はてなキーワード: 引き分けとは
先日なんとなく読み始めたら思ったより面白かったので少しだけ紹介する。
聖書には2つあって旧約聖書と新約聖書である。旧約聖書にユダヤ人であるイエス・キリストが新しい解釈をつけたもの、それが新約聖書である。なので、ユダヤ教の原典は旧約聖書、キリスト教の原典は新約聖書という関係になっている。
旧約聖書も新約聖書も拝めている神様は1人である。日本語の聖書では「主」と表現される。ちなみに西洋圏の聖書では「YHW」と表現され、読み方は様々である。有名なのでいうと「ヤハウェ」とかがある。よく日本で宣教活動をしているエホバの証人という宗派があるが、このエホバは「YHW」を「エホバ」と発音しているのである。
一般的に旧約聖書の神様は厳しく、新約聖書の神様は優しいと言われている。これには背景があって、ユダヤ教の戒律を守ることは当時非常に大変で、心身が非常に疲弊した人々に対して神様の息子であるイエス・キリストが救いの手を差し伸べたのである。この時の教えをまとめ、旧約聖書にくっつけたものが新約聖書である。旧約聖書の神様がどう厳しいかというと、例えば、信者の信仰心を試すために彼の息子を生贄に捧げるよう要求したり、ルールを守らなかった祭司の息子を焼き殺したりなどがある。ちなみに息子の生贄に関しては、その信者は非常に敬虔で、実際に殺す直前まで行ったため、神様が「お前の敬虔さは分かった。殺さなくていい。」と言って生贄を止めたという話がある。
余談だが、キリストを神様と思っている人がいるが、実はキリストは神様ではなく神様の息子である。
1. まず神様が世界と人間を作り、人間は反映するも大洪水でノアの方舟に乗った人間が生き残り、その末裔にはイスラエルの民がいる。彼らはエジプトに移住した。
2. エジプトで奴隷になりかけたイスラエルの民はモーセに率いられエジプトを脱出し、約束の地カナン(現イスラエル)へ向かう。
3. モーセが神様から色んなルールを授かったり、異民族と戦争したりしてカナンへ移り住むことに成功。
4. イスラエルを建国し色んな王様のお話が展開される。(有名なのはダビデ像のダビデ)
5. その後色々
この中でモーセがエジプトを脱出するときの話が良かったので紹介。
モーセはエジプトで奴隷になりそうになったイスラエルの民を救い出すためにエジプトのファラオと対立することになった。モーセは神様の啓示を受け、イスラエルの民をエジプトから連れ出さないと行けなくなったとファラオに告げるのだが、ファラオは貴重な労働力がなくなるのでこれを拒否した。ファラオが神の力を軽視してることに怒ったモーセはファラオに対して神の力を見せつけることにした。ここからモーセvsファラオのマジック対決が開幕するのである。
ラウンド1
モーセはまず杖を蛇に変えることで、神の力を見せつけた。しかし、ファラオお抱えの魔術師たちも同じように変えてみせた。
→ 引き分け
ラウンド2
モーセは杖を振り上げ、ナイル川を血で真っ赤に染め上げることで、神の力を見せつけた。しかし、ファラオお抱えの魔術師たちも同じように染め上げた。
→ 引き分け
ラウンド3
モーセは杖を振り上げ、エジプトにカエルを大量発生させることで神の力を見せつけた。しかし、ファラオお抱えの魔術師たちも同じようにカエルを大量発生させた。
→ 少し勝ち
ラウンド4
モーセは杖を振り上げ、エジプトにブヨ(アレルギー性のハエ)を大量発生させることで神の力を見せつけた。ファラオお抱えの魔術師たちには真似できなかった。
→ 少し勝ち
ラウンド5
モーセは杖を振り上げ、エジプトにアブを大量発生させることで神の力を見せつけた。ここではファラオお抱えの魔術師たちは登場しない。
→ 少し勝ち
ラウンド6
モーセは杖を振り上げ、エジプトの家畜に疫病を蔓延させ死滅させることで神の力を見せつけた。ここではファラオお抱えの魔術師たちは登場しない。
→ 勝ち
ラウンド7
モーセは杖を振り上げ、エジプトの全ての人に腫れ物を発生させた。ファラオお抱えの魔術師たちは腫れ物のせいで外に出られない。
→ 勝ち
ラウンド8
