に包まれるとかいかんでしょ、という印象。不幸だったとしてもやっぱりなとなるし。

これかなり遠慮気味では有るけど、テクがないんだよ。特に時系列前後の混ぜ込み、心理現象を混ぜ込んでゆくテクニックがない。

これは要するに最後までアウトラインは決めてるかもしれないけど、詰めてはないってことなんだ。



これは俺に合ってないだけで筋書きを精査しない人は十分楽しめるとは思う。

なので駄目じゃないんだけど、名作としても癖がありすぎて勧めにくいというか。

2017-02-03

荷物がなくなって、自己解決したのでその顛末まとめ

結論

宅配ボックスを使っている人は誤配可能性があるイベントが起きた場合履歴確認機能を使うといいですよ?(宅配ボックス仕様によります

時系列

今後の対応

どうしたほうがいいんでしょうね?

謝罪とか、面倒くさいので断っています

誤配率は下げて欲しいので、ヤマト運輸サイト誤配の状況とか常に乗せてもらうよう要望だけ出しておこうかとは考えています

あとは誤配先には謝罪に行ってもらおうかと思っています

ちなみに、荷物がなくなったとき以下の可能性を考えました

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170202115748

推測の部分の訂正だけしておくと

2017-02-01

ゲームストーリーは相容れない

ストーリーが緻密なものほど自由度制限されなければならないし、制限されないならストーリー矛盾は吸収されない。

例えば固定イベント人質いるから撃てない、というムービーを流したあとで平気でショットガンをぶち込んでゲームオーバーなんてよくある。

これはもう笑いにしかならないわけで、基本的ゲーム自由度が高ければ高いほどストーリー希薄化してゆく構造から逃れられない。

例えば大国大戦があって大きな陰謀の中で自由にやる、という内容であればいいとしても、それは単なる傍観者の傾向が強くなる。

傍観者をやめさせたければ陰謀の中枢に主人公たちを没入させなければならないが、今度はラスボス前に悠長に世界巡りをする主人公、という笑える構図は阻止できなくなる。

ハクスラは最たる例で、ハクスラの基本形であるウィザードリィやローグなんてものシナリオをくっつけるにしてもウィズV程度の暗示的なものが好まれる。

ド派手な爆発があって強制イベントマロール(※ワープ)などされた日には白けてしまうだろう。

ストーリーの脇にプレイヤーが居るFFMGSバイオのような映画コンテンツは元々行動を制限することに意味があるのでやむを得ない。

それでも自由になった瞬間に矛盾が発生する点はどうしても避けられない。周回する度に強くなる主人公に瞬殺されるボスなどだ。



追記:ゲームプレイヤーシナリオで縛るほど自由度を失う。これを逆手にとったのがルナティック・ドーンであり、有名所ではロマンシング・サガだった。ロマンシング・サガシリーズは本編と関係のない矛盾したサブシナリオフラグをたてることもできたし、それ故にプレイヤーサイドはシナリオの全容を把握しにくいという問題があったと記憶している。特にルナティック・ドーンの方は個別的シナリオを突き詰めてエンドに至る、という形式故に悪人化して善人に急激な鞍替えをする、というプレイもできたし、元善人がある日悪人となって屈強な兵士バッタバッタなぎ倒すというネタプレイ可能だった。要するにそこにドラマ性なんてものはなく、ただひたすら自由があるだけなのだトラバのようにゲームは拘束されなくてもシナリオカバーできているなどという話は錯覚で、基本は自由度を増せば増すほどシナリオは散漫になり、拘束すればするほどストーリー性に一貫性が出るという点は法則的なもので覆せない。自由度時系列を拘束しないからだ。

先日バイオハザードリベレーションズ1を終えたが内容としてはサスペンスのものであり、あのゲームに過度の自由度を与えたらまとまりがつきにくくなっていたことは想像に難くない。例えば各船クイーンに対して自由ザッピングシステムを導入して潜入可能にすることもできた。つまりマルチエンドだ。その場合でも各船の移動をどうぞご自由にやってくださいとはいえない。行動自由保証は困難だと容易に想像できる。

