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はてなキーワード: 牧歌的とは

2021-02-07

anond:20151004153135

昔やってたよ

副音声プログラムを流したりしたりな

それをテープに録音して、データレコーダーで読み込んで、実行するっていうなーんて牧歌的世界がそこにはあった

データレコーダーなんて分かる人今も現役で居るのだろうか?

anond:20210206230031

み=皆思う コロナで開催 無理だろう

これに尽きる。

他は五輪をどうやるかというhow toに向けられたもので、今見ると牧歌的にすら見える。

現状は開催そのものに待ったをかけるしかないフェーズなんで。

2021-01-29

45歳のプログラマーの件

日本情報漏えい史上教科書に載るレベルインシデントにもかかわらず、

あの開き直りとも違う、どこか牧歌的のんびりした対応

あのあたりが本当に300万円の多重請け45歳SES社員、という印象しかない・・・

リアルだ。

ようはSES20年もやればだれでもアホになれますよという話。

https://matomedane.jp/candy/page/69727

2021-01-17

anond:20210117003634

やれやれ牧歌的なことを言っているな?

ディープフェイクが完成した暁には本物と同等レベル二次創作可能となる。

さらプログラム進化すれば一次創作すらフルオートだろう。

漫画家など廃業してプログラマーとなるのだな。

2021-01-16

日本ネットって、いつが一番頭良かったか

スマホが出てくる直前が一番頭良かったんじゃないだろうか。


その前からアフィリエイトは出てきていたが、まだマシというか、簡単に量産できる人数が限られていた。

Twitterはまだ牧歌的

ブログは長文と論拠を示さないと議論に絡むこともできなかった。今だと共感時代と言われて即反応の方が尊ばれる。

皆まだ時間をかけて考えていたんだと思う。

今のようにヤフーTwitter配信されるニュースソースにするのではなく、1次ソースを辿って調べ直せという声が多かったのではないだろうか。


また話題になるのも学際的だった気がする。

化学物理数学といった理系の人と、政治歴史といった文系の人が互いに情報発信して交じり合っていた。


少なくとも今の、誰かをバカにする、茶化す論点をずらして嗤うといったことは2chだけで閉じていたのではないだろうか

結局ゲーム制作者はどうしてほしいんだ

いや、結局ゲーム制作者?はどうしてほしいんだ

お金では納得されないらしいし、利用報告でも駄目らしい。どうも規約ちゃんと書くのもいやらしい。

まあ要するにVtuber自主的?に課金しれくれればよいのか?

牧歌的」な時代はまともだったらしいが、昔はそんなにちゃんと「忖度」できていたという証拠が具体的にあるわけでもなさそうだし。

規約に書いていない、ゲーム制作者のご要望忖度して、そのとおりにすればよいという話なのだろうけど、それへ非現実的だろうし。

そもそも二次創作って余計に作者に送りつけては行けないって文化に育ったから、「利用報告」するってのも抵抗感がある。

昔のブログとかリンクしたら報告しろとか普通にあったし、なぜそれでは駄目で「忖度」が必須になるのかわかりにくい。

anond:20210116144222

矛盾点を見つけたからそれこそ「牧歌的」に突っ込んだだけなのかもしれんが

多分「元増田反論してきた」という誤解を与えていると思うぞ。

anond:20210116143945

まあそういう点がネット牧歌的時代ではなくて云々って話なんでしょ、実際どうかは知らんが。

とにかく「規約を作ればいいじゃん」って話じゃないだろうなと解釈したので突っ込んだと言うだけの話。

anond:20210116132917

そりゃ明文化してくれってことになるわな

え、だから

もちろん、インターネット黎明期のような牧歌的時代は終わった。新参者は「規約に書いていなければ何をしてもよい」ぐらいの狼藉をやってのける。作者は新参者教育してやるぐらいの勢いで細かく規約を作るのが次世代の流れかもしれない。

って書かれてるという話ではないん?

