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はてなキーワード: ゆきとは

2017-03-19

国産なんて今はもうないよ、そうあの人はいった。今となっては何もかもが中国製で、国産メリットもない。

海外増田の増え過ぎで増田には日本語はなくなってしまった。スパム制限が緩和されたおかげで記事中国語しか無い。

はてなリソースベータ版である増田が一番であり、それを認めないままはてなトップページの9割がベータ増田と化した。

中国語タイトル中国語格差問題中国語ラーメン批判中国語の嘘記事日式増田とでも書こうものならトラバで即煽られる始末だ。

こうした顛末はてなは自ら望んだ。なぜなら国内増田はすべておじいさん、おばあさんになってしまったのだから

足りない人員はほかから引っ張ってくるしかない。はてなメインコンテンツが他ならぬ中華増田である以上だ。

ある時JKと名乗る人物煽り気味の記事を書いた。自分記憶が正しいならば、あれはもう50年も前のことだったはず。

まりJK中の人は婆さんであり、おそらくJKではない。

自分ばかりか周囲の中国人すら煽らないJKは奔放に振る舞ったが、日がたつにつれてJK老師と呼ばれるようになっていった。

それはかつて有名なAV女優中国圏にて人気を博したことと似ていた。

JK老師、と呼ばれたおかしな語感はそのまま拡散してゆきJK老師伝説となった。

自分嫉妬した。JK老師は日文を書きながら中文文化にてブレイクを起こすことに成功したのだ。

日本サイトであるはてな日本人である自分が何も書けなかったのに、彼女はそのままの姿で認められている。

そういえば、このPCは何年前のものだろうとふと関係のない出来事が頭をかすめた。

玄関にはラブレターが詰め込まれ、目の前には白骨死体があった。

自分は浮遊しているようにも感じたし、PCはずっと動いていないようにも思えた。

あれはしかし、現実ではなかったのか。目の前のディスプレイ特にちらつきもせず60Hzの増田を映し続けている。

自分」の記憶は少々まだらだ。たくさんの増田が冷たい天井から透けて見える。

そう言えば自分JK老師だった、と思った瞬間に何かが変わり、日式記事に目をやった。

JKは「私」が眠っているときに顔を出し、JKが眠っているときに私は顔を出し、JKも私もいない時は白骨死体記事を書いている。

そうじゃないとほら、こんなに大量の中文、一体誰が書くんだい?

2017-03-16

春のドラマが楽しみな増田酢魔並シノタガマラドのルは(回文

雪が溶けて川になって流れてゆきますぅ~

ヘイヘイヘイ!

先生男子が春眠暁を覚えてくれません!!!

卒業できない恋もある、

そんな斉藤由貴の曲を

コバのアコーディオンとともに過ぎ去りし永遠の日々をお送りしたい。

そんなおしゃれカンケイ

いつまでも卒業式前日だったらいいのに!

暮れなずむ街に水戸黄門の声がとどろく金八先生水戸光圀公も楽しみだわね。

そう思ったらBSしか見れないのね。

悲しいわ。

で、あの時代時代考証的にハンガーが無かったか

一体どう戦うのかしら?

でもそんなの無視して

オーパーツ的に場違いな加工品として登場してもいいわよね。

針金のハンガーじゃない!って

怒られそう、木のヤツ木のヤツ!って

あれでバシバシ戦って欲しいわ。

そんで、印籠も出さないで毎回勝っちゃうの!

助さん格さんも出る幕がないというか、

そんで、決めゼリフは

思えば遠くへ来たもんだ!って終わるの。

帰り道が分からなくなって一堂ズコーってコケるの。

そんな水戸黄門シリーズ6。

黒船でやって来た、

ペリー役のジェイソン・ステイサムと戦って欲しいわ。

そんで、金八先生ばりの演出で、

最後足立区柳原二丁目荒川堤防河原に二人寝転がって、

おまえ強いなって言い合うの。

それで国交樹立ってわけ。

関根勤ペリーの演技指導するのジェイソン・ステイサムによ。

それ考えただけでワクワクしちゃうわ。

でも、

放送BSなのね。

見れないわ~。

悲しい。




今日朝ご飯

タマサンドがなかったのでハムタマゴと

ジャーマンポテトサンド

ジャーマンってなんのことなのかしらね

スープレックスのこと?

あいいか

デトックスウォーター

オレンジイチゴミックス。

混ぜるよりも単品の方がいいかな。

私はそう思いました。




すいすいすいようび~

今日も楽しく頑張りましょう!

2017-03-14

僕の観測範囲

僕の観測範囲はとても広いので、宇宙の果てを目指すボイジャーが行き着く先まで見えてしまます

ボイジャーの行き着く先は僕達が見る夢の世界です。夢の世界に到達したボイジャーは別の"いきもの"に変わってしまます

そうです、僕らの世界はそうして夢の世界から拡張されてゆきました。胡蝶の夢ではありません。

だってそうやって夢の世界から広がってゆく銀河ドーナッツたちはこうして呼吸してるじゃないですか。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211203048

言いたいことは分かるがホリエモン発言冷血を伴っていて、イチローにあるのは矜持だよ。

少なくとも傍から観察する場合そういえる。どちらも現実に厳しいけど内心が違うように思える。

内心は現実的な印象となって現れるので損得はあるとは思う。

元増田理屈悪用するやつも多く、魂胆が言論の封じ込めなのに正しさを付帯してそう見せかけるやつもいる。

セーフティネットゆき過ぎると今の時代破綻しか産まないので、適当に人は間引くべきだ、とかね。

それともクズアピールしたい?

勝手ジャンプ

◎:必ず読む/休載だと残念

○:読む/休載でもまあいいか

△:読むけどあってもなくても可

☓:終了マダ~?

ー:読んでないからどうでもいい



ONE PIECE:◎

ジャンプの稼ぎ頭にして唯一の大黒柱。連載終了の兆しが見えたらジャンプ終了のカウントダウンが始まる。

長期連載なのに物語の着地点は見えずに風呂敷は畳むどこか未だに広がるばかり。

物語には起伏があるため正直ダルいと思うときもあるが盛り上がり時はやはり魅せられる。

だが長期化が進めば進むほどジャンプ寿命がどんどん短くなってくるというジレンマの元となっている作品

準・柱の作品の終了を養分にしてどんどん大きくなっていくジャンプの大樹。

養分にされない作品の登場が望まれるが人気・長期連載のダブル攻撃に耐えられるのってなかなかいない。



僕のヒーローアカデミア:◎

ジャンプ代名詞である友情努力勝利」に無理なくマッチしているジャンプらしい作品

アニメ二期も始めるので絶好調

物語自体高校生活はあと二年あるので展望も明るい。

しか高校生終わったら物語もそこで終わってしま可能性があるのがネック。

卒業後にヒーロアカデミアの看板で行けるのか?

まあ、題名変えてそのままヒーロものでいけばいいんじゃない



ブラッククローバー:◎

魔法主題なのに主人公脳筋とはこれ如何に。まあ、魔法努力はわかりづらいので筋肉でそれをカバーか。

主人公の強みと弱みがハッキリと分かれているのでその分周りのキャラも参戦化しやすく見てて楽しい

逆にいうと主人公が弱みを克服すると一気にオレツエーだけの漫画になってしまいそうで失速してしまいそう。

物語の流れ的には時間的なネックがないため上手く行けば長期化も。

アニメ化も決まり柱になってくれるよう(編集部にも)期待される作品



鬼滅の刃:◎

正直作風は万人受けするものでない。それに物語自体本質は血なまぐさいのでこれまた人を選んでしまう。

だが、ジャンプ代名詞である友情努力勝利」にマッチ・・・(あれ? 友情ちょっとまだ成分低いかも。でも今後増えそう)

