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はてなキーワード: 耳をすませばとは

2019-07-04

anond:20190704143911

実写版アラジン見た人「映画表現方法が○○だったからそのコメントはアリ/ナシ」みたいの知りたかった

 

ちなみに似て非なるものだが

俺にとって「耳をすませば」は

男性が一人で食い入る様に見てたら

「やめろ!これは中学生ときの俺の妄想だ!直視するな!」

っていいたくなるくらい恥ずかしい

判定よろしく

こないだ50代女性大学講義もってる)が他の大人雑談してたんだけど

一人で実写版アラジンレイトでみにいったら

わりと空いてる映画館男性が一人でみててカップルでもないので気持ち悪いとおもったそうな

ウィルスミスジンをみるにしてもちょっと・・っていってた

それを大学男子の群れにいっちゃったら「先生それ差別ですよ!」ってつっこみ入ったそうな

 

その話してる相手立場が下なのでイエスしかいえない立場

コピーしながら全部聞こえちゃった自分アラジンアニメ版は見てるけど実写版のものは見てないので何とも言えない

ただこの人には今後は連れ立ってプィキュアの映画みにいく大きいお友だちの話だしてはいかんとはおもったけど

  

きみならどうする

 

追記

「おばさん1人もキモイ

その返し方って増田煽りでは正当なんだろうけど

コンテンツに全く目がいって無くて気の毒じゃん

 

そこまでいわれるってことは彼女にとってどういう映画だったんだろ?

パパと同時にみてると気まずくなるような

彼女にとっての「女の夢のかたまり」みたいな映画だったんだろうか?

実際3次元ジャスミン姫がナイスバディでハーレム衣装きてるんだろうしな

 

ディズニーで言えばシンデレラと同じディズニープリンセス部類なんだよな

でもそこまでのものを作る気はしないんだが

正直実写はエマ・ワトソン美女と野獣金ローでちら見したレベルしわかんね

増田なら1人くらい見てきた人いるかと思ったんだが

 

追記

「判定って何」

 

実写版アラジン見た人→「映画表現方法アニメに比べても一般的にも○○だった。したがって、その「気持ち悪い」コメントはアリ/ナシ」みたいの知りたかった。

なんていうか彼女にそこまでいわせた理由があるなら知りたい

 

ちなみに今思い出しただけで似て非なるものだが例えば

俺(女性)にとって「耳をすませば」を映画館自分の2つ向こうくらいで異性の一人客が食い入る様に見てたら

「やめろ!これは中学生ときの俺の妄想だ!直視するな!みなくていい!もうこれは夢だってわかったんだ!」

っていいたくなるくらい恥ずかしいだろうとは思う(実際には何も言わないのも彼女と同じだろう)。

翌朝以降に人に話すときには手短にいって「気持ち悪い」までいわなくても「男性はあれは見に来なくていいのに」って表現になってるかもしれない。

実写版アラジンが「耳すまレベルの夢女映画かもしれないとおもうと余計に気になってきた。

 

男性場合ラピュタもののけでいいかもしれん。

子供連れ・家族連れ・カップルならともかく

異性が一人で食い入る様に「男の夢」みたいな映画を見てたらへんな気分にならない?

 

2019-06-24

anond:20190624174302

ジブリアニメ普通声優で声当てたらどうなるかっていうのは気になるな

耳をすませば本名陽子千と千尋入野自由なんかは経験を積んだ今の方が絶対いいだろうし

2019-03-19

ニートなんだけどマンション人達足音耳をすませばしてたら誰がマンションに帰ってきたのか分かるようになった

この能力が換金できたらニート脱出なんだけどね

2019-02-08

耳をすませば』を見ると死にたくなるの?

本心なのか、ネタで言ってるのか、わからない

2019-01-24

anond:20190124202733

かに漫画アニメ集合住宅というと『童夢』と『耳をすませば』くらいしか出てこないな。

幽遊白書』の幽助の家は平屋の公営住宅だったけど、あれは「一戸建て」に入る?

なぜ漫画アニメ主人公はみんな一戸建てに住んでいるのか?

なんか、増田で間違った説を唱えると、次々に反証が集まるらしいので期待している

俺は幼児期から成人後まで10回ぐらい引っ越して一度も一戸建てに住んだことがない

そういう人間は世の中に一定存在すると思っていたがそうではないのか

で、怠惰な俺が把握する範囲、"家族で"(←ここが重要一戸建てではなくアパートマンションや団地に住んでいる主人公って、『みなみけ』ぐらいしか思いつけない

実家を離れて学生寮に入った、進学に際してアパートで独り暮らしを始めたパターンとかは除く)

あとは『ハートキャッチプリキュア』で母子家庭キュアムーンライト団地住まいだったのが記憶に残ってるぐらい

メジャー少年漫画ラノベ原作アニメとかで、中心的な主要キャラが"家族そろって"一戸建てではなくアパートマンションや団住まいってどれだけあったっけ?

