はてなキーワード: 萌えキャラとは
「カーリング女子は休憩中にイチゴ食っててなごむ、ネットで盛り上がってたよ」って話したら「萌える、カーリング女子良い」とか言い出して、なんかアニメになりそうだねって話になった。
「けいおん!じゃん」
「ふだんは『そーだね』『やってみよー』とかまったりムードで相談しながら試合してたり」
「けいおん!じゃん」
「オリンピックで対決するから各国のチームも萌えキャラで登場して対戦を描ける」
「ガルパンじゃん!」
「ロシアチームの巨乳で超美人のキャラと小柄なキャラの対比とかしてもいいよね」
「ガルパンじゃん!」
「萌える!」
「けいおん!じゃん!」
「最初は学園ものからスタートさせて仲間集めから、主人公はおっとりタイプ、メンタルの脆いリーダーと、幼馴染キャラ、クールビューティーも欲しい、あとちょっと遅れて後輩キャラが仲間に入る」
「けいおん!じゃん」
「顧問の先生だかコーチが元オリンピック選手で、これも美人に間違いない」
「けいおん!じゃん」
「でも男子カーリング選手はほぼ出ない、出てもほんのちょっと」
「じゃあ物語の舞台は北海道とか新潟の閑散とした地域で、そこの寂れたスケートリンク借りてカーリング始める感じ?」
「あー、そんで幼馴染とか、これは男でもいいや、知り合いが働いてんの」
「ユーリ!!! on ICEじゃん!」
「冬季オリンピック繋がりじゃん!」
「前半は学園生活編だね、最初の試合は近所の高校チームと対戦する、次第に強くなって国内遠征で地方巡業させよう、聖地巡礼になるし」
「その辺でまったり見せつつ序盤は初心者キャラ相手にカーリングの基本ルール叩きこんで、視聴者にもカーリングのルールに慣れさせる、6話位散らしてやれば、戦略とかもそこそこ頭に入るね」
「後半はオリンピック編、コーチのオリンピック時代の過去話は絶対必要」
「で、決勝リーグではガチの戦略が展開して超燃えつつ、おやつタイムで萌える」
「かなり見たい」
「あーもーいいわー電通でもカドカワでも入って制作員会立ち上げてやって欲しい」
「っていうかどっかのアニメプロデューサーが今そういう話してる筈」
「もしかして、前回の冬季オリンピックあたりで、フィギュアスケートでそういうのが…」
「あったのかもー!!」
「もう全部入りでやっちゃってよ、こういうの観たいんだろ?って感じの。俺ら観るし」
「っていうかもう観た、観た気になった。目に浮かんだわー」
みたいな話してすげえ盛り上がったので、どこでもいいからこういうの作って下さい。
お願いします。
時間課金だったり、萌えキャラで結構オススメされている事が多いVPS。
ただその実態としては、非常に悪徳な業者なので、軽く触ってみる程度だと問題ないだろうけれど、それ以上の利用は強くオススメ出来ない。
諸条件あると思いますが、CPUを100%使い切りする処理を継続していたら、事前警告なく、サーバを止められました。
こんな利用をしていたのは、CPUは共有ではないとされていたからなのだけれど…
https://megalodon.jp/2018-0114-1653-36/https://www.conoha.jp:443/faq/vps/
そんな事はお構いなしに停止させられました。それも夜中にね。
まぁ専有可能なリソースを100%使い切っても問題はないわけで、サーバの停止に対して不服を申し立てるも一切の応答なし。サーバ停止の事後連絡に対し返信をしようが、サポートへの問い合わせをしようがなしのつぶて。なので、利用者側に過失がある場合はもちろん、事業者側に過失があっても、お構いなしに機械的にサーバを事後連絡でばんばん止めてくる。
CPUの件は、全く以て対策になっていないと思うけれど、以下のFAQをしれっと削除していました。(「basic認証はできますか?」の下にあった)
CPUは共有ですか?
