はてなキーワード: 脱稿とは
当該ジャンルで創作をしたことがなくTwitterの繋がりもない=ジャンル者に認知されてない完全なぼっち状態で、人生初のサークル参加した
二次創作小説一種。極薄のコピー本。カップリングなし。無配なし。同作品サークル片手以下。知名度こそあれどXX年前に発表された作品。改めて整理するとなかなかの役満っぷり。
ちなみに「結論:すげー楽しかった」なので恨み節を聞きたい人のご期待にはこたえられないよ。
とある出来事がきっかけでサークル参加を決意する。それまでは本を作ることに興味はあってもサークル参加は眼中になかった。むしろやりたくなかった。
・11月
申し込み完了。前述の通りの役満で申し込み時点から売れる気がしない。でもそのジャンル・題材が書きたいんだからしょうがない。
サークルカットは文字のみ。作品名と中心キャラと傾向(シリアス)と小説オンリーとだけ。この時点では同作品のサークルが他に参加するとは思ってなかったので、オンリーワンもありえるなーと思ってた。
申し込んだ直後からジャンル問わず本にしたいネタが浮かんで止まらなくなる。この現象って私だけか?
リアル事情が落ち着いたので原稿時間をゲットできるようになる……が、全く書かない。印刷所をちょっと調べた程度。なーにやってんだ???
オンデマンドを諦める。残された期間からして小説部分が10ページに及ぶかどうかも微妙だなと思い、内容の軌道修正。 表紙(自前デザイン)だけは完成。
・イベント二日前
妥協を何重にも重ねて脱稿。20時過ぎにキンコーズ(22時閉店)へ走る。これも間に合わなかったらセブンネットプリントになるところだった。
ほかほかのコピ本を片手にお品書き作成。頒布物一種でお品書きとは……て思ったけどピクシブ見たらお仲間がちらほらいたので安心した。
ちなみに、ピクシブに上げたお品書きには非公開ブクマがひとつついた。心の励みになる。
・イベント前日
東京へ。スカイツリーの展示(キングダムハーツ3大好評発売中よろしくね!!)を見て満喫した夜、上京してる家族の部屋で敷布にミシンをかける。その際ミシンの針を折る大ポカをやらかすもどうにか完成。
あとネットプリントでA3の卓上ポスターを刷った。デザインは表紙の上に本文中の台詞とスペースナンバー、サークル名を配置しただけ。あらすじすらない暴挙。
・イベント当日
出掛ける直前に値札(手書き)を作る。ポスターにあらすじを書いてないので値札に添えておいた。
一般入場50分前に会場到着。本一種とA3ポスターしかないのですぐ設営完了。両隣も向かい側も頒布物いっぱいあるサークルですごかった(こなみかん)
開場後12時近くまで足を止める人すらいなかった。左右はちょくちょく人が来たり友人と思わしき人とお喋りしたりで楽しそうだった。普通に羨ましかった。その間は持参したプロット用ノートに次回作をメモしたりスマホで漫画読んだりしてた。寒くなかったけどケツは痛かった。
これは全部持ち帰りも有り得るなーと思ってたら、颯爽と現れたお姉さんが一言「一部ください」と。迷う素振りもスペースナンバーを確認する素振りもなくて(たぶん)、この人ブクマしてくれた人かなって思った……のはお姉さんがスペースを去った後。
あまりに急で心の準備をする暇もなくて、立ち上がるのも忘れた上に真顔で対応した。ぴったりでお金を受け取って本を手渡して、やりとりは30秒もなかった。まじで一瞬だった。でも、とにかく一部減った。
その後頼んでおいた売り子(ちなみにその子もサークル経験はない)が到着して買い物へ。別ホールにも足を運んだので少なくとも50分は席外してた。帰ってきたら、コインケースに100円玉が増えてる。三人買っていったとのこと。私の時より多いじゃねえか……。
「うろうろしてから買っていった人と、ポスターガン見してから買っていった人と、あと男の人が珍しいですねーって声かけて買ってくれたけど、いやあ売り子なんであんまりわかんないですって返事したよ」
はああああああ私が応対したかったあああああ。ていうか台詞だけのポスターでも効果あるものだ……と言えるのだろうか。
そういえば売り子札?を用意しなかったから執筆者勘違いされた可能性大。まあ作り手の顔なんてそんな覚えてないでしょ。
少し早い時間だけどそのまま撤収作業。搬入も搬出も自力なので特に変わったことはせず。強いて言うなら片隣のサークルは撤収済みだったので作業がしやすかった。その後は売り子に付き合って銀座に化粧品買いに行った。ゲットした薄い本をつめたキャリーを引いて。
以上。
以下おまけの感想とか。
このレポートのハイライトは、見てわかる通り、自分の手で自分が作った本を売った場面。スペースに端座していた時間に対して、本当に一瞬だった頒布。その時は思わず事務的に対応したけど、あとからあとから実感がわいてきた。
自分が作ったものを求めてくれた人がこの世界に存在してるって、なんて心地だろう。
