「実写化」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 実写化とは

2018-06-22

幸色のワンルームって何がそんなに魅力で、何がそんなに問題なんだよ

これ「https://note.mu/amakara_no_tare/n/na4eb53fb6768」を受けて書きたいと思ったこ記事

自分は今回に関してはテレビ局に慎重に取り扱ってほしい旨をメールで送った、ドラマ実写化に関してのみ規制賛成派。

該当作品ツイッター投稿リアルタイムで見てて、その後ピクシブのぶんだけ読んだ。

ここまで前提。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々甘く見てそうで怖い

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

の3本です。長い。一番最後に3行でまとめたから忙しい人はそれ読んでくれたら嬉しい。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

幸色のワンルームは単なる誘拐の話ではなく、ただの男女の逃避行でもなく、

理不尽にただ蹲って耐えるしかなかった少女が守るべきもの(=居たいと思える居場所、人)をはじめて得て戦うことで少女から大人へと羽化する話であり、

リアルの男女の性に絶望した読者に対して「男と女ではなく、大人子供でもなく、ひとりとひとりの人間として関係性を結ぶ」という夢を与える物語

と捉えることができる。できるんですよ。傍から見たら犯罪だけど。

問題誘拐ストーカー設定なくてもこれを描けたことだけど、その設定のおかげで(いろんな意味で)バズってるから  うん…)

「男とか女とか性とか支配支配とかラベルだけの話ではなく、ぜんぶひっくるめて、私という人間あなたという人間の話であり、救いの話」というふうに見たとき

正直、読み口としては2000年代商業BLブロマンスに近いなと私は思った。

少女漫画系譜だ。

実際幸色のワンルームの幸とお兄さんの関係は決して恋愛感情だけにはとどまらないという風に描かれています

加害者被害者であり、無自覚的な搾取する側とされる側であり、姫と従僕であり、ナウシカ王蟲の幼生であり、友情であり、慈愛や同情であり、恋愛感情もうっすらあり、依存であり、共闘関係であり、勘違いであり、共犯者であり、そして全てを肯定し合う関係である

から人気が出た。

恋も愛もべたべたラベルが付いてひと山いくらで売られていることを、十代の少女たちはとっくに気づいている。そんなふうに安っぽくない、けれど十代少女たちに門戸を開いているフィクション作品をもとめている。それがどれだけ過去文学映画漫画でありふれてやりつくされてきたものだとしても、「いま」「ここ」で「私たちに対して」向けられている作品に惹かれて何がおかしいのだ。

たこれは重大なポイントだが、お兄さんは性のにおいがしない。

デフォルメされた世界で成人男性記号ほとんど持たない、いってしまえば無性の存在メンタル的にもそう。

その上、精神年齢少女とほぼ変わらないため、罪の意識を持った姿は読者にはどこか可哀想うつる過去の傷があるらしく年下の幸が守らねばと思うほどいたいけでたよりない。幸に都合の悪いこともしない。

けど、男。

という風にドリームカスタマイズされてるキャラ

「そんなやついねえよ」だ。だからこれはファンタジーだし理想たりえる。リアルと切り離せる免罪符でもある。

ひと山いくらラノベに出てくる都合のよいヒロインから性の匂いをひっぺがしたようなものだ。少女にとって男の性は不要もの、というか幼いころから自分を脅かしてきたものしかいから、無い方がいい。幸の安心できる居住空間提供する為にも。

からストーカー誘拐犯の男、というショッキングスキャンダラスな設定はあるものの、それは今やおにいさんと幸が法を犯したことをしても問題ないというハードル下げのための設定になり下がっており、基本「ある日突然(可愛くて自分が居ないと生きていけない(A))女の子が空から降ってきた」と同義なのだ。ぺらっぺらだが、それこそが求められている。「怖くないから」だ。

(A)には「やんごとない身分の」「血のつながらない妹/姉である」とか、あと「大量殺戮生体兵器の」とか「妖怪の」とか「暗殺者の」とか「殺人鬼の」とか「サイコパスの」とか入ったりする。よくあるやろ。そういうのを①男女逆にして②リアル現代の③クライムフィクションチューニングすると

ついこないだあった事件そっくりで笑えなくなる、みたいなの超あるあるなんすわ…

からまあ、あるある作品なのだ正直。

そんなもんがあるあるになる現実の方がクソというだけだ。



クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々ガバガバで怖い

はいフィクションだし少女漫画だし、問題ねーじゃんと思うだろ?私も思う。お兄さんは捕まるか虐待親に突撃して共倒れして死んで美しい思い出になって欲しいけど(どうせやるなら徹底的に幸に都合よく退場して欲しい)。

これが少女漫画カテゴリで人気がある分には。

あと作者と制作側がゆるゆるかつタイミングが最悪でなければ。

ツイッターへの最初投稿とか現実事件に対してタイミングが最悪すぎる件に関してわざとかどうかはもう「関係ありません」で貫き通すだろうし実際分かんねえからいいわ…。マジでインスピレーションさえ受けてないとしてももう運が悪かったと思ってほしい。というか当時あれだけのトップニュースすらチェックしてなかったなら作者はうかつだし、チェックしてても特に何も考えず出したならそれはそれで大変アレなのでそれは怒られても仕方ないんじゃねーかと思う。