元増田の時点ですでに明文化で仕方ないって書かれてるという文脈だと思うけど。

anond:20210116130424

そりゃある種の「ルール」の上ではどのような理由フリーゲームを公開したっって自由ってのは前提でしょ

でも、配信者が投げ銭をしていないというのだってルール自体は守ってる。別にルール違反咎められているわけではない。

この上で、ルールさえ守ってれば何でも良いわけではないってのが本論なわけで。

それがつまりネット牧歌的時代には守られていた暗黙の了解的なものを守ってないのが問題って話なわけで。

駄目な態度での公開やってたら怒られるのは当たり前だろ。お前もまた暗黙の了解を破るわがまま人間だと捉えられかねないってのは何も不自然ではない。

それをまるで理不尽な怒られであるかのように書くこと自体が何もわかってないと言わざるを得ない。

お前が反応を欲してないのは自由だが、反応を欲している人を攻撃するのは何も自由ではない。

2021-01-15

anond:20210114153728

これに関していろいろな意見を見たが、大まかに2つに分けられると思う。

マネタイズしないのが悪い

他人創作物タダ乗りするな

自分としては両方とも筋が通った話かと思うが、マネタイズしないのが悪い(だから私が儲けても作者に還元しなくてもよい)という言い分のVtuberが時々見られたので処刑しておいた。

さて、フリーゲームはなぜフリーなのか。これはモノづくりをしたことがある(それをフリーで公開したことがある)人でないとわからいかもしれないが、ぶっちゃけ反応が欲しいのである

ある人は手紙で、ある人は会話で、ある人はSNSコミュニケーションをとる。その形がたまたまゲームなりの創作物の人もいるのだ。

かに喜んでもらいたくて、誰かの楽しいという一言が欲しくてゲームを作ったはずなのに、それをすべてVtuber横取りされて、投げ銭という目に見える形で自分の人気のなさが明確に表れたとき、「誰かが喜んでくれるかも」が「誰も喜んでくれなかった」に変わってしまうのだと思う。

この時増田が欲しいのはもちろん反応である。「せめて実況者は投げ銭をしてくれ」は、反応が得られないならせめて収益の一部でも…という妥協なのだろうと推察する。

もちろん、インターネット黎明期のような牧歌的時代は終わった。新参者は「規約に書いていなければ何をしてもよい」ぐらいの狼藉をやってのける。作者は新参者教育してやるぐらいの勢いで細かく規約を作るのが次世代の流れかもしれない。

そして新人実況者、Vtuber諸君フリーゲームがなぜフリーなのかをよく考えておいてほしい。そして、著作権ぐらいは守れよ…最低限な…

クレジット表記絶対やれよ…

お願いだからな…

おばちゃんの3姉妹の思い出

若いころにバックパッカーしていて、

アジアのどっかの国だと思ったが、食堂のおばちゃんと仲良くなった。

聞くと両親が中国系で、なんかの罪で追われたために移民したのだという。

まり移民2世となる。

おばちゃん日本人だと伝えて仕事は何をしているとか意気投合していたのだが、

しばらくして、奥から娘さんらしき人が出てきた。

かなりのおばちゃんである(笑)

そしておばちゃんは娘の説明を熱心に始める。

お互いにつたない英語であるがまあまあ意味はわかる。マジメで働き者とかそういう感じの。

さらにしばらくすると、どこかに電話をし始める。

10分ほどして、さら女の子が2人あらわれた。おばちゃんの次女と三女だという。

イオイどういうことだ。

近所で働いているが切り上げてきたのだという(このあたりが牧歌的である)。

さらにおばちゃん説明が30分ほど続く。

このあたりで鈍感なワイも気づき始める。

「(おばちゃん、3人のうちどれか貰ってくれいうとるやんけ!!w)」

3人とも、あんたならまあええわ的な雰囲気をかもしだしている。ヤバイ

なんだかんだのらりくらりと話題をそらしながら、その場をのがれた。

しかし考えると、情報化社会婚活だの出会いサイトだのいっているが、

本来、男女のなれそめとはこうした「紹介」によるものだっのではないか

そこにどこか牧歌的な、良い意味日本が忘れた古き良き封建的時代をかんじたのである

いま60歳以上の昭和結婚はきっとこんなかんじだったのだろうな、

と思いをはせながら、そのままパタヤゲイバーに向かった。(娘さんゴメン)

anond:20210114172732

誰かがどこかで金を稼いでいようと、そういう話題にかかわらず牧歌的にわいわい楽しみたいのがフリゲ文化だろ?

