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はてなキーワード: 改革とは

2017-05-25

なぜこの世が弱肉強食である理解しないのか

概ねどの記事でもそうだが、「この世は弱肉強食である」とか書くと「適応云々~」だの「人間社会はああだこうだ~」というマウンティングをよく見かける(本人はこれで論破した気になってるのでマウンティングということにしておく)

しかし、現今社会アベ政治であろうがミンス政治であろうが、そこにあるのは強きものが弱きもの搾取して成立する社会であり、これを弱肉強食と言わないでなんと呼べばよいのか、低偏差値の私にはわからぬ。

そもそもの話、所得層のピラミッドを建てれば少なき富裕層が多き貧困層から回収するシステム経済システムは出来上がっており、これ自身が既に格差社会弱肉強食を産まんとする力学が働くだろう。

そうでないとして、これを上流から下流へ流さんとする力は明らかに弱い。なぜか。

貯蓄するからである

企業内部留保はよく批判されるが、これは言ってしまえば企業貯金である

これを切り崩すなり他からなんとかするとして個人に分配するとしよう。個人は消費するだろうか?

消費せず、貯蓄するのは想像に難くない。

結局、法人個人という枠で、どっちが貯金するんですか、というのが今の働き方改革含めての日本社会問題なのだ

まり総量は変わらず、バランス問題であるという。

では新たな問題だが、バランスのよい(良さは解釈によるが)社会弱肉強食は成立し得ないのか。

これは世界的な食糧問題とも直結するが、総量の少ない中でバランスを求めてもそこにあるのは全貧困という絶望だけである

倹しい暮らしなどと綺麗事はいくらでも吐けよう。しかし我々は、我々自身が、資本主義の門弟であり、快楽主義権化であり、自由主義体現である

これを否定して誰が満足しようか。しない。

満足を求めて、争う未来が待っている。

総量を増やさぬ未来平等な、あるいはそれに近しい幸福などありえない。

では総量を増やすにはどうすればよいのか?

一人あたりの総量を増やすために、必要な数を減らすのである

分子は増やして、分母は減らすのである

コレを否定するならば、たとえば一極に富を集めるなどして集積することで、見かけ上の平等を実現するのが適当であろう。

もちろんこれでは地球規模の平等たり得ぬ。あるのは一極を超えた格差であり、弱肉強食である

これを戦後実現せしめた国が存在する。

その国には、衰えを受け入れられぬ民が豊かさを求め、自らが争いの担い手になることを怯えながら暮らしている。

http://anond.hatelabo.jp/20170525000601

単に改革の痛みを分かち合いたくないか現状維持で苦しめってだけじゃないか

冤罪を恐れる男には女性にも鉄道会社にも警察にも要求しないような全てを一撃で解決できるパーフェクトアイデアを出すことを求めて出せなきゃ黙ってろって話だろ?

2017-05-23

伝統を捨てるのは別に構わないけど

今のお偉いさんの都合で次のルールを決められるくらいなら伝統墨守の方がまだマシなんだよ

今の権力をぶっ壊すのであれば改革に賛成してもいい

言っておくけど小池みたいななんちゃってはもうたくさんだから

2017-05-22

国連へのロビイングって、加計問題とはやっぱり違うの?

国連日本の現状はこれこれこうです、だから改善のために何かアクションをしてください、とお願いして、

国連日本勧告を出す。

これって国連ロビイストに対する忖度にはならないの?

我が県の経済状況はこれこれこうです、だから改革のために何かアクションをしてください、とお願いして、

政治家経済特区を設定する。

これってお願いした人の正当な政治的要求にはならないの?

