はてなキーワード: プラッタとは
BIO HAZARD:re2のグロ規制無し海外版プレイしてみたが
ちょうど海外版と規制版の比較動画が見つかったのでとりあえず見てほしい
(著作権的にセーフかどうかは知らん)
https://www.youtube.com/watch?v=UfyKjD6m9go
動画を再生すればすぐにゲーム冒頭、体験版にもあるシーンが再生される。
シャッターの隙間からレオン(プレイヤー操作キャラ)の方へと這い出ようとするが、
という場面だ。
見ればわかる通り、
いや、そうはならんやろ。
人間の歯でガジガジやったところで数秒で
背骨はどうあがいても無理だし…
そもそも何で背骨をわざわざガジガジ噛んで切断するゾンビがいるんだ?
肉を食うために襲っているんじゃないのか?
ついでに、こちらはBIO HAZARD:re2の前に出たBIO HAZARD7のグロ比較動画
(re:2はバイオハザード2のリメイクなので作られたのは7の方が前)
https://www.youtube.com/watch?v=q1vRGkjpK2s
注目は4:44辺りからの
モブ警官が背後からシャベルを背後から頭に突き立てられるシーン
規制無し版は
いや、そうはならんやろ(二回目)
ぶっちゃけこういった描写を見ると恐怖というよりも笑ってしまうし
どうもこういうバカバカしいグロ版の方が人気があるらしい(規制版は「規制するな!」と叩かれまくっている)
のみならず、グロ版の方がリアル(!)だという意見すら散見される。
人体の強度を下げるとリアリティが下がって
ホラーゲームクリエイターの方々にはなるべく避けてほしいと願う。
人体はゼリーではないので。
悲しいことだ。
私が見ておもしろかったのは
アンフレンデッドダークウェブ
パソコン画面だけでずっと話が進む実験的試みが面白かった、緊張感が長時間続くのも凄い。話が胸糞悪い系なのがちょっと好みじゃない。
シャークネード
有名なだけあって流石に笑える。予想を超えた展開が続いておもしろくて爽快だった。
鬼談百景
いろんなタイプがあるのでどれか好きなのがあると思う。
かやこさん生きてる時から怖い。
話が通じない人が怨霊になったらそりゃ普通の人より怖いよねと当たり前の事に気がついた。
全然ホラーではないんだけど、映画が怖くて泣いたのは幼児期以来だった。
古い映画だけど役者達が全員熱演で色々古びていない魅力がある。
ジェーンドウの解剖
美しい死体を解剖していく過程でどんどん奇妙な事が判明していき、死体と解剖している親子だけの空間で恐ろしい事が起こりはじめる。
タッカーとデイル
気のいいモテない男二人を殺人鬼と勘違いしたリア充学生達が二人の周りで自爆してどんどん死んでいく。
笑えるけど二人が気の毒。
最近ツイッターで日本のジェンダー指数が低いとか性犯罪がわんさか起きているとか何を規制すべきかとか色んなものが流れてくる。
最初に断っておくと私は生粋のレズであり、女性が大好きだ。男が性的対象になった事は一度もない。えっちな夢も何度も見たことがあるが全部相手は女性だった。深層心理までレズ。
中学1年くらいまでは自分が女である事が嫌で、男らしい格好ばかりしていた。
ただそれで苦しんだかと言うと、多分ほんとに苦しんでいる人……性同一性障害障害の方とか……の0.5割も苦しんでないと思う。ざっくり言ってしまえば中高女子校で育ち、そこが滅茶苦茶に楽しかったので卒業する時に女で良かった、と思えたから。女子校は女でなきゃ入れないしね。