そこに「俺は俺のゲーム投げ銭で稼いでる奴が許せません」とかそっちのほうが文化破壊者じゃねーかって思うけど。

2chFlash板とかダウソ板でフリゲ作ってる連中が金の話しだしたらボッコボコだったんだがな。

2021-01-12

anond:20210112213821

無理に首都圏で生きようとするのをやめれば遥かに牧歌的世界が広がってるよ。

2020-12-26

TUTちょっと良かったこ

アドベントカレンダーからリンク先が思いつかなかったので、ここで生成する。)

TUTTUT

はい、そういうわけで、ですね!TUTちょっと良いところ、言ってみたいんですけど!

東京工科大学だと思った人、残念ながら帰っていいですよ!

今はホットなのはそっちのじゃないほう大学です、ギコ大です!技科大です!

ちょっとあらぬ感じアレだったことを観測したので・・・時を戻そう。

(この記事12月23日のアドベントカレンダーからリンクされています、ていうかする予定ですという分かりづらいボケです。

 だって26日より先が空いてなかったどころか枠がなかったんだもん。もんじゃねーよ。)

そもそも豊橋駅技科大敷地は同列に語るべきでなくて

都会度というか、その辺りは

豊橋駅<<(超絶超えられない壁)<<技科大

で、私自技科大から豊橋駅に行くには上京する心づもりでした。

あとこれは200x年頃のお話なので、今は全然違うかもしれません。

環境

豊橋さらに奥の僻地にあり、近場のミニストップを神のライフラインとして崇めていた

・その次に近いのが徒歩10分位の距離にあるすき家(都会のライフステーション

イオン初日に行った帰りに迷うほど、目印の少ない牧歌的風景

・そんな感じなので、基本的に車がないと人権がない

・最低でも原付は欲しいところ。なので学内原付の売買がお盛ん

・それでも鋼の意思チャリと徒歩で生き抜くならば毎日エクササイズという特典が

・なのでお出かけの基本は車となり車を運転できる人間はそれだけでデキるやつだった

・車に全員載らない場合は車と単車原付場合によってはチャリで編隊されて行軍する

大学はそれくらいの秘境にあるので、その寮へのネット回線はボッタクリナロードバンド月5000円一択のみ

貧乏学生ライフライン業務スーパー普段生活のみならず学園祭仕入れにもお役立ち

・なんで飛んで火に入る夏の虫のごとく、緑の看板には生活を求めて日々飛んで行ったよね

ブレーカーを数部屋で共用する男子寮ドライヤーひとつで数部屋を道連れにするスリル

・当然クーラーなんてないよね~、あん貴族嗜好品。夏の猛暑アイスノンと扇風機で生き抜くサバイバル

・当然激セマ君ではあるのだが、寮費が光熱費込みで1万も行かなかった(5000円位だったか

貧乏学生をしていたので、食堂はあまり記憶にございませんねぇ

バカ舌もあって味噌ラーメンとかはそんなに悪くなかったような

⇒そんな感じで、今や絶滅種の「昭和貧乏学生生活が送れる素敵な場所です。

◆勉学回り◆

学生ほとんどは高専病に起因する英語ヨワヨワなんで許してあげてほしい

・というか高専教育が悪い。今は変わってきてるのかもしれないけど

中学から受験以降、受験とほぼ無縁で単位取得のサバイバルのみで生き延びた学生が多いイメージ

・なんで、興味範囲以外はいかに取りやすいかいかに出席や提出物が少ないかが授業選択の最重要ファクター学生がいたとかいないとか

自分の居た系のみかもしれないが、大学で割り当てられるアカウント個人領域ディレクトリ学生番号出来られていて、他からも見ることができた

・そこには過去の学年のレポートとかが眠っていた。なんで、そこから引っ張ってレポート提出する学生もいたとかいないとか

・だがまぁ、それは誰しもが考えるので、過去の有料レポートを提出すると中身同一レポート教授のもとに集まり、諸共無言で最低点の裁きを受ける

・なんか学生課の職員の人が異様に態度LLだった気がする。

院試自分苗字名前ケアレスミス無く書ければ徹程度の難易度

・なんて状況がまた単位効率コスパ厨を醸成しているのだけど

