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はてなキーワード: 同義とは

2024-03-18

なぜか市民権を得ているけど,未だに気持ち悪いと思っているもの

あくまで俺の見解から偏見しかないし,まぁたぶん俺がズレてるんだと思うんだけど,みんなの意見が聞きたい

1.美少女キャラ

当然のようにアイドルマスターとかウマ娘とかやってること公言するやついるけど,普通に気持ち悪い.

そういった類の作品好きって公言するのって,「僕は美少女が大好きです.でも現実だと相手にされないので2次元欲望満たしてます」って公言してるようなもんだよなって思ってる.

事実,そういうの好きなやつって十中八九女性から相手されなそうな見た目だし.

2.アイドル

美少女キャラとほぼ同じ.

アイドルの曲とか歌詞とかって,一部を除き,ため息が出るくらい浅はかで凡庸もの(「頑張れ!君が大好きだ!」みたいな感じ)が多いし,同じ曲をオッサンが歌ってても聞かないだろうし.

アイドル好きってのは,「細かいことはよくわからないけど,美少女笑顔で歌ったり踊ったりすると元気もらえるんです!」っていう事と同義だと思うんだけど,自分が浅はかで恥ずかしくならないのかなって思ってる.

3.SNS全般

企業芸能人アーティスト宣伝目的でやる分には良いと思うけど,個人投稿しているのはまじで意味不明

たとえば学校会社にみんなが自由掲示できる掲示板があったとして,自分自撮り写真とか,自分が食った飯の写真とか貼ってるやつがいたら,間違いなく「なんだこいつ気持ち悪い」ってなると思うんだけど,なんでSNSだと当たり前に許容されるのか.

今日髪切ってきてめっちゃいい感じ」「エアコン壊れてまじ暑い」とか,だれの得にならないつぶやきを「だれか反応してくれないかな(チラッチラッ」みたいな感じで投稿しているの気持ち悪くないか..?

現実で同じ感じでひとりごと言ってるやついたらめっちゃ気持ち悪いと思うんだけど,なんでSNSだと許容されるんだろうと不思議しょうがない.

2024-03-17

憲法24条が同性婚を「禁止」してるという見解こそ解釈の拡大

実際、増田引用する意見を参照してみ。

赤坂正浩氏は「少数の意見」として現行憲法規定同性婚を含むという解釈があることを認めてる。

樋口陽一氏は、憲法は「革命的」ではないと言っているだけで、同性婚を許容する意見が6割を超え、すでに「革命的」でもない現在に同じ意見が成立するかは疑問。

高橋和之氏も、憲法が「カバーしてない」と言っているだけで、同性婚憲法が許容しないと言っているわけじゃない。

何より、これらを踏まえた政府見解自身が「想定していない」と言ってるだけで、「禁止したものと解することができる」なんて言ってはないよね。

これを踏まえて増田札幌地裁結論を「相当危険だ」と批判してるけど、その批判妥当かなあ?

たとえば

憲法24条1項は文言上両性間の婚姻を定めているが、個人尊重がより明確に認識されるようになったとの背景のもとで憲法24条を解釈することが相当である。(略)

異性間の婚姻のみならず、同性間の婚姻についても、異性間の場合と同じ程度に保障していると考えるのが相当である

社会情勢の変化により憲法解釈を変更すべきとのこと。まぁ分からなくもないが裁判所がそれを言うのはどうなんだろう。

これ。「社会情勢の変化」というのを増田はどうも近年の風潮を指していると理解している節があるけど、こと日本国憲法解釈について言うなら、明治民法との比較において述べていると理解するのが妥当じゃないかね。つまり、「婚姻には戸主の了解必要」としていた家父長制・家族制ベースとした明治民法規定に対して「個人尊重がより明確に認識されるようになった」日本国憲法における第24条の、両性の合意「のみ」という規定は、「結婚する二人以外の人の了解は(婚姻の成立において)必要とされない」という趣旨の条文である解釈することが相当だろう、という意見。この点、札幌地裁見解はきわめて穏当な解釈であり、個人的には十分納得できる意見だ。もちろん、その時点で同性婚が「想定されていなかった」という点については、全く異論はないよ?

でもって、「想定していなかった」事態が起きてきたときに、法の精神に則りどう解釈すべきかと議論するのは、言葉意味からいって「解釈の変更」ではないんだよ。「解釈の変更」というのは、あくまで従来から解釈A」があるのに、それに反する「解釈B」と差し替えようとするようなことを指すんだよね。これは、与党が交代しようが何しようが、国家体制が変更していない限り軽々しく変更してよいものではないはずだよ。近年では、慰安婦問題を最終的かつ完全に解決とした見解を、次の政権であっさりひっくり返した韓国さんの対応とか(あれには呆れた)、あと本邦でも大いに批判された「集団的自衛権」に関する解釈変更が記憶に新しい。あれ、世界各国の状況を理由にした強引かつ「危険」でまさに「ド直球」な解釈変更だったよね。これらについては当然増田同意してくれると思うし、あの時はさぞあれらを批判してくれてたんだろうと思うんだけど。

それに比べれば、「想定していなかった」事態にどう処すべきかというのは、まさに現在の人々の意見見解国際的な潮流、そして立法精神を踏まえつつ、新たに「解釈」を立てるだけのことであって、それ自体はむしろ必要なことだよ。あくま憲法は「想定していない」。同性婚も、それに対する民意の大きな変化も。そして、「想定していない」事態が生じたとして、私たち社会はそれに対応しないわけにはいかない。なぜならそれは、そこに厳然と存在する人一人ひとりの権利に関わる問題であり、何よりそれが憲法の他の条文

日本国憲法第13条

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重必要とする。

バッティングするおそれがある以上はね。

でもって「現在の人々の意見見解国際的な潮流、そして立法精神」を考えた時に、憲法24条をもって同性婚が許容できない、許容しようとする解釈を作るのは「危険」だなんだと騒ぐのは、結局のところ、日本国憲法の条文を勝手に「同性愛差別」に利用しようという魂胆(歪んだ認知)をお持ちの場合だけなのではないかと思うんだ。まあ、増田意見自体勘違いによるものではないかと思うけどさ。そもそも憲法は、国民を縛るものではなく政府に対して国民権利を縛るなよと規定するものだ。だから24条は「結婚第三者意見がいるような法はダメ」、13条は「幸福を追究する国民に、最大限配慮しないとダメ」って条文なんだよね。国民を縛ってるんじゃなく、国民を縛ろうとする政府ストップをかけている。だから、想定されていなかった事態同性婚)に対して、あたか公式見解解釈)がすでに存在するかのようにふるまい、ましてや憲法の条文をタテに国民幸福追求権を阻もうとするなんていうのは、憲法解釈を大いに歪める行為であり、許せないよね。憲法解釈を大切にする増田なら当然賛成してくれることだと思うんだけど。