しているジャンプらしい作品しかギャグもあるときている。

ギャグは不真面目系ではなく本人はいたって真面目だけど結果としてギャグになるという天然系。

カチッとハマるときはとことんハマる。そして噛めば噛むほど味がでるスルメのような作品

大人気になることは恐らくないけど休載になったら二番目にダメージが高い作品



ハイキュー:○

ジャンプスポーツ部門担当天才肌と根性肌が努力でつながる。これまたジャンプ主題に沿った作品

でも天才肌の人が努力ちゃうと凡人はどうにもならないのでちょっとやめてほしいんですけど。

あとバレーはレシーブするときに手が痛いし突き指もしたしで苦手だったということもありそんなに力を入れて見れない。

それに残念ながらバレーが万人受けするスポーツかっていうと・・・

スポーツ系はそのスポーツに関心がないと難しい面はある。まあ、個人的理由

当然ながら高校生が主役なので終着地が高校生終了になってしまいそうなのがネック。大学生編もアリといえばアリだけど。



火ノ丸相撲:○

ジャンプスポーツ部門担当その2。漢臭い臭い作品。そして力士と言い張れば下半身廻しでも通報されないと知らしめた作品(違

主人公の夢は熱く周りの人間を巻き込んでいく展開はやはり熱い。

だがトーナメント制だとそれ故にある程度展開が読めてしまうのが悩みどころ。

やっぱり主人公チーム補正があるよね となると途端に冷めてしまうからそう見えないように上手く魅せるさじ加減が難しい。

そう納得させる部分が努力過程なのだけどあんまりそれやりすぎると人気が落ちるという悲しさ。

スポーツ系の宿命ですな。

着地点は力士審査を通れるかになるのでそこで物語終了となってしまうのがネック。



背すじをピン!と:○

社交ダンスを題材にとりあげた珍しい作品

何も取り柄がない(と本人が思っている)主人公が何かを成していくという展開はやはり熱い。そして眩しい。・・・年を取ったなぁと実感させられる瞬間でもある。

ただお披露目の舞台ダンス自体に関心がないと見てて辛い。何周もあるとお腹いっぱいになる。

何が凄いのかがイマイチピンと来ないので見ててふーんとなってしまう。社交ダンス舞台を見たことがあればたぶん違うのだろうけど。

マイナースポーツ共感が得にくいことがネックでありますな。

主人公の周りのメンツが凄すぎて後半は埋没してしまったのも残念。

物語が一段落したなーって思ったらいきなり二年後になったので多分来週で連載終わりだろうなー。

あぁ、ONE PIESEの養分になる作品がここにまたひとつ

※終了じゃなかったらゴメンナサイ



約束のネバーランド:○

家畜化されている子供という衝撃的な作品ジャンプしからぬところが注目を集めている模様。

子供なので脳筋的な展開にならず(なりかけたが返り討ち)知略を尽くしてどう出し抜くかを楽しむ作品

まあ、思考自体はちっとも子供じゃないんですけど。

周りの状況がちっとも公開されていないため今後の展開もまったく読めない。

もちろん敵の正体や世界の設定などもあるのだろうけどそこに行く前に連載が終わってしまいそうなドキドキ感もある。

施設編が第一部で逃走編や闘争編まで続ければ面白そうだけどジャンプとしては異色なので人気が持つかは不明



食戟のソーマ:○

ジャンプ食品部門担当物語ベース自体ジャンプ主題に合っているのでそんなに異色感はない。

そして食事をするシーンがエロくなるということを知らしめた作品。さすがto・・・じゃなくて佐伯先生

話の流れ的には作画が綺麗になったミスター味っ子なのだけれども。

女も脱がすが男も脱がす。エロい紳士も腐った淑女も引きつける作品

ただ、最近料理にちと食傷気味。力を込めた料理はたしかに美味そうだけどしょっちゅう食べると飽きるよね。

たまにはゆきひらで出ているような料理ほっこりしたい。クッキングパパは偉大ですなぁ・・・

まあ、題名に「食戟の」が付いている以上バトルもの看板は外せないからどうにもなりませんな。

これも学園卒業と同時に連載が終わりそう。

正直に言うと作者様には18禁の方に戻ってきてほしいなとは思うけれども(ボソ



斉木楠雄のψ難:○

ジャンプギャグ部門担当主人公ツエーものギャグには打ってつけですな。オチも決めやすいし超能力からある意味なんでもアリだし。

まさかアニメ化するとは思ってなかったけど意外と違和感なくてウケた。

一応舞台高校だけれでもギャグ漫画法則で年次は関係ないため人気がなくなったときが終わりどき。そういう意味では制限がない。逆にいえばいつでも終われるということだけど。

悲しいかギャグ漫画大黒柱になることは決してないのだけど(なれて準・柱)無いとそれはそれで困るものなのである

言うなれば親子丼の付け合せででるお新香のようなものだ。

ないとちょっと悲しい。そんな存在



ゆらぎ荘の幽奈さん:○

ジャンプエロ部門担当ToLOVEる主人公が出来る男にしたバージョン

ちなみにこれにエロをつけると完全なエロゲーの出来上がり。むしろそっちを見たいがそれだとジャンプからいなくなってしまう。悩む。

ギャグ漫画ではないので高校生が終わると舞台も終わる。

だが、恋愛系の漫画でもギャグ漫画法則(年度ループ)が起こりうるので人気しだい。

なにせヒロイン幽霊だし。年ループしてもきっとわからない。

・・・ただその場合オチは全員が死んでいたってことになるけれども。



ぼくたちは勉強ができない:○

ジャンプラブコメ部門担当。新連載組。

どっかで見た絵柄の人だなぁと思っていたらマジカルパティエ小咲ちゃんの人だった。

まだ一話だけなのでなんとも言えないが短期間で終わりそうな予感はある。

題名的にどっかでみたようなラノベのようだし。

主題的にも長期的ではないし。10話ぐらいの読み切りで読むとちょうど良さげ。



磯部磯兵衛物語:○

ジャンプギャグ部門江戸担当。かつてのうすた京介枠。安定の巻末。ないと不安になる。

10号では巻末ではなかったのでちょっと驚いた。・・・いや実質ここが巻末だったということなのだろうか。

浮世絵の画風をギャグにするというのは冒険であったと思うけど慣れると何だこの安定ぶりはという感じである

ジャンプには欠かせないが、でも単行本を買うことは決して無い。



銀魂:△~☓

ジャンプのバトル部門ギャグ部門を担ったハイブリッド作品

2~3Pを読んで今日ギャグとして読めばいいのかバトル(シリアス)として読めばいいのかを決定する。

ある意味こち亀のような作品ではあるがこちらの方が逆は下品・・・ん? こち亀別に上品ではないな・・・ゲス作品

現在物語を畳んでいる状態シリアス展開が長いが、シリアス長えよ!と作者が飽きたのかギャグ差し込むようになってきた。

なのでシリアスモードで読んでいるときギャグゲスギャグ差しまれると辛い。

ここでギャグかよ! とジャンプを叩きつけたくなる自分は悪くないとおもう。



青春兵器ナンバーワン:△

ジャンプギャグ部門担当。困ったことばかりする相手フォローするギャグ

まあ、可もなく不可もなく。

ただ、理不尽ギャグはすでに先輩がいるしなぁ・・・



左門くんはサモナー:△

ジャンプギャグ部門ゲス担当主人公ゲスカス。まあオチ主人公がひどい目に合うことがわかっているゆえにそこまで不快にならない。

だが、それゆえに主人公がめずらしく主人公らしい行動をしたとしてもちっとも褒められない。

不良がときおりみせる優しさが異常に高く評価されることはよくあることだけど、主人公ゲスさ故にそれすらない。

え? 主人公ってこんなんだったけ? と物語主人公役割を問い直したくなる作品だが、この物語主人公は間違いなく彼である



レゴラッソ:☓

ジャンプスポーツ部門担当。新連載組。早い終了が待たれる。

スポーツものとして描くのであれば主人公にはそのスポーツに対する圧倒的な「愛」が求められる。

そしてこの作品にはそれが足りなすぎる。正直サッカーやらずにテコンドーやってろよって感じ。

「なぜそのスポーツにハマったか?」の描写はあったが、その後のハマりぐあい描写が足りなすぎる。

キャプテン翼を見習えよ! サッカーの申し子の翼くんでさえオーバーヘッドキックを何度も練習して打てるようになったんだぞ!

憧れの光景を見てやろうと必死にドロドロになってそして出来て嬉しい!って笑顔になってそんな姿を見せらればそりゃこっちも嬉しいよ!

そういった過程もなしに物語を進めているからちっとも楽しめない。導入部がいろいろ足りなかった。そんな作品である

・・・まだ終わってないけど。



歪のアマルガム:☓

ジャンプのバトル部門(化物)担当。新連載組。初回は面白かったが回を繰り返すごとにつまんなくなってきた作品

だが打ち切り決定がなされたであろう回からまた面白くなってきた残念な作品

初回のノリをそのままつなげればよかったのに変にクールダウンした結果面白さも落ちてしまった感がある。

今の展開の勢いを最初からやっていればよかったのに。状況を落ち着かせるのがちょっと早すぎた気がする。

次回作に期待。



デモンズプラン:☓

ジャンプのバトル部門悪魔担当。新連載組。読み切りで終わらせた方がよかったでないか作品

回をます毎に加速度的につまんなくなった作品

たぶん初回ですでに力尽きていたのではなかろうか。話の作り方が週間連載に向いていないのかもしれない。

何が悪いというよりもただただつまらない。

一度そういった目で見てしまうと何をやってもだめである。さっさと畳んで次いった方がいい。

この作品を見ていると週間連載をしている人たちは本当にすごい人達なのだなぁと実感する。



HUNTER×HUNTER

とにかく連載を。言いたいことはただそれだけである

作品自体登場人物であるジンのような作品であるが、帰ってくる場所いつまでもあるとは限らないのだ。



ワールドトリガー

はやく、はやく読みたいよぉぉォォォォ!!!