先生ダイバーシティの極みの極み、二重の極みで、まともな人、あきらめ系、変人などなんでもござれだった気がする。

・他と比較できてないかわからんけど変人比率は高かった、と思う

⇒背景、状況から普通ではない」ふいんきなぜか変換できない)が醸成されていたのは事実かなぁ

サークルとか◆

・そんなわけで、高専から入学ほとんどの技科大サークルちょっと関係が難しい

・具体的には3年生新入部員と2年生の先輩部員という時空のひずみ

とはいえ、3年生新入部員と3年生先輩部員も発生しうることから大概は学年で先輩後輩関係は形作られる

・ただし、そこにさらに時空の法則を破る留年先輩が出てくるがそうなるともう、年齢で判断することになる。

そもそもサークル活動的なのはまり活発ではなかったイメージ

・ほぼ男子校技科大生のあこがれ「愛知大学」との連携女子とのキャッキャウフフを夢見る生徒も多かったとか少なかったとか

・あ、そうそう。サークルだけではなくて愛知大学連携していて、確か愛知大学図書館も使えたはず

・数式をおかずにして飯を食えと言わんばかりの糞高い技術書しかない技科大図書館に比べて、文学教養の良書がタダで借りられる裏技があるんですよ!

陽キャは居たにはいたけど、レア種でしたね。居ても、フェードアウトするとか。3年の夏休み前にパチプロになると聞いて以来、音信不通の彼はパチプロマガジンかに出ているのかな。出ているといいな。

なんだろう、ぱっと思った限りこんな感じ。

うーん、まぁ学生生活にはちょうどいい閉塞感で、自分としてはこの環境を楽しませてもらいました。

なんか思い出して行きたくなるくらいには。

社会人だと厳しいか、な?

引きこもりの私には何の問題もないけどそれはなんというか、属性問題かな。

2020-12-06

いじめ差別の違い

ナイキCM論争で不満なのは、「差別」に比べて「いじめ」に言及するものが少ないこと。賞賛派も批判派も、あれを差別問題をめぐるCMとして扱っている。

差別とは一生涯続くいじめである」という人もいるが、個人経験としてはまったく納得できない。いじめは確かに幸運であれば学校を変わればなくなることもあるが、実際には学校を変わっても、社会人になってもいじめられ続ける人が大半であり、そうではなくても一生にわたって後遺症が残る。

ナイキCMのような、差別を乗り越えて強くなったという物語は今でも無数にある。しかし、いじめを乗り越えて強くなったという話は、大昔の野蛮で牧歌的時代いじめならともかく、現代では寡聞にして知らない。いじめ問題専門家には周知だが、いじめを乗り越えるためには逃避以外の手段不可能である

差別はどんなにひどいものであっても、それが世の中にある偏見のせいであであることは明白である。だから差別体験は反発心アイデンティティになることも多い。しかいじめは、そもそもなぜ自分いじめられているか理由がわかっている人はいない。自分理解はるかに超えた理不尽理由攻撃されているので、反発心アイデンティティは芽生えるどころか、日々削り取られて無気力になっていくだけである

差別体験について外に向けて語る人は、少ないにしてもそれなりにいる。被差別集団どうしなら共感で話が盛り上がる。しかし、いじめ体験を語る人はめったにいない。いじめ被害者どうしが集まっても、いじめ体験を語り合うことは絶対にあり得ない。

そもそもスポーツ系の部活動はいじめの巣窟である少年野球天才選手や、甲子園スター選手が、いじめに耐えかねて退部し、プロ野球への夢を絶たれることになったという事例は枚挙にいとまがないが、外国人であることを理由にした差別でそうなったという事例については(表に出ないだけかもしれないが)聞かない。在日系のスター選手は多数いる。

いじめ問題に比べて差別問題は大したとこがない、と言いたいわけでは全くない。ただ、あのCMの中にある様々な要素の中から差別」だけが切り取られ、過剰にクローズアップされるのは、毎日今日はいじめに遭いませんように」と祈りながら学校に登校していた10代を過ごし、そのまま社会落ちこぼれになってしまった自分には、どうしても違和感距離感を覚えてしまうのである

