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はてなキーワード: エスカレートとは

2016-12-09

[]イジメてた

Masuda Advent calendar 2016の九日目の記事です。



キッカケは兄の部屋で見つけたエッチおもちゃだった。

男性器を型どったティルドや、鼻に引っ掛けて顔を歪ませるフックや、浣腸器や、布面積が少ない下着など、多種多様な性具が兄の部屋にはあった。

その当時、友人たちとの間でも、彼氏とやっただの、ネット掲示板大人と知り合っただのと、性に直結する話題が増えてきたこともあって、とても興味を惹かれた。

から、つい、それを試して見たくなってしまった。

その頃、四人組で行動している中の一人に、どちからというと駄々草で、どちらかというと鈍臭くて、どちらかというと勉強ができない、四人の中で一番冴えない、と私が思っていた子がいた。

今にして思うと、何かを比較すればそりゃあ上と下ができるけど、それが不快に感じたり、生活する上で不便になるほど、彼女ダメ人間ではなかった。

けれどその頃は、自分よりも劣っていることが、彼女に対して無茶をしても良い理由になると思ってしまった。

しろ、こうして弄ってあげることで、彼女楽しいんじゃないか? ぐらいの、傲慢さがあった。

ことの全容を書くと、ただのポルノ小説や、ネットによくある体験談ポルノになってしまうため書かないが、それはまあイジメた。

いや、イジメという言葉は緩すぎる、単純に暴行だった。

最初のうちは、性の知識豊富な私がちょっと特殊な遊びを披露する、という趣だったのだが、だんだんエスカレートしていった。

特にわかりやすく変わったのが、四人組の残りの二人が傍観者でなく参加し始めたときだ。

うその頃には、一目置かれる私、というポジショントークの趣は完全になくなり、彼女にをイジメるのが主になっていた。

当初の性というテーマすら失われ、どんどんと暴行じみた行為彼女に加えてしまった。



もう本当に洒落にならないイジメ学校にバレるとかじゃなく、警察が出てくるとか、彼女刃物か何かを持ち出して私たちが殺されるか。

もはや傍観者の私がそんな発想に至るまで、暴行エスカレートしていった。

辞めさせるのは、困難だった。

発端が私だけに、もう二人を納得させるのは難しく、何よりそれはもう、私を代わりにしてください、という宣告になると思った。

かと言って、イジメている本人と普通に対話をすることも、また難しかった。

散々手のひらを返し、散々彼女の体に危害を加え、散々弄んだのだから、ごめんなさいと言ってしまったら、状況が何もかも変わってしまう。

とどのつまり、もはや内の加害者側の私からは、手の出しようがなかった。

と、当時は思っていた。

今にして思えば、うだうだ言わずにさっさと二人を連れて警察にでも行けばよかったんだ。

にもかかわらず、自分の身可愛さに、くたくたと理屈をつけて、彼女を殴り、笑っていた。



結局、私が危惧していた、警察沙汰にはならず、高校卒業した。

四人とも別々の進路だった上、私はこのことの気まずさから同窓会にも参加していないため、今彼女たちがどうしているかは、何も知らない。

ただ、卒業してから、初めてのお盆休みに、彼女メールをした。

「盆休み、暇? 遊ばん?」と、送った。

この時、何を思ったのか、自分でも定かじゃない。

会って謝りたかったのか、彼女が今困っているかどうかが知りたかったのか、彼女が困っていたら助けたかったのか、

彼女にまた暴行をくわえたかったのか。

どんな気持ちで、このときの私がいたのか、未だに心の整理がついていない。

けれど、結局、会わなかった。

彼女の「はい、わかりました。買ってもらったオムツの残りはあと二枚です。新しいのを買って持って行った方が良いですか?」という言葉の重みに耐えられなかったからだ。

今も、私は何の責任も取らず、ただこうして彼女のことを思うだけで、彼女でも国家権力でもない何かに贖罪の責を果たしたかのような、傲慢な考えのままでいる。

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161205000002

自分の中に封印されている記憶を引きずり出してみる

小学3〜4年の頃、いじめをしたことがある。俺がいじめていた「彼」は当時つるんでた仲のいい5〜6人の友人グループの一人だった。

友人グループとは言っても、一人のリーダー格とその取り巻きのような感じだったと記憶している。俺はそのグループ内ではNo.3くらいの立ち位置だった。

詳しい経緯やきっかけはもう覚えていないが、グループの中でもヒエラルキーが下の方だった彼には、普段の遊びの中で徐々に「リアクション芸」が要求され始めた。

特に彼に障害があるとか頭が悪いとかではなかった。何故彼がそうなったのかあまり覚えていないが、外で遊んでいる最中に転んだり、何かの拍子にボールが直撃したりした際に叫んだ言葉面白かったとかそういう事だったと思う。当時見ていたテバラエティ番組企画のように皆で公園「ゲーム」をしたり、学校内で鬼ごっこや缶蹴りをする中で、彼には毎度のように何か知らの試練とリアクションが求められるようになった。

そのうち友人グループの間でどんどん遊びがエスカレートしていき、彼に対する仕打ちもどんどん過激になっていった。最もひどかったときはもはや単純な暴力だった。肩パンして痛がっているのを笑うような雰囲気になっていた。

そのなかで俺も、ヘラヘラしながら何度も彼に暴力をふるったことがある。所有物を隠した事もあった。多分もっと色々酷いことをしたと思う。確か良心が痛んだと思うが、その時は良心の痛みよりも仲間内で目立つことや皆が笑うことの方が大事だった。

今思っても本当にひどいことをしたと思うし、自分の中では凄く反省している。思い出すたび胸がズキズキする。

彼の母親学校に殴り込みに来て、いじめは終わった(と思う)。

彼の母親クラス全員の前で、息子が受けた仕打ちや家で落ちこんでいる彼の様子などを怒りを込めて話した。

俺は、少なくともグループ内で遊ぶときには彼は楽しんでいるものだと思いこんでいた。暴力苦痛に思っていたことがショックだった。

俺はクラスの前で立たされ、怒鳴られて泣いて、涙ながらに彼に謝罪した。それまで人前で泣いた事が無かったのでそれもショックだった。

俺はそれ以降その友人グループとつるむのをやめた。怒られたのがきっかけでなんとなく空中分解したという言い方が正しいかもしれない。

彼の母親に怒られた日の帰り道に「これから人に優しくしよう」と決意したこと、帰宅してから事情を聞かされていた母親の前で大泣きしたことはよく覚えている。

今思えばこの経験がそれ以降の俺の人格形成に大きく影響した気がする。

中学に進学した俺はクラスメイトの中でも孤立している人や転校生と仲良くするようになった。いじめていた彼を同じ部活に誘った。そうすることが罪滅ぼしだと思っていた。

あれから20数年経っているが、俺がいじめていた彼は地元に帰ると必ず会う特に仲のいい友人の一人だ。

いじめいたことが良かったなんてこれっぽっちも思ってはいない。今でも思い出すと辛い気持ちになる。

他のトラバにある

一番エグいいじめする奴って、そのグループで2番手3番手だったりするじゃない

というのはその通りかもしれない。

そもそも、いじめてる側は多くの場合いじめてる認識がない。

いじめてる当時は「あいつは私を不快にさせたから、これは正当な報復だ」と正当化し、

年を取って振り返っても「いやあ、あのころちょっとヤンチャしてたわ」と矮小化

こういう「仕返し」でいじめをするパターンもあるのかもしれないけど、遊びの延長線上でいじめパターンが多いのではないか自分経験から思う。

自分行為が「やんちゃ」だったとは思わない。最早トラウマ

2016-11-23

いじめについて

小学校ときいじめられてた。

ありがちな「○○菌」とかってやつ。

俺が触ったものバイキン扱いだったし、席替えでとなりになった女子が泣いたこともある。

フォークダンスはこっちが気を使ってエアハンドだったし、ジェンカは常に一人だった。

死のうと思ったことも一度や二度ではない。


今思えば教師は気がついていたはずだけど、特に何もなかったな。

いじられと思っていたのか、単に事なかれで見逃していたのか。

加害者側には、これがいじめだという認識はあったののかな。

多分、ないだろうな。

子供特有同調圧力で、少しでも違う相手がいると迫害する。

少しずつエスカレートしていって、誰もが引き返せなくなる。



俺は転校でいじめから逃れられたけど、

転校先の学校いじめられている女子がいた。

しかに見た目が少し特殊で、からかってもニヤニヤ笑うだけで気味が悪かった。


残念なことに、このいじめをやめさせる勇気は俺にはなかった。

ゴメンと心のなかで誤りながら、無視してた。

いじめに関わらないと、こっちがいじめられてしまう。



教師が気がついていないはずはない。多忙責任所在なんか言い訳にせず、

子供もっと積極的に関わってほしい。

2016-11-22

俺はもう駄目かもしれない

30歳、独身独立系SE

派遣契約で入ってる客先の要求レベルが高すぎる。

元々インフラ系のシステムの開発系SEだったが、部署方針変更でアプリ系の開発系SE配置転換になった。

言語C++なのでワリと親しみのある環境だが、それ以外のほとんど全てが元の職場と違い、悪戦苦闘する日々。

日に日にエスカレートしていく要求に付いていけない。心が折れそう。

一応来年契約が切られる事はないが、俺は作業速度が遅いそうだ。

頼れる人はいない上に毎日降ってくる作業要求レベルは高い。

社会人になって7,8年、色々辛いことはあったけど、今が一番辛い。

 

一応、瞑想運動最近はサボリ気味)はしているのだが、

病んでいくスピードに追いついていない感じ。

 

まだ、増田に書き殴れる程度には余力があるのかな。

ほんとに駄目なら何もする気起きないだろうしな。。

 

はぁ、1ヶ月くらい休みたい。

2016-11-20

パクリ創作という甘美な果実

http://togetter.com/li/1050444

こっちではあまり話題になってないみたいなので。

こういう“私がパクるのはOK。人が私のものパクるなんで失礼千万”ていう考え方してる(自称クリエーターって結構潜在的にいそうなんだけどどういう思考回路なの?