―――

追記

主人公が「一人暮らし学生社会人」ならアパートマンションは、むしろ当然・普通なんですよ。「実家住まい」で集合住宅あんま見かけない気がしたなあというのが発想の発端。

追記

大量に反証が挙がって感謝する。ありがとう

あたしンち」とかデジモンとか、メジャーだけどクレしんドラえもんレベルには劣る、というポジションが、現実世界での一戸建て居住者に対する集合住宅居住者存在感を暗示してる気がするなあ…

団地ともおや耳をすませばは、「あえて」団地ニュータウンを題材にしたイメージ

君の名はエヴァは、メジャーなんだけどやっぱどっか異質な作品なのか

ヤマノススメのここなちゃんの家とか、やたら何度も出てくるあおいとひなたの家の印象の強さに比べて「あ、そういえば…」という感じ

(↑単に俺の記憶力と作品メジャー基準が偏ってるだけ)

2019-01-20

anond:20190120033600

リンダキューブのカナビスは嫌いじゃないし村田蓮爾が出したRobotじゃないもっと凝縮されたなんかの本タイトル忘れたけどそれに入ってる系で同じようなのたくさんあってあれは保存してるし、ラピュタ大好きだし耳をすませば空想の国というか井上直久さんでしょ、大好きだしゲーム実況見てたし画集も持ってるし、ビジュアル系が好きなわけではないけどビジュアル系の「チャラいのに本人たちは気づいていない本質をやっている」的な感じは感じて嫌いではないし女がたくさん集まるのにその全体の現象がとても文化的事象になっていて好きだし、ラブサイケデリコ出るあたりからやっぱりかぶってないし、

ほら合わない 多少合うけどたぶん3,4割しか合わない 悲しい でもそういうのは人間関係には関係ない こうやって合わせて話してくれたことには感謝するしありがとうだし楽しかったし3,4割もわかる人なんて全くもっていない 

2019-01-11

耳をすませば面白くないけど

バロンだけ抽出しておもしろくできないかな。

アレの絡みは好きなんだ。

anond:20190111230847

だが待ってほしい。耳をすませばを見るのはリア充だけではないだろうか。

耳をすませば』のセイジよ、チャリで道の右側逆走ヤ・メ・ロ

2019/1/11今日現在ジブリ映画が、ポリコレに引っかかってる。

たぶん、ネット炎上しとるはず

2018-03-17

漫画村批判している奴らが「耳をすませば」の画像無断転載しまくってた

どういうこと?

アニメーション映画なら勝手に切り取って、

それを公開していいの?

2018-02-05

まだ耳をすませばに憧れている

最初にあの映画を観たのはいつだろう

小学生幼稚園?覚えてないけど、それくらい昔から月島雫と天沢聖司のことが好きだった

というかあの爽やかで甘酸っぱいラブストーリーが大好きだったんだ

現在22歳

まだ憧れは終わっていない、終わる気配もない

今まで付き合った男は2人

1人は2週間、2人は2ヶ月で別れた

から本当は0人って言ってもおかしくないレベル

けどこの歳で0人なのは恥ずかしいから、人に話すときは一応2人って言うようにしてる

期間はうまく誤魔化して触れられないようにね

少女漫画も大好きで恋愛脳だけど、人を好きになったことなんて殆どない

でもこの前、奇跡的に人生で初めて大好きな人ができた

まあ結局二股されて終わった話なんだけど

いや本当、今となっては何が好きだったのかもわからない

月島雫と天沢聖司ってあの後もハッピーエンドで終わるのかな

あー・・

にしても私、まだ間に合うの?