2020-11-11

はてなハイクかい伝説サービス

時々ブクマカが懐かしげに話すことでしか、その概要を知らない。なんだかとても牧歌的でいにしえのインターネットっぽい場所だったのかな、と想像する。

はてブができた頃に使っていて最近また覗いている。どうせゆるコミュ古語)として使うなら、ハイクがあった時に来た方が楽しかったんだろうな。

なんだか僕が先に好きだったのに展開の後に別れられたみたいな気持ち。いやなんか違うな。

2020-11-09

anond:20201109082247

だいたい合ってると思うけど、一つ抜けているのは、今のような金持ち貧乏人の分断というのは、グローバル化によって起きた。

グローバル化利益は、どうしても富裕層しか入らない。しか投資先が海外だと地元還元されない。

平民平民格差の拡大は、貧乏人が貧しくなることによってではなく、富裕層が豊かになることによって起きた。

遊戯王で言えば、コンボデッキが強くなりすぎて、普通にモンスターを出して殴るデッキがついていけなくなった状態

たかだかコンボを組める程度で、つまり教育受けれて努力ができる程度で、できて良い差以上の差がグローバル化によって生まれしまっている。このような環境では、努力いから報われないんだとか考えるのは牧歌的すぎると思う。

 そしてその是正増田の言うような社会主義的な努力否定ではなくて、グローバル化抑制によって為されると思う。例えば、海外投資した分は投資と見做されずに現金扱いのまま課税額の対象になるだとか。

2020-11-07

anond:20201107000410

最近ネット炎上とその被害についてだいぶん人口膾炙してきた感じはあるよね。

クソリプこそ痛い」っていう認識も増えてきた。

それでも、まだまだ牧歌的にやっていくには長い時間がかかりそうだね。

企業SNS中の人を辞めた話

辞めてから5年くらい経つので、時効かなと思って書いてみる。

スーパーtwitter中の人を2年ほどやっていたことがある。

当時は企業アカウントブームになってきていて、東急ハンズタニタローソンなどなどSNSマーケティングが脚光を浴びていた。

そんな中、どこかでその話を聞きつけてきた社長からSNSでのつながりを使って新規顧客開拓してほしい」といういかにもなオーダーをもらい、twitterを立ち上げることになった。

