はてなキーワード: 系統とは
ミントグリーンとか紫が好きだし、サンリオとかキャラクター物も大好きで、持ち物も自然とそういう系統が多かった。
けどなんとなく仕事用のカバンを新しくするタイミングで、今まで見向きもしなかったグレージュを選んでしまった。
そうするとなんとなくバックと合わせて、今の動物のスマホリングを付け、クリアカバーとスマホの間に推しのシールをつけたスマホがすごく子供っぽく思えて、即Amazonでベージュ系のカバーとリングを購入した。
あと今日びっくりしたんだけど、昨日の夜に注文した商品が、もう今朝には発送しましたってメールが来るの早すぎない????
Amazonの人って夜も働いてるの?!!さすがに嬉しいけど、そこまで急ぎすぎなくてもいいよ〜汗と思った。感謝だ〜。
話が戻ると、バックとスマホがベージュになっただけで、なんとなく大人になった気がするって話。
まあ何歳になっても好きなもん選びゃいいじゃんっては思うんだけど、ちょっとイメチェンしたくなったのさ。
あと大人な人って何持ってるのかなー?折り畳み傘とか持ち歩いてそう。
なんかルールとかあったっけ
例えば
例えば「転倒してしまった」という問題が発生した時に、Whyを1回だけ考えると「転倒してしまった」→なぜ?「①足を滑らせた」→足元に気をつける、といった根性論の解決策になってしまいます。これでは根本的な解決になっていないので、必ず同じ問題が繰り返されます。
Whyを5回繰り返すと、「転倒してしまった」→なぜ?「①足を滑らせた」→なぜ?「②床が濡れていた」→なぜ?「③冷蔵庫から水漏れしていた」→なぜ?「④部品の劣化を放置していた」→なぜ?「⑤定期点検をしていなかった」→定期点検のルールを作り運用する、というように、より根本的で具体的な対策が立てることができます。
らしいけどなぜがうまく深化していくためのルールとか方針があればなあと思っています
なぜの答えが散漫としてしまう(でもこの例もたいして系統だってるわけではないしまあいっか)
追記2
考えるときの全てごちゃごちゃ自己流でやってるから良くないんだな…
何か本でも読んでみ…面倒だなぁ
「龍の邂逅」クリア
いやー面白かった。「永遠の守護者」も面白かったけど、個人的には甲乙付けがたい出来。
「永遠の守護者」は、ダンジョンのマップから謎解きから、全てシナリオに結び付いた一編のサーガのような完成度があったけど、
「龍の邂逅」の方は、シナリオはバックボーンとしてあって、楽しさのメインは強くなってマップを攻略していく所にある。
特に面白いと思ったのはザコ敵(ワンダリングモンスター)の構成で、探索が進むと、それまでのザコ敵をお供として従えた一段階強いザコ敵が出てくる。
なので、スライムみたいに1階で出てくるザコ敵でも、結構後まで出番がある。(ザコ敵のお供のお供のお供のお供、みたいな位置づけで、強力なザコ敵の後ろの方にいる)
これが、獣なら獣系統、ドラゴンならドラゴン系統、アンデッドならアンデッド系統、とそれぞれの系統ごとに数珠繋ぎになっている。
これがなかなか、主人公にのされた不良が兄貴分を連れて出てくるような味わいがあり、
また、メインの火力は一番強いザコ敵を倒すのに注力しつつ、後ろのザコ敵に余計な手出しをされないように全体攻撃呪文などで露払いするといった戦術の妙につながっている。
実のところ、表のシナリオである上の塔は、攻略方法としてはレベル上げてけばだんだん苦戦しなくなる程度の難易度なのであまり戦闘の妙というものも感じないのだが、
表のクリア後に突入可能となる地下3層はザコ敵の兄貴分がどんどん強くなるので、ティルトウェイト乱発した程度では歯が立たなくなって行き、いやおうなしに戦法の構築が迫られる。
たとえば、表だと終盤に入ると浮かぶガントレットみたいなやつがケットシーやハゲタカみたいなやつを引き連れて出てくるのだが、これがそのうちシールドがガントレットやケットシーやハゲタカを引き連れて出てくるようになり、
最上層ではソードがシールドやガントレットやケットシーやハゲタカを引き連れて出てくるようになり、
地下ではアーマーがソードやシールドやガントレットやケットシーやハゲタカを引き連れて出てくるようになり、