働き方改革

長時間労働が悪いというような風潮だけど

気が済むまで仕事したいと思う人もいる。

強制されるのは違うけど、自分で選ぶのは別にいいじゃん。

柔軟な働き方には、政府が口出しする事じゃない。

だって普通会社員ことなんてしらないじゃん。

普通会社員って一言で言ったって

いろんな人がいていろんな会社がある。

それこそ一言はいえないのに

画一的規制することに何の意味があるのか。

頭いい人たち、その位わかってそうなのにと思う。

働き方改革格差を作るのは本当だと思う

額面月給30万円・仕事が遅いため残業帳尻を合わせるしかない人材を雇うとする。

所定労働時間は月160時間として時給にすると1875円。

定時が8時から17時として、22時まで5時間残業20日間やると月100時間

過労死ライン超えてるし残業代(25%割増)だけで23.5万円。給与は53.5万円になる。

割高だし労基署からは突っ込まれる。居て欲しくない人材だ。

だったら額面月給60万円で募集かけて良質な人材を確保して、

時給3750円で定時に仕事を終わらせてもらった方が会社としては良いのでは。

労働集約的なビジネスでは倍の月給の人間が倍のパフォーマンスを出すのは難しいが、

デスクワーク頭脳労働では従業員個体差によるパフォーマンスの差が3倍4倍はザラ。

働き方改革でまずいのは、時給換算すると非正規レベル金額になる仕事の遅い労働者が、

残業して会社ブランド毀損しうる存在として行き場が無くなることだと思う。

そして定時内に仕事を終わらせることができる人材給与が高騰するのでは。

需要が上がる割に供給が少ないから。

それに少数精鋭になったほうが管理コストが下がる。

働き方を改革して一人ひとりに手厚い労働環境を整えるなら優秀な人間に絞って採用し、人数を減らす以外なくなる。

2017-05-20

PTA改革されにくい理由

PTA役員は早くなるほど下っ端になり楽だ

後になるほど責任は重くなり仕事は増える

特に最高学年のPTA地獄の忙しさだ

楽をしたくて要領のいい人は下っ端になり、忙しくても構わなかったり要領の悪い人がリーダーになるシステム

ついでに決定権を校長が握ってる所も多いので変えたくても変えられない事も多い

2017-05-19

朴 泳孝(ぼく えいこう、박영효(パク ヨンヒョ)、1861年7月19日 - 1939年9月20日)は、李氏朝鮮末期から大韓帝国期の政治家で、日本統治時代朝鮮における貴族実業家日本名山崎 永春。

目次 [非表示]

1 生涯

2 家族

3 その他

4 登場するテレビドラマ

5 脚注

6 出典

7 関連文献

生涯[編集]

判書大監朴元陽の子として京畿道水原生まれる。金玉均らと共に開化党(独立党)を結党した。光緒5年(1879年)、金玉均らと共に李東仁を日本に密出国させ、日本の情勢を探らせた。福澤諭吉支援を受け、光緒8年(1882年)、壬午政変(壬午軍乱)の謝罪のために派遣された謝罪使(副使は金晩植と金玉均であった[1])として日本に向かう船上で、現在大韓民国国旗である太極旗デザインを考案したとされる。朴泳孝が日本派遣された4ヶ月間のことを記した日記『使和記略』によると、8月9日仁川から日本船籍明治丸に乗り日本へと向かった朴泳孝らは、船内でイギリス領事アストンイギリス人船長ジェームスにそれまで国旗として提案されていた八卦太極文様を描いた古太極図を見せて国旗について相談したところ、船長八卦が複雑で区別しにくく他国がこれを見て作るのに不便であると述べたため、四卦を削り、残りの四卦を45°傾けて四隅に配した図案が提案され、大・中・小3本の太極旗が作られたという。8月14日神戸に到着した一行は宿泊した西村屋にはじめて太極旗を掲げ、8月22日太極旗小本とともに国旗制定を本国に報告したという。

帰国後は漢城判尹となり、開化政策を進めるが守旧派事大党)の反対に遭って挫折さらに光緒10年(1884年)12月にはクーデター閔妃から政権奪還を図ったが失敗(甲申政変)、日本郵船の「千歳丸」で日本亡命慶應義塾に隣接していた福沢邸に寄食し、転じて神戸に居を構えた。

光緒20年(1894年)に甲午改革が始まると、帰国して内務大臣となり、改革の中心的な役割を果たすが、開国504年(1895年)に謀反の疑いをかけられ、再び日本亡命した。その後光武11年(1907年)に再度韓国に戻り、李完用内閣宮内大臣となったが、大臣暗殺陰謀の疑いで済州島流刑処分とされた。

隆熙4年(1910年)の韓国併合後には侯爵朝鮮貴族)となり、朝鮮貴族会長1911年)、朝鮮銀行理事1918年)、朝鮮経済会長1919年)、朝鮮維民会会長1919年)、東亜日報社初代社長1920年)、朝鮮人産業大会会長1921年)、朝鮮倶楽部の発起人(1921年11月)、京城紡績社初代社長朝鮮殖産銀行理事朝鮮総督府中枢院顧問1921年)[2]、東光会朝鮮支部初代会長1922年)、貴族院議員1932年)など、日本統治下の朝鮮における要職歴任した。昭和10年(1935年)、 朝鮮総督府編纂した"朝鮮功労者名鑑"に朝鮮人功労者353人のうちの一人に収録されている。

朝鮮朝鮮王朝(李朝)の高宗31(1894)年に起こった反侵略,反封建の農民戦争東学党の乱ともいう。高宗1年,東学1世教主崔済愚が,邪教を広めたとして処刑された。第2世教主崔時亨は東学公認を求め,同 29年以降「教祖伸寃」の請願教徒大衆行動でしばしば行なった。しかし「教祖伸寃」という宗教的訴えは,かえって狡猾な地方官に農民収奪の口実を与えることになった。そこで農民たちの運動は貪官汚吏の処分など政治的要求へと変わっていった。反乱は同 312月全羅道古阜郡の民乱を契機にして始まり,一応の成果を得て解散した。その後政府派遣の按覈使(あんかくし)の不法弾圧激怒した全琫準は,全羅各地に呼びかけ,5月古阜,泰仁で本格的な闘争に立ち上がった。全羅各地で蜂起した農民軍は白山に集結,大多数が農民東学徒は少なく,指導者東学接主であった。全琫準ら指導者は,農民軍を軍隊式に編成,四大綱領を発表し,反封建,反侵略を訴えて広範な農民層の支持を得た。農民軍は黄土峴,長城で政府軍撃破し全州を占領した。閔氏政権はこれに驚き清国出兵要請する一方,農民軍の弊政改革案を受け入れた。全州和約後,農民軍の大半は解散したが,全羅道 53郡に農民軍の自治機関である執綱所が設置され,実質上の政権機関として機能した。日清戦争が起こるとまもなく,全琫準ら農民軍は再起したが,日本軍政府軍の圧倒的な軍事力の前に敗北した。