https://megalodon.jp/2018-0204-2144-52/https://www.conoha.jp:443/faq/vps/
いやー、せこすぎるよGMO。
しれっとFAQを共有のCPUですに書き換えるだけでも十分過ぎるくらい悪質だけれど、不都合だからと、いくらなんでも掲載を下ろしてしまうとは…
いやー、早急な改修というのは、隠蔽なんですね。GMOすごい。
一般的な仮想環境の場合、CPUをオーバーコミット(簡単にいうと、8個のCPUに9個以上のvCPUを必要とするゲストOSを起動してしまう)しているケースです。今更、共用云々ということを言ってきたので、この点具体的に聞いてみました。
ご担当者 様
いつもご利用いただき、まことにありがとうございます。
はい、見事に答えてもらえていません。
こちらとしては、契約するときのスペックに関わる重要事項だから聞いているのだけれど、どうやら、ご案内できかねる内容らしい。
厳密なことをいうと、HyperThreadingを利用していると厳密には1vCPUで0.5コアの共有割り当てな一方で、1vCPUで1コア近い処理が出来てしまうので影響がなくはないのですが、こちらの件だとHTに配慮して2コアのサーバを借りていたので、それも関係なかったりね…
ご担当者 様
いつもご利用いただき、まことにありがとうございます。
お問い合わせの件につきまして、すでにVPSの削除を
大変恐縮ではございますが、ご料金の調整につきましては
今後ともConoHaをよろしくお願いいたします。
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FAQ/よくあるご質問 https://www.conoha.jp/faq/
お問い合わせ info@conoha.jp
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おかげさまで22周年 すべての人にインターネット
■ GMO INTERNET GROUP ■ https://www.gmo.jp/
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機密情報に関する注意事項:このE-mailは、発信者が意図した
上記の使い方ですが、別に他のサーバに対するクラッキングをしているわけではないし、停止させられることはありません。念のため…(似た使い方をメジャーなA社、G社のパブリッククラウドや、S社のVPSでやってみましたがいずれも問題なし)
フェミニストが乳製品を摂ることは矛盾か、という議論が喧しい。
https://togetter.com/li/1194767
http://sutaro.hatenablog.jp/entry/2018/01/29/162209
http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2018/01/30/152800
はじめに言っておくと、わたしはヴィーガニズムやアニマルライツには明白に反対である。しかし、それらを一部のバカによる寝言だとは思わない。むしろヴィーガニズムは正しいと思っている。いや、より正確に言うならば、ヴィーガニズムは正しすぎるがゆえに問題なのだ。
ヴィーガニズムへの反対に理屈をつけようとすると、かなり高い精度でブーメランとなって戻ってくる。人間と動物は違う! 白人と黒人、男と女を代入して同じことが言えるだろうか? 人間は他の動物より賢い! 男が力強いことを男性が優越していることにしたい性差別主義者は、古今東西どこにでもいる。人間が動物と違うのは社会の常識だ! アメリカ南部の奴隷主たちも、同じことを思っていただろう。
10年ほど前、はてなで「本当の本当に大切なことには、理由があってはいけない」というフレーズが話題になった。まったくその通りだ。「同じ人間を差別してはいけない」にも理由はない。理由はないが、道徳律とはそういうものだ。差別はいけない、なぜならそれは差別だからだ、という主張は空虚だが、しかしその正しさを疑う人はいないだろう。差別は正しくない、これは自明です。
ところで、「同じ動物を差別してはいけない」という主張は、「同じ人間を差別してはいけない」と論理的に同型である。空虚である。空虚であるが、ではそれゆえに正しくないと主張することは可能だろうか?