で、大学は理系に進んで周りは男ばっかりだった。最初からレズと女好きを先生にすら公言していたからここでもそんな嫌な目には合わなかった。とは言え君みたいなのがいるから少子化が進むんだよとか、一切女として見られたくない相手に「でも普通に女の子だよね?」って何故か上から目線で言われたりはしたけど、まぁその程度。ほんとにトラウマになるような事は無かった。男友達も普通にいる。
だから、男で良いヤツがいっぱいいる事も知ってる。何ならセクハラも判定グレーみたいなのを1発食らって微妙な気分になったのが1回あるくらいで痴漢も受けた事はない。よくツイッターにいるフェミニストが「日本人女性の殆どが性犯罪を受けています!」みたいなこと言ってるけど、私には当てはまらない。ちょいちょい嫌な事はあったもののまぁ概ねそこら辺の男と変わらない人生を送っている。今のところ。
でもさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜そんな私だって日本人女性の殆どが性犯罪に巻き込まれてるって言葉が嘘じゃない事ぐらい痛い程知ってるんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
男と対して変わらない生活を送ってる。私自身は被害に遭ったことない。
でも周りを見ていればいかに日本のジェンダー指数が低いかすぐ分かる。なんせ女の子の友達は沢山いるし、友達には中学生から今に至るまで散々相談されてきた。中学や高校の頃は痴漢に遭ったって話をされて私が登下校に付き添ってあげた事もあるし、友達と一緒に歩いてたら明らかに友達が座った瞬間にスカートの中身を見ようと屈んだオッサンを追っ払ったこともある。私がレジに並んだ瞬間に1人になった友達に握手を迫ったおじさんを見て慌てて撃退した事も。大人になった今では友達から初対面の会社関係の男にいきなりセフレを打診されたって電話が掛かってきてうぉ〜〜〜〜殺せ殺せ〜〜〜〜!!!!!って全然関係ない私がブチ切れたりしている。
まぁつまり何が言いたいかってちゃんと女性が周りにいて、その人を女としてじゃなくて人間として考えてたら明らかにおかしいって気付ける点、わんさかあるんだよね。そんで手助けできる時も沢山ある。
なのに何でか男ってこういう事実を否定する人が妙に多い。や、勿論このままじゃいけない!って思ってる人も当然いるとは思うけど異様に少ない。
なんかもう…人間の理性として当然、友達が困ってたらどうにかしてあげなきゃ!ってならない??大好きな友達が女ってだけで性的に消費されてんだよ??そんな事する奴は許せん!!!ってならない??てか友達じゃなくても赤の他人でも「特に悪くない人間が悪意に晒されて悲しんだり苦しんだりしてる」っての見て、まずは憤ったりしない???別に自分で力にはなれなくてもさ。ただそのツイート見てそんな奴がいるのか…本当に酷いな…と思うだけでも普通の感覚だと思う。てか大半の人はそうだろう、おそらく。
でもそういう性犯罪系のツイートって滅茶苦茶に被害者を叩いたりまぁ女性軽視のリプライが死ぬほどついてる。なんでそんなことすんの??純粋に疑問なんだけど。
私は顔も別に整ってる訳じゃないしスタイルが良い訳でもない。最初からレズを公言して男からのジャッジを受けないようにしているから面と向かって言われた事はないけど、多分男に感想聞いたら普通にブスって言われるだろう。でも別に可愛い女の子に嫉妬したりしないよ。まぁレズだってのもあるけど。何でか男は女VS女の構図作るの大好きだよね。女♡女の方が普通に可愛いし平和だし見ててほっこりすると思うんだけどなぁ。
なんか脱線しまくったけどとりあえずここまで一つ目。ツイッターで異様にフェミニストを汚い言葉で罵る男、周りに女いないのか?という疑問。
で、次にこうなった原因と何を規制するかって話。
なんか日本って幼女趣味とかAVの内容がおかしいとかエロ本が普及しすぎてるとかなんか……色々言われてるじゃん。
