はてなキーワード: 自戒とは
シロクマ先生の反出生主義=優生思想であるという議論なんだけど、はっきり言って何周遅れなのだろうかと思っている。
ずっと社会から虐げられてきた喪女は、子供を作る気力すらなくしている場合が多い。
はっきりと「ブスは子供を産むな、それは虐待だ」と言われたこともある。
仮に自分が子供を作ったりして、自分の醜い顔の遺伝子が子供に遺伝したらどうすればいいのか。
自分のようなブスは子供を作らない、それが子供に対するおもいやりになるのではないか。
シロクマ先生の言説を読んで一番ダメージだと感じたことは、容姿の悪い人間=優生主義の差別主義者である、と言われたような気がしたことだ。
他人に向かってブス!と中傷する人間と、自分自身をブスだと自虐して「子供を作るべきではない」と自戒する人間は、違うように見えても実際には同じなのではないか。
恥を忍んで吐き出してみる。
42歳で零細企業の経営をしている独身男性です。仕事に集中するあまり出会いや結婚の機会を逃し、彼女もここ2年くらいいない。
昨年、仕事関係で知り合った大学生グループがいて、そこにちょっとかわいい子がいた。
笑顔が素敵で、学生らしく興味のあることに熱心に努力し、大人とも対等に話をすることができて、年齢よりも大人っぽく見え、皆から愛される子。
部下とかアルバイトという形ではなく、斜め横のつながりで関わることが増え、たくさん話をする機会にも恵まれた。
そんな中でその子が私のことを「イケオジ」「好き」と言っていると、周囲から冷やかされることになる。まあ、正直悪い気はしない。
さらに、ある時冗談めかしてではあったが「好きです」「デートしたい」と直接言われた。
さすがに歳も歳だしと思い、その場はごまかして何もなかったが、そんなことを繰り返していると、こちらもその気になってくる。
たまに喧嘩したみたいな話もあり、愚痴を聞いたり悩みの相談に乗ったりもしていた。
本人曰く、自分はまだハタチだけどそれなりに恋愛経験積んでいるともいう。それに比べて、彼氏はちょっと子供っぽいんだとも。
話の流れで「ほんとにデートしてみる?」とかまをかけてみたこともあったが、「彼氏と別れたらね!」と逆にごまかされたりもした。
そんなコミュニケーションを続けながら数ヶ月がたった。
その間、斜めの関係性を続けながら、雨が降った帰り道を車で送ったり、買い物に付き合ったりしたこともあった。
自分の中でもその子に対する興味と好意が少しずつ大きくなってきているのを感じていた。
この春、その子の大学での活動やアルバイトなど環境の変化もあり、しばらく顔を見ない時間が続いた。
それまでちょくちょくあったメッセージのやり取りも減った。
どうしてるかなーと思っていたころ、その子からランチのお誘いがあった。
何か相談でもあるのかなと思いつつOKし、近所の人気カフェの予約を取った。話は他愛もないことが多く、ただ楽しい時間を過ごした。
その頃、やはり彼氏とうまくいっていないという話があった。
別れようか、という話も出ているとも。
色々ストレスも溜まっていそうだ。「今度飲みでもいく?」と誘ってみた。ちょっと悩んだ雰囲気はあったけど、OKが出た。
評判がよくちゃんとコロナ対策もとってそうな店をいくつかピックアップし、その中から一緒にお店を選んだ。
美味しく食べて飲み、そのあとカウンターのあるバーで遅い時間まで飲んだ。親密な空気を感じ、手を握ったりもした。
田舎なので代行をよび、家まで送り届けた。「またね!」と言って別れた。
その少しあと、その子が体調を崩した。
彼氏とはまだ続いていたが、あまり頼れない、というので代わりに病院に連れていったり、食事(コンビニ弁当だけど)を届けたりした。
「泣きそうなほど嬉しい」という返事があった。
ちなみにその子は料理が好きである。元気になったらお返しにご飯作って、と言ってみたらOKが出た。
ただ、病気が長引く後半は、彼氏の家で療養していたようだった。
仲の良いときは半同棲みたいな状態だったこともあり、生活の半分は彼氏の家という状況は断続的に続いていたらしいと後で知る。
「お陰様で元気になりました!お礼にご飯作りに行っていいですか?」とのことだった。
断る理由はもちろんない。
