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はてなキーワード: 寓話とは

2023-08-29

さらに鬱になった。

仕事で鬱になって休職してる。

それで何もやる気になれず、何もしていないと何も時間が過ぎないのでネットショッピングに嵌った。

ちょうど大きなセールをやっていたので、爆買いをした。

お買い得な買物をしたことちょっとした高揚感を味わいつつ、その後すぐにポイント10キャンペーンエントリーを忘れて決算したことに気づいて鬱に至る。

なんだか変な寓話みたいで逆に笑えてきた

2023-08-27

anond:20230826234950

誰も消防車を呼んでいないのである!!はフィクションだったんだ。ちゃんと呼ぶ人は重複しても呼ぶ。

 ← そりゃそうだw  あれは単なる寓話からな。イソップみたいな。  

2023-08-25

今読んでも面白い昔の漫画

30代。

昔の名作を履修したいと思っていて、実際に時々読んだりするんだが、率直にいって昔の漫画がつまらない。

というか今の漫画面白すぎる。

表現が目に見えて洗練されているし、ストレスも少ない。

ズコー!どてっ!みたいな昔の激寒記号全然問題ないのだが、なんだろう、単純に驚きが少ない。

手塚藤子面白い。

表現ミームになってて馴染み深いのもあるし、通俗性が排してあるので、寓話的な物語部分に集中できる。

今読んでも面白い昔の漫画教えてくれ。

(昔ってのはぼんやりしてるけど、大体レトロ枠に入ってて知名度あるような奴って意味で言ってます

2023-08-24

anond:20230823132224

古いのでも良ければ。

Serial experiments lain

電脳世界をいち早く物語に取り入れた、20時代を先どったアニメ

Ergo Proxy

アンドロイドやらが出てくるリアル系SF。とにかくかっこいい。話は後半ちょっと小難しい。

キノの旅(古い版)」

さな国が乱立する世界を旅するキノ物語。独特の寓話のような柔らかい雰囲気殺伐とした物語を描く。

ブギーポップは笑わない(古い版)」

現代異能者たちの邂逅。ストーリーとしては原作スピンオフらしい。とってもダークでとっても不気味。ただ本編知ってないとちょっと分かりづらい。

灰羽連盟

羽の生えた少女たちのほんわかした話・・・かと思いきや。

魔法少女隊アルス

数少ないスタジオ4℃TVアニメ。毎回監督が変わって好き勝手実験的な映像を作っていった作品。動きがやばい。回ごとに顔や絵柄が変わるのはご愛嬌

宝石の国

意志をもったヒト型の宝石たちの織りなす物語主人公フォスフォフィライトの成長と・・・CGアニメだけど動きやカット割りがやばい

アルドノア・ゼロ

リアル系ロボット戦記もの火星から攻めてくる絶望的に強い敵ロボットに、主人公が訓練機で挑む。

モノノ怪

あやかしを祓う薬売りのショートストーリー集。絵画のような美しい映像と、独特な薬売りの姿動きセリフ。他に類を見ない稀有作品

妄想代理人

今敏監督現代劇。TVアニメ作品はこれだけかな? 出てくる登場人物みんなやばい

2023-08-20

寓話としての分かりやすさ」とか「ある種の人間にとっての耳障りの良さ」とかがあると嘘松だなと反射的に感じる

でも世の中にはスゲー都合よく寓話的なのに実話のパターンってあるんだよなあ。

たとえば「帰還した戦闘機被弾してない部分を補強することで、一撃必殺されにくい戦闘機になって生還率が上がった」みたいな話って滅茶苦茶寓話として分かりやすいけど実話なんだよな。

モンティホール問題とかも物凄い良く出来た嘘に聞こえる程に美しい実話なわけで。

こういうのって面倒くせえよな。

単なる確率論しかねえのは分かってるんだが、俺が人生経験かけて鍛えてきたセンサー逆張りかまされてるみてえでイラっとするんだよなあ。

2023-08-14

自分で設けた基準自分で引っ掛かって死ぬことになる寓話があった気がする

2023-07-25

自衛隊にはワシントン寓話を100回聞かせるべき

アメリカに3000年前から伝わる寓話ワシントン桜の木というものがある。

内容は以下のようになっている。

 

幼少期のジョージ・ワシントンが斧で父が大切にしていた桜の木を切り倒してしまいました。

ジョージの父はワシントンに「この桜を切ったのは誰だあっ!」と尋ねました。

ジョージは「お父さん、僕がこの斧で桜を切りました」と正直に告白

ジョージの父はジョージが斧を担いでいるのを見て、怒らずに「正直に言ってえらい」と褒めました。

 