ただ、札幌地裁も、まだ同性婚に関する国民意識が依然として議論の渦中であることを踏まえて、従来の法が憲法13条に現時点で違反しているとまでは言えない、という見解を取っており、これは増田引用してくれているとおりだよね。個人的に残念ではあるけど、そこにも異論はないんだ。ただ、注意しておきたいのは、判決文に言う国会議論が進まず、同性婚を認める立法が進まなかったことが「憲法違反であることが明白になっていたとはいえない」というのは、当然ながら、国民意識が高まり議論成熟した暁には「(同性婚を妨げる法規定は)明白に憲法違反である」という意見同義なんだよね。この点も、判決文を熟読した増田にはよく分かっていることだろうけど。

から、「憲法24条で同性婚は認められてませんwお前らの大好きな憲法でなwwww」てやるのは、ちょっと完全アウトな行為であり、地裁判決はそういう連中に「御前ら、違うからね?」とまともなツッコミを入れただけ、その程度のものであって大騒ぎするようなものではないんじゃね?ってのが俺の解釈なんだけど。

ま、こんな話、法律専門家らしい増田にわざわざ言うのも失礼な話だったね。いやサーセン

anond:20240316113208

2024-03-13

ルール存在自体忌避してはいけない

anond:20240313113155

表現の自由尊重」を自称する人間の一人ではあるが、「表現に関するルールの制定は抑圧と同義である」とするような態度には与しない。

例えば、オリンピック憲章における「オリンピックエリアにおいては、いかなる種類のデモンストレーションも、いかなる種類の政治的宗教的もしくは人種的宣伝活動は認められない。」は表現の自由の抑圧ではないと私は考える。

もちろん、国立西洋美術館という場においてどのようなルール妥当か(あるいは不要か)という議論必要だが、ルール存在自体忌避するような主張は最終的に表現の自由毀損するものと信じる。

別にパフォーマンス自体に賛意を示さなくてもいい、支持しなくてもいい、しかしその表現の自由だけは認めるべきだ。」には完全に同意するが、表現を行うためのルール社会運営上避けては通れないだろう。

(私の邪推であれば誠に申し訳ないので是非とも否定して欲しい)

ありがとうアイカツ!

アイカツ!への感謝を込めて自分語りします。

アイカツ!子供向けアイドルアニメであるが、

語られる教訓はアイドルに限らず、普遍的な、いまの自分未来自分をどう捉えるかという内容である

プリンセスプリキュアの「プリンセス」があえて曖昧概念で、子どもが持つそれぞれの夢や目標と重ねやすいようにしているのと同じだと考えるとわかりやすいかもしれない(わかりにくい)

ともかく、アイカツ!にどういう教えがあるかというと、

未来自分が振り返ったときに、自慢できるような過去自分でいよう。だから、今を精一杯生きよう。

これをひたすら歌とストーリーシンクロさせて語るのである

この一貫性が見事で、初期EDカレンダーガール歌詞から10年後を描いた劇場版まで全くブレない。

それがぶっ刺さってしまって、人生が大きく変わった。きっとそういう人は他にもいると思う。

2015年

卒業も決まり、暇になって夕方テレビをつけるとアイカツ!というアニメがやっていた。

第121話未来約束!」だった。ちなみに、アイカツおじさんサブタイトルではなく話数で言うことが多い。

留学生が帰るタイミングの話のようだった。自分から見る自分他人から見る自分の折り合いをつけるような話だった。

1話見た瞬間ピンと来た。これはすごいアニメなんじゃないかと。人生で最も正しい判断であった。

そして、新卒で上流SIer就職した。

はてなー一同ご存知の通り、ほとんどなにもしないのと同義のような仕事をしていた。

もちろん定時で帰れていたので、1話からアイカツを追いかけた。

仕事にも慣れてきたころ、125話に到達した。(アイカツおじさんサブタイトルではなく話数で言うことが多い)

125話は初代主人公いちごから、2代目主人公あかりに、話のバトンを完全に渡すという話だった。

そして、ライブパートでの、Good morning my dream。。。

簡単説明すると、私がもっている大切な「夢」、私のことを選んでくれてありがとう。きっと叶えるからね。という歌)

そしてそして、OPがLovely Party Collectionに変わった。

簡単説明すると、今日自分リボンをかけて(未来自分にとっての)宝物にしよう。という歌)

これが決定打となった。

10年後の自分が今の自分を見たとしたらどう思うだろうか。

あの時の自分、あの時の毎日、振り返ったら宝物にできるだろうか。

できないと思った。

こうして会社をやめて、違う道に進むことにした。

具体的には、博士課程に進学した。

アイカツ!のない7年間

3代目主人公も登場し、トークショーなどイベントも盛り上がり、まだまだアイカツ!は終わらない。

そう思っていたら、翌年突然アイカツ!は終わった。

ライブ会場で新シリーズが発表されたのだ。

しかし、アイカツ!を全話視聴した者にとっては、この別れが新たな始まりであると立ち直ることができる。

アイカツ!がなくても、アイカツ!を好きになった自分が、アイカツ!のことを考える自分がある限り、その自分を拠り所にして立つことができるのである

仏教でいう自灯明法灯明の教えだと思えばわかりやすいかもしれない(わかりにくい)

こうして、アイカツ!のない期間も、未来自分に恥じないように毎日をがんばって過ごしてきた。

アイカツ!の展開としては、新シリーズの次のシリーズの次のシリーズまでやったあと、

アイカツオンパレードという、まあPIXAR映画ED流れるNG集みたいな感じのファンサービスがあった。

ただ、アイカツ!本質というべき思想はどれにもなかったかな。

2023年

アイカツ10周年ということで、突然完全新作の劇場版製作された。

それも、同窓会映画ではなく、完全にTV版が終わった直後からそのまま続くストーリーである

しかも、新シリーズを経るごとに変わっていったキャラクターデザイン3DCGのクセもガラッと戻し、

「あのときからアイカツ10年」を完全に捉えた映画であった。

アバンでのいちごの「ただいま!」からまり、終盤での観客への語りかけ。

アイカツがなくても、アイカツを好きな自分を信じて」と考えていたのが、自分暴走妄想ではなかったと、今までの期間のがんばりが正しかったんだと認められたようで、本当に嬉しかった。