中学生みたいな恋愛ってこの歳でもできるのかしら

わがまま言ってる場合じゃないのに、割と本気で耳をすませば理想から人に言えない

とりあえず手繋ぎは一か月、キスは三ヶ月からでお願いしま

2018-01-24

勝手図書室の思い出を綴る。

https://anond.hatelabo.jp/20180124221748 を読んで現場は大変なんだなと同時にそういうものを書き込んでくださった増田さんに感謝している。

大変そうだけれど、無理しすぎず、ほどほどのところで過ごして欲しい。


それだけじゃ何なので、掲題通りである

一時期入り浸っていたことがあるので記憶のある限り書いてみる。

小学校は何回か転校していたため、正直各学校の独特の匂いとやけにじめっとした、あるいはやたら日当たりの良い図書室の壁に添って作られた本棚を思い出す。図書カードの置かれたあのカウンターだとか。おとなしそうな図書委員だとか。似たような雰囲気だなあと思っていた。

低学年の頃は授業時間に行く以外では寄り付かず、気が向けば学級文庫か自宅にある本を読んでいた。

その頃好きだったのは大判で、フルカラー写真が多く載っていたこごましたもの特集されていた本だった。

ただ眺めているのが楽しかった。シリーズで何冊かあったが、色で分類されていたと思う。漢字で書かれていたテキストの部分も気が向けば適当に読んでいた。

不遜な子どもだったので、およそ感想文の類を提出したことがなかった。課題図書もふーんと眺め一度だけ気になったものを借りたか買ったかした程度だった。

自宅では主にオカルトに凝っていた時期だったと思う。魔女とか怪談とかそういうものを読み漁っていた。


中学時代。できて20年未満の学校に進学した。

なんとなく耳をすませばを思って、半年かけて図書室の本を全部読んでみた。伝統ある学校に比べたら冊数はそれほどでもないと思う。普通教室3部屋程度。読んでみたが読んだはずの本でもおぼえていない本が結構ある。

きっとその頃は読み切ることが目標だったのだろう。それでもいまだにその頃出会った作家で読み続けていたり、何冊も装丁違いで購入した本があることはひとつの宝物だと思っている。

あとすべり止めで受けた私立高校入試で読んだことのある作品が題材だったのも愉快だった。

そこから高校までで多いときは一晩に文庫8冊。一番かかったのが篠田節子氏のハルモニアで2日だったと思う。

なんとなーく早く読めるようになったりもした。あの数年間は登下校時にも本を手放さなかった。

勉強あんまりしなかったけれど、勉強せずに中学2年で漢字検定2級が受かる程度には知識も増えた。

当時は図書カードがあったので、誰がどの本を借りたのか分かるのも面白かった。天沢聖司にも月島雫にも出会えなかったけれど。

ここ数年で文庫化された書籍も当時はハードカバーで、月に10前後は購入されていた。それを片っ端から読みつつ、すでにあった蔵書も読んでいた。

多感なお年頃なので、性描写のあるもの出会うと成人指定境界ってどこやねんと思ったりしながら読んだ。(し、本屋に行けば女性向けのBL小説は性描写があっても普通に買えた。謎だ。凝り性なものでそちらもだいぶ読んだがこちらは卒業たかもしれない)(コバルト文庫でも結構あると思う)(基準が謎だ)

野中柊氏のダリアとか、ドキドキしながら読んだ。今思えばかわいいものだ。

後宮小説なども読んで良いのかなと思いながら読んだ。


地元公立高校で初めて、司書さんという存在を校内に認識した。いつも白衣をまとった女性で、図書館以外にもいるんだなと思った。その学校では希望があればCDなども購入していた。

アングラっぽい写真集や当時走りだったライトノベルを一式入れてくれたりもした。(その後、メディアミックスされた各作品初版本が揃っていたため、数年後盗難にあったそうだ。嘆かわしいと同時に初版本に価値を見出す感覚がまだあるのだなと感じた)

同時に、遠野物語をはじめとする民俗学やら薔薇の名前やらを借りまくっていた。

学業に励む生徒にとっては、赤本がずらりと並んだ赤本専門の小部屋があるのも魅力だったかもしれない。

その頃は読んだなあというほどは読んでいないと個人的には思っている。

ただ、気になっていた本たちをするする入れてくださった司書さんには当時も今も感謝している。

森博嗣氏のシリーズもいくついれてもらっただろうか。講談社ノベルスがやたら充実していた。

お小遣いでは追いきれない本たちをあの時期に読めたことには感謝しかない。


うってかわって大学ではまあひどいものだった。

専門課程書籍もあまりない。

ちらほらある小説もだいぶ前で時が止まっている。

大型書籍比較的充実していたが、借りるには重いので閲覧のみとなる。

専門書も同じく時が止まっていた。

半地下で静かで独特の雰囲気が好きだったけれど、およそ学業のための空間ではなかった。

卒業後も利用できるということだったが、生憎地域図書館の方が便利であった。



今につながる本の思い出。

急接近したり、離れたりしつつも、どんな格好であれ図書室・図書館存在してくれればいいなと思う。

読む子は何をしても読むし、読まない子は読まない。

ひどいようだがそんなもんだよなと思う。

あるときブログ家族から勧められた本が という記事を見て、自分の家ではない習慣だなと思った。

家の中にある本は読みたいだけ読んだ。隔離されているような本も気になればこっそり読んだ。

教育機関にあったら驚かれるかもという本もリクエストして入れてもらえれば読んだ。

面白かった本を教えてと訊かれたら100冊くらい列挙できた(今はどうだろう?)

