はてなキーワード: 主宰とは
数年前の話。
コミケやイベントに頻繁にサークル参加してる、そこそこの規模の二次創作サークルの主宰が知り合いにいた。Aとする。
Aの口癖は「今は二次創作を描いてるけど、いつか商業雑誌で連載を持ちたい」
しかし、オリジナル漫画を描いて、出版社に持ち込んだり、新人賞などに応募したり、コミティア(一次創作のイベント)の
出張マンガ編集部に漫画を見せに行ったりしていない。何故、そういう努力をしないのか訊いてみると「そんな暇があったら、
新刊を作ったほうがマシだ。今は二次創作でかなり儲けられてる。確かに商業で連載を持ちたいけど、俺の新刊を見た
編集部から声がかかるかもしれない。その前に、まず俺の生活がかかっているから、新刊だ!」
同じ頃、コツコツとオリジナル漫画を出版社に持ち込んだり、新人賞に応募したりしていた、Bという奴がいた。
BもAと同じく、商業雑誌で連載を持ちたいという夢があった。ただ、彼は二次創作はやってなかったけどね。
AとBと俺は共通の知り合い。正直、Aの方が画力が高いし、知名度は圧倒的にAの方が上だったから、Aの方が早い段階で
商業進出だろうな、Bはこのままかな、と思ってた。
数年後。BはWeb漫画で連載を持った。
AとBを見て思ったのが、二次創作にハマると、それが生活基盤となり、Aみたくまずは新刊、チャンスがあったら商業進出
みたいな考えになる。漫画家志望が沢山いるこのご時世、自分からオリジナル漫画を描いて持ち込んだりしないと、ずっと受け身のまま。
これも貼っとくワ。5-6ページ
③2012年10月、CDBは新任の研究室主宰者(PI)の公募を開始した。公募では、特に幹
細胞研究者の採用を掲げていた。11月14 日のGD会議後の公募人事に関する非公式な打合
せの中で小保方氏が候補となり、その結果をふまえ西川副センター長(当時)は小保方氏
に新PIに応募するよう打診した。
④西川副センター長(当時)の打診に対し、小保方氏は応募の意向を示したものの、重要
な応募書類の提出が締切日に間に合わず、選考にあたる CDB の人事委員会のメンバーは
12 月21日の面接セミナー当日、応募書類を受け取った。さらにこの段階では応募に必要な
推薦書が添付されていない状況だった。
このため人事委員会は、事前に過去の論文や応募書類の内容を精査しないまま、また研
究能力についてハーバード大学/ブリガム病院C.バカンティ氏、東京女子医科大学の岡野光
夫教授、大和雅之教授らからの推薦書による確認を経ることなく面接セミナーを行い、小
なお人事委員会は、STAP 研究は秘密性が高いと判断し、小保方氏については、通常 PI
の候補者に対して行っている英語による公開セミナーを省略したが、さらにこれに代わる
また人事委員会は、若山研究室における客員研究員としての小保方氏の研究活動について
も聴取しなかった。
2012年10月いうたら、山中さんのノーベル賞受賞が発表されたときや。
そこへこの泥縄や。
まあ、推薦書が先に来たから言うて、
自分は10年ほど前にバイオ系の学科を卒業した女だけど、自分のいた二流大学のバイオ系学科は男女比が4.5:5.5(修正:4:6は流石に言いすぎた)と女性が若干上回っていて、そのせいか女子が女子らしくしてても浮かなかったよ。
ファッションで言えばゆるふわ系もいたし、ピンヒールに白衣とかいうご褒美みたいな女子もいましたウヘヘ。
デスクにマスコット置いてる子もいた(まあ男もお茶のおまけのフィギュアとか置いてたし、ここは性差ないでしょう)。もっとも、ピペットは共用だったからシール貼ったら怒られただろうけどな。
小保方博士は可愛いものが好きで、研究領域からして学生時代にそれを抑圧されることもなく、そんで若くしてラボの主宰になって、自分が居心地良いようにしただけなんだと想像する。
理研は割とラボの設計には柔軟みたいだし(壁が一面黒板とか)。
自分は今まったく違う領域の研究機関に(研究職じゃないよ事務方だよ)勤めてるんだけど、そこは男女比8:2みたいなところで、女性は地味目。そういう立場の方から見たらエポックなのかもしれんね。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000018651.html
活気がありポスドクも多く、アクティビティの高い研究室であっただけに残念です。
この捏造の問題に晒されている現在の学生はどのような境遇に晒されているのでしょうか。
それが非常に心配です。
当時の論文執筆時における事実上のcorresponding authorは誰か、つまり教授はハンコを押すだけの人と仮定して、
実質捏造論文を出すように指導した(当時の)研究室のスタッフは今どこで何をしているのでしょうか?
おそらくどこかの大学で研究室を主宰して知らんぷりしているのだろう。
そいつらをどうにかしないと、この問題は絶対に解決しないと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20130807120927
以前こちらのエントリーを書かせていただいた者です.
たくさんコメントをいただき,とても参考そして励みになりました.
色々なことが一段落しましたので,今一度整理を兼ねてエントリーを書かせていただきます.
まず,大学院入試なのですが,現在在籍している大学の大学院ならびに他に希望していた大学の大学院
両方とも合格させていただきました.
正直,両方合格するとは思っていませんでした.
今所属している研究室主宰者の先生に相談することになると思いますが,
この点に関しては,自分が進みたい方をしっかり選択したいと考えています.
一方,相変わらず卒業研究はうまく進んでいません.
進んでいないというより,自分自身の問題が大きいのですが.
今日も進捗報告会がありましたが,相変わらずの叩かれようでした.
加えて最近は体調を崩して,研究室に通うことすらままならない状態です.
絞り粕のようなの根性でなんとか昼ごろには研究室に到着するのですが,
未だ,「やらないといけないのに,何もできない」状態が継続してしまっています.
一応進んでいるといえば進んでいる,と思います.