特に問題に思うのは、クロスメディアするとしたら慎重にやるべき題材だったということだ。

先生!」「PとJK」の実写化の時も同じこと思ったけど(あれも「少女漫画なら素敵だがリアルに考えるとわりとやばい案件)今回は格が違う。なんせ誘拐犯でストーカーだ。どれだけ気を使っても使いすぎるということは無いだろうに…と思う。

後ろめたさも、退廃的なことも、この作品の魅力と分かちがたく結びついている。伝え方を一つ間違えたら倫理観を疑われる作品なのは変わらないのだ。

このへんは制作側の、なかでもプロモーションの腕が必要作品だろうなと思う。

たとえば、この作品ギリギリまで性のにおいを消臭できているのは、絵柄の影響が大きい。デフォルメが強く、リアルさは無いティーン向けの絵。虐めのシーンにも性的ものは見受けられず変態教師とのバトルでさえ匂わせる程度だ。

性も犯罪も、それが主題ではないのだと、なによりも絵が主張している。

また、この作品家族で見てやいやい言いながら見るより、一人で集中して見たいものじゃないだろうか?ターゲット現在テレビを良く見る層と被っているか?いないんじゃないかティーン原作ファンがこの作品を見て語り合うなら、家族よりも、同性で趣味の合う友達とではないか

からメディア展開を思い切り間違えてる気がしてならないのだ。

テレビでやるならアニメ作品にすべきだったと思う。その人気に火を付けた一端でもあるキャッチーな絵柄を生かし、フィクションであることを最大限利用すればよかった。あくまでこれは夢物語で、リアルとは違うのだとアピールすればよかった。それでも非難は受けただろうが実写化よりはましだったはずだ。「誤解されやすいけど本来こういう話ですよ」と12話でも24話でもかけてやればよかった。

実写化したいなら、この退廃的な作品映画の方が合うだろうと思った。それに映画館でしか見れない、というフィルタリングは大きい。実写化することでどうしても露悪的に、生々しい匂いになる画面をテレビから無作為にまき散らすのではなく、納得して料金を払い席に着いた観客にだけ誠心誠意向き合う形をとれば良かった。観客を巻き込んで二人の世界に浸れる場所を作ればよかった。

広告展開で規制派の火に油を注ぐ可能性は大いにあっただろうが、中止よりはマシな結果になったんじゃないか

なんで再現が難しい絵柄を実写で、なんでナイーブかつ視聴者を選ぶであろう題材を全国放送の誰でも見れる割にメインターゲットを逃しまくるであろうテレビで、やろうとしたのだろう。やはりコスト問題だろうか。

プロデューサー編集部も何考えてたんだろうな。

いや本が売れたらいいなと思ってたんだろうけど炎上商法やった割にリターンがアレ過ぎない?そうでもない?わからんけど

正直、ドラマ制作側も作者の方も編集部も、「現実にある犯罪を扱った現代である」という認識が甘すぎたのではないかと思う。

それも、未成年被害者がいる事件を、「犯罪としてではなく救済として描く」というひねりを売りにした作品でだ。

カリオストロの城」でも撮っている感覚だったのかもしれない。モニタ解像度低いわ。

もしくは、とてもリアルだと思ったから実写にしよう!と思ったのかもしれない。

そのリアルさは虚構で夢でしかなく、それでいてとてもありふれた現実だ。

だって、実際の誘拐幼児への事案はひっきりなしに起こっていて(マジでひっきりなしに起こっている)。

ストーカー誘拐犯の脳内で、自分被害者と愛し合っていたという美しい物語が展開されているのは決して珍しくないのだから

その恐ろしさを無視して、リアルに寄せる実写化をするのは賛成できなかった。

苦言を呈す派に対して作者からコメントは「実際の事件とは切り離してみてください」これだけだ。たったこ一言で全て免罪されるなら表現の自由とはなんとも気楽で無責任ものではないですか。いや作品内で色々ファンタジー要素盛って免罪符切ってるしあれこれ言及するより作品に集中するのは良い手だと思うけど無責任だとは思うぞ。

だって「世の中いろんな人もいる」と、これが現実でもありえるかもね、とでも捉えられるコメントを付けて世に送り出したのは、他ならぬ作者自身なのだ

ドラマにしても、女優に「実際にこういうこともあるかもと思う」というコメントを、編集もせず流してしまった。(これで規制派の使命感に火を付けたようなものだと思っている)。制作側止めろよ…

現代クライムフィクション作品でこのコメントが出るときは「だから怖いなって思いました」くらいのことが続くはずが、「実際あったら素敵」と続いてしまうような。

作品のものというよりもその周りの倫理観ガバガバなのだ現実ガバガバ

そうでなくても今現在、長年沈黙されてきたハリウッドやら世界的に女優性的搾取告発が起きてて転換期で、それでも搾取する側の擁護をやめない(「いや、でも女性側も望んでたんじゃないか」みたいなのワイドショーで沢山見ましたね!)、日本テレビ業界をつい最近私たちは見せつけられているのだ。そもそもの信頼感が地に落ちている時に「地獄の真ん中で搾取されてるけど女の子ハッピーです」みたいな作品作ってもそりゃ倫理観が疑われるだろという話だ。