嬉しいは嬉しい。が、わーい!ってバンザイする気分じゃなくて、思わずため息をついてしまうような、けれど感動とは全く異なる、なんとも形容し得ない感覚。ただひとつ「参加してよかった」とだけは明言できる。
それと、言ってなかったけど、今回の一番の目的は「サークル参加の経験値を得ること」。個人サークルがやらなきゃいけないこと……スケジュール管理、原稿作成、スペース設営、離席、撤収etc. これをどんな形であれ経験して次回に繋げようと、申し込み時から目的にしてた。
だから、たとえ一冊も捌けなかったとしても、この本を次のイベントで頒布しただろうし、すぐに次の原稿作成に移っただろう。落ち込むには違いないけど。
ちなみに、その次回参加予定のジャンル(今回とは異なる)は、マイナーではあるが、私自身がそれなりにジャンル者に認知されてて最低頒布数は読めている。こういう経験は絶対できない。
ツイッターでちょっと話題になってたので書いてみる。同人の話です。
それはたぶんどのジャンルどの界隈でもそうだろう。
でも転売ヤーはなくならない。なぜならそれを悪いと思っている人間が少なく、そして儲かってしまうからだ。
転売の話になると高い確率で某アニメ界隈が話題にでるけれど、転売ヤーをジャンルから追い出すことしか今はできないのだと思う。
企業の場合なら、受注生産してくださいってメールを送ってみるとかできるけど、二次創作同人の受注生産は問題があるからできない。
だから転売ヤーからは買わない、というのは大前提で、それだけをしっかり守って転売ヤーをジャンルから追い出すことを目標にコツコツやっていくしかない。
結論から言うと「サークル主さんに同人誌をたくさん刷って貰えばいい」
これは「刷ってくれ」とメールやマシュマロを送れということではないし、サークル主さんに在庫過多に震えるぐらい刷れって無茶振りしてるわけでもない。
じゃあ、どういうことなのか。
噛み砕いて説明すると、サークル主さんに「この数を刷っても、在庫の山に埋もれることはないだろう」という一定の安心感を与えられればいいのだ。
例えば100人の人が絶対に買うと最初からわかっていたら、大体のサークル主は100部は刷ると思う。
在庫を長めに持たせる人は次のイベントに持っていけるように150部刷るかもしれない。
完売はわわしたいひとは50部ぐらいしか刷らないかもしれないけど、そんな人のほうが珍しいんじゃないかと思うからとりあえず置いておく。
同人誌を刷る上で、サークル主が何を一番心配しているかというと「この本はお金をだして手にとって貰えるのだろうか」ということが一番だと思う。
最初から売れる(解りやすいのでこの言葉を使う)数がわかってれば不安にならないし、その数だけ刷ればいいのだから。
でもその数がわかったら苦労しない。わかっていたら部数で悩むことも、再版で財布を痛めることも、在庫過多に頭を抱えることもないのだ。
だけど、サークル主に「このぐらいは売れるかもしれない」と思って貰うことはできる。
これを読んでる人の中にはいるんじゃないだろうか。
「作家買いだからブクマしない」「絶対に買うからブクマしない」「当日のお買い物リストに追加したらブクマしない」こんな感じでサンプルにブックマークをしていない人が。
みんな買う人だ。でも、ブックマークをしていなければ、サークル主には何も伝わらない。伝わらなければいないのと同じだ。
最初から反応していれば、もしかしたら初版の数が変わるかもしれないのだ。
ブクマの数が伸びたら、いいねの数が増えたら、サークル主に「これぐらいなら刷ってもいいかもしれない」と思って貰える機会を作ることができるのだ。
もちろんサンプルをアップロードする段階で脱稿している可能性もある。
でも、もしかしたら「印刷部数を増やすことってできますか」と印刷会社に問い合わせてくれるかもしれない。
ブックマークを部数の参考にしない人もいるし、ブックマークが伸びても刷らない人もいる。
全員がきっとこうではないけれど、「自分が予想している以上の反応」に「無関心」でいられる人は案外少ないのではないかと思う。
頑張って作った同人誌にたくさん反応が貰えるのは、みな等しく嬉しいのではないだろうか。
そして、我々はその反応を、タップやクリック一つのワンステップでできる。
少しでも自分が本を買える可能性を高くするために、ブックマークをつけるのは、小さなことのようで、大事なことじゃないだろうか。
全ての人に当てはまるわけじゃない。
だけど転売ヤーから買わなくていいように、自分で本が買えるように、「絶対に買う人間がここにいるぞ」と主張することは、今日からできる対策の一つにはならないだろうか。
同人誌即売会に出るのは、年に二回ほど、オンリーイベントだけ。
ここ5年くらいずっと同じCPでやってきたし、元々サークルの数は多くなかった、片手で往復するくらい。
