はてなキーワード: 新聞記事とは
自分は今40代半ばだけど、小学生の頃は周りに戦争経験者はたくさんいたはず。
でも戦争体験を聞いたことがない、いや正確には子供が聞いてはならない事と感じていた。
うちのおじいさんも戦争に行ってた、でも詳しく聞いたことはない。
聞いてみたいという思いはあった、でも聞けなかった。
でも何で聞いてはならないと感じていたのだろう?という疑問に、
一つの答えを出したのが確か朝日新聞。当時問題になった記事があり、
その取材を受けた人は数百人に上り、記事になったのはその中の数十人、
要は敵兵をどう殺したのか、という事も含めた記事。
みな、どこにでもいる様なおじいさんの姿がある。
もちろんみな、悪意や個人的な恨み、勝手な自己都合ではない、国の為であり、
でも、人を殺したことがある人が、当時日本にはそこら中に居た、
その新聞記事も問題になった理由は「ほじくり返すな!」だった記憶がある。
うちのおじいさんが人殺し、家庭内でもそんな風にとらえてしまう人が意外と多かったのかもしれない。
うちもそうだったのかもしれない。
なんか高齢者は自粛せずに若者ばかりに自粛を呼びかけている!という言動が散見される。
医師であっても、高齢者医療の実態を知らない小児科医などが、自粛すべきは高齢者だろう、子供の権利を守れ、とか言ってしまう。
だけど、高齢者など高リスクな人々は、すでにに若者よりも自粛して対策してないか?
もちろんネットでつるし上げ食らうような外れ値の馬鹿は一定数いるものの、絶対数では少ないのではないか。
これは高齢者の情報がネットに載りにくいためだと思っているのでちょっと書いておく。
介護施設・病院やサークルなどの規制で、すでに強力な規制がかかっている状態だ。
高齢者やリスクの高い人たちはずっと強いレベルで対策をしている状態になっている。
一方で、一般の人たちは違う。
一般の人たちは、一律に強い自粛をする必要はなくて、行動を変容させるだけでよいので、やめてほしい事を細かく伝えられている。また絶対数では一般の人の方が多い。そのために一般の人たちに向けたメッセージばかりが出ているように錯覚するのではないか。
学校も、修学旅行が中止、運動会が保護者MAX2名で飲食不可、文化祭外部公開は中止、といった影響はあるものの、まぁ今のところその程度だ。もちろん公園閉鎖などもない。
市井感染が広がってしまっているところは、一般の人たちへの要請はさらに強いと思われるが、それはこの程度の自粛ですむようにコントロールができなかった事が原因だと思う。
ところが、高齢者や高リスクの人々向けの施設では全く様相が異なる。多分これは都市部で感染が広がっているところでも似たようなものではないか。
以下の条件が一つでも当てはまる場合には隔離されて特別処理となる。
入り口で問診コーナーがあって一通りチェックされることに。持病の定期検診とかだと、該当した場合、薬だけ渡して診察なしという場合もある模様。
これが何を意味するかというと、高リスクの人がいる家では、帰省されたら介護サービスが利用できなくなるし、病院にもうけられなくなる。
高リスク者は何か体に不調があったりするから高リスクなのであって、これらの社会サービスが受けられなければ生きていけないと言っても過言ではない。
なので、かなり強い強制力を持ってすでに自粛になっているということ。で、リスクが高い人はそれが自分を守るためだと知っているから、素直に従う。
故に、行政が頑張って広報したりしなくてもよいので目立たないだけなのだと思われる。
https://digital.asahi.com/sp/articles/ASN8971TYN7VUHBI00T.html
環境学者で、科学に対する懐疑主義の研究をするダナ・ヌッチテリさんによると、科学への懐疑論は次のような5段階を経て進行する。まずは、「地球温暖化はない」などと、否定から始まる。次に「中国の方が温室効果ガスの排出が多い」などの責任転嫁が始まる。しかし、これでは問題が解決せず、「気候はいつか戻る」という矮小(わいしょう)化につながる。危機が認識されても「温暖化対策には巨額の増税が必要だ」などと、代償が大きすぎるという批判が起き、最終的には「すでに対策は手遅れだ」という悲観論に行き着く。
