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2016-09-25

聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語

自分聴覚障害者感動ポルノを描いてくれと言われたらこういう作品を描くと思う



主人公男の子クラスのガキ大将

ヒロインは耳の不自由女の子

ある日、主人公の通う学校ヒロインが転校し、そこから物語は始まる



主人公は耳の不自由ヒロインに対し好奇心からイジメを行う

ある者はそれに加担し、ある者は見て見ぬふりをする



しかしそのイジメエスカレートし過ぎた結果、大人の介入を招き、主人公は一人全ての罪を背負わされる

ヒロインへのイジメはその後も続くが、主人公クラスで完全に孤立する



仲の良かった友達に殴られ、上靴を隠され、イジメる側から一転、イジメられる側になった主人公

ある日、朝早く登校してみると、いそいそと自分自身の机への落書きを消しているヒロインを目撃する



やられるばかりでやり返すことのない、そんなヒロインを見て内心馬鹿にする主人公

自分はそんな事はないとばかりに、クラスメイトが上靴を隠す現場をおさえ殴り掛かる



しかし、あえなく返り討ちにあってしま

ズタボロになって横たわる主人公、ふとそこへあらわれるヒロイン

そっと主人公の元へ歩み寄り、笑顔で手を差し伸べる



「親切ぶるな!言いたいことがあるなら言えよっ!」

差し伸べられた手、それを拒否した主人公は叫ぶ



一ヶ月後ヒロインは転校する



明くる日の朝、机をみて主人公は気付く

あの日の朝、いやこれまでずっと、ヒロイン必死落書きを消していたのは彼女の机ではなかった、自分の机だったのだ……と



自分の愚かさに気付いた主人公

しかヒロインはもういない

行き場のない気持ちを抱えたまま、一月、一年と時はたち、主人公は次第に自分の殻へとこもっていく



友人もなく、楽しいことも、したいことも、自分にはただの一つも生きている意味がない

死のう……

いつしか主人公自殺を考えるようになっていた



死ぬ前に何がしたい?

そうだ、あの女の子に会いたい……

会って……俺は――



そして、ヒロイン行方が分かった日

主人公は全ての身支度を整えヒロインに会いに行く



そこへ近づくにつれ、鼓動が高鳴る、トクントクンと

そんな自分に動揺しながらも、一歩、また一歩主人公は歩を進める

そして――



髪は少し伸びてる

身長も、いや、でも俺の方が高い

服は?制服

良かった、学校に行ってるんだ

何か言わないと、何か……

そうだ……一体、俺は……何を――



ずっと望んでいたこと、しかし心の揺らぎを止められない主人公

成長したヒロイン、昔とは何もかもが違う

でも……

ただ一つ、かわらないもの……

そこにはあの頃と同じよう、ただ静かに、そしてやさしく微笑みを湛える笑顔があった……




「ともだちに……なれるか?」



主人公の口から出た言葉と憶えたての手話

はっと驚き頬を赤らめるヒロイン

その右手主人公の手のひらをぐっと握っていた





この物語にはヒロインの心の変化は必要ない

心の内側を描く必要もない

ヒロインはただ一人孤独に頑張り、ただひたすらに耐え、ただひたすらに優しく、最後主人公を受け入れるだけの人形で良い

なぜなら感動ポルノから



聴覚障害物語ギミックだ、主人公イジメ動機となる

そして障害というハンデを背負うヒロインが頑張る姿は読者の涙を誘う



障害者人格無視して、天使のように扱い、都合の良い部分だけを切り抜き

健常者が成長するための道具としてのみ使う



これが感動ポルノだと思う



ところで

聲の形感動ポルノ

ヒロインイジメたことで孤立した主人公が成長した後、ヒロインと再会し救われる、そして恋に落ちる

こんなもの感動ポルノしかない」

こういう声がある



しかしそれは違うと思う

聲の形はここで物語が終わるのではない

ここから物語が始まるのだ



殆どの人はわかっていると思うが上述した物語聲の形の導入部だ

確かにここで物語が終わればそれは感動ポルノだと思う

しか聲の形という物語はこの出会い、再会の部分から始まるのだ



そしてその後、感動ポルノでは決して描かれることはないであろうヒロイン内面、その葛藤

決して天使はいえないようなどす黒い部分、それらが主人公含めその他の登場人物と共に描き出される



主人公は確かにいじめっ子ではあるがいじめられっ子でもある

ヒロインは静かでやさしいだけの天使ではない、他人迷惑をかけ、沢山の間違いを犯す

主人公ヒロインに救われるが、同時にまたヒロイン主人公に救われる

聲の形で描かれる主人公ヒロインは分かりやす勧善懲悪のような関係ではない

脇を固める登場人物達についても同じだ



ただ、聲の形で描き出されるキャラクターはみな、はっきりいって変人ばかりだ

美しい物語ありがちな聖人はまったく出てこない

から聲の形が嫌いだ、物語が気に入らない、そういう声があるのは仕方がないだろう



しか感動ポルノではないと思う



聲の形本来ならば幕が閉じる、美しい物語の終わりから始まる



聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語だと思う

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

2016-09-20

大学生男2人で「聲の形」を観にいった

映画聲の形」のネタバレ要素を含みます

*観に行った当日に書いたものです。極力他人感想等を見ない・聞かない努力をしています

*とはいもの記憶は薄れてしまっているので、読まれる方の混乱を防ぐためWikipediaなどのによりあらすじ・登場人物確認を行った上で投稿されたものです。

*自省的なものです。レビューは他のかたの記事をお当たりください。

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映画を見なくて久しい友達が、ハリーポッターくらいしかまともな(?)映画を見たことのない僕に「観に行かへんか」と誘われ数々の選択肢から導かれて「聲の形」を観に行くことになった。

コミック未読の身としては、予告編の限りでは「普通によさそう」だと思い前向きだったが、相方ヒューマンドラマ的すぎて醒めてしまうのではないか、と消極的。結局後々の話題性新学期の話のネタ)を考慮した結果がこれだったんですが。

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昼過ぎ集合、東宝の某劇場で別の映画を観るも機材のトラブルサイレントに。7割は観たけど全額返金で謎のオトク感をかみしめ、軽食をとり松竹うつる

スクリーンにつく。若い人が多い印象。ぼくらみたいに男だけで来てる集団もかなり多かったような・・・

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そろそろ作品自体の話に移りましょう。

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小学生時代経験する個々人のやりきれなさ。

主人公石田責任を負う形にはなるが、西宮に対するいやがらせ根本的には植野黒髪女子から始まったように描写されている。

それはいじめに発展しますが、

そもそもこの「いやがらせからいじめ」への変遷で最も大きなものは、攻撃人数の増加・攻撃者の集団化だと思う。

集団化とは、ときに思わぬ人を巻き込むこと。川井クリーム色の髪の女子)は集団化の被害者であり西宮への加害者である

また、極端な描写はいえ、教師配慮の無さも事態エスカレートさせている印象があった。

加害者追及(石田が全責任を負う)の場面は自分小学生時代記憶フラッシュバックした・・・加害者ではなかった分とても不愉快記憶

そして集団性は攻撃標的をも流動的に変えてしまう。

どれもこれも、人の未熟さゆえの出来事であり、高校生になった今、未だ未熟でありながらも、子どもたちはあの時の集団性を見返すのです。

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高校生時代感情の衝突。激しくむごたらしくも、清々しい。

なんといっても、主要人物全員が橋の上で集まるシーンがこの作品の中核をなしていると思う。

広義的ないじめ加害者観測者はすべてあの人物中にカテゴライズできる、と言っても過言ではないかもしれない。

そしてその一人ひとりに対し「主要な」いじめ加害者石田が吐き捨てる言葉は的確であり、「こんなやつおるよなあ」と感心したくらい。

植野も、口は悪いもの的を得発言が多く痛快。正直悔しい。

永束のキャラ性は決して浮きすぎず、むしろ重くなりがちな展開を緩和してくれてありがたい。

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途中に入れようとしたけど入れられない書きたかったところ。

西宮の「お人好し」に対する描写

すぐ「ごめんなさい」と伝える傾向にある西宮に対し、怒りを爆発させる植野の心情。

川井の清々しいまでの自己防衛

いじめ攻撃のある場にいるだけで参加しているようなものだ、と思う(陳腐ですが)。これを自覚できずただ流されるままの人間にはなりたくない。

たとえ偽善者と言われようと、嫌悪感を抱いたら行動は起こすほうがいい(身の上のためにも)。

島田広瀬の扱い

島田金髪男子遊園地バイト)はともかく、広瀬Wikipediaみるまで覚えてなかったんですが、なぜ彼らが石田の命を救ったのか。

・永束の扱い

記憶が正しければ劇場においてはいわゆる「正義の味方」役にとどまっていたはず(Wikipediaに載っているようなバックグラウンド描写されていない)。ただこの一面だけであっても、実に典型的現実的いじめ観測者になっている。

・美也子(将也の母)の人物

綺麗事を並べているわけでもないが、将也をはじめとした多くの人物一言で影響を与えるとてもいい役をしている。画面にいるだけで安心する(?)。

八重子(硝子の母)の人物

劇場では厳格で冷たい人物であるように事故前まで描かれていた。館内で配られたSpecialBookでバックグラウンドが補完されている(ことにあとで気づいた)。

・いと(硝子の祖母)の存在

・そして、結弦

思えば彼女高校生に混じって違和感なく接している(!)。

石田西宮が立ち寄った現代美術モニュメント群は一体・・・

はじめは金沢美術館あたりかなあと思ったんですが、舞台である岐阜大垣市結構名古屋寄り・・・今度調べなければ。

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全体的な感想としては、久々に映画を観るからか、とても楽しめましたし、精神的収穫もありました。

これが「日本映画典型的なお涙頂戴」とは違う感慨であってほしい・・・

とりあえず自分の思ってたことはかけたので、他の人のレビューを見ていって補完していきたい所存。

映像化されたらまたゆっくり観たいですね。

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以下オタク雑感。

早見沙織、やはりうまい

アニメをみてたのはほんの一時期だったので全話見て知ってるのは俺妹のあやせたんくらいなのですが(すでにうまい)、某動画サイト異能バトルなる作品での名演が残されています。5分間しゃべりっぱなし・・・

硝子のような役回り彼女くらいの技量がないとつつがなくいかないのでしょう。

2016-09-19

映画聲の形感想ネタバレあり)

いじめの様子を目の当たりにして、僕は劇場に来たことを後悔した。

原作である漫画は全巻読んでいて、事の結末まで全て把握しているはずだった。

それでも、イラストだけでなく映像という形で視聴する事で、これが初めて観る作品であるかのような衝撃と胸が締め付けられるような感覚を得た。

「このままだと孤立するぞ」と事前に忠告をしていた将也。

筆談ノートで授業の内容を伝えようと奮闘していた植野

手話を通してコミュニケーションを取ろうとした佐原

最後に硝子に抱き合ってくれた川井

いじめを招いてしまった当事者のみんなも、いじめに対し悪気は無かったのだと思う。

けれども、将也を中心とするいじめは次第にエスカレートし、植野はそれを一緒に楽しみ、佐原は辛くなり途中で逃げ出し、川井は見てみぬふりをした。

川井台詞は後の将也に対するいじめの決定的な理由を作った。)

高価な補聴器の紛失と故障きっかけとなり、硝子は転校し硝子へのいじめは収まった。

ただ、いじめの矛先は将也に切り替わっただけで、硝子へのいじめが明るみになった事が、いじめのものを無くす方法にはなっていなかった。

将也と硝子の自殺未遂共通していた未遂の発端は、2人の弱さにもあったと思う。

いじめられ孤立し周りが見えなくなった将也。

作中、周りの生徒の将也に対する誹謗中傷台詞は、将也自身の声が当てられていたが、卑屈で自意識過剰になった将也のメンタルが反映されていたと思う。

また、自分へのいじめは見て見ぬふりが出来たものの、想い人が嫌な目に遭っている事に、ついに耐えきれなかった硝子。

小学生の当時から生きやすいように、自分にとって都合の悪い部分から目を逸していたものの、それを直視せざる得ない状況になって限界を迎えてしまった。

決して2人だけが悪いという話ではない。

かと言って、誰が悪いというわけでもない。

コミュニケーションのぎこちなさが、微妙な噛み合わなさが、作中の登場人物が置かれたいびつ状態を作り上げてしまったと感じる。

ただ、2人に関わった人達が硝子の未遂と将也の転落事故きっかけに少しづつ変化し、将也の通う高校学祭を迎える事となる。

そこで、ついに将也の雨空のような視界が晴れやかとなった。「×」が付いていた周りの人達の顔から「×」が全て剥がれたのが、将也自身の心境に変化が生まれ証拠だろう。

硝子についても、植野に対して手話で「バーカ」と言い返していた。人に対し言いたいことをきちんと言えるような人に変化したのかもしれない。

物語終盤は、2人の未遂を乗り越えて成長した人たちの様子が描かれていたが、同時に視聴者である僕達の変化も期待されているのかもしれないと感じた。

この作品におけるいじめは、身体障害を持つ硝子の身にのみ起きたものではなく、健常者である将也の身にも起きた。

聴覚障害という硝子の身体障害きっかけではあったものの、それが無いと起こり得ない話だとは感じられなかった。

作品の中で植野は「西宮最初からいなければ良かった」と硝子に対して直接言ったが、後にその植野自身手話を覚えたという事実だけで、硝子のネガティブ気持ちはだいぶ軽くなっていたと思う。