モーセは杖を振り上げ、エジプトに巨大な雹を降らせることで神の力を見せつけた。しかし、ファラオの臣下たちはみな避難した。そしてエジプトの様々な人や動物が死に、収穫間近の麦もだめになった。これにはファラオは相当のダメージを受けた。
→ 大勝利
ラウンド9
モーセは杖を振り上げ、エジプトにイナゴを大量発生させた。ファラオの臣下たちは負けを認めるもファラオは頑なに認めない。エジプトのあらゆる植物は食べつくされた。
→ 大勝利
ラウンド10
モーセは杖を振り上げ、エジプトから太陽を奪うことで神の力を見せつけた。みんなパニック。
→ 大勝利
ファイナルラウンド11
モーセは杖を振り上げ、エジプトの全ての動物、人間の嫡男を殺すことで神の力を見せつけた。
これにはファラオは負けをついに認めた。
→ 完封
こうして晴れてモーセはイスラエルの民と共にエジプトをでることを許されたのである。
コントラクト・ブリッジのゲームそのものはそれほど難しくない。
2対2で遊ぶ。最初にどっちのチームが多く勝てるか口争いして攻撃側守備側を決め、実際にゲームしてそれを確かめる。
カードは52枚、ジョーカーを含まない。これを4人に配るので1人あたり13枚配ることになる。1人が1枚ずつ順に出して、その4枚の強さで勝ち負けを決めるミニゲームの13回勝負、強さ決めに引き分けはなく奇数回なのでどちらかのチームは必ず勝つ。
強さの決め方は、"最初に出したプレイヤーのマーク"の中で"一番強い数字"。強さはAが最強、2が最弱。
ただし、最初に出したプレイヤーのマークのカードを後手番のプレイヤーが持っていたときには必ず出さないといけない。当該のマークを持っていない時はどんなカードを出してもいいが、基本的にその勝負では負けになる。
こういうルールなので、最初に出したプレイヤーがそのミニゲームのことを主導できるし、最後に出すプレイヤーがそのミニゲーム内容を一番把握できる。
そのミニゲームで勝った人が次のミニゲームの"最初に出す人"となる。
どっちのチームが勝てるかの宣言には、「13回のうちどれだけ勝つか」だけでなく「どのマークを切り札にするか」を含めて争う。ミニゲームの強さの決め方には実は例外があって"最初に出したプレイヤーのマーク"を手元に持っていないときに限り、"切り札のマーク"を出すと、切り札のマーク内での強さで勝ち負けが決まるという例外ルールが存在する。
さらに、一番勝つと宣言したプレイヤーのパートナーは、守備側が最初の1枚を出したところで手持ちのカードを全てオープンして、さらに自分はプレイを考えず、宣言したプレイヤーの指示どおりにプレイする。勝つと宣言したプレイヤーは自分のチームのカードを全て把握しているので「持っていると思ってた」みたいな言い訳がゲームのプレイ中には出来ないところが厳しくもあり、面白くもある。
ここまでのルールで最低限みんなが"トランプゲームだと思っているもの"は遊べるので、2万円というとちょっと高いイメージがおきてもしょうがないと思う。ただ、ブリッジが難しいのは、この"トランプゲーム"を始める前のところにある。実際、13回戦で強いカード比べるだけ、って、それだけだったら全然複雑なゲームじゃないもの。
また詭弁だなあ。
「カラスは黒い」だってアルビノのカラスを一匹探しだしてくれば「間違い」ってことになっちゃう。
「あらゆる」を追加しだした時点で
実際的な議論から逃走して現実とは無関係な論理的な話に逃げ込んだというサインでしょ。
たとえば「男は女より筋力がある」という言説があったら
これは傾向の話であって「あらゆる」のような究極論理の話ではないから
君が試みたのはこれと同じインチキだよ。
このように論理立ててどんなインチキかと指摘できない人を相手にするときなら
話をうやむやにして引き分けにするぐらいの効果を発揮することもあるのかもしれないけど、
(足の遅いケニア人を1人連れてきても傾向は否定できないというのは先ほど触れたとおり)
ふくしくんはF91を上回る性能をもったスーパーロボットであることは明確です
そこで、ガンダムシリーズの名だたる強いモビルスーツとふくしくんを比較することで、さらにその性能の高さを検証していきます。