何かの病気なの?

最初はそれなりオリジナリティを加えてコツコツ書いてたけど、ある日ほぼもろパクしたら大好評だったからその後もより楽に人気ある作品を作る方法として導入したってこと?

まあここまでエスカレートしてから発覚するってことはそれを止めてくれる周囲の人がいなかったんだろうなって思うわ。

2016-10-28

車内の化粧は多くの人に迷惑ではない

車内の化粧は多くの人に迷惑ではない理由を書く前に、まず俺の意見というか軽いシミュレーションを書いてみる。



■前提



周囲に迷惑をかけないで済む電車内におけるデフォルト行動は、

電車内では座って、または立って、極力動かずおとなしく到着を待つ」ことである



シチュエーション



女性

座席に座っている

右手口紅を持っている

左手に鏡を持っている

・ひざに化粧ポーチを載せている



路線JR山手線



社内混雑状況:

・case1 アホみたいに込んでる

・case2 ガラガラ



シミュレーション結果



・case1 アホみたいに込んでる

女性の右に座っている俺:ごそごそとジャマ。しかもぶつかって妖怪人間のベラにならないように気を使うのがストレス(大)

女性の左に座っている俺:同上

女性の前に立っている俺:同上



・case2 ガラガラ

※右・左・前は同上なので略。そもそもガラガラで前は...

女性から離れて座っている俺:

・家でやれば?会社でやれば?トイレでやれば?と考えるのがストレス(小)

・そんなに人生急いでるのか?と考えるのがストレス(小)

・おとなしく待てないのか?と考えるのがストレス(小)



■総括



俺にとってはストレスしかない。迷惑以外の何者でもない。

case2のオマケとして「自分と同じように考えてる人のイヤそうな顔を見るのもストレス(小)」も付け加えておく。

皆もこんな風に考えるだろうけど、出来れば炎上メディアに便乗した記事を書いているメディアにはアンケートまとめでもしてもらいたいくらいだ。

ところでまつ毛いじってる女性にぶつかったら、まつ毛全部抜けることもあるの?おっさんからからない。



■余談1:迷惑ではない理由



自分的には「ジャマ」「よそでやれ」「おとなしく待ってろ」という考えだが、これは「前提」があっての話。

しかしたら化粧している女性は前提が違うのかもしれない。

なので、



> 周囲に迷惑をかけないで済む電車内におけるデフォルト行動は、

「この程度のことを」迷惑だと思っていない。そもそも周囲に迷惑をかけても構わない。



> 「電車内では座って、または立って、極力動かずおとなしく到着を待つ」ことである

お金を払っているのだから、誰かに何か言われる筋合いもなければ、決めるのは自分である



とか思っているのかもしれない。

少し過激に書いたけど、一部でも同じ考えなのであれば、それはもう「前提が違う」に等しいと思う。



そこから考えると、そもそもの

「都会の女性はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ。」

というキャッチも、東急線通学日記の「わたし視点というか主観しかない訳で、

前提が違う化粧している女性、また前提が違う意見の皆さんからすれば、共感できなくて当然だろう。

わたし視点世間一般視点として捉えて広告を打った故の炎上騒ぎな訳だ。



そう、もはや車内の化粧は多くの人に迷惑ではない。

「少し過激に書いたけど」は全然過激ではない。それは俺視点だ。

これが今の前提なのだ



もっと意見が真っ二つに割れている今は言い切れはしないんだけど、あえて言い切ってみる。



■余談2:この炎上騒ぎ、そしてこれからどうすればいいのか?



俺は「この程度のこと」と考えている「前提が違う」方は、考えを改めてほしいと思っている。

なので、東急線謝罪とか差し替えをしないでもらいたい。もっとこの件の認知を広めてもらいたい。多くの人に考えてもらいたい。

今の皆が思う前提を、もっと周囲への配慮がある前提に、常識を変えてもらいたいんだ。



「この程度のこと」と考えている「前提が違う」方に言いたい。

あなた方の考えはもはや少数意見ではないが、それが世間一般常識となっては危険なのだ

その常識の先にある未来が明るいとは思えないんだ。

もしこのまま「この程度のこと」という事で車内迷惑と思わない方が増えたら、「この程度のこと」がどんどんエスカレートして、



電車内で化粧。この程度のことだし。

電車内でドラム缶から肉。この程度のことだし。

もう電車内で市長区長フライングパイルドライバーをかますしかない!



となりかねない。



頼む。考えを変えてくれ。

まずは車内で化粧は迷惑、という考えに。



車内で小池百合子知事ダブルリアットをする未来なんて見たくない。

2016-10-27

彼女がサゲマンだったときに何を考えたか

愚痴を書こうと思って書くなむ。

目的のない電話

・止まらない愚痴

嫉妬と束縛

ネガティヴ

SNSチェック

最初は平気だったけど、

少しずつエスカレートしてきて喧嘩が増えた。

別れ話も数回ほど。

自分時間が取られること

自分の行動を制限されること

自分思考制限されること

これがしんどかった。

それなら彼女なんて作るなよと言われそうだが、

ようはバランス問題。許容の範囲があるのです。

で、先日の喧嘩

「あぁ、この子はサゲマンなのかな」と思った。

ゲマンという言葉が嫌いだ。

男性目線で、女性自分ステータスとして見ているニュアンスが肌に合わない。

それにフェアじゃないよね。

彼女だって自分のことをサゲマン的な男だなと思ってるかもしれないのに、

該当する言葉がないじゃん。

それにも関わらず、その言葉選択した自分思考気持ち悪かった。

他になんか言葉ないの?

なんでマンなのに女性が該当する言葉なんだよ。

運気を上げる人 下げる人に値する言葉が欲しいわ。

女性属性邪魔。使う自分気持ち悪くなる。

まぁ、こういう頑固な思考回路が、

束縛盛りの彼女とは水と油なのかもしれない。



書きながら気づいたけど、

ヤリマン対義語ヤリチンなら、

ゲマンの対義語はサゲチンか。

くそ サゲチンで悪かったな!!!

かしこ

かしこ

赤ちゃん夜泣き対策、その具体的な手段について

日本の子育てでは「寝かしつけ」という単語がごく当たり前に使われる。

どの夫婦も、この「寝かしつけ」で非常に苦労している。

こうなると大人も眠れなくてイライラが募り、子育てにも生活にも余裕がなくなる。

夫婦間のコミュニケーションもギクシャクしてしまうだろう。

それは我々大人にとってだけでなく、子供にとっても大変不幸なことである

というわけで、我が家の「寝かしつけ」というか、夜泣き対策を紹介したい。

「寝かしつけ」をやめる

夜になったら、赤ちゃんを一人で寝かせる。

電気を消して、静かな部屋で、一人ベビーベッドで寝かせるのだ。

多少泣くくらいで様子を見に行かず放っておくこと。

これによって、うちの家では夜泣きもすぐに終わった。

今では寝かしつけを父親母親祖父母も、誰もやっていない。

とても楽ちんである

なぜこれが夜泣き対策として効果的か?

子供は、寂しかったら泣けば誰かが来てくれると学習してしまうからだ。

なので、夜泣きしてすぐに様子を見に行ってしまうと、夜泣きエスカレートする。

子供は、大人が隣で寝てるから起きるし、夜泣きもする。

誰もいなければ、それは子供にもわかるので、多少泣いたとしても諦めて寝る。

同じ「何もしない」でも、近くにいるのといないのとでは全然違うのだ。

近くにいて「何もしてくれない」になると、それは無視されていることになる。

無視されると生死に関わるので、子供必死で抵抗する。さまざまな手段で親の気を引こうとしてくる。

これが夜泣きの一つの原因になっている。

どうしても不安だという方は

ネットワークカメラなどを設置して、子供の様子を別室から確認する。

それでも心配だという場合は、体温や心拍や呼吸数などを確認できるデバイスを付ける。

注意点

当然だが、子供は体調が悪いなどの理由で夜に泣く場合もある。

もし普段の泣き方と違うとか、延々と泣き続けるようなら、様子を確認した方が良い。

あと、夜間の室温や湿度の調整にも気を使うこと。

子供は布団をかけたり剥いだり、服を脱いだり着たりが上手にできないので。

それでは、皆で「寝かしつけ」って単語死語にしていきましょう。

余談

こういうエントリ顕名で書けない今の日本の状況って怖いよね。

ポケモンGOやるために有給とったら罵倒された

付き合っている女性ポケモンGOやるために有給取ったんだ。と伝えると「信じられない。気持ち悪い。死んで欲しい。(お互いに興奮しておりエスカレートしていった)」と言われ、たくさん殴られたり蹴られた。

休日ずっとアニメを見ているお前も同類だろ?と反論すると有給取ってまでやっているやつとは違う、と彼女は言う。

子供運動会に参加しないで自分の都合を優先するなら責められるべきだけど、何も被害を受けてないのにこれはひどいと思った。

これって震災で大変な思いをしている人がいるんだからイベント自粛しろよ論と同じで、つまりは私は働いているんだからお前も働け、ってことなのかな、という解釈をしてみた。

会社の人とかSNSには言いにくい喜びだったから身内には伝えて一緒に、楽しそうとかって言ってほしかった。

2016-10-26

ロリコンエスカレートする

ほっとくとどんどん対象の年齢が低下していく。ゲートウェイから取り締まるべき。

そういう規制論に反発する反社会的な態度の人間ロリコンには多い。


http://anond.hatelabo.jp/20161026010604

違法薬物のゲートウェイ理論が納得できない

大麻を認めると、もっとハードドラッグ蔓延助長することになるから

大麻自体健康に影響が少ないにしても、合法化は認められないっていう理屈あるじゃん

通称ゲートウェイ理論」ってやつ。あれって納得できない。



人間が向精神作用がある薬品に手を出すと、必ずエスカレートしていくとするなら、

だって煙草だってコーヒチョコレートだって、一度手を出したらエスカレートして

ハードドラックの方向へと走っていくんじゃないの?