まぁ分からんでもない。分からんでもないけど、なんか、まずするのがそれ?と思っちゃう。
私はロリエロイラストとかも見るしもう匿名だし時効だという事にして言うけど小学生の時からAVも見てた。小学生ってやっぱりどっか残酷な面があるのかSMが大好きで縛られて玩具責めされる女の人見て興奮してた。今はなんか明らかにAVって分かる馬鹿な企画みたいなやつが好き。確かにAVって女性の人権無視してるような内容が多いと思う。AVに限らずpixivの作品とかもそういうのはほんとに多い。性欲と加虐欲と支配欲が一緒くたになってるようなやつ。
正直興奮する。もうこれは性癖だから仕方ない気がする。そういう空想の世界として考えてうぉ〜〜エロいな〜〜〜〜!!!って思う。
pixivの絵なら小学生のキャラクターが全裸でいるようなイラストもおぉ…って見ちゃうけど、現実の小学生に対して思う事なんてあぁ〜〜〜〜危ない前見て〜〜!!道路飛び出さないで〜〜〜〜!!!!元気でいいなぁ小学生は…今は夏休みか……ぐらいの事だよ。絶対性的になんて見れない。だって人権のある子どもだし。
女性に対してもそう。バスの中で大胆痴漢…そのうち感じてきてしまい…とか部下のOLを会議室に呼び出し身体検査と偽って……とか、そんなAV普通に見る。見てたら興奮する。でもじゃぁ自分の周りにいる女性に対してそういう事しようかって絶対思わない。そりゃつい目に入ってうわっあの人メッチャ可愛い…と思ったりうぉっ胸デカ……と思ったりするけどそんな見ちゃいけないなってすぐ目をそらすし誰にも言わない。
なんかこの、誰にも言わないってのが出来ない男多すぎない??
顔可愛いとか胸でかいとか、やっぱり思っちゃうのは仕方ないよ。よく男だから仕方ないよって言うやついるけど女だって女見てうわめっちゃあの子可愛いとか胸大きいとか思うよ。ごめんレズだからあんまり説得力ないかもしれんけど多分思ってる女の子は多いよ。でもそれを他人と共有して「エロそう」とか勝手なジャッジしない。一切知らない人間見て「あの子可愛くね?おっぱい大きいし揉んでみたい」みたいなこと絶対言わない。何故かそういうこと言う男、男同士ではそういう会話許されると思ってるよね。普通に周りに聞こえてるし死ぬほど不快だよ。
なんかまた話が逸れたな。何が言いたいかって結局はAVとかエロイラストが悪いんじゃなくて「それをフィクションと捉えて現実と乖離させる事が出来ない」のがいけないんじゃないのかと思うんだよね。
世の中には拷問シーンのあるようなスプラッタホラーだって山ほどあるし犯罪を扱った映画だってゴマンとある。でもそれ見て犯罪ってやっていいんだ!とはならんでしょ。だって現実じゃないこと分かってるし。
AVは見る側を興奮させようと試行錯誤した結果、リアリティが高まってそれを現実と考えちゃう馬鹿が増えちゃったのかな。今AVをもっと大人しい真っ当なものに変えた所できっと性犯罪が減ることはない。確かに暴力とかAV女優が望まないことをさせられるのとかは絶対無くした方が良いけど、そうじゃないものはもうフィクションとして受け入れて良いんじゃないかなと思う。それよりもっと重要なのは、現実世界の人間に危害を加えないという常識の刷り込み。それだけ。
もう言ってしまえばサイコキラーの映画でオナニーしてるけど現実で男女分け隔てなく個人を尊重して優しく接する事が出来る人と恋人同士のラブラブAVが好きだけど現実で痴漢したりセクハラしたりする人だったら前者の方が672094372864675倍マシじゃない???だって危害があるの後者だけだし。