どうにかして卒業しなければいけないのですが,全くビジョンが見えてこないのが現状です.
やはり,根底に「自分は向いていない」という自信の無さが存在しているのだと思います.
大学院入試の口頭試問で,「自分という人間が研究に向いていると思う部分と,向いてないと思う部分」を聞かれました.
向いてない部分は次々と頭のなかに湧いてきたのですが,とうとう向いている部分は答えられませんでした.
本心を言えば,大学院を変更して,新しい環境でやり直したい.なにか変わるかもしれないと思っています.
そのためには卒業しないといけない.でも,自分が卒業しているビジョンが見えてこない.下手くそすぎるから.
だから,また同じことを繰り返すんじゃないか.それが怖くて仕方ない.
我ながら情けないと思います.
「克服」の体験がなにかあれば,もう少し変わってくるかもしれないですが,
現状そんなポテンシャルは持ち合わせていません.
少しだけ変化したこと,気づいたこともあります.
まず,先輩には気軽に相談できるようになったこと,実験のやり方を教えてもらえるようになったことです.
一番距離が近い助教の先生はどうしても敬遠してしまっているのが現状ですが.
また,先輩曰く,「気の弱そうな子が毎年一人,意地悪っぽくされるターゲットになる」と教えていただきました.
どうやら先輩方の視点において4回生の中では私がそれに該当するようです.(自分でもそうだろうなとは思っていました)
「もうすこしハキハキ喋れば大丈夫」とのことですが,
これはどうなんでしょう.やはり人間である以上,相性というものがあるので我慢するしか無いのでしょうか.
もうひとつは,「想像力」が圧倒的に欠如しているということです.
「これはこのように計測すればいいんじゃないか」とか
「この論文はこうしているからアレンジしてこうすれば自分の実験にハマりそう」などの
予想が全く立てられないことに気づきました.
「何故ポジティブな結果が出なかったか」などの想像・考察もできないということなので.
経験もあるかと思いますが,もうそろそろ半年も経つのに,何をやっているんでしょう自分は.
このあたりを改善しないと,他大学院に行っても,同じことを繰り返すのだと思います.
あとは,コメントでアドバイスを頂いたこともあり,認知行動療法にかかることにしてみました.
結局根底に存在するのは私自身の思考パターンの問題がありますので.
少しでも考え方が変化すれば,見えてくるものも変わる.
そうなることを期待して.
大学院に入学した年に,休学するということを少しだけ考えています.
自分を見つめなおす時間が,どうしても欲しいのです.贅沢だとは思いますが.
(金銭的な面もありますが.割とジリ貧なので,その間にお金を貯めたりとか)
でもそれに対して,自分は研究というアプローチが最も適切なのか,
ということを考えてみたいのです.
今はもう,自分がどうしたいのか,さっぱり解らないので.
文章にすると,やはり少しだけ冷静になれます.
ここまで読んでいただいた方,ありがとうございました.
「誰も悪くないこの状況」 いやいや、あなたが悪いです。
状況を簡略化すると、
あなたAには彼女Bがいて、Aが主宰するサークルCにBを誘って一緒に活動していた
ということになります。
ここで、本文とは逆の状況で、BがAを振ったという事態を想定します。
その場合、BがCに居続けることは普通の神経ではいたたまれないでしょうし、Cのメンバーから見ると居続けるのは無神経、となるのが当然かと思います。
BにとってCはAに従属し、CにとってはBはAに従属する物ですから、BからAを切ったのにBがCに居続けるのは異常な状況と言えます。
今回はAがBを振ったわけですが、振ると同時にCの仲間としてはこれからも仲良くやっていこう、と慰留したのだと推測します。
そうでなければ、BはCを出ていくのが普通だと思われるからです。
すると、Cのメンバーから見るとBはAに従属するものではなく、Cの仲間でありAに対して含むところのある存在となります。
ここでBとCのメンバーであるDがくっついたのですから、C全体としてはAは立場的に敵対する存在となって不思議ではありません。
という推移で現状となったものだと思いますが、活動の中心であるAと疎遠となったCは、早晩崩壊していくことでしょう。
BDを中心にもり立てていくことができれば巻き返せるかもしれませんが、Aの存在が引っかかっていれば難しいかと思います。
上記をまとめると、
最も人口に膾炙しているのはこの記事のようですが、
NEWSポストセブン|「新羅の礼法」などと韓国主張の茶道 横やりだと茶道家反論
「1000年前の新羅の礼法がそのまま取り入れられた」「高麗の茶道が深くかかわったもの」――日本の「茶道」についてそう主張する記事が韓国系メディアに掲載されている。
と冒頭に書かれているだけで、その具体的な内容までは分かりません。
そこで検索してみると、それらしい記事が見つかりました。
2006年の記事ですので当該の記事かどうかは確信が持てませんが、他に見つかりませんでしたので。
筆者の吉成繁幸氏は「韓国の出版社・大明鍾の日本法人タイガーブックス」の社長をやっていたこともあるフリージャーナリストだそうです。
内容としては「朝鮮には古くから飲茶の習慣があってそれが日本の茶道に影響を与えていますよ」といったところ。
いかにもな提灯記事ですが、「上」は独自研究、「下」は浅川伯教氏の研究に乗っかっており、
「韓国が起源を主張している」とは言えないのではないでしょうか。
追記:申雅子氏の「高麗茶道」は、鄭相九氏の「韓国茶道」とは全く別物のようです
約30年ほど前から韓国では伝統文化に関心が高まり茶文化が注目され、それに伴い形式化され、新たに創られたのが韓国茶道の始まりです。日本の茶道とは遥かな違いがあります。
それぞれ「元祖」「本家」を名乗り合っているような状況ですね。
日本茶道の起源を主張するどころか「日本の茶道とは違う」とすら宣言していますので、
やはりどう考えても「起源を主張」というわけではないでしょう。
ついでに言えば「韓国茶道は古くからあった」とも主張されていませんね。
以上から、韓国および韓国茶道は「茶道の韓国起源説」を主張してはいない、と増田は結論いたします。
包み隠さず今の思いをすべて吐き出したかったので
長文並びに拙文になりますがご容赦いただければ幸いです.
