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はてなキーワード: 故意とは

2017-02-21

toto BIG この仕様で損する人得する人

間違っていたら指摘してください。

toto BIG の件は悪意はなく、ただ残念な仕様という形で収束しそうですが、本当にそうでしょうか?

私の考えでは次の理由から、これは故意仕様なのではないか、と思っています

高額購入者は小額購入者より他者が購入した組み合わせとかぶりにくい。

ランダムシードが有限だとしたらキャリーオーバーが出やすい。

公式の発表した内容ではなぜこの仕様なのかということが全く説明されておらず、とても納得できるものではありません。販売を停止して第三者による検証を行うべきです。

2017-02-09

Re:演奏会の会場を借りるために名義を貸しただけの者も演奏主体として利用料を支払え」(東京高裁

http://anond.hatelabo.jp/20170207184136

引用部分は実際にはこうな。

ダイサンエージェンシー名称興行事業を行ってきていた被控訴オカモトが,KHMプロモーションの懇請を受けて,同社に名義を貸したことにより,同社が控訴対象演奏会を開催することが可能ないし容易になったものであるから(同社にはスタッフ対外的な信用もなく,会場の確保ができなかったことは,被控訴人らの自認するところである。),両者は,協力して,同演奏会を開催したものと解するべきであり,その結果,故意又は過失により,著作物使用料相当額の損害を控訴人に与えたのであれば,両者のそれぞれにそれを賠償する責任が生じるのは当然というべきである民法719条,709条)。

知的財産裁判例のところにあるけれど、この部分の判断基準著作権法ではなく民法。後釣り宣言の前に意味のない追記をしてたけど著作権制度関係なくなっちゃったね。

2017-02-07

釣りむちゃくちゃな理由JASRACを勝たせた判例ベスト10(後半)

2月9日16:00追記)釣りエントリーでした

釣り宣言をした前半はこちら

http://anond.hatelabo.jp/20170207184036


以下原文(打消し線入り)↓

第5位

チャリティーコンサート身体障がい者のための寄付金を集めた場合は『非営利無料演奏』ではない」(東京地裁

東京地方裁判所平成15年1月28日判決

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=11369

著作権法38条1項によれば、①非営利で、②料金を徴収せず、③演奏者に報酬が支払われない場合、という3つの要件をすべて満たせば、JASRACに無断で公に演奏しても構わないとされている。

それではチャリティーコンサートはこれを満たすのか、が争われた事例。

「観客から直接入場料名目の金員を徴収することはなかったものの,寄付金を集めており,これは,著作物提供について受ける対価と認められる」「被告らは,演奏会の売上げからこれまで2000台を超える車椅子を全国各地の社会福祉協議会寄付してきた旨の主張をするが,そのような事実があるとしても,著作権侵害行為正当化されるものではないことは明らかである。」

寄付金は「著作物提供について受ける対価」だから、②の料金の徴収に当たるのだ、という判例。「寄付金寄付とは言っていない)」ということか。チャリティーにかかわってる人は怒っていい。

第4位

カラオケスナックマイクを持って歌ってるのはお客さんだけど、法律上は『店長が歌っている』という扱いにするよ」(最高裁

最高裁判所昭和63年3月15日判決

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52186

ホステス等が歌唱する場合はもちろん、客が歌唱する場合を含めて、演奏歌唱)という形態による当該音楽著作物の利用主体は上告人らであり、かつ、その演奏営利目的として公にされたものであるというべきである。」

「上告人ら」というのはカラオケスナック経営者店長)を指している。「お客さんが歌っている」という扱いだと利用料を徴収できない。そこで無理やり、「店長が歌っている」という扱いにすると宣言した最高裁判例

さすがにこれには最高裁裁判官の中からも「いささか不自然であり、無理な解釈ではないかと考える」 と述べる反対意見が出されたが、多数決で押し切った模様。

カラオケ法理」と呼ばれるこの悪名高い迷理論について学者から批判は根強いが、判例として固まってしまったために、後の裁判所はこれをどんどん活用して、もはやカラオケでもなんでもない事案も含めていろんな場面に広く適用している。海外日本テレビが見られるサービスも(最高裁平成23年1月20日判決)、自炊代行も(知財高裁平成26年10月22日判決)、日本サーバを置く動画共有サイトも(知財高裁平成22年9月8日判決)、音楽CD簡単携帯電話に取り込めるサービスも(東京地裁平成19年5月25日判決)、みんなそれで潰された。

第3位

カラオケ映像を流すのは映画の上映だから演奏料金に加えて上映料金も支払え」(大阪地裁

大阪地方裁判所平成6年3月17日判決

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=13880

カラオケ法理」によって店長には演奏の利用料を支払う義務があるとされたが、JASRACはそれだけでは飽き足らず、上映の利用料も支払えと訴えた。

法律上は「演奏」と「上映」とは別個の行為であって、それぞれに利用料を支払う必要があるということのようだ。裁判所はこの主張を認めた。

「本件装置により右レーザーディスク再生するときモニターテレビ画面には収録された連続した映像音楽著作物歌詞文字表示が映し出され、スピーカーからは収録された管理著作物伴奏音楽が流れ出るのであるから、これが映画著作物の上映に該当することは明らかである。」

カラオケに行くと、曲とは無関係の古臭い映像がよく流れるが、裁判所はあれを眺めるのは映画鑑賞にあたると考えたらしい。

第2位

演奏会の会場を借りるために名義を貸しただけの者も演奏主体として利用料を支払え」(東京高裁

東京高等裁判所平成15年1月16日判決

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=11389

「Dの名称興行事業を行ってきていた被控訴人Oが,Kの懇請を受けて,同社に名義を貸したことにより,同社が控訴対象演奏会を開催することが可能ないし容易になったものであるから…,両者は,協力して,同演奏会を開催したものと解するべきであり,その結果,故意又は過失により,著作物使用料相当額の損害をJASRACに与えたのであれば,両者のそれぞれにそれを賠償する責任が生じるのは当然というべきである

