はてなキーワード: ティーンエイジとは
会社創ってサービスが成功して世界を席巻してGoogleみたいに・・とか。
今更気付いた。俺、コード書けない。
みんな「はじめてコードを書いたのは8歳の時だよ」とかそんなのばっか。
20歳過ぎてる俺。え?
大概が俺でも知ってるような有名大学出身で、大体が先人、最近だとマークザッカーバーグの影響かドロップアウトしてる。
みんな有名大学行ってただけあって地頭は良いわあらゆる知識に精通してるわ。
しかしなにより超ハードワーク。睡眠以外はひたすらサービス開発したり、ミーティングしたり。
みんなお金より世界をより良くしたいって本気で言ってる人ばっか。
今回よーく理解した。
もしかしたらバリバリのエンジニアぐらいになれるかもしれない。
でも、世界を変えてきた先人達みたいにはなれない。あの人達は別次元だ。
そしてその次を担うのは今回シリコンバレーで会ったような人達だ。
まだ全然知られていないスタートアップにも恐ろしいほどの人材がいる。
少なくとも俺の知っている限りシリコンバレーで出会ったような人は日本にいなかった。そういう日本人ならアメリカにはいたけど。
もちろん優秀な人は何人かいる。
でもその人達はせいぜい高校や大学からコードを書き始めたりだとかそういうレベル。
それはもちろん立派。でももっとシリコンバレーのギークみたいなのが出てこないとずーっと日本からはシリコンバレーのような土壌は生まれない。
凄い人はどんどん凄いことしていいんだよっていう雰囲気がないってのも原因なのかな。
でも、本当に自信がなくなった。
これからのネット企業のトップは技術者(もしくは少なからずエンジニアとして働ける程度の技術力を持った人)でなければいけない気がする。
そうじゃなきゃあんなシリコンバレーの天才達に勝てる気がしない。
俺はどの道を行けばいいんだ。
死ぬほど頑張って技術をつける、ファウンダーではない他のポジションで頑張る、経営力や営業力でそういった天才に立ち向かう・・。
いや、まずはシリコンバレーにいた若い人達の覚悟や努力を見習うべき。
日本の意識の高い学生(笑)は薄い人脈(笑)を作るために日々飲み会、セミナーもどきに参加したり、シリコンバレーに行って酔ってるだけ。
あっちの人はそんな派手なことせずにひたすらコーディングしてる。ラフな格好でレッドブル飲みながら毎日毎日地味な作業の繰り返し。
実際に作ってるんだ。
そりゃ差がつくわな。
EFFのこの記事をざっくり訳した。訳の正確さはまったく保証しない。素人の雑な訳です。ちゃんと読みたいひとは原文参照すること。pseudonymはとりあえず「仮名」にした。
A Case for Pseudonyms (Commentary by Jillian York)
https://www.eff.org/deeplinks/2011/07/case-pseudonyms
pseudonym (スードニム) 名詞:著者が身元を隠すために使用する架空の名前。ペンネーム
個人が生来の名前とは別の名前を使いたいと考える理由は無数にあるだろう。生命や生活への脅威への配慮もあるだろうし、政治的、経済的報復へのリスクがあるかもしれない。人種差別の防止を望んでいることもあるだろうし、生活文化圏で発音や記述のしやすい名前を使うこともあるだろう。
オンラインではさらに理由は増える。インターネットカルチャーでは、オフラインでの人格と結びついているかもしれないし結びついていないかもしれない「ハンドル」や「ユーザ名」を使うことが長い間推奨されてきた。古くからのオンライン住人のなかには20年以上使っているハンドルを持つものもいるだろう。
仮名での発言は歴史的にも重要な役割を果たしてきた。ジョージ・エリオットやマーク・トウェインの文学的偉業、ザ・フェデラリスト論文でのパブリアスの政治的主張、18世紀ロンドンでのユニウスのパブリックアドバタイザー紙への寄稿。人々は仮名の下で公の論議に大きく寄与してきたし、今日に至るまでそれは続いている。
Google+の身元確認ポリシーから、オンラインプラットフォームにおける仮名性に関する新たな議論が持ち上がってきた。Google+はユーザに「友人、家族、同僚が普段呼ぶ名前」を使うことを要求する。このポリシーは、Facebookの「本名と実情報を提供せよ」という要求と似ている。Googleのポリシーは、Google+の開始から数週間で同コミュニティーの内外両方から大きな注目を集め、ソーシャルプラットフォームがアイデンティティに制限を加えるべきかどうかという議論に火をつけている。「Skud」という名前を使っていたことによりGoogle+から追い出された元Google社員、キリリー・“Skud”・ロバートの詳細な記録によれば、すでにかなりの人数のGoogle+ユーザがこのポリシーに基づくアカウント停止を受けている。