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デジタル大辞泉解説

うご‐のうみんせんそう〔カフゴノウミンセンサウ〕【甲午農民戦争

1894年朝鮮李朝末に起こった東学信徒を中心とした農民の反乱。鎮圧のため李朝政府清国派兵要請日本出兵して乱は鎮圧されたが、日清戦争を誘発する結果を招いた。東学党(とうがくとう)の乱。

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百科事典マイペディア解説

甲午農民戦争【こうごのうみんせんそう】

李朝末期の1894年(甲午の年)に朝鮮南部で起こった農民反乱。圧政に苦しむ農民の間に広まった民衆宗教東学〉は1890年代には活動公然化させるが,全羅道古阜で全【ほう】準(ぜんほうじゅん)に率いられた農民たちが同年2月郡庁を襲撃し,5月以降全羅道一帯に及ぶ蜂起に発展,閔(びん)氏政権の打倒と日本人駆逐をかかげて各地を転戦した。

→関連項目大院君|李朝朝鮮

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世界大百科事典 第2版の解説

うごのうみんせんそう【甲午農民戦争

1894年(甲午の年)に朝鮮南部でおこった農民反乱。李朝末期の朝鮮では封建的収奪に反対する民乱が続発し,とりわけ南部地方開港後の外来資本主義との接触によって矛盾が激化していた。圧政に苦しむ農民の間に広まった東学は,1890年代に入ると活動公然化するようになった。こうした情勢のもとで,94年2月全羅道古阜の農民は,規定外の税をとるなど暴政を行った郡守趙秉甲(ちようへいこう)に抗議し,全琫準を指導者として郡庁を襲撃した。

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大辞林 第三版の解説

うごのうみんせんそう【甲午農民戦争

朝鮮1894年(甲午の年)東学信徒が主導した農民戦争地方官の悪政に反対した全羅道農民が蜂起したのに始まる。朝鮮王政府鎮圧のため清しんに出兵を求め、清に対抗して日本出兵日清戦争の契機となった。東学党の乱。 → 東学

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

甲午農民戦争

うごのうみんせんそう

1894年(甲午の年)に起こった朝鮮の歴史もっとも大規模な農民蜂起(ほうき)。この戦争きっかけとして、中国、清(しん)の勢力排除朝鮮支配することをねらっていた日本政府は、公使館警護と在留邦人保護名目大軍を繰り出し、日清戦争引き起こした。

 当時、朝鮮民衆は、朝鮮政府財政危機を取り繕うための重税政策官僚たちの間での賄賂(わいろ)と不正収奪の横行、日本人の米の買占めによる米価騰貴などに苦しんでいた。それにまた、1890年代の初めには干魃(かんばつ)が続いて未曽有(みぞう)の飢饉(ききん)に悩まされていた。これに耐えかねた農民たちが、日本への米の流出の防止、腐敗した官吏罷免租税減免要求して立ち上がったのがこの戦争の始まりである指導者には、急速に教勢を拡大していた民衆宗教である東学教団の幹部であった全準(ぜんほうじゅん)や金開南らが選ばれた。そのため東学党の乱とよばれたこともあった。5月初め、全羅道古阜(こふ)郡で結成された農民軍は、全羅道配備されていた地方軍や中央から派遣された政府軍を各地で破り、5月末には道都全州を占領した。農民軍の入京を恐れた朝鮮政府清国に援軍を出してほしいと要請した。ところが、ここで予期しないことが起きた。清軍の到着と同時に日本軍が大挙して朝鮮侵入してきたのである朝鮮政府は急遽(きゅうきょ)方針を変更して農民軍と講和交渉を行い、農民たちの要求をほぼ全面的に受け入れることで停戦した(全州和約、6月10日)。

 全羅道の各郡には執綱(しっこう)所という機関が設けられ、農民たちの手による改革が始まった。農民戦争はこれで終わったかみえた。ところが、朝鮮上陸した日清両軍は、朝鮮政府のたび重なる要請にもかかわらず撤退しようとしなかった。それどころか、日本政府朝鮮の内政改革を求め、朝鮮政府にこれが拒否されるや、1894年7月23日王宮占領し、親日政府組織させた。