同じく第2位
普段中国に住んでいても、店舗賃貸借契約連帯保証人であり、店舗固定電話契約名義人でもあるから演奏主体として利用料を支払え」(知財高裁

知的財産高等裁判所平成28年10月19日判決

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=86203

「1審被告Y2は,自らを本件店舗経営者認識しているものではないものの,①本件店舗開店運営のための資金提供し,本件店舗賃貸借契約連帯保証人となり,本件店舗に自らを契約者とする固定電話を設置し,自らのバンド名を本件店舗名称として使用することを決定し,ミュージシャン仲間らとともに,本件店舗無償で,ライブに不可欠な音響設備等を提供するなど,本件店舗開店積極的に関与したこと…からすれば,1審被告Y2においても,1審被告Y1とともに,本件店舗の共同経営者としてその経営に深く関わっていることが認められる。」

店長だけでは飽き足らず、その周辺にいる色々な人まで訴えられるようになった。

第1位

カラオケ装置カラオケ店に貸してるだけのリース業者JASRAC賠償金を支払え」(最高裁

最高裁判所平成13年3月2日判決

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=52293

カラオケ装置リース業者は…リース契約相手方に対し,当該音楽著作物著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結すべきことを告知するだけでなく,上記相手方が当該著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負うものと解するのが相当である。」

第2位の演奏場所の名義からさらに飛躍して、カラオケ装置リース会社にまで責任を認めた最高裁判例

「条理上の注意義務」などというわけのわからない概念に基づいて賠償金の支払い義務を課せられるのだから、もうやりたい放題である

ちなみにこの「条理」という概念の由来は、今から100年以上前明治8年に制定された「裁判事務心得」という布告である

明治維新直後で法律の整備が全然追い付いていない状況で、それでも裁判をしなければならないということで、「民事裁判に成文の法律なきものは習慣に依り、習慣なきものは条理を推考して裁判すべし」と定められた。

その後、法律の整備が進み、さらには日本国憲法76条3項で裁判官は「この憲法及び法律にのみ拘束される」と謳われている現在において、明治8年のこの布告が効力を持っているとは考えにくいが、最高裁はこの「条理」という概念を持ち出すことで、法律に何の規定もないにもかかわらず、リース業者に多大な義務を負わせたというわけである


さてさて、果たしておかしいのはJASRACなのか司法なのか、それとも著作権法という稀代の悪法それ自体なのか……。

補足

本稿の目的は、著作権制度のわかりにくさ、そしてその解釈とき世間直感に反することがあることを具体例を挙げて示すことで、著作権制度のあり方について世間議論喚起する点にある。

すでにブックマークコメントで指摘があるが、上記の中には、法律家視点から見ると全くおかしくないものや、素人観点からわかりやすく言い換えているために判決趣旨をうまく捉えられていないものが含まれている可能性がある。本稿の記述不正確な点への指摘がされることで、更に議論精緻化・正確化されることは望ましいことである

そのような議論を通じて、音楽文化の発展のためにあるべき著作権制度について議論が深まることを期待したい。

なお本稿の目的は以上のとおりであって、JASRACの不当性を述べるものではないし、ましてやJASRAC裁判所癒着しているのではないかなどということを摘示するものでは全く無い。

2017-02-06

にょぽみのプペル

にょぽみがプペルの件について4コマ書いたけど

アレがとにかく気持ち悪く感じた

ビッチとプペルを間違えて書いてるし

これが故意にやったのではない、のであればキャラ名もろくに検索してないのに漫画ネタにするその精神生理的に無理だし

故意にやったのであれば、炎上商法ネタにしているのに、自分が「それはプペルじゃない」というツッコミによる炎上商法知名度上げてるのが気持ち悪い

絶対的安全場所から問題ガソリン注いで、炎にガソリン注げる俺スゲーみたいな魂胆が見えて気持ち悪い

結局生き方に正解なんてないんじゃないか

生き方に正解はないとは字面だけならよく見たことがあったけど

最近身に染みてそう考えることが多くなった。

書くべきものを書ききれずに結局逃げてしまったわけだけど、逃げたことが正解だったと自分では思う。

あの時はすごく追い詰められてたし故意的に事故にあう方法とかも考えてた。

追い詰められるほどに手につかなくなって悪循環に陥っていた状態

今でもあれはうつ状態の手前だったんじゃないかと思う。

まだ最近のことだから客観的に見れないけど

逃げないでそのまま終わらせられればそれはそれで良いのは勿論なんだけどね(それは頭ではわかってる)

逃げないで心を病んで取り返しのつかないところまで行くのと比べたらマシだよね。

逃げないで終わらせていれば逃げないで良かったと思うだろうし、逃げることでなんとか心も病まず生きてこれたのはそれで良かったとも思える。

しがみついてた時期は「死なない程度に事故方法」って検索したり自転車に細工をして車が通るタイミングでいい感じに自転車を壊す方法妄想していた。

もしそれを実行に移せば後遺症で一生後悔してたかもしれない。

どっちが正解だったかは答えが出せない。



これからのことはこれから考える。

今回のことで逃げ癖が付かないようにだけは自戒したい。


どうすれば逃げずに済んだんだろうってよく考える。

もっとプライドを捨てて人に頼りまくれば良かったと今では思う。

プライド邪魔してた。プライドを捨てたい。良い意味で人の目を気にせずやっていけたらよかったのにな。

けものフレンズは「ギャップアニメ

故意ギャップを作り出すアニメが好きだ

 

