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はてなキーワード: 中学生とは

2023-12-07

知的障害の人がどうしても苦手。

中学生の時に障害のある人が働く作業所体験授業で行ったんだけど、友達知的障害男性レイプされそうになった。

引率の先生作業所職員も近くにいなくて、クラス男子必死男性友達から引き剥がそうとしたけど、男性の方が力強くて無理で。私は急いで先生職員を探しに行った。

職員男性を押さえた時には友達は服を脱がされてインナー破られて泣いてた。

その後は救急車やら警察やら来てすごく混乱した。警察から質問に答えるのが辛かった。

あの時のことがトラウマで、障害ある人を見かけると避けてしまう。

軽度で普通に生活できる人、重度で生活するのにサポート必要な人、色んな人がいるのはわかってる。

でも、どうしても皆同じに見えてしまう。

多様性平等社会って声高に言われる今、こんなこと誰にも話せない。

職場にいる軽度知的障害の人にも上手く接することができない。しんどい

Wikipediaで性行為のページみたら

無修正交尾動画載ってて、ええ…ってなった

ピストンって確かに動画あった方がわかりやすいけでさぁ

中学生Wikipediaで性行為のページは見ないようにって学校で強く言われたりするんかな

2023-12-06

「男らしい」と言われ続けてきたが、昭和生まれで良かったと思う

私は子どもの頃に、よく「男の子みたい」と言われていた。

女の子友達は少なく、男の子友達が多かった。

中学生くらいになると、自分は実は男なのかも知れないと思うようになった。当時読んだレベルEというマンガで、一見女性に見えても実は男性というケースがありうると知ったからだ。

当時はたまに自称が「俺」になることがあった程度には倒錯していた。

高校生くらいになると俺呼びは収まり、それ以降の人生普通に私呼びで過ごすことになる。

大学はほぼ男子校と言える理系単科大学に進学した。人生初の彼氏もできた。この辺りで、私は普通に女だな、という結論が見えた。

ただし、ネット上ではネナベをやっていた。けれど昔のインターネットは男のふりをしないと普通に話ができない空間だったから、それは自分の中ではノーカンだ。

しかし、大学卒業してから不景気だったのもあり女ばかりの職場パートをすることになったが、そこでも先輩方からあなたは考え方が男だ」と言われ続けた。

だが、最終的に男性結婚して子どもも産み、兼業主婦をやっている。

ここに落ち着いたからこそ断言できるが、今の時代思春期をやらずに済んで、本当に良かったと思っている。昭和生まれでよかった。

もし今中学生だったら、きっと自分トランスセクシャルだと思い込んでいただろう。場合によっては、周囲に「あの子トランスセクシャルだ」などというラベルをつけられていたかも知れない。

