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2017-05-25

アニメマンガゲーム男の乳首問題

そろそろ描くか描かないか統一してくれないか

 

このまま両者が分断されてると

何気ない有り・無しで作品哲学的意味合いすら深読みされてしま

  

特にゲーム上半身裸になって

ヘンタイプレイするケースが多いから不自然さが際立つ

(こどもは特にやりたがるだろう そしてなぜ描写されないか不思議に思うのだ)

 

オープンワールドだと尚更

「そこオープンじゃないのかよ!」と突っ込む野郎もも沢山居るだろうに

2017-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20170524104460

しろ乙女ゲーというか少女漫画というかそういうのでありがちなパターンを思いっき皮肉ってるのではないか、と思う。

イケメン婚約者、その婚約者の為に他の男の求婚を断り独身を通すヒロイン、愛し合ってるのに結ばれない二人、

そして非業の死を遂げる婚約者とその志を継ぐヒロイン、美しい初恋の思い出…

と言うようにいかにもそれっぽく関係性を持ち上げておいて

実はそのイケメンは他の女にも同じような事ばかりやってるただのスケコマシのクズでしたー、ってさ。

スイーツ大河とは呼ばせねえぞと言う制作側の意図があるんじゃないか

これまでの、爽やかイケメンとして描きながらどこか腹黒さや胡散臭さも感じさせる脚本も上手いし

歯の浮くようなセリフを言いながらやはりどこか心がこもってない薄っぺらさを演技で示した三浦春馬も上手い。

そういう面を見せないで視聴者を完全に騙してしまうと騙された!となるし

そういう面をあからさまに見せてしまえば何で主人公あいつのクズさ加減に気付かねーんだよと視聴者イライラ、となるけど

絶妙な匙加減だったから、視聴者も「あい胡散臭いけど深読みし過ぎかな」程度で収まってたし

いざ公式クズさ加減が示されても視聴者も「ああやっぱりクズだったのか」となるだけで不満は出ない、という。

つかNHK時代考証的に、戦国時代にスケコマシという言葉を使っても許されるのかよ。

2017-05-17

ガーディアン・オブ・ギャラクシー一作目

正直にいって何が面白いのかわからない。

非常に薄っぺらいことをいえば古臭いスペオペベタなまま流しているという感想

もっともそこには過去作のオマージュ原作愛があるんだろう。

キスシーンとか微妙王道を外してきて笑いを取ったり、敵キャラが喋ってる最中ランチャーぶっ放したり。

最新CGによるキラキラしたわざと(?)リアリティを欠いた演出も見どころなのかもしれない。

ここから色々辿ってこれないのは映画遍歴が浅いからだ、挿入歌知識がないからと指摘するのは簡単だが、

単品で楽しめない映画価値はあるのかと以前から思っていた疑問が噴出した。

単品で見ると全くチャレンジングではないし筋書きは平凡だ。

ハリウッドから三面・四面構成勢力図が入り乱れるタイミングなどもちろん凄い。

しかしそれはハリウッド作品から当たり前という向きが素直な感触になる。

色々深読み可能なんだろう。

ダーク・イーサーとか言ってるからイスラムとか引っかけてあるかもなあ、なんて。

巷じゃ落ちこぼれ活躍劇だのとか言ってるらしい。それにしちゃメッセージがぼやっとしてないだろうか。

こうした深読みの入口にすら興味をもてないくらい、表が王道に忠実すぎる。

王道からこそ今時は新しく感じるといった趣きなのか?

あと上述の笑いの部分なんて日本では珍しくもなんともなくて、笑いどころに困った感があった。

二作目はパワーダウンしていると聞くし、見ないだろうな。

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170511162230

いや深読みしすぎじゃない?