聴覚障害者、ひいては身体障害者が持つ障害という名のちょっとした壁を、たったそれだけをきちんと考慮し、周りの人が受け入れ取っ払おうと努力する事が出来れば良い話なのかもしれないと感じた。

それは身体障害者だけではなく、他の極一般的な人たちに対する差異理解にも通ずるものだと思う。

万人がそういった感覚を持つことが出来れば、いじめは無くせると思う。

そういった理解を助けになったこの作品を視聴することが出来たことは良いと思えた。

もう当初の後悔は無い。

2016-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20160917013814

いまどきこんなに○○ハラって騒がれてるのに、普通こんなことするだろうか。

自分とは無関係だと思っているアホな人はたくさんいる。

会社の中で元上司からの誘いだから、おおっぴらに断りづらいと思うがはっきり断っておかないとエスカレートするし、

あいまいなままにしてると、周りの人も「嫌そうに見えなかったよwww」とか言ってくるから早めに対処しとくべし。

共通の同僚にそれとなく困って迷惑してると吹き込んでもらうとか、人事に相談するとか。

2016-09-10

成熟なのは過激ヘイトスピーチ批判者側だよね

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160908185445

id:exterminator イジメが発覚したときに「単なる冗談だった、マジになるなよ」って言う子供理屈にまともな大人が合わせてやっても何もよくならないと思うけど、こんなに子供理屈に合わせたがるひとが多いとはビックリ

id:kiku-chan 差別発言で「知らなかった」では許されないのは基本だと思っていた。/増田らの被害者意識交通違反の取り締まり時に「なんで他にもっと酷い違反者がいるのに自分?」と開き直るのと一緒では?

こういう、例えがおかしく元の話からずれてる例え話は百害あって一利なし

最初は「警察官の態度が横柄」みたいな例え話で応答しようかと思ったがずれた話に取り合ってもしゃーない。

id:nost0nost 「いきなり殴らないで教える事が大事」とか言ってる奴に星ついててびっくりした…いきなり殴られたのはどう見てもアイヌの側何だが それは無知ゆえなので優しく語りかけようって馬鹿でしょ 小学生開き直りレベル

一番ひどいのがこれで、まずtwitterサーチしてリプライ読みに行って「いきなり殴られた」はない、ということがわかってない。経緯知らないのかな?

初めてそのリプライを読んだ時に「殺す」というワードの強烈さにショックを受けたというのはわかる。

しかし、だったら吊るし上げ凍結という手段なんてほぼ確実に相手にショックを与えることがわかりきってるわけで、自分がショック受けたからといって相手にショック与えていいことになるわけない。

仮に「ショック受けた無罪」でショック与えられるとしても、今度は相手が「ショック受けた無罪」発動させて…の泥沼になる。

他のエントリブコメでも勘違いしてるのが多いんだが、「今回の件がエスカレートしたこと」のきっかけ(今回の件のきっかけじゃなく、為念)は「アイヌ殺す」リプライではなくkotoneiの引用RT

から「今回の件がエスカレートしたこと」についてはkotoneiが多分に悪い(開き直りも悪いと明記しておく)。

 

で、元増田はいきなり殴るのがいいのか悪いのかという話をしてたわけだが、これに対して最初に殴られたのはアイヌ側とか言い出し(しか事実誤認)、穏健な意見子供理屈とか小学生開き直りとか言って貶す。

あえてこいつらと同じレベルで言うならこれは中学生レベルの話のすり替えレッテル貼りだね。

自信があるなら恥じることなく「いきなり殴るのはいい」とはっきり書け。それができないか婉曲表現で「なんでえ別にいいじゃねえかいきなり殴ったって」という感情を遠回しにぼやいてるんでしょ。

あ、内心を忖度してしまった。すまんな。

まあ元増田がわざわざここポイントですよって太字で書いてくれたところを無視して別のポイントから反論するっていうのはそういうことでしょうよ。

 

さて、なんで優しく語りかけた方がいいかというと、マナーとかはもちろんとして、単純に話聞いてもらえる成功率が上がるわけじゃん。

相手無知だったらなおさらで、話の聞かせ方によっては凝り固まる前の相手の頭にこっちの考えをインストールできるわけだし(露悪的な表現だが教えや諭しにはそういう一面はある)。

実利的に考えてもウエメ晒し吊し上げ通報呼びかけしてアイヌ側が得することが何もないんよね。

ヘイトスピーチ者を放置することによる害を阻止とか言われる可能性があるけど、「殺す」発言の人は別にヘイトスピーチ者でないことは明白だし、手段が完全に過剰制裁から

話を聞いてもらって味方を増やす可能性を自ら閉ざすのは目先の「こいつらわかってねえし潰すわ」欲求を満たすのと差し引きでは大損。

もう一度あえて低レベル小学生コメント対応させるなら、開き直りすらさせないようにするのが大人、実利を取るのが大人

それができないんなら未成熟なのは過激ヘイトスピーチ批判者側だよね。

そういう実利的な理性的対話とかはなから目的じゃない、普段からの蓄積でつい感情的に過剰防衛してしまったんだーという筋なら上記の話をある程度無効化できる。

でもそれなら過剰防衛喰らった側の過剰防衛開き直りも引き受けなきゃいけないんじゃねーの?

自分らは感情的対応するけど相手理性的対応してくれっていうのは最初に殴った方の持ち出す筋論としてはおかしいから。

殴られた側が言うのもアレだしムカつくのはわかるけど、今回に限ってはかなり情状酌量余地があるしね。

というかここまで「側」って言ってるけど殴られた本人は凍結しちゃったら自分の口で反論することも(Twitterでは)できなくなるんだよなー。マジで凍結呼びかけは卑劣なのでやめましょう。

 

なんというかな、今回の件はほんと何らかの問題がよくわかってない人にものを教える、諭す、説得する、変節させて問題意識を持たせるということの労苦を甘く考えてる人が多いんだなと思った。

上で書いた大人、実利を取るというのは言葉にすれば簡単だけどほんとに難しい。まず無理ゲーだと思ってくれていい。

その労苦に満ちた無理ゲーさと向き合いながら地道にやっていこうとする人は偉いんだけど、「自分たちにはできる」と思い込んで実際やることは吊し上げみたいな連中は害悪しかない。

なんでチープな手段に出るのかといえば結局その手の人たちは対話コスト払う気がないからじゃん(推測だけど)?

でも対話とかする気ない(問題意識いから当たり前)人と対話しようと思ったら対話コスト払うのは話しかける側っていうのは当然じゃん?

コスト払う気もないし労苦を引き受ける気もないし煽られて会話シャットダウンされたら即キレて暴走する…もうちょっとちゃんとしてくれないと文字通り話にならんのよ。

ちゃんとしてない人は自分のちゃんとしてなさを自覚し、無理ゲー絶望し、後のことはちゃんとした人に任せて口を閉ざして退場した方が界隈のためになるんじゃねーの?

といううんざりした感想になってしまった。本当にうんざり

2016-09-09

拗らせヤンデレが自滅したはなし

別名と言うか、長々と書いてみると。拗らせた承認欲求依存嫉妬心独占欲を爆発させたヤンデレ、その根源に巣食い続けた劣等感のはなし。

今こうして自分で並べても笑える程に、救いようのない要素だけで生成された恋の寿命は、三年に届かず終わりを告げました。大層に書き出してみましたが、結局何があったのかと言えば、好きな人を失いましたという、20文字にさえ満たない、世間一般に転がっているような、何の変哲も無い話なんですけど。

そんな、何の変哲も無い話だからこそ、タイトルを付けるにあたって、ヤンデレと言えば多少はライトに聞こえるだろうかと希望を籠めて。それでも結局は、どうしようもない程構ってちゃんな我儘メンヘラが、独りの人間を食い潰した話です。追い詰めて追い詰めて、限界がきて縁が途切れて、そして、私も自滅しましたという笑えない救えない話です。

それでも、この文章を書き切ることで、この喪失感が埋まりやしないだろうかという期待をしています。悲しいです。苦しいです。でもそれ以上に、この恋がもう駄目だったのだという事を、誰より私自身が理解しているつもりです。そう書きながら、それでもやっぱり苦しいですと続けたくなるぐらいには、依存していた心はどうしようもなく、矛盾していて。

それから、もうひとつ私自身、時間がある時は常にネットの読み物を漁っていて。匿名のまま、色々なことに真剣に長文を書いている人がいる。そういうのを読むのが、好きなんです。以前Twitterで見掛けたんですけど、文字や長文を読むことに依存していて読み物のジャンルは問わない、っていう状態。私、それも当て嵌まるなぁって想ったので…どうしようもないこの歪んだ恋のなれの果てが、とあるヤンデレの恋の顛末が、ネットを漂う読み物のひとつになればいい、と想っています。こんな想いは有り得ないと一笑に付されるのでも構わないし、この歪んだ欲求が誰かに共感して貰えるなら、それはそれで凄く嬉しいこと。勿論匿名ダイアリーなのでそれを私が知る術はおそらく無いんですけど、それでも、このメンヘラ日記が誰かに見て貰えるのなら、この恋が誰かの時間潰しになるのなら、なんて願望も抱いています

わたし最初にあの人と出逢ったのは、共通趣味世界で、その場所Twitterでした。

まずはその上手さに本当に驚いて、心底、凄いと想いました。ただ見惚れて、あの人にしか出来ないことに、心から惹かれた瞬間のことを、未だに強く覚えています。この人と関われなかったら後悔すると想って、勇気を出して声を掛けて、関わりを持てるようになって。そこから幾つかの幸運が重なって、あの人に、私の出来ることも認めてもらうことが出来て。一緒に、趣味に携わることが出来て。

毎日毎日Twitterでお互いにすごい熱量でその趣味のことを話すことが出来るようになって…本当に幸せでした。仕事が終わって、あの人がTwitterに浮上するのが本当に毎日の楽しみで、どちらともなく声をかけ、楽しい会話が始まって…眠る瞬間までそれが続くんです。本当に、睡眠さえ惜しい程、ずっと喋っていたいぐらいでした。あの時期、私の思考回路自由時間もすべてあの人の為にあったと言い切れますし、憧憬尊敬混じりの好意は、募る一方でした。たくさん時間を重ねて、私自身も、あの人の思考回路を占められていた自信があります。恋情ではなかったとしても、好かれていた、という自負も。本当に、私の一目惚れに近かったので…奇跡みたいな話だと、状況だと、ずっと想っていました。ずっと、夢中でした。まるで夢のような日々が、あっと言う間に始まって、私の日常侵食していきました。

だけど、奇跡はやっぱり奇跡で。私にとっての夢は、長くは続きませんでした。

その趣味世界で、あの人は、私より素敵な人と、出逢ったんです。それはいつか起こることだと理解していましたが、本当にあからさまなぐらい、毎日たくさん話していたTwitterでの会話はぱたりと止みました。あの人は、新しく出逢った人と毎日時間を重ね、私としていた時と同じように…いいえ、それ以上の熱量で、沢山の言葉をその新しい人に向けました。趣味は私ではなくその人とやるようになり、私が構って欲しくて、お話がしたくて近付いても、ええと、その頃はまだ星のマークでしたので、星が飛んでくるだけで。やるせなくて、悲しくて悔しくて寂しくて、どうしようもなくて。私はその時、一回目の失恋しました。

所詮Twitterでの話し相手を失っただけだ、と笑われるかも知れません。それでも、会話をする内容や頻度、趣味世界の話。文字はその人に惹かれるには充分な要素であると、私は想います。あの人に向けていたのがその時点で好意だったのか、恋情だったのか、その当時の私にも、今想い返してみても、断言は出来ません。それでも、欲しくて欲しくて堪らない人が私の方を向いてくれない、明確に"興味を失われた"その感覚に、涙が溢れて止まらなくなりました。毎日毎日、あの人がTwitterに居るのに、私とは話さずに、新しい人と、趣味に夢中になっているその姿をぼんやりと見ているその日々が、辛くて苦しくて、息を止めてしまいたいと想って。それでも、Twitterから離れることは出来ませんでした。心の何処かで、あの人が私の方を向いてくれていたのなんて最初から奇跡だったのだからと諦めを付けようとしている自分自身が居るのに、それに堪えることも割り切ることも出来ず。新しい人が私よりずっとずっと上手な人だったので…劣等感も悔しさも、仕方ないと想う心も。全部が、綯交ぜになったまま、ただ、其処に存在し続けました。