2017-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20170123103548

もういいってことは時系列があって期待以下(の働き)だったということだ

[][][]慶応大正・ショウワから元号および伝統を考えてみ

昭和時代元号選択肢慶応まれの扱いはいかなるものだったか

60年代から70年代まで慶応前生まれの人はいた。その代表として泉重千代氏はあまりに有名だった。

にもかかわらず、お上は生年の選択肢は「明・大・昭」のいずれかを選ぶことを強制していた。

そういったケースで慶応まれの人々はどれだけ不便を強いられたのだろうか。

雁垂ふたつを書いてなかにラテン文字でKOと書かされたのか、単にKとだけ書いていたのか今となっては確かめようがない。

長寿者として丁重に扱われた一方で、「普通の人」扱いでなかったことは容易に推察される。

慶応以前/明治以後

なぜか同じ元号でも慶応以前と明治以降の扱いは格段に異なる。

公共放送において慶応以前には西暦を付すが、明治以降西暦換算を視聴者強要する。

これはおかしい。なぜなら、戸籍謄本には文政だの天保だの安政だのが当たり前に出てくるわけで

一様に西暦を付すことはないからだ。元号使用するなら初志貫徹せねば筋が通らない。

伝統」を重んじる立場からは、戸籍同様和暦統一すべしとの異論が頻出するはずだからである

明治以前・以後で元号差別があってはならない。「伝統」を軽視しているとのそしりを免れないであろう。

今後某公共放送には和暦を使うのなら、和暦のみ(もちろん南朝年号北朝年号さらには地域独自の私年号記載通り使用する)にするか、

西暦に絞るかのいずれか選択することを求める。

必然的に大化以前については「推古4年」のように表記することが「伝統」を重んじる立場からは望まれるはずである

考古学時代については持論は持ち合わせていないのであしからず

なお、宇宙関連の同じニュースの中で海外ロケット打ち上げ年を西暦で、

日本のそれを和暦で伝えるので時系列がわからなくなる点も指摘しておきたい。

意地悪なだけかもしれないが。

さらに細かいところを指摘するとその局の統計には昭和64年数字存在しない。

1989年数字平成元年に紛れ込ませているのだ。

昭和64年平成元年1989年であるが、この命題の逆は真ではない。

これを些末というなら、昭和平成の違いをことさらあげつらうこと自体否定することになり、

ひいては元号制の否定に繋がる。

元号制とは実にセンシティブ制度なのである

大正タイセイ

16世紀ベトナムにて大正という元号が使われていた。読み方は「タイセイとあるしかし、これはベトナム語発音ではあるまい。

ベトナムはもともと漢字圏に属していた。しかフランス植民地支配後はラテン文字使用するようになった。

これはロシア革命後にソビエトの「衛星国」と揶揄されたモンゴルが、モンゴル文字からキリル文字に切り替えた事例と似ている。

同じ漢字である大正」は二番煎じだったともいえよう。

ショウワ

「ショウワ」と読む元号は「正和」と「昭和」のふたつが存在する。漢字は同じものを使わないのが政府方針だそうだが、

読みについての規準はかなりゆるいようだ。したがって「タイカ」だろうが「メイジ」だろうが「ヘイセイ」だろうが字を変えればよいという向きも当然あると思う。

2010年代では「ヨウロウ」はやめた方がよいし「メイワ」は9年になると「迷惑年」になるのではずした方がよかろう。

文化の日」を「明治の日」にすべし、という意見もあるようだが、文化という年号歴史から抹消する意図がわからない。

応仁・文明の乱があるように「文明」も印象がよろしくない。

神武ベトナム使用済みである

おわりに

元号中国古典からある一節を抜き出し、そこから漢語となる二文字構成される。

明和昭和の出典は同じ一節であるが、選ばれた文字の組み合わせを変えたようだ

2017年1月下旬、ある複数日本企業が相次いで炎上している。その原因は東アジア近代史に関する認識の違いにあるようだ。

したがって漢籍から漢語を選ぶという作業にご納得いかぬ向きも少なからずいると思う。

前例にとらわれず、日本固有の「伝統」を重視する立場からは、当然日本古典から大和言葉元号とすべし、という意見も出てくるだろう。

個人としては、メートル法尺貫法が混在しているようで、頭の切り替えができないし、

時系列ニュースで混在していると大きな負荷がかかる。

元号方式システム障害を引き起こすリスクを、さらコストをかけて積極的にかかえる点で、合理的でないし、将来に禍根を残すだろう。cf.Y2K

かつて旧厚生省日本の将来人口予測する統計作成されたことがある。

そこに「昭和200年」という記載があった。

日本書紀によれば、神武天皇時代狩猟・漁労・採集に、縄文農耕程度が加わったくらいの経済段階だったようだ。

そのような食料状況と医療技術考慮すると、

100歳を優に超える天皇10人程度(その頃の平均寿命20~30歳)いたのだから

20世紀天皇200歳を超えてまで健在と考えたのも無理からぬことであろう。

さらにいえば、元号制の実態西暦にもとづいたカレンダー和暦という装いを施した体裁だけのものともいえる。

昔、日本は最大のコスト(人的資本)をかけて、最小の便益を得るという経済原理にしたがって戦争を戦っていた。

元号もまたコストの最大化と便益の最小化という原理にしたがっている。

選択と集中を日々唱える方々もこの点では宗旨替えされているようだ。

西暦1年がキリスト生誕の年ではないことも、クリスマスイエス誕生日でないことも今や周知の事実である

宗教色が薄れた上、西暦共通言語である英語公用語化というならこちらにもご配慮いただきたいものである

官公庁においても生年の選択肢は「明治大正昭和平成西暦から選べる時代だ。

外務省発行の公文書たる旅券和暦記載は一切ない。

和暦西暦混同で、昨年渡航先で入国拒否されたとも聞く。

こうした不幸な事故を防ぐ意味でも「伝統」に拘泥するのはいかがなものだろうか。

90年代日本文書の規格がB5版からA4版に変わったことがあった。

B版は和紙の規格からまれ伝統であったにもかかわらず、国際標準のA版に合わせるためだった。

この動きに、伝統を重んじる立場から反対したという話はいまだ聞かない。

おまけ

そういえば前都知事が泊まったホテル領収書は印字されたもの西暦手書きのもの元号記載されていない和暦のものだった。

2017-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20170121203857

ブコメ見て驚いたが、今時はZEROから入ったやつが多いのな。

Fate/stay nightPCゲームから入った俺の経歴を時系列順に書いとく。

stay night

hollow ataraxia

アニメ一期(見なくてよかった)

空の境界 小説

ZERO 単行本

Realta Nua

空の境界 劇場版

月姫

メルブラ

劇場版UBW

カニファン

ZEROアニメ

魔法使いの夜

UBWアニメ

こんな感じだったと思う。

あとはType-moon wikiで設定を読みまくった

https://typemoon.wiki.cre.jp/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

作品を知るごとに、世界観共通した設定に引き込まれていく感じ。

ZERO虚淵作品だし、後付けだから違うんじゃね?と思ったけど、見やす作品から入って、

世界観や設定に親しんだ後で、他の作品にも手を出すのがいいと思った。

ただ個人的には、原作アニメの流れはあっても、アニメ原作は戻りづらいので、少しでも興味があったら原作から入って欲しい。ZEROでもstay nightでも。

2017-01-19

慶応大正・ショウワから伝統を考えてみた

昭和時代元号選択肢慶応まれはいなかったのか?