っていう三段論法だよ

2017-04-11

金曜の夜を巻き戻したい

残業帰りに浮かれてフワフワ桜並木に寄り道して写真とってたら、生まれて初めて男に声かけられた。

会社花見が終わった後だそうで(事実かは知らん)

満開でよかったですね、桜どれぐらいの時期が好きですか、これから一緒にお花見しませんか、じゃあそこのコンビニで酒買ってきますおつまみかいます結構飲みます? なんて言われてから

その人が買い物に消えたあと、フト「あれ、これ花見ナンパっぽくない? 立派な中年喪女に対して?」と

深読みし始めて怖くなって、おまけに終電も近かったし寒かったし

私は見た目ほど酒飲めないし、おまけに翌日も朝早くから仕事あったので

その人が戻ってくる前に逃げ帰ってしまった。

 

単なる酔っ払いの兄ちゃんでも、これから先の人生

私に花見しませんかー、なんて声かけてくれたり

ビール買いにいってくれる人なんてもう現れないだろうなと思うと

もったいないことしたな、とか、そもそも何も言わず消えて申し訳なかったな、とかいろいろ思う。

 

今思えば私はその人の顔すら見てない。本当に桜を見ながら会話してた。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170402171317

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

採点表を明らかにしよう。

安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉などという言葉が交わされている

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、(中略)猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

それは違うのでは? どの方向性で作ったにしろ、その方向性を極めた「完成度が高い作品」ならば、そのテーマが刺さる人を惹き付けるだろう。

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

予言証拠にするのはやめよう。

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

この説は正しいと思う。確かにネットがなければ、こんなヒットは生まれなかっただろう。しかし、0を1にはできないよ。

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

アニメを楽しんで、それを共有するのも楽しい」って感じじゃないかな。確かに「共有する楽しさ」があることが「アニメ単体の楽しさ」が成立する条件になってる人はある程度いると思うけど、今この時代に「アニメ単体の楽しさ」と「共有する楽しさ」を分離するのはあまり意味がないと思う。

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

これは妄想が過ぎるんじゃないかな。少なくとも証拠がいるよ。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

ステマ説が出て、勢いに歯止めがかかるのを防いだという点では、重要だけど、それ以上ではないと思うな。どうでもいいけど「ステマーケティング」って面白い言い方だな

結論

空虚なだけではブームにはなれないよ。ブームになるということは、何かの完成度が高いということで、そのブーム主体たるアニオタはなんだかんだ言って長くアニメを見てきた人たちだ。ということは、けものフレンズには、旧来の作品にはなかった「何か」があったことに他ならない。「アンチステマ運動アイコンとして完成度が高く、他に類がなかった」みたいな評価をすることは可能だと思うし、それが流行った一因ではあることは上に書いたけど、「流行ってるアニメステマだ」なんて思ってる人がそう多いとは思えないから、主な原因としては説得力不足かな