そして、私自身も、誤魔化すように、また違う誰かと出逢いました。そして、趣味の話を、あの人以外の人と、とりとめも無く喋っていました。文字は凄いと想います。笑っていなくても、笑えます。心が沈んでいても、テンションは幾らでも取り繕えます。そんな風に、Twitterでは誤魔化しながら、現実世界では泣いて吐いて、眠れなくて、ただひたすら、あの人が恋しくて、悔しくて。私は飽きられたんだ、捨てられたんだと泣いて喚いて、だけど新しい人の上手さに叶う気もしなくて、幸せそうに楽しそうに趣味に耽るあの人を見るしか出来ず、絶望するように目の前が真っ暗になって……失った喪失感で一杯の、日々でした。

それから、日を重ねましたが私とあの人の立ち位置は、共通趣味世界の仲間、のままでした。私が一方的に抱いた喪失感失恋感覚も、悔しさ寂しさ、嫉妬心も…言葉になる事は無く、消える事も無く、勿論あの人が知ることも無く…ただ、私の胸の内で、私の心に影を落とし続けていました。時折言葉を交わすことはありましたが、あの人が夢中なのは、新しい人でしたから。幸せそうだなと想いながら胸の何処かが酷く痛み、けれど私よりずっと上手な二人を見て、お似合いだなと感じて。苦しみながら、憧れながら…そんな、矛盾を孕んだ生温い日々を送っていました。

そんな日々が変わったのは、知り合って数か月経った頃。奇跡の夢から覚めて、絶望の淵に立って。

それでも、私があの人を好きなことは変わらないし、趣味だって辞めるつもりはない。そんな、一方的に私だけが居心地の悪い関係は、突然新しい道を見出します

既存趣味の…変化版?に、二人で手を出す事になったんです。匿名で、伏せに伏せて今更、なのですが…例えるなら、パン作りが趣味だったなら、二人でお菓子作りにも手を出すことにした、とか。ネットゲーム趣味だったなら、二人で新しいサーバーにも行くことにした、とか…調理ゲームなどの趣味としての大きな枠組みは変わりませんが、何にせよ"二人だけ"の、ことが出来ました。それは私にとってとんでもなく幸福なことで、近くで見るあの人の出来ることに、やっぱり改めて憧れ惹かれました。その憧憬に加えて今度は、その素晴らしいことが、私だけ、独り占めが出来るんです。新しい人ではなく、私となんです。そんな感覚に、嫉妬で喘ぎ、苦しんでいた自身が満たされ癒されるような、快楽を味わいました。好意も恋情もすべて含めて私はこの人が好きで、関わっていたくて、話がしたいんだ、という気持ちが、確固たるものに変わりました。

其処からは、また、幸せな日々が始まりました。飽きられ捨てられたと想っていた、それでも好きだった、あの人との関わり。大きな枠組みが同じとは言え、やはり今までの趣味範疇からは少々外れていたので、二人とも新しくTwitterアカウントを取りました。二人ともいずれ誰かをフォローする予定ではいましたが、その時点ではお互いにお互いだけをフォローしているアカウント。そこは私にとって堪らなく居心地が良い、幸せ増長させる秘密場所になりました。

毎日繰り返す、共通趣味世界の話は昔の熱量を想い出して堪らなく胸がときめきましたし、そのアカウントは二人だけと言う気易さからか、少しずつ世間話も入るようになって。あの新商品が美味しかったよだとか、今度どこでどんなイベントをやるみたい、だとか。他愛ない日常世間話はまるでLINEのような一対一の会話で、Twitterで新しい人は勿論誰かに向けて話されるのとは確実に違うものだと感じて、私は至上の喜びを味わいました。

あの人が私と、私とだけ喋っている、ということ。嫉妬を拗らせて鬱屈させていた私が、あの人を独占出来るその時間依存していくのに、時間はかかりませんでした。けれど、同時に。過ぎたる幸福は、抱いてはいけない欲を育てるのも、早かったのです。

私は次第に、あの人が、今まで通りのTwitterアカウントで喋ることに、恐怖と苛立ちを覚えるようになったんです。

どうかしていると、笑われるでしょうか。あの人の自由を奪う行為に、賛同はきっと得られないでしょう。解っています、解っていても、それでも、尚。脳裏にこびりついた、また捨てられるという恐怖が、私の心を蝕んだんです。

また奇跡が起こって、私はあの人と二人の場所を手に入れて。これ以上無い幸せを味わいながら、その幸せは、いずれ弾けるものなのだと心の何処かで想っていて。あの人がまた新しい誰かと出逢うのはいつだろう、私には抗えない、勝てない、私よりもっとずっと上手な人と出逢い、その人に惹かれるのは、いつだろう?また、私との会話をぱたりと辞めてしまうその時は、いつ訪れるんだろう…?

そんな恐怖が日に日に増していき、あの人が今までのアカウントで喋っていると、その恐怖と焦燥感で一杯になるようになりました。あの人に捨てられる、飽きられてしまう恐怖が、あの絶望が、どうしても忘れられないんです。奇跡が覚める瞬間のあの足場が崩れるような、あの感覚を、二度と味わいたくはなくて。新しい人と出逢ってしまったら、私が勝てないことは目に見えていて。

まりの恐怖に、私は、あの人に、二人の場所に居る時間を増やして欲しいと、今までのアカウントに行く頻度を少し減らして欲しいと、お願いしました。それは、強制力のあるものでは無かったと記憶しています。ただ、二人の場所が大好きで大事であること、たくさんの人と繋がっているTwitterアカウントで皆に囲まれている姿を見ていると、寂しいこと、嫉妬してしまうこと…。今想い返しても、少し甘えたような可愛い我が儘だった、と想います。勿論、自分可愛いと言っているのではなく――後々言うことになる言葉に比べれば、かわいいもの、と言う意味で。

結果的に、この行為は私を泥沼に落としました。

最初に私がその葛藤を、恐怖を…嫉妬独占欲に言い替えてあの人にぶつけた時。その我が儘をあの人は喜んで受け入れてくれました。そして同時に、あの人が新しい人と出逢った頃、私自身その孤独に堪え切れずに誤魔化して他者と関わっていた頃。あの人も、他者と関わる私に対して嫉妬をしてくれていただなんて、リップサービスだとしても嬉し過ぎることを教えてくれました。私は、堪らなく幸せでした。そして、憚ることなくあの人に好意を伝えることが出来て、あの人からも、好意が返って来て。二人のTwitterアカウントは、本当の意味特別で、秘密場所に、なりました。迷うことなく二人の関係を恋だと定義付け、二人で趣味世界に没頭しました。お互いが、お互いのものになったんだと、幸せで、日々が満ちていました。あの人に感じる憧憬混じりの恋情はもう私の一番根の深い場所まで侵食していて、あの人が二人のTwitterログインしてくれるのを今か今かと待って、二人の時間に躊躇いなく依存して…あの人が喋るたびに、通知が来るようにして。専用の通知音が、私の幸福を彩りました。

から、きっと忘れていたんです。夢が覚めるものだと言うこと、奇跡が長くは続かないことを。もしくは、見ない振りを、気付かない振りを、していたのかもしれません。

そもそも、私の我が儘は叶えられたとは言っても、その言葉に―二人のTwitterに居て欲しいというお願いに、強制力はありません。今までのアカウントログインしたところで、私以外の人と本来趣味に没頭したところで…それを責め咎める権利など、私には最初から無いのです。

元々他者に囲まれることも、評価されることも好きなあの人は、今までのアカウントも変わらず利用していました。二人のTwitterにも勿論来てくれてはいましたが、私自身も今までのアカウントで喋っていましたし、割合は日によって変わりました。

今、本当に、此れを書いている今、想い返せば。これで満足出来なかった時点で、この恋は、いつか終わる運命だったのだろうと、私は想います。私は、幸福の量にも、恐怖の量にも、堪えることが出来なかったんです。あの人が今までのアカウントで喋っていると、恐怖で恐怖で、堪らなくなりました。叶えて貰った筈の我が儘では物足り無くて、納得出来無くて。不安は益々色を濃くするばかりでした。だって、また新たな人に出逢ってしまってからでは遅いのです。もっと素晴らしいことの出来る人に出逢い、惹かれて、あの人が私のことをまた捨ててしまってからでは、遅いのです。私が、その新しい人に勝てる訳は無いのです。だからこそ、二人のTwitter時間は堪らなく安堵して幸せで、もっと此処に居て欲しいと願うように、なりました。

それからの私は、恐怖と絶望に憑りつかれ、唯一の希望が二人のTwitterだ、と定義付け、お願いを繰り返すようになりました。いつものアカウント趣味の話をして盛り上がっているところに水を差すように帰って来てとコールしたこともありますし、今日はあちらのアカウントに行かないで欲しいとお願いしたこともあります今日だけはのもので居て欲しいとお願いし、それが表面的に叶えられ、私は仮初の満足を得て…そして、翌日になればまた不安に駆られ…気付けば、私のお願いは、お願いと言う枠を随分と超えるようになっていました。今日は行かないで欲しいと言う回数は日に日に増え、ある時は酷く甘い言葉で、ある時は、酷く乱暴な言葉で。まるでDVの飴と鞭のように、私はあの人を、追い詰めました。

好意嫉妬独占欲を盾に、私の歪んだお願いは時として命令染みた強制力を持つようになりました。あの人が他者と関わろうとしたら、私も同じように他者と関わって、嫉妬しまたかと問うてみせて、それなら二人でTwitterに籠りましょう、嫉妬するのは痛いでしょう、と…身を以て感じさせるようなこともあって…まさに、泥沼でした。私は、あの最初に"捨てられた"感覚から、抜け出せていませんでした。あの人を、根底から信じられなかったんです。いつか誰かに惹かれ消えてしまう人なのだと想い込んで、もう、その固定観念から、抜け出せなくなっていたのです。私の行動はエスカレートし、あの人の行動を制限し、出来ることがどんどん消えていき、いつしかTwitterアカウントに割く時間は逆転して――二人で、二人の居場所だけに引き籠るようになっていきました。

それでも私の膨らんだ恐怖は拭い去ることが出来ず、私は二人の居場所に居ても尚不機嫌で、苛立ちが隠せなくなる日が、増えてきました。お互いに没頭していたはずの趣味の話も出来ないことが増えて。そんな日々が、楽しい筈がありません。あの人は楽しさを求めて今までのアカウントログインし、私は其れを見て益々苛立ちと恐怖を募らせて…まるで、鼬ごっこです。沈み始めた泥沼は底無し沼のようで、私も、きっとあの人も。正解が解らないまま、お互いの可能性を、殺し続けました。

何処かで、きっと満足出来るラインがあった筈なんです。だけど私は、それを見付け出すことは出来なかった。満足することは、出来なかった。あの人は私の歪んだ独占欲嫉妬を受けながら、他者と関わることを辞めはしませんでしたが、それでも出来る限り、私に愛を誓ってくれました。でも、それって、とてもとても中途半端で、生半可で、生殺しなんです、と書いてしまう私は、やっぱり冒頭にも書いた通り、救いようのない、ヤンデレメンヘラだと想います

でも、だって、私はこんなにもあの人が欲しいのに、私はあの人だけで構わないのに、あの人と二人きりで趣味に没頭していられるなら、それだけでも幸せなのに。どうしてあの人は、私を愛していると言いながら、他の人を見るんでしょう。そんなに、他の人と行う趣味楽しいですかと問いたくなって、そうですよね私なんかと一緒に居るより楽しいですよねと、黙ったまま、傷付くんです。勝てる訳が、無いから。あの人が他の人と関わるたび、私よりずっとずっと凄い人と出逢って、どこかに行く為じゃ、ないんですか?どうして、私を見てくれないんでしょうか、と、恐怖から来る理不尽で身勝手欲求が、抑えられないんです。劣等感が身動きを取れなくさせて、あの人に、誰より愛していると言って欲しい、認めて欲しい、何処にも行かないと言って欲しい…と、私の存在意義は、どんどんあの人から言葉に委ねられました。承認欲求を満たして欲しい、独占欲嫉妬を慰めて欲しい。そんな風に、転げ落ちていきました。

何度も何度も責めました。何度も何度も謝ってくれて、二人の場所に居ると誓ってくれました。それでも、あの人は想い出したようにいつものアカウント趣味世界を拡げては知らない誰かと出逢って、愛されそうになるんです。気が気じゃなくて、私は、いつも、あの人を監視していないと、落ち着いていられなくなりました。その頃にはもう、私の余裕なんて微塵も残っていなくて、私とあの人の趣味の話は殆ど無くなっていました。悪循環だ、と気付いた時にはもう遅く、趣味の話なんて残っていない、ただあの人の存在に執着して二人の場所に籠り切り固執する私と、息苦しそうに、私とは趣味を共有出来ないと判断して、いつものアカウントにもログインし続けるあの人が、残りました。今、想い返しても、可哀想だ、って想います妄想に憑りつかれてしまった私の心も、その我が儘に振り回された、あの人も。