この寓話からわかることは、

凶器を持った相手を怒らせることは決して得策ではない

ということ。

 

なんで実弾入った銃持った相手強気で行くかね。

危機意識欠落しすぎてないか。これが日本が誇る軍事組織で本当に大丈夫か。

前々からちょこちょこ書いてるんだけど、なんかさお前ら、

目の前の相手自分と同程度には理性的に違いないと勝手勘違いしてないか

 

漫画に出てくるぶつかりおじさんに罵声を浴びせる女もそう。

なんならぶつかりおじさんもそうだ。

相手がいきなりブチ切れて例えば手に持った傘を突き刺してくる可能だって全然あるのに。

https://www.sanspo.com/article/20190717-MAOSMPAF2NOBFFV5ACYU77EPOQ/

罵声を浴びせたところで悪くて口喧嘩になるくらいだろう

ぶつかったところで睨まれるくらいだろう、と勝手に甘く見積もってないか

 

罵声を浴びせてくるID通報したら凍結できますよって書くだけで刺殺される時代なんだぞ。

もっと危機感を持て。

目の前の相手がいつ何時だって理性を働かせることができて、話せばわかるなどというナイーブな考えは捨てろ。

2023-07-17

君たちはどう作るか

宮崎駿の最新作『君たちはどう生きるか』を見てきたんで、ある程度ネタバレありで感想書きなぐっておこう。

ネタバレありだからね。

正直、観る前に想像してたより悪くなかった。

テンポも悪くないし、人間関係に緊張感もある。

作画が徹底的に心象風景に寄っているのも、職人芸の趣があった。

火災とか草原の描き方なんて、ゴッホともセザンヌともなんだか判らんけどとにかく印象派的に歪みまくっていて、主人公の高熱に魘された夢のような心が伝わってくる。

田舎の家も、当初は主人公の内心の萎縮ぶりを示すかのように何もかも巨大で、玄関なんてどこの古刹の大伽藍かと見紛う巨大さであり、今に残ってたら家ごと国宝になりそうだ。