申し込みを終えて原稿に着手しようとしていた時期に、絶対に最後まで残るのはこの人だろうと思っていたサークルさんの不参加を知った。
前回前々回と神本を出してくれたサークルさんが別ジャンルに移動していることは知っていた。
まあ、だから、自分だけなんだろうな、と思ったし実際自分だけだった。
私は何しに行くんだろう、と思った。
だけど、自分以外の神が描いた推しCPの本を買うのも、即売会の楽しみだった。
自分の本を売りに行くにしても、まあそんなに売れませんよね、サークルが1つってことはそのCP人口もね、悲しいことになってますしね。
私の力量のなさもね、わかってますしね。
私は何しに行くんだろうって思いながら、原稿に手をつけた。
5年やってればだいたいのことは描き尽くした。
それでもこのCPで何が見たいのか、何が書きたいのか。
誰に届いて欲しいのか。
涙は出ないけど泣きたい気持ちで、真っ白な原稿を前に手が止まってた。
それでもなんとか脱稿できたのは、よしながふみ「あの人とここだけのおしゃべり」で羽海野チカさんが、最後まで残っていれば消去法で最大手だって言ってたのが大きい。
誰に届いて欲しいのかって、私だよ、頑張ったよ、私が思う私が一番好きな推しCP濃縮32P。
好きなように描けたから今はそれでいい。
次回どうするかはまだ決められない。
昼間フルタイムで正社員として働いている以外は私もだいたい似たような生活をしていたけど、結婚してからも脱稿するとオタクじゃない夫が「がんばったね」って褒めてくれる。
イベントのあとはお疲れ様って言ってくれるし、原稿中は家事も手伝ってくれて今度大変だったらイベントで売るのも手伝ってくれるっていう。私は色々ありがとうってイベントが終わると同人誌の売上でいっしょに外食したりして、今はフルタイムの仕事と家事と同人の両立だけど楽しいよ。
単にあなたがそういうパターンだっただけで、結婚してからも同人を楽しく続けている人は私の周囲には何人もいる。
こんな脅しみたいなことかかれると結婚に悲観的なオタクが増えそう。
齢30、腐女子として生きてきての年数が年齢の半分に到達した私です。
腐女子といえど、様々な形態があると思う。読み専でもpixiv等の無料漫画で満足できる人、スマホや本屋さん、アニメイトや通販で本を買う人、買い漁る人。それだけじゃ満足できずコミケイベントに参加して、自分の足で同人誌の新刊を買い集める人。創作が好きで、年に何回かサークル活動をする人、オンリーイベント中心に年に何回も新刊を出す人。活動の功を奏して商業デビューを果たすものの二次創作が好きで漫画を書く合間に漫画を描くような生活をしてる人。もちろん今はコスプレ文化やゲームも個人で作ることが可能になってきたので、その世界の中で、ディープであれライトであれ、様々な「オタク」がそれぞれの形態で活動しているわけだ。
もちろん、ディープになればなるほど 知人もディープなオタクが大半を占めてくる。Twitterのリツイートで見たツイートだけど、周りがディープになっていくにつれ、世界はオタクに溢れてるような感覚になり、同人誌まで描いているようなディープなオタクは案外少ないという事実がかき消されてしまう。感覚が麻痺するのである。
私もかつて、いや、今もディープなオタクである。結婚前は年に10冊のペースで新刊を量産し、毎週末のように大阪や東京に遠征に行き、仕事から帰れば朝まで原稿を書き、Twitterに入り浸り、そこでも1日100ツイートは好きなキャラの萌え語りに明け暮れていた。それでも語り足りなくて、活動ジャンル専用のブログを作り平均5000文字程度の萌え語りやキャラ考察、ジャンル考察を繰り広げていた。それができる位の好きなキャラがいたのも大きいけれど、活動が人生の支えであり、毎日沢山の方から反応やいいねを頂き、それによって承認欲求を満たしていたのは事実だ。オフ会と称してよく近隣のオタ友と飲みにいったりもしたが、リアルでの友達はゼロ。というか原稿する時間を捻出したいがあまりに短時間で高収入のお仕事(という文章で察してほしい)をしていたため、同僚といってもお互いに関わり合うこともなく、個室待機さえ選べば空き時間にネームだってできた。集団待機でも特に話しかけなければ話しかけられることも少なかったのでTwitterやpixivを眺めることができ、妄想だってし放題だった。まともな社会人生活を放棄し、学生からストレートにその道に入り8年。私はいつからか、本名で呼ばれる機会は病院の待合室のみという悲しい状態に陥っていた。それでも、好きなキャラのことを考えている日々は幸せだったし、好きなだけ原稿ができ、締め切りがやばそうなら入れてた仕事を電話一本で休める環境に満足していた。私は結婚は一生しない。一生この生活をしていくのだと本気で考えていた。