最終ステージでは樹みたいなやつ(一撃で700とか平気で殴ってくる)がアーマーやソードやシールドやガントレットやケットシー(ハゲタカもまだいるのかな?)を引き連れてでてくるようになる。
なお、「永遠の守護者」のボスや、公式シナリオでは最難関として知られる「欠けた大地」のボス辺りは、「マジックスクリーン重ねがけ→ブレイクスクリーン重ねがけ→スティールライフ→撲殺」戦法でケリがついたのだが、
「龍の邂逅」の地下だと、ザコ敵でも敵の攻撃が激しすぎるので、そこまで単純な戦法では歯が立たない。
特に、最終ステージである地界は、瞬殺を食らわないために揃えなければならない条件がこれまでやったシナリオとは比較にならない。
最低限、即死耐性・石化耐性・麻痺耐性の3つは全員に持たせないとあっというまに壊滅してしまう。
更に、前述のようにザコ敵がお供をつれているのだが、この辺になるとお供のお供のお供辺りでも平気で全体攻撃ぶっぱなししてくるので、ブレスや魔法を使う系統の敵と戦う場合は、1ターン目でマジックスクリーンを張らないと死んでしまう。
更に、物理攻撃もシャレにならない破壊力のザコ敵が多く、それらに遭遇した時は1ターン目にギガシールドやギガアーマーを3枚がけ4枚がけしないと、一撃で1000近いダメージを食らって即死してしまう。(真ラスボスとかだと、ギガシールド4枚がけしても700とか飛んできてた。
じゃあ攻撃来る前に火力を集中して倒せばという話になるのだが、敵の防御力がえげつなくて、普通に殴るとこっちのレベルが50とかでも攻撃がまともに当たらず、当たっても20とかのダメージ(相手のHP1000近い)とかなので、速攻が効かない。
最終ステージの一歩手前である地下2層は、一応頑張れば速攻が効くのだが(一部、フラックやヴァンパイアロードや四神は速攻で1ターンキルできるようになるのは相当後になるが、とにもかくにも攻撃は一応通る)、最終ステージのザコ敵最上位は速攻は不可能である。もしかしたらレベル100とか行って最上級装備揃えればできるようになるのかもしれないが・・・)
で、そんだけHPがあるとティルトウェイトの10発やそこらでは倒せないし、そもそも呪文もまともに通らない。
ということで、戦闘の最初の方はマジックスクリーンとギガシールドを重ねがけしつつ、隙を見て全体攻撃(ティルトウェイトやプリズミックミサイル、カルネージなど)を撃ってお供のザコ敵を減らす、という戦法を取らざるを得ない。
幸い、このシナリオではこっちのパーティーが先手を取れるので、少なくとも「何もしないまま相手の速攻を食らって全滅」という事は無いのでその辺は戦略の立てがいがある。
ただ、ブロブやジャイアントみたいな一部のザコ敵以外からは、逃げるのに失敗して1ターン無防備で攻撃されるとほぼ壊滅するので、逃げようとはしないのが身のためである。出てきた敵は全部倒す覚悟が必要である。
相手が物理攻撃と魔法攻撃の両方とも強い構成の場合、1ターン目がマジックスクリーンとギガシールドで終わってしまい、お供を掃討する暇がないので、1ターン目は全ザコ敵から10発20発の全体攻撃が雨あられと降り注いできてかなり怖い。マジックスクリーン重ねがけしてれば大抵しのげるけど、数が多すぎてエンターキーを連打しないといつまで経っても終わらないものだから、ドサクサにまぎれて変な攻撃(アイテム盗むとか)を食らってないか不安になる。
で、マジックスクリーンとギガシールド重ねがけで相手の攻撃で即死する心配がなくなると、こっちからの攻撃を通す番になる。
敵のACがえげつなくて攻撃が通らないのは前述のとおりなので、ここで重要なのはトータルテラーとなる。トータルテラーを4枚がけくらいすると、大抵の相手はまともに攻撃が当たるようになり、数十~100くらいのダメージが通るようになる。もう1ターン使ってさらにトータルテラーを重ねがけすると、200とか通るようになる。
これでやっと勝利が目前となる。
この「1ターン目はマジックスクリーン&ギガシールド、2ターン目は全体攻撃とマジックスクリーンとギガシールド、3ターン目と4ターン目はトータルテラー、後は物理で殴る」という戦法は強力で、真ラスボスも含めて大抵の敵を安定して倒せるが、エルダーデーモンだけはこれが崩れるケースがある。エルダーデーモンはアンチマジックとクリアマジックを使ってくるから。