人類の平等への闘いは、「同じ○○」の範囲を広げてゆくことだった。「同じキリスト教徒を差別してはいけない」という議論に対して異教徒が声を上げることは必要だった。「同じ成人男性を差別してはいけない」という主張では、無産階級の男性のことは救えても婦人参政権は実現できなかった。ようやく今、人種差別や性差別が「同じ人間を差別してはいけない」として斥けられる時代になったのだ。
しかし牛や豚からすれば、その「人間の平等」は、「白人のなかでの平等」や「男性のあいだでの平等」と寸毫変わらぬであろう。
それがヴィーガンやアニマルライツの訴えの核心である。これを安易に「人間と動物は違うんです。以上」で切り捨てることは、安易に「だって男と女は違うじゃん」と切り捨てることと、いったいどこが違うというのだろうか? このふたつの主張をまったく別物だと切り分けること、それ自体が彼らの批判する種差別なのだ。
何でフェミニストにばかりそういう要求や追及がなされるのか? と疑問を呈する人もいる。断言するが、それは最悪の戦略である。
第一に、ヴィーガン界隈を見ればわかるが、彼らは一般人に対しても肉を食ってさえいれば無差別にマサカリを投げつけている。それが今回たまたま件のフェミニスト氏に向けられただけであり、構図としてはセクシーな萌えキャラの出てくるポスターをフェミニストから批判されたオタクが「何でオタクばっかり叩くんだ?」と過去の女性運動の蓄積も知らずに愚痴っているのと寸分違わない。やめておいたほうがいい。
第二に、差別に反対する運動の中で別の差別が行われていたとき、それを厳しく追及してきたのはフェミニストたちだったではないか。人種差別に反対する運動の中で性差別が起きたとき、人種差別だけでなく性差別にも反対すべきだ、そうでなければ真の反差別とはいえない、という主張はそれなりの説得力をもって受容されてきたように記憶している。であるとすれば、性差別だけではなく種差別にも、という主張が向けられることは自然な話であろう。
つまり、既存の反差別運動の側は、迂闊にヴィーガニズムを揶揄しているとブーメランが帰ってくるわけだ。反差別、正確には、反人種差別および反性差別を支持する者として、味方がブーメランに撃ち抜かれて斃れていくのを見るのはやるせない。
ではどうするか? わたしはまず、敵対関係を認識すべきだと主張したい。
フェミニストは男性優位社会の敵である。奴隷解放論者は南部社会の敵であり公民権運動の闘士は白人中心主義社会の敵である。それと同様に、ヴィーガンは人類社会の敵である。
このことは、現在のヴィーガニズムの支持者が全員人類であることと何ら矛盾しない.家父長制と闘う人びとの中には男もいた。奴隷を逃がしたり黒人とともに座り込みに参加した白人もいた。そして彼らは、男でありながら男性中心主義の敵であり、白人でありながら白人至上主義の敵だった。ゆえにヴィーガンが、人類でありながら人類社会と敵対するのは何ら矛盾ではない。
わたしたちにはふたつの選択肢がある。ひとつめの選択肢は、敵が提示する平等のテーゼを受け入れることであり、つまりはジャイナ教徒のように虫の一匹も殺さぬようマスクをし箒で道を掃きながら歩く生活を選び取ることだ。もうひとつが、平等と敵対することである。種差別の何が悪い、人間は動物とは違うんだ、人間の都合で動物を搾取することは当然だ、と傲然と言い放つことである。
最悪なのは、この敵対性に対して目を瞑ることだ。敵を「なんか頭のおかしい人たち」として片付けることだ。そうではない。彼らは正しいのだ。彼らは正当な抗議者として、つまりはわれわれの敵として扱われるべきなのだ。
この敵対性を隠蔽してしまったら、他の敵対性が隠蔽されることに抗えなくなる。それは平等への闘いの自滅だ。敵対性がそこにあることを明るみに出すことは、常に闘いの出発点なのであるから。
なのでわたしは宣言する。肉うめぇ。これはヴィーガニズムが提示する平等への敵対だ。朕はたらふく食ってるぞ、汝畜生食われてろ。数百年後、あの世代は動物差別と動物大虐殺を何とも思っていなかった民度の低い連中だ、人類の進歩を阻害してきた、と糾弾されるかもしれない。それでもわたしは、種差別を正しいと信じる。人間は動物とは違っており、この差別は当然だと主張する。未来の子供は、わたしのこの言明を醜悪なスピーシシストの声明として読むかもしれない。ユダヤ人は劣等だと言い放ったちょび髭の指導者や、女は男よりも劣った生き物なのだと公言してきた家父長たちが扱われるように、動物を殺して恥じなかった我々現代人も扱われるかもしれない。ひょっとすると数十年後に革命が起きて、人道に対する罪で訴追されるかもしれない。自己批判を強要されるかもしれない。それでもわたしはヴィーガニズムに敵対する。この差別は正しい差別だからだ。
さあ、みんなもそう叫ぼうじゃないか。種差別は必要だ! 種差別は正しい! 今ここで種差別を! 明日も種差別を! 永遠に種差別を!