でも、何事も転機が訪れる。まず普通に活動ジャンルが衰退してきた。同人誌の売り上げがなくても活動できるくらい本業で稼いではいたけど、年齢を重ねるにつれそれも厳しくなってきた。齢27、とうに旬は過ぎ、体力も落ち、体型も自分でしか気付かない範囲であれ崩れてきた。顔も急に変わるわけではないけれども徐々に衰えを感じてきて、焦り始めた。
それ以上に焦っていたのは、ここまでの活動をしてきたにも関わらず、私の同人者としての知名度はほとんどなく、若くて上手な人には絶対に敵わないという事実だった。自分の絵柄はどんどん古くなり、特にデッサンが整っているわけでもないからそれで注目をされることはまずない。その分考察を深め、原作を尊重した上で自分の最大限を込めたストーリー作りに力を入れていたのだが、これは本当にやったことのある人にしかわからないと思うけど、とても疲れる。原作が鬱傾向の話だったりすると自分の気持ちまで引きずられて、脱稿後3日くらいは死んだような気分になるし、常にストーリーの妄想を繰り広げるのは容易でない。そこまでやっても、ディープなファンがついてくれど大手作家のエロ本には勝てない。積んで積んで積み重ねても、私がそれをやめたら一瞬にして崩れ落ちるということに、疲れを感じていた。
長く同人をやっていると、諍いや嫉妬に巻き込まれることもあった。そういう人間関係にも嫌気が差していた。オタクって、言っちゃ悪いし私も人のことを言えた口ではないけど、評価の仕方が極端だし、性格に難ありの人間が多いのは確かだと思う。好きな作家が高尚様で嫌われないようなツイートをするのも必死、ジャンルの派閥問題であっちからもこっちからも悪口を聞き、そのどっちにも良い顔をしているうちに、何やってるんだろうな自分と思うことも多かった。自由な萌え語りの場はいつしか、パワーゲームの場になりつつあって、それでも自分は自分と曲がらずに立っていたかったけどそこまで精神的にも強くなくて、一時期は完全に病んでしまっていた。それでも本は作っていたのだから、今の自分からしてみればすごいなとは思うけど(笑)
そんな時、ひょんなきっかけで彼氏が出来た。私の仕事のお客さんだ。見た目が好きな声優に似ていて元々好感を持っていたのだけど、相手も気に入ってくれたこともあり、驚くほどあっさりと交際はスタートした。
彼は隠し事はしないで欲しいというので、私はバカ正直に自分の描いた同人誌(R18)を持って行った。彼は多分その段階で私にベタ惚れだったのもあると思うけど、私の描いたものを誉めてくれた。その段階で思った。「この人と結婚しよう」と。
私がやったことはまず、Twitterアカウントの消去、そしてイベントでの引退宣言だった。もう二度とこの地は踏まないつもりで参加した最後のイベントは、とても楽しかった。沢山の差し入れを貰い、沢山の感謝の言葉を頂き、大型のオフ会まで参加させて頂き、朝まで遊び呆けた。連絡先を交換している同人の知人には結婚するので辞めるが、オタクをやめるわけではないからどうかこれからも仲良くしてほしいと告げ、長年続けてきた商売も辞め、真っ当な昼の仕事に付いた。彼とも一緒に暮らしはじめ、アニメを一緒に見るようになった。そして半年後くらいにプロポーズ、結婚と相成った。その時は、もうこれ以上の幸せはないと本気で思っていたし、この人と普通に子供をつくり、将来は庭付き一戸建てに住み(これはもう既に叶ってはいるが……)幸せな家庭を作るものだと、本気で思っていた。
ここまでなら、へーよかったね、同人も若き日の思い出だし、旦那にも理解してもらえて、20代で結婚できて幸せだね、今はさぞかし平穏な日々を送ってるんじゃないの?と思う人もいると思う。私もまさかそうじゃなくなるなんて思いもしなかったし。確かに、旦那に絵を描く趣味を隠してないことはプラスに働いていて、今でもイラストを描いたりエロマンガを描いていても咎められたりはしない。それならよかったじゃん?って思う人もいるかと思うけど、違うのである。
自分は、自分が思う以上に「真性(演技性)同人者」だったのである。
今から貼るURLは、同人者と結婚についての考察を記したものなのだが、1996年に書かれたものだということにビックリした。同人文化が
オープンになり、多少世間の目的なものはこの時点よりは向上したとはいえ、まんまこの通りで笑ってしまった。
http://www.asahi-net.or.jp/~hn7y-mur/yellav/link4.htm
(敢えてこのページのみを貼るけれど、時間がある方は他のページも読んでほしい。色々と興味深い研究結果が纏められてます)
結論からいうと、同人をやめたはずの私は、また同人を始めているし、同人誌を作っている。旦那にはそれを煙たがられているし、私自身も今の活動では満足できていない。
どうしてこうなったかというと原因は2つある。まずは、同人関係の交友関係を断ち切れてなかったことだ。