「否定」→「責任転嫁」→「矮小化」→「対策の代償の批判」→「手遅れの悲観論」という進行は、新型コロナをめぐっても起きているが、地球温暖化などと比べるとスピードがはるかに速い。
高齢者や高リスクの人々が悪い、彼らだけ自粛すればよい、というのはまさにこのパターンに陥っている。
自分がかかったら死ぬという人は当然対策をしているわけで、その結果が、第二派の若年層を中心とした感染状況だ。
この状況で数を少なく抑えられれば、よかったのだけれど、都市部では爆発的に増えてしまった。だから高リスクの人だけが対策するだけでは問題は解決しなくなってしまったのが現在の状況なので、安易に悪者を作って溜飲を下げるのではなく、現実を直視して向き合ってほしいと思う。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kyoto-np.co.jp/articles/-/326120
先発ブコメが「何が問題なんだ!」と頭沸騰してスター集めながら、後発ブコメで「いや私有地だし」と先発ブコメを責めるものが散見されるようになってる。
Webアーカイブで見比べてもらえれば分かるが、原因は「アクタージュの件」と同じで、アップしてしばらく経った後で、大文字の点火場所は私有地だという一文が記事に追加されているのだ。
登山道として開放されているにしても、大文字のいたずらをさせるために開放しているわけではないので、不法侵入で警察沙汰にすることも可能なのではないか。
先発組は、「私有地って重要な情報をあとから追加するなんて京都新聞はずるい!」とブーたれるかもしれないし、その文句がでるのもしょうがない面もあるかもしれないが、ただ他のブコメに書かれている通り「大文字のいたずら」には阪神ファンの前例があり、少しネットを調べれば、その時の新聞記事を読むことができ、いたずらの場所が私有地であることを知ることもできたはずなのだ。ブーたれるのは甘えでは、という残念な事例だと思った。
ちなみに「京都の大文字焼きが過去にいたずらで『犬』にされたことがある」ってのは都市伝説っぽいですよ。京大生の噂話ばかりで当時の新聞記事の紙面とか全く見つからないみたいっす。『犬』の大文字焼きを見た!というのは秋田の大文字と間違えてないですか?
関連(書いた増田は別人です)
https://anond.hatelabo.jp/20200808182056
今日のモーニングショーで取り上げられてたけど、地元警察はただ明かりを灯しただけと見なして捜査には着手しない方針だと放送されてました。土地の所有団体が正式に不法侵入の被害届とか出したらまた捜査するか考えるのかもしれないけど、阪神マークの事案でも事件化されてないから、そこまではやらないだろうな。
少し前のことになるが、某新聞の投書欄に投書を行ったことがある。
送ってしばらくして採用の電話があり、主題についてのヒアリング(あなたは誰でどう感じたか)と、内容を構成し直すという連絡があった。
記者さん(若い方)の話を伺って、新聞記事――特に投書欄などを読むような年齢層にむけて――は「ストーリー」が重視され、そのほうがわかりやすいんだろうと感じた。そして自分の送った原稿はそれにそぐわない(客観的に見ても読みづらい)のだろうと思い、構成変更を了承した。
その後、掲載前に修正後の原稿を頂いた。初めに自分の属性と主題に関するお気持ち(感情)があり、内容としては外れていないものの文章は書き直しといっていいものになった。エビデンスよりもストーリー重視の投書に仕上がっていたのだと思う。
まあ内容が真逆にならなかったという意味では言及先の増田さんとは異なるが、単に私と記者さんとの間でストーリーのベクトルがさほど違わなかったのかもしれない。
新聞にはストーリーがある。それは私の考えていた、事実を客観的に伝えるという報道の在り方とは少しずれているということなのだろう。
ピストル持ってて変装して敵国敵組織に潜入して銃撃戦するようなのはいません
しかし
・表向きは外国で大使館職員しながら任地の新聞記事を大量に集める人
・表向きは外国で商社員をしながら私的人脈で集めた話を大使館員にたれ込む人
・バイトで政府機関の下請けをしながらハッキングで情報を集める人