どんどん距離が縮まってくることに、ワクワクと不安が同居するのを、久しぶりに感じた。
半日かけて掃除に取り組んだ。男やもめで荒れた部屋を片付け、キッチンを磨き、スパイスや飲み物は事前に用意した。
食材は一緒に当日買いにいくことにした。
その子の家の前でピックアップし、スーパーに行って食べたいもののアイデアをお互いに出しながら食材を選んだ。
私のワンルームマンションに着き、初めて入る部屋にドキドキしている雰囲気のその子にこちらもドキドキしつつ、
しばし休憩の後、2人でキッチンに立ち、おしゃべりしながら一緒に料理を作った。
餃子を作ったのだけど、包むのが苦手な私は「ヘンな形(笑)」などとツッコミを入れられてばかりだった。
送りのことを考えてお酒は飲まなかったけど、ご飯も美味しく(その子的には不満な出来栄えだったらしい)、
おしゃべりもはずんだ。食べ終わったあとは一緒にテレビを見た。
間接照明だけの仄暗い室内。
テレビからは優しい映像とBGMが流れていて、いい雰囲気だと思った。
お腹いっぱいでちょっと眠くなったその子は背もたれ代わりにしていたソファにもたれかかって軽く目を閉じた。
「いやっ」と言って逃げられた。「もー、何するんですか!」「いやちょっとスキンシップ取ろうと思って」「もう、ダメですよー?」
そんなやり取りがあった。
その後もテレビを見て話を続けた。
「ちょっとまって、待って。だめですってばー」
そんな感じのことを数回繰り返した。
その後もテレビを見て、引き続き1時間くらいおしゃべりして、もう遅くなったから帰ろうということになった。
車でその子の家まで送った。
車の中でもおしゃべりは続き、気が向いたらまたご飯作ろう、みたいな話もした。
家の前で前回のようにお互い「またね!」と言って別れた。
それから数日間、連絡が途絶えた。
どうしたんだろう?探りを入れるため「よかったらまだ一緒にご飯作ろう」とメッセージを送ってみた。
1日くらい経ってから返事があった。
「変なことされて、平気だったとでも思っているのですか。
彼氏が殴り込みに行くと言っている。
警戒心が足らなかったことは謝る。
私の居場所を奪わないで」
というような内容だった。「少し話したい」と返したが返事はなかった。
「傷つけたことを謝る。同じ空気感を共有できる大切な存在と思ってたし、
軽い気持ちで変なことをしたのでは決してないけど、色々勘違いしていたのだと思う。ごめん。」
というようなことを伝えたが、そこから1週間、返事はない。
今回の件は、私が全面的に悪いのだと思っている。
彼氏との関係を確認し切れていなかったし、相手の気持ちを踏まえ切れていなかった。
そしてなにより、自分はもう40を超えている事実を正確に認識できていなかった。
イケイケだった20~30代の頃のようには行かないし、ましてや相手は大学生、経験積んでいると自分で言っていても、まだ子どもみたいなものだった。
きっと彼女の中では、私は別世界に住みつつも尊敬でき全面的に信頼できる「オトナ」という立場だったのだろう。
もちろん恋愛対象としては想像もしていない。それなのに突然自分を傷つける本性を出してきた、裏切られた、という感覚。
しかしながら男性はいくつになっても男性であるし、若い女性は多くの男性からとても魅力的に映る。
女性側としては、男性との距離のとり方はたとえ年齢差があっても気をつけたほうがいい。自衛のためにも、相手を尊重するためにも。
男性(特に高齢)は、自らの男性的魅力の減衰に、より自覚的になる必要がある。30後半以降にもなると加速度的に劣化していく。
セクハラ事件とか見ていて自分は絶対そうはならないと思っていただけにショックも大きく、恥ずかしいことだが数日寝込んだ。
失恋、ということもあるが、自分が加害者になるような事態がそれ以上に心情的に耐えられない。
ましてや仕事や社会的生活に影響があったら、仲間やステークホルダーにも迷惑をかけかねない。
今回は違うが、部下に手を出すようなことはリスキー過ぎて絶対にありえないと再認識する。
今回の件で、本当に殴り込まれるのか、場合によっては訴えられるのかは、まだわからない。
ただ自戒を込めて、また、誰かのなにかの参考になればと思いつつ、恥を忍んで書きました。
兄と姉の自戒の弁かね、くーだらねぇ!