最初に、ディープな活動をすればするほどディープな友人が集まると書いたが、その中の一人が、今沼ってるジャンルこれだからやろう?とゲームを薦めてきた。そのゲームは基本プレイ無料のもので、スマホさえあればできるものだったので、暇つぶし程度ならいいかと始めたら、存外ハマってしまったのだ。友人は、私に○●(ゲーム内のキャラクターのカップリング)を描いてほしいとお願いしてくれ、私も描くだけならいいかと1年以上封印していたペンタブレットで絵を描いて、名前を変えればバレないだろうとTwitterアカウントを別名で取り直し、そのイラストをTwitter経由で友人に送った。これが過ちその2である。
ここで私は久しぶりに経験してしまったのだ、「いいね」をもらえる快感を。自分の二次創作が沢山の人に読まれる楽しみを。
これまでだって、確かに旦那や周りの人間がいいね!と言ってくれたことは多々あれど、生命活動維持のための食事を誉められても、生命活動維持のための金の確保のための仕事内容を誉められても、嬉しくはあれ脳汁が溢れ出すような快感はなかった。でも、描いた絵を載せること、萌え語りや話を載せて得られるのは、顔も身なりも知らない人たちからの賞賛、なんの役にも立たないはずのものが誉められる快感に私はまたのめり込み、活動再開から半年足らずで地元イベントに顔を出し、本を頒布し、Twitterでの知人とオフ会を開いた。正直、結婚後には味わえなかった最高の幸せであった。私自身は、やはりこの世界が一番楽しく、充実した自分でいられると思った。
ただ、もちろん弊害は多々ある。同人活動をやめていたころ楽しかった職場の同僚とのおしゃべりは雑音になり、邪魔になり、飲み会は苦痛になった。旦那との会話や家事もそうだ。こんなに頑張っても一人にしか認めてもらえない家事や夫婦生活をする位なら、一枚でも多く絵を描きたい、友達との萌え語りに没頭したいという思いが募り、夫婦間の会話は減り、喧嘩が増えるようになった。仕事も休みがちになり、職場での評価もぐっと下がった。それでも週末のイベントがあるから楽しみで、生きるのは苦痛でなかった。
だがとうとう旦那の堪忍袋の緒が切れたようで、まず私の働いた給料は全額私が使うことが出来なくなり、何に使ったのかを逐一報告しなければいけなくなった。同人関係の出費があると、こんな無駄なことに金を使って、との小言つき。そしてとうとう月一万の小遣い制→給料の3%の小遣い制になり、通帳やカードは差し押さえられ、前のような同人誌の発行ペースは不可能になった。こうなると私は働くことに意味を感じられなくなり、今は仕事を辞めてパートのみで生活している。月1000円のお小遣いではゲームに課金すらできず、私は毎日家で荒れ狂っているが、それを旦那は幸せだという。きちんと貯金が出来、私の昼夜逆転や突然の欠勤もなくなり、ゲームに月数万も課金することがなくなり、家事も毎日してくれる。これで精神が安定してくれたらいつでも子作りができるのになぁと言う。私はとても幸せだと思えず、生活のために仕方なくやっているパートに疲れ、ゲームはログインボーナスを受け取るだけ、あんなに楽しかった絵ですらもう3ヵ月も描いていない。そもそも、また絵柄が古いことや流行りの絵でないことで劣等感を感じているし、イベントに行けないことで前みたいに作家さんと交流することもできないので仲良くもなれない。せいぜいSkypeか手紙のやりとりくらいだ。ストレスがピークに達し、毎晩自殺するか離婚するか考えているが、積んだキャリアなど何もなく、もう体型は崩れ、前のように時間に自由が利いて高収入の仕事に就くのは絶対にできない。今は奴隷のような生活を死んだ目で続けるしか、私の生命活動維持方法はないのだ。
私はクズだと叩かれてもいいので、この文章を書いた理由を話させて頂きたい。とんだ長い前置きですみません。ここからが本題です。
ここまでクズの極みの考え、人生の腐女子はそうそういないと信じたいのだけど、部分的には共感してくれた人もいると信じたい。その中で、結婚を考えていたり、今後の人生に漠然とした不安を抱えて生きている腐女子もいると思う。基本的に腐女子はディープになればなるほど孤独な生き物だと思う。生計にできるレベルまでくればちやほやされるし好きなことで飯喰ってけるわけですが、そんな腐女子は多分一握り。殆どの人が、人より中途半端に絵は描けるけどプロになるほどではなく、それなのにいっぱしのプロのつもりで漫画家ごっこ、本屋さんごっこを続けてきた方だと思う。ジャンルの話や萌え語りはできても、日常の話となると境遇が違いすぎて相談する相手も共感してくれる相手もいない人が大半で、適齢期でもあれば家族にまだ結婚しないの?なんて聞かれて蹴飛ばしてやりたくなると思う。
そんな人にただ一つ言える真実は、結婚して今の活動レベルを維持できると思うな。という事です。特に、同人活動に依存している傾向のある人ほど、よく考えてほしい。