思いのほか良くてびっくりした。職場の先輩がキャンプ好きなので今度連れていってもらおうかとすら考えはじめている。
テントの骨組みの束がカシャカシャカシャとなったとき、あっ、このアニメいいかもと思いはじめ、テントの組み立て作業なんてものに本気で見入ってしまった。その場で何度もリピートしたから、たぶん同じタイプのテントだったら組み立てられると思う。
そしてカップラーメンを食べるシーン、めちゃくちゃ美味しそう。夜中、キャンプ場というシチュエーションを抜きにしても、抜群に美味しそうで素晴らしかった。料理ジャンルの作品は、なぜか食べる少女を露骨にエロく描くことが多くて気色悪いんで、ちょっとはゆるきゃんを見習ってほしい(露骨なエロそのものを否定しているわけじゃない)。
ギャグも適度に挟まれていてよかったし、あと、いい感じの狭さと謳われたゆゆ式の部室よりも狭い部室を見ることになるとは思わなかった。キャラは、アンニュイな子のアンニュイさ加減がちょうどいい。でも、アホの子が窓ガラスにぶつかるのはさすがにやり過ぎ。
押しかけロリ女房、年下の姉弟子などさり気なく最先端の萌え属性「バブみ」(ロリコンにマザコンをぶち込んだ属性)をおさえているのはポイント高い。
作中での出来事は、すべて現実の将棋界で起こり得るらしいんだけど、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい。正しさより、おもしろさや萌えのほうが重要。
キャラがあざとすぎて嫌という意見を目にしたけれど、萌え系の作品にとってあざといは褒め言葉、ロリキャラ組には期待してる。ブラブレみたいなのを期待してるけど、この感じだとローキューブになるのか?
見方は「うまるちゃん」と同じで、積極的に見たいというよりは夕食を食べながらだらだら愛でたいって感じ。
苺ましまろの独特なキャラデザを借用してるのは案外気にならなかった。調べてみたらアニメは13年も前だし、まあ記憶の彼方だわな。ファッション面もがんばっているのはわかるんだけど、本家には及んでいない。よーし雑誌でも参考してみるか!って程度じゃ難しいんだろうか。かなりの執着が必要なんだろうか。
三ツ星ということは主要人物は三人から増えないのだろうか。日常系は四、五人いないと話が回しづらくなって見てる側もつらくなってくるんで、どう工夫するのか気になる。警官のあんちゃん、雑貨屋のおっちゃんだけじゃ限界がある。
無茶なことするなあ、でも無茶をしてこそ青春だよなあ、という気分にさせてくれる。
ストーリーがいいというわけじゃない(良いか悪いかは現段階ではよくわからない)。そうじゃなくて、たとえば二話で主要人物たちが逃げるシーンがあって、じっくりと三分弱くらい逃げるんだけどまったく間延びを感じない。むしろ、わくわくする。
バレた、逃げろーって感じで三人が逃げはじめて、めっちゃ走るフォームがきれい、速い!って思ってたら、他のふたりは路地に入ってうだうだやってて、怖いけどあれ?楽しい?ってなったときに、いいタイミングで挿入歌が流れはじめて、石の段にちょっとつまずいて靴がポーンと跳ね上げられたのをキャッチしてあげて、ふたりでニコッと笑いあって……
みたいな細かいことの積み重ねに、疾走感とかおかしさとか楽しさを感じられて、青春だよなあという気分になる。ド派手なアクションはないけど、映像に華がある。実写でおなじようなことをやってもこの華やかさを出すのは難しい。アニメ独自のうま味を十分に噛みしめられるという意味でこのアニメはおすすめ。
少年が後背位で少女を突くような姿勢でロボットを操縦する設定だけでムラムラくる。でも、おっさんのセクハラは不快。リアリティゼロの下品エロは好きだけど、リアルな下品エロは嫌い。にしてもエロい妄想が止まらん。だって、ツノ付きツリ目の強気な年上ボクっ娘が「ダーリン」って呼んでくれるんだぜ!?