ふくしくんの勝利。なぜならダブルークアンタはガンダムではないため。ガンダムですらふくしくんに勝てないのにガンダムでないモビルスーツが勝てるわけがない。
ふくしくんの勝利。なぜならシドミードはもうおじいちゃんで、三冠王ももうおじいちゃんです。対おじいちゃん戦において、ふくしくんは無敵なので、ターンエーガンダムが勝てるわけがない。
ふくしくんの勝利。なぜなら富野由悠季が横恋慕して来たどの声優よりも、ふくしくんの母親は美人で、富野由悠季は嫉妬のあまり力を出せずに負けてしまう。
榎本温子の勝利。なぜなら榎本温子は遠い夜空に光る小さな星きっと誰にもまだ知られていないころから一度たりとも負けていない無敵声優だから。
山本麻里安の勝利。なぜなら山本麻里安の必殺技「天使へのプレゼント」による口減らし攻撃は、幼い頃ああだったふくしくんには明らかに効果抜群だから。
庵野秀明の勝利。なぜならエヴァンゲリオンはロボットではないから。
ふくしくんの勝利。なぜならそういう気持ちの悪いオタクと違って、ふくしくんには三冠王の父親、超美人の母親、超かわいい奥さんと子供、そして何より本人が掴んだ「青二プロダクション正所属」という輝かしい功績があるから、人間としての「格」が違うから。
山賀博之の勝利。なぜなら山賀博之のピンチに友人である庵野秀明がかけつけないわけがなく、二人のような熱い熱い友情を、ふくしくんもきっと羨ましいと思っているから。
引き分け。「オレはただオレなんだ。それだけ…… 名前は森田鉄雄、背景はない!」という言葉が刺さったのは、三冠王の子供だったあの時だけ。今のふくしくんには「青二プロダクション正所属で、アニメの主役もやって、ナレーターもたくさんやってる、人気声優」という自分自身で築き上げた輝かしい功績があるのだから……
徹頭徹尾ただの愚痴。人によってはあるあるな内容かもしれないから、
もしそうだったら、「あるある」って苦笑いしながら読み流してくれたら嬉しいです。
一昔前には人狼にハマって、今はとある非対称対戦ゲームにハマっている。
人狼をしていた時も思ったけれど、この手のゲームは性格が出る。非常によく出る。
で、多分私の性格が悪いことも大いに影響していると思うのだけれど、必ずと言ってよいほど、その人の悪いところが目につくようになってしまう。
流石にどちらもいい大人なので、ゲームが原因でブチ切れたり、それで喧嘩するようなことは無いけれど、
ゲームの最中や終わった後の台詞を聞いて「やっぱりそうなるのか。こいつのこういうところなんだよな」と思ってしまう。
そうすると日常生活の中でも、ゲームの中で目についた「悪いところ」の類似点を発見して「やっぱこういうやつなんだなあ」と思う。
それでまた一緒にゲームをすると、またそれが補強される。負のスパイラルである。
そうして段々、密かにその人のことが嫌いになっていく。
今やっているのは、(わかる人はすぐピンと来ると思うが)1対4で鬼ごっこをするゲームだ。
逃げる側は一定条件を満たして3人以上鬼から逃げられたら勝ち、
追いかける側は3人以上を捕まえたら勝ち。2人逃げたら引き分け。
鬼はソロプレイなので、「一緒にプレイする」という時は、逃げる側でチームを組むことを指す。
4人で協力しながらゲーム勝利を目指すので、当然、ミスをすれば仲間の足を引っ張るし、
反対に、誰かひとりがものすごい活躍をしてみんなを勝利に導いてくれることもある。
で、たとえばみんなで協力しあって無事に勝利をおさめた時、第一声が
「いやあ、今回は私、仕事したからねえ」とか「(自分のキャラ)の活躍、なかなかじゃない?」
だったりする。確かにその人が良い働きをしてくれたのは勝利の一因だろう。けれど、
よくよく見るとその人と同じか、それ以上活躍している人がいたりする。
でも、そういう人には基本的には触れない。むしろ私が先回りして「あの人凄かったね! 今回はあの人のおかげで勝てたよ」とか言うと、
「でも私も頑張ったよ!」と張り合ってきたりする。おとなしく「そうだね」って言っておけばいいのに。
反対に、自分がミスをした時はよく言い訳をする。「ラグがすごくて」とか、「今のは鬼がずるい!」とか言う。
それで、同じチームの誰かがミスをするとなじる。