アンチマジックをくらうと、こっちが高確率で呪文を発動できなくなるので、防御の要であるマジックスクリーンとギガシールドの数が足りなくなったり、ヒールパーティーやキュアオールの発動が失敗するとそのまま壊滅の危険が出てくる。クリアマジックも、魔法の効果が打ち消されてしまうため、何をかけなおさなければならないかよく分からない状況になる。
ついでに、この戦法は1つ欠点があり、防御の要であるマジックスクリーンと、攻撃の要であるトータルテラーが、どっちも魔法使いのレベル3なのだ。つまり、魔法使いの呪文使えるメンバーが最低4名はいないと話にならず、また、1回の戦闘で魔法使いのレベル3だけ使用回数が2つも3つも減る。そのせいで、あまり連戦できず、すぐに回復に戻らなければならない。まあ、地下は魔力回復の泉がテレポーテーションで行ける場所にあるので、戻るのは簡単だから構わないと言えば構わないのだが。(地界はアイテムボックスもあり、死亡かレベルアップ以外では街に帰る必要が無いのも親切である)
なお、悩ましい点としては、良い武器手に入れてヒャッホウという状況がほぼ無い事。
中距離・長距離の強力な武器がほとんどなく、ロードや侍はろくすっぽボーナスのない天沼矛くらいで満足するしかない。また前述のとおり、地界は揃えておかないといけない耐性が多いので、単純に数字が高くても選択できない武器防具が多い。侍用の武器は、クリティカルありの武器がほとんど無く、さらに侍用の防具の耐性が渋く、即死・石化・麻痺・ドレイン辺りへの耐性を揃えようとするとアイテム数が膨れ上がってしまう。騎士剣という、攻撃力の数値だけは良いものの、両手持ちで短距離の上にロードしか持てずボーナスも渋いという役に立たないジャンルの武器が出る事。
クリティカル持ちの「達人の刀」は攻撃力が低すぎるので、事実上、侍はクリティカルを出せないままいつ出るかわからない村正に期待するしかなく、ロードは防御と攻撃の要である魔法使い呪文が使えない(または半分しか使えない)まま、物理攻撃が通るようになるまで前列で暇つぶししているしかない。
「最初からロード」や「盗賊上がりの忍者」は、物理攻撃力こそ高いものの、魔法使いの呪文が使えないから、最強レベルのザコ敵や真ラスボスに対しては、他のメンバーがトータルテラーで敵のACを下げてくれるまで、事実上できる事がほとんどないのだ。一応1ターンでヴァンパイアロードやグレーターデーモンといった「全体攻撃では倒せないお供」を倒しておく役割があるといえばあるが、この2人が魔法使いの呪文を使えさえすれば、2ターンで必要な下準備を終えて3ターン目で総攻撃に移れるのに、と思うにつけ、こいつらクビにして全部魔法使える忍者とロードを作り直そうか、いやいっそのことロードやめて僧侶上がりの侍をもう一人作ろうか、とレベル50超えたキャラの役に立たなさに悩んでいるのである。
そんなわけで、真ボスは倒したものの、村正を始めとする最強装備群は全然手に入っておらず、理想のパーティとはほど遠いので、もうしばらく続けてみるかな。
バリバリに盤面上で殴り合って、殴り合っていく中でなにかに気づいて、それを戦場からの帰り道にふと語り合って、気づいたらその帰り道が次の戦場に向かうレールになってる。
とにかく戦いの中に青春の大部分が有るじゃん。
愛も恋も、全部戦いの中で産まれてるじゃん。
最高のライバルだったから好きになって、最高の仲間だったら恋をして、そういう奴らばっかり。
恋愛から始まってるキャラもいるけど、皆戦いの中に巻き込まれて、戦いの中で恋を深めてってる。
ずっとずっと戦ってるよこの漫画。
恋が動くとき、いつもそれは戦いの中で形を実らせてるよ。
好きな人に伝えたい気持ちがあるから強くなって、伝えられた気持ちを受け止めきれなくて弱くなって、そこから一周りして戻ってきてまた強くなる。
ずっとずっと、どうやったら強くなれるかしか描いてないとさえ言っていい。
それぞれの目指す強さの中に、思い出作りだとか人生だとかないまぜになってるんだ。
俺の歌を聞けって思いの積み重ねが、歌人として強くなろうっていう気持ちになって、そうして産まれた強さが人生の解像度を変えてきた奴らの足跡なんだよ。
強くなりたいって気持ちが、もっとちゃんと自分らしく生きたいって気持ちを生み出し続けるんだ。
これって少女漫画なのか?