これからまたアイカツ!のない世界が続いても、振り返れば、がんばってきた過去自分がいるじゃないかと、送り出されるような映画だった。

こうして、突然打ち切りにあったようなTVシリーズも7年越しに卒業式を迎えることができ、我々もアイカツ!から卒業したのである

そして、ちょうどこのとき仕事でも大きな転機を迎えていた。

アイカツ!で進んだ博士課程、そこから続くアカデミアの道。(簡単に言うと、ポスドクから大学教授まで進むルート

あるいは、企業に進むAcadexitの道。(Brexitのようにアカデミー+EXITを組み合わせた造語

結果的には、良い話があって企業転職することになった。

アイカツ!がなかったら今の自分はなかっただろうなと本気で思う。

アイカツ!があったから、今の自分ポジティブに向き合えたし、未来向きの今を生きることができた。

転職先で働き始めるのはまだ先のことだが、不安はない。

ここまでは来られたんだから、きっとこの先も大丈夫

anond:20240313153825

やる気がないんだからやるなと言ってるのと同義では

2024-03-07

女性にとっての婚活ポケモンゲットだぜとほぼ同義じゃね?

例えば、そこに野生の増田が歩いていたとする。

増田を誘惑して誘い込み、ポケモンホール増田捕獲する。

そして、増田(という苗字を名乗る権利を)ゲットだぜ!!となる。

この理論は筋が通っているが、この例示だけでは弱い。

理論強化のため、他に女性にとっての婚活ポケモンゲットだぜ説を言えるような例があれば教えてください!

2024-03-03

anond:20240303015338

教養のある皆さんにもよく考えてほしいんだが、教養のある奴が、教養のある故に幸福になっているところを見たことがあるか?

無いよな。

教養があって幸福なやつは、持ち前の向学心によって身についた職業に関する専門的な知識と、持ち前のハピネスパワーゆえに幸福になっているのであって、教養のもののおかげで幸福になっているわけではない

違うんだよ。そういうことじゃないんだよ。

なぜ教養を求めるか?それは文化を求めることと同義だと言っていい。

お前みたいに生まれ育ちに恵まれデフォルト文化教養を持っている人間には分からないんだろう。

親族一同みんな高卒やらで、家に百科事典(笑)どころか新書の一冊もなく、テレビバラエティ番組を垂れ流すしかない食卓で生まれ育った人間が、お前らみたいな文化教養に溢れ家族みんながそれぞれのフィールド自分たちなりに活躍しているようなそんな環境を心の底から渇望してるだけなんだよ。

それがどうしても欲しかったの。その為だったら幸福とかどうでもよかったの。お前らみたいな階層人間デフォルトで持ってて、こんなもん大して意味ねーだろと思ってるようなものを、ほんの少しでも、そのために人生幸福を投げ打ってでも手に入れたかったんだよ。

クソボン共が手遊びマイルドヤンキーを礼賛して俺たちなんて全然幸せじゃないのにとかほざいてるのは本当に何もわかっていない典型的貴族仕草だと感じるわ。マジでこいつら自分がどれ程のものデフォルトで持っているのか全く自覚してねえんだなと思うわ。

2024-03-02

龍と苺って漫画

暴力女の中二病「苺」主人公でまあ問題児なわけなんだがスクールカウンセラー爺さんが将棋させてみたらまぁ覚えがいい。

そして喧嘩上等!な気質をもってる彼女が色んな将棋プロ喧嘩売りに行く。

そこで勝っちゃったりコテンパンに負けて悔しがったりする中でアマチュアのまま竜王戦に挑む権利を獲得してしまう。

そして彼女竜王への道がスタートするのだが………

この将棋漫画主人公はド天才で作中でも頭がおかしい扱いされていて、とても現実的ではない非現実的キャラ設定だ。

もう現実藤井聡太がいるのでコイツを超えるために生まれモンスターだと言ってもいい。

しかしその反面作品将棋への真摯さは素晴らしいものがあり、

主人公人間的成長や、よくある奨励会などのリアル描写はもちろんキャラバックボーンなど個性豊かで見逃せないものがあるのだが、

とにかく真面目に1話1話コツコツと将棋対決を描いているのが印象的な漫画であり有名な3月のライオンなどは遥かに凌ぐほどの将棋描写が描かれる。

故に地味に見えがちだが明らかに派手な戦法をとる主人公に読者はどう転がるのか分からない、おそらく将棋が分からなくても試合の内容にハラハラする、そんなゲームが描かれ、駆け抜けてきた作品だった。

そう、だった。

最新話までは。

龍と苺は既にクライマックスの形相(*様相)であり、もう来週にも終わるのではないかという読者の予想を完全に超えており、今週号はなんというか…その…感想をすることを躊躇うというか…今まで見てきた真摯将棋漫画ってなんだっけって言うか…

ただ分かるのは、龍と苺の作者へのこの胸のドキドキ、ワクワク、ハラハラ主人公に感じていたもの同義であるのではないかということだ。

作者は苺なのだ。前作も似たようにぶっ飛び主人公だったし、まあ作者がぶっ飛んでるのだ。

とんでもない手を漫画というルールの枠内で使ってくる。漫画であればいいのだから

地方法はまだ見えない、見えないが実際に今週号のあと今までに無かったくらいに龍と苺の感想SNSで溢れている。

今週号の葬送のフリーレンはとっても面白くて先週から続き漫画家としての器量が垣間見える、安定してどっしりとした作品だという評価も出始めているが、そんな人たちも二言目にはこう言う。

「それで今週号の龍と苺は何事だ?」「作者は大丈夫か?」「何を見ているのか分からない」「作者は最終回という重さに勝つのか負けるのか」

まるで苺への反応と同じだ。

世間は作者が今何を食べているのか知りたがっている。

乗るしかない、このビッグウェーブに

先週号までの全話無料公開は今日までです。このタイミング、やりやがったな。間に合わないなら買ってね。

追記

作者のブログ読んだらまだクライマックスじゃないとかクライマックス空気出してみたとか言いよってコノヤローやりやがったな!受けて立つ!