維持したかったら、世帯収入が潤沢にあり、家政婦を雇うレベルでなおかつ妻の趣味に口を出さない人と結婚すること。子供は望んではだめです。お母さんが子供より大切なものがあるなんて、いくら自分勝手な私でもダメなのはわかります。
そして、そんな自分をダメだなんて思わないで下さい。人生一回きり、楽しむも悲しむも自分の選択次第です。同人活動以外に喜びを感じられないのだったら、後先考えず突っ込むのもまた人生です。その代わり女としての人生は失います。私はどちらも手に入れようとして、どちらもダメになりました。もはや私は旦那の思う幸せを叶える道具に過ぎません。二兎を追うものは一兎も得ないどころか、すべて奪われるのです。(まぁ、それは私のやり方やのめり込み方に問題があったからなので、旦那の言うとおり自業自得なのですが…)
そして、途中で貼ったURLを隅々まで読んで下さい。
沢山の人からの評価で生かされてきた人ほど、それを失う結婚生活に耐えられるのか、よく考えて下さい。また、続ける気なら、それができるのか、不測の事態にも耐えられるのか、精査して下さい。
誰も声を挙げないし、まだ若い人の文化だから明るみに出ていないけれど、評価への依存はアルコールやタバコに匹敵するものだと思います。断ち切るには、勇気と強い意志が必要です。
最後になりますが、私がそれでも離婚しない理由はただひとつです。
愛と趣味の共存を、私はまだまだ貪欲に探そうと思います。罪滅ぼしに。また、ちゃんとした人間になるために。自分の人生の半分を無駄にしないために。
私は島中と誕席を行き来するくらいの同人漫画描きです。大体300~400部くらいです。
四国在住です。
1回本を出して通販とイベントでハケる部数の売上=印刷代+交通費+宿泊費+イベント参加費が同じくらいです。
もちろんここまで来るまでに、長い時間と膨大なお金を使いました。
読んでもらえない悲しさ、悔しさは同人誌を出す人はきっと誰しも知っていると思います。
同人の醍醐味は、どれだけ下手でも情熱があれば、諦めず続けていれば、成果がちゃんと出るところでもあります。
これ以上の部数は見込めないでしょうし、漫画家にはなれそうにありませんが、今まで費やした膨大な時間を思えば、漫画を描くことをやめるという選択肢は私にはありません。
ここまで前提として。
まず、200部でイベント売りのみという、ニトロ定めるところの非営利活動に留めた場合、多分私はコミケ以外の参加を諦めるでしょう。
理由は二つあります。
①交通費宿泊費の相殺が出来ない売上になることが予想される為、コミケ以外の参加者の少ないイベントは出費の負担が大きすぎる。
②自分の漫画を読んでもらえる絶対数が減ることにより、モチベーションの維持ができない。
①の理由に関して言えば、趣味でやってるんだから相殺なんか求めるなと言われればそれまでです。
ですが、主催にもよりますが1回参加でスペース代は8000円前後です。そして交通費が、例えば大阪の場合往復20000円。宿泊代6000円。
印刷代が200部で、40000円。これでも安い方で計算しています。
東京だと交通費はその倍、新幹線を使えば三倍くらいになります。
それ以外にもファンとして公式から出されるものの購入費、イベント代、そちらにも薄給からつぎ込んでいく。
そうなると年に二回参加が限度ですし、実際最初の何年かはそうでした。
②モチベーションに関してですが、本当はこちらの方が深刻です。
二次創作は原作のキャラクター・世界観をお借りして創作しているものですが、私の場合「好きだから」そのキャラクターがもっともっと見たい。読みたい。
オリジナルも描きたいものではあるのですが、キャラが好きすぎてたまらないので、だから描いている、という感じです。
私はあまり成人向けを描かないので特にそう思うのかもしれません。小学生の頃、好きなアニメの主人公の絵をノートの端に量産したような、そういう気持ちに近いかもしれません。
イメージとしては補完している感じです。
2~3話の間に少しの空白の時間があったとして、そこに実はこんな物語があったんじゃないか、このキャラクターはもしかしてこう考えたんじゃないか。
もしくはこういう事態が発生したらどう動くか。
そして、これを読んでもっとキャラクターに萌えてほしい。知らない人には原作を読んで欲しい。原作のブームを一過性で終わらせたくない。
できたらこの萌えに同意してほしい。だれか同じように思う人はいないか、この切り口はアリだと言ってもらえないか。
これもひとつの承認欲求なのかもしれませんが、そんな風に思っています。
でも、それを200部の範囲で、対面販売だけでやりなさいと言われると、読んでもらえる人の数は減ってしまうわけで、確率的に同じ思いの人に行き当たる数も減ってしまうのです。
それは私のモチベーションを下げるのに十分な理由でした。