ロボットアニメとしては、新世紀創生のファイブスタードライバーだゾイって感じのごった煮がグイグイ動くからそれなりに楽しい。ベタなことをベタベタにやってるのは賛否がわかれるところ。
ひとつ気になるのは、燃え要素がかなりうすいこと。ロボットアニメってのは中二心(燃え)を揺さぶらないといけないというのが自論なんだけど、露骨なエロに寄ってるこのアニメに中学生が燃えるとは思えない。いまの段階で面白がっているのは、ロボ好きよりエロコメ好きだと思うんでここからどうなるんだろう。
知世ちゃんはあいかわらず知世ちゃんだった(満足)。
原作は三巻の途中まで読んでる。おもしろい。でも、高木さんの声はもうちょい高めのイメージだった。
好きな漫画原作は声のイメージがつくのを避けたいのでアニメは見ない。いいアニメ化になることを陰ながら応援している。
ゆるきゃんよりラーメン描写が劣っているのが致命的。おれが見たいのは雑学ではないし、百合としてもなんか微妙。
なんか薄味。べつに雑学を見たいわけじゃない。
留年設定は今後うまく機能するのか。機能したとして萌えにつながるのか。
異世界転生するのに10分もかかってどうするんだ。はじまって三秒で轢死してほしい。
おじさん猫がかわいかった。なんというか、減点方式だと80点は残るけど、加点方式だと20点しかないから話題にしづらい。手堅くサクサク進んでるなあとは思う。
つまんねえ、でも、ひとつひとつの要素はけっして悪くはない(クソダサいアーマーは除く)。
全体を俯瞰すれば良く見える可能性だってあるんだけど、一話一話のつかみが悪く(戦闘や百合やキャラ萌えなどでつかもうとしている。でも微妙)、やりたいことがたくさんありすぎてゴタゴタしていて、説明不足も相まって置いてけぼりをくらってしまう。
この失敗のしかたは前期の「URAHARA」に似ている。ただ、萌えオタクが好きな要素が盛り込まれているので、クソアニメマニアには受けるような気がする。
おれが読書要素に求めているのは、そんなフワッ~とした「小説はわたしを知らない世界へ連れていってくれる(恍惚)」みたいなのじゃなく、書店員に「その小説(SF)好きなんですか?」と聞いたら「ああ、いえ、ハヤカワはブックカバーが他とちがうので面倒で、あっ、って声が出てしまいました」とか言われて微妙な空気になるようなやつ。つーか、手際が悪い。モノローグを入れすぎ。展開がトロい。見せ場という見せ場がない。一話でやったことはAパートまでで終わらせるべき。
メインふたりより、前髪パッツンの子のほうが好みなのがちょっとつらい。リアリティが低い、といっても低すぎる(ぶっ飛んでる)ことはないのもちょっとつらい。価値観がすくなくとも10年は前で止まっているのもちょっとつらい。
そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。なんでライオン男に勝てたかわからないだって?勝てたから勝てたんだよ!気にすんな!けっこう古臭いかもしれないけど、アホでエロいB級を正々堂々とB級らしく仕上げていて、いいと思う。こういうアホエロ突き抜けスピリットをもった深夜アニメが最近減っちゃって寂しい。
めっちゃ微妙。「人とアンドロイドの共存」というやりつくされた素材をどう調理していくのか、という段階に達しておらず、単純な話、アニメのクオリティが低い。一話は展開が急ぎすぎているし、見せ場が見せ場として機能してない。二話の街なかでのファッションショー(?)ライブ(?)も見せ方が下手で笑う気も起きない。
20年くらい前の小説をサルベージした最近流行りのパターンなのかな?とか思ってたら、2012年刊行でちょっと驚く。