幸せな恋をしたり、甘酸っぱい気持ちになったり、そういう話なんて脇道としてしか扱われてないだろ。
強くなって強くなって、強い人の見ている景色を強い相手と向かい合いながら一緒に見たいって話じゃん。
セックスしたい相手ときれいな夜景を見ながら素敵なデートを目指してないじゃん。
殴り合いたい相手と同じリングの上で最高のパンチを叩き込み合って認め合おうって話じゃん。
これ本当に少女漫画なのか?
大きい物体はそれだけで人の心を動かすと思う。
数年前にトルコに旅行に行ったんだけどそこで Çamlıca Mosque という観光地じゃなくて現地の人が実際に使う感じの大きいモスクを見に行った。
このモスクは海峡を見下ろす丘(山?)の上に建ってるんだけど、とんでもなく大きくてそしてとても美しかった。
現代人の自分ですら相当感動したので、ハギアソフィアを見た昔の人がぶったまげてそのままイスラム教を信じたっていうのは実際にあったんじゃないかなって夢想していた。
日本でも宇都宮にある大谷採石場っていう昔の採石場を資料館にした場所で似たような体験をした。
その名の通りかつて石を採掘していた坑道に実際に入れるんだけど、地下に大きな空間が開いててずっと下に続いているんだ
ゲームとかにある地下ダンジョンを本当に具現化したような空間という感じでとてもわくわくした。
ただ大自然とかにあまり感動したことがないのでどちらかというと人間が作り上げた巨大な何かに惹かれているという心理な気もする。
ちなみに今は "首都圏外郭放水路" という場所に行こうと計画している。埼玉にある放水用の施設らしいのだが、その見た目がまさに地下神殿という感じになっており自分にうってつけの場所だ。
余談だがメーカー本体の社員が配属前研修で来てるのを見たことがある。中国有名大の修士にスゴいことさせるね
いわゆるドコモ、au、ソフトバンク、楽天モバイル、UQモバイルのMNO+1、その他インターネット回線を売ってる人たち
https://togetter.com/li/1838074
定期的に
みたいな奴が沸いてくるので言っておくけど
この美大生は何も悪くない
この写真に写っている短焦点プロジェクターは恐らくRICOHの機種のもので
https://www.ricoh.co.jp/projector/pj/wx4153n_wx4153/
仕様を見ればわかるが消費電力は313Wだ
そんでコードリールといえばハヤタだが、例えば下記の製品なんかは5Aまでいける
https://www.hataya.jp/products/cordreel/post1001/
下の注意書きにもあるが「定格電流は電線を巻いたままの状態で使用できる電流です。」ということだ
100Vなら500Wまで大丈夫だ
ハタヤが特別凄いわけじゃ無くて例えば日動なんかも同じだ
https://www.nichido-ind.co.jp/products/series/76/
ちなみにこれなんかは全巻でも10Aまでいける
https://www.hataya.jp/products/cordreel/post1008/
なのでこの美大生は何も悪いことをしていない
(ただ、よく見るとコードがもう一本のびてるから同じプロジェクターが2つ繋がってる可能性があるのでその場合は定格の5Aを超えてるかも?)