そういう訳で表現の自由云々とかも騒がれてる中だけど、AVとかの規制に対してはそれより先に性犯罪者を去勢するとかGPSつけるとかそういう「現実に行動を移させない対処」をするのが先じゃないかなぁと思う。
まぁこんな事言われなくても普通分かってるべきだけどね。 だって作られた映像ってもうその時点で現実とリンクさせちゃいけないものだから。なんで分かんないのかなぁ……
たぶん最初に議論を読んだだろう記事を読んだときは、「盛り上がってるオタクに正論を説いてもムダ」(意訳)「あなたたちはバカにされてる」(意訳)みたいな「現状に気づいてない踊らされてるオタクに真実を教えてあげるね」というような語り口が嫌で、不愉快になった。
うがった見方かもしれないが、私にはそう思えて、「声を上げることは正しいと思う。が、上げたいなら上げたい人だけでやって」とだけ考えた。
実際、「男尊女卑が徹底してないのにミソジニー要素がある=女性差別=ターゲット層の女はバカにされてる」という論法がよくわからなかった。
仮にそれが女性差別であるなら、差別されてるのはコンテンツ内の女で、購買層の女ではなくないか?と思った。
下品と評されるコンテンツ、或いはスプラッタとかディストピアもののコンテンツを見るからかもしれないが、コンテンツ内の差別(倫理観?)=現実のそれに値するとは思えない。
見るけどやらない、では駄目なのか。人を殺すゲームをやるけど現実では人を殺さないという常識は差別に適用できないのか?犯人はゲームの影響で…論説はけっこうネットで叩かれるのに、この話ではそういう「現実と切り離して考えよう」みたいなのが見つけられなくて、そこがよくわからなかった。
で、後日(というか今日)、ちゃんとしたとこの記事で同じ話題を扱ってるものを読んだ。
引っ掛かるところはあったが、考え方は少し変わった。最初に読んだ記事より共感できたというか、ヒプマイにミソジニーがあると感じてて、嫌だと思っている人がいるのなら、ダメなことなのだなと思えた。
(ちなみに引っ掛かったのは、不良とヤクザの「カマ野郎」「女の"放送禁止用語"にでも」という発言を取り上げて、「女性が男性を虐げているという設定ならこういう女性差別発言が許されるのか」としてあったところ。個人的にこれらのセリフは「女性に虐げられてるから」出たというわけではなくて、発言者がそういう人種だからだと思う。一因ではあるだろうが、別に女尊男卑世界じゃなくても、不良は女っぽい男を蔑んだだろうし、ヤクザは女を酒権力金と並べてトロフィー化して放送禁止用語を吐いたと思う。要するにキャラ付けの一環というか、そういうの)
二個目の記事は、よく知らなかったヒップホップのミソジニーについても解説してあって、そういう状況にあるコンテンツと密接に関わったものにミソジニーがあるのは、嫌な人もいるんだろうな~と思った。
実感はないけど、一個目しか読んでなかった頃みたいに「そう思う人だけそう思ってて」と割り切ることもできない。たぶん批判してる人の意見が正しいんだろうなと感じてしまったから。
どのコンテンツでもアンチ意見は見ないようにしてるから、それと同じように避ければいいか…と議論を目に入れないようにしても、アンチ意見とは違って内容が世間的に正しいだけに、SNSで何回も目につく。
その度に嫌だと思う気持ちと、そう思うこと及び正しい(のだろう)意見に賛同できないことへの罪悪感で気が滅入る。
批判を理解しよう、批判側に立とうとしても、どこかで「言っても創作物なのに割り切って見ちゃ駄目なのか」というこれまでのスタンスが引っ掛かっていて、そうなれない。
こんだけ話題になってるってことは、「創作物なのに」で許される範囲じゃないんだろうなとぼんやり思うが、ぼんやり思うだけで、どうしても実感として自分のものに出来ない。わからない。