 清国がこうした日本の行動を批判したのを好機として始められたのが日清戦争である日本政府日清戦争と併行して朝鮮植民地化する政策を推し進めた。この日本勢力を追い出すため、朝鮮農民たちは10月かばになって再決起した。全準たちは東学組織を使って各地の蜂起を統一したものにしようとした。このとき立ち上がった農民20万人を超えたといわれる。日本軍朝鮮政府軍相手にして農民軍はよく闘った。しかし、日本軍の圧倒的な火力の前になすすべはなかった。翌年1月農民軍は壊滅し、全準は3月末、ソウル処刑された。[馬渕貞利]

[参照項目] | 日清戦争

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世界大百科事典内の甲午農民戦争言及

【崔時亨】より

92から翌年にかけて東学合法化をめざす教祖伸冤運動を展開。94年の甲午農民戦争では,東学本来非暴力的な教化主義立場から武力蜂起に消極的で,全琫準らの主戦論対立したが,のちに農民軍への合流を教徒に指示した。農民軍の敗北後,98年に江原道原州で逮捕され,ソウル処刑された。…

朝鮮】より

しかし,金玉均ら開化派が政権奪取をめざした甲申政変(1884)は内外の困難を克服しえずに挫折を強いられた。一方,民衆の反封建・反侵略変革運動は,壬午の軍人反乱(壬午軍乱,1882)を先駆として,甲午農民戦争(1894)に大きく花開いていく。甲午農民戦争こそ朝鮮社会近代への移行の決定的転換点となる可能性をはらんでいたのだが,日本侵略意図に立つ軍事力行使がこの可能性を破壊してしまったのである。…

日清戦争】より

… 朝鮮では王妃一族閔(びん)氏を中心とする親清派と国王の生父大院君派および金玉均独立派(開化派)が抗争しており,政治は乱れ,官吏不正日本商人の買占めで民衆の不満は高まっていた。1894年春,民間宗教東学を奉ずる農民分散した民衆の不満を結びつけ,朝鮮南部を中心に汚職官吏の掃滅と外国人排除を求める大規模な反乱を起こし,5月には各地で官軍が敗北するという重大な事態となった(甲午農民戦争)。朝鮮政府日本亡命中の金玉均らが農民反乱に呼応することをおそれ,上海に誘い出して暗殺した。…

※「甲午農民戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています

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2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

2017-05-16

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

追記(2017年5月20日)

はてなブックマークの数が伸びまくって、これほど反響があったことに驚きました。

補足解説を書きましたので、詳しいことはそちらをお読みください。↓

http://anond.hatelabo.jp/20170518235031

ほんとに歯がゆくてムカつくのは、良識ぶったリベラルの奴らだわ。

  

女性ハイヒール強制するのがダメなのであって、ハイヒール自体に罪はない」

「本人が好きでハイヒールを履くのと、社会からそれを強制されるのは違う」

とかなんとか……。

  

お前ら、いい加減にしろよ!

そんな生ぬるいことを言っていたら、マナーなんて変わらんっつーの。

法律ハイヒールを厳しく規制して、公共の場所で全面禁止にするぐらいの対策をとるべきだ。

  

  

  

ちなみに、筆者は男である

男だからこそ、「ハイヒール全面禁止しろ」と言える。

  

一方で大半の女は、「ハイヒール強制は嫌だ。でもハイヒールを履く自由がほしい。だって美しくなりたいもん」という矛盾まみれの思考をしている。

化粧についても同じこと。

強制されたくはないが、それをやりたくてたまらない」というのが女に特有思考なのだ

  

これが男がスーツ強制されているのと根本的に違う点だ。

女はファッション流行にまどわされやすく、オシャレにうつつを抜かす馬鹿なのである。だから自分から好んでハイヒールと化粧を選ぶし、結局それを手放せなくなって不平不満を言い出す。

  

女の願望とは、「自分自身のために美しくなりたい」というものであるらしく、その主体性尊重するのがリベラルだったりフェミニズムだったりする。

だが、私はそれを尊重してはいけないと思う。それは政治的に正しくない願望だ。

化粧もハイヒールも、女性を縛り付ける旧態依然とした差別である。そのようなファッションをすることは、本人の意思がどうあれ、女性差別正当化するというメッセージを持つ。

よくあることだが、これは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定してしまう、という現象である

女性本人の自由意思にもとづくならば、彼女女性差別を喜んで享受する自由があるのだろうか? これは難しい問題だが、我々はこういう類の「差別を受ける自由」を無邪気に擁護してはならない。

  

なので、どうしてもハイヒール・化粧をやりたい女性は、プライベート時間にそれを楽しめばよいと思う。

もちろん会社官庁ではポリコレ配慮して、差別的ファッションであるハイヒールと化粧を全面禁止にするべきだ。

そしてついでに、できればいっそのこと、女性たちは男と同じ程度の短髪にしてもらいたい。

女の特徴であるところの、あのチャラチャラした、あのナヨナヨした格好を改めるべきだ。女にああいう格好をさせる文化風習こそが女性差別であると思う。

まずは外見から男と同等にならねばならない。むさ苦しい姿になることで、威圧感が増してナメられなくなるし、はじめて男女平等を達成できる。

  