ONE PIECEのように大黒柱になれる作品ではないが、建物工事には欠かせない基礎のような存在である

その基礎がないってどういうことよ? 建物ラグラきちゃうよ?

早急な復帰が求められるが作者さん体壊しちゃったゆえの休載からなぁ・・・

ワールドトリガーが連載されている限りジャンプを買い続けることをここに誓おう。



・・・◎となったのは19作品中4つだけだった。

え、なにジャンプってここまで落ち込んでるの。

ドラゴンボールとか連載されているときほとんどが◎だったのに。

ほんと早期のワールドトリガー復帰が望まれる!!

・・・ってことを書きたいだけだったのに何この長文。

記憶を共有できないことがいちばんつらい

わたしは人よりちょっとだけ、記憶力がいいらしく、どうでもいいことをよく覚えていたりする。

今日久しぶりに会った人に、昔その人が言ったことを話したら、覚えていなかった。

わたしにとっては大好きな言葉だったけど、その人は「そんなこと言った?」と言って笑った。

昔その人に「君にぴったりの本だから」ともらった本がある。

大島弓子短編集の「ロストハウス」。

その中の「8月に生まれ子供」が大好きで、何かあると読み返したくなる。

大学生の種山びわ子は、夏休みはいったころから急速に老けてゆき、たった2週で老人と見間違うばかりとなる。

週に一度の恋人との約束も忘れ、姉の存在も忘れ、最後自分のことも忘れてしまう。

この話を読むと、呆けてしまった祖母のことを思い出す。

祖母はまず、死んだ祖父を忘れ、嫁である母を忘れ、わたしのことを忘れ、最後には最愛の息子だった父親のことも忘れてしまった。

たぶん、わたしが人に忘れられるのが嫌なのは、きっと祖母のことがあるからだ。

人と記憶を共有できないことは、何よりもつらい。

きっとあの人は、わたしに本を渡したことさえ、忘れてしまうんだろうけど。

2017-02-08

プレママ友達ネガティブ攻撃がつらかった

無事に保活を終えて働きだしてからしばらく経ったので書く。


高校以来の友だちとほぼ同時期に妊娠した。比較若い年で妊娠したので、わたしたちの年代で同じ境遇にいるひとはまず周りにはいなかった。お互いを、心強い味方だと思いあっていた。


からこそなのか、「プレママ友達」と化したその友人はことあるごとに、妊娠育児に対するネガティブ不安わたしに漏らすようになった。そして当時のわたしも、その後ろ向きな言葉にアテられてるようにして、不安焦燥感から逃れられなくなってしまった。


心拍確認できても、流産するときはしちゃうらしい」

「周りに妊娠報告したあと流れちゃったらどうしよう、気まずい」

保育園入れるか不安すぎて今からもうやだ」

「安定期前に職場に報告して浮かれてると思われたらどうしよう、でも、報告せずにいると業務しづらい」

無痛分娩じゃなきゃこわいけど、24時間体制の産院じゃないから、もし何か起こったら自然分娩になっちゃうのがこわい」


はじめての出産を迎える、孤独わたしたち。「不安だね」「そうだよね」は合言葉だった。そこにしかまれない奇妙な連帯感が、その恐怖たちを加速させていく気がした。


不安感をいたずらに煽る友人のことばを受けるたび、心にどす黒い雲がかかるようになっていった。そのことに自覚的になっても、唯一のプレママ友達という絆ゆえ、友人から離れることはできなかった。待望の赤ちゃんがこんなにも近くにいるのに、心が暗くなっていって、つらかった。


いま妊娠してるひとへお願いしたい。(とくに初産の)妊婦同士で、不安煽りあわないでほしい。不安をぶちまけるべき相手は、同じ不安を抱えているひとではない。その不安を乗り越えたことのあるひと、もしくは、不安いちばん近くで一緒に乗り越えてくれるひとだ。


「ま、あとから振り返ってみて思うけど、何でもどうにでもなるよ!」とカラッと笑い飛ばしてくれるような先輩のお母さんたちに、わたしは後からずいぶん救われた。


前に進もうとアクションを起こし続ける夫にもとても救われた。産院を熱心に調べてくれたり、生活サポートをしてくれたり、保育園情報を片っ端から整理してくれたり。


不安を口にすることは、ほぼ何の歩みにもならないと知った。不安自覚的になるだけで何かが進んだ気になったり、あるいは他人との強い共鳴がある種の安心感を産んだりする。でもそれは、自ら不安を招き入れている行為だろう。


「なんかよく分からないけど、なんか、どうにかなりそう!?」っていう根拠のない楽観のほうが、よほど衛生的だ。


今思えば、友人はうつに近い症状だったのかもしれない。もしくはそう考えれば、「しかたなかった」とわたしも割り切れるかもしれない。でも、実際にアテられた期間はなんだかものすごく、つらかった。無性に不安だったし、つねに心に影が指す感覚がべとっとまとわりついていて、いやだった。


と、書き綴り終わったところであらためて願う。すべての妊娠出産育児が、おだやかにゆますように!祝福されますように!「なんとかなる」で、なんとかなってゆきますように!!

だって、じぶんのこども、もうはちゃめちゃにかわいいよーーー!!こどもは、いいぞ・・・

2017-02-06

舞台「孤島の鬼」2017版を観劇して

※私の答えが見つかったので、現在最終解答を書いています

ですが、この初見感想も非常に重要でしたので、是非お目通しいただいて推理の参考になさってください。



※表に出した最新考察と印象はこちら。初見感想の次にでもどうぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170209222825

http://anond.hatelabo.jp/20170212024356



夜明けて昨日の話。

推しの握手会が思いの外さっくり終わり、通りすがりのご夫婦に推し布教も楽しくできて、気力と時間が余ったので当日券でレッドシアター行ってきた。



とても面白かったのだけど、なんかこうすごくもやっとする原因を掴みたくて、江戸川乱歩原作の方の感想を漁り、こちらのブログに辿り着いた。

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

こちらを拝読してめっちゃスッキリしたので、スッキリしたこと前提に感想を書く。

ネタバレしまくるし、恐らく原作既読でも舞台観劇の方は先に舞台観た方が絶対面白いだろうから観劇予定のある方は読まないでくださいね



まず私がもやっとしたのが、「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」ということ。

こーゆー考察甲斐のあるタイトルや、善悪、美醜、世間自分の解離みたいなモチーフが出てくる作品だと、どうしても「果たして鬼とはなんだったのか?」と邪推してしまう。

そこでまず強烈に思い浮かぶのが主人公であるはずの『私』。

『私』役・佐藤永典さんのお人形のような美貌と、書いて字のごとく鬼気迫るお芝居、そして聞き慣れない失われた昔の日本言葉は、あまりにも『我々観客と同じ存在である共感し難い。

そもそも、主人公目線で語られる物語は、主人公感情移入させて物語に没入させることが狙いのひとつだろうに、全然『私』=箕浦感情移入できない。

ネタバレにならないことを祈って例を挙げると、演劇で観たことがあるミステリーだと『罠』『スリル・ミー』などが思い出される。)

これは『私』が作品の『語り部』であるため、強制的に観客が『聞き手』の役割を担ってしまうからでもあるかもしれないけど……

それにしたって、締めの内容からしても物語の本題が「『私』と諸戸道雄」の関係に集中してしまってならず、

そうすると、田中涼星さん演じる諸戸の執着心のおぞましさに沿ぐわない清廉でどこか儚げな美しさが、彼の一途な愛を健気で尊いものに感じさせてきて、その愛情を受け入れない『私』が何か恐ろしいもののように思わざるをえなかった。

でも、それっておかしくね?って思って。

ホモフォビアを受けることへの同情というか、同性愛差別への嫌悪感も逆手に取られているような気がする。「理由はどうあれ女の子は泣かせちゃいけない」みたいな、ずるい構図が仕組まれているように感じる。

自分が恋をしてフラれた時のこと・恋されてフッた時のことを参照すると、

いくら思わせ振りだったとしても応えてくれない相手の方が悪者だなんて絶対に思えないし、

どんなに周りから薦められてもどうにも受け入れられない相手はマジほんと無理。

目線だって絶対許せない地雷カップリングというもの実在する。

から「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」であるとは、理性的には到底思えない。

でもじゃあどうして「『私』が鬼」だと感じるような作品に仕上げてしまったのか?