パーティー的な集まりで知り合った男子大学生に会いに行くために電車に乗っている。
友達に誘われてった何の集まりかも分からないパーティーで、いかにも女慣れしてなさそうな男子大学生がおどおどと連絡先を聞いてきたので、友人共々ラインを教えた。
彼は理系で周りに女がいないのだと言っていた。パーティーにもソロ参加らしい。
交流を深めるためのゲームが始まったり、雑談タイムになったりする中で、徐々にグループが出来上がって行くのに、彼は戸惑って立ち尽くしてるのが切なかった。
女慣れというか人間慣れしてなさそうな雰囲気がキツくて、グループに引き入れてやることもしなかった。
別れた瞬間に、友人と私、それぞれに「二人で会えませんか?」とどヘタレナンパまがいメッセージを送ってきたので、駅で二人で腹を抱えて笑った。
「明らかに二人ともに同じように声をかけているのが笑えるので、しばらく泳がせよう」「めげなかったら一度くらい会いに行くか」という話になり、ラインの交換を続けた。
数日後、友人から男子大学生くんから「◯◯という映画が見たいので一緒に行きましょう!」と誘われたので、「興味がない」と断ったと連絡があった。
私はというと、とにかく人と連絡を取るのを面倒臭がる性格が祟って、パーティーの帰り道に「お疲れ様でした、予定が合えばまたいつか」と返したきりだった。
既読無視状態だったラインに返事をすると、即レスで返事が来た。昼食か飲みかと言われたので、昼なら会えると返した。
このあたりで、男子大学生くんにはDDD、トリプルディーという呼び名ができた。友人がAAAのファンなのだ。童貞男子大学生の略だった。
友人とのやりとりと混同したのか、◯日の昼ならば会えると返した私に「よかったら昼も一緒に食べませんか?」と言って来た。
彼の中では映画の約束に自動変換されていたらしい。いや、友人(或いは見知らぬ女)のやりとりとごっちゃにしてただろ。
友人とのやりとりで、DDDは少し学んだらしく、「◯◯という映画が見たいのですが、気になってる映画とかありますか?」とお伺いを立てて来た。
友人に倣って「その映画興味ないです」と返した。
本当にこの子は何がしたいんだろう……と心底不思議になってきており、興味本位で「ホラーとかスプラッタなら観に行ってもいいですよ」と返した。
DDDからは「ホラー映画見たことないけど、ホラー大丈夫だから一緒に行きましょう!」と返事が来た。
というわけで、今電車に揺られている。もうすぐ目的地に着く。顔も思い出せないDDDとの再会だ。
DDDと会うのはこれきりになるだろう。
ラインを見返していて、純粋に気持ち悪いとしか思えなかったので。
DDDには、「女グループへのローラー作戦はやめろ」としっかり言い聞かせるつもりで、友人も付近で待機させている。
別にサプライズ合流する予定はないが、気持ち悪いとしか思えなかった相手をいびるためだけに休日を潰せる女どもに捕まったDDDの今後に幸あれ。
不幸な話は嫌いだった。本の中の世界でまで不幸に浸りたくなかった。
救いがある話は嫌いだった。私は救われないのにお前だけずるいと思った。
ファンタジー小説は嫌いだった。私の世界がそうでないことに心底がっかりするから。
異世界に行って帰ろうとする話は嫌いだった。ここが帰りたい場所と思える幸せなやつなんて嫌いだと思った。
異世界に行ったままの話は嫌いだった。なんでお前は逃げ出せて私はここから逃げられないんだ。
悩みながらぶつかりながら部活動をやり遂げる話なんて、書いた作者は子供の敵だと憎んだ。推薦図書に選んでくる大人ごと全て憎んだ。
ホラー小説の中でなら、みんなだいたい死ぬ。ひどい目に合う。嫌な奴も良い奴も関係ない。何をしたかもしないかも、あんまり関係ない。理不尽に死ぬ。