実際は思春期の気の迷いであり、俺呼びもただ痛い俺女だったという黒歴史であるだけだ。

でも、当時はそんなことな絶対に分からないのだから、きっと自分は本当は男なのだと思い、場合によってはホルモン治療などにも手を出したかも知れない。

そうなったら、一体どんな人生を歩んでいただろうか。

楽天的な私のことだから、それでも結構幸せ人生を歩んだかも知れない。

実際、今の世の中はトランスに寛容であろうとし始めている。理論的には、きっとその方がいい時代だ。

けれども、私たちは気をつけなければならない。思春期に揺れる子ども性自認あくまで見守るように。

その問題は、私の子問題であったとしても、私の問題ではない。

本当の意味子ども自身性別認識できるように、イネイブラー的な振る舞いは厳に慎まなければならないだろう。

干渉ヒスママの元で生まれたら学歴厨になった話

無職製造機と言われる過干渉ヒスママ学歴製造機でもあったという話を、去年の年収が400万超えた私が実体験を元に説明しようと思う。

去年の年収が400万を超えたを何故わざわざ書いたか、それは私が弱者からだ。

毒親育ちと言う弱者的な要素を抱えると、他人から説教されたりマウントされたりする機会が増える。

から、「過干渉ヒスママ無職製造機」という言葉に反応して「お前が無職なのは自己責任だろ。言い訳すんなゴミが」と言う言葉が返ってくるのを想定してしまう。

攻撃されることが前提にあるから「25歳の時に年収400万稼ぐ程度には社会に適合してたので説教しないでください。そう言う話をしたいわけではありません。」

と言う免罪符を先に用意して、自衛したくなる。

ただ、人生を順当に生きてきた人には攻撃されたり説教されることが前提にないため、

「なんでわざわざ年収書くの?自慢したいの?そんな中途半端金額で??うざ!」という反応になってしまう。

ーーここから本題ーー

私の父親中小企業役員で激務だった。対して母親専業主婦だった。

自分母親を見る限り、承認欲求が強く他人へ関心がある女性専業主婦に向かない。

専業主婦のような立場になっても問題が起こらないのは他人への関心が薄く適度に面倒くさがりな人間だ。

「人から褒められたい、頼られたい」という願望を持った人間専業主婦になると問題が起こる。

私の母親承認欲求が強いのに専業主婦になってしまった。

この手の女性子供赤ちゃん夜泣きしているうちは(大変だけど)問題が起こらない。

問題が起こるのは子供物心がついた後だ。

子供物心がつくと家族との関係よりも学校での友人関係を重視し始める。

すると母親視点では最悪なことが起きる。誰も母親必要としないのだ。

父親仕事で忙しくて滅多に家に居ない。子供学校での人間関係で満足してるからから愛情はそこまで求めていない。

子供が親に求めている役割なんて

父親なら働くこと。母親なら家事をすること。そして、子供が悪いことをした時に適切な熱量で叱ること。」

これぐらいのものだと思う。情緒面のつながりとか一緒にいて楽しいとかは家の外で作る友達に求めていることで、親には求めていない。

子供父親が働き、母親家事をする様子を見て「そう言う役割分担で結婚したんだな」と解釈するので、

「お母さん、家事をしてくれてありがとう」とはならない。「そう言う役割なんでしょ。」と思ってしまう。

父親はずっと仕事しているので専業主婦メンタルケアなどする暇がない。

「当たり前のことでお礼を言い合うのは格好悪いだろ」ハンターハンターキルアが言ったセリフだが、現実人間でも当たり前のことに感謝している人はいない。

すると母親視点では「情緒面でも役割面でも誰から必要とされていない」状況になる。

これが承認欲求の強い女性専業主婦に向かない理由で、誰から必要とされていない状況が続いた母親は狂い始める。

そしてトチ狂った母親は「子供から必要とされること」で自分存在意義を見つけようとする。

これが過干渉ヒスママが生まれる経緯で、地獄の始まりである

最初被害者長男だった。母親と兄はよく喧嘩していた。

当時の私には何で喧嘩しているのか分からなかった。兄に対して「短気でみっともない」ぐらいに思っていた。

ある日、兄が我慢限界に達して家のガラス破壊した。

この日を境に長男母親干渉されることがなくなり、代わりに私が干渉されるようになった。

子供から必要とされたいと思った母親は、子供ランドセル勝手に触って勝手時間割したりとか

子供自分でやるべきことを先回りして勝手にやり始める。

小学生の私「子供自分でやるべきことをお母さんがやったら、子供が何も出来なくなるでしょ。やめて」

母親「何?お母さんが悪いんか?何でもお母さんのせいなんか?」

私「責任押し付けをしてるわけじゃなくて、お母さんがやっていることは悪影響があるからやめて」

母親「でも、あなた放置しておくと時間割忘れるじゃない」

長男ガラスを破る前は寝る前に自分時間割をしていたのに、ある日急に母親が私のランドセル勝手に触るようになった。

今まで自分時間割してたのになと思ったが、自分時間割をできない人間として扱われると自信が無くなってくる。

小学生なりに頑張って筋道立てて「子供の成長を願うならば子供自分ですべきことを親がするべきではない」と説明したのを覚えている。

ただ、私の母親理屈で説得できるほど楽な相手ではなかった。

母親あなた時間割を忘れるとお母さんの評判が下がるのよ」

私「え、子供の成長なんかどうでもいいか自分評価が欲しいってこと?」

母親「違う」

私「何が違うの?説明して。」

母親「違う!!」

私「違うなら説明して」

母親「ええか、あんたは小学生から分からんかもしれんが、大人になれば親の言ってることが分かるようになるんや」

私「子供時間割を忘れるなら自分時間割をできるような人間にするのが本質的解決なのに、大人になると問題を水面下に押しやって解決したことにするってこと?」

母親「違う!!!あいえばこういう!!上司に向かっても言い返すつもり!そんなんじゃ社会通用しないよ!!」

母親感謝して!!!時間割してやってんだから感謝しなさい!!!

家を出る時間、朝起きる時間宿題をするタイミング、家を出る時の服装、予定の管理....etc

ありとあらゆることを母親干渉してきた。専業主婦で働いていないだけ体力が残っていて、その力で全力で私の自立を阻害しようとしてきた。

呼吸の仕方にまで干渉されるんじゃ無いかと思うレベル干渉された。

干渉を止めようとして筋道立てて説得しようとしたり、怒鳴って拒絶しようとしたり、罵倒したり色々と試したが母親言葉が通じることがなかった。

友達母親愚痴を言っても全く理解されなかった。

「そんなに不満なら言えばいいじゃん」と言われた。

健全社会生活を送れている人の大半は言葉が通じない人への解像度が低いせいでこういうことを平気でいう。

なぜ母親言葉が通じないのか私は考えた。

当時の私は「母親高卒から話が通じない」のだと考えだした。

本音をいうと母親ヒステリックなのは学歴問題であって欲しかった。努力解決する問題であって欲しかった。

良い大学に言って、言葉が通じる情緒の安定した女性を捕まえて幸せな家庭を築きたいと思っていた。

「過干渉ヒスママのもとに生まれたら学歴厨になった」というタイトルで多くの人が誤解してそうだが、母親から勉強しろと言われたことは一度もない。

自分意思で私は塾に入って東大を目指すことにした。

塾は生徒が受験成功する仕組みをしっかり整えている。

まず入塾テストがあり、最低限のラインをこえている人間だけを生徒として迎え入れる。

そして、生徒の成績を伸ばすために成績の悪い生徒を公開処刑に処すことで生徒の成績を伸ばしている。

まず成績で上級クラスと下級クラスに分ける。

私は下級クラス上級クラスも両方経験しているから分かるが、授業内容は上級と下級で全く変わらない。ただ、生徒の競争心を煽るためだけにクラスが分離している。

そして、クラス内でも成績で席順が決まる。成績の悪い人が前の席に配置され、成績が悪いという事実を席に座るだけで後ろから見られる仕組みになっている。

私は自己評価が低かったから、下級クラスの前の席に配置されても問題なかったし勉強すれば良いだけだと思ったが、プライドの高い人が下級クラスの前の席に配置されると捻くれ始める。

