はてなキーワード: マーケティングとは
信販が強いのは今まで培った営業力と海外も含めたネットワークの信頼性であって、システムとしては骨董品。何より、新しいものを何も産み出せないんだから購買意欲や消費者心理云々なんて幾ら語ってもマーケティング会社や代理店にも敵わない。即時性なら交通系に明らかに負けてるし、エンタメ性でもゲームとは勝負にならないしな。
今後は電子通貨や仮想通貨も台頭してくる。そういう中で旧来のステータス推しな差別広告を続けるなら、間違いなく一人負けだとしか思えないんだが…。
まー精々がんばんな。バブルの頃にカッコよく見えたのは事実だし、存在自体を全否定する気もない。ただ、古いんだってのは自覚した方がいいね。
https://news.yahoo.co.jp/byline/yamamotoichiro/20180420-00084246/
ロビイング活動で金盾の要請したのは明らかに愚行であり、間違っていると考えている。この一点において、完全に出版社に非があり、それを弁解する気はない。
これは個人的な恨みつらみを書いた駄文であり、すべては想像上の話である。
数年前まで日本では、雑誌こそが電子化の切り札であると考えていた。この理由として、①海外における電子雑誌の隆盛、②情報の更新速度とネットの親和性、③読者情報解析と広告マーケティングの親和性、④動画・音声メディアとの親和性があり、どれも理に適うものである。しかし、日本で電子雑誌は普及しなかった。この原因は、ネットの情報価値と、雑誌の情報価値の差が、課金の心理障壁を超えるほどでは無かったためと考えている。
しかしコミックは、読者が電子データに対して課金してでも読みたい、と思えるだけの価値があったらしい。
日本の出版業界内で書籍の電子化を推進したい人間にとって、コミックこそがその突破口であった。電子化への投資にあたり、上層部を説得するのに十分な売上げが全てを雄弁に語ってくれる。しかし、その電子化における救世主であるコミックにケチがついた。
電子化することで紙以上に売れてしまうコミックの弱点は、違法な無料配布に対する脆弱性である。雑誌の場合、半分以上が広告収入であり、情報の新陳代謝が早いため、違法な配布に対する耐久性がある。しかし、コミックは一度でも無料データが出回ってしまうとその売上の回収は事実上不可能となる。コミックの違法な無料配布は一般人が手を出せるレベルまで規模が拡大し、単純な売り上げ被害だけでなく、消費者に漫画はタダという価値観を植え付け、進みかけた日本の書籍電子化を停滞させるに至った。
出版社の違法な無料配布との闘いは10年以上前から続いている。漫画村ほど大規模にならないうちは、件の集英社が例に挙げたような草の根作戦は一定の成果を上げていた。
違法な無料配布の被害総額を見積もることは非常に難しい。そもそもネット上からどれだけダウンロードされているか計測することは不可能である。漫画村だけでも3週間で2億PVをこえたらしいが、これをハッキングを使わずに合法的に証明する方法は存在せず、警察に対して具体的な被害総額を提示することは(少なくとも素人である出版社には)不可能である。やまもといちろう氏ほどの凄腕ネットウォッチャー()であれば、たやすいのかもしれないが。
そんな状況で、漠然と被害を訴えても、刑事事件として立件させることは難しい。
と、やまもといちろう氏はおっしゃられている。
どうやら、インターネット業界的には、刑事事件として立件させるだけの合法的な証拠を提示できるらしい。星野ロミが漫画村の黒幕である事を証明し、引っ張り出す事ができるらしい。
自分の明日の飯がかかっている本職として、必死で情報を探し、ある程度闇の部分まで足を踏み入れても、残念ながらこれ以上の情報は得られなかった。人脈に限界があるからだ。我々出版社のネット素人集団では、残念ながら、警察を動かせるだけの状況証拠をそろえることはできない。
だが、やまもといちろう氏にそれが可能であるのならば、本来被害者である出版社に対して牙をむく前に、やる事があるのではないか?