オシャレの放棄、これはおそらく当事者である女たちが最も嫌がることだろう。

しかし、政府の主導で、上から強権的に改革するべきなのである

  

(※現実感のない話ですが、筆者はわりとマジメに主張しています。)

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

もし本当に痴漢冤罪が少なかったら政府側は痴漢冤罪被害者に十分補償できるし痴漢冤罪割合しか賠償金支払わんでいいんだから実質コストを限りなくゼロに近くして痴漢自体厳罰化でき犯罪リスクは上がる

痴漢冤罪が多ければコストが高くなるから警察検察の腐敗を一掃してできる限り冤罪を減らそうとする

いいことづくめじゃん

まあ警察自主的改革なんざやるわけないか痴漢件数を減らすって対処法になりそうだけども

2017-05-15

いからその恐怖と利益誘導をさっさと実施しろ

東大に入るにはオーナーによる厳しい審査があるが、はいれれば幸福約束

されているという方向で利益誘導、落ちれば一生地獄と言う恐怖を植え付ければ

生徒は自分からオーナー意向に合わせるように自己改革を起こし、

教師が頑張らなくても自分から勉強する。

いまそのシステムがねーから生徒が自分から変わっていかねえだろうが。

早くシステム固定しろカス

2017-05-12

働き方改革で案としてさあ

なんで週の労働時間原則として35時間とする。がでないんだろ。

と5時あがりをしながらおもった

痴漢線路から逃亡するのは最適解

冤罪にせよ、本当に痴漢したにせよ、女性に「触りましたよね?」と言われて駅に降ろされた場合、スキを見て線路から逃げるのは最適解である

理由は2つ。

1:線路からの逃亡は、追いかけられにくいし安全

駅構内を走って逃亡する場合、周囲の男性客や駅員に捕獲されるリスクが大きい。

また東京近辺の場合駅構内は非常に混雑しており、逃げようにも上手く逃げられないだろう。

さらに走って他人にぶつかって怪我をさせれば、取り返しのつかない事になる。

階段でぶつかって人を殺めてしまえば、最悪、傷害致死罪に問われるだろう。

一方、線路からの逃亡なら、逃亡成功率は飛躍的にアップする。

駅員は職業上、線路に立ち入ることは出来ない。

自身が遅延の原因になってしまうし、たとえ正義から行った行動であっても上層部から絞られることは間違いない。

駅員というのは保守的である日勤教育というものがあるように、規則絶対

日本的組織なので、がんじがらめだ。

規則を破ってまで個人的正義を貫けるほど自由ではない。

よって駅員はおってこない。それよりも安全確保を優先する(そうすれば、自分会社から責められないから)

一般人もまた、線路に立ち入ってまで痴漢を追いかけるリスクは小さい。

線路上に立ち入れば、電車にひかれるかもしれない…という恐怖は誰だって持っている。

実際には、緊急停止ボタンが押され、上記の通り駅員が全力で安全を確保するため電車に衝突するリスクは低い。

しかし、線路立ち入りは、例え道義的理由があっても法律違反になり、警察に拘束されることは間違いない(厳重注意処分で終わるだろうが、その日は会社はいけなくなる)

死のリスクと、警察に拘束されるリスクを考えれば、いくら正義感の強い一般男性でも、なかなか追跡するのは心理的に難しいだろう。

駅で痴漢を拘束するくらいなら、やってもいいが、そこまではしたくない…というのが現実である。もし、上記のリスクを背負ってまで痴漢を追いかける男性がいたら、それは痴漢された女性に下心を持っていて痴漢を捕まえたあと、女性の連絡先を聞いてストーカーをする…といった事が予想され、むしろ痴漢より危ない。

時間に余裕があり、かつ失うものも少ない無職であれば問題なく追跡出来るが、無職ラッシュ時には寝ている。よって一般男性による追跡の可能性は低い。

くわえて言えば、集団心理もまた、追跡をやめる要因になる。

線路というオープンで皆が注目する場所容疑者が移動することで

「誰かが捕まえるだろ」

という心理が働く。

その際、駅員にやじを飛ばす人がいれば、さら当事者意識は薄れ、追いかけるよりも皆Twitterで実況し始めるだろう。

要するに、

「駅員なんとかしろよおい!もうモノ売るってレベルじゃねえぞ!」

といった心理である

そして興味関心は痴漢よりも『遅延』にいってしまうため、今度は駅員に怒りの矛先が向くという理不尽ジャパニーズカルチャーが起こるのを見て失笑を禁じ得ない。

2:警察に捕まりにくい

線路から逃亡すれば、鉄道会社の損失は明らかであり、冤罪であっても法律違反は目を見るより明らかだ。

しかし、痴漢という犯罪は明確な証拠スマホムービーなど)がない限り逮捕は難しい。

逮捕できても、相手弁護士を立ててくれば、証拠を出せあーだこーだと言われて立件が非常にめんどくさくなる。

よって、本音を言えば警察痴漢とき現行犯以外で捕まえたくないのである

日本には推定無罪という原則が有るため、現行犯を除いて、被害者供述のみによる立件は非常にめんどくさい。

もしそれが冤罪示談目的でっち上げだった場合警察のやる気がグッと低くなるのはペプシコカ・コーラに一生勝てない事より明らかである

実際、あまり知られていないが示談目的での痴漢でっち上げは非常に多い。でっち上げ詐欺恐喝に当たるが、勘違いだったと言われればそれまで。これもまた証明が難しい犯罪だ。