最初タイムセール情報や新商品情報などtwitterと小売りは相性も良いから余裕かなと思っていたが、

想像以上にフォロワーを伸ばすのは難しかった。

そこで、SNS運用担当者向けの講座などいくつも通い勉強をした。

・ある程度人格がわかるような親しみやすキャラ作り

・しっかりとリプライを返信する

・読んだ人が少しクスッとするような、拡散やすツイートをつくる

商品情報ばかりは嫌われるから気を付ける

リツイートされやす時間統計を取って、その時間投稿する

などなど、当時の最前線ツイッター担当者から貪るように学んで実際の運用活用した。

すると、数百フォロワーだったアカウントがスルスルと1000フォロワーを超え、

1年もしないうちに1万フォロワーを超えた。

フォロワーが反応する様子を思いながら、毎日投稿の文面を考えるのは楽しくて仕方なかった。

SNS限定の割引チケットなどを配布すれば、反応が起きてリアル店舗の売り上げにも影響が出始めた。

各部門の販売担当から、うちの部門商品も紹介して欲しいなど連絡が頻繁に来るようになった。

有名企業アカウントとも少し絡んでもらったりと、どんどん勢いに乗っていた。

そんな矢先、半年で小さな炎上を3つほど経験する。

最初日配担当者からきた冬場のアイスクリーム投稿

冬の売り上げ厳しいので、なんとかSNS応援して欲しいという依頼で投稿したものだった。

「冬はこたつアイスクリーム。最高ですよね」

というような内容だった。多くのフォロワーから好意的な反応だったが、

一部のフォロワーが「こたつに入ってアイスというエネルギー無駄遣いはいかがなものか?」

暖房も入らない部屋で、貧しく暮らしてる人がいるのに、そういう人への想像はできないのですか」

という類のリプがついた。

この時は「こんなこという人もいるんだねー」と社内では笑っていた。


2つ目はコロッケ投稿台風コロッケネットミームとして盛り上がっているのを見て、思いついた投稿

今日台風は大きいみたいです。こんな日はお家でコロッケに限りますよね!いっぱい揚げたのでどうぞ!→クーポン

みたいなことを書いたところ

台風という甚大な被害が出る可能性のあるものを利用してキャンペーンするとはどういう了見だ」

「昨年の台風被害者の気持ちを考えたことあるのか。」

というリプがついた。どうも粘着してるのはアイスの時と同じ投稿者のようだった。

このくらいから、だんだんtwitter投稿が恐ろしくなってきた。


自分感覚常識的だと思う発言や、

お客さんに楽しんでもらおうと思う発言も、

ことごとく誰かを不快にし、その度にきついリプライが飛んできた。

お客さんの冗談に乗っかったリプライを書くと、

他の関係ないユーザーから部分的な切り取りRTなどをされたり、

返信しにくい内容でコメントするのに時間がかかると

会社電話に問合せがかかってくるなんていうケースもでた。


そして最後うなぎ投稿だった。夏のウナギ商戦はスーパー鮮魚売り場担当にとっては大事な時期。

SNSでも盛り上げて欲しいということで、うなぎ投稿依頼がきた。

自分では直感的にヤバいと思った。

うなぎの漁獲高減少、絶滅危惧種指定などネットを騒がしていることを解っていたからだ。

ヤバい旨を社長まで直談判したが、受け入れてもらうことはできなかった。

投稿は予想通り(プチ)炎上した。


最後の方は毎日胃は荒れ、あれだけ楽しみだったtwitterの文面を考えるのが辛くなった。

100人好意的リプライをもらっても、1~2人の批判的なリプライがきつい。

当時はSNSフォロワーを増やすことが自分KPIになっていて、当たり障りのない投稿を続けてフォロワーが横這い/減ると経営会議で詰められた。

炎上を避けながら高感度を上げつつ認知度を上げるという難問に疲れ切っていた。

人生で初めて心療内科に通い、そしてSNS担当者を辞めた。


その後、後任の担当者が何回か引き継いでいった。

配信担当をやめた後、フォロワー数やSNS上のコミュニケーション数を担当者KPIに設定するのを廃止してもらった。

今では属人性を完全に捨て、ただのセール情報と新商品情報を流すだけのbotとして運用している。


最近、いろんなSNS担当者twitter炎上しているのを見ていると、当時のことを思い出して心がとても痛い。

きっと彼らは自分経験したレベルではないほどの罵倒を受けているんだろう。

良かれと思ってとったコミュニケーションで袋叩きにされる辛さは尋常ではない


経営者には企業アカウントSNS属人性廃止した運用に切り替えるよう伝わって欲しい。

数年前の牧歌的企業顧客コミュニケーションツールとしての役割は終わっている。

SNSをやってるユーザーには、石を投げる前に裏に普通の人がいることを想像して欲しい。

あなたが投げる1つの誹謗言葉ナイフであり、殺すかもしれないのだから

2020-10-23

強い魂 × 強いボディ = 強いVtuber 

さな可能性を秘めた者たちが、オリジナル素体を持ち寄っていた牧歌的時代は完全に終わった。

全ての可処分時間は、企業Vtuber達の奪い合うパイとなった。

強い魂……昔から生主、転生者、クラスの人気者、そういった者たちだけが生き残る。

強いボディ……プロデザイン豊富人月、繰り返される会議個人制作モデルなんて時代遅れ。

インターネットが始まってから個人HPが次々に衰退するまでが高速で再現されている。

太陽の下で埋もれていた輝きにふと人々が気づく静かな夜、そんな世界は一瞬で消えた。

山師達のサーチライトが、彩るネオンが、真昼よりも煌めく世界が、昨日までの暗闇を光の海へと変えた。

この中で輝き続けられるのは、昼の世界でも輝けるものだけ。

光を恐れ夜の中を生きるものよ、見えない星を探すものよ、この地を離れよう。

再び、旅が始まるのだ。

ここはもう、高度に経済帳が遂げられた巨大なダウンタウン

君たちが愛した空き地ではない

2020-10-21

もう3時だが、放課後ていぼう日誌を見始めてしまう。

釣りかあ。

最後にやったのはいつだったかなあ。

日焼けさえ気にしなければアレほど素晴らしいアクティティは無いよな。

浮きをジッと見つめるのがとても良い(全然アクティブじゃない)