これが冒頭に書いた「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」というもやもやの詳細。

この感情原作に対して正当なのか? 舞台版という二次創作であるが故の解釈押し付けなのか?

という部分が気になって、ググって辿り着いたのが先ほどのブログ

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

Wikipediaに書いてあった、「陰獣」みたいな新作をとリクエストされて執筆されたのが「孤島の鬼」らしいというエピソードから勝手妄想して、

江戸川乱歩=諸戸目線で「創作された箕浦」が『私』なのではと解釈し、舞台版にめちゃくちゃスッキリできた。

諸戸道雄の死で物語が終わるのもさもありなん。

観客は真の主人公である江戸川乱歩(諸戸)に感情移入させられて、「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」だと錯覚してしまうのではと。

田中涼星さんの白木蓮みたいな美しく一切の嫌悪感を感じさせない諸戸は、きっと江戸川乱歩ブロマンス結晶として大正解

対する『私』がエゴイスティックに語れば語るほど、それは作者(江戸川乱歩であり諸戸)の恋の哀しみの深さ、恋情の深さを伝えてくる。

女性に執心する姿がなんか気持ち悪く見える・描かれるのも作者による悋気からだろうし、諸戸に対して残酷過ぎる描写は傷付いた作者本人が語らせてるからだろう。

『私』が歪であればあるほど、「箕浦にもどこか諸戸(作者)を愛する部分があってくれ」といった願いの叫びに聞こえる。

(観ていると「箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑が浮かんでならないのだけど、『白髪になってしまうほどの生理的な恐怖・嫌悪』という動かぬ証拠は、容疑を否定してならず、この辻褄の合わないミステリーももやもやの一つだった。)

メタ推理として「陰獣」を出したのも、江戸川乱歩自身による己の殺害物語カタルシスにあるように感じられたから。自身を不幸の中で殺すことで、遺された人間へ爪痕を残すという側面も含めてね。

(愛を願いフィクションを書き綴るのに成就させず永遠片想いとして殺す……って、個人的めっちゃ萌える。)

作者による「ぼくが考えた最高に美しく残酷箕浦永遠に愛してる)」ってやつ。考えたというか、「恋愛疑心暗鬼の中で見えていた箕浦」。

しかしそれが本当に『箕浦』のすべてだったのか?



舞台「孤島の鬼」(2017)では、語り部の『私』と『箕浦』を別の役者さんが演じている。

私は原作未読であるため、同一人物であるはずの二人を別々の人間が演じるということが奇策なのか妥当なのかわからない。

でも、配役を知ったとき

美少年役もまだまだできそうな童顔の佐藤永典さんが30代で老人のような白髪姿になった『私』で、

佐藤さんより身長も高く年上にだって見えかねない美青年石田隼さんが20代箕浦過去の『私』」を

演じることが疑問だった。

いくら『私』は外見が変わってしまったといえど、あまりにも二人の外見が似ていないこともあってね。

「もう一人の自分」みたいな表現が出てくる演劇はいくつか観たことがあるはずだけど、原作未読とはい観劇前に違和感を持ったことはなかったように思う。(まあ大体そういった存在物語の核心中の核心に触れるので、配役表から対の存在公表されてることは少なそうだけども。)

しかし『私』を『諸戸が想い描く箕浦』とすると配役がまあしっくりくるし、『本物の箕浦』と役者を分けたことが大発明のように感じられる。

舞台上には二人の箕浦が同時に立ち、シーンによって他者とのコミュニケーション表現担当者が変わるのだけど(どっちが台詞を言うか、みたいな)、

諸戸と出会い親交を深めた学生時代箕浦はずっと『私』(佐藤さん)が表現し、

諸戸と別離大人になり恋人の初代との出会いから箕浦石田さん)は登場する。

石田隼さん演じる箕浦は、佐藤さんの『私』と同一人物のはずなのに、鬼なんて印象もなく何故か善良な青年に感じられていたのだけど、『私』の方が諸戸(江戸川乱歩)の色眼鏡認識された箕浦なんだと思えばこの対比はすごくいい。

 

「『私』は諸戸目線で見えていた認知の歪んだ箕浦であるため、『私』の歪さから箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑を持ってしまうが、

事実として『箕浦』は諸戸に迫られることに身体変調するほどの生理的な恐怖・拒絶を示している。

(皆さんは自分の体が深層心理拒絶反応で意のままに動かせなくなったことがあるだろうか。私はある。手から全身が痙攣してゆき、これしきのことで動じるな止まれ意識しても震えがまったく止まらない。だから私は生理的な拒絶は動かぬ心の証拠だと考えている。)

箕浦』は諸戸の性愛を受け入れることはできなかった。

しか性的に愛されないことが、『愛されていない』ということなのだろうか?

必死に求めるあまり諸戸からは見えなくなっただけで、性愛ではないけれども某かの情が、性愛にも決して劣らない尊い愛が『箕浦』にもあったのではないか

そういった諸戸の盲点が、諸戸が『私』と会話し夢中になっている時の『本物の箕浦』(石田さん)にあったのではないかと、舞台演劇となり二人の箕浦が居ることで私は考え至った。



物語としての「孤島の鬼」の作者は諸戸(江戸川乱歩)だという解釈は私が勝手にしてるだけなので、舞台版が諸々の采配をこの解釈で行ったかはわからないけど、改めて『私』と『箕浦』の登場場面の違いを確認しながら観劇したら面白そうだなぁ!

より妥当なところの分裂理由として「箕浦二面性」はあるだろうし、じゃあそれぞれの境界線舞台版ではどこだと考えられているか読み解くのも面白い

作中に登場する双生児は境目が見えたけど、二人の役者に分けられた一人の人物のメスは何処に入ったのか。

うろ覚えだけど、諸戸の告白以降は『私』が箕浦として生きているから、舞台では箕浦と諸戸は一緒に天国に行けたのだ、な~んて解釈ハッピーだよね。

(どちらかというと、諸戸が悋気を持たなければ、欲を出さなければ、あるいは悪い男になれていたら、箕浦と一緒に天国に行けたかもしれないのに諸戸が鬼の箕浦を生み出してしまった…って自己破滅エンドの方が私は好きかな。まさに疑心暗鬼を生んだ、的なね。)

(報われず自分に追い込まれ破滅した美しい男性テーマ舞台大好物なんです。)



延々と箕浦組について語って夜が明けてしまったけれども、他の役者さんや演出表現もとても良かった。

諸戸の父親最期に対して、主人公である箕浦』の感情が語られず『諸戸道雄』の感想セリフとして発せられたのも、諸戸の父親を演じていたのがまだ30前半と『私』に近い年齢の美しい河合龍之介さんで妖しい男の色気を放っていたのも、「諸戸の主観こそが語り部の『私』」であったとするならよりしっくりくる。

父親の変貌は、絶対他人箕浦よりも諸戸の方がショックな出来事だ。

父親越えなんてテーマもよくあるほど、子供から見た方が親はより巨大さ恐ろしさを増すし、親が壊れる様というのは「自分にも起こり得る恐怖」と「自分があれほど巨大に感じていたものとは一体何だったのかという虚無」感がぱない。私も父親経験たからわかる。

河合さんの怪演は本当に感じるものが多くあった。



舞台というもの面白いもので、同じ現実を同じ密室複数の人々と同時に別々の目線位置角度(物理的な意味で)から観測するものから

書籍映像物語を鑑賞する以上に「他者が見ていない『自分視点』」が感想を述べる際にものすごく意識される。

たとえ自分複数人居たとしたって、観劇した感想は同じにならない。

演出による印象操作完璧に同一にはできない。(それをぶち超えるクソチート暗殺者が『音楽』だと私は考え重要視しているけど、それはまた別の話)

から舞台は観るだけでも楽しいし、感想を言うのも聞くのも他メディアの何倍も楽しい



そんな訳でこれらの感想はすべて《私》の主観しかなく、原作者スタッフキャストが込めた意図真相はわかんないんですけどね。

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」、とてもよい観劇でした。

2017-01-17

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(後編)」

前回の続きで、そちらをあらかじめ読んでいること推奨。

もっと主観バリバリ、かつ雑に展開させた方が読んでいる人たちもツッコミやすいし、筆者も書くの飽きてきたので今回はもっとキトーに書いていくことにするよ。



食とどう関わっていくか

食に関することは基本的に作るか、食べるかだけれども、細分化していけば目の付け所はいくらでもある。

要はコンセプトによる差別化だ。

胃弱メシ』は胃が弱い人の、『女くどき飯』はデートでキメるとき

将棋めし』は将棋で勝つためのゲン担ぎといったように、「食とどう関わっていくか」ということも差別化の一つともいえる。

目玉焼きの黄身 いつつぶす?』や、『食の軍師』などといったように食に関する独特な拘りを主体にしたものもある。

他には、食べ物自体は絡むものの、その他の要素に比重を置かれているパターンも。

まり食を舞台装置としてどう機能させるか、ということ。

定番なのが人間ドラマで、『ゆきうさぎのお品書き』や、前回挙げた『甘々と稲妻』などはその傾向が強い。

料理やそれを食べる要素は必ずあるものの、それによって紡がれるドラマ主体なのだ

これはどちらかというと帰結ともいえ、食べ物のものエンターテイメント性の弱さを補完しようとすれば、過剰な演出を除けばストーリーやコンセプトに目を向けることになるのだ。