自分を見失い始めました.
3年生の後期に仮配属になり,初めはとても研究室が楽しかったです.
色々と勉強になることがあったり,実際にどのような研究がなされているかを聞いたり.
その時はまだテーマが与えられていなかったので,自由にそのような学習活動をしていました.
その時は「とりあえず修士まで研究頑張って少しでも自分に得られるものと,周りにアウトプットができるものが出来ればいいな」
と思っていました.
いざ自分の研究が始まって4ヶ月(間に教育実習に行っていたので実質的には3ヶ月)経過しましたが,
その志はどこへ行ってしまったんだろう.
(主観ですが一番進捗状況が悪いです.何か結果を出してもやり直しということがほとんどなので)
それでますます「どうせまたダメなんだろう」と実験が嫌になったり.
指摘を頂いても改善がうまく行かず,同じ指摘を繰り返させてしまったり,
そもそも実験をする上で条件の設定とか,論文を参考にしてメソッドを抽出すること,失敗から学ぶことすら下手くそです.
(察して頂けた方もいるかと思いますが,いわゆる「勉強だけ」はできるタイプです.そこで誤解してしまった部分もあるかもしれません)
このような状態で続けても肉体的,精神的衛生上良い訳がなく,ますます負の連鎖に陥っています.
「なんの意味があるんだろう」とか「こんな遅くまで残ってやっても何もかもダメ」とか
大学院にも志望を出しましたが,進捗状況が悪いことがちらついて勉強もままなりません.
研究室を欠席することも多くなってきました.(院試休みはないです.週に1度進捗報告会があります)
環境が変わればなにか変わるかも知れないと思い他大学の大学院にも志望しました.
研究室主宰者の教員には了解を得ていますが,結局「また同じ事を繰り返すんだろうな」と今は思えてしまいます.
結局自分自身が変わらなければ.
仮に受かったとしても,このまま続けていくことは良いのだろうか?と自問自答する日々です.
最初に志していた「研究を続けて・・・・・・」のくだりは幻想に過ぎず,
才能と言えばそれまでですが,私はこのようなアカデミックの世界にいることは本来許されないのではないかと.
(このような文を書くような精神状態ですので曲解もあるかと思いますが,「そんなことでは生物学を研究することはできない」とは一度言われました)
それは論理的思考力の欠如も含まれますし,無駄にプライドが高く完璧主義で,にもかかわらず自己肯定は全くできない性格もあると思います.
進学どころか,卒業すらもこのまま放り出してしまいたい心持ちでいます.
(そもそも今の進捗状況のままでは卒業したくてもできないと思います)
一方僕は,あと半年卒業するまでにおそらく自我が崩壊するでしょう.
憧れていたものが,今自分にとって脅威になるなんて滑稽な話です.
大学のカウンセラーの先生にもかかっていますが,なかなか打開できません.
カウンセラーの先生は「聞く」ことがメインなので,結局答を出すのは私自身です.
その答を出すだけの行動力と知恵が,少なくとも今の私にはありません.
ひとつひとつ潰していかなければならないことは解っているのですが,
しんどくて,辛くて,どうしても行動に移せません(このへんはただの甘えか)
才能って,自分にとっての最適な道って,なんなんでしょうね.どこでわかるんでしょう.
少なくとも現時点で「やっぱり向いてないかも」と思えるだけ,私は幸せなのでしょうか.
皆様にとっては他人のなんでもない悩みかと思います。
「誰か助けて」という思いはあるにしろ,結局は自分でどうにかすべきことなので.腐っても成人ですし.
でも,なにか変わるかもと思い,書かずにはいられませんでした.
ここまでこのような拙文に目を通してくださりありがとうございます.
気は全く晴れないですが,書いているうちに少しだけ冷静になれました.
とりあいず細かいスペックは伏せとくけど、嫁と子供が居て、都市部から地方の実家に移住した。
都市部からの移住って往々に過度な期待が双肩にのしかかるから先に覚悟しといたほうがええよ。
なにより「なんやそんなもんかー」とか言われるの癪やし。
で、必死にがんがる。
キャパオーバーなんかたいした事なかとよ、と言わんばかりに働いてる。
土日も働いたり、懇親会やらで家を空ける事もちょいちょいある。
そんで何が起こるかって嫁が怒る。まぁそらそうですわ。
家族との時間とか、都市部から田舎に移住するわけで、多少の「ゆとり」を求めて行く訳ですよ。
なのに平日は帰って来ないし土日も家に居ない。
いつ家に居るの?平日も休日も朝だけ。
嫁切れる。「家族の時間を大事にして」「まだ帰らないの」ああ、マズいよな。そろそろ切り上げて帰らないと。
で、帰って来て酒とたばこの臭いが着いてるからソッコーで風呂って布団に入る。
で、こっちも連日の真也残業なもんで布団に入ったらのびた君。
てゆーか状況が許せば立ったまま寝るわ。
で、嫁切れる。
結局俺、帰らない方が良いの?
俺だけしんどい思いしてるわけじゃないのは百も承知だけど
毎度毎度ストレート投げつけられると僕のシャンパングラスなハートがブロークンするのよ。してるか。
生半可な覚悟で来ない方がいいよ。
写経体験とかも載ってるけど、写経ブームなんかも危なっかしいんですよ?