もちろん、本物はせいぜい田舎豪農レベルなのだろう。

心象風景として東大寺大仏殿並の巨大建築に見えているだけである

敢えて心象風景とわかるように表現している事で、主人公が実際には父の後妻を嫌っていない事も想像がついた。

なぜならすんごく清潔感のある優し気な美女として描かれているかである。嫌っているなら心象風景でそうはならない。

初対面から一目ぼれレベル主人公は慕っていたのだろう。

でまあ、作品は途中から塔の中パートと、塔の外パートという二輪構成で進んでいくのだが、

まあ、なんだ、ここから批判が多くなる。

まず塔の中パートだが、なんというか、とにかく意味があり過ぎる。

これは褒めてない。

宮崎駿もののけ姫辺りから、やたらと意味のあるものを描こうとするようになってしまってるように思える。

1シーン毎に意味があり、多分本人に質問すれば「このシーンはこういう意味がある」と全部答えてくるだろう。

まり寓話的で哲学的記号的で、イソップ童話とか不思議の国のアリスとか、そういう感じの、「意味の塊」として作品を作ってしまっているのが塔の中パートだ。

ハウルとか千と千尋とかでも顕著だったけど。

これの何が悪いって、妄想が爆発してないのである

ムスカラピュタの雷をぶっぱなしたシーンに意味なんてないだろ。王蟲がペジテのドーム食い破ったのも意味なんてないだろ。

あいう爆発するほど格好いいシーンに意味なんてないのだ。

「どうやお前らこんな凄えの見た事ないだろ。俺も見た事ないから作ってやったぞ。見て驚け。」

という作り手の妄想の大爆発なのだ

妄想を爆発させるためにそこには当然無理がある。歪みがある。そのシーンを効果的に描くために、他のシーンで入念に爆発物を積んでいる。

その無理、その歪みが、ある人には滑り、ある人には刺さるのだ。

本人が見せたいのは爆発の部分だが、関係なく歪んだ部分が受けたりする。それが創作快感である

ところが、この作品含めて後期宮崎はその「見た事ないだろ」をやらない。庵野もだけど。

なぜなら、名前が売れて裁量が大きくなった事で、作りたいものを作れるようになったからだ。作りたいものは作ってしまい、もはや「こんなの見た事ないだろ」が無い。

庵野はその無理のなさを、その歪みの無さを、オタク知識で埋めてシン・ウルトラマンやシン・仮面ライダーを作った。

そこにはTVエヴァのような溜めに溜めた便秘解放のような妄想の爆発は無く、無い物を何とか絞り出した感のある細長いウンコしかない。

一方、宮崎駿はそれを哲学記号で埋めてこの作品の塔の中パートを作ったのだ。これは最早宮崎駿のバランス感覚のみで構成された世界から、やたらとデジャヴがある。

もののけ姫と変わらずに「鎮まりたまえ~鎮まりたまえ~」とやってるし、千と千尋と変わらずに仕事やらされたり禁忌に触れて怒られたりしている。

でてくるのもやたら思わせぶりな妖怪連中である。思わせぶりなだけで、記号であるために特に伏線とかない。どういう存在説明されてフェードアウトする。

エンタメに徹するなら、塔の中はクトゥルーばりの別の星・異星文明でも良かったはずだ。せっかく宇宙から飛来した謎物体的な設定があるんだから、一気にスターウォーズ世界になっても良かったのだ。

そこから進めて、「現代日本主人公の迷い込む異世界として描く」まで手が伸びても良かったはずだ。

ところが、そういうエンタメに走らず、やたら寓話的な見たような話で埋めてしまうのが今の宮崎駿である

ブチ切れるセンス・オブ・ワンダーではなく、賽の河原の石積みみたいなひじょーに心象的なもので埋めてしまうのが今の宮崎駿マイブームである

そういう「意味」だけで構成されたパートからストーリーなんてあって無きがごとしである。断片的な寓話職人芸でつなぎ合わせた取り留めのないタペストリーである

一方、塔の外パートは違う。庵野と同じく、オタク知識で埋めている。

人力車描写一つ、言葉遣い一つ、看板一つ、食事のお膳一つから、「当時はこうだったんだぞ」という聞いてもないのに披露されるオタク知識臭がする。

多分、キャノピー実在ナントカ式とかそういう裏打ちされた設定があるんだろう。田舎がどこの県のどこの地方かも絶対決まってるねありゃ。

っつーことで塔の中パートより終わってる感のある塔の外パートだが、そこで主人公父親が妙な存在感出してるおかげでかなり良くなっている。

というのも、この父親ある意味主人公と後妻という二人の問題元凶と言える一人であり(まあ、亡くなった実母の方がより存在感は大きいが)、更に経営者であり金持ちで何でも自分で決めてしまタイプ

というジブリ作品ちょっと見ないタイプキャラからだ。

こういうタイプは、通常は出て来ても悪役なのだが、この作品ではそれを悪役として描かない。塔の外の部外者として描く。(大叔父と血のつながりもないし)

そんなわけで、このキャラについては宮崎駿の才能の爆発が感じられるのである

経営者であり第一線でもある、という後期宮崎駿が手にした立場意図せずに作り上げた鬱屈爆薬になってこのキャラに込められているのだろう。そのせいで、後半になって妙に生き生きしている。

主人公の心象にだけフォーカスするなら、後半の塔の外パートは要らなかったはずだ。少なくとも、もっと小さくなり、警察とかが来て事務的に進むのがセオリーだったはずだ。

しかし、おそらく宮崎駿はこの父親を描くことに創作快感を感じたのではないかと思う。

なんかもう藤井聡太ばりに全く失着を犯さず最善手を打ち続ける主人公の代わりに、

この父親勝手にやらかすし勝手決断するし部外者でありながらガンガン行くしで、

前半には明らかに狂言回しだったこキャラけが、後半に「キャラ勝手に動いた」を感じさせるのである。作中で唯一、記号を感じさせないのがこの父親である

そんなわけで、ち密に意味を積み上げて作り上げたであろう全体の印象を、後半の父親がぶっ壊して変になっているが、その父親がぶっ壊した所こそが個人的には最も見ごたえがあった、という何とも評しがたい作品である

まあ、悪くなかったよ。

でもね、道徳副読本を作りたいんでもなければ、作品作る時はもっと一点の妄想・一点の美意識に全賭けしましょうや監督

2023-07-16

ネタバレあり】君たちはどう生きるかテーマについて

何故か言及してる人が少なくて、増田でもあんまり書かれてなかったから、唾つけとく的な意味で書く。

今回の映画意図的多義的解釈できるように作ってあるし、ある種童話寓話的な作品なので、物語の中に何を見出すかは人それぞれでいいというのが前提ではある。

でも、一つだけ言いたいのは、これ、明治維新以降の日本太平洋戦争の話だよね??ってこと。

なんか一回しか見てないか曖昧だけど、

維新前に降ってきた何か→大政奉還だよね?