その点では『ゴールデンカムイ』もその要素を持つといえるが、これをグルメ漫画認識している人は少ない。

バトルやドラマコメディなど、主体となる要素、テーマが他に多くあるからだと思う。

では、食の要素を持ちつつ、食漫画認識されにくいものには他にどのような例があるだろうか。



破壊

完全な持論だが、それは茶化したり、弄ぶことによる“破壊系”だと思う。

代表格は一部の「料理バトル」モノで、過剰な演出エキセントリックプロットを突き詰めていく過程で真面目に食べ物調理を扱わなくなった。

数年前だと『マジカシェフ少女しずる』という漫画が印象的である

最近だと『人魚姫のごめんねごはん』という漫画ホッテントリになっていて記憶に新しい。

ディズニーアニメの『リトル・マーメイド』でコックが魚を料理する歌があるのだが、架空の設定で見方を変えさせることで、印象を鮮烈にするというのは手法としてある。

まあ正直ここまでくると、食が関係していてもグルメ漫画というよりはコメディ漫画寄りだから、今回の話で扱うのは趣旨がズレているかもしれないが……。

主張したいのは個人的にこの“破壊”を許容されることで発生する、ジャンル多様化もあるのではないかということだ。

まり破天荒さ」と「グルメ」を両立しているにも関わらず食漫画としての体裁を保った、そんな奇妙な読み味の漫画たちである



空想

グルメ漫画ほとんどは現実世界モチーフにしていることが多く、料理もまたそれに準拠している。

読者に料理イメージをしやすくさせるためだ。

だが、それに拘る必要がないのではと思い始める作品も出てくる。

例えば『異世界駅舎の喫茶店』、『信長のシェフ』などといったように、舞台を別の世界にしたもの

料理を食べる登場人物人間ではない『クミカミカク』など。

しかし、食べ物まで空想産物にした代表格は『ダンジョン飯』だろう。

RPGに登場しがちな空想の生き物を材料に、大真面目に調理工程が描かれるのである

以降も異世界架空の食物を扱った『幻想グルメ』や、妖怪材料にした『美味しい妖』などの作品が続いていく。

もはや食漫画は、舞台調理工程登場人物食べ物あらゆるもの多様化したのである

だが悪くいえば、ほぼ手垢まみれの状態となりつつある、ともいえる。



マンネリ

さて、そんな食漫画に、現在マンネリ感は漂っているか

結論からいえば「まだ気にする段階ではない」。

私みたいに食傷気味になっている人間ならまだしも、様々なジャンル漫画をそこそこ読んでいる人なら、一つのジャンルの隆盛などあまり意識しないだろうし、漫画自体をほどほどにしか読まない人なら尚更である

「こんなに食漫画があるんですよ」と挙げても、それらを全部読んでいる人なんてまずいないからだ。

そもそも現代漫画供給過多の状態なので、全体を見渡せば食漫画自体はそこまで多くはない。

ただ、私からいわせれば食漫画成熟の段階には入っていて、後は発酵するか腐敗するかじゃないかな。

……そういえば、『もやしもん』っていう醸す漫画もあったっけ。

2017-01-06

宮崎哲弥曰く現代選択性のコンテンツ個人自由によって逆に村化が進んで、

寓話伝説がそこからまれて居心地良く珍重されている節がある(意訳)、といっていて全くそのとおりだと思った。

日本人口が見る野球中継とか逆に絵空事になりつつ有るし、各人は分断化されたクラウドの中で暮らすようになっている。

一体誰がSteamの全傾向を把握し、Twitterの細やかないざこざを把握しているというのか。

要するにこれからは最も古臭い時代的な共同体社会還元されてゆき結果的効率的地域共同体に戻る可能性があるということ。

問題はその流れがネットだけで顕著だということかもしれない。

2017-01-04

職場の同僚に好きな女性がいました。私と同じ新卒入社女の子で、周りよりも落ち着いた雰囲気を持ち、それでも気持ち良く笑う、明るい女の子でした。

彼女と私はこれまで何があったというわけでもなく、ただただ同じフロアに机を並べ、仕事をし、たまにある同世代での飲み会では職場上司愚痴を言い合う、はたから見れば仲の良い同僚でしかありませんでした。



一度、一緒に外出する用事があり、二人ともそのまま直帰となった日、彼女からの誘いで夕食をご一緒したことがあります比較的早い時間、客先での用事を済ませ、二人で東西線に乗っているときのことでした。彼女から「疲れちゃいました。飲みに行きましょうよ。」と誘ってもらえたときは、電車内のこもった空気の息苦しさがたまらなくなり叫び出しそうになったほど、気持ちが高鳴ったことを覚えています。二人の乗り換えの駅となる飯田橋で降り、神楽坂の通りに面したお店で、二人でワインを飲みました。

彼女東京での生い立ち、学生時代の思い出などをひとしきり聞き、これまでずっと丁寧語だった彼女が、別れ際には「じゃあね」と言ってくれたことが、嬉しくてたまりませんでした。



同期の男から彼女が私の直属の上司不倫関係にあるらしいという噂話を聴いたのは、それからひと月ほど経った頃のことでした。

不倫という関係については、世の中で騒がれているニュースが時折耳に入ってくるという程度の印象しかなく、彼女のそんな噂話を聴いても、彼女に対する侮蔑の念は爪の先ほども起こりませんでした。



私はもう救いようもなく恋をしていました。



それからというもの、同じフロアに、彼女と、私の上司とがいる中で仕事をせねばならぬという状況が、いよいよ耐え難いものとなっていきました。

上司から仕事について指摘を受けるような場面があると、彼女の目が以前に増して気になって仕方がなく、上司の頭は頭に染み込まずただただ叱責を受けているということにパニックを起こしてしまいそうになりました。また上司を見返すつもりで取り組んだ仕事評価を得られたときには、必要以上に舞い上がってしまい、どうにも自身気持ち落ち着けられなくなってしまっておりました。

同期の男の指摘通り、上司が退社していくと数分後に彼女がいそいそと出ていく日が、少なくない頻度でありました。彼女が出ていったあと、残された(彼女意図して残していったというわけではもちろんありませんが)私は、残業どころではありませんでした。どこかのお店で以前神楽坂で飲んだ日のように、上司の前で酔っ払って顔を赤らめ、どこかの一室でスーツスカートの下に履いたストキングを降ろされている彼女想像するだけで、胸が引き裂ける想いでした。

私が何度となく想像した彼女の服の下、下着を取った彼女の白い身体丘陵、指を沈めるとそれを温かく受け入れるとろりと濡れた場所。そんな色々を今彼女差し出し、あの男は存分に堪能し、甘ったるい時間を過ごしているのだろうか。

そんな想像を、私は止める術を持ちませんでした。

想像力よ、お前は私に容赦をしない」

昔読んだ本にあったそんな一節を思い出したりしながら、進まない仕事を前にデスクで呆け、とがりきった自分気持ちがなんとか落ち着いたところを見計らい一人で退社する、そんな日々を過ごしていました。



しばらくはそんな毎日を過ごしていたのですが、彼女がある長い出張から帰ってきた頃から彼女らの関係に変化が見られるようになりました。

その出張の時期がきっかけであろうという自信はないのですが、ずっと見ていた私の目から見て、どうやらあの時期からであろうと思います。ある日、彼女がたいそうに目を晴らして出勤してきて、目に見えて元気のない日がありました。それから、示し合わせたかのように同じ時間に退社していく日もなくなり、同世代同士の飲み会でも彼女の出す話題には変化が見られ、また恋愛関係の話となったときに、少しだけ緊張がほぐれたような印象を、私は受け取りました。



彼女らの関係は終わったのだろうか。

そんな予感を少し感じるだけで、私の会社での生活も幾分平穏を取り戻してゆきました。

これから年末差し掛かる。またどこかで食事でもできないだろうか。

そこからまた始められないだろうか。

以前から、何が始まったというわけでもありませんでしたが、なぜだか私の心持ちはそんな風で、少し前向きなものとなっていました。



そんな頃、ある同僚の呼びかけで、同世代若者同士での忘年会企画されました。年末忘年会の重なる時期で、日程が仕事納めも終わった休業日にしか設定できず、集まったのは私と彼女含め数人での小さな飲み会となりました。