冒頭に述べたように、ロビイング活動で金盾の要請した愚行については、追及されるべきであると考えている。
ただ、引用文章から察するに、やまもといちろう氏には、当然、警察を動かせるだけの状況証拠をそろえられる能力があると判断して問題はないだろう(その能力が無いにもかかわらず「仕事をしているうちに入りません。」と言うのであれば、これは自分は仕事をしていません、と言っているのと同義だ。)
やまもといちろう氏は、漫画村の犯人を引きずり出せるだけの能力がありながら、なぜ、漫画村ではなく、出版社をたたくのか?
これは現在、出版社がネットから向けられている理不尽さ全てに対する恨み節である。
やまもといちろう氏は、上記質問に対して納得のいく説明をお願いしたい。
本当はこういうのって読者サイドから自然発生する話なんだよな。
でも"仕掛け"が見えると今はみんな乗ってこない。
……なんでだか分かるか?
要はさ、「オマエラ」とか仲間ぶった口調で呼びかけられてもオマエが本当の読者かどうか分からないからなんだよ。
同じ時間を過ごした仲間と「おもしろかったよな」って話すのと、商売してる癖に匿名をいい事に「オマエラ」なんて金も掛けずに呼び掛けるような連中が多過ぎるのが原因なんだ。
もう辟易っつーかさ、みんな信じられなくなってるし、実際にファンだとしても利害が見えると「やっぱりな」って感じでウンザリなんだ。
どうしてそうなったかって、そういう仕掛け方をやめない連中の自業自得だから、俺にはどうでもいいんだけどな。
いや、別に「オマエ」がステマ野郎だなんて断言してるんじゃないんだぜ?
読者様にはそれを見分けようがなくなっちまった、って話をしてるんだ。そして読者様はそれに慣れたんだ。
だから「アレが面白かった」「コレが面白い」って言う奴も減った。
そういう話を信じる奴も減った。
アニメもそう。映画もそう。ドラマも音楽も漫画も小説も舞台もみーんなそう。食べログや名所案内ですらそうだからな。
斯く言う俺も嫌いじゃなかったぜ? 他にも好きなものはたくさんあった。
でもそれに泥を塗られてる気分、分かるか?
「テキトーにマーケティング会社に任せとけばいいんですよ、読者なんて人気だって言っとけば信じるんですからw」
そういう姿勢で年収ン千万も取るようなのが、仲間ヅラして「オマエラ」ってやらせてきたんだって思うと、どんな気分がするか。
最近じゃブランドバッグだっけ? それで女を格付けするって言ってるオヤジがサンドバッグになってるんだから笑い話としちゃ上出来だけどさ。
残念ながらはてなでのオマエの話には乗りたくない。
それはオマエが悪いんじゃなくて、今まで好き勝手やってきた出版社やテレビ業界や広告代理店のツケが来てるってだけの話だ。これからもそれは変わらないし、生まれた時からネットがある世代は増えているから悪化しかしないだろう。
実名SNSはそうした裏切りを回避できる可能性もあったが、有名アカウントに隠れた宣伝依頼をされてるのが発覚して結局宣伝めいた話は嫌われるようになった。
寧ろ、何かを褒めるのが疑われる原因だから褒め難くなったって言ってもいいだろう。
広告のコストと効果の最適化戦略だとかアクセルロッドの戦略ゲームを持ち出してもいいが、話はもっと単純だ。
「オマエラ」は俺の本当の仲間との思い出やなけなしの小遣いに唾を吐いた。
「オマエラ」は俺の好きだったものに泥を塗った。
だから誰だか分からない「オマエラ」の話は相手にされないし、「オマエラ」はこれからも嫌われていく。
楽しかったな。
原っぱでやった変身ごっこや登下校時のお話作りや何の気もなく口ずさんだ流行歌や一緒に絵を描いた時間も。
でも「オマエラ」は仲間じゃない。
残念だな。
オマエが本当の仲間だったとしたら、尚更だが。
増田というのは株式会社はてなが提供する、インターネットサービスのひとつであり、
はてな匿名ダイアリーの通称です。
その名の通りに匿名で日記を書くことができるので、属人性のない公平な意見を求めることができます。
私は大学の四年間、一日10増田、一日10ブクマを目標に毎日休まず投稿を続けました。
それにより具体的な目標を定め、それに向かって着実に努力を続ける忍耐力が培われました。