向こうには「社交界」というものがあるので、セレブの集まりに参加して
それとなく王侯貴族の裏事情とかを聞き出すのがスパイの仕事だったわけで
つまり軍人がやる武闘系の仕事ではなくコミュ力重視なデスクワーク系の仕事だったのです
実際、CIAの前身になったOSSの創設者ウィリアム・ドノバンなんて
とにかく
日本では明治期以降、後付けで欧米の諜報活動の外形の真似事だけ取り入れたから
そうよ。
元増田はテレビやネットで「議員が地方議員に金を配ること」自体が犯罪や買収だと思ってる人たちが多いから、それは違うよって内容よ
実際にわたしが見たテレビのワイドショーでも「当選祝いや陣中見舞いとしてなら収支報告してれば合法」ってことを一切伝えない番組が多かったわよ
そのせいでTwitterや5chの投稿も「配ったらアウト」と思い込んでるものが多かったわ
でもそれは違って「配ったら即アウト」じゃないのよね
「妻をよろしく」程度もアウトよ
でも言った言わないは口裏合わせられたら終わりだし今までの政治とカネ疑惑もほとんどが収支報告書を訂正して済んでるわよね
今回検察が逮捕するわよと判断したのは、・わずか半年間に、・3000万円超の金額を、・100人以上に配った、・領収書も求めずに、という異常性からだわよね
今の時代そんな政治家は自民党でも他に聞かないからこそ党内からも「おかしいわよ」って声がたくさん出てるのよ
しかも前大臣も奥さんも「安倍総理から」「二階幹事長から」って断って配ったそうじゃない
河井夫婦は「検察に領収書を全部押収されたから去年の収支報告書出せない」とか言ってるって新聞記事を読んだけど夫婦がどうやって収支の辻褄を合わせようとしているのかは興味あるわ
新型コロナウイルスの影響で、どの電車も窓を開けて走るようになったわけだが、気候が良くなるにつれ、その開き方もだいぶ大胆になってきた。
初めは、車両端の何枚かの窓が、上の方だけ申し訳程度に開いているだけだったが、今や、あらゆる窓が全開になり、走行中の風の吹き込み方には恐怖を覚えるほどである。
例えば、新聞を読んでいたら、手から吹き飛びそうなほどだ。というか、実際に飛んで行ったのを見たことがある。車内を紙束が舞うというのは、コロナ以前では考えられなかった光景であり、ある種のファンタジーさえ感じてしまった。
そうして、恍惚にしばし酔っていると、落語のような呼応として、隣の車両から週刊誌が飛んで来ることになる。それは丁度真ん中あたりのページで開かれており、蝶のように片半分ずつを揺らしながら舞っていき、寝ているおじいさんの頭に乗る。カツラのようである。
もちろん、電車からは何物かが飛んで行くだけではない。洗濯物が飛んで来て、網棚の忘れ物のレパートリーが増える。駅弁が飛んで来て、ちょうどいい旅のお供になる。桜の花びらが飛んで来て、その速度と居なくなったあの子に思いを馳せる。そして、黒いカラスが飛んで来て、寝ているおじいさんの頭に乗る。カツラのようである。
つまりは、乗客全員が一つのコントを演じているような錯覚を覚えたわけだが、思えば「嵐は愛に気づくために吹いてる」のであり、全開の窓から吹く強風の恐怖感は、乗客同士にそれに打ち勝つだけの連帯感をもたらしたのだろうと、ひとり納得する。
とにかく、そんな微笑ましい通勤風景が垣間見られるようになった電車の様子を、通勤自粛により電車に乗り損ねている皆様にありのままレポートしたわけだが、これを聞いて、これが満員電車に戻ってしまったらどうなってしまうのだろう、と思い悩むのはもっともなことだと思う。
ちまたでは、人が増えればコントの幅が広がるのでますます楽しみだという素朴な意見がある一方、換気の問題は非常に心配であり、換気機能をさらに良くするため、扉も開けっ放しにすべきだという素朴な意見も出ているようだ。
よく考えたら、電車はジェットコースターよりもスピードが出ているわけで、そんな中、平然とスマホをいじったり、寝てたりするって改めてスゴいことだなと、窓が全開するようになって思ったわけだが、扉も開けっ放しになれば、そのことはなおさら痛切に感じられるのだろう。