そんな悪循環から抜け出す術があれば、それを私が知っていれば、この文章にも起承転結が生まれて、もしかたらこの恋はハッピーエンドを迎えられたのかも知れません。もしくは、少しでも泥沼から抜け出せたのかも知れません。けれどこれは、私の歪んだ恋心が終わるまでの顛末ですから、結局は"このあとも、あの人が限界を迎えるまで、この地獄のような鼬ごっこは繰り返されました"と、作者が放り投げたような展開しか、待っていません。

私は、趣味世界に二人で没頭したくて、あの人の存在が行動が誰に与えられることが許せなくて、何処にも行かないように安心したくて、生活のすべてを呟くように義務付けました。お願いのつもりでしたけれど、暗に脅迫いたことを含んでいる言葉など、命令しかないと、今は想えます。それでも、私は、そうしないともう自分を保っていられなかったんです。帰宅したら二人のTwitterに来て、眠る瞬間まで、居て欲しい。会話をしながら、その返事が1時間以上空くのは堪えられませんでした。誰かと連絡を取っているかもしれない、もしかしたら見えないだけで、いつものTwitterで誰かとDMしているかもしれない…。そんな妄想に憑りつかれて、居ない時にはただひたすらあの人を責め、あの人の存在に餓え続けて。言い争うことも毎日のようになっていき、互いの言葉はどんどん酷くなり……そして、決定的な終焉を、迎えました。言っていいライン、と言うのは確実に存在して、それでも餓えて麻痺して、心の何処かで被害者を気取っていた私は、その地雷を、踏んでしまいました。それはあの人にとって堪えられる言葉ではなく、けれど其れを言うに至ったまでの経緯も私にとって堪えられるものではなく。お互いに追い詰めて、お互いに限界を迎えて……当然と言えば当然の、結末でした。

あの人は私と関わりたくないと言い、私も、もうこの恋を続けてしがみついても幸せになどなれないと、想います。この先、私が癒える方法など私自身では想い付きもしませんし、それはつまりあの人の自由を許せないことです。息苦しい想いだけを、させることになるのです。私も、裏切り続けられ疲弊し、泥沼に沈んだままです。追い詰め、逃げ、それを責め……そんな悪循環しか戻れないと、お互いに解っていて、だからあの人は私との関わりを無いものします。そして私はそれを上手く出来ずに、この文章を、書いています

依存しきっていた、毎日交わしていた言葉が無くなって、私の日々は表面上、穏やかです。

ただ何もせずとも、ぼんやり時間は過ぎていきます。けれど、壊れてしまった私の箍はどうしようもなく、今でも、あの人が何をしているのかを考え、頭のおかしヤンデレから解放されてきっと幸せなのだろうと想うのに、一言でいいからまたあのTwitterで喋ってくれないだろうかと待ち、いつものアカウントはいかないで欲しいと、願ってしまうのです。

愛しています、と、愛していました。どうか私のことを忘れて幸せに、と、今すぐ私と死んでくれたら良いのに。今、あの人に向ける言葉は何を想ってもぜんぶが矛盾していて、自分の往生際の悪さに、辟易しています。この恋に未来は無かったと、泥沼だと散々書き連ねてきたのに、それでも尚、この恋さえあの人さえ居れば私は他に何も要らなかったのにと、未練がましいことばかり想ってしまって、でもその数分後には、最低だと、あの人が私にしたきたことを反芻しては心の中で罵って。私はどうしたいのか、もう解らないまま、この文章を書き終えようとしています

私はこの恋をまだ教訓には出来ていませんから、お説教染みた、愛した誰かを大事にしてくださいだとか、相手を信じてだとかをこんこんと語る気はありません。この文章は何処まで行っても私の歪んだ恋愛録でしかなく、フェイクが多分に含まれている時点でその記録としても殆ど価値は無いものです。それでも、この飽きる程に長い文章が、愛しくて愛しくて堪らなくても上手くいかなかった、拗れて病んだこの愛情存在していたことが、このネットに残れば良いなあ、と想っています

2016-09-08

ネット言論汚物は消毒になる理由

謝っても手加減や力加減なく殺しに来る人に謝る人はめったにいないか

謝らせようとする側の怒りや言動エスカレートする

2016-09-05

韓国人とどうすれば和解出来るだろうか

韓国反日はあまりにも色々盛り過ぎ

国内のいろんな問題を適宜解決せず反日押し付けしまった。

そこまでの強烈な反日をする為に「日本による暴虐の歴史」も盛りまくってしまった。

それに一部の日本人積極的に、それ以外の日本人消極的に加担してしまった。




膨れ上がった反日ものすごい歴史観について

韓国は全部日本に尻を持ち込めるつもりでエスカレートしてたのに

急に日本が我にかえって「それは事実と違うでしょ」「いつまでもそういうの付き合ってられないよ!」と言い出してしまった。




合意解決しない理由

慰安婦にしてもそうだ。

A「日本人慰安婦より少ない割合で総数4000人ほど確認されてる給料を受けてた朝鮮半島女性」が

B「人攫いのように連行された20万人」「レイプの後にほぼ全員殺害されて帰ってこれたのは数百人」という話になってる。




Aの事実についてならば安倍とパクの合意妥当だ。

基本条約解決のうえで更に10億円を拠出しお詫びの意志を出す。

十分な決着として互いに未来へ向かえる措置だろう。




しかしBのストーリーに照らすならとんでもない解決だ。

安倍は許しがたい冷血人間でパクは売国奴になってしまう。

一般韓国人が怒ってるのはそこだ。




だが…

今更Bの虚構性を指摘できる人間韓国はいない。

指摘したら社会的生命がなくなるし下手すれば肉体的にも死ぬ

パクは主張できる事実がAまでだとおそらく知っているが、Bを言う国民に今更訂正できない。

別にパクだけで作った虚構ではなく、20年ぐらいかけて歴代政権が作ってきた虚構だ。

パク1人で責任取りたくない気持ちもわかる。




次の大統領になってもそうだろう。

から終わらない。

2016-09-03

最後に逃げた記憶だけメモ

 とげったーで、ヤンデル先生が逃げればいいって言うけど実際に逃げたひとの話を探しているとのことだったんだけど、長くなっちゃうしツイッター垢で言いたくなかったんではてなに吐きますhttp://togetter.com/li/1018934

 亡くなった母の家に自称カウンセラーが入り込んでいて、住み着いているだけじゃなくて長年精神的にも金銭的にも支配されてた。母の遺産も後の裁判の結果半分奪われたし。

 母の生前から家を出ては数ヶ月後に保護されるような荒んだ環境だったけど、2010年辺りから自称カウンセラーが手足で行っていた暴力ベルトなどを用いられるようになって、自分の手足を痛めないか暴力エスカレートしていた。

 元々中学入ってすぐに不登校していて(不登校に導いたのも自称カウンセラーわたし自身は腹を下すのには困っていたけど休みたいとまでは思ってなかった)小学生程度の知識しかないうえ、全てを支配されていてお前には知識必要ないって本や新聞を読むことさえ禁じられてたこともあって正常な判断が出来なくなっていた頭でも、このまま家に居続けたら死ぬな、しかも罪を被ってくれる信者(笑)いるかわたしが死んでも刑務所には入らないだろう、そんな不本意な死に方するくらいなら野垂れ死んだほうがマシだと思って、それまでは何だかんだ行って情に絆されて帰ってくることもあっだけど何があっても耳は貸さないと決めて逃げ出したのが最後家出

 確か家を出たのが8月、昼間はイオンとかのフードコートで昼寝してたり、夜はゲーセンで人のプレイ眺めて遊んでるか神社の軒下で寝てたり、もちろん身綺麗ではないよ色んな意味で。311を経て4月末に警察保護されてまたあの地獄に戻されるのかと思ったら父親側に引き取られた。

 父に聞かされたのは、それまでわたしが家に居着いてる時は週一度くらい会っていて金をせびられていた(正しくはわたしがせびっていたのではなく、自称カウンセラーにさせられていただけ)のに私に会えない状態で金だけを自称カウンセラーにせびられて何ヶ月も経った頃、知り合った人に相談したら、その人の息子さんが警官だそうで、殺されている可能性があるのではないかと言われて警察相談して家宅捜索に踏み切ったとのこと。血痕を調べるために深夜にやったらしい。結果遺体は見つからなかったけど居ないことが分かって捜索されていたそうな。

 その後、前述の知り合った人のコネで働けるようになったんだけど、そこもまた社内の待遇というよりその界隈自体ブラックで、今までの人生のせいか(このままいたら死ぬな……)と悟って学校に行きたいからという理由で辞めて高卒認定とった。それでそのままの流れで大学社会人入試受験。受かった時「ざまあ」って思ったなぁ。だってお前には知識必要ないって洗脳され続けて、自分学費使い込まれてるのに自称カウンセラーの息子は私の母の遺産で院卒なんだもん。

えっと、逃げたいみんなに言いたいことは、

世間体とかどうでもいいんで警察裁判所も巻き込んでおおごとにする、どうせ周り近所の人間なんか異常に気づいていたところで助けもしないので自分たちしかあてになりません。

情報遮断されたら人は弱い、正常な判断できなくなる。逃げ出してる間は電器屋の店頭なりネカフェネット使えていたのに好きなことばかり調べていて自分状態を調べなかったのは、まず他人が家に住み着いていて金を吸われている異常に気づいてなかったから。

③あとお勉強大事、何も知らないってことは怖い。10代の吸収が良かった頃にまともに本が読めなかったことは今も悔しくてたまらない。

④でも、いく学校なんかどこの学校でもいい。世間はよほどのエリート校でもない限り大卒高卒か中卒かみたいな見方するようなので環境が悪いんなら定時制とか通信制高校行けばいいし高卒認定取るのでもいい。認定予備校通ってたけど発達障害の子たちそこそこ居たけどいじめとかなかった。あ、強いていえばわたし個人認定クラスリーダー格みたいなババアが凄く苦手で(色んな意味自称カウンセラーに似ていたせい)女性からハブられてたけどw だからって互いに大人なんでうわぁ関わりたくねぇなってだけです。男の子たちは不良っぽい子もコミュ障も仲良くしてた。もちろん先生たちが落ちこぼれた子を教えるプロだったからってのもあるけど、環境的に嫌なら授業サボっちゃえばいい(その代わり真面目に受けないと認定落ちる)ので圧迫感が無かったんだと思う。

 とにかく中卒(実質小卒)からでも高卒認定取れたし(数学は落としたけど単位履修した)その気になれば大学入れます。中身はすっからかんで悔しい面たくさんあるけど少なくとも正体の見えないどうしようもならない劣等感ではなくて、明確な、対処のしようのある劣等感に変わりました。

 だから可能であれば逃げて、それから再び這い上がる道を選んで欲しい。若ければ若いほど埋めなきゃならない穴は小さくて済むので。

2016-09-02

[]ファイアパンチ特別読切2

今週は読み切り

まあお休みってことやね

おなじ作者が読み切りデビューした?恋は盲目ってマンガだった

ひたすら勢いにまかせてガンガン展開ぶち込んでくる感じ

割り込んでくるものエスカレートするところまではよかったけど、ちょっとオチは弱かったか

でも最近のファイアパンチ本編よりも全然面白かった



ああこういう短編ネタをたくさん書き溜めてたんだなあって思った

(いつぞやのインタビューめっちゃ話のネタあるって言ってたやつね)

2016-09-01

ヤギログを叩くのやめるべき

このままエスカレートしていくと、ハゲックス氏が紹介したニコ動のように、

彼のキャンピングカーにいたずらとか、放火する奴がでてくる。

「ヤギの車を焼いてみた(リアル炎上)」とかニコ生でやる奴がでてくる可能性がある。



ヤギもほとぼりが覚めるまで逃げたほうがいい。日本はいわず海外へ。

そのうち逮捕されるか、生きながらも焼き討ちにされるぞ。



ただ、その時にキミは真の教祖になれるんだが。

2016-08-28

「「貧困女子高生問題に関する私見」から見るネット功罪の罪の方

http://bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/20160828-00061589/

http://b.hatena.ne.jp/entry/bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/20160828-00061589/