2024-02-28

anond:20240227232716

「えちえち」という言葉があり、思うように歩けない、たどたどしく歩く様を言った。

転じて「えちおち」「よちよち」、さらオノマトペとなり「えっちえっちら」「えっちおっちら」と変わっていったと考えられる。

すなわち「えっち」と「おっち」は同義

anond:20240228065559

就活楽しい婚活楽しい受験楽しいはすべて同義なので別にって感じ

就職結婚入学もゴールじゃない

しろひとつとして自分では選択せず他人の望む人生を歩んでる自分自身を心配した方がええど

永遠に他人にやらされている人生・チラチラ他人の反応を伺う人生が続くぞ

2024-02-27

anond:20240227134109

それらの基本的人権を実現するために参政権請求権がある

参政権の中に選挙権があり

選挙権が奪われればその人の人権が危うくなる

実際に選挙投票の実行が難しい障碍者人権問題はよく俎上に上がる

例えば目が見えない人は点字投票するが開票作業は公開で行われるので

もし当該区に点字投票が一票しか無ければ記名投票同義になるなどの問題が挙げられる

(それを嫌って投票に行けないなどの訴えがある)

 

まあそもそも選挙権を奪うってこと自体平等権に反するよな

従業員に年300万円も払えない会社は潰れろ」って「年収300万円しかない奴らは死ね」と同義だよな

それって間接的には

障害者枠での雇用しかありつけないような奴らは死んでしまえ」だし、

ニートさせてくれる太い実家に恵まれなかった障害者はどっかのタイミング自殺しろ」ってことだよな。

凄いなあはてなーは。

2024年に「障害者は死んだほうが良いよ」って間接的とはいえ平然と言えるなんて。

本音(笑)をぶちまけられるインターネットは死んだだって

ヤバイ噂話はリアルでする時代だって

どこの話だい?

少なくとも、ここに間違いなくあるじゃないか

大手を振ってみんなの前では言えないことを平気で言っているインターネット」が。

職場でいきなり

年収300万円しかない奴って死んだほうが良いと思いますよね」と言ってる奴がいたら凄いことだよ。

障害者雇用でなんとか自立している障害者が親戚にいる人なんかはそれ聞いた途端にぶん殴ってくるんじゃない?

ヤベーなあ。


https://anond.hatelabo.jp/20240224105939

2024-02-25

anond:20240223223202

わーわー!元です!トラバいっぱい、うれしい!うれしい!ありがとう

反応遅くてごめんご。

  

介護職のひともいるっぽいな。いつも本当にお世話になっております

プロケアしてくれると家族側は魂までケアされます感謝しかないです。

本音を書いてくれてありがとうございます

  

動画あるよって書いてくれた人もありがとう

動画普段まり見てないから知らなかった!ちょっと怖いけど、みてみます

 

訪問サービス業者にもよるだろうけど、通所や入所よりも100倍はまさるよね

人を人とも思わない食わせないクソ施設は消えてほしいと思ったで

  

おつかれさまです!!家に来てもらえるの安心だよね、いいな!

うちの場合は家に人を上げるのを家族が嫌がって、訪問サービスは受けたことないんだ…えーん

クソ施設はまじ滅ぶべし

 

  

ここで面倒なのが介護施設の世話になりたくないって親は多いってことだな。

うちの場合父親の方が、認知症母親の面倒をまだ見れると言い張るからその辺の説得に1年くらい掛かったぞ(父親の方も衰えてきたから、やっと納得してくれた)。

あとはデイサービス探し。近所の方が良い。俺の場合は、俺の掛かり付けの病院デイサービスもやってたか、通院するときに状況も聞けるから、意外と助かる。

  

うおーーーおつかれさまです!

うそう、 病院施設の断固拒否、、、説得するのもツライよね。

ほんとに現在進行形で困ってる、はー(ためいき

祖母とき医者にもほとんど行ってなかったから、かかりつけ医がなくて、それも困った。

初診で認知症外来に連れて行ったら診断しぶられて(そりゃそうよね)困ったよ…(結局出してくれたけど)

  

50代以下で親介護してる場合はほぼ癌だよね

家族周りは出てくる

  

そうか!そっちは明るくない私。ありがとう。癌はまたつらかろうね。。考えただけで泣きそう。

てか、親の介護のメインは60代以降なのかー、そうだよな、

やっぱり私はまあまあ落ち着いているヤングケアラーとして語っていかねば…

    

介護についてのインターネッツ

ないよ。障害者と老人はこの世界から消されたよ。

そーいうことだよね、透明化されてる〜〜。もっと語ろ〜〜〜

  

   

よく子育て比較をされるが明るい未来や先の楽しみを見出せない営みなのはやっぱしんどい

  

ほんとそう。そうなの。ぜんぜんちがうよね。確かにしんどい

だし、ほんとに渦中にいると、書いたり読んだりしてるばあいじゃね〜となるよね。

おつかれさまです。

  

  

でもでもやっぱり、友達や身近な家族に話すのも難しいときインターネッツになら愚痴れることもあるかも?

  

そんで子育て界隈みたいに、介護話でマウント合戦になってもよくない? そういうのをヲチしながら人は学んでいくこともあるじゃんね?

 

   

  

たとえば家族認知症で、ティッシュ(未使用)を集めまくってて、

きれーに畳んでポケットやらカバンやらに入れてたり、ベッド脇に大量に溜めこんだりしてて、汚く見えるし、洗濯してぐちゃぐちゃになったり、わけわからん行動すぎて、地味にイライラして、イライラする自分にまた自己嫌悪みたいな、、、

でもケアマネさんとの会話で「ティッシュ集め、あるあるですねえ〜(苦笑い)」って言われて、

そうなんだ!!うちだけじゃないんだ!って

   

   

そんな些細なあるある、本には書いてなかったからさ、目からうろこですよ

どーでもいいことだけど、それだけでイライラは少し軽くなる。

そういうのがインターネッツもっとあると助かるかなって

  

  

あと晩婚化で高齢の親が増えてるし、今後はヤングケアラー増えるよね、きっと。

そしたらやっぱり、もっともっと、いろんな言葉があるといいよね。

(もちろん、ネットだけに頼るのよくないけど)

(あと先立つものも超々々々々々大事だけど)

  

きれいごとじゃなく、介護は生きることと同義みたいなもんで、人間が生きてる以上いつかはぶち当たるし、どこまでもついて回ると自分は思ってて、

(もちろん、しない&させない選択肢もあって然るべき!ですが)

  

終わった〜と思ったら、また始まったりするしさ、、、

わたしは今のところ、とにかく低空飛行でも、落っこちないようにだけ、がんばってる感じ

  

  

とにかく、ケアラーのみなさん、本当におつかれさまです!!!