それだってきっかけは耳をすませばだ。(個人的気質はあるにせよ)

こういう本が読んでみたいなと思って書いたこともある。

作文はからきしだけど、幸か不幸かある程度蓄積があるので大学教員には高評価だったりもした。

もうちょっと器用だったら桜庭一樹氏のようにアウトプットにも使えたかもしれないが、そこに愛が足りなかった。

ルールのあるなか、大変苦しんでらっしゃる元増田さん越しに、学生時代、本を介してお世話になった司書さん司書教諭先生方には感謝を伝えたい。

制限あるなか、出会いをくださってありがとう

思えば、落ち込んで図書室にこもっていたような日もあったと思う。

期限通り返せなくてお手間を取らせたこともある。申し訳なかった。

それでも、「これです」とは挙げられないけれど、人生を形作る何かを図書から得たと思っている。

あの少しだけほこりっぽく、冬はむっと暖房が入った空間を懐かしく思う。

2017-12-28

ハッピーエンドから好きエンドへ

anond:20171227085551

これを読んでというわけないじゃないが、最近(でもないが)ハッピーエンドとかバッドエンドとかがわからなくなった。

例えば、『秒速5センチメートル』とか、私はハッピーエンドだね~と思ったけれど、世の中では胸糞らしいし、『かぐや姫の物語』も私はすごい上級ハッピーエンドじゃん……!と感動していたら、ツイッターものすごいバッドエンドって言っている人がいて驚いた。

というか、見る側にとっての、ハッピーエンドになるための目標スコアが高まりすぎていて、なんでもバッドエンド扱いにしすぎじゃないのか?という。

で、結局、思ったのは、私の思う"ハッピーエンド"ってハッピーどうこうよりただの私の"好きエンド"なんじゃないかってことだ。

物騒な言い方だが、私は人の死ぬ話が好きだ(スプラッタものとかではなく)。報われない話が好きだ。結ばれない恋の話が好きだ。

で、そういう要素があると、私的には"ハッピーエンド"になるのである

逆に、たぶん世間的にハッピーエンドなんだろうなあと思っても、個人的に好きではない話とかももちろんある。そりゃ誰でもそうだろって話ではあるが。

例えば、『ゆりかごを揺らす手』とかは、ベビーシッター金髪美人の思うままになって終わったらそれはそれで好きかもと思うし、『耳をすませば』も『秒速~』みたいにウダウダして何もないまま終わってたらもっと好きだった気がする。

ただの、アンチハッピーエンドなのかもしれないが、とにかく、個人個人ハッピーとかバッドとか変わる基準ではなく、これからは「私が好きなエンド」基準で生きていこうと思った。

2017-12-08

なんで評価されているのか分からない漫画ランキング2018を作ろう

「この漫画がすごい!」はもう飽きたんですよ。

一発ネタ限界だったんです。構造的に問題があるんですよ。何故なら、この漫画がすごい!が主観に基づいていればそれはもう単なるオナニーだし、この漫画すごい!を客観に基づいたものにしょうとすればそれはメジャー作品を再評価するだけのオナニーじゃないですか。もうね審査員がシコシコしてる音が聞こえてきますよ。ほら耳をすませば聞こえるでしょう。

じゃあどうすれば俺は満足なのかというね。この漫画がすごいと言われている理由がわからない!を選ぶべきなんです。でも今更ワンピースハンターハンターを叩いてもそれはオナニーでしょう?セックスにはなりえませんよ。セックスにするにはリアルタイム性がいるんです。そこでその年ごとにやたらと評価されているけど何かおかしくね?って作品を選んでそれを評価するのが正しいのかを語り合うんですよ。