60年代から70年代まで慶応前生まれの人はかなりいた。にもかかわらず、生年の選択肢は「明・大・昭」のいずれかを選ぶことを強制していた。

そういったケースで慶応まれの人々はどれだけ不便を強いられたのだろうか。

雁垂ふたつを書いてなかにラテン文字でKOと書かされたのか、単にKとだけ書いていたのか今となっては確かめようがない。

ただ「普通の人」扱いでなかったことは容易に推察される。

明治以前/以後

なぜか同じ元号でも慶応以前と明治以降の扱いは格段に異なる。

公共放送において慶応以前には西暦を付すが、明治以降西暦換算を視聴者強要する。

これはおかしい。なぜなら、戸籍謄本には文政だの天保だの安政だのが当たり前に出てくるからだ。

伝統」を重んじる立場からは、戸籍同様和暦統一すべしとの異論が頻出するはずだからである

明治以前・以後で元号差別があってはならない。「伝統」を軽視しているとのそしりを免れないであろう。

今後某公共放送には和暦を使うのなら、和暦のみ(もちろん南朝年号北朝年号記載通り使用する)にするか、

西暦に絞るかのいずれか選択することを求める。

必然的に大化以前については「推古4年」のように表記することが「伝統」を重んじる立場からは望まれるはずである

考古学時代については持論は持ち合わせていないのであしからず

なお、宇宙関連の同じニュースの中で海外ロケット打ち上げ年を西暦で、

日本のそれを和暦で伝えるので時系列がわからなくなる点も指摘しておきたい。

意地悪なだけかもしれないが。

さらに細かいところを指摘するとその局の統計には昭和64年数字存在しない。

1989年数字平成元年に紛れ込ませているのだ。

昭和64年平成元年1989年であるが、この命題の逆は真ではない。

これを些末というなら、昭和平成の違いをことさらあげつらうこと自体否定することになり、

ひいては元号制の否定に繋がる。

元号制とは実にセンシティブ制度なのである


大正タイセイ

16世紀ベトナムにて大正という元号が使われていた。読み方は「タイセイとあるしかし、これはベトナム語発音ではあるまい。

ベトナムはもともと漢字圏に属していた。しかフランス植民地支配後はラテン文字使用するようになった。

これはロシア革命後にソビエトの「衛星国」と揶揄されたモンゴルが、モンゴル文字からキリル文字に切り替えた事例と似ている。

同じ漢字である大正」は二番煎じだったともいえよう。

ショウワ

「ショウワ」と読む元号は「正和」と「昭和」のふたつが存在する。漢字は同じものを使わないのが政府方針だそうだが、

読みについての規準はかなりゆるいようだ。したがって「タイカ」だろうが「メイジ」だろうが「ヘイセイ」だろうが字を変えればよいという向きも当然あると思う。

2010年代では「ヨウロウ」はやめた方がよいし「メイワ」は9年になると「迷惑年」になるのではずした方がよかろう。

文化の日」を「明治の日」にすべし、という意見もあるようだが、文化という年号歴史から抹消する意図がわからない。

応仁・文明の乱があるように「文明」も印象がよろしくない。

神武ベトナム使用済みである


おわりに

元号中国古典からある一節を抜き出し、そこから漢語となる二文字構成される。

明和昭和の出典は同じ一節であるが、選ばれた文字の組み合わせを変えたようだ

2017年1月19日現在日本企業が相次いで炎上している。その原因は東アジア近代史に関する認識の違いにあるようだ。

したがって漢籍から漢語を選ぶという作業にご納得いかぬ向きも少なからずいると思う。

前例にとらわれず、日本固有の「伝統」を重視する立場からは、当然日本古典から大和言葉元号とすべし、という意見も出てくるだろう。

個人としては、メートル法尺貫法が混在しているようで、頭の切り替えができないし、

時系列ニュースで混在していると大きな負荷がかかる。

元号方式システム障害を引き起こすリスクを、さらコストをかけて積極的にかかえる点で、合理的でないし、将来に禍根を残すだろう。cf.Y2K

かつて旧厚生省日本の将来人口予測する統計作成されたことがある。

そこに「昭和200年」という記載があった。

100歳を優に超える天皇10人程度(その頃の平均寿命20~30歳)いたのだから

20世紀天皇200歳を超えてまで健在と考えたのも無理からぬことであろう。

さらにいえば、元号制の実態西暦にもとづいたカレンダー和暦という装いを施した体裁だけのものともいえる。

昔、日本は最大のコスト(人的資本)をかけて、最小の便益を得るという経済原理にしたがって戦争を戦っていた。

元号もまたコストの最大化と便益の最小化という原理にしたがっている。

選択と集中を日々唱える方々もこの点では宗旨替えされているようだ。

西暦1年がキリスト生誕の年ではないことも、クリスマスイエス誕生日でないことも今や周知の事実である

宗教色が薄れた上、西暦共通言語である英語公用語化というならこちらにもご配慮いただきたいものである

官公庁においても生年の選択肢は「明治大正昭和平成西暦から選べる時代だ。

外務省発行の公文書たる旅券和暦記載は一切ない。

和暦西暦混同で、昨年渡航先で入国拒否されたとも聞く。

こうした不幸な事故を防ぐ意味でも「伝統」に拘泥するのはいかがなものだろうか。

90年代日本文書の規格がB5版からA4版に変わったことがあった。

B版は和紙の規格からまれ伝統であったにもかかわらず、国際標準のA版に合わせるためだった。

この動きに、伝統を重んじる立場から反対したという話はいまだ聞かない。


おまけ

そういえば前都知事が泊まったホテル領収書は印字されたもの西暦手書きのもの元号記載されていない和暦のものだった。

2017-01-17

兵士だったじいちゃんの話

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

興味深い話が読めたのでお礼に幼少の頃によく聞いていたじいちゃんの話をしてみようと思います

確か今年97歳。

話の時系列史実なんかと照らし合わせてはいないので口伝だと思ってください。

  

南方出兵していたそうだ。

ビルマという単語がよく出て来たのでおそらミャンマーあたりだろう。

向かう途中は狭い船内で古参兵が新兵を並ばせて殴ったりといった行為日常だったようだ。

そのせいで左耳が聞こえなくなり今でも聞こえない。

船は度々狙われたようで隣の船が魚雷でやられるのを何度も見たのだという。

魚雷は白い線が出るからどこを来てるのかわかったそうだ。

  

ビルマについてからジャングルが主戦場だったようだ。

ぬかるみを行軍して靴を脱ぐことをも出来ずに足がただれたこと、ヒルが体中に張り付き血だらけになることもよくあったそうだ。

親指くらいの大きさになったヒルを無理やり取ろうとすると頭だけ残って余計大変なんだとか。

駐留地についてからは色んな部隊に配属されたようだった。

通信用の有線をジャングル内に設置してあるものを度々トラが切るようで3人一組の班を作り夜中に見回りをしていたそうだ。

他の班の人がトラに襲われ全員が帰ってこないこともあったとか。

機銃を撃つこともあったそうで、「○発掃射」とかのような指示がありボタンを放すタイミングが難しいがコツを掴めば簡単だったと言っていた。

援護が目的のようで当たっているのかもわからなかったらしい。

前線補給物資と共に機銃を運ぶこともあったそうで、台座に乗せて4人で運ぶ際に担ぐ肩を変える掛け声が「肩変えー右」「肩変えー左」

途中で現地住民が待ち伏せして襲ってきて隣の人が亡くなったそうだ。

  

通信兵のようなこともしていたとき航空機から攻撃を受け目の前の通信機が壊されたとか。

パイロットが地上からも見えるくらいの高さで身を乗り出して何かを見ていたそうだ。

またある時に調理兵の偉い人が同じ村出身で気に入られ牛の解体とかもしていたそうだ。

川の上流で解体していると内臓は流して捨てるせいか拾いにくる現地住民と仲良くなったと言っていた。

現地の言葉の数え方で「てが あんぱ りな」と言うのを教えてもらったと。

日本語で言う「ひい ふう みい」らしい。

食べ物が無くなってくると錦蛇も食材として捌いていたとのこと。肉厚で美味しいらしい。

それでも足りなくて猪用の頭から入ったら抜け出せない落とし穴を掘っていたらしいのだが、

空腹に耐えきれず食べ物を探しにジャングル内に入った人が落とし穴にはまり亡くなることが何回もあったらしい。

  

おそらく戦後だと思うが、捕虜として捕まったときに見張りの兵に自分たちは連発出来る銃で日本兵は単発の銃だから負けたんだというようなことを

仕草を交えて言われたらしい。

また、何かの土木作業をしたり運んだりといったことを戦後3年間行ってやっと帰ってこれたということだった。

運ぶ作業の際に丸太橋で谷を渡ることがあったそうだが、肩に60キロくらいの荷物を担いでいたので落ちた人もいたそうだ。

  

こういった話を淡々自分感情をのせることなく語るじいちゃんです。

戻ってからの苦労話は色々聞いたけど戦争に関する恨み辛みは聞いたことはないです。

もちろん戦争を賛美するようなことも言いません。

  

最近政治については話たりはしないのでどう思ってるかはわかりません。

だいたいは昔話と猫と相撲のことばっかりです。

2017-01-16

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドについて

先週発表された動画で解った事と思った事、まとめ。

(リンク日本語英語)

https://www.youtube.com/watch?v=1yIHLQJNvDw

https://www.youtube.com/watch?v=zw47_q9wbBE

■2分11秒のところ

日本語版「だのに、主の方は、やはり覚えておらぬようじゃな。今こそ話そう100年前何が有ったのか。」

英語版「That look on your face tells me that you have no recollection of me however I think you are now ready...ready to hear what happened 100 years ago」

話し手はデクの木。

場所マスターソードの台座の前。

100年前の歴史を明かされる。

時の神殿ではなくデクの木の前にマスターソードが安置されている。

日本語版には無いが、英語版では

「however I think you are now ready...」と言っているので、

この話を聞く時点(orここに辿り着いた時点orデクの木と話せる様になった時点)でリンクは何かしらの成長を遂げており100年前の歴史を聞くに値する人になっている。

また、「you have no recollection of me」と言っているので、

「"本来なら私(デクの木)の事を覚えているはず"だが、その顔を見るにやはり覚えておらぬようじゃな。」

というニュアンスになる。

この事から、今回のリンクは「本当はデクの木と面識があるはずだが、記憶を失ってしまっているリンク」という事になる。




以前に行われたツリーハウス青沼さんは、今作リンクが青い服を着ている事には相応の意味がある旨を匂わせていたので、

今作=風のタクトと繋がる何かが有るということは既に分かっている。




・今作リンク=デクの木を知っているはずだが記憶喪失

・今作=風のタクトと繋がる何かが有る

ということなら、

今作は25周年の際に発表された年表で言う所の

「風の勇者と新しい世界ルート内、「勇者なき時代」であり、

ガノンドロフ復活が復活しハイラル封印、水没する前」の話なのでは?と思った。

■その他分かったこと

1.マスターソードを持っている/持っていないカットが混在している。

2.ゼルダと一緒に映っているカットでは全てマスターソードを持っている。

3.ゼルダは青服着てるカットと白服着てるカットの2種類がある。

4.ゼルダガーディアンの前で何かしらの魔法を使いながらダメー!と言ってるカットでは、ガーディアンレーザーサイトリンクの頭に当っている。

  また、その時リンクマスターソードを引き抜こうとしている(or疲弊していて杖代わりにしている?)