そもそも、カフェインニコチンって、覚醒剤と同じアルカロイド系の化学物質でしょ。



大麻が脳ひいては精神破壊的影響をもたらすからダメっていうなら、

アルコールだって重度な中毒者は統合失調症様の精神疾患になるじゃんね。



どうせ規制するなら、「とにかく文化的に許容できないかダメ」の一言で十分だよ。

下手に何とか理論とか、身体への悪影響を理由に掲げると、

しろその理屈論破されたときには合法化せざるを得なくなってしまう。

学習院大麻生太郎

2016-10-24

メンヘラ恋人との同棲

友人の彼女所謂メンヘラらしくて、でも長く付き合ってるし、結婚前提で同棲を始めるという話を聞いた。

どうにもその彼女精神的に弱ってないときはい彼女らしいんだけど、いかんせん感情の起伏が激しいらしい。

その状態で、同棲を始めるのってどうにもリスキーじゃないのかな、って俺は思うんだけど、

結婚前提だったら乗り越えられるもんなのかな?人と住むのってそんなに甘くなくね?

正常なカップル同士だって同棲始めて別れちゃうパターンが多いって聞くけど、

メンヘラのほうがよっぽど苦労が目に見えるというか、エスカレートしそうな気がしないでもないんだけど一体全体、どういう考えでメンヘラ彼女同棲しようって思ったんだろう。


別に他人人生から俺はその友人がメンヘラ彼女と別れようが結婚しようがどうだっていいんだけど、

どうして一緒に住む気になったのか?っていうのには興味があるんだよなぁ。

2016-10-21

クライアントにこたえないといけない仕事の人がどうやって休みを確保するか

電通に限らず、クライアントにこたえなければならない仕事というのはたくさんある。

教育産業もその一つだ。学生保護者マスコミなどに対応しないといけない。

多くの大学では、学生を学外で何かさせるとき学生危機管理、何か事故が起こった時の対策とかしている。海外テロが起こったり、地震津波が起こった時に備えていろいろ対策を立てているしお金も払っている。

学生に何かあれば保護者から責められるだろう。マスコミ責任を問うような報道をするだろう。文科省から予算が減らされるかもしれない、そんな理由から土日も盆も正月もなく教職員が働いているところもある。

そういう環境仕事を始めた人はそれが当たり前だと思うだろう。学生のため、大学ブランドのために必死に働くのは当然だと主張するだろう。電通社員のように。古い体質のところであれば、残業休日出勤をすることを評価する上司もいて、こういうことを積極的にやろうとする教員評価するからさら仕事は増えていく。

ただ、そういう大学ばかりではない。

学生自分意思で行きたいということで学外の活動をしている。危機管理健康管理自分でやる。教員はそこで出た成果を見るだけ(場合によってはまだ努力が足りないやり直せと突き返す)。腹を据えてある意味学生を信じてほおりだす。そうすることで学生自力でいろいろなことができるようになる。失敗しながら学んでいく。

大学側が手厚く保護する体制にあれば、学生は何かあったら教職員が何とかしてくれると思うから自分で調べて自分の身を守ろうとしなくなる。相手とうまくやらなければとも思わないから、紹介されたホームステイ先の人と合わないから、別を紹介しろと言ってくる。親も同じように、要求がどんどんエスカレートする。自分責任をもって行動しようとせずすべて人任せで、本人たちは成長しない、むしろ悪質なクレーマーとなっていく。

自主性を重んじる方の大学でも学生問題を起こせば一応なんちゃら委員会先生マスコミの前で頭を下げる。ただ、それだからって年中マスコミを恐れてびくびくしているわけではない。東大でも京大でも慶應でもレイプ事件みたいなのは起こる。大きな災害が起これば学生が巻き込まれることもある。どうしたって一部はそういう学生がでる。教員努力したところでそれを完全になくせるだろうか。

まり、ある種の自信をもって、自分はこういう姿勢仕事をする、というのを示す必要があるということだと思う。そうでなければ保護者学生マスコミ文科省や、いろいろな取り巻くアクターの都合に振り回されて、その人達要求エスカレートしてという形でどんどん仕事が増えていく。周りに振り回される側が評価されるかというとそうとも限らない。「うちの会社はこういうポリシー会社です」というのをはっきり示すことで会社評価が上がる場合もある。自分が働いていた大学の中では、ポリシーがはっきりしていて学生自主性を重んじる大学の方が偏差値が高く、そうでないほうが偏差値が低く、学生集めに苦心していた。新入社員には難しいけれど、経営者側が「うちはこういう企業です」というのをはっきり示す、というのは信頼につながる。今回のニュース広告代理店の評判はだいぶ下がったと思う。それを挽回するためには、(伊藤忠じゃないけど)経営者側がどれだけ改革たかを見せる必要があるんじゃないか。たぶんそうでもしないと一つの昭和の優良企業としてマスコミ家電メーカーと同様、沈んでいくしかなくなるだろう。

2016-10-12

摂食障害かもしれない。

休日お腹が張ってつらくても食べ続ける。嘔吐はない。

食べた後はすごく後悔して、次の日に食事を抜いたりする。

太ってしまうのが怖くて、極端に食事を抜くのも良くないんだろう。

そしてまた過食してしまう。



前は「ちょっと食べ過ぎたな」くらいだったのに、だんだんエスカレートして相当食べるようになってしまった。


今日も動けなくなるくらい食べたあとに、なんとなく摂食障害サイトを見ていたら、すべての症状に当てはまることに気付いた。

ていうか摂食障害治療って心療内科なんだな…知らんかった…

2016-10-06

自己責任」といえば勝利だと思ってる人。

兎にも角にも自己責任だ、自己責任なんだからこいつは絶対的に悪だ!!みたいな言説が嫌いだ。

確かに誰かがなんか失敗した理由自己責任かも知れない。しかしまあやたらしつこく自己責任自己責任言う人ってのは何なんだろう。

そんなん失敗してしまった人だって自覚している場合も多いし、そこを騒ぎ立ててもなんの意味もない。

さらにある人の行動と失敗がいか自己責任なのかを関係のない別の人に無駄に熱く語るとか、正直言って怖い。

別にそんなに自己責任であると言わなくてもだれもあんたの責任だとは思ってないんだが。

自己責任」と言ったって、人間の行う行動には様々な要素が介在する。多くの人が関わり合って成し遂げるようなタスクならなおさらである

失敗を個人一人の自己責任押し付けるにはあまりにもほかの要素が多すぎるのに無視していると思われる言い方も散見される。

自己責任」といえば、相手いかに悪いやつのかを言い尽せて、自分勝利になると思っているのだろうか。


さて、自己責任論といえば透析患者の件が話題である

この議論は極端な例だが、ちょっとした失敗にいちいちいかに自己責任なのかを語りだすタイプ人達エスカレート先としてああいう言説が沸き起こる可能性もあるんではないかとも思った。

2016-09-25

聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語

自分聴覚障害者感動ポルノを描いてくれと言われたらこういう作品を描くと思う



主人公男の子クラスのガキ大将

ヒロインは耳の不自由女の子

ある日、主人公の通う学校ヒロインが転校し、そこから物語は始まる



主人公は耳の不自由ヒロインに対し好奇心からイジメを行う

ある者はそれに加担し、ある者は見て見ぬふりをする



しかしそのイジメエスカレートし過ぎた結果、大人の介入を招き、主人公は一人全ての罪を背負わされる

ヒロインへのイジメはその後も続くが、主人公クラスで完全に孤立する



仲の良かった友達に殴られ、上靴を隠され、イジメる側から一転、イジメられる側になった主人公

ある日、朝早く登校してみると、いそいそと自分自身の机への落書きを消しているヒロインを目撃する



やられるばかりでやり返すことのない、そんなヒロインを見て内心馬鹿にする主人公

自分はそんな事はないとばかりに、クラスメイトが上靴を隠す現場をおさえ殴り掛かる



しかし、あえなく返り討ちにあってしま

ズタボロになって横たわる主人公、ふとそこへあらわれるヒロイン

そっと主人公の元へ歩み寄り、笑顔で手を差し伸べる



「親切ぶるな!言いたいことがあるなら言えよっ!」

差し伸べられた手、それを拒否した主人公は叫ぶ



一ヶ月後ヒロインは転校する



明くる日の朝、机をみて主人公は気付く

あの日の朝、いやこれまでずっと、ヒロイン必死落書きを消していたのは彼女の机ではなかった、自分の机だったのだ……と



自分の愚かさに気付いた主人公

しかヒロインはもういない

行き場のない気持ちを抱えたまま、一月、一年と時はたち、主人公は次第に自分の殻へとこもっていく



友人もなく、楽しいことも、したいことも、自分にはただの一つも生きている意味がない

死のう……

いつしか主人公自殺を考えるようになっていた



死ぬ前に何がしたい?