線路立ち入りが重大な法律違反であれば警察もやる気を出すが、現状、線路立ち入りはそこまで重罪ではない。子供がお遊びで線路に入って刑務所行きになったらスタンド・バイ・ミー永遠黒歴史になってしまう。

線路立ち入りは鉄道会社からの莫大な請求が~」

というのは事実だが、現実問題、莫大な請求をされても一般人が払えるとは限らず、痴漢で捕まって社会的地位を失うことと天秤にかければ逃げたほうがマシである

鉄道会社線路内に防犯カメラをつけて、スイカID個人情報を結びつけるなどの独自捜査網を作り特定を容易にすれば別だが、ラッシュすら解決できない鉄道会社にそんなリテラシーが無い。そんな事に金をかけるくらいなら飛び込み自殺を防ぐゲート設置を優先するだろう。あと鉄道会社は男社会なので「痴漢で騒ぐな、ガッハッハ」と笑ってそう(これは私の個人的恨みによる発言なので忘れて欲しい)

以上の理由から痴漢による線路立ち入り逃亡ルートは最適解としてファイナルアンサーとする。

痴漢には役人公務員も多く、社会的地位を失いたくない男性が多い。人間合理的な生き物なので、社会的地位ワンチャン逃亡の可能性を天秤にかければ、やはり痴漢から線路立ち入り逃亡は最強と言わざるをえない。

この解答が世に知れ渡れば、警察鉄道会社どちらかが重い腰を上げるだろう。

この問題によって根本問題である都内通勤ラッシュが緩和されることこそ、日本的イノベーションではないか小池都知事改革に期待したい。

2017-05-11

学校労働法の授業を!

厚労省労働基準関係法令違反に係る公表事案ってのを出した

http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/dl/170510-01.pdf

いろいろな意見があるが、経営者労働者も、労働法をある程度理解していなきゃいけないと感じた。

そこで提案

その昔、左翼的教員平和教育だとか労働運動教育だとかを一生懸命やっていた印象があるが、労働法一般論を生徒に教えたらどうか。

将来労働者になる一般的な生徒だけでなく、将来経営者になるかも知れない生徒にも有益だろう。

教員が教えられなければ労基署から講師を招いて教えればいい。

働き方改革の一環として若い世代意識改革としてやれば厚労省労働基準監督署も動きやすいのでは?

労基署厚労省エロい人見てる?

http://anond.hatelabo.jp/20170511141323

こんな奴がそこそこの役職に居る会社も凄いが

次第じゃないか

業務なら、プロジェクトチーム組んで会議する必要あるだろうし、その後輩の言う残業になるよ

業務じゃないなら、9割あんたが考えて、部下にはその案をプレゼンして意見を聞くくらいかな。

そのプレゼン意見を考えるのが帰宅後の作業残業になるか?言われたら「良いけど、その間、他の雑念考えるな」言えばいいし、会社で何もせず考えます残業しようとするなら「じゃあ、お前の意見はいいや」で良いよ。

まぁ、そんな考え込まなくて済むくらいあんたが考えれば良いけど。

でも、部下の感じだと、あん仕事できない部下だな。出来る奴は実務に影響ない程度に協力するし、その調整も自分で出来る。逆にそんな余裕も無いほど現場困窮しているなら、あんたはまず経営陣に急場しのぎの改革要請すべき。それが駄目な会社なら、案考えても採用されないから考えるの止めろ

2017-05-10

働き方改革犠牲になってしま

うちの会社では四月から残業時間が30時間までになった。

どこの会社でもそうだろうけど仕事の量は変わらない。効率を良くして残業を減らせという経営陣の考えだ。そこまではわかる。しかし減らしたら新しい取り組みの時間が作れるよね、という注文が付いてきている。

じゃあ結局また時間外が増えて一緒じゃないか!欲張りにも程がある。

持ってる業務を4倍速で仕上げる方法を考えて新しい取り組みをしようと施策を練ってる。

実現したら効率よく仕事した分の対価くれよな。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505231512

教育だけのことを考えたらそうかもしれないが、働き方改革という言葉にあるように

業務標準化国公立大学を核にして行い雇用の流動化を進めることも大事だと思うのね

就職先を大学2年に上がるまでに決めてしまい、社員教育大学のうちにやってしまう。

これまでの大学教育もやるキツイ学生生活になる代わりに

学費安くしていつでも入学できるようにする、大学に入ってから遊ぶという考えが消滅するけれども

気の済むまで遊んでから入れというのが筋であって

大学役割がこれまでとは比較にならないくらい重大になるから国公立大学予算は増えざるを得ない

2017-05-04

野党を甘やかしてはいけない理由

誰がいつ野党になるかわからいからだよ!