そしてどうもありがとうございます!うれしすぎて長くなった!

  

みんなであーだこーだ言ってこ〜〜〜〜〜〜

  

  

  

  

2024-02-21

anond:20240221143419

レベル低いなら文句言われて当たり前では

結局そのツケが誰かに回るんだから自分ラクをして他人押し付けてるのと同義だし

2024-02-20

anond:20240219083952

だったら古文漢文のほうがいらねーだろ

修学旅行によっぽど嫌な思い出でもあるんか。

大半の人は楽しい思い出になってるやろ。

ネガティブ意見ばっかり拾ってもしゃーない。

ガキ相手に何でもかんでも効率って虚しいだろ

義務教育程度の勉学ならテキストビデオ学習で良いじゃん

集団行動だったり社交性を養うのが一番大切なんじゃねえの

何よりガキから思い出を大人が奪うなよ

修学旅行にも行かせられないくらい貧しいなら産むなマジで

子供旅行行くのとその時間学校勉強とどっちがいいって聞かれたら旅行選ぶと思うよ。そうじゃない子もいるだろうが、圧倒的少数の声のために止めるのはその他大多数の声を無視するのと同義

少数派にあわせすぎだろ

修学旅行なんだからグループコミュニケーションを取って計画を練ったり、長距離で使う交通機関の利用方法マナー、行った先での歴史建築芸術宗教を学んで来るんだよ

思い出作りのために行くのが無駄なんじゃなくて、何も学べてない事でお前が無駄にしてるだけ

大体の子は楽しんでるじゃん

2024-02-18

漏れに詳しい人来て。尿漏れが始まった

序論

「小便臭い」という言葉がある。

相手の年齢の低さ又は年齢の低さを感じさせるような言動や外観に対して使われる慣用表現であり、要するに「ガキ」という言葉同義だ。

これはおねしょをした子供がその匂いの染み付いた着物ふんどしを着ていた時代に使われた言葉で、今はもうすっかり馴染みがなくなっている。

しろ現代において小便臭さを感じる人物は、得てして老人や中年だろう。

介護オムツを履いて電車に向かう最中の老人だったり、ブリーフ黄色いシミをポツポツとつけた中年だったりだ。

自分がその仲間入りをするのはもっと先だと思っていた。

ジョロン

半年ほど前からスーツスラックスにふと湿り気を感じるようになった。

最初私は痔瘻を疑っていた。

痔瘻とは、肛門の横に第二の肛門誕生するタイプの痔である

だが調べてみると痔瘻には痛みがあるらしい。

ならば何が漏れているのか。

便でないなら、尿か、汗である

汗の可能性を考えた私は汗対策クリームを使うようにした。

汗をサラサラにすれば問題解決すると思っていたのだ。

だがこれも効果がない。

そして私は、下着ボクサーパンツから純白のブリーフへと履き替えた。

もしもここにシミが出来れば、尿が漏れているのだ。

ある日の排尿後、チンチンを大目に振り回し、蟻の塔渡りから金玉の裏を押し上げ、完璧に尿を切ってからパンツに戻したはずのチンコから

ジョロン

と液体が飛び出るのを感じたのだ。

完璧ルーティーンによる完全な尿切り。

そのはずなのに

ジョロン

尿道を何か通り抜けた感触があった。

俺は

あーやっぱウンチもしちゃおっかなー。次の会議は長いから念のためにー」

みたいな雰囲気を出しつつ個室へと入った。

ブリーフを下ろすと、そこには黄色くはなかったが、たしか

シミがあった。

(中略)

とにかく助けてくれ

どうしたらいい?

泌尿器科

尿漏れパッド?

防臭パンツ

漢方薬

括約筋トレーニング?

まずなに?

助けて。

助けて、くれるよな?

お前ら、漏らしのプロだろ!

今やらなくて何が出来るんだよ!

漏らしてるやつを助けられないなら、はてなに何の勝ちがあるんだよ!

2024-02-16

男らしさから降りる=女で言う脱コルセット運動

男らしさから降りても良いというのは、経済的強者男性になることを諦め低収入でもニートでも良いとか、

家族を守れる甲斐性のある強メンタルマッチョ男になることを諦め、豆腐メンタルチビガリ脂肪デブでいても良い、ということになるわけだけど、

これの女性版は「脱コルセット運動」ということになると思う。

美容院で手入れされた美しい髪が女性的で男性に人気。でも洗髪やヘアケアが面倒なのでベリーショートもっと極端な人はバリカン坊主にする。

腋毛脱毛女性マナーとされている。でも腋毛をボーボーにしておく。腕毛もすね毛も何もしない、無駄毛という無駄毛を生やし放題にする。

眉毛の手入れや日々の化粧も女性マナーとされているが面倒くさい。眉毛が繋がっていても放置、化粧もスキンケア放棄

・美しい体形であることが女性マナーとされている。好きなものを好きなだけ食べて運動をせず、太り放題のクソデブ上等。

男性を喜ばせるコミュニケーション放棄。言いたい放題する。

男性女性家事を求めるが放棄

男性女性に対して抱く期待を全部裏切って、自分が楽なようにする、容姿無頓着オッサンのようになってしまう、というのが「脱コルセット運動」。

エロティックキャピタル(人的資本健康資本性的資本)の形成拒否して、楽をすることを取るという「降りる」行為

から女性男性に対して抱く「稼いで」「守って」という期待=圧力放棄する「男らしさを降りる」と実質同義

そして異性からの期待にこたえなくなると、当たり前だけどモテなくなる。それを「脱コルセット運動」は受け入れるというか、男を拒絶するための「脱コルセット運動」というところがある。

だけど「男らしさを降りる」について色々言っている男は、稼げないし守れないしイケメンでもないし、

人間関係を持つ相手に一切のメリット提供できず、相手搾取するだけの自分を異性に受け入れてほしいと要求している。(だから同性の友達すらいないことが多い)

普通に脱コル未満なんですよ精神性が。気がくるってんのかな。脱コルとMGTOWを見習ってください。

2024-02-15

我々増田って

不幸になることを望んででもいるのかね?