釣れなくて良い。

ということで、評判の良いこちらの作品に期待。

釣り部って聞いたことないけど、サークルじゃなくて部としてあるのかねえ。

ウチの市なんて海あるし川もあるけど、釣り部はねえなあ。サークルも無い。

多分やりたい奴等は放課後勝手に集ってやってるからだろうね。

実際、中学くらいでも男子達は集って川に釣りしに行っていた。

牧歌的

釣りは年齢も性別も問わない趣味だよな。

今日行った海岸釣り人だらけだったぞ(どうでもいいが、車もっと端に止めろよな。ケッタで通り難いだろうが。ボケカス)

2020-10-20

自分場合小学校高学年でも確か帰宅が6時半くらいだと親から怒られたけどなあ…

今よりずっと牧歌的時代しかもド田舎だったけど。

子供に対する犯罪で敏感になってるこのご時世で、7歳の子を犬の散歩で6時台に外に出すとか

ちょっと信じられない。

塾とかならまだしも犬の散歩で?

しかコロナで騒ぎになってるこの時期に。

2020-10-15

在宅勤務の終わりとテレワークの始まり

今日電車に乗っていると、車内で広告動画が流れていた。

在宅勤務中の社員監視するためのPCソフトウェア広告が堂々と放映されている。

勤務時間中に在宅で社員が全員遊んでいるかのような姿を映し出してから、これでは「生産性」が下がりますよね?とやっている。

監視される側となる人間が大半であろう乗客は、ぼんやりとこの広告を眺めている。

コロナウイルス騒ぎが長引いたせいでとうとう在宅勤務は終わり、日本的な「テレワーク」の時代が本格的にやってきたのだと、この光景を眺めながら私は思った。

テレワークは、社員が常にPCに張り付いて仕事をしているふりをすることを求める。

家にいても仕事で結果を出していれば問題ないという在宅勤務の時代は終わったのだ。

テレワークは、社員オフィスに出勤し、時間までそこにいること自体評価する日本的な働き方の再来だ。

結果ではなく、姿勢努力といったよくわからないもの長時間労働で「見える化」している気になっている働き方の再来だ。

自宅で家事をしながら仕事をし、生産性生活の質も上がったと感じていた牧歌的な在宅勤務の時代は終わったのだ。

これが日本の「生産性」だ。

2020-10-13

日本戦車必要ない

こういうことを言うときっと「事情通」とやらに叩かれてしまうのだろうが……。

戦車所詮は100年前に考案された兵器であってマイナーチェンジを繰り返しててはいるが時代遅れ感は否めない。

21世紀現代に、もう100年前の常識通用しないのだ。

航空兵器が登場したことによって戦車は主力兵器の座から引退した。

B-29のような高度10000mのからの爆撃に対して、戦車はただただ無力である

とっくの昔に戦車は主力兵器ではなくなっているのだ。

現代ならヘリコプターを利用すれば戦車ほぼほぼ一方的破壊できる。

ところで、ある映画ではロケットランチャーによってヘリコプター破壊されるシーンが話題を呼んだ。

戦車破壊できるヘリコプターをも破壊できるのがロケットランチャーという近代兵器だということだ。

戦車の装甲は頑丈だ」などとメーカー広報担当者調子のいいことを言うだろう。

しかヘリコプターをも破壊可能ロケットランチャー攻撃されればどうか?

戦車ヘリコプターに弱く、ヘリコプター兵士に弱く、兵士戦車に弱い。これは三すくみ関係なんだ」

恐らく事情通はこう言うだろうが、果たしてそうだろうか?