・石の積み木→大本営発表だよね?

インコ軍人→旧陸軍だよね?

・石積みません→人間宣言だよね?

ってこと。そんで世界崩壊すると同時に戦争も終わる。なんか他にもあると思うけど。

そもそも現実パート戦時中しわざわざ何年かも説明されるし。

なんか詳しい説明は賢い人に任せる

君たちはどう生きるか』の考察ゲームに対しての個人的意見 ネタバレあり

アオサギ鈴木敏夫」は確定情報ではないが、「鈴木敏夫のような油断ならない存在友情を育むことの尊さ」は紛れもなくあの映画存在していた。

映画のもの感想というよりも、映画を通して広がった考察ゲームに対しての感想みたいになってしまうが、私が言いたいことを一言で終わらせるならコレになる。つまり以下はその補足説明であり蛇足だ。

外野元ネタ探しをするほどに「解釈」の本質からは離れていく

映像の奥から表現たかった感情」を引き上げるために、元ネタとなった事象のものを言い当てようとするのは正しい過程ではない。

それはまた別のゲームであり、通常の考察と同じ枠組みでやるようなことじゃないはずだ。

眞人が自分を傷つけることによって周囲をコントロールしたことについて、宮崎駿引退詐欺元ネタであるかどうかを推理することに深い意味はない。

そもそも人間には誰しもそういった悪意がある」というのは、別にアニメ映画監督だけに限らない普遍的出来事であるというのは落ち着いて考えれば分かることだ。

巨大な塔が存在し、その支配者は老い後継者を探しているという話について、ジブリの内情をモチーフにしていると言い切れる要素はどこにもない。

アニメ業界全体の話かもしれないし、昭和から平成まで続いてきた価値観が変わりつつあるという話なのかも知れない。

作品が何を語ろうとしているのかを考えるときの補助線として造り手の実情を考えるのはいいのだが、「答え合わせが出来ない以上は試し書きの補助線でしかない」ことはちゃん意識するべきだ。

この切り分けが出来ているか重要なんだと思う。

物語からメッセージを読み取ることを投げ捨てろというわけではない

元ネタ探しをしても仕方がないとは言ったが、物語からメッセージを受け取ることを完全に拒否するのも間違っていると思う。

多くの物語はそこに寓話性があり、造り手なりの思うところがあって語られている。

たとえその始まりが「戦闘機をカッコよく飛ばしたい」「戦車を戦わせたい」のような画作りを主目的としたものであっても、その中で人間を動かしていくうちに「戦争悲惨さを描こう」「戦いを通じて育まれ友情を描こう」といった方向性が生まれてくるものだ。

実際の所、それらは多くの場合祈りのようなもので「勇気を持てば道が拓けると信じたい」「本質を見抜けないものは失敗して欲しい」「誠実であるものが救われて欲しい」といった願いの共有に近い。

時にはそこから反転して「でも現実はそうじゃないよ」「悪い奴ほどよく眠るんだよ」といった嘆きが語られることもある。

物語一貫性を持つためにはそういった精神的支柱必要なのだ

「大いなる力には大いなる責任が伴う」という支柱がなければスパイダーマンスパイダーマン足り得ないのである

それを受け取ることを拒否すれば、鑑賞者の頭の中で物語を崩れないように積み上げていくのはとたんに難しくなる。

君たちはどう生きるか」は問い詰めているのではなく問いかけているんじゃないか

このタイトル過剰反応して「うわーお説教だ―」となっている人をちょこちょこ見かける。

でもこれって問いかけぐらいでしか無かったと思うんだよな。

名前元ネタとなった本もそうだったし、この作品もまたそうなのだと感じる。

そしてその答はなんでもいいんだと思う。

主人公は「汚れ無きもの時間をかけて積み上げることは理想かも知れないけど、そうはならないから清濁併せ呑んで生きていく」と決断した。

無数の有象無象が生きる世界を見て回った後に、詐欺師のような友人を引き連れてそう宣言したたことで物語方向性が確定した。

より理想的な世界を求めた大叔父の夢は壊れてしまったが、その夢を実現する手段に辿り着けなかっただけで夢を持ったことそのものが間違いだった訳ではないのだろう。

インコの王は本質を見つめることを理解しないまま大雑把なことをして塔を壊してしまったが、それでも塔の外でデカインコとしてそれなりに暮らしていくのだろう。

自分理想通りに生きられるかは分からないけど、決断が迫られるときは来るから自分なりの準備はちゃんとしておいた方がいい、でも出来なかったからと言って何もかもがお終いではないよというぐらいの感じか。