なんか「『保育園落ちたの私だ』が2ちゃんねる発だと筆者が思っている」と決めつけてコメントしている人が何人かいるけど

 ネット功罪は、評価の難しいところですが、もしも「罪」が大きいとしても、もうネットのない時代に戻ることはできないでしょう。

 いわゆる「炎上」では、多くの場合には過激で恥すべき行為が推奨されエスカレートします。

 これは「2ちゃんねる」が数多くのユーザーを獲得して拡張していった時期から問題視はされていました。しかし「2ちゃんねる」は、クリエイティブ行為や、同じ困り事を持つ人々の相互助け合いを支える場でもありました。「2ちゃんねる」の数多くの掲示板のうち、ごく一部でのことではありましたが。

 また「#保育園落ちたの私だ」など、過去になかったタイプ社会運動の契機ともなっています

この元の文の構造

になっているので「また「#保育園落ちたの私だ」など、過去になかったタイプ社会運動の契機ともなっています。」は「2ちゃんねる」じゃなく「ネット」の活動として書かれているのがわかると思う。

(筆者が「保育園~」を2ちゃんねる発と思っていたとしたら、「「2ちゃんねる」の数多くの掲示板のうち、ごく一部でのことではありましたが。」は最後に来ないと不自然になる)


コメントしたさに文章を読んでいない人がいるのかなと思うけど、筆者が言っていることをまさに体現していてネットの罪深さをより感じた。

はてなであろうが2ちゃんねるであろうがTwitterであろうが決めつけ・中傷する人間は減らないのだろうなと。

(ただ、書く側(発信側)にももちろんリテラシー必要だし、実際のところネットの罪と言うより日本語話者の中でまともな国語力のある人間があまりいないことをネットが明らかにしているだけではとも思う)

2016-08-24

「ようこのようは太陽のよう!」

路線バスの車内、その頃はやっていたフレーズオタク友達同級生と叫んでいた。

「ようこのようはヨーダのよう!」

「ようこのようはヨード卵光のよう!」

今になってみれば何が面白いのかわからないが、あの時特有の何かが僕らのテンションを高みへと連れ去ろうとしていた。

傍らでは、母親に連れられた5歳くらいの小さなむすめがそのやり取りを不思議そうな顔をしてみている。

お兄さんたちの面白さを見せてつけてやろう。

友人と言葉を交わしたわけではないが、お互いに何となくそう思ったのを感じ取ることができた我々は、表情や声色を変えながらさらにやりとりをエスカレートさせていった。

「ようこのようは父さん、、、妖気を感じます!のよう!」

「ようこのようは妖怪一反木綿のようばい!」

ちらちらと苛立つような視線を送り始める母親。次第にうつむいていくむすめ。

笑わせるまであと一息かとさらに力が入る我々。

「よぅこのよぅは妖術師ゲドゥのドゥ!」

「ムハハハハ!この世を破滅に導いてくれる!」

「そうはさせない!」

貴様きたろう!なにを小癪な!」

「くらえ!リモコン下駄!の、よう!」

「ようねーし!なんならドゥとかいっちゃったし!」

ここで停留所に到着。残念ながら親子はここで降りる様子。

とうとうむすめを笑わせることはできなかった。

すれ違いざま、むすめが母親に何かを聞いてることがわかった。

「ねぇ、妖術師ゲドゥってなに?」

その声色は明るくない。

「いいから早く行きなさい!」

小声ながらも叱りつけるような様子の母親

だって、ようこ聞いたことないんだもん!」

凍りつく車内。

太平洋より深く反省したひどく暑かった夏の日の思い出。

この場をお借りして、全世界のようこにお詫び申し上げたい。

発達障害めんどくさい

自分発達障害疑い。専門の外来にかかっている。IQ全検査の値が120前半、言語130ぐらい、動作110くらいで、主治医によると発達障害に特徴的な凹凸はないので「疑い」止まり。ただし主治医主観ではエピソードなどを聞いているとASD強めに感じられるとのこと。自分としては典型的ADHD。締切の段取りうんことか部屋が常に空き巣被害現場とか。

・「ひとの気持ちがわからない」。感情の動きとか、「傷つく」と苦しいとかは経験的に知っていて、それを他人敷衍して考えることは出来るので、「傷つけないように心がけて動く」ことはまあまあできている、と思いたい。ただ、傷ついた人のケアとかが致命的にダメ。泣くときとか一人で泣いて気を落ち着けたい派なので人前で泣くともはや泣いた原因より泣いたこ自体が悔しく、ほっといてもらいたいタイプ

・上記を敷衍して仕事の先輩が隣のデスクで泣いてたのをそっとしといたら「ほっとかれた」「無視された」と思われたらしく、最近無意味にあたりがきつい。雑談一切ふってこなくなったしそれどころか業務にぼちぼち響き始めている。

しかし先輩は先輩でスケジュール詰めすぎて突発でこっちに穴埋め振ってきたりしているので、ぶっちゃけ塩対応していることで自分自分の首絞めてる感があるように見える。(雑談カットは過集中のケがある自分的にはほぼノーダメージ)

・これまでもぼちぼちと悪気なく不快心持ちにさせて下さった方なので(こっちがやってる仕事唐突に「引き継ぐ」宣言しておきながら、「過去メールをほじくり返すのが面倒で時間無駄から」という理由で詳細まとめた資料について口頭説明を求めるなどされる。「都度CC送信しろ」という指示はなんだったのか。こちらの時間無駄にして良いと思ってる的な言動ナチュラルにある)ただでさえ前々から嫌気が差さなくもない状態だったのだが、それがじわじわエスカレートしつつある。ぶっちゃけもうフォローしたくない。

・昨日は残業して作業してるときに、「自分がやりたい仕事があるし増田は今急ぎの仕事とかないはずだから端末空けろ(意訳。物言い自体もっと柔らかかった)」と言われて端末譲って帰ったがなんか納得いかない。先輩がやりたい仕事があるのは良いんだが、私はその時やってた作業以外にルーチンでこなさなきゃならないのがあと二つ残ってた。しかもうち一つは今週木曜までに目処をつけてその先輩に報告せねばならんやつだ。それを「他に仕事ないはずだよね」と来た。それはなくね? それはありえなくね?? 木曜ぐらいまでを目処にしろ言うたのはアンタやで?

・発達あるあるだと信じているのだが、こういう細かいエピソードはだいたい全部覚えている。何なら書き出せるのだが、書き出して提出するとなぜか見た人は大抵ドン引きする。書かれている内容にではなく、「こいつよくこんなに細かくいくつも覚えてんな」というところにである

・覚えていることに引かれるのなら、その都度「それはやめて」と訴えれば良いかというとそうでもない。というかそれやると一発で「反抗的」「ケチ」「不寛容」「自分のやり方に固執しすぎ」などなど悪名高くなること請け合いである(ただでさえ仕事の仕上がりの精度を気にしすぎていると言われているのに!)。何より、経験から「まず相手の言い分をのみ、できるだけそれに沿うように動く」ようにしてトラブル回避を試みるよう行動様式が固まってしまっている。上記の「他に仕事ないよね」への腹立ちを今ごろ言語化しているあたり典型的

・健常者ってこういうときどうしてんの? どう持ち込んだら「自分にも非があった」みたいなことを認めやすいの?? それともアレか、私が神経質すぎるのか? でもこの調子で突発的に作業ペース乱されると、ただでさえ締め切りまでの段取りがアレなのにキャパ超えてまうんで困るんですけど。仕事の成果が出ないという意味でも困るし、この先輩たぶん「締切守れ言うたやん」って指導してくるはずで、それにこっちも内心で「おまいう」ってなってしまって良くないと思うんだよね。

転職とか配置換えは視野に入れない方向で(仕事内容自体は向いてるので辞めたくない&代われる人員居らん)、なにか良い案ないですか健常なるみなさま。あるいは宇宙人仲間たち。

2016-08-11

ゴジラ東日本大震災に見えない理由

同じような考察は既にあるのかもしれないけど、一応・・・



確かに洪水起こしたり建物壊したり放射線吐いたりってのは東日本大震災的で、

「発生した事象」が東日本大震災を重ねあわせている事は確かなんだろうけど、

ゴジラ自身震災のものを指していない気がする。



今回のゴジラは「解決しないでおくと際限なくでかくなる問題」という性格が与えられているし、

その根底にあるのは一人の人間憎悪と、多くの人間苦痛が設定されていると思う。

そう考えた理由は、ラストシーン尻尾が、自分には「苦しみ悶える人間を縒り合わせて作ったのがゴジラである」という表現に見えたからだ。



最初は本当に何がしたくて暴れてるのか分からない感じで暴れていたゴジラは、

大河内総理攻撃をためらった時に不自然な静止を見せ、

一時姿を隠した後、憎悪の塊のような形相の第4形態に変貌して姿を表したわけだが、

あの一連の流れは、ゴジラ思考というか、因果存在を感じさせた。

あそこで民間人を見捨てられず、まだ弱い間にゴジラを殺せなかったことで、大河内総理は後の災厄の芽を摘みそこなった。

震災には芽を摘むもへちまもない。

芽を摘めるのは人災だけだ。



自分の受けた印象だと、何らかの理由で不満を爆発させて無軌道破壊エスカレートさせた人々(第一形態、第二形態、第三形態)が、

強く対処できなかった事によって手のつけられない災厄となったものゴジラ(第四形態であるという感覚から

ゴジラは「格差問題民族問題等の、東京に住む虐げられた(と本人たちが感じている)層がテロリスト化する現象」の暗喩に見えた。



そんな感じ。

2016-08-07

議事録を作る仕事をしていました

私の仕事

新卒で入った会社は、PCサポート事務職で、約10年間ずっと議事録を作る仕事をしていました。

会議ごとに自分所属している部署とは別に会議名の付く委員会があり、その会議の末席でひたすら議事録を書く仕事をしていました。議事録書きといっても単純な記録であれば、慣れればそれほど難しくはないのですが、この会社はがちがちに組織が硬くて、組織意思決定議事録というのは人間関係にとても気を使いました。

私が書いた議事録はまず主査主任代理にチェックをもらって直しを受けます。そして主任調査役、課長代理課長代行、課長補佐課長担当課長、別部署主任代行、課長1、課長2、部長代行、部長補佐、部長補佐2、担当部長副部長1、副部長2、部長本部長代行、本部長補佐、本部長、常務専務と順番に稟議されていくわけですが、当然1人でも却下されたら、また最初からやり直しとなります。その度に議事録修正票を起票し、そのための稟議を上げたり、修正稟議修正するための稟議を上げたりすることもよくあることでした。さらには議事録の内容を精査するための「案件担当者会議」とか「議事精査会議」を開催して、その議事録要求されて同じように稟議を受けたりと、わずか2時間会議議事録が最終的に完成するのに2~3か月がかかることも珍しくはありませんでした。掛け持ちで書いている議事録の数は多いときで50件くらいになりました。時には議事録がまだできていないのに、次の会議でそれが否定されて、でも記録として残すために議事録を書き続けなければならないということもありました。まさに私はプロ議事録屋さん兼書類整理屋さんとなり、歩く議事録と呼ばれるようになりました。

この会社左前会社で、採用自分の年以降まったくなく、後輩が入ってこないので、自分がずっと同じ仕事をしていました。10年間仕事をしてきたので32歳になっていましたが、実質的にヒラ社員のままでしたし、自分の部でいえば、私と雑務係のおばさん、そして派遣できている3人以外の全員は何かの役職がついていました。ひとつしかない部なのに、その上に本部があって、本部長、本部長代行、本部長補佐という役職があり、結果として部長が4人いるのと同様の認識になっていました。昔は他にも部があったそうですが、事業縮小で廃止になったとか。でもそれを数十年も引きずって、部の上に本部があるなんておかしいですよね。社員構成としては課長以上の社員が70人(色々な兼務があるがこの場合人間の数です)いるのに、主任以上課長未満は20人、ヒラは5人という逆ピラミッド型の構造となっていました。公務員でもないのに専門官とか審議官参事官調査役、考査役、審査役、相談役、特命役とかよくわからない役職が多くて、新聞を読んでいるだけの人?も多かったし、今から思えばなにかが腐っている会社でした。


議事録といっても本当に大変な作業だ。

何をいっているのかわからない業界用語とか、それまでのやりとりを理解している前提であったりとか、発言した人間しかわかっていないこととか、みんな理解もしていないのに理解をしているふりをしているとかは当たり前のことです。「じゃあそういうことで~」で終わっても、まさか「そういうことに決定した。」と議事録に書くわけにはいきません。じゃあ会議の時にきけよという話なのですが、末席の自分発言権はなく(本当に発言権がないといわれた「ヒラなのに失礼だよね」)といわれました。発言を求められること(過去の記録について議事録を見返すのが面倒だし誰も覚えていないけれども、私は書いているのでその過程で内容を覚えている)はありました。さすがに会議の前半と後半で結論が違っているときは、きいていて分かるので、嫌がられても許可をもらって発言しました。でないと、あとから大変なことになるからです。また理解できずにうつらうつらしていた人が突然あてられて、しどろもどろになることがあります。こうした場合、あとから自分意見議事録に追記するということも非公式に認められていました。多忙な人も多く、そういう部分がすべて出来上がらない限り議事録は完成しませんでした。