大学二年生のときには最高で1312ブクマを達成したことがあり、成果としても優れているものだと思います。
社会現象にもなった保育園落ちた日本死ねの記事においては、まだブクマが1桁の段階でトラバを残しています。
俺はちょっと疲れてきた
多分燃えてる人やデレステからの投票でワクワクしてる人もいるかもしれんが
俺が始めたのは第2回の蘭子ちゃんの時でそもそも総選挙で盛り上がってたり色々と騒いでたところもあって気になったから始めた
そこからはちょうど時期が良かったと思う。モバマスで新キャラがたくさん追加されてったし3rdアニバーサリーの時期には新田ちゃんにときめいたりと色々と経験したんだけどね。
それはともかく。
総選挙期間が1ヶ月になった初回の第五回は、SNSでキャラの色んなことを知れて面白かったよ。P活動でキャラクターwikiとか作ってることも知ったし。
ただ、6回目が終わったところで。
これまでもそうだとしたら俺が気がつかなかっただけなんだと思うけど。
SNSのツイート集計する人、wikiを作る人、担当の「マーケティング」あるいは「プロデュース」を続ける人。
別に好きにやればいいとは思うんだけど。
そこに参加できない時点で俺はPじゃないのかなあ、と、すり減り始めてることに気がついた。
(ただデレステでイベント限定スカウトチケット集めてたり、モバマスで上位報酬取り続けてたり双方ガチャ引いたりと、シンデレラガールズが嫌になったわけじゃないんだろうが)
でもこんな俺でも「プロデューサーさん」として扱ってくれたり、あなたのことが好きな子はこの子です!ってバレンタインに驚かせてくれたり、そういうところ好き。
というかゲーム自体をプレイしてお金払ってるから別に何もおかしいところはないよな俺…。
総選挙時期だからってなんで自分の存在に疑問を持たないとならないんだ…?
20180510追記
あと読んでくれた人ありがとう遅くなったけど
総選挙中は結局票集めはモバ・ステ共に完走したけどデレステのチケットつきは買わなかったな…担当来なかったから
それでもやっぱり
数年前に比べると他の子のことを知ることができて楽しいって気持ちより、その担当がなにを考えているのかばかり気にしてしまう
でもスターライトステージから入った人が他の子のことをもっと知りたいと思える仕組み…でれぽのようなものが途中やっと出て来たのは嬉しかったよ
うん
俺は自分の担当と自分の世界だけを守ることを考えて課金していくよこれからは
マーケティングには、AIDMAとか、4P,3C,SWOTなど、お客にどう売るか?といったようなフレームワークが含まれる。
むしろ、理系オンリーで、「安くて性能が高ければ売れるはずだ!」みたいなT型フォード時代の感覚しかないからこそ日本は沈没した。
マス市場で安くて性能が良ければ売れるができるのは、シェア1位企業だけで、大半の企業はそうではない。
どのみち、文系の大半は営業職になるわけで、そういう意味で、商学はだいぶ重点化させたほうがいい。理系でも大半は企業エンジニアになるが、企業エンジニアが安くて性能が良ければ売れるで思考停止しているのが今の日本。
副専攻として学ばせるべき。
kawango2525さんのツイート: "ここで補足すると、そもそもネットを公共の場として発言に責任を求める風潮をぼくは嫌悪している。だったら現実と変わらないというか、発言のログが残るし、
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/nkawa2525/status/982749553991368704
なんか、有名らしい人が暴れて見世物になっているようだ(白々しい)
少々関連文章も読んでみたが、「ドラゴンボール超(スーパー)」を思い出した
第129話のタイトルは「限界超絶突破!身勝手の極意極まる!!」
「ドラゴンボール超(スーパー)」は原作者の鳥山明先生がしっかりと監修されているらしい
結局、戦後文化の頂点としての結論としては共に「身勝手の極意を極めろ」ということかな
「そして、そのツケは下の世代が払え」ということか