フィクションはいだって現実と地続きなのだ

不倫ドラマももちょっと気を使ってるんじゃないのかな。

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

お兄さんと幸の間にある感情はとても純粋もののように描かれる。

それは憂いを帯びて美しい。破滅に向かっているからだ。地獄の上にある安息からだ。あかるい太陽ではなく、暗闇の中の星。

薄汚く、ふたりを虐めるものばかりの世界でここだけは綺麗であるように感じる。実際そうだからなのだろう。未来なんて考えたくもないし過去の事は忘れたい。いまここにある、おにいさんと幸のあいだにある、形容しがたいなにか、それだけが全ての世界でいたい。

それは読者の心を掴むだろう。特に、十代の少女にとっては。

この作品メディア展開が一つ潰れることで、悲しく思うファンもいるだろうなと思う。恨まれるだろうなとも。

つーか私も十代の時に、リアルで起きた殺人事件(娘が父を鎌かなんかで…)をうけて「ひぐらしのなく頃に」のメインキャラが義父を鉈で殺す回の放送が見送られた時「いやリアルとの区別くらいついてますけども~~~~~????」って怒ってたよ。

でも今(アラサーだよ)、もし「新幹線で鉈をふるう殺人事件が起きたけど、犯人は実は悪い人ではなかった」みたいなフィクション作品テレビで予定されてるとしたら…今の私は、「それは見送った方が良いのではないか」と思う。

区別がつかないのは、つけられないのは、大人のほうなんだ。

大人になるにつれて、想像力は広がりだけではなくリアルさを増していった。経験知識が増えたからだ。

「これのせいでちいさい子供や、少年少女が酷い目にあうかもしれない」と思うと、耐えられなくなってくる。大人になれば強くなると思っていたのに、陰惨なフィクションも年々見れなくなっている。それは、年を重ねた分現実に起きる陰惨な事件を、それに対する酷い言説を、これまで見過ぎて、現実を見過ぎて、どうしても思い出すから、なんだか嫌になっちゃうからだと思う。大人になるにつれて、後からまれてくる子たちが傷つかない世界になればいいと、祈るようになってきたからだと思う。

フィクションなのに、現実被害に遭って泣いていた子や、かつて嫌な思いをしたとき自分を、思い出す。被害者の絞り出す様な言葉や、それに向けられた酷い言葉の数々を、理不尽を、やたらと思い出して、想像してしまって、苦しいときがある。

子供の時はフィクション作品メディアの力を舐めてたし、大人になればもっと区別がつくようになる、

なんならフィクションを見てリアルを思い出すなんてオタク失格だとすら思っていた。

でもそうじゃなかった。

倫理観スイッチ切って倫理観ゼロ作品を楽しむには、TPOがある程度大事だと知った。自分家族を亡くした直後に、家族を殺す話を楽しく読めないように。

倫理観ゼロ作品は、倫理観ゼロ現実世界では楽しめないと分かった。楽しめるならそれは娯楽である以上に、麻酔や薬であり、治療なのかもしれないと思った。生きるための救済。

作品の影響力を舐めたらダメだと思った。面倒なオタクである自分偶像フィクションに命を救われてなんとか生きてきた。

ならば人の命を奪う作品が無いなどとどうして言えるのか。

から今回の幸色のワンルームへの規制は、わたしは(あくまで私はな)、

これを見た「大人」がリアルに起きた事件や今までの経験フラッシュバックに耐えきれなくて「やめろ、せめて少女漫画カテゴリなかにいてくれ。そうでないなら無作為にまき散らす前に対策してくれ無作為にまき散らされて何が起こるか分かってんだおれはくわしいんだ(※嫌なことを沢山思い出しながら)」

って言ったんだと思う。

そういう側面は大いにあると思ってる。

「それでも僕はやってない。」が公開された以降から痴漢被害者への二次加害が酷くなったって話聞いてワァーってなった。

そんな変遷を見てきたら「こういう作品が公開されたら、また…」というフラバもそりゃ起きるよと思った。

直前に現実誘拐事件があり被害者バッシングを見てるんだから余計に「あれが、また…」ってなるよ。(だから本当にタイミングが悪すぎたんだよ…)

からといって作品自体消したいわけではなかった。

というかそれはダメだ。現実がこうだから配慮して作品自体消そうみたいなのは私が一番やりたくないことだった。だからゾーニングフィルタリング推進派なんだけどさ。

そしてゾーニングフィルタリングメディアの差でも実施できると思う。その作品に触れるまでのハードルの差があると考えているから。テレビ特にハードルが低い。例えば映画館での上映や本屋で棚が分けられパッキングされた単行本等とはそれだけでも違う。同列に語れないと思う。

からってガチガチにこの本は誰向け!この本はこの性別この年齢このカテゴリ!とかマジ誰もやりたくねーよ。なにそのディストピアだよ。

ネックは「現実事件に対する二次加害が野放しなこと」だから、ここがマシになれば結果的表現の自由も守られるんじゃねーかなと思うけどどうですかそのへん。

ほんとね現実クソだったよ。現実誘拐事件おこす犯人マジでクソだったし被害者に向ける目も相当クソ。二次加害を大量に見過ぎて本当にメンタル削れたし、なによりオタクリアル事件に対する大喜利に慣れ過ぎて、被害者がいるっつーのに自分も一瞬「あっそんなひどいことされてなかったのかも?」とか思ってしまったのがめちゃくちゃ自己嫌悪で死にたくなった(自分ネットアイドル二次オタクカルチャー10数年どっぷりなんですよ)。「そんなわけねーだろ」と思った。被害者の苦しみをも加害者のやったことも軽視出来るもんじゃない。絶対