有名寺院の写経教室ならいいけど、巷の写経教室には名を秘して新宗教が勧誘のとっかかりに主宰してるようなのがいくらでもある。
オウム真理教がヨーガ教室というタテマエで勧誘してきたのと同じ。
「最高でーす!」で有名な福永法源の法の華三法行は、今は天華の救済という名前に変わってますが、密かに写経教室開催しまくってるよ。
http://www.xn--g7q487h6fk.com/
よくある勧誘の手段のようだ。統一教会などもやってるらしいね。
阿部兼二 @abeken_maruke
あと街中で「超写経」っていうチラシ配ってるのは「法の華三法行」系の「天華の救済」って団体。チラシには団体名書いてないから要注意。@peroshenko
団体名を隠して勧誘しているのは事実らしい。
Wiki関連を探していたら、天華の救済(新宗教掲示板@マリポーサ)にこんな書き込みがありました。
9. Guest 2010/11/01 (Mon) 23:50:08 [返信]
いわば「天華の救済」って、福永法源さんが主宰してた「法の華三法行」の後継でしょ?
どれもが規模はことごとく小さいようだ。
「地球ありがとう」って雑誌も出してるとか。どうもちぐはぐな感じはする。
11. Guest 2010/11/27 (Sat) 14:28:42 [返信]
法源氏の出所はまだのようです
15. Guest 2011/11/25 (Fri) 13:16:45 [返信]
http://earth39.com
楽天市場で天源聖水という名前の水を売っている会社です(http://www.rakuten.co.jp/yurikan/)。返送先住所は「神奈川県横浜市中区南仲通4-55 国際馬車道ビル2F」(http://www.rakuten.co.jp/yurikan/info.html)となっています。
「国際馬車道ビル2F」でぐぐってみると天華の救済関連のウェブページがヒットします。
天華の救済 〒231-0006 神奈川県横浜市中区南仲通 4-55 国際馬車道ビル 2F
http://yorokobikazoku.com/format/img/pdf/05.pdf
れんげ会」について. 所在地. 〒231-0006 横浜市中区南仲通4-55 国際馬車道ビル2F 天華の救済 天声聖書伝導協会
http://rengekai.info/about.html
所在地 〒231-0006 横浜市中区南仲通4-55 国際馬車道ビル2F
エイズ・自殺撲滅運動事務局から - 天華の救済 公式ホームページ(http://universal-joy.net/aids-suicide/top2.html)
恋愛観は、近代化の流れで刷り込まれてきたという話をしましたが、
いくら話しても「ホモソーシャル=男性の恋愛観は同性愛回避」と思い込んでいて話が通じないので、参考URLをお知らせします。
http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130405/p1
恋愛=ロマンチックラブってのは、西欧社会で生まれた特殊な概念で、明治期の日本には「輸入」された概念なんだそーです。これは、近代産業社会において不可欠な「個の労働者」を「再生産」させるために作られた「核家族」というものを支えるイデオロギー装置だったことは、ほぼ解き明かされている
http://www.geek.sc/archives/34
恋(性的自由な状態で明確な恋愛観はない)→恋愛結婚の啓蒙を説明しています。以下、引用。
このサイトでは、日本の見合い婚→恋愛婚の流れまでは書かれていませんが、見合い婚→恋愛婚の流れは別途資料を御覧ください。
日本で「恋愛」という言葉が使われるようになったのは、実は明治時代になってからのことです。当時、『女性雑誌』という雑誌の主宰者をしていた巌本善治が、英語の「love」に「恋愛」という言葉を当てはめた最初の人物であると言われています。彼は、「恋愛」とは「清く正しく」「深く魂(ソウル)より愛する」ことであり、「恋」のような「不潔の連感に富める日本通俗の文字」とは異なって、非常に崇高で価値あるものであると説きました。彼の恋愛論をきっかけとして、「恋愛」という言葉や感情・行為が広く社会に浸透していくことになります。
男女の恋愛観は、近代化の流れで刷り込まれたことは理解いただけたでしょうか?恋愛結婚が啓蒙されて(一般市民も)恋愛するようになったのです。
「男性の恋愛観は、ホモソーシャルだから同性愛にならないために体目的」ではありません。勝手にアッー!にしないでください。
「恋愛って何?」「何のために恋愛するのか」をきちんと調べてください。
戦前には約7割を占めていた見合い結婚は、その後一貫して減少し、1965 ~69 年頃に恋愛結婚と比率が逆転した後、1995 年以降の結婚では1 割を下回っている。
まあ、誰も来ないネットの辺境のあばら屋なんだけども。
それでいいと納得しつつも、誰かに見て欲しいな―なんて。
まあ、それはおいといて。
自分以外誰も来ないサイトなので、一応明記してある私のメールアドレスに誰かからのメールが届くことなんて無かった。
これからも無いと思ってた。
ら、なんか来た。
差出人は“ハッピーネットワーク”とやら。いきなり胡散臭さ全開だったが、ひとまず読んでみることにする。
ホームページを拝見させて頂きました。
「月刊ハッピーネットワーク」という投稿雑誌(文芸サークル)を主宰しています。
イラスト・詩・漫画・小説・エッセイ(あなたの日々の出来事や思っている事)などジャンルを問わず何でも掲載しています。
月刊で180ページくらい。全国に約200人の会員さんがいます。毎月100人くらいの方が投稿に参加されています。
会員さんの平均年齢は26歳くらい。創刊は1993年8月の投稿雑誌です。
東京都内で集会も行っています。お友達や創作仲間作りにご活用下さい。
投稿に参加する度ごとに、「ハッピーカード」という直筆のカード式のファンレターが3~30枚以上届きます。
ハッピーカードをもらうと、とてもうれしくて感激します。あなたの作品にも必ずハッピーカードが届きますよ。
投稿される作品は新作でなくても構いません。あなたがホームページで発表している作品を雑誌に掲載してみませんか?