塾に入ったくせに「なんで勉強しなきゃいけないんだよ。高学歴でも無能な奴はいるって聞くぞ。」みたいなことを言い始める。

から思えば、多感な時期の中学生を成績順で配置して公開処刑すると捻くれ始めるのは普通のことかもしれない。

ただ、当時の私はそう考えなかった。

「成績の悪いバカ性格が悪く、無駄プライドが高いか文句を言い始める」というのが当時の解釈だった。

から必死勉強して上級クラスに行こうとしたが、下級クラスから抜け出せなかった。

ある日、自分勉強しても成績が伸びない理由に気づいた。無駄なことをしていたからだ。

勉強は良いことだと思ってたせいで、作業量の多いやり方で勉強していた。

無駄なことを増やしたせいで効果のある勉強時間を避けず成績が悪くなっていた。

から作業勉強区別するようにして、どうやれば成績が伸びるか必死に考えて、勉強方法改善改善を重ねた。

その結果として、上級クラスに移動することに成功し、なんとか上級クラスの平均より上の成績になった。

ただ、勉強したこと自分がかなり深刻な問題を抱えているという事実に直面した。

問題点1)勉強を質の高い労働者になるための訓練と考えたとき勉強のやり方を改善した」は「仕事のやり方を改善した」に該当する可能性がある

問題点2)仕事のやり方を改善できるのは職場で信頼されている人間である

問題点3)基本的なことが出来ない人間は信頼されない

問題点4)母親の過干渉悪化し、私が自分でやるべき基本的なことは全て母親がやっている。怒鳴ってもブチギレてもやめてくれない。

問題点5)母親頭が悪いが有能な秘書なのかと思うぐらい子供の予定を把握している。

問題点6)問題点5から察するに勉強しても頭が良くなっても「基本的なことを当たり前にこなす能力」は身につかない

以上の問題から母親干渉を全力で止めようとしたが、止まらなかった。むしろ悪化した。

私の母親は頭が悪く支離滅裂なのにしっかりと子供の予定を把握し、干渉してくる。

頭の悪いしっかり者という母親存在が、逆説的に高学歴社会不適合者の存在を暗示している。

そして自分でやるべきことを自分でやってない私は高学歴社会不適合者になりつつあるんだろうなという恐怖があった。

勉強して色々と分かるようになった分、恐怖が強くなっただけだった。

勉強ができても、頭が良くても、頭の良さが求めらる立場まで出世できる人間じゃないと意味がない。」

という可能性が頭をよぎったが、どうやって勉強するかが唯一私に許された意思決定だったか学歴固執するようになった。

この状態で、さらに悪いことが起きた。

塾の教育方針が変わったてから、今まで自由放任勉強できていたのに急に干渉されるようになった。

塾の先生がいう勉強方法会社でいうと現場にいない上司がいう仕事のやり方みたいなもので、的確なものには思えなかった。

自分にとって唯一許された意思決定だった勉強先生干渉されるのもが嫌だった。

上級クラスの平均より上の成績だったといえ、地元で一番レベルの高い高校を目指していたせいで先生のご機嫌をとるために

わざわざ先生指導のもと非効率勉強をする余裕などなかった。

から、塾の先生と揉めるようになった。

塾の先生もなかなか頭がおかしい人で「そんなに自分意思勉強したいなら、

私の意思あなた意思だと思え」とか「じゃああなたあなた勉強方法で100点取れるの?」とか言われた。

塾を辞めたいと言ったが親に反対された。必死に辞めたい理由説明したが日本語通用しなかった。

先生に親の許可はおりなかたが塾を辞めたいという話をすると「子供大人が稼いだ金で生活してるから反抗する権利はない」とか言われた。

大学に行けばまともな人間と一緒になれるという原動力に近い幻想が塾の先生という頭のおかしな人と遭遇したことで壊れた。

どこに言ってもヤバい人にヤバいことされる人生が続くと考えた瞬間、精神を病んでしまった。

精神を病んだ瞬間、上級クラスから下級クラスに戻り受験は無事失敗した。

心を病んでから母親干渉されることが無くなったので、母親子供が成長して自立するのが怖かったか干渉していたんじゃないかと思う。

メンタルを病んでから母親との関係改善された。

ただ、メンタルは治らなかった。

高校時代はずっと中学の嫌な思い出を思い出して、まるで現在進行形で嫌なことが起こってるかのように感じて苦しんでいた。

ずっと苦しい感情を抱えたまま苦しんでいた私には友達ができなかった。

そして、時間が流れGMARCHクラス大学に進学した。

メンタルを病んで卑屈になっていた私は友達ができなかった。

大学生のとき私はバイトを始めた。

お金が欲しかったわけではなく、友達のいないメンヘラで、基本的なことを親がやってきた人間社会に適合できわけがないと思っていたか自己改善のためにバイトを始めた。

バイトを始めると高校受験の時に頭のおかし大人に囲まれたいた弊害が出てきた。

例えば飲食店料理を作った後手が空いた場合「手が空いたから皿を洗おうかな?」と考えて皿を洗うのが普通だろう。

ただ、私はこうならなかった。

「手が空いたから皿を洗えるな。で、私は何をするべきなんだろう?」という状態になった。

から考えると本当に意味が分からない感覚だったと思う。

自分時間割自分でやろうとしたり、自分が下級クラスから上級クラスに上がった勉強方法を続けようとしたりすると母親や塾の先生に怒られることになっていた私は

自分が正しいと思っていることをすると怒られる」という意味不明な経験を積んでいた。

から「何が正しいか」の感覚と「どうするべきか」の感覚が全く別のものになっていた。

その結果「手が空いたから皿を洗えるな。で、私は何をするべきなんだろう?」みたいな支離滅裂思考回路になっていた。

大人の人=自分に対して理不尽に怒鳴ってくるモンスターみたいな認識だったから、職場コミュニケーションにも支障が出た。

そんなんだったから、バイトを何個か首になった。低学歴のしっかり者だった母親対義語として高学歴社会不適合者になってしまった。

偏差値60の私立大が高学歴に当たるかは謎だが。

自分の中の壊れてしまった感覚と向き合って、何とか自己改善してバイトが務まる程度の社会性を身につけたと思ったら大学時代が終わった。

失ったものは多いけど、なんとか自分人生を取り返していこうと思います

2023-12-05

物心ついた時にはもう太ってて、幼稚園の時にデブデブと言われるのが当たり前だった

小学校はいると健康診断のたびに太り過ぎだという注意の紙を渡された

親に見せるとからかわれるため、親に見せずに隠蔽するようになった

食欲が異常で、食べすぎて吐くこともあった