嫌いな人が自分のブログをSNSで誇張していたのでこの人はどんな文章を書くんだろうと思って記事を選んで読んだ。「自分は人に気を遣えないから情けない」という記事だった。
そもそも僕がこの人を嫌いなのは、こちらがトラブルに対処している時に「でも私の彼氏なら○○するよ?まあみんなが○○さんのする方法に納得するならいいけどね?」とまったく役にも立たない情報と自分は嫌だという意思と嫌われたくないから同調する旨を一度に伝えられることが重なったことに由来しているので、「自覚はあったんだなあ」と思って選んだ記事だった。
中身を斜め読みして辟易した。自分の性格の欠点の理由を育ち方になぞらえて羅列、同性の友達がいなくて辛い話、昔の人間関係トラブル。隙自語。いや、自戒記事なので別に自分語りしてもいいだろとは思うけれど、その垣間から見える自己顕示欲と「人の気持ちに寄り添いたい」という目標があまりにも噛み合っていなくてそのままそっと記事を閉じた。
そうだね、人の気持ちに寄り添えていないことを欠点だと感じているなら僕にあんなこと何回も言わないよね。同性の友達がいないとは言うけど君の周りにたまたま君をスルーできる人が多いだけで僕みたいな神経質な奴は異性でも君のことが嫌いだし、人間関係トラブルに関してはトラブルになった相手に同情しかない。自分の精神の稚拙さを「男性脳」と表現するのはやめてくれ、すべての性別に失礼だ。君は「自分が正しい」と思っているわけじゃなくて「自分が間違っていない」と思っている、というのが正しいだろう。
多分人って20年以上生きてると自分を変えることは難しいんだろうなと思った。
内容はともかく文章は上手だったので結局数回に分けて読んでしまったわけだが。他人のことを考えられるなら小説家に向いてるかもしれない。
日本スゴイでもスゴクナイでもいいんだけどさ、マンガファンとしては海外にもこういう凄いコミックがあってね・・・という話をして欲しいよな。
俺個人としては日本スゴクナイの方がむしろ嬉しい。知らないコミックが沢山あるってことだから。海外に目を向けても、知ってる日本のマンガが席巻してるなんて白けるよな。統計データの話でスゴクナイんだ、スゴイって言ってるのは袋小路なんだっていう自戒的な説得より、いやいやこういう凄いコミックがあるんだから読んでみてよ・・・って言われた方が、オタクとしては気になるじゃんか。椎名ゆかり訳の『モンストレス』スゲエ面白いんだぜ? 中国系アメリカ人原作(元マーベル作家)と日本人作画(と言っても活躍の場は主にマーベル)のマッチアップで、アメコミで想像されるマッチョなテイストを感じさせつつもクトゥルフ的幻想SFを背景にイヌネコ半人間達が築き上げた文明世界で権力者の思惑に巻き込まれながら戦う、少女の話なんだ。日本語版は3巻で止まってるんだけどな。『ファン・ホーム』は……まあかなり人を選ぶっていうか、多分に衒学的すぎると思うからよく訳したなって正直凄いと思ったよ。あれを心底楽しめる人間は相当稀だろうな。作者名を取ったベクデルテストとかいう名前が独り歩きしてジェンダーバイアス測定の指標みたいな面してるの、正直英語圏のやつらは作品を鑑賞する時にいちいち杓子定規を持ち出して、ベクデルテスト、うーん…合格! とかやってると想像すると、あきれてしまう。そこまで数値的な規範に頼らないと何のバイアスがあるか無いか判断できないって、それはもう手前で作品を楽しむこと自体が不安なんだろうな。