わかりやすいのは「ほのぼの」+「ホラー」のギャップ

ひぐらしのなく頃にがっこうぐらしエルフェンリートがこれにあたると思う

 

ホラーが辛さだとすると、徐々に辛くしていくよりは、先に甘いものを食べさせたあとで辛いものを与えたほうがより衝撃がある

そういう発想で、皮を被る作品がある

もちろんそういった作品でも一発ネタに終わるものもあるが、甘さと辛さを交互に味あわせて「どっちも旨い」と感じさせる作品は名作と呼ばれることが多いと思う

たぶん心に深く刻まれから記憶に残りやすいんじゃないか

 

他のギャップとしては「ファンタジー」+「SF」なんかもある

これは多数あるが、魔法かと思ったら科学だったみたいな話だ

こういう作品も私は好きだ

 

そしてけものフレンズは、珍しい「女児向け」+「ポストアポカリプス」だ

まり、2話までに視聴者IQを極限まで下げてから、「え?」みたいな展開を少しずつ出していく

フレンズたちはIQが低いのでその重大さに気づかないが、視聴者けがその影に怯え、同時にワクワクしていく

と思ったら、またIQを下げに掛かってくる

この繰り返しは珍しい

 

似たアニメで言うと、恐竜惑星やジーンダイバー辺りだろうか?

いずれにしても私の大好物

 

まとめると

わーいたーのしー!もういっかいみよー!わーいたーのしー! だ

2017-02-04

大概バカだよ

部屋に置いている書籍のことで話題の某ホテルフロントをしている。

田舎から話題になってからも励ましや罵詈雑言メールが時々来る程度でそんなに変化はなかったんだけど、先日、清掃のおばちゃんが「落書きされてたよ〜」って例の本を客室から下げて来た。

表紙や本のページに「お前らバカ(大意)」みたいな落書きがあった。

まあバカなのかもしれないけどさあ、自分名前も住所もちゃんと記帳した上で泊まってる部屋の備品に明らかに故意損壊加える人に言われたくないなあ

同じく書くのでも部屋に常備してるメモ帳に書いてページに挟んでおくとかならまだマシだけどなあ

それに、いまいちちゃんと内容も読んでくれてなさそうなんだよなあ

しわたしが落書きするんだったらまず最初の方のページが代表若いから今までの記録写真みたいな感じになってるからそこにいろいろ書き加えて遊ぶかなー

余白にバカ(大意)って書くだけじゃ、芸がないよね

2017-02-02

距離を置かざるを得ない人

軽いアスペルガーではないかと疑っていた人が、

自己愛性人格障害的な言動を見せ始めた。

完全同意できなかったことを根に持たれ、

価値化の対象とされてしまったようだ。

かすかに嘲笑を浮かべながら、小馬鹿にしているのを悟らせる

ギリギリラインを狙っている風に話をしてくる。

お前は大したことがない人間なのを自覚しろというのが言外から伝わってくる。



アスペルガー的な部分には正直好感を持てないが、

故意はないだろうと歩み寄る努力をするつもりだったけれど、

悪意を向けられるのならもう距離を置くほかない。

根はきっといい人なのだろうと思っていたから残念だ。

2017-01-30

誤発注商法について

ちょっと前までは,「生産追いつかなくて販売中止しま商法」が流行っていたけど,

最近コンビニとかが「誤って大量発注しちゃいました買ってね商法」が流行りだしている.

販売中止商法メーカー側の生産体制の見込みが合わなかったという意味で,完全にメーカー側が悪いはずだろ.

これを素直に人気だからと取るか,ひねくれてメーカー故意にやっていると取るかは完全に消費者側に委ねられているので,まぁまだいいかなと思う.

問題誤発注商法の方だ.こいつは本当にたちが悪い.もしも誤発注故意にやっていたとしたら,それは消費者良心を利用しているクズだ.

だいたい誤発注商法誤発注してしまもの賞味期限が短いものに偏りすぎている気がする.これも胡散臭い

賞味期限が短くなければ誤発注しちゃったから買ってくれとアピールしない,というバイアスがかかっていることもあるとは思うが)

そもそも本当に誤発注しているのだとしたら,それを防ごうとしないコンビニチェーンそのものおかしいはずだ.

ミスは誰にでもあるものだとは思うが,だとしたら尚更それを防ぐ対策を立てるべきだ.

なんだかまとまらんけど,誤発注云々は本当に信用できない.

誤発注商法について

ちょっと前までは,「生産追いつかなくて販売中止しま商法」が流行っていたけど,

最近コンビニとかが「誤って大量発注しちゃいました買ってね商法」が流行りだしている.

販売中止商法メーカー側の生産体制の見込みが合わなかったという意味で,完全にメーカー側が悪いはずだろ.

これを素直に人気だからと取るか,ひねくれてメーカー故意にやっていると取るかは完全に消費者側に委ねられているので,まぁまだいいかなと思う.

問題誤発注商法の方だ.こいつは本当にたちが悪い.もしも誤発注故意にやっていたとしたら,それは消費者良心を利用しているクズだ.

だいたい誤発注商法誤発注してしまもの賞味期限が短いものに偏りすぎている気がする.これも胡散臭い

賞味期限が短くなければ誤発注しちゃったから買ってくれとアピールしない,というバイアスがかかっていることもあるとは思うが)

そもそも本当に誤発注しているのだとしたら,それを防ごうとしないコンビニチェーンそのものおかしいはずだ.