母との再会・別れ・そしてアオサギとの友情

変えられるものと変えられないものの話なんだと思う。

何が元ネタだったか考慮するのではなく、描かれようとしてた哲学が何だったのかを考えていくのならば。

自分気持ちをがむしゃらに伝えれば、まだ生きている母親を取り戻すことは出来た。

必死に頑張ったけど、もう死んでしまった母は取り戻せなかった。

アオサギとは敵同士のようでもあったけど、最後には友人になれた。

最初の印象に引きずられてずっとアオサギといがみ合っていたらこうはならなかっただろう。

でもアオサギがその気持ちに応えてくれたのは嘴の穴を埋める木を直した後からだ。

本当にアレは偶然の出来事で、もしも最初からピッタリ嵌っていたらアオサギは本当に飛び立っていたんじゃないだろうか。

たまたまもう一度作り直して貰おうとしたことが、あの二人が友人になるまでの最後の一押し分の時間を与えたように見えた。

あの友情は偶然の産物でもあるし、同時に二人の意志によるものでもある。

自分意志で変えられるものと変えられないものがこの世界にはあるが、もしも手に入れたいものがあるなら諦めずに進まないいといけない。

「それは宮崎駿が結果を出した人間から言えることなんだよ」と言いたい気持ちはあるにはあるんだが、結果を出している人間の口から聞かないと受け入れにくい言葉でもあるなと。

元ネタ探しを辞めても作品とは向き合える

作品をどう解釈していいか迷ったとき元ネタを探せばいいんだという風潮がいつからか生まれていた。

それはエヴァンゲリオン解体新書日本中で書かれ出してからいよいよ熱病のように広まったように思う。

特に最近庵野監督が何かと話題になったので、作品考察とは元ネタ探しであるという考えはオタク業界において根強い。

それは一つのゲームとして面白くはあるんだけど、考察とはそういうものであるとは思わないでほしいんだよな。

まして単に感想を述べたいだけなのに元ネタ探しをする必要があるなんて勘違い絶対にしないでほしい。

世の中にある物語の95%は元ネタなんて探さなくてもストーリー背骨さえ見いだせれば話の内容はなんとなく分かるように出来ている。

かに途中で話が変な方向に向かうことはあるけど、展開の矛盾だとかご都合主義だとかの野次飛ばしたい気持ちを抑えて、大筋自体を素直に受け入れれば自ずとそれは見えてくるように思う。

考証ぶったクイズごっこや、食通ぶった矛盾探しばかりしてないで、まずは物語を素直に楽しんで欲しい。

君たちはどう生きるか』の感想を見ているとついついそう感じてしまう。

おせっかい老婆心なんだろうけどさ。

2023-07-05

anond:20230704164333

住宅ローン控除だとか省エネ補助金とか、国の保護政策を丸っと受けてる戸建て派が言うとギャグ味がすごいね。何かの寓話にでもなりそう。ちなみに生活保護などは別として、普通の人は賃貸を借りても控除も補助金も受けられないし、今の議論高齢者がそういったものを受け取れるようにするという話でもない。

あと、フリーライダー意味を間違えているのもギャグとしては加点ポイント

anond:20230704164333

住宅ローン控除だとか省エネ補助金とか国の保護政策丸受けの戸建て派が言うとギャグ味がすごいね。何かの寓話にでもなりそう。

2023-07-02

宗教とは何かについて考えてみた

宗教」を定義してみる

私の現時点での定義としては、宗教とは、人生において行動の選択を迫られたときにその指針となる命令又は禁止規範となる道徳をいう。多くの場合「こうすれば死んだ後で天国極楽へ行ける」「こうすれば地獄へ堕ちる」というように、行動いかんによって死後の魂の扱いが左右されるという教えがセットになっているが、現世における救済や恵みを受けるという教えの場合もある。

この定義に従えば、儒教宗教であるマックス・ヴェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で分析したように、「商売で儲かることは神の教えに従った正しい行いをしていることの証である」といった信仰のあり方も宗教であることに鑑みると、「運気が向上する習慣」といった自己啓発の類も宗教である。この定義に従う限りでは、何らかの宗教を持っている日本人はわりと多い。