ソーシャルプラットフォームでの「実名」支持者は多くの論点を示している。実名はユーザの行動を改善し、より文化的な環境を生み出す。実名であれば攻撃者を追求することが容易になるのでストーキングや嫌がらせを防ぐ助けになる。実名ポリシーがあることで、ユーザ監視のために当局がサービス内部に「侵入する」ことを防げる。実名によってユーザは行動に責任を持つようになる。
これらの論点にまったく意味がないわけではないが、問題を間違った方向から議論している。厳格な実名ポリシーの支持者は、実名使用を主張するポリシーに良い面が一つあることを示せばいいのではない。彼らはこれらの利点が、いくつかの非常に深刻な問題より重要であることを実証する義務がある。
例えば、数千人の人々が1月蜂起に参加するきっかけになったFacebookページ「We Are All Khaled Said」を作成した著名なエジプト人、ワエル・ゴニム氏のことを考えてみよう。ページが作成されたのはハリド・サイードが警官によって殺害されてからすぐの2010年夏だったが、ページが本当に勢いを得たのはその年の後半だった。しかしその後も抗議運動の中で存在感を得るのは難しかった可能性もある。2010年11月に管理者(今ではゴニム氏だと知られている)が仮名を使っているとの報告によってこのFacebookページは停止された。Facebookは「身元の明らかな」人物が介入することによる解決を提供することができたが、ゴニム氏はFacebookのスタッフと連絡をとって解決することができたためこの件は非常に特殊な事例となった。誰もがこのようなコネクションを持っているわけではないし、アカウント停止に抗議する方法を知らないことでどれだけ多くの人々が無視されているか知るすべもない。ゴニム氏のケースでは実名を使うことは深刻な危険を伴っていた。仮名であれば安全という保証があるわけではないが、仮名は当局による活動家の追跡を大きく困難にする。
個人が本名以外の名前の方が安全に感じられる理由は無数にある。例えばLGBTコミュニティのティーンエイジャーはオンラインでいつも嫌がらせを受けるので仮名を好むかもしれない。政府のために働く配偶者やパートナーを持つ人や生活を隠したい有名人は、オンラインでは別の名前で行動するほうが安心だと感じるかもしれない。家庭内暴力から逃れている人は加害者から発見されないために、部分的または全面的な別名の使用を望むかもしれない。非主流派の政治的見解をもつ人は仮名を使うことによって生活を危険にさらさずに済ますことを選択するかもしれない。
マッキンタイア対オハイオ選挙委員会の裁判でジョン・ポール・スティーブンス最高裁判事が提案したとおり、
「匿名性は多数派による暴虐からの盾である。よって匿名性は権利章典、また特に米国憲法修正第一項の本来の目的、不寛容な社会において個人を報復から思想を抑圧から守ること、を体現している。匿名である権利は詐欺的行為に悪用されるかもしれない。政治発言はその性質上、時として不愉快な結末を迎えるが、一般的に我々の社会は言論の自由の悪用による危険よりもその価値に重きを認める」
「本当の」名前を使うことと同様に、「本当の」名前の使用の強制も、考えを明らかにすることによる被害を恐れる人々によって対話から排除されるという、現実的な結果を招く可能性がある。実名が対話の「文化度」を上げるかもしれないことに価値を見出す人がいる一方で、それは間違いなく多様性を損なう。
ギークフェミニズムのブロガーたちは、実名ポリシーの被害にあっている人々をWikiにまとめることで、個人がなぜ本名以外の名前の使用を許されるべきなのか何百もの可能性ある理由を示している。このリストに示された多くの例が安全のために仮名を使用している危険に晒された人々を説明しているものの、他にも仮名を選択できるべき重要な理由がある。
Michael Anti氏の例を見てみよう。彼の本名はJing Zhaoで、中国人ジャーナリストだ。おそらくは何者かが生来の名前を使っていないと報告したことによって、2011年1月に彼はFacebookから追い出された。10年近くニューヨーク・タイムズ等で「Michael Anti」のペンネームを使っていたにも関わらず、Facebookは実名ポリシーの厳格な強制を主張した。