ネットでのやりとりも楽しいですが、ぬくもりが伝わるアナログでの活動は温かい気持ちになり、楽しさや幸せをより感じられます。会員さんの6割以上の方は、ご自分のホームページやブログ、mixiなどのネットでの活動と、ハッピーネットワークでのアナログの活動とを両方楽しまれています。
投稿に参加して下さる会員さんを募集しています。3ヶ月購読の短期間のご参加からお受けしています。休会・退会・再入会など自由に、気軽に、いつでも出来ます。10年以上続けて下さっている会員さんも十数名以上いらっしゃいます。またお試し投稿に参加して、ハッピーカードでの反応をみてから入会をお決めになれます。
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http://www2.tbb.t-com.ne.jp/hapine/
ホームページにある申込フォームから簡単に最新号をご請求出来ます。
ご訪問心よりお待ちしています。
このメールで不快な思いをさせてしまったようでしたら、大変失礼いたしました。
最後までお読み頂きまして本当にありがとうございました。
BYつねさん
コピペ終わり。
どう見てもコピペ&宣伝乙です。本当にありがとうございました。
一応ぐぐってみたら2ちゃんの過去スレがひっかかったり、注意喚起サイトがひっかかったり。
宗教的経験
カルトの「超越的世界観」によって、現実世界においては解決の困難な問題が解決することと述べました。他方、この類の世界観は非現実的であるために、受容が困難なのも事実です。ところが、「神秘体験」、「超越体験」などと呼ばれる幻想的な宗教経験は、その受容を著しく促進します。
オウムにおいても、教義の妥当性の根拠は、その種の宗教的経験でした。つまり、多くの信徒は教義の世界を幻覚的に経験しており、その世界を現実として認識していたのです。地下鉄サリン事件への関与は誠に愚かであり、心から後悔しておりますが、この事件についても、宗教的経験から、私は教義上の「救済」と認識して行いました。
このように、宗教的経験は、「殺人」を肯定する非現実的な教義さえ受容させる原因となります。したがって、宗教的経験を根拠とする思想やこれを起こす技術の使用には注意すべきです。
以下、宗教的経験の検討のために、私の経験を述べさせていただきたく思います。
前述のように、高校三年生のときに、私は、「生きる意味」の問題を意識するようになりました。しかし、その後、私は目を引いた本を読んだり、簡単な瞑想を指導する団体に入会したものの、その問題は棚上げ状態でした。大学で学ぶことが将来の職業に直結するので、学業や学費のためにアルバイトに忙殺されていたのです。
そのようなとき、偶然、私は書店で麻原の著書を見かけたのです。昭和六十三年二月ごろ、大学院一年のときでした。その後、関連書を何冊か読みましたが、彼の説く解脱。悟りが気になりました。
最終的な解脱・悟りは、絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の境地であり、本来、私たちはその状態に安住していたにもかかわらず、煩悩にとらわれたために、輪廻して苦界をさまよい続けているとされていました。ここで、絶対自由とは、カルマ(業。転生する原因)から解放され、どの世界に転生するのも、最終解脱の状態に安住するのも自由という意味でした。絶対幸福とは、金、名誉など自分以外の外的存在を必要としない幸福という意味でした。絶対歓喜とは、自己が存在しているだけで歓喜状態にあるという意味でした。
不明な点が多いものの、何らかの絶対的に幸福な境地の存在が事実であれば、その追求は「生きる意味」に値するのではないかと思いました。
また、麻原は修行を完成させて最終解脱の境地にあり、弟子を指導して彼らをも解脱させているとのことでした。麻原や弟子たちの体験談を読むと、解脱への確かな道が存在しているように思えました。彼らの体験には普遍性が感じられたからです。さらに、麻原は自身の体験の妥当性を、ダライ・ラマ十四世をはじめとするチベット仏教やインドの聖者たちと交流して確認したとのことでした。
前述の解脱のような教義の話だけならフィクションを読んでいるようなものでしたが、このような実証的な姿勢は理解できることでした。この点は、私がそれまでに接した斯界のものとは違っていると思いました。
しかし、事はそう簡単に運びませんでした。麻原が主宰するのは、宗教団体「オウム真理教」だったのです。(なお、当時、オウムはほとんど無名の団体でした。)
私は新宗教に対して拒絶反応が起こるのを禁じ得ませんでした。「輸血拒否事件」、「霊感商法」…新宗教に関するマスコミ報道は、決まって言いようのない不快感を催すものでした。とりわけ、「輸血拒否事件」は、高校三年生のときに話を聞いた団体のことだったので、新宗教に対する問題意識が高まりました。
この事件の報道では、事故に遭った子供が「生きたい」と言っていたのにかかわらず、両親が教義に従い、輸血を拒否したとされていました。この団体の聖書の解釈が正しいという保証はないのだから―私にはほかの解釈も可能に思えました―、そのような不確実なことに基づいて命を犠牲にすることが信じられませんでした。ですから、この事件で、私の新宗教に対する不信は決定的なものになっていました。
このようなわけで、私は本を読む以上にオウムに近づけなかったのです。
ところが、本を読み始めた一週間後くらいから、不可解なことが起こりました。修行もしていないのに、本に書かれていた、修行の過程で起こる体験が、私の身体に現れたのです。そして、約一ヶ月後の、昭和六十三年三月八日深夜のことでした。
眠りの静寂を破り、突然、私の内部で爆発音が鳴り響きました。それは、幼いころに山奥で聞いたことのある、発破のような音でした。音は体の内部で生じた感覚があったものの、はるか遠くで鳴ったような、奇妙な立体感がありました。
意識を戻した私は、直ちに事態を理解しました。爆発音と共にクンダリニーが覚醒した―読んでいたオウムの本の記述が脳裏に閃いたからです。クンダリニーとは、ヨガで「生命エネルギー」などとも呼ばれるもので、解脱するためにはこれを覚醒させる、つまり活動する状態にさせることが不可欠とされていました。