何故たびたび吐くのか親は病気かと思って病院に連れて行ったが単に食べ過ぎだったため家族の中で笑いものになった

やがて吐かなくなったが体重は増える一方で中学生の時には100キロ突破した

デブデブと言われいじめられまくり不登校

たまに会う祖父母が流石に太り過ぎではないかと言い、親が「そのうち自分で気を使うようになって自然痩せる」と返したのを覚えている

そのうち自然痩せるのかなと思ったけど痩せないまま成人デブとなった

普通の体型だったという時期がない

今まで自分健康デブだと思っていたが、32歳になり体重130キロの今、心肥大を指摘され痩せるよう言われた

健康診断に引っかからない健康デブだと語るデブタレントを見てきていたが

そんな選ばれしデブではなく、健康に影響が出てくる程度の平凡なデブだったんだな

食べ物を腹に詰め込んでいないと落ち着かないし、お腹がいっぱいでも味を感じたい衝動が強い

糖尿病のケはないようだが、なんらかのデブ病の末にこのまま死ぬのだろう

祖父のような人が、昨日死んだ。

祖父のような人が、昨日死んだ。

血の繋がった祖父は、自分の生まれる前に亡くなっていた、少なくとも父方の祖父は、割と早くに亡くなったらしかった。

母方の祖父は、母親子供の頃に祖母離婚しており、多分早くに亡くなったのだと思うが、仮に生きていても会うことはなかった。自分がいつそんなことを聞いたのかは確かではないが、物心ついた自分が、血の繋がった祖父、というもの意識した時にはどうやら亡くなっていたらしいのは確かだ。

祖父のような人」は、僕が生まれるずっと前から祖母と一緒に暮らしていた。多くの人が誰しも持つ思い出のように、自分子どもの頃、祖母と彼の住む家に遊びに行き、甘やかされ、小遣いをもらい、トランプやら野球やら将棋やらをして、思う存分に遊んだ

将棋ルール司馬遼太郎池波正太郎、他にもいろいろと、今ではどれが彼に教わったものか一々思い出せない程、いろいろなことを彼は教えてくれた。

しろ祖母と彼には、高級旅館に何度も旅行に連れて行ってもらったり、高級料理を食べたり、普通の人よりも随分いい思いをさせてもらった、祖母お金だったのか、彼のお金だったのか分からないが。

祖父、おじいちゃん、適切な言葉は分からないが、彼は自分にとって唯一のそういった存在だった。彼は無責任で、冗談と嘘をよく話し、調子のいい軽口を叩き、良い人間とも思えないが、憎めない人だった。

陽気に昔の自慢話を語り、祖母や叔母に返す刀で昔の失敗をからかわれると、機嫌を損ねて無口になり、眠ければ眠り、食事の時は誰よりも早く食卓について料理が出てくるのをやたらと祖母に急かした。彼は一言で言えば、「簡単」な人だった。読書好きで、色んな経験をしてきたらしい割に難しいことは考えず、毎日似たようなことをして気楽な生活を送っていた。

祖母が彼と暮らし始めたのは、離婚した直後のようだった。母や叔母(母の姉、祖母の娘)は、彼のことを時折「おとうさん」と呼んだし、祖母、叔母、母、彼の四人で暮らしていた時や旅行をした話を聞くことも稀にあった。

ただ、彼は、外に出れば家族ではなかった。彼の苗字は一人だけ違った。祖母が「田中」(仮名、でもそれくらいありふれた苗字だった)と彼の苗字を口に出す時、聞いてはいけないタブーに踏み込んでいるようで、胸がざわついた。今でも克明にそのざわつきを思い出すことができる。

父方の家族に会う時、彼がその場に来ることは当然なく、それどころか、彼のことを口に出してはいけない、そんな人はいないものとして話さないといけないことは、子ども自分にもいつの間にか十分過ぎるくらい分かっていた。

父は自分や兄や母とともに、母方の祖母の家に行くこともあったが、彼のことを嫌っており、彼と会ってもまともに話さず、彼の話を自分や兄から聞くと不機嫌になった。自分も兄も馬鹿じゃなかったので、幼い頃から、彼の話を父の前でしてはいけないことは分かっていたが、父は、祖母の家から帰ってくるたびに普段の落ち着いた様子からは考えられない程ぶっきらぼうに「田中はいたんか」と自分に聞いて、「うん」とだけ自分が答えると、より一層不機嫌になった。

母は、自分たち兄弟を育てながら、よく酒を飲み、よく荒れた。父は単身赴任で平日ほとんどおらず、母は毎晩のように台所で酒を飲み酔っ払って、自分や兄を理不尽に怒鳴って手を挙げ、警察学校や塾にやたらと電話をかけてほとんど脅迫に近いようなクレームを怒鳴り散らかした。たまに帰ってきた父がそれを制止すると、コンクリートで出来た平成生まれの一軒家ですら、簡単に壊れてしまうのではないかという程の暴れ方で反抗した。酒を飲んだ母は、怪物だった。

母は、素面の時、神経質で、常に他人の目を気にしていた。タクシー運転手にも、ずいぶん年下の店員にも、学校先生にも、息子の同級生の親にも、そこまで丁寧に話さなくてもいいのにという程、丁寧に低姿勢に話した。素面の時も、酒を飲んで暴れる時も、母は「正しい社会から向けられる目に怯え、苦しみ、酒を飲んだ時だけ、自分の正しさを暴力的に吐き出すことで、何とか自分という存在を保とうとしていた。

自分中学生高校生くらいの頃、彼には今は離れて住む子供がいることを知った。思えば「いない」とも聞かされたことはなかったが、はっきりとそれを聞いた時は、ただ胸の内で「そうだったんだな」とショックを受けたのを何となく覚えている。

それくらいの頃、叔母が離婚し、一人暮らしを始め、段々と精神病み、盗聴されている、組織に狙われてるなどと、典型的統合失調症の症状が出始めた。

この頃から父はよく自分にもはっきりと言い始めた。母が酒に荒れ、叔母が病んだのは、家庭環境のせいだ、母、叔母の親である祖母と、彼が不倫をして、母や叔母の実の父親を追い出したからだ、と。きっと母や叔母は、「外で言ってはいけない」ことを家の中で強く教えられ、世間の目を気にして怯えて生きてきたのだと。

それはある意味で納得のいく説明だった。祖母は、離婚理由を、相手、僕の実の祖父の賭け事のせいと言っていたが、どこまで本当かよく分からなかった。

知り合い、昔からの友人である大学同級生と会う時も、祖母は、「娘が二人いて、孫もいる独り身」として話しており、彼のことを誰にも言っていないようだった。

お盆、お坊さんがお経を唱えに祖母の家に訪ねてくる時、彼は訪ねてくる少し前に外出し、お坊さんが帰ってもういないことを電話で聞くと、すぐに帰ってきた。用事があって出かけるのではなかったから、すぐ近くにいたのだろう。祖母は、お坊さんが来る時間をいつも気にして、去年は遅かったとか今年は早過ぎるとか言っていたが、後ろめたさと面倒なことへの苛立ちが入り混じっていたのだと思う。