ミスは誰にでもあるものだとは思うが,だとしたら尚更それを防ぐ対策を立てるべきだ.

なんだかまとまらんけど,誤発注云々は本当に信用できない.

2017-01-26

基本的に「恋愛」は男限定の娯楽 女の大半は「一番好きな男」とは一

 福士蒼汰フォトショでいじくって、南海キャンディーズ山ちゃんにし、「大好き!」と口にするのが女という生き物である

 分かりにくい例えかもしれないが、要するに女の理想は叶う率が低いから、妥協を繰り返し、少しずつストライクゾーンを広げてゆく作業必須になるということだ。

 言ってしまえば、あらかたの女は自分を騙くらかすことでしか彼氏を獲得出来ないのである

 つまり女の恋愛は、娯楽じゃなく我慢なのだ




女は、本命の男に本気で恋をすると、極めて高い確率でフラれる

 恋心の強度と、フラれる確率は比例関係にある。

 好きになればなるほど難易度が上昇する。

 男は、「がっつく女、余裕のない女、重い女」を忌み嫌う。

 だから女は、恋愛感情故意に薄くして、無味乾燥に近づけ、死んだ魚になるよう努力しなくてはならない。

 愛情の鮮度が高いと、男は女が提供する恋の食卓にはついてくれない。

 恋心を生け贄にして、天から余裕を授かり、さりげなさを全面に出して男に媚びる。

 そうした無感情の狩りこそが、女の恋愛なのである

 好きなあの人への想いが最高潮に達した段階で付き合えたという、美しい運命を辿れた女など、ごくごく少数だ。



 男は選ぶ側のため、「一番好きな女」と付き合える。

 女なんていう生物は、歩く無料お試しキャンペーンみたいなものだ。

 特段のブサイク性格破綻者を除けば、男に求められて喜ばない女はいない。

 男の恋愛は始まるまでに困難がなく、実はドラマチックさの欠片もない。

 だからこそ、「あえて想いを伝えずに、この駆け引きを楽しんでいます」という余裕綽々の態度を取る者がいくらでも現れるのだ。




男という悪徳工場が、不誠実な女を大量生産している

 どれだけ誠実な女であろうと、全身全霊で恋に落ちてしまうと、意中のあの人にどん引きされ、物の見事にフラれてしまものだ。

 男目線だと、「そんなことないよー。純粋気持ちが一番嬉しいよ☆」という真心第一みたいな結論に行き着く場合もある訳だが、これほど無責任綺麗事は他にない。

 どんな女であれ、「あの人を好きな気持ちだけは誰にも負けない。」という純情一本気な思いの丈を、胸に熱く秘めていた時代があるはずだ。

 しかし悲しいかな、純情さだけでは、手応えゼロ全否定されて失恋してしまう。

 どうしてかと言うと、この世を生きる女の大多数は、なんの才能にも美貌にも恵まれない無力な存在であるがゆえに、猫も杓子もが「媚び」という曖昧模糊としたものを唯一の武器にして戦おうとするから供給過剰になってしまっているためだ。

 男は空求人みたいなもので、常に誠実な人を大量募集していると見せ掛けて、「残念ながら、今回はご期待に添えない結果となりました」とお祈りを連発する。

 そうして女は幾度もフラれ、ただ突っ込んでも事態好転しないということを悟り、好きの感情に打算を組み込むようになる。

 自然体で男と接するトレーニングをしたり、好きになり過ぎないようにセーブして、計算高く立ち回ったりし始める。

 その結果、彼氏が出来たとしたら、開口一番こう切り出すだろう。

「なんだ、付き合うってこんなもんか」

 そらそうだ。

 恋心を肥大化させずに、落ち着き払って男を落としたに過ぎないのだから

 釣り堀で、虚しい魚釣りをしていたも同じ。

 一向に心が満たされないから、幸福論でいうところの『幸福を追求する不幸』という状態に陥り、次から次に手頃な男子を求めるようになる。

 これが後天的ヤリマンへ変化するプロセスだ。

女が非モテへと落ちぶれる流れについて

 精神科医ジャック・ラカンが、『欲望他者欲望』という言葉を残しているように、生きている中で誰かを好きになったとしたら、自分以外の人間もその子を好きだと考える方が良い。

 金は金を呼ぶみたいに、愛される人はより愛されるのが、現状の人間界なのだ

 誰もが似たような流れで欲望を浮上させるから自分特定のあの人を好きになった感情フローを、他の多くの人々も体験している可能性が高い。

 ゆえに奪い合いになる。

 しかイケメンは、可愛らしい子達が根こそぎ奪って行くため、反応に困るような人だけが少量、余っているだけになってしまう。

 その中からなんとか好きになれる人を探すわけだが、好きになった頃には、他の女もその男を好きになっていたりするため、また争いが発生する。

 こうやって殴り蹴られの決闘が延々と続くから非モテ挫折したまま、半永久的に再起出来なくなってしまうのだ。

 つまり無気力学習するということであり、こうなってしまえば、「自分最初から男に興味なんてないんで……」とオタク趣味に走ったりする。

 これが非モテへの転落である

女のほうが女としてのアイデンティティについて不安が大きく、自分モテるであることを証明したがる。

 こうした傾向があるからこそ、男よりも女の方が、失恋からの立ち直りが遅い。

 良く男は、「いい男なんて星の数ほどいるんだから、もう忘れなよー」と口から出任せをいう訳だが、これは的外れな助言である

 女が悶え苦しんでいるのは、好きなあの人を喪失した悲しみなんていう小さなものではなく、アイデンティティに深い傷が入ったためだ。

自分の女らしさが通用しないのではないか?」と憂いを抱いているときに、それを否定されるような断られ方をすると、失意のどん底に落ちる。

 そして、「私は終わってる」「私は一生一人だ」と憂鬱感情を強化してしまうため、自発的言葉によって、内部から心が壊れてゆく。


学習性無力感を引き起こす手続きは、うつ状態と同じような状態を作り出すと考えられるようになった。それは、学習性無力感が、うつ病モデルとして妥当性を持つことの証明にもなった。