続いて、粘性のある温かい液体のようなものが尾底骨から溶け出してきました。本によると、クンダリニーは尾底骨から生じる熱いエネルギーのことでした。そして、それはゆっくりと背骨に沿って体を上昇してきました。腰の位置までくると、体の前面の腹部にパッと広がりました。経験したことのない、この世のものとは思えない感覚でした。
「クンダリニーの動きが正しくないと、くも膜下出血を起こす」、「指導者なしの覚醒は危険だ」―オウムの本の記述は別世界の話でしたが、今や、我が身に起こりつつある現実でした。私はクンダリニーの動きを止めようと試みました。しかし、意志に反して、クンダリニーは上昇を続けました。
クンダリニーは、胸まで上昇すると、胸いっぱいに広がりました。ヨガでいうチャクラ(体内の霊的器官とされる)の位置にくると広がるようでした。クンダリニーが喉の下まで達すると、熱の上昇を感じなくなりました。代わりに、熱くない気体のようなものが上昇しました。これが頭頂まで達すると圧迫感が生じ、頭蓋がククッときしむ音がしました。それでも、私は身体を硬くして耐えるしかなす術がありませんでした。
突然の出来事に、どうなることかと思いましたが、それをピークに一連の現象は収束しました。どうやら、無事に済んだようでした。
オウムの宗教的世界観が、一挙にリアリティを帯びて感じられました。麻原をグル(修行と指導する師)として、解脱・悟りを目指すことが私の「生きる意味」であると確信しました。麻原の著書を読み始めて以来相次いだ体験に、彼に強い「縁」を感じていたからです。クンダリニーが自然に覚醒したのは、前世のグルの著書を読んだために、修行者だった私の前世の記憶が甦ったからだと思いました。
このように、急激に宗教観念を受容して、思考体系が一変する心理現象は、「突然の宗教的回心」と呼ばれています。これと漸進的な宗教観念の受容との違いについて、研究論文には次のように述べられています。
突然の回心は、被験者そのものが全く変えられるように思われる経験として定義した。つまり、その変化は、被験者が生じさせるのではなく、彼にもたらされるように思われた。また、その変化は、被験者の生活様式、道徳的特性を形成する態度におけるものだった。
漸進的な宗教的発達は、上で説明したような回心経験がないという特徴のもので、そして被験者が自身を無信仰と識別したことがないものである。
すべての回心者は、疑いの余地なく、無信仰の状態から信仰深い状態になった。
二つの集団の特色をかなりよく示す、二つの自伝を下に引用する。一人の突然の回心者は、彼の経験を次のように記述した。
この経験は、私が一四歳の秋に起きた。私は畑を耕して働いていた。突然、嵐が近づいたように思われ、そしてあたかも私の周りの全てが止まったようだった―私は神の存在を感じた。馬たちは完全に止まった状態になった。真っ黒な空がとどろいたので、私は祈った。嵐はすぐに通り過ぎたが、この瞬間だった、―私は祈りながら―主が望むならば、クリスチャンになり、主に仕える決心をしたのは。
漸進的な宗教的発達をした集団の一員は、彼の経験を次のように記述した。
私が信仰深いと自覚したときを説明するのは難しい。それに対し、何年か前に私は十ポンドで生まれ、そして現在はそれよりかなり重いという事実を説明するのは、全く簡単だろう。この成長には、出来事の印象がないわけではない。しかし、少なくとも回想では、そのプロセスはあまりに完全に連続したように霞んでいる。だから、私が自身の認識に現れた時点を思い出せる以上に、私は“信心深く”なった時点を分離できない。私はその二つの出来事はほとんど同時に違いないと思う。
このような宗教的回心は、人が葛藤状態にあるときに、幻覚的な超越体験と共に起こることがあり、このとき葛藤が解決するとされています。また、突然の宗教的回心においては、常識から非常に逸脱したビリーフ・システム(思考体系)が受容される場合があるとされています。そして、「カリスマグループの一つの注目せざるを得ない特徴は、入会の特徴がしばしば劇的な回心の経験であることだ」といわれています。
私の場合、「生きる意味」に係わる葛藤のために、回心が起き、オウムの教義体系が受容されました。このように、非現実的な世界観が突然現実として感じられ、それが受容されることがあるので、超越体験に基づく世界観には要注意でしょう。後述のように、それが日常生活との間に摩擦を生じる場合は問題が起こるからです。
オウムの宗教的世界観が現実となった私に、入信以外の選択はありませんでした。また、新宗教うんぬんといっていられる状況ではありませんでした。クンダリニーが覚醒した以上、指導者は不可欠だったからです。私はクンダリニーをコントロールできず、頭蓋がきしんでも、なす術がなかったのです。この状況について、ある共犯者は「広瀬君は、本を読んだだけでクンダリニーが覚醒して、困って教団に相談に行ったと言っていた。ある種の困惑を広瀬君から感じた。」と法廷証言しています。
こうして、オウム真理教の在家信徒としての生活が始まりました。在家信徒は、社会生活しながら、教義の学習、守戒など教義の実践、ヨガの行法、奉仕などの修行をすることが基本でした。
オウムの教義と修行の目的について、あとの話の理解のために必要な部分のみ説明致します。
教義において、修行の究極の目的は前述の最終解脱をすること、つまり、輪廻から解放されることでした。なぜ解脱しなければならなのか―それは、輪廻から解放されない限り苦が生じるからだ、と説かれていました。これは、今は幸福でも、幸福でいられる善業が尽きてしまえば、これまでに為してきた悪業が優住になり、苦しみの世界に転生するということでした。特に、地獄・餓鬼・動物の三つの世界は三悪趣と呼ばれ、信徒の最も恐れる苦界でした。
それに対して、解脱はすべての束縛から解放された崇高な境地でした。解脱に至るには、次のように、私たちが本来の最終解脱の状態から落下していった原因を除去していくことが必要と説かれていました。