いじめを描いた小説のように誰かが一方的になぶられることもなければ、人の心を傷つけたものがお咎めなしでのうのうと生き延びることもない。
みんな死ぬ。理不尽がみんな殺してくれる。それはとても安心できる約束だった。スプラッタ小説ならなおよかった。幽霊や怪異やモンスターに悲しい理由があることもあったけど、襲われてる人たちはそんなこととだいたい関係ないから、やっぱり理不尽なままで好きだった。
私の生きているこの理不尽な世界を、みんなにも味わわせてくれるホラー小説は私のたったひとつの救いだった。
大人になって、ようやくあの頃子供たちに向かって勧められていた本を読めるようになった。とても面白くて、味わい深くて、優しい小説ばかりだった。
それでもその豊かさはあの頃の私にとって紛い物でしかなかった。
これを読んでというわけないじゃないが、最近(でもないが)ハッピーエンドとかバッドエンドとかがわからなくなった。
例えば、『秒速5センチメートル』とか、私はハッピーエンドだね~と思ったけれど、世の中では胸糞らしいし、『かぐや姫の物語』も私はすごい上級のハッピーエンドじゃん……!と感動していたら、ツイッターでものすごいバッドエンドって言っている人がいて驚いた。
というか、見る側にとっての、ハッピーエンドになるための目標スコアが高まりすぎていて、なんでもバッドエンド扱いにしすぎじゃないのか?という。
で、結局、思ったのは、私の思う"ハッピーエンド"ってハッピーどうこうよりただの私の"好きエンド"なんじゃないかってことだ。
物騒な言い方だが、私は人の死ぬ話が好きだ(スプラッタものとかではなく)。報われない話が好きだ。結ばれない恋の話が好きだ。
で、そういう要素があると、私的には"ハッピーエンド"になるのである。
逆に、たぶん世間的にハッピーエンドなんだろうなあと思っても、個人的に好きではない話とかももちろんある。そりゃ誰でもそうだろって話ではあるが。
例えば、『ゆりかごを揺らす手』とかは、ベビーシッターの金髪美人の思うままになって終わったらそれはそれで好きかもと思うし、『耳をすませば』も『秒速~』みたいにウダウダして何もないまま終わってたらもっと好きだった気がする。
ただの、アンチハッピーエンドなのかもしれないが、とにかく、個人個人でハッピーとかバッドとか変わる基準ではなく、これからは「私が好きなエンド」基準で生きていこうと思った。
知る人ぞ知る的な作家がいた、そいつ自身は何でもなく病気で死んだが作家は親子程年の離れた愛人がいた。愛人は作家の子供と幼なじみで母である正妻とも面識があった。
愛人は作家が死ぬまで相手が作家であることもましてや自分の幼なじみの父であることも知らなかった。作家の死後ある目的で連れてこられたのだ。
ある目的とは作家の売り出しだ、作家はプライベートが見えないことで有名だったのだ。
作家のプライベートは酷いものだった。呼ばれた愛人こそ知らなかったが、作家は愛人同士や妻を自分を巡って競わせ、戦わせるような事をしょっちゅうしていたらしい。
死後作品を発表する事が無くなり、やがて印税が入らなくなることを見越した正妻が愛人達を集めこのプライベートを暴露して金を作り出そうとしたのだ。
愛人は相手が作家とは知らなかったので、まずは作家の作品を読むことになった。
唯一メディア化された作品は女3人がある男を巡って狂っていき、男もまた女の狂気を楽しみながら解体していくスプラッタホラー。
ここまできて愛人は正妻の様子が変わっている事に気付いた。正妻も既に狂っているのではないか?
自分が何か重要な事を隠していると勘違いしているのではないか?
それとも作家はまだ生きていて自分はこの小説のように殺されるのだろうか?