じゃあ、なんで流行ったんだって言われそうだけど、「けものフレンズ」は1話も見てないから、何も言えない。

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

2017-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20170331120918

スタートレックでも「軽い岩石だ」などと『ミスター・スポックを探せ』

でカーク船長がほざいて笑いを取るので、いいと思います

それでもスタートレックファンファンだと思うので。

自分たち以外の読み方を許さないって勢力深読み層すら攻撃しているのは恐ろしいことかと。

そんな読み方がある、という許容がないファン層を持つ二作目は、制作側が悩んじゃって作品死ぬんじゃないかな。

http://anond.hatelabo.jp/20170401021049

言うことありますってんなら、褒めすぎはおかしいよね、ってことで先に増田の苦言を返事とするしか

あれも俺の意見にすぎないのは本当なので、あそこに書かれていることがあなたの言うとおり「それっぽい」

ことでしか無いと判断されるならやむなしと。実際背景描かないとわからないことだし。あとは意見の相違かな。

まあ見識がなく目が悪いなとは思うけど。

あ、背景のことに言及してないと言っていますけど、「それっぽい」の指し示す範囲内なので一応弁解しておきます

あと気になってるんだけど、否定意見全否定じゃないってことを真面目に全ヲタに周知したいくらい。

深読みですかね。

2017-03-22

詩や短歌俳句の良さが分からない

短歌俳句に比べれば詩は分かるような気もするのだけれど

やっぱりわかった気になるのはよくないと思う

ダウンタウン浜田が夜の7時からやってる番組俳句のコーナーが人気らしくたまに見たりしている

そこで出てくる俳句の良さが分からない

短すぎて分からない

伝わらない

先生添削しているのだが良くなっているのかもよく分からない

どうやら見ていると俳句というのは短い言葉キーにして

色々なもの自分想像して楽しまなければいけないらしい

短い言葉から連想して自分の頭のなかでその情景を作り出すようだ

短歌文字数で言えば俳句よりも長いので情報量は多いのだろうけど

やっぱりわからない

からないものはわからない

基本的には俳句と同じようなものなのだろう

想像深読みして楽しむのだろう

詩はその二つに比べるなら文字数が増えることが多いので

読んだ人間はさまざまな情報から想像できるのだろう

詩もきっと自分の中で想像したり言葉リズム言葉遊びを楽しんだりするのだろう

自分は詩を読んでみてもやっぱりよく分からない

自分想像することが嫌いなのかと言えばそんなこともないと思う

マンガ小説アニメやその他色々な創作物を見て

自分だったらあの場面はこうするとか

こうした方がもっと面白くなるとか

新しい登場人物を考えたりとか

こういうバックグラウンドがあったりとか

泣けるようなエピソードを考えて実際自分でも泣いたりしている

ここで一つ思いついたのが

情報量の差だ

俳句短歌や詩などは少ない情報から想像することを楽しむらしいが

自分は大量の情報を得てから想像するのが好きなのだ

まり方向性の違いだろうか

2017-03-17

広島の話と一緒。感動したって言わなきゃ首吊りさせられるような空気

まったりしててそこそこ考察もできるし深読みしすぎるとクソからツッコミが入るけどいいアニメですねフレンズ

とでも言っとけばいいのかな。CGペラペラとか言っちゃいけないし、背景美術どうなのよとも言っちゃならない。

表情が固いとも言ってはならないし、足のモデリング手塚っぽいピノコ足にしたほうがマッチするのに生々しい造形だとか。

おっと言っちゃいけないんだったね。

2017-03-15

自分が文が脈理解精通している時は堂々とマウントし、理解してないときだけ深読み誤読として罵倒する連中がたくさんいるんだなあ、とブコメを見ていて思った。

証拠はないので深読み(笑)だけどな。

http://anond.hatelabo.jp/20170315014607

ドグラマグラにおいてその芸術性の高さから深読み不可能だ、とするのは一種正しい。