自民に反対してるから既存勢力ケンカ売ってるから、そんな理由だけで安易に支持される

確かに権力の中心からは外れてるかもしれないけど、それはそれで結構おいしいポジション

当の自民すら、小泉時代には敵に「抵抗勢力」なんてレッテル貼って、その位置を奪ったんだぞ

だいたい日本人って一億総無責任から

自分が変わるのは嫌なのに、他人改革押し付けるのは大好きで、それを煽る奴を持てはやす

今の野党はそこを占めてるはずなのにこの体たらくという無能からどうでもいい

問題は、例えば自民の内部争いで負けた奴が出てきて、このポジションに居座ることだ

元々それなりに実力のある奴にフリーハンドを与えかねない

からこそ、今反体制を売りにしてる奴らにも、きっちり責任を求めなければならない

そこで甘やかすから小池みたいなのがのさばるんだ

2017-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20170501175401

わが国では、1950年代初期まで、メイド・イン・ジャパンは安かろう・悪かろうという粗悪品の代名詞であり、製品品質向上が多くの企業にとって課題でした。

そこで日本科学技術連盟(日科技連)は、1950年アメリカよりデミング博士(W.E.Deming)を招聘し、管理図や抜取検査などの統計的手法についてセミナー講義いただきました。

1954年には、ジュラン博士(J.M.Juran)を招聘し、経営者管理者対象セミナーを開催しました。このセミナーにおいてジュラン博士は、製造検査範囲に限られていたSQCの考え方を拡大し、経営の道具として位置づけました。これは、日本産業界に多大な影響を与えました。

https://www.juse.or.jp/statistical/history/

GHQは,進駐と同時に人命尊重立場から公衆衛生医療面に対して特に深い関心を示し,終戦翌月の1945(昭和20)年9月には早くも政府に対し「公衆衛生に関する覚書」を発し,保健医機構の抜本的な改革を命じている。

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1996dir/n2217dir/n2217_05.htm

戦後日本最初労働法である1945年労働組合法により、労働争議監督し、労使両者を確実に法律に従わせることを目的とした中央労働委員会設立されました。

http://www.crosscurrents.hawaii.edu/content.aspx?lang=jap&site=japan&theme=work&subtheme=UNION&unit=JWORK091


日本戦前に戻すというのは知能障害を起こすのと同じ

兼務」の総合商社

昔は課長以上にしか発令されない印象だった兼務

それが、平社員にすら平然と兼務発令が飛んでいる。

俺の上司係長兼務が2つ付いてる。

その上の課長には兼務が3つ付いてる。

さらにその上の部長には兼務が4つ付いてる。

周りを見ても、兼務付きの平社員がちらほらいて、係長課長ほとんど兼務付き、部長クラスでは兼務ついてない人はいないんじゃないかレベル

そんな俺にも、こんな時期に兼務発令が飛んできた。

近々、兼務先の上司業務に関する打ち合わせをする予定だけど、何をどのくらい期待されてるんだろう。

会社曰く、仕事とは時間ではなく成果らしい。

兼務がついたからと、それぞれで50%ずつの成果を出すのでは許されないらしい。

わが社でも残業規制が叫ばれ、少ない時間で最大成果を求められる。

働き方改革とは、複数業務を1人につけることで、時間当たりの仕事の濃度を増やすことなのだろうか。

2017-04-30

法改正をしてでもGWを9連休にして欲しい

5月1日、2日は出勤だ。3日以降は5連休だけど、やっぱり9連休が羨ましい。

『働き方改革』の影響か、会社は「業務が調整できるなら休んでも良い」なんて言うけど、

ただでさえ人手不足毎日残業な上に、月初だから仕事も多くて業務調整は難しいし、

もし自分業務が調整できても、同僚はみんな休みを取らないか休みにくい。

4月29日昭和の日」の趣旨は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和時代を顧み、国の将来に思いをいたす」らしいけど、

ゴールデンウィークに休めないんじゃ、日本未来は暗いよね。

強制的大型連休が生まれれば経済にとっても良い影響が出ると思うからアベノミクス第四の矢として打ち出して欲しいな。

PTAへようこそ

日本各地には非効率を良しとする悪の組織PTAが存在する。

4月初め、かわいい我が子と幼稚園の門をくぐったならそのまま「保護者の方はこちらへ」と

小さくてかわいい椅子を円く並べた教室誘導されるだろう。

そして、前会長PTAとして幼稚園と関わる素晴らしさを一通り語ると、

この役とこの役と…これを決めてください!と教室の扉の前には前年度委員が仁王立ちし、

決まるまで決して帰れない保護者同士の我慢大会が始まるのだ。

の子どもがいて内容を把握されている方の立候補が一通り終われば、残りの保護者PT役員から逃れようと下を向き続ける。

PTAの多くが女性構成され、働いていようがいまいが協力を要請される。

この我慢大会には前委員からの「なぜPTAをやらないのかわからない!!」とひそひそ聞こえるプレッシャーに耐えなくてはいけないのだ。

時間無駄になってしまう…このまま決まらないのなら私が…なんて仏心を出したら最後、聞いていた以上の仕事が降ってくる。

(私はここで失敗した。今後この我慢大会に参加される方にはご注意願いたい。)