類似アニメ(?)である「まほろまてぃっく」みたいに必要な設定をピックアップして、ほかを捨てたほうが深夜アニメには適してるし、重そうなテーマ性からしても、小説で読んだほうが確実におもしろいタイプ。原作ファンは不満なんじゃないのか。でも、キャラデザは好き。
おもしろくないことはないし、出来もいいんだけど、もしかして原作漫画のほうがおもしろいんじゃないだろうかと思ってしまった。二話まで観ても四頭身のキャラデザにいまいち慣れない(デフォルメの強い六頭身美少女を見慣れているせいか?)けど、画像検索で出てくる漫画の絵はかわいいと思うんで、アニメに向いてない絵柄なんじゃないだろうか。
類似キャラデザのメイドインアビスや少女終末旅行は、常に(一話二話の時点から)死の影と冒険感があり、かわいらしいキャラデザとのギャップが作品を引き締めていたけれど、このアニメみたいにかわいいキャラが、かわいい異世界で、かわいい不思議なことをフワッ~とやってるのを映像(自分のペース見られない遅い媒体)で見るのは退屈してしまう。
じゃあ、なんで日常系アニメは見ていられるんだ?って話だけど、いちおうは現実に即しているからってのと、なにより萌えキャラはアニメ化に適している(着色されて動いて声がついたほうが断然かわいい)からじゃないかと思う。とりあえず原作は買う。
魔法使いの嫁みたいな感じだったら……と見当をつけていたら、やっぱりそうだった。女向けなんで、男キャラのほうがかわいい(当たり前だけど)。ユーフォみたく平々凡々な原作をアニメの力で昇華していく京アニの必殺技が今回も炸裂するんだろうなあ、もったいない。
このアニメの存在価値はふたつ。ひとつは、いまどき珍しく大々的に「このアニメに理解を示しているオレ、カッケエエエ!!!」をSNSなどを通じて共有できること。もうひとつは、アニメ業界はこういう無茶ができると教えてくれているということ(製作委員会方式じゃないからできたらしいけど)。
ホラー漫画の女の子って妙にかわいかったりする。この作品の女の子はかわいらしさと美しさが共存していて、とてもいい。ホラー短編は大して興味ないんで、一話でやったようなユーモア短編か女の子がメインの短編を期待してる。
アニメに詳しい人の評価が高かったので観てみた。おもしろかった。
主人公の男の子がガチの鉄道オタクでなに言ってるのかわからないときもあるけど、なるほど!よく知ってるなあ!って気になるし、かわいい。電車の時刻なんてスマホで調べられるご時世にわざわざ時刻表の本を読んでるのも、なにか明確な理由があるんだと思う。ヒロインがJSユーチューバーを堂々と名乗っているのもなんかすごい。
マスコットがロボットのオペレーションも兼ねていて、性格も口調もガラリと変わるのもしっくりとくる(昔デジモンを観ていて、かわいいテントモンが「光子郎は~ん」って言うのはいいけど、進化してイカつくなったカブテリモンが「光子郎はん」って言うのは違和感しかなかったので、なんとかしてほしかった)。
親子関係の良好なエヴァ、大人がちゃんと大人なエヴァという意見を見たけど、エヴァというよりは朝の男の子向けアニメの王道をやりきっている、というのが正しいんじゃないかと思う(その王道が捻くれちゃったのがエヴァ)。ミサトさんポジションが父親で、司令が父親の後輩(?)という関係性もおもしろい。司令は父親になにか恩がありそう。
新人の言った「いまは大人と子供がいっしょに未来を守らないといけない時代になったのかもしれない、わたしたち大人には受け入れづらいことですけれど」は名言。