話が逸れたけど、そういう個別作品の話をもっとして欲しいんだよ。それを「北米の(グラフィックノベル市場全体ではなく)一般書店で売られている紙の単行本に限定したベスト20でMANGAと呼ばれる商品が独占している」だけだから結論を導くことは出来ない、実際に北米で一番売れているのは「子供向けグラフィックノベル」のカテゴリーだ、って言われても、途端に何が真実という話なのかよく分からなくなるよ。その抗弁もするだけ苦しいっていうか「子供向けグラフィックノベル」って要は児童向け絵本のことでしょ? スマーフとか想像しちゃうけど、カートゥーンネットワークで放送してるアニメのボリュームゾーン。そのジャンルと比較して、いや日本の漫画は売り上げで及ばないし……って言われても、なるほどそんな市場規模ならコミック読んでる奴は精神的に幼いみたいな受け止め方もされるかって思うし、それにMANGAが次いで更に小規模なスーパーヒーロー・大人向けグラフィックノベルってマジで小さな市場なんだなってなるよね。実はゼロカルカーレの『コバニ・コーリング』がシニカルなサトリ世代の戦時ドキュメンタリーになってて新鮮だとか、ティリー・ウォルデンの『スピン』がヤングアダルトジャンルで出色なんだとか、いやいやMariko Tamakiの"Laura Dean Keeps Breaking Up With Me"が外せないとか、そういう話で盛り上がって欲しい。
こういう愚痴をユーロマンガも誠文堂新光社の『アイデア』も黙らせてくれるので、感謝してます。読みます。海外マンガであるというだけで正直かなりの下駄履かせて面白がってるように感じちゃうけれど、知らない変なコミックに出会えるというだけで高評価せざるを得ない。非凡な人は全世界にちらばってるので、そういうのを見つけて楽しむのによい。そう思います。
慎重な声が出て見送りになったやつ、なんだかなという感じがしている。
マイノリティ関連の話題についての自分のモヤモヤした気持ちがなんなのか解明をしたいけど出来ないのでメモ。
LGBTに偏見はないつもりだし、身の回りにいた時もへーそうなんだ位の感覚で、今問題とされている少数の人たちの権利も認められて欲しいと思っている。
ただ今回の一連のニュースから、一部の当事者の人達が差別だ!!謝罪と撤回を求めます!と言って署名を始めているのを見て、モヤモヤとした気持ちになっている。
正直慎重派の言う感覚も理解(共感ではない)できるし、実際文言一つにしても様々なケースを考慮しなければいけない政治家からしたら、そういった声が上がるのも正常なのでは?という気もする。
と同時に今回声を上げている人々の気持ちも理解はできる、マイノリティはこれまで否定され続けてきたから、差別的な物事に敏感なんだろうと思う。
ただ、今回声を上げている人達は別の意見を封殺しようとしているのでは?と感じてしまう。
最近マイノリティ関連の話題が取り沙汰されることが多いが、自分達の主張をするのに他の意見に対して攻撃的な人が目につくことが多く、あまりいい感情はない。だから素直に賛同できない気がしている。
こういうことを言うと、散々足を踏みつけられても優しく注意してきたのに伝わらなかったから声を上げるしかないんだ!みたいな話もあるが、だからといって意見の違う人を説得するためにデカい声を上げて攻撃的になり、相手の感情を捻じ曲げても認めさせることが、差別や偏見を減らす最適解なのだろうか。