って所で目が覚めた。
『伝奇』とは「普通には起きようもない話」が辞書的な定義みたい。
エロゲでいうとこのちょいファンタジー要素のある鍵作品は伝奇に入るか? の回答は厳密にはYesなんだろうけど
奇の部分をメインに語ってる訳じゃないし。
要は「それまでの日常に、非現実的な非日常が持ち込まれる話」みたいな定義なのかもしれない。
たぶん夢枕貘とかの「伝奇バイオレンス小説」が流行ったあたりからイメージが変わってきたんだろうけど、「竹取物語」とか「日本霊異記」とか、そういうのが本来の伝奇ですな。
ホラー的なものもあるけど、もっと広い意味での「空想物語」っつうか。
ついでに英語でいうとromanceなんだけど、こっちはこっちでまた意味が変っちゃってる。
【1】伝説、伝承(神話など)あるいは、伝説上の存在(魑魅魍魎の類、鬼とか)をストーリーに絡める
2.が分かりづらいかもしれないけど。なんていうか、気がついたら異世界に 片足突っ込んでいたという感覚、自分が正しいと信じていたものが実はそうではないかもしれないという感じを登場人物が抱くといったら少しはわかりやすいかな。
伝奇エロゲーには人ならざる者が出てくるゲームは結構あるけど、 周りの人間があっさりとそれを受け入れていて、2.の感じが出てないのは伝奇とは違うかもしれない
■『伝奇』
gooのネット辞書あたりで引くと「怪奇で幻想的な物語」とかナメた反応が出る。
これを言葉通り捉えてしまっては頭に述べたように本当に何でもアリになってしまうので少し、伝奇モノの歴史を
語っちゃおう。
そも、伝奇というジャンルの開祖としてよく挙げられるのは半村良です。
70年代のことですね。
無論、国枝史郎等の先達があってはじめて彼が浮かび上がるわけですが、
それまで単に荒唐無稽な物語として埋もれていた伝奇というジャンルを復興し、
HMにおけるブラックサバスみたいな存在なのです。(ちょっと違うか)
そこに科学的な(というよりSF的な)メスを入れることをその切り口としています。
「現代に起こる怪事件を、神話や伝説にその因を求め、解決していく」というものが、
YU-NOなんかにも通じるスタイルです。
(もっともあれはワイドスクリーンバロック的な造りをしているので、伝奇の枠に入るとは思っていませんが)
その、半村の引いたレールの上に乗ってきた後続者たちが荒巻義雄、志望田景樹、谷恒生といった人々です。
推理小説であったり、冒険小説であったりする色を添えて、独自の作品を作りました。
伝奇が半村一人のものではなく、一つのジャンルとして成長を遂げた瞬間です。
前者が格闘技の要素を、後者がスプラッタ・ホラーの要素をぶちこむことで生まれた
「伝奇バイオレンス」というジャンルは凄まじいまでの人気を誇りました。
おどろおどろしくも官能的な美女の絵で彩られたノベルズの表紙に、まだ小学生だった私は、
「バンパイアハンターDの人の本だけどエッチな表紙すぎて買えないよぅ」とか思ったものでした。
数多くのフォロワーを生み、まさしく時代の寵児となった伝奇バイオレンスですが、
80年代後半の黄金期を最後に、ノベルス界王者の椅子をミステリや仮想戦記ものに譲ったばかりでなく、
幾つか理由はありますが、一つには伝奇+バイオレンスだった筈の作風が
バイオレンスの側に大きく傾倒してしまったことが言えるでしょう。
殊にセックス描写等に関しては、ポルノ同然の有様であったといえます。
伝奇的な設定の妙にしたところでオカルティックな、とってつけたような設定をもってこなされ、
粗製乱造がなされていったのです。
まあジャンル全体の質が低下してしまったことで、ブームの終焉が訪れるのはやむをえなかったのでしょう。
さて、こうして伝奇モノは数ある中の一ジャンルに帰ってゆくのですが、
エロゲーライターにおいてもそれは同様で、「痕」の高橋龍也なんかの(エロゲーにおける)先達は、
間違いなく彼らの血を引いていると言えるのではないでしょうか。
これを読んでくれている皆さんの方が詳しいだろうと思います。
ここまで言って結局私が何を言いたいのかというと、一つには伝奇の歴史を紐解いて分かるように、
このジャンルはあらゆる別ジャンルのものと化学変化を簡単に起こすということです。
エロゲーにおいてもやはりそうで、因をクトゥルフ等に求めるものは「伝奇ホラー」、