私たちは自己が存在するためだけで完全な状態にあったにもかかわらず、他の存在に対する執着が生じたために輪廻転生を始めたとされていました。それ以来、私たちは煩悩(私たちを苦しみの世界に結びつける執着)と悪業を増大させ、それに応じた世界に転生して肉体を持ち、苦しみ続けているとのことでした。たとえば、殺生や嫌悪の念は地獄、盗みや貧りの心は餓鬼、快楽を求めることや真理(精神を高める教え=オウムの教義)を知らないことは動物に、それぞれ転生する原因になるとされていました。
これらの煩悩と行為は過去世のものも含め、情報として私たちの内部に蓄積しているとのことでした。この蓄積された情報が「カルマ(業)」でした。そして、「悪業に応じた世界に転生する」というように、自己のカルマが身の上に返ってくることを「カルマの法則」といい、これも重要な教義でした。
カルマの法則から考えると、解脱、つまり輪廻からの開放に必要なのは、転生の原因となるカルマを消滅(浄化)することになります。ですから、オウムにおいては、カルマの浄化が重視され、修行はそのためのものでした。
[なお、前述の「殺生」は、虫を殺すことも含みます。ですから、そのほかに挙げた行為もそうですが、一般人の日常的な行為はほとんどが悪業となります。したがって、信徒についても、入信前は悪業を為してきたことになり、それらを浄化しない限り苦界に転生することになります。だから信徒たちは必死に修行していました。また、家族など周囲の非信徒たちは苦界への転生が避けられないことになり、それを信徒たちは案じていました。後述しますが、日常生活と相容れないこの教義のために、一般社会は苦界への転生に至らせる世界とみなされました。そのために、信徒は一般社会を離れて出家していきました。さらに、苦界へ転生する現代人を救済する目的で、殺人まで犯すことになりました。]
また、オウムの教義において、麻原は「神」といえる存在でした。それは、最終解脱者であり、様ざまな「神通力」を有するとされていたからです。特に麻原は、人を解脱させたり、高い世界(幸福な世界)に転生させたりする力があると主張していました。私たちに「エネルギー」を移入して最終解脱の状態の情報を与え、代わりに、苦界に転生する原因となる悪業を引き受ける―「カルマを背負う」といっていました―と説いていたのです。カルマを浄化していないと苦界に転生するのですから、カルマを背負ってくれる麻原は、まさに「救済者=神」でした。
麻原の指示が絶対だったのも、そのような「救済」の能力を有するためでした。オウムの世界観においては、苦界への転生の防止が最優先であるところ、麻原の指示の目的は、苦界へ転生する人類の救済とされていたのです。
回心による教義の受容の後、入信後は、私の身の上に個々の教義の体験が現われ、教義の世界観に対するリアリティがますます深まりました。たとえば、入信の一週間後に、麻原の「エネルギー」を込めたとされる石に触れたところ、気体のようなものが私の身体に入ってきました。そして、胸いっぱいに広がり、倒れそうになったのです。そのときは、ハッカを吸ったような感覚がして、私は自身の悪業が浄化されたと思いました。
その後も様ざまな形でこのような体験を重ねたので、私にとって、麻原が「カルマを背負う」能力を有することは現実でした。そのために、麻原は「神」であり、その指示は絶対だったのです。
なお、現在は、この種の経験は暗示の機制による幻覚と理解しています。つまり、以前に接していた「エネルギーを移入してカルマを浄化する」という教義(二十一頁)が暗示になり、「エネルギーを込めた」とされる石に触れたところ、教義どおりの幻覚が現れたものと思います。(このように、回心後は幻覚的経験が極めて起きやすい状態になっていました。)
なぜあの男が―麻原の地位が教団内で絶対だったことに対する疑問の声をよく聞きます。その理由の一つは、私と同様に、信徒にとっては麻原を「神」とする教義の世界観が現実だったことでしょう。ヨガの行法によって、多くの信徒が教義どおりの宗教的経験をしていたのです。
現役の信徒は、今も、麻原の力でカルマが浄化されると感じる経験をしているようです。だから、麻原が法廷でどんなに見るに堪えない振る舞いをしても、彼は「神」であり続けているのです。私もそうでしたが、信徒が帰依しているのは生身の麻原ではなく、宗教的経験によって知覚した麻原です。「現実」よりも「宗教的経験」のほうがリアリティがあるのです。
このような宗教的経験の作用について、文献には次のように述べられています。
アメリカで(そしてしばしば国際的に)現在見られる多くのカルト様のビリーフ・システムを概観することは、臨床医が特定のセクトを正しく評価するにあたり役に立つ。ビリーフ・システムは、一般に部外者を困惑させるもので、多くは超越体験や神秘体験に基づいている。あるものは、なじみのない東洋の伝統から得ている。あるものは、教義を再構築する程度にまで、既存の宗教を粉飾する。
超越体験あるいは神秘体験は、回心のプロセスにおいてしばしば重要だが、このことはジェイムズとフロイトが注目した。葛藤の解決における超越体験は、非精神病者と精神病者の両方に急性の幻覚的エピソードが起こる程だが、この重要性も強調されてきた。これらの経験はまた、カリスマセクトの多くの全員にとって、グループの全員をを続けされる総体である。これらの出来事は、類似した現象を経験したことのある他の人たちとの友好関係を、最高潮に高める強力な感情的経験になる。
宗教的経験のコンテクストにおける精神病様超越現象が生じることを説明できるモデルは、まだ開発されていない。しかし、注目すべきなのは、かなり注意を引く知覚現象を、これらのセクトの全員が普通に報告することである。たとえば、一つのグループの百十九人の全員のうちの三十パーセントが、瞑想中に幻覚様経験を報告した。明らかに、このような現象は、心理学者が正常な精神的プロセスのみならず病的プロセスを理解するのにもかなりの影響があるはずだ。それらはたぶん、精神病といわれる人に幻覚状態を起こすあるコンテクストの性質を、心理学的に理解する助けになるだろう。
(A教団は)夢さえも「お父様(教祖)の夢を見ますよ」などと暗示を与えて教祖の夢を見やすいように誘導したりする。それらのプライミングの結果、信者は身辺でおきる現象がすべて神やサタンといった心霊現象ととらえることになっていると思われる。さらに、こうした経験が西田のいう個人的現実性を高める。つまり体験や推論が教義と整合しているという認知を与え、ビリーフは強化される。