差別は絶対許されない!と言うが、では自分は一切差別をしない人間なのか?と立ち止まると、自分であればあまり強い言葉を言えないなと思ってしまう。
自分もまた見方を変えると別のマイノリティであり、そういう怒りを抱いて戦ってきたことがあるから感覚はわかる。でも自戒も込めてにはなるが、やはり立場が違うし自分が当事者ではないことについては残念ながら想像力が及ばない部分が大きい。
こういったことについてのよくある反論がいくつもよぎるけどあまりピンとはきていない。
またの名を、昨今の「感想は絶対送るべき! 送ろう!! ていうか送れよ!!」風潮にもモヤるという話。
う〇こです。とぐろが巻けるほどの凄く長いう〇こです。読むならそのつもりで。
前提として。
私は某ジャンルで腐向け二次創作をしている字書きだ。イベントは諸事情で参加していないが、年に2~3冊ほど新刊を出しては自家通販をしている。また、オフだけでなくオン活動もやる。
それなりに同人女歴の長くなってきたBBAなので、ありがたいことに、部数・発行スパンが大したことない割には、そこそこの頻度でご感想をいただいている。
そしてこのご感想は、本当にいつも大変うれしく頂戴している。絶対に何かしらの形で御礼をするようにしているし、次の作品への大きな原動力にもなっている。ありがとうございます。
書き手であると同時に読み手でもあるので、自分も比較的よく感想を送る。「萌えた!」「性癖です!」「たまんねぇ」などを拙い語彙力をどうにか駆使して書いているのだが、結構喜んでいただけるのでこれも嬉しい。
で、そうやって、感想をいただく側でも送る側でもあるから、思うのだ。
たまに見かける「感想貰えない、つらい。かく意味がないので筆を折ります」っていうかき手に、とても露骨な言い方をすると「は? お前何言っちゃってんの?? 何様のつもり???」と。
いや、感想貰えたらうれしいし、いただけるものならぜひいただきたいし、貰えなかったら「あーウケなかったのかなぁ」って地味に凹むのもわかる。凄くわかるけど、わかるからこそとてももやもやする。
理由は次の通りだ。
まず第一に、書き手の立場から。例えば同人誌として有料頒布したものなら、「お代を払ってまで自分の作品を手に取ってくれた」、それだけで充分に対価は受け取れているんじゃないのか。印刷費負担という建前とはいえ、訳わからんアマチュアの本にお金払ってくれてるんやぞ? そのお金がなかったらオフ活動続けられんのやぞ? 充分ありがたいだろうが??
その本を手に取ってもらう対価としてその金額を設定したのだから、それ以上のものを要求する、というか、「それ以上のもの(≒感想)も貰えるはず」みたいに考えるのは何だか筋違いだと思うのだ。はっきり言って図々しくないだろうか。
もちろん、無配やオン作品はこの限りではないけれど、でも、これだって作品を読むことに対価を設定しない選択をしたのはあなたでしょと思う。閲覧数が伸びるだけで少なくとも誰かには届いているし、ブクマやいいねがつけば御の字じゃないんだろうか。ブクマは「また読もう・後で読む」とか「お気に入り」とかの証みたいなもんだし、いいねなんて「いいね!」だぞ。いいねだぞ!? 悪いねじゃないんだぞ!?!?
あのね、感想を送るのって、ぶっちゃけボランティアみたいなもんなんですよ。いやそうじゃない??