そうだ、あの女の子に会いたい……

会って……俺は――



そして、ヒロイン行方が分かった日

主人公は全ての身支度を整えヒロインに会いに行く



そこへ近づくにつれ、鼓動が高鳴る、トクントクンと

そんな自分に動揺しながらも、一歩、また一歩主人公は歩を進める

そして――



髪は少し伸びてる

身長も、いや、でも俺の方が高い

服は?制服

良かった、学校に行ってるんだ

何か言わないと、何か……

そうだ……一体、俺は……何を――



ずっと望んでいたこと、しかし心の揺らぎを止められない主人公

成長したヒロイン、昔とは何もかもが違う

でも……

ただ一つ、かわらないもの……

そこにはあの頃と同じよう、ただ静かに、そしてやさしく微笑みを湛える笑顔があった……




「ともだちに……なれるか?」



主人公の口から出た言葉と憶えたての手話

はっと驚き頬を赤らめるヒロイン

その右手主人公の手のひらをぐっと握っていた





この物語にはヒロインの心の変化は必要ない

心の内側を描く必要もない

ヒロインはただ一人孤独に頑張り、ただひたすらに耐え、ただひたすらに優しく、最後主人公を受け入れるだけの人形で良い

なぜなら感動ポルノから



聴覚障害物語ギミックだ、主人公イジメ動機となる

そして障害というハンデを背負うヒロインが頑張る姿は読者の涙を誘う



障害者人格無視して、天使のように扱い、都合の良い部分だけを切り抜き

健常者が成長するための道具としてのみ使う



これが感動ポルノだと思う



ところで

聲の形感動ポルノ

ヒロインイジメたことで孤立した主人公が成長した後、ヒロインと再会し救われる、そして恋に落ちる

こんなもの感動ポルノしかない」

こういう声がある



しかしそれは違うと思う

聲の形はここで物語が終わるのではない

ここから物語が始まるのだ



殆どの人はわかっていると思うが上述した物語聲の形の導入部だ

確かにここで物語が終わればそれは感動ポルノだと思う

しか聲の形という物語はこの出会い、再会の部分から始まるのだ



そしてその後、感動ポルノでは決して描かれることはないであろうヒロイン内面、その葛藤

決して天使はいえないようなどす黒い部分、それらが主人公含めその他の登場人物と共に描き出される



主人公は確かにいじめっ子ではあるがいじめられっ子でもある

ヒロインは静かでやさしいだけの天使ではない、他人迷惑をかけ、沢山の間違いを犯す

主人公ヒロインに救われるが、同時にまたヒロイン主人公に救われる

聲の形で描かれる主人公ヒロインは分かりやす勧善懲悪のような関係ではない

脇を固める登場人物達についても同じだ



ただ、聲の形で描き出されるキャラクターはみな、はっきりいって変人ばかりだ

美しい物語ありがちな聖人はまったく出てこない

から聲の形が嫌いだ、物語が気に入らない、そういう声があるのは仕方がないだろう



しか感動ポルノではないと思う



聲の形本来ならば幕が閉じる、美しい物語の終わりから始まる



聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語だと思う

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

2016-09-20

大学生男2人で「聲の形」を観にいった

映画聲の形」のネタバレ要素を含みます

*観に行った当日に書いたものです。極力他人感想等を見ない・聞かない努力をしています

*とはいもの記憶は薄れてしまっているので、読まれる方の混乱を防ぐためWikipediaなどのによりあらすじ・登場人物確認を行った上で投稿されたものです。

*自省的なものです。レビューは他のかたの記事をお当たりください。

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映画を見なくて久しい友達が、ハリーポッターくらいしかまともな(?)映画を見たことのない僕に「観に行かへんか」と誘われ数々の選択肢から導かれて「聲の形」を観に行くことになった。

コミック未読の身としては、予告編の限りでは「普通によさそう」だと思い前向きだったが、相方ヒューマンドラマ的すぎて醒めてしまうのではないか、と消極的。結局後々の話題性新学期の話のネタ)を考慮した結果がこれだったんですが。

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昼過ぎ集合、東宝の某劇場で別の映画を観るも機材のトラブルサイレントに。7割は観たけど全額返金で謎のオトク感をかみしめ、軽食をとり松竹うつる

スクリーンにつく。若い人が多い印象。ぼくらみたいに男だけで来てる集団もかなり多かったような・・・

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そろそろ作品自体の話に移りましょう。

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小学生時代経験する個々人のやりきれなさ。

主人公石田責任を負う形にはなるが、西宮に対するいやがらせ根本的には植野黒髪女子から始まったように描写されている。

それはいじめに発展しますが、

そもそもこの「いやがらせからいじめ」への変遷で最も大きなものは、攻撃人数の増加・攻撃者の集団化だと思う。

集団化とは、ときに思わぬ人を巻き込むこと。川井クリーム色の髪の女子)は集団化の被害者であり西宮への加害者である

また、極端な描写はいえ、教師配慮の無さも事態エスカレートさせている印象があった。

加害者追及(石田が全責任を負う)の場面は自分小学生時代記憶フラッシュバックした・・・加害者ではなかった分とても不愉快記憶

そして集団性は攻撃標的をも流動的に変えてしまう。

どれもこれも、人の未熟さゆえの出来事であり、高校生になった今、未だ未熟でありながらも、子どもたちはあの時の集団性を見返すのです。

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高校生時代感情の衝突。激しくむごたらしくも、清々しい。

なんといっても、主要人物全員が橋の上で集まるシーンがこの作品の中核をなしていると思う。

広義的ないじめ加害者観測者はすべてあの人物中にカテゴライズできる、と言っても過言ではないかもしれない。

そしてその一人ひとりに対し「主要な」いじめ加害者石田が吐き捨てる言葉は的確であり、「こんなやつおるよなあ」と感心したくらい。

植野も、口は悪いもの的を得発言が多く痛快。正直悔しい。

永束のキャラ性は決して浮きすぎず、むしろ重くなりがちな展開を緩和してくれてありがたい。

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途中に入れようとしたけど入れられない書きたかったところ。

西宮の「お人好し」に対する描写

すぐ「ごめんなさい」と伝える傾向にある西宮に対し、怒りを爆発させる植野の心情。

川井の清々しいまでの自己防衛

いじめ攻撃のある場にいるだけで参加しているようなものだ、と思う(陳腐ですが)。これを自覚できずただ流されるままの人間にはなりたくない。

たとえ偽善者と言われようと、嫌悪感を抱いたら行動は起こすほうがいい(身の上のためにも)。

島田広瀬の扱い

島田金髪男子遊園地バイト)はともかく、広瀬Wikipediaみるまで覚えてなかったんですが、なぜ彼らが石田の命を救ったのか。

・永束の扱い

記憶が正しければ劇場においてはいわゆる「正義の味方」役にとどまっていたはず(Wikipediaに載っているようなバックグラウンド描写されていない)。ただこの一面だけであっても、実に典型的現実的いじめ観測者になっている。

・美也子(将也の母)の人物

綺麗事を並べているわけでもないが、将也をはじめとした多くの人物一言で影響を与えるとてもいい役をしている。画面にいるだけで安心する(?)。

八重子(硝子の母)の人物

劇場では厳格で冷たい人物であるように事故前まで描かれていた。館内で配られたSpecialBookでバックグラウンドが補完されている(ことにあとで気づいた)。

・いと(硝子の祖母)の存在

・そして、結弦

思えば彼女高校生に混じって違和感なく接している(!)。

石田西宮が立ち寄った現代美術モニュメント群は一体・・・

はじめは金沢美術館あたりかなあと思ったんですが、舞台である岐阜大垣市結構名古屋寄り・・・今度調べなければ。

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全体的な感想としては、久々に映画を観るからか、とても楽しめましたし、精神的収穫もありました。

これが「日本映画典型的なお涙頂戴」とは違う感慨であってほしい・・・

とりあえず自分の思ってたことはかけたので、他の人のレビューを見ていって補完していきたい所存。

映像化されたらまたゆっくり観たいですね。

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以下オタク雑感。

早見沙織、やはりうまい

アニメをみてたのはほんの一時期だったので全話見て知ってるのは俺妹のあやせたんくらいなのですが(すでにうまい)、某動画サイト異能バトルなる作品での名演が残されています。5分間しゃべりっぱなし・・・

硝子のような役回り彼女くらいの技量がないとつつがなくいかないのでしょう。

2016-09-19

映画聲の形感想ネタバレあり)

いじめの様子を目の当たりにして、僕は劇場に来たことを後悔した。

原作である漫画は全巻読んでいて、事の結末まで全て把握しているはずだった。

それでも、イラストだけでなく映像という形で視聴する事で、これが初めて観る作品であるかのような衝撃と胸が締め付けられるような感覚を得た。

「このままだと孤立するぞ」と事前に忠告をしていた将也。

筆談ノートで授業の内容を伝えようと奮闘していた植野

手話を通してコミュニケーションを取ろうとした佐原

最後に硝子に抱き合ってくれた川井

いじめを招いてしまった当事者のみんなも、いじめに対し悪気は無かったのだと思う。

けれども、将也を中心とするいじめは次第にエスカレートし、植野はそれを一緒に楽しみ、佐原は辛くなり途中で逃げ出し、川井は見てみぬふりをした。

川井台詞は後の将也に対するいじめの決定的な理由を作った。)