  動画内全体で火の粉が舞っている。

5.タイトルロゴが表示される直前、リンクが立ち上がるカットでも、4.と同様に火の粉が舞っていてる&リンクゼルダ共に出てくる。

  ここでリンクの服や肌は焼け焦げたようなテクスチャが利用されている。

  リンクは右目をつむりながら力強くマスターソードを引き抜こうとしていて、ゼルダがそれを後ろから止めようとしている図に見える。

6.ゼルダが泣きながらリンクにしなだれかかるカットでも、リンクの服&肌は焼け焦げたようなテクスチャゼルダの肌も汚れ。服は白。

7.雨の中リンクが画面奥へダッシュ、からの振り返り、というカットでもリンク服焦げテクスチャ

8.雨の中ダッシュしてる間にゼルダの手が離れてしまう、というカットでもゼルダの肌汚れ。

9.雨の中、リンクは棒立ち、ゼルダは木陰で座り込んでいるカットでは、ゼルダは青服を着ている。

10.白服を着て水浴び(みそぎ的な事?)をしているゼルダの後ろ姿は良い

11.タイトルロゴが表示された直後、ゼルダが祈っているような所ではカメラが回った先に巨木があり、

  見えている範囲が少ないのでわかりづらいがデクの木に見える=マスターソードの前で祈っている?

■その他想像

・1~2.より中盤でマスターソードを入手した後(or入手と同時に)ゼルダ出会う(orゼルダと深く関わるイベントが増える)

・4~5.は同一のシーンと思われる。

・6~9は時系列不明だが雨の中2人が何か大きな出来事に関わっているということで同一のシーンと思われる。

 7にゼルダは登場しないが、多分リンクが振り返った先にゼルダが居るのでは。

 ただ、ゼルダの服が6,8では白、9では青になっている矛盾。途中で着替える?

さら想像

・序盤は色々と意味不明なままに世界を探索していき、そのうちマスターソードにたどり着く。

 そこで、デクの木に100年前の話を聞かされたりゼルダが出てきたりして、「ゼルダの伝説」としての物語が一気に本格化する。

妄想

今作のリンク時のオカリナで戦った大人リンクorその子孫であり、勿論デクの木(orデクの木の子供^n)とも面識がある。

今作の時代100年前に、時オカで倒したガノン封印が弱まるような何かしらの事件が起きった(or経年劣化封印が弱まった)

で、その事件の時に今作のリンクゼルダ勇者賢者として戦うも、力及ばずに敗れる。

それで魔法かなにかの力でリンクゼルダ共にコールドスリープ

(ゼルダ=眠りにつく事でガノン封印出来る/リンク=未来世界への希望)みたいな。

100年経って今作の時代で二人共目覚める。

ゼルダが白い服を着ているのは最初回想シーンだけで、リンクと同じように途中で青服に着替える。

荒廃したハイラルや朽ちたマスターソードを見て想定と違った世界ゼルダ絶望

真実知ったリンクは真の勇者として再び戦う、ラストバトルの末ガノンを倒し、

封印するため世界を水没。

そんな感じで風タクへ繋がる話。

2017-01-13

なぜ合意韓国側義務が発生したのか。

わかってる人はわかってて書いてないのだろうけど、今回の慰安婦像の件でなぜ日韓合意韓国側にも義務が発生したのか。

いままでの河野談話でもそうなんだけど、日本から謝罪に対して韓国側アクション義務として設定されたことはなかったかと思う。

なぜ今回こうなったかというと、鍵はGSOMIAにある。

日韓秘密軍事情報保護協定GSOMIA)はWikipedia時系列によると下記のようになっている。

1.2012年6月29日に締結される予定であったが、韓国側の都合により締結予定時刻の1時間前になって延期された。

2.2012年7月16日金星煥外交通商相ソウル訪問した前原誠司民主党政調会長に対してアメリカニュージャージー州に設置された日本軍慰安婦記念碑撤去運動日本側が行ったことなどが署名の延期の原因だと主張した

3.2015年12月28日 慰安婦問題日韓合意

4.2016年11月23日 日韓秘密軍事情報保護協定署名

こうして並べてみると慰安婦問題解決GSOMIAの前提となってしまったことがわかると思う。

倫理道徳問題であるはずの慰安婦問題を便利な政治ツールとして便利つかいしすぎて、よりにもよって安全保障問題にまで反映してしまったため

アメリカをも巻き込んで大騒ぎになった原因である

2017-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20170112103012

特定避けるために場所とか時系列に嘘混ぜるのは普通だろ

自分の落ち度が小さくなるように、あるいは相手の落ち度が大きくなるように話を盛るのは良くないが

年収カースト婚活パーリーは一部嘘だったんだって

リンクを大量に含ませるとspam扱いになるのでリンクを雑に外しています







すごい展開にしたもんだな、これ。

http://anond.hatelabo.jp/20170111202714

全部説明せなならんのかとちょっとガックリ来てる。「待ってた」じゃねーよ。

81とエイベックス区別しなくていいのは分かったよ


違うって。区別する必要あるんだよ。あくまでも主体エイベックスってことは認識しておかないと話が進まない。

前も書いたように、プリリズのアニメ最初から製作委員会に入ってるし、主題歌以外の楽曲エイベックスから発売してる。エイベックスサイドから見れば、出資比率の違いはあっても、WUGもプリリズも、自分お金を出して自分で売るIPだという点は全く同じ。

あくま声優担当しているだけのプリリズ-プリパラ系統

作品と同名のユニットでやっているWUGを同じ商法で括るのは違う気がする

というのは、一体何を見て言ってるのかと言わざるを得ない。



前史

プリリズが始まった時に主題歌と主演を担当していたのはLISPだった。

もちろん、LISPも81とエイベックスプロジェクトである。そこだけ見ればWUGi☆Ris同類であるが、決定的な違いがあった。

LISPは「有り物を集めて作ったユニット」で、まあ傍から見てても本気で売るためには色々問題点があったのは見て取れた。

いやもしかしたらLISPは素晴らしいユニットだったと信じている人も世界はいるかもしれないが、オーロラドリーム放送開始2ヶ月でユニット活動停止発表とか、普通だったら「正気かよ!」と全力ツッコミ入るレベル