例えば、急カーブのたびごとに扉から落ち、また乗り直す間に遅刻する社員が増えたと憂える新聞記事を読みながら、「新聞って、本当に有ったことを書いてるんだな」とか言いつつ、風吹く電車の手すりに一生懸命しがみつくことで、このしがないサラリーマンにも、新聞の記事に対する共感を覚える日がようやく来るのだろう。
そうなったら、通勤電車もSFの素材になれそうだ。車内を舞う週刊誌に比喩が籠められる日も遠くはない。おじいさんもまもなく目を覚ますだろう。そうして、ファンタジーを帯びた満員電車に戻る日はいつなのだろう。早く満員電車に乗ってみたい。
2年ほど不安感と入眠障害で通院しているが、自分の話し声を聴きながらだといつのまにか落ち着いて眠れることに気がついた。
ツイキャスやラジオトークなどのアプリを使うようになって、聞き返したのがきっかけだ。
それまで軽度のどもりや滑舌の悪さが嫌で、自分の声などとても聞きたいと思うことはなかったが、自分の音声なんかで寝れてしまってからは、眠剤でたまにある昼間の眠気から解放される嬉しさから、日記をボイスメモで録ったり、新聞記事の音読を録音したりして、せっせとデータを貯めている。
早く喋ることが苦手なことから、きっと眠くなる効果があるのかもしれないと思っている。
音読を始めてから、心なしか普段から感じていた、頭の後ろがもやもやするような不快感も薄くなった気がする。
今まで無駄にした病院での待ち時間は、やる気のなさそうな医者との会話は、安い賃金から捻出していた病院代はなんだったのか。
速水 融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ―人類とウイルスの第一次世界戦争』
日本で猛威をふるったスペイン・インフルエンザ(現在のインフルエンザ)について、各地方の新聞記事を基に当時の様子を詳細に記述している本を読んだ。
スペイン・インフルエンザを新型コロナと重ねてみるには、最も参考になる本。
テレビで『感染症の世界史』が紹介されることが多かった(文庫本なので手に取りやすい)けど、あっちはウイルス学的な紹介なので、当時の社会情勢を知るにはこっちの本のが当たり。
著者によれば、スペイン・インフルエンザの流行は世界的にも「忘れられて」おり、その記録は数えるほどしかないという。
記述からも、統計上の数値からも、当時のスペイン・インフルエンザは猛威をふるい、日本史上に大きな傷を残したはずなのに、なぜわれわれの記憶に残っていないのか?
新型コロナの流行の先を予測するためには、スペイン・インフルエンザの流行の様子を知ることがまず第一に重要ではないか。
スペイン・インフルエンザ流行時も、学校が閉鎖され、社会インフラが麻痺し、火葬場に棺桶が溢れた。
ひとつは、スペイン・インフルエンザの流行時、学校閉鎖や社会インフラの機能停止は、感染した結果人がいなくなり生じたものであり、予防のためにあらかじめ閉鎖したものではないということ。
劇場や社交場の閉鎖は行われたが、感染症の原因も不明であり、学校は4日~2週間の休校で再開していた。
感染症の感染拡大を予防するために社会機能を停止させたのは、新型コロナが史上初めてではないか。
ふたつは、スペイン・インフルエンザは多くの日本人が感染し、前流行と後流行があったが、前流行で感染し抗体を得たことが後流行の感染率低下となったこと。
日本において、新型コロナはほとんど伝播していない。外出自粛により感染拡大よりも予防が勝った。
スペイン・インフルエンザと同様に、前流行の後に後流行が生じたとして、前流行による抗体が獲得されていなければ、同様の被害を得るのではないか?
前流行と同様の対処で乗り切るのであれば、後流行でも社会機能を停止させ、外出自粛により感染予防に努めることが必須となる。
感染症と対峙した際、予防するか、抗体を得るか、どちらかしかない。
あるいは、徐々に抗体を得ていく方針なのか。新型コロナにおける外出自粛は、医療機能の崩壊を防ぐことが第一であり、新型コロナにかからないためではない。
一過性の激しい流行ではなく、慢性的な感染により、医療機能を崩壊させることなく一定の感染を得て免疫を獲得することが目的なのかもしれない。
しかし、感染症である以上、また史上最も人口密度が高く人類の移動もより広範囲・高頻度で行われている以上、そう簡単になだらかな感染が起こりうるのか?