弱者男性バズワードと化して久しいが、これはあくまで、当事者属性を示すものじゃないのか?

弱者男性ってのは不幸と同義なのか?

増田弱者男性の集いだろ?

増田は不幸の集いなのか?

2024-02-13

ジャニーズJr.認知された感想

とあるジャニーズJr.を追いかけ始めて1年になった。

ジャニーズJr.っていうのはテレビに出てるジャニーズの後ろでペラペラな割に色やスパンコールフリンジのきついジャケットと黒いタンクトップを着て踊ってたりするアレで、今まで全くそういうのに興味がなかったのに大学生になってからはじめて本格的に好きになった。山Pずっと好きだったけど毎月毎月見たいっていう欲求はなかった。テレビでよかった。今はテレビでよくないので、これは異変なんだと思う。

いろいろあって、そのジャニーズJr.にはまってから1年間で100万円使った。これはチケット代だけの金額で、遠くの会場でのコンサートにも行ったか交通費もたくさんかかったしいろいろなプレゼントも渡したけどその費用は別。計算が面倒なのでしません。

100万円という金額が多いのか少ないのかはわからない。都内実家在住、親からジャニーズのために1円も出してもらってないのでそこそこ頑張ってる方だとは思う。上を見ればいくらでも上はいるし、若手のジャニーズでも舞台最前列ヤフオクで15万円くらいで転売されてると聞く。そういう良い席を買い集めるために風俗をやっている人もいるし、突き詰めていけばキリがない。

(ちなみにこの記事ジャニヲタ金銭面のサンプルとしてとても参考になると思いますので興味のある方は是非。 http://jma.hateblo.jp/entry/2013/08/26/120132

見たい欲求<見られたい欲求

ジャニーズJr.はすぐ認知してくれる。もちろんひとりひとりにタイプの違いはあるから一概には言えない、全くファンの顔を覚えないし手を振ったりもしないことで有名なJr.もいればその逆もいる。でも恐らくテレビに出てるアイドルよりは遥かに難易度が低いと思う。

匿名ダイアリーに書くのに隠す意味がないから書くけど、帝国劇場日生劇場NHKホールには「列」といわれて出待ち文化が未だに根強く残っている。待っている間はあまりしゃべってはいけない(という空気だ)しスマホもいじってはいけない、若い女の子がひとことも発さず有楽町の地下にずらっと列を作っている光景宗教っぽいなと毎度思う。全然関係ない一般人が「ここで待たないでください」とか怒鳴られてるのを見ると可哀想だなと思う。

出待ち文化ジャニーズ事務所半公認で、ファミリークラブという「ヲタク統括組織」的なものの下っ端がその出待ち少女大名行列を整理している。未だに存在している事実ジャニヲタはなぜか必死に隠したがって「れ◯」とか「並んでくる」と婉曲的な表現に終始するけど、バカっぽいからやめたほうが良い。

そういう意外とローカルな「アイドルファンの繋がり」が未だに残っている。自分でも出待ちは80'sアイドル代名詞だと思っていた。その反面いまは誰でもスマートフォンを持っているかSNS文化に則した発展もなされている。

ジャニヲタあいだで伝言ゲーム的に広げられていくアングラ匿名掲示板存在する。海外無料サーバーに何者かが設置していて、パスワードがついている。パスワード伝言ゲーム的に広がっていく。

ヲタ糧」とか「列糧」とかある。ヲタ糧は「ヲタクの話をする糧(=カテゴリの略)」でひたすらジャニヲタ特定個人誹謗中傷してる。例えば「松本潤担」(担=担当。「推し」と同義)っていうスレッドがあると「今日どこどこの席にいた松本担のツイッターわかる?」とかそういう書き込みが延々なされている。裾野の広い相互監視社会って感じである。「列糧」は出待ちに関する話を延々としてる。今日は◯◯くんの機嫌よかったね、とか。

まりファミレスとかですればいい女子特有の噂話をジャニヲタはみんな顔を合わせずにアングラ匿名掲示板で行っている。特定個人誹謗中傷をする掲示板があるという事実だけでも冷静に考えてみるとヤバすぎるし、容易に一般人が首を突っ込んでいいかというと恐らくよくない範囲の話になってしまう。

そして一般的認知に至るまでのプロセスとしては、出待ちに通ったり、毎月あるジャニーズJr.歌番組の収録に行ったり、舞台に行ったりコンサートに行ったりして認知されていく。

最初自分にとってそのジャニーズは神にも等しい存在で、多少遠くてもその姿を確認できて踊っているところが見られるだけで「美しい」という感想を抱きながら家に帰れたし、たまに良い席に入ってそのジャニーズが近くに来ようものならもう狂喜乱舞といった感じで、はじめの頃は泣きながら駅のホーム電車を待ったりしていた。うちわに「◯◯くんダブルピースして」とかの文字を書いてダブルピースされようものなら途端にすべての悲しみや苦しみがスッと失くなって足元がふわふわと浮かぶような気分になった。

「リア恋」という言葉がある。リアルに恋してる、の略で恐らく「ガチ恋」等の単語同義アイドルを本気で好きになってしま現象、その状態、そうなっている人のことを指すけれどまさにその単語に当てはまると思う。恋で頭が混乱して、「好きなジャニーズが近くに来る座席を狙ってヤフオク落札する」という行為がどうしても辞められなくなってしまものすごく働くことになった。ものすごく働くと疲れるけれど、アイドルのことを考えると全然つらくはない。肉体的な疲労はあるけれど精神的なものはすべてアイドル癒してくれるので、肉体は横たえておけば良い。

最初から認知されようと思って追いかけていたわけではなくて、「とにかく好きすぎて見に行かないと耐えられない」という衝動からいかけ始めた。自分は「副産物としての認知タイプだと思うけれど、もちろん最初からアイドル認知されたい」という承認欲求ありきで追いかける人もいるだろう。それもひとつの形だし、原動力がなんにしろ、どんなにやましいものしろお金を落とすなら別に良いんじゃないかなと思う。