彼は、彼の子供とは長年会っていないようだった。彼の子供は、僕の父や母と同年齢程度のはずだが、彼の子供や、家庭のことを思うと、僕に罪はないのに申し訳ないというか、複雑な気分になった。彼の家族が彼のことをどう思っていたかからないが、少なくとも誇りには思っていなかったのではないかと思う。

祖母と彼は、僕が知る身近な家族の中で最も夫婦らしい二人だった。時に自分の子どもたちを犠牲にしてまでも二人の時間を過ごし、お互い喧嘩し、お互い気ままに生きて、美味しいご飯を食べ、よく酒を飲み、一緒になってから数十年間を死ぬまで共に暮らした。

この一年程、彼はほぼ寝たきりになり、祖母は、彼の子供のところへ帰って欲しいと伝えていたようだが、結局最後まで彼が聞き入れることはなかったようだった。

彼とのことで一番はっきりと思い出せるのは、大学落研に入った自分に、彼が帯をくれたことだった。自分の着ていた着物は、桃色で、当時自分が持っていた水色の帯とは合っていなかった。祖母がその写真を見て、「合う帯があったら、おじいさんにもらい、おじいさん、呉服屋社長をやってたから」と言った。彼は昔の仕事の話をされるのが少し気まずいのか、「ええの残ってるか分からんで」と言っていたが、次会った時に、自分着物によく合う、濃紺の帯をくれた。とても気に入った帯だったし、締める時は不思議気合が入った。他人に言えない自分の生まれを、言葉に出さずとも身に纏って話しているようだった。

思えば彼について知らないことも多い。下の名前も一度くらいは聞いたことはある気もするが思い出せない。思い出すのは、人となりと、「田中」と呼ばれているのを聞いた時の、あのばつの悪さだ。彼がくれた帯も、彼がどこにしまっていたのか分からない。少なくとも祖母と彼が暮らしていたマンションには、彼の私物しまうスペースはほとんどなかったはずだった。彼は、祖母マンション以外にも一応自分の部屋を借りていたらしいが、ほとんど帰っていなかったし、何を残して、何を捨ててきたのか、いつから祖母暮らし始めたのかも、本当のところはよく分からなかった。

彼が死んで、母から僕に電話が来た。

「二日前くらいか入院してもう危ないとは聞いてたんやけどな、おばあちゃん病院行かはったんやけど、内縁の妻、言うんかな、死んでも詳しくは教えてくれへんのやて。ほら、おじいちゃんて、"田中"さんやんか、息子と娘さんがお葬式とかお通夜はるから、心の中で弔ってあげてな」

母は冷静に話すようにつとめているようだったが、その話し振りは、まだ状況が飲み込めない子どものようでもあった。

母にとって、彼がどんな存在だったのか分からない。少なくとも、幼少期ともに過ごし、自分の血の繋がった親である祖母暮らし続けていた「彼」のお葬式にもお通夜にも出れないことは、やはりショックな出来事であり、何を悲しんでいいのか、すぐには整理がつかないようだった。

きっと、親である祖母離婚して、その後すぐ彼が家に来て、そこからずっと母は、同じように色んなことを飲み込めないまま生きてきたのだと思った。

もう高齢で、ボケかけの祖母は、すぐには状況が完全に理解できなかったらしく、母からLINEが入っていた。

母は気持ちの整理がつかないのか、若干文章ががおかしかったが、「やはり 悲しいことと思います。」と書かれていた。

彼が死んだら、お葬式にもお通夜にも、自分はおろか、「田中」以外の人間が出ないことは、ずっと前から、僕が生まれるよりも前から分かっていたことだった。

別に祖母がそのことをどうにかしようとする素振りもなかった。祖母と彼はただ一緒に暮らして、おそらく楽しい思い出をつくり、何かを片付けることもないまま、彼は死んだ。

残された人はみんな、この悲しみをどう受け止めていいかも、怒っていいのかも、誰に話していいのかも、どう弔えばいいのかも、分からないままだ。

祖父のような人が、昨日死んだ。このことを上手く話せる日が、いつか僕に来るだろうか。

2023-12-04

anond:20231204101302

人間ってみんな中学生の頃と本質は対して成長してないやろ。

社会という場でそこに合わせたペルソナ付けてるだけなのはお前もそうじゃないんか?

会社でも友達とでも家族とでも家で一人でも同じふるまいなのか?

anond:20231204101136

男って社会人になってもこんな中学生思考のままなの?

大学受験を乗り越えて知識は身につくけど教養常識は無理なんですか

2023-12-03

子育てメリット、おじさんとしては警戒されないことだと思う

https://anond.hatelabo.jp/20231202153530

中学生の子ども二人いる平凡なおじさんだけど

メリットデメリット子育てを考えるなという正論は一旦脇に置いて、今まで子育てしてきて感じたメリットといえば、間違いなく社会包摂される実感を得られること。要するに周りから警戒されにくいこと。

「何を考えてるか分からない薄っすら警戒対象中年男性から「子煩悩なパパ」にグレードアップできるのは、経験のあるおじさんにしかからないんじゃないかと思うが、個人的にでかいメリット

実際、ただ休日イオンモールに来ただけなのに、単独行動私服おじさんって周りから薄っすら警戒されてるんだよ。俺工場勤めで、仕事の都合で日頃結婚指輪してないんだけど、独りでイオン行くとマジで体感させられるわ。家族連れて来たときとで周りの警戒感が全然違う。

特に女の人ね。店員でもそうだからね。

自分では分からんがけど俺の風貌が殊更怪しいという可能性もゼロでは無いとは言え...