一度発生すればまたたくまに広がる恐れがある。
みっつ、スペイン・インフルエンザと新型コロナではウイルスの種類が異なる。
スペイン・インフルエンザはインフルエンザであるので、季節性がある。
前流行と後流行も、約1年の間をあけた同時期のものである。気温や湿度の影響を多大に受ける。
おかげで収束したともいえる。
新型コロナが季節の影響を受けるのかは、未知であり、はっきりしない。
東アジアとアメリカ・ヨーロッパでの毒性が異なるのは、ウイルスの株が違うのではないか(何らかの変異があったのでははないか)という可能性があり、ほかには、季節性や環境、生活習慣の影響が考えられる。
スペイン・インフルエンザよりは毒性が高いが、無症状の患者も多い。死亡する年代も異なる。
新型コロナについては、まだいずれも判明していないが、数年後には明らかにはなるだろう。
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スペイン・インフルエンザの事例を受けて、新型コロナを見て思うことは
人類史上初めて、社会機能を停止させてでも感染症の拡大を予防したのが今回。
感染者数、ひいては死者数を劇的に削減した代わりに、抗体を得た者も少ない。
新型コロナであれスペイン・インフルエンザであれ、ウイルスが消滅することはないのは間違いない。
新型コロナと共生するにあたり、感染予防の対策をとった結果、今後どうなるのか。
ひとつは、散発的な流行が生じるたびに社会機能をある程度縮小させ、感染予防を今後も徹底するということ
また、国ごとに対策も感染者数も異なるために、国際的な軋轢にもつながる。
他の国ではある程度抗体が獲得されていってしまうと、完全に鎖国するわけにはいかない。
そもそも、感染予防を第一に置いた対応は継続可能なのか?現実的なのか?
ふたつは、医療機能の崩壊には注視するものの、ある程度は感染拡大を受け入れていくということ。
最初はセンセーショナルに扱ったとしても、次第に慣れていくのが人間らしいところ。
来年、再来年、数年後と、徐々に取りざたされることも減り、感染を受け入れながら暮らしていく。
今年、こんなに我慢をして大変な目にあっていることを思うと、そんなことがまかり通るのかと思いつつも、人間は慣れて飽きる生き物だから、意外となんとかなるのかも。
ひとつめの未来になるとすれば、社会機能を縮小させた状態でいかに生き抜くかが重要になる。
ふたつめの未来になるとすれば、いずれ新型コロナに感染するという心構えでもって、用意をしていくことになる。
マクロ的に見れば、ひとりの人間は数百万の人口の中の1人であり、感染症にかかって亡くなる未来もあれば、運よく生き抜くこともある。
それはどうやったって運でしかない。
+αで影響があるとすれば、年齢や基礎疾患、医療を受ける環境など、「感染したときに生き残るかどうか」であり、生命保険を含めて、多少の打つ手はあるかもしれない。
感染予防を全面的に押し出して感染症を闘った歴史は人類にいまだかつてなく、その結果を見るといった面では非常に興味深い。
但し、感染予防に固執し、社会機能を停止・縮小させることに執着し、知らぬ間に社会を崩壊させる恐れもある。
まるきりBAD END。そんな未来は見たくない。
昨今の経済対策への批判や、教育制度に対する批判を見てると一抹の不安がある。
史上に例がなく、だれも正解を知りえない以上、それぞれに考えがあり、それぞれにメリット・デメリットがあり、一概に何をもって正しいといえない。
なのに、批判・反対することばかりに固執すれば、いずれ方向性を見失い、知らぬ間に自らの尻尾にかみつく形で社会を瓦解させることに繋がりかねない。
一市民として家庭を守るためにできることは
である。
かかるときはかかるし、まるきりかからないようにすることは難しい。
人類と感染症の歴史を追っても、感染症から逃げきれた例はない。
実際、子供の世話は大変なんだろう。
でも、その矛先を在宅勤務に向けるのはお門違いだ。
お前の仕事が捗らないのは、聞き分けの悪いお前の子供のせいだろ。
原因をすり替えるなよ。
在宅勤務は素晴らしい。通勤のために早起きしなくてもいいし、満員電車もない。
これまで通勤に充ててた時間を軽くジョギングする時間に差し替え、
シャワーを浴びて心身ともにさっぱりした状態で業務開始できる。
作業中に変に話しかけられたり、雑務に仕事を中断しなくて良い。
いい事づくしなのに、
子持ちのせいで「やっぱり在宅勤務だと効率落ちるね」という世論に移っていくのが憎い。
在宅勤務最高だよ。全然困ってないよ。効率上がる。継続したいよ。
振り込め詐欺をやっていた反社会的組織と多くの主力タレントに金銭的やり取りがあった企業であることが明るみになっても
たかが女を風俗に沈めるのを楽しみにしていたくらいで降板させるわけないだろw
女性軽視発言をした岡村隆史氏に対しnhk-チコちゃんに叱られる-の降板及び謝罪を求める署名活動
吉本興業は吉本ファイナンスというサラ金も経営しているし、今回の岡村さんの発言で吉本興業が損をすることは絶対になかった。
どうせ吉本と同じように従業員を外注扱いして脱税で摘発喰らったカビマスクのユースビオ社にもケチ付けてるんだろ?