 残念無念にフラれる連続の中で、「私なんて女としてダメだ……」という落ち込みの反復が起きて、自分の不甲斐なさについて学び続けてしまうと、精神が歪んでゆく。

 それはそれは寂しくて、どこの誰でも良いから、この弱り切った瀕死自分を認めてくれ、と切望するようになる。

 こうなると最悪なことが起きる。

 それは、男が最も嫌悪する、「がっつく女、余裕のない女、重い女」になってしまうということだ。

 気付いたときには既に手遅れ。

 プライドを削って、グレードの低い男に突撃したとしても、厄介なギトギトした女に成り下がっているため、近付いただけで逃げられる。

 勇気を出して振り絞った、最後の女らしさ――アイデンティティの全てを砕かれてしまうということだ。

 暗転。目の前が真っ暗になる。

自分は誰にも必要とされていない」という絶望悲劇、激痛を急速に学習してしまう。

 明言しておくと、女が人生において一番に彼氏が欲しいときは、こういう誰一人に相手されない悲しい時代だ。

 しかしながら、男も一回きりの貴重な人生を歩んでいるため、浮上確立が低いどん底の女を相手にしている暇などない。

 こうして一生浮かばれない、弱者女性が出来上がるのだった――







http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

※ただし男版も女版もイケメン美女は除く

2017-01-25

ぶつかりたい

去年の夏頃から東京に住み始めた者です。

東京だと肩がぶつかるギリギリくらいの距離で人とすれ違うこと多いんだけど、すれ違うとき心の中で「ぶつかれ!ぶつかれ!」って思ってる自分がいる。

実際は故意的にぶつかろうとすることは無いんだけど、肩が当たりそうで当たらない際どい距離ですれ違ったときになんか心がフワッとする感じというか若干高ぶる。

特にお互いの歩いてる歩道がもろ被ってるときに「お前が道開けろよ」と言わんばかりの人とギリギリですれ違ったときのあの感じはもう半端ないよ。

2017-01-19

外見の年齢差別

21歳が酒を飲むCMが、未成年飲酒がどーたらで差し止められたという話を聞いた。氷結の件だ。

この国では確か、お酒は20歳からだったと思うので、21歳が酒を飲む描写がどうおかしいかからないし、自分は、そもそも二次元キャラクタが酒を飲む描写が、仮にその主体未成年であっても、それを規制する無理があるのではないかという立場だ。殺人描写と同じで、違法であっても二次元の、物語の中の描写なら問題ないと思う。



さて、年齢はきちんと超えているはずなのになぜか文句を言われるというと、前にも増田に書いたが、自分は低身長男子であるが、「ある年齢以上であるべき場で、そう見えない人間はふさわしくないから出てくるな」という趣旨文句を言われてとても傷ついた経験がある。別に故意に「高校生らしい外見」とやらで無い状況にあったわけでもないのに。よくよく考えたら、昨今の18歳未満に「見える」女性AVなどに出る権利制限しようとする動きも、似たようなものなのではないかと思っていた。



そう思った時、今回の件との何らかの共通性を感じた。21歳が酒を飲むのすら、未成年飲酒助長どうこうと文句をつけられる。これはその二次元キャラクタが、「20未満に見える」からではないか



じゃあ、20歳未満に見えたら実際に成人していても酒を飲んではいけないかと言ったら、そんなことはないはずだ。しかし、前記の例のように、「見える」ことを矢鱈と重視する人もいるのだ。私はここに、「外見の年齢差別」を見出した。よくよく考えたら、今まで低身長であることを理由に、「幼く見えるから」と、いろいろと不適当な扱いを受けてきた気がするし、低身長仲間の友人なども男女問わずそういう傾向にあった。



それを考えれば、実際には20を超えているのに、というような例を放置しておけば、そのうち現実人間でも、どういう年齢で「見える」かによって人権制限されるのではないかという恐怖感を抱いた。というか、女性エロ方面活動では既にこういう動きがあるのだ。エスカレートすれば、そのうち18歳未満に見えるから選挙権が得られない、免許が取れない、などといた人権蹂躙に繋がるのではないか



外見が悪いことで差別を受けるのは、今まで所詮人間私的な取扱にとどまっていた。しかし、今の社会風潮だと、社会制度として、童顔だったり低身長だったりするものが、不利益を被る方向に悪化してしまうのではないか、と思った。



私は現在19歳であり、酒は当然飲まない。しかし、次の誕生日には20歳になり、法律的には飲めるようになる。しかしながら、では20歳になった瞬間に成人に「見える」ようになるかと言えば疑問である。もしかしたら、「見えない」から酒を売ってもらえないのかもしれない。そう感じさせる面が、件のCM撤回騒動にはあると感じられたのだ。今はまだ身分証明書があれば、「見えなく」ても成人は酒を買えるが、「見えない」人間が酒を飲む様がケシカランと思う人が増えて、社会的圧力をかけるようになれば、買えなくなるような社会が来ても可笑しくないような気はした。