面と向かって聞くようなことじゃないから妻も含め女の人に直接訊ねたことはないんだけど、やっぱり女の人も単独おじさんは警戒してるんじゃないか。多分。その理由も分かるし。

お父さんお母さんって絶滅しそう

自分の親をお父さん・お母さんって呼ぶ子どもを久しく見ていない。小さな子も小学校高学年ぐらいの子もパパママ呼び。

なんなら親自身もパパママと呼んでいる。

自分子供のころは小学生になってもパパママ呼びは恥ずかしいという雰囲気があったけど、今はそうでもないのかな。

中学生ぐらいの子母親ママと呼んでいてムズムズしちゃった。

アンケートによると、セックスをしないと出られない部屋に入れられた時にセックスできる相手女の子の年齢は

となり、100パーセントの男は未成年に手を出せるという結果になった。

anond:20231203112341

おじいちゃん中学生のころなら小渕首相とかじゃないの

中学生の頃に駅前ヤンキーにパー券買わない?と声かけられたけど

あいつも安倍派だったのかな?

2023-12-02

中学生の頃のクラスメートジャニオタデブだった

それ以来俺の中ではデブ=ジャニオタという図式ができあがっていたが

デブはたくさん見かけてもジャニオタは(グッズ等を着けていないなら)わからない

俺の方程式は誤りだったのか

だが先日、ついに知り合いのデブジャニオタであることが判明した

ジャニオタを表明しづいであろうこのご時世に、だ

やはりデブジャニオタである

そうこなくてはな

anond:20231202164530

そう考えると全部つじつまが合うんだよな。

処女じゃないから、処女だった中学生の体に戻ってプリキュアに変身する主人公たち。

先週主人公の子が倒れてしまったのも、久しぶりに会った彼氏と生ハメえっちして妊娠してたのが変身して中学生の体に戻ってしまったため堕胎してしまい体に負担がかかったのだろう。

2023-12-01

俺は子供の頃マンションに住んでいた。

そこで同じ階に住むおばさんがいて、すれ違いがてらとか、エレベーターで一緒になったときかによく声をかけてもらっていた。

そのおばさんのことは別に嫌いでもなんでもなかったし、ただ同じ階に住むおばさんとしか思っていなかったのだが、朝、こちらが登校するときなんかに「いってらっしゃい」と毎度毎度言ってくれるのに対し、その時分の俺はどういうわけか「いってきます」と言わなかった。

どういうことだと思うだろう。俺もそう思う。

「いってらっしゃい」と言われたら「いってきます」と返すのがもの道理自然言葉のやりとりであろうが、しかして俺はその言葉になんとなくにへらっとして軽く頭を下げ、小学生の時も中学生の時も高校生の時もそんな調子で切り抜けた。

当時の俺は家の玄関から出る時以外に「いってきます」と言うものなのかどうかわからず、それを口にするのに妙な抵抗を感じ、ただただ戸惑っていたのだ。

まぁ子供のすることだし、こちらもにへらっとはしていた訳だから、あのおばさんもさりとて気に障ることなく毎度毎度「いってらっしゃい」と言ってくれていたのだと思うが、今にして思えば変な話だ。言えよ。いってきますって。

もし逆の立場だったらん、とはなると思う。大人だったのだなあの人は。そして俺は子供だった。今はどうだろうか。まぁ当時よりは大人なんじゃないか。そうでなきゃ困る。そうであってくれ。

2023-11-30

みんな寝る前って何考えてるの?

俺、中学生のころからずっとエロい妄想しかしてないかもしれない

じゃあみんな何やってんの?

意識が遠くなる寸前まで、集中せずになにを考えてるの?

よーし!今日はこれ考えちゃうぞー!

なんてことあるの?