なのに当時の玄人筋の間の空気感は「まあそりゃそうだよな」の方が多数だったと記憶している。


こっから先は単なる憶測だが、当然、エイベックス中の人としては

「やはりアイドル声優ユニットを本気でやるには、ミュージックレインのように大規模公募オーディションを開催してユニット活動を前提に新人を集めるしかない」

決断してたはず。でないとおかしい。



本題

そういうわけでまだオーロラドリーム放送中の2012年2月からアニソンヴォーカルオーディションが始まります

といってもアニメ2期ディアマイフューチャーには絶対に間に合わない。

エイベックス的には座組から抜けるわけにも行かないので、まあ実写パートとか韓国資本参入とかいろいろありました(遠い目)。


2012年7月にひっそりとi☆Risが結成されるわけですが、まあ大昔の代アニ全盛期みたいな荒っぽい時代だったら、ゴリ押し素人のままアニメに出していったんでしょうけど、そんなのが通る時代でもないのでみなさん81の養成所での演技訓練が本業です。


…というわけにも行かないので、いろいろなラジオ局とかレコード会社とかの暇なプロデューサーがよくやるメソッド

養成所を卒業したばかりの新人養成所在籍中の子適当に見繕ってアイドル声優ユニットというていで活動させる」

も発動。

演技力歌唱力もまだまだ発展途上な子ばかりだし、プロモーション予算もそんなにあるわけじゃないから、ゲリラ的な活動しかできないのもよくあることです。

それらのユニットは9割方、何かのまぐれ当たりを期待する低予算低労力の数打ちゃ当たるプロジェクトだけど、今回は違う。

初期投資が大きいので、いずれ訓練が終わったら、エイベックスが金出してるアニメを使ってガッツリ売り出す気満々であるわけです。


2013年4月アニメ3期レインボーライブ開始。ここでようやくまず一人だけ、芹沢優が出演。本当は全員出したかったのかもしれないが、時期尚早との判断だったんでしょう。

そういうわけでTRFコラボったり、赤尾…じゃなくて三重野瞳が山ほど歌詞を書いてるうちに1年終了。

この間、6人全員が一応声優デビューして場数も踏んで、そしてたぶん音楽面のレッスンも順調だったんでしょう。

念のために3ヶ月の準備期間を用意して茜屋日海夏にみんなを馴らしてから(いや逆か)、満を持して2014年7月から主演i☆Ris主題歌i☆Risアニメが始まったわけです。



WUG

ただやっぱWUG関係無いのでは

オーロラドリームの方が古いし(企画の出発時期は大差ないかもだけど)


WUG時系列

アニメを作るのに必要時間の長さを考えれば、ほぼ全作業プリパラと同時並行で進んでいると言っても過言ではない。

要するに元増田が「WUG成功を見てi☆Risも同じ売り方にした」的な物言いは確かに間違いなのだが、無関係というのも間違い。

実際には単に「同時期に、同じレコード会社お金を出し、両方とも同じような売り方をしている」でしかない。

あえて違いを指摘するとすれば、WUGの方が中の人キャラシンクロ度が高くて演じやすい分、デビューまでの期間を短縮できた程度の差である

2017-01-11

増田スマホアプリを作りたいんだけど

増田ってAPIないよね?

トップの?page=をいじってreadmore実装するとしても、readmoreするまでに時間かかったら時系列壊れるよね。どうしよう・・・

?max_id=投稿のあとの数字とかできたらいいのになあ。

2017-01-03

AV強要】HRNとPAPSの驚愕大芝居 ニューゲート疑惑の全貌(長文すいません)

ブログ記事目的

 このブログではこのニューゲートの裁判ネットに転がる資料の調査であるが、これを調査した結果極めて重大な疑惑存在することが判明したのでこれを報告して広めるために記述した

ニューゲート疑惑の内容を整理して定義する

 ニューゲート事件は2014年5月にSOD専属女優としてデビューした香川ルリカは実は前月に藍原佐理衣として二重にデビューしていた。これに怒った事務所ニューゲートが違約金を求めて訴えた裁判を、PAPSとHRNが拾い、AV出演の強要というありもしないでたらめをでっち上げて勝訴した。ところがHRNはこの裁判ででたらめな事実でっち上げて吹聴し、これを法整備に利用しようと政界ねじ込み、不当な判決(どうみても業界差別)を正当化するために大々的にメディアスクラムをかけた。おそらく2chにも工作し、関係者の住所をさらした。さらにツィッターでも嘘の事実の扇動を行った。これらの疑惑を含む巨大な人権侵害疑惑総称である。これをこともあろうにフェミニズム人権看板に掲げるヒューマンライツナウが行ったところに真の闇がある。現時点では疑惑としておく。

ニューゲート疑惑の背景

 HRNやPAPSはすべての性行為女性へのレイプという極めて歪んだラジカルフミニズムを信奉している。後藤弘子とかがそうだ。このため、刑法改正にもそれをねじ込むためにもこの事件を利用した。ことごとく歪んだ性概念にもとづくカルトな行動原理でありにより今回のようなことを起こしていると考えられる。本来政治は近づいてはならないレベルだが、現在近づいている。

 残念ながらストーカー禁止法でもSNSのストーカー行為というでっち上げられた事実法改正がなされており、刑法でっち上げでなされるのではないだろうか。法改正以前に警察が何をしていたのかの分析が欠けている。ところがラジカルフミニズムは全く事実事実としてとらえるという基本的現状認識が欠落しており、こうしたバカげた法律を肯定してしまう。

 繰り返し言うが、PAPSはフェミニストと思ってはいけない。それはラジカルで極めて歪んでおり、むしろアンチフェミと同じレベルだ。なぜならミサンドリー男性嫌悪主義)が入っているからだ。これがログミー香川ルリカの告白に影響している。男性は理解できない、そういう風に書いているが、女性でも理解できないという発想ができない。HRNもそうだがPAPSは自分たちの考えに合わない女性排除する(ろくでなし子に対するツィートをみればわかる)極めてカルトだ。一方HRNの伊藤和子も中見里を紹介するほどラジカルに傾倒しており、PAPSと心情は同じだとみることができる。彼女はAVに出演することをそもそも「恥ずかしいこと」と考えている。(クローズアップ現代のツィートで判明)

 このように女性人権など口先にしか過ぎないというのが残念ながら分析した結果だ。


存在しないことが明らかになってきたAV強要

 さて、AV強要はいくつかの事例がでてきている。香西咲くるみんアロマ、ほしのあすかしかくるみんアロマを除いてはAV出演を強要されたかもしれないが、実際出演してファンを獲得し、ビデオ一定の売り上げをを収めている。

 そして彼女たちの主張は香西咲を除き、ギャラが払われていないから強要になっているというロジックになっている。これに占い師等の洗脳が加わりいかにも強要のようであるしかし、基本的には強要とはいいがたい。なぜならまず民事訴訟してもいないし、刑事事件にもなっていないからだ。これが法の欠缺というのなら、そもそもAVに派遣することが有害業務にあたり、派遣を偽装しているという主張ならば、ギャラの請求もできなくなってしまう。マスコミはこのおかしさを平気で主張しているので、全く法律が理解できていないのではないか。個人事業主派遣できない。