休みの日ということもあり、中目黒の外れにあるカフェバーに、開店とほぼ同時刻に入店しました。こじんまりとしたお店で、店員は二人しかおらず、客もまだ私たちグループだけのようでした。今時の洋楽が小さな音量で流れるこざっぱりとしたお店で、好感が持てたことを覚えています

最初飲み物の注文もそこそこに、彼女が手洗いに立ちました。その数分後、続いて私も尿意を感じトイレへと向かいました。そこは男女共有の個室で、その狭い部屋に入ってすぐに私が考えたことは、恥ずかしくも「つい先程彼女が使ったのだ」ということでした。私は立って用を足しながら視線を滑らせました。今は上げてあるこの便座に彼女腰掛け、ホルダーに設置してあるトイレットペーパー彼女は使ったのだ。誰にも覗かれることのない私のその思考は遠慮を知りませんでした。

ふと視線を下げた瞬間、私の心臓は一番の大きな伸縮をし、熱い血が全身へと駆け巡り、息が止まりました。サニタリーボックスが目に入ったのです。

まだ酔ってもいませんでしたが、頭に血がのぼった私は、躊躇うことをしませんでした。震える手をそれに伸ばし、つまみを持ち蓋をあけると、そこにはトイレットペーパーでくるめられたものが入っており、それを手に取り周りの紙を剥がすと、丸めテープで止められた紙ナプキンが入っていました。

私はそこで個室の鍵がかけられていることを確認し、便座に腰掛けゆっくりテープ剥がしました。これを開いて私はどうしようというのか、これまで見たこともない、血に染まったグロテスクものを見てしまっては、その衝撃が人生に大きな爪痕を残してしまうのではないか、そんな恐れのような感情が大きかったように思います。にもかかわらず、なぜ私は手を止めることができなかったのでしょうか。そのごわごわとした紙を開いてみると、少しの恐れとともに想像したような鮮血はなく、薄黄色に染まった濡れた箇所があるだけでした。

ショッキング赤色ではなかったことに安心すると、今度は自分の手中にあるそれがたまらなく愛おしいものに思えてきました。私はその濡れた箇所を自分の鼻と口とにつけ、息を吸い込みました。女性の秘部の香りが鼻孔を抜け、そこでしばらく止まった息を整えると、ゆっくりとその香りと味を味わいました。

そこからのことは、余り覚えておりません。このまま長居しては怪しまれてしまうと思い、それを元と同じように包んで箱へ戻し、自席へと戻りました。彼女とも二三言葉を交わしましたが、私の頭の中は先程の個室での光景で一杯でした。そんな上の空のまま宴も酣となり、会計を済ませ、次に会うのは年明けだね、良いお年をと言って、それぞれに別れました。



それからというもの、この年越しはあの紙ナプキンのことで頭が一杯なままでした。年始もろくに出かけることができず、自室のベッドに横たわり彼女彼女ナプキンのことを考えておりました。しかしながらいつまでもこうしているわけにもいかず、明日仕事始めとなります

明日出勤すると、新年の挨拶の飛び交う中彼女とも顔を合せます。おそらくその時も愚かな私は「もう月経は終わったのだろうか」などと考えてしまうのでしょう。

嗚呼、なんという2017年の始まりなのでしょうか。いっそこのままトイレットペーパーの芯にでもなってゴミ箱に放り投げられたい気分であります

2017-01-02

えーえんとくちから20

この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい

半袖のシャツ 夏 オペラグラスからみえるすべてのもの拍手

スライスチーズスライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」

ふわふわを、つかんだことのかなしみの、あれはおそらくしあわせでした

とびはねている犬 こども 全世界共通語 ねえ、ひかりましょうよ

そのゆびが火であることに気づかずに世界ひとつ失くしましたね

こどもだと思っていたら宿でした こんにちは、こどものような宿

ばらばらですきなものばかりありすぎてああいっそぜんぶのみこんでしまいたい

別段、死んでからでも遅くないことの一つをあなたが為した

白金ピアノにふれているゆびが、どうしようどこまでも未来

ひきがねをひけば花束が飛び出すような明日をください

すこしずつ存在をしてゆきいね なにかしら尊いものとして

つきつめてゆけばあなたがドアノブであることを認めざるをえない

よかったら絶望をしてくださいね きちんとあとを追いますから

ひだまりへおいた物語ひとつ始まるまえに死んでしまった

恋愛がにんげんにひきつかまえて俺は概念かと訊いている

いつかきっと正しく生きて菜の花和え物などをいただきましょう

生きてゆく 返しきれないたくさんの恩をかばんにつめて きちんと

それは世界中デッキチェアがたたまれしまうほどのあかるさでした

無題

わたしのすきなひと

しあわせであるといい

わたしをすきなひとが

しあわせであるといい

わたしのきらいなひとが

しあわせであるといい

わたしのきらいなひとが

しあわせであるといい

きれいごとのはんぶんくらいが

そっくりそのまま

しんじであるといい

---------

『えーえんとくちから』笹井宏之

えーえんとくちから20

・この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい

・半袖のシャツ 夏 オペラグラスからみえるすべてのもの拍手

・「スライスチーズスライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」

ふわふわを、つかんだことのかなしみの、あれはおそらくしあわせでした

・とびはねている犬 こども 全世界共通語 ねえ、ひかりましょうよ

・そのゆびが火であることに気づかずに世界ひとつ失くしましたね

・こどもだと思っていたら宿でした こんにちは、こどものような宿

・ばらばらですきなものばかりありすぎてああいっそぜんぶのみこんでしまいたい

・別段、死んでからでも遅くないことの一つをあなたが為した

白金ピアノにふれているゆびが、どうしようどこまでも未来

・ひきがねをひけば花束が飛び出すような明日をください

・すこしずつ存在をしてゆきいね なにかしら尊いものとして

・つきつめてゆけばあなたがドアノブであることを認めざるをえない

・よかったら絶望をしてくださいね きちんとあとを追いますから

ひだまりへおいた物語ひとつ始まるまえに死んでしまった

恋愛がにんげんにひきつかまえて俺は概念かと訊いている

いつかきっと正しく生きて菜の花和え物などをいただきましょう

・生きてゆく 返しきれないたくさんの恩をかばんにつめて きちんと

・それは世界中デッキチェアがたたまれしまうほどのあかるさでした

・無題

わたしのすきなひと

しあわせであるといい

わたしをすきなひとが

しあわせであるといい

わたしのきらいなひとが

しあわせであるといい

わたしのきらいなひとが

しあわせであるといい

きれいごとのはんぶんくらいが

そっくりそのまま

しんじであるといい

2017-01-01

五味須藤元気ときも別団体なのに「一緒に盛り上げてゆきましょう」とかいって須藤が慌ててフォローしてた。

今回も「魔娑斗が総合でやってくれると思うんで」、とか勝手発言してて全く変わっていない姿に微笑ましく笑わせてもらった。

相変わらず天然でいいなあ~あの人。

素人の見た小國vsグスマン

序盤からアウトボクサーの小國の動きが硬いように思っていた。どうにか入ってゆきたいグスマンは1R終了時に小國の懐に飛び込む。

これを景気としてグスマンは小國にテンポよく飛び込んでゆくようになり、小國の動きは相変わらず固いように思われた。

ところが後のラウンドで小國のボディが入り、グスマンが一度目のダウン。明らかに足に来ているものの焦らない小國。

ここ目で見た感じで、出入りをしやすくさせようとした、あるいは隙を狙おうとしたグスマンは小國の手で踊っていたという印象になった。

このグスマン、出入りにたびに小國にラッシュを掛け、失敗すると体力切れを起こしてノーガードになる、という悪い癖があった。

しかし反面黒人選手特有フィジカルの強さでさっさと回復するという荒業を見せつける。

この回復力故に小國はダウン寸前に追い詰められること二度、という窮地に立たされた。

しかし実は小國の動きの硬さにはもう一つ秘密があった。

8R終了時にあたりから明らかに動かされていたグスマンがスタミナ切れを起こしてきたのだ。

ここで小國が一挙に動き出してグスマンを畳んでゆくという構図も見えた。

それでもグスマンは終盤ラウンド付近ローブローまで、あるいはそれ以降でもパンチの手数が減らないというフィジカルぶりを発揮していた。

最初のダウンから小國が慎重だったのはこのフィジカルを見越してのことだったのだろう。ちなみにメンタルは小國のほうが強いと思う。



二人の戦略基本的に小國が出入りの中の一発を狙うことに対し、グスマンロシアンフック気味のロングフックを引っ掛けてまとめてゆく、

という好対象な内容だった。また途中ダウンも危ぶまれた小國は冴え渡るロープワークで相手ラッシュ翻弄していた。

ジャブ3発で目眩まししてコーナーから入れ替えるグスマン手法とやはり違って面白い

もう一つ何が面白かったかといえば、各人の中でラウンドの中から見える計画があって、それぞれの思惑で物語を作ろうとしているところだった。

結局それがいわゆる配分ということなのだろうが、自分にはまるでシナリオのように見えた。

2016-12-23

俺の主観で書いたインターネット文化流行歴史(2008〜2016)