この感覚のままでいるのはやばいと思った。でもこれは曲りなりにも女体持ちで嫌な思いも散々してきたから「そんなわけねーだろ」と思えた部分はあるだろうなってのもあるし、「そんなわけねー話」をいくらでも茶化せる人がいるのも知っていた。

誘拐ストーカー盗撮被害者叩きも遠い世界の人にとってはそれはファンタジーだろうしな。

でもファンタジーじゃねえんだよな。

私が生きていく現実に影響があるんなら、私は私のために戦わないといけないと思ったんだよ。

あのとき誘拐犯を擁護して被害者売女扱いしたアカウントほんとめちゃくちゃあって「で

2018-06-14

実写化されたダンボエロい

anond:20171016173128

元増田です。

ダンボ実写映画化が2019年に公開されるということを聞き、さっそく特報映像を見た。

はっきり言ってめっちゃヤバいと思った。

実写の質感でダンボ再現されていた。やばい

かわいいとかすごいというよりも、めちゃくちゃエロいなと思ってしまった。

映画館に見に行くつもりだけどこのままだとダンボ自分の性を狂わされかねない。

普通のゾウの動画を見ても、あまりエロさを感じないのになぜダンボにはこんなに興奮してしまうのだろうか。

同じような興奮を感じた方いたら、友達になってください。

2018-06-07

anond:20180607152930

どういたしまして。原作小説子供の頃好きだった。実写化子ども心に幻滅だったけど、今思うと結構いい映画だった。

主人公黒人なのはアメリカ人価値観を反映してるのかも。動物と話せる不思議な力は、アフリカならありそう、みたいな感じなのかなあと思う。

2018-06-06

anond:20180606101241

日本漫画原作映画場合漫画好き映画好き両方から評判が悪いくせに興行収入だけはいいから、酷い映画が量産されてみんな頭を抱えてる気がする。

進撃の巨人も前編は年間ベスト20入り、テラフォーマーズですらそれなりの興行収入だったはず。

アメコミ映画日本漫画原作映画を比べるのも流石に何から何までレベルが違いすぎるんじゃないかな。。

一般的日本実写化と比べるならスーサイドスクワッドくらいの話の酷さが妥当かなとも思うけど、あれもビジュアルだけならすごくよかったし。

原作ファンから文句言われてた作品だとダークナイトなんかは結構議論されてた記憶があるし、フロムヘルは作品自体評価も低かったし改変多くてクソ扱いされてた。

DC系だと最近映画も色々言われることが多いと思う。

あと米ドラマビッグバンセオリーを見てるとグリーンランタンみたいな駄作はよくネタにされてるのと、主人公たちとの対比もあるだろうけどオタク以外のキャラアベンジャーズすら認識してなさそうな感じもする。

元々アイアンマンなんて子供オタク以外のアメリカ人は誰も知らなかったってくらいアメコミコミュニティ自体が狭いし、そういう人に向けて作るくらいだから原作映画は別物ってコンセンサスも割と強くありそう。

anond:20180606111057

それもあるよな。

原作知名度漫画好きなら知ってるけど一般的にはイマイチなのが実写化成功したり、原作がかなり知名度合ってもコケたりするし。

2018-05-29

現実を受け入れろ

いかファンであるからこそ現実を見ろ

進撃の巨人デビルマン鋼の錬金術師北斗の拳機動戦士ガンダムもみんな実写化した

艦これGANTZアニメ化済みだし遊戯王はZEXALとVRAINSの間にはARK-Vが放映された

封神演義なんて2回だぞ?2回もアニメになってんだぞ

みなみけは3期もあるんだぞ3期も

アイマスにいたってはロボアニメになった

FateだってufotableだけじゃなくDEENアニメにしてる

聖剣伝説は4と新説が発売されたんだぞ

目をそらすな 記憶喪失のフリをするな ファンであるなら受け入れろ

俺が並べ立てたもの架空ではない

2018-05-18

浅野いにおアニメにならないわけ

この前アニメ化されていない有名漫画みたいなのを募る増田ちょっと話題になってて、

それもあって最近ふと思ったんだけど浅野いにお漫画ってヒット作多いのに不自然なくらい映像化される気配がないよな。

実写化なら代表であるソラニンがあるけどアニメはてんで聞かない。

人気漫画家なのにアニオタっぽい人にあまり好かれてないっぽい。

強いて言えばすべてはFになるとマイナビ賃貸CMがある。

けど前者は浅野いにおキャラデザしたってことは殆ど話題にならず、作品自体の出来も不評で存在感がない。

後者サブカルとウェーイノリが合わさったいかにも広告代理店という様相で、アニオタが親しむアニメ/マンガのノリとはなんか毛色が違った。

連載するたびに高評価を得てヒットさせる売れっ子作家でありながら、メイン読者層であるアニメ/マンガオタから支持されていない、浅野いにお稀有漫画である

なぜ浅野いにおアニオタに好かれないのか?

わりと近い路線である押見修造などと何が違うのか?