最近は、子供を二人産んでレスになった妻といっぱいエッチなことしてる、妄想してる

たまに辛くなって眠れなくなる

こんな妄想を毎晩していつのまにか60代とかになるのかなって、妄想もする

からエロい妄想しかしてない、ってのはウソになるけど、

でもルーティンのように布団に入るとエロい妄想自然と頭が向く

なんで好きな人とのエッチってルーティンにならないんだろう

2023-11-29

暇空茜の弁護士過去が壮絶すぎる

和 1 年(受)第 877 号、令和 1 年(受)第 878 号

父親は幼少期に、他国から父母など同胞集団と共に来日し、帰化した。

多子家庭で育つも経済環境には恵まれ大学院にまで進学(中退)、自営業成功を収める。

母親は複雑な家庭環境に育ち、中卒で水商売をしていた。

客として訪れた父親結婚するも、精神的に不安定な面が強く離婚母子家庭でAを育てる。

Aが4歳の時に、Aの前で飛び降り自殺した。

Aは祖母に引き取られた。

後に偏差値70の学部へ進学するほどAは学業優秀であるが、小学生の頃はやる気にムラがあり評価は良くなかった。

教師を見下すような言動を取り、しばしば暴力問題を起こした。

祖母はAに体罰を行い喧嘩をすることがよくあったが、Aが中学生になると敵わなくなり、Aは父親に引き取られた。

Aは私立中学校に通っていたが、そこでも粗暴な行動が目立った。

教師には、一見すると真面目そうで勉強もよく出来るが心の教育ができていないと評された。

父親はAと仲良くしたい、一緒に遊んだりしたいと干渉していたが、Aは父親嫌悪して遠ざけようとしていた。

Aの粗暴行為が目立つため、中学2年生時のキャンプで、学校側はAを強制的に不参加にした。

キャンプに行けなかったことはAにとって非常に強い屈辱であり、その後の人生につきまとう出来事になった。

中学3年生の時、Aは同級生に嫌味を言われたと憤り、塾帰りの同級生が歩く夜道で待ち伏せし、ゴルフクラブを振り回しながら追いかけた。

暴行する意図はなく、驚かせて悔い改めさせようとしただけだが、Aは保護され、保護観察処分となった。

Aは私立中学を辞めて公立中へ転校した。

父親心配してAを病院に通わせ、そこで初めてAに高機能自閉症があるとわかった。

本人には自閉症のことは知らされなかった。

中学卒業後、保護観察や通院などの関係で1年遅れて、Aは高偏差値高校へ進学した。

小中では知的欲求を満たされないことで教師侮蔑する態度の強かったAだが、高校では勉強に熱中し、徹夜して好きで勉強することもあった。

しか体育教師に対しては粗暴な振る舞いをし、「そんな態度なら授業に出るな」と言われ、Aは体育に出なくなった。

出席日数不足のため進級できないと学校側に勧告され、父親自閉症のことを明かし、Aも知るところとなった。

自閉症ならば仕方ないと学校特別にAの進級を認めた。

Aは自閉症ことなど調べるうちに、キャンプの件が理由PTSDになっているのだという結論に達し、警察被害を訴えに行くも取り合われなかった。

中学校を訴えてほしいと父親に頼むも、父親ははぐらかすばかりで一向に行動に出なかった。

Aは同級生中傷文を校内で流布したり、女子生徒に執拗求愛することでもしばしば問題となった。

17歳の時、Aは町中で行列に並んでいた際に、後ろの者にリュックをさわられたと怒り、通報して警察官を呼び出した。

警察官が事情聴取リュックも調べると、中には刃渡り8cmの刃物があり、銃刀法違反でAは保護された。

Aの担当となった家庭裁判所調査官は、心理学者でもあった。

調査官に対しAは様々な不満を漏らした。

父親仕事の都合でたびたび祖国に戻り家を空ける一方で、居る時にはAに対し過干渉でAの寝所は仕切りがなくプライバシーがなかった。

調査官は仕切りをつくってあげるようにするなど父親アドバイスをした。

Aは父親をひどく嫌っており、母親自殺目撃について特に心傷はないが、そのせいで父親と暮らさなければいけないことが不服であると語った。

キャンプに行けなかったことはAの心の傷であり、当然の権利が奪われた、権利回復のために今からでもキャンプに参加させよと主張した。

18歳の青年中学生に混じってキャンプに行くのはおかしいと調査官に言われても、Aはこだわり続けた。

合法的キャンプに混じれないのならば非合法方法でもいいからと、中学校脅迫めいた手紙を送ることもあった。

高校卒業後、Aは偏差値70の名門大学に入り、弁護士になるために学ぶようになった。

AのIQは140ほどある。

最優域知能と発達障害による特性学術的興味を持ち、調査官は国の許可を得た上でAについての論文を発表した。

Aの論文は他の少年の事例と併せて書籍化された。

書籍発売から何年も経った後で、調査官に書籍のことを話され、Aは初めて書籍について知った。

Aはプライバシー侵害として、調査官と出版社を訴え、国家賠償請求も行った。

民事裁判最高裁でAが敗訴し、国賠でも敗訴となった。

Aは今年に入ってから現在では大学教授である調査官が書籍心理学教科書扱いして頒布しているとして、再び元調査官を訴えた。

歯医者との相性は本当に大事

タイトルのとおりだ。


私は口元に自信がない。


ガチャ歯というほどではないけど今も叢生(そうせい、というらしい。歯が一部重なり合ってしまっている。今通っている歯医者で教えてもらった)というやつだ。八重歯もある。幸い受け口はそこまでひどくない。

咬み合わせも悪く、幼い頃はハッキリとした反対咬合(イーッとしたときに下の歯が前に出る)だった。

こちらは成長に伴って軽減されたのか今は改善されている。幼少期に一瞬だけ矯正治療をしたせいかもしれない。(一時期マウスピースをつけていたが全く慣れなくて、すぐに噛み締めて割ってしまうため親も諦めた)


小学校高学年くらいの頃には周りの子に比べてわかりやすく歯が黄ばんでいた。親からは幼少期に飲んだ風邪薬の影響だ、と言われていた。

口周りに自信がない一番の理由はこの黄ばみかもしれない。友人にハッキリと「なんで歯が黄色いの?」と言われて落ち込んだ記憶がある。


反対咬合は生まれつきだったので自分にはそれが普通だったし、矯正自分が嫌で辞めたのもあってあまり気にしていなかった。

そしてこの叢生のせいなのかとにかく昔から歯磨きが下手で、当然虫歯もできやすかった。


そんなわけで

・歯並びが悪い

・歯が黄色

虫歯ができやす

という三重苦を背負ったのだ。


ちなみに、親はあまり歯磨き指導に熱心ではなかったが矯正治療も考えてくれたしちゃん虫歯が出来れば歯科へと連れて行ってくれたので私はこの件は親に責任はなく自分意識問題だと思っている。


こんな三重苦の私だが、ここ最近まで年単位歯医者に行っていなかった。

歯医者が苦手というありふれた理由だが、おそらく小学生の頃に通っていた歯医者がすべての始まりだったと思う。

その歯医者には小学生中学生の半ばくらいまで通っており、私は学校の検診で引っかかってはそこで治療するというのを繰り返していた。

そこに一人、とにかく常に不機嫌で高圧的な歯科衛生士がいた。妹も当たったことがあるらしく「あの人でしょ」とわかるほどに露骨だった。

虫歯治療は長引くことが多かったので当然その歯科衛生士に当たる機会も多い。

毎回歯磨きをしてから向かうのだが、私は歯磨きが下手だ。だから虫歯ができているのだけど。

彼女は毎回のように「歯磨きが本当に下手、何度やっても上手くならない」「歯の生え方が悪いからどうしようもない」と言い続けた。

言われている当時は自分が悪いのだから仕方ないと思っていた。何年もそこに通い、何年も言われ続けた。

中学の頃にもう一度きちんと矯正治療をしてみるか?という話が出たが、そこの歯医者で参考として見せられた本の内容がかなり外見的な面での不安を煽るもので、一応年頃だった私の矯正治療へのイメージは最悪になった。

ちなみに最初マウスピース治療をしたのもこの歯医者だったが、私が何度も壊れたマウスピースを持って受診するので医者から中止を進言されたと聞いた。

矯正治療の件をきっかけに私がその歯医者に苦手意識を持ったことや、母の仕事多忙になり私を連れていくのが難しくなったこと(車で通う距離だった)で、自分で行ける距離歯医者へ変えることになった。