ならば、版権使用料を支払って上限を上げればいいとニトロさんは言います。
でも、私はロイヤリティを支払う事によって、きっと「損をしたくない、もっと売りたい」と思うでしょう。私は小さい人間ですから。
もっと売りたいと思えば媚びた内容になるでしょうし、成人向け表現やサービスも入れる必要があると思います。
私はプロではないので、好きな内容しか描きたくない(描けない)ので、きっとそういう損得勘定でアッサリ描けなくなるだろうなと思うのです。
同時に(二次創作で権利を侵害しておきながら矛盾するかもしれませんが)そこまでして公式の領域に踏み込むことに恐れがあります。
じゃあ無料で配布、もしくはサイト、ピクシブに掲載でいいじゃないか。どうして金をとろうとするんだ。
もちろんそれはごもっともです。
ですが、無料って、本当にいいことですか。
あの時、無料とか低価格で買い叩くことに関して、散々議論されていたように思います。
ピクシブをご存知の方ならわかると思いますが、どれだけ素晴らしい絵でも必ず多少なりと嫌がらせを受けています。このキャラは気にいらないから一点評価、そんなこともよく聞きます。
そして無断転載の横行。
よしんばあったとしても、☆10個、RT数。
多分紙媒体で読むよりずっと短時間で読まれる、暇つぶしに消費されるだけのもの。
少なくとも値段をつけて売るものは、「それに興味のある人」しか買いません。
そしてお金を払った以上、しっかりと損をしないように読んでもらえます。その後ゴミ箱行きだったとしても、ちゃんと読んでもらえるのです。
無料であるものに人は執着しませんから、ゴミ箱行きよりずっと低い価値で消費されます。
具体的には、1000ブクマついた作品でも感想はほとんどもらえません。
300部の本なら、10%は必ず感想を頂けます。その違いはかなり大きいですし、やはり本の方がちゃんと読まれている、と考える根拠です。
ただそれでも読んでもらえるのが目的ならどちらも同じじゃないかと思いますか?
私はそうは思いません。
漫画を描くというのは、人のペースにもよりますが私の場合、一冊に一ヶ月を費やします。
それなりに体力も使います。脱稿後は燃え尽きたようになります。
それを素通りされて、☆をちょんとつけられるだけのものにはしたくないのです。
だらだらと長文ですみません。
だからといって権利を侵害していいわけがないし、ここからは非営利、と定められるのはある意味仕方のないことだとも思います。
ではどういうガイドラインならお前は満足なんだと言われても、今のところ答えはありません。
ただ、私はこう思いました、という日記です。
7/9追記
明日ニトロさんから何らかの発表があるようなので大人しく待とうと思います。
尚、この日記はあくまで私の同人スタンスであり、誰かのスタンスを批判したりするものではありません。
気分を害された方には心よりお詫び申し上げます。
追記
ニトロプラスさんより改訂のお知らせがありました。同人誌はこのガイドラインから外れるようです。
私の立ち位置が、自分では非営利だと思っていてもそうは思われない方もいるということ、趣味の範囲を逸脱しない為にはどうすればいいのか、どうすれば一次と二次が共存していけるのか、今回様々なコメントを頂いて色んな目線から考えることができました。
個人の範囲を踏み越えることの無い様、今一度自分の活動を振り返ってみます。
拙文をお読み頂き、本当にありがとうございました。
とある記事のはてなブックマークでその存在を知って、中身が知りたくなったのでミステリマガジンのバックナンバーを借りてきたよ。
そしてその内容が個人的にグッと来るものだったから、メモ代わりに後半部だけをここに書き出してみるよ。
九六年二月、私は、青山ベルコモンズのカフェで言葉を失っていた。狭いテーブルの上に広げられたのは、探偵ミロを主人公にした旧『柔らかな頬』第二稿。付箋が挟まれ、赤字が入っている。対しているのは、新担当編集者だった。彼は、「うまく直っていない」と告げて沈黙した。第一稿が上がった時点で、様々な注文を付けたのは彼だった。複雑過ぎるからもっと単純に、対立を明確に、タイトルを変えろ、等々。エンターテインメント小説の王道を説かれ、何とか努力して改稿した結果がこれなのだ。
私は、紅茶の染みが飛んだ原稿を書類袋に仕舞い、「わかりました。これは捨てます」と言った。彼は、私の反応に少し慌てたようだった。だが、私は周囲のざわめきすら、気にならないほど打ち沈んでいた。誰も見方がいない、これから一人でやるしかないのだ。その思いが頭の中をぐるぐると巡っていた。「これからどうしますか」と問われ、「別の小説を書きます」と意地で答えた。この時、『OUT』の構想が生まれた。行き場のない中年女たちの小説を書こう、と。行き場のない中年女とは、まさしく自分のことだった。