なにをもって議事録

ところで議事録ってなにをもって議事録というんでしょうかね。みんなのすべての発言から咳払いとか「えー・・」だとかどうでもいい言葉を除いたもの、たとえば議会議事録はそういうことになりますよね。うちの会社ではこれは議事録明細といって、8割以上の議事録には付けるルールになっていました。でも明細を見ても要点や背景がわかりませんよね。それで、要点をまとめて、発言していない部分まで補足してまとめたもの、これが議事録の本編です。これに日時や場所、出席者などの情報をまとめた前文を付け足して、ようやく議事録になるんですね。大体1時間会議でA4用紙で20ページくらいになるでしょうか。もちろんこれを仕上げるには1日では足りません。でも私の場合なんとかしてこれを1日に収めることが目標でした。でないとたまりまくってしまますからね。今でもタイピング自己流ですが速記には自信があります


「てきとーでいい」という仕事はない(わたし場合

今回の議事録適当でいいよ。とか、決まったことだけ書けばいいよといわれて、そのようになることはまずありえません。なぜならひとりひとりの意見を聞いていったときにひとりでも異論があれば、その都度書き直しをしなければならないからです。「てきとーで」といわれて本当に少しでも手を抜いたらものすごいダメ出しを受けたことがありました。私ではなく別の人が書いた議事録であればそこまでは言われないことが多いので、このあたりはその人の性格との相性もあると思っています。「てきとーで」と言われた時の行動パターンとして、初めて言われた時には、絶対に手を抜かずにむしろきれいに丁寧に仕上げます。それで何も言われなければ万歳。逆にこれだと時間がかかりすぎるでしょ、本当に適当でよかったのにとか、読むのも大変なんだと逆に怒られるようなことがあれば、そこで初めてその人用に「手を抜いた」ふりをした別の資料を用意します。(手を抜くけれどもほかの人には手を抜けない場合が多いので隠れて別資料を用意するか、用意ができる準備はしておきます。)つまり、「手を抜いて」といわれるとそのあたりの調整を含めてかえって仕事が増えるのです。

会議が始まる前とか、会議最中に「今回は議事録を書かなくてもいいよ」と言われて、それにみんなが同意してもこれは全くの嘘です。議事録はいわれなくても、会議の後に誰かから、悪いけど決まったことだけは証跡として残しておいてと言われます。そしてメモ程度の証跡を残すと、必ずそれを送ってと言われます。ただこれだとほかの人に見づらいし何か言われるに違いないから、念のためにきちんと文章にまとめておいてとか、会議に参加していなかった人も含めて誰が見ても分かるように念のために「こういう関連情報を補完しておいて」といわれます。そしてこれが印刷されて他の人に回りだすと、体裁が気になって上の人には見せられないので、フォーマットもしっかりさせてといわれます。また俺の発言がないとか、この部長発言は全部を書かないと失礼だろうと言われます文書タイトルが抄録となっているのに「これは議事録ではない、ちゃんとした議事録を書かないとだめだろ」といわれ、ひどい場合は今回はさぼちゃったねと嫌味を言われます。その嫌味を言った人は、「議事録はいらないよね。」といったのとはさすがに別の人物ですが、その会議に同席していた以上、それをきいていたはずです。でも会議から1か月ほど経過していることも多いので、おそらく忘れちゃっているか、私が嫌いかのどちらかなのでしょう。でも上司命令に逆らうことはできません。仮にここで私が「たしか会議の中で議事録がいらないということになったと思います。」というと、大変なことになります議事録がいらないのは公式議事録がいらないのであって、確認するための議事録は当然必要なんだとか、先輩のいくことに従えないのかとか、いろいろ言われて終わりです。

まりです。最初は何もいらないといわれたのに、いつの間にか議事録を書く羽目になっているのです。従って、会議に出たらもうその時点で議事録を書くことは確定なわけです。ここまでくると最初議事録はいらないですよねといった人の立場がありませんから、一つの会議で決定事項メモ概要、抄録、議事録議事録明細の5種類の文書を用意して、それぞれを要求した人に、それぞれ他の資料存在を隠して送付をしていました。面倒ですが人間関係を円滑に進めるために必要作業でした。だから「今回は議事録いらないから書かないで」と言われても「いえ、書きます」といっていました。その人からしてみれば楽をさせようと思っていっていることになのに、なんて真面目で変な奴だという認識なのでしょう。しかし私の立場では、ピラミッドの一番底辺なのに、指示をしてくる人間が30人くらいいるわけで、その30人の指示をきちんと受けるために、できるだけ楽をするために、むしろ議事録を書くという選択になるのは仕方がないことでした。ちなみに会議が重なって一方の会議に出られなくても、議事録要求されることがあります。出てもない会議議事録が書けるかというとこれが書けるのです。

誰が何を考えているのか、問い合わせが多い

会議の場でいろいろいっていても、それがすべて会議の中で頭の中に入るわけではありません。誰の頭もそんなによくはできていません。というわけで会議終了後に何をいっていたのかということを、会議に参加している人から聞かれることが多くありました。歩く議事録係は、歩く議事録マスターでもありました。既得権益といいますか、業界自体保護されている部分があって、昔ながらの(いわゆる昭和型の)組織構造エスカレートして、身動きがとれなくなっている印象がありました。そして上の人があまりにも仕事しませんでした。正確にはなにかをしていたのだと思いますが、下の人間にはあまりそれが見えませんでした。この会社は定年が60歳で、雇用延長で65歳まで働けます。ある部長が定年で雇用延長したときに、私と同じ部署に配属されました。私がやっている仕事を少しはやってくれるかなと思ったのですが、何も仕事は与えられませんでした。ヒラとはいっても昨日まで部長をしていたヒラです。部長としてバシバシ指図をしていた人をがある日突然、指図をしたり、議事録書きのような「シモ」の仕事をやってもらうわけにはいきません。というわけで事実上なにもしないお飾りになって、結局私の仕事を手伝ってくれることは一切ありませんでした。ましてやPCなどが弱い世代で、単純な作業すら手伝ってもらうこともできません。つまり私の部署には余計なお小言をいう人がひとり増えただけで、何の戦力にもなりませんでした。この人は本当に何もしませんでした。というよりもできませんでした。家にいても奥さんにも相手にされず、そもそもこの会社は上に行くほど昇給上り幅が小さかったので、もっと働くことを期待されているとのことでした。でもそんな人でも働いてもいないのに私とさほど変わらない給料をもらっているので、違和感を覚えました。8年目に初めて主任代理という役職がつきました。役職手当が毎月3000円もらえるようになりましたが、課長待遇という給与明細にも書かれないようなカッコ書きの役職がついていたので、管理職ということになり、残業代は一切支払われなくなり、実質的給料マイナスになってしまいました。下の人間はもちろん同僚すらいないのに管理職というのはさすがにおかしいと思いましたが、当時は何も言えませんでした。

人によって言っていることが違う場合

会議の中ではずるずるいくか時間がないか議長がしっかりしていないかといった理由で、「なあなあ」になってしまうことがあります問題はあとから人によって認識のずれが生じてそれが議事録とその人の記憶との間でズレが生じてしま場合です。ひどい場合議事録の中で結論が完全にずれていることがありました。たとえば、じゃあそういうことで、といってほかの話題になったあと、再度誰かが「これの件は?」と言い出した後で決まったことが前半に決まったと思われた結論とずれている場合などです;。これを解決するのも議事録係の大事仕事です。個人的に心の中で地雷処理と呼んでいました。慣れた私でもできれば処理をしたくないところですが、これを片付けないことには議事録は完成しないので、プロとしてがんばって調整をしました。1.対立する意見当事者に話を聞く、できれば当事者同士で解決してもらう(融和) 2.一方の発言自体をなかったことにする(廃棄) できるだけ1を選択したいところですが、やむをえず2を選択することも年に10回くらいはあったと思います問題になったことはありませんでした。みなさん完成した議事録をきちんと見るほど時間はないのですよね。

悪しき慣習

この会社文化として、礼儀だとか建前に固執する結果として、時間的ロスがとてつもないことになっていました。みんなおかしいとは思いつつも長い間そのようにやってきた歴史から、続けてしまっている面がありました。見積は最低10回。業者から見積をとるときには、必ず最低10回は見積をとることになっていました。これは相見積の回数も数えるのですが、文房具ひとつについてもそれをしなければいけないので、わずか数百円の買い物にかかるコストはおそらく人件費を含めると万を越えるのではないかと思いました。「これは商慣習です」と先方に伝えて理解を示してくれるところもありましたが、そうでない会社は逃げていきました。見積10回取らせる目的は、できるだけ安く買うというだけなのですが、結果としてそのような慣習があるおかげで高く買うことになることもよくありました。A*a*onにも電話したことあります。合計で1万円ほどの買い物でしたが、「10円ずつ金額を下げた見積書を10回作ってください。それぞれ社印を押印して、1日ずつ時期をずらすか、日付を変えて郵送してください。トータルの値引き額は100円で結構です。」と正直に要件をつたえました。「そのようなことは致しておりません」で終わりました。仕方なく8000円ほど高くなりましたがそれをやってくれる代行屋に依頼しました。その代行屋はおそらくA*a*onから買っているのですからバカ見たいですね。あと税込金額1000円未満を切り捨てにするように指示をすることも公然と行っていました。今から考えるととんでもない殿様商売だと思います

間違いがあると蹴落とされる文化

私は10年間、組織の一番底辺にいましたので、あまり関係がなかったのですが、この会社では、下の人から間違いを指摘されることを嫌がる文化がありました。あ、そうだね、ありがとう!と素直に言ってそれで終わりということがないような感じです。誰も気にしないのに誰もがなにか偏屈な(と私は思っていた)感情をもっている人が多かったです。みんなうまい具合に手を抜いて、仕事をしているのですが、私にはどうしてもそれができませんでした。怒られることへの恐れからです。議事録にしてもそもそも必要性から含めていろいろ議論したり、調整をしていけばいいのですが、そういった複雑な人間関係の中で仕事をすることの苦手感を12年間ついに拭うことはできませんでした。この人にはこの話はできないとか、人間関係の中での複雑な例外事項は本当にストレスでした。

テープ起こしサービスを申し込む

このころから議事録をつくるという仕事自体は変わらないのですが、様々な雑用が舞い込むようになってきました。議事録作成だけに時間を取られるわけにはいかずにどうしようかと思ってました。そのとき発見したのは、ICレコーダーの音声データインターネットで送って、それを文字お越ししてもらうサービスです。ためしに自腹を切って利用してみたのですが、これなら議事録(詳細)を半分の時間で仕上げることができます。とても魅力的でした。そこで自腹で試したことは内緒提案をしてみたのですがそのような経費をかけることはできないと誰に聞いても却下されました。誰にも頼むわけにいかず、その頃頭が少しおかしくなっていたのではないかと思うのですが、自腹のテープ起こしを続けてしまいました。時には月に10万円くらいも。1年間続けた結果、トータルで40万円くらいは自分お金を使い込んでしまいました。それでもその空いた時間にいろいろな仕事が舞い込むので、結局のところ残業時間は変わりませんでした。

謎の委員会制度

私の会社では所属部署とは別に、様々な大小の委員会制度が設けられていました。風紀委員会とか衛生委員会とかくだらない委員会もありましたけど、○○プロジェクト事務局とか、部署を超えて招集されるプロジェクト複数ついていて、そして私にはもれなく会議時の議事録書きという仕事がついてきました。辛いのは、こういうプロジェクトがあるせいで、直接指示を受ける上司が増えることです。上司同士は面識は当然あるわけですが、それぞれが私を自分の部下であって、自分仕事100%請け負っていくれると思っていたらどういうことになるのかということです。君はこのプロジェクトにどれくらい時間を割けるかな?ときかれたときに5%くらいです。週に2時間限界です。と正直にいったときに、チッと舌打ちした部長代行の顔を私は忘れることができません。



続きはこちらです。

議事録を作る仕事をしていました<その2>

http://anond.hatelabo.jp/20160807170653

2016-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20160728002045

やめとけ。

絶対エスカレートするし、そのうち撮影されてネット動画流されてもいいや、って感じになるぞ。

プチ露出に目覚めてそのうち人生詰みそうで怖い

露出っていっても、ノーブラジョギング行くとか、その程度のものなんだけど。

エスカレートしそう感?かな、「普段つけているものをつけていない」ということについて、ちょっとでも興奮してしまうという、そういう性癖自覚したことがなかったので、自分にそういう側面があったんだ・・・ってことにちょっとショック。