2018-05-12

anond:20180510184539

らんまって地味に若い世代からも人気があって

2011年っていうよくわからない時期に実写化されたりしているけど

あれはなんなんだろうな

TSもの草分けとして重要なのか?

2018-05-11

ゲーム化、アニメ化実写化、されてないマンガで1番有名なのはよつばと!

でいいよね?

でも「よつばと!」は音楽化やグッズ化されてはいからダンボーアニメ化になるのか?)。それもない場合なにになるんだろう?

たとえばBEASTARSなんかは現在メディアミックスされてないが時間問題から、終了した作品でいうとなにになるんだろう?

2018-05-10

君の膵臓をたべたいを読んで

ふとYouTubeの急上昇にアニメ君の膵臓をたべたい」の特報映像が載っていた。前から独特なタイトルが気になっていたし、実写化からアニメ化のスパンが短く、なぜそんなに人気なのだろうかとミーハーながらもこれを機に読んでみることにした。読後なぜか感想を言わないともどかしい思いにとらわれたものの、こんなのを言う相手もいないのでここに投稿することにした。長いし臭いし拙い感想文だが、付き合ってくれるとうれしい。あと、かなりネタバレ注意なのであしからず




美しい終わりへの話。

最初僕はそう思ってこの小説を読んでいた。春樹(僕)の初めて感じる楽しさと、桜良の僅かな時間を精一杯楽しみながらも死と直面する恐怖が合わさりながら美しく生と死を描いていると思っていた。読み進めて残りページが減るにつれ、いつ桜良は死んでしまうのかと悪知恵ながらもドキドキしながら読んでいた。しかし、突然出刃包丁というワードが出てきた瞬間、頭が止まった。言葉にならない感情が湧き上がってきた。そして、死がいつめぐってくるかなど誰にもわからないという当然な決まり自分の頭から抜けかけていることに気づき震えた。

はい死ぬかわからない。仲良い友達家族も、挨拶を交わすだけの人も、話したことない他人も。痛みを伴わない病にかかっているかもしれないし、ふいによろけて電車が入ってきているホームから線路へ転落してしまうかもしれない。それこそ突然電柱の影から現れた通り魔に刺されてしまうかもしれない。当たり前に人はその事実を知っている。何万もの命が一瞬に奪われた大地震経験して。或いは平穏な朝に起きた悲惨テロで。しかしその日が終わればまた何も無い日常が繰り広げられ、大多数はTVに映る悲惨光景の一片を目にしただけで受け流してしまう。1年も経つとそんなのあったな程度に感じてしまう。それが人間の性であるから仕方がない。一日一日を大切にしよう。明日死ぬ気で一日を生きよう。そう思っても絶対明日が来るという確固たる事実が、経験が、邪魔をして惰性で生きてしまう。安定した日本で生きる僕らの頭の中で埃をかぶって小さくなっているそれらを、この小説はつついて大きく存在感があるものにしてくれた。

朝起きて、学校へ行き、ただいまをしておやすみをする。何ら変わらない退屈な毎日で生きている実感が薄れていた。しかしそこには変わらないと思える贅沢があり命があることに気づいた。いつしか涙が溢れていた。

2018-04-24

50のオヤジが間違ってドラマ「花とけだもの」を観たら

第一話全部観たんだけど、なんですかこれ?

飲み物、吹きまくったわww

ネタバレになるから内容には触れないが

クソ少女コミックをそのまま

実写化したんだろうけどww

噴飯モノとはこのこと

まじで凄かった

あるいい傑作

HDDにしばらくとっておくわ

2018-04-19

がっこうぐらし!実写化って

変にこの実写化で一球入魂最後のチャンス!みたいな力の入れ方するんじゃなくて

若手アイドル四人と学校セットと脚本家B級ゾンビ映画のごとく量産できそうなんだから

比較的低予算がっこうぐらしスキームとして何度もリトライというかバージョン違いを作ってしまえば

ぐだぐだ言うファンも黙るんじゃなかろうか

アイドル脚本ガチャを回してたらそのうち当たることもあろうし

2018-04-17

anond:20180417090519

ゆうて響はスペリオールやろ。あずみと同じく実写化不可避カテゴリラインいたことはほぼ間違いなかったはずやろ。

読み込んでるコミックが..

ちはやふるあさひなぐに続いて響も実写化かよ

読み込んでるコミックに限ってなんなんだよ

2018-04-14

anond:20180413135920

アニメ化実写化が同じって、映像全然違うという誰が見ても分かるという点を無視して、自分にとっては同じだってのはほとんどイチャモンじゃねーか。

2018-04-13

anond:20180413135920

・オープニングとエンディングで必ず歌を入れるのは何で?ルール?そこで歌ってるキャラ、そんな風に歌うようなキャラだっけ?

ルールじゃないが、鉄腕アトムからOPEDはあったらしい。そのテンプレがまだ残っているんだろう。

キャラソンは歌う性格キャラじゃないとか、そういうの無視して声優に歌わせたい、とりあえず歌わせるぐらいの勢いに見える。

声優関連の文化が全体的にわからない、何で普通アイドルは嫌うくせに声優アイドルとして崇拝するのか

声優アニメ文化理解のあるかわいいスターで、アイドルアニメ文化理解のないかわいいスターからだと思う。

声優はあのアニメ面白い、あのゲーム面白いという話をするから、つながっている感があって、声優オタクはそれを求めている。

逆に、アイドルオタクは「塩対応」でもめげない人がやってるんだろうと思う。

・なんで漫画の「アニメ化」ならやったね!で「実写化」なら残念なのか。同じことでは?