現在のトラブルは強要ではなくギャラの問題

 整理すると香西のケースを含めいまだに不明な点があるが、共通する背景はギャラを不払いという主張だ。しかしこれはAV業界だけではなく、どの業界にもあり得ることだ。これをとりたてて出演を強要されたというのなら、どの業態でも強制労働になる。つまりそうした意味ではどこにでもあるギャラの不払いであり、AV業界だけを出演強要というのは完全な差別であり、人権侵害である。これが理解できない人はレイシストである。つまりAV強要とは架空概念に過ぎないのだ。

 もう一つうがった見方をすると強要という表現をすることで、伊藤和子やHRNはあくまでもAV女優という独立した人格個人事業主ではなく、ただの労働者というモノとしてしかみていないし、そうなるように仕向けている。このマジックワードが強要なのだ

奴隷禁止法が目的の一つ

 この不自然ロジックはHRNの伊藤和子奴隷労働禁止法を取り入れるという願望をもっており(これは本人がツィートしている)AVはその踏み台なのである

その法律は過払い金後の業界のネタ

 もう奴隷労働禁止法の目的はAV業界だけではなく、もっと広く不払い賃金を過払い金と同じく過去にさかのぼって請求できるようにすることだと考えられる。この根拠は伊藤和子が何が何でもAV女優を「プロダクション所属する(奴隷)労働者)」に従っているところからもわかる。リベンジポルノのように扱えというのも損害の算定がしやすいからだ。彼女は共産党と仲がいいが、こんなめちゃくちゃな制度に耐えられるのは大企業だけで、彼女は国家社会主義独占資本主義をどうも理想としているだけに不思議だ。

 いずれにせよ伊藤和子人権尊重しているとかいうことは全くない。なぜなら彼女のいうとおりにすれば業界が崩壊してもっとAV女優悲惨運命になるからだ。しかし彼女はAV女優はその辺のゴミしか思っていないので全く気にしない。彼女が「人間」として扱っているのは弁護士芸能人、自分に都合がいい記事を書いてくれるメディアだけだ。

 したがって、今回の件はAV女優ヘイトビジネスが完全に目的となっている。

 HRNが非営利?法律さえ作れば事務所の別の弁護士がやればいいだけで非営利とか手弁当などということばにだまされてはいけない。政府の代わりにAV業界を調査しているのだから、ボランティアだろうと何だろうと正当な批判や疑問に答えないというのは許されない。

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ニューゲート疑惑がなぜあるのか

 さて、この問題の原点となったのは東京地裁判決だ。これは香川ルリカをニューゲートが違約金を求めて裁判をした。ニューゲートは敗訴した。

 この裁判はいくつかの疑問点がある。

 まず第一になぜニューゲートが香川ルリカに違約金を求めたか。この理由がわからない。

 伊藤和子洗脳に染まった人には理解できないかもしれないが、AV女優の連絡先をプロダクションは把握していない。携帯を変えてしまえば連絡が通じなくなる。そんな世界である

 したがって基本的に違約金を取ろうとしたら逃げられてしまうのである香川はなぜ逃げられなかったのか。

 第二に香川ルリカは判決文によるとギャラが支払われていないと主張している。

 しかし、ギャラを請求した気配がない。あくまでも違約金のことしか述べていない。

 なぜ香川ルリカは未払いのギャラを請求しなかったのか。

ニューゲート事件の驚愕すべき点

 ここで驚愕の説がある。香川ルリカは同時期にデビューした藍原佐理衣だというのだ。


| 女優名 | 藍原佐理衣   |* 香川ルリカ |

女優 藍原佐理衣   香川ルリカ 
生年月日 1994年10月18日  1994年2月10日 
血液型   O型   A型  
出身地   東京都   神奈川県  
身 長   158cm   155cm  
サイズ  B85 W58 H82 B88 W60 H86  
趣 味  - ヨガ、食べること(笑)  
特 技  - ピアノ  
メーカー アリスJAPAN SOD(専属)  
プロダクション プライムエージェンシー ニューゲート 
その後 契約切れも販売 発売中止 

比較してみると、血液型以外はスリーサイズ、身長、出身地とも似通っている。

ついでに言うとデビューしたビデオ構成までよく似ている。

しかし藍原はスリムな体系だが、香川ルリカはそうではない。

以下のブログから2014/05当時藍原になった時点で香川は相当やせていたことがわかっている。

http://ameblo.jp/maru4524gt/entry-11842577002.html

香川→藍原の変化はどうやって起きたのか

 するとAVの撮影からデビューまでは次のような時系列であることがわかる。

香川ルリカとして撮影

何らかの原因で痩せる

藍原佐理衣として撮影

2014/5/9 藍原デビュー(この時痩せているのは上記ブログの写真で明らかである

2014/6/5 香川ルリカデビュー同月発売中止

そして藍原も3作品をだして引退したようになっているようだ。

こちらについてはAVに出るのがいやだったという主張は全くない。しか香川デビューイベントをすべてキャンセルしているため、2014/05に彼女が痩せていたかそうでないかはだれもわからない。そう、香川ルリカ=藍原佐理衣は2014年5月を最後行方不明になっているのだ。

「崩れる」PAPSの主張

そうなると、

PAPSJPの香川ルリカの手記

http://logmi.jp/93713

はやはりPAPSのメンバー勝手に書いたもので、完全なでたらめだということになる。もっとも「口述したものをメンバーが文書化した」ものであるから、香川ルリカが自由意志でしゃべったという保証は全くないので、いくらデタラメを書いてもそういう意味では嘘がない。ただしこれらの文章は全て信用もできない。

>>プロダクション強制されたAV出演と違約金<<

>>そして私の場合は、出演する毎に、違約金がとんでもない額になっていきました。それを支払わなければ裁判で負けて本当に支払う羽目になると追い詰められ、最後はAVに出演せざる

>>を得なくなったのです。 撮影のときは、子宮(膣のこと)や性器の痛みを訴えても、メーカープロダクションはもちろん監督女性メイクさんからも、みんなで白い目でみら

>>れ、「君はやるしかないよ」と言われました。<<

 などと書いているが、その後藍原として撮影してAVデビューしているのだからこの辺の記述はまるで信用ができない。また強要したのは誰か。これも曖昧である。彼女はSOD専属女優としてデビューしているだけではなく、さらにアリスジャパンからもデビューしているからだ。しかも内容は似たものが多く、どちらかが特にハードな撮影だったとはいえない。最初がつらければどうして藍原名義で出演したのか。さらに藍原名義の方はなぜ強制されたと言わないのか。この時点でPAPSとHRNの主張は根底から崩れることになる。

違約金をなぜ請求たかは単純

 違約金をなぜ請求たかは単純で、SODから専属デビューのはずなのに勝手に別名義でAVに出たから以外には考えられないだろう。

 というか普通に違約金を取ってもおかしくないが、AVであるがゆえに裁判を打つと負けて取れないのである理不尽まりない。

 芸能界でいえば、SMAPとしてジャニーズからデビューした中居くん福山雅治として翌月デビューしたようなもので、通常ありえないことがわかる。

 そして香川ルリカがPAPSの被害女性なのは、その前に撮ったDVDの本数、年齢、デビューして販売が即中止になったAV女優がほかにいないからだ。しかもこの2400万円という金額はSOD専属ならうなづけるだろう。

 また藍原は確かに痩せているが、ビデオを解析してみると、腹部には太った時に現れる肉が割れた線が入っており、彼女が直近まで太っていたことが分かった。

 以上からPAPSの言う被害女性香川ルリカであり、香川ルリカは藍原佐理衣なのだ

 そうすると、裁判をしてまでもなぜ違約金を要求し、かつ香川ルリカははギャラを要求しなかったかがわかる。SOD専属契約違反だからだ。なるほど、たしか香川がPAPSにでも泣きつく以外方法がなかったのもうなづける。