(でもプロジェクターのエコモードなら208Wらしいから理解して使ってる分には問題ないかもしれない)
とにかくなんでもかんでも「コードリールは伸ばして使え」とか言ってマウント取らないでほしい
ただ、当然だが過信してはいけない
ということだ
全巻なら5A、延ばせば15Aだと書いてある
(というか義務教育でやってるはずだが、義務とは何なのだろうか)
普通の電源タップでも大抵の場合は15Aまでは大丈夫だが、ちゃんと確認してから使え
身近なところでいうとホットプレートとか暖房器具とかは結構な消費電力なので、その電源線を持ってみるとかなり熱いことが分かると思う
この熱に耐えられる延長コードなのかどうかをしっかり身をもって確認してほしい
まぁ説明書をちゃんと読めば書いてあるのだけれど読まない人が多すぎて
間違えて使う人と同じ数ぐらいマウント取ってくる人が多い
ちなみに最近のコードリールは温度センサー付いてたり引き延ばさないとそもそも使えないやつがあったり対応してある
https://www.hataya.jp/products/cordreel/post10035/
多分5Aだと言ってるのに10Aとか使う人が多くて辟易としてしまったんだろう
使用者の知識レベル(電気的な)に差が多い場所だとこういうのを買う方がいいと思う
実際に計算してみれば分かるがたかだか5mぐらいを巻いたところでたいしたことはない
もちろん説明書に「出して使え」と書いてあったら出せばいい
とにかく、説明書を読め
ほんとすいません・・・。最近この手の打ち間違い多いな・・・。歳かな・・・。
ほんとすいません。力率は1でお願いします。
でもよく考えたらこれって義務教育じゃないよね。その辺が電気製品の難しさになってる気がする
例えば延ばして使っても15A越えてたら非常に危ない
30Aの携帯基地局をコードリールで延長したらダメだよ(100Vで使えるのかどうかしらんけど)
なのできちんと説明書を読んで欲しいし、ちょっと怖いなーと思ったらケーブル握って欲しい
これな
5A以内で使ってる場合もあるんだから巻いて使ってる人を袋だたきにするのはやめてほしい
どんな分野でも叩くのをやめて欲しいし指摘するとしても説明書ぐらいは読んで欲しい
周りの人達はみんな趣味が仕事みたいな感じで、家に帰っても仕事の続きをしたり、副業で同じ系統の仕事をしたりしている。
私はと言うと、実はここに入ったのは、コロナ禍の転職となり、一般職がめちゃくちゃ馬鹿みたいに落ちて、半ばヤケになって趣味でやってたデザインをまとめて面接に挑んだら受かってしまった感じだったりする。いくつか面接に行って、いくつかは落ちて、まぁーでもここ落ちたら諦めようかなぁなんて思ってた矢先。
学校に通ってデザインを勉強してきたわけでもないので、勉強することも多くて、毎日毎日遅くまで仕事の状態に正直しんどくなっている。でも、周りの人は、そんな状態でも楽しいと言うから、私はとんでもなくアウェイだ。
今思い返すと、私はそんなにこれが好きじゃなかったのかもしれないなぁ、と思った。
父親は絵がとても上手な人で、きょうだいも絵が上手だった。そんな環境にいたので、私も絵を描いていたけど、描くたびに下手くそだと言われ、絵を描くことそのものが楽しいと思った思い出があんまりない。
私にとってそれはストレス発散と、自己表現の手段にすぎないように思う。
満ち足りている時、描きたいとか思わないもんなぁ。
仕事辞めたい。独学で会社に入れたのはタイミングと、少しばかり才能があったのかもしれないけど、私はそこまでにはなれない。プライベートの時間は、デザインや絵から離れていたい。今少し息苦しい。
周りのみんなは応援してくれるし、せっかくこんな仕事につけたのだからと頑張っているけど、しんどい。
やりたくないな。明日も仕事で色々言われるんだろうなぁ。土曜日も仕事して、前倒ししないといけないなぁ。やだなぁ。ずっとゲームしてたい。この世界にいない時はとっても楽しい。
高身長を望むっていうのは、身長が男>女、だからってのがデカいと思う
自分より高い彼氏を望む、友達より高いとなお嬉しい、子供をでかくしたい
逆目線で似た感じなのは、男性が自分より体重重い女性を避けがちってのはあるのかもしれない(ソースは俺
・学校のマドンナ的存在に相手にされなかったから2番手3番手を狙う戦略が広まってる
・ちょろい(惚れやすい、仲良くなったらほぼ好きになってしまう、ちょっと優しくされたら惚れる
・他がどう思ってても自分が好きだったら押し通す
など歳を経るごとに多様性が増していく。昔無理だったAさんタイプの顔があって、Aさんが優しくて可愛く見えてきたらその系統のBさんも可愛く見えてくる。
女子は、高スペック彼氏はステータスにもなるから、自分の好みにマッチすればよいというものでもなく、若いうちは誰がみてもカッコいいに落ち着きがち(知らんけど
加齢して友人関係とかもちゃんとしてる女性は結構釣り合ってない(ように思えるが、実際は良い所が沢山ある)男性とくっつくこともおおい(が、そういう人は幸せだしこういった話には全然絡んでこない