勿論、未成年の戯言であり、大人の方々からしたらどういう心配だと言われそうだが、当事者若者としてはこう思った、ということである

2017-01-15

画期的()ソリューション セキュリティフォントへの期待

自治体から情報漏洩は、僕らの大切な情報漏れることにつながる。総務省の人が言うように、「自治体セキュリティー強化は待ったなし」とはそのとおりだが、ではどうやって?
どうせどんなにセキュリティーウォールを高くしたって、横浜市役所で見られたように職員の手順ミスでの情報漏洩だったり、佐賀県公立学校情報Wi-Fiから故意に盗まれたり、絶対に、情報漏洩は防ぐことはできない。
ではどうすれば良いのか。発想の大転換。
2月に会社を立ち上げるが、「情報漏洩しても大丈夫。」そう、情報漏れた瞬間に、その漏れ情報ホワイトアウト化(蒸発)すれば良いだけの話。その特許技術を世の中に広めたいと思っています。
夏頃から本格化させようと思ったけど、情勢は思った以上に焦眉の急。急ぎます!!あなたの大切な情報を守るために。

2017-01-04

う~ん

ここで虐められた事をチクろうと、日記を書くこと3時間ブラウザが固まった。

神様に公開するなと言われてる気がする。どうせ虐められたのも、(故意ではなかったが)他人の物を壊し、色々言われてコミュ障陰キャになった、根暗長髪不細工眼鏡(じぶん)のせいだけどね。

2017-01-03

大人教育大事

最近労働者が知らず知らず、労働時間賃金に関して教育されている。

自分のことだから熱も入る。



昔は我慢忠誠心などが教育されていたように思う。

個人主義にのっとった昨今ではそういうのは流行らないのだろう。




同時に、教育しないといけないのは給与の発生の仕方について。

現状、その部分は故意か心的なもの教育されていないように思う。



はてな界隈共産主義にどんどん傾倒しているので、見ていて面白い

理想正論は甘美だよね。

ルール資本主義なので、国としては落ちていくだけなのだろう。

全員が生活もままならなくなって、当時を懐かしむ日がくるんだろうな。

2016-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20161231183958

からさ、そういう意図があるならその指摘を元ネタの間違ったやつに指摘すべきだと君に言ってるのだよね。

ここで元ネタ人物故意に間違った可能性があるとか、そういうのはなしでね。

御館様(真田丸上杉景勝)だらけの大企業

大河ドラマ真田丸にて遠藤憲一さん演じる上杉景勝とその周りで渦巻くやりとりが非常にあるあるだったので、ワイフとその話で盛り上がった。

僕:ウチの会社って、真田丸の御館様だらけの大企業、なんだよねー。大企業から部署が違えば別の会社みたいに違うんだけど、でも何故か偉い人も下っ端の年寄りもだいたい御館様っぽい。

ワイフ:めっちゃウケるwダメじゃんwww

僕:全部がダメってわけじゃのよ。大企業から玉石混交。優秀な人も多いし、上手く行ってればみんな義のため頑張ってくから勢いあるし。

ワイフ:でも、ダメのはあんな感じでしょ?

僕:まさにあんな感じ。あのひっくり返される展開を何度もやられた後に、また理想論語られて一瞬殺意が芽生えた時があるw

ワイフ:やっぱり理想論語る無能じゃん!

僕:御館様ってのは、どちらかと言うと理想像と厳しい現実がつきつけられた時に「御館様、ここは領民のため耐えてくだされ」って展開の後「すまぬ、源次郎」で下に申し訳なさそうに理解を求める感じかな。上手く行ってるのときは本当に良いし、悪いとき個人としてはみんな良い人なんだよ。

ワイフ:でも、仕事でそれとこれとは別だよね。

僕:まさに。仕事が上手く行かないのが長く続くと、人間不信裏切り造反が日常茶飯事になって良い人はなのに何でって本当に辛くなる。頑張る理由はもはや情だけ。良くも悪くも日本的会社だよね。


僕は2016年年末10年近く働いた富士通退職した。

今年は、Qiitaはてな富士通を見る機会がいくつかあったので、僕も書こうと思ったが上手くまとめきれないので、先日ワイフとの雑談を思い出し書いた。

自身は、10年ほど前に富士通システム子会社SEとして入社後、あちこちの仕事助っ人で行く機会が多く(転職活動用に数えてみたら約35)、数百万円〜数億円の規模のプロジェクト企画/プリセールス/要件定義/アプリ開発/インフラ構築/保守はひと通り経験して、別のシステム子会社研究所総研の方とも交流があり比較的顔が広い方だったと思う。

過去見た富士通に関する記事に対する疑問は恐らくこれで説明がつくはず、たぶん。

- 何故意識高いやつが富士通に入ってしまったのか。→御館様は意識高い若者が好き。人事もその空気を分かって採用してるフシがある。

- 何故富士通ばかり内部の情報が流れて来るのか。→御館様なので許されるという甘え、あの御館様は大嫌いだかお世話になった御館様はいるので情が入り言いたくなってしまう。

- 何故高い意識を潰すやつがいるのか。→実はそいつ直江兼続だった、もしくはダークサイドに堕ちた御館様で過去自分を見てるようで潰しに来た。

- 事実上年功序列、成果評価しろ!!→大ざっぱなルールとしては年功序列ベースで成果が良ければ、年功序列スピードが早くなる、というもの。早く偉くなる人はちゃんと早く偉くなってる。ただ多くの御館様は、似たような境遇で苦労してそうなPrjMgrとかに評価を与えがち。