別に送ったからって、同人誌と違って便箋代を払ってもらえる訳じゃないし、いやそんなのいらんけど、だったらせめて神のモチベーションに少しでも繋がれば……と思って送っても、次作が保証される訳でもない(どころか、迂闊なこと書けば逆に筆を折ってしまいかねないというリスク付き)。
場合によっては返事も貰えず、喜んでいただけたか、最低限ご迷惑ではなかったかもわからないことだってざらにある。
下手をしたら「作品への感想が来ない」こと以上にリターンが少ない行為、それが「感想を送る」なんだってことを、「筆折り宣言」をするかき手はわかってるんだろうか? と思う。
そんな、自分の神がワンチャン喜んでくれる(かも知れない)以外には読み手にとって何のメリットもない感想を、無償で書いて寄越せっていうのは、普通に考えて割に合わない話だとは思わないか? それこそ「愛がなきゃできない」ことだ。
割に合わないと言えば、送る以前の問題で、多くの人は「感想を書く」段階で物凄いハードルがあるんだということも、かき手は理解しておいた方がいいと思う。
漫画にせよ小説にせよ、同人作家は「表現する」ことに慣れているから、感想を書くくらい何てことはないかも知れない。だが、多くの読み専門の人はどうやらそうじゃないと聞く。「いい……」「神……」「萌え……」「やばい……」だけでもよいとかき手は言うが、そんなつまんねぇ言葉を己の神にかけられるか? というのは、神を神と崇める多くの読み手の普遍的な悩みではないだろうか。いや無理だわ。神には祝詞を捧げなきゃと思うだろ。
ところがそれで「語彙力がなくて悔しい、申し訳ないです」の言葉が出てくるならまだ語彙力がある方で、感想って、どんなに感動してたって書けない人には本当に書けないんです。マジで。
つまり、「感想を送れない・書けないからと言って、感想が『何もない』訳ではない」場合も往々にしてあるということ。そこを、かき手はわかっておく必要がある。
愛があってもできないことはあるんよ……。鳥じゃない私に空は飛べないし、身体を揺すっても鈴みたいな綺麗な音は出ないの。(突然のみすゞ)
感想はほぼ好意100%のボランティアで、ましてや「義務」でなどある訳がない。加えてしたためるにはかなりの時間と労力がかかる。だから、「感想は貰えて当たり前のものじゃない」「むしろ来ないことの方が普通」。
というかまず、感想が来ないから筆を折るという人は、本当に自分とその作品が感想を貰うに値すると思っているんだろうか? 感想を貰えるだけの、全ての努力と手段を尽くしたんだろうか?
まずは作品の出来。巧拙という話ではなく(それもあるけど)、そのジャンルやカプでウケる作風と内容か? どんなに上手くても、シリアスがウケないジャンルでシリアスは絶望的に読まれないし、萌え絵がウケるジャンルで劇画風は評価されない。そういう、読み手のニーズは掴めてますか?
そもそもの話、あなたのジャンルやカプに人はいますか? 斜陽ジャンルのマイナーカプでかいてたって、感想はおろかまず読まれる確率からして低いんだけどそこのところはご承知でしょうか? あと、界隈が感想を頻繁に送るような雰囲気かどうかも結構関係しているよ?(マイナーゆえに感想が盛んとかいう界隈もあります)
感想が欲しいことは主張していますか? 絡みやすそうな雰囲気をツイッターで醸していますか? 鬱ツイートばっかしてる奴に絡もうとはなかなか思わないからな? 交流してると義理だとしてもお友達から感想いただけるようになるけど、来る者拒まず的な交流してます? 感想を送りやすい匿名ツールはわかりやすいところに置いてる? 毒マシュには一応気をつけような?
感想欲しけりゃジャンル移動しろとか、媚びたものをかけとか言いたい訳じゃありません。のであしからず。
そういう作風、ジャンルやカプ、作家としての芸風(?)で活動しているなら、感想が貰えないのもやむを得ないと自覚しような? そこんとこわかっておこうな? と思うんです。という話です。
そうやって、かき手としての自分の身の程も弁えず、感想をくださる読み手さんの事情や心境も酌まずに、「感想が貰えないので心が折れた。筆折ります」と言う人は、申し訳ないけど、じゃあ折れば? って感じ。(過激派)
私は、同人即売会に「お客様」はいない、かき手(サークル)も読み手(一般)も等しく「参加者」である、という話がとても好きです。
かき手と読み手は対等な立場。読み手がかき手を神と崇めるなら、私は読み手さんにも神読者はいると思う。感想をくださる人。言葉はなくとも毎回本を手に取ってくださる人。オン作品をブクマやいいねをしてくださる人。ていうかまず読んでくださる人。それだけで神!