さっきから板違いっちゃ板違いで扱いにくい痕なんかは「伝奇SF」に本来ならカテゴライズされるものでしょう。
そういう意味では寧ろ物語構造の方にその特色が強いジャンルだとも言えます。
清水富美加ネタに乗っかる感じで前から思っていることを書いてみる。
本人コメントにあった人喰いをする役が云々ってあった。
役に入らなきゃいけないのに、明るいキャラクターのあの子がやるのはキツかったんじゃないかなと思う。そのギャップを狙ってのキャスティングだったのだろうけど、どうしても相容れない部分があったんじゃないかと思ってしまう。
なんで彼女クラスの人がキャスティングされたかと言えば、それだけの収入が見込める人気作品だからで、それだけ観る人がいるって事だ。
ダークファンタジーっていうらしいけど、ひぐらし辺りからメジャーになってきたと思うのだけど、自分はどうもこのジャンルが好きになれない。心が弱いんだろうか。
スマホ広告でもエロの次にこのジャンルが出てくるけど見るたびにウンザリしてしまう。
これが好きな人はスプラッタな画面とか見てて楽しいんだろうか。美少女にグサってやられたり、美少女が血みどろになるのが何が楽しいんだろう。
リアルで怖い夢をたまに見る
なんで?って思うくらいよく見るのが死体の出てくる夢
だいたい死体はスプラッタ状態でグロ画像のようにリアルにくわしく出てくる。
目がさめたあとも、しばらくは本当に見たあとのようにブルブル震えてしまうくらい、まじで怖い。
ちなみにグロ系は本当に苦手なのでスプラッタ映画などは絶対に見ないタイプ。
なのにどうしてか夢の中には出てくる。
今朝見た夢
上り坂の向こうからブレーキが壊れたようなトラックが猛スピードでこっちに向かってくる
トラックの前を走っていた車に追突して、その車に乗っていた二人が衝撃で道路に投げ出される
飛び出た人が動けずにいるところを、トラックが蛇行しながら次々と轢いていく
轢かれた人はタイヤの下で苦しんでピクピクと痙攣している
すると暴走トラックから運転手がおりてきて、通報するつもりか!?と追いかけて来るので必死で逃げる
すごく怖かった
「3巻以内完結のおすすめマンガ」にブコメしてもよかったが、語りたかったので増田にする。
この増田で言いたいことを一行で書くとしたら、これが大傑作だったと思ったということだ。
四コママンガ形式だけど長編。台詞が写植ではなく手書きであることを嫌う人がamazonのレビューにいたから人を選ぶかもしれない。だけど読んで損はない。
舞台は女子高。とある一日、校舎の屋上に、偶然、様々な生徒が集まってくる。主人公格の漫才研究会のコンビ、ソフトボール部員、漫研、生徒会、保健委員、不良少女、ぼっちの引きこもり少女…
漫才研究会コンビを主人公格と書いたのは、彼女ら以外の登場人物のほぼ全員にも、背景となるドラマがあるからだ。
ふと彼女らが屋上から校庭や校舎を見回すと、恐るべき光景が! 街がゾンビの大群に襲われ、彼女らは孤立してしまったのだ…という設定だ。
初めのほうは軽やかなギャグが連発される。それが徐々に、残酷なスプラッタに変わる。登場人物たちが次々に、容赦なく殺されてゆく。
笑いが恐怖に変わるというと中島らもの傑作戯曲『こどもの一生』が思い出されるが、あれより救いはない。救いは全然ない。『まどマギに』似ているかもしれない。それも違うか。
マンガを読む価値が現実では体験できない感情をかき立てられることにあるとしたら、この作品は見事にそれに成功していると思った。それを言いたかったのだ。
「舞台っぽいな」と思ったら元は戯曲でそれをコミック化したものだそうだ。原作者は麻草郁という人で、やはりはてなーだった。idはscreammachine。
ネタバレになるから書けないが、あのラストを読んだ時、なんとなく作者は絶対に女性に違いないと思ったが、はてなブログやプロフィールの写真を見ると男性だった。
他にも…
・となりの801ちゃん+(3巻続刊)
“+”はプラスと読み、ヒロインがお母さんになったという意味だと思う。
先行の『となりの801ちゃん』(6巻完結)の巻末には京都御薗橋801商店街のゆるキャラ「801ちゃん」とのコラボページがついていたが、“+”ではそれがなくなっていた。
とか…
『はてな村奇譚』だけの小島アジコ先生じゃないのだ。本業で頑張ってる人がはてなで我々に構ってくれることに、たまにはちょっとぐらい感謝してもバチは当たるまい。