高価な補聴器の紛失と故障きっかけとなり、硝子は転校し硝子へのいじめは収まった。

ただ、いじめの矛先は将也に切り替わっただけで、硝子へのいじめが明るみになった事が、いじめのものを無くす方法にはなっていなかった。

将也と硝子の自殺未遂共通していた未遂の発端は、2人の弱さにもあったと思う。

いじめられ孤立し周りが見えなくなった将也。

作中、周りの生徒の将也に対する誹謗中傷台詞は、将也自身の声が当てられていたが、卑屈で自意識過剰になった将也のメンタルが反映されていたと思う。

また、自分へのいじめは見て見ぬふりが出来たものの、想い人が嫌な目に遭っている事に、ついに耐えきれなかった硝子。

小学生の当時から生きやすいように、自分にとって都合の悪い部分から目を逸していたものの、それを直視せざる得ない状況になって限界を迎えてしまった。

決して2人だけが悪いという話ではない。

かと言って、誰が悪いというわけでもない。

コミュニケーションのぎこちなさが、微妙な噛み合わなさが、作中の登場人物が置かれたいびつ状態を作り上げてしまったと感じる。

ただ、2人に関わった人達が硝子の未遂と将也の転落事故きっかけに少しづつ変化し、将也の通う高校学祭を迎える事となる。

そこで、ついに将也の雨空のような視界が晴れやかとなった。「×」が付いていた周りの人達の顔から「×」が全て剥がれたのが、将也自身の心境に変化が生まれ証拠だろう。

硝子についても、植野に対して手話で「バーカ」と言い返していた。人に対し言いたいことをきちんと言えるような人に変化したのかもしれない。

物語終盤は、2人の未遂を乗り越えて成長した人たちの様子が描かれていたが、同時に視聴者である僕達の変化も期待されているのかもしれないと感じた。

この作品におけるいじめは、身体障害を持つ硝子の身にのみ起きたものではなく、健常者である将也の身にも起きた。

聴覚障害という硝子の身体障害きっかけではあったものの、それが無いと起こり得ない話だとは感じられなかった。

作品の中で植野は「西宮最初からいなければ良かった」と硝子に対して直接言ったが、後にその植野自身手話を覚えたという事実だけで、硝子のネガティブ気持ちはだいぶ軽くなっていたと思う。

聴覚障害者、ひいては身体障害者が持つ障害という名のちょっとした壁を、たったそれだけをきちんと考慮し、周りの人が受け入れ取っ払おうと努力する事が出来れば良い話なのかもしれないと感じた。

それは身体障害者だけではなく、他の極一般的な人たちに対する差異理解にも通ずるものだと思う。

万人がそういった感覚を持つことが出来れば、いじめは無くせると思う。

そういった理解を助けになったこの作品を視聴することが出来たことは良いと思えた。

もう当初の後悔は無い。

2016-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20160917013814

いまどきこんなに○○ハラって騒がれてるのに、普通こんなことするだろうか。

自分とは無関係だと思っているアホな人はたくさんいる。

会社の中で元上司からの誘いだから、おおっぴらに断りづらいと思うがはっきり断っておかないとエスカレートするし、

あいまいなままにしてると、周りの人も「嫌そうに見えなかったよwww」とか言ってくるから早めに対処しとくべし。

共通の同僚にそれとなく困って迷惑してると吹き込んでもらうとか、人事に相談するとか。

2016-09-10

成熟なのは過激ヘイトスピーチ批判者側だよね

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160908185445

id:exterminator イジメが発覚したときに「単なる冗談だった、マジになるなよ」って言う子供理屈にまともな大人が合わせてやっても何もよくならないと思うけど、こんなに子供理屈に合わせたがるひとが多いとはビックリ

id:kiku-chan 差別発言で「知らなかった」では許されないのは基本だと思っていた。/増田らの被害者意識交通違反の取り締まり時に「なんで他にもっと酷い違反者がいるのに自分?」と開き直るのと一緒では?

こういう、例えがおかしく元の話からずれてる例え話は百害あって一利なし

最初は「警察官の態度が横柄」みたいな例え話で応答しようかと思ったがずれた話に取り合ってもしゃーない。

id:nost0nost 「いきなり殴らないで教える事が大事」とか言ってる奴に星ついててびっくりした…いきなり殴られたのはどう見てもアイヌの側何だが それは無知ゆえなので優しく語りかけようって馬鹿でしょ 小学生開き直りレベル

一番ひどいのがこれで、まずtwitterサーチしてリプライ読みに行って「いきなり殴られた」はない、ということがわかってない。経緯知らないのかな?

初めてそのリプライを読んだ時に「殺す」というワードの強烈さにショックを受けたというのはわかる。

しかし、だったら吊るし上げ凍結という手段なんてほぼ確実に相手にショックを与えることがわかりきってるわけで、自分がショック受けたからといって相手にショック与えていいことになるわけない。

仮に「ショック受けた無罪」でショック与えられるとしても、今度は相手が「ショック受けた無罪」発動させて…の泥沼になる。

他のエントリブコメでも勘違いしてるのが多いんだが、「今回の件がエスカレートしたこと」のきっかけ(今回の件のきっかけじゃなく、為念)は「アイヌ殺す」リプライではなくkotoneiの引用RT

から「今回の件がエスカレートしたこと」についてはkotoneiが多分に悪い(開き直りも悪いと明記しておく)。

 

で、元増田はいきなり殴るのがいいのか悪いのかという話をしてたわけだが、これに対して最初に殴られたのはアイヌ側とか言い出し(しか事実誤認)、穏健な意見子供理屈とか小学生開き直りとか言って貶す。

あえてこいつらと同じレベルで言うならこれは中学生レベルの話のすり替えレッテル貼りだね。

自信があるなら恥じることなく「いきなり殴るのはいい」とはっきり書け。それができないか婉曲表現で「なんでえ別にいいじゃねえかいきなり殴ったって」という感情を遠回しにぼやいてるんでしょ。

あ、内心を忖度してしまった。すまんな。

まあ元増田がわざわざここポイントですよって太字で書いてくれたところを無視して別のポイントから反論するっていうのはそういうことでしょうよ。

 

さて、なんで優しく語りかけた方がいいかというと、マナーとかはもちろんとして、単純に話聞いてもらえる成功率が上がるわけじゃん。

相手無知だったらなおさらで、話の聞かせ方によっては凝り固まる前の相手の頭にこっちの考えをインストールできるわけだし(露悪的な表現だが教えや諭しにはそういう一面はある)。

実利的に考えてもウエメ晒し吊し上げ通報呼びかけしてアイヌ側が得することが何もないんよね。

ヘイトスピーチ者を放置することによる害を阻止とか言われる可能性があるけど、「殺す」発言の人は別にヘイトスピーチ者でないことは明白だし、手段が完全に過剰制裁から

話を聞いてもらって味方を増やす可能性を自ら閉ざすのは目先の「こいつらわかってねえし潰すわ」欲求を満たすのと差し引きでは大損。

もう一度あえて低レベル小学生コメント対応させるなら、開き直りすらさせないようにするのが大人、実利を取るのが大人

それができないんなら未成熟なのは過激ヘイトスピーチ批判者側だよね。

そういう実利的な理性的対話とかはなから目的じゃない、普段からの蓄積でつい感情的に過剰防衛してしまったんだーという筋なら上記の話をある程度無効化できる。

でもそれなら過剰防衛喰らった側の過剰防衛開き直りも引き受けなきゃいけないんじゃねーの?

自分らは感情的対応するけど相手理性的対応してくれっていうのは最初に殴った方の持ち出す筋論としてはおかしいから。

殴られた側が言うのもアレだしムカつくのはわかるけど、今回に限ってはかなり情状酌量余地があるしね。

というかここまで「側」って言ってるけど殴られた本人は凍結しちゃったら自分の口で反論することも(Twitterでは)できなくなるんだよなー。マジで凍結呼びかけは卑劣なのでやめましょう。

 

なんというかな、今回の件はほんと何らかの問題がよくわかってない人にものを教える、諭す、説得する、変節させて問題意識を持たせるということの労苦を甘く考えてる人が多いんだなと思った。

上で書いた大人、実利を取るというのは言葉にすれば簡単だけどほんとに難しい。まず無理ゲーだと思ってくれていい。

その労苦に満ちた無理ゲーさと向き合いながら地道にやっていこうとする人は偉いんだけど、「自分たちにはできる」と思い込んで実際やることは吊し上げみたいな連中は害悪しかない。

なんでチープな手段に出るのかといえば結局その手の人たちは対話コスト払う気がないからじゃん(推測だけど)?

でも対話とかする気ない(問題意識いから当たり前)人と対話しようと思ったら対話コスト払うのは話しかける側っていうのは当然じゃん?

コスト払う気もないし労苦を引き受ける気もないし煽られて会話シャットダウンされたら即キレて暴走する…もうちょっとちゃんとしてくれないと文字通り話にならんのよ。

ちゃんとしてない人は自分のちゃんとしてなさを自覚し、無理ゲー絶望し、後のことはちゃんとした人に任せて口を閉ざして退場した方が界隈のためになるんじゃねーの?