俳優オタク自分の好きなアニメを貶されるとか、ろくに作品をわかってない奴が作ってるのがわかってしまうとか、そういうのは実写化にもある。

漫画アニメ化すると界隈がわかってない奴でやかましくなるとか、そこはそういう演出をすべきじゃないとかに似ていると思う。

anond:20180413135920

・オープニングとエンディングで必ず歌を入れるのは何で?ルール?そこで歌ってるキャラ、そんな風に歌うようなキャラだっけ?

尺稼ぎ、演出タイアップスタッフロールをまとめてこなせるから

OPだけでなくEDもあるのは昔のレコードがA面B面で2曲入っていたから。

なんでキャラソン前提なのか知らんが、キャラソンならだいたいキャラ声で歌われてるよ。

声優関連の文化が全体的にわからない、何で普通アイドルは嫌うくせに声優アイドルとして崇拝するのか

アニオタと声オタは違う人種

二次元に命をかけているアニオタならアイドルだけでなく声優も嫌っているだろうし、

声優が好きならドルオタ兼任の人も多いだろう。

もちろん普通アニオタでも声優に興味がなかったりアイドルを嫌っていなかったりする人はたくさんいる。

・なんで漫画の「アニメ化」ならやったね!で「実写化」なら残念なのか。同じことでは?

実写ではキャラの顔を再現しづらいし、ファンタジーSFだと実写で再現するのは難しいから。

ただし実際にはアニメ原作の実写は売れているものが多く、アニオタが「実写は爆死する」と毛嫌いしているのも感情先行のところはある。

anond:20180413135920

・オープニングとエンディングで必ず歌を入れるのは何で?ルール?そこで歌ってるキャラ、そんな風に歌うようなキャラだっけ?

憶測だが尺を埋めるためだと思う。

アニメは手間がかかるから少しでもシーンを使いまわしたい製作陣の苦肉の策としてOPEDを配置しているのでは?

声優関連の文化が全体的にわからない、何で普通アイドルは嫌うくせに声優アイドルとして崇拝するのか

声優養成所や劇団で下積みを経験した者しかなれないためプロフェッショナル役者として認められているのではないか

グラドルは無論、地下アイドルAKBグループはレッスンに力を入れていないイメージがあるので、アイドル卑下されがちなのかもしれない。

・なんで漫画の「アニメ化」ならやったね!で「実写化」なら残念なのか。同じことでは?

実写化原作によって抱いたビジュアルイメージを壊される可能性が高いからでは?

アニメならば原作に近いキャラデザにすればいいが、実写だとどうしても原作との差異が生まれしまう。

アニメ」が苦手なオタクの話

家族の影響で家には大量の漫画があり、小さいこからそれを読んで育ってきた。ラインナップはメジャーからサブカルまで様々だ。新しい話題作もどんどん入ってくる。ジャンプを始めとして漫画雑誌も様々読んでいたし、自分お小遣い漫画を買うことも多かった。そのほとんどを読んで育ちながら、ひょっとして自分結構詳しいのでは?”そこらのオタク”では適わない”強さ”を持っているのでは?そんな風にイキっていた。

成長し、”オタク文化”に触れるようになると、その認識根本から間違っていたことがわかった。オタク文化というのはアニメ文化のことらしい。

俺はアニメほとんど見ずに育ってきた。そうすると、びっくりするほど話が合わない。他の人と知っている作品の話に参加しようとする。「あの声優が、あの脚本が、あの作画が、あのOPが…!」何も言ってることがわからない。どうやらオタクコミュニケーションアニメで成り立っているようだ。

仕方ないので、勉強と思ってアニメを多少は見るようになった。まあ食わず嫌いは何でもよくない。…うーん。文脈がわからないなあ…。漫画だったら「右上から左下に読む」みたいな、根本的なところからからない感じがする。知らない作品ならまだいい。知ってる作品アニメを見ると、なぜそこをカットしたのか、なぜこういう演出になったのか、なぜ…悪いところしか目に入ってこない。

そんな状態が続いていて、未だに漫画好きながらアニメとは適切な距離感が取れない。人前でオタクとも名乗れない。一般人と話が合わなくなるからじゃない、もしそこにオタクがいたらそいつと話が合わないからだ。

アニメのわからなさ、特に疑問なのがこの三つ。

・オープニングとエンディングで必ず歌を入れるのは何で?ルール?そこで歌ってるキャラ、そんな風に歌うようなキャラだっけ?

声優関連の文化が全体的にわからない、何で普通アイドルは嫌うくせに声優アイドルとして崇拝するのか

・なんで漫画の「アニメ化」ならやったね!で「実写化」なら残念なのか。同じことでは?