しかしだからといって込められた意味を解読してはならないということにはならない。

サリンジャーの各短編隠喩に満ち満ちているが、それ故世界中の読者はお前の言うところの犯人探しを躍起になって行っている。

なぜならサリンジャーがそうさせたからで、そのような行為を作者が望んだからと解するのが一般的には正しい判断だろう。

ちなみに探求が卑しいなら、はてなが大好きな科学好奇心とやらにも否定的に接せねばなるまい。

深読みでも誤読でも面白ければ俺はいいか

浅ましい政治的主張と結びつけるようなのは勘弁してほしいってだけ

何でもかんでも深読み誤読にしたがるやつが増田にいて困る

自分の読めなさについて考えたことがあるんだろうかなあ

2017-03-12

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 43話

最近の数話でもちょくちょく「教養」というワードが出てきたけれども、今回の話で明確に提示してきた印象。

ドマの語る「正しい教養」とアグニとの問答からして、信仰に相対するもの教養だと解釈できる。

今回出てきた映画信仰対象になっており、ドマの間違った行いのルーツにもなっていた。

また、本作では映画=演じているモノ=信仰といった風に解釈できる。

そして、その信仰は間違った行いを誘発させるものとして本作では描かれている。

から、本作では行動のルーツ映画関係している人物、何かしら演じている人物信仰をする人物は間違いをしているってことを示しているわけだね。

何かしら演じているアグニや、映画を撮ることが目的のトガタも信仰側なので、彼らの行いはズレているってことになる。

そして、今の文明を滅ぼそうとする雪の女王(仮)の目的映画関係しているので、これも間違っていることを遠まわしに語っている。

まあ、ドマが今の人々に足りないものは正しい教養だと語っているのに、その「今の人々」を滅ぼそうとしている雪の女王(仮)の行いが相対しているのは当たり前といえば当たり前か。

私の深読みしすぎなだけな気もするけれども、ここに来てテーマと作中のアイテムをしっかり繋げてきたのは周到だと思った。

ヴォッチメン

作品紹介で「新感覚コメディ」という割には、プロットストーリー構成もありがち。

けれども、ところどころ挟まれギャグテンポは確かに個性が出ている。

「強面で誤解されがちだけど、心優しい少年」という凡庸プロットを、ここまで個性を出して描けているのは感心した。

モブキャラも活き活きしているし、セリフセンスネタ選びも独特で、確かに「新感覚」。

難点は、ギャグのいくつかは突拍子もないせいで、フックがかかりにくいんじゃないかってことかな。

2017-03-10

南スーダンPKO撤退

南スーダンPKO撤退を「突然」発表したのは森友学園問題を少しでもそらしたいのではと深読みしてしまう。

2017-03-03

カルテット深読みするブログ最初読んでわー深読みするんだな面白いなーすごいなーと思ったが

あれを読むと、自分ドラマを見た記憶が全部上書きされちゃう気がしてもったいないから、次からは読むの止めた。

あのドラマ深読みしたくなるのも分かるが、一方で、深読みせずに見た方がむしろぜいたく感ある気もちょっとする。

会社の後輩に、TV持ってないのが自慢?の女の子がいるんだけど、TVっ子の私たちカルテットの話をしてる時だけ、ぐいぐい入ってくる。

TV持ってないのにな、オンデマンドとかで見てるのかなーすごいなさすがカルテット面白いドラマだもんね、と思ったのに

ちょいちょい頻繁に会話に入ってくるのにイマイチかみ合わないその子の情報ソースが、そのブログを読んでるだけだって分かったんで、なんか余計に。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

読んだことあるかないかの話なのに、それを勝手深読みして作家が嫌いってあてこすりされたように感じたか自分は好きですって言うって考えすぎだろ

端的に

「新作でタネ よんだことないけど」

「わいも」

おいも

「私はその作家が好きです」←!!?www??www

ってなるだろ

ハルキばっかよんでんからそうなるんだよ

ハルキの前に国語教科書とかコミュニケーションビジネス書でも詠んだほうがいいよ

2017-02-27

ニーアオートマタのこと(盛大にネタバレあり)