それが真実だろうと何だろうとお好きなままに
別段人前でその言葉を使うとき恥ずかしがろうが誇ろうがそれは個性でしょ
萌えキャラがつい好きであることを言及する意味ととらえられそうな言葉に詰まるところや
実在していたとしてもそれはそんなもので別段そうおもったことをどこに書き込もうと
増田氏の自由だしそんなウソつくな妄想野郎がと罵倒するのも自由
イギリスの歴史を語るときやフランスの文化について聞かれたとき
アメリカ在住の友人に話すときなどこういういわれがあるという完成された
文面情報があるといわないことだ
あなたがどこでみかけたどんな情報かを明確にするうちは問題ないけれども
仮にだれかの情報であるという責任を投げることで実在しない責任が
どこかに発生してしまう その虚無の責任が存在することで話題の価値が
すこし上乗せされることを利用してはならないということだ
そもそも、男性中心社会に置いて、男らしさと人間性は完全に切り離し不可能なものだよ。
オタクは人間性に欠けてるって言い分自体が、オタクには男らしさが欠けているという証左になっている。
萌えキャラなんてホモソーシャルな社会で交換可能な女性扱いでは無いから、萌オタは度々、動物だの豚だのに例えられてきたんですね。
これは、女性が恋愛映画を見てだらだら涙を流す生物として舐められているのと同じ地平線上にある。女は人間では無いから動物的でも容認されるが、オタクがエロゲーに感動して涙をながすと、バカにされるのも男らしさと人間性の結びつきによる問題だ。
男らしさから離脱したら、性的なものから自由になるか? そんなわけないだろう、人にはセクシャリティがあるんだから。むしろ性的には野放図でフェティッシュでちょっと普通とはズレてる変態かもしれないけどいいよねとなるし、それを認めていかなければ、結局「男らしさ」によって構築された近代的な規範に男も女も絡め取られていくだけになる。
一部のフェミニストがオタクと対立するのはセクシャリティの野放図な多様性路線でオタクという部分で対立軸を形成してるからで、クズ男オタクがとりわけ「自己責任の精神や異性への人権意識に著しく欠けた」ように見えるなら、そういう敵対イメージを利用してフェミニストを動員したい向きがあるからだよね。フェミニストの女性って言っても、中身は女性性を内面化した女々しい女性が多いから、性的なイメージを問題にした旗振りはよく効くでしょう。
モビルスーツショーはジオニックがアナハイム・エレクトロニクスに吸収合併された後でも開催されてるのがご存知だとおもいますが、ここ最近スウィネンのアッガイをアイドル化しようとする動きが地球で活発なため今年の地球で開催されたモビルスーツショーは残念なことになった。
モビルスーツの生みの親は間違いなくジオニックだ。ジオニックが史上初めてモビルスーツを出した。モビルスーツの花形といえばザク系統なのに、モビルスーツショーでザク系統は年々数が減り続け代わりにアッガイが増え、今年はついに半数以上がアッガイベースのモビルスーツショーになったことを非常に残念に思う。
もちろんアッガイを萌えキャラにする流れが魂を重力で縛られた地球で活発なのは知っている。アナハイム・エレクトロニクスとしても時流に乗るのは当たり前なのは理解できる。
ジオニック至上主義者は確かにレイシストかもしれない。それでも、モビルスーツショーにアッガイはふさわしくない。確かに最初に出始めたもふもふが付いたアッガイやベアッガイは受けもよかった。でも、源流のジオニックの流れを邪魔してスウィネンの精神を推し進めてしまえば、モビルスーツショーに冬が来て人が住めなくなるのは明らか。