こんなアニメ嫌いのオタクって話を他であまり聞かないけど、仲間はそこそこいるんだろうか。もし今後出会えたら、そいつとは多分仲良くはなれないと思う。

2018-03-30

すべて男性欲望なのか

もう時代遅れな感もあるが、「幸色のワンルーム」の実写化炎上していた際、こんなツイートがあった。

一つ目のツイートは「幸色のワンルーム」を少女搾取される物語としてとらえている。

二つ目ツイートは「幸色のワンルーム」について男の妄想と関連づけてとらえている。

こういうツイートを真に受けるならば、「なるほど、幸色のワンルーム男性少女搾取したいという妄想が悪い形で描かれているがゆえに批判されているのか」ということになる。

ただ、実際に「幸色のワンルーム」が男性向けの作品かというと怪しい。

このマンガがすごい!」の2018年版のランキングにおいて「幸色のワンルーム」はオンナ編で29位を記録しており、女性向けと考えたほうが自然そうだ。

(もちろん、商業誌の、回答者特定層に限られたアンケートをどれくらい信用していいかは疑問だが)

少なくとも、この作品男性向けであることを積極的に支持する理由はない。

「幸色のワンルーム」は悪いことを考える男性にとって都合のいい世界が、女性向けに受ける形で描かれているか危険だ、という論理展開はわかる。

危険から規制すべきと言っていいかはわからないが、そういう可能性は否定できない。

実在事件を想起させる、という話もまた、別の問題として理解できる。

しかし、「幸色のワンルーム」について男性欲望妄想が反映された世界を描いている、と考えることに対しては疑問がある。

誘拐犯の男性にとって都合のいい世界が描かれている物語があったとして、それが男性欲望を反映して描かれた物語とは限らない。

そもそも魔女集会で会いましょう」とかは不幸な境遇男の子搾取される話の好例だと思うのだが、そういうものが上のようなツイートをする人たちには見えていないのだろうか。

あれに対する反発への反論として、「私たち自己投影をしたいわけではない」というものがあった。

「幸色のワンルーム」について男性欲望を見出す向きに対して「私たち自己投影をしたいわけではない」とか「そもそもあの作品は俺たちの欲望を代弁するものではない」とか、そういうことを言いたい気持ちになった。

表現の自由戦士のように

私は某漫画が好きだった。

その漫画は、歴史特に第二次世界大戦を描いていた。

男が多数、しか同性愛じみたシーンがあるということで、BL界隈で爆発的な人気を得ていた。

私もそのひとりで、特に好きだったのがA×B。

Aが原爆でBを屈服させるのも愛ゆえと変換する創作が一部にはあった。

さすがに原爆という言葉は使われないが、大怪我を負ったBという構図で受け手理解できるようになっている。

この手の創作は、当時非難を受けていたが、私は好きだった。

原爆萌え妄想したり、ひっそりと書いたり、読んでいた。

けど、「表現の自由だ」「フィクションだ」「Bの重症描写原爆暗喩でAの動機も愛からだとお前が勝手受け取っているだけ」と、

抗議者に言い返すことはなかった。

もし(絶対にないが)、この二次創作実写化されて、被爆者やその子孫が消極的なのに目に触れるようになったら。

反対していただろう。

他にも、私には、法に触れないように児童ポルノグロ画像を見る趣味がある。

これを、合法から阻止するな、と批判者を、ポリコレ棒だと開き直って叩くことはできない。

そんな私でも、いつかは、表現の自由戦士のように

あなたがそう読み取っているだけだ」「フィクションだ」「エビデンスは?」と、

言い返せるようになりたい。

2018-03-26

古めな有名作品アニメ化

最近結構古めな有名作品原作としてアニメ化しますって話題を聞くけど

ジリ貧アニメ界隈で制作って苦しいよな

 

名作アニメ実写化レベルやばい気がする

 

はいえ化けるかもしれないけどさ

ジョジョ実写映画のように

 

でもアニメいっぱいあると観る目も雑になるから

評価も一纏めかもな

ジョジョ実写映画のように

2018-03-25

幸色のワンルーム羨ましい

新人漫画家だがこの漫画かなり羨ましい

いろんな漫画家が今ネットでバズってやる!ってあの手この手で狙って、作劇研究して、ツイッター漫画描いてるだろうに

幸色のワンルームは、ラフで単調なコマ割りで、顔アップ多くても、

作者が思うまま、好きなままに描いてあんなに評価されてる

あんなに羨ましいことないじゃん

からフォロワーが多い作家だったか拡散されやすかったっていうのもあると思うけどさ

もしあれを自分が描いたら、と想像してみたりもするがあんな恥ずかしい漫画書けないだろうな。

身体中が痒くなりそうだ。

でも作者はあれが好きで描いてるんだよな羨ましいな。

正直作者がもっと絵が上手かったらコマ割りが上手かったら納得できるのかもしれない そんなことないかな?

とにかく今はこんなに技術が拙いのにって思ってしまう。

漫画って結局技術じゃないんだな、感性なんだなって思ってしまう。

作者は作者なりに努力してて今があるんだろうというのは察する でもあの部数見るとやっぱ羨ましくなってしま

実写化に伴って倫理観疑問視されてるわけだけれど、この日記はそういう話とは別の話だ。

2018-03-24

『幸色のワンルーム』が叩かれて悲しい思いをしている人へ

『幸色のワンルーム』という作品が、実写化を期に色々なバッシングを受けている。

というか、申し訳ないが私も言っている。

けれど、あの作品好きな人は嫌な気持ちになったり、

大人がくだらないことで誤解をして騒いでいるとうんざりしているのではないだろうか。

もし私が作品ファンならそうなる。

なので、私の考えることをいくつか書く。


『好きになっちゃいけない作品』はない

まず言わなくちゃいけないのは、

あなたがあの作品を好きなことを、咎め権利も、バカにする権利も誰にもない」ということだ。

ある作品を読んで、それが好きだと思う気持ちは最大限に尊重されなくてはならない。


誘拐家出も悪いことだから」叩かれるのか?