なお、この定義からすると「お国のために戦って死ね英霊になれる」という教えが宗教に含まれるかどうかは微妙で、私は否定的に考える。なぜならば「どう生きるか」でなく「どう死ぬか」の行動指針であるため、「善き生き方」を示す道徳になっていないから。どちらかというと政治キャンペーン一種に分類すべきように思う。ただ、この点は「道徳とは何か」の定義を決めないと結論を出せなそうなので保留にする。

死者の霊、祟り祈り

死者は霊魂となって現世の人々に影響を及ぼすとか現世の人々の祈りが死者の霊魂を癒すという観念は、死んだら死後の世界に行くという宗教観念矛盾している。この二つの観念は別々のもので、宗教が生まれる前から原始的信心として前者が存在していたと思われる。

「死んだらどうなるのか」という不安に対しては様々な「答え」が出されており、天国地獄永遠に暮らすのだとか、別の生き物に生まれ変わるのだとか、現世と交流できる状態にあって時折姿を現したり人に憑依したりするのだとか、恨みや後悔を残して死ぬと地縛霊や怪異になるとか言われている。

交流したり観測したりできる存在としての霊魂存在を信じることは、何に寄与しているんだろうか。例えばいじめられて死んだ生徒の霊が語られる際に、いじめはいけないという教訓ではなく「あのトイレには近づくな」という戒めの方が強く意識されることからすると、道徳には繋がっていない。もっとも、死者の霊を軽んじる行動を取ると祟られたり罰が当たるとされるため、死者に対する礼節という行動規範にはなっている。死んでも生者と関われるので孤独じゃないとか、死者を敬うことで自分も死んだ後で丁重に扱われるだろうとかの安心感を得られるのかもしれない。

命令禁止をせず救済を与えてくれる神様

苦しい時に頼みの綱となる「神様」は、普段はまったく信仰どころか意識すらされておらず、名前もなければどんな姿をしているのかのイメージも持たない漠然とした概念である。その「神様」に祈りを捧げることで天国に行けるわけでもないし、祈ったにもかかわらず救済が与えられなかった場合には悪態対象にすらなる。

「どちらにしようかな天の神様の言うとおり」やテーブルゲームにおける「ダイス女神」もこの一種で、普通人生の命運をかけるほどの扱いはされない。ただ、行動規範をもたず「幸運のお守り」に人生を賭ける人もおり金儲けのターゲットにされがちである

エジプト神話ギリシャ神話北欧神話ヒンドゥー教の神々

勉強不足なのでよくわからない。

「死後の世界」を司る行動規範としての神もいるかもしれないし、「戦に勝ちたい時に祈る神」「商売繁盛のために祀る神」として救済を求める神様の類かもしれないし、「こういうことするとこういう目に遭うよ」といった教訓的な寓話や超常的で不思議な御伽話の登場人物なのかもしれない。

政教分離すべきとされるのはなぜか

上記のように、私の定義では「宗教」とは行動規範を示す道徳である道徳は「どうあるべきか」「何が正しいか」を含むものであり、従って政治法制度のあり方にも関わる。法や政治道徳イコールではないにせよ、深く関連している。そのため、特定宗教の良しとする行動規範に従って法律を作り政治を行うと、他の行動規範もつ宗教を信じる人々と衝突する。「人であるがゆえの権利」を前提とする法制度や政治は誰にも平等でなければならないことからすると、特定宗教立脚した政治を行うわけにはいかない。

「こう生きるべき」みたいに国家が口出しすること自体大きなお世話と考えるのが「人権主体政治だともいえる。

人権」は宗教

やってみればわかるが、人権を行動規範にすることはできない。人権人生の様々な場面で衝突するものからこちらを立てればあちらが立たず、その折り合いをどうつけるかが求められる。したがって人権大事にしようと決めたところで行動指針が決まるわけではない。例えば表現の自由プライバシー権のように。

政治を考える際に考慮すべきものではあるが、個人人生の指針にはなり得ないので、人権宗教ではない。

おわりに

私の友人にはキリスト教仏教敬虔信者であったり聖職者であったりする人たちが少なくない。また、スピリチュアルものを信じる人もいるし、神様へのお勤めで心身をすり減らしてしまっている人もいる。信仰はとても古くから存在し、必要とする人間が多かったのに、なぜ必要なのか自分にはわからないのでずっと考えている。難しい。

2023-07-01

anond:20230629223718

生殖・増殖は単体で出来たとしても外的要因の取り込みがなくなると勝てる試合しかできなくなります

社会宗教自然も清らかな心で善意として弱者問題を内在し共存させてるのではありません

試合を選んでいけば勝ち続けられるというわけではありません

負けは試合としてすら感知されなくなります

なぜ地球上に完全で永久不明生物存在しないか理由を考えたことはありますか?