(もちろん、流石に一緒にプレイしている相手には言わない。いわゆる野良で入ってきた、たまたまマッチングして一緒のチームになっただけの相手に、
あるいは、自分がそこそこ好プレイを叩き出せると、ゲーム中に大笑い・大はしゃぎで報告してきたりする。
大して面白い状況でもなければよくあるプレイングだったりするのに、だ。向こうはヒーロー気分でも、
ひとつひとつは小さなことなのだけれど、積み重なってくると「ああ、この人はこういう性格なんだな」という風に見方が変わってくる。
要するに「何かが上手く行ったら自分の手柄、失敗したら周りのせいにする人なんだな」とか
「自分の失敗を素直に認められない人なんだな」とか。そうなってくると、
「この間の遅刻、そういえば電車遅延って言ってたけど、ぱっと見、どこの路線も遅延してなかったし、アレ嘘だったんだろうな。そういうところだよな」とか
こっちもそういう思考回路になってくる。
「この間も、その場の誰も知らない・興味ない人の話を一人でずーっと楽しそうにしてたけど、みんな適当に笑ってるのに気づいてなかったよな」
「この人の仕事の愚痴、いつも部下が無能なせいで〜って言うけど本当かな……?」
こんな感じで、段々その人の私生活にまで意地悪な視線を向けてしまうようになる。
勿論、ゲームになると性格が豹変する……という人も、まあいるにはいるのかもしれない。
でも基本的に運転中とゲームプレイ中はその人の本性が出るものだと思っているので、
こういうことがあると、やっぱりその人のことをじわじわ嫌いになっていく。
たかがゲームだ。ゲームは楽しいし、勿論この人だって、常にもやっとするような発言ばかりしているわけではない。
それに、昔スプラトゥーンのランカーが「このゲームのいいところは、勝ったら自分のおかげ、負けたら周りのせい、とゆるく責任転嫁して『またやるか』という気になれるところ」と言っていたので、彼のような楽しみ方が、本来は正しいのかもしれない。
いちいちこんなことを考えてしまう私は、そもそも人とやるゲームに向いていないのかもしれない。
ゲームは楽しい。だけどゲームを通じて、それまで気づいていなかった、
もしくはなんとなくわかってはいたけれどスルーできた、その人の「いやなところ」が
気になってしまうようになるのは嫌だ。
そんなことを思いながら、私は今日も相変わらず、その人のことをじんわり嫌いになりながら
一緒にゲームを楽しんでいる。
最近、アニメの評価になるたびにクソアニメの代名詞みたいにARC-Vが出されることを看過できない。
確かに欠点はあるが、いいところ・評価すべきところもたくさんある。それを書く。
「新シリーズでは新召喚法が出てきて、エクストラデッキを使う召喚はそれ一択になる」っていうのが通例になりつつあった(5D'sは例外あるが)中で、それを世界観の設定に組み込んだのは長寿アニメならでは。ユートがダリベ出した時は「今年は何か違う…!」って思ったよ。まあいろんな意味で違ったわけだが。
このARC-Vの構想自体は前から練られてたんだと思う。確かZEXALの決闘庵のあたりでシンクロモンスターが出ない理由について監督が「世界観に関わるのでお答えできません」とか言ってたんだよ。
これだけの長寿アニメで、商売のために召喚法を切り替えてたのを、「シリーズまたぎの伏線」に落とし込んだのは、後付けかもしれんとは言え本当にすごいと思う。
ゲストばっかり話題になるけど、ARC-Vキャラもみんなキャラ立ってた。
黒咲・素良・権現坂・沢渡・デニス…あたりはともかく、もっとみんなに活躍させてあげて欲しかった気はする。
ゲストキャラも目立たせようとすると、明らかにキャラが飽和してるんだよ。
ミッチーとか明らかにネタキャラなのに結構実力者として描かれてるところが好きだった。
月影は一番好き。ニンジャマジ有能。実際強い。
LDS三人組は既存テーマ使いとして魅力的だったし、勝鬨くんは早めに闇落ちさせてストーカーキャラとかにして定期的に出すとか、タイラー姉妹なんかもっとストーリーで見たかった人多いでしょ。
いろいろ言われてるのはわかるよ。でも新しい取り組みだったし、そこは評価しようぜ。な?