 警察も取り合ってくれないという主張もそれはやむを得ない。なぜなら契約違反だからである。むしろビデオに出たらと言われたと言っているが、たしかにそうだろう。専属契約をして別のところではAVに出ているのだから。お詫びにちゃんと専属デビューするのが筋だと言えるからだ。

 また伊藤和子がSODが販売中止にしたにも名指しで批判するのも香川専属デビュー予定だったからとするとつじつまが合う。

 警察にとりあってもらえずAVに出演すれば、と言われたのも当然だ。藍原として出演しているのだから。それにSODに専属契約している。しかし、伊藤和子はこれらの事実を伏せて警察がひどい発表している。しかし、これは女性差別でもなんでもない。

 また業界の動きが鈍いのもわかるだろう。いくらAV業界でも前代未聞の珍事であり、そんなめちゃくちゃなことは通常起きないからだ。

 このように藍原=香川とすると冒頭にあげた謎を含め、すべてのつじつまが一気にあう。

残された問題

 このように疑惑を考えていくと残る謎はなぜ香川ルリカは藍原に変身したのか。この点である。これは事務所のせいであって彼女のせいではないという説もある。たしかに上の表のとおり事務所が違っている。香川本人としては何らかのトラブル事務所を変更したつもりになっていたのかもしれない。

 いずれにせよ、PAPSとHRNは香川ルリカに対するめちゃくちゃな判決を引き出したうえでAV業界に殴り込んでいるが、この2つの団体はあきらかにAV女優に対するヘイトを行ってる。在日韓国人暮らしている街に在特会の街宣を入れているようなもので極めて不当だ。なぜならラジカルフミニズムはセックスワーカー女性自由意志、性的自己決定権を認めないからだ。若い女性だから保護する、一見いいように見えるのなら、あなた女性差別主義者だ。若いからと言ってなぜ女性けが保護されるのか、これが進のフェミニストでありリーガルマインドである。なぜなら若いから保護されるとは、たんなる人形で人間扱いされないということであり、人権否定されているからだ。(これに対していかなる反論も無用

 また、フェミ団体や人権団体がうそをついた例はたくさんあり、このような団体が本当のことを言っていると思ってはいけない。とくに今回の件は裁判の結果を歪曲して利用しているのであり、極めて不当と言えるだろう。こんなことをしなくても香川に何か理由があれば、違約金を蹴ってもだれも何も言わなかったかもしれない。いずれにせよ香川も大変なことをしてしまった。

香川ルリカの意思は?

いくつか自分とは異なる考えを見つめるために2chをみてみる。

http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/company/1444425987/45

45 :名無しさん:2015/10/12(月) 17:53:47.83 ID:K6j1vqRF0.net

藍原佐理衣=香川ルリカだという前提で。

せっかく撮ったのにSODからの作品が即発売中止にされ、

事務所の命で必死で痩せたのに藍原佐理衣名義で専属?のアリスからの契約も切られた香川ルリカ。

自分のせいにされAV業界での居場所を無くした彼女はニューゲートに対しぶち切れ飛び出す。

ニューゲートは香川ルリカに後の仕事の当てがあったかどうか知らないけど、

AV二社に対しての悪事発覚を恐れ口止めで引き留めようとするが、彼女は頑として聞き入れない。

事務所逆切れ香川ルリカに巨額の違約金請求裁判を起こし追い詰めようとする。

が、彼女はどこからか徹底抗戦の構えで左翼系反ポルノ団体PAPSがバックにつく。

弁護士探して相談しているうちにPAPSが声をかけたのかもしれない。

左翼系の連中は香川ルリカを悪の巣窟AV業界に追い込まれた若い被害者の女として、

朝日系の日本外国特派員協会で会見させ、新たな慰安婦問題の代表にして

世界ジャパンディスカウントとして大々的に発信したいと目論んでいそうだが…

香川ルリカは、事務所悪事非道を世間に大々的に訴え、

自らの潔白を証明したいというのはよくわかる。

ただ皮肉な事に、香川ルリカは発売中止したSODは恨んでいるが、アリスやAV業界は恨んでいるのかどうか?

藍原佐理衣より元々の芸名香川ルリカ名義の物を発売中止だからSODにお怒りなのでは?

香川ルリカの本当の狙いとしては、事務所悪事告発と自らの潔白証明だけでなく、

騒動を終わらせたら着エロ時代から慣れ親しんだ「香川ルリカ」名義一本化での

AV業界復帰で本格始動を望んでいるの意図があるのかもしれないね。

AV業界に未練があるのか二度と関わりたくないのかやや不明な所はあるが。

  

 この書き込みだと事務所が悪いようになっているが、誰が悪いのかは謎だ。だが藍原と香川は同一人物であり、無理やりAVに出ていたわけではない。

 いずれにせよ、いつまでもPAPSの匿名のビデオの人をやるというのも限界があるだろう。PAPSに飼い殺しにされるのが香川の意思なのだろうか?

http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1469456631

587 :

名無しさん@恐縮です@無断転載禁止

2016/07/26(火) 15:39:49.11 ID:kIJ8Qxjc0

各所にちゃんと綿密に調査した上で何が起きたのかを公表すれば?

というとそれは絶対に行わず強制出演があったのみだけ大々的に発表するというw

従事者の為なんて考えた事ないだろうにw

まずは香川ルリカの件から全部客観的に何が起きたか公表すればいいのにね。

720 :

名無しさん@恐縮です@無断転載禁止

2016/07/29(金) 12:57:40.06 ID:VjbY7b/00

何故不当な巨額違約金請求だったのか

そこに至るまでに何が起きていたのか、香川ルリカが事務所と揉めて

「契約解除」を言い出し弁護士に頼るまでになったのか。

デビューに際してブログツイッター開始するまでやる気満々だったのに。

ニューゲートが監視付きまでさせて「強制痩身」させ、何故か香川ルリカが痩せただけと評され

同一人物と言われるのが別メーカーから短期間だけ発売で

SODのデビュー作が急遽発売中止に至ったのか。

このあたりまでメーカーとかにもちゃんと調査が行われて真相解明になればよかったんだけどね。

ニューゲートとの契約解除で揉めたという内容を、一切調査せずに「強制出演」とのみ断じて

反AVキャンペーンやりたいだけと捻じ曲げてるのが問題なのでありw

マスコミの皆様へ

 HRNやPAPSのような人権団体フェミ団体がうその情報を言うのはたいして珍しいことではなく、前例はいくつかある。それは責めないが、正しければ、善意なら、正義なら、いくら嘘を言ってもだまされる方が悪いと思っている集団なのは間違いない。

 マスコミの皆さんはこれを見たら、ぜひ藍原と香川ルリカを洗ってほしい。そうするとPAPSとHRNがいかにでたらめを言っていたかがわかるだろう。違約金を請求したのはむしろ例外的だし、そうしたくなるのもあたりまえな背景がわかるはずだ。これをあらわずしてニューゲートを悪者扱いするネット民フェミニスト、PAPS、人権団体は叩き潰される以外のなにものでもない。Permalink | トラックバック(1) | 22:30