18歳で地方の私立高校を出て、上京して17年経ったのでまとめた。
大学を中退して悩んでいる人、入ったばかりで中退せざるを得ない人に読んで欲しい。
自分の場合だけど、ほぼ身一つで上京することが出来たようなもので、引っ越し先の1Rマンションにはカーテンも照明もなく、夜とか窓から入り込む月明かりで過ごす日々だった。
1日に使えるお金も500円ぐらいで、朝に飲物一つとパン一つを買って、それで夜まで凌いで、夜はおにぎりとかそんな生活。
大学に入ったはいいものの、家庭の事情ですぐに大学を辞めざるを得ないといけない上京になって、半年足らずで仕事を探して働き始めた。
初めての仕事での給料は税込みで15万円/月ぐらい、今はほぼ無くなったと思うけど、システムオペレーターっていって大型汎用機とかの操作をする仕事をしてました。
地下とかにこもって、テープの入れ替えやら、印刷した帳票をまとめてラックに入れるとか、24時間365日で対応するそんな仕事。
賞与とかって概念は無かったから、年収ベースで200万いかないとか、ほんとバイトした方がマシだったのかもしれない。
それが17年経ち、紆余曲折あったけど、今の仕事はマーケティング支援もする営業企画みたいな仕事をしてる。
年収ベースで700万、マンションだけど首都圏に買えたし、車も買ったし結婚して家族もいる。
端折っちゃうけど、この17年で身から出た錆びで数百万円の借金を抱えたこともあるし(全額返済済)、離婚もしたことがある。
でも何とか生きているし、このご時世を考えると、たぶん人よりもちょっとだけ良い暮らしが出来てるんじゃないかとは思ってる。
運が良かったの一言で済ませるのかもしれないけど、学校中退してたって人並みの生活は出来るんだから、腐らずに頑張って欲しい。
増田?それともデータベース消費という言葉を産み出し、視聴者がキャラクターが持つ記号を消費していると主張した東浩紀?
いや東を出すならメディアミックスというマーケティングを説明する上で物語消費という言葉を産み出した大塚英志こそ最初の人物だろうか?
いや物語を持つのは文学や映像作品だけではない。音楽を一種の言語と考えたアドルノもストーリーは死んだと主張した人物だろう。アドルノは、産業が産み出した大衆音楽は全体の構造ではなく細部の記号にしか注意が払われていないとのべ、音楽の言語性が失われていると批判した。
回転寿司屋じゃなくて、古着店だとそのシステムを採用しているところがある。
ドンドンダウンオンウェンズデイは値札がフルーツ札になっていて、その値札の実際の値段は壁に貼ってある。
http://www.dondondown.com/don/nesagari/
毎週水曜日に値段が下がる。
ちなみにドンドンダウンオンウェンズデイを経営している会社は「ダウン」の語感を嫌って「ドンドンアップ」って会社名にしてる。まぎらわしい。
以上ドンドンダウンオンウェンズデイのダイレクトマーケティングだけど、どうせおまいらの家のそばにドンドンダウンオンウェンズデイはないからそれほど問題はないな。
もう言い尽くされてることかもしれないけど、
少し前の時代に、親が子供に「勉強して良い大学入って良い会社入りなさい」と言い続けていたのは社会全体の利益でみると明らかに良くない事だったと思う。
(個人の利益を見る場合にはそうひどくもないだろうし、今も言い続けられていることかもしれないけど)
なぜなら、良い大学入って良い会社に入った連中の大半は、最先端の研究をするわけでもなければ業務の収益性を上げるわけでもなく「良い会社」の中で官僚的な仕事につくのが定番なわけで、さらにそこから転職することもあまりしない。そんなところに、わざわざ能力が高い(訓練に耐えて結果を出せるという意味で)人間をアサインする意味は皆無に近いと思う。「真面目な人間」をアサインしたい、というのが本意(誰のかはともかく)かもしれないけど、結果としてもっと実働部隊にすべきだったエース候補をわざわざ官僚にしてるという意味で勿体無いにも程がある。
(会社という組織の都合上、適性をみて営業に回す場合もあるだろうけど、社会全体でみればゼロサムに近い行為に人材を突っ込むのはけっこう損失だと思う)