ユースピオ社も吉本興業も国から税金支援受けている愛国企業なんだよ。
最後に岡村さんが情に厚い男であることの証明に島田紳助が女を殴った時に擁護した件の新聞記事を掲載する。
告訴状によると、紳助は女性に対し「態度が悪い」と激高。紳助の楽屋に引きずりこみ、女性の名刺をくしゃくしゃにして投げ捨て、頭部をげんこつで4~5発殴打。さらに髪の毛をつかんで壁に打ちつけ、女性のリュックとバッグを奪って投げ捨てたうえ踏みつけ、そのリュックで女性の左頭部をなぐり、顔面につばを吐いたという。
お笑いコンビ「ナインティナイン」の岡村隆史(34)と矢部浩之(33)は29日未明、ニッポン放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」(木曜・深夜1時)で同じ吉本興業所属の紳助の暴行事件について触れた。
岡村は「手を出したということは、よっぽどのことがあったんやと思う。100%は紳助さんが悪いとは思わない」と先輩を擁護。
被害女性が電話取材を受けていたことには納得がいかない様子で「これは吉本内のお家騒動。お恥ずかしい話ですよ。紳助さんが吉本やめると言ったら、打撃を受けるのは吉本。紳助さんは不動産屋で食っていけるから」と続けた。
日本という国はこうあるべきだ、という指針を15年も前から岡村隆史さんは示しているのだ。
そもそも吉本興業は反社会的組織と多くの主力タレントに金銭的やり取りがあった企業であり
岡村隆史さんは所属タレントなんだから、そりゃ困窮した女が風俗に沈むのを面白がるのは当たり前だろう。
元々は質問者がダッチワイフを買おうと相談していたのだから、風俗に誘導するのは当然だ。
吉本興業は吉本ファイナンスというサラ金も経営しているし、今回の岡村さんの発言で吉本興業が損をすることは絶対になかった。
どうせ吉本と同じように従業員を外注扱いして脱税で摘発喰らったカビマスクのユースビオ社にもケチ付けてるんだろ?
ユースピオ社も吉本興業も国から税金支援受けている愛国企業なんだよ。
最後に岡村さんが情に厚い男であることの証明に島田紳助が女を殴った時に擁護した件の新聞記事を掲載する。
告訴状によると、紳助は女性に対し「態度が悪い」と激高。紳助の楽屋に引きずりこみ、女性の名刺をくしゃくしゃにして投げ捨て、頭部をげんこつで4~5発殴打。さらに髪の毛をつかんで壁に打ちつけ、女性のリュックとバッグを奪って投げ捨てたうえ踏みつけ、そのリュックで女性の左頭部をなぐり、顔面につばを吐いたという。
お笑いコンビ「ナインティナイン」の岡村隆史(34)と矢部浩之(33)は29日未明、ニッポン放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」(木曜・深夜1時)で同じ吉本興業所属の紳助の暴行事件について触れた。
岡村は「手を出したということは、よっぽどのことがあったんやと思う。100%は紳助さんが悪いとは思わない」と先輩を擁護。
被害女性が電話取材を受けていたことには納得がいかない様子で「これは吉本内のお家騒動。お恥ずかしい話ですよ。紳助さんが吉本やめると言ったら、打撃を受けるのは吉本。紳助さんは不動産屋で食っていけるから」と続けた。
日本という国はこうあるべきだ、という指針を15年も前から岡村隆史さんは示しているのだ。