1年近く「◯◯くんを近くで見たい」以外の感情が無かった。「◯◯くんダブルピースして」の少し特殊バージョンを長くやり続けていたら、見せなくてもやってくれるようになってそのときに「あ、覚えられてるんだ」と思った。はっきり言ってあまり人気がない方のジャニーズで、同じジャニーズファン現場に通っている人はあまりいない。いても毎回、執着的に良い席ばかりでは来ていない。

あっという間にそのファンコミュニティで有名になってしまい、最近では自分が知らない人にも知られているようになった。

近ごろ、なんとなく落ち着き始めた。

毎回、自分が視界に入ると彼は「いつもの」合図をしてくれるし、目も意識的に合わせてくれるようになった。手紙も返事が来て、出待ちにいることも把握されている。(冗談だと思われても良いし、イタい妄想だと思われても良いように匿名で書いてる)

最初そのアイドルを好きになった時の自分は「見たい」という原動力で追いかけていたのに、最近では「見られたい」「いることをわかってほしい」ことがメインになっているように思えてはっとした。副産物が主な目的になってしまっている、という自覚を持って恐くなった。

この前、わざと後ろの方の席をツイッターで譲ってもらって舞台を見た。「わたしは見ているのに、彼から絶対に見られない」という状況が好きになった最初の頃を思い出させて、ぼんやり認知ってなんなんだろうと考えた。

アイドルファンの強みはやめたいときにやめられること。

本質的自分お客様お金を出しているから優位に立っている。アイドルファンには選択の自由がある。Aが気に入らなかったらBに担降り、ないしは推し変すればよい。でも向こう側に「自分の客」として認識されてしまうとその自由は奪われる。一対一で接客してくれるセレクトショップで「やっぱり良いです」と言いづらいのと同じ心理状況。

もちろん、そんなの気にしなければ良い、と言う一般人ものすごくたくさんいると思うけれど、どんな人でも文字のついたうちわを持って横浜アリーナセンターに座って景色を見てみればきっと少しは理解してくれる、とまだ私は信じている。

認知の重圧」というフレーズが気に入っていて最近よく使っている。自意識過剰と言われるかもしれないし、「バカっぽい」と自分形容することも多いけれど、"俺のファンでいて"、"応援していて"というメッセージを受け取って、そして自分よりも熱烈に強烈に応援しているファンがいない状況を目の当たりにすると、彼の応援放棄して他のことに眼を向けることができない。

わざと後ろの方の席で見たのは舞台期間の10日目だった。数回目の舞台で、はじめてどういう舞台なのか、どういうストーリーなのか、誰が出ているのかを把握できた。

彼の視界にいるとどうしても彼以外に目線を向けることが憚られる。アイドル自分たちが思っている以上に目線を気にしている。彼しか見ていないので一切舞台の内容が理解できていなかったし、彼しか見ていないと彼以外のことがどうでもいいか全体像を把握する気にもならない事実を改めて認識して本末転倒さを感じた。

認知されている」優越感はものすごい。何も持っていなくてもピンポイントで手を振ってもらえること、ある程度遠くの席でも見つけてもらえること、周りのファンから羨望の目で見られること。

でもそれは絶対的な優越感じゃなくて周りのファンとの力関係を前提にした相対的優越感だから毎日毎晩不安に苛まれている。わりと本気であるものすごいマダムが彼のファンになったらどうしようと思っているし、そもそもある日彼にぷいっと気を損ねられて嫌われてしまったら何を生き甲斐にしたら良いのかわからない。

それでも根底にあるのは「好き」という気持ちから、悩んだりしつつ明日も私はバイトに行くし休憩時間には執拗チケット流通センターをチェックすると思う。

はっきり言って何も残らない。思い出が消えたら半券しか残らない。でもけっこう本気で、死ぬ間際の走馬灯横浜アリーナが映ったら良いなと思ってる。

2024-02-12

anond:20240212210121

巨乳が嫌いな男と言うのは

イケメンが嫌いな女と同義だよ。

anond:20240212100729

いやいや何言ってんの

しろ資本主義社会に生きる市民たるものそれくらいの視点を持つべきなんだよ

実際、NISA日本人の多くが投資するようになることで日本人マインドが変わることにオレはすごく期待してる

国民一人一人が投資マインドを身につければ、成長する国になれるし、共産主義革命みたいな破壊的で皆が不幸になるようなことに惹きつけられる人間も減る

国民投資マインド持つというのは、本当の意味先進国になるということとほぼ同義だぞ

ここのハテサみたいのもどんどん意識が切り替わっていくのが楽しみだ

あ、ハテサは底辺民になるだけっすか?まあ、それはそれで貧乏になる自由行使した結果だから何も言いませんよ

2024-02-08

小学館に何か言えっつっても無理じゃないかな(追記した)

今回の芦原先生事件をとても悼ましく思っている。

それはそれとして、小学館への「もっと作家に寄り添え」の大合唱については、小学館しんどいだろうな…とも思う。

この辺の感想の内訳を、出版業界の端っこ(非漫画系)から自分知識に基づいて書く。

 

今回の原作脚本問題は、つきつめれば著作者人格権問題だと考えている。

仕事上、著作権について多少は調べているが、法律専門家ではないことは先に付言する)

 

著作権は、大きく「財産権」と「人格権」に分けられる。

財産権」とは、そのまま、著作者財産利益を守る法律である

著作物を複製すること、上演・上映・展示・頒布すること、

そして、今回でいうドラマにあたる「二次的著作物」を作る(翻案)/利用することなどは

すべて著作権者の権利であり、第三者が行う場合は許諾が必要だ。

 

対して「人格権」とは、著作者の「精神利益」を守る法律である

公表権・氏名表示権・同一性保持権、つまり著作物公表するかどうか、名前を出すかどうか、作品の改変を容認するかどうか。

これらは著作者本人のみに決める権利がある。

 

このふたつの違いは何かというと、

財産権」は譲渡相続もできる(著作者でなくても、著作権者にはなりえる)が、

人格権」は、だれにも譲渡相続もできない、「著作者本人のみ」にある権利だということだ。

 