本当はダメダメなところを書き連ねようとした。

無意味な設定が多いとかね。

でもその中でひとつ気になる繋がりが見えたので、それについて書く。

ヨルハが感情を持つことを禁止されてるといいながらも、最初から感情MAXな件。

ダメ設定のひとつかと思ったけど、機械生命体のコアを流用されている設定と組み合わせると、そうでもなくなってくる。

アンドロイド軍は機械生命体のことを感情のない低俗兵器と見ていた。

しかし実際には、最終的に高度な知性を獲得して再び宇宙に旅立ったように、その推測は間違いだった。

人類現存するように見せかける計画のために、

感情のない機械生命体のコアを使うことで感情のないヨルハ部隊を作ろうとしたところ、

実際には感情のあるアンドロイドができてしまった。

そのことはおそらく設計者の誤算で、この物語が成り立つ根幹部分だったのかな、と。

まあ壮大なプロジェクトの割に杜撰すぎるという話はあるが。

異星人・機械感情がないとする前提も、時代遅れ(2017時点でも)すぎる。

他にもいろいろ雑な部分があるし、だから結局こんなよく考えもせず

雰囲気だけで盛られた設定だろうとは思うけど、

悔しいことにゲームデザインは優秀で、プレイしていて楽しいんだな。

からなるべく設定を深読みしてあげて、自分なりの解釈を作っていくのが、

このゲームプレイすることで重要なのかもしれない。

つーわけで他人にはまったくおすすめできないゲームでしたよ^^

結局ダメだしみたいになってしまったね。

2017-02-23

問 次のうちどれかを選び、数字で答えよ

  1. 1~16以外の、選択肢にない数字を選んで自分意見を言うような、自己主張が強く誰かのレスポンス待ちの姿勢が見え見えの人間
  2. 数字」と聞いて小数点とか分数とかで答え、問題文の隙間を突いてやったぜ的な自己満足をする人間
  3. 「じゃあπ」とか「虚数」とか言っちゃう人間
  4. その他数学上「数字」として定義できるものを答える人間
  5. 「『数字』!」というベタな答えを堂々という、一周回って逆にアリな人間
  6. 自分が「数字」と思ったのならそれは「数字」だ、という自己暗示的な考え方をして「みそ田楽」をひたすら「数字」として唱え続ける人間
  7. 数字で答えよ」という文に意味見出し深読みして、考え続けた結果結局「42」かいう安いSF文言を言っちゃう人間
  8. 下ネタに走る人間
  9. 「私は答えた」とか、「数字はある」とか、何か哲学禅問答的なこと言っちゃう人間
  10. 何か、あらゆる条件をひたすら潰そうとするこの増田キモい、何必死になってんの?とか言っちゃう人間
  11. そもそも、なんだこの質問は。バカじゃねえの?と思う人間言う人間
  12. 無視する人間
  13. けれども「無視する」と考えた時点でもうこの問を認知したので、完全に無視できていないことを悔やむ人間
  14. 結局何もかも無理なので、そのうちカーズ考えるのをやめた人間
  15. とにかくあらゆる条件を潰そうと思ったが、どのタイミング投稿しようか迷った増田こと人間
  16. もういいや、ねよう、ぼくはつかれてるんだ、とおもう人間