Google+でも、誤判定があるとして、アカウントの即時停止ではなく、ユーザに警告を与え名前を変更する機会を与えるように処理手順を変更すべきだと促す動きがでている。
「本当の」名前を要求するポリシーを大規模に実施するのはほぼ不可能だし、多くの例が示すように強制は著名人や敵を持つ人々に対して不当に使われることが多く、またそれはコミュニティ監視機構の結果として生み出されやすい。
GoogleであれFacebookであれ、その他の企業であれサービスに適合していると思われるポリシーを作成する権利がある。しかしこれらの企業が多様性や表現の自由を犠牲にしておきながら、「実名」ポリシーがより文化的な態度を生むと主張するのは浅はかだ。「本当の」名前を要求するポリシーへの移行はオンラインでの表現の自由を萎縮させるだろう。
まあもうどうせ何を言っても受け入れてくれないだろうけど。「どうせそのブログ主の個人的な感想でしょ?」なんつって。
でもいいわ。このログをどこかで見てくれている誰か、未来のどこかでたまたま検索で引っかかって読んでいてくれる誰かのために書く。
http://a-pure-heart.cocolog-nifty.com/log/2005/03/post_6.html
私が最近書いてきたスクールカーストについて、非常に鋭く分析されています。アメリカの話ですが、ほぼ日本の現状と同じです。あまりにも内容が濃く、まだ消化しきれていないのですが
http://blog.katei-x.net/blog/2008/01/000442.html
と
http://www.blog.net/nerds-jp.htm
の類似点。
知的水準は、他の条件、たとえば外見上の見た目とか、カリスマ性とか、運動能力といったものにくらべて、はるかに低い評価しか与えられなかった。
中高生にとっては、「一緒にいて面白いこと」「外見的魅力に優れていること」「運動能力が高いこと」が至上の価値を持ちやすいため、スクールカースト上位層は、自然とそういった者で占められることになる。
http://note.masm.jp/%B3%D8%B9%BB%B2%BD/
それが社会へ
http://mblog.excite.co.jp/user/manabisuto/entry/detail/?id=2656464
「実をいうと学校化社会とは、「家や地域社会が学校の出店になる」あるいは「学校的な機能をバックアップすることが、家や地域社会の機能だという風に自己認識する」要な状況だと僕は再定義します」(宮台真司「透明な存在の不透明な悪意」より)
そして元へ返ると
10 代の子どもたちは、かつて社会でもっと大きな役割を果たしていた。産業化が始まる前は、どんなティーンエイジャーも、何らかの形の徒弟だった。商売かもしれないし、牧場かもしれない。軍艦ということもあったろう。彼らは、勝手に自分たちの社会を作ったりはしなかった。大人社会の若い一員だったんだ。
今の大人には、これといったティーンエイジャーの使い道がない。オフィスにいたって邪魔になるだけだろう。だから、通勤の途中で学校に放り込んでいくわけだ。週末旅行に行く時に、ペット預かり所に犬をあずけていくのに近い。
実社会で大人たちが集団を作るとき、普通、それには何か共通の理由がある。リーダーは、結局、それがいちばん得意な人間になる。ほとんどの学校で問題なのは、そこに何の目的もないことだ。表向きの目的は学問ってことになっているけど、これは冗談みたいなものだ。それがいちばん得意な連中でさえ、まともには取り合っていない。でも、絶対に階層はできるはずだ。そこで、子どもたちは、無からそれを作りだす。
さしたる基準もなくランクづけするとどういうことが起こるだろう。それを表現する言いまわしがある。そういう時、ぼくらは「もはや単なる人気投票でしかない」というんだ。そして、これこそが、まさにアメリカの学校で起こっていることだ。この集団には、現実的な目的が何もない。地位の裏付けになる自然な能力の尺度がない。ランクづけは、ほんもののテストではなく、自分のランクを引き上げる能力を主体に測られる。ルイ 14 世の宮廷みたいなものだ。外部に敵はいない。だから、子どもたちはお互いを敵対視して、容赦ないゼロサム競争に突入するんだ。
前増田への返答としては