といううんざりした感想になってしまった。本当にうんざり

2016-09-09

拗らせヤンデレが自滅したはなし

別名と言うか、長々と書いてみると。拗らせた承認欲求依存嫉妬心独占欲を爆発させたヤンデレ、その根源に巣食い続けた劣等感のはなし。

今こうして自分で並べても笑える程に、救いようのない要素だけで生成された恋の寿命は、三年に届かず終わりを告げました。大層に書き出してみましたが、結局何があったのかと言えば、好きな人を失いましたという、20文字にさえ満たない、世間一般に転がっているような、何の変哲も無い話なんですけど。

そんな、何の変哲も無い話だからこそ、タイトルを付けるにあたって、ヤンデレと言えば多少はライトに聞こえるだろうかと希望を籠めて。それでも結局は、どうしようもない程構ってちゃんな我儘メンヘラが、独りの人間を食い潰した話です。追い詰めて追い詰めて、限界がきて縁が途切れて、そして、私も自滅しましたという笑えない救えない話です。

それでも、この文章を書き切ることで、この喪失感が埋まりやしないだろうかという期待をしています。悲しいです。苦しいです。でもそれ以上に、この恋がもう駄目だったのだという事を、誰より私自身が理解しているつもりです。そう書きながら、それでもやっぱり苦しいですと続けたくなるぐらいには、依存していた心はどうしようもなく、矛盾していて。

それから、もうひとつ私自身、時間がある時は常にネットの読み物を漁っていて。匿名のまま、色々なことに真剣に長文を書いている人がいる。そういうのを読むのが、好きなんです。以前Twitterで見掛けたんですけど、文字や長文を読むことに依存していて読み物のジャンルは問わない、っていう状態。私、それも当て嵌まるなぁって想ったので…どうしようもないこの歪んだ恋のなれの果てが、とあるヤンデレの恋の顛末が、ネットを漂う読み物のひとつになればいい、と想っています。こんな想いは有り得ないと一笑に付されるのでも構わないし、この歪んだ欲求が誰かに共感して貰えるなら、それはそれで凄く嬉しいこと。勿論匿名ダイアリーなのでそれを私が知る術はおそらく無いんですけど、それでも、このメンヘラ日記が誰かに見て貰えるのなら、この恋が誰かの時間潰しになるのなら、なんて願望も抱いています

わたし最初にあの人と出逢ったのは、共通趣味世界で、その場所Twitterでした。

まずはその上手さに本当に驚いて、心底、凄いと想いました。ただ見惚れて、あの人にしか出来ないことに、心から惹かれた瞬間のことを、未だに強く覚えています。この人と関われなかったら後悔すると想って、勇気を出して声を掛けて、関わりを持てるようになって。そこから幾つかの幸運が重なって、あの人に、私の出来ることも認めてもらうことが出来て。一緒に、趣味に携わることが出来て。

毎日毎日Twitterでお互いにすごい熱量でその趣味のことを話すことが出来るようになって…本当に幸せでした。仕事が終わって、あの人がTwitterに浮上するのが本当に毎日の楽しみで、どちらともなく声をかけ、楽しい会話が始まって…眠る瞬間までそれが続くんです。本当に、睡眠さえ惜しい程、ずっと喋っていたいぐらいでした。あの時期、私の思考回路自由時間もすべてあの人の為にあったと言い切れますし、憧憬尊敬混じりの好意は、募る一方でした。たくさん時間を重ねて、私自身も、あの人の思考回路を占められていた自信があります。恋情ではなかったとしても、好かれていた、という自負も。本当に、私の一目惚れに近かったので…奇跡みたいな話だと、状況だと、ずっと想っていました。ずっと、夢中でした。まるで夢のような日々が、あっと言う間に始まって、私の日常侵食していきました。

だけど、奇跡はやっぱり奇跡で。私にとっての夢は、長くは続きませんでした。

その趣味世界で、あの人は、私より素敵な人と、出逢ったんです。それはいつか起こることだと理解していましたが、本当にあからさまなぐらい、毎日たくさん話していたTwitterでの会話はぱたりと止みました。あの人は、新しく出逢った人と毎日時間を重ね、私としていた時と同じように…いいえ、それ以上の熱量で、沢山の言葉をその新しい人に向けました。趣味は私ではなくその人とやるようになり、私が構って欲しくて、お話がしたくて近付いても、ええと、その頃はまだ星のマークでしたので、星が飛んでくるだけで。やるせなくて、悲しくて悔しくて寂しくて、どうしようもなくて。私はその時、一回目の失恋しました。

所詮Twitterでの話し相手を失っただけだ、と笑われるかも知れません。それでも、会話をする内容や頻度、趣味世界の話。文字はその人に惹かれるには充分な要素であると、私は想います。あの人に向けていたのがその時点で好意だったのか、恋情だったのか、その当時の私にも、今想い返してみても、断言は出来ません。それでも、欲しくて欲しくて堪らない人が私の方を向いてくれない、明確に"興味を失われた"その感覚に、涙が溢れて止まらなくなりました。毎日毎日、あの人がTwitterに居るのに、私とは話さずに、新しい人と、趣味に夢中になっているその姿をぼんやりと見ているその日々が、辛くて苦しくて、息を止めてしまいたいと想って。それでも、Twitterから離れることは出来ませんでした。心の何処かで、あの人が私の方を向いてくれていたのなんて最初から奇跡だったのだからと諦めを付けようとしている自分自身が居るのに、それに堪えることも割り切ることも出来ず。新しい人が私よりずっとずっと上手な人だったので…劣等感も悔しさも、仕方ないと想う心も。全部が、綯交ぜになったまま、ただ、其処に存在し続けました。

そして、私自身も、誤魔化すように、また違う誰かと出逢いました。そして、趣味の話を、あの人以外の人と、とりとめも無く喋っていました。文字は凄いと想います。笑っていなくても、笑えます。心が沈んでいても、テンションは幾らでも取り繕えます。そんな風に、Twitterでは誤魔化しながら、現実世界では泣いて吐いて、眠れなくて、ただひたすら、あの人が恋しくて、悔しくて。私は飽きられたんだ、捨てられたんだと泣いて喚いて、だけど新しい人の上手さに叶う気もしなくて、幸せそうに楽しそうに趣味に耽るあの人を見るしか出来ず、絶望するように目の前が真っ暗になって……失った喪失感で一杯の、日々でした。

それから、日を重ねましたが私とあの人の立ち位置は、共通趣味世界の仲間、のままでした。私が一方的に抱いた喪失感失恋感覚も、悔しさ寂しさ、嫉妬心も…言葉になる事は無く、消える事も無く、勿論あの人が知ることも無く…ただ、私の胸の内で、私の心に影を落とし続けていました。時折言葉を交わすことはありましたが、あの人が夢中なのは、新しい人でしたから。幸せそうだなと想いながら胸の何処かが酷く痛み、けれど私よりずっと上手な二人を見て、お似合いだなと感じて。苦しみながら、憧れながら…そんな、矛盾を孕んだ生温い日々を送っていました。

そんな日々が変わったのは、知り合って数か月経った頃。奇跡の夢から覚めて、絶望の淵に立って。

それでも、私があの人を好きなことは変わらないし、趣味だって辞めるつもりはない。そんな、一方的に私だけが居心地の悪い関係は、突然新しい道を見出します

既存趣味の…変化版?に、二人で手を出す事になったんです。匿名で、伏せに伏せて今更、なのですが…例えるなら、パン作りが趣味だったなら、二人でお菓子作りにも手を出すことにした、とか。ネットゲーム趣味だったなら、二人で新しいサーバーにも行くことにした、とか…調理ゲームなどの趣味としての大きな枠組みは変わりませんが、何にせよ"二人だけ"の、ことが出来ました。それは私にとってとんでもなく幸福なことで、近くで見るあの人の出来ることに、やっぱり改めて憧れ惹かれました。その憧憬に加えて今度は、その素晴らしいことが、私だけ、独り占めが出来るんです。新しい人ではなく、私となんです。そんな感覚に、嫉妬で喘ぎ、苦しんでいた自身が満たされ癒されるような、快楽を味わいました。好意も恋情もすべて含めて私はこの人が好きで、関わっていたくて、話がしたいんだ、という気持ちが、確固たるものに変わりました。

其処からは、また、幸せな日々が始まりました。飽きられ捨てられたと想っていた、それでも好きだった、あの人との関わり。大きな枠組みが同じとは言え、やはり今までの趣味範疇からは少々外れていたので、二人とも新しくTwitterアカウントを取りました。二人ともいずれ誰かをフォローする予定ではいましたが、その時点ではお互いにお互いだけをフォローしているアカウント。そこは私にとって堪らなく居心地が良い、幸せ増長させる秘密場所になりました。

毎日繰り返す、共通趣味世界の話は昔の熱量を想い出して堪らなく胸がときめきましたし、そのアカウントは二人だけと言う気易さからか、少しずつ世間話も入るようになって。あの新商品が美味しかったよだとか、今度どこでどんなイベントをやるみたい、だとか。他愛ない日常世間話はまるでLINEのような一対一の会話で、Twitterで新しい人は勿論誰かに向けて話されるのとは確実に違うものだと感じて、私は至上の喜びを味わいました。

あの人が私と、私とだけ喋っている、ということ。嫉妬を拗らせて鬱屈させていた私が、あの人を独占出来るその時間依存していくのに、時間はかかりませんでした。けれど、同時に。過ぎたる幸福は、抱いてはいけない欲を育てるのも、早かったのです。

私は次第に、あの人が、今まで通りのTwitterアカウントで喋ることに、恐怖と苛立ちを覚えるようになったんです。

どうかしていると、笑われるでしょうか。あの人の自由を奪う行為に、賛同はきっと得られないでしょう。解っています、解っていても、それでも、尚。脳裏にこびりついた、また捨てられるという恐怖が、私の心を蝕んだんです。

また奇跡が起こって、私はあの人と二人の場所を手に入れて。これ以上無い幸せを味わいながら、その幸せは、いずれ弾けるものなのだと心の何処かで想っていて。あの人がまた新しい誰かと出逢うのはいつだろう、私には抗えない、勝てない、私よりもっとずっと上手な人と出逢い、その人に惹かれるのは、いつだろう?また、私との会話をぱたりと辞めてしまうその時は、いつ訪れるんだろう…?