映画 クラウドアトラス 見てイライラした

BS11でやってたの録画したから見てみたらカネかけて駄作作ってクソ腹が立った。

ウォシャウスキー兄弟、本気でこんなもの作ったの?時系列の作り方とか凝ってる割にエログロが鼻につく程度の浅はかさ。

そして微妙慰安婦問題を滲ませてるように感じられるこの意味不明感。

とりあえずウォシャウスキー兄弟は嫌いになった。

そしてトムハンクスも、なんでこんな作品に出てるんですか。合わせて嫌いになりました。

金かけてる効果CGが悪くないだけに、ストーリーに苛立つ。

これだけ気分が悪くなる映画は初めてです。

貴重な休みを返せ、とここまで思える不思議

どうせ録画でタダなので、サクッと消しておきますさようなら

これから人生、この作品に高い評価してる人は軽蔑して生きていくことになりそうです。

2016-12-27

僕にはSMAPは「殺されたのではなく自ら死を選んだ」ように見えた

一晩過ぎて自分自身だいぶ心が傷ついていることに気がついた。

母曰く僕が生まれて初めて覚えた曲(童謡とか抜いて)がSMAPの「俺たちに明日はある」だったそうだ。伝説の教師

そこからずっとファンだった。CDも全部持っている。(ライブは結局一度も行けなかったが…)

年始解散騒動を発端に、2016年一年間通して(あるいはもっとから)各種メディアSMAPについて有る事無い事好き勝手書いて小銭を稼いでいた。

スマスマという長い歴史のある冠番組が終わった今も"本当の関係者"は誰も納得のいく説明をしてない。

そこにはただ"食いつきの良さそうなウワサ"があるだけ。

結局こうなってしまった以上、情報は個々人で取捨選択して自分が一番納得するストーリーを飲み込んで落とし前をつけるしかないのだろう。


昨日の最終回視聴者に、あなたにどう映っただろうか。

僕はスマスマスタッフの愛を感じるとともにフジテレビサイド?のエゴ印象操作を感じずにはいられなかった。

番組前半はこれまでのSMAP歴史スマスマ時系列を追って懐かしい映像とともに振り返った。

放送から森くん脱退の件や稲垣吾郎逮捕草なぎ剛逮捕の件は果たして放送するのか?と気になっていたが、そこも包み隠さず放送した。

正直、すげーなと思った。最終回であそこまで放送するとは。

とりわけ稲垣吾郎逮捕に関しては、これまでテレビではあまり放送されてこなかった逮捕報道翌日のナゴヤドーム奇跡まで説明していて「すごいとこまで突っ込むな!」とただただスタッフに感心した。

これも話題になっているがソフトバンクCMも素晴らしかった。

あの1分のCMのためだけに急遽スタッフが素材を編集し、北大路欣也さんがナレーションを入れたかと思うと目頭が熱くなった。

27時間テレビライブも、僕自身ファンからもう何度も録画した映像を見ていたので泣きこそはしなかったが、いつまでたってもCMが入らないのでソフトバンクこの尺全部買ったのかと、ここでも孫正義の株が上がった。

で、だ。

問題?はそこから始まった謎の演出

鳴り続けるオルゴールスマスマ以外のSMAP活動したテレビ番組の総集編。

結局ファンもそうでない人も何がしたいのかよくわかんない西山アナが仕切っているFAXのコーナー。

もう、滑ってるとかそういう次元じゃなかった。

これは推測の域を出ないけどTwitterなどで多くの人が言っていたようにあそこはスマスマスタッフではなくフジテレビの人?が携わっていたのだろう。

テレビ業界詳しくないか全然違ったらごめんなさい。)

ただ一視聴者としてそれまでの熱が一気に冷めてしまったのは事実だ。

まだ、これが逆の流れならうまく受け止められたかもしれないのに・・・

そして最終回にして今回唯一の撮り下ろし「世界に一つだけの花」。

僕は期待していた。何がメンバーが話してくれるんじゃないか、別れの挨拶なのか「ドッキリでしたー!」なのか怒りのメッセージなのか。なんでもよかった。

で、いざ楽曲が始まって見ると・・・葬式だ。」

ファンからすれば「何よ!テレビ事務所の都合でこんなめちゃくちゃな最終回持ってこられて最後に喪服みたいなスーツ着たメンバーで歌うって!」って感じだし、ファンじゃない人から見てても相当寒い演出だっただろう。

そして、結局メンバー最後まで何も語らなかった。

それが例えば事務所テレビ局サイドの圧力あってのことなのか、はたまたメンバー自身意向なのか、一般人には想像しかできないが、僕には「言葉仕事をしてきた中居正広」という人間スマスマ最終回で何かを語ることでまたメディアの餌にされることを危惧して「何も語らないこと」を選んだように思えた。

最終回あの場所で「今まで応援ありがとうございました!さようなら!」あるいは「ドッキリでしたー!」(こっちがよかった)とにかくなんでもよかった。

メンバーからの、リーダー中居正広からメッセージを全国の視聴者は望んでいた。しかし、そうはならなかった。

最初に僕は情報は個々人が納得できるよう取捨選択しなければならないと言ったが、ファンとして好き勝手予測するなら、中居正広スマスマ最終回で何も語らないことで「SMAPを殺した」のだ。

一年間いやもっと長い間大人たちに振り回され続けたSMAPゴシップにもワイドショーにも苦しみ耐え抜いたSMAP、その最期中居正広の涙が殺した。

テレビ活躍してきたスターアイドル最後に何も語らず(あるいは語ることが許されず)ああして去って行った事実テレビっ子の僕を深く傷つけたのだ。

テレビが嘘や欺瞞デマで溢れているなんて百も承知で、それでも笑えてた僕は目の前で自殺したSMAPのせいでこれからしばらくはテレビで笑えないだろう。

SMAPとはまた別に大好きだった嵐の曲も、今回の事務所のいざこざ(これもゴシップの域を出ないが)で対立勢力がどうだとかあったせいで聴けそうにない。

(iPhoneに入っていた嵐の120曲近い曲目は今朝消してしまった。)

これまでだってスマスマライブ以外は個々人の活動がメインだったんだし、素直に来年からは個々人の活動応援しなよ、という人の声がある。

でも、それじゃダメなのだ

僕はSMAP中居正広SMAP木村拓哉SMAP稲垣吾郎SMAP草なぎ剛、そしてSMAP香取慎吾ファンなのだ

(多分こういう感覚ってSMAPじゃないにしても誰しもが好きなミュージシャンお笑い芸人スポーツ選手に抱く感情だろう)

全くまとまりのない文章だが、これが20年近くファンを続けてきた一般人の一つの感想だ。

本当に残酷最終回だった。

2016-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20161219103752

日々リアルタイムに追うんじゃなくて、後から時系列トレースできることに価値があるんじゃないかと思ってる



あるもの出会い、そのものを愛し、そして心変わりをし、そのものと決別する

その時系列



掲示板では絶対にわからない、特定個人の心境の変化、環境の変化

その個人が誰であるかに意味はないし、興味もない





日頃から、一度ネットに公開したものは削除すべきでないと主張してるのは、こういう思いか

嫌いになったからといって、その存在自体を消し去るようなことはしないでほしい

あなた一時的構成していたものであり、そして今でも構成しているもの

その記録はあなたのためになり、あなた以外のためにもなるはずだから

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