2017-02-21

感性が違うのは良いけど、感性言語化するを怠った挙句深読み厨呼ばわりされたら徹底的に言う。

お前が読めないだけだと。読めないのにこじつけかいい出す人は始末が悪い。

ドストエフスキーWEB書評で、悲しい物語ですね、感動しました、という感想が軒を連ねていた時は怖かった。

あれは多分一般的LINE層が集うような場所だったんだろうと思いたい。

そういえば以前某所で明らかに純文を意識した作品を見たエンタメ書きが、

「妻の遺品を夫が眺めてるだけじゃないですか。才能無いです。書くのをやめたほうがいい」

などとおおいに気を吐いていたので、Amazonレビュアー程度には読み取れないかもしれません、とした上で批評改善点を書き込んだ。

作者様から自分には驚きの声と感謝の意が述べられ、酷評の彼には丁寧ながらも疑問符付きの返事が返された。

のちに酷評の友人らしき人物がこちらへ嫌味を言っていたが、きっと告げ口でもしたのだろうと思う。

なお、Amazonレビュアーにはまともな人も沢山いるので、引用あくまイメージ上の揶揄に過ぎない。

評は作と同じく恐ろしく自分の底が見えてしまうため、堪忍袋の緒が切れない限り大仰なことはいいたくはない。

2017-02-15

日本ロボットでもう一つ病がある

日本AIは周回遅れ…杉山将・東京大教授に聞く : 深読みチャンネル : 読売新聞YOMIURI ONLINE

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170210-OYT8T50014.html

二足歩行ばかりにこだわってる的なことが言われているんだけど

もうひとつ問題があって

それが顔

http://robo-garage.com/prd/index.html

↑いわゆるかわいい顔をさせたがるって事

かわいい感じを出すために、かわいいという記号性を盛り込ませたがるんだよ

R2-D2みたいな音や振る舞いでかわいさを表現するんじゃなくて

ただ顔にかわいいと言われるであろう記号をはっつけて終わる

これけっこう重病だから無能ロボットデザイナーは気づけよっていつも思ってるのでここに書いておく

ロボットデザイン界隈の人間の都合感にうんざりする

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

めも・下書き

箕浦が諸戸の性愛を受け入れられない理由、私も最初世間体のようなものかしらと推理したけど割りとソッコーでなんか違うなと思った。

そうか、世間体を気にし、そこに拒絶の理由を望んだのは諸戸なんだね。

そして世間体とは諸戸の超自我でもある。

ここは諸戸のイドが超自我を壊して箕浦に襲いかかっている。

突然見ず知らずの相手から凌辱されるとなるとそりゃもう恐怖だけれど、箕浦は諸戸に何度も口説かれているのだから「改めて掘られかけたからって白髪になる程のもん? 箕浦くんどんだけだよ」みたいな超他人事の薄情な感想も少しあったのだけど、

ここは「諸戸の『イドが超自我を壊した』という恐怖体験」でもあるのだね。

スマボさん貴重なお写真ありがとうございます

演劇で白一色の衣装って割りとよくあるからあんまり深読みしなかったけれども、

「孤島の鬼」で「白」と言えば、箕浦白髪。諸戸の性愛を拒絶する色。

諸戸の衣装けが(外側は)真っ白であるならば、高潔、潔癖、嘘、なんかのイメージに加えて「諸戸の超自我世間体」みたいなものもあるのかも。

諸戸が生きる白一色の世界

その白い世界を消す暗闇。

「諸戸の衣装の内側の汚れは視力が足りなくて見えなかった」と言ったけれども、井戸の奥の暗闇の中では本当に諸戸の汚れがはっきりとは見えない・認識されなかったのだ。

追記。

原作未読×舞台観劇済み』の私と、『原作既読×舞台観劇』の友人とでひたすら「孤島の鬼」の推理をしているのだけど、これが非常におもしろい。

私は容疑が上がる度に「原作ではどうであるか?」を質問するのだけど、友人からドンピシャ舞台上で聞いた覚えがあるセリフが返ってくる。

まり舞台上で起こったことは原作での必要充分であったのだ。原作曲解してはいないのだ。

これは自分証拠漁りに原作を調べていては起こり得ない『脚本家と私達の原作認識が同じ』という発見をもたらした。

まぁ、友人の文学センスが冴え渡っていて『名探偵』であったから起きた事象可能性もあるけどね。

友人との対話の中で生まれ発見をいくつか拝借

  • 『秀ちゃんと吉ちゃん』、『諸戸の超自我とイド』、どれも望んでくっついた訳でも、対立した訳でもない。
  • から「『私』と『箕浦』」も彼ら自身意思で生み出したり解離したりする類いのものでは無いのでは? 理由道理も無いしね。
  • 原作『簑浦』どおりの『私』、原作『簑浦』とは印象が食い違う『箕浦
  • 同一人物であるはずの彼らをどうにも分け隔てているのは、諸戸の目線にあると思えてならない。
  • 諸戸から見た簑浦→『私』
  • 諸戸が見落とした簑浦→『箕浦

あ、そうか。「望んだ形とは違う」から名前が違うのか。

諸戸が欲しかったのは性行為を含む愛・《簑浦》。

プラトニックな愛・《箕浦》なら存在した可能性が微レ存だった。

『諸戸が見落とした簑浦からの愛の可能性・箕浦』は原作に対して創作にあたるから名前が異なるのでは?

追記。

これは「うみねこのなく頃に」ではないか

今夜の観劇観測検証する項目もっと精度上げていこう…

観劇後は推理を立て直そう。

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