ちらっと出してさ、視聴者からは「もっと出して!」って言わせるくらいがちょうどいいんだよ。
シンクロ次元を去る時に、空を見上げる遊星の後ろ姿がちらっと映る、みたいなさ。
前にも書いたけどARC-Vのキャラだけで十分魅力あるキャラはたくさん作れたと思う。
下手に出して新しいストーリーに無理やり絡ませたらさ、そりゃキャラもぶれる。
最初にジャックが遊矢に「ひとりよがり」って言ったときは「よく言った!」って思ったけど、後々の展開がね…。
ジャックどうした?おかしくなったのか?いやジャックは元からおかしいな。いやそうじゃないわ。
柚子がピンチの時の次回予告で明日香が出てきた時は本当にワクワクした。なお
微妙だなあとは思ってたけど、これ最終回で沢渡とのデュエルで流れたらめっちゃ興奮するんだろうなあとか思ってた1クール目。
ユーゴ登場シーンは軽い騒ぎだったなあ。期待に胸が膨らんだよ。
一番好き。
シンクロ次元回の初回のナレーションからのイントロのワクワク感は忘れない。
ランサーズにニンジャいて「!?!?!?」ってなったのもいい思い出。
沢渡はかなり良い活躍して、遊矢とユーゴは戦うんだろうなあって思った。
曲は神です。人気あるよね。わかる。好き。
曲は(ry
良いデュエルもあっただろ?それを思い出させてやる。
ARC-Vで初めて「おっ」て思ったデュエル。時代遅れのXセイバーだったとはいえ、アニメにあるまじきガチ展開をする刃と、新テーマで迎え撃つ権現坂。「コロコロキャラみたい」とか言われつつも「俺は本当に強いぜ」って言ってガトムズ並べてくる刃かっけえ。
最後は引き分けに持ち込んでその後は不思議な師弟関係に繋がったりと、文句なしのデュエル。
黒咲のRRは見てても楽しいし(なんだかんだでランクアップ楽しいよね)、素良の文句無しのクズっぷりも◎。
ガチのかっこよさとネタが混ざり合った黒咲こそ天然物のデュエリスト。
前半戦の素良との決戦って感じ。
素良を笑顔にさせたいと思いつつもオッドアイズリベリオンを出してしまうという自分の葛藤…でもないか。
これは引き分けの有効な使い方だと思ってる。素良との和解は後々、ハッキリ決着をつけて…となればよかった。
なんだかんだで盛り上がりはすごかったデュエル。
スピードロイドの展開と、クリアウィングの効果をうまく使うユーゴのデュエルは実際面白い。
そんないいデュエルじゃねえって?まあそこは月影好きだから許してくれ。
デュエル内容自体はそこまででも無いんだけどAカード取り放題とかいう無双を見せたニンジャを評価したい。
最後は「本当は勝ってた」風に負けたけど…それならニンジャの勝利は別の機会にちゃんと見せて欲しかった。
このころは「シンジは改心していって、シンクロ次元での簡易な遊星的ポジションなんじゃ?」とか思ってました。なお
遊矢が「模倣じゃなく、ペンデュラム召喚がオレのデュエルなんだ」って気づいた(おせえよ)
ジャックが良い意味で笑顔を見せてたり、このデュエル自体は個人的には評価高い。
基本的にモンスターデザインは毎シリーズ全部無条件に好きなのでノーコメント。
セルゲイのDホイール合体とか、明らかに視聴者に「お前らこれやっときゃ喜ぶんだろ?」っていうのが透けちゃうとしらけると思います。
シナリオ作る人はバクマンの「シリアスな笑い」を読んできて欲しい。
ワクワクを思い出すんだ!