- 富士通からベンチャー多い。→御館様に気にられる(略

...面倒なのでこれくらいで。

御館様だらけで良い面も多くあったが、自分たち部門が儲からなくなってきてからは、「すまぬ源次郎」が続くせいでどんどん辛くなってきた。

ちゃんと成果をあげてる部門は、常に時代とお客のニーズを取り入れ、自らを高めていくサイクルがまわっている。

その勝ち負けは歴然で、似たようなお客/規模/商品をやってる部門比較した時、上手くいってるところとそうでないところでは、1人あたりの利益が倍以上違ったり。

勝ってるところの話をちゃんと聞くと、しっかり戦略的にやって、ノウハウに積み重ねがある。

しかし、そこに乗り切れなかった自分たち部門は、窮地があれば「すまぬ源次郎」が続く日々。

もう疲れてしまった。

個人的ネットワーク仕入れ情報では、部門の儲けと若手の離職者の数には相関があるようにも感じられた。

上手くいくサイクルになるまで自分はもう待てない。

散々やってきてこれ以上上手くしていく気力も尽きた。

他の部門への転籍も選択肢としてはあったが、転職することにした。

2016-12-20

プレイが着床した事件

不時着なのか、故意なのか、議論必要だと思いませんか。

2016-12-19

デマ屋の文芸 (7)

プロパガンダ詭弁デマ。それぞれ違うものを指します。

辞書ウィキペディア等を当たってみてください。

違いとしては、

目的故意性・悪意の有無・へたしたら捕まるかどうか、などでしょうか。

(2)~(6)で扱っているのは、どちらかというとプロパガンダ手法詭弁術ですね。


←その6 | その8→

2016-12-17

前後文脈が分断された形でバズる

増田なら乱戦途中のネタホッテントリ入りして意味不明記事になるなど。

意図的編集可能なTogatterに多いが、怖いのはむしろ故意ではない場合

だあれも釈明しないので誤解が芋づる式に増えてゆく。

トラバつけてぶら下がりたくない所々の事由もあるしねえ。

2016-12-15

[]

前回、民法の偉い先生が、自身キリスト教信仰民法研究無関係であると言った講演について書きました(http://anond.hatelabo.jp/20161127222341)。

が、どうもこれが頭に引っかかってしまって思考が進まなくなってしまったので、とりあえず混乱したまま吐き出すことにします。



まず問題になるのが以下の2つの命題です。



(1) 民法研究キリスト教無関係だよ

「〔私にとってキリスト教信仰民法研究とは〕全く関係ありません。キリスト教は私の人間としての生き方の指針。民法学は私が民法研究者として、民法上の諸問題を一解釈学者として精一杯明らかにしようと務めているだけのことです。両者はその存在次元を異にしていますから、直接関わることはありません。」

「そもそも、あなたがたの間に裁判ざたがあること自体、既にあなたがたの負けです。なぜ、むしろ不義を甘んじて受けないのです。なぜ、むしろ奪われるままでいないのです」(コリント前書6-7)

「人を裁くな」(ルカ伝6-37)


(2) キリスト教における真理はイエスその人だよ

イエスは言われた。わたしは道であり、真理であり、命であるわたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ伝14-6)



一方で「民法研究キリスト教無関係である」と言い、他方で「キリストを通らなければ真理はない」と言われると、つまるところ法律学研究には真理はないということになるのでは?というのが今の疑問。



ぜんぜん関係文脈も違う2つの命題を繋げて何を言っているんだ、という感じなんですが、これ実感として「そうかもしれない・・・」と思えてしまうのが不安を持つ原因。



どういうことかというと、民法ちょっとややこしい(資本主義の影響が~とかになりそう)ので刑法を例にとると、刑法の事案を処理する際、法律家は(事実認定を除くと)大体以下のような作業します。

(1) 事案をよく見る。

(2) 適用条文を探す。

(3) 条文の要件を切り出し、解釈を通じてさらに具体化する。

(4) 過去判例裁判から重要と思しき事実ピックアップしてマトリクスを作る。

(5) マトリクスを作る過程過去裁判所判断を分けた重要事実が炙り出される。

(6) 本件に戻ってその重要事実の有無・相違を確かめる(自然結論も出る)。

(7) 上手くいかなければ(1)に戻る。

さらに学究肌の人であれば、以下の作業も行います

(8) ①罪刑法定主義、②結果無価値論、③責任主義観点から以上の作業特に(3))に問題がないか検証する。

ただこの作業、やってる最中は真理というものを全く意識しません。



(1)~(7)の作業が担っている機能は、よく考えてみると過去判例裁判例の結論平仄を合わせるものしかありません。

また、こうして出された結論が「国民常識」にかなっていることが多いと評価されることが多いのですが、よく考えてみるとそこでいう「国民」のほとんどは無神論者資本主義者です。また「常識」にかなっていたから何だ、という話もあります



他方、(8)の作業はいかにも真理っぽい作業なのですが、①②③の原則というのも、治安悪化の程度や警察捜査能力などによってその要請の強度が変わってきます

たとえば警察捜査能力がぜんぜんない国で、責任主義を徹底し、故意認定を厳格にするよう求めても、土台無理な話でしょう。

他にも、イスラエルのようにテロが頻発する国で予防拘禁を止めろというのもなかなか難しい話だと思います

真理というもの普遍的ものだと仮定するなら、やはりここでも真理というものは現れないように思えるのです。



そしてさらにこういう作業を綿密に経たところで、刑務所の中受刑者が思うことの多くは安部譲二塀の中の懲りない面々』や堀江貴文刑務所わず。』で描かれてるようなことでしょう。