この役決めに関しては、特定場所に閉じ込めるという意味では「監禁」、

仕事内容に関しては当初受けていた説明と違うという意味で「詐欺」と私は言いたい。

ちなみに当方時短で働く兼業主婦家事育児仕事も…あきらめたくはない。

からこそ限られた時間効率的有意義に使いたいのだ。

仕事内容は〇〇だから、働いていてもできるよ~。補佐の協力委員数名いるし平日出られなくても大丈夫!」と確かに私は言われた。

が、現実は違った。(ボイスレコーダーを仕込むべきだったと今では後悔している。)

送り迎えの後の井戸端会議に、PTエッセンスプラスしたプチ会議物事は決まる。

「どーしよー?」「どう思う??」の発言が良しとされ、前に進ませようもんなら、要点つかない返答が返ってくる。

グループLINEへの加入を促され、必要事項のホウレンソウはないまま「う~ん、どうしよ?」が繰り返される。

そして「こんなのやりましたよ(内容はたいしたことない。)」のアピールの場となるのだ。

そしてびっくりなのはPTAには謎の親玉運営本部があることだ。

つい数週間前に我慢大会の末にババを引いただけかと思いきや、この時点で運営本部の手下となっていたのだ。

幼稚園をよくするために!!と前会長はおっしゃった。

から、ただ役員を引き受けた保護者子どもたちのために!と同じベクトルを向いて活動するだけだと勝手解釈していた。

が、私はバカだった。

PTAはブラック組織だ。

ほぼ強制的時間的拘束とウダウダグダグダの足並みを乱すことは決して許されない。

そして女性特有粘着質な会話を絶えず意識しながら、子ども人質に取られ親は1年の任期を耐え忍ばなくてはいけないのだ。

効率の塊、それがPTであることは間違いない。

あぁ、そうか。

安倍首相の言っていた女性社会進出の「社会」とはPTAのことだったのか!!

働き方改革生産性革命とは、PTAの改革のことだったのか!!!

・・・

私は決して兼業主婦専業主婦と考えているわけでない.

働いていない人がPTAをやればいいとも思わない。

が、仕事持っていたら現実PT活動は無理なのだ

ベルマークの集計のためにお仕事休めるかな?」って…旦那さんにも同じことが言えるのだろうか?

働いている人もPT活動に参加すべき!と言われる方、

是非、稼ぎ頭である旦那さんに「明日PT活動から仕事休んで」と言ってみてほしいもである

IT化で作業効率向上やタスクを激減させることができる世の中に、些細な仕事大勢で取り組むのを良しとするPT

いや、100歩譲って、教育現場への保護者の関わりが多少必要であったとしよう。

なぜこの組織ボランティアなのだろうか?

人がやりたがらない仕事こそ価値がある!ならばアウトソースすれば?と思うのは私だけなのだろうか?

予算がない?

やりたがらない保護者から徴収すればいいし、作業をこなした人への謝礼として支払えばいいだけではないだろうか?

この国には「PTA」が存在する。

PTA」聞いた事ある組織だが、その中身をしる人は経験した人のみだ。

からいう。今後、私のような犠牲者をださないために。

役員決めでは下を向け!時間無駄に過ぎ去っているのではない。無駄時間を耐えることにこそ意味がある!

しかし、一年後は私も言うかもしれない。

PTAへようこそ。あなたもこの素晴らしい仕事をやってみませんか?」


余談

PTAに関連して。

私の主人はベルマーク否定的だった。

子ども学校での活動費になる」と、小さいこからベルマークを集める事を良しとされてきた私は

「なんで(ベルマークのついた袋を)捨てるの?」と怒ったことがある。

ベルマークパッケージ掲載している企業は「なんとなくいいこと」している企業と思い込んでいた。

実際私は同じ商品ならベルマークのついた商品を選んでいた。

が、そのベルマーク集計のために、保護者PTからボランティアという名の強制労働を強いられるのだ。

ブラックシステム元凶である企業に、「なんかいいことしている気がする」というイメージだけで、私は利益に貢献してしまっていた。

非常に恥ずかしい。

さいこから学校という教育現場ベルマークを集めるという行為こそPTA主管のもとおこなわれる洗脳教育であり、

これこそが、PTAの資金なのだ

本日、主人に謝罪すると共に、今後ベルマークのついた商品を好んで買う事はしないだろうと誓った。

H29年度 PT役員

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