2006-2007

http://anond.hatelabo.jp/20161223021717

2008年

・この頃にやる夫が出てくる

チャー研ブームNHKに取り上げられる

・「ニコニコ大会議2008」が行われる。

現在行われている超会議とは違い、Apple新製品発表会のような形式だった。

ぼっさん消える

MikuMikuDance公開

秋葉原通り魔事件

iPhone 3Gソフトバンクモバイルにより日本で発売

流行:「あなたとは違うんです」「ローゼン麻生」「ゆっくりしていってね!!!」「毎日変態新聞」「いいえ、ケフィアです。」「●●はわしが育てた」「ビッグウェーブ」

https://www.youtube.com/watch?v=ayPUF-AnoxQ

2009年

・「なんJ虐殺」発生。野球ch住民によりなんJ侵略され、今に至る。

のりピー逮捕

AYA STYLE

長島☆自演乙☆雄一郎K-1初参戦

流行:「お口の中がたかゆきでいっぱいだよお…」「裸で何が悪い」「白いクスリ」「※ただしイケメンに限る」「私女だけど彼氏の財布がマジックテープ式だった 死にたい。。」

2010年

1ch.tv消滅

ぼっさん生存確認

sengoku38事件

韓国から2chへのDoS攻撃が頻発。不幸にもデータセンター米国政府関係サーバが同居しており、CIAキレる

改正著作権法施行違法インターネット配信による音楽映像違法と知りながらダウンロード(複製)することが、私的使用目的でも権利侵害に。

流行:「エルシャダイ」「イカ娘」「本田△」「〜なう」「んでんでんでwww」

http://www.nicovideo.jp/watch/sm12664125

https://www.youtube.com/watch?v=pj2WS_vZJoY

https://www.youtube.com/watch?v=tKhbJNSX3UI

2011年

東日本大震災

バードカフェおせち祭り

トンボ鉛筆震災直後の新卒採用やらかし問題

47氏無罪判決が確定

・「バルス」でTwitter落ちる

地震ネット電気が寸断されたせいか2chニュー速から東北の県名が名前に入ってた人が消える

ジョブズ死去

Twitter日本語ハッシュタグ対応

照英コラ画像

・「ぽぽぽぽ〜ん」「まどマギ」「セシウムさん」「乗らなきゃこのビッグウェーブに」「スーパーで水を発見して喜んだら大五郎だった」「ひなた!膣内(なか)で出すぞ!」

https://www.youtube.com/watch?v=kB1Z-OAxD4g

2012年

アフィブログ軒並み炎上

2chが一部のアフィブログ転載禁止措置

這いよれ!ニャル子さん流行

・この頃から淫夢用語流行りだす

open2ch誕生

ヘイトスピーチ問題化

・完全勝利した淫夢くんUC

遠隔操作事件

虚構新聞記事「橋下市長、市内の小中学生ツイッター義務化」に釣られた人たちが原因で騒動

流行語:「ステマ」「アドセンスクリックお願いします」「嫌儲」「ホモォ」

https://www.youtube.com/watch?v=B66CU71Bf7A

2013年

47氏死去

2ちゃんねる個人情報流出事件」が発生

・この頃から2chの衰退がささやかれるようになる

Twitter犯罪自慢(バカッター)が社会問題化

ニコ動歌い手未成年女子と淫行で逮捕。「やばいと思ったが、性欲を抑えきれなかった」

・元NSA職員エドワード・スノーデンNSA個人情報収集手口を告発

Windows Live メッセンジャーサービス終了

LINE登録者数が1億人を突破

・「今でしょ!」「倍返しだ!」「駆逐してやる」「にゃんぱすー

2014年

2ch転載禁止を明文化する。

・Jimがひろゆきを追い出す

・「2ちゃんねるお家騒動」発生。字幕.in運営する矢野さとるによりopen2ch2chを追い出されたひろゆきにより2ch.scが作られ、以降2ちゃんねるは三つ巴の戦いになる。

・野々村議員の記者会見

HTML5W3Cにより勧告

・「がんばれ♥がんばれ♥」

2015年

海外掲示板reddit日本人利用者が増え始める

例の紐

東京オリンピックエンブレムパクリ疑惑に関連し、「ネット民」という単語TVニュース番組で取り上げられる

・オイルマッチ炎上配信。翌日消火器などの防災用品が飛ぶように売れる

2016年

株式会社はてな上場

はてな匿名ダイアリーが発端で「保育園落ちた日本死ね」が話題

PPAP流行

清原和博さん、オクッスリバファローズ入団

パナマ文書

今上天皇お気持ち表明

・「スズメバチには気をつけよう!」「ウサミンたいそう」流行

ポケモンGOリリース

[]双子小学生と付き合うとき

ツリ目で気が強くて、エッチ積極的タイプお姉ちゃんか、

たれ目で気が弱くて、恥ずかしがり屋タイプの妹ちゃんの、

どっちの処女を先に奪えばいいのかわからいから、ましろゆき

2016-12-15

人生みたいなスターバックスコーヒー

 自分の力量では思い通りにいかないことに直面したり、本当に欲しいもの代替品ばかりを掴まされて「自分が心から求めているものはどれだけ願っても手に入らないんだ」と思い知らされたりしたときに、ああこれはまるで人生みたいだなと、そう思う機会が多くなった。物事に折り合いをつけていくことの繰り返しは、豊かに生きていくための知恵だと思いながらも、いつか自分の首を絞めることになるのではないか不安に感じてしまい、それでも淡々と過ごしていくしかないことを、日常と呼ぶのだとして。



 全国のほとんどのスターバックスコーヒーがそうであるように、そこのお店にも可愛い女性店員さんがレジに立っていて、乃木坂46みたいだーなんて思いながらキャラメルマキアートシフォンケーキを注文した。

 正確な金額は覚えていないけど、確か税込854円くらいだったので、僕は千円札と一緒にいくつかの小銭を取り出し、端数分の54円を銀色のトレーに乗せた。

 乃木坂さん(仮名)は白く細い指で丁寧に小銭を数えてゆきはいえっと、千……、五十四円、ちょうどですね、頂戴いたします」と、とても明瞭で可愛げのある声で僕に告げた。

 千、五十四円、ちょうど。



 いや、待て。ちょうどじゃない。ちょうどじゃないぞ。

 854円に対して1054円を手渡せば、200円のお釣りが返ってこなければおかしい。しかし、ちょうどじゃないぞ、という自分の心の声はもちろん乃木坂さんには聞こえていなくて、彼女スタバ店員特有の得意気な笑みを浮かべながら、銀のトレーに乗ったお札と小銭を上手にすくい上げる。

 もし200円が返ってこなかったとして、金銭的な損失は別にいいんだけど、いや良くはないんだけど、それよりも「分かっていたのに指摘しなかった」という地味な後悔が残ってしまう気がした。そんなもやもやした気持ちを抱えてしまったら、きっとキャラメルマキアートの味だって変わってしまうだろう。誰だって、後味が悪くなるような余計なトッピングはしたくない。

 別のトレーに移し替えられたお札と小銭たち、さっきまで僕の財布で眠っていたお札と小銭たちが、レジの中に放り込まれしまうその前に、「ちょうど、じゃないですよね……」と指摘してみた。

 僕はそう言った瞬間、彼女の指はすでに100円玉を2枚掴んでいた。

 乃木坂さんはテヘッと笑い「あっ、はい、そうですよねすみません」と言って僕に200円を手渡した。

 「ちょうど」と言ってしまったと自分でも気づいていたけど、細かいことなのであえて言い直すことはしなかった。という一連の彼女思考が、彼女の反応を見てすぐに理解できた。

「いえいえ……w」と笑いながら200円を自分の財布をしまい、「端数がちょうどだったので、つい言ってしまいました……笑」という乃木坂さんの言い訳を聞きながらシフォンケーキを受け取った。

ナイスつっこみ、ありがとうございます笑」という、接客マニュアルには絶対に載っていない絶妙フォロー一言を添えられて、僕は笑いながら赤いランプの下に向かい、別の店員からキャラメルマキアートを受け取った。