そんな恐怖が日に日に増していき、あの人が今までのアカウントで喋っていると、その恐怖と焦燥感で一杯になるようになりました。あの人に捨てられる、飽きられてしまう恐怖が、あの絶望が、どうしても忘れられないんです。奇跡が覚める瞬間のあの足場が崩れるような、あの感覚を、二度と味わいたくはなくて。新しい人と出逢ってしまったら、私が勝てないことは目に見えていて。

まりの恐怖に、私は、あの人に、二人の場所に居る時間を増やして欲しいと、今までのアカウントに行く頻度を少し減らして欲しいと、お願いしました。それは、強制力のあるものでは無かったと記憶しています。ただ、二人の場所が大好きで大事であること、たくさんの人と繋がっているTwitterアカウントで皆に囲まれている姿を見ていると、寂しいこと、嫉妬してしまうこと…。今想い返しても、少し甘えたような可愛い我が儘だった、と想います。勿論、自分可愛いと言っているのではなく――後々言うことになる言葉に比べれば、かわいいもの、と言う意味で。

結果的に、この行為は私を泥沼に落としました。

最初に私がその葛藤を、恐怖を…嫉妬独占欲に言い替えてあの人にぶつけた時。その我が儘をあの人は喜んで受け入れてくれました。そして同時に、あの人が新しい人と出逢った頃、私自身その孤独に堪え切れずに誤魔化して他者と関わっていた頃。あの人も、他者と関わる私に対して嫉妬をしてくれていただなんて、リップサービスだとしても嬉し過ぎることを教えてくれました。私は、堪らなく幸せでした。そして、憚ることなくあの人に好意を伝えることが出来て、あの人からも、好意が返って来て。二人のTwitterアカウントは、本当の意味特別で、秘密場所に、なりました。迷うことなく二人の関係を恋だと定義付け、二人で趣味世界に没頭しました。お互いが、お互いのものになったんだと、幸せで、日々が満ちていました。あの人に感じる憧憬混じりの恋情はもう私の一番根の深い場所まで侵食していて、あの人が二人のTwitterログインしてくれるのを今か今かと待って、二人の時間に躊躇いなく依存して…あの人が喋るたびに、通知が来るようにして。専用の通知音が、私の幸福を彩りました。

から、きっと忘れていたんです。夢が覚めるものだと言うこと、奇跡が長くは続かないことを。もしくは、見ない振りを、気付かない振りを、していたのかもしれません。

そもそも、私の我が儘は叶えられたとは言っても、その言葉に―二人のTwitterに居て欲しいというお願いに、強制力はありません。今までのアカウントログインしたところで、私以外の人と本来趣味に没頭したところで…それを責め咎める権利など、私には最初から無いのです。

元々他者に囲まれることも、評価されることも好きなあの人は、今までのアカウントも変わらず利用していました。二人のTwitterにも勿論来てくれてはいましたが、私自身も今までのアカウントで喋っていましたし、割合は日によって変わりました。

今、本当に、此れを書いている今、想い返せば。これで満足出来なかった時点で、この恋は、いつか終わる運命だったのだろうと、私は想います。私は、幸福の量にも、恐怖の量にも、堪えることが出来なかったんです。あの人が今までのアカウントで喋っていると、恐怖で恐怖で、堪らなくなりました。叶えて貰った筈の我が儘では物足り無くて、納得出来無くて。不安は益々色を濃くするばかりでした。だって、また新たな人に出逢ってしまってからでは遅いのです。もっと素晴らしいことの出来る人に出逢い、惹かれて、あの人が私のことをまた捨ててしまってからでは、遅いのです。私が、その新しい人に勝てる訳は無いのです。だからこそ、二人のTwitter時間は堪らなく安堵して幸せで、もっと此処に居て欲しいと願うように、なりました。

それからの私は、恐怖と絶望に憑りつかれ、唯一の希望が二人のTwitterだ、と定義付け、お願いを繰り返すようになりました。いつものアカウント趣味の話をして盛り上がっているところに水を差すように帰って来てとコールしたこともありますし、今日はあちらのアカウントに行かないで欲しいとお願いしたこともあります今日だけはのもので居て欲しいとお願いし、それが表面的に叶えられ、私は仮初の満足を得て…そして、翌日になればまた不安に駆られ…気付けば、私のお願いは、お願いと言う枠を随分と超えるようになっていました。今日は行かないで欲しいと言う回数は日に日に増え、ある時は酷く甘い言葉で、ある時は、酷く乱暴な言葉で。まるでDVの飴と鞭のように、私はあの人を、追い詰めました。

好意嫉妬独占欲を盾に、私の歪んだお願いは時として命令染みた強制力を持つようになりました。あの人が他者と関わろうとしたら、私も同じように他者と関わって、嫉妬しまたかと問うてみせて、それなら二人でTwitterに籠りましょう、嫉妬するのは痛いでしょう、と…身を以て感じさせるようなこともあって…まさに、泥沼でした。私は、あの最初に"捨てられた"感覚から、抜け出せていませんでした。あの人を、根底から信じられなかったんです。いつか誰かに惹かれ消えてしまう人なのだと想い込んで、もう、その固定観念から、抜け出せなくなっていたのです。私の行動はエスカレートし、あの人の行動を制限し、出来ることがどんどん消えていき、いつしかTwitterアカウントに割く時間は逆転して――二人で、二人の居場所だけに引き籠るようになっていきました。

それでも私の膨らんだ恐怖は拭い去ることが出来ず、私は二人の居場所に居ても尚不機嫌で、苛立ちが隠せなくなる日が、増えてきました。お互いに没頭していたはずの趣味の話も出来ないことが増えて。そんな日々が、楽しい筈がありません。あの人は楽しさを求めて今までのアカウントログインし、私は其れを見て益々苛立ちと恐怖を募らせて…まるで、鼬ごっこです。沈み始めた泥沼は底無し沼のようで、私も、きっとあの人も。正解が解らないまま、お互いの可能性を、殺し続けました。

何処かで、きっと満足出来るラインがあった筈なんです。だけど私は、それを見付け出すことは出来なかった。満足することは、出来なかった。あの人は私の歪んだ独占欲嫉妬を受けながら、他者と関わることを辞めはしませんでしたが、それでも出来る限り、私に愛を誓ってくれました。でも、それって、とてもとても中途半端で、生半可で、生殺しなんです、と書いてしまう私は、やっぱり冒頭にも書いた通り、救いようのない、ヤンデレメンヘラだと想います

でも、だって、私はこんなにもあの人が欲しいのに、私はあの人だけで構わないのに、あの人と二人きりで趣味に没頭していられるなら、それだけでも幸せなのに。どうしてあの人は、私を愛していると言いながら、他の人を見るんでしょう。そんなに、他の人と行う趣味楽しいですかと問いたくなって、そうですよね私なんかと一緒に居るより楽しいですよねと、黙ったまま、傷付くんです。勝てる訳が、無いから。あの人が他の人と関わるたび、私よりずっとずっと凄い人と出逢って、どこかに行く為じゃ、ないんですか?どうして、私を見てくれないんでしょうか、と、恐怖から来る理不尽で身勝手欲求が、抑えられないんです。劣等感が身動きを取れなくさせて、あの人に、誰より愛していると言って欲しい、認めて欲しい、何処にも行かないと言って欲しい…と、私の存在意義は、どんどんあの人から言葉に委ねられました。承認欲求を満たして欲しい、独占欲嫉妬を慰めて欲しい。そんな風に、転げ落ちていきました。

何度も何度も責めました。何度も何度も謝ってくれて、二人の場所に居ると誓ってくれました。それでも、あの人は想い出したようにいつものアカウント趣味世界を拡げては知らない誰かと出逢って、愛されそうになるんです。気が気じゃなくて、私は、いつも、あの人を監視していないと、落ち着いていられなくなりました。その頃にはもう、私の余裕なんて微塵も残っていなくて、私とあの人の趣味の話は殆ど無くなっていました。悪循環だ、と気付いた時にはもう遅く、趣味の話なんて残っていない、ただあの人の存在に執着して二人の場所に籠り切り固執する私と、息苦しそうに、私とは趣味を共有出来ないと判断して、いつものアカウントにもログインし続けるあの人が、残りました。今、想い返しても、可哀想だ、って想います妄想に憑りつかれてしまった私の心も、その我が儘に振り回された、あの人も。

そんな悪循環から抜け出す術があれば、それを私が知っていれば、この文章にも起承転結が生まれて、もしかたらこの恋はハッピーエンドを迎えられたのかも知れません。もしくは、少しでも泥沼から抜け出せたのかも知れません。けれどこれは、私の歪んだ恋心が終わるまでの顛末ですから、結局は"このあとも、あの人が限界を迎えるまで、この地獄のような鼬ごっこは繰り返されました"と、作者が放り投げたような展開しか、待っていません。

私は、趣味世界に二人で没頭したくて、あの人の存在が行動が誰に与えられることが許せなくて、何処にも行かないように安心したくて、生活のすべてを呟くように義務付けました。お願いのつもりでしたけれど、暗に脅迫いたことを含んでいる言葉など、命令しかないと、今は想えます。それでも、私は、そうしないともう自分を保っていられなかったんです。帰宅したら二人のTwitterに来て、眠る瞬間まで、居て欲しい。会話をしながら、その返事が1時間以上空くのは堪えられませんでした。誰かと連絡を取っているかもしれない、もしかしたら見えないだけで、いつものTwitterで誰かとDMしているかもしれない…。そんな妄想に憑りつかれて、居ない時にはただひたすらあの人を責め、あの人の存在に餓え続けて。言い争うことも毎日のようになっていき、互いの言葉はどんどん酷くなり……そして、決定的な終焉を、迎えました。言っていいライン、と言うのは確実に存在して、それでも餓えて麻痺して、心の何処かで被害者を気取っていた私は、その地雷を、踏んでしまいました。それはあの人にとって堪えられる言葉ではなく、けれど其れを言うに至ったまでの経緯も私にとって堪えられるものではなく。お互いに追い詰めて、お互いに限界を迎えて……当然と言えば当然の、結末でした。