不運なことにスクールカーストの認知度は低く、「運動が出来ないくらいでいじめられるわけがない」「そんなに運動音痴が嫌なら上手くなれよ」「スクールカーストは僻みからの妄想」とリアルでもネットでも言う者がいるが、「そんなに言うならお前さん、サッカーの試合でオウンゴールしまくってみなさい」と言って、本人に身をもって体験させてあげると良い。
9割の根拠について。
目の前にあるからとしか言いようがない。ハンバーグがひき肉で出来てるという根拠を示せとファミレスでジュージュー言ってるハンバーグを目の前にして言われてるような気分だよとしか。
このカーストが低い人がうすうす気がついて担任に相談すると「そんなのはない!」と言い返す。でも、中間層以上の生徒には気づかなくとも、下の層の人間には、薄っすらとしても見えているのが分かる、あるものはあるのだ!また上層部には、断層としてではなくグループとして、並列に見える人もいる。
「好きな子」ではなくて「お気に入りの子」なのは同性だからで、
恋愛感情とかは全くなくて、ただ単に顔も性格もすごく好みのタイプだったってだけ。
背が低くて細くて色が白くて、鈴が鳴るような声(ってこういうことを言うんだ!と衝撃を受けた)で、
黒髪のショートヘアで、勉強がよくできて、誰にでも優しくて目を細くして笑う子。
小さな八重歯とそばかすがキュートで、視界に入ればそれだけで幸せになった。
あんな可愛い子、清らかな子はこの学校に一人しかいないと思っていた。
直接話してる時はなんか照れちゃって、好き避けっぽいこともした。
同性相手なのに。ちゃんと好きな人(※男)もいたのに。
そんなんだから、友達としては親しくならなかった。
私は彼女に心酔しすぎていて、気軽に付き合える気がしなかった。
私が近しかったのはむしろお互いにきついことを言い合ってバカ騒ぎができる友達で、
彼女の周りにいたのは彼女と同じように気性が穏やかな、お嬢さんタイプの子だった。
文化はまるきり違ったけど、だからこそ彼女は私の中で特別な女の子だった。
ある日、その子に彼氏ができたことを知った。
相手はなんと私が恋心を抱いていた先輩だった。
私は二重に失恋したような気分になって、ああでもお似合いかもなとも思った。
涙は出なかった。たぶん、先輩に憧れる気持ちより女の子への好意の方が強かったから。
そのうち、交換日記としてるだとか、待ち合わせして一緒に帰ってるだとか、
そんな話を間接的に聞いて、なんて爽やかな二人なんだろうと感じるようになった。
仲良くなった同級生を好きになって、先輩への恋はどうでもよくなった。
ただ、彼女を目で追うことは止めなかった。
私が泣いたのは、その一年後だった。
ある夏の日、登下校の道で彼女の後姿を見かけた。
その真っ白いブラウスの背中から黒い下着が透けているのを見て、
私は唐突に悲しくなった。いや、寂しいの方が正しいかもしれない。
少なくとも私の中の彼女は、白か水色かピンク色の下着を付けて、
それが透けないようにキャミソールかベストを着ているはずだった。
そんなのはただの願望、妄想でしかなかった。
私は一人で泣いた。
私はその時処女だったけど、性への興味はそれなりにあったし、
彼氏のいる友達もいたから、セックスが汚らわしいものだとは思っていなかった。
黒い下着を付けてるからって、経験済みだと断定することもできないのもわかってる。
ただ、私にとって彼女は聖域だった。
少女時代を象徴するような存在だった。
白いワンピースを着て花畑に立っているべき女の子だと自分勝手に思っていた。
偶像化もいいとこだ。彼女は生身の人間で、恋するティーンエイジャーだった。
それでも私はまだあの子のことを忘れられない。
二人でプリクラ撮ろうよと言われてどきまぎしたこととか、
○○ちゃんって面白いねと言われて嬉しくて舞い上がったこととか、
教室の窓から見下ろした横顔とか、小さく振ってくれたさよならの手とか。
そういうものを思い出すと、やっぱり彼女はたまらなくきれいだったと思う。
違う大学に行ったから、彼女が今どこで何をしてるかはわからない。
でも同窓会がある時は、今度こそ正面から話しかけてみたい。
私も多少は大人になった。
彼女はどんな大人になっているんだろう。
この事件に関してはずっと情報を探してたんだけど先日、ScaryBlogにてとても詳細な情報が載っていたのでここに記録する。
リンク先には画像や動画も存在するので苦手な人の為に文章だけ引用させてもらいました。
こんな凄惨な事件があったということを知っておくべきです。
??Dnepropetrovsk Maniacs(ドニプロペトロウシクの狂人達)??───────海外のメディアは恐れを込めてそう呼んだ。