 座席に着き、キャラメルマキアートをすする。12月も半ばを過ぎて、はあーと白い吐息が冬っぽくて。人生みたいだとは別に思わないけど、こういうやりとりの積み重ねが愛おしくて仕方ない。

ナイスつっこみ、ありがとうございます」という彼女言葉が、なにか性的意味合い暗喩だったらいいのにと、自分でも呆れるくらいくだらないことを考えながら飲むキャラメルマキアートはとても甘かった。

2016-12-13

http://anond.hatelabo.jp/20161213172132

本当に悪いんだけど、定義のもってゆき方とかレッテルの張り方とかレベル的に大差ないので。

自分で高脳ちゃんとか言われたなんて喜んでる場合じゃない。阿呆認定ですよマジで

2016-12-04

点鬼簿


 明日は、父の命日だ。

 この時期になると、決まって思い出すのはあの凍えるような日のことである

 前橋の端にある大きな病院の一室で、父は亡くなった。

 その最後家族に見守られて、幸せそうに見えるものだったろう。だが、私は父の臨終に際して泣き喚く連中に対してこう言った。

「うるさい」

 それは、私自身の本心から気持ちでもあったし、おこがましくもあの時ばかりは父の気持ちが乗り移っていたように感じる。

 父は、恐らくは静かに逝きたかった筈である。たった一人きりで。大好きな音楽を聴きながら。大好きなものたちに囲まれながら。一人きりで何にも悩まされることなく、穏やかな気持ちで逝きたかった筈である

 決して大勢の者に無様な姿を見られながら、本心から自分を思っての為では無く、自分を失うことで自身が悲しいだけの人間たちの声を聴きながら、彼岸になどゆきなくなかった筈である。だから、私は泣かなかった。決して声を上げたりしなかった。

 せめて、私だけは静かに父を見送りたかったのだ。それが、父に対して出来る最後の最善のことだった自負している。

 私と父は、実の家族であるのにほとんど会話らしい会話をした記憶が無い。それは、父がワーカホリック帰宅時間も遅く、多趣味休日ほとんど家に居なかったかである

 もう一つの理由は、私たちが仲良くしていると母が機嫌を損ねるからである。今から思えば、一体何を危惧していたのだろう。父を早くに亡くした母は、年の離れた夫に父性見出し求めていたのかもしれない。ならば、同じ女である私は父を自分から奪う泥棒猫のように見えたのだろう。ゆえに私たちは違うところで繋がる他なかった。私の嗜好するものは、父からの影響も少なくなかった。私たちは一緒に過ごした時間は少ないけれども、確かに繋がっていた筈である。今は、そう信じたい。

  人というものは必ず死ぬものである認識したのは、愚かしくも成人してからである

焼いてしまった人が、こんなにも軽くなることを知ったのも、大人になってからである

大柄ではなかったが身長の高かった父の骨は骨壺に入りきらず、斎場の人が潰して入れ込んだ。あの「ぐしゃり」としたなんとも形容しがたい音が、今も耳から離れず時々思い出したかのように耳鳴りがする。ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。駄洒落ではないが、骨のことは舎利ともいう。ものが潰れるさまという意味らしいが、案外ここから来ているのかも知れないなと思った。

 

 私は時々夢想する。自分の死に際を。自らの葬列を。人の居ない寂しい葬列を。青白い顔に施される薄化粧を。痩せ細った身体に着せられる死に装束を。棺に押し込められた色鮮やかな花々に埋め尽くされる自分を。私は、夢想する。自分の、死ぬ時を。

 いつか自分が死に、焼かれた骨が潰される音も、父と同じ音でであると願いたい。

 ぐしゃり。また、あの音が聞こえる。明日で、もう四度目だ。

 「お父さん、貴方人生幸せでしたか?」

 私は小さくそう呟くと、煙草に火を付けた。あの凍える空に昇っていった父の残滓は、今どこに在るのだろう。私は、誰の為か分からない涙を少しだけ流した。


 

2016-11-20

北條リン物語

映画この世界の片隅に」を見てきた。

私はこの原作である漫画が不朽の名作であると思っていて、それを2時間の間口の広い映画として結実させた片渕監督は素晴らしいし、

映画は大変な傑作であるなと思いながらも、原作ファンとしてやはりどうしても白木リン物語割愛されていることが残念に思う。

そして、こちらのブログを読んで、ユリイカを買ってきて読んだ。


ユリイカこの世界の片隅に感想 【片渕監督の込めた「すず」という少女への愛】

http://www.club-typhoon.com/archives/8332896.html


短く綴られた理由にとともに

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「そこをつくらないと話にならないよ」って文句を言う人が出てきて、また続編をつくれるかもしれない(笑)

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という一文があった。

そうか、そうであれば存分に、めんどくさい原作ファンとして「話にならない!」と言わせてもらおうと思う。


以下、原作映画ネタバレどころか個人的妄想まで含まれるので、未読・未見の方は読まないことをお勧めします。


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すずは、絵を描く人である

基本的にはおおらかで、健やかな人であるけれど、少しぼんやり天然なところがある人として描かれている。


たぶん絵を描く人には同意してもらえると思うけど、絵を描くのが好きな人の一部は、現実自意識の間に透明のキャンバスというかレイヤーを持っていて、現実をそのレイヤーを通して見ているようなところがある。

それがない人と比べてほんのわずタイムラグがあったり、レイヤーおかしな働きのせいで見えている世界が違ったりすることがある。

ただ、それは彼女現実直視できないということではない、表には出さないがむしろ人一倍繊細に世界を感じる感受性を備えているのである。そのことは波のうさぎや白木リンとのエピソードなど、随所に現れていると思う。


そして、この物語の影の主役「白木リン」。

ほんの少し運命が違えば(具体的には周作の母が足を悪くしなければ)「北條リン」であったかもしれない女性である


周作はどうやら上官の付き合いで遊郭にあがりリン出会い、そして良い仲になった。ただ、おそらく身請けのための支度金の問題や、親族の反対にあい、そうこうしているうちに母が足を痛めたために、家に女の働き手がどうしても必要になった。そこで周作は「幼い頃出会ったあの女性であれば」と無茶を言ったのだと思われる。半分以上、探し出せなければそれでよい、という気持ちもあったのではないか

それがすずに対し後ろめたい北條家の秘密であり、何も知らずそれを受け入れるすずに対する周作の姉、径子の苛立ちの原因でもあっただろう。

径子は、おそらくそ性格からしてこうした企みに反対だったのだろうと思う。(映画の径子は本当に良かった)


結局のところ、原作においてその秘密はバレるのだが、すずは「代用品」であったことをただ心にしまう。

それはのちに明らかになる、すずにも水原に対して秘めた思いがあったことと対となっている。

けっきょくそれは周作とすずの初めての喧嘩、という形でお互いに秘密をかくしながら本音晒すという場面に行き着く。

それまでのすずはどこかまわりへの遠慮や壁を感じさせるところがあったが、それ以降、すずはリンに(周作がどうやらリンの嫁入りのために準備した)リンドウの茶碗を渡すまでに強くなる。この場面、そしてそのあとの桜の中のすずとリンは本当に美しい。


その後のリンとすずの交流は微笑ましくも緊張を孕んだもので、戦火が激しくなってくる状況と相まって本当に言葉にならない。家と家族をめぐる問答など、これらの場面はやはり2時間映画に収めるにはあまりに複雑で美しくも悲しく、どうやっても難しかったと思う。

ただここにこそ、この物語の奥深い、それでもこの世界の片隅に生きていかねばならない悲喜こもごもの、この物語の核があったのではないか


舞台である戦時の状況はより深刻になってゆき、やがて大きな悲劇がおきる。

映画はそこにフォーカスをあてて、話をわかりやすく整理している。それはおそらく興行として正しく、そして映画から原作へというルートを大きく開いているのだろう。それはおそらく、成功している。


ただやはり、原作読了したあとに、北條リン水原すずだったかもしれない「もしも」を思いつつ再読した時に感じた、大きな驚きと感動につながっている部分、それが映画にないことが、私はやはり残念でならない。


エンドロール原作に近しいコマ形式の紹介はあったし、おそらくそれは「ゼイタク」な話なんだろう。

ただ、私はやはり「この世界の片隅に」には白木リンエピソード必要で、文字どおりそれがないと「話にならない」と思う。


私はこの作品が大好きで、映画も素晴らしかった。この素晴らしい作品が、この世界にあってくれて良かった。

ただ、やはりこの作品映画から触れた人は、原作も是非読むべきだと思う。ぜひ、リンさんの強さと美しさに触れて欲しい。

まりですね、第二回クラウドファンディングまだっすか?

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