そうなると上の作業には、やはり真理はないと思われるのです。せいぜい国の治安維持政策としての意味しかないのではないか、と思われてならない。



これっていったい何なのだろう。キリスト教圏の法律家はどう考えているのだろう。

[] チョンボ概念が変わった

http://anond.hatelabo.jp/20161214165255

この日記を読んで麻雀チョンボに対する考え方が変わった。

今までは、チョンボ麻雀ルールのうちの一つだと思っていた。これだと、わざとチョンボして流局させることも戦略として可能、ということになってしまう。

でも違う。チョンボルールではない。ルールを破った人への罰則ペナルティとして考えるべきなのだと。サッカーでいえばイエローカードレッドカード

この考えだと、わざとチョンボした人間は、故意に反則したということだからレッドカード。つまり一発退場。こっちのほうがしっくりくる。

役満払いを避けるためにわざとチョンボする行為を、サッカーでゴールされそうになったので足を刈る行為に例えるのは的を射てると思う。

なんかスッキリした。

あとは仲間うちでレッドカードに相当する罰則を決めればよい。

2016-12-11

故意と過失を一緒くたにする人ってどんな分野でもいるけれどどういう思考回路をしているんだか理解出来ない。

2016-12-06

【ふざけすぎ】私鉄公共資産どころかだれかの玩具になっている

●日々、社会の何処かでガキ野郎が生まれ問題行為が繰り広げられている。

確かに、迷惑をこうむる側にも否があり、迷惑を掛ける側にも理がある場合が少なくない。しかし、問題行為が開始され、その流れが定まってしまうと、にわか大勢が参加し、 過激さが加速度的に増していくさまは、脅威を感じるときすらある。

●今で言う鉄道リア充や重度な鉄道オタクは、昔で言う暴走族のようにこういった人たちの多くは一見「物好き」を装っているが、本音は物を徹底的に糾弾し、傷つけ、ひねりつぶすことにあるという。そうだとすると、なぜ、「DQNすること自体自己目的化したDQN」が横行しているのだろうか。その理由は「娯楽文化スケールが極端に大きくなっていること」と「資本主義新自由主義の発展」、「世界肥大化」、そして「日本人が元来持つ特性」が関係しているという。

◯「オウム真理教」では疑心暗鬼かられた人間が、ついには隣人まで信用できなくなり、仲間同士が殺し合い、そして「一般人」も敵として攻撃される。そしてついには組織崩壊を招いた。今の鉄道消費空間はこれと似た状況になりつつある。20世紀カルト化の恐ろしさを教えた「オウム真理教」はある意味歴史から消してはいけない存在である

人間電波系として生まれるのではない。どこかで偏見憎悪を抱いた時、電波系になるのだ。何かを殺して気勢を上げれば、その囲いは狂気から心を濁らせていく。この連鎖はおそらくとどまることを知らないだろう。

集団ストーカー論者、1980~2000年代前半の青少年の行いがゆとり世代刹那主義世代理由なき犯罪者のような疑心暗鬼を生んだように、カルト化の横行はさらなる過激思想を生むと思われる。

ひょっとしたら電波系実在していて、この動きをほくそ笑んでいるのかも知れない。

では本題。私鉄オタクとその囲いの凄惨なやり口とは…

こいつらは自分切符などを買いあさり故意集団でその沿線で移り住み

現代でも私鉄社会は元気」という印象操作

をしやがった!実際は組織的に行っただけなのに!これは都会の人間としては絶対にみっともないことだ!

カルトとキ○○○を合わせ持つ最低最悪の行為だ!左翼活動家集団移住よりもよっぽどふざけてる

こんなことが許されて良いはずがない!いいや左翼以上に外道な行いかも。


最近やたら安い駐車場駐輪場や車やバイクが多いのもそれが理由じゃねーの?

最近公共交通利用促進ポスター都市部から消えているが、これで、公共交通利用促進の元に鉄道バスなどの公共インフラならず者のように我が物顔で好き放題弄んでいた私鉄オタクたちを委縮させ、需要が過剰に増えた鉄道バス需要適正化させる有効効果にもなると思われる。

一般市民などが私鉄の大盤振る舞いをやめさせて公共交通としての運営に専念させることが出来れば、鉄道で「遊ぶことが」できなくなり、鉄道の抱える問題のいくつかが減り、公共交通再生される。

鉄道利用者から消費者が減っていけば、よほどわずかな「露悪趣味を愛してやまない」卑劣人間けがふるいにかけられることになり、彼らのような異端存在は、「世論良心」によって糾弾を受けることになる。

大体この取り組みは嘗ての韓国で行われていたものだが、日本では、今こそ全国の自治体単位で当たり前のように広めるべきだし、もっといえば富裕層に対する公共交通の利用の制限マイカー利用の努力義務をすべきだ。国土が狭くて人口の多い韓国台湾でもできるのだから日本でもやらないとダメである

「これは民営だ!公営ではない!」みたいなうちはうちよそはよその発想ではだめだ。そうやって大都市から、過剰な需要を消し去る作業をするとともに、むしろ富裕層の健常者を対象にして公共交通目的外利用に対して何らかの社会的ペナルティ実施するべきだ。←ほんとこれ

一部のブルジョワ鉄道オタクや不良分子

自分達の歪んだ行いを「昔から伝統だ」とか「都会人の文化馬鹿にするな」などと妄言を吐くが、公共交通の利用は無限に認められるべきものではない。

少なくとも何らかの制限は行わなければならない。

ましてや公共交通のあり方に対する私鉄への批判を「不当だ」と言って何の疑問も感じないらしいネット原住民のような子供のような存在いつまでものさばらせておいてはいけない。

私自身、高校時代鉄道を娯楽目的に利用して教諭に嫌われたことがある。当時既にこういった連中を嫌う大衆意見が既に存在するからだ。

昔の私といい、私鉄オタクといい、公共に対する軽視が大手を振って罷り通っているこの社会の異常さを痛感する。彼らの不良ぶりがはっきりわかるんだね。

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