私はあの作品非難しているが、

それは「登場人物が悪いことをしているから」ではない。

登場人物が悪いことをしていたって面白い作品はたくさんある。

また、幸が自分意志であの部屋にとどまっていることも

彼女にとってあの部屋の外の人間こそが害悪であることも知っている。

誘拐事件を増やしそうだから」叩かれるのか?

あの作品を見て誘拐事件を起こすような人間いるかも、とも、私は思っていない。

誘拐事件を起こしそうな作品ならほかにたくさんある。

では、なぜ非難するのか。

それは、『幸色のワンルーム』が、バカ妄想とよく似てしまっているからだ。


現実フィクション混同するということ

『幸色のワンルーム』を非難する人に対して、

現実現実フィクションフィクション。なんで混同して叩くんだ、区別くらいつけろ、ばかばかしい」

という意見はたくさんあった。

実際その通りで、現実フィクション混同するのはバカのすることである

同様に、あの作品を読んで「女の子誘拐しようと思う男」もバカだろうし、

「知らない男のところに住もうと思う女の子」もバカであろう。

では、これはどうだろうか。

現実に起きたの事件被害者に向かって

「(『幸色のワンルーム』の幸みたいに)自分でお兄さんのところに住みたいって言ったんじゃないの?」

という奴がもしいたら。

そいつ現実フィクション区別のつかないバカではないだろうか?

そんなバカ、世の中にいるとは思いたくないが、いたのである現実に。それもたくさん。



朝霞市誘拐事件で起きたこ

朝霞市女子中学生が、大学生の男に2年間監禁されていた事件を覚えている人は多いと思う。

この、現実事件被害者について、

「じつはこの女の子自分から男のところに住みたいと言ったのではないか?」

「単に家出をして男と同棲していただけなんじゃないか?」

監禁されたなんていっているけど、喧嘩でもした腹いせに、男を悪者に仕立てあげてるだけじゃないか?」

という妄想を垂れ流す人間は、残念だが現実にたくさんいた。

実際の事件被害者家族のことを考えたら、とても口にはできない妄想だ。


彼らのなかには、「中学生くらいの女の子に好かれたいな」という願望がある人がいる。

また、何を見ても「男は悪くない、ずる賢い女にひどい目に遭わされただけ」と考えるクセがついている人もいる。

そして、実際の事件を見て、「もしかして自分の願望通りのことが現実に起きたんじゃないか」と期待し、妄想してしまう。

から監禁された女の子自分から男のところにとどまったことにしてしまうし、

必死で逃げ出したことを「喧嘩の腹いせに被害者ぶった」ことにしてしまう。

しかもそれを、ネット上でいってしまったのだ。

本人や本人の家族知人の目に入るかもしれない場所で。

2016年、『幸色のワンルーム』が発表される直前の話である


バカはいる。残念だけどいる。

もちろん、彼らは『幸色のワンルーム』を読んでこんな妄想をしたわけじゃない。

彼らは、彼ら自身妄想からこんな風に考えただけだ。

そして、現実事件を見て自分の願望を投影しただけだ。

だが、一人でもそんな妄想をして、それを他人にぶつけてしまバカが、

『幸色のワンルーム』を読んだらどう思うだろうか。

「やっぱり俺の思った通りだ。この漫画は女にうけてるじゃないか

 女は家出して、男のところに泊まるのに抵抗がないんだ」

と、「現実フィクション混同して」思いはしないだろうか?

そして、そうなりそうなバカがたくさんいることを、私たち朝霞事件で目の当たりにしたのだ。

バカは、いるのだ。残念だけど、現実に、厳然としているのだ。


バカに見つからないように」

私は、読者が『幸色のワンルーム』を好きなことは何ら問題ないと思っている。

最初に書いたように、好きなもの咎められる必要バカにされる必要もない。

だが、作者については、もう少し「バカに見つからないように」できなかったのか、と言いたい。

privetterを使うとか、注意書きをつけるとか、何か方法はあったはずじゃないのか。

私は、創作で「描いてはいけないこと」はないと思っている。

しかし、誰かを傷つけたり、バカ調子づかせてしまう恐れがあるのなら、

作品で傷つく人が増えるのを、できる限り防ごうと努力することは必要だと思う。

それは、バズらせるよりも大切なことではないだろうか。

実写化というだけでテレビドラマかどうかはまだわからないが、

もしテレビで放映するのなら、バカに見つかる可能性はぐっと上がる。

そのことを、そのバカによって誰かが傷つけられることを、真剣に考えた上でメディアミックスを進めているのだろうか。


私が作者や実写化スタッフに求めたいのはそういう配慮だ。

『幸色のワンルーム』という作品を、他人を傷つける道具にしてしまバカに、「見つからないように」する努力

そうして、きちんと「わかってる」人がこの作品を楽しめるようにしてほしい。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん