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タブレット自費購入「怒りしかない」 公立高校でなぜ保護者負担?
https://news.yahoo.co.jp/articles/8f7c05adf459c3811e9520070cf1c10afdbc6745
https://topisyu.hatenablog.com/entry/2021/04/28/073000
さんざん学校見学、説明会、文化祭連れてったけど、うちの子はダメだったな。
①晴れた日に、②子どもの趣味・特技に強い学校の説明会・文化祭に連れてったよ?
でも彼の趣味は学校外でやることだし、自分のペースでやりたいから、学校内でみんなとやる意味を見出せないようだった。
地元公立中のボロ校舎にも入ったことあるけど、私立のきれいな校舎とか設備とかどうでもいいって感じだった。
クラスメイトと違う中学行きたいって動機で始めたけど、学年上がってクラス替えあってそんな気もなくなったみたい。
だから受験させるの諦めた。私が。「憧れの志望校」もないのにハードな勉強乗りきれんわ。
6年進学時に意向を確認したら、趣味止める気ないし、止めてまで勉強したくないっていうし。
今受験しなくても高校受験あるし、あんたは公立で内申取るの大変そうだけど覚悟あんの?って聞いたけど、まあピンとこないわね。
夫も私も私立一貫校出身で、一貫校の良さ有利さは身にしみて実感してるから、まあホント諦めきれんとこあったけど仕方ない。
今はとりあえず楽しそうに公立通ってるが、どうなることかねー。
就職氷河期の40代独身だが、Youtubeで大学受験動画を見たり、就活動画を見たりしている。
今さらながら知ることのできるテクニックなどがあり、感心する。
公立中学出身なので、中学受験に関する動画を見たりして、大変だなーと思ったりする。
ところで、こういうYoutubeで得られるHowTo情報、意外とググっても出てこないのだ。
グーグル検索でヒットするのはWordpressで作られたアフィリエイトリンクの貼られたブログが多く、
確かにエクセルの使い方など、マニュアル的なものを探すにはとても便利だが、
口コミ的(当事者の本音的)HowTo情報って、インターネット上の文字情報にあんまりなっていない。
あとYoutubeには専門家が顔出しでいろいろ専門的なことをアドバイスしている動画が多いが、
グーグル検索では専門家が書いている情報はあまりヒットしない。
ブログの情報はどこも同じようなことが載っていて使い回しているかのよう。
私立はいじめを隠ぺいする強烈な動機があるけれど(某有名女優の娘みたいに露見するのは稀)、公立はいじめが分かったところで教員はクビにならないし学校も潰れないよね。
なんで公立ばかりいじめが報道されると思ってるの?公立ではいじめがあるけれど私立ではない、のではなく、私立だと経営上死活問題だから徹底的に隠ぺいされてるだけだし、公立と違って教育委員会の介入とかも期待できない。私立だと成績上位の生徒がいじめをやった場合、いじめを受けた側が転校に追いこまれたりして訴訟にもなっている。
合法的に自分語りをしてもいい場所だと聞き、俺のことをまったく知らん他人が自分の人生を見てどう思うか気になったので、初めてこの場を借りてこんなのを書いてます。そういうつもりは毛頭ないんだけど自虐風の自慢みたいな話にガチギレして憤死しちゃうような方は自衛してくれ。
まず現状。
マーチ下位レベルの大学を3月に卒業したばかり。就活はかなり上手く行った方だと思う。大手優良企業の代表格みたいな大企業から内定をもらい無事就職、このまえ初任給を受け取ったぐらい。同期は数百人いて、大半は顔も名前もわからん。大手特有のアホみたいな福利厚生で、自己負担3万でそこそこの広さで一人暮らしを始めた。
続いて今までの話。
生まれも育ちも東京。両親メガバン銀行員のクソお堅い家庭に生まれ、幼稚園→小学校と社宅住み。きょうだいは姉1人。チビのころはセミ取りとかが好きなヤンチャで割とクソガキだったと思う。ただ環境的に中学受験者がほぼいなかったのもあって勉強は小学校の中ではたぶん一番か二番ぐらいには出来てた。中学受験にてそこそこ東大を出す私立中高一貫男子校に合格。偏差値59〜63ぐらいでイメージしてもらえれば。
特筆すべきこととしては、小3で父親が急死。急な心停止=ほぼ原因不明みたいな感じ。母親曰くほとんどそんなことは今までなかったらしいんだけど、前日クソ酔っ払って帰ってきて、朝にはもう亡くなってたらしい。その日の朝は寝てると思って誰も気付くことなく小学校に行ってたけどね。
続いて小6の終わりごろ父親の働いてた銀行の社宅を出て近くに戸建てを立てる。人生初の引っ越し。推測でしかないが、たぶん総額1.2億ぐらいはかかってる。遺族年金とかそれまでの積み立てとか諸々を合わせてキャッシュ一括ノーローンとかいうおよそ母子家庭とは思えないイかれた家の買い方をしたうちの母親の度胸は素直に尊敬する。そのあと生活が苦しいとかもなく、流石にFP2級とか持ってるだけあるわとかは思う。
割と余談だけど、それだけの貯蓄があったこととか葬式の名簿とかみる限りはうちの父親は社内でもかなり強烈に優秀だったっぽい。今となってはいなくなってからの方が長いもんだから他人感すげえんだけど。
続いて中高時代。
通ったことある人は割と同意を得られると思うんだけど、中堅進学校って上と下の能力差がすごい。俺は勉強は嫌いだったから下から数えた方が早いような落ちこぼれ一歩手前といった立ち位置。
上を見るとほんとにイかれた連中で、俺はここで本当にすげえやつってのは世の中にいるんだなと体に刻み込んだね。真面目なだけで東大に行く奴ももちろん中にはいるけど、その上に狂気的な勉強マシーンとか、スーパーハイスペックの頭おかしい奴(だいたいギャグ方向におもろい)とか、そんな連中も普通に生息してるような環境。
これは普遍的にそうだと言えるのかはよくわからんけど、面白いのがそういう連中と俺みたいな勉強できない層が普通に仲良くよろしくやっていられる環境だったってとこ。だから勉強できるやつに僻みとか覚えたことは一度もないし、まあアイツらはちょっと普通じゃないから追いつけんわとか勝手に思ってた。
そんな環境で6年間過ごした。男子校はアホすぎておもろい。二度目があったら通わないけどな。大学受験は私文志望でやる気はあんまりなかったけど、流石に3年の12月ごろにケツに火がついて、第一志望ではないもののマーチの下位学部に合格し進学。
周りの進学実績は東大とかの国公立15%、早慶55%、マーチ15%、あとはほぼ浪人みたいなイメージ。体感。いかに勉強せずにそこそこいい学歴をつけるかをだいじにしてたもんで学歴コンプはなし。そもそも早慶受けてないし。
薄々気づいてるかもしれないけど、あんまり努力をしないでここまできた。要するにペラい人間が出来上がりつつある。これ、実はもうちょっとだけ続くんじゃ。
基本的に私文は大学に行かないみたいな都市伝説があるらしいけど、普通に2/3は出席しないと単位くれない授業が多いもんでわりと大学には行ってた。サークルガチャには成功し、割と力を入れて色々やったりしながら入り浸っていたのもある。もともとあんまり母親とは考え方が合わなくてあまり好きじゃなかったこともあって平日はほぼ大学にいて、休日は家にいるみたいなスケジュール多め。例のウイルスが流行る3年生まではだけど。
就活はES四通しか出さない最強のコスパ就活になった。内定二つに一つ選考辞退、一個webテストでお祈り。落ちたところは第二志望だったしその時点で一個内定持ってたから別に気にはならなかったけど、どうせなら全部通ってたほうが話のタネになんのになあとか今でも思ってる。
最終的に決めた企業は経団連のルールを遵守して6月から選考が本格スタートするところ。これだけで特定されたらちょっとやだな。
ESの添削だけ同業に入った先輩にお願いした以外は特別なことはなんにもしてない。面接対策も特にしなかった。面接官と雑談してたら選考が進んだって感じ。正直自分のスペックでは受かる訳ないと思っていたので流石に内定もらった時は驚いた。母親が自分の100倍ぐらい喜んでいたので、それを見てちょっと冷めた。顔も知らない奴に優しくするつもりもないんで譲ってやりたいとかは無いけど、流石に俺が受かってる裏で超真面目にOB訪問とかしてるような層も含めて万単位の学生がお祈りもらってると思うとごめんなって気もする。
長くなって申し訳ない。で、無事に実家も出て、一人暮らしをする1人の大人デビューをしたというのが現在までの人生の経緯。
全員を観察したわけじゃないから一概にそうだと括るのも流石に雑かなとも思うけど、ずいぶん人気企業として名を馳せている割には、面白い人間はいなさそうだなというのが正直な感想。もちろん自分のことは棚にあげてます。この会社にいるのはお勉強のできそうなマジメちゃんか、要領が良くてなんでも70点出せるようなタイプ。悪く言えばクソ真面目なやつと薄っぺらい奴だけ。
中高時代にいたようなイかれた連中はここにはいない。国内トップレベルの大手にいないんだから、たぶんそういう奴は別のキャリアを歩んでるんだろうなと思う。
ふと自分に立ち返って考えると、自分だってその一員だということに気づく。人生経歴から言ってどちらかと言えば比較的要領がいいペラペラ層にあたるようで、自分が嫌いな"つまんねえ大人"にどうやらなってそうだという気づきがここ最近の自分のトレンドです。
ガキの頃は置いておくとして、中高時代は学校に行けば何かしら面白いことは起きたし、大学時代はサークルにそこそこ心血を注いできたからやることに困ることなんてなかった。
今、社会人になって、俺は何をする人間なのかが分からなくなりつつある。仕事して、寝て、休みの日にはダラけてるだけって虚無じゃね???あれ???
と、思ってクソ長い自分語りをしてみた。ここまで読んでくれた暇な人、ありがとう。今後の生き方の参考になりそうならするので、悪口でもなんでもいいんでこういう人生の感想を残していってくれると嬉しい。
生まれつきのアトピー性皮膚炎だった。今はかなりマシになって、割と気楽に暮らせているが、子供の頃は症状がひどくつらいことは多かった。
特に苦労したのが食物と衣類だった。食べ物の話は省略するとして、着るものは基本肌触りの良い綿のものしか着られなかった。それでも首周りが非常に敏感で、襟がついたものなどがほぼ無理だった。首に布が触れているとすぐにかきむしって首が赤くなってしまう。
小学校は田舎の公立だったので、制服等はなく、着るものは特に苦労はしなかった。
問題が始まるのは中学校からだった。同じく田舎の公立の中学校だったが、もちろん制服があった。制服というのはたいてい綿生地ではない。そしてうちの学校は男子は学ランだった。学ランというのは、中にYシャツを着た上で、詰襟の学生服を着るものである。当然こんなものは着られなかったので、入学前に校長との話し合いがあった。
端的に言って、クソだった。校長はこちらが何を言っても「私服登校は認められない」「代替のものを用意してほしい」「ただし見た目は同じものにしてほしい」それしか言わなかった。そもそも首に襟が触れるのが無理だと言っているのに、見た目を同じにしたら実現不可能だろうが。
といっても親としては仕方がないので、制服を作っているメーカーに行き、着られる素材で制服をオーダーした。Yシャツも特注した。
それでも無理なものは無理なので、私はYシャツの上の方のボタンを開けたり、Tシャツを着たりして、学ランも第1ボタンとか第2ボタンまで開けていた。
学ランが制服だった人はわかると思うが、たいていの学校で学ランの第1ボタンを開けていると怒られる。なんで怒られるのか、だれも理由を説明できなかったが、とにかく怒られる。生徒指導というやつは、理由も説明できないことで怒ってくるので最悪であった。こちらがアトピーの話をしても、それをわかった上で「ルールだから」と強制してくる。
小学校の頃はおとなしい方の男子として生きていたけれど、こうなってしまうと完全に周りからは不良として扱われた。ので、もうおとなしく真面目に過ごすのは止めた。
まず、毎週火曜日に実施されていた朝礼を、卒業まで全部サボることにした。どうせ校長の話くらいしかされないわけで、もうこの校長が俺の人生に何らプラスの影響を及ぼすとは到底思えなかった。朝礼が8:30から始まるので、火曜は8:50(授業開始時間)に登校した。朝礼に遅れて、8:35くらいに体育館に走っていくと生徒指導に怒られるのだが、最初から行かなければ誰にも怒られなかった。
次に、教師がいるところで遊んでいるとすぐにボタンを閉めろと怒られるので、保健室登校をするようになった。教室に居場所がなかったわけではない。が、それでも休み時間等に見つかって怒られるので、逃げた。幸い保健室には本物の不良等がいたので、そこで怒られることはなかった。また、保健室の先生はこういうことで怒ってこなかった。むしろ気が合ったのでいろんな話をした。
保健室や用務員室によく行くようになると、そこにもともといた不良や、教室に馴染めなかった人とも結構仲良くなった。ここで仲良くなったやつとは今でも付き合いがあるくらい。
授業はそれなりに出ていたけれど、授業中に服装について注意してくるのは、生徒指導や限られた教師のみで、そのときにどうこう言ってくる人は多くなかった(事情を察してくれる先生もいた)。
そんなわけで、本当に最初のころは辛かったけれど、後半2年くらいは適当に過ごしてなんとか乗り切れる程度の生活をしていた。
受験シーズになった。田舎の県立高校はだいたい中学校と同じく制服が存在する。この絶望的な制服縛りをもう3年やるのは勘弁だったので、どうしたもんかと思っていたのだが……。
私は高専というものを知ってしまった。高専は大体の場合制服がない、私服登校が許可されている。ただし専門分野がえらく限られ、そもそも入学時点で学科を選択する必要がある。
が、あまり悩む必要もなく学科は即決し、受けることにした。学校見学に行くという話をしたら、後ろの席のやつが「高専って偏差値高いぜ?お前入れると思ってんの?」と言ってきたので、無視した。
そうだよね、第1ボタン開けて保健室登校して朝礼サボってる遅刻魔が、そんなにいい学校行けるとは思わないよね。と思ったけど面倒なのでこれ以降、同級生に進路の話を一切せず「ニートになる」と言っておいた。
幸いにも、理科と数学だけが異様にできたので、「たぶん大丈夫じゃね」という言葉を塾の先生からもらえた。
その言葉の通り、大丈夫で普通に合格した。中学校の同級生は、未だに私がどこの高校に行ったか知らない人がほとんどだろう。
一応校則もあるらしいのだが、言われたのは「校内で喫煙をしてはいけない」「校内で飲酒をしてはいけない」ということだけ。入学初日から茶髪金髪は普通にいる。
制服の呪縛から解き放たれた私は、元通りおとなしく過ごすことができて、心穏やか。
授業は若干ハードではあったけれど、同級生はどんどん留年していくけれど、幸いにも即決した専門分野にえらくハマって、学校が死ぬほど楽しかった。特に4年、5年は毎日24時過ぎまで学校にいた。
その後は「スーツを着ないで就職する」という難題が待っていたのだけれど、それは別の話。
最近は流石にアトピーの人も増えただろうし、学校もこういう前例がいっぱいあるだろうし、柔軟な対応をしてくれると信じたい。
だが、昨今のブラック校則の話を見ていて、もし現代に自分が中学生だったら乗り越えられなかったかもしれないと思った。私はたまたま運良く平和な不良生活ができて、その後も特に困ることもなかったけれど、万人におすすめできることでもない。
ただ、あの頃の自分と、もし今同じようなつらさを抱えている人がいたら伝えたい。教師に怒られるのは面倒だし、そのときは嫌だろうけど、お前の皮膚は一度かきむしったらその後もかゆいし、血は出るし、完全に元通りに回復するまで1ヶ月以上かかる。そして怒ってくる教師は、俺のアトピーの悪化とそれに伴う将来について一切何も面倒を見ないし責任も追わないだろう。だから気にせず校則なんて破れ、お前の皮膚のほうが全然大事だ。怒られても血は出ないし、回復に1ヶ月を要するようなことはない。
納得できないのではない、納得してやらんのだ。
北海道の人口100人にも満たない集落にある漁師の家に生まれ、将来は家を継いで世間知らずであり現金収入は少ないが食うのに困らない一生を過ごす。
そんな選択が俺にはあった。
だけれど、そんな人生に納得できなかった俺は中学卒業と共に実家を飛び出した。
小学校は同級生3人、自転車で2時間先にある中学校は何とか1学年2クラスを作れるという少子高齢が進む地域。
中学では腕っぷしの強くヤンチャな生徒、つまりは不良が幅を効かせているような文化圏、はてブで都会住みの連中がイメージするステレオタイプなド田舎と言って良い。
その当時の大人の世界では義務教育でパソコンを習わせたほうが良いという機運が高まり、各校へパソコンが配備されるようになってきた時代。
しかしながらド田舎の公立高校でそのような先進的な機械が活用されることはなく、暇を持て余したガキだった俺のオモチャへとなるのがせいぜいだった。
田舎には田舎のルールがある。
それは例えば「中学では後輩は先輩に喧嘩で勝ってはいけない」というのもルールの1つだが、クソ真面目にも早朝から起きて実家の漁を手伝い、授業が終われば部活動の野球へ日々精を出していた俺の身体能力は、年上であっても体育の授業をサボるような不良連中より劣っているわけもなかった。
ド田舎の古い価値観を持った父親のありがたい教育方針であった「男がナメられるんじゃねぇ」のもと、先輩たちが売ってきた喧嘩を買いまくり、不良の先輩たちを不登校へ追いやってしまった結果、晴れて俺は学校中からハブられ中学野球の試合にも出られなくなってしまった(野球部には所属してて毎日練習はしていた。先輩たちは卒業まで学校に来なかったが)。
ハブられてしまったため日々暇な時間を過ごすようになった俺が出会ったのが図書室の本と、前述したパソコンだった。
最初はプリインストールされていたソフトで遊んでいるだけだったが、教員も書類はワープロ専用機で作る時代だったのでパソコンの知識がなく管理がザルで、俺はそのパソコンがパソコン通信とインターネットへ接続できることに気が付いてしまった。
Yahooからリンクサイトを経由し、電子掲示板という存在を知った俺は日々電子掲示板サイトへアクセスし、誰とは知らない人たちと会話をして時間を潰した。
話題には事欠かなかったし、専門性の高い話題が出ると「ちょっと待ってね。ここ図書室なんだ」と言ってソレ関連の本を引っ張り出して、パソコンの先に居るお兄さんなのかお姉さんなのか知らないが、興味深い話を日々聴くことが出来た。
「増田クン、これからはPerlの時代だよ」
「いやボク最近やっと思い通りBASIC書けるようになってCの勉強中なんですけど」
「もちろんCは大事だよマイコンに使えるし。でもさサービスを提供するならPerlが向く。DoCoMoのiモードだって裏ではPerlだよ」
「ボクの住んでるとこピッチ圏外ばっかり、田舎だもん」
「iモードはピッチじゃないよ周波帯が違う」
特にコンピュータ関連の話は面白かった。
ゲームは自作できると教えて貰い、プログラミングを始めるようになり、BASICやC、Perl、PHP、Javaをよく触るようになった。
図書室が我が王国のようになり、問題児が図書室に籠もっていてくれているし、図書室通いの結果からか試験の成績も悪くないどころかトップクラスであり教員たちもずっと放置してくれた。
そんな生活の中で知れたのは学区に依存しない高校の存在だった。
寮もしくはアパートなどで一人暮らしをしつつ通える高校が世の中には存在することを知ったのだ。
これだと直感的に思った俺は親父へ直談判することにした。
俺の故郷に未来はないと薄々勘付いていて、正直なところ青二才だったため「じゃあ俺がいい大学入って故郷へ錦を飾れば良いじゃん」と出稼ぎ感覚でいた。
親父は俺の話を無言で最後まで聞いていた。
今思えば何をアホなこと話してるんだと思ったが、一応は国立高校だったため学費はそこまで高くなく、何だかんだで小さな頃から家業を手伝っていた俺がバイトしながら高校へ通うことに関しては古い価値観の「苦労は買ってでもしろ」的な面から了承されたのかなと思う。
おそらく一番困らせたのは高校入学祝いに当時の最新パソコンと引越し先でインターネット回線を引く費用を求めたことくらいだったのではないかと思う。
右も左もわからない状況から一人暮らしを始め、訛りのひどさにクラスでイジられ、バイト先に勤めている大学生の兄ちゃんたちに世話してもらいながらも毎日新しい体験をして過ごした。
世の中は広く世間の移り変わりは早い。着メロは和音が鳴るしディスプレイはカラー。携帯電話の電波は田舎にまで届く。
甲子園を目指したが強豪校はやっぱり強く負けてしまい、人生で初めて望んだ結果が得られないことを経験した。
しかしそれでも俺は何となくコレは真理なんじゃないかと思い始めていた。
そして国立大学へ合格したことを期にコレは真理だと確信したんだ。
今の俺は別に故郷へ錦を飾れたわけでない。
しかし俺は不良が風を肩で切るようなド田舎出身で脳筋な漁師の子だ。根本は変わってないと思っている。
それが今やG社に勤めているって言うんだから人一倍の努力は裏切らねぇなと。
自分が持ってないものが欲しいならば努力するしか方法がない。
学歴が欲しいならば年収が欲しいならば地位が欲しいならば努力するしかないんだよ。
誰もお前のために人生なんかかけてくれない。
お前の人生にかけてくれるのはお前自身しか居ないんだよ。
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
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00 | 68 | 10937 | 160.8 | 47.5 |
01 | 46 | 4084 | 88.8 | 45 |
02 | 33 | 2620 | 79.4 | 42 |
03 | 34 | 3553 | 104.5 | 36 |
04 | 18 | 4092 | 227.3 | 47 |
05 | 17 | 1682 | 98.9 | 74 |
06 | 13 | 1001 | 77.0 | 48 |
07 | 61 | 5179 | 84.9 | 62 |
08 | 124 | 11098 | 89.5 | 44 |
09 | 91 | 15379 | 169.0 | 37 |
10 | 83 | 8699 | 104.8 | 41 |
11 | 168 | 15262 | 90.8 | 32 |
12 | 95 | 11165 | 117.5 | 58 |
13 | 147 | 10371 | 70.6 | 33 |
14 | 471 | 21186 | 45.0 | 34 |
15 | 142 | 9442 | 66.5 | 34 |
16 | 136 | 17630 | 129.6 | 34 |
17 | 149 | 15763 | 105.8 | 47 |
18 | 115 | 8857 | 77.0 | 39 |
19 | 166 | 14248 | 85.8 | 37 |
20 | 184 | 14485 | 78.7 | 37 |
21 | 469 | 18566 | 39.6 | 1 |
22 | 157 | 14158 | 90.2 | 30 |
23 | 150 | 10759 | 71.7 | 31 |
1日 | 3137 | 250216 | 79.8 | 34 |
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教育実習で出身の公立中学校に帰ったとき、あまりの変貌ぶりにびっくりしたんだよな。まさに動物園。寄声を発するものやオラウータンのように動き回るもの、差別語(ガイジ、身障)を叫んで笑ってるもの、殴る蹴るの暴行が職員室の前で行われても教師はスルー
公立の中高一貫校が出来てから急に公立中学校が動物園化したと担当教師が言っていた。トップ層抜ける→トップが抜けて動物園化を恐れた家庭が無理をしてでも私立中学へ行かせる→残った生徒は貧困か教育に興味のない親の子
こういうことらしい。悪ガキの割合は今も昔も変わらない。ただ彼らは学校では圧倒的にマイノリティで、それが抑止力になっていた部分が大きかった。事実、俺の中学時代の悪ガキは校外に居場所を求め、学校では寝てるかサボるか、おとなしいもんだった
そんな風に考えたい気持ちも分かるけど、教育学的に考えれば、そのモデルが正しい保証はない。
たとえば偏差値による階層化が進んだ地域の高校を例にとれば、ある中学校から上位1/3がA校、中位1/3B校、かい1/3がC校ときれいに分かれて進学するとする(塾などの指導で実質これに近いことは起きる)。では、A校は優等生だらけ、B校は普通の子だらけ、C校は不良だらけになるか? …と言えば、そうはならないんだな。面白いことに、どの学校でも、それなりの割合の優等生、それなりの割合の普通の子、それなりの割合の手のかかる子……と分布する。B校にもC校にも、「その学校なりの優等生」は必ずいるし、A校にも必ず「手のかかる子」はいる。
つまり、学校におけるいい子悪い子というのは、かなりな程度、社会的に生み出されるポジションに左右されるということなのだ。考えてみれば分かるが、全員を混ぜていたら、B校で優等生になるはずだった子、C校で優等生となるはずだった子には、ずーーーっと光が当たる機会はなかっただろう。逆に、A校で手がかかるようになった子も、C校に行っていれば「開校以来の天才」として持ち上げられたかもしれない。
「じゃあA校に行かせる理由なんてねーじゃん」となるかというと、これはそうではなくて、多くの親は漠然と、もう一つの影響である「競争効果」に期待しているのだ。つまり、一般的に言って「競争」は、競い合いにふさわしい相手によってその効果が高まる。「とても敵わねええええ」という相手に競争心を発揮できるのはメンタルお化けくらいであって、普通の人は競争そんな風に考えたい気持ちも分かるけど、教育学的に考えれば、そのモデルが正しい保証はない。
たとえば偏差値による階層化が進んだ地域の高校を例にとれば、ある中学校から上位1/3がA校、中位1/3B校、かい1/3がC校ときれいに分かれて進学するとする(塾などの指導で実質これに近いことは起きる)。では、A校は優等生だらけ、B校は普通の子だらけ、C校は不良だらけになるか? …と言えば、そうはならないんだな。面白いことに、どの学校でも、それなりの割合の優等生、それなりの割合の普通の子、それなりの割合の手のかかる子……と分布する。B校にもC校にも、「その学校なりの優等生」は必ずいるし、A校にも必ず「手のかかる子」はいる。つまり、学校におけるいい子悪い子というのは、かなりな程度、社会的に生み出されるポジションに左右されるということなのだ。考えてみれば分かるが、全員を混ぜていたら、B校で優等生になるはずだった子、C校で優等生となるはずだった子には、ずーーーっと光が当たる機会はなかっただろう。逆に、A校で手がかかるようになった子も、C校に行っていれば「開校以来の天才」として持ち上げられたかもしれない。(※)
まして、今回の場合選別が行われているのは小学校入学時点である。正直なところ、その国立以外の2中学校で問題が起きるのは、やはりそれらの中学校が作り出してきた指導体制、学風といったものが大きく影響していると思う。あるいは「どうせ俺らは公立…」的な意識を作り出してきた地域全体の問題ではないか。
(※)
「じゃあA校に行かせる理由なんてねーじゃん」となるかというと、これはそうではなくて、多くの親は漠然と、もう一つの影響である「競争効果」に期待しているのだ。つまり、一般的に言って「競争」は、競い合いにふさわしい相手によってその効果が高まる。「とても敵わねええええ」という相手に競争心を発揮できるのはメンタルお化けくらいであって、普通の人は競争心を失うし、雑魚ばかり相手にしてもそれは同じだ。一般的に言えば、やはりA校の力をもった子はA校に行くのが一番「伸びる」。
36歳男。
今朝、死ぬ夢を見た。
結婚もしてないし女性とお付き合いした経験もない。学生時代の栄光もなければ仕事で活躍したりもしてない。そして今コロナで職場を追われその日暮らしをしているが、それでも悪くはないなと思えることも多かった。
2年の時だったか、「お父さんの仕事についてお話を聞いてきましょう」という宿題が出て、俺は母親に聞くしかなかったからそれを発表したら「何でお母さんなの?」みたいになって、教師の大したフォローもなく大泣きしながらそのまま帰った。
その日から不登校になったが、あの宿題の出来は結構良かった記憶。
文化祭のタイミングで教師がうちに来て、文化祭は来ような、みたいな感じになって「ふじまる」という相撲取りの役をやった。あれはイマイチだったが全力は出した。
学校に行ったおかげで山下という親友ができた。読書やお笑いの趣味が合い、本や深夜の番組を録画したテープを貸し借りした。今でも仲が良い唯一の友達だ。
それから泣かず飛ばずの義務教育を終え、なんだかんだあって公立高校に行ったが、2年の時に母親が乳癌で亡くなった。あらためて、本当に育ててくれてありがとう。恥ずかしくて書けないが母親と出かけた記憶は本当に良い思い出が多い。
特に目立つようなことは出来なかったが、「お前飲み込み早いな」と褒めてくれた人がいたのは今でも覚えてる。
お金がある程度たまったので安いアパートに越してフリーター生活を始めた。
倉庫での仕分けの仕事だが、割と評価してくれたのか1年で正社員にしてもらえた。
いうても給料はそんなに上がらなかったけど、人生で初めて認められた実感を得た。
一眼レフを買って写真を撮りはじめた。原付で適当な場所にいってパシャパシャと撮って、たまに雑誌に投稿したりしていたら掲載してもらったことがある。この時も本当に嬉しかったな。創作を評価してもらえる喜び。
一回100ブクマ超えたけど「三大○○」というアンケート系であんまり満足出来なかった。
働いてたのは食品を扱ってる倉庫だったんだが、去年の緊急事態の時に大幅に売り上げが下がって切られた。
コロナの時代だからか、配達先で凄い感謝されることが多く、なかなかやりがいがある。
ま、文字にすると本当に些細なことしかないしこれを小さな幸せ()と笑う人もいるだろうけど俺には贅沢すぎるぐらいの喜びなんだわ。
豊かな暮らしや結婚生活に憧れがないといえば嘘になるけど、完全に俺好みにしたワンルームは最高だし俺が作るからあげはめっちゃ美味しい。
人を殴ったこともないし悪いこともしてない。
良くはないけど悪くもない。