追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄や石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。珍しくて高価なものではあるのですが、三河武士のあいだでやたらと流行っていて、十人いたら七・八人はヤクの毛をつけていたらしいです。というのも、ヤクの毛を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから、棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。
「本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。
三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。
治部少は石田三成(1560生)のこと。
「島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。
関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。
「佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。
「白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。
大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。
「津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。
火災のときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所七不思議」として知られている。
「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。
明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。
亀山とは、現在の三重県亀山市にあった、東海道の亀山宿のこと。
「伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠・伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。
「京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。
坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。
祖父が江島生島事件の江島の弟だったため甲斐に流罪となり、南柯は甲斐で生まれて岩槻藩士の養子となった。
儒学を学んだ南柯は、藩の要職を歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。
「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。
改鋳されたものが現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。
「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。
本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。
「原宿の山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。
「延寿太夫」とは、歌舞伎の伴奏音楽として発展した浄瑠璃「清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。
「鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。
一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在の岩手県一関市にあたる。
「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別に許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。
「建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。
これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。
八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの。地名から「松江城」とも言う。
熊本藩の本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である。
その気兼ねもあったのか、城は未完成で放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年に落雷で消失した。
「乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明。
保土ヶ谷とは、現在の神奈川県横浜市にあった、東海道の程ヶ谷宿のこと。
「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿の本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。
「花見寿司」は程ヶ谷宿の名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。
挙母城は、三河・尾張・美濃・信濃・遠江・伊勢・近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。
「海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名家当主の名跡で、落語家のことではない。
「だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。
「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣は1827年に焼失している。
松平定信に「昌平坂学問所で朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。
京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。
川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。
「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。
「茶壺」とは、二代目藩主・京極高豊が好んで収集した、陶工・野々村仁清の茶壺のこと。
「多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀家当主の名跡。
三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在の広島県三原市のこと。
その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。
三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用を許可された「葵の御紋」。
日光東照宮の工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。
「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。
第六代安中藩主・板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。
「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。
「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。
「更科の蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。
「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。
「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。
森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、
更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、
蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、
同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。
奈良生まれの儒学者・森田節斎の言葉であり、高取とは現在の奈良県高取町にあたる高取藩のこと。
「山のお城」は高取城のこと。
日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。
「谷の昌平」とは、幕末の儒学者・谷三山(1802生)のこと。
若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。
新城は、現在の愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主が安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。
「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在は存在しない。
「太田白雪」(1661生)は、地元の名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。
「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。
「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家は土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。
下総は下総国のことで、現在の千葉県北部と茨城県西部のあたりを指す。
「久保木蟠龍」とは、儒学者の久保木清淵(1762生)のこと。
伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。
「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。
そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。
しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。
悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎の演目になっている。
「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。
「佐野の桜」とは、旗本・佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。
「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。
秋元とは、現在の埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。
「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。
「岩田彦助」(1658生)は、川越藩の家老を務めた儒学者のこと。
「河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。
「千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。
「不動並木」とは、谷田部藩主・細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。
「広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物。
「飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学の知識を得ていたとも。
徳山は、長州藩の支藩で、現在の山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。
「藩主墓所」は、徳山藩毛利家の菩提寺である聚福山大成寺にある歴代当主の墓所のこと。