私こういうのエスカレートしがちなので本当に気を付けないといけない。間違っても痴女になってはいけない。

2016-07-27

今更兄が親の愛情とかうるさい

やれ親孝行は生きているうちにしかできないだとか、両親にみんなでプレゼントをしようなどという話を突然押し付けてくるようになった。

挙句の果てにどこから拾ってきたかもわからない”母を亡くして初めてわかること”みたいなメッセージを送りつけてきた。

そこにはおせっかい愛情だと気づく内容や、喪失感母親が死んでしま現実直視できないといった内容が並んでいる。

だけど一つ言いたい。

あなたはさっさと親をわたし押し付けて一人家を出て遠くで暮らしていたではないか



そこで家庭を作って一生懸命生活していたことは知っている。それなりに沢山の苦労もしたことだろう。

だけどそのせいでわたしは未だに親元をつかず離れずでずっと親の面倒を見続けてきたのだ。

あなたがいなくなってから少なくと10年以上親と暮らしていたのはあなたがろくに連絡もよこさなくなったからだ。

「親の面倒を見るのは子供仕事」そう言い聞かせては、仕事でどれだけ疲れようとも親との生活に耐え続けたんだ。

たまの休みも親の相手をしてろくに外出もせず、恋愛なんてする暇もなく仕事と親とに挟まれ生活し続けてきたのだ。

それが子供の正しい姿だと信じて。

それなのに、その間あなたは何をしていたのだ。

そんな生活に耐えかねて、わたしが家を出ようとした時にもっともらしいことを言って反対していたことをわたし絶対に忘れない。

わたしだってそのことに罪悪感がなかったわけではないんだ。欲しかったのは後押しの一言だったのに。

だけどある日、母親から電話わたし決断した。あの時、わたしの中ではもう母親は死んだのだ。



今のままの生活では自分ばかりが犠牲になってよくない。

そう思って、激務と両親の世話との中で少しでも体を休めることにしか使っていなかった休日に、できるだけ友人と外出するようにした。

わたしわたし人生の中でわたしの楽しみや幸せを探さなくてはいけないと思ったからだ。

わたしが留守なのを知ってか、携帯には母親からメール留守電が頻繁に入ってきた。

どれもが些細な内容なのだが、必ず母親は「困っている」「助けて欲しい」という言葉を入れてきた。

後になって分かったことだが、それは親が子供コントロールするための呪詛だったのだ。

なぜなら、困っている人を蔑ろにすればそれは悪い行いになる。わたしがそれを断れば、母親は叱ることと許すことの権利を得られるのだ。

母親はそうして、断っても受け入れても自分が優位に立てる方法経験から学んでいたのだ。

その都度友達を待たせては対応していたが、いい加減嫌気がさしたわたしちょっとしたことならすぐに返答することをやめて、家に帰ってからまとめて対応するようにした。

しかし、母親にしてみればその内容自体目的ではなく、わたしの行動をコントロールすることが目的なのだ

わたしが何とか時間をつくって外出をすれば、その度に母親から送られてくる内容は段々とエスカレートしていった。

そしてある時、わたしの中で何かが壊れた。それは、母親から留守電きっかけだった。



その時期は本当に仕事が忙しく、文字通り1ヶ月ぶりの休みだった。

直前まで取れるかわからない休みだったにも関わらず、友人はわたしとのティータイムに快く応じてくれた。

そんな友人の無償の愛に感謝しながら足取り軽く一人で買い物をしていたときのことだ。

待ち合わせの時間確認しようと携帯を見ると母親からの不在着信と留守電が入っていた。

聞くのを一瞬ためらったが、面倒なことでなければ先に済ませてお茶を楽しむことに専念したかったのだ。

しかし、そこに入れられていた留守電は、わたし絶望の淵に突き落とすものだった。

ただ一言、とても弱り切ったような声で「わたし破産ちゃう」とだけ入っていた。

今になってみれば他愛のない幼稚な脅し文句だったと思うかもしれない。

だけど、その瞬間にわたしのなかで今まで耐えてきたものが全て、まさに音を立てんばかりの勢いで壊れてしまった。

使うあてのない給料から生活費は十分なほどに入れている。

お金だけではなく、一緒に外出したり頼まれごとも全て引き受けてきた。

何より、自分時間犠牲にしてもいつも心配して面倒を見続けてきたではないか

おかげで30を過ぎても結婚もできず、職場と家庭でばかり頼りにされる存在になってしまった。

それなのに、それなのにそんな言葉をなぜわたしに投げかけてくるのか。

まるでわたしが原因であなた破産させてしまうかのような言葉ではないか

わたしはこみ上げてくる感情をこらえながら急いでトイレに駆け込み、一人泣き崩れてしまった。

もう友人に会える顔ではない。メールキャンセル謝罪を送ると、途端に虚しさが怒りに変わっていくのが分かった。



怒りに身を委ねたまま家の玄関を開けると、兄の靴があった。

一瞬躊躇したがここで止まる訳にはいかない。

居間のドアから母親と兄の談笑が聞こえてきていた。

わたしは勢い良くドアを開けると無言で財布からありったけのお札をテーブルに叩きつけた。

何事かと目を丸くする二人を前に、できるだけ冷めた声で「後いくら足りない」と母親に向かって言った。

母親が唇を一文字に噛みしめて下を向いたと同時に、真っ赤な顔をした兄が怒鳴った。

「何してんだお前!!」

わたしも負けずに怒鳴り返す。

わたしにどうしろというんだ!!」

そう叫んでから、全身から何かが吹き出していくような感覚に襲われ、わたしは床を激しく転げた。

叫びながら、床を叩き、蹴飛ばし制御の聞かなくなったおもちゃのようにその場をぐるぐると回って、そしてまた泣いた。

兄はどうすることもできずに立ち尽くし、母親の嗚咽が聞こえてきた。



それからまもなくわたし実家から駅に数百メートル近いところに引っ越しをした。

その後、知人の紹介を経て結婚をして、今では二人の子供がいる。

あの時、わたしはもう母親の望む子でいることをやめたのだ。

それまでは母親の願いを聞き続けることが親孝行だと思っていた。

でもそれは間違いだった。

母親にしてみれば、自分幸せ子供から愛情を受け取ることだったのだろう。

ずっと一緒に暮らしていたのだから母親はそれしか幸せを知らなかったのだ。

ならば手放したくないのは当然だ。

でも、それよりも子供がもたらすことができる幸せもっと沢山ある。

親の幸せのために犠牲になっていく子供を見せるより、独り立ちして沢山の幸せを得ていく姿を見せるほうが、本当は親も幸せなはずなのだ

それを教えることができるのは、ほかならぬ子供本人なのだ

本当に幸せそうに孫を抱いている母の顔を見ると、それが間違いではないことを確信できた。



あの留守電が入っていた日、わたしの中で母親の望むわたしが死んだ。

同時に、わたしの中でわたし愛情幸せになる母親も死んだのだ。



それから母は、幾つかの習い事を始めた。自分の中で自分幸せになる方法を探し始めたのだろう。

そう考えると、母もまた、子供愛情をもって接しなくてはいけないという呪いにかかっていたのかもしれない。

ある一定の年齢において、親と子とが離れて暮らすことはそれだけで大切なことなのだろう。

しかし、まもなく50になろうとする兄を見ていると、一概にそれが正解だとは思えないところもある。

距離的な自立があっても、精神的な自立が成り立つかどうかは別なのかもしれない。

だけどこればかりはわたしいくら兄に話しをしたところで無駄なことだろう。

自分で気づいて自分で自立しなくては意味が無いからだ。

そんなこともわからずに今更親の愛などと送りつけられれば、うるさいと思うのは当然だ。



母が死んだら当然悲しむだろう。

でも、そこにわたしがどれだけ愛されていたかを探すことはないし、きっと後悔もしない。

私の幸せに親から愛情はもう含まれていないし、本当の親孝行は、わたしわたし家族が正しく幸せなっていく姿を見せ続けることなのだから

からいつまでも長生きして欲しいと思う。

でもそれは、子供が悲しむからじゃない。いつまでも幸せでいてほしいと願うからだ。

2016-07-26

50代女性主婦です。

夫と25歳長男、22歳次男大学生)と17歳長女(高校生

との5人暮らしです。

25歳長男には知的障害があり、療育手帳もあります

作業所に通っていましたが、人間関係でのトラブルが多く

辞めてしまいました。

職員の○○がムカつく、通所している○○さんが嫌い、

など、人が自分の思い通りにならないと些細なことでキレて

暴言を吐いたり、近くのモノを投げたり蹴ったりなど

してしまます

作業所はこれまで3か所通いましたが、どこも合わず辞めました。

精神科にも通って安定剤などもらっています

今は自宅にいますが、些細なことで怒り、食器などを割る、

殴る蹴るの暴力暴言があり、家族全員、長男を腫れ物に触るような

扱いをしています

困り果てて、息子を精神科病院入院させてくれるよう

頼みましたが、断られてしまいました。

周囲が自分の思い通りに動いてくれると息子は落ち着いています

私達家族は息子のいいなりのようです。

もう限界です。

私達夫婦次男、娘も。

息子を一人暮らしさせようとも考えましたが、私達を追いかけて報復

するようなことを言います

アドバイスいただけると幸いです。

疲労のため乱文となってしまいましたが、どうぞよろしくお願いいたします。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2014/0826/676636.htm

 

障害者就労施設で働いてる者です。

障害者を連れて有料公園に2時間、遊びに行くプログラムがありました。

私が同行する障害者の方は20代知的障害者男性だったのですが、他の職員から教えてもらった前情報は、「力が強く、暴力的で殴るのと頭付きが得意」「子供をみると追いかけるクセがある」「ボタンを見ると押してしまう、以前、踏み切りの緊急ボタンを押してしまった」「話す事も、話を理解することも出来ない」の4つです。

公園なので子供も多く、左手首を握って歩いておりました。

スタッフからの指示で「暴力振るうと危ないから、人気の無い方で散歩してきたら?」との事で、スタッフと離れ、2人きりで散歩していました。

有料公園なので、とても広く、本人は気の向くまま色んな方向へ行きますが、どうにか人気の無い方に行ったのですが、たまたま前方に小学校低学年の男の子がいました。

私の連れていた方は腕を振り払い、子供の方へ猛ダッシュしてしまったので、追いつき捕まえたら、それが不満だったらしく、私に殴りかかってきました。

初発は顔面にヒ当たり、メガネが吹っ飛び曲がってしまいました。

ここは前から両手首を持ってパンチを打たせない状況は作ったのですが、頭付きが得意なので、この状態から頭突きを連打してきます

手首を持ちながら後方に下がって避けましたが、力が強いため、また手を振り払い子供の方へダッシュします…

また捕まえましたが、そうすると、また私に対して猛攻撃

最終的には子供の事を忘れたのか、ずっと私に対して殴りかかったり、頭突きしたり…

そんなこんなで私も体力が無くなってきたので、ヘッドロック状態にして抑えたのですが、今度は後ろから髪の毛を引っ張ってきます

40分は、こんな状態で「もう体力の限界かも…」と思った所、女性スタッフが近くに来たので状況を説明女性スタッフは近づいて言葉で怒った所、女性スタッフ頭突きを数発入れて女性スタッフはダウン…

もうしょうがないと思い、またヘッドロックをかけて、そのまま車に閉じ込めましたが…

もし最悪自分の体力が切れたら他の方へ迷惑がかかってしまます会社では障害者の方に「打撃は禁止」との事だったので先輩に今後は職員2人で対応したいといいましたが、それはムリとの事

なので合気道など習って安全に取り押さえようかと思ってもいます

どういった対応がよいのでしょうか?宜しくお願いします。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169701001

 

毎朝、会社に向かうバスに乗る時に

体の大きな知的障害者男性)に暴力を振るわれます

朝、バスは1本しかありません。(非常に田舎です)

7時のバスなのですが、それが朝一番バスです。

その後は2時間後なので会社に間に合わないので

これに乗るしかないのです。

最初は髪をひっぱったりという程度だったので

私がはっきりと大声で『やめて!!!』と怒鳴ったのです。すると、どんどんエスカレートしてきて

今では、拳で殴ったりします。

警察相談しましたところ、最初のうちは、そのバス時間パトロールしましょうという事になったのですが

おまわりさんがいても、おかまいなしで暴力をふるってきました。

おまわりさんを通して、ご家族の方に注意を促してもらったのですが、その人のご両親はいなくて、80歳に

なるおばあちゃんと2人暮らしで、おばあちゃんも

何が何やらというかんじだったそうです。

まりにも私ばかりにその人がからむので、おまわりさんに『何か過去関係がありましたか?』なんて

尋ねられて、非常に不愉快な思いもしました。

でも、越したばかりですし、会社に行かないワケにはいかないので、

今は、私はバスくるまで隠れて、こっそり乗車していますが、だんだん周りの目も『あの人が何かしたんじゃないか』なんて言い出してきて、なんで私がこんな思いを?と悔しくてたまりません。

また、引っ越すにも、お金がありません。

どうしたらよいでしょうか。

アドバイスお願いします。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169701001

 