あの人は私と関わりたくないと言い、私も、もうこの恋を続けてしがみついても幸せになどなれないと、想います。この先、私が癒える方法など私自身では想い付きもしませんし、それはつまりあの人の自由を許せないことです。息苦しい想いだけを、させることになるのです。私も、裏切り続けられ疲弊し、泥沼に沈んだままです。追い詰め、逃げ、それを責め……そんな悪循環しか戻れないと、お互いに解っていて、だからあの人は私との関わりを無いものします。そして私はそれを上手く出来ずに、この文章を、書いています

依存しきっていた、毎日交わしていた言葉が無くなって、私の日々は表面上、穏やかです。

ただ何もせずとも、ぼんやり時間は過ぎていきます。けれど、壊れてしまった私の箍はどうしようもなく、今でも、あの人が何をしているのかを考え、頭のおかしヤンデレから解放されてきっと幸せなのだろうと想うのに、一言でいいからまたあのTwitterで喋ってくれないだろうかと待ち、いつものアカウントはいかないで欲しいと、願ってしまうのです。

愛しています、と、愛していました。どうか私のことを忘れて幸せに、と、今すぐ私と死んでくれたら良いのに。今、あの人に向ける言葉は何を想ってもぜんぶが矛盾していて、自分の往生際の悪さに、辟易しています。この恋に未来は無かったと、泥沼だと散々書き連ねてきたのに、それでも尚、この恋さえあの人さえ居れば私は他に何も要らなかったのにと、未練がましいことばかり想ってしまって、でもその数分後には、最低だと、あの人が私にしたきたことを反芻しては心の中で罵って。私はどうしたいのか、もう解らないまま、この文章を書き終えようとしています

私はこの恋をまだ教訓には出来ていませんから、お説教染みた、愛した誰かを大事にしてくださいだとか、相手を信じてだとかをこんこんと語る気はありません。この文章は何処まで行っても私の歪んだ恋愛録でしかなく、フェイクが多分に含まれている時点でその記録としても殆ど価値は無いものです。それでも、この飽きる程に長い文章が、愛しくて愛しくて堪らなくても上手くいかなかった、拗れて病んだこの愛情存在していたことが、このネットに残れば良いなあ、と想っています

2016-09-08

ネット言論汚物は消毒になる理由

謝っても手加減や力加減なく殺しに来る人に謝る人はめったにいないか

謝らせようとする側の怒りや言動エスカレートする

2016-09-05

韓国人とどうすれば和解出来るだろうか

韓国反日はあまりにも色々盛り過ぎ

国内のいろんな問題を適宜解決せず反日押し付けしまった。

そこまでの強烈な反日をする為に「日本による暴虐の歴史」も盛りまくってしまった。

それに一部の日本人積極的に、それ以外の日本人消極的に加担してしまった。




膨れ上がった反日ものすごい歴史観について

韓国は全部日本に尻を持ち込めるつもりでエスカレートしてたのに

急に日本が我にかえって「それは事実と違うでしょ」「いつまでもそういうの付き合ってられないよ!」と言い出してしまった。




合意解決しない理由

慰安婦にしてもそうだ。

A「日本人慰安婦より少ない割合で総数4000人ほど確認されてる給料を受けてた朝鮮半島女性」が

B「人攫いのように連行された20万人」「レイプの後にほぼ全員殺害されて帰ってこれたのは数百人」という話になってる。




Aの事実についてならば安倍とパクの合意妥当だ。

基本条約解決のうえで更に10億円を拠出しお詫びの意志を出す。

十分な決着として互いに未来へ向かえる措置だろう。




しかしBのストーリーに照らすならとんでもない解決だ。

安倍は許しがたい冷血人間でパクは売国奴になってしまう。

一般韓国人が怒ってるのはそこだ。




だが…

今更Bの虚構性を指摘できる人間韓国はいない。

指摘したら社会的生命がなくなるし下手すれば肉体的にも死ぬ

パクは主張できる事実がAまでだとおそらく知っているが、Bを言う国民に今更訂正できない。

別にパクだけで作った虚構ではなく、20年ぐらいかけて歴代政権が作ってきた虚構だ。

パク1人で責任取りたくない気持ちもわかる。




次の大統領になってもそうだろう。

から終わらない。

2016-09-03

最後に逃げた記憶だけメモ

 とげったーで、ヤンデル先生が逃げればいいって言うけど実際に逃げたひとの話を探しているとのことだったんだけど、長くなっちゃうしツイッター垢で言いたくなかったんではてなに吐きますhttp://togetter.com/li/1018934

 亡くなった母の家に自称カウンセラーが入り込んでいて、住み着いているだけじゃなくて長年精神的にも金銭的にも支配されてた。母の遺産も後の裁判の結果半分奪われたし。

 母の生前から家を出ては数ヶ月後に保護されるような荒んだ環境だったけど、2010年辺りから自称カウンセラーが手足で行っていた暴力ベルトなどを用いられるようになって、自分の手足を痛めないか暴力エスカレートしていた。

 元々中学入ってすぐに不登校していて(不登校に導いたのも自称カウンセラーわたし自身は腹を下すのには困っていたけど休みたいとまでは思ってなかった)小学生程度の知識しかないうえ、全てを支配されていてお前には知識必要ないって本や新聞を読むことさえ禁じられてたこともあって正常な判断が出来なくなっていた頭でも、このまま家に居続けたら死ぬな、しかも罪を被ってくれる信者(笑)いるかわたしが死んでも刑務所には入らないだろう、そんな不本意な死に方するくらいなら野垂れ死んだほうがマシだと思って、それまでは何だかんだ行って情に絆されて帰ってくることもあっだけど何があっても耳は貸さないと決めて逃げ出したのが最後家出

 確か家を出たのが8月、昼間はイオンとかのフードコートで昼寝してたり、夜はゲーセンで人のプレイ眺めて遊んでるか神社の軒下で寝てたり、もちろん身綺麗ではないよ色んな意味で。311を経て4月末に警察保護されてまたあの地獄に戻されるのかと思ったら父親側に引き取られた。

 父に聞かされたのは、それまでわたしが家に居着いてる時は週一度くらい会っていて金をせびられていた(正しくはわたしがせびっていたのではなく、自称カウンセラーにさせられていただけ)のに私に会えない状態で金だけを自称カウンセラーにせびられて何ヶ月も経った頃、知り合った人に相談したら、その人の息子さんが警官だそうで、殺されている可能性があるのではないかと言われて警察相談して家宅捜索に踏み切ったとのこと。血痕を調べるために深夜にやったらしい。結果遺体は見つからなかったけど居ないことが分かって捜索されていたそうな。

 その後、前述の知り合った人のコネで働けるようになったんだけど、そこもまた社内の待遇というよりその界隈自体ブラックで、今までの人生のせいか(このままいたら死ぬな……)と悟って学校に行きたいからという理由で辞めて高卒認定とった。それでそのままの流れで大学社会人入試受験。受かった時「ざまあ」って思ったなぁ。だってお前には知識必要ないって洗脳され続けて、自分学費使い込まれてるのに自称カウンセラーの息子は私の母の遺産で院卒なんだもん。

えっと、逃げたいみんなに言いたいことは、

世間体とかどうでもいいんで警察裁判所も巻き込んでおおごとにする、どうせ周り近所の人間なんか異常に気づいていたところで助けもしないので自分たちしかあてになりません。

情報遮断されたら人は弱い、正常な判断できなくなる。逃げ出してる間は電器屋の店頭なりネカフェネット使えていたのに好きなことばかり調べていて自分状態を調べなかったのは、まず他人が家に住み着いていて金を吸われている異常に気づいてなかったから。

③あとお勉強大事、何も知らないってことは怖い。10代の吸収が良かった頃にまともに本が読めなかったことは今も悔しくてたまらない。

④でも、いく学校なんかどこの学校でもいい。世間はよほどのエリート校でもない限り大卒高卒か中卒かみたいな見方するようなので環境が悪いんなら定時制とか通信制高校行けばいいし高卒認定取るのでもいい。認定予備校通ってたけど発達障害の子たちそこそこ居たけどいじめとかなかった。あ、強いていえばわたし個人認定クラスリーダー格みたいなババアが凄く苦手で(色んな意味自称カウンセラーに似ていたせい)女性からハブられてたけどw だからって互いに大人なんでうわぁ関わりたくねぇなってだけです。男の子たちは不良っぽい子もコミュ障も仲良くしてた。もちろん先生たちが落ちこぼれた子を教えるプロだったからってのもあるけど、環境的に嫌なら授業サボっちゃえばいい(その代わり真面目に受けないと認定落ちる)ので圧迫感が無かったんだと思う。

 とにかく中卒(実質小卒)からでも高卒認定取れたし(数学は落としたけど単位履修した)その気になれば大学入れます。中身はすっからかんで悔しい面たくさんあるけど少なくとも正体の見えないどうしようもならない劣等感ではなくて、明確な、対処のしようのある劣等感に変わりました。

 だから可能であれば逃げて、それから再び這い上がる道を選んで欲しい。若ければ若いほど埋めなきゃならない穴は小さくて済むので。