自分で行くようになると、私は歯医者に通わなくなった。

最初の2回くらいは行くのだが、その後は予約をしていても無視して行かなくなってしまうのだ。

当然気まずいので今後その歯医者には行かなくなる。そんな理由で行けなくなった歯医者が何軒もできた。

そのうちよっぽどの痛みがないと歯医者に行かなくなり、その場合も痛みが引くと次の予約があっても行かなかった。

社会人になってもそれは続いた。行けない歯医者は増えた。






虫歯があるだろうな」と思いつつ下手くそ歯磨きをして暮らしていたが、転機は去年の春先だった。

当時はそこまで気にしていなかったが、その頃にはすでに歯磨きをすると歯ぐきから少量の血が出る、いわゆる歯周病になっていた。

ある日、食パンを食べたら歯が欠けたのだ(と思ったが実際には過去治療したところが取れただけだった、見た目が白かったので自分の歯だと思った)


さすがに歯が欠けたとあっては焦って、歯医者電話した。

何ヶ月か前にも詰め物が取れて近所の歯医者に行ったのでそこにかけた。

そこは「駄目なところ全部治すか、それとも今困っているところだけでいいか」と最初カウンセリングで聞いてくれたので「困っているところだけでいい」と答えた。

取れたものを再装着するだけだったので久しぶりにちゃん規定治療完了まで通えた歯医者だったのだ。

しかし予約がいっぱいで私の都合がつく日だと一週間以上先になってしまう、という話だった。




さすがに自分の歯が取れた(と思っている)状態で一週間放置は怖かった。

歯が取れた原因をネット検索すると当然のように歯周病について表示され、これまた恐ろしい末路が書いてあるので尚更だ。さんざん歯医者を避けてきて何を今更、という感じだが。

結局、なるべく通いやすそうなところで、と新たな歯医者を探し翌日に見てくれるということで行ったのが今の歯医者との出会いだ。



当日、受付を済ませ問診票を渡されて驚いた。

すごく事細かに書くことがある。

どういう症状があるかはもちろん、以前のところと同じくすべて治したいか、その場限りでいいのか。

その他にも治療までいかなくても悩んでいることや、今まで歯医者不安だったこと、嫌だったことなどを書く欄まであった。


私は歯並びが悪いことや歯の黄ばみがあること、歯磨きが下手なこと、歯医者に通うのが苦手なことをすべて正直に書いた。

治療方針については、悩んでいる、と書いた。

その後カウンセリングルームに通されたが、これまた丁寧だった。

問診票を元にいろいろ質問されたが「通いづらいのは、治療が怖くてですか?」と聞かれてハッとした。


私が苦手なのは歯磨き指導だ。

考えてみたら私は痛みに弱いわけではない。麻酔も効きづらいのに抜けにくくて、ほぼ麻酔が効いていない状態で歯を削られたり抜歯されたこともあった(思い返せばこれも最初歯医者でのことだが、まだ感覚がありますと数回言ったところで面倒くさそうに溜息をつかれ結局治療されたのを思い出した。痛かった)




治療が怖いのではなく、歯医者や衛生士の言動歯磨きのものに苦手意識を持っていることに気がついたのだ。


「昔から歯磨きが下手なんです。自分では磨いているつもりなんですけど、どこの歯医者でもいつも歯磨き指導が入るのでそのたびに下手だと叱られているようで行きづらくなってしまます歯磨きのものにもすごく苦手意識があります


泣きそうだった。

最初歯医者の頃、そんな小さな頃のことが今までずっとトラウマになっていたことに気付かずにいたなんて。歯医者に通い続けられない自分ダメなやつだと思っていた。



レントゲンや唾液の検査(これも初めてだった)の結果、自分の歯の生え方は歯磨きが難しいこと、かなり虫歯ができやすい口腔状態であること(この時点で虫歯が少しあった)、軽度の歯周病であることがわかった。

ここなら大丈夫かもしれないと、思い切って「駄目なところを全部治してください」とお願いした。

担当した衛生士は「治療と一緒に毎回歯磨き練習をしていきましょう。少しずつ口内環境を良くしていきましょうね」と言ってくれた。



そしてこの歯医者に通い始めて一年

虫歯治療歯周病治療が一段落つき、おためしで自費クリーニングをやってもらった。

クリーニング後は目に見えて黄ばみが軽減していて「回数を重ねればもっと綺麗になると思いますよ」と言われた。

そこで気になっていた歯の色のことを相談してみた。

「薬での黄色とは色味が違うんですよね…家族喫煙者の方とかいましたか?」

父が喫煙者で、家の中はタバコの煙で白くなっていることもあったと話す。

タバコ副流煙って歯にも影響あるんですよ。あとは食生活ですね。この黄ばみは改善できる黄ばみですよ」

衝撃だった。物心ついた頃から黄色い歯だったのでこれが変わるとは思いもしなかった。

歯磨きの仕方も何通りも教えてくれて(伝え方の違いかもしれないが)その中の一つがあっていたのかやりやすく「前よりずっと良くなってますよ!」と言ってくれる。

自費クリーニングはそれなりに高額なので、保険内の定期クリーニングをしつつ必要に応じてつど歯医者の方から薦めてくれることになった。

歯医者に通う前は慢性的にあった沁みる感じもないしもう歯磨きしても血も出ない。

自分歯磨きが下手だという気持ちはまだ消えないが、むしろそう思っていた方が気を遣うのでいいのかもしれない。

歯磨きは下手でも、今の自分ちゃん歯医者に通って診てもらうことができる。

医者なんてのは健康ダイレクトに関わってくるので、自分に合ったところを見つけるのは大事だね、という話。


今まで飛んでしまった数十軒の歯医者さん、ごめんなさい。

anond:20231129082602

男女平等なんか建前でしかないって中学生あたりから誰でも分かってるのにおまいらムキになりすぎなんだ

anond:20231129032603

でも中学生男子に御姫様ダッコだの抜かず4発セックスだのさせたら足腰イワして虐待になるやんけ

事実中学生はまだ男や女じゃないんだからだまっとけ

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