感想をいただけることは普通じゃないんですよ。めちゃめちゃレアケースなんですよ。神と崇めてくださる方こそ類稀なる神なんだよ!
あと、とばっちり的な関連の話題として、「感想は送れ。ぜひとも送れ、絶対に送れ」みたいな最近の風潮もあまり好きではない。
さっきも言ったけど、感想を書くのって凄く労力と時間がかかるものだから。そりゃかき手としては、貰えたら嬉しいけど、読み手さんの大切な生活を必要以上に削ってまで欲しいとは思わない。申し訳なさ過ぎる。
感想は、熱い思いが溢れて書けちゃったならぜひ送ればいいと思うけど、義務でも何でもないし、同人誌と同じで「書きたければ書く、送りたければ送る」でいいと思うんだよな。
受け取るも受け取らぬも自由。
それで折れるような心と筆ならそこまでの話。どーぞどーぞ折れてください。
というのは、実はでも、半分は自戒です。
先日新刊を出したんだけど、前と比べてサンプルのブクマは伸びないし、頻繁に感想をくださってた神読者さんも今回はまだ何もくださってないし……で、あーこれはやっちゃったパターンかな……もう書くのやめよっかな……と図々しくも凹んでしまったので。
てめぇはそんな、感想貰えて当たり前みたいなタマかよ!? 身の程を知れ身の程を! とセルフ往復ビンタのつもりで書きました。あーすっきりしたぁ。
って、今更「感想来ない 筆を折る」でググったら、似たようなブログ記事とか色々出てきて、こんなん私が書くまでもなかったか……って思いました。まる。
言いたいこと言ったらすっきりしたって、マジう〇こじゃん。
https://anond.hatelabo.jp/20210516225443
まあ、そのとおり。
元増田氏が追記2で認識されているように、学会の外で一般人により「科学的な是非」を判断するのに使われている能力は「科学リテラシー」ではなく「メディアリテラシー」。
「自分は科学リテラシーが高い」と自負するのはいいが、(「権威主義」は言い過ぎとしても)「科学情報の是非の判断」においては「科学的方法論に則った判断をしていない」のを自覚すべき。
科学リテラシーが保証するのは「自分にはほとんどの研究成果について科学的方法論に則った真偽判断ができていない」という事を自覚できる、という点のみ。
その先で何かの情報を信じる/信じないなら、それは「科学的根拠によらない、それ以外の何かを使っているという自戒」こそが科学リテラシー
この糞つまらない閉塞感のある世の中で楽しいことはサウナとセックスくらいなんだから。
オナニーは飽きるのよ。
そしたら?ん?どうしたらええの?既婚者は?
風俗も?最近は生きづらくなって?は?家に嫁がずっといて?もう?頭おかしくなるぞ?
ちんこついてるんや、こっちは。
つか、そんくらい放っておいてやれよまじで。頼む。ほんまお願い。ほんとにめちゃくちゃ自戒こめてる。
というか、それより面白いことが無いことや、希望が世の中に無いことのほうがよっぽど不健全じゃね。
人を好きになってしまうことが、結婚によって禁止されるのはおかしいとおもうんよな。
あーあ、だれかベンチャー立ち上げで世の中のこのクソ大きな不を解決してくれんかな。
クラウドファンディングしてくれたら、お金あつまると思うし、全世界の人から支持あるとおもうねんな。
[B! 事故] 大津園児死傷事故 「直進車にも過失」遺族ら検察審査会に申し立て | 毎日新聞
この事件、直進車の過失を問うのにブレーキを踏んでない、距離が短すぎて踏む暇が無かった、高齢で反応速度が鈍っていた、左の歩行者を認識していたにもかかわらず右折車を避けるために左にハンドルを切った、右折車が直進車優先を無視することを想定しなかったなど議論の余地はあるけどそこは置いておく。
ブコメの中に制限速度で直進車優先なのに過失を問うのは理不尽だという意見が多いが、たしかに理不尽かも知れないが本当に理不尽なのは亡くなった被害者であることを忘れてはいけない。どんなに理不尽だろうが車を運転するということはそういう責任が伴うということを理解していない人は即刻免許返納するか今すぐ考えを改めるべき(自戒を込めて)