「夏目漱石は「月が綺麗ですね」となんか訳していない」という話から、「初出であるとされる70年代以前がどうだったのか知りたい」という話が出ていたので、Googleブックスを検索していたのだが、1962年刊行の『日本人の知恵』にこのような話があるらしい。
「私はあなたを愛しています(I love you)」
などとはけっしていわない。
「いいお月さんですね」
そして、二人でじっと空を見上げるだけで、意思は十分通じるのだ。
この『日本人の知恵』という本は、
ということらしいので、つまり1961年に朝日新聞に掲載されたのだろう。
それならば世間に広く知られたとしてもおかしくないと思われる。
もうひとつ、さらに遡って戦前の1935年刊行、笠間杲雄『沙漠の国 ペルシア アラビア トルコ遍歴』にもよく似た表現があるようだ。
第一、欧米人にとつては一生の浮沈を定める宿命的な宣言『アイ・ラヴ・ユウ』の同意語すら、日本語には無い。(中略)斯ういう意味を外国人に答へると、然らばあなた方日本人は、初めて男なり女なりを愛する場合に、どんな言葉で意志を通ずるのかと、必ず二の矢の質問が飛ぶ。私は答へる。我々は「いい月ですね」と言つても、「海が静かね」といつても、時としては「アイ・ラブ・ユウ」の翻訳になるのだと。
こちらは「いい月ですね」と「海が静かですね」が並列されており、あくまで「無数の表現のうちの2例」といった趣きではある。
さらに「I love youは日本語にうまく訳せない」という話に限っては、
「漱石文庫」に残された漱石のメモ書きの中に、ジョージ・メレディスというイギリスの小説家の作品を取り上げて、
"I love you,Signora Laura."―Vittoria p.113.
此 I love you ハ日本ニナキformulaナリ
と記した一節がある
これは漱石の英国留学時代のメモ書きだそうなので、1901〜1902年ごろに書かれたものか。
同様の主張が1922年に刊行されて当時のベストセラーになったという厨川白村『近代の恋愛観』に書かれている。
日本語には英語の『ラヴ』に相當する言葉が全く無い。『戀』とか『愛』とか云ふ字では感じがひどくちがう。" I love you "や" Je t'aime "に至つては、何としても之を日本語に譯すことが出來ない。
この厨川白村は夏目漱石の教え子で、漱石とは恋愛観について議論を交わしていたというから、これは夏目漱石の受け売りだった可能性が高い。
というわけでグルグルまわっているうちに夏目漱石に戻ってきてしまった。
夏目漱石が「I love youは日本語に訳せない」と言う
→その話が厨川白村を通じてよく知られるようになる
→「いい月ですね」とか「海が静かですね」とかそういうことを言うんじゃね?
→日本人は「愛しています」とは言わず「いい月ですね」と言うんだ!
→その話が朝日新聞を通じてよく知られるようになる
→なんかいろいろ混線して「夏目漱石がI love youを月が綺麗ですねと訳した」という話になる
みたいな流れが朧気ながら見えてくるような見えてこないような。
追記。
国立国会図書館デジタルコレクションで調べてみたところ、1908年の『明治学報』に掲載された上田敏「予の観たる欧米各国」という講演の書き起こしにこういう記述があった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1890371/1/24
日本では「我汝を愛す」と云ふことは言へない、日本では何と云ふかと云ふと、「私アナタに惣れました」と云ふ、それでは「アイ、ラブ、ユー」と云ふことに当らない、「我汝を愛する俯仰天地に愧ず」それはどう云ふたら宜いか、(笑声起る)、所が「私はアナタに惣れました」といふことは日本語ではない、さういふ日本語は昔からないです、だから日本ではそれをパラフレーズするか、或はペリプラスチック、言廻はして、「誠にアナタはよい人だ」とか何とか云ふ工合に云ふより外言ひ方はない、「私はアナタが好です」と云ふと何だか芝居が好きだとか、御鮨が好だとか云ふやうになつて悪いです、
上田敏は高名な英文学者で「山のあなたの空遠く幸住むと人のいふ」や「秋の日のヴィオロンのためいきの」などの詩訳で知られる。夏目漱石よりは年下だが、同時期に東京帝国大学で教鞭をとっていたこともあり、文学論を語り合う仲だったという。夏目漱石か上田敏かいずれが先なのかはさておき、どうも「I love youは日本語に訳せない」というようなことは当時の教養人のあいだで盛んに言われていたようだ。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2348792/1/6
西洋デハ人ノ表情ガ露骨デアツテ 例ヘバ恋ヲ囁クニモ 真正面カラ アイラヴユー ト斬込ムガ 日本デハ 良イお月デスネー ト言フ調子デ 後ハ眼ト素振リニ物ヲ言ハス