その年は、他の細かい原稿は一切書かず、『OUT』の書き下ろしに専念することにした。どのみち、デビューして間もない作家に、そう多くの注文は来ない。私は、原稿を捨てたトラウマを抱えつも、何とか『OUT』で勝負したい、と必死になっていた。その重圧に押し潰されそうだったし、『柔らかな頬』を捨てたことで、作家としての自信を失っていた。とりあえず、どん底にいる私が発見したのは、恐ろしく単純な事実だった。書くしか生きる方法がない、ということ。そして、それは恐ろしいほどの孤独を生きる、ということでもあった。
取材は多岐に及んだ。井の頭公園バラバラ殺人事件の取材をした記者、ルポライター、深夜の弁当工場、街金。取材対象のアポは、ルポライターを除いて、ほとんど私自身が行っていた。当時、私のような駆け出し作家には、出版社は金も時間も多くは割いてくれなかったのだ。しかし、自分で切り開いた取材先は、得るものも大きかった。結果としてはその方が良かったのである。私は一人で車に乗り、物語の現場と仮定した東村山市に度々出かけた。駅前で描写のための写真を撮り、見知らぬ公団住宅の広場を歩き回って、主婦の顔を見た。頭の中で、雅子や邦子たちが息づき、喋り、早く書いてくれ、と叫んで、今にも爆発しそうだった。
夏までにほとんどの取材を終えてプロットを作り、私は九月から書き始めた。千ニ、三百枚以上の長編になるはずだった。せいぜいが八百五十枚の経験しかない私には、初めての大作だ。ミロシリーズの一人称一視点をやめ、三人称多視点で物語の速度を速め、螺旋状に回すことを決める。十月に二百枚入稿。年末に五百枚。順調だったが、書いている間は他の作家の華やかな噂を耳にして、心が乱れた。一人でパソコンに向かう日々は、実に孤独だ。書くしかない、と思っても、小説の終結まで途轍もなく長い時間がかかるのだ。そのことを考えるとどうしても落ち込んだ。短編小説の注文もぽつぽつあったが、理由を話して断った。その頃の私は、仕事を断ること自体が冒険でもあったから、これでその出版社からは、二度と仕事は来ないだろうと覚悟した。
三月十七日の夜、最後の一行を書いた途端、涙が溢れた。やっと終わった、辛かった、と言葉にすると、また泣けてきた。しかし、ようやく脱稿した私に、厳しい現実が待っていた。初版部数は一万三千部だというのだ。内容に自信があったし、二年越しの仕事だったから、初版部数の少なさは衝撃だった。だが、これが現実だと思えば、やり遂げたという自信を胸に、次の仕事に賭けるしかない。それが作家だ。何とか自分を慰めた時、不思議なことが起きた。口コミで爆発的に売れ始めたのだ。『OUT』は作者の手を離れ、ひとりでに読者の元へ飛んで行ってしまった。
九七年の『このミス』で一位、翌九八年直木賞にノミネート。破竹の勢い、と自分でも満悦だったが、ここから『OUT』の不思議な運命が始まる。直木賞落選。次の吉川英治新人賞でも落選。ようやく推理作家協会賞で長編賞受賞。三度目の正直だった。賞にノミネートされる度に有望視された『OUT』は、その「反社会性」とやらで、メジャーの賞から弾き出されたのだ。そして、その不思議な運命のとどめは、今回のエドガー賞候補である。
『OUT』は、私という作家をブレイクさせてくれた作品だが、同時に、私をOUTな作家にしてくれたらしい。それは、決して王道を行けない奇妙な小説家としての道でもある。その始まりは、旧『柔らかな頬』を捨てた日の、打ち沈んだ気持ちにある。誰も味方はいない、一人でやるしかない、というあの思い。だが、孤独は作家を鍛える。再び、同じ思いをして自分を鍛えたい、と最近思うのである。
残念ながら俺はいたって普通の人間なので、「食うための仕事」って気持ちを完全には排除できない。
だから、自分の中では「やらなくちゃいけない企画」と「どうしてもやりたい企画」がある。
「やらなくちゃいけない企画」をこなさないと求められている利益を達成できない。
俺には会社にダメージを与えてまでジャイアニズムを実現するような度胸はない。
「来た仕事をとにかくこなして」いる状態。
こなしているだけとは言え、当然求められていることはきっちりやるけれど、脱稿遅れて入稿ぶっちぎって取次がビキビキしているような状況で3徹とかしていると、「どうせ誰も読んでないから、そんなに考えなくていい」とも思っちゃう。
無論、こんな仕事は楽しくない。
楽しもうと思っても、やっぱり俺には限界がある。
楽しくするって言ったって、色々難しいもの。
でも、その10%のために、「どうしてもやりたい企画」があるから、元増田と同じような情熱みたいなモノを持ち続けてもいる。
元増田の上司や同僚の中にも、こういう考えの人がいるんじゃないだろうか。
全ての働いている人たちも、そんな感じで頑張ってるんじゃないかなぁ。
駄目な奴の自己弁護臭く聞こえるけど。
ずっと下請けにいると卑屈になるのは事実。
俺もそれが嫌で編プロから版元に移った。