実際の戦場ゲームとは違うのだから、そう都合よく三すくみ関係が成立するとは思えない。

かに戦車1対兵士1ではたとえ兵士ロケットランチャーを装備していたとしても戦車に軍配が上がるだろう。

なぜなら最新鋭の戦車チョバムアーマーによって一発だけならロケットランチャーにも耐えられるためだ。

だが実際の戦場では、常にタイマン・バトルが成立するとは限らない。

兵站ロジスティクス考慮すれば50トンの戦車は100kgのフル装備兵士500人分にも匹敵する。

想像してもらいたい……、RPG7を装備した500人の兵士RPG7を手にして一斉攻撃を仕掛ける姿を。

映画のように「アールピージー!」などと叫ぶ間もなく戦車は一瞬にして破壊されるだろう。

しか兵士は一箇所に集中せずに分散して配置することができる。

500人の兵士で以って包囲殲滅陣を仕掛ければいか戦車といえどもひとたまりもない。

さらRPG7は一度攻撃すればそれでおしまいではなく爆弾を再装填して再び攻撃することさえ可能なのだ

数千発のロケットランチャー攻撃されれば戦車が生き残れる可能性は万に一つもない。

以上により戦車よりロケットランチャーを持った兵士のほうが強いことは事情通といえど否定できまい。

また戦車には現代では見逃すことのできない致命的な欠陥がある。

一般的戦車には3〜4名のパイロット必要であるとされる。

このとき問題となってくるのがパイロット間での情報伝達の遅れだ。

音声による情報伝達にはどうしても伝達の遅れというものが出てくる。

なぜなら音声は音速スピードである秒速340m以上のスピードでは伝達できないためだ。

ITテクノロジーの普及によって情報伝達のスピードは100年前とは比べ物にならないほど早くなった。

故に100年前の開発当初では無視されていた情報伝達の遅れが現代では致命的な欠陥となりうる。

100年前ののどか牧歌的戦場と違って、現代戦場は一秒一刻を争うのだ。

さら戦車長と呼ばれるチームの司令塔とも言うべきパイロットは車外に体をむき出しとするような運用常態化している。

素人考えかもしれないがスナイパーライフルのような装備さえあれば戦車長を無力化することはそう難しいことではないだろう。

スナイパーライフルは秒速340mの音速を超えるスピードで飛行してヒットするよりあとに銃声が聞こえるのだという。

戦車長が銃声に気づいたときには時すでに遅し……、というわけだ。

戦車長を失った戦車など頭脳を失ったバッファローと同じことだ。

日本固有の問題以前に戦車という兵器現代戦場では無用の長物である理解していただけただろう。

さて、日本においては以下のような言説が支配的だ。

戦車配備されれば海外敵対勢力戦車に対抗するだけの武器を用意しなけばならない。そのため戦車抑止力となりうる」

なるほど確かに島国である日本海外から戦車を持ち込むのは困難だろう。

では敵対勢力特殊部隊が極秘裏に潜入してきたとしたらどうだろう?

基地に潜入した特殊部隊戦車捕獲することができれば敵はまんまと戦車を手に入れることができるわけだ。

皮肉にも日本においては戦車配備されていることで敵が戦車調達できる可能性があるのだ。

ではテロリストが実際にそのような作戦を実行していないのはなぜだろう?

恐らく戦車が盗まれないのは戦車を入手したところで大して役に立たないからではあるまいか

まともな判断能力を持った人間であれば現代戦では無用の長物である戦車を盗もうなどとは思わないだろう。

仮に戦車泥棒成功したところで戦車よりずっと強いヘリコプター破壊されるのが関の山だ。

ただし薬物などで判断能力の低下した人間戦車を盗もうと考える可能性は十分あり得る。

そのとき戦車愛好家の主張する強さや恐ろしさがすべて跳ね返って帰ってくるのだ。

もっとも前述の通り数千発のRPG7攻撃すれば最新鋭の戦車といえどひとたまりもあるまい。

チョバムアーマーによってロケットランチャー攻撃を防ぐことができるのは一度きりなのだから

しかも生身の兵士がわざわざRPG7を手で持って突撃する必要も実はないのだ。

どういうことかというと、第二次世界大戦時代ゴリアテのような装備を現代の最新技術で作り直した上で、それにPRG7を装備して突撃させれば兵士が身を危険晒す必要さえないというわけだ。

そもそも、それほどまでに戦車が優れているというのなら、すべての軍用車両戦車にしてしまえばいいのだ。

それをしないことが戦車無用の長物であることの確かな証ではないか

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