たとえば今年ですと「僕たちは勉強ができない」なんて中々のものですね。とはいランキングだと9位ぐらいでしょうか。1位や2位に選ぶような作品はすぐには思いつかないものです。パっと思いつくようでは駄目なんです。ただのワンピース批判で終わってシコシコっとなるだけです。僕勉(僕たちは勉強ができないの一般的通称はがないと略されるのを狙ったはずの作者の思惑をぶち壊す辺りに漫画読みの陰湿さが現れてますね)はですねえ……何ていうか漫画として未熟なんですよ。未熟だからこその荒削りな面白さを評価している人も多いんでしょうが、むしろそれは未熟さを愛してしまっているんだと思うんです。漫画として面白すぎないことに安心感を覚えている層がいるんだと思うのですよ。稚拙さへの愛好。たとえばフェラチオはたどたどしい方が良いっていう気持ちわるい話ですね。そういう気持ちの悪い童貞的な、相手が垢抜けていないことに対するフェチズムによってこの漫画は支えられているわけです。同じジャンプだとヒロアカも似たような方向性ですよね。

おっとっと語りすぎました。あまり長く語ると長いというだけで読まれなくなってしまう。それはたとえばゴルゴ13やこち亀が長すぎて手に取られなくなってしまうようなあの現象です。今回はここら辺で終わりにします。いつかまた機会があったらもう少し先の話をしましょう。

2017-12-06

通学路にて

小学一年生の時だったと思うが、通学路の途中で赤くて艶のある小さな巾着袋を拾った。今思うとサテン生地でできたアクセサリーか何かの入っていたただの袋なのだが、その時は魔法の宝物の見つけたような気がして、こっそり持ち帰った。

耳をすませば」の雫が猫を追いかけるうちに素敵なお店にたどり着いたような、特別出来事の始まりだと思った。選ばれた人にだけ天から落ちてくる魔法の道具じゃないかとか色々想像を巡らせていたのだけど、そのうちビー玉をしまったりするようになった。

学校での出来事ほとんど覚えてないのに通学路の出来事の方が色々覚えているのはなぜだろう。

歩道橋を渡るよう親や先生に言われていたのに歩道橋の下の横断歩道もないところを渡る友達に付き合ってしまった時のドキドキ感とか。ある男子との仲を冷やかされてその男子を上靴入れで思いっきりぶん殴ってしまたこととか。水の無い用水路に出没する狸に給食パンの残りをあげたこととか。

学校での出来事と言えば3年生の頃クラスメイトのA君がいないと先生が探し始め、教室の後ろのランドセル入れの棚にA君が入り込んでいたことは覚えている。発達障害の話を耳にする度に、彼は発達障害だったのだろうなぁと思い出す。

2017-11-15

耳をすませば

そのまま結婚するに決まってんだろ。少女漫画だぞ。

anond:20171115173443

耳をすませばのその後だけど、杉村と雫が付き合って、聖司は弟子入りした先のバイオリン工房イタリア娘と

てんやわんやあると妄想している

anond:20171115173214

耳をすませば初恋物語からあれはあれでいいんだよ

あれであのあと付き合うとか突き合うとか考えてる奴はおらんだろ

https://anond.hatelabo.jp/20171115172741

あの二人は再会時にすでにいい大人から割と大丈夫そう。

耳をすませば」とか、あの辺が危険

2017-11-02

ひとこいしさをおしえて 6編

妄信

努めて何かの仲間の中に入ろうとしていた学生時代から何年もたつけれど

他人との交友関係の中に前ほどワクワクするものはない

そもそも学生時代のころも心の底から楽しんだことがあったろうか

かに好かれなければいけないという、

誰に言われたかからない言葉妄信していた気さえする。

喜びたい

今日、かつて自分背中を預けた友人から、1年ぶりの食事の誘いが来た時に

「面倒くさい」

そう思った自分がいた事に驚いている

人とない

友達ってなんだろう、

耳をすませばコピー

"理由もなく会えるのが友達で、理由がないと会わないのが知合いで、理由をつくって会いたくなるのが好きな人。"

なんてあるけれど

理由もなく会いたいと思う事もなければ、人と会う理由も考えつかないし、理由を作って会いたい人もない

ひとこいしさをおしえて

人に会わずに一人で生きたい

一人で旅に出て、テントを張って一人で食事をするとき

まらない満足感を覚えてしま

一人で美しい自然を見つけた時に充実感を覚えて

自分一人で出来ることが増える喜びが

人と喜びを分かち合う事より大切で

人恋しさをもう何年も感じていない

大人の中の子供の自分

大人になってもまだ、子供のようなわがままをいう人々にうんざりしているのか

自分わがままに、うんざりしながら付き合ってもらうつもりもない

自分勝手にやるために、誰も関わらないところに行って、自分一人で味わいたい

望まないでいられる心のおきどころ

人と会いたいと思う人はぜひ教えてほしい

他愛のない話に充実感を覚え、一つの目標にみんなで臨み

また会いたいと思う仲間達には何を望んだら良いのか、そして何を望むのか

私は退屈したくない、退屈させたくない

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