個人的に「精神利益」とは、ネットスラングで言う「お気持ち」と同義であると考える。

軽んじる意味で言うのではない。

公表するか、名前を出すか、改変してもいいかどうか。つまり自分著作物が、自分の納得のいく形で扱われているかどうか。

それによって守られる作者の「気持ち」こそが、法律で守る価値のある、大切な「精神利益なのだと思っている。

 

以上を踏まえて今回の件を見ると、

今回、原作者がドラマ側に繰り返し要望したのは、自身著作者人格権尊重だと考える。

もちろんそれ以外にも、著作者には二次的著作物作成/利用の許諾を行う権利があるのだが、

ドラマの結末を自分に決めさせてほしい」「キャラクターを変えないでほしい」という要望は、作品世界のものを守りたい、言い換えれば「同一性保持権」を守りたいという願いのもとに出されたように、私には思える。

そして前述の通り、それは著作者本人の「精神利益」を守る重要権利だ。

してみると、小学館が出すべき声明は一つである

 

小学館は、クリエイター著作者人格権を最大限に尊重する。
そして、取引企業にも同等の尊重を求める」

 

 

法律で決められた権利をあたりまえに尊重する。

ごく当たり前のことである簡単じゃないか

 

 

簡単じゃないのである

 

ここまで書いた通り、著作者人格権とは作者の精神利益を守る大切な法律だ。

よくわかる。

しかし、出版物の種類によっては、

それ言ってると仕事が回らねえのである

 

今回のように著作者一人で本が一冊出来るような漫画単行本であれば、先生の納得を大切に

進めましょう、といえるだろう。

けれど、たとえば、子供向けの学習ドリルをつくることを想像してほしい。

問題文、解答解説文、ページ内のイラスト、すべて著作物であり、それぞれ著作者がいる。

たとえば「公表権」は著作者人格権ひとつだ。

なので、理屈上は、ドリルカットイラストを描いたイラストレーターさんが、あるひとつイラストを指して「このイラストをもう公開したくない」といえばそれは尊重されるべき、となる。

著作財産権ならばお金解決…つまりイラスト自体権利を買い取るという交渉もできるが、著作者人格権譲渡できない。著作者ダメと言ったらダメである

 

公表したくない…それは、どこまでの話なのか。もう印刷して積んである在庫は、書店に出回っている在庫は。シール対応か? 断裁か? 絶版か?

 

もちろん、そんなことになった例を私は知らないし、たいていのクリエーターさんはこちらの状況を汲んで、たとえば改訂するときに外してください、などの常識的要望におさめてくれる。

互いの常識良識のなかで私たちはどうにか仕事をしている。

 

ところで出版系は契約ルーズだなんて言われるが、最近結構まじめにやっている(少なくとも私の周りは)。

さて契約書を結ぼうとなると、この著作者人格権については悩ましいところがある。

何せ字義どおりに捉えたら強力すぎる。

 

著作者人格権を盾に、出版物全体に影響を及ぼすような運用ができるのか、それは判例が出ない限りわからない。わからない以上、我々は会社員なので、裁判沙汰になる芽はできるだけ摘まなければならない。

かくして契約書に、「著作者人格権行使しない」なんて文言を盛り込む羽目になる。

 

著作者人格権の不行使」は契約書では案外よく見る言葉である

たとえば会社ポスターパンフレットDM発注したとして、取引先の「公表権」で取り下げさせられたり、「同一性保持権」で修正できなかったりする可能性がある…となると、必要性が想像つく人もいるのではないか

 

個人的にはこんな文言できれば盛り込みたくない。

クリエイター本来持つ権利制限する契約は、誠意に欠けると思っている。

だが、強すぎる権利放置するのも難しいのだ。

 

今回の事件漫画作品なので、カットイラスト1つとはわけが違う…とも思うが、

けが違うか? ほんとうに? すべての著作物は同等に尊重されるべきでは??

という思いもある。

 

クリエイターさんにお仕事をお願いする側のすべての人間が、

100%くもりなく「著作者人格権尊重します!」と言い切れるかというと…権利の強さゆえに、あまり現実的でない、と思ってしまう。

 

今回の問題の根幹が「著作者人格権尊重」をめぐるものだと考えると、小学館全体として声明を出すのは苦しいだろうな…と想像している。

場面や状況によっては制限することさえあるのが現状だからだ。

 

逆に言えば、それ以外の事情……芦原先生小学館に対して寄せていた信頼が裏切られてい

た、というような経緯がないことを祈っている。

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ちまちま書いていたら小学館から著作者人格権言及した声明が出ていた。

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著作者人格権トレンドに入っている。

言葉けが先走りそうで、そして実際権利としてはかなり強いものなのでちょっと先が思いやられる。

なお「じゃあAI学習著作者人格権侵害なのでは!?」と盛り上がってる人を見たが、機械学習私的利用とかと同じ例外規定やで。

海外どころか沖縄にすら行けない

家は裕福ではなかったから小さい頃は車で近隣の県に行くくらいの旅行しかしていなかった

でも建築が好きで、大人になったら絶対ヨーロッパに行くんだ!と意気込んでいた

しかし、バイトお金を貯めて北海道旅行に挑戦した大学生の夏、生まれて初めて飛行機に乗ったところ、あまりの恐怖で2時間全く生きた心地がせず、北海道でも食事が一切喉を通らなかった

どうやら自分飛行機死ぬほど苦手なようだ

高所恐怖症ではないけど、ずっと空の上にいて逃げられないこと、閉じ込められていること、そして何より三半規管が弱いのか、わずかな揺れでも過剰に反応してしまうのが原因らしい

今まで飛行機に乗らなければいけない機会がなかったのがラッキーとも取れるし、物心つく前から飛行機に乗る習慣があれば大人になってからここまで怖がらずに済んだかもしれないとも取れる

その後国内の短い路線で1度だけ飛行機再チャレンジしたものの、やはり人生トップ5に入るくらいの恐怖体験だった

では船は、と言われると、とにかく揺れに弱いので船で長距離を移動するのも厳しい

絶叫マシンとか地震に対する怖さと同義なので、酔い止めを飲んだらどうこうという話でもない

20時間くらい目が覚めない強力な睡眠剤でも出してもらわない限り、ヨーロッパなんて夢のまた夢

小さい頃からコツコツと貯め続けた海外旅行資金VRゴーグルでも買って旅行気分を味わうしかいね

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