虫が怖かった。
Cから始まるものは言わずもがな、目を凝らして見つかるようなものも、カブトムシもクワガタムシも、ガもチョウも区別なく怖い。
できるなら「虫」の字を見かけることもしたくない。(アルファベットも避けたかった)
犬と猫は平気だった。
外で遭遇したり、一緒に信号の転換を待ったり。
けど、ともに暮らすことを考えると、鳥肌が立つような心地がした。
飼い主には、飼い主としての責任が生じるという。
人生を振り返ってみると、私ではその責任を負えないような気がしていた。
虫が怖い理由も知っていた。
今でも夢に見る。
父親が靴で踏みつけて遊んだ虫が、復讐のために私の前に姿を現すのだ。
一時期は、何にしろ虫を目にするたびに夢を見た。
夢を見るから虫が怖い。
虫が怖いから夢を見る。
どちらが先か後かもわからないが、これらのことのために虫が怖いのだと思っていたのである。
さて、つい最近のことだが、ツイッターでハムスターの動画を見かけた。
道を歩いてハムスターに遭遇する、などということは、なかなかないのではないかと思う。
私にも経験がない。
幸いにしてペットを飼ったような経験もないから、ハムスターという生きものは、私にとってはペットショップなどに陳列されているものだった。
そうでなければ、ハム太郎だ。
そして飼育したこともないが、以前に何度も動画で見かけた動くハムスターも、とてもかわいかった。
そう思っていたのだが。
化け物かと思った。
ちっともかわいくなかった。
いや、かわいくないなどというものではなかった。
化け物に見えた。
何がグロテスクかって、あの目が嫌だった。
小さなハムスターの顔面についた、黒々としてぎょろりと飛び出すまあるい目。
そして改めて衝撃を受けて、他のハムスターを探した。
失礼な話だが、特別にかわいくない個体だったのではないかと思ったわけだ。
撮影がまずかったのではないかとか、場面がまずかったのではないかとか。
そんなことはなかった。
それまでかわいかったハムスターが、もう今は化け物にしか思えない。
日を改めても駄目だった。
そして、またある日に夢を見た。
だが、私は犬か猫かを飼っていて、それらの首をひとつずつ落としていった。
責任を負えないから飼いたくないのではなくて、虫だから怖いのではなくて、その気になれば踏み潰してしまえるから恐ろしかったのだ。
年長の親戚が、生まれたばかりの赤子を連れてきた。
私は断ったのに、押しつけられて抱くことになって、ぞっとする思いで腕の赤子を見下ろした。
https://www.nature.com/srep/guide-to-referees
Manuscripts are not assessed based on their perceived importance, significance or impact; the research community makes such judgements after publication.
だから分野外の人間にはその論文のインパクトが正しく測れないんだよね
ある論文をおそらく分野外の人間が「すごい~^^」みたいに言ってて
何でこいつらこんなのを有り難がってんの???もうX年も前から言われてるぞ???
って思って
「昨日の朝の引き継ぎ、何かやばいことを言ったような気がする」という漠然とした記憶が芽生えたのは、昨日。
夜勤明けでその日と翌日は休みだったが、死んだように眠っていた。そこも記憶がない。
予感は的中した。
昨日の夜勤入りの夕方、同僚に「大丈夫?この仕事きつい?」と心配された。
とんでもない。仕事は楽しいし、人間関係も全く悪くない。こんなホワイトに自分がいていいのかというくらいの高待遇。
どのように変だったか聞いてみると、妙にハイテンションで、声がデカかったとのこと。
そして、睡眠導入剤を飲んでいることをベラベラと周囲に聞こえる声で誇らしく喋っていたようだ。
もう、最悪である。
私は普段は温厚で、小動物系。ハイテンションとは真逆の生き物である。
そんな生き物が突然、
自戒を込めて記す。
【夜勤入り前】