2007年、ウクライナのドニプロペトロウシクにて、6月から7月にかけてのわずか一ヶ月の間に21件もの殺人事件が発生し、現地住民を恐怖のどん底に陥れた。
逮捕された3人の容疑者は当時まだ19歳の若者(ティーンエイジャー)であり、さらにはその残虐な殺人の様子を映像に収めていたとして世界中から大きな非難を浴びた。
最初の2件の殺人は2007年6月25日、深夜に決行された。一人目の犠牲者の名はキャティヤ・イリチェンコ(Katya Ilyichenko)、地元の33歳の女性だった。彼女は友人とお茶を飲んだ後、家に帰る途中襲われた。このとき犯行に加わったのはサエンコ(Sayenko)とシュプルンヤク(Suprunyuck)の2人で、四方から頭をハンマーで滅多打ちにして殺害したという。彼女の死体は明け方の 5時に母親によって発見された。
二人目の犠牲者はロマン・タタレヴィチ(Roman Tatarevich)、地元の男性だった。彼は最初の殺害現場から少し離れた場所のベンチの上で眠っているところを襲われた。彼の頭部は鈍器で原型を留めないほど破壊されていた。
犠牲者は無作為に選ばれたが、そのほとんどは酒に酔った女性や力の弱い子供、浮浪者の老人や見た目が弱々しい男性を狙ったものであり、犯行に使用された凶器の殆どはハンマーや銅製の建設資材などの鈍器であった。
又、多くの犠牲者は手足を切断されるなどの陰惨な拷問を受け、さらには目玉を刃物で抉り出された者も複数いた。犠牲者の一人には妊婦も含まれており、彼女の胎児は引き裂かれた子宮の中から無理矢理取り出された。
さらに犠牲者の一部は携帯電話などの貴重品を奪われており、それらの多くは質屋に入れられるなどして金にかえられた。
検視官の報告によると、どの犠牲者にも性的暴行は加えられていなかったという。
伝えられるところによれば、この事件の捜査に取り組んでいた捜査官は2000人にも及び、数千人とも言われる容疑者は個々に取調べを受けたという。
犯人逮捕のきっかけは運良く逃げ延びた数人の被害者からの情報、そして容疑者が売り捌いていた犠牲者の所持品の行方からだった。
殺人が何度も行われたある時期、ある地元の男性は容疑者達によって襲われたが、何とか逃げ延びることができた。彼は捜査官に犯人達の容貌と彼らの車両の特徴を伝えた。
その数日後、地元の農村から14歳の少年2人が釣りに行っているところを襲われた。2人のうち1人の少年は殺害されたが、もう1人の少年は何とか逃げ切れたために助かることができた。
生き延びた少年は殺人の容疑で拘束されたが、この殺人事件が件の連続殺人事件に関連しているとの報告により少年の疑いは晴れることになった。このとき少年が描いた犯人達のスケッチはその後の捜査に重要な手掛かりを与えることになる。
3人の容疑者は2007年7月23日についに逮捕された。彼らは複数の重大犯罪の嫌疑を受けた。
シュプルンヤク(Suprunyuck)は21件の第一級殺人(キャピタル・マーダー)、8件の武装強盗、そして1件の動物虐待の容疑で起訴された。
サエンコ(Sayenko)は18件の殺人、5件の強盗と1件の動物虐待で、ハンザ(Hanzha)は1件の殺人未遂、同じく1件の武装強盗の容疑により起訴された。
逮捕後、3人はあっさりと罪を認めた。しかし、シュプルンヤクは後に彼の自白を撤回し全ての犯行を否認した。裁判は2008年6月から始まり、シュプルンヤクは無罪を主張したが残りの2人は全ての罪を認めた。
検察側から提出された証拠物件には、犠牲者の血痕が染み付いた被告人の衣服や、犯行の様子を収めたビデオなどがあったが、弁護側はそのビデオに映り込む犯人が被告人であることを完全に否定した。
容疑者達の携帯電話、そしてパソコンの中には幾つかの殺人映像が収められたビデオが含まれていた。
その中の一つのビデオは完全な状態でインターネット上に流出し、一人の老人が樹木の生い茂った森の中で惨殺される様子が映し出されていた。
容疑者達のパソコンには他にも、犠牲者の葬式に参列して微笑む写真や、墓標に向けて中指を立てている写真などが保存されており、同じく虐殺した動物との記念写真なども大量に保管されていた。
逮捕された3人の容疑者は同じ学校に通う同級生であり、親友同士でもあった。容疑者の家族へのインタビューによると、サエンコ(Sayenko)とハンザ(Hanzha)は幼い頃から付き合いがあり、後にシュプルンヤク(Suprunyuck)が近所に引っ越してきてからというもの、3人はすぐに打ち解け合ったという。