容易に再発見できるこの世の理想像人間創作物として沢山あります

こう言ったところで理解はされないと思うので、理解できる寓話とか説法などにとびつきやすい甘い餌の空想をまぜて人は常識を育んでいます

あなたの逸脱もわるいものではありませんが、あなたが率先してわるいものとして失敗例になる必要はないですよ

2023-06-28

駅のベンチで鞄ゴソゴソやって中の物落としてクソデカため息ついてブツブツ言ってる奴がいた

完全に自分の不出来が原因なのに反省よりもイラだちが先に出て、それを周りに撒き散らすとか最高にクソムーブだなと思った。

あい言動だと誰も近づきたくなくて手助けしあえるような良い友人関係とか作れず、まさに負のスパイラルと言うべき人生になってしまうんじゃないだろうか。

「引き寄せ」って胡散臭いと思っていたけど、小さい言動でも他人は見ていてそれが積み重なるって事の寓話なんだろうな。

2023-06-24

anond:20230624111227

リトルマーメイドって奴隷解放寓話なんだから正しい変更なんだな

当時は人魚ってぼかして異人種との恋を描いたけど今は黒人出しても殺されねえしな

2023-06-21

anond:20230621013350

性格が悪いってわかってて偽ってたら偽ってる人に騙されたって寓話か?

2023-06-10

TAR / ター はいいぞ

映画TAR / ター」はいいぞ。見てよかった点は以下。

主人公が美しい、おしゃれ

主演のケイト・ブランシェットが美しく、演技も素晴らしい。あとキャラクターとしてファッションセンスが良くて、シンプルながら見惚れる着こなし。ファッション誌の映画レビューでも褒められるような感じ。しかしこの美しさは男社会を生き抜く鎧だったのかもしれない。

映像音響ダイナミック

ほとんどBGMが無く、生活が描かれる場面での静けさと、オーケストラ演奏する時の大音響との巨大なギャップ。その音楽の巨大な力を、主人公が1人で制御している全能感。音によって、マエストロが手に入れた権力が伝わってくる。

人間の強さと弱さが描かれる

オーケストラ世界世界最高の指揮者にまで登り詰めた主人公、その情熱と才能は本物。タフで知的で社交的。でも一方で、傲慢感情的。その人間的な弱さの部分が、徐々に自分に跳ね返ってくる。破滅が近寄ってくる。その演出が怖い。くる、きっとくる。

・よく練られた構成

開幕、よく分からないシーンがあり、スタッフロールがはじめにあったり、長いインタビュー主人公が語り続けたり。なんだこりゃ?大丈夫なのか?という不安からはじまりつつも、最終的には意図が分かって腑に落ちる。ただ、上映時間はけっこう長い。トイレに行きたくなるかもしれない。

・よく分からない感覚

見終わった時に、どんな顔をすればよいのか良く分からなくなる。自分は何を見たんだ?この感じ…今まで見た何に似ている?ハッピーなのか、バッドなのか。ハッピーだとして誰にとっての?何かものすごく今の時代を捉えていつつ、神話寓話を見たようでもある…よく分からない。つい後で思い出して考えちゃう。つまり癖が強くて面白いってことか。

2023-06-08

anond:20230608231305

ウシジマくんは限りなくそれっぽい寓話だと思う

綺麗事じゃない世の中の真理が描かれてる作品を教えてくれ

道徳的倫理的綺麗事コンプラ寓話、崇高な嘘を刷り込んでくるエンタメ疲れたんだ。

聞こえがいいだけの虚像道徳価値観に囚われないカッコイイわけではないが実際には芯を食ってるだろうなというクリエイターの誠実さが感じられる作品教えてくれ!

2023-06-06

ぶつかりおじさんの社会的意義は無視できなくない?