研究・商品開発・マーケティングに最優秀人材を突っ込み、さらにそこに「定住させない」ことが社会全体としてのメリットの多い人材登用だと思うのに、それが出来ているのは会社が創業時の勢いを保っているところ(かつ経営者か誰かに見る目があるところ)のみ、というお寒い状況だ。
優秀な人材を後方に回して意味がある組織というのはただ一つ、軍隊だと思う。兵士は消耗するから優秀な人材は参謀を含む後方に回す、という状況であれば合理的な判断だろう。やはり戦後、軍の真似をして組織運営をした会社が多数あったとしか思えない。(そして兵士は消耗品というのがブラック企業につながっている?)これを止めさせられなかったのは監督省庁の怠慢なのではないか。人口ボーナスが消えた瞬間うまく行かなくなるのが目に見えてる運営を日本中がやっていたわけだから制止をすべきだったと思う。
ひるがえって冒頭の「家庭での奨励行動」に戻ると、
おそらくは個人レベルの収支だけをみて「良い大学入って良い会社」を言っていたのだろうから、それ自体は矛盾していない。問題は、それを皆が行うことによる合成の誤謬めいたものについて、個々の家庭レベルでは全くフィードバックがかからなかったことにあると思う。
(加えて、会社の方にまともな人材活用の体制が存在しないことについて想像が及んでいなかったこともあると思う)
であれば、これも全体が見えている文部省なり通産省なり(むかしの時点の話なので旧名称)がブレーキをかけるための動きをするべきだったのではないか。これについては縦割りの弊害に加え、通産省の伝統的近視眼がアカンかったように思う(強いニュアンスを出すためここだけ関西弁)。農業的観点で、毎年どれだけの人材が輩出可能で、それぞれどの程度活躍してくれることを期待するか、というような分析があれば、人材を無駄遣いするところに突っ込ませるような家庭の性向は、役所挙げて早期に改めさせようという動きがあるべきだったのではないかと思う。
じつは是正の動きがあったのか、なにかファクターを見落としているのか、そもそも前提に誤りがあるのか、教えてくださいエロい人。
(もちろん一部は適切に活用されていたであろうしというのは分かっています。マスをなるべく有効活用するという観点の話です。
あと何でも役所に頼るのはおかしいというのも分かるけど、昭和の日本で社会の利益について動けたのが役所以外にどこがあるのかというと…)
多くの人々の心を掴んで止まないTHE IDOLM@STERシリーズ。この世界ではあなたはアイドル達のプロデューサーとなり、彼女達をトップアイドルにすべく様々な方法を用いて導いていくことになる。
そのシリーズの中の一つ、『シンデレラガールズ』は所謂ソーシャルゲームから始まった作品だ。今ではアニメ、マンガ、音ゲーなど様々なメディアで私達を興奮させてくれるコンテンツとなった。
このシンデレラガールズでは、他のシリーズにない特殊なイベントが存在している。それが年に一度開かれる『シンデレラガール総選挙』である。要は人気投票の類いであるのだが、ここにはそれ以外の顔も存在している。総合1位の称号シンデレラガールを決める顔、上位入賞してボイスを実装する顔、そして順位結果が公表されるライン50位以内に入って活躍の場を狙う顔。多くの願いと思惑とが入り交じったイベントなのだ。
このイベントに際してプロデューサー達が行うのが担当アイドル(つまり自分の好きなキャラ)のマーケティングを行うのが恒例となっている。毎年様々なアイデアとアイデアがぶつかりあい、多くのドラマが産まれる。その光景はまさしく本当にアイドルをプロデュースしているかのようだ。
そう、あなたはプロデューサーだ。一般的なファンではない。そしてあなたの担当するアイドルは最初からアイドルなのではない。(例外もいるが)あなたのプロデュースがあって、初めてアイドルと成るのだ。
もしあなたがまだそうしていないのなら、一度、"プロデューサー"としてアイドルと向き合ってみるのはどうだろうか。きっと見落としていた、あるいは新たに気がついた彼女達の魅力に出会えるはずだ。その魅力をどうするかは、あなたのプロデュースに懸かっている。