知的障害者施設(通所)です。

利用者の方で、送迎時(車で走行中)に急に暴れ、職員に対し殴ってきたり、引っかいたり・・・

他の利用者さんも、もちろん同乗していますので、かなり危険なのですが、

反撃や縛り付けることは虐待になるし、

保護者に言っても「障害者から・・・」「仕事でしょ」と言われるだけで

一向にらちがあかず・・・

このままじゃ、職員が根をあげて辞めていくはめになりそうです。

みなさん所では、暴力行為に対して、どうされてますか?

http://www.wel.ne.jp/bbs/article/161588.html

2016-07-18

我が子は奪われ殺された

私は,離婚し,親権者として,1歳になる子どもと2人で暮らしていました。

私は,子どもと2人,自然が多く環境の良い実家や姉夫婦の近くの3DKの一軒家に住み,実家の母や姉夫婦の協力を得て子ども育てていました。

配偶者相手)とは,互いに納得し,私が子ども親権者となり,協議離婚しました。

離婚後,間もなく前配偶者相手から離婚届を出したものの,子ども親権者が私であることは知らなかったとして親権者の変更の申立がされました。

相手仕事は,安定した収入はなく,住まいも6畳1間のアパートで,相手には身内はいません。

私は,安定した仕事に就いており,住環境自然が多く,3DKの一軒家,子育てを手伝ってくれる実家母親や姉夫婦もいます

また,離婚当時,1歳だった子どもと一緒に食事や入浴,一緒の布団で添い寝するなど子どもは大変,私に懐き,暮らし子どもを養育するうえで何の問題もなく育てていました。

このような状況で,裁判所は,勝手離婚届親権者無効とし,親権者相手方しました。

私は,そんな馬鹿なことがあっても良いのかと,即時抗告しましたが,高裁でも覆ることはありませんでした。現在最高裁抗告中ですが,覆る見込みは,相当低いと思われます

これを読み,皆さんは,どのように思われますか。大多数の人が何でこのような 無慈悲判決がなされるのかと思われることでしょう。

私は,子ども父親相手母親です。

 離婚届は,特に問題もなく受理されました。判決は,その正式受理された離婚届を何の証拠もなく,相手一方的偽証により,離婚届親権者指定無効であるとする裁判所判断は私には理解できないものです。

離婚届作成及び提出の状況は,はじめに私が離婚届子ども親権者を私と記載し,他私に関する項目を記載し,その後,相手相手に関する項目を記載し,その離婚届相手が所持したまま,2人で役所に行き,相手の手から役所に提出し受理されましたものです。何の落ち度もありません。

離婚届を提出に行く車のなかで,相手は「子どもはよこさないでしょう。」と尋ねられ,私は「そうです。」と応えていることや私が親権者であることを相手が知っていた様々な状況証拠裁判所に示しましたが全く取り合われませんでした。

役所正式受理された離婚届であるにも関わらず,提出された離婚届親権者無効である判決しました。このようなことが罷り通るのであれば法治国家の体をなさなものです。権利の乱用です。

また,私と相手を比べても養育環境や監護補助者の有無など相当な差があます特に監護補助者の有無は重要です。子どもインフルエンザなど感染した場合,濃厚接触者の親も往々にして感染するものです。そのような状況で,決して,一人で育てることはできるものではありません。しかし,そのようなことは,一切考慮されませんでした。

相手中国人で,私は日本人です。

相手は,日本語を聞き取ることや話すことが十分ではありません。

また,相手は,中国人であり,嘘は常で,自分勝手自分の思うように行動します。子どもは,親の姿を見て,育つものです。このような状況で,子どもがまともに育つはずがありません。

民法第766条では,「離婚に際し,子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」とありますが,どのように考えても子の利益など考慮されていません。

私が子どもと2人で生活している最中は,定期的に相手子どもの面会を実施しておりましたが,高裁判決が出た後の面会で,10時から15時までの面会時間代理人の弁護士同士や相手約束していました。しかし,相手は,そのまま子どもを連れ去りました。私は,電話メールで再三子どもを返すよう伝えましたが,取り合わず子どもは戻りませんでした。

私は,常に子どものことを第一に考え行動しておりましたが,相手は,そのようなことは微塵も考えず,自分欲望のまま,相手に懐いでいない子ども強制的に連れ去りました。

私と子どもは,ずっと一緒に過ごし,2人での生活も10ヶ月となり,私を大変信頼し,懐いでいました。食事も一緒,お風呂も一緒,寝るのも一緒の布団で寝ていました。

動物きな子どもと休みの日は,牧場に行き,牛を見ると「モーモー」と近くの川に北に戻らない白鳥を見に行った際は,「ガーガー」と声をだすなど,大変喜んでいました。近頃は,パパと呼び始め,寝るとき,布団の中で,パパは,誰と聞くと,私の顔を指差し可愛い声で,「パパ」と呼んでくれました。

仕事を終え,保育園に向かいに行ったときは,私のところに笑顔で走って来ていました。

子ども相手との信頼関係は,希薄信頼関係はあませんでした。

このように私と子どもが楽しく暮らしていたもの相手自分欲望に任せ,意思表示のできない子どもを全く知らない環境強制的に置いたものです。

私は,再三,子どもに逢わせくれるよう頼みましたが,様々な理由を付け逢わせることをしませんでした。

慣れない住環境やいつもの食事生活パターンなど一切無視し,子どもは,泣き叫んだことでしょう。

私が助けに来ると願っていたでしょうが,私は,どうしようもできなく,胸が張り裂る思いで,毎日,涙に暮れる日々でした。

動物でさえ親子を引き離したら親は子どもを求め,毎日子どもを泣き叫びます。増してや人なら尚更です。

相手が私と子どもを逢せないのは,大変懐いでいる私を子ども記憶から忘却させるためです。大変,酷い行為で,私利私欲の行動であり,悪意に充ちています

私は,再三,逢せるようお願いしたところ,メールで,お願いしたところ,相手から養育費はいらないので,子どもと逢わないということでどうですか。」との返信があり,私と子ども関係を断とうとしているものは明らかでした。

このような親に子どもを育てる権利があるでしょうか。

相手は,中国人日本に親戚など身寄りはいません。相手の身近な人や常に行動を共にする人は,日本在住の中国人だけです。

そのような中で,子どもを育てた場合子どもは,中国人となってしまます母子家庭で,母親中国人であり,以前から中国非常識な行動など,近頃は,その行動がエスカレートし,中国に対する日本人感情は大変悪いものです。当然,子どもイジメに合うでしょう。また,母子家庭で,母親中国人では,十分な教育をさせることも見込めません。子どもの将来は暗いものです。

私は,常に子ども幸せを第一に考えています

相手が考えることは,子ども幸せより,自分欲望を充たすことだけです。

子どものことを第一に考える親を無視し,親でない裁判所子どもを不幸にさせる判決をしたことは遣り切れない思い出いっぱいです。

裁判所は,正式受理された離婚届勝手無効とし,相手親権者としたことは,裁判権の乱用です。

 このような判決をし,子どもに何かあった場合裁判所責任を取ると言うのでしょうか。

私は,裁判所子どもを奪われました。

子どもは心に傷を負い笑顔を見せなくなりました。

子ども裁判所に殺されたも同然です。

 悲しくて悲しくてしようがありません。

裁判所は,子どもにとって最悪な環境であっても,子ども親権母親と決めつけていますが,子ども利益福祉を全く考えていません。

このような悪い環境下で,学歴もない中国人子どもを満足に教育できるでしょうか。子は,親の姿を見て,育つものですが相手の姿を見て,子どもは学ぶべきものはあるでしょうか。また,経済力によって学歴にも差がでます相手は,子ども幸せは全く考えていません。自分欲望だけのためです。

私は,実家と言う故郷を持ち,実家や姉夫婦,親戚など生活圏を持っていますしかし,相手は,環境の良い生活圏はなく,子どもに胸を張って今の場所を誇れるでしょうか。子ども故郷というものはなく,大人になってからの思い出もないでしよう。

私は,裁判所により,子どもを奪われ,現在,連れ去られ,子どもと逢うこともできず,子ども笑顔を見せることもなく,裁判所によって殺されたと同じです。

罪を犯していない子どもと私をこのような状況とした裁判所を恨んでも恨んでも足りません。

 裁判所は,父親も養育等に積極的に関与するならば,子どもの成長に問題はないと仮定判決ですが,私は,相手住まいも分かりませんし,相手は,私と子どもを逢せようとしません。また,相手は,嘘を日常的に付きます。私が子どもとの積極的に関与を望んでもかないません。

 裁判官が私の立場なら,このような判決を受け入れられますでしょうか。裁判所は,結局,他人事無責任です。

 常識が通ると思っていましたが,真面目な日本人を守らず,嘘つきの中国人を守る裁判所常識正義感はないです。

 裁判所は悪だ。

2016-07-11

http://anond.hatelabo.jp/20160711025720

すげーなぁ

コレが釣りじゃないとしたら、29でこんなにガキっぽくてバカなんだなぁ

べつに投票したくないならしなくてもいいけどさ

これがエスカレートすれば、将来的に選挙権行使しない人間はなんらかの差別を受けるのでないかと。

ねーよ

サービス広告が増えたのは、企業営利のためであって、選挙というイベントを利用した宣伝活動だよ

政治とも有権者権利とも義務とも何の関係もねーよ

無党派投票率が低くったって与党は何も困らないんだから

29歳、はじめて選挙に行ってきた。行かなかったワケと行ったワケ。

29歳、初めて選挙に行ってきた。

その感想と、今まで行かなかったワケと、今回は初めて行ったワケなどを。

選挙権を得てからの9年間、私は一度も選挙に行ったことがなかった。

多分にもれず「選挙に興味のない若者」であったからと自身認識している。

そして、今回初めて選挙に行ったわけだが、

私は権利行使しなかったこれまでの自分を恥じることもなければ、

権利放棄する他人を責めることも、笑うこともこの先絶対無いだろう。

正確にいうと、この9年間興味がなかったのでなく、

TVで見る、あのセイジカたち大人のする「政治ごっこ」がバカらしくて見てられない。

どうせ誰がやろうと、自分生活には影響がない。

そもそもこのご時世ネット投票できないアナログさがとても理解ができなかった。

しかしたら、環境のせいもあるかもしれない。

実家にいた24歳頃まで、私は家に届いているはずの選挙用紙を親から受け取ったことは一度もなかった。

世帯で1通の封筒に届くものかと思うが、自分用の用紙を親が渡してくれたことはなかった。

親としては、自然と興味・関心を示せば渡すつもりだったのだろうか。

そのあたりは今となってはどうでもいいし、なんとも思わない。

当たり前のように選挙に行く人々は、20歳(18歳)を越えた段階で、

どういう成り行きで行くようになったのか興味がある。

今まで行かなかった訳は前述した通り、政治なんてまるで自分事じゃなかったからだ。

加えて、新卒で入った会社はいわゆるブラックで毎晩終電が当たり前、休日出勤もザラで、

正直、目の前の生活を凌ぐことで精一杯で、選挙なんていつあったかすらも覚えていない。

今は比較的、穏やかな職場なので、選挙政治なんでことに自分意識が向く時間が増えてしまった。

なぜ、今回初めて選挙に行くことにしたのか。

自分でもこの心境の変化には驚いているが、冷静に考えると単なる下心だということに気がついた。

今回の選挙選挙権の年齢が18歳に引き下げられたこともあってか、色々なお店やサイトなどで、より多くのキャンペーンが行われていたように思う。

その中でも多かったのが「選挙に行った人は●●を割引!プレゼント!」などの、選挙に行った人だけが恩恵を受けれるようなサービス広告が多く見られた。

私はこれに今までにない危機感を覚えた。

これがエスカレートすれば、将来的に選挙権行使しない人間はなんらかの差別を受けるのでないかと。

それはSNSでよくあるしょうもないやっかみレベルのつっかかりでなく、公的になんらかの区別がなされ、受けられる行政サービスにすら違いがでる時代が来るのではないか

この投票率の低さからみて、その可能性がゼロだと言い切れる人はいるだろうか。

1度も行かない人間が大きく損をするなにか仕組が出来上がるなんて、そんな馬鹿らしいことないが。

正直自分の1票が何か変えるとは思っていないし、今回初めて行ってもその感想は変わらない。

ちなみに投票した候補者がどうなったかも知らない。

私は、この権利行使ときで損をするなんてこんな馬鹿らしいことはない。

その気持ちだけで選挙に行ってきた。とりあえず自分の「選挙行った回数を1」にカウントするために。

こんなしょうもない気持ちで投じた1票と、本気で投じた1票が同じ価値しかならない時点で、選挙意味なんかないんじゃないのと思う。

けど私はこれからも、損をしたくないので、おそらく15分を使ってカウントを「1」足すためだけに投票所に行くだろう。