最初に断るが、ぶつかりおじさん自体エビル。

すべての暴力肯定されるべきではないということ。

そうした上で、ぶつかりおじさんという存在社会的意義は無視できないよねという話。

基本的に、女性は道を譲らなさすぎる。

譲るという感覚ごと欠落しているくらいに譲らない。

譲るという感覚が欠落しているからこういう話をしても通じなくて、とにかく一方的にぶつかってくる方が悪いという話にしかならない。

そもそも女性には道路上の優先順位という概念がない。

歩道を歩いている時も自分が逆走していたって必ず壁側を歩こうとするし、側道から出てくるときでも平気で人の前に割って出たりする。

なんで正しくルールを守っている側が車道側にでて危険な思いをしながらお前をよけなきゃならんのよ。

側道から出てくるときだってこちらに減速を強いっておいて割って出た割に歩くのが遅かったりする。

それで夜道なんかだとチラチラ後ろ振り返ってくるのとか、頭イカれてるんじゃないかと思うよ。

もちろんそうじゃない女性もいるし、男性でもこういう人間はいる。

でも、明らかに絶対数が違う。体感で言えば5倍以上は軽い。

極端な話をすると、男性同士でこれをやるともう喧嘩を売っているようなものと一緒。

相手が悪ければ因縁をつけられてボコボコにされても文句は言えない。(もちろん暴力犯罪だが、反面で自業自得という側面もあるということ。)

から男性は、相手が男女関係なく自分から道を譲るという文化が染み付いているし、自分が悪ければ一言お詫びを言うのが当たり前になっている。

そういう意味では、女性はぶつかられるだけで済んでいると言っても良い。

ある意味男女平等が実現されつつあって大変素晴らしいと思う。

お詫びを言われたことがない人はよっぽど自己中心的な歩き方をしていると思って自らを省みたほうがいいと思います

正直、ぶつかりおじさんというのは現代に生まれ妖怪なのではと思う。

女性があまりにも道を譲らないから、それに気が付かないと痛い目に遭うよと身をもって教えてくれる妖怪

水の増えた川に近づくとさらっていくカッパと一緒。

その結果、道を譲ろうとしない女性けがぶつかりおじさんの被害にあって、自らもぶつかりおじさん絶対にゆさな妖怪へと成り果てていく。

まさに現代妖怪寓話

それでも自身を省みないでぶつかりおじさんに切れ散らかす女だけが被害に遭い続けるとか、爽快以外の何物でもないよねというのが自分結論です。

そもそもこれを「わきまえろ論」だと勘違いしてしまうところが問題で、突き詰めて考えれば誰が悪いとかは関係がない。

被害にあえば損をするのは自分

妖怪ぶつかりおじさんを退治したければ、みんなで譲り合える世界を作る以外にないんじゃないかってことに一日でも早く気がついてほしい。

2023-06-03

anond:20230603083639

その点にフォーカスすると「敵に悲しい過去があれば許されるのか」みたいな感じの話になるんだよね

アンチマンは一線を踏み越えてなかったけど、最後に踏み越えた瞬間に賞と罰の両方を受けたという寓話なんだわ

2023-05-26

鏡割りの寓話を許してくれ~! 許してくれ~~!! 頼む!

このデッキが使えなくなると生き別れの母と妹が病気で死んでしまうんです!

 

2023-05-20

anond:20230519122751

散々幕府虐殺されながら隠れキリシタンとして何百年も耐え忍んできて、開国時にやっと宣教師と会って奇跡として喜んだりしてたのに、最後最後で同じキリスト教徒原爆で焼かれて皆殺しの虐殺にあうとか、不条理系の寓話味があってドラマチック

2023-05-09

anond:20230508194133

パンツレンジでチンして乾燥させたときにボヤが出た事件

土台にしてた段ボールの古いセロテープ燃えたりはしないだろ、話盛ってる

とか言われたけど、事実なんだよなあ💢

教えてもらったレシピ増田カレーとして紹介して褒められたときに、メタブを追っていたら

増田サラダクオリティが低すぎて試しませんでした

とか言われたが、そっちは自作なんだよなあ💢

うまいのに。チェッ

みのもんた体操の話! 目の前の増田肩こりで困ってたから、教えてもらった体操を良かれと思って教えたら。

病院行け

とか書かれた。これでもダメなら病院行けって末尾に書いてるの読めないのかなあ💢

それとも体操で治るレベルのチョットした違和感で即病院行くのか? スター賛同者たちは。

あと、お化けなんてないさって話で

論理崩壊してるやっぱり怖いのは人間

みたいに言われたとき別に何も崩壊はしてねえ。動機が複雑なだけで読解力のないキミの頭が悪いんだよなあ💢

あとルンバの話! 寓話としてお話を作って、ルンバ上面の埃を掃除するのにルンバ必要って言ったら

バカだなあ」

とか言われた。はあ?💢

ブコメ晒し上げて殴ってやりたい、と時々思う。

でも綺麗に収まった話は反論を載せたくない。特にかに楽しんでほしくて書いた話はね。

それを解ってて突いてくるクズもいると思ってる。

憂さ晴らしのためだか何だか知らんけど、インターネットで『ぶつかりおじさん』するのはやめろと言いたい。

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