(西田公昭 一九九五年 ビリーフの形成と変化の機制についての研究(4) 社会心理学研究、一一、一八-二九)
(プライミング―特定の情報に接触させることによって、人間の情報処理を一定の方向に誘導すること)
瞑想のより高い段階は多くの経験を含む。これは、伝統的な文献によく載っており、明るい光のヴィジョン、身心の喜びに満ちた陶酔感、静けさ、明晰な知覚、および愛や献身の感情を様ざまに含む。“超意識”、“超越体験”、“神秘体験”、あるいは“クンダリニーの覚醒”と名付けられており、これらの状態は、人を引き込む影響を及ぼす。この影響は、瞑想の伝統によれば、非常に深刻になるものだ。
※「輸血拒否事件」1985年6月に神奈川県川崎市高津区で起こった事件。ダンプカーにひかれた当時小学5年生の男の子が、両親の輸血拒否にあい、約5時間後に死亡。「大ちゃん事件」とも。
もし、複数人で二次創作をやってみたい人は、これを反面教師の教材と思って読んでほしい
あと酔った勢いで書いてるので文章が拙いところがあるが勘弁していただきたい
このサークルではあるPCゲームに出てくる登場人物たちをあるカードゲームエンジンに導入するというようなことをしている
そこでの自分の立場はルールの整備・テストプレイ・カードのテキストの作成というポジショニングだった
ちなみに、テストプレイ・カードのテキストの作成に関してはまたほかに人物がいる
しかし、出来上がったカードテキストに対してそれを印刷に回すかどうかの決定権を握っているのは主宰であるのだ
だが、それがあまりにも愚かすぎた
その主宰があるカードゲームエンジンの根幹を全く理解していないに等しい状態だったのだ
自分を100の知識とすると、まともに作れるボーダーの知識が90ぐらいであるのに対して、主宰はおおよそ30程度しかない
その30程度というのがどういう意味かというと、GWで青い《作戦の看破》とか、
まともに考えたら不可解な動きをするのでは?と疑わしいカードを時にひねり出してくる程度だと思っていただければいいと思う
100の知識で作られたカードが30の知識程度しか持たない人間に決裁され
それどころか30の知識程度しか持たないのにカードを作って加えたり、こちらの作ったカードを改変したりとひどい有様である
あまりの知識のなさに耐えかねて何度か遠まわしに警告はしたが、主宰は残念ながら勉強する努力もしないし全く変わらない
このような有様では少なくともあるカードゲームエンジンプレイヤー向けの最低の品質さえ保てなくなる可能性が高い
少なくとも自分はそんな人に売れないと自覚するものは絶対に作りたくない
残念ながら、そんな売り物にできないものを作りたくないという選択肢を選ぶには、捨てるしか道がなかったのだ
自分の作ってきたカードテキスト、貢献、サークルのポジション、その他もろもろすべて
自分の捨てた残りカスで自分の望まない何か別のものが作られるだろうが、もはや自分の責任ではない
偽善者ぶってるとか自分だけ良ければいいのかとか言われそうだが、誰も幸せになれないものを作ることのほうがおかしい
さて、サークルを立ち上げて誰かと一緒に何か二次創作作りたい!っていう人に忠告しておく
その何かについて人一倍詳しくあるべきだ
その何かがよく理解できないで作ったところでいいものが出来上がるはずがないし
そんなものが売れても買った人は不幸になるだけだ
そして自分よりその何かをはるかに理解している人間が入ってきてしまった場合
干渉は最低限に、自分は例え裏方役といわれようがほかの人ができないことに精を出したほうがいい
それができないならその人も買う人も不幸になるものしか出来上がらないと思え
自分さえよければいいと思うなら一人でやれ
メジャーな作品の二次創作を出せば必ず売れるなんていうことはない
もちろん、一生懸命やったところでそれが報われるとは限らないが
ネットで色々言われてる根拠はこの辺か?
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/pdf/024506.pdf
一通り読んでみると、如何にあの国の兵役忌避が深刻な問題となっているかがよく分かる。
ただし、この時は国民感情などを考慮した結果、実現には到らなかった。韓国では重国籍が一部上位層の特権や兵役忌避などの不正と結び付けられ、否定的なイメージで語られることが通例であり、
政治家の息子や大企業の御曹司がこっそり免除されたりとかしてたんだろうな。
2005年には、遠征出産による重国籍者は兵役義務を履行しなければ韓国籍を離脱(外国籍を選択)できない旨の法改正も行われた。
法改正しないと歯止めが利かない位に横行してたのか。
2008年4月30日に開かれた李明博大統領主宰の第 2 回国家競争力強化委員会会議では、韓国人留学生の海外残留などによる頭脳流出と兵役義務履行者の減少や、優秀な外国人が帰化を断念する状況を改善する必要性があること、
重国籍容認の範囲を兵役義務履行者と優秀な外国人(①案) 、①案に兵役免除者と兵役義務のない女性を追加(②案) 、①案に一定期間(例えば 2 年)社会奉仕を行った兵役免除者と兵役義務のない女性を追加 (③案) の 3案に分けて比較検討を行った (優秀な外国人以外はすべて非自発的な外国籍取得者に限る) 。
①については兵役忌避を防ぐという理由から、②については国際結婚の離婚率が高い現状では、家族解体を促進するとの理由から、③については兵役義務を履行しなくてもよいなど無条件で重国籍を認めるのは時期尚早との理由から、それぞれ除外された。
圧倒的多数やね。
ただし、韓国には兵役制度があるため、兵役義務のある男性の場合は、兵役免除者などを除き、兵役義務を履行しなければ重国籍が認められない。
また広義の遠征出産による出生者は、兵役免除者や兵役義務のない女性などを除き、兵役義務を履行しなければ外国籍を選択 (韓国籍を離脱) することができない。
これは、国内に生活基盤を置いているにもかかわらず韓国籍を離脱することによる社会的な違和感を解消し、国民統合に寄与するとともに、兵役義務を履行すべき人材の流出を防ぐためである。