しかしシュプルンヤクと友人になってからというもの、これまで優秀だったサエンコとハンザの成績は急激に落ち始めた。彼らを受け持った教師の一人はこう回想する。「シュプルンヤクは引っ込み思案で内気な性格の男の子だったよ。でもいつも喧嘩を仕掛けるのは彼だった。問題を引き起こすんだよ。」
7年生(中学生)になった頃からシュプルンヤクは野良猫を捕らえ殺し始めた。彼らが17歳になったとき、シュプルンヤクは地元の男子に暴行を加え、バイクを盗みサエンコに売り付けた。2人は拘束されたが、未成年のため刑務所に行くことはなかった。
逮捕当時、彼らのうち2人は失業中の身であり、1人は警備員として働いていた。地元メディアは彼らの家庭は裕福であったと挙って報じた。事実、シュプルンヤクとサエンコの父親は有名な弁護士であり、ハンザの父親は地元の検察官であった。
あの映像がなんだったのかわかった。
ScaryBlogでも取り上げられたようで、その情報によると
2007年夏、ウクライナの都市ドニプロペトロウシクにて、わずか一ヶ月の間に3人のティーンエイジャー(現在は20歳)によって21人もの人々が殺害されるという事件が発生した。
犠牲者の中には老人や女性は勿論のこと、数人の子供達も含まれており、殺害の方法は一貫して鉄パイプやハンマーなどの鈍器による撲殺だったという。また、青年達は一部の犯行を行う際、その凄惨な場面を携帯電話で撮影していたそうだ。
彼らは皆、裕福な家庭で生まれ育っており、いずれの犯行も面白半分で行ったことを認めているという。2000年3月よりウクライナでは死刑制度が廃止されているため、この3人は現在も刑務所に服役中である。
酷すぎる内容だ。
人間の所業とは思えない。
事実や数字を覚えることは記憶の無駄使いだと主要なコメンテイターは言った。
ベストセラーWikinomicsの著者であり、ネット世代の擁護者であるDon Tapscotによると、グーグルやwikipedia、他のオンラインライブラリの存在は、学校におけるふるめかしい暗記が役立つ場所を無くしてしまった。よりよいアプローチは、子供達に、オンラインで入手可能な知識を処理し応用するようなクリエイティビティについて考えさせることだ。
Tapscottは言う「知識の泉は教師ではなくインターネットになった。子供は歴史を学ぶのは、現在の世界や物事が何故こうなっているのかを理解するためであるべきだ。それには全ての日付を知る必要は無い。ヘースティングスの戦いについて知るのに、それが1066年にあったことを覚える必要はない。グーグルで簡単に、それがいつだったのか調べられるし歴史の中に位置付けることができる」
Tapscottは自らのアプローチが反・教育であることを否定する。新しい事を知るのは以前よりも重要になっているのだと。「光速で新たな情報を処理する必要のある世界では、子供達はかつての何倍もの基盤となる知識を創造しなければならない。だからこそ、事実や数字を覚えるのは時間の無駄なのだ」
Tapscottはネット世代”という用語の言い出しっぺであり、それは彼の1998年のベストセラー「Growing Up Digital」で初出した。 Tapscottの観測は、彼の最新の書であるGrown Up Digitalの中の、1978 年から1994年の間に生まれた12の国の8000人の研究に基づいている。彼の観察はイギリス(British)の教室における伝統的な教育を削減し学習の個人化の傾向と一致している。
学校はますます個別学習や、いわゆる「濃縮活動」へとむかっており、生徒は自分のペースで学習し、最も興味のある事に集中するようになっている。
例えばBerkshireのAt Wellington Collegeではティーンエイジャーは教室の前から教えられるのではなく、大きなテーブルの周りに座ってセミナーのスタイルで議論をする。
Tapscottは、今日普及している教育のモデルは工業の時代にあわせて設計されたものだと信じている。このような方法は、大量生産経済に向いていたのだろう。デジタル経済におけるチャレンジやネット世代の脳には向いていない。
彼は、若い人々の頭脳は、両親たちと違った風に働いていることを示唆する。デジタルの浸透(そこでは子供達がネットサーフしながらメッセージを送ったりMP3プレイヤーで音楽を聞いている)は、クリティカルシンキングの技能を発達させるのに役立だてると論じた。
彼の視点は誰にでも受けいれらそうなものではない。……(他の人の意見なので省略)
もっと知識を増やさなきゃって言ってるのに「うらやましい」と言ちゃうのはなぁ。